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2/6 桃子(遅い公園デビュー)

2/6 桃子(遅い公園デビュー)

 *)Hなしの作品です。

 私の育った家は、桃の畑を抜けて蜜柑山を上った中腹にありま
した。南斜面を平らな土地にして建てたお家は、麓から見上げる
と、どこかお城のようなので、近所の人たちからは冷やかし半分
に花井城なんて呼ばれていました。

 もちろん私の家はそんな大きなサイズではありませんが、田舎
のことですから部屋数だけは多くて、末っ子の私にも小学校に上
がる頃には勉強部屋が一つ割り当てられていました。

 南向きの崖に突き出すように配置された私の部屋は四畳半ほど。
ベッドと本棚と勉強机が運び込まれると、それで部屋が埋まって
しまいますから、何をやるにもいつもベッドの上が遊び場でした。

 でも幼い私にはそれで十分だったように思います。日当たりが
よく、お昼寝には最適な場所(夜はお母さんと一緒に寝ますから
使いません)ですし、窓を開ければ麓に広がる村の景色がいつも
輝いて見えます。

 とりわけ、この部屋から一番近い処にあるお家には、昼下がり
子供たちがいつも出入りしているのが見えますから、私も、一度
あそこへ行ってみたいと思っていたのです。

 ところが、身体の弱かった私はそれまで入退院の繰り返しで、
日頃、母からは一人での外出を許してもらえませんでした。
 駄菓子屋さんもいつも眺めるだけの存在だったのです。

 そんなある日のことです。従兄弟のひとり、一馬お兄ちゃんが
遊びに来たのです。

 一馬お兄ちゃんは当時まだ五年生でしたが、おやつの時間に、
そのお膝の上にのんのすると、そこはまるでお父様のお膝のよう
に大きくてびっくりしました。

 一方、私の方はというと、当時すでに一年生でしたが、身体も
小さく華奢で、誰かに抱かれると、まだ反射的に赤ちゃんと同じ
ように甘えることしかできませんでした。

 「叔母さん、下の駄菓子屋へ行って来ていいですか?」
 一馬お兄ちゃんがお願いすると、お母さんの許可が出ます。

 すると、お兄ちゃんが……
 「桃ちゃんも一緒に行こうか」
 と言うので……
 「私も行く……」
 と言ってみたのです。

 私は『ダメかな』と思っていたのですが、意外にも……
 「あら、桃も一緒に行くの。……いいけど……でも、あそこの
お菓子は食べちゃだめよ。あなた、ああいう物を食べるとすぐに
蕁麻疹がでるんだから……カズちゃん、この子にはああいった店
で売ってるお菓子は絶対に与えないでね」

 お母さんはとっても意地悪に釘を刺すのでした。

 私はお兄ちゃんと二人で坂を下りて行きます。子どもの足です
から10分くらいかかったでしょうか。駄菓子屋さんの中は大勢
の子供たちでごった返していました。

 「おや、見かけない子だね」
 割烹着を着た身体の大きなおばさんが一馬お兄ちゃんに向って
さっそく声をかけてきます。

 「叔母さんちに遊びに来たんで、ついでに寄ったの。普段は、
じぶんちのお店に行くから……」

 「何だ、後ろに誰か隠れてるね。妹さんかい」
 おばさんの声が聞こえます。

 私はそのお兄ちゃんの背中で小さくなっていましたが、その声
につられて顔だけ出してみます。
 すると、おばさんは私の顔をまじまじと眺めてから……

 「お譲ちゃん、お名前は?」

 「私の名前は花井桃子」

 「なんだ、やっぱり桃ちゃんか。大きくなったね。おばさんが
前に見た時は、まだ本当の赤ちゃんだったけど……」

 私のこと、このおばさんは何だか知ってるみたいでしたけど、
私はこのおばさんを見たことがありませんでした。

 「ほら、桃ちゃん、何にする?」
 一馬お兄ちゃんがいきなり私の手を引きます。
 それにつられておばさんから視線を下に移すと、そこには広い
広い台の上に処狭しとお菓子が並んでいました。

 ところが……
 「???????」
 私は首を傾げます。

 というのも、私はそれまでこんな御菓子を食べた記憶がありま
せんでした。
 私がイメージする御菓子というのは、お皿の上や缶に入った物
です。私は、普段、大人たちが三時に頂くのと同じものを一緒に
食べていましたから、駄菓子屋さんの店先に並んでいたものは、
だいぶ様子が違っていたのでした。

 迷っているというより、困っていると……
 「じゃあ、これにしな」
 お兄ちゃんが選んでくれました。

 お兄ちゃんは、大きなビニール袋を鷲づかみにして私の目の前
まで持ってきます。
 それは、大小さまざま、色とりどりの三角錐の飴の袋でした。

 「キレイだね」
 そのカラフルな飴は一つ一つに細い紐が着いていて袋の出口で
まとめられています。

 「どれでもいいから、一本だけ紐を引っ張るんだ。動いたやつ
がもらえるからね」
 お兄ちゃんの指示に従って、私はわけも分からず白い紐を一本
引っ張ります。

 すると、袋の中で飴の一つがほんの少しだけ動きました。
 「わあ、大きいのが当たったね。よかったね」
 おばさんがその当たった飴を袋から取り出して私の口に入れて
くれます。

 「!!!」
 それは口を一杯に開かないと入らない大きさの飴でした。
 おまけに、長い紐はそのまま飴に着いていますから、細い紐が
お口から出て私のお臍のあたりまで垂れています。

 そんな不恰好な私の頭におばさんがリボンを結んでくれました。

 「えっ、そんなの買ってないよ」
 お兄ちゃんが言うと……
 「サービスだよ。せっかく桃ちゃんが来てくれたんだから……
これから大事なお客さんなんだし……また、おいで」
 おばさんは笑顔で二人を送り出してくれました。

 私はお兄ちゃんに手を引かれ、息も出来ないほどの大きな飴を
口の中で転がす、というよりもてあましながら、公園へとやって
きます。

 「あれ、何してるの?」
 「野球だよ」
 石のベンチに二人して腰を下ろすと……しばし、男の子たちが
やっている野球見物です。

 「楽しそうだね」
 野球と言っても少年野球のような正規のものではありません。
使っているのゴムボール、バットはその辺に落ちている棒切れを
拾ってきての草野球です。
 私だってルールなんて知りませんけど、そんなこと女の子には
関係ありませんでした。男の子たちの明るい掛け声を聞いている
だけで何だか私までもが幸せのシャワーを浴びてるみたいだった
のです。

 と、ここで、私は先ほど口の中に入れてもらった飴を紐を引っ
張って取り出します。

 「どうしたの?」
 「お兄ちゃんにあげる」
 こう言って紐付きの赤い飴を渡しますから、お兄ちゃんが口の
中に入れてしまいます。

 すると、不思議なもので、その飴がまた欲しくなります。
 「…………」
 じいっ~と見ていて、お兄ちゃんの袖をひくと、お兄ちゃんは
私の気持が分かったみたいで、また、その紐付きの飴を私の口に
戻してくれました。

 そして、再び、私はその飴をお兄ちゃんに上げて……
 またすぐに私の口に戻して……
 そんなことを数回繰り返すうちに飴はなくなってしまいました
が、お兄ちゃんとの幸せな時間は残ったみたいでした。

 その後しばらくは一馬お兄ちゃんのお膝にのんのしてぼんやり
と公園を眺めて過ごします。
 公園の中では、ゴザの上で女の子がオママゴトをしていたり、
乳母車を押したお母さんたちが立ち話をしていたり、ブランコも、
シーソーも、滑り台も、みんなみんな子供たちの声の中にありま
す。

 そんなお昼寝しそうなのどかな昼下がりに、突然、拍子木の音
が響き渡って目が覚めました。

 見ると、一人のおじさんが拍子木を打ち鳴らしながら公園の中
を回っています。
 「何してるの?」
 「紙芝居が始まるんだよ。……ほら、あそこにある自転車……
あの周りにみんな集まってるだろう。あそこでやるんだ」
 「紙芝居?……桃も見に行きたい」

 こうして、二人は紙芝居屋さんの自転車が置いてある場所へと
やってきます。
 「ただ見してもいいけど、一応、水あめ買おうか」
 お兄ちゃんはこう言うと私に十円玉を二枚手渡します。
 「これ、おじちゃんに渡して……」

 私は、突然のお遣いに戸惑いましたが、わけも分からずそれを
おじちゃんの皺枯れた手の中に入れてみました。

 すると、皺くちゃの帽子を被ったおじちゃんが……
 「二人分だね」
 そう言って水あめのついた薄いせんべいを二枚渡してくれたの
です。

 「ありがとう」
 私はおじちゃんにお礼を言いましたが……実は、これも最初は
渡された物が食べ物だなんて思っていませんでした。

 ただ、これって、私にとってはとてもすばらしい出来事でした。
 というのも、これって私にとっては人生最初のお買い物だった
のですから。

 お金を払って、品物を手に入れる。
 当たり前の事のようですが、その当たり前を私はこれまで一度
もしたことがなかったのです。

 結局、水飴のついたおせんべいは知らない子にあげて、紙芝居
はお兄ちゃんにおんぶしてもらって後ろの方で見ました。
 劇画調の毒々しい絵は、当時の私にはあまり肌合いが合わない
ものだったので、すぐに視線をお兄ちゃんのうなじに移して寝て
しまいます。

 すると、突然身体が持ち上がったみたいなので眠い目を開けて
みると、私の身体はお父さんの胸の中にあります。

 帰りはお父さんの背中に張り付いて坂を上って行きます。
 「一馬君、ごめんね。桃のお守りなんかさせてしまって……」
 「いいんです。僕の処にも妹がいますから」
 そんな二人の会話が耳に入りました。

 いずれにしても、私にとってその日はそれはそれは幸せな一日。
忘れられない公園デビューの一日でした。
 一馬お兄ちゃん、ありがとうね。

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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