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第3章 童女の日課(4)

<The Fanciful Story>

           竜巻岬《11》

                     K.Mikami

 【第三章:童女の日課】(4)
 《一番厳しい罰》


 アリスはスミス先生からとんでもないお仕置きを受けたものの、
その後はまた順調だった。男の先生からはたまに両手の平に鞭を
貰う事もあったが、それも同室の先輩に比べればはるかに少ない。

 反省室での悩みも他の子のように『どうか鞭の数が少なくなり
ますように』というものではない。むしろ、先生方からコリンズ
先生の処へ上がってくる日誌の所見が毎日のように『特になし』
となっていることの方が問題だった。

 『特になし』なんて無罪放免で一見ハッピーなことのようだが、
嫉妬深い女の子の世界では、いつも独りだけがよい子になってる
と仲間外れにされかねない。

 『そんなことぐらいで僻(ひが)むような友だちならいらない』
 なんて思うのは男の子の了見で、女の子の場合は多少の不利は
あっても孤立して生きるよりはましと考える子が多い。アリスも
そんな一人だった。

 そこで、アンやケイトがきついお仕置きを受けそうだと、わざ
とケイトのスカートをめくってみたり、アンの大事にしている本
を隠したりする。大した悪戯じゃないから、罰も大したことには
ならない。それでアンやケイトが慰められるのならお安いことと
アリスは考えていたのだ。

 「どうしてあなたまでそんな子供じみた悪戯をするの。今日は
籐鞭三つよ。……屈みなさい」

 こう言われればしめたものだ。さらにわざとパンツを脱ぐこと
を渋ったり、鞭が当たると大仰に顔を歪めて痛がったりもする。

 「何ぐずぐずしているの。そんなに堪え性のない子には訓練の
意味でも、もう少しお仕置きが必要ね」

 これで先生からあと三つ四つ鞭を追加して貰うことができる。

 おかげでアリスのお尻には赤い鞭傷が付き、反省室を出るとき
には涙さえ浮かべる有様だが、

 「アリス、このワセリン、ケイトに塗ってやってね」

 コリンズ先生もこうしたアリスのお芝居を承知していた。
 承知していてなお先生はアリスを咎める事はなかったのである。

 部屋に戻ったアリスはお湯に浸したタオルで体を拭くとさっき
先生から貰ったワセリンを三人で塗りっこする。こんな時アリス
一人だけが白いお尻のままではいけなかった。

 「ごめんねアリス。あんたにこんなことまでさせちゃって」

 ケイトの言葉は、アリスにとっては何よりの報酬だ。

 「うんうん」
 アリスは首を横に振る。
 鞭はもちろん痛い。しかし、友情にひびが入ることに比べれば
被害はぐっと少ないように思えるのだ。


 ただ、誰もがこうして順調に生活できているわけではない。
 なかには絶望の淵をさまよっている少女も……


 「もう三ヵ月になるけど、どうかしらね、あの子」

 ペネロープはハイネとシャルロッテを自室に呼びつけていた。
あの子というのはアリスと一時期部屋を共にしてたリサのこと。
反抗的で悪癖も治らない彼女は、今は監獄生活を強いられていた。

 高い塔の最上階に閉じ込められているというと、何やら童話の
世界のお姫様のようだが、現実のリサ姫様の生活環境はそんなに
ロマンチックではない。三度三度の食料だけはメイドたちが小窓
から差し入れてくれるので不自由はないものの、あとは何もして
くれないのだ。

 誰にも会えない、どこへも行けないのはもちろんの事、いくら
お姫さまでも食べたらそのままという訳にはいかない。生理現象
は必ず起こるのだ。

 室内便器が一杯になっても鉄格子のはまった窓ではその容器を
窓の外に出すことができない。つまりその中身を投げ捨てる事が
できないのだ。

 自分の匂いに耐えかねた彼女は、結局、死んだ気になって中の
物を鷲掴みにして窓の外へ放り投げたが、それでも部屋の臭気は
消えなかった。

 おまけに、手に付いた汚物を洗い流す水がないのだ。
 自分の汚れた手を見てリサは悲しくなった。

 孤独と不安、それに鼻をつく悪臭が彼女を苦しめ、出口の見え
ない苦行は彼女を絶望の淵へと追いやっていく。

 「最近はおとなしくしているみたいですけど、とにかくつかみ
どころがなくて……」

 シャルロッテが答えると、ペネロープは

 「女の子なんてみんなそうよ。本当の気持ちなんて、自分でも
分からないことが多いもの」

 「本当に反省しているのか。ここでやっていく気があるのか。
もしないのなら…」

 ハイネの言葉にペネロープが続ける。

 「そうね、竜巻岬に戻ってもらうしかないわね。……いいわ、
私が判断しましょう。……私の子供ですもの」


 こうしてペネロープはリサが閉じこめられている塔の最上階へ
とやってくる。

 「ガチャッ」

 重い鉄の扉の錠が開く音がして、リサに緊張が走った。

 「わあ、なんて臭いんでしょう」

 ペネロープは部屋に入るなりハンカチを取出して鼻を押さえ、
施錠された窓を開け放った。そして、リサがそれまでに抱え込ん
だ汚物をカーテンごと窓の外へ投げ捨てる。

 「もうないの」

 彼女は辺りを見回すと室内便器に目を止めて、それもまた容器
ごと外へ。

 その後もあちこち見回したが、やっと落ち着いたとみえてリサ
の椅子にどっかと腰を落ち着けた。

 「ふう……こんなに酷い処だとは思わなかったわ。お仕置きと
しても少しやり過ぎね」

 その落ち着き先を見計らうようにしてリサがペネロープの前に
膝まづく。

 ただ、彼女は両手を胸の前で組んだままペネロープには何も話
さない。否、話せなかったのだ。

 ペネロープもまた訴えかけるリサの眼差しを見つめながら何も
語らない。

 そんな二人の沈黙がどれほど続いただろうか。いきなり、

 「裸になりなさい。素裸に」

 ペネロープは一言だけ宣言する。

 すると、リサもそれで十分だったのだろう。彼女は何も言わず
服を脱ぎ始め、やがて自らの力では外せない貞操帯を除き全裸と
なった体を汗臭いベッドの上へと投げ出した。

 「ピシッ」

 ほどなく、ペネロープの巧みな鞭さばきから生じた革紐鞭の乾
いた音が、牢獄の鉄格子を抜けて、五月の大空へと解き放たれる。

 「ピシッ、ピシッ、ピシッ」

 立て続けに数回振り下ろしたあとで、

 「お母さまの言い付けを守らない子は悪い子ですよ」

 「ピシッ」

 「分かってますか」

 「ピシッ」

 「もう、悪い行いはしませんね」

 「ピシッ」

 ペネロープは独りで小言を言い、ひたすら鞭を振るう。でも、
リサはそれに何も答えない。彼女は、ただただペネロープの鞭に
泣くだけだった。

 「どうですか。ご返事は」

 「ピシッ」

 「<はい>」リサはそう言ったつもりだったがペネロープには
伝わらない。

 「うれしいの」

 「<はい>」

 「ピシッ」

 「どうなの。やっぱり嬉しいんでしょう」

 「ピシッ」

 リサは微かに頭を振る。

 「女の子にとって、一番厳しい罰はぶたれることじゃないの。
誰からも相手にされないことよ。これに懲りたら、ぶたれている
うちに心を入れ替えなさいね」

 「ピシッ」

 「<はい>」

 リサはやはり微かに頭を振るだけが精一杯だった。


 リサは死の淵で許された。おむつをつけて赤ちゃんで一ヵ月。
さらに毎日お尻を叩かれる幼女で一ヵ月。この日から合計二ヵ月
もかかったが、それでもついにアリスたちとの再会をはたしたの
である。

 「リサ、よかったわ。あなた本当にリサなのね。みんながもう
今頃は竜巻岬の海の底だって……みんなが脅かすから、……もう
会えないんじゃないかと思ってたのよ」

 「ごめんねケイト。心配かけて。……でも、もう大丈夫よ。…
…私、二度と幼女へは落ちないわ。御転婆はレディーになるまで
封印するから……」

 「本当?」

 「本当よ、とにかくレディーになるまでは頑張るつもりなの。
だって、ここには横道なんてないんだもの。レディーになるか、
先生たちの気紛なお仕置きを受けてここで暮らすか、……あとは
死ぬかだもんね」

 「やっぱり死にかけたんだ」

 アンがリサの顔色を鋭く見抜く。

 「そうよ。みんなが監獄って呼んでるあの塔のてっぺんに、私、
三ヵ月も閉じこめられてたの。危うく本当に死にかけたわ。……
こんな話みんな聞きたくないわよね」

 「わあ、そんなことないわ。私、聞きたい」

 「もちろんよ。ねえ、話して……」

 アリスに続いてケイトも賛成したが、

 「あんた変わらないね。先生方はあんたのそんなおしゃべりな
ところも含めて御転婆だって言っているのよ」

 「いいじゃないの、アン。せっかく、リサが話してくれるって
いうんだから、話の腰を折らないで。……じゃああなたは聞きた
くないのね」

 「いいえ」

 「まあ、図々しい。だったら黙って聞きなさいよ。……いいわ、
リサ。話して……」
 この場はケイトが取り仕切った。

 「そこでは十日に一度ハイネさんかシャルロッテが懺悔を聞き
にきてはくれるんだけど、どんなに真剣に懺悔しても相手にして
いないみたいな、冷たい表情で帰って行くし………時間がたつに
つれて……明日はもう目が覚めないんじゃないかって……」

 リサは思わず言葉に詰まる。

 「だから夜は恐くて寝られないし、……昼間うとうとしてるん
だけど、外で小さな物音がするたびに心臓が握り潰されるくらい
強いショックを受けて飛び起きるの」

 「かわいそう」

 「それって蛇の生殺しよね」

 「でも懺悔が聞き届けられたから帰れたんでしょう」

 「ええ、まあそうなんだけど。最後にお母さまが来たの。その
時は正直言ってこれが最後かなって思ったわ。だから最後の懺悔
は何を言おうかって迷ったの」

 「で、何って言ったの」

 「……んん……」リサは首を横に振る。
 「結局何も言えなかったの。ただ、お母さまを見つめてただけ」

 「それで許してもらったの」

 「………」リサは静かに首を縦に振った。

 「以心伝心ってわけね」

 「素裸になりなさいって言われたの。それだけ。……ベッドに
うつぶせになったら鞭が飛んできて……嬉しかったわ」

 リサは思わず涙ぐむ。

 「変なの。鞭でぶたれるのが嬉しいだなんて」

 「そりゃそうよ。どんなにお尻が痛んだって死ぬよりはましで
しょうよ」

 「そうじゃないわ。リサが何も言えなかったのは、お母さまが
自分を許してくれたことが嬉しかったのよ。それが分かったから
でしょう。違うかしら」

 「………」リサは静かにこうべを垂れる。

 「さすがはアン。亀の甲より年の功ね」

 「もうよしましょうよこんな話。せっかく四人揃ったんだもの。
これからは四人揃って少女になることを考えましょうよ」

 アリスは沈んだ雰囲気の井戸端会議に区切りをつける。それは
一番の新参者であるアリスが、初めてイニシアチブを取った瞬間
でもあった。


*****************<了>*******

第3章 童女の日課(3)

<The Fanciful Story>

          竜巻岬《10》

                      K.Mikami

【第三章:童女の日課】(3)
《お仕置きの作法》


 初日から三日間、アリスはペネロープから魔法の香水を与えら
れ続けた。

 それが四日目、ついに途絶えてしまう。
 しかしそれはアリスが何かまずいことをしでかしたからでは
なかった。

 「アリス。あなたはこの香水の効き目を知っていますか」

 「はい、お母さま。アンやケイトに聞きました」

 「では、あなたにはこの香水をもうふりかけないと言ったら、
あなたは悲しいでしょうね」

 「いいえお母さま。お母さまのご慈愛には感謝しますが、私が
友だちに比べて特別な庇護を受ける理由もありませんから」

 「そうですか。では、次はあなたが何か困った時に、そして、
それがあなたの責めに帰すべきでない時に使ってあげましょう」

 「はい、お母さま。よろしくお願いします」

 アリスのペネロープに対する受け答えはいつも完璧だった。
 育ちのよさ、躾の確かさが心地よいペネロープは、彼女を早く
一人前にして自分の傍に置きたいと考えさせるようになっていた。

 『天使、天使、私の天使、早く私と寝ておくれ』

 子どものようにはしゃぐ彼女の日記のなかでは、源氏名である
『アリス』の名前すらない。

 『天使』
 それがアリスを指す言葉だった。

 しかし、これは何もペネロープだけの願望ではない。チップス
教授も、美術を教えるハワード先生も、そして領主アランでさえ
も、みんながみんな彼女を狙っていたのだ。

 自然、彼らは些細なことではアリスにつらくあたるようなこと
はなかった。
他の子なら当然鞭が飛ぶような事でもアリスなら許されたので
ある。

 反省会でアリスが鞭を貰わなかったのは何もペネロープの香水
だけが理由ではない。心の準備ができぬままに日頃の雑事と一緒
にこの可憐な天使に罰を加えることなど彼らにはできなかったの
である。

 だから香水の効き目が切れたはずの四日目も五日目もコリンズ
先生に届けられるアリスの「学習態度」の項目はどの先生からの
ものも……

 『問題なし』

 アリスはいつ自分もアンやケイトたちのようにあの小ぶりの鞭
で手のひらを叩かれるか、反省室でコリンズ先生の籐鞭に歯を食
いしばらなければならないか、冷や冷やしながら授業を受けてい
たのだが、結局それは男の先生に関する限りまったくの取り越し
苦労だったのである。

 ただ、そうなってくると人間気の緩みも出てくる。

 お針仕事を習うスミス女史は、無愛想な男の先生たちと違って
細かい処にも気が付く優しい先生だと生徒の誰もが思っていたの
で教室はいつもにぎやか。

 「トイレへ行かせてください」

 アリスが授業中にこう言えるのも彼女だけだった。

 ところが、そんなある日のこと。
 トイレから帰ったアリスは自分がやりかけていた刺繍布がない
ことに気付く。
 代わりに、そこにあったのが、あの小ぶりの鞭だった。

 『変だな?』
 と思う間もなくスミス先生の声がした。

 「アリス、その鞭を持ってこちらへいらっしゃい」

 彼女はその尖った声ですべてを察したが、すでに手遅れだった。

 鞭を持って先生の処へ行くと、
 「あなたは、針の刺さった刺繍布を椅子の上に置きましたね。
私はそんな作法をあなたに教えましたか」

 「……いいえ」

 「なら、私があなたに何を望んでいるか分かりますね」

 「はい、先生。至らない私にお仕置きをお願いします」

 アリスはそう言って持ってきた鞭をスミス女史に差し出す。
 そして、アンやケイトたちがそうしていたように両膝をつくと
両手の平を頭の位置で前に突き出すのだ。

 「ピシッ、ピシッ、ピシッ」
 立て続けに三回。甲高い音が教室内に響いた。

 アリスの手も一瞬痺れたようになったがその甲高い音ほどには
威力がなくアリスはすぐにでも刺繍の作業を再開できたのである。

 「ね、それほど痛くないでしょう。こんなもの気付け薬よ。…
ふう、ふうって息を吹き掛けたら、すぐに治っちゃうから……」

 青い顔をして戻ってきたアリスをケイトが慰める。

 でも、アリスはなぜかそれに答えない。

 「大変なのはね、今日の反省会かな。コリンズ先生の鞭はお尻
だからね。寝るまでは痛いかもしれない。でも明日の朝は大丈夫
よ。そこまで持ち越すことはまずないから」

 再びケイトが声をかけるが、これにもアリスは無反応だった。
彼女の口を閉ざしたのは鞭打たれた手が痛かったからではない。
優しいと思っていたスミス先生にぶたれたことがショックだった
のだ。

 ところが、そんな気持ちを理解できないケイトは一方的にしゃ
べり続ける。

 「私が気が付けば良かったんだけど、私不器用でさあ。自分の
ことで精一杯なのよ」

 縫い物のような単純作業が大の苦手であるケイトはアリスとの
おしゃべりで気を紛らわせていた。それが、アリスに無視を決め
込まれて、彼女としても段々と心中穏やかではいられなくなって
いく。

 彼女はテーブルの前に置かれたお手本をわざと自分の方へ引き
寄せてみる。

 「…………」

 アリスは最初それを無言で引き戻したが、何度引き戻しても、
ケイトが意地悪を繰り返すので、しまいに……

 「やめてよね!」

 とうとう大声になってしまった。

 「アリス。ケイト。ついてらっしゃい」

 スミス先生は読んでいた本を閉じるとすっくと立ち上がった。

 『ほ~ら、言わんこっちゃない』

 アンの少し軽蔑したような眼差しに送られて二人はスミス先生
の後について隣の部屋へ。

 ケイトはもちろんアリスも同室の二人にそこで何が行なわれる
かを聞いていたので……

 『せっかく週末まで順調にきたのに今日は厄日だわ』

 と諦めるしかなかった。

 スミス先生に限らず教室の隣は先生方の個人的な書斎になって
いるケースがほとんど。
 ここは悪さのつづく生徒へのお仕置き部屋でもあったのだ。

 ここへ入ったら最後、どんな生徒もその教訓をお尻にため込む
まで部屋を出られない。おまけに、夕食後は反省室へも行かなけ
ればならなかった。
*******
 「アリス、他の教科と違って多少のおしゃべりは許しています
が。品のない大声までは許していません。あなたには針の付いた
刺繍布をそのままにして席を立った罪もありますから、今日は、
ここでお仕置きします」

 「はい、先生」

 「では、その椅子に、お尻の代わりに両手を着きなさい」

 アリスはすでに覚悟を決めていたので躊躇などはしなかった。
 言われるままに部屋の中央に置いてある背もたれ椅子の前まで
来ると、勢いよく体を折り曲げる。

 それを見た先生がスカートをまくり上げ、それがずり落ちない
ようにピンで止めた後、

 「では、ご自分でショーツを下ろしなさい」

 こう言われた時も、何のためらいもなくその指示に従ったのだ。
 だから彼女としては、 何の問題もないはずだった。

 ところが、

 「アリス、だめよ。それじゃあ。やり直しましょう」

 先生はこれほど完璧な姿勢はないと思われたアリスに、なぜか
また元の姿勢に戻れと命じるのである。

 そして、その矛先が次はケイトの方へ。

 「ケイト、あなたはなぜアリスにそんなにちょっかいを出すの。
誰だって他人とお話をしたくないことだってあるでょう。あなた
がしつこくしなければ、アリスだって大きな声を出さずにすんだ
はずよ」

 「でも私、アリスがあんまり何も言ってくれないから」

 ケイトはぼそぼそっとした口調で言い訳を言うが…

 「アリスもだけどあなたにも罪はあるわね」

 スミス先生が一言釘を差すと、ケイトはたちまち膝まづいて、
両手を胸の前で組む。
 乙女たちのいつもの姿勢だ。

 「ごめんなさい。悪気は…」

 「悪気のない子がお友だちのお手本を隠したりしないわね。私、
罰はあなたにも必要だと思ってるのよ」

 ケイトは異端審問に引き出された少女のように、顔を真っ青に
してスミス先生を見上げる。

 「本当にごめんなさい。もうしませんから」

 ケイトはその普段の言動とは反対に、これから予想される罰に
怯えてみせた。

 『なあんだ。普段強そうなことを言ってたって、先生の前に出
たらみんなと同じじゃない』
 アリスにはケイトの態度がみっともなく映ったのだ。

 「ケイト、その椅子の前で屈みなさい」

 先生にそう言われてもケイトはすぐにはそれに従わなかった。
わずか数歩の距離を行きつ戻りつゆっくりと時間をかけ、座板の
上に両手を着くのにも、もう少しでも遅ければ先生が痺れを切ら
して新たな罰を加えるのではとアリスが心配するほどゆっくりと
していたのである。

 「さあ、それだけじゃいけないでしょう」

 スミス先生の言葉にケイトはここでも抵抗する。

 「ごめんなさい」
 弱弱しい言葉で答えて……

 それは、あくまで親や教師の罰を恐れる子どもがみせる自然な
仕草だ。

 すると…

 「いいわ、ケイト。ご苦労さま」
 スミス先生はケイトを立たせてしまう。

 「どう、アリス。分かったかしら。あなたとケイトの違い」

 スミス先生の言葉にアリスはきょとんとした。

 「あなたはさっき私のお仕置きを馬鹿にしたの」

 『馬鹿にした?』

 アリスにはますます訳がわからない。自分では従順に対応した
つもりでいたのに何がいけないのだろうと思ったのだ。

 「あなたは今、童女なのよ。つまり小学生。親がちょっと眉間
に皺を寄せただけでも平気ではいられないわ。なのにあなたは、
こんなことぐらい朝飯前とでもいわんばかりに平然と椅子に手を
着いたでしょう。あんなふてぶてしい態度は、教師に対する侮辱
でもあるのよ」

 アリスはスミス先生に言われてやっと原因に行き当たった。

 「それは、あなたが日頃誰かと顔をあわせた時だけ童女を演じ
ようとしているからそうなるの。演じるんじゃなくて、なりきら
なきゃ」

 「ごめんなさい」

 「私に謝っても仕方がないわ。これは、あなたの為ですもの。
いつまでも童女のままでいたくないでしょう」

 「………」

 「……ま、いいわ。とにかくお仕置きはやり直し。新入生には
ちょっと可哀相だけど、演技なんて必要のないのを受けてもらい
ますからね、覚悟してね」

 スミス先生に忠告されてアリスは身も凍る思いだった。しかし、
今さら逃げも隠れもできない。

 『童女になりきるってこういうことなんだ』
 とは思ってみてもそれは後の祭りだったのである。

 「では、まずそのベッドに横になって」

 スミス先生はご自分が仮眠用に使っているベッドを指差す。
 そして、その一方でベッドの下からは籐でできた何やら大きな
四角いバスケットを取り出してきたのだ。

 「さあさ、アリスちゃんはどのくらい我慢ができるかな」

 そこに被せられていた羅紗布が取り去られた瞬間、

 「!!!!」
 アリスは思わず息を飲む。

 大きな注射器のようなピストン式浣腸器やエタノール、脱脂綿、
カテーテルそれにグリセリンの入った茶色い薬瓶も……もう何を
やるかは明らかだった。

 「あら、なかなか上手じゃないの、その表情。哀愁がこもって
いて素敵よ」

 スミス先生は冗談とも本気ともとれる言葉を投げ掛けてアリス
の様子を見るが、彼女は顔を引きつらせたまま笑い返す余裕がない。

 そんなアリスを尻目に、
 「ケイト手伝ってちょうだい」
 先生はケイトの応援を得ると着々と準備に取り掛かる。

 まず黒いゴムシートをアリスのお尻の下に敷くと短いスカート
を捲り上げて腰の周りに安全ピンで止めてしまう。これでアリス
の腰から下は白いショーツ が一枚だけとなって二人の目の前に
肉付きのよい股間が現れることとなった。

 「さあ、アリスちゃん。これからお仕置きの前処置を行ないま
すからね。パンツを脱いでください」

 スミス先生の声にアリスは素直に従おうとしなかった。もじも
じとしていてショーツは一向にお臍からはなれない。もちろんそ
れはさっきスミス先生から注意されたこともあるが、今度は本当
に恥ずかしくなったのだった。

 「さあ、どうしたの。さっきみたいにはいかないのかしらね。
だったらアンも呼びましょうか?」

 スミス先生に脅されてアリスはやっと決断する。
 ショーツを太股まで引き下ろしたのだ。

 「(あっ!)」

 すると、それを待っていたように、アリスの両足はケイトによ
って高々と持ち上げられ、女の子の大事な処全てに風が通るよう
になる。

 周囲は女子だけの世界。でも、そりゃあ恥ずかしかった。

 「さあ、まず消毒しますからね」

 スミス先生は脱脂綿にたっぷりとエタノールの含ませるとアリ
スのお尻の穴を拭いていく。

 「ぁっ……ぁぁ……ぁ~…ぃいっ……ゃっ……や~……」

 スミス先生の脱脂綿がアリスの感じやすい場所に触れるたびに
声にならない声が吐息となってアリスの口から漏れ始めた。

 「どうしたの。気持ちいいのかしら。幼い子は大人より体温が
高いからこれをやるとよけいに感じるのよ」

 スミス先生はご満悦である。

 「さあ、お尻の力を抜いて…」

 スミス先生が手にしたのはシリンジと呼ばれるおしゃぶりを二
周りほど大きくしたような簡易式の浣腸器。これを茶色い薬瓶に
差し入れてグリセリン溶液をたっぷり吸わせると一回。

 「…<あっ>……んんん」

 さらにもう一回。

 「…あっぁぁぁ…………」

 「まだだめよ」

 「…んnnnn…………」

 アリスの直腸には数回に分けて約百ccのグリセリン溶液が注
ぎ込まれた。

 「さあ、もういいわ」

 先生はティシュでお尻に栓をするとアリスの身だしなみを整え
て、あっさりトイレを許してしまう。石鹸水などと違いグリセリ
ンには速効性があるのだ。また彼女としても書斎を汚物で汚され
てはたまらないと考えたのだろう。

 「アン、ちょっと手伝ってちょうだい」

 スミス先生は教室に顔を出してアンも呼ぶと、ケイトと二人で
アリスを医務室に連れていくように命じたのだった。

 「ごめんなさいね、アン」

 アリスには当初アンを気遣う余裕があったが、彼女の運搬作業
はことのほか骨が折れた。アリスがお腹の痛みに耐え切れず途中
で何度もへたり込んでしまうからだ。

 「もう、ダメ」
 両手両膝を廊下の床につけて息も絶え絶えのアリス。

 「待ってて、いま看護婦さんを呼んでくる」
 アンが一足先に医務室へと走った。

 そして、看護婦を一人連れてきたのだ。

 「さあ、アリス。これになさい」

 看護婦は持ってきた室内便器(bedpan)を差し出すが、
今度はアリスがそれには応じない。異様な気配を感じ取った野次
馬たちがどこからともなく集まりだし、すでにアリスを取り囲ん
でいたからだ。

 「大丈夫ですから。わたしトイレまで行きます」

 彼女は健気にも立ち上がろうとする。

 「カラン、カラン」

 その時、天の助けか、授業の始まりを告げる鐘がなって野次馬
たちは立ち去ったが、安住の個室まではまだ遠かった。

 「ああ!」

 それはお城の中庭の真中あたりまで来た時だ。くぐもった声と
共にそれまで軽い負担でしかなかった二人の肩にアリスの全体重
がのしかかる。

 「もう、いいわ。ここでやりましょう」

 看護婦の提案に、アリスは最後まで首を横に振りながらも従わ
ざるをえない。

 「目標が小さいからようく狙ってね」

 天気のよい昼下がり燦々と降り注ぐ太陽の下でアリスは小さな
ベッドパンに自分の思いの丈をすべてぶちまけたのだった。

 彼女は、この時、周囲の茂みが自分を守ってくれていると信じて
いたのかもしれない。
 しかし、その低い茂みは何の役にもたっていなかった。
 なぜなら、アリスのその痴態は周囲の建物のほとんどの窓から
見ることができたのである。


 アリスたち三人はシャワー室で身を清めるとスミス先生の処へ
帰ってきた。

 「どうでした。無事おトイレまでたどりつけましたか?」

 「……(いいえ)……」
 アリスは首を横に振りながら、か細い声で答えようとしたが、
声にならなかった。

 「じゃあ、どこでやったの」

 「………」

 アリスはそれには答えることができず代わりにケイトが答えた。

 「中庭です」

 「まあ、そう。お腹の調子は大丈夫かしら」

 「まだ、すこしゴロゴロいってます」
 こう答えたのもケイトだ。

 「そう、それじゃあ最初は可愛くやりましょう。さあ、お膝の
上にいらっしゃい」

 スミス先生はベッドの上に腰をおろすと、自分の膝を軽く叩く。

 「………」

 だが、アリスはただただ首を横に振るばかりで従おうとしない。
 それは、これまでずっとよい子を通してきたアリスにしては珍
しい拒否反応だった。

 「どうしたの。先生のお膝の上はいやなの」

 「ごめんなさい先生。一時間たったらどんな罰でも受けます。
でも今はお腹が……」

 「わかってるわ。だから『可愛くやりましょう』って言ってる
でしょう。さあ、心配しないでいらっしゃい。お仕置きを受ける
のは生徒の義務なのよ」

 こう言われてはアリスも拒否できない。

 恐る恐る近寄るアリスにスミス先生は

 「まず、パンツを脱いで…」

 ところが、それはここへ来てから何度もやってきたことなのに
今はなぜかとても恥ずかしい気がするのだ。

 「どうしたの。恥ずかしいの?」
 先生はすでにバスタオルを膝の上に乗せてアリスを待っている。

 「………………」

 踏ん切りをつけたアリスがショーツを太股までさげスミス先生
の膝の上に倒れ掛かると先生はやさしくお尻を叩き始めた。

 「いいこと、アリス」

 「ピタ」

 「はい、先生」

 先生は軽いスナップでアリスのお尻を跳ね上げたが……それは
折檻というより、顔を見ることのできない話し相手のために先生
が入れる合いの手のようなもので、飛び上がるような痛みはなか
ったのである。

 「女の子というのはね、恥ずかしいという気持ちを持てなくな
ったら終わりなの」

 「ピタ」

 「はい」

 「恥ずかしいと思えるから努力もするの」

 「ピタ」

 「はい」

 「美しくなりたい、他人からよく思われたいという心も、突き
詰めれば、恥ずかしい思いをしたくないという心から出ているわ。
わかる?」

 「ピタ」

 「はい」

 「あなたもせっかく生まれ変わって童女にまでなれたんだから、
もっともっと童女の恥ずかしさを楽しまなきゃ」

 「ピタ」

 「はい……(恥ずかしさを楽しむ?)」

 「恥ずかしいお仕置きが待ってると思ったら、『何とかしなく
ちゃ』って思うでしょう。不思議にやる気が湧いてくるでしょう。
それが女の子なの。単にぶったり叩いたりすれば意識が覚醒する
男の子とはそこが違うのよ」

 「ピタ」

 「はい」

 「今日はお浣腸で、あなたの恥ずかしさを呼び覚ましてあげた
けど、日頃から自分で恥ずかしさを意識していないと、そのたび
ごとにより過激なことをしなればならなくなって、しまいに体を
壊すことになるわ。……」

 スミス先生のお小言は延々と続き、いつしか、先生の膝の上に
乗せたバスタオルも無駄ではなくなっていた。

 「あら、あなたまたお漏らし?……完全に出し切らずにここへ
戻って来たのね。……いいわ、私が、死ぬほど恥ずかしい方法で
オムツを穿かせてあげるわね」

 スミス先生の明るい声が部屋中に響いたのである。

********************<了>****

第3章 童女の日課(2)

<The Fanciful Story>

             竜巻岬《9》

                       K.Mikami

【第三章:童女の日課】(2)

《童女初日2》


 「ここが教室なの。お日さまがあたっててすがすがしいわね。
お庭も綺麗。バラが咲いてるわ」

 アリスが感動しているのを皮肉るようにケイトが釘を差す。

 「だからいけないの。眠くなって仕方がないわ」

 彼女たちが学ぶ教室には食卓テーブルが置いてあってビニール
のテーブルクロスがかかっている。椅子もベンチ式の長椅子で、
三人がそれに腰掛けて平行に並ぶのだ。

 そこへもう年の頃は七十を越えたであろうか。一人の若い助手
を連れてお爺さんが現われた。

 「お早ようございます。皆さん」

 「お早ようございます。チップス先生」

 アンとケイトは不自然なほど大きな声で挨拶する。

 「今日は新入生がいるということじゃったが、あなたかな」

 「はい。アリスといいます。よろしくお願いします」

 「おお、なかなかべっぴんさんじゃな。どれどれ、ハイネ君は
なんと言ってきたか…」

 老人は二十代半ばのうら若い女性から手紙を受け取ると開いて
読み始める。そこにはアリスの性格や教養などが事細かに書いて
あった。そしてお仕置についても……

 『堪え性は籐鞭E、ストラップ鞭E、浣腸B、お灸A』

 とランク付けして記載してあったのだ。

 「アリス君は甘えん坊だったようじゃな。…では、あなたには
これをあげよう」

 チップス先生がアリスのために差し出したのは『マザーグース』
これをお手本に書き取りをしろというである。

 もちろん嫌とは言えないし、渋々受け取るようなことも、ここ
ではタブーだ。

 「はい、ありがとうございます。一生懸命やります」

 『目を輝かせ、感動して…』
 アリスはぺロープの言葉を思い出していた。

 装飾文字を含め同じ文章を丁寧に十回も書き写すだけの単調な
作業。つい欠伸の一つも出ようというものだが、それは許されな
い。

 アリスが思わず口をだらしなく開けようとした瞬間。

 「ケイト」

 老教授が呼んだのはアリスではくケイトの名前だった。

 「前へ」

 老教授は言葉をおしむかのように必要最小限のことにしか口を
開かなかった。

 しかしそれでいて十分に意思の疎通はできるらしく、ケイトは
老教授の前へ出ていくと手の平を上にして両手を前に差し出す。

 「ピシ、ピシ、ピシ」

 続け様に三回、ケイトの手の平に小振りな籐鞭が飛んだことで、
アリスは欠伸一つがここではどういう結果をもたらすかを知った
のである。


 童女の午前中の勉強は、この他に古典詩の暗唱に終始する国語
と簡単な算数。それに長老の話を聞くだけの退屈な宗教が割り当
てられ、そのいずれもチップス先生が担当していた。

 そして、午後はイコンを模写する美術やフルートを習う音楽、
それに刺繍や簡単な繕い物などをやる針仕事という科目もこなさ
なければならなかった。


 「どう、一日のお勉強が終わった感想は。疲れたでしょう」

 「ええ、少し。でも楽しかったわ。だってこれまでずっと養育
係とマンツーマンでしょう。やることといったら、彼女のご機嫌
とりばかりで、何一つ新しい知識を吸収できなかったんですもの」

 「それはここでも同じよ。授業の内容はどれもピントのずれた
ものばかりだけど、私達はそれを大真面目で聞かなきゃならない。
つまりチップス先生のご機嫌とりをやらされているのは、ここも
同じだもの」

 「そうなの」

 「残念だけどケイトの言うとおりよ」
 アンがアリスの三つ編みを悪戯しながら答えた。

 「お母さまが私たちに求めてるのは童女のような純真さなの。
知識や教養というわけじゃないの。それに先生に対する女らしい
心づかいかな。それができれば童女も少女も卒業できるんだけど
……これが意外に難しいのよ」

 「ケイトさんは少女になったことがあるんでしょう」

 「ええ、私もアンも童女と少女の間を行ったり来たりなの」

 「アンさんも?」

 「そうよ、……私って正直でしょう。面白くないことがあると、
つい顔に出ちゃうのよね」

 「でも、お母さまはなぜ人まで雇って赤ん坊のまねをさせたり
こうして子供の格好をさせたりするの」

 「はっきり分からないけど、お母さまにはお母さまなりの信念
があるみたいよ」

 「私、知ってるわ。二年間だけでも頭を空っぽにしていると昔
の感情を振り払えるんだって‥‥これ禅(zen)っていうじゃ
ないの……知らないけど」

 「だって、私、まだ昔のことを覚えてるわよ」

 「いえ、そうじゃなくて問題は感情よ。憎いとか、悲しいとか。
もしここを出られたら『昔のことで復讐してやるんだ』って思え
るかってことよ」

 「それは……」

 アリスは当然あると信じ込んでいたものを心の中に探し始める。
でも、確かにあったはずのそれは、今は、事実だけしか浮かんで
こない。思い出に感情が伴わないのだ。

 『あんなに義母を憎んでいたはずなのに』

 アリスには今の自分が不思議だった。

 「ねえ、私たちこれからどうなるの。レディーになったあと。
ずっとこのまま、このお城で暮らさなきゃならないの」

 「それはわからないわ。私、レディーになったことがないから。
でも、大抵はここの養育係をやるか、葡萄園の管理や書庫の整理
なんか任されて、そのままご領主さまのお気にいりかお母さまの
娘としてここで暮らしてるみたいね」

 ケイトの言葉にアリスは少しがっかりした表情を見せる。

 「そう、やっぱりここは出られないのね」

 「でも、なかにはご領主様が経営する修道院付きの私立学校で
教師をしたりシスターになる人もいるらしいわよ」

 「あなた、元の世界が恋しくなったんでしょう」

 「いいわね。恋しい世界がある人は…」

 アンやケイトの言葉はアリスを少しだけ恥ずかしくした。

 「でも、外出することはできますよ。昔のお父さんやお母さん
に会うことだってできますよ。必ず戻ってくるという約束とここ
のことを口外しないという約束さえできれば」

 アリスは聞き慣れない声にはっとしてあたりを見回す。

 「コリンズ先生、こんにちわ」

 アンが教えてくれたその人は体の線がはっきり見えるスーツを
着込み、ロングヘアーを右手でかきあげると、切れ長の涼しい目
でアリスの方を見ている。

 「あなた見かけない子だけど…」

 「はい、今日から童女にしていただきました」

 「ああ、アリスちゃんね。私はコリンズというの。あなたたち
の養育係よ」

 「童女でも養育係っているんですか」

 「幼女や赤ちゃんの時のように一日べったりとはついていない
けど。一応、親がわりというか、学級担任の先生兼寮母のような
ものなの」

 コリンズ先生の言葉がまだ終わらないうちにケイトがアリスに
耳打ちする。

 「つまり、お仕置き係ってわけ」

 しかし、それはコリンズ先生の耳にも伝わって、

 「それはケイトちゃんだけの問題でしょう。……正しい生活を
送っていれば何も問題のないことよ。……ハイネの報告によると、
アリスちゃんはとても手のかからない赤ちゃんだったみたいね」

 「そんなこと」
 アリスは赤面した。

 「本当よ。試練の初日からおむつを素直に受け入れる人なんて
珍しいもの。この人たちなんか二ヵ月も三ヵ月も死ぬの死なない
のってもめた挙げ句、やっと屈伏したんだから。その点あなたは、
今までで一番手のかからない赤ん坊だったって書いてあったわ」

 「私、まだ子供だから……それに、あの時は…西も東も分から
なくて……」

 「おかれた情況はみんな同じですもの。おむつを拒否して当然、
暴れて当然だけど、それに分別をつけることができるのはきっと
あなたの育ちのせいね。お父様やお母様によい躾を受けたんだと
思うわ」

 「ハイネさんもここにいるんですか」

 「いいえ、彼女は今、シャルロッテと一緒にリサの面倒をみて
るの。あの子は大変よ。甘えん坊でわがままであなたと比べても
子供だわね。それを二人がかりで叩き直してる最中よ。ハイネに
会いたいの」

 「ええ、とっても」

 「あなた素直ね。でも、ここでは素直にしているのが一番よ。
ペネロープ様は素直な子には特にやさしいの」

 コリンズ先生の言葉にケイトがぽつりとつぶやく。
 「ええ、そうでしょうとも。どうせ私達は素直じゃありません
からね」

 ケイトの愚痴とも冗談ともとれる発言に今度はアンが、
 「私たちって、どういうことかしら。私は素直よ。誰かさんと
違って反省会の時も嘘や隠しだてはしないもの」

 「あ、アン。何よその言い方。私を裏切る気」

 二人の痴話喧嘩は無視してコリンズ先生がアリスに話を続ける。

 「そうだ、今日の晩餐、その姿じゃまずいわね」

 「え、どうしてですか」

 「ペネロープ様が、今夜、あなたをお披露目してくださるの。
だから今回の夕食だけ、あなたの席はご領主様とペネロープ様の
間になるわ……ちょっとした王女様気分が味わえるわよ。でも、
そのためにはそのお洋服ではちょっと淋しいでしょう」

 コリンズ先生はアリスの手を引っ張っていくと衣裳部屋で絹物
の正装に着せ替えて送り出してくれたのである。

 会場内に入ると領主アランもペネロープもすでに着席していた。
そこへアリスが恐る恐る入って行くと、まずアランが声をかける。

 「おう、これは美しい。以前会った時よりもまた一段と美しく
なってる」

 「お招きにあずかりまして光栄です」

 「どういたしまして、プリンセス。あなたのようなお美しい方
なら、いつでも大歓迎だ」

 「アリス、こちらへいらっしゃい」
 今度はペネロープが声をかける。

 「お招きにあずかしまして…」
 アリスがこう挨拶すると、

 「あなたと私は親子なの。そんな他人行儀な挨拶はおかしいわ。
あなたが私を母親として慕ってくれる事が大事なの。そうすれば
私はあなたのために何でもしてあげられてよ」

 「はい、お母さま」

 そうは言っても、おむつやナプキンまで取り替えさせたハイネ
と比べればアリスにとってペネロープはまだ遠い存在。今はただ、
彼女が自分を嫌っていないことだけを辛うじて理解できたにすぎ
なかった。

 「静かに」

 ペネロープの声にざわついていた場内が一転静まり返る。それ
に気を良くして彼女はアリスを紹介する。

 「今日、新たに童女に加わった子がいます。すでに顔を見た人
も多いと思いますが、まだ慣れないことも多いはずですから一番
下の妹として面倒をみてあげてください」

 ペネロープは座ったままでアリスを紹介した。だがアリスには、
「立ってご挨拶なさい」と命じたのである。

 それに答えてアリスが
「今度みなさんの妹となったアリスです。よろしくお願いします」
と言うと、ささやかながら場内から拍手が沸き起こった。

 以後は普段と変わらぬ食事風景となりアリスの前に次々に並べ
られた食事もフランス料理のフルコースディナー。ただし、緊張
していた彼女にはその美味しさを堪能する余裕はまだなかった。

 だから、部屋に戻ってきてケイトに質問されてもアリスは答え
ようがない。

 「どうだった。料理。鴨の肉美味しそうだったじゃない」

 「…そんな料理あったかしら、知らないわ」

 アリスは怪訝そうに首を振る。

 「何言ってるのメインディシュよ。じゃああの魚料理は、つけ
あわせトリフじゃないの」

 「………」これにも彼女は首を振るだけ。しまいには

 「それ、どんなお皿に乗ってたっけ…」

 と逆に質問する始末だった。

 食事中の彼女はただただ出てきた料理を口に運ぶだけ。どうか
粗相が無いように終わってほしいと願うだけだった。

 「なんだつまんないなあ、こんなチャンス、あとはお誕生日ぐ
らいなものなのよ」

 ケイトはお湯をはった洗面器に浸したタオルを絞ってアリスに
渡す。二人は裸になってそれで体を拭くのだ。

 「私の誕生日にはまたあそこで食事しなくちゃいけないんです
か?」

 「そうよ、あなた嫌なの」

 「だって緊張しちゃって」

 「あなた変わってるわね」

 アリスとケイトの話にそれまで本を読んでて参加していなかっ
たアンまでが加わる。

 「いいじゃないの。それだけこの子は権威を尊ぶすべを知って
いるのよ。だから目上の人に好かれるの」

 「そうか、私達みたいになすれっからしじゃ可愛げなんてない
ものね」

 「あ、また言った。何でもかんでも私達って言わないでちょう
だい。少なくとも私は権威を尊ぶすべも知っていますし、可愛い
つもりでもいるんですから」

 「何言ってるの、女の子のくせにネイチャーなんか読んでる子
のどこが可愛いのよ」

 「いいでしょう。個人的な趣味にまで口を挟まないで。そんな
事よりあなた宿題すんだの。私、あんたの汚いお尻にもう二度と
ワセリン塗ったりしないわよ。獣みたいな悲鳴を一晩じゅう聞か
されるもうんざりよ」

 「わあ、感に触る。アン、私がいつ獣みたいな声をあげたのよ」

 「いつもやってるじゃないの。オランウータンが発情したみた
いなヘンテコな声を張り上げて……」

 「失礼ね。あれは可愛い子ぶって泣いてるだけでしょう。黙っ
てお仕置き受けてたら可愛くないって言われそうだから……」

 「あっ、そうなの。ああ言えばこう言う。こう言えばああ言う。
あなたってまったく天邪鬼なんだから……だいたいね。どっちに
しても、あれなら完全に逆効果ね」

 「そうだ、それはそうと、あなた今日はもう反省室に行ったの」

 「え、いいえ。今日は叱られたこともなかったから」

 「いえ、そうじゃなくて。コリンズ先生の処へは毎日いかなけ
ればならないの。すっぽかすと大変よ」

 「わあ、どうしよう」

 「とにかく今からでも行った方がいいわね」

 アリスはあわてて反省室へ。

 「ねえ、アン。あの子いくつもらってくるかしら」

 「そうねえ、普通なら一ダースってところだけど。今日は初日
だから大負けに負けて半ダースってところね」

 「私はそんにいかないと思う。あの子、コリンズ先生にしても
結構、気に入られてるみたいだもの。三つじゃないかな」

 「それじゃあ、罪が無いってことと同じじゃない」

 「そういうこと」

 「いくらコリンズ先生でもそこまでは甘くないわよ」

 「じゃあ、賭ける」

 「いいわよ」

 しかし、この二人の賭けはそもそも成立しなかった。アリスは、
結局、ただの一回も鞭をもらわずに帰ってきたのである。


****************<了>********

第3章 童女の日課(1)

<The Fanciful Story>

           竜巻岬《8》

                      K.Mikami


【第三章:童女の日課】(1)
《童女初日1》


 童女となったアリスには、幼女の時に受けたのと同じ仰々しい
儀式が待っていた。ペネロープから賜り物をさながら聖体拝受の
ようなうやうやしさで受け取るあの儀式だ。
 そして、それが終わるといきなり素裸になるように命じられた
のである。

 「裸になりなさい。身につけているすべてを脱ぐのです」

 ただ、ペネロープにそう言われてもアリスはまったく驚かない。
幾多の試練に耐えてきた彼女は、まるでお風呂にでも入るような
気軽さでペネロープの要望に答えたのだ。

 「美しい体をしていますね。お乳も張り、ウエストも締まって、
…お尻にも、だいぶ肉がついてきたみたいだし……」

 ペネロープは羨ましげに若い体を眺める。

 「後を向きなさい。……もう、先日の傷跡は消えたみたいね」

 皺々かさかさの手がアリスの双丘に触れると、反射的に電気が
走った。
思わずアリスのお尻がぷるんと飛び上がる。

 「いいわ、こちらを向きなさい」

 ペネロープは再びアリスを向き直らせると、愛用の籐椅子から
五十センチの所へアリスを立たせたまま、あとは何もしなかった。

二人だけの部屋に沈黙の時間が訪れる。

「……どう、恥ずかしい」

 ペネロープが次に口を開くまで二分とかからなかったが、観賞
され続けたアリスに にしてみればその間が一時間にも感じられ
るしじまだ。

 「いいえ、お母さま」

 「そう、……でも、これからは恥ずかしいと感じるようになら
なければならないわね」

 ペネロープの答えはアリスには意外だった。これまではずっと
『恥をかけ』『恥ずかしさに慣れろ』と言われ続けてきたような
気がしていたからだ。

 「これまではね、前の人生の錆び落としが目的だったの。でも、
これからは、ここでの生活に必要な素養や教養を学んでいかなけ
ればならないわ。女の子にとって恥ずかしいと感じる心は大事な
素養の一つよ」

 「では、もう人前でパンツを脱がされることはないんですか」

 「見ず知らずの人たちの前ではね……でも……お仕置きは別。
これからあなたはいろんな先生にいろんなことを習うけど、その
先生たちには一定の懲罰権を与えているの」

 「………」
 アリスはあからさまにがっかりした顔になった。

 「……ただ、幼女の時のように薮から棒にパンツを脱がされる
なんてことだけはないわね。悪さをしない。怠けない。規則さえ
守っていればその危険はぐっと少なくなるはずよ」

 ペネロープはそれだけ言うと再び口を閉じた。そしてその後も
ずいぶんと長い間、アリスの裸の体を眺め続けたのである。

 一方のアリスはペネロープに見つめられたまま何もすることが
できない。全裸のまま義母の前にただただ立っていなければなら
ないのだ。特段の恥ずかしさはないが何か悪さをして立たされて
いるような不思議な気持ちになる。

 そのうちペネロープが静かに目を閉じて考え込むようになった
のでアリスは部屋のあちこちを見回し始めた。

 まるでベッドの上を歩いているような厚い絨毯に乗っているの
はペネロープの籐椅子と自分自身。それに脱ぎ散らかした服だけ。
作り付けのクロークだろうか、壁には大きな扉がいくつもついて
いる。

 本が並ぶ本棚、お人形の住まいの飾りだな、たくさんのお花が
生けられた大きな花瓶とそれを支える小テーブル、クラシックな
事務机や椅子。コブラン織のタペストリーは女性同士のいわゆる
69。山百合を模した鉄枠窓からは春を告げる東風がゆるやかに
流れこんでいた。

 「アリス」

 アリスはそのきつい声にはっとして正面を向く。
 「あっ、はい……」
 そこには不機嫌そうなペネロープがいた。
 彼女は何も言わずただ膝を叩く。

 「………」

 どうやらここにうつぶせになれというのだろう。アリスとして
はお仕置きされる心当たりがないのだが、彼女はそれに応えざる
を得ない。

 「ピシッ、ピシッ、ピシッ」

 スナップのきいた一撃が三つアリスのお尻に炸裂する。しかし、
お仕置きはそれだけだった。

 そして再び、アリスは立たされたまま放置される。
 ペネロープはまた目を閉じたが、今度はアリスがよそ見をする
ことはなかった。

 「…<いったい何をしているんだろう?>…」

 アリスにはペネロープの行動はまったくの謎だった。
 そう、それは彼女がペネロープくらいの年令になるまで、それ
はまったくの謎だったのである。

***************************

 数分後、ペネロープは一人目覚めて呼び鈴を鳴らす。
 メイドにアリスのための服を用意させるためだ。

 「はい、ペネロープ様」

 呼ばれたメイドがいったん引き下がって再び現われた時、彼女
の手には臙脂のジャンパースカートとピンクのブラウスがあった。
靴下はレースの付いた短ソックスだか、下着は飾り気のない綿の
ショーツとスリップだけ、ブラジャーもまだ許されていなかった。

 「これからあなたが寝起きするお部屋を案内してあげましょう」

 身仕度がすんだアリスを伴ってペネロープは城の東側へと進む。
そこに童女や少女たちが暮らす一角があった。

 部屋の前まで来ると、はしゃいだ声がする。

 「何か楽しそうね」
 そう言ってペネロープが入っていくと、それまでの嬌声がぴた
りと止まった。

 「紹介するわね。今度、この部屋で一緒に暮らすことになった
アリスよ」

 アリスはまず背の低い子の方へ握手を求める。
 彼女は童顔で金髪を三つ編みに束ねているが、背はアリスの肩
ぐらいしかない。

 「彼女はアン。おちびさんだけど勉強はできるのよ」

 「よろしくアリス」

 「よろしくお願いします。アンさん」

 「そちらのノッポさんは、ケイト。ちょっとおっちょこちょい
だけど、なかなか心根のやさしい子よ」

 ケイトは、浅黒い顔にショートカットヘアーで、スポーツマン
タイプ。アンとは対照的にアリスの方が彼女の肩ぐらいまでしか
身長がなかった。

 「よろしくお願いします。ケイトさん」

 「よろしくね、アリス」

 「ベッドはこの間までリサが使っていたのが空いてるからそれ
をお使いなさい。私は戻るけど、わからないことがあったらこの
二人にお聞きなさい。…………二人とも妹の面倒をしっかりみて
やってね」

 「はい、お母さま」「はい、お母さま」「はい、お母さま」

 期せずして三人の声がコーラスのようにそろった。

 そこでこれもまた期せずして笑いが起こる。

 ペネロープが部屋を出るとアリスはたちまち質問攻めにあった。

 「どこから来たの?」「ロンドンは変わった?」「マンチェスタ
ーは?」「昔の名前は?」「ボーイフレンドいたの?」「今は街で
どんな服が流行ってるの?」「ビートルズが解散したって本当?」
「ねえ、あなた、今、いくつなの?」

 立て続けの質問はアリスを困惑させる。彼女たちは、アリスに
興味があるというより外界の情報に飢えていたのだ。
 しかし、アリスにしてもその質問の多くに答えることができな
かった。

 「ねえねえ、チャールズ王子が学校で女王陛下の写真を売って
お小遣い稼ぎしてたって本当?」

 「知らないわ、私だってもうここへ来て一年にもなるのよ」

 「一年?!」
 「たった一年なの!」

 二人は思わず顔を見合わせる。彼女たちは童女になるまで四年
もかかっていたのだ。それがたった一年前まで娑婆にいたなんて
彼女たちには信じられないことだったのである。

 「一年前ってことはあんた十四歳で竜巻岬から飛び降りたの」

 「へえ、当時はまだ子供じゃないの」

 「今でもよ。だってあなたまだ十五歳なんでしょう」

 「ええ、まあ…」

 「羨ましいわね」

 「どうしてですか」

 「だって私たちみたいに演技なんてしなくても地のままで生活
できそうじゃない」

 「そんな。私だってそんな幼い頃のことなんて」

 「冗談よ。でも、私たちより有利なことは確かね。年代が近い
もの」

 「アンさんはいくつなんですか」

 「あなたの倍以上生きてるわ」

 「彼女にしてもあなたから見れば十才以上お姉さまよ」

 「お二人はどうして自殺なんか考えたんですか」

 アリスが質問すると二人は急に苦虫をかみ殺したような複雑な
表情の笑いを浮かべてそれには答えない。

 「ここでは自殺の原因に触れることはタブーよ」

 「ごめんなさい。私、無神経で」

 と、話はここでひと区切りついた。
 ところが、思いついたようにケイトが言う。

 「アン、こうした場合。やっぱり部屋の掟を今後の教訓として
この子に残すべきじゃないかしら」

 すると、アンもまた、思いついたように……

 「そうね。今日が初日で可哀相なのは可哀想だけど、やっぱり
掟は掟だものね」

 「掟って?」

 「だから、あなたが他の人の自殺の原因に触れることよ」
 「そうよ、……そういうのって……ここじゃ一番のタブーなの」

 二人は目配せをしてお互いの意志を確認するのだ。
 そして……

 「アリス、この部屋ではね、掟を破った子には愛のお仕置きが
あるの」

 アリスはアンの言葉を耳元で聞きながら彼女が指し示す方向を
見ると、すでにケイトがベッドに腰を下ろして手招きしている。

 「ごめんなさい。私、まだここの掟を知らなかったんです」

 後ずさりするアリスをアンが抱き、耳元でこう囁くのだ。

 「それは知ってる。だから、可哀相だとは思うわよ。だけど、
昔から言うでしょう。『鞭を惜しむはその子を憎むなり』って。
私たちはあなたを憎みたくはないのよ」

 アンがアリスを少し強くお腹と胸で押すと、アリスはそれには
逆らわなかった。

 「さあ、さあ、お仕置きを受ける時はどうするのかしら。……
教育係りに教えてもらったでしょう」

 促されるままアリスはケイトの足元に膝まづくと、両手を胸の
前で組む。

 「今日、お仕置きを与えてくださいます先生に感謝します。心
を入れ替えるチャンスを与えてくださいました神様に感謝します」

 「よろしい。ではこちらへいらっしゃい」

 ケイトが地声を一調子下げて、自分の膝を軽く叩く。
 もう、その後はお定まりの光景だった。

 「…パン…パン…パン…パン…パン…パン…」

 半ダースほどスナップのきいた平手打ちが白いお尻を直撃した
だけですでに声が出始める。

 「…ああ、いや……痛い……ごめんなさい……ああ、……ああ」

 「…パン…パン…パン…パン…パン…パン…パン…」

 一ダースを越えるあたりからは可愛いお尻が跳ね回り、慌てて
アンが取り押さえに走ったが、とうとう二ダースもいかないうち
に、二人は獲物を取り逃がしてしまったのだった。

 アリスは目を真っ赤にして荒い息をつき、時々嗚咽も混じって
いる。

 このあまりにも幼い新人に、二人は思わず苦笑いだ。

 「どうしたのお嬢ちゃん。そんなに痛かった。このくらいの事
で音を上げてるようじゃ、立派なレディーにはなれませんことよ」

 「ごめんなさい。私…もう、一度やりますから」

 二人はアリスの言葉に再び笑い転げる。そして、これは何より
のおもちゃが手に入ったと思ったのである。

***************************

 初日に手荒い祝福を受けたアリスだったが、同室の二人は年令
も若く経験も浅い妹にとても親切だった。ベッドメイクから食事
のマナー、勉強に至るまで、二人がこまめに世話を焼いてくれた
おかげで、アリスはなに不自由なく童女の生活をスタートさせる
ことができたのである。

 童女の生活は朝六時に起床。目覚ましはないが、メイドが汚れ
物を片付けるついでに寝坊助のシーツを剥ぎ取るので、たいてい
起きることができる。

 その追剥ぎが残していった洗いあがりのシーツでベッドメイク
をすませると、次はシャワー室へ。
 シャワー室といっても個室はなく、天井に這わせた細いパイプ
に穴があいているだけのシンプルなもの。そこへ一列にならんで
体を洗うのである。

 「あ、私、自分でやります」

 シャワー室に入ったアリスはメイドが自分の体を洗おうとする
ので思わず声をかけたが、それはかなわなかった。

 「駄目よお嬢ちゃん。童女は自分で体を洗っちゃいけないの。
これは私達の仕事だからね」

 腕っ節の強そうなメイドはそう言うとスポンジに石けんをつけ
てゴシゴシとやり始める。胸もお尻も恥ずかしい股間さえも一切
おかまいなしだった。

 たしかにアリスも本当の童女の頃にはそうして洗ってもらった
記憶があるにはあるが、メンスという爆弾を抱え、体つきも変化
した今の身には屈辱的ですらある。

 「我慢しなさい。少女になれば自由になるわ」

 ケイトの視線の先におしゃべりを楽しみながら体を洗っている
少女たちの姿が……。
 しかし、そんな少女たちから少し離れてアリスたちと同じよう
にメイドから体を洗われている子もいるのだ。

 「あの子は」

 「あれはお仕置き。少女にふさわしくないことをした子は……
ああやってお仕置きされるの。あのスポンジ固いから半日くらい
は、お臍の下がひりひりするわね」

 「へえ、ケイトさんよく知ってますね」

 「私も一度は少女に上がったことがあるもの。ここではレディ
になるまではどこに所属させるかはお母さまの気分しだいなの。
少女になってからも童女や幼女に格下げされることなんて、よく
あることなんだから」

 「ケイトよしなさい。そんなこと言ってるとあなたもリサみた
いに幼女へ落とされるわよ」

 アンが注意してその会話はそこで途切れた。


 シャワー室を出て身繕いをすませるとペネロープの所へ行って
朝の挨拶。

 それは童女初日に素裸にされたあの部屋で行なわれる。
 その時は随分広いと思われた部屋だが、十八人もの子供たちが
入れ替わり立ち替わり訪れると窮屈にさえ感じられるから不思議
だ。

 ペネロープは、そんな挨拶にきた子供たち一人一人に声をかけ
る。

 「お早ようございます。お母さま」

 アリスも他の子供たちと同じようにその場に膝まづき、両手を
胸の前に組んで挨拶する。

 「アリス、今日から童女としてのお勉強が始まります。私は、
あなたの学力を知りませんが、おそらく退屈な授業でしょうね。
でも、決して自分の知識をひけらかしたり、退屈な素振りを見せ
てはいけませんよ」

 「はい、お母さま」

 「女の子のお勉強は単に知識を得るだけではなく、人間関係の
大事な躾でもあるのです。あなたはどんな時でも目を輝かせ感動
して大真面目に先生のお話を聞かなければなりません」

 「はい、お母さま。お母さまの意にそうようにいたします」

 「よろしい、アリス。では左手を伸ばしなさい」

 恐る恐る伸ばされた少女の左手首にペネロープは一滴二滴香水
を垂らす。

 すると、そのフローラルな香りがあたり一面に広がり、挨拶に
訪れた他の子供たちにもささやかな波紋を広げたのである。


 次は城主アランへの挨拶。
 ただこちらはペネロープほどには手間がかからなかった。彼の
前で膝まづいて両手を胸の前に組む作法は同じだが、

「お父さま、お早ようございます」
 と言うと……

 彼は、「おはよう」と一言返すだけだったのである。

 朝の食事は大広間で取るのがしきたりで、童女六人、少女七人、
レディー八人がここで一斉に会することになる。

 「わあ、朝からすごいご馳走ね」

 アリスはレディーたちの食卓を見ながらつぶやく。
 しかし、それはレディーたちのもの。

 少女たちが着席するテーブルではやや品数が少なくなり、……
童女である自分たちの席に乗っていたのはコーンフレイクと昨日
のシチューの残り物、それにオレンジジュースが一杯だけだった。

 「なるほどね。おいしいものが食べたければレディーになりな
さいってわけか」

 アリスの愚痴にアンがすぐに反応する。

 「ご不満かしら王女さま」

 アンはおどけてアリスの椅子を引く。

 「いいえ、これだって幼女の時に比べれば、まだましだわね。
だって、オートミルの代わりにシチューがついてるもの」

 アリスは、赤面してすぐにその場を繰り繕ったが……

 「アリス様、どうぞわたくしめのお肉をお召し上がりください」

 ケイトまでもが自分の皿にあったシチューの肉をアリスの皿に
移し替えようとするのだ。ただし、彼女はこうも付け加えたので
ある。

 「その代わり、どうかその高貴な左手をわたくしめに、しばし
お預けを……」

 アリスは訳がわからぬままケイトの前に左手を出そうとするが、
アンがそれをたしなめる。

 「アリス。もったいないからやめなさい。あなたの左手はお肉
の切れ端はおろかレディーたちの食事より貴重なものなのよ」

 「えっ?…どういうこと?」

 意味の分からないアリスはきょとんとしている。
 一方、ケイトはというと、早々にアリスの左手を我が物のよう
に両手で包み込み、愛おしそうに頬摺りを始めているのだ。

 「この香り、いつ嗅いでも麗しいわ」

 マタタビを嗅いだ猫のようになっているケイトを尻目にアンが
説明してくれた。

 「あなたはまだ知らないでしょうけど。あなたのその左手が、
お母さまの香りを放ち続けている限り、あなたはお仕置きの心配
をしないですむの。どんな意地悪な先生も、あなたのその匂いを
嗅げばお仕置きを諦めるわ」

 「まさか、……そんな規則があるんですか」

 「規則というより不文律ね。お母さまが、あなたのデビューを
祝って特別につけてくださったんだと思うけど……」

 「ペネロープ様、いえ、お母さま。何もおっしゃらないから」

 「どのみち半日程度しかもたないの。ただ、お母さまに頂いた
大事な愛の証だもの。大切にしないと罰があたるわよ」

 アンの忠告を聞いたとたん、アリスは思わずケイトに奪われて
いた左手を勢い良く引っ込めた。

 それを周囲の人たちが笑ったことから、アリスはそこで初めて
この会場で自分に注目が集まっていたことに気がついたのである。


****************<了>********

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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