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第12章  教会の子どもたち(4)

           第12章 教会の子どもたち

 §4 修道院の奥の院

 お人形の役が終わって、ようやくカレンはお茶の席に呼ばれた。
 すでに、家族の人たちがみんな席について始めている中、そこ
へ混じっていくのは気の重い作業だ。

 「お招きありがとうございます」
 そう言って着席すると、ドリスがいきなり吹きだした。

 「ドリス、お姉様に失礼よ」
 シルビアがたしなめる。

 「だって、みんなでお菓子を摘むだけなのに、『お招き…』だ
なんて……」

 「ごめんなさい。私、こんな時の言葉を知らなくて……」
 カレンは自分の不明を恥じたが……

 「大丈夫ですよ、お姉様。おかしなことなんてありませんから」
 シルビアはカレンをかばうと……
 「ドリス、笑っては失礼よ。言葉は丁寧にこしたことがないわ」
 シルビアに続いて、伯爵夫人も……
 「いいこと、ドリス。カレンさんは私達とあまり馴染みがない
から、あえて言葉を選んだだけなの。そもそも、あなたの言葉は
乱暴すぎるわ」

 「でも、カレンお姉様はやがて、私たちと一緒に暮らし始める
んでしょう。丁寧な言葉でなくてもいいと思うけど……」

 「…………」
 いきなり出てきた情報に、カレンは鳩が豆鉄砲食ったような顔
になる。

 「ドリス、誰がそんなこと言ったの。そんなこと何も決まって
ませんよ」
 クララ先生が言えば……

 「ドリス、それは母の希望ではあっても、まだ何も決まっては
いないことなんだよ。だいいち、そんな話はブラウン先生が承知
なさらないだろうからね、軽々しく口にしてはいけないことだよ」
 フリードリヒが続く。そして伯爵夫人も……

 「ドリス。それは、今はまだありえないことよ。カレンさんが
大恩あるブラウン先生のもとを離れる決心をするはずがないわ」

 伯爵夫人は『今はありえない』と否定したが、将来にわたって
その気がないとは言っていない。
 カレンにはその事の方が気がかりだった。

 「ところで、カレン。あなた、カルロスに会いたいと言ってた
けど、今日、会って行く?」

 クララ先生のいきなりの提案にカレンは面食らった。

 「えっ、会えるんですか?でも、たしか、今はお仕置き中で、
修道院の外には出られないって……」

 「そうよ、彼、外には出られないから、こちらからレッスンを
つけに行ってやらなきゃいけないの。あなた、その助手で一緒に
来ればいいわ、彼に会えるわよ」

 「えっ、本当ですか。……でも、私、ここでのお仕事が残って
ますから……」
 カレンが残念そうに言うと……

 「かまわないわよ。行ってらっしゃい。私は、あなたがここに
来てくれるだけで嬉しいの。あなたの行動を縛るつもりはないわ。
ピアノは弾きたい時に弾けばいいのよ」

 「ありがとうございます」
 伯爵夫人の言葉に甘えて、カレンの予定は嬉しく変更されたの
だった。

************************

 エレーナ女子修道院は、深い森の中にあって、四方を高い煉瓦
の塀に囲まれている。

 鐘突き堂以外に高い建物はなく、高い木々が聳え立つ森の中に
埋もれるように存在していた。建物はどれも古くて地味な造りだ
が、紛れもなくここは女の城。神父様以外、男子禁制の敷地内は
どこもきっちり整理整頓されていて塵っ葉一つ落ちていないから
カレンだって緊張する。

 そんな潔癖症の人たちに囲まれ、女の子達は神様だけを頼りに
成長していく。もちろん、カルロスは例外的に男の子だが、その
彼も11歳になれば全寮制の学校へ移らなければならない。

 そんな子どもたちの揺り篭へカレンは初めて足を踏み入れた。

 「こちらよ」
 教会の子供たちの住みかは敷地東南の一角にあった。
 夜には鍵の掛かる重い扉を開けて、クララ先生がカレンを招き
入れる。

 「!(別世界ね)!」

 荘厳なたたずまいの修道院の甍の中にあって、そこだけまさに
別の空間なのだ。

 カレンは、こんな修道院の中にあるのだから、そこは、きっと
オリバーツイストに出てくる様な暗い孤児院のような世界と想像
していたのである。
 ところが、その思い込みは、いい意味で裏切られる。

 幼い子どもたちが暮らす大部屋は大きな窓で日当たりも良く、
白いシーツがまぶしく映る。食事用のテーブルや幼児用の絵本が
集められた書棚、大きなおもちゃ箱が置かれたプレイスペース、
今日の保育所のような造りがカレンの目をひく。
 何より、シスターたちに抱かれて子供たちの健康的な笑い声が、
それまで歩いてきた場所との違いを際立たせていた。

 「クララ先生。……今日は、お弟子さんもご一緒なのね」
 赤ん坊を抱いたシスターが、部屋に入ってきた二人を目ざとく
見つけて声をかけてくる。
 そして、なんの断りもなくいきなり抱いていた赤ん坊を先生に
押し付けるのである。

 しかし、クララ先生に驚いた様子はない。
 「この子に神のご加護がありますように」
 赤ちゃんはクララ先生の胸の中に移り、祝福の言葉と共にキス
の洗礼を受けた。

 「カレン、あなたもこの子を抱きなさい。ここではね、誰もが
この部屋に入った時はこうする決まりなの」
 先生は次にはカレンへ、その赤ん坊を手渡す。

 「そう、そう、そうやって抱いて……あの十字架を見上げて、
『この子に神のご加護がありますように』って神様にお祈りして
……それから、頬にキスしてあげればいいの」

 カレンはクララ先生指示に従いその子を祝福すると、シスター
が受け取りに来た。

 「ありがとう、では、こちらにいただくわね」

 ところが、その瞬間……
 「!!!」
 シスターの言葉が終るか終わらないうちに、カレンの背中に、
ドンという衝撃が走ったのである。

 誰かがいきなりカレンの背中に乗っ掛かったのだ。

 「だめよ、アルマ赤ちゃんを抱いているのよ、危ないで
しょう」

 シスターが叱ったので、その荷物はすぐにカレンの背中を離れ
たが、今度はカレンの腰にしがみつく。
 見れば4歳くらいの女の子だった。すぐ脇のベッドの上から、
すきをみてカレンの背中にダイブしたのである。

 「どうしたの?あなたもやって欲しいの?」

 カレンは物欲しそうなその子の顔を見て、余計だったかもしれ
ないが、幼い子をお姫様抱っこして持ち上げると……。

 「この子に神のご加護がありますように」
 と言って、頬にキスしてあげたのだ。

 すると……
 その子を下ろした足元にはすでに3人もの子供たちがカレンの
スカートを握りしめて順番待ちをしているではないか。

 『仕方ないか』
 カレンはそう思うよりなかった。そして、一人ずつ……

 「この子に神のご加護がありますように」
 をやってあげたのである。

 「カレン、あなたはやさしいのね。ここは親の愛を直接受ける
ことのできない子供たちばかりなの。だから、あなたのような人
は嬉しいわ」
 シスターはそう言うと、赤ん坊をベッドに寝かせてその両手で
カレンの頭をその頭頂部から首筋にかけて撫でた。

 「この子に神のご加護がありますように」
 今度はカレンがシスターから祝福を受けた。
 ところがである。

 「!!!」
 その瞬間。カレンの身体に電気が走る。
 頭頂部に発生した電気が身体の芯を通り指先や足先から抜けて
いく。

 『何なの、これ!』

 シスターのしたことは何気ないこと。
 なのに、その皺枯れた両手で頭を触られただけでアルマ
が乗っ掛かった時以上の衝撃を受けたのだ。

 「ここに来る時、お土産はいらないけど、ここは『愛』以外の
持ち込みは禁止なの。覚えておいてね。あなたはアルマ
何よりのプレゼントをもたらしてくれたわ。ありがとう」

 カレンは、老シスターの穏やかな両手とその強い視線だけで、
まるで金縛りにあったようにその場を動くことができなくなって
いた。

 『わあ、何よこれ!催眠術なの?震えが止まらない。どうして、
どうしてこんなことが起こるのよ』
 カレンは、今、自分に起きている出来事がどうにも信じられな
いといった様子だったのである。

 その後、二言三言、シスターとクララ先生は会話していたが、
それが何だったのかカレンは覚えていない。

 「ねえ、カルロスは元気にしてるかしら?」
 クララ先生がシスターに尋ねるところから、彼女の記憶は復活
する。

 「大丈夫よ。ほら、聞こえるでしょう。……さっきから音楽室
で弾いてるわ」

 シスターが大部屋の先を指差すのを見て正気に戻ったカレンが
慌てて二人の話の中へ入ってくる。
 「音楽室なんてあるんですね」

 「そりゃあ、あるわよ。楽器を奏でること、古典詩を諳んじる
ことは私たちの社会では最低限の教養ですもの。それは、この子
たちだって変わらないわ。但しフルート、バイオリン、チェロ、
何でも一緒に練習してるから、部屋の中は相当にうるさいわよ。
覚悟して行ってね」
 シスターもこの時はすでに普通のおばさんの笑顔に戻っていた。

**************************

 大部屋の奥の扉を開けると、そこは長い廊下。
 そこを二人で歩きながら、クララ先生が……

 「どうだった魔女の一撃は?」

 「魔女?」

 「ヘレンシスターのことを私たち、陰でそう呼んでいたのよ」

 「『私たち』?」

 「ヘレンさんって子供の嘘を見抜く名人でね。私も、よく嘘を
白状させられたわ。だから、みんな『修道院の魔女』って呼んで
恐れてたの」

 「『みんな』?」

 クララ先生はそこでカレンの怪訝な顔に気づく。

 「ああ、あなたまだ知らなかったっけ。私も、赤ちゃんの頃は
あのベッドで寝てたのよ」

 「……(ということは)……」

 「そうよ。私もここの出身なの。でも、先代アンハルト伯爵の
ご尽力もあって、曲がりなりにも音楽の道へ進めたの。私はここ
の出身で修道女にならなかった初めてケースよ。だから、今は、
奥様のもとで子どもたちにピアノを教えてるってわけ」

 カレンがポツリと漏らした。
 「恵まれてるんですね」

 カレンが言うと、クララ先生が……
 「恵まれてるって、どうして?……どこも同じよ。そりゃあ、
ここの子どもたちは、孤児といっても、街の浮浪児とは違うわ。
望まれて生まれてきた訳じゃないけど、親ははっきりしているし、
その親はお金だって持ってる。それに、シスターたちが献身的に
面倒をみてくれるから…そういうところはそうかもしれないけど
……」

 「だって、至れり尽くせりですもの」

 「さあ、それはどうかな。私は一応音楽家って呼んでもらえる
ようにはなったけど、大半の子は本人の希望とは関係なく今でも
聖職者になる道を歩かされるわ。他は、音楽家か学者になる道が
僅かに開いているだけよ。将来の決まっている人生が楽しいわけ
ないでしょう。……それに、何より、親のいない寂しさってね、
他人がいくら親切にしても他の事では埋め合わせがつかないもの
なのよ」

 「あなたは、ブラウン先生を本当のお父様だと思えるかしら?」

 「どういうことですか?……」

 「本当はいけないことなのに、わざと悪さをしてそれを許して
もらった経験ってある?」

 「えっ!?」

 「他人はどんなに愛情深く接しても、所詮是々非々でしか反応
しないものよ。でも、本当の親は、子供のした悪さでも一律には
判断しないの。大きな罪を許したり、逆に些細な事なのに厳しい
罰を与えたりする。すると、それは理不尽だと思っても、今度は
子供の方がそれを許してしまうの。そういう関係が本当の親子。
他人はしない事。できないことだわ。あなたは、ブラウン先生と
そんな関係で繋がってるかしら?」

 「それは………………」
 カレンはそう言ったきり黙ってしまう。
 実は、カレンの頭にはそう言われて思わず浮かぶ光景があった。

 かつてブラウン先生が自分を抱えて用を足させたことがあった
のだ。お仕置きとしてのお浣腸だったから、それはそれで仕方の
ない事かもしれないけど、年頃の娘にとって、これほど屈辱的で
恥ずかしい経験はなかった。

 なのに、そんな恥ずかしい格好をさせられている自分が、心の
どこかでそれを許している。もっと言えば、むしろ、昔に戻った
ようでそれを楽しんでさえいる自分を感じたことがことがあった。

 しかし、そうなると……
 『私は、実のお父様の愛情を忘れようとしているのだろうか?』
 と、そんな背信的な疑問もわいてきて、その思いは複雑になる
のだ。
 だから……

 「…………」
 カレンはあえて黙って首を振るしかなかったのである。

 しばしの沈黙の後、この事と直接関係はないが、少しだけ気に
なったことをカレンはクララ先生に尋ねてみた。

 「さっきシスターが、『ここは、愛以外の持込は禁止』だって
おっしゃってたでしょう。あれって、本当なんですか?」

 「もちろん、出入りの人をいちいち検証するわけではないけど、
理念は本当よ。だから、子供の嫌いな人や不要不急の人はここに
は入れないの。……どうして?」

 「じゃあ、ここはお仕置きもないんですね」

 カレンがこう言うと、クララ先生は不思議そうな顔をして……
 「どうしてそうなるの?お仕置きは虐待や刑罰とは違うもの。
当然、ここだってあるわよ。むしろ、シスターの愛情が深いぶん、
ここのお仕置きだって過激なんだから……見ていく?」

 「いえ、私は……」
 カレンは先週の事があるから思わず腰を引く。

 ところが……
 「まあ、いいじゃないの。先週は、学校のお仕置きを見たんで
しょう。だったら、もう免疫がついたんじゃなくて……」

 「そんなあ……」
 カレンは頬を赤くして首を振るが……

 「子供って、どこの国でも昔から大人からお仕置きされて成長
するけど…それって、愛されてるからで…憎しみが募ってとか、
腹いせで、どうこうしようという訳じゃないの。ブラウン先生は
優しい人みたいだけど、やっぱりお仕置きはするでしょう?」

 「ええ、まあ」

 「だから、どこだってそれは同じよ。……あなただって、将来、
子供を持つことになれば、それはそれで必要になることですもの」

 「…………」
 クララ先生に迫られたが、カレンは先週のニの舞はしたくない
から黙っていた。

 ところが……
 「ちょうどいいわ。ちょっと、いらっしゃい」

 「えっ!……」
 カレンはクララ先生に左手を強く引っ張られると、近くの部屋
へと連れ込まれたのである。


**************(4)*********

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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