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第12章 教会の子供たち(3)

          第12章 教会の子供たち

§3 新しい服

 カレンは次の週も伯爵家の北の待合室にいた。
 そこは子供たちが次から次にやって来てはピアノという鍵を使
って奥の扉へと吸い込まれていく。

 7歳の可愛いピアニストシンディ=モナハン
や常にお嬢様然としている伯爵夫人の姪、シルビア=エルンスト
。フリードリヒ伯爵(当主)の姪で、おちゃめな仕草
が愛らしいドリス=ビューローなど先週顔なじみに
なっていた子供たちが続々やって来た。

 もちろん、カレンだってお呼ばれしているわけだし、本当なら
さっさとピアノを弾いて奥へ進むのが礼儀なのかもしれないが、
彼女は一人の少年を待っていた。

 10歳のピアニスト、カルロス=マイヤー
 彼のピアノはお世辞にも上手とは言えなかったが、カレンには
何故か彼の弾く荒々しいピアノに心引かれるものがあって、もう
一度、聞いてみたいと思ったのだ。

 『あれは女の子は弾かないピアノ。弾けないピアノだったわ』
 カレンはそんなことを思いながら待っていた。
 ところが、いつまでたっても彼は現れない。

 『さては、課題曲が上手に弾けなくて逃げちゃったのかしら』
 そんなことを思っていると、 控えの間を担当する女中のサラ
が……
 「カレン先生。ピアノが空きましたけど……」
 と勧めるので……

 「カルロス知らない?……カルロス=マイヤー………
もう、中に入っちゃったのかしら」
 カレンがこう尋ねると……

 「カルロスの坊やだったら、今はお仕置き中なので、ここには
来ませんけど……」
 という返事が帰って来る。

 「お仕置き?……何かやらかしたの?」
 カレンは驚いてサラの顔を覗きこんだ。

 すると、サラはカレンの視線を振り払うように平然とした顔で
……
 「いつもの事です。台所の砂糖壷に鼠の死骸を入れたり、庭に
落ちてる枝を投げて木の実を取るだと言っては、二階のガラスを
割ってみたり、この間は神父様が出張中なのをいいことに部屋へ
忍び込んで、TVを見てたんです。それも子供が見てはいけない
ような番組を…他にも色々ありますけど、あげつらったらあの子
の悪戯はきりがありませんよ」

 「そうなの……」
 カレンは相槌を打ちながら……
 『やっぱり、お父さんやお母さんがいないから心がすさんでる
のかしら……』
 などと考えるのだ。

 「それで、今回は何をやらかしたの?」

 「てっとり早く言うと家出です。駅いるところをたまたま村の
人たちに発見されて捕まりましたけど……」

 『家出って……ここはもともとあの子のお家じゃないのに……
ああ、脱走したってことね』
 そんなことを思いながらこう尋ねた。

 「それで、いつのこと?」

 「あれは移動遊園地に出かけた日ですから先週の日曜日ですよ。
その帰り道、すきを見て逃げ出したんです。もう、一週間くらい
たってますから、お尻の蚯蚓腫れもひいたんじゃないですか」

 「お尻の蚯蚓腫れって……お尻、ぶたれたの?」

 「当然ですよ。修道院を抜け出すなんてここでは大罪ですもの。
そりゃあ、おとう…いえ、神父様だって黙っちゃいられませんよ。
膝の上で平手50回に机の上にうつ伏せにして縛られてトォーズ
でたっぷり二ダース。私、噛み物をさせたから、てっきりケイン
を使うと思ってたのに……」

 サラの声がなぜか弾んでいるのが、カレンには気になった。
 サラは続ける。

 「でも、神父様も今回は本気だったみたいで血が出るぎりぎり
まで打ち据えてましたから、あの子だって今回は相当こたえたと
思いますよ。終わった時なんて、気絶したみたいにぐったりして
ましたから。……でも、それが可愛いんですよね。………ねえ、
カレン先生もそう思いません?やっぱり、お尻は男の子ですよね。
……あの締まったお尻がたまらないもの」

 サラは、まるで好きな役者の出ていたお芝居を見てきた帰り道
のように、独り興奮しては、はしゃいでいた。

 「まるで、見てきたみたいね」
 カレンが少し突き放したように言うと……

 「ええ、だって、私、現に見てましたから。オチンチンだって
可愛かったですよ……」
 臆面もなく言い放つと……
 「実は私、あの日も志願して神父様の助手をやらしてもらって
たんです。男の子の悲鳴って、いつ聞いても最高ですよね。……
ボーイソプラノの悲鳴。……ねえ、ねえ、カレンさんもそう思い
ません?……やっぱり虐め甲斐があるは男の子ですよね。……私、
ああいう悲鳴聞くと、興奮しちゃうんですよ」

 サラは止まらなくなってしまった。
 そんな独り興奮する彼女を尻目にカレンはピアノを弾き始める。


 すると、先週よりやや時間をおいてからドアが開いた。
 しかも、そこには伯爵夫人の姿はなく、女中の姿だけが……

 今回は女中に連れられて、居間へと進む。
 『いつもいつも、伯爵夫人がじきじきにお出迎えなんてする訳
ないか……』
 カレンは苦笑いをしながら長い廊下を進んでいく。


 「カレン先生をお連れしました」

 居間には先週と同じメンバーが顔を揃えていた。
 フリードリヒ、クララ先生、それに伯爵夫人もそこにはいたの
だが……

 「ご機嫌よう、カレンです」

 カレンの挨拶に伯爵夫人はいきなり……
 「どうしたの?あなたらしくないわね。最初はあなたじゃない
んじゃないかって、みんなで顔を見合わせたわよ。どうかしたの?
子供たちが、また悪さでもしたのかしら?」
 いきなり釘を刺されてしまう。

 「そんなに酷(ひど)かったですか?私のピアノ?」

 「酷いというか、怒ってたわね。何だかとっても……ピアノに
限らないけど、かなり熟達した腕の持ち主でも、心の動揺は隠せ
ないものよ」

 伯爵夫人が、憂いた感じで注意すれば……
 クララ先生も……

 「でも、あのピアノは、ちょっぴり嫉妬の気持ちもあったよう
に感じられました。もちろん、何があったかは知りませんけど。
私にはそんなふうにも聞こえました」

 「嫉妬?そんなものありません!」
 カレンは自分でも不思議なほど感情的になって大きな声を出す。

 でも、すぐに……

 「ごめんなさい」
 赤くなった頬を、俯き加減にしてカレンは自分を恥じた。

 「いいのよ。誰だって虫の居所の悪い時もあるわ」

 伯爵夫人にそう言われて、少しだけ落ち着いたのか、カレンは
北の待合室での出来事を伯爵夫人に話す。

 「実は、サラにカルロスがお仕置きされてるって聞いたんです。
でも、それを彼女、それを面白そうに話すもんだから……つい、
かっとなっちゃって……それって違うんじゃないかと思って…」

 「なるほど、義憤に駆られたってわけね」
 クララ先生が訳知り顔で微笑む。

 「カルロス?……ああ、工場で何かを作っているようなあの子
のピアノね。そう言えば今日は聞こえないと思ったら、お仕置き
だったの」
 伯爵夫人の口元も緩む。

 カルロスに限らず男の子がお仕置きされるなんて、この時代に
あっては日常茶飯事。カレンのようにそんなことで気に病む者は
なかった。

 「たしか……先週、移動遊園地に行った帰り道に脱走を企てた
と聞いてます。でも、いつものことですから、案ずることなんて
ありませんよ」

 フリードリヒ伯爵の言葉にカレンが反応する。
 「あの子、いつも脱走してるんですか?」

 「いつも脱走するというわけじゃないけどトラブルルーカーだ」

 「やっぱり、お母さんの処へ行きたかったんですね」

 納得顔でカレンが言うと、フリードリヒの方は、『はて?』と
いう顔になった。

 「お母さんって?……だって、探さなくてもお母さんだったら
すぐそばにいるよ」

 フリードリヒの言葉に、今度はカレンが『はて?』という顔に
なる。

 「どうしてですか?カルロスは教会の子供たちなんでしょう。
だったら、お父さんお母さんとは別れて暮らしているんですよね。
………あっ、そうか、お母さんじゃなくて、お父さんの処へ……」

 「いやいや、彼も近くにいる。毎週必ず会ってるもの」

 伯爵の次から次へと繰り出すとぼけた答えに、今度は伯爵夫人
の顔の顔が曇る。

 「どういうことですか?」

 カレンはフリードリヒの茶目っ気のある言葉を自分なりに推理
してみる。
 そして、一つの少女らしい結論を導いた。

 「ひっとして……その……お二人はすでにお亡くなりになって
いるとか?」
 申し訳なさそうにつぶやいたのだが……

 「いいえ、お二人とも健在ですよ。もちろん、過去にお二人は
罪を犯しましたけどね……」

 「フリードリヒ、いい加減似なさい!」
 伯爵夫人がとうとう声を荒げた。

 そして、自ら静かな調子でカレンへ話しかけたのである。
 「この事は外に漏らしては困るの。あなたにはそうした分別が
あると思うから話しますけど……大丈夫かしら?」

 「大丈夫です」
 カレンは自分の分別に自信があったから即答した。

 「そう、この先もずっと秘密を守れるのね。………もちろん、
ブラウン先生にもよ?」

 「はい」

 カレンがはっきりと宣言するので、伯爵夫人は、関係者以外は
知りえない話をカレンに聞かせることにしたのである。

 「あの子の両親は共にこの修道院にいます。でも、それは普通
ならありえないことなんです。なぜなら、こうした子供たちが、
実の両親と顔を合せることできるのは、18歳からと決められて
いるからで、カルロスの場合も、その規則は守られていますから
正式に親子の名乗りはしていません。……ただ、周りの空気から
誰が自分の親かは、感じているようです」

 「じゃあ、カルロスは、自分の親が誰なのかをうすうす知って
いるってことですか?……でも、それならなぜ修道院を抜け出す
んですか?」

 「そこが、微妙な問題なの。だって、そうでしょう。他の子は
みんな自分の親が誰なのか知らないのに、立場が同じはずの自分
だけは親と一緒に暮らしている。これって他の子のからしたら、
ねたみの原因よね」
 クララ先生が話しに加わる。

 「それで、お友だちに虐められて……家出?」

 しかし、カレンの言葉には……
 「それはないわ。露骨ないじめなんてあそこじゃできないもの。
あそこの一番のタブーは友だちと仲良くしないことなの。他にも
色々と規則はあるけど、とにかくモラルに対してが特に厳しいの。
だから表向きは知らんぷりするだけだけど、それでもカルロスに
とっては、居ずらい事が多いはずよ」

 クララ先生に続いてルドルフも……
 「おまけに、親の方も自分の子にだけ甘い顔をしていたら他の
子に示しがつかないし、自分が何言われるかわからないだろう。
どうしても実の子にはむしろ厳しく接っしてしまうんだ。それも、
彼からしたら面白くないことなのさ」

 「だから家出……」

 「言葉としては脱走なんだろうけど……彼の場合は母を訪ねて
三千里ってわけじゃないから、家出と言った方が正しいだろうね」
 と、伯爵。

 「といって、今さら居場所を移すのも不憫ですからね。当面は
そのままにしてあるの」
 と、クララ先生。

 「ああしたところは、どこも規則規則で子供を縛ってますから、
そうしたことに慣れるまでが大変なの。やはり、赤ん坊の時から
いる処が一番住みやすいみたいよ。……さあさあ、おしゃべりは
これまで……カレン、いつものように明るいピアノをお願いする
わね」
 最後は伯爵夫人が話を閉じた。

*************************

 そうやって、しばし、明るいカレンのピアノが伯爵家の居間に
流れる。

 「♪♫♭♯♪♫♭♯♪♫♭♯♪♫♭♯♪♫♭♯♪♫♭♯」

 それは、心の安定を取り戻したカレンの実力を聞いてる人たち
の脳裏に植えた。

 「あなた、短い間にまた腕をあげたわね。またよくなったわよ」

 伯爵夫人からお褒めの言葉をいただいたが、カレンは自分の腕
があがったかどうかはわからなかった。

 ただ、こうして、日当たりの良い穏やかな場所で、自分からは
少しだけ遠い人たちが見つめるなかで、ちょっぴり緊張して弾い
ていると、自宅で叩いている時はより気分がほんの少しハイで、
頭の中では本当の貴族の娘になったような幸せな気分だったので
ある。


 「どうかしら、あの子、あなたのお嫁さんに?」

 伯爵夫人が囁くと、フリードリヒは少しだけ間を置いて静かに
微笑む。

 「お母様がお望みなら、考えてはみますよ」

 彼はそう言って応じたが、そこに本心などなかった。
 『母の戯言』彼はそう思ったのである。
 フリードリヒはカレンが嫌いではなかったが、名門貴族の直系
である自分に、氏素性のはっきりしない娘との結婚話などありえ
るはずがないからだ。

 もちろん、そんな外野のやりとりなど、カレンの耳には入って
こない。
 今日の彼女はピアノに集中していた。
 こんなにスムーズに自分の意図したとおりに指が動くことなど
若い彼女でもめったにない。だからカレンにとってもその時間は
貴重だったのである。


 そんなカレンにも少しだけ疲れが見えてきた頃……

 「さあ、お茶にしましょう」

 伯爵夫人はそう言ってカレンのピアノを止めてしまう。
 しかし、そう言いつつも、カレンがすぐにそのお茶を飲むこと
はなかった。

 「カレン、仕立て屋が仮縫いの服を持ってきているの。合せて
あげてね」

 伯爵夫人にこう言われ、カレンは仕立て屋が持ってきた4着の
服を次から次に着替えさせられる。

 伯爵夫人は目が見えないのだから、こんな服をこしらえても、
カレンのその姿を見る事ができないはずだが、なぜかとても満足
そうにしていた。

 「あなたが着ていた白いドレスもとても清楚でよかったけど、
ちょっと、普段着には少しおすまし過ぎる気がしたの。今の服は
モニカが選んだからとても活動的なはずよ」

 伯爵夫人がこんな事を言うので、カレンが……
 「お目が悪いと聞いているんですが、私が見えるんですか?」

 「いいえ、私の目は明かりを感じる程度なの。物の形は分から
ないわ。でも、あなたの声、言葉、立ち居振る舞いだって、音を
聞いていればそれだけで容易に推測できるのよ。私にはあなたが
どんな姿でいるかも見えてるわ」

 「……(そんな馬鹿な)……」
 カレンはそう思うが、こめかみから汗が出た。伯爵夫人がそう
言うと妙に説得力があるのだ。

 「あなたが美人であろうと、なかろうと、私の側にいるあなた
は清楚で気品漂うお嬢さんよ。それははっきり分かるの。そんな
お嬢さんに似合う服をあつらえさせたの。そんな娘が美しくない
わけがないでしょう。……これはおばあちゃんのわがままだけど、
その服が出来上がったら、ここにいる時はその服を着て頂戴」

 「あっ……はい」

 カレンが少し戸惑った返事を返すと、子供たちへのレッスンで
席を外したクララ先生に代わって、いつの間にかモニカが部屋に
いる。

 「堅苦しく考えることはないわ。それはここの制服だと思えば
いいの。学校の制服と同じ。要するに仕事着よ」

 モニカが言えば、フリードリヒも……
 「とかく貴族というのは、自分のもとで働く人達を自分の色に
染めたがるんだ。不満じゃなかったらそれを着てピアノを弾いて
くれないか。僕からもお願いするよ」

 「あっ、……はい、喜んで……」
 カレンはもともと身寄りのない孤児娘である。そんな小娘が、
館の当主にまで頭を下げられては断れるはずがなかった。

 「やはり、あなたにはこういう服がお似合いよ」
 モニカが言えば、伯爵も……
 「ん~~これは美しい。白いドレスもいいけど、こうして見る
と、けっこう大人なんだなあって感じるよ。やはり女の子は着る
服によってイメージが変わるね」

 そこへレッスン場からさっさと戻ってきたクララ先生までもが
……
 「あらあら、ファッションショーだったの。…………へえ~~
身体は大人に近づいてるけど、心はまだ子供って感じね。でも、
その初々しさが、殿方にはたまらないんでしょうね」

 彼女はカレンがここへ来てからというもの。彼女のことが気に
なるのか、子供たちのレッスンをお弟子さんに任せ、この居間に
いる時間の方が長かった。

 やがて、ドリスがクララ先生を迎えに来る。
 「何やってるの?ファションショー?」

 そして、シルビアも……
 「大叔母様、ごきげんよう」

 彼女もまた、この部屋へと入ってくると、まずは伯爵夫人にご
挨拶したが、その後は繰り広げられるカレンの着せ替え人形ぶり
を堪能したのだった。

*****************(3)******

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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