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天国 ~第二話~

 *** 第二話 ***

 天国の門をくぐってすぐ、私は後ろを振り向く。
 手を離してしまった城の内先生を探すためだ。
 しかし、先生は見つからない。

 すると、今くぐったばかりの巨大な門がどんどん小さくなって
いく。
 それは人並みに流されるというより、川の流れのような何か別
の力で私の体は流されていくようだった。

 やがて、門が小さくなり、視界の大部分を青空が占めるように
なった頃、突然、巨大な顔が僕の視界を遮ったので驚いた。

 「あら、可愛いじゃない。あなた、お名前は?」

 女性はやさしい瞳で尋ねたが、私は答えられなかった。

 「………………」
 恐怖のあまり声が出ないというのではない。
 それまで忘れたことなどなかった自分の名前が、その瞬間から
まったく思い出せなくなったのだ。

 名前だけじゃない。生まれ育った家、家族、仕事、通った学校、
……その何もかが、そっくり頭の中から消え去っているのに驚き
声が出なくなっていた。

 突然起こった健忘症に、こちらは焦ったなんてもんじゃない。
顔面蒼白でオロオロしている。
 ところが、彼女、そんな私を見て笑っているのだ。
 まるで、私の心の中を見透かしているような笑顔だった。

 「いいのよ、無理に思い出さなくても……昔のことは、この際
綺麗さっぱり忘れてしまった方が、ここでは楽しく暮らせるわ。
だってあなたは、これからまったく新しい人生を歩むんですもの」
 彼女にしてみら、どうやらそれでよかったみたいだった。

 「前世の名前が思い出せないということは、あなたがこの天国
の住人になったということでもあるの。おめでたいわ」

 「……おめでたい?」

 「そうよ、あなたが前世の記憶を持ち続ける限りあなたは昔の
場所へ戻りたくなるでしょう。でも、ここは許可なく外へは出ら
れない規則なの」

 「えっ?……でも、さっきまで私はその前世の話を先生と……」

 「先生?……ああ、城の内君のことね。でも、それは門のお外
のことでしょう。城の内君だって、今はもう忘れてるはずだわ」

 「……そうなんですか……」

 「でも、大丈夫よ。あなたの生前データはいったん頭の中から
消えても、天国図書館に行けば見ることが可能だし、城の内君の
ように何か御用があって外に出る時は復活させることもできるわ」

 「……図書館?」
 僕が、ポツンと独り言を言うと……

 「そう、天国図書館には、森羅万象の全てが記録されてるの。
楽しいわよ。昔の自分に会いたくなったら訪ねてみるといいわ。
ただ生きてる頃には分からなかった真実が明らかになるかもしれ
ないので、そこは注意してね」

 「不都合な真実があらわになるということですか?」

 「まあ、そういうことね。時々ショックで倒れちゃう人がいる
から……」

 「心の準備をしておけということですよね?」

 「ま、そういうことかしらね。……でも、まず赤ちゃんを卒業
しないとね。……さあ、これからは私があなたのお母さんですよ。
私と一緒に楽しく暮らしましょうね」

 彼女の顔は満面の笑み。最後は赤ちゃんをあやすような優しい
言葉になった。

 でも、私の心は不安で一杯。
 『こんなでかい赤ん坊がいるか!!!』
 とも、思ったのだ。

 本当はこんな環境の激変、とうてい受け入れられるはずがない
から、一刻も早く逃げ出したいとも思ったのだが……
 ところがそれができなかった。

 「……!!(いつの間に)!!……」

 というのも、私から離れていったのは、生前の知識ばかりでは
なかったからだ。
 いつの間にか体から衣服がなくなっている。

 慌てて大事な処だけを隠したが、そんなことお構いなしに彼女
は私を軽々と抱き上げる。
 そんな彼女に私は抗う暇すらなかった。

 というのも今の私は彼女の手のひらに乗ってしまうほど小さい
のだ。

 「さあ、見て御覧なさい」
 姿見の前に立った彼女。
 私は、その彼女の手のひらに腰を下ろしている。

私は、ここで今の自分と初めて向き合うことになるのだった。

 『そんなバカな!何だよ、コレ!!なぜいきなり縮んだんだ!』
 私は心の中で叫んだ。
 正確に言うとあまりのことに声が出なかったのだが。

 その後、女神様のベッドに寝かされた私は、あらためて自分の
体をまじまじと見つめてみる。

 全体が縮んで小さくなっただけでなく頭だけがやけに重い気が
した。その重い頭を起こすと、手足やお腹が見えてきて、そこは
ぷくぷくしているのだ。

 『何だか、赤ん坊みたいな身体になってしまったなあ』
 思う間もなく、それを決定付けるものが見えた。

 ……オチンチン。
 『うっ……嘘だろう!!』
 そのスペード形の姿は赤ん坊そのものだったのである。

 「驚いた?……でも、仕方がないの。天国という処は何一つの
穢れも持ち込めない神聖な場所だから、大人のあなたをそのまま
の姿で迎え入れることはできないのよ」

 「大人はみんな穢れているってことですか?」

 「仕方がない事は理解しているわ。生きていくうえにはそれも
また必要なことでしょうから。でも、あなたが天国を選んだ以上、
それはいったん捨て去らなければならないの」

 「もし、地獄を選んだから……」

 「逆にそれを最大限利用して生きていくことになるわね。……
あなたたちが地獄を悲惨な場所だと思い込むのは、地獄では成功
する人より失敗する人の方が多いからなの。悪い事をアマチュア
として二つ三つつまみ食い的にやるのは簡単だけど、プロとして
永続的にやっていくとなると、そこには才能もいるし努力も必要
だわ。そうしたこと、出迎えたメフィストから習わなかった?」

 「メフィスト?……いえ……出迎えてくれたのは、城の内先生
だけです……」

 「そう、城の内君はせっかちだから……誰だって『天国と地獄、
どっちがいいですか?』なんて尋ねられたら、大半の人が『地獄
なんてとんでもない。絶対、天国に行きます』って言うでしょう
ね。ただ、メフィストの説明を聞いた人の中には自ら地獄行きを
希望する人も少なくないのよ」

 「これって、途中から変更って……できるんですか?」

 「地獄に住まいを移すってこと?」

 「まったくできないことはないけど、滅多に認められないわね。
そりゃあ、天国って退屈なところよ。神の前にみんな平等だから、
自分だけいい思いはできないし、そのくせ、規則や上下関係には
うるさいしで、結構ストレスも溜まるけど、規則通りに生活して
いれば何一つ不都合なことには出会わないわ。だから、歳月をを
重ねるごとに、みんなここの暮らしに順応していき、他の場所で
暮らそうなんて思わなくなるのよ。……それに何より、あなたの
そうした大人の意識も、あと三日もすれば完全に頭の中から消え
うせてしまうのよ」

 「…………」
 私は女神様の言葉に瞬間的に恐怖を感じる。
 しかし今の私は『まな板の鯉』、どうすることもできなかった
のである。

 「そんなに怖い顔しなくてもいいわ。ここは天国、これからの
あなたは、その一員としてここで暮らすの。飛びぬけてお金持ち
になることはないでしょうけど、誰一人不幸にもならない不思議
な世界なの。そして、ここでは、私があなたのお母さんなのよ。
よろしくね」

 『この人が、ここでの……私の……母?!』

 私は自分の顔を知っているから、とうていこの人が私の母親で
ないとわかるのだが……郷に入り手は郷に従え、流されるままに
流れていったのである。

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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