2ntブログ

Entries

綾瀬のおばちゃん(2)

         << 綾瀬のおばちゃん(2) >>

 §2 オムツ翻るベランダ

 おばちゃんがくれた走り書きには住所と電話番号が書いてあり
ました。
 そこで、まずは地図を買ってその住所を確かめてみると、そこ
は綾瀬という地下鉄の駅から程近い団地だと分かったんです。

 二週間後の土曜日、
 私は興味半分でその綾瀬駅へ行ってみることにしました。
 でも、最初はそれだけ。改札さえ通らずそのまま帰ってしまい
ました。

 それから一週間後、
 まだ開通したばかりだった地下鉄の終点で下りると、綾瀬駅の
周辺を散策。
 『へえ、住所はこの団地なんだ。ということは……この最後の
数字は……2号棟の505号室ってことか』
 と、団地だけを確認、その日はそこまでです。

 そして、さらに二週間後、
 綾瀬を訪れること三度目にしてやっと私はおばちゃんが書いて
くれた住所に辿り着いたのでした。
 『間違いない。あの部屋だ。……それにしてもたくさんオムツ
が干してあるなあ。あの家何人も赤ちゃんがいるのかなあ』
 私はベランダ一面に翻る布オムツを見て思います。当時はまだ
紙おむつが一般的じゃありませんから布のオムツが干してあって
もちっとも不思議じゃありませんでした。
 その日はそれを確認して帰ります。

 まだうぶな頃でしたからね。すべては恐怖心と好奇心との戦い。
その戦いに好奇心が勝つと綾瀬へでかけるんです。

 これから先は毎週のように綾瀬へ通いましたが、それでも電話
する勇気はありませんでした。

 こうして三ヶ月四ヶ月と過ぎた頃、
 団地をうろつく不審者がとうとう発見されてしまいます。

 その日もベランダには沢山のオムツが干してありました。
 それをいつものように見上げていた時です。
 突然、女の人がそのベランダに現れて私を手招きします。

 最初は自分の事だとわかりませんでしたが、周りに他の人の姿
が見えませんから……
 『ヤバ、見つかっちゃった』

 もちろん、逃げるという選択肢だってあったはずですが、この
時はすでに『今日、電話しようか、やめようか』って思い悩んで
いましたから、実はいいきっかけだったんです。


 ご招待を受けて、私は505号室のチャイムを押します。

 出てきたのは和子さんでした。和子さんは、おばちゃんの実の
娘です。ベランダから私を手招きしたのもこの和子さんでした。

 『きっとここがおばちゃんのもう一軒のお店なんだ』
 なんて思っていましたが、奥に通されると、おばちゃんは居間
のソファに胡坐をかいて座っています。おまけに周りに変わった
ところなんて何もありません。何の変哲もない団地の一室だった
のです。
 所帯道具一式すべて揃っていますし生活観ありありの風景です。

 ただ、ない物もありました。いえ、物って言っちゃいけません
よね。赤ちゃんがいないのです。あんなに何時もオムツが干して
あるからには赤ちゃんは一人ではないと踏んでいたのですが……
開け放たれた2DKのどこを見回しても、肝心の赤ちゃんの姿が
ありませんでした。

 「ほら、何をキョロキョロしているの。そんなだから、あんた、
不審者と間違われるんだ」

 「不審者?僕が?」

 「そうだよ。毎週、週末にこの辺りをうろついく不審者がいる
から注意してたくださいって回覧板が回ってきてたからね。……
ひっとして、ひょっとしたらって思ってたんだけど……案の定、
ってわけだ」

 「えっ、……」
 私はそれまで他人から怪しまれていたなんて知りませんでした
から絶句します。

 「だから、ここに来る時は電話しなさいって言ったろう。……
警察に引っ張られたらつまらないじゃないか」

 「すみません」
 私が頭を下げると……

 「私に謝ったってしょうがないじゃないだろう、これは坊やの
問題だもん。……恐らくここに電話する勇気がなかったんだね。
……あんた、育ちがよさそうだし、気も弱そうだもんね」

 「こんな処、初めてだったから……」
 思わず弁解したら足元をすくわれて……

 「おやおや、こんな処で悪かったね。こんな処に大学の先生、
お医者、弁護士、代議士先生から警察の所長さんまで来るんだよ」
一介の学生ふぜいに『こんな処』よばわりされたくないね」

 「ごめんなさい」
 また、謝ることになった。
 すると……

 「はははは、可愛いね、あんた、はにかんだところなんか息子
そっくりだよ。……和子、和子、この子兄ちゃんに似てるだろう」

 おばちゃんが同意を求めて娘の和子さんを呼びます。

 「ええ、……」
 和子さんは台所からこちらを見て遠慮がちに笑います。

 すると、ここでおばちゃんは少しだけ声のトーンを落とすと、
真剣な顔になって話します。それは、ここでの約束事でした。

 「ここに来たらね、外での肩書きは一切関係なしだ。みんな、
私の子ども。私にすべてお任せで楽しむんだ。あんたの場合は、
学生だからどっちみち関係ないけど、たまに自分の地位にしがみ
つく人もいるんだよ。そうした人はここでは楽しめないね」

 「ところで、ここで、何するんですか?」

 「えっ!?」おばちゃんは目を丸くした。「何だ、丸川先生に
聞かなかったのかい?あんた、あの時、丸川先生達の連れだった
じゃないか?」

 「ええ、何となくは……でも恥ずかしくて……具体的な事まで
訊いてないんです」

 「呆れた。何をするかも知らないでここに来たのかい?」

 「ええ、まあ……」

 「まあ、いいわ。度胸があるのか、馬鹿なのかは知らないけど、
可愛がってあげるよ。今日の午後はちょうど空いてるしね……」

 「いえ、僕は……」
 私は慌てて否定しようとしたのですが……

 「何言ってるんだい。散々この辺うろついてたくせに……ほら、
財布出してみな」

 「えっ……」
 驚く僕を押し倒すようにおばちゃんがのしかかって来て、僕の
財布を強奪します。

 「ほら、見な。ここにちゃんと1万円、分けて入れてあるじゃ
ないか。これが何よりの証拠だよ。私が1万円でいいって言った
から、あんたちゃんと持ってきたんだね。…よし、これでいいよ」
 おばちゃんは僕の財布から1万円札を抜き取ると……

 「和子、これで寿司買ってきな」
 それを無造作に娘さんに手渡すのでした。

 とにもかくにもこれで交渉成立です。

 「私も、あんたの事はそこそこ聞いてるから、たぶん、大丈夫
だと思うけど……嫌になっても途中で逃げ出さないでおくれよ。
『変態がこの家から出てきた』なんて評判になったら、私の方が
ご近所から白い目で見られることになるからね」

 「ここって、自宅なんですか?」

 「そりゃそうさ、見ればわかりそうなもんだろう。ここは私の
自宅。娘は、一階下で亭主や子供たちと一緒にに暮らしてるよ。
だから、ご近所迷惑な音の出るスパンキングはここではやらない
んだ」

 「じゃあ、ここでは……」

 「だから、ここではそれ以外のことで楽しむんだ」

 「それ以外?」

 「まあ、いいさ。あんただって嫌いじゃないはずだから……」

 その時でした。入口の扉が開いて光がこちらへさしたかと思う
と、甲高い声が家じゅうに響きます。

 「おばあちゃん、お寿司は……」
 「あたしも……」

 声の主は、当時小学1年生の隼人君と幼稚園児の琴音ちゃん。
 この子たちは和子さんの子供、つまりおばちゃんの孫でした。

 二人はいきなりお婆ちゃんの首っ玉にしがみつきます。

 「ほらほら、お客さんが来とるというのに、ご挨拶せんかい」

 二人はそう言われて、仕方なく顔だけを私の方へを向け…
 「こんにちわ」
 「こんにちわ」
 と、さも大儀そうに頭を下げますから……

 「こんにちわ」
 私も笑顔を見せて挨拶すると、それを物珍しそうに眺めたあと、
再びお婆ちゃんの顔をすりすりします。

 しかし、ここで二人にとっては予期せぬ事が起こります。

 「お前ら、昨日、お父さんの大事にしとる皿を壊してしもうた
そうやな。…おおかた、また戸棚の上に乗って遊んどったんじゃ
ろう」

 お婆さんの言葉に二人の顔色が悪くなっていくのがわかります。
同時にそれまでしっかりとしがみついていた首っ玉からも、少し
距離を置くのです。

 二人は異常事態を察知したようでした。

 いえ、私だってこんな事は山と経験してきたのでわかるんです
が、たいてい手遅れでした。

 「今日は、お前達のお父さんからもお仕置きを頼まれとるから
な。やってやらにゃ、あかんだろうなあ」

 「えっ、だってあれお兄ちゃんが先に登ったんだよ」
 琴音ちゃんが言えば、
 「嘘だね、琴音が先に登ろうって言ったんじゃないか」
 隼人君だって負けてません。
 「うそつき!」
 「嘘じゃないもん」
 お互いが責任のなすりあいをしますが、こんな場合、たいてい
一方だけが親に責められるということはあまりありませんでした。

 ついにお婆ちゃんの目の前でつかみ合いの喧嘩になってしまい
ましたから……

 「ほれ、お客さんの前でみっともない。やめんかい。……ほれ、
隼人、こっちへ来るんじゃ」

 お婆ちゃんは隼人君を目の前に立たせると、着ていた服を脱が
せ始めたのでした。
 シャツだけお情けですが、あとは全部剥ぎ取られて……
 当然、可愛いお尻もオチンチンも丸出しです。

 「向こう行って」
 おばちゃんに強い調子で命じられると、壁の前で膝まづいて、
さっそく壁とにらめっこです。

 隼人君がおばちゃんに何も訊かずに壁の前へ行って膝まづいた
ところをみると、どうやらこれはこの家でよくやられているお仕
置きのようでした。

 隼人君だけじゃありません。琴音ちゃんだってそれは同じです。
やはり、シャツだけお情けで、下はすっぽんぽんのまま壁とにら
めっこです。

 「どう、可愛いストリップやろ。西洋じゃコーナータイムとか
言うんだそうな。……あんたの家でもあったかい?こういうの…」

 「………柿の木に縛り付けられたのが一回だけ……あとは……」

 僕が答えに詰まると、おばちゃんはその事とは関係ないことを
独り言のようにつぶやきました。
 「あんたをみてるとね。育ちがいいって言うか、あんたの親が
どんだけあんたを愛してたかわかるよ」

 その直後、入口のドアが開いて和子さんが、大きな桶を抱えて
帰ってきました。

 和子さんはそれを居間のテーブルに置いてから、自分の子ども
たちに気づきます。

 「あんたら、また、何かしでかしたんかいな」

 こう言って叱ると、今度はおばちゃんが……
 「違う、違う、和子、昨日のことや……」
 和子さんにはこう言い……僕には……
 「ほら、食べなさい。お昼まだなんやろ」
 とお寿司を勧めたのです。

 そして……
 「隼人と琴音。お前たちも、もういいから、ここへ来てお寿司
を食べなさい」
 って、チビちゃんたちにもお許しが出たのでした。

 子供は現金ですから、その声を聞くや一目散に大きな寿司桶の
前へやってきます。もちろんフルチンでしたが、そんなのお構い
なしでした。

 そんな二人におばちゃんと和子さんが服を着せなおし、ビール
やジュースもテーブルに乗って、昼の食事が始まります。

 「さ、遠慮はいらんよ。今日はおばちゃんのおごりだから……」

 人生経験のない僕は、この時、『これがここのルールなんだ』
なんて単純に思ってしまいましたが、これは僕だけの特別ルール。
社会人の人たちは、規定の3万円を払った上に、自分でお寿司を
差し入れていたのです。

 その事に、後々気づいて謝ると、おばちゃんは……
 「脛かじりのあんたからお金を取るってことは、あんたの親御
さんからお金取るってことだろう、それはできないんだよ。……
もちろん、社会人になって自分でお金を稼げるようになったら、
ちゃんとしなさいね。それが男の甲斐性ってもんだから……」

 学生時代、私はすべての点でこのおばちゃんに甘えっぱなしで
した。


*****************(2)******

コメント

コメントの投稿

コメント

管理者にだけ表示を許可する

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

最新記事

カテゴリ

FC2カウンター

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR