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第 1 話 ②

< 第 1 話 > ②
 「いいなあ、私なんか最初から180万しかなかったのよ。だから、
自分で結婚資金も稼いだの。章君もそうだけど男の子は恵まれすぎよ」
 清美が笑う。しかし、そんなはずはない。お父様が結婚相手と結婚式
の費用を清美にだけ出さないなんてことはあり得ないからだ。
 むしろ私はなまじお金があるばっかりに司法試験に身が入らず10年
も無駄な時間を費やしてしまった。恥ずかしい話だが、私がやっとの事
で合格できたのは、そうした資金が底をつき、章くんがアメリカへ渡っ
て彼とセッションする舞台のアルバイト料も入らなくなってからだった。
 要するに私という男はお尻に火がつかなければ何もできない怠け者な
のである。
 舞台では亀山の最近の様子がビデオ上映され……バザーが開かれ……
ビンゴ大会になり……と、ここまでは普通なのだが、その賞品というの
がここでは世間の常識とは違っていたのである。
 「湯川水紀と言います。合沢おじまさま、よろしくお願いします」
 僕の前に思いがけず手にした豪華な商品がやってきた。それは今まで
清らかな音色のフルートでお客様を楽しませていた少女だ。
 『なかなかの美少女じょじゃないか』
 思わずスケベ心が顔を出す。
 「いくつ?」
 「11歳です」
 私は歳だけ聞いて彼女の肩を抱く。そして、他の人たちと同じように
地下への階段を下りていった。
 「おじさんでもいいけど、お兄様じゃだめかい」
 「えっ!」
 はにかむ顔がまだ初々しい。
 「いえ、お兄いちゃま、お願いします」
 このビルの地下には『ここは温泉旅館か』と見まがうばかりの大浴場
があるのだ。このビル自慢の施設。その脱衣場で私はおもむろに彼女の
服を脱がせ始めた。いや、私だけではない。周囲みな手にした賞品の服
を脱がせ始めている。
 ま、普通に育った子にいきなり見ず知らずの大人がそんなことをすれ
ば嫌がるか暴れ出すところだろうが、そこは私たちの世界で育った天使
たち。抵抗する子など誰もいない。
 水紀ちゃんも私がすっぽんぽんにしても笑顔こそみせるものの困った
様子など何一つ見せなかった。
 思えば遠い昔、私もどこかの温泉宿で見知らぬ人に裸にされて一緒に
温泉に浸かったことがあったが、その日も恐らく今日と同じ趣旨だった
のだろう。私も今の水紀ちゃん同様、何一つ特別な感情がなかった。理
由は簡単で、亀山で暮らしていれば大人達が自分たちをこうしてお風呂
に入れてくれるのがごく自然な形なのだ。
 亀山の子供たちは大人がやるどんなことにもことにも逆らってはなら
ないし、どんな時も心を空っぽにして大人たちの愛を受け入れなければ
ならない。
 これは物心ついた時から繰り返しママたちから教え込まれる絶対的な
約束事で、13歳まではどんな無理難題を命じられても異を唱えること
なんてできない身の上だったのである。
 もちろん、だからといって大人が好き勝手やっているわけではない。
事情は逆で周囲を固める大人たちは常に子供の幸せを第一に考えて気を
つかっている。10歳を越える子にも赤ちゃんと同じ気遣いをしている
からこそこんな強いことが言えるのだ。
 赤ちゃんと同じ無垢な心のままで育てるとなると、どうやらこうした
方法しかなかったようである。亀山で大人たちとまともにものが言える
ようになるのは14歳からだった。
 無論、私たちの方も我が産土を汚すつもりは毛頭なく、単純にこの子
と一緒にお風呂に入れればそれで良かった。
 私たちはかつてお父様お母様に愛されたように自分たちも我が子を愛
したいとは思っている。しかし巷でそれを実現することは不可能に近い。
もう四年生にもなった娘をお風呂に誘っても変態扱いされるのがオチだ。
だから卑猥な感情をもってこの子をどうこうしようというのではない。
 亀山でやっていたように柔らかで華奢な体を抱いて、撫でて、身体を
洗い、自慢話をしてやる。その子もまた、自分に対して優しく嫌がらず
に接してくれればそれで天国だった。お父様が、毎夜毎夜堪能していた
美しい夢をこのお風呂場でつかの間得られる満足。それがこの時の賞品
だったのである。
 「水紀ちゃんはママやお父様お母様以外の人にこうしてお風呂に入れ
てもらったことがあるの?」
 私は大きな湯船の中で少女をゆったりと抱き上げてたずねてみる。
 「賄いのおばちゃんに一枝さんって方がいらっしゃるんですが、その
方からはよく身体を洗っていただきます」
 よそ行きの言葉は私を意識してのことだろう。
 「そう、それでは僕のような見ず知らずの人間とは初めてなんだ」
 「はい」
 「じゃあ怖いだろう。見知らぬおじさんの前で裸になっちゃうのは」
 「………」ふっと一瞬、間があって本心が顔に出る。しかし、そこは
女の子、すぐに気を取り直すと……
 「大丈夫です。ママが一緒にお風呂に入ればあなたにとって必ず良い
ことがありますからって……おじさま…いえ、えっと~おにいちゃまは
亀山を出て成功なさったんでしょう。そうした方は、あなたにとって、
とても心強いお味方になってくださるからって……」
 私は思わず苦笑してしまう。もともと亀山の子は大人たちから可愛が
られるように教育されるから、ある面でとても物分かりがいい。しかし、
こうまで言われると、その歳で自分はどう受け答えただろうかと考えて
しまった。
 「わたし、何かいけない事言いましたか?」
 水紀が心配してたずねるので私は彼女の頭を撫でる。
 「そうじゃないんだ。君の答があまりに大人びてたからびっくりした
だけ」
 私はそう言って水紀の頬に自分の頬をすり寄せる。
 「ただ、残念だけど、僕は君の力になって上げられるほど優秀な人間じゃないんだ」
 「でも、弁護士さんなんでしょう」
 「それはそうだが、弁護士もピンキリでね、私はキリの方なんだ」
 「そうなんですか」
 「ごめんね」
 「いいえ、そんなこと……だって、どんな先輩も私よりは優れていら
っしゃいますから……」
 「ありがとう。そんなこと言ってくれたのは君だけだよ」
 私は自分の抱いた子に、実はヨイショされているのに気づいて、内心
笑いが止まらなかった。
 『なるほど、こんなにも気持ちのいいものだったんだ。だからこそ、
お父様たちは私たちを育てていたのか』
 私は今の今になって、お父様たちが大金を投じて何を得ていたのかを
感じることができたのである。そして…
 『私もその時代幾度となくお風呂でお父様に抱かれたが、あまりにも
何気なく過ごしてしまって、はたして天野のお父様を喜ばすことができ
ていたんだろうか』
 と心配にもなったのだった。
 「亀山は楽しいかい?」
 「えっ、……あっ、はい。楽しいです」
 私のささやきに、また、間があいた。でも、その正直さが心地よいの
だ。
 「辛いこともあるだろう。何でこんなにお仕置きばっかりされるんだ
ろうって思ってるんじゃないの?……僕は思ってたよ。」
 「…………」水紀は私の腕の中に抱かれたまま下を向いて答えない。
 「もう、君の歳になって中庭で裸にされたら、そりゃあ恥ずかしいく
てね。亀山以外の孤児院に行きたいと思ったことが何度もあったよ」
 「…………でも、それはわたしがいけないことしたから……」
 小さな小さな声、抱いているこの近さでも聞きそびれてしまうほどの
ささやきが聞こえた。
 「……そうか、それなら、ひょっとしてお灸のことかな?」
 最後の言葉で水紀の顔が思わず上を向く。恐らくその瞬間彼女のツボ
にヒットしたんだろう。見れば水紀のお臍の下にある灸痕はまだ新しか
った。
 「熱かったかい?」
 「…………」
 「熱いというより痛かっただろう。錐でもまれるようなもの凄い痛み
だからね、あれは……」
 「わたし、お灸だけはすえられないようにしようと思ってたんです。
……だって、痕がつくでしょう。だからイヤだなって思って……なのに
……わたし、お転婆だから」
 「いいじゃないか、女の子はお転婆なくらいでちょうどいいんだよ。
元気な証拠だもん。それに、痕がついたことを気にするなって言っても、
しちゃうだろうけど、それは亀山で暮らす以上仕方がないことなんだ」
 「…………」
 「でも大丈夫。君はしらないだろうけど、ここを卒業して桜花(女の
子が行く全寮制の高校)に入るまでには全員のお尻に火傷の痕はついて
るから……実は、お灸をもらわずこの山を下りる子は誰もいないんだ。
それに、これは君が18歳になって本当のお母さんと出会う時に必要な
ものなんだ」
 「知ってます。でも、それは母にすえた場所の記録さえ残っていれば
いいんじゃないですか?」
 「確かにそれで、あるお母さんが赤ちゃんをここに預けたという証明
にはなるだろうけど、その子が君だという証明にはならないんだよ」
 「どうして?」
 「実はね、ここに預けに来たお母さんのことを知っているのは亀山の
中でもおばば様だけなんだ。だから、もしおばば様がなくなったら、二
人が親子だって証明はできなくなってしまうんだよ」
 「それは、今はDNAで…」
 私はそこまで言った水紀の言葉を遮る。
 「それに、お灸の痕があるからみんな同じ境遇、同じ出身として力を
合わせることもできる。もし、何もなかったらその事は隠して生きてい
こうとする人だって少なくないはずだ。OBOGが人生で成功した後も
こうして亀山を自分のことのように援助してくれるのはその痕が体から
消えないからでもあるんだよ。体の傷は残酷なことのように君には映る
かもしれないけど、そのおかげで亀山はずっとずっと孤児を受け入れ続
けられるんだ」
 「…………」
 水紀は黙っていた。もとよりこんな幼い子にそんな理屈が理解できる
はずもないから、この社会の現実を解いても無意味なのかもしれないが、
やがて彼女も社会に出てそれなりの地位を占めるようになれば分かって
くれんじゃないか、そう思って話したのだった。
 「おにいちゃまも…やっぱり、痕があるの?」
 「そりゃああるさ。見て見るかい?」
 こう言うと、水紀は思わず身体を硬くする。でも、好奇心の方が勝っ
たようで…小さく頷いて見せた。
 私は湯船から這い出ると洗い場で四つんばいになる。そのお尻の傷を
水紀もしゃがみ込んで恐る恐る眺めた。
 「お医者様に行って消したいとはおもわなかった?」
 「一度だけ、思ったよ。でも、考え直したんだ。これを消してしまっ
たら、僕の青春も昔からのお友だちも消えてしまうような気がしてね…
…それで、やめてしまったんだ」
 「ふうん」
 水紀の小さく可愛い指先が私の灸痕を撫でているのがわかる。
 「あんまりよくわからないね」
 「もう、最後にすえられてから随分時間が経つからね。目立たなくな
っちゃったんだ。でも、角度を変えて見てごらん。皮膚がそこだけキラ
キラ光ってるのがわかるはずだから……」
 「あっ、ほんと、分かるよ。お灸の痕が光ってる。…ねえ、これって
恥ずかしくないの?」
 「あまり親しくない人と一緒にお風呂に入る時は、ちょっぴり恥ずか
しいかな。でも、これを見て笑うような人とはお風呂に入らないから…
…それに、今となってはこのお灸の痕が僕の誇りでもあるんだ」
 「変なの?……わたしなんか、こんな傷があったらお嫁に行けないん
じゃないかって心配なのに……」
 「そんなことないよ。お父様がきっといい人を見つけてくれるから」
 「他の人にもそう言われたわ。お父様がそんなここと気にしない立派
な人を紹介してくれるって、でも、わたし、お婿さんになる人は自分で
見つけたいの」
 「そうか、お父様は嫌いか」
 「そんなことないわ。緑川のお父様は立派な方だし、私は子供たちの
中でも一番可愛がられてるの。だって、いつも一番長く抱っこしてもら
えるんだから……でも、お婿さんは自分で見つけたいの。背が高くて、
ブラウンの巻き毛がふわふわっとしてて、蒼い瞳なの。もう決めてるの。
だけど、そんな時、こんな火傷の痕があったら嫌われるんじゃないかと
思って……」
 「大丈夫さ。水紀ちゃんが本当に好きなら、男はそんな事を気にした
りはしないから……」
 「ほんと?」
 「ああ、本当さ。逆に、そんな事をとやかく言うようなら君のことが
本当はそんなに好ではないってことなんだ。だいたい、君はいつお尻の
火傷をその人に見せるつもりなんだい?……お互いが仲良くなってから
じゃないかい?……だったら大丈夫だよ」
 「……」
 水紀は答えなかったが、代わりに私の背中に顔をすり寄せたのである。

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Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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