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竜巻岬 《1》 / プロローグ
<A Fanciful Story>
竜巻岬《1》
K.Mikami
【プロローグ】
菜の花畑の海の中を強い風に煽られながら進む少女。幅広帽子
を必死に右手で押さえながら……それでも、彼女は歩みを止めな
かった。
「あっ」
彼女の自慢の帽子があっという間に大空へ解き放たれる。
「あら、あの子まだ子供じゃない。困ったわね。……パーカー、
パーカー」
老婆がひとり、少女が立入禁止の標識を無視してこの菜の花畑
に入り込んだ時から双眼鏡で監視を続けていたのだ。
「お嬢様、また誰か」
「そうなの、しかもあれはまだ子供ね。いいとこ十四才ぐらい
かしら」
「では思い止まりましょう。こんなにも強い風が吹いているん
ですから」
「ところがそうでもないのよ。北風が吹いて、少女たちの背を
断崖へ向かって強く押すときは不思議に誰も跳びこまないのに、
南風が吹いて、『来るな、来るな』って叫んでいるときに限って
行ってしまうものなの」
「ではいかがいたしましょうか」
「そうね、……」
老婆としてはもちろんこのまま引き返してくれることを望んで
いたが…
「だめね、やっぱり。あの子本気で飛び込むわ。仕方ないわね。
パーカー 準備して」
彼女の命令がもう一秒でも遅かったら少女の命はなかったかも
しれない。
「ほら、やっぱり」
少女が目を覚ましたのはベッドの上だった。彼女は、岬の突端
から飛び込んだ瞬間、すでに気を失っていたのだ。だから自分が
大きな網によって救われた事も、どうやってここにきたのかも、
まったく覚えていなかった。
「あら、気が付いたのね」
看護婦に声をかけられた少女だが、すぐに彼女とは視線をそら
してしまう。
「私、助かったんですね」
「なんとか体だけは…もう掠り傷一つないはずよ」
「私、あの岬から飛び込まなかったんですか。自分では、勢い
よく飛び込んだつもりだったんだけど………よく覚えてなくて。
きっと岬の突端で気絶してたんでしょうね。私っていくじがない
から」
「そんなことはないわ。パーカーさんが言ってたけど、見事な
ジャンプだったそうよ。もう一秒でも遅かったら、本当に助から
なかっただろうって」
「そう……助けてくれなくてもよかったのに。もうお義母さん
には連絡したの」
「いいえ、誰にも連絡なんてしてないわ。……それに……こう
言っちゃなんだけど、あなたは助かったわけじゃないのよ」
「助かったわけじゃないって、……じゃあここは天国なの?…
それにしちゃ、随分と貧相な場所だけど」
「いいえその反対。たしかにあなたの体はこうして無事だけど、
もうあなたの戸籍はこの世にはないの。表の社会では、あなたは
すでに死んだことになっているのよ」
「えっ!?」
「嘘だと思うならあなたのお葬式のビデオを見せましょうか。
こんな時のために、ここではこっそり撮影してあるの」
ビデオが流れ始めると少女は複雑な表情でそれを眺めていた。
そして、義母が泣いている光景に出くわすと、「空々しい」とか
「まったく役者なんだから」と言っては舌打ちをする。そのうち、
その画面からも目をそらしてしまった。
「で、いったいここはどこなの」
看護婦はそれには答えず、答えはドアの方からやって来た。
「ゴブラン城よ」
「ペネロープ様!」
看護婦が入室してきた女性に膝を軽く曲げて会釈をする。
「お嬢ちゃん、生きてたときのお名前は広美さんだったわね」
「私、今でも生きてます」
少し語気を強めて広美が訴えると、ペネロープは静かに微笑む。
「まあ、まあ、元気のいいこと。とても四週間前に崖から飛び
降る決心をした子とは思えないわね」
「四週間!?……私、四週間もこのベッドで寝ていたんですか」
「そうよ、もう彼女から聞いたと思うけど、……あなたの場合は
お葬式もちゃんとすんでるの。 そしてこれがあなたの死亡届け。
警察が出した事故調査報告書のコピーもあるわ」
広美は唐突に突付けられる現実に動揺したのか、二枚の紙切れを
ペネロープに突き返そうとする。
「嘘よ、こんなの。私、あそこで足を滑らせただけで…」
しかし…、
「お嬢ちゃん、嘘はいけないわ。私、あなたが立入禁止の柵を
乗り越えてから、ずっと双眼鏡で見ていたのよ」
「………」
広美は言葉を失った。まさか見られていたなんて、思いもよら
なかったのだろう。
「広美さん」ペネロープは冷静に話を切り出す。
「仮にあなたが事故で足を滑らせただけなら私たちはとっくに
あなたを親元に返していたわ。……でも、あそこには靴が揃えて
あったし、遺書も飛ばされずに残ってた。あなたが十分間もぶつ
ぶつ呟いていた三角形の緑の石、あれが重しになってたの。……
飛び込む時も実に立派だったわ。まるで映画の一シーンを見てる
みたいよ」
「………」
「これでも、あなたはあの時、足元をすくわれたって言い張る
つもりかしら?」
「………」
「そんなこと誰も信じなくてよ。いいこと、あなたはあそこで、
命を捨てたの。それも自分の意志でね。だから、あそこであなた
の人生は……おしまい」
「………」
広美の表情が哀願の眼差しに変化したのを感じてペネロープは
先を続ける。
「そこでね。…どうせいらない命なら私たちが頂きましょうか、
ということになって、……あの時崖の中腹に大きな網をだして、
あなたの命を拾うことにしたのよ。……拾ったのなら当然それは
私たちのものよね。あなたは捨てたんですもの。違うかしら」
「………」
広美の表情はすでに怯えへと変化している。
「そんなに恐がらなくても大丈夫よ。べつに取って食べたりは
しないから。ただ、これから先は私たちに従順に仕えてくれさえ
すればそれでいいの。そうすれば、あなたに何一つ不自由はかけ
ないわ。最初は慣れないから、ちょっと辛いかもしれないけど、
どんな事があっても、『従順に、従順に』って心で願っていれば、
そのうちこんな幸せな世界はないって思えるようになってよ」
ペネロープは広美をやさしく見つめる。しかし、次の瞬間には
顔を少し曇ら せて、
「でも、逆に我を張ったり、逃げ出そうなんて考えると、……
来る日も来る日も、地獄の責め苦が待ってるわ。どうせあなたも
試すでしょうから言っておくけど、ここを逃げ出した人は一人も
いないの。大抵の人は二三度脱走を試みるみたいだけど、それで
諦めるみたい。あなたも試すのは自由だからやってみたらいいわ」
ペネロープは再び柔和な顔に戻って広美の頭を静かに撫でた。
普段なら「何すんよ!」と強気にはねのける彼女だが、さすが
にその気力がない。何が何だか分からぬままに、今はただ、なさ
れるままに身を置くしかなかったのである。
次の日、広美はくだんの看護婦に城のなかを案内された。外観
は岩肌をくり貫いた粗野で厳めしい古代の城も内装は19世紀末
に手を加えアールヌーボー調のモダンな造りになっている。
「全室、エアコン完備よ」
看護婦がおどけて言う。
「私、これからどうなるの」
「どうにもならないわ。少なくとも四、五年はここで生活する
ことになるだけよ。あなたは若いから、もっと長くなるかもしれ
ないわね。いずれにしてもそれを決めるのはここの城主アラン様
で私には分からないわ」
「ここの主人はあのお婆ちゃんじゃないんですか」
「ああ、ペネロープ様のことね。あの方は先代の姪ごさんで、
現当主アラン様の家庭教師を長いことやられてたの」
「では、やっぱり偉い方なんですね」
「ここの№2ってところかしらね。噂によると、あなたはあの
ペネロープ様付き、になるらしいわ。日本びいきのペネロープ様
がアラン様に是非にってねだったらしいの」
「………」
勝手の分からない広美には、それがはたして幸運だったのか、
不幸だったのか分からない。今はただこの看護婦が自分にとって
最も近しい関係にあるということだけを理解できるだけだった。
「ところであなた日本人よね。なぜわざわざ自殺しにイギリス
にまで来たの?」
「別に自殺しにイギリスに来たんじゃないわ。母が死んで、父が
私を引き取ってくれたんだけど、そのあと来た後妻とうまくいか
なくて…」
「なるほどね。言われてみればあなたの顔って、ゲルマン人の
特徴をよくそろえてるわ」
「ねえ、私ここで何をすればいいの。メイドとして働かされる
の?」
「メイド?……んん」看護婦は顔を横に振る。「……メイドは
メイドでいるし看護婦も医者もここには揃ってるわ。あなたはね
……」
彼女はそこでいったん言葉を区切った。その先はこの幼い子に
はとても言えなかったのだ。
「ほら見てご覧なさい。あなたの仲間があそこにたくさんいる
わ」
指差す先に大広間があって、そこでは若い女性ばかり七、八人
たむろしてゲームに興じている。
「あの人たちも竜巻岬から飛び降りたの」
「そうよ。もう何年も前にね」
「じゃあ、あそこから飛び降りてもみんな助かっちゃうんだ」
「そうじゃないわ。網を出すかどうかはご領主様の判断だもの」
「…………そうなんだ」
「ここは慈善事業じゃないもの。……だいたい、網をだしても
みんながみんな命が助かるわけじゃないの。上手く網に引っ掛か
るんだって三人に一人なんだって……それに……たとえそうして
助けても、本当に生きる気力を失った人もいて、そうした場合は
その人の好きにさせるの。
看護婦がそこまで言った時、彼女の言葉を遮る者がいた。
「ジャニス」
一言叫んだだけだったが、その凄味のある声は、それでだけで
十分におしゃべりな彼女の口を塞ぐことができた。
声の主はペネロープ。
でも広美が振り向いたときにはもう柔和な顔へと戻っている。
「体調はどうかしら」
「………」
「ん…顔色はよさそうだけど。どうなの落ち着いたのかしら?」
「たぶん大丈夫かと思います」
「あなたはまだ若いものね。普通は三日ほど様子をみるんだけ
ど、明日からでも試練に耐えられそうじゃなくて」
「…し…れ…ん…」
「そう、あなたはこれから試練を受けることになるの。ここで
暮らすための試練よ。もちろんここで暮らしたくなければそれは
それでいいのよ。無理強いはしないわ。その場合はあなたの最初
の望みがかなうだけ」
「最初の望みって」
「あら、もう忘れたの。竜巻岬であなたが望んだことよ」
「………」
広美は思わず息を飲む。
「大丈夫。その時は寝ている間にそっと処理してあげるから、
苦しむことは何もなくてよ。…ここへは、あなたの意志とは関係
なくお呼びしたんですもの。そのくらいの礼儀は心得てるつもり
よ」
「………」
広美はすでに死ぬ気などなかった。だからペネロープの言葉に
不安と恐怖が走る。
死にたくない以上、試練を乗り越えて生き抜くしかなかった。
「やってくださるわね」
「……」広美は首を縦に振る。
「まあ、聞き分けがいいのね。その気持ちが大事なのよ」
こうして広美は、ベッドで目覚めた二日後から、ここの一員と
して暮らすことに決まったのだった。
******************<序章(了)>***
竜巻岬《1》
K.Mikami
【プロローグ】
菜の花畑の海の中を強い風に煽られながら進む少女。幅広帽子
を必死に右手で押さえながら……それでも、彼女は歩みを止めな
かった。
「あっ」
彼女の自慢の帽子があっという間に大空へ解き放たれる。
「あら、あの子まだ子供じゃない。困ったわね。……パーカー、
パーカー」
老婆がひとり、少女が立入禁止の標識を無視してこの菜の花畑
に入り込んだ時から双眼鏡で監視を続けていたのだ。
「お嬢様、また誰か」
「そうなの、しかもあれはまだ子供ね。いいとこ十四才ぐらい
かしら」
「では思い止まりましょう。こんなにも強い風が吹いているん
ですから」
「ところがそうでもないのよ。北風が吹いて、少女たちの背を
断崖へ向かって強く押すときは不思議に誰も跳びこまないのに、
南風が吹いて、『来るな、来るな』って叫んでいるときに限って
行ってしまうものなの」
「ではいかがいたしましょうか」
「そうね、……」
老婆としてはもちろんこのまま引き返してくれることを望んで
いたが…
「だめね、やっぱり。あの子本気で飛び込むわ。仕方ないわね。
パーカー 準備して」
彼女の命令がもう一秒でも遅かったら少女の命はなかったかも
しれない。
「ほら、やっぱり」
少女が目を覚ましたのはベッドの上だった。彼女は、岬の突端
から飛び込んだ瞬間、すでに気を失っていたのだ。だから自分が
大きな網によって救われた事も、どうやってここにきたのかも、
まったく覚えていなかった。
「あら、気が付いたのね」
看護婦に声をかけられた少女だが、すぐに彼女とは視線をそら
してしまう。
「私、助かったんですね」
「なんとか体だけは…もう掠り傷一つないはずよ」
「私、あの岬から飛び込まなかったんですか。自分では、勢い
よく飛び込んだつもりだったんだけど………よく覚えてなくて。
きっと岬の突端で気絶してたんでしょうね。私っていくじがない
から」
「そんなことはないわ。パーカーさんが言ってたけど、見事な
ジャンプだったそうよ。もう一秒でも遅かったら、本当に助から
なかっただろうって」
「そう……助けてくれなくてもよかったのに。もうお義母さん
には連絡したの」
「いいえ、誰にも連絡なんてしてないわ。……それに……こう
言っちゃなんだけど、あなたは助かったわけじゃないのよ」
「助かったわけじゃないって、……じゃあここは天国なの?…
それにしちゃ、随分と貧相な場所だけど」
「いいえその反対。たしかにあなたの体はこうして無事だけど、
もうあなたの戸籍はこの世にはないの。表の社会では、あなたは
すでに死んだことになっているのよ」
「えっ!?」
「嘘だと思うならあなたのお葬式のビデオを見せましょうか。
こんな時のために、ここではこっそり撮影してあるの」
ビデオが流れ始めると少女は複雑な表情でそれを眺めていた。
そして、義母が泣いている光景に出くわすと、「空々しい」とか
「まったく役者なんだから」と言っては舌打ちをする。そのうち、
その画面からも目をそらしてしまった。
「で、いったいここはどこなの」
看護婦はそれには答えず、答えはドアの方からやって来た。
「ゴブラン城よ」
「ペネロープ様!」
看護婦が入室してきた女性に膝を軽く曲げて会釈をする。
「お嬢ちゃん、生きてたときのお名前は広美さんだったわね」
「私、今でも生きてます」
少し語気を強めて広美が訴えると、ペネロープは静かに微笑む。
「まあ、まあ、元気のいいこと。とても四週間前に崖から飛び
降る決心をした子とは思えないわね」
「四週間!?……私、四週間もこのベッドで寝ていたんですか」
「そうよ、もう彼女から聞いたと思うけど、……あなたの場合は
お葬式もちゃんとすんでるの。 そしてこれがあなたの死亡届け。
警察が出した事故調査報告書のコピーもあるわ」
広美は唐突に突付けられる現実に動揺したのか、二枚の紙切れを
ペネロープに突き返そうとする。
「嘘よ、こんなの。私、あそこで足を滑らせただけで…」
しかし…、
「お嬢ちゃん、嘘はいけないわ。私、あなたが立入禁止の柵を
乗り越えてから、ずっと双眼鏡で見ていたのよ」
「………」
広美は言葉を失った。まさか見られていたなんて、思いもよら
なかったのだろう。
「広美さん」ペネロープは冷静に話を切り出す。
「仮にあなたが事故で足を滑らせただけなら私たちはとっくに
あなたを親元に返していたわ。……でも、あそこには靴が揃えて
あったし、遺書も飛ばされずに残ってた。あなたが十分間もぶつ
ぶつ呟いていた三角形の緑の石、あれが重しになってたの。……
飛び込む時も実に立派だったわ。まるで映画の一シーンを見てる
みたいよ」
「………」
「これでも、あなたはあの時、足元をすくわれたって言い張る
つもりかしら?」
「………」
「そんなこと誰も信じなくてよ。いいこと、あなたはあそこで、
命を捨てたの。それも自分の意志でね。だから、あそこであなた
の人生は……おしまい」
「………」
広美の表情が哀願の眼差しに変化したのを感じてペネロープは
先を続ける。
「そこでね。…どうせいらない命なら私たちが頂きましょうか、
ということになって、……あの時崖の中腹に大きな網をだして、
あなたの命を拾うことにしたのよ。……拾ったのなら当然それは
私たちのものよね。あなたは捨てたんですもの。違うかしら」
「………」
広美の表情はすでに怯えへと変化している。
「そんなに恐がらなくても大丈夫よ。べつに取って食べたりは
しないから。ただ、これから先は私たちに従順に仕えてくれさえ
すればそれでいいの。そうすれば、あなたに何一つ不自由はかけ
ないわ。最初は慣れないから、ちょっと辛いかもしれないけど、
どんな事があっても、『従順に、従順に』って心で願っていれば、
そのうちこんな幸せな世界はないって思えるようになってよ」
ペネロープは広美をやさしく見つめる。しかし、次の瞬間には
顔を少し曇ら せて、
「でも、逆に我を張ったり、逃げ出そうなんて考えると、……
来る日も来る日も、地獄の責め苦が待ってるわ。どうせあなたも
試すでしょうから言っておくけど、ここを逃げ出した人は一人も
いないの。大抵の人は二三度脱走を試みるみたいだけど、それで
諦めるみたい。あなたも試すのは自由だからやってみたらいいわ」
ペネロープは再び柔和な顔に戻って広美の頭を静かに撫でた。
普段なら「何すんよ!」と強気にはねのける彼女だが、さすが
にその気力がない。何が何だか分からぬままに、今はただ、なさ
れるままに身を置くしかなかったのである。
次の日、広美はくだんの看護婦に城のなかを案内された。外観
は岩肌をくり貫いた粗野で厳めしい古代の城も内装は19世紀末
に手を加えアールヌーボー調のモダンな造りになっている。
「全室、エアコン完備よ」
看護婦がおどけて言う。
「私、これからどうなるの」
「どうにもならないわ。少なくとも四、五年はここで生活する
ことになるだけよ。あなたは若いから、もっと長くなるかもしれ
ないわね。いずれにしてもそれを決めるのはここの城主アラン様
で私には分からないわ」
「ここの主人はあのお婆ちゃんじゃないんですか」
「ああ、ペネロープ様のことね。あの方は先代の姪ごさんで、
現当主アラン様の家庭教師を長いことやられてたの」
「では、やっぱり偉い方なんですね」
「ここの№2ってところかしらね。噂によると、あなたはあの
ペネロープ様付き、になるらしいわ。日本びいきのペネロープ様
がアラン様に是非にってねだったらしいの」
「………」
勝手の分からない広美には、それがはたして幸運だったのか、
不幸だったのか分からない。今はただこの看護婦が自分にとって
最も近しい関係にあるということだけを理解できるだけだった。
「ところであなた日本人よね。なぜわざわざ自殺しにイギリス
にまで来たの?」
「別に自殺しにイギリスに来たんじゃないわ。母が死んで、父が
私を引き取ってくれたんだけど、そのあと来た後妻とうまくいか
なくて…」
「なるほどね。言われてみればあなたの顔って、ゲルマン人の
特徴をよくそろえてるわ」
「ねえ、私ここで何をすればいいの。メイドとして働かされる
の?」
「メイド?……んん」看護婦は顔を横に振る。「……メイドは
メイドでいるし看護婦も医者もここには揃ってるわ。あなたはね
……」
彼女はそこでいったん言葉を区切った。その先はこの幼い子に
はとても言えなかったのだ。
「ほら見てご覧なさい。あなたの仲間があそこにたくさんいる
わ」
指差す先に大広間があって、そこでは若い女性ばかり七、八人
たむろしてゲームに興じている。
「あの人たちも竜巻岬から飛び降りたの」
「そうよ。もう何年も前にね」
「じゃあ、あそこから飛び降りてもみんな助かっちゃうんだ」
「そうじゃないわ。網を出すかどうかはご領主様の判断だもの」
「…………そうなんだ」
「ここは慈善事業じゃないもの。……だいたい、網をだしても
みんながみんな命が助かるわけじゃないの。上手く網に引っ掛か
るんだって三人に一人なんだって……それに……たとえそうして
助けても、本当に生きる気力を失った人もいて、そうした場合は
その人の好きにさせるの。
看護婦がそこまで言った時、彼女の言葉を遮る者がいた。
「ジャニス」
一言叫んだだけだったが、その凄味のある声は、それでだけで
十分におしゃべりな彼女の口を塞ぐことができた。
声の主はペネロープ。
でも広美が振り向いたときにはもう柔和な顔へと戻っている。
「体調はどうかしら」
「………」
「ん…顔色はよさそうだけど。どうなの落ち着いたのかしら?」
「たぶん大丈夫かと思います」
「あなたはまだ若いものね。普通は三日ほど様子をみるんだけ
ど、明日からでも試練に耐えられそうじゃなくて」
「…し…れ…ん…」
「そう、あなたはこれから試練を受けることになるの。ここで
暮らすための試練よ。もちろんここで暮らしたくなければそれは
それでいいのよ。無理強いはしないわ。その場合はあなたの最初
の望みがかなうだけ」
「最初の望みって」
「あら、もう忘れたの。竜巻岬であなたが望んだことよ」
「………」
広美は思わず息を飲む。
「大丈夫。その時は寝ている間にそっと処理してあげるから、
苦しむことは何もなくてよ。…ここへは、あなたの意志とは関係
なくお呼びしたんですもの。そのくらいの礼儀は心得てるつもり
よ」
「………」
広美はすでに死ぬ気などなかった。だからペネロープの言葉に
不安と恐怖が走る。
死にたくない以上、試練を乗り越えて生き抜くしかなかった。
「やってくださるわね」
「……」広美は首を縦に振る。
「まあ、聞き分けがいいのね。その気持ちが大事なのよ」
こうして広美は、ベッドで目覚めた二日後から、ここの一員と
して暮らすことに決まったのだった。
******************<序章(了)>***
思い出の形・愛の形
<コメント>
相変わらず、『子供の話』です。
いつまでたっても大人になのきれないので、
普段はこんな話ばかりかいているのです。
**********************
思い出の形・愛の形
K.Mikami
< 前編 >
もう今から三十年余りも前のことです。もともと一人旅が好き
だった私は小学校三年生の時初めてブルトレに乗って花の東京へ
やってきました。
受入先は伯母の家。書道大会への出場という大義名分も、一応、
あるにはありましたが、主な目的は東京見物。いつもガミガミと
口うるさい母親から逃れてルンルン気分でした。東京タワーに、
地下鉄、後楽園遊園地や山の手線。特に地下鉄や山の手線は感激
しました。田舎には地下を走る鉄道も環状線もありませんから。
山手線などは、伯母に無理を言って一周回ってもらったほどで
した。とにかく、見るもの聞くものすべてが興奮の連続だったの
を覚えています。
来て数日は毎日がサンデー。毎日がパラダイスのばら色の日々
でした。ところが、それが次第に気詰まりを覚えるようになって
いきます。せっかくの旅行がちょっぴりつまらないものになって
きたのです。
原因は伯母さんの一人娘。つまり、私とは従兄弟の関係にある
香織さんの存在でした。
彼女、春休みだというのに毎日精出してまして、まるで学期中
のように分刻みのスケジュールをこなして勉強しているのです。
習い事もいくつか抱えているうえに、家事まで手伝ってます。
そんな絵にかいたようなよい子を横目に見ながら同年代の私が
遊び歩けるでしょうか。気が付くと、私は伯母の家では独り浮い
た存在になっていました。
ですから、仕方なく、本当に仕方なく、彼女と一緒に勉強机に
向かうことになったのです。とはいえ勉強の道具など何も持って
きていませんから、すべて香織さんから借りて、午前中だけでも
勉強するふりをしていたのです。
するとそれまでお義理にしか口をきいてくれなかった香織さん
が、自ら学校のことや家庭のことなどを色々話してくれるように
なったのです。二人は急速に親しくなり、香織さんは母親におね
だりして、映画やお芝居、人形劇なんかにも私を誘うようになり
ます。
また、伯母さんもいつもにこにこしていて香織さんのおねだり
もやさしく聞いてくれていました。
うちの母親のように、
「またテレビ見てる。宿題すんだの。明日はテストでしょう。
この間みたいに徹夜になってもしりませんよ」
などと目をつり上げることなんか一度もありません。
私はいつしか、ここではうちで起こるような悲劇、つまり『お
仕置き』なんてないんだろうなあ、と思うようになっていました。
ところが、そんなある日。もうあと数日で、僕は田舎に帰ると
いう日に事件は起きたのでした。
その日、伯母さんの付き添いで人形劇を見た香織さんは、何か
とても浮き浮きしていました。きっといま見た劇に感動したので
しょう。デパートに入っても、今、見た人形を探すのだと言って
おもちゃ売り場を離れようとしませんし、踊り場では即興の踊り
を披露してお婆さんを突き倒してしまうし、食堂では誰も聞いて
いない感動を延々まくしたてるしで三人の中で独り浮いた存在に
なっていたのです。
でも、伯母さんはいつも通りににこやかですし、決して怒って
いたわけではありませんでした。そして、これから東急に乗って
伯母さんのお宅へ帰ろうとする時です。
渋谷駅近くで用事を思い出した伯母さんは「ここにいて頂戴ね。
すぐ戻るから」と言ってその場を離れました。
ところが、五分たっても伯母さんは戻ってきません。すると、
香織さんが、するするとその場を離れるじゃありませんか。
恐くなった私がついて行こうとすると、「あなたはそこにいて」
と言い残して行ってしまったのです。
それからさらに 五分後、今度は伯母さんが帰ってきました。
「あら、香織は?」
当然そう尋ねられましたが、私も答えようがありません。
「困ったわね」
僕と伯母さんはしばしあたりを見回しました。
すると、五十米ほど離れていたでしょうか。ショーウイドーを
覗き込んでいる香織さんの小さな姿が見付かったのです。
伯母さんと私は早速、香織さんの処へ出かけていきます。
私たちに気づいた香織さんは少しがっかりした様子でしたが、
それほど悪びれた様子も見せませんでした。
「さあ、香織、帰りますよ」
伯母さんは香織さんの肩を抱き、私はその少し前を歩いて駅の
方へ向かい始めたその時でした。
「さあ、帰ったらお仕置きね」
私にはちゃんとそう聞こえました。でも、きっと聞き間違いだ
ろうと思っていました。何しろ伯母さんはそれまで怒った様子が
何一つないのですから……
おまけに香織さんまで……
「はい、お母さん」
返事を返した香織さんも、ちっとも悲しそうではないのです。
もし、うちでお母さんがお仕置きするなんて言ったら大変です。
そもそも、これからお仕置きしますなんて宣言してくれなくても
そのすごい形相で一目瞭然ですし、私もその場から逃げられれば
逃げて、しばらくは家に寄り付きませんから、そもそも我が家で
はこんな会話は成立しえないのです。
そんなこともあって、実は、二人の会話を伯母さんの家に帰り
着く頃にはすっかり忘れていたのでした。
ですから伯母さんに…
「健ちゃんも、もうすぐお家に帰ることだし、ここでのお勉強
がどのくらい進んだか、伯母さん、健ちゃんのお母さんにご報告
しなきゃいけないの。疲れてると思うけど、このテスト、やって
ちょうだいね」
こう言われた時も…
『仕方ないなあ、伯母さん、うちのお母さんに頼まれたな』
と、へんに納得してしまい、さしたる不審も抱きませんでした。
ところが、
『何だこりゃあ』
差し出されたテストに取り掛かってみると、何とそれは、どこ
の本屋さんでも売っている簡単なドリル形式のペイパーが三枚。
確かにそこには制限時間二十分と書いてありますから、一時間
ということになるのでしょうが、正直言ってその時は、伯母さん
が僕を田舎者だと侮っていると憤慨しました。
ですから、
「終わってもここで待っててね。採点にいきますから」
という言葉を無視。
十七分で仕上げると、ろくに見直しもせず、早速、伯母さんを
探し始めたのです。
「こんな問題に一時間もかかったなんてお母さんに報告された
ら僕だってお母さんからお仕置きだよ」
ぶつくさ言いながら家中探し回りますが肝心の伯母さんの姿が
どこにも見当たりません。
あちこち探すうち、普段は開いている渡り廊下の掛け金が下り
ていることに気づいたのです。
「この奥もあたってみるか」
掛け金が下りているということは、入ってはいけない、または
入ってきて欲しくないという意思表示なのだということは九歳の
少年には通じません。
私は内庭を取り巻く細い濡れ縁ずたいに奥へ奥へと分け入って
しまったのです。とにかく、一刻も早くテストが完了したことを
伯母さんに認めさせたい、それだけでした。
すると一番奥の部屋で伯母さんの声がします。
『やっと、みつかった』と思ったのもつかの間、伯母さんの声
が、いつもの明るい声とは違っています。どこか、陰にこもって
いて凄味さえ感じさせるのです。異様な気配を感じた私が、途中
からそうっと忍び足で近寄っていくと、声の内容は、香織さんに
対するお小言のようでした。
カーテンの隙間からそっと覗くと、案の定そこには香織さんが
正座させられています。
私はこの時になってやっと、伯母さんの「帰ったらお仕置きね」
という言葉が、私の聞き間違いではないことを知ったのでした。
「あなた、先生から『四年生になると、お勉強がテンポアップ
しますから、何か一つでも習い事を整理した方がよろしいのでは
ないでしょうか』っておっしゃってくださった時に『そんなこと
ありません。習い事してても今の成績ぐらい維持できます』って
大見得切ったわよね。それって、できてるのかしら?予定通りに」
「昨日も、ピアノの先生から、もう少し練習時間を増やしてく
ださいってお小言を頂戴したばかりよね」
「………」
香織さんはうつむいたまま、何も答えません。
私はこの時初めて香織さんがなぜ春休みにもかかわらず分刻み
のスケジュールに追われているのか知ったのでした。
私も、いくつか習いごとを抱えてはいましたが、どれも親から
半ば強制されてのもので、やめさせてくれるなら、どれでも、即
やめていたでしょう。その点、香織さんは、自ら両立させたいと
いうのですから立派なものです。
「健ちゃんが遊びに来たのは予定外だったかもしれないけど、
それにかこつけて、あなただって遊び歩いてない。健ちゃんが、
行きたいって言えば、あなたも一緒になって連れて行ってもらえ
ると思ってるんじゃなくて。そんなことでお勉強と習い事の両立
なんてできなくてよ。ピアノはやめてしまいましょう。べつに、
あなたはピアニストになるわけではないんだもの」
「………」
それまで静かに聞いていた香織さんの頭が激しく横に振られて
います。きっと泣いていたんじゃないでしょうか。私の所からは
後ろ姿しか見えませんでしたが、どこかそんな気がしたのです。
「ピアノのお稽古に行くと、いろんな子に合えるのよ」
彼女は私にそう言っていましたし、私も同感でした。習い事の
楽しみは、芸事が身につくということもありますが、それ以上に
学校では会えない友達ができることなのです。彼らは私に色んな
情報を提供してくれました。独楽の回し方、プラモデルの作り方、
買い食いなんてのもアフタースクールならではの楽しみなんです。
東京に一人旅を思い立ったのも、実は東京から引っ越してきた
ピアノの友達の影響でした。
その日のレッスンの前、先生に名前を呼ばれるまでのわずかな
時間。ちょうど病院の待合室で外来の患者さんたちがおしゃべり
をしている、あんな感じで、私たちは情報のキャッチボールを楽
しんでいたのでした。その短くとも貴重な時間を奪われたくない。
彼女もきっとそう思ったのでしょう。
「いいわそれなら。あなたの楽しみを無理矢理奪っても勉強に
身が入らないでしょうし……。その代わり、もっときちっとした
生活をしてちょうだい。それから、感激屋のあなただから、浮き
浮きする気持ちはわかるけど今日のあなたは見ていられなかった
わ。玩具売り場では、まるで幼稚園児みたいな駄々をこねるし、
階段の踊り場では、お婆さんを突き倒すし、食堂に入ったときも
独りで金切り声を上げて騒いで……周りの人たちが何だろうって
見てたの気づかなかったの」
健ちゃんがいたから遠慮したけど本当ならそれだけでもトイレ
へ引っ張っていってお仕置きしていたところよ。おまけに渋谷の
駅では泥のついた花壇に腰を下ろすわ、アランドロンのポスター
にキスするわ。あなた、いつからそんな破廉恥な娘になったの。
あなたはあの時、世田谷小学校の制服を着ていたのよ。大勢の人
が『あの子は世田谷の子だ』って見て通っているのよ。『世田谷
の子って、あんなことするのか』って思われたら、それはあなた
だけじゃない、お世話になっている学校全体の品位を、あなたが
汚したことになってしまうのよ」
「だから制服なんて嫌いなんだ」
思わず僕もつぶやきます。僕だって母や教師に同じようなこと
を言われ続けていましたから、自分の事でもないのにむっとして
しまったのです。
『だいたい花壇に座ったっていっても、煉瓦の上で植木の上に
座った訳じゃないじゃないか。今日の香織ちゃんは、そりゃあ、
浮き浮きしてたけど、そんなに他の人に迷惑なんてかけてないぞ』
僕は心の中で幾度も叫びましたが、恥ずかしながらその部屋へ
踊り込む勇気までは持ち合わせていませんでした。
「ねえ、香織。世田谷小の子供らしく、もっとしゃきっとした
生活をするにはどうしたらいいかしらね」
伯母さんは、その答えをあえて香織さんに求めたのです。こう
なると九歳の少女に逃げ道なんてありません。しばし沈黙のあと、
香織さんは重たい口を開きますが、それは、甘ったれて育った私
などには青天の霹靂にさえ思えるほどの信じられない言葉だった
のです。
「お仕置きをお願いします。香織がもっと立派になるように、
お仕置きしてください」
それは蚊のなくような小さな声でしたが、それにしても子供の
方からお仕置きをお願いするなんて、そんなの、田舎じゃ聞いた
ことがありません。私はあまりのことに、口を半開きにしたまま
茫然自失で事の成り行きを見守ることになったのでした。
「そう、わかりました。本当は自分で自分を律する事ができれ
ば一番いいですけれど、あなたの年齢ではそれも難しいでしょう
から私がやってあげましょう。では、玉手箱を持ってらっしゃい」
「はい、お母さん」
香織さんは伯母さんが背にしていた仏壇の引出しから漆塗りの
文箱を取り出します。
玉手箱とはきれいなネーミングですが、その中には、脱脂綿や
アルコール、無花果浣腸や艾といったこの家のお仕置きグッズが
入っていました。
伯母さんは震える手で差し出されたその箱の中身を、一つ一つ
あらためます。それはたとえ箱の中身を全部使わなくてもそれを
香織さんに見せつけることで恐怖心をあおりお仕置きの実をあげ
られると考えたからなのでしょう。
実際、
「ええっと、お浣腸は入っているわね。あなたも体がだんだん
大きくなるし、今度はもっと大きいものでなきゃ、効かないわね。
そうそう、そういえば幼稚園の時だったかしら、あなた、これを
水にすり替えたことがあったでしょう。あの時は、小さいくせに
なんて悪知恵がはたらくのかしらって、お母さん呆れたものよ。
………えっと艾は………あら、これ湿ってるわね。今度、天気の
いい日に干しておかなくちゃ。またいつ使うかしれないものね。
………アルコールは古くなってないわね。脱脂綿もちゃんとある
と………」
こんな感じですから、全てをあらため終わる頃には、もうそれ
だけで香織さんは鳴咽を押さえきれなくなっていたのでした。
「これでいいわ」
玉手箱をあらためた伯母さんは、それまで敷いていた座布団を
二つ折りにして正座した膝の上に乗せると、その姿勢のまま香織
さんを待ち受けます。
『さあ、いらっしゃい』というわけです。
もうこうなったら香織さんもそこへ行くしかありません。
ところが、意を決した香織さんが、膝を立てたまま伯母さんに
にじり寄り、座布団の上にうつぶせになろうとすると……
「あら、お願いしますは言えないのかしら」
伯母さんは落ち着き払った低い声で娘の不作法を一喝します。
私は香織さんがかわいそうで、そして伯母さんが憎くて恐くて
なりませんでした。今なら別の感情もありましょうが、その時は
私自身が明日は我が身の立場ですからね、とても対岸の火事とは
思えなかったのです。
「どんなに辛くても、耐え抜いてよい子になりますから………
お仕置きをお願いします」
正座して、両手を畳に着けて、もちろん香織さんの本心は別の
処にあるのでしょうが、それにしてもよく躾たものだと、今さら
ながら感心してしまいます。
その香織さんが、お母さんの膝の上にうつ伏せになって乗ると、
座布団の分だけお尻が浮いて短いスカートから白いパンツが覗け
るようになります。
伯母さんはその白い綿の実のようなパンツを軽く軽く叩き始め
ました。それは一見すると、遊んでいるのか、冗談なのかと疑い
たくなるほどゆったりと軽くなんです。
そして、今までお説教したことを、いちから再び諭し始めたの
でした。
「朝は何時に起きるの」(パシッ)
「六時です」
「ちゃんと起きることができますか。約束できますか 」(パシッ)
「はい、約束します」
「次はなにをするの」(パシッ)
「朝のお手伝いです」
「その次は」(パシッ)
「お食事してからお勉強」
「お勉強は何時から」(パシッ)
「七時半です」
「ちゃんと始められますか」(パシッ)
「あっ………大丈夫です。ちゃんとやります」
「あら、もう痛がってるの。お仕置きはまだ始まった ばかりよ」
(パシッ)
…………………………………………………………………
あまりに長くなるので割愛しますが、伯母さんは、まず最初に
春休みの日課のおさらいを、平手によるスパンキングで確認して
いきます。
確かに、その一つ一つはたいした威力じゃありませんが、塵も
積もれば何とやら、日課を一通り確認し終わる頃には、香織さん
は、しきりに体を捩るようになっていました。
経験者語るじゃありませんが、こういうのって痛がゆいんです。
おまけに、ほてったお尻は小さな衝撃にも敏感に反応しますから
本当は声を出して訴えたいくらいなのですが、それを口にする事
はできません。彼女としては、せめても身体を捩ることで、その
ほてったお尻の熱をさましていたのでした。
「日課は、まだ覚えていたみたいね。でも、本当にできるの?
さぼったりしない」(パシッ)
「しません。いやっ」
香織さんのいきなり大声。本当は出してはいけない声です。
「なにがいやなの。二十キロもあるあなたを膝の上に乗せてる
私の方がもっといやですよ」
伯母さんはこの時を待っていたかのように、これまで香織さん
のプライドを守ってきたパンツまでも太股へ下げました。
「あっ、いや」
恥ずかしさと痛みで、当然、空いている右手はお尻をかばいに
走ります。
けれど……
「ほら、なにやってるの。邪魔でしょ」
伯母さんは香織さんがかばった手を捩じり上げると、用意して
いた脱脂綿にアルコールを含ませて香織さんのお尻を丁寧に拭き
始めます。
いったい何の儀式でしょうか。
ほてったお尻の熱が急速に奪われた香織さんは、前にもまして
体を捩るようになります。おまけに、それは小高い山の部分だけ
ではなく、深く切れ込んだ谷間にまでも及びましたから。
「あっ、あっ、ぁぁぁぁぁ」
切なくも狂おしい鳴咽が三メートル離れた僕の耳にもはっきり
と聞こえました。
「香織、何うろたえてるの。これはお仕置きなのよ。……もう
四年生にもなろうという子がお仕置きひとつ静かに受けられない
なんて……恥ずかしい声を出さないの。みっともないわね」
伯母さんは香織さんを叱りつけるのです。
そして、
「さあ、これからが本番ですからね。歯を食いしばって、よう
く痛いのを味わいなさい。そして、怠けたくなったら今日の事を
思い出すの。……どうすればいいか、すぐに結論が出るはずよ。
……さあ、いいこと。……ピアノはやめませんね」
「はい」
蚊のなくような香織さんの声の後に強烈な一撃がやってきます。
(ピシッ)
それは今までのとはまったく違っていました。スナップのきい
た本格的なやつです。
「………」
香織さんは、我慢して声こそあげませんでしたが、お尻や太股
だけじゃありません、それこそ全身の筋肉を収縮させて反り身に
なります。
きっと無意識に立ち上がろうとしたんじゃないでしょうか。
でも、もちろんそんなことが許されるはずがありません。
その体は伯母さんががっちりと押え込んでいるのですから。
そして、やっと落ち着いたと思った瞬間には、また伯母さんの
声が……
「では、お母さんとお約束したことを守ってピアノもお勉強も
家のお手伝いもやっていきますね」
「はい」
さすがの香織さんもこんな時は「はい」という言葉以外、何も
考えられないのでしょう。彼女の「はい」は、伯母さんの質問が
まだ終わっていないのに出た言葉でした。
再び、峻烈な一撃がやってきます。
(ピシッ)
「痛い」
今度は声を上げずにはいられませんでした。本当は大声になる
はずだったのでしょうが、あまりの悲しみや絶望のために、その
声は擦れています。
「女の子らしく、だらしのない生活はしない。分かってますね」
「はい」
(ピシッ)
「いや、もうやめて」
「本当にこたえているのかしら」
「本当です」
(ピシッ)
「いやいや」
香織さんは声だけでなく苦し紛れに頭を振ります。
「今度約束破ったらどうするの?」
「………」
何でも言われるままに、「はい」という返事しか用意していな
かった香織さんは、しばし考えてしまいます。
「どうするの」
(ピシッ)
「やめて、……ごめんなさい。お仕置きしてください。よい子
……良い子になるように、お仕置きをお願いします」
「そう。でも、もうこんなに重くなった子を、私一人じゃ扱え
ないわね。今度はお父様にも手伝っていただくけど、それでいい
かしら」
「………」
「どうなの。ご返事は」
ちょっぴりドスのきいた声。
(ピシッ)
「はい、お願いします」
香織さんには最初からこの言葉しかありませんでした。
『いいえ』とは言えないと分っていて、なお返事を渋ったのは、
やはり、力が強く異性であるお父さんのお仕置きは避けたかった
からに違いありません。
結局、香織さんはいろんな約束をさせられたあげく、やっと、
スパンキングからは開放されましたが、その後もお小言は続き、
「今度、このような事があったら、浣腸やお灸も使いますからね」
と脅しまでかけられる始末。
ただ、香織さんが再び正座して……
「はい、分かりました」
「今日はありがとうございました」
と、伯母さんにご挨拶したあとは、その場の雰囲気も和らいで
いきます。
伯母さんは正座した膝の上に、再び香織さんを呼び寄せると、
さながら幼児をあやすように目やにを取り、髪を撫でつけ、服を
整えて、娘が落ち着くのを待っていました。
「(やれやれ一件落着だな)」
私がそう思った瞬間のことです。
「!」
伯母さんの目が私を見つめています。きっとカーテンの隅から
覗いているうちしだいに、知らず知らず、見やすい場所へと移動
してきたのでしょう。どんな馬鹿面さげて見ていたのかと思うと
今でも恥ずかしい気持ちでいっぱいになります。
「あら大変、健ちゃんにテストをやらせてたわ。採点してあげ
なくちゃ」
伯母さんは香織さんを私から隠すようにして小さな肩を抱くと
部屋を出て行きました。私もやっと伯母さんの呪縛から開放され
て一目散にその場を離れたのでした。
「お待たせしちゃってごめんなさいね」
伯母さんは、僕が部屋に戻って来てからほどなくやって来て、
さっそくテストの採点に取り掛かります。
きっと、全てを知った上で僕が部屋に戻ったのを確認してから
入って来たのでしょう。まさに、大人の対応だったのです。
『べつにそんなもの採点なんてしてくれなくていいよ』
僕は心の中で呟きながら卓袱台で熱心に丸をつけてくれている
伯母さんを立ったまま尊大に見下ろしていました。
と、その時、信じられないものが目に飛び込んできたのです。
「(わっ、ヤバイ!)」
最後の文章題で、小数点を打ち間違って計算しているではあり
ませんか。全身の血が凍り付き顔面蒼白。
でも、今となっては後の祭りでした。
伯母さんはその間違いを赤ペンで二三度叩くと青くなっている
僕の顔を確認してから同じような丸を一つ追加してくれましたが、
それで私のプライドが回復するはずもありません。
「(何であんなことに。見直してりゃよかったなあ。こりゃあ、
お母さんに報告するかなあ。また怒られるぞう……『どうして、
あなたは、そういつもいつも注意力が散漫なの』って)」
頭がパニックになっていた私は、しばらくはそんなつまらない
事ばかりを繰り返し頭の中で思い巡らしていたのです。
ですから、
「ねえ、いつからあそこにいたの?あの濡れ縁は半分腐ってて
危ないのよ」
「いつって………」
「まいいわ。ねえ健ちゃん。あそこでおばさんと香織がやって
たことは白内(田舎のこと)に帰っても秘密にしておいて欲しい
の。約束できるかしら」
「いいよ」
私は伯母さんの要請をふたつ返事で請け合いましたが、それは
心に深く刻んで答えたのではなく、おざなりに返事を返しただけ
だったのです。
*****************(つづく)****
< 後編 >
白内(郷里)に戻った私はまた普段の生活に戻っていました。
小学校や近所でささやかれる私の評判は概して「ませたガキ」
とか「生意気な子」というものでしたが、それは、あくまで裃を
つけた表でのこと。実は家の中での私は大変な甘えん坊で片時も
母親のもとを離れようとしません。
宿題も母が居間にいれば居間で台所に立てば台所でやっていた
のです。お風呂も一緒なら、寝る布団まで母と一緒という始末。
たまさか私が自分の部屋のベッドで寝る時は……
「そんなに悪い子はお母さんのお布団には入れてあげられない
わね」
こう言われて、渋々自分の寝床に潜り込むというあんばいです。
ですから、その生活は幼稚園児並。もとより、あんな立派な香織
さんなんかとは比べるべくもありません。その代わりといっては
何ですが、母とは四六時中何かおしゃべりしていました。
今回、東京へ行った思い出話も、色々あったはずなのに二日と
かからずネタが尽きてしまったのです。
『他に何か言い忘れたことないかなあ。……ん~~やっぱり、
残っているのはあれだけかあ。でも、あれは……』
さすがの私も、あの話をするのにはちょっと勇気がいります。
それは、伯母さんに口外しないと約束したこともありますが、
これに刺激されて、お母さんが香織さん並のお仕置きを私に強制
しやしないか。そのことが何より心配でした。
『だけど、やっぱり聞いてみたい。……ええい、言っちゃえ』
悩んだあげく、(いっても5分ほどですが)私は素朴な疑問を
母にぶつけます。
私はミシンを踏む母の背に向かって、こう切り出したのです。
「ねえ、お母さん。お母さんは、僕をお仕置きするとき、僕に
『お仕置きをお願いします』って言ってほしい?」
「え、何のこと」
母の戸惑いは当然です。
ですから、結局は香織さんの家で起こったお仕置きの一部始終
を洗い浚い母親に話して聞かせることになったのでした。
「そう、そんなことがあったの。姉さんとこは旧家だし、香織
ちゃんは女の子だからね」
「旧家で女の子だと、お仕置きをお願いしますって言わなきゃ
いけないの?」
「そういうわけじゃないけど。お仕置きってやる方も辛いのよ。
だから相手の気持ちを慮って嘘でもお願いしますって言ってくれ
れば、やる方も少しは気が楽になるでしょう。そんな思いやりの
気持ちを持ってほしいからそうしてるんじゃなくて……」
「僕には絶対できないな。あんなこと」
「どうして?」
「だって恥ずかしいもの」
「それは香織ちゃんだって同じじゃなくって。だいたいお仕置
なんて恥ずかしいものよ。……それはそうと、あなたよくその場
に立ち会えたわね。香織ちゃんにしてみれば、その方がよっぽど
恥ずかしかったでしょうに」
「香織ちゃんには見つからなかった」
「見つからなかったってどういうこと」
「カーテンの陰から覗いてたから」
「いやだあ、それじゃあのぞき見してたの。だめじゃないの、
そんなことしちゃ。誰にも見つからなかった?」
「伯母さんには見つかっちゃった」
「じゃあ怒られたでしょう」
「べつに怒ったりしないよ。ただ、このことを白内に帰っても
誰にも言わないでねって」
「言わないでって、あなた、私にお話してるじゃない」
「だって、お母さんはいつも隠しごとはいけないって」
「それとこれとは話が別でしょう。関係ありませんよ。あなた、
いつからそんな簡単に約束を破る子になったの」
母の雲行きが怪しい。
これはやばいなと感じたのですが、あまりの急展開に私は心の
準備が間に合いませんでした。母はいきなり私の襟首をつかむと
……
「お座り」
と言って正座させます。
このあたり私の扱いは飼い犬のコロと同じでした。
「あなたは、自分のしていることが分ってるの。あなたは香織
ちゃんの恥ずかしい姿を覗き見したあげく伯母さんとの約束まで
破ってるのよ。お母さん、あなたがそんなにだらしのない子だと
は思わなかったわ。あなたのおしゃべりは生まれつきだけど……
この分じゃ、私が口止めしたことまでよそへ行ってしゃべってる
んでしょうね」
「えっ!?」
私は、すぐに「そんなことはないよ」と言いたかったのですが、
まったく身に覚えがないわけでもないので、すぐには言葉が出て
きません。すると、母はそれみたことかと言葉を続けるのでした。
「そう、やっぱり。ご近所で何かと、うちの噂がたつから変だ
変だと思ってたけど、原因はあなただったのね。そんな危ない子、
うちにおいとけないわね。……そうだ、あなた、景子伯母さんの
養子になりなさいな。あそこ男の子がほしいって言ってたから、
ちょうどいいわ。さっそく電話してあ げる」
母が立ち上がろうとしますから、私は慌ててしまいます。
「だめだよ」
「なにが駄目なの。今なら新学期が始まったばかりだし、丁度
いいじゃないの。もっとも、あんたみたいなぐうたら坊主が香織
ちゃんちに行ったら毎日お仕置きでしょうから、毎日おサルさん
みたいなお尻をして学校へ行くことになるでしょうね。きっと、
評判になるわよ。田舎から赤いお尻のお猿さんが来たって……」
「ぼくいやだよ。お母さんのところがいいもの」
私はこの時すでに半べそをかいていました。
九歳の少年にとって母親はまだまだ絶対的な存在だったのです。
「私はいいのよ。あなたみたいに、口だけ達者な男の子より、
もっとおしとやかな女の子を養女に迎えるから……そう、それが
いいわ。女の子なら台所仕事ぐらい手伝ってくれるでしょうから、
何もしないあなたより、よっぽどましだわね」
「だめ、電話しちゃ。伯母さんちなんか行きたくないだから。
お母さんの家にずっといるもん。お手伝いだってしてあげる」
「してあげる?…結構よ。女の子ならさせていただきますって
言ってやってくれるもの。だって、あなた、いやなんでしょう。
私がお仕置きするとき、『お願いします』って言うの」
「えっ……言えるよ。そのくらい」
「じゃあ言ってごらんなさいな」
「えっ……えっと、お仕置きをお願いします」
「もう二度と覗き見はしませんって言ってからでしょう」
「もう二度と覗き見はしません」
「お約束は守りますもいるのよ」
「お約束は守ります」
「もう一度言ってみようか。二度と覗き見はしません。お約束
は必ず守ります。よい子になる為にお仕置きをお願いしますって」
「えっ……そんな……」
もうすっかり母のペースです。ほんの少し口篭もっただけでも
……
「もう一度言ってごらん」
「えっ、…また言うの?」
「言いたくないのならいいわよ。伯母さんのところに電話して
あなたの荷物は明日にでも送ってしまいま すから」
「そんなあ、言うよ。二度と覗き見はしません。お約束は守り
ます。よい子になるためにお仕置きをお願いします」
「何だ、言えるじゃない」
お母さんは勝ち誇ったような笑顔です。
おまけに……
「……そうかあ、そうやってお願いされたんなら……やらない
わけにはいかないわね」
母はミシンの椅子に座り直すと膝を軽く叩いて私を待ちます。
「えっ!」
私は驚きましたが、もう諦めるしかありませんでした。
母の膝にうつぶせになるのはどのくらいぶりでしょうか。
以前は、身体が小さかったので、膝の上から見る光景が随分と
高く感じられましたが、今は手が床に着くくらい頭の位置が低く
なっています。ただ、火の出るほどの痛みだけは今でもはっきり
覚えていてその痛みの記憶が私の体をフリーザーにいれたお肉の
ようにこちこちにしていました。もう、半ズボンを脱がされても
何の反応も示しません。おそらくパンツまで脱がされたって何の
抵抗もしなかったでしょう。すべてはあの強烈な一撃を待ち構え
るために神経を集中していたのです。
「さあ、いくわよ。ようく噛み締めなさいね」
(パン)
スナップの効いた強烈な一撃が、私の小高い丘に命中します。
それは母が私を押さえつけていなければ部屋の隅まで飛ばされる
ほどの勢いでした。
伯母さんのように、始めはゆっくり軽くなんて母には通用しま
せん。始めから目一杯、それが母のやり方だったのです。
「いいこと、覗き見は悪いことなの。分ってる?」
(パン)
「分ってるの!」
(パン)
「ご返事は!?」
(パン)
「はい、わかりました」
「伯母さんとの約束を破るのはもっと悪いことなの」
(パン)
「分ってますか?」
(パン)
「はい」
「もう悪さはしませんか?」
(パン)
「はい、しません」
「本当に!?」
(パン)
「本当です」
「じゃあ、今度からお仕置きのときはお仕置きをお願いします
って言えるわね」
(パン)
「え」
「何がいったい「え」なの!」
(パン)
この一撃はそれまでにも増して強烈でした。
文字にすると、パンパンと書くだけで凄味が伝わらないと思い
ますが、なにしろ母は手加減というものを知らない人ですから、
一発一発がそれはそれは強烈だったんです。私はすでに荒い息を
ついていました。その息の根の奥からこう言うしかありませんで
した。
「言います。お仕置きお願いしますって言います」
「本当に?」
(パン)
「本当に約束します」
「約束するのね」
(パン)
「約束します」
ここまでくると母は満足したようでした。私を抱き上げ慎重に
自分の膝の上に乗せると、また何かされるんじゃないかと怯える
私の顔をタオルで丹念に拭いてから、おでことおでこを合わせ…
「これでお母さんのよい子が戻ってきた。もう、おいたしちゃ
だめよ」
物心ついた時から、最初のお仕置きの時から、これが我が家の
お仕置きの終わりを告げる儀式でした。
「これであなたも香織ちゃんと同じになったわけだ。ついでに、
おしまいも『お仕置きありがとうございました』って言わしちゃ
おうかなあ」
お母さんに悪戯っぽい笑顔でこう言われて、私は、ぽっと顔を
赤らめます。
「いいこと健ちゃん、あなたがどんなに背伸びをしても私から
見ればあなたはまだ赤ちゃんの方に近いの。だから、もっときつ
いノルマを課して、もっと厳しい折檻で締め上げることだって、
やろうと思えばできるのよ。だけど、お母さんそれは望まないわ。
健ちゃんが今日一日のことを全部洗い浚いお話してくれる時間を
奪いたくないもの。それは香織ちゃんのお母さんだって同じよ。
お腹を痛めた子の悲しむ姿を見て喜ぶ母親なんてどこにもいない
はずだもん。ただ香織ちゃんの処は旧家だから、そこの娘さんと
して身につけなけばならない素養が、うちなんかより沢山あって、
それで大変なだけなの。あなた、香織ちゃんがお仕置きしますよ
って、お母さんに言われたのに平気だったって言ったでしょう。
あれはね、香織ちゃん自身、お母さんの様子を見ていて怒ってる
なあって随分前から知っていたはずなの。すでに覚悟があったの
よ。女の子っていうのはね、そんなことにとっても敏感なのよ」
「だったら、やめればいいじゃないか」
「それができないの。『これ以上やったらお仕置きになるなあ』
ってとわかっていても、どうしても自分の心を押さえられない時
があるのよ」
「どうして」
「どうしてかしらね。……それも、きっと香織ちゃんが女の子
だからかな……」
「ふうん」
「だけど、その香織ちゃんもあなたに覗かれることまでは覚悟
していなかったはずだから、このことは香織ちゃんはもちろん、
お友だちにも親戚の人にも誰にも言っちゃだめよ。あなただって
お尻を叩かれてるところお友だちに見られたくないでしょう」
「分かった。もう誰にも言わない」
私はこの約束を三十年間守ってきましたが、もうそろそろいい
でしょう。
「ねえ、もうぼくを伯母さんの処へ養子に出したりしない」
「当たり前じゃないの。そんなこと最初から考えてないわよ。
今日はちょっとからかってみただけ。神様からいただいた大事な
あなたを誰にも渡すもんですか。ただ、私もお姉さんみたいに、
『お仕置きをお願いします』とか『お仕置きありがとうございま
した』なんて言わすことができるかなあと思って試してみたの。
……大成功だったわ。ありがとう、健ちゃん。まだまだあなたは
私のかわいい赤ちゃんよ」
まったくひどい話です。そんなことで私をはらはらさせたうえ
に一ダースもお尻をぶつんですから。
しかし、そんな酷い人のパジャマをしっかり握り締めてでない
と寝つかれないのですから、やはり私の方がよほど困ったちゃん
なのでしょう。
*************************
それから一ヶ月ほどたったある日、私は初夏の日差しを全身に
浴びてごろ寝していました。偶然、空いた時間をもてあますかの
ように畳の上を右にごろごろ左にごろごろ。その体と同じように
頭の中も、とりとめのない思いが浮かんでは消え、また浮かぶと
いうことの繰り返し。そんな時です。東京で起こった事件なども
ふと脳裏を掠めます。
それは忘れたい思い出でした。大人になった今なら、小学生が
お尻をぶたれているのは対岸の火事で面白いかもしれませんが、
当時の私には明日は我が身となりかねない恐怖の思い出なのです。
ところがそんな思い出も、この五月の陽光の中に身を置いている
と不思議に何だか別の要素を含んで脳裏を流れていくのです。
でも、それが何なのか幼い身にはわかりません。
切なく悲しく、それでいて、何かわくわくするようなこの感情。
それがわからないままに、私は芋虫を続けていました。
「!」
と、気づけば、かすかに濡れているではありませんか。
あわててパンツの中を確認すると、やはり……
「!」
「あれ?オシッコ漏らしちゃった。恥ずかしいなあ」
神経質な子は、病気になったんじゃないかと親に相談するそう
ですが、私はぐうたら坊主ですから、初めての射精も感想はそれ
だけでした。
そして、あの切なさを今一度味わいたくて、ふたたび、五月の
強い日差しに身を任せたのです。
夢想を続け芋虫を続け、しだいに夢路へと落ちていく心地よさ。
私の快楽はその後大いなる発展をとげますが、原点はここだった
ような気がするのです。
******************<了>****
99/ 3/07
相変わらず、『子供の話』です。
いつまでたっても大人になのきれないので、
普段はこんな話ばかりかいているのです。
**********************
思い出の形・愛の形
K.Mikami
< 前編 >
もう今から三十年余りも前のことです。もともと一人旅が好き
だった私は小学校三年生の時初めてブルトレに乗って花の東京へ
やってきました。
受入先は伯母の家。書道大会への出場という大義名分も、一応、
あるにはありましたが、主な目的は東京見物。いつもガミガミと
口うるさい母親から逃れてルンルン気分でした。東京タワーに、
地下鉄、後楽園遊園地や山の手線。特に地下鉄や山の手線は感激
しました。田舎には地下を走る鉄道も環状線もありませんから。
山手線などは、伯母に無理を言って一周回ってもらったほどで
した。とにかく、見るもの聞くものすべてが興奮の連続だったの
を覚えています。
来て数日は毎日がサンデー。毎日がパラダイスのばら色の日々
でした。ところが、それが次第に気詰まりを覚えるようになって
いきます。せっかくの旅行がちょっぴりつまらないものになって
きたのです。
原因は伯母さんの一人娘。つまり、私とは従兄弟の関係にある
香織さんの存在でした。
彼女、春休みだというのに毎日精出してまして、まるで学期中
のように分刻みのスケジュールをこなして勉強しているのです。
習い事もいくつか抱えているうえに、家事まで手伝ってます。
そんな絵にかいたようなよい子を横目に見ながら同年代の私が
遊び歩けるでしょうか。気が付くと、私は伯母の家では独り浮い
た存在になっていました。
ですから、仕方なく、本当に仕方なく、彼女と一緒に勉強机に
向かうことになったのです。とはいえ勉強の道具など何も持って
きていませんから、すべて香織さんから借りて、午前中だけでも
勉強するふりをしていたのです。
するとそれまでお義理にしか口をきいてくれなかった香織さん
が、自ら学校のことや家庭のことなどを色々話してくれるように
なったのです。二人は急速に親しくなり、香織さんは母親におね
だりして、映画やお芝居、人形劇なんかにも私を誘うようになり
ます。
また、伯母さんもいつもにこにこしていて香織さんのおねだり
もやさしく聞いてくれていました。
うちの母親のように、
「またテレビ見てる。宿題すんだの。明日はテストでしょう。
この間みたいに徹夜になってもしりませんよ」
などと目をつり上げることなんか一度もありません。
私はいつしか、ここではうちで起こるような悲劇、つまり『お
仕置き』なんてないんだろうなあ、と思うようになっていました。
ところが、そんなある日。もうあと数日で、僕は田舎に帰ると
いう日に事件は起きたのでした。
その日、伯母さんの付き添いで人形劇を見た香織さんは、何か
とても浮き浮きしていました。きっといま見た劇に感動したので
しょう。デパートに入っても、今、見た人形を探すのだと言って
おもちゃ売り場を離れようとしませんし、踊り場では即興の踊り
を披露してお婆さんを突き倒してしまうし、食堂では誰も聞いて
いない感動を延々まくしたてるしで三人の中で独り浮いた存在に
なっていたのです。
でも、伯母さんはいつも通りににこやかですし、決して怒って
いたわけではありませんでした。そして、これから東急に乗って
伯母さんのお宅へ帰ろうとする時です。
渋谷駅近くで用事を思い出した伯母さんは「ここにいて頂戴ね。
すぐ戻るから」と言ってその場を離れました。
ところが、五分たっても伯母さんは戻ってきません。すると、
香織さんが、するするとその場を離れるじゃありませんか。
恐くなった私がついて行こうとすると、「あなたはそこにいて」
と言い残して行ってしまったのです。
それからさらに 五分後、今度は伯母さんが帰ってきました。
「あら、香織は?」
当然そう尋ねられましたが、私も答えようがありません。
「困ったわね」
僕と伯母さんはしばしあたりを見回しました。
すると、五十米ほど離れていたでしょうか。ショーウイドーを
覗き込んでいる香織さんの小さな姿が見付かったのです。
伯母さんと私は早速、香織さんの処へ出かけていきます。
私たちに気づいた香織さんは少しがっかりした様子でしたが、
それほど悪びれた様子も見せませんでした。
「さあ、香織、帰りますよ」
伯母さんは香織さんの肩を抱き、私はその少し前を歩いて駅の
方へ向かい始めたその時でした。
「さあ、帰ったらお仕置きね」
私にはちゃんとそう聞こえました。でも、きっと聞き間違いだ
ろうと思っていました。何しろ伯母さんはそれまで怒った様子が
何一つないのですから……
おまけに香織さんまで……
「はい、お母さん」
返事を返した香織さんも、ちっとも悲しそうではないのです。
もし、うちでお母さんがお仕置きするなんて言ったら大変です。
そもそも、これからお仕置きしますなんて宣言してくれなくても
そのすごい形相で一目瞭然ですし、私もその場から逃げられれば
逃げて、しばらくは家に寄り付きませんから、そもそも我が家で
はこんな会話は成立しえないのです。
そんなこともあって、実は、二人の会話を伯母さんの家に帰り
着く頃にはすっかり忘れていたのでした。
ですから伯母さんに…
「健ちゃんも、もうすぐお家に帰ることだし、ここでのお勉強
がどのくらい進んだか、伯母さん、健ちゃんのお母さんにご報告
しなきゃいけないの。疲れてると思うけど、このテスト、やって
ちょうだいね」
こう言われた時も…
『仕方ないなあ、伯母さん、うちのお母さんに頼まれたな』
と、へんに納得してしまい、さしたる不審も抱きませんでした。
ところが、
『何だこりゃあ』
差し出されたテストに取り掛かってみると、何とそれは、どこ
の本屋さんでも売っている簡単なドリル形式のペイパーが三枚。
確かにそこには制限時間二十分と書いてありますから、一時間
ということになるのでしょうが、正直言ってその時は、伯母さん
が僕を田舎者だと侮っていると憤慨しました。
ですから、
「終わってもここで待っててね。採点にいきますから」
という言葉を無視。
十七分で仕上げると、ろくに見直しもせず、早速、伯母さんを
探し始めたのです。
「こんな問題に一時間もかかったなんてお母さんに報告された
ら僕だってお母さんからお仕置きだよ」
ぶつくさ言いながら家中探し回りますが肝心の伯母さんの姿が
どこにも見当たりません。
あちこち探すうち、普段は開いている渡り廊下の掛け金が下り
ていることに気づいたのです。
「この奥もあたってみるか」
掛け金が下りているということは、入ってはいけない、または
入ってきて欲しくないという意思表示なのだということは九歳の
少年には通じません。
私は内庭を取り巻く細い濡れ縁ずたいに奥へ奥へと分け入って
しまったのです。とにかく、一刻も早くテストが完了したことを
伯母さんに認めさせたい、それだけでした。
すると一番奥の部屋で伯母さんの声がします。
『やっと、みつかった』と思ったのもつかの間、伯母さんの声
が、いつもの明るい声とは違っています。どこか、陰にこもって
いて凄味さえ感じさせるのです。異様な気配を感じた私が、途中
からそうっと忍び足で近寄っていくと、声の内容は、香織さんに
対するお小言のようでした。
カーテンの隙間からそっと覗くと、案の定そこには香織さんが
正座させられています。
私はこの時になってやっと、伯母さんの「帰ったらお仕置きね」
という言葉が、私の聞き間違いではないことを知ったのでした。
「あなた、先生から『四年生になると、お勉強がテンポアップ
しますから、何か一つでも習い事を整理した方がよろしいのでは
ないでしょうか』っておっしゃってくださった時に『そんなこと
ありません。習い事してても今の成績ぐらい維持できます』って
大見得切ったわよね。それって、できてるのかしら?予定通りに」
「昨日も、ピアノの先生から、もう少し練習時間を増やしてく
ださいってお小言を頂戴したばかりよね」
「………」
香織さんはうつむいたまま、何も答えません。
私はこの時初めて香織さんがなぜ春休みにもかかわらず分刻み
のスケジュールに追われているのか知ったのでした。
私も、いくつか習いごとを抱えてはいましたが、どれも親から
半ば強制されてのもので、やめさせてくれるなら、どれでも、即
やめていたでしょう。その点、香織さんは、自ら両立させたいと
いうのですから立派なものです。
「健ちゃんが遊びに来たのは予定外だったかもしれないけど、
それにかこつけて、あなただって遊び歩いてない。健ちゃんが、
行きたいって言えば、あなたも一緒になって連れて行ってもらえ
ると思ってるんじゃなくて。そんなことでお勉強と習い事の両立
なんてできなくてよ。ピアノはやめてしまいましょう。べつに、
あなたはピアニストになるわけではないんだもの」
「………」
それまで静かに聞いていた香織さんの頭が激しく横に振られて
います。きっと泣いていたんじゃないでしょうか。私の所からは
後ろ姿しか見えませんでしたが、どこかそんな気がしたのです。
「ピアノのお稽古に行くと、いろんな子に合えるのよ」
彼女は私にそう言っていましたし、私も同感でした。習い事の
楽しみは、芸事が身につくということもありますが、それ以上に
学校では会えない友達ができることなのです。彼らは私に色んな
情報を提供してくれました。独楽の回し方、プラモデルの作り方、
買い食いなんてのもアフタースクールならではの楽しみなんです。
東京に一人旅を思い立ったのも、実は東京から引っ越してきた
ピアノの友達の影響でした。
その日のレッスンの前、先生に名前を呼ばれるまでのわずかな
時間。ちょうど病院の待合室で外来の患者さんたちがおしゃべり
をしている、あんな感じで、私たちは情報のキャッチボールを楽
しんでいたのでした。その短くとも貴重な時間を奪われたくない。
彼女もきっとそう思ったのでしょう。
「いいわそれなら。あなたの楽しみを無理矢理奪っても勉強に
身が入らないでしょうし……。その代わり、もっときちっとした
生活をしてちょうだい。それから、感激屋のあなただから、浮き
浮きする気持ちはわかるけど今日のあなたは見ていられなかった
わ。玩具売り場では、まるで幼稚園児みたいな駄々をこねるし、
階段の踊り場では、お婆さんを突き倒すし、食堂に入ったときも
独りで金切り声を上げて騒いで……周りの人たちが何だろうって
見てたの気づかなかったの」
健ちゃんがいたから遠慮したけど本当ならそれだけでもトイレ
へ引っ張っていってお仕置きしていたところよ。おまけに渋谷の
駅では泥のついた花壇に腰を下ろすわ、アランドロンのポスター
にキスするわ。あなた、いつからそんな破廉恥な娘になったの。
あなたはあの時、世田谷小学校の制服を着ていたのよ。大勢の人
が『あの子は世田谷の子だ』って見て通っているのよ。『世田谷
の子って、あんなことするのか』って思われたら、それはあなた
だけじゃない、お世話になっている学校全体の品位を、あなたが
汚したことになってしまうのよ」
「だから制服なんて嫌いなんだ」
思わず僕もつぶやきます。僕だって母や教師に同じようなこと
を言われ続けていましたから、自分の事でもないのにむっとして
しまったのです。
『だいたい花壇に座ったっていっても、煉瓦の上で植木の上に
座った訳じゃないじゃないか。今日の香織ちゃんは、そりゃあ、
浮き浮きしてたけど、そんなに他の人に迷惑なんてかけてないぞ』
僕は心の中で幾度も叫びましたが、恥ずかしながらその部屋へ
踊り込む勇気までは持ち合わせていませんでした。
「ねえ、香織。世田谷小の子供らしく、もっとしゃきっとした
生活をするにはどうしたらいいかしらね」
伯母さんは、その答えをあえて香織さんに求めたのです。こう
なると九歳の少女に逃げ道なんてありません。しばし沈黙のあと、
香織さんは重たい口を開きますが、それは、甘ったれて育った私
などには青天の霹靂にさえ思えるほどの信じられない言葉だった
のです。
「お仕置きをお願いします。香織がもっと立派になるように、
お仕置きしてください」
それは蚊のなくような小さな声でしたが、それにしても子供の
方からお仕置きをお願いするなんて、そんなの、田舎じゃ聞いた
ことがありません。私はあまりのことに、口を半開きにしたまま
茫然自失で事の成り行きを見守ることになったのでした。
「そう、わかりました。本当は自分で自分を律する事ができれ
ば一番いいですけれど、あなたの年齢ではそれも難しいでしょう
から私がやってあげましょう。では、玉手箱を持ってらっしゃい」
「はい、お母さん」
香織さんは伯母さんが背にしていた仏壇の引出しから漆塗りの
文箱を取り出します。
玉手箱とはきれいなネーミングですが、その中には、脱脂綿や
アルコール、無花果浣腸や艾といったこの家のお仕置きグッズが
入っていました。
伯母さんは震える手で差し出されたその箱の中身を、一つ一つ
あらためます。それはたとえ箱の中身を全部使わなくてもそれを
香織さんに見せつけることで恐怖心をあおりお仕置きの実をあげ
られると考えたからなのでしょう。
実際、
「ええっと、お浣腸は入っているわね。あなたも体がだんだん
大きくなるし、今度はもっと大きいものでなきゃ、効かないわね。
そうそう、そういえば幼稚園の時だったかしら、あなた、これを
水にすり替えたことがあったでしょう。あの時は、小さいくせに
なんて悪知恵がはたらくのかしらって、お母さん呆れたものよ。
………えっと艾は………あら、これ湿ってるわね。今度、天気の
いい日に干しておかなくちゃ。またいつ使うかしれないものね。
………アルコールは古くなってないわね。脱脂綿もちゃんとある
と………」
こんな感じですから、全てをあらため終わる頃には、もうそれ
だけで香織さんは鳴咽を押さえきれなくなっていたのでした。
「これでいいわ」
玉手箱をあらためた伯母さんは、それまで敷いていた座布団を
二つ折りにして正座した膝の上に乗せると、その姿勢のまま香織
さんを待ち受けます。
『さあ、いらっしゃい』というわけです。
もうこうなったら香織さんもそこへ行くしかありません。
ところが、意を決した香織さんが、膝を立てたまま伯母さんに
にじり寄り、座布団の上にうつぶせになろうとすると……
「あら、お願いしますは言えないのかしら」
伯母さんは落ち着き払った低い声で娘の不作法を一喝します。
私は香織さんがかわいそうで、そして伯母さんが憎くて恐くて
なりませんでした。今なら別の感情もありましょうが、その時は
私自身が明日は我が身の立場ですからね、とても対岸の火事とは
思えなかったのです。
「どんなに辛くても、耐え抜いてよい子になりますから………
お仕置きをお願いします」
正座して、両手を畳に着けて、もちろん香織さんの本心は別の
処にあるのでしょうが、それにしてもよく躾たものだと、今さら
ながら感心してしまいます。
その香織さんが、お母さんの膝の上にうつ伏せになって乗ると、
座布団の分だけお尻が浮いて短いスカートから白いパンツが覗け
るようになります。
伯母さんはその白い綿の実のようなパンツを軽く軽く叩き始め
ました。それは一見すると、遊んでいるのか、冗談なのかと疑い
たくなるほどゆったりと軽くなんです。
そして、今までお説教したことを、いちから再び諭し始めたの
でした。
「朝は何時に起きるの」(パシッ)
「六時です」
「ちゃんと起きることができますか。約束できますか 」(パシッ)
「はい、約束します」
「次はなにをするの」(パシッ)
「朝のお手伝いです」
「その次は」(パシッ)
「お食事してからお勉強」
「お勉強は何時から」(パシッ)
「七時半です」
「ちゃんと始められますか」(パシッ)
「あっ………大丈夫です。ちゃんとやります」
「あら、もう痛がってるの。お仕置きはまだ始まった ばかりよ」
(パシッ)
…………………………………………………………………
あまりに長くなるので割愛しますが、伯母さんは、まず最初に
春休みの日課のおさらいを、平手によるスパンキングで確認して
いきます。
確かに、その一つ一つはたいした威力じゃありませんが、塵も
積もれば何とやら、日課を一通り確認し終わる頃には、香織さん
は、しきりに体を捩るようになっていました。
経験者語るじゃありませんが、こういうのって痛がゆいんです。
おまけに、ほてったお尻は小さな衝撃にも敏感に反応しますから
本当は声を出して訴えたいくらいなのですが、それを口にする事
はできません。彼女としては、せめても身体を捩ることで、その
ほてったお尻の熱をさましていたのでした。
「日課は、まだ覚えていたみたいね。でも、本当にできるの?
さぼったりしない」(パシッ)
「しません。いやっ」
香織さんのいきなり大声。本当は出してはいけない声です。
「なにがいやなの。二十キロもあるあなたを膝の上に乗せてる
私の方がもっといやですよ」
伯母さんはこの時を待っていたかのように、これまで香織さん
のプライドを守ってきたパンツまでも太股へ下げました。
「あっ、いや」
恥ずかしさと痛みで、当然、空いている右手はお尻をかばいに
走ります。
けれど……
「ほら、なにやってるの。邪魔でしょ」
伯母さんは香織さんがかばった手を捩じり上げると、用意して
いた脱脂綿にアルコールを含ませて香織さんのお尻を丁寧に拭き
始めます。
いったい何の儀式でしょうか。
ほてったお尻の熱が急速に奪われた香織さんは、前にもまして
体を捩るようになります。おまけに、それは小高い山の部分だけ
ではなく、深く切れ込んだ谷間にまでも及びましたから。
「あっ、あっ、ぁぁぁぁぁ」
切なくも狂おしい鳴咽が三メートル離れた僕の耳にもはっきり
と聞こえました。
「香織、何うろたえてるの。これはお仕置きなのよ。……もう
四年生にもなろうという子がお仕置きひとつ静かに受けられない
なんて……恥ずかしい声を出さないの。みっともないわね」
伯母さんは香織さんを叱りつけるのです。
そして、
「さあ、これからが本番ですからね。歯を食いしばって、よう
く痛いのを味わいなさい。そして、怠けたくなったら今日の事を
思い出すの。……どうすればいいか、すぐに結論が出るはずよ。
……さあ、いいこと。……ピアノはやめませんね」
「はい」
蚊のなくような香織さんの声の後に強烈な一撃がやってきます。
(ピシッ)
それは今までのとはまったく違っていました。スナップのきい
た本格的なやつです。
「………」
香織さんは、我慢して声こそあげませんでしたが、お尻や太股
だけじゃありません、それこそ全身の筋肉を収縮させて反り身に
なります。
きっと無意識に立ち上がろうとしたんじゃないでしょうか。
でも、もちろんそんなことが許されるはずがありません。
その体は伯母さんががっちりと押え込んでいるのですから。
そして、やっと落ち着いたと思った瞬間には、また伯母さんの
声が……
「では、お母さんとお約束したことを守ってピアノもお勉強も
家のお手伝いもやっていきますね」
「はい」
さすがの香織さんもこんな時は「はい」という言葉以外、何も
考えられないのでしょう。彼女の「はい」は、伯母さんの質問が
まだ終わっていないのに出た言葉でした。
再び、峻烈な一撃がやってきます。
(ピシッ)
「痛い」
今度は声を上げずにはいられませんでした。本当は大声になる
はずだったのでしょうが、あまりの悲しみや絶望のために、その
声は擦れています。
「女の子らしく、だらしのない生活はしない。分かってますね」
「はい」
(ピシッ)
「いや、もうやめて」
「本当にこたえているのかしら」
「本当です」
(ピシッ)
「いやいや」
香織さんは声だけでなく苦し紛れに頭を振ります。
「今度約束破ったらどうするの?」
「………」
何でも言われるままに、「はい」という返事しか用意していな
かった香織さんは、しばし考えてしまいます。
「どうするの」
(ピシッ)
「やめて、……ごめんなさい。お仕置きしてください。よい子
……良い子になるように、お仕置きをお願いします」
「そう。でも、もうこんなに重くなった子を、私一人じゃ扱え
ないわね。今度はお父様にも手伝っていただくけど、それでいい
かしら」
「………」
「どうなの。ご返事は」
ちょっぴりドスのきいた声。
(ピシッ)
「はい、お願いします」
香織さんには最初からこの言葉しかありませんでした。
『いいえ』とは言えないと分っていて、なお返事を渋ったのは、
やはり、力が強く異性であるお父さんのお仕置きは避けたかった
からに違いありません。
結局、香織さんはいろんな約束をさせられたあげく、やっと、
スパンキングからは開放されましたが、その後もお小言は続き、
「今度、このような事があったら、浣腸やお灸も使いますからね」
と脅しまでかけられる始末。
ただ、香織さんが再び正座して……
「はい、分かりました」
「今日はありがとうございました」
と、伯母さんにご挨拶したあとは、その場の雰囲気も和らいで
いきます。
伯母さんは正座した膝の上に、再び香織さんを呼び寄せると、
さながら幼児をあやすように目やにを取り、髪を撫でつけ、服を
整えて、娘が落ち着くのを待っていました。
「(やれやれ一件落着だな)」
私がそう思った瞬間のことです。
「!」
伯母さんの目が私を見つめています。きっとカーテンの隅から
覗いているうちしだいに、知らず知らず、見やすい場所へと移動
してきたのでしょう。どんな馬鹿面さげて見ていたのかと思うと
今でも恥ずかしい気持ちでいっぱいになります。
「あら大変、健ちゃんにテストをやらせてたわ。採点してあげ
なくちゃ」
伯母さんは香織さんを私から隠すようにして小さな肩を抱くと
部屋を出て行きました。私もやっと伯母さんの呪縛から開放され
て一目散にその場を離れたのでした。
「お待たせしちゃってごめんなさいね」
伯母さんは、僕が部屋に戻って来てからほどなくやって来て、
さっそくテストの採点に取り掛かります。
きっと、全てを知った上で僕が部屋に戻ったのを確認してから
入って来たのでしょう。まさに、大人の対応だったのです。
『べつにそんなもの採点なんてしてくれなくていいよ』
僕は心の中で呟きながら卓袱台で熱心に丸をつけてくれている
伯母さんを立ったまま尊大に見下ろしていました。
と、その時、信じられないものが目に飛び込んできたのです。
「(わっ、ヤバイ!)」
最後の文章題で、小数点を打ち間違って計算しているではあり
ませんか。全身の血が凍り付き顔面蒼白。
でも、今となっては後の祭りでした。
伯母さんはその間違いを赤ペンで二三度叩くと青くなっている
僕の顔を確認してから同じような丸を一つ追加してくれましたが、
それで私のプライドが回復するはずもありません。
「(何であんなことに。見直してりゃよかったなあ。こりゃあ、
お母さんに報告するかなあ。また怒られるぞう……『どうして、
あなたは、そういつもいつも注意力が散漫なの』って)」
頭がパニックになっていた私は、しばらくはそんなつまらない
事ばかりを繰り返し頭の中で思い巡らしていたのです。
ですから、
「ねえ、いつからあそこにいたの?あの濡れ縁は半分腐ってて
危ないのよ」
「いつって………」
「まいいわ。ねえ健ちゃん。あそこでおばさんと香織がやって
たことは白内(田舎のこと)に帰っても秘密にしておいて欲しい
の。約束できるかしら」
「いいよ」
私は伯母さんの要請をふたつ返事で請け合いましたが、それは
心に深く刻んで答えたのではなく、おざなりに返事を返しただけ
だったのです。
*****************(つづく)****
< 後編 >
白内(郷里)に戻った私はまた普段の生活に戻っていました。
小学校や近所でささやかれる私の評判は概して「ませたガキ」
とか「生意気な子」というものでしたが、それは、あくまで裃を
つけた表でのこと。実は家の中での私は大変な甘えん坊で片時も
母親のもとを離れようとしません。
宿題も母が居間にいれば居間で台所に立てば台所でやっていた
のです。お風呂も一緒なら、寝る布団まで母と一緒という始末。
たまさか私が自分の部屋のベッドで寝る時は……
「そんなに悪い子はお母さんのお布団には入れてあげられない
わね」
こう言われて、渋々自分の寝床に潜り込むというあんばいです。
ですから、その生活は幼稚園児並。もとより、あんな立派な香織
さんなんかとは比べるべくもありません。その代わりといっては
何ですが、母とは四六時中何かおしゃべりしていました。
今回、東京へ行った思い出話も、色々あったはずなのに二日と
かからずネタが尽きてしまったのです。
『他に何か言い忘れたことないかなあ。……ん~~やっぱり、
残っているのはあれだけかあ。でも、あれは……』
さすがの私も、あの話をするのにはちょっと勇気がいります。
それは、伯母さんに口外しないと約束したこともありますが、
これに刺激されて、お母さんが香織さん並のお仕置きを私に強制
しやしないか。そのことが何より心配でした。
『だけど、やっぱり聞いてみたい。……ええい、言っちゃえ』
悩んだあげく、(いっても5分ほどですが)私は素朴な疑問を
母にぶつけます。
私はミシンを踏む母の背に向かって、こう切り出したのです。
「ねえ、お母さん。お母さんは、僕をお仕置きするとき、僕に
『お仕置きをお願いします』って言ってほしい?」
「え、何のこと」
母の戸惑いは当然です。
ですから、結局は香織さんの家で起こったお仕置きの一部始終
を洗い浚い母親に話して聞かせることになったのでした。
「そう、そんなことがあったの。姉さんとこは旧家だし、香織
ちゃんは女の子だからね」
「旧家で女の子だと、お仕置きをお願いしますって言わなきゃ
いけないの?」
「そういうわけじゃないけど。お仕置きってやる方も辛いのよ。
だから相手の気持ちを慮って嘘でもお願いしますって言ってくれ
れば、やる方も少しは気が楽になるでしょう。そんな思いやりの
気持ちを持ってほしいからそうしてるんじゃなくて……」
「僕には絶対できないな。あんなこと」
「どうして?」
「だって恥ずかしいもの」
「それは香織ちゃんだって同じじゃなくって。だいたいお仕置
なんて恥ずかしいものよ。……それはそうと、あなたよくその場
に立ち会えたわね。香織ちゃんにしてみれば、その方がよっぽど
恥ずかしかったでしょうに」
「香織ちゃんには見つからなかった」
「見つからなかったってどういうこと」
「カーテンの陰から覗いてたから」
「いやだあ、それじゃあのぞき見してたの。だめじゃないの、
そんなことしちゃ。誰にも見つからなかった?」
「伯母さんには見つかっちゃった」
「じゃあ怒られたでしょう」
「べつに怒ったりしないよ。ただ、このことを白内に帰っても
誰にも言わないでねって」
「言わないでって、あなた、私にお話してるじゃない」
「だって、お母さんはいつも隠しごとはいけないって」
「それとこれとは話が別でしょう。関係ありませんよ。あなた、
いつからそんな簡単に約束を破る子になったの」
母の雲行きが怪しい。
これはやばいなと感じたのですが、あまりの急展開に私は心の
準備が間に合いませんでした。母はいきなり私の襟首をつかむと
……
「お座り」
と言って正座させます。
このあたり私の扱いは飼い犬のコロと同じでした。
「あなたは、自分のしていることが分ってるの。あなたは香織
ちゃんの恥ずかしい姿を覗き見したあげく伯母さんとの約束まで
破ってるのよ。お母さん、あなたがそんなにだらしのない子だと
は思わなかったわ。あなたのおしゃべりは生まれつきだけど……
この分じゃ、私が口止めしたことまでよそへ行ってしゃべってる
んでしょうね」
「えっ!?」
私は、すぐに「そんなことはないよ」と言いたかったのですが、
まったく身に覚えがないわけでもないので、すぐには言葉が出て
きません。すると、母はそれみたことかと言葉を続けるのでした。
「そう、やっぱり。ご近所で何かと、うちの噂がたつから変だ
変だと思ってたけど、原因はあなただったのね。そんな危ない子、
うちにおいとけないわね。……そうだ、あなた、景子伯母さんの
養子になりなさいな。あそこ男の子がほしいって言ってたから、
ちょうどいいわ。さっそく電話してあ げる」
母が立ち上がろうとしますから、私は慌ててしまいます。
「だめだよ」
「なにが駄目なの。今なら新学期が始まったばかりだし、丁度
いいじゃないの。もっとも、あんたみたいなぐうたら坊主が香織
ちゃんちに行ったら毎日お仕置きでしょうから、毎日おサルさん
みたいなお尻をして学校へ行くことになるでしょうね。きっと、
評判になるわよ。田舎から赤いお尻のお猿さんが来たって……」
「ぼくいやだよ。お母さんのところがいいもの」
私はこの時すでに半べそをかいていました。
九歳の少年にとって母親はまだまだ絶対的な存在だったのです。
「私はいいのよ。あなたみたいに、口だけ達者な男の子より、
もっとおしとやかな女の子を養女に迎えるから……そう、それが
いいわ。女の子なら台所仕事ぐらい手伝ってくれるでしょうから、
何もしないあなたより、よっぽどましだわね」
「だめ、電話しちゃ。伯母さんちなんか行きたくないだから。
お母さんの家にずっといるもん。お手伝いだってしてあげる」
「してあげる?…結構よ。女の子ならさせていただきますって
言ってやってくれるもの。だって、あなた、いやなんでしょう。
私がお仕置きするとき、『お願いします』って言うの」
「えっ……言えるよ。そのくらい」
「じゃあ言ってごらんなさいな」
「えっ……えっと、お仕置きをお願いします」
「もう二度と覗き見はしませんって言ってからでしょう」
「もう二度と覗き見はしません」
「お約束は守りますもいるのよ」
「お約束は守ります」
「もう一度言ってみようか。二度と覗き見はしません。お約束
は必ず守ります。よい子になる為にお仕置きをお願いしますって」
「えっ……そんな……」
もうすっかり母のペースです。ほんの少し口篭もっただけでも
……
「もう一度言ってごらん」
「えっ、…また言うの?」
「言いたくないのならいいわよ。伯母さんのところに電話して
あなたの荷物は明日にでも送ってしまいま すから」
「そんなあ、言うよ。二度と覗き見はしません。お約束は守り
ます。よい子になるためにお仕置きをお願いします」
「何だ、言えるじゃない」
お母さんは勝ち誇ったような笑顔です。
おまけに……
「……そうかあ、そうやってお願いされたんなら……やらない
わけにはいかないわね」
母はミシンの椅子に座り直すと膝を軽く叩いて私を待ちます。
「えっ!」
私は驚きましたが、もう諦めるしかありませんでした。
母の膝にうつぶせになるのはどのくらいぶりでしょうか。
以前は、身体が小さかったので、膝の上から見る光景が随分と
高く感じられましたが、今は手が床に着くくらい頭の位置が低く
なっています。ただ、火の出るほどの痛みだけは今でもはっきり
覚えていてその痛みの記憶が私の体をフリーザーにいれたお肉の
ようにこちこちにしていました。もう、半ズボンを脱がされても
何の反応も示しません。おそらくパンツまで脱がされたって何の
抵抗もしなかったでしょう。すべてはあの強烈な一撃を待ち構え
るために神経を集中していたのです。
「さあ、いくわよ。ようく噛み締めなさいね」
(パン)
スナップの効いた強烈な一撃が、私の小高い丘に命中します。
それは母が私を押さえつけていなければ部屋の隅まで飛ばされる
ほどの勢いでした。
伯母さんのように、始めはゆっくり軽くなんて母には通用しま
せん。始めから目一杯、それが母のやり方だったのです。
「いいこと、覗き見は悪いことなの。分ってる?」
(パン)
「分ってるの!」
(パン)
「ご返事は!?」
(パン)
「はい、わかりました」
「伯母さんとの約束を破るのはもっと悪いことなの」
(パン)
「分ってますか?」
(パン)
「はい」
「もう悪さはしませんか?」
(パン)
「はい、しません」
「本当に!?」
(パン)
「本当です」
「じゃあ、今度からお仕置きのときはお仕置きをお願いします
って言えるわね」
(パン)
「え」
「何がいったい「え」なの!」
(パン)
この一撃はそれまでにも増して強烈でした。
文字にすると、パンパンと書くだけで凄味が伝わらないと思い
ますが、なにしろ母は手加減というものを知らない人ですから、
一発一発がそれはそれは強烈だったんです。私はすでに荒い息を
ついていました。その息の根の奥からこう言うしかありませんで
した。
「言います。お仕置きお願いしますって言います」
「本当に?」
(パン)
「本当に約束します」
「約束するのね」
(パン)
「約束します」
ここまでくると母は満足したようでした。私を抱き上げ慎重に
自分の膝の上に乗せると、また何かされるんじゃないかと怯える
私の顔をタオルで丹念に拭いてから、おでことおでこを合わせ…
「これでお母さんのよい子が戻ってきた。もう、おいたしちゃ
だめよ」
物心ついた時から、最初のお仕置きの時から、これが我が家の
お仕置きの終わりを告げる儀式でした。
「これであなたも香織ちゃんと同じになったわけだ。ついでに、
おしまいも『お仕置きありがとうございました』って言わしちゃ
おうかなあ」
お母さんに悪戯っぽい笑顔でこう言われて、私は、ぽっと顔を
赤らめます。
「いいこと健ちゃん、あなたがどんなに背伸びをしても私から
見ればあなたはまだ赤ちゃんの方に近いの。だから、もっときつ
いノルマを課して、もっと厳しい折檻で締め上げることだって、
やろうと思えばできるのよ。だけど、お母さんそれは望まないわ。
健ちゃんが今日一日のことを全部洗い浚いお話してくれる時間を
奪いたくないもの。それは香織ちゃんのお母さんだって同じよ。
お腹を痛めた子の悲しむ姿を見て喜ぶ母親なんてどこにもいない
はずだもん。ただ香織ちゃんの処は旧家だから、そこの娘さんと
して身につけなけばならない素養が、うちなんかより沢山あって、
それで大変なだけなの。あなた、香織ちゃんがお仕置きしますよ
って、お母さんに言われたのに平気だったって言ったでしょう。
あれはね、香織ちゃん自身、お母さんの様子を見ていて怒ってる
なあって随分前から知っていたはずなの。すでに覚悟があったの
よ。女の子っていうのはね、そんなことにとっても敏感なのよ」
「だったら、やめればいいじゃないか」
「それができないの。『これ以上やったらお仕置きになるなあ』
ってとわかっていても、どうしても自分の心を押さえられない時
があるのよ」
「どうして」
「どうしてかしらね。……それも、きっと香織ちゃんが女の子
だからかな……」
「ふうん」
「だけど、その香織ちゃんもあなたに覗かれることまでは覚悟
していなかったはずだから、このことは香織ちゃんはもちろん、
お友だちにも親戚の人にも誰にも言っちゃだめよ。あなただって
お尻を叩かれてるところお友だちに見られたくないでしょう」
「分かった。もう誰にも言わない」
私はこの約束を三十年間守ってきましたが、もうそろそろいい
でしょう。
「ねえ、もうぼくを伯母さんの処へ養子に出したりしない」
「当たり前じゃないの。そんなこと最初から考えてないわよ。
今日はちょっとからかってみただけ。神様からいただいた大事な
あなたを誰にも渡すもんですか。ただ、私もお姉さんみたいに、
『お仕置きをお願いします』とか『お仕置きありがとうございま
した』なんて言わすことができるかなあと思って試してみたの。
……大成功だったわ。ありがとう、健ちゃん。まだまだあなたは
私のかわいい赤ちゃんよ」
まったくひどい話です。そんなことで私をはらはらさせたうえ
に一ダースもお尻をぶつんですから。
しかし、そんな酷い人のパジャマをしっかり握り締めてでない
と寝つかれないのですから、やはり私の方がよほど困ったちゃん
なのでしょう。
*************************
それから一ヶ月ほどたったある日、私は初夏の日差しを全身に
浴びてごろ寝していました。偶然、空いた時間をもてあますかの
ように畳の上を右にごろごろ左にごろごろ。その体と同じように
頭の中も、とりとめのない思いが浮かんでは消え、また浮かぶと
いうことの繰り返し。そんな時です。東京で起こった事件なども
ふと脳裏を掠めます。
それは忘れたい思い出でした。大人になった今なら、小学生が
お尻をぶたれているのは対岸の火事で面白いかもしれませんが、
当時の私には明日は我が身となりかねない恐怖の思い出なのです。
ところがそんな思い出も、この五月の陽光の中に身を置いている
と不思議に何だか別の要素を含んで脳裏を流れていくのです。
でも、それが何なのか幼い身にはわかりません。
切なく悲しく、それでいて、何かわくわくするようなこの感情。
それがわからないままに、私は芋虫を続けていました。
「!」
と、気づけば、かすかに濡れているではありませんか。
あわててパンツの中を確認すると、やはり……
「!」
「あれ?オシッコ漏らしちゃった。恥ずかしいなあ」
神経質な子は、病気になったんじゃないかと親に相談するそう
ですが、私はぐうたら坊主ですから、初めての射精も感想はそれ
だけでした。
そして、あの切なさを今一度味わいたくて、ふたたび、五月の
強い日差しに身を任せたのです。
夢想を続け芋虫を続け、しだいに夢路へと落ちていく心地よさ。
私の快楽はその後大いなる発展をとげますが、原点はここだった
ような気がするのです。
******************<了>****
99/ 3/07
ステファン卿の贈り物
<コメント>
私の作品の中では、わりとまともな方です。(*^_^*)
『何を基準にまともなんだ』って言われると困るんですが…
************************
ステファン卿の贈り物
K.Mikami
「ガチャン」
という音とともにガラスの灰皿が割れる。
私が安楽椅子に寝そべりながら薄目をあけて確認すると、犯人
はすでに床に膝まづいてその片付けにはいっていた。といっても
その手がてきぱきと仕事をしているようには見えない。
破片を摘む指の震えが罪の重さを感じさせ、ひきつる頬と噛み
合わない唇はこれから起こるであろう我が身の不幸を自らに問い
掛けているかのようだ。
おそらくはそうやって、自分の気持ちを高めているのだろう。
『お仕置きして欲しいのか……かわらんなあ、おまえは……』
ミー子が大型犬用の檻に入れられたまま、ここへ届けられて、
一年。この一風変わったところのある少女はその時と何も変って
いなかった。この家で最初に壊した灰皿も、彼女は同じ素振り、
同じ顔で拾い上げていたのだ。
スカート丈の短いなす紺のエプロンドレスに、首に巻かれた臙
脂のリボンが妙に似合っている。彼女のリボンは喉に付けた金の
鈴の首輪なのだ。
その鈴が私を気づかってかシャリン、シャリンと控えめな音を
たてているのがとても可愛い。思えば彼女とは不思議な縁なのだ。
****************************
1998年のクリスマス。私は、商談を終えて帰国するところ
だった。すると商談相手が、
「飛行機の中でクリスマスを祝うのも味気なかろう、一晩付き
合え」
と言うのである。
案内されたのはパリ郊外の瀟洒な屋敷、主人は男爵だという。
その時は仕事がまた一つ増えたと思うしかなかった。
が、中の様子は私の想像していたものとはまったく違っていた
のである。
乱交パーティーと言えば言い過ぎか。しかし、その表現もそう
遠くはない催しだったのだ。
館の主、ステファン卿は『O嬢の物語』のモデルになった人物
と聞かされたが、その時はすでに好々爺といった感じで……その
せいか、若いというより、むしろ幼い少女を身近にはべらせては
楽しんでいた。
そのうち、こうした催しにはつきもののショーが始まる。
例えば、『懺悔聴聞僧や教師に扮した客が、少女の素行の悪さ
や怠け癖をなじっては懲罰を加える』といった寸劇を大真面目で
やってみたり……『どの娘のお尻を、どれくらい裸にして、何発
くらい、どんな鞭でぶてるか』を籤で決めたりするのだ。
いずれもたわいのないことだが、それだけに場は盛り上がって
いた。
そんななか、こうした趣向には一切参加せず、先ほどからステ
ファン卿のそばにべったりと寄り添って離れない少女がいた。
『何もしないのに男爵の不興をかわないところをみると、老人
のお気にいりか。あの顔は日本人か?少なくとも東洋人だな』
私は少女の第一印象をそのように見ていた。しかしそんな彼女
もやがて芸をしなければならないはめになる。客たちがこぞって
少女の芸を求めたのだ。
彼女に課せられた課題は「マッチ売りの少女」だった。
これは少女がマッチを篭に入れて紳士たちの間を廻り、マッチ
を一つ買ってもらうたびに客たちからの無理難題に応じなければ
ならないというもの。
もとよりこういう席だから、求められることは破廉恥なことと
相場が決まっていたのである。
例えば……
「こう寒くては手がかじかんでマッチも擦れぬ。わしにはそん
な篭に入った冷たいマッチより、おまえのブラジャーやショーツ
の中でぬくぬくと暖まっているのをくれぬか」とか……
「聞けば、そのマッチを暗がりで擦ると美しい幻影が現われる
そうではないか。いったいどんな夢が見られるのか試してみたい
ものだ。……おう、そうだ。お前のスカートの中の暗がりを私に
貸してはくれぬか」などといったたぐいだ。
その紳士たちの無理難題に、少女はことごとく怯えてみせた。
実はその怯え、絶望の表情こそが彼女の芸だったのである。
もとよりドンファンで知られる男爵が、この少女に手を付けて
いないはずがない。しかし、哀願する少女の姿は、まがう方なき
生娘と見えるのだ。
『なるほど、これがあればこその男爵のお気にいりというわけ
か…』
私はそれまでこうした乱痴気騒ぎに興味がなかったが、彼女の
出現で不思議に参加したい気になった。きっとサディストの血が
騒いだのだろう。
「お嬢さん、私にも一つ売ってください」
私が日本語で話し掛けると、とたんに少女の表情が一変する。
それは、彼女がそれまで見せたことのない素直な驚き、不安の
表情だった。
慌てたようにして「はい」という答えが返ってくる。
異文化のこの地で東洋人が怪しげなことを密約しているなどと
勘繰られてもいけないから、日本語の会話はそれだけだったが、
今同じ日本人と知れたことで、彼女の表情にそれまでとは違った
色合が反映されるようになったのは確かだ。
私は要求する。
「最近、年のせいか手首が固くなってね、マッチを擦ろうにも
なかなか一回ではつかないんだよ。君、僕の手首が柔らかくなる
ように協力してくれないか……君のその柔らかなお尻で」
そう言ってまもなく少女の顔に戦慄が走る。それは他の紳士達
に見せたのとは異なる少女の素顔だった。おそらくは私が日本人
と知って、夢から現実へ引き戻された思いがしたのだろう。
少女は何も言わず男爵の元へと走り去ってしまう。ステファン
卿の背中に隠れ、恐々とこちらの様子を窺うさまはまるで幼女の
ようだ。
私はステファン卿の前で片膝をつくと、国王陛下に臣下の礼を
とる騎士のように、深々と頭をさげた。
もとより彼女は男爵のもの。私が少女を玉座の裏まで追い掛け
て行き、腕を引っ張って広間の中央へ連れ戻すことなどできよう
はずもないのである。
「その儀は許せ」
と男爵が一言のたまえば、それっきりだった。が、そこは遊び
慣れた粋人。
今度は本当に怯えているマッチ売りを私のもとへと帰してくれ
たのである。
椅子に腰を下ろした私は彼女のお尻がステファン卿の方を向く
ようにして少女を膝の上に抱く。そしてスカートを捲るについて
目で合図を送り、ショーツをずらすについても、同じようにして
男爵に承諾を求めたのだった。
…パン、………パン、………パン、………パン、………パン、
………パン、………パン、………パン、………パン、………パン
始めはゆっくり軽く。しかし少女の顔はすでに真っ赤で涙ぐん
でさえいる。
やがて…
パン、……パン、……パン、……パン、……パン、……パン、
…パン、…パン、…パン、…パン、…パン、…パン、…パン、…
少し間隔を狭く、強さも増してやると、声はまだ出ないものの、
可愛い双丘や小さな胸、お臍の下などが微妙に動き始めた。痛み
から逃げたいとする気持と自分の大事な処を観衆に覗き見された
くないという思いがぶつかって、この微妙な動きになっている。
……ぁ、……ぁ、……ぁあ、……あぁ、……ぁ、……ぁあ、…
ああ……ぁあ、……あぁ、……ぁ、……ぁあ、……ぁ、…ぁあ…
それは、あまりに小さくて、最初、耳をそばだてていなければ
聞こえないほどだったが、必死に自分の大事な処を守ろうとする
叫びも、少女ならば美しく。
心地よい音楽となって私を陶酔させるのだった。
パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、
間隔はさらに短くなって私も最後の仕上げ。スナップも、目一杯
きかせ始める。
しかし、こうなると体裁などかまってはいられない。先ほどの
羞恥心はどこへやら、足を激しく蹴り上げてはやみくもに許しを
乞い懺悔の言葉を口にするようになる。
「あ~あ、やめて、……もう許して……もうたくさんよ………
ごめんなさい」
最後の言葉はやはり日本語だった。
****************************
それから一ヵ月後、すでに帰国していた私の所へ思わぬプレゼ
ントが届く。
動物移送用の檻に入れられたその猫は、もうその時から臙脂の
リボンに金の鈴を喉に付けていたのだ。
ステファン卿からの手紙には「おまえに会って以来こいつが芸
をしなくなった。一年の猶予をやるからおまえの責任でまた芸が
できるよう調教しなおせ」
と書いてあったのだ。
その約束の一年がもう間近に迫っていた。
「ガシャン」
再び灰皿の割れる音がする。さっきよりむしろ大きな音。私に
起きてほしいと願う音だ。
「何だ、また壊したのか。おまえは、いったいいつになったら、
その粗相が治るんだ」
私は、さも今それに気が付いたかのようなふりをして、いつも
どおりの演技を始める。
パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、
「いやあ~いやあ~、ああ~、もうしないから。ごめんなさい。
もう許してよ~」
しかし、そのあとが今日は少しだけ違うのだ。私は、ミー子が
私の膝の上でお尻をさすり、胸の中で充分に泣いたのを確かめる
と、椅子の下から一つの包みを取り出した。
「何?、これ」
「制服だ。高校の…」
この時、ミー子の目が輝く。それは私を確信させた。やはり、
この子は高校に行きたいのだと…。そして、その確信が次の決断
へとつながる。
「おまえをステファン卿のもとへは帰さない」
「えっ!?」
「おまえはこれからも私の処で暮らすんだ。そして、来年四月
からは高校へも通ってもらう。いいな」
「…………私、…………」
ミー子はそれだけしか言わなかったが、それで充分だった。
「今のおまえの教養じゃ、私の話相手にもならんからな。……
それでいいだろう?」
「来年って?、明日から来年よ」
「あたりまえじゃないか」
私の言葉にミー子の顔は破顔一笑といった体だ。
「ミー子、来月から行きたい。一年生の三学期に編入させて…」
「無理を言うな。だいいちおまえの学力じゃついていけないよ」
「あっそうか。やっぱりね」
ミー子が突然また不安げになるので、
「大丈夫。これから四月までの間は、高校へ行っても困らない
ようにたっぷりしごいてやる。幸いおまえは頭からだけじゃなく
……」
チリン、チリン、「ああ~ん、いやだあ~、ゆるして~」チリン、
チリン、「ああ~ん、恥ずかしいよ~~、いやあ~~」チリン、
「お前は、ここからだって覚えられるんだからな、何も心配は
いらんよ」
首に付けた金の鈴が可愛く鳴って、ミー子は憧れの制服を抱い
たまま、私の膝に再びもたれ掛かる。
…パン…チリン…パン…「ああん」…パン…チリン「もう耐え
られない」…パン…チリン「ああん、だめだめ」…パン…チリン
「許してお願い」…パン
2000年代の幕開けを告げる除夜の鐘がかすかに部屋に流れ
込むなか、私はそれでも笑みの消えないミー子の真っ赤に熟れた
お尻を、笑顔でもう一度、しっかりと叩き始めるのだった。
******* <了> *****************
00/01/08
私の作品の中では、わりとまともな方です。(*^_^*)
『何を基準にまともなんだ』って言われると困るんですが…
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ステファン卿の贈り物
K.Mikami
「ガチャン」
という音とともにガラスの灰皿が割れる。
私が安楽椅子に寝そべりながら薄目をあけて確認すると、犯人
はすでに床に膝まづいてその片付けにはいっていた。といっても
その手がてきぱきと仕事をしているようには見えない。
破片を摘む指の震えが罪の重さを感じさせ、ひきつる頬と噛み
合わない唇はこれから起こるであろう我が身の不幸を自らに問い
掛けているかのようだ。
おそらくはそうやって、自分の気持ちを高めているのだろう。
『お仕置きして欲しいのか……かわらんなあ、おまえは……』
ミー子が大型犬用の檻に入れられたまま、ここへ届けられて、
一年。この一風変わったところのある少女はその時と何も変って
いなかった。この家で最初に壊した灰皿も、彼女は同じ素振り、
同じ顔で拾い上げていたのだ。
スカート丈の短いなす紺のエプロンドレスに、首に巻かれた臙
脂のリボンが妙に似合っている。彼女のリボンは喉に付けた金の
鈴の首輪なのだ。
その鈴が私を気づかってかシャリン、シャリンと控えめな音を
たてているのがとても可愛い。思えば彼女とは不思議な縁なのだ。
****************************
1998年のクリスマス。私は、商談を終えて帰国するところ
だった。すると商談相手が、
「飛行機の中でクリスマスを祝うのも味気なかろう、一晩付き
合え」
と言うのである。
案内されたのはパリ郊外の瀟洒な屋敷、主人は男爵だという。
その時は仕事がまた一つ増えたと思うしかなかった。
が、中の様子は私の想像していたものとはまったく違っていた
のである。
乱交パーティーと言えば言い過ぎか。しかし、その表現もそう
遠くはない催しだったのだ。
館の主、ステファン卿は『O嬢の物語』のモデルになった人物
と聞かされたが、その時はすでに好々爺といった感じで……その
せいか、若いというより、むしろ幼い少女を身近にはべらせては
楽しんでいた。
そのうち、こうした催しにはつきもののショーが始まる。
例えば、『懺悔聴聞僧や教師に扮した客が、少女の素行の悪さ
や怠け癖をなじっては懲罰を加える』といった寸劇を大真面目で
やってみたり……『どの娘のお尻を、どれくらい裸にして、何発
くらい、どんな鞭でぶてるか』を籤で決めたりするのだ。
いずれもたわいのないことだが、それだけに場は盛り上がって
いた。
そんななか、こうした趣向には一切参加せず、先ほどからステ
ファン卿のそばにべったりと寄り添って離れない少女がいた。
『何もしないのに男爵の不興をかわないところをみると、老人
のお気にいりか。あの顔は日本人か?少なくとも東洋人だな』
私は少女の第一印象をそのように見ていた。しかしそんな彼女
もやがて芸をしなければならないはめになる。客たちがこぞって
少女の芸を求めたのだ。
彼女に課せられた課題は「マッチ売りの少女」だった。
これは少女がマッチを篭に入れて紳士たちの間を廻り、マッチ
を一つ買ってもらうたびに客たちからの無理難題に応じなければ
ならないというもの。
もとよりこういう席だから、求められることは破廉恥なことと
相場が決まっていたのである。
例えば……
「こう寒くては手がかじかんでマッチも擦れぬ。わしにはそん
な篭に入った冷たいマッチより、おまえのブラジャーやショーツ
の中でぬくぬくと暖まっているのをくれぬか」とか……
「聞けば、そのマッチを暗がりで擦ると美しい幻影が現われる
そうではないか。いったいどんな夢が見られるのか試してみたい
ものだ。……おう、そうだ。お前のスカートの中の暗がりを私に
貸してはくれぬか」などといったたぐいだ。
その紳士たちの無理難題に、少女はことごとく怯えてみせた。
実はその怯え、絶望の表情こそが彼女の芸だったのである。
もとよりドンファンで知られる男爵が、この少女に手を付けて
いないはずがない。しかし、哀願する少女の姿は、まがう方なき
生娘と見えるのだ。
『なるほど、これがあればこその男爵のお気にいりというわけ
か…』
私はそれまでこうした乱痴気騒ぎに興味がなかったが、彼女の
出現で不思議に参加したい気になった。きっとサディストの血が
騒いだのだろう。
「お嬢さん、私にも一つ売ってください」
私が日本語で話し掛けると、とたんに少女の表情が一変する。
それは、彼女がそれまで見せたことのない素直な驚き、不安の
表情だった。
慌てたようにして「はい」という答えが返ってくる。
異文化のこの地で東洋人が怪しげなことを密約しているなどと
勘繰られてもいけないから、日本語の会話はそれだけだったが、
今同じ日本人と知れたことで、彼女の表情にそれまでとは違った
色合が反映されるようになったのは確かだ。
私は要求する。
「最近、年のせいか手首が固くなってね、マッチを擦ろうにも
なかなか一回ではつかないんだよ。君、僕の手首が柔らかくなる
ように協力してくれないか……君のその柔らかなお尻で」
そう言ってまもなく少女の顔に戦慄が走る。それは他の紳士達
に見せたのとは異なる少女の素顔だった。おそらくは私が日本人
と知って、夢から現実へ引き戻された思いがしたのだろう。
少女は何も言わず男爵の元へと走り去ってしまう。ステファン
卿の背中に隠れ、恐々とこちらの様子を窺うさまはまるで幼女の
ようだ。
私はステファン卿の前で片膝をつくと、国王陛下に臣下の礼を
とる騎士のように、深々と頭をさげた。
もとより彼女は男爵のもの。私が少女を玉座の裏まで追い掛け
て行き、腕を引っ張って広間の中央へ連れ戻すことなどできよう
はずもないのである。
「その儀は許せ」
と男爵が一言のたまえば、それっきりだった。が、そこは遊び
慣れた粋人。
今度は本当に怯えているマッチ売りを私のもとへと帰してくれ
たのである。
椅子に腰を下ろした私は彼女のお尻がステファン卿の方を向く
ようにして少女を膝の上に抱く。そしてスカートを捲るについて
目で合図を送り、ショーツをずらすについても、同じようにして
男爵に承諾を求めたのだった。
…パン、………パン、………パン、………パン、………パン、
………パン、………パン、………パン、………パン、………パン
始めはゆっくり軽く。しかし少女の顔はすでに真っ赤で涙ぐん
でさえいる。
やがて…
パン、……パン、……パン、……パン、……パン、……パン、
…パン、…パン、…パン、…パン、…パン、…パン、…パン、…
少し間隔を狭く、強さも増してやると、声はまだ出ないものの、
可愛い双丘や小さな胸、お臍の下などが微妙に動き始めた。痛み
から逃げたいとする気持と自分の大事な処を観衆に覗き見された
くないという思いがぶつかって、この微妙な動きになっている。
……ぁ、……ぁ、……ぁあ、……あぁ、……ぁ、……ぁあ、…
ああ……ぁあ、……あぁ、……ぁ、……ぁあ、……ぁ、…ぁあ…
それは、あまりに小さくて、最初、耳をそばだてていなければ
聞こえないほどだったが、必死に自分の大事な処を守ろうとする
叫びも、少女ならば美しく。
心地よい音楽となって私を陶酔させるのだった。
パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、
間隔はさらに短くなって私も最後の仕上げ。スナップも、目一杯
きかせ始める。
しかし、こうなると体裁などかまってはいられない。先ほどの
羞恥心はどこへやら、足を激しく蹴り上げてはやみくもに許しを
乞い懺悔の言葉を口にするようになる。
「あ~あ、やめて、……もう許して……もうたくさんよ………
ごめんなさい」
最後の言葉はやはり日本語だった。
****************************
それから一ヵ月後、すでに帰国していた私の所へ思わぬプレゼ
ントが届く。
動物移送用の檻に入れられたその猫は、もうその時から臙脂の
リボンに金の鈴を喉に付けていたのだ。
ステファン卿からの手紙には「おまえに会って以来こいつが芸
をしなくなった。一年の猶予をやるからおまえの責任でまた芸が
できるよう調教しなおせ」
と書いてあったのだ。
その約束の一年がもう間近に迫っていた。
「ガシャン」
再び灰皿の割れる音がする。さっきよりむしろ大きな音。私に
起きてほしいと願う音だ。
「何だ、また壊したのか。おまえは、いったいいつになったら、
その粗相が治るんだ」
私は、さも今それに気が付いたかのようなふりをして、いつも
どおりの演技を始める。
パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、
「いやあ~いやあ~、ああ~、もうしないから。ごめんなさい。
もう許してよ~」
しかし、そのあとが今日は少しだけ違うのだ。私は、ミー子が
私の膝の上でお尻をさすり、胸の中で充分に泣いたのを確かめる
と、椅子の下から一つの包みを取り出した。
「何?、これ」
「制服だ。高校の…」
この時、ミー子の目が輝く。それは私を確信させた。やはり、
この子は高校に行きたいのだと…。そして、その確信が次の決断
へとつながる。
「おまえをステファン卿のもとへは帰さない」
「えっ!?」
「おまえはこれからも私の処で暮らすんだ。そして、来年四月
からは高校へも通ってもらう。いいな」
「…………私、…………」
ミー子はそれだけしか言わなかったが、それで充分だった。
「今のおまえの教養じゃ、私の話相手にもならんからな。……
それでいいだろう?」
「来年って?、明日から来年よ」
「あたりまえじゃないか」
私の言葉にミー子の顔は破顔一笑といった体だ。
「ミー子、来月から行きたい。一年生の三学期に編入させて…」
「無理を言うな。だいいちおまえの学力じゃついていけないよ」
「あっそうか。やっぱりね」
ミー子が突然また不安げになるので、
「大丈夫。これから四月までの間は、高校へ行っても困らない
ようにたっぷりしごいてやる。幸いおまえは頭からだけじゃなく
……」
チリン、チリン、「ああ~ん、いやだあ~、ゆるして~」チリン、
チリン、「ああ~ん、恥ずかしいよ~~、いやあ~~」チリン、
「お前は、ここからだって覚えられるんだからな、何も心配は
いらんよ」
首に付けた金の鈴が可愛く鳴って、ミー子は憧れの制服を抱い
たまま、私の膝に再びもたれ掛かる。
…パン…チリン…パン…「ああん」…パン…チリン「もう耐え
られない」…パン…チリン「ああん、だめだめ」…パン…チリン
「許してお願い」…パン
2000年代の幕開けを告げる除夜の鐘がかすかに部屋に流れ
込むなか、私はそれでも笑みの消えないミー子の真っ赤に熟れた
お尻を、笑顔でもう一度、しっかりと叩き始めるのだった。
******* <了> *****************
00/01/08
乙女の祈り
<ご注意>
『乙女の祈り』なんて題がついてますけど、中身は男の妄想
です。女性にはちょっと……(^^ゞ
ただ、私の作品なんで、どのみち深刻な内容ではありません。
************************
乙女の祈り
K.Mikami
広い森の奥にそこだけ開けて小さな女学校があります。普段は
とても静かな場所ですが、今日だけは少し事情が違うようです。
「カラン、カラン、カラン」
放課後のチャイムが鳴り響いた直後、何処からともなくヘリコ
プターの音が……
「バタバタバタバタバタバタ」
それは森中に木精してやがて轟音とともに降りてきます。
「さあ、早く乗って。いいこと、緊急事態ですけどね、あなたへ
のレッスンはまだ終わっていませんからね」
激しい突風の中をシスターが少女のお尻を押し上げてヘリコプ
ターへ乗せます。
本当なら、今さっきまで先生にぶたれていたお尻が「痛い!」
って悲鳴を上げるところですが、文字通りの緊急事態。少女も、
そんなこと言っていられませんでした。
「病院に着いたら学校に電話しなさいね」
シスターは一人の少女を送り出しました。
「バタバタバタバタバタバタ」
一段と大きな音を残してヘリコプターが飛び立ちます。
急病人でしょうか。
実際、この学校にヘリコプターが飛んで来るのはそんな時しか
ありません。
急患は確かにでていました。
でも、それはこの少女ではなく、彼女の母親だったのです。
『神様、どうかお母さんをお守りください』
彼女は『ティンカーベル』と名付けた妖精の人形をしっかりと
握り締めると、さっきから、ずっと同じことを呟いています。
『彼女の母親が飛行機事故で病院に運ばれた』という第一報が
学校に届いたのが今から三十分前。それに対し、学園長の英断で
ヘリコプターが呼ばれたのがその十五分後でした。
ところがところが、そのさらに十五分後……
偶然とは恐ろしいものです。
今度は少女を乗せたそのヘリコプターまでもが……
「おい、どうした。操縦桿がきかないぞ」
少女にとっての唯一の救いは、墜落すると分かってから実際に
そうなるまでの時間がパイロットより短かったことでしょうか。
ショックを受ける時間がそれだけ短いわけですから。
「わあ~~~」
パイロットの絶叫を残して、ヘリコプターは森の中へ。
****************************
「大丈夫、アリサ。起きて、ねえ起きて」
少女アリサを起こしたのは彼女が最後まで胸に抱いていた人形
のティンカーベルでした。
「…………………」
見るとそこはくすんだ黄色い世界。
ごつごつした岩肌だけでなく、空も、川もすべてが黄色い世界
だったのです。
「ねえ、ここはどこ?…天国なの?…それとも……」
「どちらでもないわ。ここは黄泉の国よ」
ティンカーベルが答えます。
『これは夢だわ。きっとそうよ』
彼女は心の奥底でそう悟りました。けれど、その夢は容易には
覚めてくれません。
彼女がどんなに、『こんなの夢だ。目を覚まそう』と思っても
夢の世界のままなのです。
『どうして覚めないのよう!』
アリサに言い知れぬ不安が募ります。
そして、ふと思いついたのです。
「ねえ、ティンカーベル。あなた、お母さんのこと知らない。
ひょっとしたら、お母さんもここに来てるかも…」
ティンカーベルに尋ねますが、彼女は首を横に振るだけでした。
でも、そのうち思い出したように……
「そうだわ、大王様ならひょっとして知ってるかもしれないわ。
「大王様?」
「そうよ、ここの主なの。……こっちへ来て」
ティンカーベルはアリサの手を引くと、大きな岩山へとたどり
着きます。
「大王様、お願いがあります」
ティンカーベルが大きな声を張り上げて、大きな岩にむかって
叫びますと…
「どう~れ」
地響きとともに地面が揺れ、岩だとばかり思っていた地面は、
身の丈十米もあろうかという大男でした。
「何の用じゃ」
胡坐をかいた大男はその顔だけでもアリサの十人分はありそう
でした。
「大王様、私の親友のお母さんを探して欲しいのです。この子
の母親が、今日、飛行機事故にあったみたいなんです。ひょっと
したらここに迷い込んでないかと思って……」
「この子とは誰のことじゃ。わしは目が見えぬからな。この子
じゃわからんよ。……その子に言え。裸になるようにとな」
「え!」
アリサは驚きます。でも、拒否はできませんでした。
ティンカーベルはもっと積極的です。
「さあ、早くして。他に方法がないのよ」
アリサが迷っていると……
「嫌ならよいのだぞ。無理にとは言わん」
大王様がへそを曲げてまた寝っ転がろうとしますからティンカ
ーベルは慌てます。
「え~い面倒だわ。アリサ目をつぶって」
ティンカーベルの方が先に決断して……
「いやあ~ん」
妖精は自慢の杖でアリサの服を全部脱がせてしまいました。
それだけではありません。
アリサを膝まづかせると、両手を後ろ手にして身体が動かない
ようにしたのです。おかげで、
「いやあ、やめて……何するのよ」
膝まづいているアリサの前面は最近肉付のよくなった太股から
萌え始めたばかりの下草を戴く三角デルタ、キュートなお臍やA
カップの胸、可愛いらしいピンクの乳頭に至まで、そのすべてが
大王様と直接向き合ったのでした。
『いやいや、お願い。夢から早く覚めて…殺されちゃうわ』
アリサは、友人との約束を守って目を閉じていましたが、今と
なっては、目を開けようにも恐くて開けられないというのが真実
だったのです。
やがてその恐怖は、すぐに実感をもって訪れます。
「ギャアー」
アリサは何にでも悲鳴を上げる子ではありませんが、やはり、
これは特別でした。
何と、大王様がその巨大な舌でアリサの前面を太股から額まで
ぺろりと一舐めにしたのです。
ざらざらとした巨大な舌はアリサの足の指先から頭の天辺まで、
全身くまなく高圧電流を通しました。
「死ぬ~~~~~~~~~~(でも……気持が……いいの)」
アリサはショックのあまり、全身が硬直して身動きできません。
ですから、ティンカーベルが代わりに大王様と交渉します。
「なに、黄泉の国に来ている母親を現世へ戻してくれだと……
しかし、それは規則違反じゃ」
大王様がしばし考え込みますから、ティンカーベルはもう一度
アリサを膝まづかせ両手を頭の後ろで固定します。
再び……
「ギャアー~~~~~~(わあ~~~漏らしちゃってる。でも、
何て気持がいいの。とろけてしまいそうよ。もう一度やって~)」
アリサはすでに腑抜けになっていましたが交渉事は進展します。
「う~ん、わざわざ二人して黄泉の国まで来たのだからな……
助けてやらんでもない」
大王様はその大きな舌の上にアリサの股間を乗っけて身体ごと
高々と持ち上げると、その舌を滑り台にして何度も何度も滑らせ
ます。
そうやって、十二分に楽しんでから……
二人に一台のタイムマシンを貸してくれる事になったのでした。
そして……
「これに乗って過去へ行き、おまえの母親が二十年前のこの日
に犯した罪を償えば許されるであろう」
と言ってくれたのでした。
「ありがとうございます。大王様」
繭玉の形をした乳白色の機体はあっという間に過去の世界へ。
やがて雲の切れ間に現れたのは二十年前の聖愛学園でした。
「カラン、カラン、カラン、カラン」
学園の鐘が鳴るなか、遠くで聞き覚えのある声がします。
「待って~」
発車寸前のスクールバスに恥も外聞もなくお尻をさすりながら
駆け寄る少女。
見ると、それは若き日のアリサの母、ケイトでした。
『やだ、あれ、ママよ。今日は、終業式じゃないの。どうりで
下校時間が早いと思ったわ』
未来の娘が空の上から眺めているとも知らず、ケイトは、家の
近くで男の子が近寄ってきて声をかけると、そのまま何処へとも
なく行ってしまいます。
すると…
「何よこれ」
気が付けば、アリサは母の制服を着て、自宅玄関に立っていま
した。
「いやよティンカーベル。こんなの」
アリサはお空のティンカーベルに向かって叫びましたが……
「仕方ないでしょう。やらなければ、あなたのお母様は助から
ないのよ」
この時、ティンカーベルの声は天の声でした。
でも、自分も母と同じ聖愛学園の生徒。これから何が起こるか、
もう分かってしまったのです。
****************************
「お帰りケイト。何ぶつぶつ言ってるの」
玄関の物音に気付いて母が…といっても、アリサにしてみれば
それは祖母なのですが…顔を出します。
「さあ、シャワーを浴びておいで」
制服を私服に着替えて居間に戻るとそこには紅茶とクッキーが
用意されていました。
居間で一息ついたあと、母は少し引き締まった顔になって娘に
こう言います。
「今日は終業式ね。覚悟はできたかしら」
「…………」
こう問われたって、いきなりの身代わりですからね。答えよう
がありませんけど……母は勝手に結論を出します。
「そう、それでは、そろそろお父さまの処へ、ご挨拶に行かな
ければならないわね」
『いよいよだわ』
アリサの顔から見る見る血の気が失せていきます。
でも、聖愛学園に通う少女たちにとって、これは逃れられない
運命でした。
終業式の日、通知表をお父様に見せて、裁断をいただく。
もちろん、成績がよければ問題ありませんが、悪い時はお仕置
です。普段はやさしいお父様もこの日ばかりは許してくれません
でした。
『こんな大事な日に、男の子ととんずらだなんて……』
アリサは開いた口が塞がらない思いでしたが、今さら、それを
言っても仕方がありません。
腹をくくるしかありませんでした。
母に連れられてやってきた父の部屋は西日のさす離れ。
大学教授の彼は、山のような蔵書とうずたかく積み上げられた
煙草の吸い殻に囲まれて一日中ここで暮らすことも珍しくありま
せんでした。
ですから、部屋の中に一歩足を踏み入れると煙草の煙が西日に
当たり父の姿さえ霞んで見える有様です。
「お父さま、ただいま帰りました」
父は、娘が傍らに正座して挨拶するまで仕事を続けています。
「おう、帰ったのか。今学期は楽しかったか?……どうした?
……その顔では満足いかなかったみたいだな。とにかく、通知表
を出しなさい」
言われるままにアリサはそれを提出しますが、その結果に父が
満足しないのは目に見えています。満足するような成績なら何も
母が自宅前から逃げ出す必要はないのですから。
『何よ。あなたみたいに悪い成績を私は一度も取ったことない
ですって……でたらめもいいとこじゃないの』
アリサは心の中でぼやきました。そんな娘の、いえ孫の気持ち
をよそに、彼は学校からの報告を顔色一つ変えずに一読します。
「ケイト。まずは、お前が逃げ出しもせず、ここにいる勇気を
まずは誉めてあげよう」
「ありがとうございます」
「……しかしだ、これを見過ごす事は、できないよ」
読み終えた父は椅子に座ったままで、その膝を軽く叩きます。
もう、あとはお定まりの光景でした。
最初は軽く「パン、パン、パン」という小気味よい音の合間に
お小言が入ります。
でも、時間が経つにつれ……
「いやあ、やめて。御免なさい。良い子になります」
という叫び声が部屋中、いえ、屋敷じゅうに木精します。
****************************
もう耐えられないと思った直後、アリサは病院のベッドで目を
覚まします。
お医者さんや看護婦さん、お父さんやシスター、それに、隣の
ベッドではお母さんも笑っています。
「お母さん!!生きてたの」
そう、二人とも別の飛行機事故で、しかも、二人とも奇跡的に
助かったのでした。
ただし、放課後受けたお尻への鞭の痛みはまだ残っていました
が……
******************** <了>*****
99/08/03
『乙女の祈り』なんて題がついてますけど、中身は男の妄想
です。女性にはちょっと……(^^ゞ
ただ、私の作品なんで、どのみち深刻な内容ではありません。
************************
乙女の祈り
K.Mikami
広い森の奥にそこだけ開けて小さな女学校があります。普段は
とても静かな場所ですが、今日だけは少し事情が違うようです。
「カラン、カラン、カラン」
放課後のチャイムが鳴り響いた直後、何処からともなくヘリコ
プターの音が……
「バタバタバタバタバタバタ」
それは森中に木精してやがて轟音とともに降りてきます。
「さあ、早く乗って。いいこと、緊急事態ですけどね、あなたへ
のレッスンはまだ終わっていませんからね」
激しい突風の中をシスターが少女のお尻を押し上げてヘリコプ
ターへ乗せます。
本当なら、今さっきまで先生にぶたれていたお尻が「痛い!」
って悲鳴を上げるところですが、文字通りの緊急事態。少女も、
そんなこと言っていられませんでした。
「病院に着いたら学校に電話しなさいね」
シスターは一人の少女を送り出しました。
「バタバタバタバタバタバタ」
一段と大きな音を残してヘリコプターが飛び立ちます。
急病人でしょうか。
実際、この学校にヘリコプターが飛んで来るのはそんな時しか
ありません。
急患は確かにでていました。
でも、それはこの少女ではなく、彼女の母親だったのです。
『神様、どうかお母さんをお守りください』
彼女は『ティンカーベル』と名付けた妖精の人形をしっかりと
握り締めると、さっきから、ずっと同じことを呟いています。
『彼女の母親が飛行機事故で病院に運ばれた』という第一報が
学校に届いたのが今から三十分前。それに対し、学園長の英断で
ヘリコプターが呼ばれたのがその十五分後でした。
ところがところが、そのさらに十五分後……
偶然とは恐ろしいものです。
今度は少女を乗せたそのヘリコプターまでもが……
「おい、どうした。操縦桿がきかないぞ」
少女にとっての唯一の救いは、墜落すると分かってから実際に
そうなるまでの時間がパイロットより短かったことでしょうか。
ショックを受ける時間がそれだけ短いわけですから。
「わあ~~~」
パイロットの絶叫を残して、ヘリコプターは森の中へ。
****************************
「大丈夫、アリサ。起きて、ねえ起きて」
少女アリサを起こしたのは彼女が最後まで胸に抱いていた人形
のティンカーベルでした。
「…………………」
見るとそこはくすんだ黄色い世界。
ごつごつした岩肌だけでなく、空も、川もすべてが黄色い世界
だったのです。
「ねえ、ここはどこ?…天国なの?…それとも……」
「どちらでもないわ。ここは黄泉の国よ」
ティンカーベルが答えます。
『これは夢だわ。きっとそうよ』
彼女は心の奥底でそう悟りました。けれど、その夢は容易には
覚めてくれません。
彼女がどんなに、『こんなの夢だ。目を覚まそう』と思っても
夢の世界のままなのです。
『どうして覚めないのよう!』
アリサに言い知れぬ不安が募ります。
そして、ふと思いついたのです。
「ねえ、ティンカーベル。あなた、お母さんのこと知らない。
ひょっとしたら、お母さんもここに来てるかも…」
ティンカーベルに尋ねますが、彼女は首を横に振るだけでした。
でも、そのうち思い出したように……
「そうだわ、大王様ならひょっとして知ってるかもしれないわ。
「大王様?」
「そうよ、ここの主なの。……こっちへ来て」
ティンカーベルはアリサの手を引くと、大きな岩山へとたどり
着きます。
「大王様、お願いがあります」
ティンカーベルが大きな声を張り上げて、大きな岩にむかって
叫びますと…
「どう~れ」
地響きとともに地面が揺れ、岩だとばかり思っていた地面は、
身の丈十米もあろうかという大男でした。
「何の用じゃ」
胡坐をかいた大男はその顔だけでもアリサの十人分はありそう
でした。
「大王様、私の親友のお母さんを探して欲しいのです。この子
の母親が、今日、飛行機事故にあったみたいなんです。ひょっと
したらここに迷い込んでないかと思って……」
「この子とは誰のことじゃ。わしは目が見えぬからな。この子
じゃわからんよ。……その子に言え。裸になるようにとな」
「え!」
アリサは驚きます。でも、拒否はできませんでした。
ティンカーベルはもっと積極的です。
「さあ、早くして。他に方法がないのよ」
アリサが迷っていると……
「嫌ならよいのだぞ。無理にとは言わん」
大王様がへそを曲げてまた寝っ転がろうとしますからティンカ
ーベルは慌てます。
「え~い面倒だわ。アリサ目をつぶって」
ティンカーベルの方が先に決断して……
「いやあ~ん」
妖精は自慢の杖でアリサの服を全部脱がせてしまいました。
それだけではありません。
アリサを膝まづかせると、両手を後ろ手にして身体が動かない
ようにしたのです。おかげで、
「いやあ、やめて……何するのよ」
膝まづいているアリサの前面は最近肉付のよくなった太股から
萌え始めたばかりの下草を戴く三角デルタ、キュートなお臍やA
カップの胸、可愛いらしいピンクの乳頭に至まで、そのすべてが
大王様と直接向き合ったのでした。
『いやいや、お願い。夢から早く覚めて…殺されちゃうわ』
アリサは、友人との約束を守って目を閉じていましたが、今と
なっては、目を開けようにも恐くて開けられないというのが真実
だったのです。
やがてその恐怖は、すぐに実感をもって訪れます。
「ギャアー」
アリサは何にでも悲鳴を上げる子ではありませんが、やはり、
これは特別でした。
何と、大王様がその巨大な舌でアリサの前面を太股から額まで
ぺろりと一舐めにしたのです。
ざらざらとした巨大な舌はアリサの足の指先から頭の天辺まで、
全身くまなく高圧電流を通しました。
「死ぬ~~~~~~~~~~(でも……気持が……いいの)」
アリサはショックのあまり、全身が硬直して身動きできません。
ですから、ティンカーベルが代わりに大王様と交渉します。
「なに、黄泉の国に来ている母親を現世へ戻してくれだと……
しかし、それは規則違反じゃ」
大王様がしばし考え込みますから、ティンカーベルはもう一度
アリサを膝まづかせ両手を頭の後ろで固定します。
再び……
「ギャアー~~~~~~(わあ~~~漏らしちゃってる。でも、
何て気持がいいの。とろけてしまいそうよ。もう一度やって~)」
アリサはすでに腑抜けになっていましたが交渉事は進展します。
「う~ん、わざわざ二人して黄泉の国まで来たのだからな……
助けてやらんでもない」
大王様はその大きな舌の上にアリサの股間を乗っけて身体ごと
高々と持ち上げると、その舌を滑り台にして何度も何度も滑らせ
ます。
そうやって、十二分に楽しんでから……
二人に一台のタイムマシンを貸してくれる事になったのでした。
そして……
「これに乗って過去へ行き、おまえの母親が二十年前のこの日
に犯した罪を償えば許されるであろう」
と言ってくれたのでした。
「ありがとうございます。大王様」
繭玉の形をした乳白色の機体はあっという間に過去の世界へ。
やがて雲の切れ間に現れたのは二十年前の聖愛学園でした。
「カラン、カラン、カラン、カラン」
学園の鐘が鳴るなか、遠くで聞き覚えのある声がします。
「待って~」
発車寸前のスクールバスに恥も外聞もなくお尻をさすりながら
駆け寄る少女。
見ると、それは若き日のアリサの母、ケイトでした。
『やだ、あれ、ママよ。今日は、終業式じゃないの。どうりで
下校時間が早いと思ったわ』
未来の娘が空の上から眺めているとも知らず、ケイトは、家の
近くで男の子が近寄ってきて声をかけると、そのまま何処へとも
なく行ってしまいます。
すると…
「何よこれ」
気が付けば、アリサは母の制服を着て、自宅玄関に立っていま
した。
「いやよティンカーベル。こんなの」
アリサはお空のティンカーベルに向かって叫びましたが……
「仕方ないでしょう。やらなければ、あなたのお母様は助から
ないのよ」
この時、ティンカーベルの声は天の声でした。
でも、自分も母と同じ聖愛学園の生徒。これから何が起こるか、
もう分かってしまったのです。
****************************
「お帰りケイト。何ぶつぶつ言ってるの」
玄関の物音に気付いて母が…といっても、アリサにしてみれば
それは祖母なのですが…顔を出します。
「さあ、シャワーを浴びておいで」
制服を私服に着替えて居間に戻るとそこには紅茶とクッキーが
用意されていました。
居間で一息ついたあと、母は少し引き締まった顔になって娘に
こう言います。
「今日は終業式ね。覚悟はできたかしら」
「…………」
こう問われたって、いきなりの身代わりですからね。答えよう
がありませんけど……母は勝手に結論を出します。
「そう、それでは、そろそろお父さまの処へ、ご挨拶に行かな
ければならないわね」
『いよいよだわ』
アリサの顔から見る見る血の気が失せていきます。
でも、聖愛学園に通う少女たちにとって、これは逃れられない
運命でした。
終業式の日、通知表をお父様に見せて、裁断をいただく。
もちろん、成績がよければ問題ありませんが、悪い時はお仕置
です。普段はやさしいお父様もこの日ばかりは許してくれません
でした。
『こんな大事な日に、男の子ととんずらだなんて……』
アリサは開いた口が塞がらない思いでしたが、今さら、それを
言っても仕方がありません。
腹をくくるしかありませんでした。
母に連れられてやってきた父の部屋は西日のさす離れ。
大学教授の彼は、山のような蔵書とうずたかく積み上げられた
煙草の吸い殻に囲まれて一日中ここで暮らすことも珍しくありま
せんでした。
ですから、部屋の中に一歩足を踏み入れると煙草の煙が西日に
当たり父の姿さえ霞んで見える有様です。
「お父さま、ただいま帰りました」
父は、娘が傍らに正座して挨拶するまで仕事を続けています。
「おう、帰ったのか。今学期は楽しかったか?……どうした?
……その顔では満足いかなかったみたいだな。とにかく、通知表
を出しなさい」
言われるままにアリサはそれを提出しますが、その結果に父が
満足しないのは目に見えています。満足するような成績なら何も
母が自宅前から逃げ出す必要はないのですから。
『何よ。あなたみたいに悪い成績を私は一度も取ったことない
ですって……でたらめもいいとこじゃないの』
アリサは心の中でぼやきました。そんな娘の、いえ孫の気持ち
をよそに、彼は学校からの報告を顔色一つ変えずに一読します。
「ケイト。まずは、お前が逃げ出しもせず、ここにいる勇気を
まずは誉めてあげよう」
「ありがとうございます」
「……しかしだ、これを見過ごす事は、できないよ」
読み終えた父は椅子に座ったままで、その膝を軽く叩きます。
もう、あとはお定まりの光景でした。
最初は軽く「パン、パン、パン」という小気味よい音の合間に
お小言が入ります。
でも、時間が経つにつれ……
「いやあ、やめて。御免なさい。良い子になります」
という叫び声が部屋中、いえ、屋敷じゅうに木精します。
****************************
もう耐えられないと思った直後、アリサは病院のベッドで目を
覚まします。
お医者さんや看護婦さん、お父さんやシスター、それに、隣の
ベッドではお母さんも笑っています。
「お母さん!!生きてたの」
そう、二人とも別の飛行機事故で、しかも、二人とも奇跡的に
助かったのでした。
ただし、放課後受けたお尻への鞭の痛みはまだ残っていました
が……
******************** <了>*****
99/08/03
夏のタイムマシン
K .Mikami
期末試験が終わった日の放課後、校門の脇に型式の古いサニー
が止まっていました。
『どこかで見たことのあるような』と思っていると……
「お嬢様、お帰りですか」
窓が開いて顔を出したのは父でした。父はさっそく私を乗せて
ドライブに出発します。
どういう風の吹きまわしかと思い、
「どこへ行くの」
と尋ねてみましたが、それには答えません。
ただ…
「久しぶりにタイムマシンに乗ってみたくなってね」
と、ぽつり独言のように呟きます。
普段は車庫に眠っているこのポンコツのどこがタイムマシンだ
というのでしょうか。
怪訝な顔の私に、次はちょっと複雑な質問でした。
「おまえ、今でも生まれた家が見たいか?」
実は、運転している父は私の実父ではなく、三歳の時から私を
育ててくれた養父だったのです。
「そりゃあ………」
私は言葉を濁します。
思春期に入った私は、最近、実父がまだ生きていると知って、
逢いに行きたくて仕方がありませんでした。
でも母はそれには反対。というより、実父の消息は知らないの
一点張りでだったのです。
それが養父の方から尋ねられて………
「………………」
どう答えていいのか分からず車窓を眺めていると、父が話題を
変えます。
「叔母さんの処、まだ通ってるの」
でも、これも触れてほしくない話題でした
***************************
「ぐえぇ、………うおぉ………あぁぁ」
私の学校では喫煙が見つかると中庭にある噴水へ連れて行かれ
て口の中を洗わされます。
それも二三人のシスターに体を押さえつけられたまま、石鹸の
ついたタオルを指ごと口の中にねじ入れられて…
「おえっ……うおっ………ぐえっ……」
よほど入ってきた指に噛みついてやろうかと思いますが、それ
も後の祟りを考えると……
「あぁぁ………ぐえぇ、………おえっ……うおぉ……あぁぁ」
となると、あとは、ただただこんな感じで十分間、嗚咽を繰り
返すしかありませんでした。
これ、一見ユーモラスに見えますけど、過去にはお漏らしした
子だっているほど苦しい体罰なのです。
やっと終わって、園長室に戻ってくると、母が私を引き取りに
来ていました。平身低頭する母を見ていると、たかが煙草ぐらい
で、みっともないと思いますが、学園長に…
「我校の品位を守るためには停学や退学も選択の一つです」
なんて脅されたら、それもやむお得ないのかもしれません。
いずれにしても、これで改心したのは、私よりもむしろ母の方
でした。
「今日はここへ寄るわよ」
その母が私を連れて帰る途中に立ち寄ったのが叔母の経営する
鍼灸院でした。
「いやよ!私、もう子供じゃないのよ」
だだをこねる私に母は切り札をきります。
「そう、だったらお義父様にやっていただきましょう」
我が家の場合は、これで一件落着でした。
結局は鍼灸院の奥にある小部屋で私は再び悲鳴を上げることに
なります。
叔母さんは正規の治療の他に、親に頼まれれば『お仕置やいと』
も手がけていました。
「そう、あなたそんな悪さをするようになったの。それじゃあ、
お仕置やいとも仕方がないわね」
『お仕置やいと』は治療ではありません。
熱いと感じる処、安全な処ならどこでもおかまいなしにすえて
いきます。
「あっ熱~い、いやいや、もうやめて~」
大人二人によってショーツが剥ぎとられ、お尻のお山やお臍の
下の三角デルタはもちろん、蟻の戸渡りや膣前庭なんていうきわ
どい処までも、次から次に熱い火の粉が降ってきます。
およそ水着で隠せる処ならどこでも灸点でした。
「いや、お嫁に行けなくなっちゃう」
抵抗する私に母はこんな冷たい一言。
「大丈夫よ。こんな処、誰にも見えないわ。…それともあなた、
旦那様以外の人にもこんな処を見せるつもりなの」
以来、一週間。期末試験中にもかかわらず私は毎日この鍼灸院
へ、お仕置やいとの為にだけに通わなければならなくなったので
した。
***************************
「叔母さんの処、まだ通ってるの」
父の問いに私はずいぶん間をおいてから、
「いいえ」と気のない返事を返します。
本当は、母との約束、今日まででした。
「ねえ、お義父さんは本当に私が生まれた家を知ってるの?」
私の質問に父はこう答えます。
「行きたいのなら連れて行ってやる。ただし、私の言うことを
素直に聞くならば……だが……」
「……………………………行きたい……」
私がぽつりと一言呟いて、その日の行く先が決まったのでした。
アイマスクをさせられたま高速を乗り継いで二時間余り、着い
た所は何処にでもあるような田舎の風景。その寂しい竹藪の脇に
車を止めて…
「これからあのお宅でトイレを借りるからこれを使うんだ」
父がそう言って差し出したのはなんと無花果浣腸。
「え!」私は思わず絶句します。
そして、色々頭を巡らしてから…
「そこが私の生まれた家なのね。……でも、どうしてトイレを
借りるまねなんか……私、そんなことまでして行きたくないわ」
でも、そんな主張は通じませんでした。
「無条件で私の指示に従う約束だぞ。いやならいい。帰ろう」
父には珍しく、不機嫌になって、せっかく来た道を戻ってしま
います。
きっと思うところがあったのでしょう。
気まずい雰囲気が漂うなか…
「ごめんなさいお父さん。やっぱり、私、やるわ。生まれた家
が見たいの」
私が折れるしかありませんでした。父を怒らせてしまった事も
ありますが、次のチャンスがいつ来るか分からないという不安も
あったのです。
「絶対に振り返らないでね」
私は後ろの席で本当にお薬を使うつもりでしたが、羞恥心が先
にたって、うまくできません。
そのうち、
「もう、終わったか」
父が尋ねてきますから思わず、
「ええ」
と言ってしまったのです。
すると、車は猛スピードで発進します。
五分後、二人はかやぶき屋根の大きな農家の前に来ていました。
父は急いで私を抱きかかえようとしますが、車外に出る寸前に、
その手がふいに止まります。
「だから、駄目だと言ったろうが!」
父のこんな凄い形相は見た事がありません。
いきなり私のスカートを捲ると、ショーツに手をかけます。
「いやあん、今からやるから…待って」
私の言い訳に…
「駄目だ。もうこれはお仕置だから静かにするんだ」
そう言って持っていた無花果浣腸を三つ、私のお尻に差し入れ
ます。
『だめ、だめ』
私は心の中では叫び続けましたが、声にはなりませんでした。
あまりの事、あまりの早業に、すっかり怯えきっていた私は父の
なすがままだったのです。
「すみません、娘が急に腹痛を起こしてしまって……トイレを
貸してもらえませんか」
駆け込んだ家のトイレから出てくるまで、
私はほとんど放心状態でした。
そんな大芝居までうって借りたトイレなのに、私が、長い用を
足して出てくると、父の態度はなぜか一変していました。
父はその家の主人とおぼしき人となごやかに談笑しています。
「お嬢さんですか」
その人はスーツを着込み、日焼けした様子もありません。聞け
ば田畑は他人に貸してご自分はサラリーマンとのこと。おまけに
家の中まで色々と案内してくれます。
そして、最後に書斎へと案内された時のこと、
そこで起こった出来事は、私を再び茫然自失に追い込んだので
した。
「こいつも最近生意気になりましてね。親には平気で嘘をつき
ますし、この間も煙草を悪戯しましてね。……どうです、あなた
からもこの子を叱ってやってくれませんか」
父のこの言葉に何らかの含みがあることは私も感じ取っていま
した。……でも、まさか……
「由香、ここへ来なさい」
父の言葉に私は無防備に近寄ったのです。
すると、いきなり幼子のように膝にうつ伏せにしてスカートを
捲り上げます。
「いや、やめて。ごめんなさい」
恥ずかしさのあまり気が動転してしまい、父の膝で暴れ回って
いた私にはわかりませんでしたが、この最中、大人二人の間では、
しばし無言のやりとりがあったようでした。
「…………そうですか」
ぼそっとした小さな声をきっかけに、私の体は父がやっていた
のと同じ姿勢のままでこの家の主人に預けられます。
「いやあ、なにすんのよ。やめて、やめて……ごめんなさい。
お父さん助けて……」
その紳士は、お義父さんと同じでした。制服のスカートを捲り、
ショーツを下ろして、私のお尻を叩き始めます。
「パン、………パン、……パン、……パン……パン、…パン、
パン、パンパンパンパン」
始めはゆっくりでしたが、それが段々に早くなっていき……、
しまいには耐えられないほどに。
でも父はその紳士にとうとう一度も『やめろ』とは言いません
でした。
そんな衝撃的なことがあった帰り道。説明を求める私に、父は
何も語りません。次の一言を除いて…
「実のお父さんからお尻をぶたれることは、恐らくもう二度と
ないだろうから、その痛みをようく覚えておくんだ」
アイマスクの下、涙が止まりませんでした。
*****************<了>********
99/8/14
K .Mikami
期末試験が終わった日の放課後、校門の脇に型式の古いサニー
が止まっていました。
『どこかで見たことのあるような』と思っていると……
「お嬢様、お帰りですか」
窓が開いて顔を出したのは父でした。父はさっそく私を乗せて
ドライブに出発します。
どういう風の吹きまわしかと思い、
「どこへ行くの」
と尋ねてみましたが、それには答えません。
ただ…
「久しぶりにタイムマシンに乗ってみたくなってね」
と、ぽつり独言のように呟きます。
普段は車庫に眠っているこのポンコツのどこがタイムマシンだ
というのでしょうか。
怪訝な顔の私に、次はちょっと複雑な質問でした。
「おまえ、今でも生まれた家が見たいか?」
実は、運転している父は私の実父ではなく、三歳の時から私を
育ててくれた養父だったのです。
「そりゃあ………」
私は言葉を濁します。
思春期に入った私は、最近、実父がまだ生きていると知って、
逢いに行きたくて仕方がありませんでした。
でも母はそれには反対。というより、実父の消息は知らないの
一点張りでだったのです。
それが養父の方から尋ねられて………
「………………」
どう答えていいのか分からず車窓を眺めていると、父が話題を
変えます。
「叔母さんの処、まだ通ってるの」
でも、これも触れてほしくない話題でした
***************************
「ぐえぇ、………うおぉ………あぁぁ」
私の学校では喫煙が見つかると中庭にある噴水へ連れて行かれ
て口の中を洗わされます。
それも二三人のシスターに体を押さえつけられたまま、石鹸の
ついたタオルを指ごと口の中にねじ入れられて…
「おえっ……うおっ………ぐえっ……」
よほど入ってきた指に噛みついてやろうかと思いますが、それ
も後の祟りを考えると……
「あぁぁ………ぐえぇ、………おえっ……うおぉ……あぁぁ」
となると、あとは、ただただこんな感じで十分間、嗚咽を繰り
返すしかありませんでした。
これ、一見ユーモラスに見えますけど、過去にはお漏らしした
子だっているほど苦しい体罰なのです。
やっと終わって、園長室に戻ってくると、母が私を引き取りに
来ていました。平身低頭する母を見ていると、たかが煙草ぐらい
で、みっともないと思いますが、学園長に…
「我校の品位を守るためには停学や退学も選択の一つです」
なんて脅されたら、それもやむお得ないのかもしれません。
いずれにしても、これで改心したのは、私よりもむしろ母の方
でした。
「今日はここへ寄るわよ」
その母が私を連れて帰る途中に立ち寄ったのが叔母の経営する
鍼灸院でした。
「いやよ!私、もう子供じゃないのよ」
だだをこねる私に母は切り札をきります。
「そう、だったらお義父様にやっていただきましょう」
我が家の場合は、これで一件落着でした。
結局は鍼灸院の奥にある小部屋で私は再び悲鳴を上げることに
なります。
叔母さんは正規の治療の他に、親に頼まれれば『お仕置やいと』
も手がけていました。
「そう、あなたそんな悪さをするようになったの。それじゃあ、
お仕置やいとも仕方がないわね」
『お仕置やいと』は治療ではありません。
熱いと感じる処、安全な処ならどこでもおかまいなしにすえて
いきます。
「あっ熱~い、いやいや、もうやめて~」
大人二人によってショーツが剥ぎとられ、お尻のお山やお臍の
下の三角デルタはもちろん、蟻の戸渡りや膣前庭なんていうきわ
どい処までも、次から次に熱い火の粉が降ってきます。
およそ水着で隠せる処ならどこでも灸点でした。
「いや、お嫁に行けなくなっちゃう」
抵抗する私に母はこんな冷たい一言。
「大丈夫よ。こんな処、誰にも見えないわ。…それともあなた、
旦那様以外の人にもこんな処を見せるつもりなの」
以来、一週間。期末試験中にもかかわらず私は毎日この鍼灸院
へ、お仕置やいとの為にだけに通わなければならなくなったので
した。
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「叔母さんの処、まだ通ってるの」
父の問いに私はずいぶん間をおいてから、
「いいえ」と気のない返事を返します。
本当は、母との約束、今日まででした。
「ねえ、お義父さんは本当に私が生まれた家を知ってるの?」
私の質問に父はこう答えます。
「行きたいのなら連れて行ってやる。ただし、私の言うことを
素直に聞くならば……だが……」
「……………………………行きたい……」
私がぽつりと一言呟いて、その日の行く先が決まったのでした。
アイマスクをさせられたま高速を乗り継いで二時間余り、着い
た所は何処にでもあるような田舎の風景。その寂しい竹藪の脇に
車を止めて…
「これからあのお宅でトイレを借りるからこれを使うんだ」
父がそう言って差し出したのはなんと無花果浣腸。
「え!」私は思わず絶句します。
そして、色々頭を巡らしてから…
「そこが私の生まれた家なのね。……でも、どうしてトイレを
借りるまねなんか……私、そんなことまでして行きたくないわ」
でも、そんな主張は通じませんでした。
「無条件で私の指示に従う約束だぞ。いやならいい。帰ろう」
父には珍しく、不機嫌になって、せっかく来た道を戻ってしま
います。
きっと思うところがあったのでしょう。
気まずい雰囲気が漂うなか…
「ごめんなさいお父さん。やっぱり、私、やるわ。生まれた家
が見たいの」
私が折れるしかありませんでした。父を怒らせてしまった事も
ありますが、次のチャンスがいつ来るか分からないという不安も
あったのです。
「絶対に振り返らないでね」
私は後ろの席で本当にお薬を使うつもりでしたが、羞恥心が先
にたって、うまくできません。
そのうち、
「もう、終わったか」
父が尋ねてきますから思わず、
「ええ」
と言ってしまったのです。
すると、車は猛スピードで発進します。
五分後、二人はかやぶき屋根の大きな農家の前に来ていました。
父は急いで私を抱きかかえようとしますが、車外に出る寸前に、
その手がふいに止まります。
「だから、駄目だと言ったろうが!」
父のこんな凄い形相は見た事がありません。
いきなり私のスカートを捲ると、ショーツに手をかけます。
「いやあん、今からやるから…待って」
私の言い訳に…
「駄目だ。もうこれはお仕置だから静かにするんだ」
そう言って持っていた無花果浣腸を三つ、私のお尻に差し入れ
ます。
『だめ、だめ』
私は心の中では叫び続けましたが、声にはなりませんでした。
あまりの事、あまりの早業に、すっかり怯えきっていた私は父の
なすがままだったのです。
「すみません、娘が急に腹痛を起こしてしまって……トイレを
貸してもらえませんか」
駆け込んだ家のトイレから出てくるまで、
私はほとんど放心状態でした。
そんな大芝居までうって借りたトイレなのに、私が、長い用を
足して出てくると、父の態度はなぜか一変していました。
父はその家の主人とおぼしき人となごやかに談笑しています。
「お嬢さんですか」
その人はスーツを着込み、日焼けした様子もありません。聞け
ば田畑は他人に貸してご自分はサラリーマンとのこと。おまけに
家の中まで色々と案内してくれます。
そして、最後に書斎へと案内された時のこと、
そこで起こった出来事は、私を再び茫然自失に追い込んだので
した。
「こいつも最近生意気になりましてね。親には平気で嘘をつき
ますし、この間も煙草を悪戯しましてね。……どうです、あなた
からもこの子を叱ってやってくれませんか」
父のこの言葉に何らかの含みがあることは私も感じ取っていま
した。……でも、まさか……
「由香、ここへ来なさい」
父の言葉に私は無防備に近寄ったのです。
すると、いきなり幼子のように膝にうつ伏せにしてスカートを
捲り上げます。
「いや、やめて。ごめんなさい」
恥ずかしさのあまり気が動転してしまい、父の膝で暴れ回って
いた私にはわかりませんでしたが、この最中、大人二人の間では、
しばし無言のやりとりがあったようでした。
「…………そうですか」
ぼそっとした小さな声をきっかけに、私の体は父がやっていた
のと同じ姿勢のままでこの家の主人に預けられます。
「いやあ、なにすんのよ。やめて、やめて……ごめんなさい。
お父さん助けて……」
その紳士は、お義父さんと同じでした。制服のスカートを捲り、
ショーツを下ろして、私のお尻を叩き始めます。
「パン、………パン、……パン、……パン……パン、…パン、
パン、パンパンパンパン」
始めはゆっくりでしたが、それが段々に早くなっていき……、
しまいには耐えられないほどに。
でも父はその紳士にとうとう一度も『やめろ』とは言いません
でした。
そんな衝撃的なことがあった帰り道。説明を求める私に、父は
何も語りません。次の一言を除いて…
「実のお父さんからお尻をぶたれることは、恐らくもう二度と
ないだろうから、その痛みをようく覚えておくんだ」
アイマスクの下、涙が止まりませんでした。
*****************<了>********
99/8/14