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小暮男爵 << §13 >>

小暮男爵

***<< §13 >>****

 昼食が終わり食器を下膳口に戻した私は、さっそく遥お姉様を
見つけてそのブラウスの袖を引っ張ります。

 この学校は一学年一クラス。しかもそのクラスの六年生は全部
で六人しかいません。栗山先生が私たちのテーブルへやって来た
時、先生のお話に姉の名前は出てきませんでしたが、気になった
ので私は姉のブラウスを引っ張ることにしたのでした。

 「何よ、何か用?」
 姉は珍しく不機嫌でした。ま、無理もありませんが。

 「ねえ、お仕置きされたの?」

 「お仕置き?……別にされないわよ」
 遥お姉様は平静を装いますが……

 「だって、瑞穂お姉様はされたんでしょう。革のスリッパで」

 「栗山先生がそっちへ行って話したのね。瑞穂のことでしょう。
……あの子『メリーポピンズの読書感想文を書くなら、やっぱり
空を飛ばなくちゃ』なんて、わけの分からないこと言いだして、
傘を差したまま二階から飛び降りたの」

 「えっ!飛べたの?」

 「バカ言ってんじゃないわよ。遊びよ、遊び。あの時間は自習
だったから、暇もてあましてた連中がはしゃぎだして、即興劇を
やってたの。そのうちに、あの子、お調子者だからホントに二階
の窓から飛び降りちゃったのよ」

 「大丈夫だった?」

 「大丈夫よ。下に木屑の山があったから。それがクッションに
なったの。でも、よせばいいのにあの子ったら味をしめて三回も
飛んだのよ。あれで学級委員なんだから呆れるわ」

 「お姉ちゃんは?」

 「私?……私は、そんなバカじゃありません」
 最初は怪訝な顔でしたが、最後は語気が強まります。

 「そうか、それが梅津先生にばれちゃって運動場の肋木の前で
お仕置きされることになったんだ」

 「そうよ、栗山先生からみんな肋木の前に呼ばれたけど、罰を
受けたのは、即興劇をやってた瑞穂と智恵子と明の三人だけ……
だって、私は何も悪いことしてないもん」

 「革のスリッパって痛いの?」

 「でしょうね。私はやられたことがないから知らないわ。でも
中学ではよくやるお仕置きみたいよ。栗山先生、中学の予行演習
だっておっしゃってたもの」

 「怖~~い」

 「怖い?本当に怖いのはこれからよ」

 「どういうこと?」

 「だって、これだけのことしたら、たいてい家でもお仕置きの
はずたもの。お家では学校と違ってお尻叩く時手加減なんてして
くれないでしょう。お灸だってあるんだから……」

 「お家の方が怖いの?」

 「そりゃそうよ。いいこと、お父様やお母様ってのは、学校の
先生なんかより私たちにとってはもっともっと近しい間柄なの。
だからお仕置きだって、そのぶん厳しいことになるわ」

 「そういうものなの?」

 「そういうものよ。子供にはわからないでしょうけど……」

 「何よ、自分だって子供のくせに……」

 「あんたより一年長く生きてます」

 遥お姉様はそこまで言って、私の顔を見つめます。
 そして、その数秒後、お姉様は何か気づいたみたいでした。

 「あっ、そうか、あなた、まだお父様のお人形さんだもんね。
厳しいお仕置きなんて受けたことないわけだ」

 少しバカにされたような顔で言われましたから私も反論します。
 「そんなことないわよ。私だって、お父様から今までに何度も
お尻叩かれた事あるのよ。先週だって廊下に素っ裸で立たされて
たら私のことジロジロ見てたじゃないの」

 私は勢いに任せて怒鳴ってしまい、同時に顔が真っ赤になりま
した。
 そこは誰もが行き来する階段の踊り場。私の声に驚いた子ども
たちがこちらを振り返って通り過ぎます。

 「よく言うわ。それはあなたが子供だからさせられたんでしょ。
いくらお父様だって健治お兄様や楓お姉さまにはそんな事なさら
ないわ。……それに、私だってあなたがお尻を叩かれてるところ
見たことあるけど、お父様を本当に怒らせたら、あんなもんじゃ
すまないのよ」

 「えっ?」

 「本当のお仕置きってね、お尻がちぎれてどこかへ飛んでった
んじゃないかって思うくらい痛いんだから……あなたのはねえ、
ぶたれたというより、ちょっときつめに撫でられたってことだわ」

 「そんなことないわよ。だって、ものすご~~く痛かったもん」
 私がむくれると……

 「ま、いいわ。そのうち、わかることだから」
 遥お姉様は不気味な暗示を私に投げかけます。

 と、その瞬間です。遥お姉様の顔色がはっきり変わりました。
 そして……

 「遥ちゃん、君だって私から見ればまだ十分に子どもなんだよ」

 私は声の方を慌てて振り返ります。
 『えっ!!お父様』
 心臓が止まりそうでした。

 お父様が振り返った私のすぐ目の前にいます。手の届く範囲に
というか、振り返った時はすでに抱かれていました。

 「よしよし」
 お父様はいきなり私を抱きしめて良い子良い子します。

 これって子供の側にも事情がありますから、抱かれさえすれば
いつだって嬉しいとは限りません。私にだって心の準備が必要な
時も……ですから、その瞬間だけはお父様から離れようとして、
両手で力いっぱい大きな胸を突いたのですが。

 「おいおい、もうおしまいかい。もう少し、抱かせておくれよ。
でないと、お父さんだってせっかく学校まで来たのに寂しいじゃ
ないか」

 お父様にこう言われてしまうと我家の娘は誰も逆らえませんで
した。
 はねつけようとした両手の力がたちまち抜けてしまいます。

 「ごめんなさい」
 小さな声にお父様は再び私を抱きしめます。

 「ほっとしたよ。図画の時間にいなくなったって聞いたからね。
大急ぎで駆けつけてきたんだ。ここには大勢の先生方がいるから、
間違いなんて起きないと思ってはいたんだが、やっぱり心配でね。
そんな心配性のお父さんは嫌いかい?」
 お父様は私をさらに強く抱きしめてこう言います。

 「本当に、ごめんなさい」
 私はお父様の胸の中で精一杯頭を振って小さな声を出します。
いえ、頭も胸も強く圧迫されてますから頭もろくに動きません。
その時は、お父様にだけ聞こえるような小さな声しかでませんで
した。

 「いや、元気なら何よりだ。どこも怪我はしてないんだろう」

 「はい」

 「なら、それでいいんだ」
 お父様はそこまで言ってようやく私を開放してくれます。

 「あそこは尖った大きな岩がごろごろしてるし、マムシだって
スズメバチだっているみたいだから本当は怖いところなんだよ」

 「はい、ごめんなさい」

 私はお父様の目がちゃんと見れなくて、再び俯いてしまったの
ですが、お父様の顔が私の頬に寄ってきて小さな声で囁きます。

 「ところで、お仕置きはちゃんと受けたのかい?」

 「……はい」
 私の声はお父様の声よりさらに小さくなりました。

 「そう、それはよかった。だったら、お父さんがもう何も心配
することはないね。いつも通りの美咲ちゃんだ」
 再び、頭をなでなで……

 それってちょっぴり恥ずかしい瞬間。でも、お父様にされるの
なら、ちょっぴり嬉しいことでもありました。

 「午後の最初の授業は何なの?」

 「体育」

 「そう、それじゃあダンスだね。今日はどんなダンスを習うの?
バレイ、現代舞踏、ジャズダンス、フォークダンスかな」

 お父様にとって体育というのはダンスのことだったみたいです。
でも、これって無理もありませんでした。
 実際、私たちの学校で行われていた体育の大半はダンスの授業
でしたから。

 ただ、五年生になって、体育の先生が女性から男性に代わった
せいもあってその授業内容にも変化の兆しが……

 「今日は違うよ。今日はね、ドッヂボールの試合をやることに
なってるの」

 私の思いがけない答えに、お父様は目を丸くしてのけぞります。
大仰に驚いてみせます。

 「ドッヂボール?そりゃまた過激だね。美咲ちゃん、できるの
かい?」

 ドッヂボールは当時全国どこの小学校でも行われている定番の
ボールゲームでしたが、娘大事のお父様にとっては過激なボール
ゲームというイメージだったみたいです。
 普段ボール遊びなんてしたことのないこの子たちが、はたして
ボールをちゃんとキャッチ出来るだろうか?
 そんな疑問がわいたみたいでした。

 「大丈夫だよ、ルールもちゃんと覚えたし先週もその前の週も
ちゃんとボールを取る練習したから」
 私は自信満々に答えます。

 ただ私たちがこうした試合を行う場合、問題はそういう事だけ
ではありませんでした。

 そのことについは、また先にお話するとして、お父様は私の事
が解決したと判断されたのでしょう、関心が別に移っていました。

 「あっ、遥、ちょっと待ちなさい。君にお話があるんだ」

 お父様はいつの間にか、そうっとお父様のそばを離れてどこか
へ行ってしまいそうになっている遥お姉様を呼び止めます。

 5mほど先で振り返ったお姉様、その顔はどうやら逃げ遅れた
という風にも見えます。

 慌てたように遥お姉様の処へ小走りになったお父様は、途中、
私の方を振り返って……
 「ドッヂボール頑張るんだよ。あとで見に行くからね」
 と大きな声をかけてくださいます。

 お父様は捕まえた遥お姉様と何やらそこでひそひそ話。

 やがて、二人は連れ立って私から遠ざかっていきます。
 でも、それって、私にとってはとっても寂しいことでした。

 『何、話してたんだろう?……どこへ行ったんだろう?……私
には話したくないことかなあ?』
 疑問がわきます。
 そこで、そうっとそうっと、二人に気取られないようについて
行くことにしました。

 すると……
 『えっ!?』
 二人は半地下への階段を下りて行きます。

 『嘘でしょう!ここなの!?』
 私は二人の行き先を確かめようとして、暗い階段の入口までは
やってきましたが、さすがにその先、階段を下りるのはためらい
ます。

 だってそこは、私たち生徒が学校の先生からではなくお父様や
お母様、家庭教師などといった父兄からお仕置きを受けるための
部屋がずらりとたち並ぶ場所だったのです。

 こんな場所、他の学校では考えられないでしょうが、私たちの
学校にはこんな不思議な施設があるのです。

 この学校はもともと華族様たち専用の学校だったものをお父様
たち有志六名が買い取る形で運営されてきました。
 ですから学校の教育方針にもお父様たちが強い影響力を持って
います。子どもたちへのお仕置きを多用しようと提案されたのも、
実は、学校の先生方ではなくお父様たちの強い意向だったのです。

 そして、それは学校を運営していくなかで、さらに徹底されて
いきます。

 ある日の会議で先生方が『学校としてはそこまではできません』
とおっしゃる厳しいお仕置きまでもお父様たちは望まれたのです。
それも罪を犯してからお仕置きまで余り間をおきたくないという
お考えのようで、あくまで学校でのお仕置きを…と望んでおいで
でした。

 子どもは自分の過ちをすぐに忘れてしまいますから、家に帰る
まで待っていたらお仕置きの効果が薄れてしまうと主張をされた
みたいです。

 議論は平行線でしたが……
 そこで、お父様たちは一計を案じます。この学校の中に御自分
たちのプライベートスペースを設けたのです。
 学校教育の中でできないなら、家庭内の折檻として行えばよい
とお考えになったみたいでした。

 それがこの階段を下りた処にある七つの部屋だったのです。
 そこは学校の中にある我が家という不思議な空間。
 でも、子供たちにとってここはくつろげる場所ではありません
でした。

 何しろ、ここはお仕置き専用の我が家なんですから、そりゃあ
たまったものじゃありませんでした。

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このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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