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第12章 教会の子供たち(5)

         第12章 教会の子供たち

 §5 『教会の子どもたち』のお仕置き(1)

 クララ先生がカレンの手を引いて連れて来たのは、日当たりの
良い12畳ほどの部屋だった。

 大きな体操用のマットが床に敷かれ、壁にも吊るしてあって、
幼児たちが転げまわって遊んでいる。
 壁にまでマットが吊るしてあるのは、幼い子の場合処かまわず
体当たりするから怪我防止のためだ。

 ならばここは幼児の為のプレイルームなのかと思っていると、
部屋の奥では上級生のお姉さんたちが勉強していたり、はたまた
下級生の男の子が日当たりの良いことを幸いに本棚の上で昼寝を
決め込んだりと、ここではやっていることがみんなバラバラだ。

 当然、カレンにはここが何の部屋だかわからなかった。

 「ここって……」
 カレンが尋ねると……

 「そうねえ……非難所かしらね……色んな意味で……」

 「避難所?」

 「幼い子たちの場合は、危ない遊びをしたり、お友だちに悪戯
したりして、ここへ隔離されてる場合が多いけど……十歳くらい
の子の場合は、お友だちのおしゃべりに付き合い切れなくなって、
独りになって勉強したくてここへ来てる場合もあるだろうし……
ハンスみたいに、もっぱらお昼寝に来る子だっているわ。人それ
ぞれってところね」

 「へえ、不思議な場所があるんですね……」
 何だか分かったような分からないような不思議な顔をしている
カレンの様子を見て、クララ先生が言葉を足す。

 「…もともと、ここは悪さをするおチビちゃんたちを隔離する
ためのお仕置き部屋だったんだけど、ここで悪さを繰り返すと、
痛~いお仕置きが待ってるってわかるらしくて、チビちゃんたち
もここに入れられると比較的大人しくしているの。……そこで、
同室の子たちのおしゃべりに付き合わされるよりここの方が静か
でいいと言う子がいたり、お昼寝にちょうどいいからと、やって
来たりする子がいるというわけ」

 「ここって、静かなんですか?」
 カレンにしてみると、それでも幼い子の甲高い声が響いている
この場所が静かだとはとても思えなかったのだ。

 「ここの子供たちは一旦帰宅したら特別な理由がない限り外へ
は出られないの。ここはあなたの処みたいに広くないし、自由に
外にも行けないでしょう。ここでプライベートな空間といったら
トイレだけだもの。だから、これでも十分静かなお部屋なのよ」

 「へえ~そうなんですか。それで避難所なんですね」

 「チビちゃんたちがお仕置きを猶予されてるとって言っても、
ここに来る前に、すでに悪い事をした時点で一度お尻は叩かれて
るの。でも、『ここでまた何かやらかしいたら次はお隣りの折檻
部屋でさらに辛い事になるわよ』っていう脅しなのよ」

 「折檻部屋!?」

 「ほら、あの扉の向こうがそうよ。自分が折檻されなくても、
あそこから流れてくるお友だちの悲鳴を聞いたら、たいていの子
が考えを改めるわ」

 「あの中では、そんなに凄いことされるんですか?」
 カレンはクララ先生の視線の先に古めかしい扉を見た。

 「凄いかどうか……私たちからみれば悲鳴をあげることぐらい
普通だけど……あなたの処は悲鳴もあげないですむくらい優しい
のかしら?……仕方ないでしょう。これは折檻だもの」

 「……せっかん?……おしおきとは呼ばないんですね」

 「細かい事だけど『お仕置き』っていうのは本来、公で行われ
る刑罰のことなの。ここはいわばみんなにとっては家庭のなか、
プライベートだもの。そこで行われる体罰は『折檻』という言葉
を使うのが本当なのよ。……今はごっちゃになって、そんな区別
を気にする人は少ないけど……」

 「へえ~初めて知りました。でも、何だか折檻って言った方が
厳しそうですね」

 「現にこちらの方が厳しいわよ。周りが身内ばかりでしょう、
何よりその子を赤ん坊の頃から知ってる人がやるもんだから遠慮
がないのよ。特にハレンチな体罰に関しては、断然こちらの方が
厳しいわ」

 「(えっ!あれより厳しいの!)」
 学校のハレンチなお仕置きを見学した少女にすればそれは絶句
するような言葉だった。

 でも、そこはカレンも女の子。すぐに自分の心の動揺は抑えて、
クララ先生に言葉を添える。
 「学校でもお仕置き、家でもお仕置きじゃ、子供たち、何だか
可哀想な気がしますね」

 「仕方ないわ。お仕置きは子供の宿命ですもの。特に幼い子は
自分のしたことを長いこと覚えてられないでしょう。悪いことを
したら、その瞬間に条件反射みたいに叩いてやらないと、効果が
ないのよ。自然、お尻を叩かれる回数は多くなるわ。その代わり
何かといえば大人達からいつも抱かれてる身分ですもの。それで
バランスが取れてるのよ」

 「大きな子は、お仕置きも少ないんですか?」

 「子供は成長するにつれて自分の心をセーブできるようになる
から、回数は少なくなるけど、一回一回のお仕置きは逆にきつく
なるの。一日分まとめてとか、一週間分まとめとか……上級生に
なると一学期の成績でお仕置きをもらうことらなるの。とにかく、
年長さんになるたびに罪と罰の間が長くなるわ。…でも、それも
これも自分のしたことを覚えていられるからで、それが成長って
ことじゃないかしらね」

 「一週間まとめて?」

 「そう、10歳以上の子は金曜日の夜に神父様が来てくださる
から、そこで罪を告白してお仕置きをもらうの。懺悔聴聞会よ」

 「それって、必ずお仕置きなんですか?」

 「そんなことはないわ。罰を受けるのはほんの一部よ。ただ、
お仕置きが決まるとそこは厳しいわ。身体が大きくなってるのに
チビちゃんと同じようにお膝に乗せてお尻ペンペンだけやっても
効果ないもの」

 「そうですね」
 カレンは気のない返事を返した後、思わず気になって……
 「大きな子の場合は、どんな……」
 と、ここまで言って口ごもる。
 それから先は自分が知る必要のないと思いなおしたのだ。

 クララ先生は続ける。

 「幼い子の場合は、どこまでいっても事情を説明してお尻ペン
ペンが基本よ。そもそも、ここに入れられただけで泣き出す子も
いるくらいだけから、どのみち、あまり過酷なことにはならない
わ」

 「幼い子は傷つきやすいですものね」

 「ところが、成長すると、心も図太くなってこの部屋が決して
地獄じゃないってわかってしまうものだから、むしろ、自分から
ちょっとした罪を作って、ここへ入れてもらうの」

 「……罪って、いったい、何をするんですか?」

 「色々よ。『お友達の帽子を窓から投げました』『トイレのドア
を足で蹴りました』『お友達のスカートを捲りました』とにかく
軽い罪なら何でももいいの。シスターもそのあたりの事情は分か
ってるから、すぐに入れてくれるわ」

 「じゃあ、ここに入れられても本当のお仕置きって訳じゃない
んですね」

 「ここは、まだそうよ。……でも、7歳からは1日の反省会。
10歳からは一週間分の反省会があって、そこで大きな罪を告白
し忘れると……さらに奥の部屋へ連れ込まれてぎゅうぎゅうの目
にあわされるわ」

 「…………」
 カレンはあらためてその古びたドアをみつめる。

 「それがあの部屋で行われるの。興味があるなら行ってみる?」

 「いえ、私は……」
 カレンはしり込みしたが……

 「何事も経験よ。経験。見聞を広げて損はないわ。……それに」

 「それに?」

 「あなた、こういうこと嫌いじゃないでしょう」

 「えっ!!」
 カレンは驚き、すぐに『違います!』って言おうとしたのに、
なぜかその言葉が止まってしまった。

 「ね、その顔。……分かるのよ、私。あなたがこうしたことに
憧れを持ってるって……」

 「えっ……(憧れって、何よ。それじゃまるで私が変態みたい
じゃない)……」
 クララ先生の言葉にカレンは動揺する。

 しかし、本当に気ほどもそんなこと思っていなければ聞き流せ
ばすむ事で、そうでない自分の気持ちを心の奥底にしまいこんで
いるからこそ動揺したのである。

 「あなたはまだ自分では気づいていないのかもしれないけど、
女は誰かに愛されない人生なんて考えられないの。……きっと、
神様がそういうふうにお創りになられたのね。……そして、この
愛されるってことは、必ずしも抱かれたり撫でられたりすること
だけじゃないの。その事をあなたの心はすでにわかりかけてるわ」

 「だって、それは男性だって……」

 「男は女性とは違って自分で自分を愛せるの。だから独りでも
暮らせるのよ」

 「えっ!」
 カレンは『そんな馬鹿な…』と思った。

 「ん、驚いた?……でも、そうなのよ。……それも、これも、
神様がそのようにお創りになられたからなの」

 「…………」

 「そうね、人生経験の少ないあなたに、男女の機微なんてまだ
早いわね。でも、とにかく行きましょう」

 「えっ、私は……」

 「さあ、いいから、いいから。いらっしゃいな。見て減るもの
じゃないでしょう……」
 クララ先生に強く手を引っ張られると、カレンはそれ以上抵抗
しなかった。


 「ここよ、いいから入って……」

 クララ先生は押し扉を開いてカレンを招きいれると……
 「リンク先生、ヴェラ、いらっしゃいますか」
 そう言って声をかけたが誰も出てこなかった。

 「残念だわ。今日は土曜の午後だし、誰かこの奥で悲鳴あげて
るんじゃないかと思ったんだけど……」

 「いつもだったら、誰かが、必ずお仕置きされてるんですか?」

 「必ずってわけじゃないけど……今日は土曜の午後だし、誰か
いる事が多いの。金曜日の夜に一週間の反省会があるでしょう。
その結果でシスターたちがお仕置きの必要がある子を決めるの。
見込まれた子は学校でのお仕置きがない限り、担任の先生から、
『寄り道しないでまっすぐ修道院へ戻りなさい』って指示される
わ。……その行く先が、ここってわけ」

 「でも、怖くて……もし、戻らなかったら……」
 カレンの頭にカルロスのことがよぎる。

 「脱走?……いくらお仕置きされそうだからって、そんなこと
衝動的にはできないわ。……あなたも知ってるでしょう。ここの
子供たちはいつもお揃いの服を着せられてるのよ。もし、一人で
学校の外に出ればすぐにばれてしまうもの。脱走なんて、そんな
に簡単じゃないのよ。もし、やるんなら、まずはどこかから服を
調達しないとね。まさか、裸ではいられないでしょう」

 「…………」

 カレンは口には出さなかったが、クララ先生のはしゃぎようを
見て、かつてご自分も脱走を企てたんじゃないかと思った。
 そんな想いでクララ先生の顔を見ていると……

 「どうしたの?私の顔に何かついてる?」

 「あっ、……いいえ」
 カレンは思わず我に返る。
 その顔を見てクララ先生はこう言うのだ。

 「あなたは、さっき私達のこの場所が羨ましいって言ったけど、
私達にしたら、あなた達の暮らしぶりの方がよほど羨ましいわ」

 「どうして、ですか?こんなに恵まれてるのに……」

 「たしかに、ここは、あなたの処より食べ物や着るものなんか
には恵まれてるかもしれないけど、ここでは『教会の子供たち』
はどこまでいっても『教会の子供たち』としてしか扱われないの。
給費生だって、それが王子様王女様の刺激になると思って入れて
るの。だから、どんなに優秀な子でも、緑の制服が王子様たちの
着ている紫の制服に変わることなんてないわ」

 「教室が分かれてるんですか?」

 「そうじゃない。みんな同じ教室で、同じ授業を受けてるわ。
一緒に遊んで、おしゃべりだって普通にしているお友達同士よ。
でも、王女様はこの先もずっと王女様。身分の違う者がその垣根
を越えることはできないの」

 「そうなんですか」

 「……それはこの修道院だって同じ。ここはどんな身分の人も
受け入れるからヒューマニティーに溢れる場所だなんて思ってる
人がいるけど、修道院長に座るのは必ずお姫様なの。マグダラの
マリア(売春婦)がどんなに改悛しても、ここで責任ある地位に
就ける可能性はないわ。だから、私たちから見ればあなたたちの
ように実力で未来を切り開ける人たちは、むしろ羨ましいかぎり
だわ」

 「…………そうなんですか」
 力説する先生に、カレンの気のない返事が返ってくる。

 カレンはクララ先生が語る欧州の片田舎の現実を理解できない
わけではなかったが、それはあくまで頭の中だけのこと。それが
どんなに残酷な仕打ちなのかを実感することはなかった。
 ブラウン先生の庇護の元、貧しくとも自由に暮らしいる彼女に
とって、『身分からの自由』なんて言われても、それはそもそも
空気みたいに当たり前のもので、ありがたがるものではなかった
のである。

 そんなことより、彼女の関心を、今、最もひきつけているのは、
そこに設置されたみょうちくりんな家具や置物だった。

 クララ先生が、さっそくそんなカレンの様子に気づく。

 「どうしたの?それがお気に入りなの。それは給餌器よ。ほら、
赤ちゃんに離乳食を食べさすのに使う椅子があるでしょう。あれ
と基本的には同じものよ」

 「給餌器?ペット用ですか?」

 「ペット?……ああ、餌だなんて言うからね。そうじゃないわ。
そうじゃなくて、それくらい不味いものを食べさせられるからよ。
ここはお仕置き部屋だもの、ここに置いてあるのはみんなお仕置
きが必要な子供たちの為のものよ。私はもう卒業しちゃったから
こうして笑って眺めてられるけど、現役の子供たちにしたら笑え
ない物ばかりのはずよ」

 「これ、ベルトが着いてますね」

 「そう、逃げ出さないように腰とテーブルの上に両手首を固定
するためのベルトが着いてるの。しかも、ご親切に、粗相しても
いいように椅子は便器になってるわ」

 「……」
 カレンはこんな悪趣味な家具を賛美するつもりは毛頭なかった
が、そこには象さんやキリンさんの絵が描かれていて、普通の家
の居間や食堂に置いてあってもさして違和感がないほど、可愛い
造りになっていたので笑ってしまう。

 「その食事って、害はないんですか?」

 「あるわけないじゃないない。むしろ栄養満点の健康食品よ。
おまけに、下剤まで入れてもらってるから便秘になる心配もない
しね」

 クララ先生の含みのある笑いに反応して……
 「それも、やっぱりお仕置きなんですか?」
 カレンが恐々尋ねると……

 「ああ、下剤のことね?……ピンポン!大正解よ。このお薬は
二時間できっちり効く様になってるから、その時間に鞭打ちのお
仕置きがセットされてる事が多いの。ゆるゆるのお腹で鞭の痛み
に耐えるのが、どんなに辛いか……これはやられた人じゃないと
分からないわね」

 「やられたことがあるんですか?」

 「もちろん、これを受けないで卒業していった子なんていない
はずよ」
 クララ先生はそこで声を一オクターブ落とすと……
 「それに、たいていの子が鞭の最中に一度や二度はお漏らしを
経験することになるの。そんな時は恥ずかしくてもう放心状態よ」

 「そんな時は、また新たな罰を受けるんでしょう」
 楽しそうに語るクララ先生に青ざめた顔でカレンが尋ねると…

 「さすがにそれはないわ。シスターだってそこまでは残酷な人
じゃないもの。だけど、とにかく恥ずかしいでしょう。お仕置き
としてはそれで十分なのよ」

 クララ先生がそこまで言った時だった。
 皺枯れ声がする。

 「残酷な人って誰のこと?クララ。まさか、私のことじゃない
わよね」

 そう言って、一人の老シスターが入口の扉を押し開けて現れた
のだった。

*****************(5)******

<イメージ絵画>
礼拝堂で祈る孤児院の少女たち(ソフィー・アンダーソン)

礼拝堂で祈る孤児院の少女たち(ソフィー・アンダーソン)

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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