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5/3 お父さん

5/3 お父さん

*)ショートショート。太郎君のお父さんの話でHありません。

 昭和30年代の頃というと、世間ではまだまだ怖いお父さんが
たくさんいた時代。
 でも、太郎君のお父さんは温和でおとなしい性格だったので、
太郎君、お父さんから怒られたという記憶がほとんどない。

 『勉強しろ』なんて言わないし『部屋のお片づけはどうなった
の』なんて声も聞いたことがない。
 そういう事は全てお母さんに任せて、そばに寄るといつもお膝
に抱き上げてよしよしって頭を撫でてくれた。

 そして、太郎君が興味を示せばなんでも教えてくれたんだ。
 学校では習わない方程式の仕組みや英語での挨拶、ロケットの
構造や漢詩の解説。体系的とか学問的にではなく、あくまで雑学
なんだけど、幼い子にはそれで十分子守唄代わりになっていた。

 幼い太郎君のボキャブラリーがあまりに豊富で大人たちを驚か
せていたのもお父さんのお膝あってのことなのだ。

 旧制中学しか出てない割りに、けっこう物知りだから、太郎君
にとっては知的好奇心の源泉でもあったんだ。

 書道と東洋哲学が趣味で、お友だちとご本も何冊か出している。
 みんな自費出版だから赤字。そんな本を出す時だけお母さんに
は猫なで声だ。

 「うちには出来の悪い長男がもう一人いる」
 ってお母さんがよくこぼしてたけど、この出来の悪い長男って
のがお父さんのことなの。

 そんなお父さんに太郎君一度だけ大声で怒鳴られて、ぶん投げ
られたことがあった。

 あれは、お父さんが展覧会に出すための作品を清書していた時
のこと。大きな紙に、やたら難しい字ばかり書いてたお父さんが
一息ついたように見えた。
 てっきり、もう終わったと思ったから……

 「お父さん」
 って……座敷の真ん中で正座して前かがみになったその背中に
ポンと乗ってみたら……

 「何するんだ!」って怒鳴られたあげく、まるで紙くずを放り
投げるように身体ごと襖にドン。
 まだ名前を書いてなくて、それが歪んじゃったみたいなんだ。

 まだお昼だけど、お星様が輝いた。

 冷静さを取り戻したお父さんに、すぐによしよししてもらった
けど、部屋の真ん中から隅までふっ飛んだんだもん、そりゃあ、
痛かった。よく襖が破れなかったなあって思うほどの勢いだった
んだ。

 そのあとは、お父さんと一緒に甘納豆を食べた。
 お父さん、書斎に必ずストックしておくから、行くと必ず食べ
られるんだ。

 遠い昔のお話なので、その時なぜお父さんの処へ行ったのか、
今はもう忘れてしまったけど、最初からそれがお目当てだったの
かもしれない。

 社会やお家のためには、何の役にも立たない人だったかもしれ
ないけど、どこかのおじさんが言ってたよ。

 『愛すべき人』なんだってさ。

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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