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第12章 教会の子供たち(1)

          << カレンのミサ曲 >>

          第12章 教会の子供たち

**********<登場人物>**********

<お話の主人公>
トーマス・ブラウン<Thomas Braun>
……音楽評論家。多くの演奏会を成功させる名プロデューサー。
カレン・アンダーソン<Karen Anderson>
……内戦に巻き込まれて父と離ればなれになった少女。
ニーナ・スミス< Nina=Smith >
……先生の家の庭師。初老の婦人。とても上品。でも本当は校長
先生で、子供たちにはちょっと怖い存在でもある。

(先生の<ブラウン>家の人たち)ウォーヴィランという山の中
の田舎町。カレニア山荘

<幻のピアニスト>
セルゲイ=リヒテル(ルドルフ・フォン=ベール)
……アフリカ時代の知人。カレンにとっては絵の先生だが、実は
ピアノも習っていた。

<アンハルト伯爵家の人々>
アンハルト伯爵夫人<Gräfin Anhalt >/(名前)エレーナ<Elena>
……先々代伯爵の未亡人。現在は盲目。二人の男の子をもうけた
が兄ルドルフは戦争後行方不明。弟フリードリヒが現当主。
ルドルフ戦争で息子を亡くした盲目の伯爵婦人
フリードリヒ・フォン=ベール< Friderich von Bär >
……ルドルフの弟。母おもいの穏やかな性格。現当主。
ルドルフ・フォン=ベール
……伯爵家の長男。今のナチスドイツに抵抗するのは得策でない
と協力的だったため戦犯に。戦後は追われる身となり現在は行方
不明。
ラックスマン教授<Professor Laxman>
……白髪の紳士。ロシア系。アンハルト家に身を寄せている。
モニカ=シーリング<Monica=Ceiling >
……伯爵家の秘書兼運転手。家の裏の仕事にも手を染めている。
シルビア=エルンスト< Sylvia= Ernst >
……伯爵夫人の姪。15歳。お嬢様然としている。
ドリス ビューロー< Doris=Bülow >
……おちゃめな12歳、フリードリヒ(現当主)の姪。
クララ=クラウゼン< Clausen=Clara >
……伯爵家のピアノの先生。中年の婦人だが清楚。
シンディ=モナハン< Cindy=Monaghan >
……7歳のピアニスト。
カルロス=マイヤー< Carlos=Mayer >
……10歳のピアニスト。
サラ< Ssrsh >
……控えの間の女中。

*****************************


          第12章 教会の子供たち

§1 ミサでのお仕置き

 土曜日の次は日曜日、当たり前の事だが日曜日の午前中はミサ
に出席しなければならない。
 それはカレンに限らずカレニア山荘の人たち全員の務めだった。

 韻を踏みながら奏でられる荘厳なパイプオルガンの調べの中で
は善良な人はもちろん、どんな罪深い人さえも浄化されるように
思える。

 日本ならこういう場所で神父さんがする事と言えば宗教的な話
と決まっているが、キリスト教が生活の一部に組み込まれている
ヨーロッパの田舎では、宗教的なお説教だけでなく、村の抱える
問題でも話が盛り上がるのがミサだ。
 ミサは単なる宗教儀式だけでなく村の集会も兼ねていた。

 大人たちは、牛の放牧地の割り当てやら嵐で壊れた山道の補修
を何時やるか、近々執り行われる結婚式の準備をどうするかなど
色々な事を神父様を行司役として決めていくのだが……

 そんな大人たちの話題のなかには子供たちの話題だってある。
もちろん、褒められることだってあるが、大半はクレームだ。
 『他人の畑から西瓜を盗んだ』だとか『家の仕事をさぼった』
『家の金を盗んだ』はては『女の子のスカートを捲った』なんて
ことまで色々だ。

 大半は神父様に注意されるだけだが、父親や学校の先生からの
要請があれば、みんなの見ている前でお尻に鞭をもらう事も……
 特にモラルに反することには厳しくて、神父様自身が判断して
鞭打ち刑になることもあった。

 もちろん、鞭そのものは手加減してやるので、父親や教師など
と比べるとぐっと楽だが、何しろ村じゅうの人たちが見守る中で
のお仕置きだから、恥ずかしさは抜群で、女の子の中には食事が
のどを通らなくなったり引きこもりになったりする子もいた。

 この日も11歳の女の子三人が、台所に飾られていたマリア様
の像をショーツの中に入れて、『処女受胎』なんて言って遊んで
いたものだから、今、満座で笑いが起きるなか、お仕置きが決ま
ったところだった。

 「ちょっとした悪戯なのに……」
 カレンが思わずぼそっと独り言を言うと、隣に座ったベスが…

 「何言ってるのさ。このくらいじゃまだ甘いよ。マリア様の像
は張り形じゃないんだよ。そこんとこをよ~く教えてやんなきゃ」

 「えっ!」

 カレンが驚いてベスの顔を見ると、彼女はさも嬉しそうに笑い
返してこう続けるのだ。
 「尻叩きって言ったって説教台の向こう側じゃないか。こちら
にお尻が見えるわけじゃなし、ピーピー騒いだらみっともないよ。
最近の子は親からのお仕置きが足りないせいか、肝っ玉が小さい
んだから。私の子供の頃はね、こんなことしたら、礼拝堂どころ
じゃないよ。村の広場にある晒し台に素っ裸にされて括り付けら
れたもんさ」

 「あれ、広場のオブジェじゃないんてですか!?」

 「あんたが生まれる少し前まで現役だったよ。その頃は女の子
でもお仕置きは素っ裸が当たり前だったんだ」

 「それって、女の子には残酷じゃないんですか?」

 「当時の11は女の子って言ったって、大人達にすれば扱いは
赤ん坊と同じだもん。それに、恥ずかしいと言っても見に来るの
はどうせ村の人たちだもん。大した事じゃないよ」

 『大したことじゃない?』
 カレンにはその言葉が理解できなかった。
 『だって、村じゅうの人から見られるかもしれないのに、それ
がどうして大したことじゃないんだろう?』
 と思うのだ。

 しかし、ベスにしてみると、同じ村に住む人達はみんなが運命
共同体。大きな家族のようなもので、カレンが思うほど他人では
ないのだ。だから、ショックだってそれほどではないはずだ、と
いう理屈になるのだった。
 実際、ベス自身も、幼い頃にはその晒し台に厄介になった一人
だったのである。

 「そんな手ぬるい事してるから、最近の娘はつけあがるんだ」
 ベスの鼻息は荒くなる一方だった。
 カレンにとってそんなベスの姿は、子供のお仕置きを楽しんで
いるようにしか見えないから不快だったのである。

 その時だった、大きな説教壇の裏に最初の女の子が呼ばれる。
 普段は祭壇の脇で清楚な衣装に身を包んで賛美歌を歌っていた
彼女だが、今日は私服姿。聖歌隊の仕事も遠慮させられていた。

 「歯を喰いしばって、ちゃんと耐えるんだ。泣き出しても誰も
助けてはくれないよ」
 とは神父様の言葉。これから何が起こるかはこの会場の誰もが
知っている事だが、それに反対する者は誰もいなかったのである。

 『女の子たちは悪いことをしたから叱られる。神父様は人格者
だから無茶なことはなさらない』
 そんな共通の約束事に基づいて、他人はもとより、その子の親
でさえ、それに異は唱えなかった。

 ところが、そんな約束事の世界の中で、神父の目に一人の少女
の右手が高く差し上げられているのが映るのだ。
 こんな事は異例なことだった。

 「そこの子、何かあるのかね?」

 カレンは神父に呼ばれて、初めて自分が手を上げていることに
気づく。

 『えっ、わたし!?』

 カレンはベスがこのお仕置きをまるでお芝居でも観るかのよう
に楽しみにしているのが悔しくて思わず手を上げてしまったのだ
ろうか、それとも村の同じ聖歌隊の仲間が見守る中でのお仕置き
が、昨日の事を思い起こさせたからだろうか、無意識に手を上げ
た自分に驚く。

 彼女は16歳。立場はすでに大人の領域に足を踏み入れていた
ちしても、心根はつい最近まで籍をおいていた子供の方にぐっと
親近感を抱いていたのである。

 ただ……
 「えっ…………と……」

 その場で立ち上がってはみたものの弾みで手をあげてしまった
カレンは何を言おうか、まだ決めていなかったのだ。

 『困ったなあ、私、何で、手なんかあげちゃったんだろう』

 どぎまぎするカレン。このままでは満座の中で一人晒し者だ。
 そこで、カレンはゆっくり説教壇までを歩きだす。
 こうして時を稼いでおいて何を言おうかあらためて考え直した
のだった。

 「どうしたのかね。カレン」
 神父様はすぐそばまでやってきたカレンに優しく声をかけた。

 「あのう、これは私の考えなんですが、……要するに、この子
たちはママゴト遊びをしていて、それで、赤ちゃんの生まれると
ころを再現しようとしていたんだと思うんです。……もちろん、
赤ちゃんの代わりにマリア様の像を使ったのはよくないことだと
思います。でも、この子たちに変な気持はなかったんじゃないか
って思うんです。ですから……そのう……」

 カレンは神父様に申し訳なさそうに話す。
 すると……
 「君は、この子たちと親しいの?」

 「いえ、特別には……」

 「君は、やさしい子だね。……わかるよ、君の言ってること」
 神父は穏やかな顔でカレンの減刑嘆願を受け取る。
 その少女らしい、正義感が神父には好感が持てたのである。
 ただ、彼はこう言ってカレンに諭すのだった。

 「いいかい、カレン。この子たちは君と比べてもはるかに子供
だ。だから、君の言う通り、いやらしい思いがあってそんなこと
をしたなんて、私はもちろん、ここにいるほとんどの大人たちは
思っていないんだよ」

 「……えっ?」

 「ただね、この場合はその時どんな気持でやっていたかは関係
ないんだ。『この子たちがパンツの中にマリア様の像を入れた事』
それ自体が問題なんだ」

 「ですから、それは私もいけない事だと……でも、」
 せき込むようにカレンは訴えたが、神父はそれを右手を立てて
制した。

 「最後まで聞きなさい。いいですか。この子たちがどんな気持
でそれをやっていようと、パンツの中にマリア様の像を入れたり
したら、『この子たちは変な気持があって、そんな事をしてるん
じゃないだろうか』って他人には疑われてしまうし、偶然にせよ、
そんな遊びをしていれば、へんな気持を引き起こさないとも限ら
ないでしょう。それを恐れるから、強く叱るんですよ」

 「……そうですか。私は何だか大人の人たちが子供のお仕置き
を楽しんでるように見えたから、可哀想になって……」

 「分かりますよ。あなたのやさしい気持ち。でも詳しい理屈を、
こちらも、こんな幼い子に説明したくはありませんからね。今は
まだ、『とにかく、そんな事はしちゃダメなの!』って叱る事に
なるんです」

 「……」

 「あなたのように愛と勇気のある子は大歓迎ですけど、ここは
大人の私達に任せてもらえませんか?……もし怖かったら、この
礼拝堂から出ていてかまいませんよ」

 「はい」
 カレンの声は元気がない。結局は折れるしかなかったからだ。
 ただ……

 「あのう、この事とは別なんですけど、少しだけプライベート
なご相談に乗っていただけないでしょうか?」

 カレンが小声で頼むと……
 「懺悔ですか?」
 神父様も小さい声で応じてくれた。

 「いえ、そうじゃないんですが……いけませんか?」

 「いいですよ。このミサが終わったら司祭館へいらっしゃい。
今日はこの他にも悪戯坊主のお仕置きを4件も頼まれているので、
あまり長い時間はとれませんけど、10分くらいなら大丈夫です
から」

 「はい、お願いします」

 カレンはこの機を利用してちゃっかり神父様との面談の約束を
取り付けると席に戻った。
 まだ、子供の方に近いカレンとしては、子供たちのお仕置きの
様子を見聞きしたくない思いもあったが、ここで自分が逃げたら
その子供たちに申し訳ないような気がして留まったのである。


 この礼拝堂の説教壇は、大人が三人も隠れることができるほど
大きなものだったから、神父様と女の子の二人だけなら信徒たち
はそこで何が行われていても見る事はできない。
 しかし、音だけは別で、本来、そこは神父様がお説教する為の
場所だから音響効果を考えて造ってある。小さな声でも、まるで
マイクを使ったかのように最後列の座席にまでクリアな音が届く
のだ。おかげで、村人たちはその音を頼りにその裏で何が起こっ
ているのかを容易に想像することができたのだった。

 「マリア様の像は神様とあなたを繋ぐものです。あなたが困難
に見舞われた時、それを聞き届けてくださるのはマリア様です。
そのマリア様の像にお願いするのです。そんな大切なマリア様を
パンツの中に入れてはいけません。いいですね」

 「はい」
 女の子の声はかすれて、すでに震えている。
 そんな掠れ声さえ村人ははっきりと聞き取ることができるのだ。

 「今日はこれからそのことがもっとよくわかるようにお仕置き
します。いいですね」

 「は……はい」
 女の子は涙声で答えた。

 「パン」
 「痛い、いや、ごめんなさい」
 最初の一撃が礼拝堂の天井に木霊する。

 すると、ここで聴衆の三分の二ほどが立ち上がり始めた。
 ミサそのものは終わっているからいつ帰ってもかまわないのだ。

 『あの乾いた音はパンツを脱がして生のお尻を叩く時の音』
 『女の子の切羽詰った悲鳴は演技じゃない』
 彼らはそう納得できたら、それで十分だった。あとは神父様の
仕事と割り切って礼拝堂をあとにしたのだった。

 『小娘の悲鳴なぞ聞いてもしょうがない』
 そんな思いもあったのだろう。家路を急ぐ人は女性より男性の
方が多い。
 カレンが気がついてあたりを見回すと椅子に腰掛けているのは
大半が女性たちだったのである。

 平手で剥き出しのお尻を一人一ダース。一発一発に10秒以上
も間をあけて、時に優しく、時に恫喝して恐怖感を煽りながら、
神父様は女の子たちを丹念にお仕置きしていく。

 そして、一人が終わるとその子は説教壇から聴衆の見える場所
へと出されるが、その時ショーツを上げることまでは許されない
から、お仕置きが終わった女の子も無様な姿を聴衆に晒すことに
なる。
 そうやって三人ともが足首に自分のショーツをぶら下げ、辺り
はばからず泣くのを確認してから、神父様は一人一人を呼び寄せ
優しく肩を抱いて、自らショーツを穿かせて……神の名の下に、
子供たちを許すのだった。

 実はこのショーツを穿かせられる事までが子供たちにとっては
お仕置きで、『あなたは今でも大人に手を焼かす赤ちゃんです』
という意味。だからこの作業は大人に任せなければならないのだ。

 『たかがそれだけ』と思うかもしれないが、今度は多くの人達
に見られている。女の子にとっては、これだって十分恥ずかしい
お仕置きだったのである。

**************************

 ミサが終わると、神父さんは礼拝堂にある懺悔聴聞室の裏から
続く通路を通って司祭館と呼ばれる場所とへ返っていく。そこは
神父様のいわば宿泊所で、村の人たちがボランティアで管理して
いた。

 青い芝がきれいに刈り揃えられ、花壇は常に四季の花々で彩ら
れ、六角形の変わった玄関の形やオレンジ色の三角屋根、薄紫色
の外壁には光る砂がまぶしてある。
 その場所はまるでおとぎの国にでも紛れ込んだようだった。

 アリスは、表扉から礼拝堂を出ると、本当は当番になっていた
礼拝堂の庭の掃除を村の人達に免除してもらってから、ぐるりと
小さな丘を回ってここへやってくる。
 もちろん神父様が通る通路を一緒に来ればそれは早いのだが、
それは小娘がしてはいけない事。越権行為な気がして気が引けた
のである。

 「トントントン」

 アリスが玄関のドアを叩くと、いつもの柔和な顔がのぞく。

 「待ってましたよ。お入りなさい」

 そこは、村の中で若い女の子が一人暮らしの男性を訪ねられる
数少ない家の一つだった。

 間取りはいたってシンプル。広めの書斎と寝室とバスルーム。
たった、これだけ。ろくに炊事の設備もないが、食事は村人の家
へ御呼ばれに行くか、おやつなどは差し入れが届くから、これで
問題なかったようだった。

 神父様は急な来客のため電気ポットでお湯を沸かすとココアを
入れてくれた。
 それが書斎のテーブルに乗せられたところで本題に入ったので
ある。

 「私……ピアノを弾いていて、作曲の仕事もほんのちょっぴり
やっているんですが……」

 「知ってるよ。カレン・アンダーソンさんだろう」

 「私のこと、ご存知なんですか?」

 「実はね、名前の方はずいぶん前から知っていたんだが、君が
説教壇に出て来てくれた時、あちこちから『カレン』『カレン』
という声があがってね。それで今日、ようやく名前とお顔が一致
したという訳なんだ」
 神父様は人懐っこい笑顔を見せた。

 「私の曲、聞いたことがありますか?」

 「本人じきじきにはないけど、幼い子がよく弾いているからね、
知ってるよ」

 「それって、どう思われますか」

 「どうって?」

 「どんな印象をもたれますか?」

 「とても、すがすがしい曲だと思うよ。簡単なメロディーなの
に、どこか懐かしくて、つい口ずさみたくなる。過去にたくさん
の作曲家がいただろうに、どうして、こんな美しいメロディーが
今まで埋もれていたんだろうと思ったよ」
 神父様は多くの大人たちと同じ評価をした。

 「でも、私が新しく創った曲を、ある人から『それは官能的だ』
って言われたんです」

 「官能的?ですか」

 「私、嫌なんです。私が創ったものをそんなふうに言われるの」
 カレンは眉間に皺を寄せる。『口惜しい』そんな表情だった。

 「……………………」
 神父様はしばらく考えをめぐらしていたが、そのうちカレンに
こう質問したのである。

 「あなたは、ミサが始まる時に流れるパイプオルガンの音楽を
どう思いますか?」

 「えっ!……どうっていわれても………荘厳で、神々しくて、
神聖な気持にさせてくれる音楽です」

 「本当に?……」

 「はい、幼い時から教会で聞いてましたから……」

 「そう、だからそう思うんでしょうね。あなたも私もキリスト
教徒だから。でも、異教徒があれを聞いたら、どうでしょうか。
不気味な音をたてる地鳴りくらいにしか聞こえないはずですよ。
私達はこの音楽を荘厳な場所でしか聴きません。だから『これは
荘厳な音楽なんだ』と思い込んでるだけなんです。味だってそう
です。私たちにはとても食べられないような物でも、その地域の
人たちにとっては、幼い頃から家族みんなが『美味しい美味しい』
と言って食べていた美味しい食事なんです。あなたの音楽だって
世間とは別の評価をする人がいたとしても不思議はありませんよ」

 神父様の穏やかな眼差しが、陰鬱だったカレンの心に一筋の光
となってを差し込む。
 「!」

 「ひょっとして、あなたがその音楽と出合った時、その場所に
官能的な何かがありませんでしたか?……その音楽を官能的だと
思って聴いた人もその場にいたか、そのことを知っていたんじゃ
ないですか?」

 「!」

 神父様は、その瞬間、カレンの顔が明るくなったのを見逃さな
かった。

 「やはり、そういうことでしたか……………」
 神父様はカレンの顔を見て安堵する。
 しかし、こうも付け加えた。

 「ただ、ね、カレン。私はその曲を聞いていないけれど、その
曲はひょっとして華やかさと陰鬱さが交互に来る曲だったんじゃ
ないですか?」

 「え!!!すご~~い、神父様は音楽をやられてたんですね」
 カレンが目を丸くして驚くと……

 「私は音楽は知りません。楽器も何一つやった事がありません。
ただ、官能的な状態というのは、要するに矛盾する二つの気持が
ぶつかって生まれる事が多いんです。ですから、あなたの音楽を
官能的と評した人も、そんな処からそう言ったんじゃないかと…
少なくとも、あなたの教則本に載っている様な一点の曇りもない
明るい曲なら、たとえどこで聴こうと、官能的という言葉は出て
こないと思いますから」

 「……ありがとうございます。神父様。まさかこんなに完璧な
答えがここに来て出るなんて、思ってもみませんでした。………
いえ、神父様を信頼してなかったわけじゃないんですよ。でも、
やっぱり、神父様って、偉いんですね。……神学校に音楽科って
ありませんか。あったら入りたいなあ」

 カレンはその時珍しくおしゃべりになっていた。それは、ごく
普通のハイティーンの少女の姿だ。
 心の霧が晴れたことで、カレンは神父様に何度も何度もお礼を
言って、司祭館を離れていったのである。

************************

 カレンが帰って行くその姿を窓辺で確認して、神父様は寝室に
声を掛ける。

 「もう、大丈夫ですよ。先生」

 現れたのはブラウン先生だった。

 「いいんですか、こんなこと、私の手柄にして……」

 「かまいません。むしろ、その方がいいのです。こうした事は
父親より第三者の方が説得力がありますから………ま、あの子に
限って、これから先、お仕置きの必要はないと思いますが、もし、
その必要が出てきた時は、今日のお譲ちゃんたちと同じように、
また私に力をお貸しください」

 「はい、承知してます。それが私の仕事の一つですから……」

 二人は笑顔を見せ合い、こうして分かれた。
 ブラウン先生は来た時と同じ道。通路を通って礼拝堂に戻り、
そこから自宅へと戻って行ったのだった。

******************(1)*****

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このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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