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第 5 話 ①

< 第 5 話 > ①
 香澄と私は大きな乳母車を押して町中を散歩する。目的地は河村邸。
ただ、最短コースを通ってそこへ行ったわけではない。途中学校に立ち
寄り、公園で休憩し、修道院や司祭様の私邸にまで押しかけたのだ。
 目的はもちろん赤ちゃんの顔見せ。あけすけに言ってしまうとこれも
この子へのお仕置きの一部だった。
 元気で可愛らしい赤ちゃんの体をできるだけ多くの街の人たちに隅か
ら隅までたっぷりと見てもらおうというのだ。当然、タオルケットの下
は全裸。
 経験者だから言わせてもらうけど、これって結構キツい。枷に繋がれ
ていた方がよっぽど楽なのだ。枷の場合だってもちろんお外で全裸なん
だけど、実は裸で居る時間というはそんなに長くないし、見られる相手
も最初からだいたい想像がつくので服を脱ぐ段階で覚悟が決まってしま
うけど、こちらはどんな人に見られるか分からないという不安を常に抱
えて長い時間裸で過ごさなければならなかったから精神的にしんどかっ
たのである。
 それに、見てる方はまさに上から目線で『よちよち』てなもんだが、
見られる方は大きな顔が鼻先まで迫って来るわけで、恥ずかしくて恥ず
かしくて死ぬ思いだった。
 男の子でこうなんだから女の子はさぞや……と思い尋ねると……
 「お仕置きなんだもん。しょうがないじゃない」
 「だってその子が悪いんでしょう」
 「そんな時は、頭を空っぽにして開き直って笑ってればいいのよ」
 と存外そっけない答えが返ってくる。だから私は、『へえ~女の子って
強いんだなあ』ってずっと思ってたんだが、事実は…
 『そもそもそんなこと口にしたくない』というのが本音のようだった。
 そう、実は井戸端会議の議題にすらできないほどのショックを受けて
いたのだ。
 そりゃそうだろう。素っ裸で乳母車に乗せられただけでもショックな
のに、色んな人に上から覗き込まれて、あげく…
 「さあ、笑ってえ~~赤ちゃんみたいに笑ってごらんなさい」
 とくる。
 もちろんそんなのイヤだからプイっと横を向きたいところなんだけど
……そんなことしようものなら……
 「あらあら、赤ちゃん、ご機嫌ななめねえ。ひよっとしたら、うんち
が出てないからかしらねえ。……だったら、お浣腸しましょうか」
 なんて平気で言ってくる。もちろんこんなこと巷の子にやったら……
 『ふざけないでよ!』
 って啖呵を切って大暴れなんだろうけど、亀山の子は、そんなことは
まずしない。
 だって、それをやっちゃったら今度はどんな恐ろしい罰になるか知っ
ているからだ。……だいいち乳母車の中ではバンザイの格好で両手首を
革のベルトで縛られているから上半身が起こせない。ま、下半身は起こ
せないことはないけど、こっちを起こして暴れるという子はまずいなか
った。
 結局、引きつった笑い顔でずっと寝てなきゃならないのだ。しかも、
これって分別のある大人だけじゃない。友だちをからかうのが生き甲斐
にしているクラスメートたちだってやってくるのだ。
 もちろんバスタオルなんかで大事な処は一応隠してはもらえるのだが、
これだってうまく笑顔が作れないでふてくされてると……
 「いやあ~~やめてえ~~ゴメンナサイ。もうしません。笑います。
笑いますから~~~」
 バスタオル剥奪なんてことにも……僕たちは寄る辺なき身、お父様を
お慰めして沢山の愛をいただいている身なのだ。だからたとえ悲しい時
でも笑顔を作らなければならないし、そんな訓練も受けている。 でも、
こんな恥ずかしさと隣合わせの不安な時に、みんなが納得する笑顔を、
と言われても引きつった笑顔しかできないことが多かった。それでも…
 「あらあら、真心がこもらない笑顔では相手の方に失礼よ。そうだ、
オムツしようか?その方があなたも気分が出るんじゃない」
 なんて言われたら、どの子も背中と心臓が凍り付くこと請け合いだ。
というのも亀山でオムツを穿かされる時はお浣腸がつきものだからだ。
 実際、オムツをされ、火事場金時みたいな真っ赤な顔をした子を私は
何人も目撃している。何をされたかなんて言われなくても明らかなんだ
が、つい悪戯心を起こして…
 「今日は裸ん坊さんじゃないんだ。だったら、乳母車に乗ってるだけ
なの?じゃあ、ミーちゃん楽ちんだね」
 なんて言っちゃったもんだから、後で講堂の隅に呼び出されて美知子
に思いっきりひっぱたかれちゃった。
 『あの時は、可哀想なことしたなあ』って今でも思ってる。もちろん
からかったこともそうだが、その時の様子を運悪く先生とお父様に見と
がめられちゃって、美知子はどっかへ連れて行かれちゃったんだ。
 その後に会った時は何も言わなかったけど、ひょっとしてフルハウス
(お鞭、お浣腸、お灸のお仕置きをいっぺんにやられる罰のこと)なん
て事になったんじゃないかと思って……
 とにかくここは兄弟やお友だち同士が仲良くしてないと先生の機嫌が
悪くて、特にお父様の前ではよい子でいるのが当たり前、そこで取っ組
みあいなんてやっちゃうと、お浣腸にオムツをさせられて後ろ手に縛ら
れ、つま先がやっと床に着く程度の高さで吊り下げられる、なんていう
SMまがい(普段だってそうだけど)のお仕置きだってあったくらいだ
った。
 ま、そうでなくても亀山の子供たちは……
 『目上の人にはお行儀良く(絶対服従)お友だちとはみんな仲良く』
 が絶対の義務として課せられていて、これはお勉強のことなんかより
ずっとずっと大事な約束事だったのである。
 真里の乳母車は最初に真里の通う学校へやって来た。
 そこの園長室で迎えたのは、白髪でメガネをかけたスーツ姿の婦人。
僕の時代の園長先生ではないので私は彼女のことをあまり知らないが、
彼女は僕のことはよくご存じだった。おそらくは亀山出身者なのだろう。
 「まあ、それで結局、元の鞘に収まったのね。それはよかったわ」
 大人二人との会話が終わると、園長先生はデスクを離れて乳母車の処
へとやってくる。そして、緊張する真里ちゃんの顔を覗き込むと……
 「真里ちゃん、あなたも慣れないお父様で大変でしょうけど、女の子
は神様から与えられた場所で精一杯生きるしかないの。あなたの不安は
もっともだけど河村のお父様はとても立派な紳士よ。だから、あなたの
事を誰よりも心配してくださってるわ。先生方とのお話し合いの席でも、
あなたのことを相続権を持たない養女として受け入れてもいいとまでお
っしゃってくださったんだから」
 園長先生は人差し指で真里ちゃんのほっぺを小さく軽く叩いてみせる。
 「幸せ者ね、あなたは……ほら、笑って……ちゃんと笑える?……ん?
……女の子は微笑みを絶やしてはだめよ。いいこと、あなたはまだ世間
というものを知らないからピンとこないでしょうけど、河村家の養女に
なるってことは凄いことなのよ。そばにいた先生方もおばば様も、腰を
抜かすぐらいびっくりしたんだから。さすがにそれは他の子とのバラン
スもあるので丁重にお断りしたけど、河村のお父様があなたの事を他の
どのお父様方より大事に思ってらっしゃるかそれでわかったの。だから、
あなたは河村のお父様を本当のお父様と思ってお仕えなさい。それが、
あなたにとっては何より幸せになれる近道だわ」
 園長先生は真里のために小さなロザリオを首に掛けてやると頬ずりを
して真里を送り出してくれた。もちろん、タオルケットの下を確認する
なんてハレンチなことはなしだ。
 香澄はこのあとすぐに校門を出る。私が悪戯っぽく
 「ねえ教室へは寄らなくていいのかい?せっかくだからクラスメート
にも報告した方が……」
 なんて尋ねると…
 「どうして?わたし、そんなに意地悪じゃないわよ」
 とあっさり断られてしまった。みんな亀山の出身。どうすれば、どう
なるか。些細な行動や仕草もそれにどんな意味かせあるかはみんな知っ
てることだった。
 学校を離れ、次に乳母車を止めたのは公園。ここは天気さえよければ
暇を持て余した先生のリタイヤ組が編み物をしたり、おしゃべりをした
り、絵を描いたり、時には子供をお仕置きしたりして、思い思いに暇を
つぶしている。
 そして、真里にとっては運悪く当日は好天に恵まれていた。
 「あら、赤ちゃんかしら」
 一人の老婦人がさっそく近寄ると乳母車の中を覗き込む。
 「真里と言います。倉田真里です」
 こう言ったのは真里本人ではなく香澄だった。別に真里が恥ずかしが
っているわけではない。こうして赤ちゃんのお仕置きを受けている時、
赤ちゃんは笑うことと泣くことしかできない。だから付き添いの香澄が
答えるのである。
 「何したの?」
 「いえ、もう終わったんです。これから元のお父様の処へ帰るところ
ですから」
 香澄の答えに老婦人も頭の中を一旦整理してから問いかけた。
 「この子、河村さん処の?」
 「は、はい」
 「ほう、結局、元のお父様の処で暮らすことになったんだね。そりゃ
あよかった。河村君は僕も知っているが高潔な紳士だからね、君を不幸
にはしないよ」
 そう言ったのはツィードのハットを被った老紳士だった。
 「ご存じなんですか?」
 「昔、一緒に仕事をしたことがあるけど、社員からも慕われていてね、
高い人徳を感じたよ」
 「これから、お宅へ伺うの?」
 「はい、おかげさまで……」
 「そう、いいことだわ。女王様のもとで暮らすこともできるでしょう
けど女の子は後ろ盾になってくださる方がいるならそれにこしたことは
ないもの」
 気がつくと三人四人と観客は増えていく。その誰もが一度は乳母車の
中を覗き込んだ。老人たちが幼い女の子のストリップを見たってだから
どうなるというわけではないが、まるで可愛らしい珍獣でも見るかの様
に一様に笑顔で挨拶していったのである。
 「……あなた、河村さんにお世話になるんなら、そんな引きつったよ
うな笑い方じゃいけないわよ。もっと明るく笑わなきゃ。色んな人から
言われて耳にタコができてるでしょうけど、今のあなたはショーツ一枚
自分のものではないの。ほら、だから今のあなたは何も着けてないでし
ょう」
 彼女はそう言うとタオルケットを捲って暖かい日の光を乳母車の中に
入れる。当然、真里の体は全て白日のもとに晒されることになったが、
真里は声を出さなかった。
 「ほら、見えるかしら……これがあなたなの全てなの」
 婦人は真里の頭を起こし自分の体を見せてやる。
 「今、あなたが大人にアピールできるのはこの身体と一生懸命な笑顔
だけ。……引きつった笑顔だけでは誰からも受け入れてもらえないの。
……分かるでしょう?」
 「……」真里が静かにちょこんと頷く。
 「あなたはお父様を一度裏切ったの。だから、戻る時には辛い罰を受
けなければならないと思うけど、それは悲しむことではないわ。その罰
が重ければ重いほどあなたはこれから先愛され続けるんだから…」
 そう言って励ましたのは最初に乳母車の中を覗き込んだ白髪の老婦人
だった。
 「…………」
 「ん?どうしたの?私の言うことなんて信じられない?」
 「…………」
 「でも、本当よ。ここで育って、ここで多くの子供たちを育てた私が
言うんだから間違いないわ。ここでのお仕置きはママにしろ先生にしろ
それをやる人が『これから私の責任でこの子をもっともっと愛します』
ってお誓いする儀式なの。一時的な癇癪を爆発させるだけの虐待とは、
まったく違うものなのよ。ここには、昔からお仕置きはあっても虐待は
ないわ。だからあなたがお仕置きで一時辛い思いをしても、やがてその
何倍も愛で包まれることになるから辛抱しないね」
 「…………」
 老婦人の説教に真里はきょとんとしていたが私には彼女の言った意味
がわかった。確かにそうなのだ。私が子供の頃にもある先生が……
 「ここでへはお仕置きも受けない真面目な子が幸せとは限らないわ」
 と呟いたことがあったが、きっと同じ意味なのだろう。お仕置きは愛
の一部。だからそれを避けられたと喜んでいるのはお門違いなのだ。
 「そうだ真里ちゃん、おばさんがお浣腸してあげましょうか」
 老婦人はしばし真里の顔を笑顔で眺めていたが、突然こんなことを言
い出したのである。

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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