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御招ばれ <第2章> 「第1回」

    御招ばれ <第2章> 「第1回」


*** 前口上 ******
*)ソフトなソフトなお仕置き小説です。
  あくまで私的には……ということですが(^◇^)

*)あ、それと……当たり前ですけど、一応、お断りを……
  これはフィクションですから、物語に登場する団体、個人は
  すべては架空のものです。実在の団体とは関係ありません。



*** 目次 ********
 「第1回」(1)~(3)……伯爵様へのプレゼンテーション
 「第2回」(4)~(5)……遊園地での楽しいひととき
 「第3回」(6)~(8)……懲罰室でのお仕置き


********<主な登場人物>**********

 春花……11歳の少女。孤児院一のお転婆で即興ピアノが得意。
     レニエ枢機卿が日本滞在中に彼の通訳をしていた仁科
     遥との間につくった隠し子。
 美里……11歳の少女。春花の親友。春花に乗せられて悪戯も
     するが、春花より女の子らしい。絵が得意な少女。
     植松大司教が芸者小春に産ませた子。
      二人は父親の意向で母親から引き離されこの施設に
     預けられたが、彼女たち自身は父母の名前を知らない。
 町田先生……美人で評判の先生。春花と美里の親代わり。二人
      とは赤ちゃん時代からのお付き合い。二人は、当然
      先生になついているが、この先生、怒るとどこでも
      見境なく子供のお尻をぶつので恐がられてもいる。
 シスターカレン……春花のピアノの師匠。師匠と言っても正規
         にピアノを教えたことはない。彼女は周囲に
         『春花は才能がないから』と語っているが、
         本心は逆で、聖職者になることを運命づけら
         れていた彼女が音楽の道へ進むのを奨励でき
         ない立場にあったのだ。

 安藤幸太郎……安藤家の現当主、安藤家は元伯爵家という家柄。
       町外れの丘の上に広大なお屋敷を構えている。
        教養もあり多趣味。当然子どもは好きなのだが、
       その愛し方はちょっと変わっていた。

 安藤美由紀……幸太郎の娘。いわゆる行かず後家というやつ。
        日常生活では幸太郎の世話を焼くファザコン。
        子どもたちがお泊まりにくればその世話も焼く
       のだが、彼女の子供たちへの接し方も世間の常識
       にはかなっていなかった。

 柏村さん………表向き伯爵様のボディーガードということだが
       実際の仕事は秘書や執事といったところか。
        命じられれば探偵仕事までこなす便利屋さんだ。

 三山医師………ほとんど幸太郎氏だけが患者というお抱え医師。
        伯爵とは幼馴染で、世間でいう『茶飲み友だち』
        幸太郎氏とは気心も知れているためその意図を
        汲んで動くことも多い。

 峰岸高志………春花ちゃんが一目ぼれした中学2年の男の子。
       ルックスもスタイルもよくておまけに頭もいいと
       きてるからクラスの女の子が放っておかないが、
       彼自身は女の子に興味はない様子だ。

****************************

***********「第1回」*********

御招ばれ <第2章>(1)

 次の御招ばれの日が来ました。

 招待してくださるお父様たちがホールにずらりと居並ぶなかで、
春花と美里は、他の紳士たちと談笑する大西先生の脇を、抜き足
差し足ですり抜けていきます。
 そう、まるで門限破りした子が親に見つからないようにそうっ
と家の中へ入り込む、そんな感じでした。

 『どうして二人がそんなことをしたのか?』ですか……

 だって、このお二人さん、もうここ何ヶ月も続けて大西先生の
処へご厄介になっているでしょう。それが今回は方向転換して、
他に適当な家はないかと物色しているもんですから、大西先生に
見つかりたくなかったのです。

 どうやら二人には、大西先生と顔を合せるのは気まずいという
思いがあるみたいでした。

 でも、大西先生は紳士ですからね、そんな二人が逃げるように
安藤伯爵のもとへ出かけて行ったとしても何も言いません。
 先生は、先月、二人に茜さんへの厳しいお仕置きを見学させて
いましたからね、『あれを見てきっと嫌気がさしたんだろう』と
分かっていたみたいでした。

 ですから、全ては承知の上……

 「おや?あの二人、今日は先生のところに来ませんね。鞍替え
されちゃいましたかね?」
 話相手の渡辺さんにからかわれても、先生、余裕の笑顔でした。

 「いや、いいんですよ。二人には、先月、娘のお仕置きを見せ
ちゃいましたから……。きっと、それが恐かったんでしょう」

 「おやおや、それはまたどうして?娘さんのお仕置きそんなに
急を要するようなことだったんですか?そんなこと二人が帰って
からでもよかったでしょうに……」

 「もちろん普段ならそんなことしませんよ。ただ、あの子たち、
本気で私のところで暮らしたいという希望を持ってるみたいで。
だったら、私の方も『本気で娘として育ててあげますよ』という
つもりで、わざとそういうところも見せたんです」

 「なるほど、『娘として本気で受け入れるためにはお仕置きも
当然、受け入れてもらいますよ』というわけですな。生真面目な
先生らしいや」
 渡辺さんは笑います。

 「でも、そんなことしたら、あの二人、もう二度と先生のお宅
に来なくなっちゃうんじゃありませんか?」
 渡辺さん心配してそう言うと……

 「別にそれはそれで構いませんよ。無理強いする必要もありま
せんから。それより、あの子たちには今のうちにいろんな家庭を
知っておいて欲しいんです。将来、あの子たちが聖職者となった
時、こちらも浮世離れした説教は聞きたくありませんから」
 先生はあっさりとこう言い放ちます。

 ただ、先生、心のうちでは……
 『二人はいずれ私の処へ戻る』
 という確信めいたものはあったみたいでした。


 春花と美里の二人はとあるおじいさんの処へとやってきます。
 そこでは、すでに数人の子供たちがこのおじいさんの前に並ん
でいました。

 二人はその列に迷わず並びます。

 「やっぱり人気あるわね。安藤伯爵様」
 春花が美里に耳打ち。
 「私、こんな絵で大丈夫かしら?」
 美里は心配そうに持ってきた自分の絵を眺めます。
 「そんなのやってみなきゃわからないでしょう。とにかくチャ
レンジあるのみよ。抽選の列に並ぶのはそれからでもできるもの」
 春花は意気軒昂。この時彼女は小さなオモチャのピアノを抱え
ていました。

 実は、このお招ばれ会。子供の側だけでなくお父さん側も施設
の子どもたちを指名することができました。
 もし、相思相愛ならめでたく親子カップル成立というわけです。

 大西先生の場合は、お金持ちというほどではありませんから、
お招ばれの定員は二人だけですが、安藤伯爵の場合は、町一番の
資産家ですから、子どもたちをいつも12名以上も招待してくれ
ます。

 広いお庭にはたくさんの遊具が並び、図書室には毎週通っても
読みきれないほどの本があります。もちろん食事だって豪華です
し、天蓋つきのベッドなんて恐らくここ以外ではお目にかかれな
いかもしれません。

 ですから、そんなにリッチなお宅で週末を暮らそうと、多くの
子どもたちが手に手に自慢の品を携え、伯爵様のご指名を得よう
として売り込みをかけてきます。
 春花と美里が並んだのもまさにそのための行列だったのでした。

 子どもたちは、自分の番がきて伯爵の前に立つと、自分が最も
得意とする自慢できる芸を披露します。

 歌の上手い子は歌を歌いますし、楽器のできる子はそれを演奏
してみせます。手先の器用な子は自分で刺繍した手袋やハンカチ
をプレゼントするというのもごくポピュラーな方法でした。

 いえ、いえ、なかには女の武器を使う子も……

 「おじいちゃま、抱っこ」
 そう言って、いきなりおじいちゃんのお膝に飛び乗る子もいる
のです。

 伯爵様は車椅子生活ですが、子ども好きで知られた人ですから、
たとえ少々お膝に負担がかかってもそんな子を邪険にはしません。
 もし、笑顔の少女の頭を伯爵様が優しく撫でてくれたら、もう
女の子の勝ちでした。

 ただこれには年齢制限や体重制限がありますから、ごく幼い子
に限られます。春花や美里にはもうその資格がありませんでした。


 そんな幼い子の飛び道具を見た後に、とうとう春花と美里の番
がやってきます。

 二人は、この時伯爵様だけでなく、その後ろに控える大人三人
からも自分の芸を見られることになります。
 というのも、伯爵様はご高齢で病がちでしたから、どこへ出か
ける時もお医者様と看護婦さん、それに屈強なボディーガードの
三人を引き連れていたのです。

 「安藤のおじいちゃま、どうか、私たちを自宅に招待してくだ
さい。お願いします」
 「安藤のおじいちゃま、どうか、私たちを自宅に招待してくだ
さい。お願いします」
 心臓が飛び出そうな緊張のなか二人は美しく揃ったハーモニー
で安藤老人に売り込みを掛けます。
 実は、どちらが最初か決めていなかったのです。

 その二人の声に伯爵様は満面の笑み。ですから、まずは第一歩、
そこは成功したみたいでしたが……でも、すぐに鋭い質問が飛ん
できます。

 「君たちは、たしか…大西君の処へよく遊びに行ってたみたい
だけど、今日はそちらへは行かないのかね?」

 予期しない質問に二人は戸惑いますが、春花が意を決して先月
のことを……。

 「先週も大西先生の処へ行ったんですが……そこで娘さんの、
お仕置きを見ちゃって……それで、他の処でもいいかなあって」

 「なるほど……それで恐くなって、今週は私の処へ来たという
わけか……でも、君たち自身はぶたれたりしなかったんだろう?」

 「ええ、それは……」
 
 「そうか、君たちが何か粗相をしたわけじゃないんだね」

 「……はい」
 
 「よし、よし、だったら問題ないな……で、君たちは何を披露
してくれるのかな?」

 「………………………………………………」
 出し物を伯爵様にせがまれた二人、踏み出すのに少しだけ勇気
が必要でしたが、この時は先に美里ちゃんが動きます。

 「わたし、伯爵様のために絵をかきました」

 「そうか、見せてごらん」
 老伯爵は、美里ちゃんが差し出す絵を受け取る瞬間、その手を
とって美里ちゃんの身体をそっくりご自分の膝の上へ乗せてしま
います。

 車椅子生活の伯爵でしたが、その腕力は相当のものでした。

 こうして、おじいちゃんは美里ちゃんをお膝に乗せてその絵を
鑑賞することになります。

 「パステルと水彩か……ん?……これは……ほう、これ私かね。
なかなか上手じゃないか。特徴をよくとらえてる。下手な似顔絵
描きよりよほど味があっていいじゃないか」
 伯爵様は笑顔。好感触でした。

 「こちらは、水彩の風景画か。ここの中庭だね。綺麗な風景だ。
風がそよいでいる感じがよく出てる」

 こちらも好評価でしたが、突然、伯爵はボディーガードの柏村
さんを呼び寄せます。そして……
 「柏村、水彩の道具を借りてきてくれ」
 と、命じるのです。

 思わず柏村さん、『えっ!?水彩絵の具ならこちらに……』と
言おうとして口をつぐんでしまいました。
 実は伯爵、自分で描いた絵を見せに来る子があまりに多いので
絵の具はいつも手元に準備しているのです。

 しかし、柏村さんはその事にはふれませんでした。
 「承知しました」
 と一言だけ。絵の具を借りに舎監の部屋へと出かけます。

 その水彩の道具が届くまで、老伯爵は美里ちゃんの絵を褒めち
ぎります。そして、学校の事、寮での生活、お友だちの事などを
丁寧に尋ねたのでした。

 その間、おじいちゃんは美里ちゃんの身体を触り続けます。
 頭をなで、髭剃り後のざらざらした自分の頬を押し付けて頬ず
りしたり、まだ可愛らしい両手も両足もごつごつとした皺枯れた
大きな手で揉み上げます。
 太股も、ショートパンツを穿いた股間も伯爵には無関係な場所
でした。

 「あっ……」
 美里ちゃんにしたら気持のよいはずもありません。思わず声を
上げそうになりますが、何とかギリギリ耐えられる程度だったの
で我慢します。
 すると、伯爵様はさらにエスカレート。

 「あっ、あ~~ん」
 とうとう切ない声が出てしまいました。

 本当なら、横っ面張り倒してお膝から降りるところかもしれま
せんが、美里ちゃんにはその気はありませんでした。
 いえ、正確に言うと、最初はあったんですが、段々にその気が
なくなってしまったのです。

 悩ましく不快な思いを切ない快感へと変化させるテクニックを
伯爵は熟知しています。

 「あっ…あああ……(はあ)(はあ)……いやっ……あああっ」
 最初は嫌がっていた伯爵の指を美里ちゃんが自ら待ち望むよう
になるまでさほど時間はかかりませんでした。

 「ああっ、あつい……いやあ~……だめえ~~~」
 抱かれている伯爵様に聞こえないような小さな吐息が漏れます。
 そのあたりは老獪そのもの。伊達に70有余年、プレイボーイ
として生きてきてはいませんでした。

 「御前様、行って参りました」
 柏村さんが絵の具を借りて戻って来るまでわずかに10分ほど
だったでしょうか。もうその頃には、美里ちゃんは家で10年も
飼われている飼い猫のように伯爵様の懐に抱かれて甘えていたの
でした。

 「ほら、見ててごらん」
 伯爵様は美里ちゃんの絵を画板に張り付けると、絵の具を溶い
て自ら筆を取り描き始めます。

 美里ちゃんを膝に乗せたまま、画板も膝の上で……
 それって、とっても窮屈な姿勢なのですが、見る間に見違える
ほど美しく仕上がりました。

 「影はこうやってつけるんだ………光の当たってる部分は……
…こうやると立体感がでるだろう。………よし、ぐんと見栄えが
よくなった」
 伯爵様は、最後には美里ちゃんの筆を握らせ、その上から自分
の手を被せて補正していきます。

 「きれい」
 美里ちゃんは感嘆します。
 それはまるで別の人が描いた絵のようでした。

 「よし、これでいい。……どうだい?私のタッチは嫌いかい?」
 伯爵様のお膝の上で美里ちゃんは首を振ります。
 「よくなったと思います」
 「そりゃあよかった。これは額に入れて、……そうだな食堂に
でも飾ってあげるよ。だから、今週はそれを見に私の処へいらっ
しゃい」

 美里ちゃん、絵は不合格だったかもしれませんが、お招ばれに
は合格したみたいでした。


 「次の子は……ああ、春花ちゃんって言ったけ」
 伯爵様は春花ちゃんが自己紹介をする前にその名前を言い当て
ます。

 というのは、春花ちゃんがこの施設ではちょっとした有名人だ
からでした。

 いえ、学校の成績がいいとか、運動ができるとか、他の子には
できない特技があるといったそんな名誉なことではないんです。
 悪戯が好きな彼女、幼い頃から先生や友だちに悪戯を仕掛けて
まわる困ったちゃんだったのです。

 そのため、毎日のように先生からお尻を叩かれては庭の晒し台
に括り付けられる日々。おかげでここへ出入りする大人たちも、
自然とその名前を覚えるようになったというわけでした。

 「春花ちゃんは何を見せてくれるのかな?」
 伯爵様が尋ねると、即座に…
 「見せるんじゃないわ。聞かせるの。私のピアノを聞いてくだ
さい」
 春花ちゃんはそう言って、抱えてきたオモチャのピアノを床に
デンと置きます。

 「おう、そうか、そうか、それは失礼したな、じゃあ聞かせて
もらおうか」
 伯爵様は丁寧に大人の応対をしますが、何しろ相手は子ども、
そして玩具のピアノですからね、内心、その出来栄えなんて期待
していませんでした。

 案の定、春花ちゃんは右手だけで黒鍵もない小さな鍵盤を叩き
始めます。
 でも、それは意外なものでした。
 「ほう……」
 伯爵様も驚くような美しいメロディーだったのです。

 『ハ長調にまだこんな麗しい旋律が残っていたなんて……でも、
いったい何と言う曲だろう?聞いたことがないが……』
 こう思った伯爵様は春花ちゃんの演奏が終わるや盛大な拍手の
次にこう尋ねたのでした。

 「よかったよ。春花ちゃん。この曲は何という名前なの?」

 すると春花ちゃん、きょとんとした目を伯爵様に向けて、逆に
意外なことを尋ね返すのです。
 「今日は何月何日?」

 「11月8日だよ」
 「そう、じゃあ『11月8日』」
 「11月8日って?」
 伯爵様は一応ご自分の記憶をたどってみましたが、そんな名前
の曲は思い当たりませんでした。

 そんな伯爵様の怪訝な表情を見て春花ちゃんは……
 「だから、今の今作ったんだもん。出来立てほやほやよ。名前
なんてあるわけないわ。だから、譜面に書くときはいつも今日の
日付だけ入れておくの。偉い作曲家さんの作ったのを弾いた方が
よかった?」

 「そういうわけじゃないけど……じゃあ、今のは即興なんだ」
 伯爵様は驚きます。でも、春花ちゃんはあっけらかんとして…
 「そうよ、私の思いつき。その時の気分で指が勝手に動くの。
だからもう二度と弾けない。カレン先生がいれば楽譜に起こして
もらえるけど……(はははは)そういうのじゃだめ?……だって、
私、他に特技なんてないから……」
 最後は苦笑いでした。

 ところが、伯爵様の方はまんざらでもない様子で……
 「カレン先生って老シスターの?」
 「そうよ、おばあちゃん。カレン先生のピアノを悪戯してたら、
筋がいいって褒められちゃった。あなたはメロディーメーカーと
しては非凡なものがあるわねって……ねえ、非凡って何?」

 伯爵様は非凡の説明はせず、さらにこう尋ねます。
 「それじゃあ、今までもそうやって何曲も弾いてきたのかい?」

 「そうよ、新しいメロディーが浮かぶととにかくカレン先生の
処へ行くの。毎晩でもOKよ。……そこで先生が譜面におこして
くれるわ。でも、名前は付けないのよ。日付だけ。だから、今の
曲は11月8日って曲なのよ」

 春花はどうせだめだろうと思っていました。だめもとのチャレ
ンジだったのです。
 だって、ピアノの上手な子はこの施設に何人もいますから……
 ところが……

 「じゃあ11月10日や11月11日も弾いてくれるのかな?」
 「えっ!?」
 「私の家に来て、居間にあるうちのピアノで弾いてほしいんだ。
11月10日と11月11日」

 「ほんと!?」
 美里ちゃんに続き春花ちゃんもお招ばれ、合格のようでした。


***************(1)**********

 御招ばれ<第2章>(2)

 安藤家にお招ばれできたのは、春花や美里のように伯爵様から
ご指名を受けた子どもたち6名と希望者の中から抽選で選ばれた
6名の子どもたちの合計12名でした。

 安藤家の場合、受け入れる子どもの数が多いため、3人の先生
方も子守役としてチャーターされたバスに一緒に乗りこみます。
先生たちも子どもたちと一緒にお泊まりというわけです。

 こんなこと他の家庭へのお招ばれではありません。
 全ては安藤家への特別な配慮。教会側も子供のこととはいえ、
旧華族様には最大限の気を使っていたのでした。

 でも、それはあくまで大人の事情。
 子どもたちにしてみたら、小高い丘の上にまるでお城のように
建つお屋敷は一度は行ってみたい遊園地みたいなもの。その魅力
はドレスアップしての豪華な食事や天蓋つきのふわふわベッドと
いうだけじゃありませんでした。

 広い広いお庭には、急坂を利用して作った50mもある滑り台
や古い手動式のメリーゴーランド。坂道を下って遊ぶゴーカート。
テニスコートも孤児につき立ち入り禁止なんてことはありません
でした。

 雨の日は、お外で遊べないのでカードゲームや大型モニターの
あるテレビ室などで過ごすことになりますが、そこにもピンホン
やボウリング場(ただし自分でピンを立てる手動式ですが)など
があって子供たちは飽きることがありませんでした。
 もちろん、体を動かすことが苦手なチビっ子インテリさんたち
の為に図書室も開放してあります。

 もう、至れり尽くせりです。
 でもこれ、すべて安藤のおじいちゃんが訪ねて来る子供たちの
ために用意したものだったのです。


 「やったあ~~あれよ、あれ、きっとあれだわ」
 春花が美里の肩を激しく叩いて歓声をあげます。

 「あれって、お城じゃないの」
 美里がいぶかしがると……
 「だから、さっきから言ってるでしょう。本物のお城はむかし
焼け落ちちゃったけど、そのあと伯爵様がお家を建てる時わざと
お城の形にして造ったって……ねえ、先生、そうだよね」
 バスの車内に春花の底抜けに明るい声が響き渡ります。

 町田先生が答えました。
 「そうよ。だけど、あのお城は、伯爵様が地元の発展を願って
観光用として造られたものなの。伯爵様があのお城に住んでらっ
しゃるわけじゃないのよ」

 「なあんだ、お城に住んでるわけじゃないんだ。……じゃあ、
伯爵様は、今どこに住んでるの?」
 「お城の近くに立派なご自宅があるわ」
 「へえ~、伯爵様のお家って小さいんだ」
 「どうしてそうなるのよ」
 「だって、そこはお城より小さいんでしょう」
 「そりゃあそうだけど……あのねえ、春花ちゃん。今はお城に
住む人なんて誰もいないの。伯爵様のお住まいはたしかにお城に
比べたら小さいかもしれないけど、そこはもの凄く広くて立派な
お屋敷なのよ」
 「あ~あ、がっかり。せっかくお城でお姫様気分が味わえると
思ったのに……」

 町田先生と春花のとんちんかんな会話が終了してもバスはまだ
延々と山道を登り続けます。
 結局、15分もアクセルをふかしてやっと、子どもたちを乗せ
た観光バスは、お屋敷の車寄せまで辿り着いたのでした。

 ここで、一行はバスを下りる前、先生から注意を受けます。
 でも、それって目新しいものではありませんでした。
 学校で一回、バスに乗ってから一回、先生はすでに二回も同じ
事を話しています。

 『またか……』
 みんながそう思うのも無理からぬこと。
 でも、ここで帰されてら今までの苦労が水の泡ですから、耳に
タコでも聞くしかありませんでした。

 「いいですか、伯爵様のお屋敷に入ったらお行儀よくしていな
ければなりません。大声をだしたり、廊下を走ったり、もちろん
喧嘩はだめです。次に、家の中にはたくさんのお部屋があります
けど、私たちに与えられた部屋以外、勝手に入ってはいけません。
ドアを開けて部屋の中を覗くのもだめです。……春花ちゃん聞い
てますか?」

 町田先生は、高級外車がずらりと並ぶ車寄せの風景に見とれて
いる春花ちゃんを狙って注意します。
 そして、心配だったのでしょう。こう付け加えたのでした。

 「もし、勝手にお部屋を覗くような子がいたらお仕置きです。
お招ばれに来ているからひどい事はしないだろうと思ってるなら
今から考えを改めなさい。ここも寮と同じです。容赦はしません。
寮にいる時と同じようにパンツを脱がして竹の物差しでピシピシ
お仕置きです。……いいですね」

 「は~い」
 子供たちの力のない声が響きます。
小学生グループは比較的真剣な顔ですが、中学生グループは、
過去に何度も経験していますから『どうせ、そんなの脅かしだけ』
と高をくくった顔でした。

 と、まあここまでなら他の学校の修学旅行でもありそうな注意
かもしれませんが、伯爵邸へのお招ばれは、これだけではありま
せんでした。

 町田先生からマイクを受け取った大隅先生が次にこんなことを
言うのです。

 「いいですか、みなさん。これはたまに勘違いする子がいるの
であえて言いますが、みなさんはお招ばれで来たといってもまだ
子どもの身分です。それに対して、伯爵様をはじめ、ここで働い
ているお手伝いさんや庭で働いている男の人たちはみなさん大人
の人たちです。ですから、あなた方はその方たちの指示に従って
生活しなければなりません。間違っても『私はお客様なんだから』
なんて大柄な態度をとってはいけませんよ」

 「は~い」
 これまた子供たちの力のない声が響きます。

 「ねえ、町田先生、横柄な態度ってどういう態度なの?」
 春花ちゃんが尋ねると、先生は笑って……
 「横柄ねえ~……あなたの普段の態度がそうよ」

 「えっ?…………」
 ショックな言葉が返ってきます。

 それに加えて、美人の誉れ高い町田先生は、春花ちゃんにこう
も付け加えるのでした。
 「伯爵様はよく子どもたちを膝の上に抱きかかえられるけど、
それは子どもたちがとってもお好きだからそうされるだけなの。
決してそれを嫌がっちゃだめよ。伯爵様が気分を害されてしまう
から」

 「わかった。……でも、たぶん大丈夫よ。……だって、この間
も伯爵様に抱っこされたけど、私そんなに嫌じゃなかったから…」
 春花ちゃんは町田先生に白い歯を見せて笑うのでした。


 子供たちはバスを下りると建物の裏手にある入口へ移動します。
もちろん、正面玄関は車寄せの近くに立派なものがあるのですが、
そこは伯爵邸の正式な玄関。ご家族でさえ普段は裏へ回ります。
いくら招待されているといっても子ども風情が出入りできる場所
ではありませんでした。

 ご家族が普段利用している入口は裏玄関と呼ばれていて決して
勝手口ではありません。そこは、まるで温泉旅館の玄関みたいに
広くて、子供たちは玄関先で待っていたお屋敷の女中さんに案内
されて奥へと進むことになります。

 「おじゃまします」
 少女達は玄関を入ると一様に案内してくれる女中さんへご挨拶。
その明るく華やかな声が奥の座敷へも通ります。
 
 そこまではよかったのですが、女が三人寄ったら姦しいとか、
この場合は12人もの集団です。静かにしていろという方が始め
から無理でした。

 「わあ、綺麗なお庭!」
 「坪庭って言うのよ」
 「私、知ってるわ。こういうのって鹿威しとか水琴窟とかいう
んでしょう。うちにはないタイプのお庭よね」
 「当たり前よ、教会に灯篭なんかあっても似合わないもの」

 「ねえ、ねえ、これ花瓶よね?……でも、でっかいわね。……
私の身長より大きくないかしら?」
 「きっとヨーロッパのお金持ちが持ってたのを伯爵様が買った
のよ。フランス映画で見たことあるもの」
 「じゃあ、これ……メイドインフランス?」
 「馬鹿ねえ、それも言うならセーヴルじゃないの」

 子供たちの議論に、訳知り顔で先生が口を挟みます。
 「違うわ。これは有田焼だからメイドインジャパンよ。先代の
伯爵様が輸出仕様の花瓶を特注されたの。ここに伯爵家の御紋が
さりげなく入ってるわ」

 「へえ、だったら日本製なんだ。……ねえ、そういうのって、
底に書いてあるのかしら。『メイド・イン・アリタ』って………
ねえ、ねえ、倒してみるから手伝って……」
 その子が友だちに声を掛けて大きな花瓶を倒そうとしますから、
先生、今度は大慌てで……
 「馬鹿なことしないでちょうだい!もし壊したらどうするの!」
 大声で叫びましたが、時すでに遅く花瓶は倒されてしまいます。

 「ねえ、ねえ、これって、私だったら中に入れそうよ」
 「相変わらずあんたは子供ね。入っちゃえば、かくれんぼする
時、使えるかもよ」
 先生、子供たちの声を聞きながら生きた心地がしませんでした。

 「あれ?この人、誰だろう?」
 「きっと、ここのご先祖よ。何かで功績があったから、きっと
銅像にしてもらってるのよ」
 「何かって?」
 「そんなこと知らないわよ。私ここんちの子じゃないんだもん」
 「わあ、生意気。この人、髭なんてはやしてる」

 「昔の人はよく髭を蓄えてたのよ。珍しいことではないわ。…
……ほら、あなたたち何やってるの!!」

 「ねえ、ねえ、この廊下、スケートができるくらいツルツルに
磨いてあるよ。ほら……」
 「いや、ホント、楽しい。私、滑ってみようか」

 子供たちは中庭の日本庭園に驚き、伊万里の大きな花瓶に驚き、
ご先祖の胸像の頭を叩きます。
 先生は、伯爵様のお屋敷ということもあって、なるべく大声を
出さず、そのたびごとに子供たちへ丁寧な説明を繰り返してきま
したが、さすがにスリッパを脱いで花瓶の置かれた廊下を滑ろう
としますから……

 「いいかげんになさい!!」
 町田先生、とうとう堪忍袋の緒が切れたみたいでした。

 「幸恵、美登里、こっちへいらっしゃい」
 先生に呼ばれた二人。何をされるかはわかっていました。

 「……お尻を出して……」
 二人は先生の命令で両手を膝につけてかがみます。
 中学生の制服ですからそれだけではパンツが見えたりしません
が、こうした場合、スカートの上からというのはありえません。
 スカートが捲りあげられ、町田先生愛用の洗濯ばさみでずり落
ちないように止められてしまいます。

 「ピシ~!!」(ひぃ~)
 「ピシ~!!」(あっっ)
 パンツの上から平手でした。

 「ピシ~!!」(うっ~)
 「ピシ~!!」(いやっ)
 一人ずつ交互にお尻を叩かれます。

 「ピシ~!!」(ひゃ~)
 「ピシ~!!」(だめっ)
 結局、たった3発です。

 先の行事もありますし、まさかこんな処でパンツまで脱がせる
訳にもいきませんから、こんなものですが、学校や寄宿舎でなら、
パンツも剥ぎ取られ、硬質ゴムの特製パドルで12回、たっぷり
と自分の間違いを反省させられるところでした。

 ただ、それでほかの子たちの行いがあらたまったかというと、
そんなことはありませんでした。
 ワイワイキャーキャー、かしまし娘さんたちの賑やかな道中が
続きます。

 「こちらで、しばしお待ちください」
 女中さんに案内されてやってきたのは、次の間と呼ばれている
控え室。伯爵邸の居間はその隣りの部屋でした。
 女中さんが伯爵様に取り次いでから御目文字ということになり
ます。
 
 もちろん伯爵様に話は通っていますからすぐにお許しがでます。
 唐紙一つ向こうのことに大仰だと思われるかもしれませんが、
一口に居間と言っても、そこは庶民サイズではありませんでした。
50畳はあろうかというだだっぴろさです。

 女中さんが唐紙を開けた瞬間、いきなりはるか遠くに一人掛け
用のソファ見えて、そこに伯爵様が腰を下ろしているのがわかり
ます。その遠近感から春花たち新参者は思わず立ちくらみが起き
そうでした。

 「あ~、来たね。待ってたよ」
 伯爵様は満面の笑みで手招きします。
 それは施設で見た時と同じ好好爺の姿です。背後のお医者様や
看護婦さん、それに柏村さんも、やはり後ろで控えていました。

 「お邪魔します」
 伯爵様にそれに呼応して女の子たちがペルシャ絨毯の海を進み
ます。

 「ご招待、ありがとうございます」
 先頭きって伯爵様の前に進み出たのは、やはりこのお屋敷へは
ご常連の一人、谷口敬子ちゃんでした。

 「おう、敬子ちゃん。元気にしてたかい?」
 伯爵様は親しく握手を交わし頬ずりをして、次には敬子ちゃん
を御自身の膝の上に乗せてしまいます。

 敬子ちゃんはすでに中学生。大人の膝の上に乗る年齢ではない
のかもしれませんが、これがこのお屋敷のルールでした。

 伯爵様の膝に乗れば、頭もお尻も太股も身体じゅうありとあら
ゆるところを撫でられます。中には頬に生えている産毛が可愛い
と思わずほっぺたを舐められた子も……

 濃密なスキンシップはおじいさんの望みですから誰に対しても
こうします。
 ですから、これが嫌な子はたとえどんなご馳走が出ても二度と
このお屋敷へは来ませんでした。

 「敬子ちゃんも子供だ子どもだと思ってたけど、いつの間にか
もう立派なヤングレディーだな」
 おじいちゃんは敬子ちゃんをまるでお気に入りのぬいぐるみの
ように抱きしめます。それは、こうすることで若い子のエキスが
自分に乗り移ると考えてわざとやってるみたいでした。

 伯爵様との儀式が終わると、敬子ちゃんは伯爵様のお膝に乗っ
たまま、顔を男の胸の中に押し付けて甘えます。
 伯爵様は、子どもたちが甘える分にはどんなに甘えてきても、
決して嫌な顔をなさいませんでした。

 一息ついて敬子ちゃんは、あらためて小さな箱取り出します。
 「これ、私が刺繍したんです。よろしかったら使ってください」

 箱の中には白いハンカチが一枚。広げるとそこには色とりどり
の糸で縫い上げられた草花の刺繍が……

 「ほう、この刺繍は敬子ちゃんがやったの?……独りで?……
そうかい……こんなに細かな仕事をしたら随分と時間がかかった
だろう。……ありがとう。大事にするよ」
 伯爵様は目を細めて喜びます。

 こうしたやりとりは何も敬子ちゃんだけの事ではありません。
この後に並ぶ全ての子供たちが伯爵様の為に何かしらプレゼント
を用意していました。

 ここでのプレゼントは、お招れを受けた子どもたちが伯爵様に
そのお礼として差し上げるお土産のことなのですが、子供のこと
ですから、もちろん高価なものなんてありませんでした。

 中学生位になると、自分で刺繍を入れた絹のハンカチや手袋、
手編みのマフラー、蝋けつ染めのシガーケースなんていうのまで
持ち込むようになりますが小学生の頃はもっと素朴です。伯爵様
の似顔絵や画用紙でできた紙人形、押し花の栞、なんてのが定番
でした。

 いえいえ、何も形ある物とは限りませんよ。
 楽器が得意ならピアノやヴァイオリンの演奏でもいいですし、
得意な歌を熱唱したり有名な詩を暗記して朗読しても構いません。

 中には何を勘違いしたのか、100点のテストをプレゼントに
持ってきた幼い子もいました。ただそんな時でも、伯爵様は常に
笑顔です。その子と一緒に満点のテストをご覧になって……

 「お~~凄いじゃないか。末は博士になれるぞ」
 とニコニコ。答案用紙を大事そうに胸ポケットにしまわれると、
その子の頭をいつまでも愛おしくなでておいででした。

 そんな常連客のあと、恐る恐るペルシャ絨毯の海を渡ってきた
美里ちゃんの番が回ってきます。
 美里ちゃんのプレゼントは、やはり得意の水彩画でした。

 「おう、これは私だね、水彩で仕上げてくれたんだ。ん~~、
陰影も綺麗についてるし、私も一段と美男子になって嬉しいよ。
よし、これも一緒に飾ろう」
 伯爵様はそう言って美里ちゃんのプレゼントを柏村さんに手渡
すと空いてる壁を指示します。
 そこにはすでにたくさんの絵が飾られていました。

 気がつけば、他の子の絵に混じって、分不相応なくらい立派な
額に先日伯爵様に手渡した美里ちゃんの絵が飾られていました。

 「おいで」
 伯爵様はあたりをキョロキョロ見回していた美里ちゃんの目の
前に両手を出してご自分の膝の上に抱き上げます。

 最初は、頭をなでなでしたり、ほっぺを頬ずりしたりしていま
したが、そのうち、その可愛らしい指をパクリ。これはほかの子
にはない特別な愛情表現でした。

 きっと、『食べちゃいたいくらい可愛いよ』ということなんで
しょうが、でも何よりよかったのは美里ちゃんがそんな伯爵様を
嫌がらなかったこと。むしろ、笑って応えたことだったのです。

 そのご褒美ということでしょうか。以後、里美ちゃんは自分が
望みさえすれば、伯爵様が必ず招待客の一人としてリストアップ
すると約束してくれたのです。そう、このお屋敷の永久会員です。
 豪華な料理も、ふかふかのベッドも、図書室の高価な美術書も、
美里ちゃんはそのすべてを笑顔一つで手に入れることができたの
でした。

****************(2)*********

 御招ばれ<第2章>(3)

 次は春花ちゃんの番です。
 彼女もまた、その出会いの時と同じくオモチャのピアノを抱え
ていました。

 「春花ちゃん。おいで……」
 伯爵様は車椅子から両手を広げて春花ちゃんを迎えましたが、
11歳の少女ははにかみます。

 たしかに先日も春花ちゃんはおじいさんのお膝にお邪魔したの
ですが、あの時は必死の売り込みでしたし、これほど多くの子供
たちからも見られてはいませんでしたから。

 「どうした?いやなのかい?」
 彼女は幼な子ではありませんから、おじいさまの望まれるまま
にどんな時でもお膝に飛び乗るというわけにはいきませんでした。

 「春花ちゃん、伯爵様に失礼よ。バスの中でも言ったでしょう。
伯爵様はあなたを抱いてみたいの。せっかくあなたを求められて
いるのにお膝へ行かないなんてもったいないわ……ほら、行って、
行って……」

 町田先生は後ろから抱きついて押し出そうとしましたが、春花
ちゃんが抵抗します。
 すぐに伯爵様が……

 「先生、いいんですよ。やめてください。無理強いはよくない。
……それより、おじいちゃんとしては11月9日を聞いてみたい
んだが、やってくれるかい?」

 「11月9日?……」
 春花ちゃんは、最初それが理解できませんでしたが、すぐに、
11月9日が曲名で私にピアノを弾いて欲しいんだと理解します。

 「いいよ」
 春花ちゃんに笑顔が戻りました。

 彼女はオモチャのピアノをうやうやしく床に置くと自分も床に
お尻を落としてピアノに向かいます。ポニーテールの髪を後ろに
流してポーズを決めます。

 事実はともかく、春花ちゃんの心の中では、これで……
 『私は天才ピアニスト。そのリサイタルが今始ろうとしている』
 という情景になるのでした。

 奇妙な演奏会。
 部屋の片隅にはグランドピアノも設置してあるのに、わざわざ
オモチャのピアノを弾くなんて、ピアノを本気で習っている子供
たちにしてみたら理解に苦しむ光景だったに違いありません。

 ですから……
 「いったい何事?」
 「あの子、何を始めるつもりなの?」
 となるのです。

 でも、理由は簡単でした。
 春花ちゃんは右手でしかピアノを叩けないのです。
 彼女にとってはその右手でメロディーを刻むことだけがピアノ
を弾くことだったのです。

 当然、周囲はあきれ顔、失笑だって起こります。
 「何考えてるのかしらあの子。あれでおじい様へのプレゼント
のつもりなの?」
 「笑わせないでよ。冗談でしょう。あんなのでよかったら、誰
でも、それこそ幼稚園児でも弾けるじゃない」
 「ホント、どういう神経かしら。こっちは、おじい様に聞いて
もらおうと思って一週間必死に練習してきたっていうのに、図々
しいにもほどがあるわ」
 「そもそも、あの子、何弾いてるの?私、あの曲知らないけど」
 「私も知らないわ。単に滅茶苦茶弾いてるだけじゃない」

 散々な言われようですが、春花ちゃんは周囲の雑音をよそに、
トランス状態。お友だちの非難はまったく耳に入りませんでした。

 演奏が終わると、伯爵様だけが笑顔で拍手をします。
 そして……

 「おいで……」
 伯爵様は再び車椅子から両手を広げます。

 これで二度目ですからね。
 春花ちゃんだって、もうイヤイヤはしませんでした。

 「さあ、いってらっしゃい」
 町田先生にも再び背を押されて、春花ちゃんは伯爵様のお膝を
目指します。

 でも、緊張した顔で伯爵様のお膝近くまで来ると、いきなり、
両方の脇の下に大きな手が差し入れられ、男性の強い力で一気に
その身体は持ち上げられたのでした。

 「あっ!」
 その瞬間、春花ちゃんは思わず声を上げましたが、抵抗したの
はそれだけ。

 「どうした?こんなおじいちゃんのお膝じゃ嫌かな?」
 伯爵様は春花ちゃんの気持を代弁してそう尋ねます。

 「………………」
 当惑する春花ちゃん。
 ただ春花ちゃんにしてみると、そこは思っていたより心地よい
場所でした。

 実は、春花ちゃんが幼い頃に一番よく抱っこしてもらったのは
町田先生。女の先生です。
 でも、その時とは感触が違います。

 抱かれているといってもそこは軟らかな寝床ではありません。
体をよじるたびに、強い弾力の筋肉やゴツゴツした骨に当たって
身体の芯までグリグリと指圧されてる感じがします。
 それって少し痛いのですが、女の子の春花ちゃんにとっては、
それもまた不思議と気持ちよいのでした。

 おまけにその場所には魅惑的な香りが漂っています。
 誰が嗅いでも心地よい花の香りなどとは違いますが、嗅いでる
うち癖になります。

 『何だろう?この臭い?』
 それって男の体臭というやつなんですが、春花ちゃんは女の子。
自分にはない異性の香りには生理的に心引かれるものがあるので
した。

 「いいからじっとしておいで……」
 伯爵様に耳元で囁かれると、それにも心が震えます。魔法の粉
を吹きかけられたように身体の芯が熱くなります。とろんと眠く
なります。
 すべてが初体験でした。

 『そうだわ、これって、大西先生の処でも感じたわよね……』
 前にもどこかで感じたようなデジャビュが春花ちゃんの身体を
包み込んでいました。

 そう、お父さんのいない彼女たちにとって男性に触れる機会は
とても少ないのです。そもそも、免疫がありません。ですから、
たまに訪れるその瞬間にはとても大きく心の針が振れてしまうの
でした。

 最初は嫌がっていたはずの春花ちゃんがわずか数分で伯爵様の
胸に顔を埋めてトロンとなっています。まるで『さっき全身全霊
で演奏したからもう気力が残っていません』とでもいわんばかり
です。そこにいつもの威勢はありませんでした。

 伯爵様は柏村さんに車椅子を押させると、部屋の片隅に据え置
いたピアノに向かいます。
 そして、やおら、春花ちゃんが弾いたばかりの『11月9日』
を左手の和音を交えて演奏し始めるのでした。

 すると、さっきと同じメロディーのはずなのにお友だちの評価
が変わり始めます。
 「これ、さっきの曲かしら?」
 「そうよ。今、この子が弾いた曲だわ」
 「伯爵様が弾くとまるで違った曲に聞こえるから不思議ね」
 「でも、これって何の曲かしら?幼い頃弾いた練習曲みたいな
気もするけど……」

 「綺麗な曲」
 春花ちゃんがつぶやきます。美しい曲でした。
 いえ、春花ちゃん自身、この曲が今さっき自分が弾いた曲だと
は思えませんでした。

 「おじいちゃま、これ、私がさっき弾いた曲なの?」
 「そうだよ。とても綺麗な曲だから、私も弾いてみたくなった
んだ。こんな優しいメロディーがすぐに浮かぶなんて、君の心が
穢れてない証拠だよ」

 「へへへへへへ」
 春花ちゃんは褒められて恥ずかしそうに笑います。
 しばらくは伯爵様の懐で甘えていたい気分でした。

 でも、ほかの子たちの視線を感じて、そのお膝から降りようと
します。すると……

 「もう少しお膝においで、今、シスターカレンに向けてお土産
を作ってるところだから……」
 気がつけば、伯爵様は、譜面台に置かれた五線紙にお玉杓子を
書き連ねています。

 「君はどのみち楽譜は読めないんだろう?」
 「……うん」
 「だったら、カレン先生に読んで貰えばいい。カレン先生なら
もっともっと美しい曲に仕上げてくださるはずだから……」

 すると、春花ちゃんは顔を曇らせます。
 「先生、私のデタラメなピアノ。がっかりだった?」

 「どうして?……君のピアノはデタラメなんかじゃないし……
がっかりでもないよ。……まったく逆さ。君の弾くメロディーが
あまりにも美しいからカレン先生にお手紙を書く気になったんだ」

 「音符でお手紙?……それでシスターはわかるの?」

 「不思議かい?……でも、大丈夫。大人の世界ではね、これで
『素敵なプレゼントをありがとう』って読めるんだ」

 「ふうん」
 春花ちゃん首を傾げます。5年生の少女にしてみたら、まるで
狐につままれたようなお話でしたが、とにもかくにも伯爵様には
こちらからのプレゼントを受け取ってもらえたみたいですから、
春花ちゃんとしてはそれで十分だったのでした。

 実は、春花ちゃん、これといった特技が何もありませんから、
伯爵様へのプレゼントを何にしようか悩んでいたのです。そこで
一か八かやってみたのがオモチャのピアノだったというわけ。

 頼りは「あなたはこの教会一のメロディーメーカーよ』という
シスターカレンの軽いお世辞だけでした。


 12名のプレゼンが終わると、次はお茶の時間です。
 といっても、かしこまったものではなく子どもたちはテーブル
に用意されたケーキを配られたお皿に乗せてはパクつきます。

 ここでも、伯爵様は今日やって来た一番幼い子を膝の上に乗せ
ておいででした。

 この日一番の年少さんは4年生の女の子。まるでお人形のよう
な顔をしていますから伯爵様のお気に入りでした。
 伯爵様は、その子を膝の上に抱いてあやしながら、お隣の春花
ちゃん美里ちゃんコンビとお茶の会話を楽しみます。

 「君たち、ここは初めてだよね?どうして私の処を選んだの?
たしか、先週までは大西先生の処だったでしょう?」

 「そうなんだけど……たまには他の処もいいかなと思って……
それにお友だちから遊園地みたいにたくさん遊ぶ物があるよって
聞いたから……」
 春花ちゃんはほっぺを膨らませて素直に答えます。
 彼女のお皿には、すでに苺のショートケーキやシュークリーム、
ババロアまでもが乗せてありました。

 「そうか、お庭の遊具のことだね。あれは私が子供の頃遊んだ
おもちゃなんだ」

 「うそ!遊園地から持ってきたんじゃないの?」

 「そうじゃないよ。あれは父が買ってくれたんだ。ブランコも
シーソーもメリーゴーランドもジャングルジムも、みんなみんな
戦前の古いものなんだよ。だから、あのメリーゴーランドだって
電気じゃなくて人力でしか動かないからね、遊ぶ時は大人が一人
必ず付き添わなきゃ回らないんだ。回す時は重労働だって庭師の
松吉がこぼしてたよ」
 伯爵様は軟らかく笑います。

 「でも、今にして思えば、捨てなくてよかったと思ってるよ。
こうして君たちの役に立ってるんだから。私は、この通り身体が
不自由で、君たちと一緒に遊びたくてもできないからね。あの子
たちが私の代わりとなってよく働いてくれてるよ」
 伯爵様は、猛烈な食べっぷりの春花ちゃんを頼もしそうに眺め
ながら、膝の上に抱いた女の子のためにケーキを取り分け、その
子のオカッパ頭を優しく撫で続けます。

 「ところで、大西先生の処で、君たちはどんなことをしてたの?」

 「どんなことって……お部屋でトランプとかゲームをしたり、
裏の畑でお芋や西瓜を取って来たり、お母さんとクッキーを作っ
たり……おままごととか……お姫様ごっこだけど……先生ってね、
おままごみたいなこと好きみたいだから、お付き合いしてあげて
たのよ」
 春花ちゃんは一口サイズの苺のショートケーキを頬張るついで
に答えます。

 「『お姫様ごっこ』って?」

 「私たちと茜お姉ちゃまがお姫様や女王様になって……先生も
王様の衣装を着て、好き勝手に劇ををやるのよ」

 「好き勝手に?……要するに寸劇を即興でやるんだね……凄い、
アドリブ劇だよね。上手にまとまったのかな?」

 「分からないわ。でも、そんなことはどうでもいいの。私は、
お母様から作っていただいたお姫様の衣装を着て踊れれば、それ
でよかったんだから」
 と、春花ちゃん。

 「お母さんや明子さんがいつも拍手してくれたの」
 と、美里ちゃん。

 「……時々ね、お父さんが、昔の王様やお姫様がどんな生活を
してたか、教えてくれたわ」
 春花ちゃんは、相変わらず大きなシュークリームもぐもぐやり
ながら答えます。

 「そうか、そういえば大西先生は西洋中世がご専門だったね。
楽しかったかい?」

 「うん、とっても……その時の記念写真あるけどみたい?」
 今度は美里ちゃんがババロアを持ったまま笑いかけます。

 「見てみたいな」

 「たくさんあるよ。今度、持ってきてあげる」
 春花ちゃんは遠くのお皿に盛り付けてあったモンブランにまで
手を伸ばしますが届きませんからそれを獲得すべく席を外します。

 二人はあまりにたくさんのお菓子に驚いてしまいお行儀はよく
ありませんでしたが、伯爵様がそれに対して嫌な顔をすることは
ありませんでした。

 「大西先生は君たちに優しかったみたいだね?」

 「はい、とっても……先月は茜お姉ちゃまにお仕置きがあって
先生とは一緒じゃなかったけど、それまでは寝る時はいつも一緒
のお布団だったんです」
 まだ見た事のないケーキに夢中になっている春花ちゃんに代わ
って、美里ちゃんが伯爵様のお相手をします。

 美里ちゃんは春花ちゃんより少食なのか、お行儀がよいのか、
春花ちゃんより丁寧な言葉で伯爵様と応対しますが……
 でも、その美里ちゃんの口の周りにもすでに生クリームが沢山
ついていました。

 「そうか、大西先生、お嬢ちゃんのお仕置きまで君たちに見せ
たんだ。(はははは)これは驚いたな」

 伯爵様が感慨深げに漏らすとモンブランを手にした春花ちゃん
が帰ってきて割り込みました。
 「私たち見ただけじゃないよ。お父さんと一緒に茜お姉ちゃま
のお尻叩きまでやったんだから……」

 「そう、お尻をぶつ時の鞭の使い方も大西先生に習ったの」
 美里ちゃんが続きます。

 伯爵様はもう目が回りそうでした。
 いえ、伯爵様の家にだってルールはありました。男の子を中心
にお仕置きの鞭というのも、大人になるまでには一度や二度では
なかったのです。

 でも、それは決して他所の人に公開されることはありません。
信用のおける女中さんや家庭教師の先生を除けば赤く腫上がった
傷だらけのお尻を部外者が見る機会などありませんでした。

 まして、女の子の場合はなおさらです。
 10歳以上の子は完全密室で、悲鳴さえも外に漏れないように
地下室や離れで行われるのが普通でした。
 そんな常識を覆す大西先生の大胆なお仕置き事情に、伯爵様は
驚いたのでした。

 『でも、それをあえていとわないというのは………それだけ、
大西先生がこの子たちにご執心ということなんだろうな』
 伯爵様は大西家での出来事をそのように理解したのでした。

 そこで、一歩踏み込んで……
 『具体的な話を聞いてみようか』
 そんな気持もふっと心をよぎります。

 「それで、茜ちゃんは、どんな罰を受けたのかな?」

 伯爵様が尋ねると、春花ちゃんはこともなげに……
 「どんなって……普通のお仕置きよ。……お浣腸されてお尻を
ぶたれたの」

 「君たちはお浣腸もお手伝いしたのかな?」
 「それはなかったけど、茜お姉ちゃまがお庭でうんちする処は
見ちゃった(はははは)」
 「そうなの、お姉ちゃまったら、お父様に抱っこされてウンチ
してたの……」

 「そうかい。そりゃあ大変だったね。見てる方も辛かったろう」

 「そりゃあね。ウンチなんて見たくないけど、お仕置きだから
仕方がないよ。……いい気持はしないけど…でも、私たちだって
寄宿舎ではそのくらいされたことあるから…」

 「寄宿舎のお仕置きってそんなに厳しいのかい?」
 伯爵様が尋ねると、こんどは美里ちゃんがそれに答えました。
 「先生に素直にごめんなさいすればそんなこともないんだけど、
たまに女の子って素直になれない時があるのよ。……そんな時は
先生も意地張っちゃうから、お仕置きが自然ときつくなるの」

 「なるほどね。私は、教会の中って天使の園だとばかり思って
いたから……そんな処では女の子にお仕置きなんてしないのかと
思ってたけど……違うんだね」
 
 「違うわよ。そんなわけないじゃん。女の子だって人間だもん。
だらしない子も、怠け者も、見栄張りや…やたらと嘘をつく子が
たくさんいるんだから……おかげで、毎晩のように誰かの悲鳴が
舎監室の方から聞こえるの」

 春花ちゃんが言えば、美里ちゃんも……

 「お浣腸なんて、オムツをされてベッドに縛り付けられるの。
漏らしてしまうまでそのままよ。とっても残酷なんだから……」

 「でも、その後は先生が片付けてくれるんだろう?」

 「先生が?先生はそんなことしないわ。見てるだけよ。自分で
汚した物は自分で片付けなさいって言われるだけ……とにかく、
それを綺麗にしないとお仕置きが終わらないから、みんな泣きな
がらお洗濯するわ」

 美里ちゃんが得意になって説明していると二人より年上の子が
たまらず口を挟みます。

 「ちょっと、あんたたち、やめなさいよ。せっかくのお菓子が
まずくなるわ。だいいち、そんな事、伯爵様にお聞かせすること
じゃないでしょう。場所柄をわきまえなさいよ」

 そのあまりの剣幕に二人は思わず下を向いてします。

 彼女の言ってることは正論でした。
 『女の子は、みにくいことや人の嫌がることを口にしてはいけ
ない』
 先生にそう教わっていたからでした。

 伯爵様が施設で行われている女の子のお仕置きについて意外な
ほど無知なのも女の子たちがそうしたことをあえて話題にしない
からだったのです。


 オヤツの時間が終わると、子どもたちは自由に伯爵邸のお庭や
遊戯室、図書室なんかへ行って遊びます。

 図書室へ直行する子もいますが、小学生の大半はお屋敷のお庭
が目当てでした。

 丘陵地の坂道を利用して作った滑り台は50mもあってスリル
満点ですし、電気もモーターでもはなく庭師のおじさんが大汗を
かきながら動かしてくれるメリーゴーランドは、全てがゆっくり
でギクシャクした動きなのですが、順番待ちをする子が出るほど
の人気でした。

 女の子だけではありません。男の子に人気のゴーカートだって
あります。
 ただこれもエンジンはありませんでした。坂道を利用して四輪
の車が転がるだけなんです。ですから、終点まで来ると、あとは
スタート地点まで自分で押して坂道を登らなければなりませんで
した。

 そんなオンボロ遊具でも、子供たちにとっては立派な遊園地。
この日は夕方まで黄色い歓声の絶えることがありませんでした。

 そして伯爵様もまた子供たちのそうしてはしゃぐ姿を見るのが
大好きだったのです。
 この日も、木陰に車椅子を止めて子供たちの遊ぶ姿を見つめて
いました。

 「三山先生。ここにいると、先生のお薬はいらんよ」
 伯爵様はいつも付き添わせている主治医に笑顔を向けます。
 そこで、先生の方も……
 「伯爵は、その昔、子どもの甲高い声は苦手だとおっしゃって
ませんでしたか?」
 と切り返すと……
 「ところが、ここに子ども達を招くようになってからそうでも
なくなった。近くでないならなおさらそうだ。金きり声も遠くで
聞けば小鳥のさえずりのようにも聞こえるから不思議なもんさ」

 皮肉めいて伯爵様は語ります。でも、それって、本当は正しい
ことなのかもしれません。昔は多くの浮名を流した伯爵様も今は
好好爺。悦楽の源はすでにレディーではありませんでした。

 レディーを目の前にした子供たち。
 その柔らかい肌に触れ、穢れのない瞳を見つめ、屈託のない声
を聞くと、彼らの生気が自分の体内に取り込まれるようで楽しい
のです。

 若返りの方法に気づいた伯爵様は、できるだけ多くの子供たち
を屋敷に招きいれます。しかも、子どもたちには大人並み待遇を
用意していましたから、子どもたちの間でも人気がでないはずが
ありません。

 伯爵様のお屋敷へ行ってお泊まりしたいという子が殺到。最初
は他のお父さんたちと同様、二人から始めたご招待でしたが、気
がつけば、いつしか定員十二人となっていました。
 でも、伯爵様がそれで困るということはありませんでした。

 そんなお楽しみの伯爵様の耳元で、柏村さんが囁きます。
 彼は伯爵様に頼まれて何やら調べ物をして帰ってきたところだ
ったのです。

 「施設でのお仕置きは確かに行われておりました」
 「そうか、やはりあの子たちの話は、デタラメではなかったと
いうわけか……」
 「しかも、これがかなり過激でして……」
 「過激?」
 「ええ、実は……」
 柏村さんは付き添いの先生方や子供たちのお泊まりを受け入れ
ているお父さんたちに取材した内容を伯爵の耳元に流し込みます。
 
 「…………」
 それは少なからず伯爵を驚かしましたが、でも、少し考えれば
それももっともなことと理解したのでした。

 「いや、驚きましたよ。こんな可愛くて上品そうな子どもたち
が、施設ではそんな厳しい罰を受けているなんて……」

 柏村さんが驚いたように話すと、伯爵は悟ったようにこう言い
ます。
 「彼らの場合は孤児と言っても氏素性がはっきりしているから
教会もむしろ気を使って育ててるんだろう。そもそも、これだけ
品のいい子が何の体罰もなしにいきなり現れたらその方がよほど
驚異だよ。我々にしてもそうだ。厳しい鞭なくして華族の品格は
守れないとばかり、子どもの頃は色々あったからね。……わかる
気がするよ……わかった、ご苦労だったね。むしろ、これで納得
がいったよ」

 伯爵は、楽しげな子どもたちを見つめたまま、何も言いません
でしたが、その胸中に去来するものは新たなステージへの第一歩
だったのです。

*************(3)************

********「第1回」はここまで*******

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このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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