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第9話 ①
<第9話> ①
河村氏の自宅中庭で楓ちゃんのお仕置きを見ながら雑談してから三日
後、河村氏からまたまたお呼びがかかる。
倉田先生が今日午後三時から真里をお仕置きするから見学したいなら
お仕置き部屋の裏部屋に来て欲しいと連絡があったというのだ。
そこで、お仕置き部屋の裏部屋へ案内して欲しいというのだが……
『そんなのは手近にいた先生にでも聞けば教えてくれるよ』
と思いながらも出かけていく事になった。
「ほう、こんな処から入るですか。図書館といいお仕置き部屋といい、
ここは凝ってますね、まるで少年時代の秘密基地のようだ」
お仕置き部屋は北の角部屋。でも、その裏部屋へ通常入るには礼拝堂
の隅にある懺悔聴聞室の奥の扉を背をかがめて抜け、人一人やっと通れ
る細い廊下を30mほども進んだ先にあるマリア様の像を90度廻さな
ければならない。
そうやって鍵が外れた引き戸を開けてはじめて入ることができた。
「なるほど、ここですか」
河村氏は1m四方もある大きなマジックミラーの窓を感慨深げに眺め
る。見えているのはもちろん隣のお仕置き部屋の風景。大人一人用のソ
ファや病院の診察室にあるような黒革張りのベッド、大きな薬棚にはお
浣腸用のグリセリンやピストン式の硝子製浣腸器、導尿用のカテーテル
や膿盆、オムツだってそんなにいらないだろうと思うほど沢山用意され
ていた。その隣は蒸し器、こいつはいつ来ても必ず湯気を立てていた。
この他にも壁には普段使わないケインが麗々しくかざってあったり、
壁から突き出た短いベッド。こいつは仰向けに寝かされ両足をバンザイ
させて固定するもので、ここに寝かされると内診台と同じで大事な処は
全て丸見えになるから晒し刑としてよく使われている。
その他、子供が親や教師に折檻されている場面を描いた油彩が掲げら
れ、幼い子などはこの絵を見ただけでビビっていた。いや、私はビビっ
ていた。
しかし、それらはむしろ添え物で、使われる頻度は低かった。ここで
圧倒的に用があるのは中央に置かれたお馬ちゃんだったのである。
こいつは背もたれのないソファに四本の足を足して高くしたようもの
で、用途はもちろんお尻叩き。先生が立った姿勢でトォーズを振り下ろ
すのに丁度いい高さに設定されていたから子供にとっては随分高い処に
乗せられたというかんじがした。
いずれにしても、かつてここの常連だった者としては笑って眺められ
る景色ではなかった。
「昔と変わった処がありますか?」
河村氏の質問にハッと我に返った。
「いえ、それがおどろくほど昔のままなんで驚きました。ガラス戸の
薬棚や蒸し器なんかも昔のままだと思います。壁に掛けてあるタペスト
リーや絵画なんかは僕の知らないものもありますけど……」
「あそこに奇妙な棚がありますよね。あれは何か乗せるものなんです
か?」
「どれですか?……ああ、あれですか。あれはラックなんて呼ばれて
ましたけど、要するに晒し台です。物じゃなく子供を乗せるんですよ。
あの棚に子供を仰向けに寝かせて、両足を上げさせて壁の革ひもで固定
するんです。どんなことになるか、想像がつきますか?」
「だいたい……要するに女の子なら『ご開帳』ということですよね」
「そういうことです。男の子はやってもあまり効果がないため滅多に
やられませんでしたけど、女の子の場合はここへ来ても反省の色がない
と判断されればあそこで30分間は反省させられるんです」
「わっ、そりゃあ大変だ」
河村さんはそう言ったが、顔は笑っていた。
「私も一度だけあそこに登ったことがあるんですが、とにかく窮屈で
死にそうでした。女の子と違ってあまり恥ずかしさはなかったんですが、
メントール入りの傷薬をたっぷり感じやすい処に塗られますからね……
もうそれだけで悲鳴なんですよ。女の子の中には少々のお仕置きでは声
を出さない剛の者もいたんですが、さすがにこれだけはその子も悲鳴を
あげてました」
「よく、幼児虐待だなんて言われませんでしたね」
「今の基準でならこれに限らずどれも虐待でしょうけど、それを虐待
ではなくお仕置きにしているのは、先生やお父様方の理性あってのこと
なんだと思います。実際、僕も子供の頃に受けたこんなお仕置きの事を
『虐待されて大変でしたね』なんて言われるとあまりいい気持ちはしま
せん。もちろん、お父様方の心の中には純粋な教育的見地に基づかない
欲求があったのは承知していますが、それがあったとして私自身は天野
のお父様に拾われて不幸せだったなんて思ったことはありませんからね」
「天野のお父様は優しかった?」
「ええ……ま、私だけじゃありません。ここではお父様が優しくない
と秩序が崩れてしまうんです。私たちにとってお父様というのは最後の
砦ですからね。そこで厳しい目に合うともう行き場がなくなってしまう
ですよ。……精神的に…………孤児というのはどんなに可愛がられても
絶対的な存在を持っていませんから、お父様にはその役割が期待されて
るんですよ」
「だから、何があっても自らお仕置きしてはいけないというわけか」
「家庭ではママがお仕置きしてお父様が抱くというのがパターンです。
ただ、ママや先生、それに司祭様なんかがお仕置きを手伝わせてくれる
事があって、その時は子供をお仕置きできます」
「それで満足できなければ、『どうぞお引き取りを…』ということか」
「それで満足できそうにない人ははじめからこの地を踏むことはない
んです。そこは女王様が厳しくチェックしますから……」
「それで、今まで間違いはなかった」
「ええ、……ま、私が全てを知ってる訳じゃありませんが……」
「あっ、倉田先生が入ってきましたよ」
倉田先生は向こう側のドアを開けて入ってくると、我々が覗いている
窓、向こうの部屋からは鏡のある場所を通過、手前の扉から一旦外へと
出た。
そして、我々がこの部屋に入ってきたのとは反対側にある扉の向こう
からこう言って注意したのである。
「その部屋は一応防音装置に守られてはいますが、大きな声や物音は
させないようにお願いします」
「承知しました。本日はありがとうございました」
河村氏がお礼を言うと……
「それから、場合によっては真里共々この部屋へお邪魔するかもしれ
ませんので、その時はマリア様の場所まで避難して真里とは会わない様
にお願いします」
「隣の廊下まで撤退すればいいんですね」
「はい、その際はマリア様の向きを変えて鍵をかけておいてください」
「わかりました」
「では、真里を部屋へ呼びますのでよろしくお願いします」
先生はこう言ってお仕置き部屋へと戻っていった。
そして数分後。向こう側のドアがノックされる。
「倉田真里です」
「真里ちゃんね、入ってらっしゃい」
と、ここで先生がステレオのスイッチを入れる。
流れ始めたのはお世辞にも上手とは言えないショパン。しかも……
「…………」
先生の仕掛けたちょっとした悪戯。といっても、嫌な思いをしたのは
真里ちゃんではなかった。
「ママ~~」
真里ちゃんはドアを閉めるまでは神妙な顔をしていたが、それが終わ
ると、さっそく一人掛け用のソファに飛びついていく。
お膝に馬乗りになって顔を胸にこすりつける。無論、その顔は満面の
笑みだ。
「ほらほら、お膝でそんなに跳ねないの。もう、あなたも重くなって
抱っこが大変だわ」
「ん、けちんぼ……いいじゃないこのくらい」
「……ところで、あなた、今日はママが呼んだんだっけ……」
「あっ、そうか」
真里はそう言われると慌ててママの膝を降りて挨拶する。
「倉田真里です。倉田先生、お呼びでしょうか」
急に麗々しい挨拶を始める。私たちの時代もそうだが、ママというの
はあくまで家庭の中だけの呼び名で学校では自分の母親(=と言っても
血の繋がりはないが)といえど何々先生と呼ばなければならなかったの
である。
とはいえ、相手は子供。僕もそうだったが二人っきりの時はやっぱり
ママ。
彼女も先生にご挨拶はしたものの、すぐに腰をくねらせて意味ありげ
な笑顔になった。露骨に甘えたいとアピールしているのだった。
「しょうがないわね、いらっしゃい」
作戦成功、真里は再びママのお膝をゲットしたのだった。
「しょうがないわね、こんなに大きくなっちゃって……ママのお膝が
壊れそうだわ」
「でも、やっぱり赤ちゃんは赤ちゃんなんでしょう?」
「それはそうだけど……」
「ねえ、さっきからかかってるピアノ、誰が弾いてるの?」
「合沢健児って人。ここのOBらしいわ」
「男の子なの?それにしてもずいぶん下手ね」
「でも、一年に500曲も作曲して、当時は東京や大阪の発表会では
人気者だったって書かれてたわ」
「信じられない。こんなに下手くそなピアノしか弾けないのに……」
「大きな声ださないの。聞こえたらどうするの」
「聞こえるわけないじゃない。だって、もうここにはいない子なんで
しょう」
「そりゃあそうだけど……」
先生は部屋の鏡を見て思わせぶった笑顔を見せる。もう、私は顔が火
照って真っ赤だった。
「ところで、あなた、ここに呼ばれた訳は知ってるわよね」
「……う、うん」真里は話題が変わると急に肩を落とした。
ま、この部屋に呼ばれて誉められることは期待できないが、先生の他
に人がいない処から見てそれほど重大な罪を犯したわけではないはずだ。
もし、ここに司祭様や女王様がいたら、真里だっていきなり抱きつきは
しないはずである。
あれは四年生の時だったか、ここへ真美ちゃんという女の子と一緒に
呼び出されたんだが、部屋にはいるといきなりおばば様の姿が目に入っ
てしまい、二人とも腰を抜かしそうになったことがあった。僕の方は、
ま、それで済んだんだが、真美ちゃんは恐怖のあまりってことなんだろ
う、部屋に入った処で立ちすくんでしまい、そのままお漏らしをしちゃ
ったことがあった。
これには大人たちの方が慌てたのを覚えている。当時のお仕置きはそ
れほどまでに怖かったのだが、今はその雰囲気をみているとずいぶんと
子供たちが楽そうにみえる。これも時代の変化なのだろう。
「誰にここへ来なさいって言われたの?」
倉田先生は真里の耳元で囁く。
「石川先生、今週は、書き取りの確認テストが一回しか合格してない
から……」
「漢字の書き取りだけじゃないでしょう。算数の佐々木先生も今週は
合格したのが火曜日と木曜日だけっておっしゃってたわ。月、水、金は
不合格だったでしょう」
「でも、不合格になった日は居残りさせられて、ちゃんと覚えたよ」
「それは当たり前の事をしただけじゃない。もし、あなた一人がわか
りませんなんてことになったら、次の単元に授業が進めなくて他のお友
だちにも迷惑がかかるでしょう。自慢になることじゃないわ。だいいち
そのたびに助教師の平林先生にご厄介をかけてるのよ」
「えっ、それは………う、うん」
「確認テストは毎日の宿題なの。家で四回は連続して満点とれるまで
繰り返し練習しなきゃいけないことになってるけど、あなた、お父様の
処でちゃんとやってる?」
「それは……」
真里は口ごもった。確認テストというのは授業でやった内容が知識と
して定着しているかを確かめるためやるテストで、応用問題はなく出題
される問題もあらかじめ提示されているから、要はそれを暗記してくれ
ばそれでよかった。とりわけ国語の書き取りと算数の計算問題は、毎日、
授業の最初に小テストとして必ず行われるから、そのぶんはみんな否応
なしに勉強せざる得なかった。
もし、さぼると、今日の真里ちゃんみたいなことになるのだ。
「そうか」
と、その時河村氏から思わず声が出た。
「どうしたんですか?」
「いやね、先生からは四回続けて全問正解を出すまでやらせてくださ
いって言われてたんだが、今の今まで忘れてたよ。私の方も早く真里が
抱きたくて仕方がないもんだから、彼女が一度でも全問正解を出すと、
ついついお菓子を与えて機嫌をとって、勉強部屋から居間へ連れ戻して
たんだ。いや、真里には悪いことをしたなあ」
「そうですか、そんな時は自分が家庭教師をかって出ればいいんです
よ。私も経験があります。正直、子供としてはあまり歓迎されないけど、
お互い人間椅子としての心地よさはあります。もちろん、長時間あの子
を膝の上に抱けるなら、ですけれど……」
「大丈夫、そのためにここへ来たんだ。そのくらいの苦行には耐えて
みせるよ」
私たちが小さな声で雑談をしている間に、お仕置き部屋の中では一つ
の結論がまとまったようだった。
「だって、お父様が居間の方へいらっしゃいって言うから……」
「まだ、お勉強が完全ら終わってないのに?」
「…………」真里は小さくかむりを縦にした。
「そんなはずないわ。ママはお父様に四回続けて完全に正答がでる迄
お勉強を続けさせてくださいってお願いしてるもの」
「だって、お父様は一回でもできると『もういいんじゃないか』って
…………だから、しょうがなくて……」
「どうして、しょうがないの?『まだ、終わってません』って断れば
いいでしょう」
「だって、お父様に逆らっちゃいけないって……」
「逆らってなんかいないでしょう。まだ、終わってないんだから、終
わってませんって言うだけだもの」
「だって……」
「これはお父様の問題じゃなくて、あなたの問題なのよ。お父様が、
よしんば『遊びましょ』ってお誘いしたとしても、だからって、宿題を
やってこないでもいいってことにはならないのよ。それとも、お父様は、
あなたに『お勉強をやめて、こちらへ来なさい』っておっしゃったの?
……違うでしょう」
「…………」
真里は下唇を噛んだまま。納得したわけではなかったが、子供の身分
ではこんな場合にだって親がそう主張すれば納得するしかなかった。
「石川先生も佐々木先生もとってもあなたのことを心配なさってたわ」
「えっ、だって算数は二回合格してるし……」
「何言ってるの、この一週間は不合格だった日の方が多いじゃないの。
こういうテストはお家でちゃんとやってくれば必ず合格するテストなの。
不合格ってことは、『宿題をちゃんとやって来ませんでした』ということ
でしょう。ママだってお二人の先生方と同じでとっても心配だわ。……
だからこのあたりでね、『がんばれ~~』って励ましてあげた方がいいん
じゃないかと思うんだけど。…………どうかしらね」
こうママに言われて、真里は傍目からも分かるほど真っ青になった。
もとよりここに呼ばれた段階である程度覚悟はしてきているが、それで
もひょっとして許してもらえるかもしれないと楽観的に考えてしまうの
が子供なのだ。それがあらためて親や教師に面と向かって言われること
で『さあ大変だ!』ということになる。そのあたり子どもというのは、
とっても近視眼的だったのである。
ちなみに『励ます』というのは亀山独特の隠語で『お尻をぶちます』
という意味。この他にも『我慢を教えてあげます』とか『お腹の悪い虫
を追い出しちゃいましょう』なんて言われたらお浣腸。お灸は『気付け
薬』だし、『ちょっとのぼせちゃったみたいだから、お外の風に当たりま
しょうか』なんて言われたら素っ裸で晒し台送りという具合だ。
「ゴメンナサイ、来週からはちゃんと合格しますから……」
弱々しい声で釈明してみたが……
「そうして頂戴。あなた一人が遅れをとると、クラスみんなに迷惑が
かかりますからね。……でも、今週の分は今週の分でちゃんと精算しな
ければならないわ。それに、あなただって何かきっかけがないと頑張れ
ないでしょう」
「…………」
真里は一生懸命首を横にふったが……
「何?そんな事してもらわなくてもできますって言うの?……無理よ。
ママはあなたのことずっと見てきてるけど、そうやって改心したことな
んて一度もなかったもの」
「今度は一生懸命やるから…」
「『今度は、』『今度は、』ってのも何回も聞いたけど、できたためしが
ないじゃない。やっぱりここはピリッと辛いものを食べた方がいいわ。
お尻をぶってもらってその違和感が残ってうちは『ああ、そうだった』
って思い出すでしょうから……」
「そんなことないよ」
「そんなことあります。あなたの浮気癖だってそうじゃないの。『新し
いお父様がいやだあ~~』なんてだだをこねて、結局、お股にお灸して
もらったらピタッと修まったじゃないの。あれ、今でも違和感は残って
るでしょう」
「……」真里は下唇を噛んだまま静かに頷く。
「ま、一年くらいはほんのちょっぴり感じる程度残るでしょうけど、
それでいいの。また、我が儘が言いたくなったらその火傷の痕があなた
を止めてくれるわ。……いいこと、ここのお父様はどなたに当たっても
大変な人格者ばかりなの。本来なら世間知らずのあなたごときにえり好
みされるような人たちではないのよ。それを河村のお父様は自分が悪者
になることであなたを引き取ってくださったんだから。感謝しなければ
罰(ばち)が当たるわ」
「…………」
「女の子というは与えられた場所で花を咲かせるようにできてるの。
あなたにはまだわからないでしょうけど、ここは最高の花壇だわ」
「……」真里は不承不承という顔だったが小さく頷いてみせる。
「さあさあ、分かったらさっさとお仕置きも済ましてしまいましょう」
「えっ、やっぱりやるの……やだあ~~」
その口振りはママのお説教を納得すれば許されると思っていたのかも
しれない。ところが意に反してママの態度が強硬だったから驚いたのだ。
真里はそれまでの抱っこから下ろされてママの目の前に立たされる。
そして、膝上丈の短いフレアスカートの裾を何の遠慮もなく跳ね上げる
のだった。
「…………」
その跳ね上げられた裾はお腹の辺りにピンで留められ、真綿のような
木綿のショーツがむき出しになってしまったが、そこは女同士、しかも
相手がママなのだからそんなに抵抗もなかった。
「さあ、ショーツも脱いで……」
ママは次を指示して蒸し器へと向かう。そこには熱々に蒸し上がった
タオルが数枚入れてあった。
ママはそれを少し空気に触れさせてさまし始めるが、見ると娘が何だ
かもじもじしているので……
「どうしたの?早くなさい」
とせき立ててみるのだが言うことをきかなかった。
そこで程良い温度までさました蒸しタオルを二枚ほど持って戻ると…
「さあ、早くなさい」
河村氏の自宅中庭で楓ちゃんのお仕置きを見ながら雑談してから三日
後、河村氏からまたまたお呼びがかかる。
倉田先生が今日午後三時から真里をお仕置きするから見学したいなら
お仕置き部屋の裏部屋に来て欲しいと連絡があったというのだ。
そこで、お仕置き部屋の裏部屋へ案内して欲しいというのだが……
『そんなのは手近にいた先生にでも聞けば教えてくれるよ』
と思いながらも出かけていく事になった。
「ほう、こんな処から入るですか。図書館といいお仕置き部屋といい、
ここは凝ってますね、まるで少年時代の秘密基地のようだ」
お仕置き部屋は北の角部屋。でも、その裏部屋へ通常入るには礼拝堂
の隅にある懺悔聴聞室の奥の扉を背をかがめて抜け、人一人やっと通れ
る細い廊下を30mほども進んだ先にあるマリア様の像を90度廻さな
ければならない。
そうやって鍵が外れた引き戸を開けてはじめて入ることができた。
「なるほど、ここですか」
河村氏は1m四方もある大きなマジックミラーの窓を感慨深げに眺め
る。見えているのはもちろん隣のお仕置き部屋の風景。大人一人用のソ
ファや病院の診察室にあるような黒革張りのベッド、大きな薬棚にはお
浣腸用のグリセリンやピストン式の硝子製浣腸器、導尿用のカテーテル
や膿盆、オムツだってそんなにいらないだろうと思うほど沢山用意され
ていた。その隣は蒸し器、こいつはいつ来ても必ず湯気を立てていた。
この他にも壁には普段使わないケインが麗々しくかざってあったり、
壁から突き出た短いベッド。こいつは仰向けに寝かされ両足をバンザイ
させて固定するもので、ここに寝かされると内診台と同じで大事な処は
全て丸見えになるから晒し刑としてよく使われている。
その他、子供が親や教師に折檻されている場面を描いた油彩が掲げら
れ、幼い子などはこの絵を見ただけでビビっていた。いや、私はビビっ
ていた。
しかし、それらはむしろ添え物で、使われる頻度は低かった。ここで
圧倒的に用があるのは中央に置かれたお馬ちゃんだったのである。
こいつは背もたれのないソファに四本の足を足して高くしたようもの
で、用途はもちろんお尻叩き。先生が立った姿勢でトォーズを振り下ろ
すのに丁度いい高さに設定されていたから子供にとっては随分高い処に
乗せられたというかんじがした。
いずれにしても、かつてここの常連だった者としては笑って眺められ
る景色ではなかった。
「昔と変わった処がありますか?」
河村氏の質問にハッと我に返った。
「いえ、それがおどろくほど昔のままなんで驚きました。ガラス戸の
薬棚や蒸し器なんかも昔のままだと思います。壁に掛けてあるタペスト
リーや絵画なんかは僕の知らないものもありますけど……」
「あそこに奇妙な棚がありますよね。あれは何か乗せるものなんです
か?」
「どれですか?……ああ、あれですか。あれはラックなんて呼ばれて
ましたけど、要するに晒し台です。物じゃなく子供を乗せるんですよ。
あの棚に子供を仰向けに寝かせて、両足を上げさせて壁の革ひもで固定
するんです。どんなことになるか、想像がつきますか?」
「だいたい……要するに女の子なら『ご開帳』ということですよね」
「そういうことです。男の子はやってもあまり効果がないため滅多に
やられませんでしたけど、女の子の場合はここへ来ても反省の色がない
と判断されればあそこで30分間は反省させられるんです」
「わっ、そりゃあ大変だ」
河村さんはそう言ったが、顔は笑っていた。
「私も一度だけあそこに登ったことがあるんですが、とにかく窮屈で
死にそうでした。女の子と違ってあまり恥ずかしさはなかったんですが、
メントール入りの傷薬をたっぷり感じやすい処に塗られますからね……
もうそれだけで悲鳴なんですよ。女の子の中には少々のお仕置きでは声
を出さない剛の者もいたんですが、さすがにこれだけはその子も悲鳴を
あげてました」
「よく、幼児虐待だなんて言われませんでしたね」
「今の基準でならこれに限らずどれも虐待でしょうけど、それを虐待
ではなくお仕置きにしているのは、先生やお父様方の理性あってのこと
なんだと思います。実際、僕も子供の頃に受けたこんなお仕置きの事を
『虐待されて大変でしたね』なんて言われるとあまりいい気持ちはしま
せん。もちろん、お父様方の心の中には純粋な教育的見地に基づかない
欲求があったのは承知していますが、それがあったとして私自身は天野
のお父様に拾われて不幸せだったなんて思ったことはありませんからね」
「天野のお父様は優しかった?」
「ええ……ま、私だけじゃありません。ここではお父様が優しくない
と秩序が崩れてしまうんです。私たちにとってお父様というのは最後の
砦ですからね。そこで厳しい目に合うともう行き場がなくなってしまう
ですよ。……精神的に…………孤児というのはどんなに可愛がられても
絶対的な存在を持っていませんから、お父様にはその役割が期待されて
るんですよ」
「だから、何があっても自らお仕置きしてはいけないというわけか」
「家庭ではママがお仕置きしてお父様が抱くというのがパターンです。
ただ、ママや先生、それに司祭様なんかがお仕置きを手伝わせてくれる
事があって、その時は子供をお仕置きできます」
「それで満足できなければ、『どうぞお引き取りを…』ということか」
「それで満足できそうにない人ははじめからこの地を踏むことはない
んです。そこは女王様が厳しくチェックしますから……」
「それで、今まで間違いはなかった」
「ええ、……ま、私が全てを知ってる訳じゃありませんが……」
「あっ、倉田先生が入ってきましたよ」
倉田先生は向こう側のドアを開けて入ってくると、我々が覗いている
窓、向こうの部屋からは鏡のある場所を通過、手前の扉から一旦外へと
出た。
そして、我々がこの部屋に入ってきたのとは反対側にある扉の向こう
からこう言って注意したのである。
「その部屋は一応防音装置に守られてはいますが、大きな声や物音は
させないようにお願いします」
「承知しました。本日はありがとうございました」
河村氏がお礼を言うと……
「それから、場合によっては真里共々この部屋へお邪魔するかもしれ
ませんので、その時はマリア様の場所まで避難して真里とは会わない様
にお願いします」
「隣の廊下まで撤退すればいいんですね」
「はい、その際はマリア様の向きを変えて鍵をかけておいてください」
「わかりました」
「では、真里を部屋へ呼びますのでよろしくお願いします」
先生はこう言ってお仕置き部屋へと戻っていった。
そして数分後。向こう側のドアがノックされる。
「倉田真里です」
「真里ちゃんね、入ってらっしゃい」
と、ここで先生がステレオのスイッチを入れる。
流れ始めたのはお世辞にも上手とは言えないショパン。しかも……
「…………」
先生の仕掛けたちょっとした悪戯。といっても、嫌な思いをしたのは
真里ちゃんではなかった。
「ママ~~」
真里ちゃんはドアを閉めるまでは神妙な顔をしていたが、それが終わ
ると、さっそく一人掛け用のソファに飛びついていく。
お膝に馬乗りになって顔を胸にこすりつける。無論、その顔は満面の
笑みだ。
「ほらほら、お膝でそんなに跳ねないの。もう、あなたも重くなって
抱っこが大変だわ」
「ん、けちんぼ……いいじゃないこのくらい」
「……ところで、あなた、今日はママが呼んだんだっけ……」
「あっ、そうか」
真里はそう言われると慌ててママの膝を降りて挨拶する。
「倉田真里です。倉田先生、お呼びでしょうか」
急に麗々しい挨拶を始める。私たちの時代もそうだが、ママというの
はあくまで家庭の中だけの呼び名で学校では自分の母親(=と言っても
血の繋がりはないが)といえど何々先生と呼ばなければならなかったの
である。
とはいえ、相手は子供。僕もそうだったが二人っきりの時はやっぱり
ママ。
彼女も先生にご挨拶はしたものの、すぐに腰をくねらせて意味ありげ
な笑顔になった。露骨に甘えたいとアピールしているのだった。
「しょうがないわね、いらっしゃい」
作戦成功、真里は再びママのお膝をゲットしたのだった。
「しょうがないわね、こんなに大きくなっちゃって……ママのお膝が
壊れそうだわ」
「でも、やっぱり赤ちゃんは赤ちゃんなんでしょう?」
「それはそうだけど……」
「ねえ、さっきからかかってるピアノ、誰が弾いてるの?」
「合沢健児って人。ここのOBらしいわ」
「男の子なの?それにしてもずいぶん下手ね」
「でも、一年に500曲も作曲して、当時は東京や大阪の発表会では
人気者だったって書かれてたわ」
「信じられない。こんなに下手くそなピアノしか弾けないのに……」
「大きな声ださないの。聞こえたらどうするの」
「聞こえるわけないじゃない。だって、もうここにはいない子なんで
しょう」
「そりゃあそうだけど……」
先生は部屋の鏡を見て思わせぶった笑顔を見せる。もう、私は顔が火
照って真っ赤だった。
「ところで、あなた、ここに呼ばれた訳は知ってるわよね」
「……う、うん」真里は話題が変わると急に肩を落とした。
ま、この部屋に呼ばれて誉められることは期待できないが、先生の他
に人がいない処から見てそれほど重大な罪を犯したわけではないはずだ。
もし、ここに司祭様や女王様がいたら、真里だっていきなり抱きつきは
しないはずである。
あれは四年生の時だったか、ここへ真美ちゃんという女の子と一緒に
呼び出されたんだが、部屋にはいるといきなりおばば様の姿が目に入っ
てしまい、二人とも腰を抜かしそうになったことがあった。僕の方は、
ま、それで済んだんだが、真美ちゃんは恐怖のあまりってことなんだろ
う、部屋に入った処で立ちすくんでしまい、そのままお漏らしをしちゃ
ったことがあった。
これには大人たちの方が慌てたのを覚えている。当時のお仕置きはそ
れほどまでに怖かったのだが、今はその雰囲気をみているとずいぶんと
子供たちが楽そうにみえる。これも時代の変化なのだろう。
「誰にここへ来なさいって言われたの?」
倉田先生は真里の耳元で囁く。
「石川先生、今週は、書き取りの確認テストが一回しか合格してない
から……」
「漢字の書き取りだけじゃないでしょう。算数の佐々木先生も今週は
合格したのが火曜日と木曜日だけっておっしゃってたわ。月、水、金は
不合格だったでしょう」
「でも、不合格になった日は居残りさせられて、ちゃんと覚えたよ」
「それは当たり前の事をしただけじゃない。もし、あなた一人がわか
りませんなんてことになったら、次の単元に授業が進めなくて他のお友
だちにも迷惑がかかるでしょう。自慢になることじゃないわ。だいいち
そのたびに助教師の平林先生にご厄介をかけてるのよ」
「えっ、それは………う、うん」
「確認テストは毎日の宿題なの。家で四回は連続して満点とれるまで
繰り返し練習しなきゃいけないことになってるけど、あなた、お父様の
処でちゃんとやってる?」
「それは……」
真里は口ごもった。確認テストというのは授業でやった内容が知識と
して定着しているかを確かめるためやるテストで、応用問題はなく出題
される問題もあらかじめ提示されているから、要はそれを暗記してくれ
ばそれでよかった。とりわけ国語の書き取りと算数の計算問題は、毎日、
授業の最初に小テストとして必ず行われるから、そのぶんはみんな否応
なしに勉強せざる得なかった。
もし、さぼると、今日の真里ちゃんみたいなことになるのだ。
「そうか」
と、その時河村氏から思わず声が出た。
「どうしたんですか?」
「いやね、先生からは四回続けて全問正解を出すまでやらせてくださ
いって言われてたんだが、今の今まで忘れてたよ。私の方も早く真里が
抱きたくて仕方がないもんだから、彼女が一度でも全問正解を出すと、
ついついお菓子を与えて機嫌をとって、勉強部屋から居間へ連れ戻して
たんだ。いや、真里には悪いことをしたなあ」
「そうですか、そんな時は自分が家庭教師をかって出ればいいんです
よ。私も経験があります。正直、子供としてはあまり歓迎されないけど、
お互い人間椅子としての心地よさはあります。もちろん、長時間あの子
を膝の上に抱けるなら、ですけれど……」
「大丈夫、そのためにここへ来たんだ。そのくらいの苦行には耐えて
みせるよ」
私たちが小さな声で雑談をしている間に、お仕置き部屋の中では一つ
の結論がまとまったようだった。
「だって、お父様が居間の方へいらっしゃいって言うから……」
「まだ、お勉強が完全ら終わってないのに?」
「…………」真里は小さくかむりを縦にした。
「そんなはずないわ。ママはお父様に四回続けて完全に正答がでる迄
お勉強を続けさせてくださいってお願いしてるもの」
「だって、お父様は一回でもできると『もういいんじゃないか』って
…………だから、しょうがなくて……」
「どうして、しょうがないの?『まだ、終わってません』って断れば
いいでしょう」
「だって、お父様に逆らっちゃいけないって……」
「逆らってなんかいないでしょう。まだ、終わってないんだから、終
わってませんって言うだけだもの」
「だって……」
「これはお父様の問題じゃなくて、あなたの問題なのよ。お父様が、
よしんば『遊びましょ』ってお誘いしたとしても、だからって、宿題を
やってこないでもいいってことにはならないのよ。それとも、お父様は、
あなたに『お勉強をやめて、こちらへ来なさい』っておっしゃったの?
……違うでしょう」
「…………」
真里は下唇を噛んだまま。納得したわけではなかったが、子供の身分
ではこんな場合にだって親がそう主張すれば納得するしかなかった。
「石川先生も佐々木先生もとってもあなたのことを心配なさってたわ」
「えっ、だって算数は二回合格してるし……」
「何言ってるの、この一週間は不合格だった日の方が多いじゃないの。
こういうテストはお家でちゃんとやってくれば必ず合格するテストなの。
不合格ってことは、『宿題をちゃんとやって来ませんでした』ということ
でしょう。ママだってお二人の先生方と同じでとっても心配だわ。……
だからこのあたりでね、『がんばれ~~』って励ましてあげた方がいいん
じゃないかと思うんだけど。…………どうかしらね」
こうママに言われて、真里は傍目からも分かるほど真っ青になった。
もとよりここに呼ばれた段階である程度覚悟はしてきているが、それで
もひょっとして許してもらえるかもしれないと楽観的に考えてしまうの
が子供なのだ。それがあらためて親や教師に面と向かって言われること
で『さあ大変だ!』ということになる。そのあたり子どもというのは、
とっても近視眼的だったのである。
ちなみに『励ます』というのは亀山独特の隠語で『お尻をぶちます』
という意味。この他にも『我慢を教えてあげます』とか『お腹の悪い虫
を追い出しちゃいましょう』なんて言われたらお浣腸。お灸は『気付け
薬』だし、『ちょっとのぼせちゃったみたいだから、お外の風に当たりま
しょうか』なんて言われたら素っ裸で晒し台送りという具合だ。
「ゴメンナサイ、来週からはちゃんと合格しますから……」
弱々しい声で釈明してみたが……
「そうして頂戴。あなた一人が遅れをとると、クラスみんなに迷惑が
かかりますからね。……でも、今週の分は今週の分でちゃんと精算しな
ければならないわ。それに、あなただって何かきっかけがないと頑張れ
ないでしょう」
「…………」
真里は一生懸命首を横にふったが……
「何?そんな事してもらわなくてもできますって言うの?……無理よ。
ママはあなたのことずっと見てきてるけど、そうやって改心したことな
んて一度もなかったもの」
「今度は一生懸命やるから…」
「『今度は、』『今度は、』ってのも何回も聞いたけど、できたためしが
ないじゃない。やっぱりここはピリッと辛いものを食べた方がいいわ。
お尻をぶってもらってその違和感が残ってうちは『ああ、そうだった』
って思い出すでしょうから……」
「そんなことないよ」
「そんなことあります。あなたの浮気癖だってそうじゃないの。『新し
いお父様がいやだあ~~』なんてだだをこねて、結局、お股にお灸して
もらったらピタッと修まったじゃないの。あれ、今でも違和感は残って
るでしょう」
「……」真里は下唇を噛んだまま静かに頷く。
「ま、一年くらいはほんのちょっぴり感じる程度残るでしょうけど、
それでいいの。また、我が儘が言いたくなったらその火傷の痕があなた
を止めてくれるわ。……いいこと、ここのお父様はどなたに当たっても
大変な人格者ばかりなの。本来なら世間知らずのあなたごときにえり好
みされるような人たちではないのよ。それを河村のお父様は自分が悪者
になることであなたを引き取ってくださったんだから。感謝しなければ
罰(ばち)が当たるわ」
「…………」
「女の子というは与えられた場所で花を咲かせるようにできてるの。
あなたにはまだわからないでしょうけど、ここは最高の花壇だわ」
「……」真里は不承不承という顔だったが小さく頷いてみせる。
「さあさあ、分かったらさっさとお仕置きも済ましてしまいましょう」
「えっ、やっぱりやるの……やだあ~~」
その口振りはママのお説教を納得すれば許されると思っていたのかも
しれない。ところが意に反してママの態度が強硬だったから驚いたのだ。
真里はそれまでの抱っこから下ろされてママの目の前に立たされる。
そして、膝上丈の短いフレアスカートの裾を何の遠慮もなく跳ね上げる
のだった。
「…………」
その跳ね上げられた裾はお腹の辺りにピンで留められ、真綿のような
木綿のショーツがむき出しになってしまったが、そこは女同士、しかも
相手がママなのだからそんなに抵抗もなかった。
「さあ、ショーツも脱いで……」
ママは次を指示して蒸し器へと向かう。そこには熱々に蒸し上がった
タオルが数枚入れてあった。
ママはそれを少し空気に触れさせてさまし始めるが、見ると娘が何だ
かもじもじしているので……
「どうしたの?早くなさい」
とせき立ててみるのだが言うことをきかなかった。
そこで程良い温度までさました蒸しタオルを二枚ほど持って戻ると…
「さあ、早くなさい」