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第11章 貴族の館(8)

          第11章 貴族の館

§8 カレンの新曲

 カレンたち一行は学校を離れて、本宅へと戻ってきた。

 「ただいま、お母様。みなさんをご案内してきましたよ」

 息子の声に母親は
 「フリードリヒ、遅かったわね。待ちかねたわ。お茶を二度も
入れなおしたのよ。どこか、お話の弾む楽しい処でもあったのか
しら?」

 「楽しいかどうか……今日はちょうど懲罰の時間でしたから、
地下室を巡ってきたんです」

 「まあ、あんな処を」
 伯爵夫人は顔をしかめる。そして、カレンに向って……
 「ごめんなさいね、カレン。この子、いい子なんだけどデリカ
シーというものがなくて…あっ、そうそう、デリカシーといえば、
この子ったら、今日はあなたを北側の待合室に案内したそうね。
家族同様のあなたをあんな子供たちと一緒の部屋に入れるなんて、
ごめんなさいね。あなた、次にからは東側の玄関から入って来て
頂戴。あそこなら、お客様用の待合室がありますからね」

 せっかくの伯爵夫人の言葉だったが……
 「ありがとうございます。でも、よかったら、私、これからも、
子供たちと一緒にあそこから、お出入りさせてください」

 「どうして?その方がいいの?」

 「子供たちのピアノが楽しいんです」

 「そう、それは別にかまわないけど……もしも子供達に粗相が
あったら言って頂戴ね。対処しますから……あっ、そうだスミス
先生、修道院から苗木が届いてますよ」

 「あっ、これですね」
 ニーナ・スミスは顔をほころばせる。

 「お持ち帰りになって結構よ。私は目が見えないからその色は
わからないけど、シスターのお話ではキレイなオレンジ色の花が
咲いているそうよ」

 伯爵夫人が話題を変えてニーナ・スミスと話し始めるとカレン
は居間の奥に置いてあるピアノの方へと向った。
 そして、地下室のあの地獄絵図の中でひらめいた旋律をピアノ
に乗せてみる。
 それはほんのちょっとした実験のつもりだったのである。

 しかし、それは不思議な気分だった。
 今までの自分の曲と同じように緩やかなメロディー。
 誰もが弾ける簡単な旋律。
 でも、この曲は『トセリのセレナーデ』のように、どこか切ない。

 そして、自ら弾いていくうちに、彼女はなぜか身体の芯が熱く
なっていくのを感じていたのである。
 ピアノを弾いていてこんな事になるなんて、カレンにとって
は初めての経験だった。

 彼女の創る曲はほとんどが長調。その美しいメロディラインで、
これまで聞く者の心を癒し続けていた。
 なのに、この曲はいくつも転調を繰り返していく。正確に弾き
こなすには難しい曲だった。

 カレンの弾くピアノはやがて左手と右手のバランスが悪くなる。
正確に和音を刻めないのだ。これまで正確無比だった彼女の左右
の手が不協和音を奏ではじめたのである。

 当然、その場に居合わせた人たちは、カレンの方を振り向くが、
不思議なことにカレンはピアノをやめようとしなかった。
 むしろ、一心不乱に引き続けているのである。

 聴く者にとってそれは不協和音であっても、カレンにとって、
それは心地よい音楽だった。

 『わあ~どうしたっていうの!この曲どこまでも止まらないわ』
 赤い目をしたカレンは火照った身体を前かがみにして、ピアノ
に挑み続ける。
 外に打ち出る音は不協和音でも、彼女の頭の中には完璧な音が
鳴っていたのである。

 すると、地下室で起こったあの出来事が、今まさに、目の前で
起きているかのように彼女の脳裏を駆け巡りる。
 何かが、『もっと激しく!』『もっと切なく』とせき立てるのだ。

 快楽の音楽は、すでにカレンが叩くピアノから聞こえているの
ではない。カレンの頭の中だけで鳴り響いていたのである。


 「フリードリヒ、あなたが余計な事するから、カレンの足から
赤い靴がぬげなくなってしまったみたいよ」

 「私のせいですか?」

 「カレンにあの曲を弾かせた犯人が他にいますか?それとも、
あなたには、今、弾いてるあの曲と、『六時十四分』が同じ曲に
聞こえるのかしら」

 「…………」

 「あなたにとっては、たわいのない子供のお仕置きでも、育ち
方によってはそれでショックを受ける子もいるの。……これは、
私の贅沢な望みかもしれないけど、カレンにはできるだけ長く、
少女のままでいて欲しいの。あの子に女の臭気はいらないわ」

 伯爵夫人はそこまで言うと、女中に車椅子を押させてカレンの
もとへ動いた。
 そして、カレンと目があった瞬間にこう言ったのである。
 「どうかしら、カレン。今日はもう疲れたんじゃなくて……」

 その言葉でカレンのピアノが止まる。
 赤い靴が脱げた瞬間だった。

 「すみません。私ったら、長いことピアノを独占してしまって」

 「そんなことはどうでもいいの。あなたが弾きたいだけ弾けば
いいのよ。一晩中弾いていてもそれはかまわないけど……ただね、
今日は疲れているみたいだから、一旦、お家へ帰りなさい。……
そこで、ゆっくり休んで、今日のお昼の出来事は忘れてしまいな
さい」

 「えっ?……ええ……は、はい」
 カレンは伯爵夫人に自分の心を見透かされたようで戸惑ったが、
結局は受け入れた。

 もちろん、伯爵夫人はカレンの新曲について論評しなかったし、
カレンもまた、自分の弾いた曲のせいで、早退したなどとは思い
たくなかったのである。

 ただ、クララ先生だけは部屋の隅でカレンの曲を耳にしながら、
彼女の身体の中に眠るまだ開発されていない部分に興味があった
ようだった。

**************************

 帰り道、ニーナ・スミスは伯爵家が差し回したリムジンの中で、
カレンに話しかける。

 「あなたが、あんな官能的なメロディーを弾くとは思わなかっ
たわ」

 「かんのうてき?…………官能的って何ですか?」
 カレンにはその言葉の意味さえわかっていなかったのである。

 「あなた、そんな言葉も知らないのね。いいわ、忘れて頂戴。
ただ、伯爵家で弾いた曲はブラウン先生の前では演奏しない方が
いいわね」

 「どうしてですか?……官能的って、何かいけない事なんです
か?」

 「いけないことではないけど、あなたにはまだ早いってことか
しらね。伯爵夫人も言ってたでしょう。早く帰って、忘れなさい
って…………ホント、忘れた方がいいわ。それがあなたの為よ」

 「えっ!いけないんですか?今日は先生の寝室であれを弾こう
かと思ってたのに……」

 「そうだったの。でも、それはよした方がいいわね。ブラウン
先生が腰を抜かして、眠れなくなるわよ」

 「えっ!?私の作った曲で……あれはそんなに悪い曲なんです
か?」

 「良いとか悪いとかではないの。あなたには似合わないから、
やめた方がいいと言ってるだけ。ブラウン先生にしても伯爵夫人
にしても、あなたは清純な少女として受け入れられてるの。その
看板を自ら下ろすことないでしょう」


 カレンは思った。
 『私はことさら清純な姿を売り物にしようと思ったことなんか
一度もないのに……だいいち、私がどんな曲を弾いたとしても、
それで、私の何がわかるっていうのよ』

 しかし、ニーナ・スミスの言葉に、心の中では憤然としていた
カレンも、いざブラウンの前に立つと、その曲をぶつける勇気が
わかなかった。
 そこで、いつものように、カレンらしいピアノを弾き始めると、
先生が尋ねてくる。

 「伯爵のお屋敷では、どんな曲を弾いたのかね?」

 「どんなって……今日は、修道院の方を見学してから一曲だけ
弾いたんですが、疲れが出てしまって、早めに帰していただいた
んです」

 「体調が悪いのかね?……夕食の時は、アンたちともあんなに
おしゃべりしていたし……別段、変わった様子はなかったように
見えたが……疲れているのなら、今日はもう休んでいいんだよ」

 「大丈夫です。地下室を見学した時、ちょっと疲れただけです
から……」

 「地下室?……ワイン蔵かね」

 「いえ、修道院学校の中にあるトーチカです」

 「修道院学校のトーチカ?……ああ、あれか……あれは要塞の
ように大きかったが、まだあるのかね?」

 「ええ、今はその上に校舎が建っていて、そこはお仕置き部屋
として使われているんです」

 「フリードリヒは、そんな処を君に案内したのかね?」

 「ええ、今日はちょうど生徒への懲戒の日だから、見に行こう
って……」

 「子供のお仕置きを見学したのかね?」

 「はい」

 「まったく、あいつは何を考えているんだ。こんなうぶな娘に
そんなもの見せよってからに……他にいくらでも自慢できる物が
あるだろうに……陶磁器、武具甲冑、絵画、古文書、貴族の館に
ふさわしいものが何でもあるだろうに……よりによって子供の尻
とは……」
 ブラウン先生は独り言のようにつぶやくと、カレンに向って、
微笑んで……
 「驚いただろう。でも、あれが貴族なんだよ」

 「でも、楽しかったですよ。普段は絶対に見られない光景です
もの。貴族の子供たちへのお仕置きがあんなに厳しいだなんて、
私、初めて知りましたから」

 「そりゃそうだ。私だって国は違っても、一応、貴族の家の出
だからね、そこはわかるよ。貴族には、表と裏の顔があってね。
裏の顔は絶対に庶民には見せないものなんだ。それを君に見せた
ということは『君を迎え入れたい』という意思表示なんだろうが
……私は、それは認めないよ。わかってるね?」

 「はい、お義父様」

 「今日は、慣れない処へ行ってもう疲れてるだろうから、もう、
寝なさい」

 ブラウン先生はそう言って寝床へ行くことを勧めたのだが……
少し考えて、カレンの方から昼間の話を蒸し返してしまう。

 「官能的ってどういう意味ですか?」

 そう尋ねると、ブラウン先生もまた他の大人達同様困った顔に
なった。
 そして、少し間があって……
 その顔がにこやかな笑顔に戻ってから……

 「君がまだ知らなくてもいい言葉だ。……どこで、覚えたんだね、
そんな言葉?」

 「伯爵夫人が私の即興曲を聞いて、そうおっしゃったものです
から……」

 「官能的だって?」

 「ええ」

 「まさか、それは何かの聞き間違いだよ。君の弾く曲が官能的
なはずがないじゃないか」

 「弾いてみますか?」

 「そうだな、少しだけ聞いてみようか」

 ブラウン先生の求めに応じて、カレンはその曲を弾き始めた。

 「♪♯♫♩♩♫♭♪♫♩♩♫♭♪♯♫♩♩♫♭♪♫♩♩♫♭」

 ブラウン先生はいつものガウン姿でベッド脇の一人用ソファに
腰を下ろす。
 サイドテーブルに置かれたシェリー酒の小さなグラスを一気に
飲み干すと、静かに目を閉じて聴いている。
 演奏中は咳払い一つしないし、顔色も変えない。
 すべてはいつもの夜と何ら変わらなかった。

 ただ、演奏が終わったあと、彼は一言……
 「じゃあ、お休み」
 と言っただけだったのである。

 これがカレンにはひっかかった。
 いつものブラウン先生なら、たとえどんなに短いコメントでも、
「よかったよ」と言ってくれるのに、それがなかったのである。

 カレンが一抹の不安を抱えたまま、食堂の脇を通ると、アンや
ロベルト、それにベスやアンナ、それにニーナ・スミスまでもが
加わっておしゃべりをしていた。

 「カレン、今日はもう寝るの?ちょっと寄っていきなさいよ」

 アンに誘われて夜の集会に顔をだすと、話題はやっぱり伯爵家
のことだった。
 すでに、夕食の時を含め、もう結構長い時間その事は語りつく
してきた。しかし情報の少ない当時、女の子たちは面白い話なら
何度でもそれを聞きたがるのだ。

 「へえ、修道院学校まで見学してきたんだ。きっと、可愛い子
ばっかりだったんだろうね」
 アンナが言うと……

 「そりゃあ、こことは違いますよ。ここはご飯を食べさせたら
それっきりだから、摘み食いする鼠たちは太りたいだけ太ってる
けど、ああいうところは、スタイルも大事だからね。太りすぎた
子にはお浣腸して、余分なものは身体から流しちゃうみたいです
よ」
 ベスが続ける。

 「わあ~~残酷。きっと、恥ずかしいでしょうね。それって、
お母様と一緒にやるの?」

 アンの言葉にベスは大きな身体を揺らして笑う。
 「まさか、あんな家ではそんなのは女中の仕事ですよ。だから、
そんな情報はよくこっちの耳にも入ってきて、お浣腸を嫌がった
その子がその後家庭教師からしこたまお尻をぶたれたなんて話は
日常茶飯事ですよ」

 「へえ~、あんな高貴なお家に生まれたらお仕置きなんてない
のかって思ってた」

 アンの言葉に今度はニーナ・スミスが答えた。
 「逆ですよ。表立ってはやらないだけ。感情的になぐったりは
庶民かもしれないけど、規則で子供たちを縛って、ルールとして
お仕置きするのは、ああいうやんごとなき姫君の方が、はるかに
厳しいんだから。……あなたたちはその点では恵まれてるわよ」

 「そうですか?私はちっとも、そんなふうには思わないけど」

 「隣りの芝生は誰にも青く見えるものよ。でも、幼い時から、
そこで長く暮らしていれば、やはりそこが一番快適なの。たとえ、
どんなにお仕置きが多くても慣れてしまえば問題ないわ」

 「じゃあ、あの噂は本当だったんですね」
 ロベルトが口を挟んだ。

 「どんな?」

 「修道院学校では女の子にも官能的なお仕置きをするって……」

 『官能的』
 お付き合い程度にみんなと一緒に腰を下ろしていたカレンの耳
に、今、最もホットなキーワードが飛び込んでくる。

 「さあ、どうかしら。私は知らないけど、そうかもしれないわ
ね」

 ニーナ・スミスは今日見てきた事をここで語ろうとはしない。
そして、それはカレンに対しても、一つの警告だったのである。

 カレンはそんなニーナ・スミスの忠告を理解できていたのだが、
これだけはどうしても知りたかったので、口を開いたのである。
 「ねえ、ロベルト。官能的ってどういうこと?」

 カレンの質問にロベルトは笑って答える。
 「何だ、そんなことも知らないんだ。Hなことさ。あくまで、
噂だけどね。修道院学校って、女の子にももの凄くHなお仕置き
をするって言われてるんだ。でも、外部の人には絶対その様子は
見せないんだって……当たり前だけどね」

 「そう……」
 カレンは気のない返事を返したが心の中は相当ショックだった。
 『Hなお仕置き』
 『Hな曲』
 その瞬間、頭の中で二つの大きな割れ鐘が鳴り響いたのである。

******************(8)*****

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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