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5/30 海草電車

5/30 海草電車

*)短編小説(読みきり)Hありません。ノーマルなお話です。

 ある秋の日のことです。
 その日は、朝からお母さんが何となくそわそわしていました。
 そして、朝ごはんを食べ終わると、お出かけの服に着替えます。
 いえ、お母さんだけじゃなく僕たち兄弟も一緒におめかしです。

 お母さんは言います。
 「今日は、来年入学する小学校にご挨拶行きますからね、二人
とも、お行儀良くしているのよ」

 というわけで、どうやらそのことで親子四人お出かけするみた
いでした。

 ま、理由はともかくお出かけは楽しいものですから、僕も弟も
大はしゃぎです。

 道端にタンポポが咲いていましたから……
 「これ、本当は春に咲く花なんだよ。こうやって秋に咲くのは
狂い咲きって言うんだ」
 僕はお兄ちゃんとしての威厳を弟に示します。

 もっとも、僕がお兄ちゃんと言っても弟とは生まれた日が同じ。
 つまり二人は二卵性双生児でした。

 ただ、世間が僕のことを「お兄ちゃん」「お兄ちゃん」とちや
ほやするもんですから…僕の方が誤解して、
 『この子(弟)は僕が守ってあげなきゃいけないんだ』
 なんてお兄ちゃん風を吹かせるようになっていたのです。

 実は、二人に能力の差はほとんどなくて……知識や計算は僕が
……芸術的な才能はあっちゃん(弟)の方が、ほんのちょっぴり
優れていました。(と、大人の人たちが言っていました)

 次に僕たちは、空に浮かんだ雲を見て議論します。

 「ねえ、あの雲、鉄人28号に見えないか?」
 「嘘だよ、ピエロだよ。玉乗りしてるもん」
 「どこが玉乗りだよ。違うよ、あれ、地球だよ」
 「そんな小さな地球があるわけないじゃん」

 とまあ、こんな感じで道々口げんか。
 でも、僕はあっちゃんの保護者きどりだし…あっちゃんも僕の
ことは「お兄ちゃん」「お兄ちゃん」って慕ってくれていました
から、二人は普段とっても仲よしでした。

 四人の小旅行は、電車に乗って二十分。歩いてやっぱり二十分。
 やっとこさ、目的の小学校へ着きます。
 校庭ではすでに大勢の子供たちが遊んでいました。

 やがて見知らぬ先生がやって来て、その子たちとボール遊びを
しましょうとか、お部屋の中でお絵描きをしましょうなんて言っ
てきます。
 お父さんお母さんはどこかで先生方とお話し合いしてるみたい
でどっかへ行ってしまいましたが、子供たちの周りにもたくさん
の先生がいらっしゃったので特別心配もしませんでした。

 と、そんなこんながあって……今度は、僕だけが他の数人の子
と一緒に先生に呼ばれます。
 何だろうと思って先生と一緒に着いて行くと、ほかの子たちと
並んで椅子に座らされました。

 「お名前は?」
 「お歳は?」
 「どこの幼稚園ですか?」
 「お父さんのお名前を知っていますか」
 「お母さんのお名前を知っていますか
 「今日はお家からどうやってここへ来ましたか?」
 誰に対しても同じことを聞いていきます。

 ほかの子は……
 「朝比奈敦子」
 「6才」
 「小鳩幼稚園」
 「朝比奈宗雄」
 「朝比奈敬子」
 「お父さん、お母さんと一緒にバスに乗って来ました」
 と、まあだいたいこんな感じで答えていくのですが……

 『なあんだ、家族を自己紹介すればいいんだ』
 僕は今起こっていることをこんな風に解釈しました。

 『それならそうと言ってくれればいいのに一つ一つきく事ない
じゃないか』
 そんな光景を目の当たりにしていると、僕の頭の中には尋ねて
くる先生に向って話したいことがたくさん出てきてしまいます。

 もちろん、色んなことが頭の中に湧き上がったとしても、それ
を話さなければいいだけのことなんですが、因果なことに、当時
の僕にはそれができませんでした。
 思いついたことは全て話さないと気がすまなかったのです。

 そこでは一問一答なんて形式は無視。
 「僕の名前は倉田勉。弟は篤。お父さんは倉田弘治。お母さん
は倉田花枝。僕は6才、弟も6才、二人は二卵性双生児なんだ。
5月16日がお誕生日だからその日が来ると二人とも7才です。
お父さんは38才、お母さんは28才。通ってるのは天使幼稚園。
お庭に大きなクリの木がある幼稚園だから、港町に来ればすぐに
わかるよ。今は栗のイガイガを踏んじゃうから近く行っちゃいけ
ないって先生に言われてるんだ。あ、そうだ、今日のことだよね。
今日はね、朝からお母さんの様子が何だかおかしかったんだ。何
だかそわそわしてたもん。そうだ、ここへ来る途中、タンポポが
咲いてたよ。珍しいでしょう。だから、あっちゃんに教えてあげ
たの。これは『狂い咲き』だよってね。そうそう雲も出てたよ、
綺麗な白い雲。あっちゃんはね、あれがピエロに見えるって……」

 立て板に水で、余計な情報満載の一人トーク。しかも、僕の番
だと思って勝手に話し始めるもんだから、周りの先生もあっけに
取られてお口あんぐりだったみたい。
 ただ、僕の方はやっとおしゃべりができて上機嫌だった。
 
 当然、「やめさせましょうか」という話が出たんだけど、当時
の校長先生がとても良い人で「もうしばらく聞いてみましょう」
ということになったみたいで……(僕はそんな事情知らなかった)
僕は延々話し続けちゃう。

 しかも、そのうち自分で自分のお話に酔ってしまい、だんだん
と『ため口』で話すようになります。

 で、そんな僕の無駄話が、やっと家の近くの駅から電車に乗る
という段になって、問題が生じるのでした。

 このあたりまで来る頃には僕は周りことなんて無視。とにかく
思いついた事は全部話さなきゃって、そればかり考えていたみた
いでした。
 大げさな身振り手振りを交えて、ため口で得意げに大演説です。

 「電車がホームに入ってきたんだけどさあ、これが回送なんだ
よね。がっかりしちゃった。せっかく特急が来たと思ったのに…」
 と、この言葉が問題でした。

 きっと、身振り手振りを交えて必死に話しているもんですから、
先生には僕の手の動きが海の中で昆布が揺らいでいるように見え
たんじゃないでしょうか。
 先生が、思わずこう言ってしまったのです。

 「電車のホームに海草が生えてたの?」

 「ん????」
 さすがの僕も言葉に詰まりましたね。
 最初は何の事だか、僕にもわかりませんでしたから。
 でも、それが思い違いだと分かると、今度はこう言っちゃった
の。

 「先生、ホームに海草が生えるわけがないじゃない。しょうが
ないなあ。回・送・電車。お客さんを乗せない電車があるだろう。
知らないの?そんな事も知らないんじゃ、世間の人に笑われるよ」

 もう完全なため口です。
 でも、この時笑われたのは、先生じゃなくて僕。
 場内大爆笑でしたから……

 何しろ、これから教えを請おうという先生に向って、つい最近
世の中に出てきたばかりの幼稚園児が世間まで持ち出して諭すん
ですからね、大人たちはこれを笑わずにはいられなかったみたい
です。

 「えっ、何????」
 どっと湧き起こった笑いには僕だって動揺します。
 きっと、どんな漫才のネタより面白かったかもしれません。
 お父さんもお母さんもその瞬間は卒倒寸前だったそうです。

 「えっ、まずい????」
 僕は、ここへ来て初めて自分がまずいことをしていると気づき
ました。

 だからその後はお友だちを見習って簡単に済ませたんですけど
……僕の顔と名前は先生方の脳裏に強烈に残ったみたいでした。


 親子四人での帰り道、お父さんはいつになくニヤニヤ笑ってい
ますし、お母さんは明らかに怒ってます。あっちゃんだけが慰め
てくれました。

 木枯らしの吹くよく晴れた秋の一日。
 今でもその日のことはよく思い出します。


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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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