2ntブログ

Entries

ケンとメリー<2>

 ケンとメリー<2>

 ケンとメリーの故郷、エデン38星雲は地球から88億光年と
いう途方もない距離にあるため、帰郷する為にはブラックホール
の強力な磁場を利用して空間を折り曲げ、その裏側へと抜け出さ
なければならない。

 早い話、ショートカットとして近道を進むわけだが、この判断
には高度な解析力が持つコンピューターが不可欠だ。もし誤った
航路を選択すれば宇宙の藻屑、いや、煙も立たず消えてなくなる
はずだから、コンピューターは生命線なのだ。
 その命綱に機械ではなく正確な動作の保証がない生命体を使う
など通常なら考えられない話だが、彼は賭けに出たのである。

 しかし、ケンの目論みは当たる。
 代理母によって生まれた10人の赤ん坊の新鮮な脳が、彼らの
壊れたCPUの一部となって回路を構成し始めたのだ。

 大量のシナプスを与えられた彼らは、最初こそ心もとない成果
しかあげられなかったが、その能力は日増しに高まり、やがて、
加速度的に上昇していく。演算スピードこそ機械にはかなわない
ものの、目的達成のために必要な方法論や合理化といった作業を
自分たちでやってしまうため、最後は無駄がなく効率的なCPU
として機能していたのである。

 10人の赤ん坊は自分たちが何をしているのかわからないまま、
二人を彼らの母星であるキメラ星へと案内する大事な役目を果た
したのだった。


 二人はブラックホールを越え、エデン38星雲の懐かしい故郷、
キメラ星へと近づいた。

 太陽系をうろついていた時には送受信できなかった通信機器が
回復してキメラ星へ無事を知らせると、たちまちお祝いの通信が
ひっきりなしに宇宙船へかかってくる。

 そんな同胞たちの歓喜の中、二人は喜びのあまりある事を忘れ
てこの星に着陸してしまう。
 まずはこの星の長である執政官、テラ長官に会いにいったのだ
が、そこではすでに宴席が用意されていた。

 二人は、そこで銀河系での調査報告、事故の様子、小型艇での
帰還など一晩では語り尽くせぬほどの物語をお歴々の前で披露。
得意満面だったのだが……。

 「ところで、君が使ったその人類とやらは処分したんだろうな」

 執政官にこう言われた時、ケンは青くなる。
 その顔を見て、事の次第がわかったのだろう。
 執政官は次にこう言ったのだった。

 「分かっていると思うが、いかなる事情があろうと、この星に
いったん入れた生物はそれを入れた者が責任を持たなければなら
ない」

 責任を持つとは、ここではそれを育てることを意味する。
 『キメラ』は本来『天国』の意。ここでは理由なく殺生をする
ことが禁じられているのだ。

 「はははは、とんだところで二人とも親になってしまったな。
出来の悪い子を抱えると苦労するぞ」

 「まあそう言うな、よいではないか、多少、頭は悪いかもしれ
んが、姿形は我々とよく似ているそうな、さほどの違和感もある
まいて」

 「ところで、その子たちのIQはいくつなんだ?」

 「250あるかないかです」

 「我々の半分か。……ま、しかしだ、我々にも発達障害の子は
いるわけだから、何とかなるさ」

 二人は、お歴々から慰めにもならない言葉を贈られて宮殿を去
った。


 帰り道。ケンがつぶやく。
 「うっかりしてたな。ブラックホールを出た段階であいつらは
用済みなんだし、全員殺しておけばよかった」

 すると、少し間があって、メリーが……
 「私、もしあなたがそんなことしようとしたら……きっと反対
してたと思う」

 「どうして?」

 「だって、あの子たちは私たちの命の恩人なんですもの」

 「命の恩人って……あいつらは、僕たちが作ったんじゃないか。
創造主に殺されたら本望だろうよ。それに、姿形こそ我々と似て
いても、あいつらしょせん未開の地に暮らす下等生物なんだから、
飼い方だってよくわかってないし……」

 「でも、私……あの子たち……育てたいの」

 「育てる?」

 「方法は分からないけど、図書館に行けば地球を調査した時の
資料があるから、それで大体の生態はわかると思うの」

 「おいおい、本気で言ってるのか?」

 「本気よ」

 「バカ言えよ。あんなのは動物園に引き渡せば十分さ。要は、
殺さなきゃいいんだし。そもそもあいつらは我々と同じステージ
に立てる生物じゃない。用が済んだら処分。それが真っ当だよ」

 ケンはそう言ったあと、しばらくメリーの顔を見つめていたが
……

 「何だ、何か不満なのか?だってあいつら10人もいるんだぞ」

 ケンがそう言うと、しばらく置いてメリーが……
 「20人よ。だってあの子たちを産んだ母親がいるわ」

 「バカ言え、あの子たちの母親もかよ。だって、あいつらは、
子供を産んだだけじゃないか」

 「そうよ、子供を産んだのは彼女たち。でも、そうじゃないわ。
あなたも知ってるでしょう。あの子たちは母親に抱かれると驚く
ほど能力が向上したもの。あの子たちには母親たちが必要なのよ。
ひょっとしたら母親がいないと育たないかもしれないでしょう。
きっと、そうしたことは私たちとは違うのよ」

 「驚いたねえ。本気で言ってるの?」

 「もちろん本気よ。あなたが嫌なら私だけで育てるから……」

 「資金は?」

 「お父様に出してもらうわ」

 「また、お義父様か……」
 ケンは憤懣やるかたないといった苦い表情だったが……

 「あ~~、わかったよ。だからそういう悲しそうな顔をするな」
 こう言って前言を翻したのである。
 そして……

 「俺も甘いな……」
 とため息をつくのだった。

*********************

コメント

コメントの投稿

コメント

管理者にだけ表示を許可する

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

最新記事

カテゴリ

FC2カウンター

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR