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4/9 抱っこと赤電話

4/9 抱っこと赤電話

*)あいも変わらず昔話のエッセイです。

 私は恵まれて育ったようだ。
 本人にしてみると『母親がもっと女らしい人だったらいいのに』
とか、『家がもっとリッチだったらいいのに』などと思っていた
から、あまりピンとこないけど、そういう事は贅沢な悩みなのか
もしれない。

 実際、親は私を愛してくれていたし、学校の先生は優しかった
し、友だちからいじめなんて受けたこともなかったから、それで
十分なのかもしれない。……そうそう、友だちの方からは偏屈で
付き合いにくい奴だと思われていたかも……

 いずれにしても、私はそんな優しい大人たちに囲まれて甘える
だけ甘えて大きくなった。
 親はもちろん、先生にも街のおじちゃんやおばちゃんたちにも
平気で抱かれに行ったし、また抱いてくれたから、昭和30年代
って、いい時代だったと思う。

 そうそう、それで思い出すことが一つある。
 あれは、まだ幼稚園に通い始めの頃、僕は隣町のアーケードで
道に迷ってしまったことが何度かあったんだ。

 当時は、お母さんに毎週のように隣町のデパートまでお使いを
頼まれていて……用を済ませたまではよかったんだけど……帰り
の道、バス通りへ行く方向が分からなくなってしまって……

 「えっ!3歳児を隣町までお使いにだすの!危なくないの?」
 近所のおばさんにはよくそう言われた。もちろん、『初めての
おつかい』じゃないからカメラも付き添いもない。

 今のように世の中が物騒だと考えたかもしれないけど、うちの
母親ってそんなことには平気な人だったんだ。物心ついた頃には
電車でもバスでも乗ってどこへでもお使いに出ていた気がする。

 そもそも本人が電車バス大好き少年だったから、バスに乗れる
ならと喜んで頼まれていたんだ。

 ところが、まだ子供だろう、ショーウィンドウに気を取られて
道を一つ間違えて曲がってしまうなんてことがよくあったんだ。

 見かけない風景に慌てた僕は、一旦、今来た道を引き返すんだ
けど、今度は間違って曲がってしまった十字路を行き過ぎてしま
ったりして、結局は迷子になっちゃうってわけ。

 『困ったなあ』
 とは思ったけど泣いたことはなかった。親もこんなことで泣く
ような子ならそもそもお使いになんか出さない。

 こんな時は、あたりを見回してまず赤電話(公衆電話)を探す。

 『しかたない、お母さんのガミガミって声は我慢して家に電話
しよう』
 そう思ってお守りの中から十円玉を二枚取り出す。困った時の
非常用電源だ。

 と、ここまではいいんだけど……
 悲しいかな設置された電話はたいてい高いところにあって幼児
の身体では手が届かないケースが多いんだ。

 ならば、『万事休す』か、というとそうではない。
 こんな時は子供ならではの奥の手があるのだ。

 「だっこ、だっこ」
 僕は通りがかりの見知らぬおじさんかおばさんの袖を引く。
 本当は、『家に電話したいので抱いてください』というのが、
ご挨拶としては正しいのだろうが、抱っこ抱っこで用が足りた。

 「えっ!????」
 そりゃあそうだろう。見ず知らず幼い子にいきなり『抱っこ、
抱っこ』ってせがまれたんだから、大人だって最初は『何事か?』
と思うはずである。

 ところが、真剣に頼めば、たいていの人は……
 「だっこするの?」
 とためらいつつも抱いてくれる。僕の実感を言えば街を歩いて
いる人は、ほぼ100%とっても親切な人たちだったんだ。

 とにかく抱かれてしまえばこっちのもので、体を赤電話の方へ
伸ばすと、おじさん(おばさん)はこちらの意図を分かってくれる。

 「ああ、電話するのね?お家に?」
 「そう、独りでかけられるの?」
 「坊や偉いのね」
 たいていは褒めてくれる。

 で、お母さんが電話に出たら、周りの風景を説明すると………
『ほら、角にいつも行くおもちゃ屋さんがあるでしょう。見える?
そこを右に曲がるの』ってな具合に教えてくれて問題は解決する
のだ。

 あとは、抱っこしてくれたおじさん(おばさん)に……
 「ありがとうございました」
 ってお礼を言えばOKってわけ。
 中にはご親切にバス停まで送ってくれた人もいた。

 こうした場合、普通の子なら道行く人や交番で帰り道を尋ねる
んじゃないかな。実際、お母さんからも……
 「もし、電話で用が足りなければ交番へ行くのよ」
 って言われてたけど、自分から交番へ行くことはなかった。

 なぜって、こんな幼い子がそんな事をしたら、僕は本当の迷子
扱いされて警察官のおじさんがたちまち親に連絡をとってしまう
から。

 結果、親が駆けつけるか、家まで送ってもらうことになる。
 そんなことは僕の沽券に関わるから嫌だったんだ。

 『3歳児の沽券って何だ?』ってなもんだろうけど……
 これはお父さんから教わった言葉。当時の僕はもの凄くプライ
ドが高かったんだ。

 いずれにしても、母がこんな幼い子に遠くへのお使いを頼めた
のは、町の治安がよくて、街の誰もが子供に親切だったからで、
母自身もそんな幸せな街に甘えて子育てしてたんじゃないかな。

 『甘える』って悪いことのように言う人がいるけど、甘えられ
る社会って大事だと思うよ。

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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