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天国 ~第六話~

 *** 第六話 ***

 お父様(神様)にもらった羽根は快適そのものだった。
 仮の羽根では家の周りをパタパタ飛ぶ程度だったけど、本物の
羽根をもらってからというもの、高い処だったら宇宙空間までも
上昇できるし、スピードも圧倒的だ。どこへ行くにも移動時間が
今までの半分以下になった。

 ただ、これで赤ちゃんを卒業して曲がりなりにも一応一人前に
なったわけだから、今までのように何があっても「ママ~」って
呼べば全て解決というわけにはいかなかった。

 ちなみに天国のママは赤ちゃんの心を常に読んで行動している
から、おなかがすく前にミルクが出てくるし、オムツが濡れる前
にオマルに座らされてしまう。

 そもそもお腹がすいたり、オムツが濡れたとしても「ママ~」
って呼ぶことがあまりなかった。
 というのも、ママが近くにいればそんな事はすぐに解消される
と知っていたから、あまり深刻に考えたことがなかったのだ。

 そんな赤ちゃんもお父様(神様)から御羽根をもらったことで
いつまでもママに甘えて暮らすというわけにはいかなくなる。
 その手始めが、人間社会で言うところの『保育園』だった。

 当然、集まる子供たちだって、ここには新米さんばかり。
 そんな新米のエンジェルさん達が、それまでずっと一緒だった
ママに手を引かれてやってくる。

 これから小学校へ入学するまでの3年間は、毎日ママと一緒に
保育園にやってきて、毎日ここで過ごし、一緒にお家へ帰る日々
だった。

 と、ここで多くの人は疑問に思うかもしれない。
 『ん?……ママはなぜおうちに帰らないの?』

 実は、天国にある保育園はママ同伴が原則。
 もともと天上人たちは無職。その生活の全てを神様からの思し
召しで賄っていたから、他人への奉仕はしても人間社会のように
生活の為にお金を稼ぐなんて必要がなかったのだ。

 しいて僕のママに仕事があるとすれば、それは僕を育てる事。
それは純粋な奉仕であるだけでなく、僕を育て上げれば、正式に
天上人となれる特典がついているのだから仕事と言えなくもない。

 いすせれにしても、赤ちゃん時代を過ぎ、神様から『タカシ』
なんていうという立派な名前をもらった後も、ママは一日中僕の
そばを離れなかった。

 とはいえ、このままずっとママに抱かれ続けて大人になるわけ
にもいかないから、礼儀作法や社会性を身につけるために学校は
通わなければならない。その第一歩が保育園だったのである。

 天上人が天国で楽しく生きていく為に愛は大事な活力源。でも、
その愛はただ向こうから勝手にやってくるわけではない。それを
得るためには他人への奉仕が必要で、そのやり方を覚えなければ
ならない。

 『私、たくさん奉仕しました』
 という自己満足ではいけないのだ。

 というわけで、その『愛』獲得の第一歩を教えてくれるのも、
この保育園だった。

 保育園で一番多い授業はお母さんたちが大きな輪を作って椅子
に座り、我が子を膝の上に抱きながら必要に応じて催し物に参加
させるというもの。

 大昔の運動会と同じやり方で、僕がまず最初にやらされたのは
お庭の中央に置いてある白いテーブルに用意されたご本やお花、
オルゴールや宝石などを先生の指示に従って別のお母さんの元へ
お届けするというご奉仕。

 終わると、あちらのママが日頃僕のママがしてくれてるように
指をおしゃぶりさせてくれて、頭やお尻をなでなで、背中をトン
トン。両手と両足の指をモミモミ。最後に頬ずりをしてもらって
から懐かしいお母さんの元へ帰ることになる。

 いわば、天国版『はじめてのおつかい』というわけだ。

 何でもないことのように思うかもしれないが、それまでママの
肌しか知らない僕にとって見知らぬおばさんは異性人。そのそば
に寄るだけでもとても勇気のいることなのに、ましてやその指を
しゃぶるなんて……とてつもなく勇気のいる仕事だったのである。

 おばさんがにこやかな顔で座っている籐椅子に向かって歩いて
行き、その横にある小さなテーブルにお花とご本を届け、最後に
「どうぞお召し上がりください」というご挨拶をする約束だった。

 「……????……」
 が、僕はその大事な挨拶を忘れてしまう。

 ただ、それでも、もじもじしている僕の頭をおばさんは撫でて
くれて、抱っこ。指が現れると無意識におしゃぶりしてしまった。
 すると、どうだろう。その瞬間……

 「!!!!」

 まるで全身に電気が走ったようで、えもいわれぬ快感が体中を
貫いたのだ。
 それはママからだってこれまでも散々受けてきたものだから、
すぐに愛が体の中に注ぎ込まれているって気づいたけど、痺れ方
がママのとは明らかに違うのだ。

 『これって、何だろう?』

 戸惑う僕に……
 「おめでとう、タカシ君。これはあなたが自分自身で獲得した
人生最初の愛よ。おばさんもあなたにそんな大事な愛を授けられ
て嬉しいわ」
 と、なった。

 おばさんは僕を祝福してくれたのである。

 もちろん、これで終わりではない。運んで行く相手が違うのは
当然として、以後は少しずつハードルが高くなる。自分でお花を
摘み、花瓶に水を注ぎ、本棚からご本を選び、素焼きの香炉の中
で燃やすお線香を選んだりもする。
 時には『テーブルに乗せるときは笑顔で』なんて注文までつく。

 やることは増えていったが、それでも辛くなったと感じた事は
一度もなかった。人を笑顔にすることが楽しくて仕方がなかった
からだ。

 むしろ、人によって喜びの表現が違うことが面白くて……
 『次ぎはあの人』『次はあの人』というように、それが目標と
なっていく。

 それはそれまでママのミルクしか飲んでいなかった赤ん坊が、
離乳食の味を覚えたということかもしれない。

 こうやってお友だちのお母さんたちへの奉仕が一回りすると、
今度はお友だち同士で愛を分け合う。

 お互い手を握り合い、ほっぺを擦り合わせ、ペチャパイの胸と
胸とを合体させると、ほのかに心地よい香りが漂って相手の子の
心の中が見えてくる。

 一回二回ではだめだが、十回二十回と重ねるうちにだんだんと
ビジュアル化されてくる。
 相手の子がどんな風にお母さんから愛されているのか、映像と
なって脳裏に浮かぶのだ。

 その子がお母さんとどんな風に食事をし、お風呂に入り、一緒
の布団の中で睦み合っているか……その映像がリアルに頭の中に
浮かんでくるのだ。

 『幸せそうだなあ~』

 僕は一瞬うらやんだが、思えば僕だって立場は同じなわけで、
ボクだってやっぱり、ママと一緒にごはんを食べ、お風呂に入り、
一緒の布団で寝ている。

 大事なことはどの子もみんな同じスタートラインにいるって
こと。
 天国ではママはみんな違うけど、お父様は誰でも同じお父様。
そのお父様が、僕たちをみんな平等に扱ってるんだってことを、
知ることが最初のお勉強だったんだ。

 『誰の心もみんなガラス張りで、隠し事ができない国』
 『誰もが自分より相手の事を大事に思って動く国』
 『神様の定めた約束さえ守っていれば絶対に不幸にはならない
国』
 とまあ、これが天国という処なのだ。
 だから保育園でもそれをまず最初に教える。

 もちろんそれって、きっと幸せな国を目指しての事なんだろう
けど……
 でも、それはそれで他人のおせっかいがうっとおしかったりも
するわけで……

 特にママはいつもそばにいて僕の心の中を覗き見しているから、
逆にそのことでストレスが溜まり、僕がご機嫌斜めになることも
しばしばだった。

 プライバシーのない生活というのは、たとえ幼児にだって困り
ものなのだ。

 ただ、そんな時でも、ママのオッパイが目の前にやってくると
つい誘惑に負けてつい口に含んでしまう。

 そこは悲しいかな幼児の了見。
 『こんなものでごまかされないぞ~~』
 とはならない。

 だからこの時期、ママを悩ますほどの反抗期はなかったように
思う。

 というのも、オッパイを口にしてしまった子は二十と数えない
うちに寝てしまうから。
 エンジェル(幼い天使)にとって、ママがよしよししてくれる
この睡魔ばかりはどうすることもできなかった。

 そもそも、幼児にとってママというのは単なる女の人ではない。
この世に二人といない女神様なのだ。
 そして、その女神様に抱っこされているこの場所こそが、僕の
宇宙全体。
 そこから逃げられるはずがなかった。

 もちろん、ここは天国なんだから、そこはどうにでもデザイン
できるはずなんだろうけど、どうやら神様(お父様)がそのよう
に創ってしまったみたいなのだ。
 幼い時はママの愛の中で暮らしなさいってね。

 だから、この時期、ママによって溜まったストレスも、やはり
ママが抱っこしてくれる宇宙の中で解消する他なかったのである。

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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