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お仕置きの蔵 <2>

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お灸のお仕置きを扱った読みきり小説です
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        お仕置きの蔵 <2>

 「さてと……それでは、どんなお仕置きがいいかな。……お尻
叩きはこれから学校でやってくださるだろうから、それはそちら
にお任せするとして……お浣腸は真理子が勝手にすましちゃった
みたいだしな。あとは、……やはり、お灸かな」

 父は、穏やかで、にこやかで、独り言のように『お灸』という
言葉をつぶやきますが、私にしてみたら全身の毛穴が一気に鳥肌
へと変わる言葉でした。

 そう、それって学校でいただく鞭のお仕置き以上に恐怖だった
のです。

 今の子どもたちは、そもそもお灸がどんなものかを知らないと
思いますが、私がまだ子供だった時代はこれがまだ盛んに行われ
ていました。

 やり方は簡単。艾(もぐさ)と呼ばれる綿埃を固めたみたいな
小さな塊を皮膚に直接乗せて、それに火をつけるんです。
 台座なんてありませんから直接肌を焼きます。

 その熱いのなんのって……拷問みたいなものです。
 大の大人でも、火が回る時は自ら手ぬぐいを噛んで我慢したり、
たまらず「ヒィ~~」という声を上げるほどでした。

 それを幼い頃にやられてごらんなさいな。
 トラウマ間違いなしです。

 ですから、親サイドからみると効果覿面。
 お灸を一度でもすえられた子は……
 「そんなことしてると、またお灸だよ」
 なんて親に言われようものなら、まるでマンガみたいに、その
動きがピタッと止まってしまうのでした。

 こんなにも効果絶大のお仕置きというのは他にありませんから、
親たちはこれが子どもの肌に火傷の痕を残す危険があると知って
いても、このお仕置きがなかなかやめられなかったのでした。

 当然、私もそんなトラウマを受けた一人です。
 ですから、お灸という言葉を聞いただけで今でも緊張します。
 お父さんの宣告を聞いた瞬間もショックの余りただ呆然として
いました。

 ただ、お母さんがお線香や艾の袋を戸棚から取り出しているの
を見て我に返ります。

 「ごめんなさい、お父さん、何でもしますから、お灸だけは、
お灸だけはしないで」
 私はお父さんの膝にすがりつきます。
 中学2年生でしたが、これだけは恥も外聞もありませんでした。

 もちろん、親子ですからこれには多少甘えの気持はあったかも
しれませんが、でも、もしこれが鞭のお仕置きだったら、ここま
ではしなかったと思います。
 それくらいお灸というのは特別なお仕置きでした。

 「ね、やめてよ。……あんなのされたら、私、お嫁に行けなく
なっちゃうよ」
 私は父の膝で懇願します。

 お灸はもの凄く熱いというのもそうですが、火傷の痕が残ると
いうのも女の子には大問題でした。

 ですから、多くの親たちも娘の将来を考えて人目につく場所は
なるべく避けてすえるようにしていました。

 ただ、それでもお尻のお山やお臍の下には必ず据えられます。
特にお股の中へ据えられる時は、たとえそこが目立たない場所で
あっても、女の子としては自分の体の一部であり急所ですから、
ショックは大きいものだったんです。

 そんな乙女の思いを知ってか知らずか、昔の親は残忍でした。

 「大丈夫だよ。人目につくような場所には据えないから……」
 父は励ますように笑います。

 でもこれ、何もうちの父だけの特別な感性ではなかったと思い
ます。

 他の親たちも、お臍の下にあるビーナスの丘にはやがて下草が
はえて火傷の痕は隠れるだろうし、お尻のお山もお医者様と将来
の旦那様以外には見せることはないだろうから……と勝手に思い
込んでいました。

 いえね、自分の娘がTバックのようなものを身につけるなんて
当時の親たちは想像していなかったんです。
 もちろん大事な娘が婚前交渉だなんて、頭の片隅にもなかった
ことでしょう。

 厳しいお仕置きは今では単純に虐待としかとらえられませんが、
昔は、清純なままで結婚して欲しいと願う親の気持の裏腹だった
ように思うんです。


 「まずは服を着なさい。いつまでもその姿じゃ風邪をひくよ」

 お父さんは落ち着いた口調で、私に服を着るように命じます。
 でも、それは許されたということではなく『お灸のお仕置きを
これからしっかりやりますよ』という父なりの宣言でした。

 母が私のそばに身につける衣服をひとまとめにして置き、私は
半べそをかきながらもそれを一つずつ着ていきます。
 もう、諦めるしかありませんでした。


 着せられた服は、私がお気に入りにしている白いワンピ。
 一瞬、これを見てドキンとします。

 というのは……
 今日はお浣腸ではありませんが、昔、受けたお浣腸のお仕置き
ではお気に入りだったよそ行きの服をオマルの中に敷かれたこと
があったのです。

 「いいから、ここで用を足しなさい」
 両親に鬼のような顔をされて仕方なくオマルに跨ります。

 おまけに、汚してしまったその服を自分で洗わされたうえに、
それを着て街のデパートまでお遣いに出なされたのでした。

 私は気が違ったように何度も洗い直し、何度も嗅いでみました。
幸い臭いは染み付いていません。いくらかシミが残っていますすが、
それも気づく人はまずいないでしょう。

 ですから、客観的には何ら問題ないわけですが……
 だからって私の心に問題がないわけではありませんでした。
 こんな屈辱的な見せしめ辱めがどれほど私の心を傷つけたか…

 『誰かに臭うって言われるんじゃないか』
 『このシミを正体を知られるんじゃないか』
 そんなことばかり考えていました。
 デパートの中を歩く私は計り知れないほどの不安と恐怖で卒倒
しそうだったのです。

 お灸の痕のように人目に触れる不安こそありませんが、受けた
ショックはそれ以上だったかもしれません。

 でも父は男性。そんな娘の気持を慮ることはありませんでした。

 「何言ってるんだ。いい薬だ。恥ずかしいのもお仕置きだよ」
 と、これだけだったのです。


 私はレースで飾られた白いワンピースを着ながら、昔、汚して
しまったよそ行きワンピースのことを思い出していました。

 そして、着替え終わると再び父の前に正座します。

 「お父様、お灸のお仕置きをお願いします」
 両手を畳に着いて、頭を下げて……
 少々時代錯誤ですが、女の子はやらないわけにはいきませんで
した。

 私だって、どうしてこんなことしなきゃならないのか分かりま
せんが、男の子のように「オヤジさあ、どうしてこんなことしな
きゃいけないのさあ」なんて突っかかる勇気もありませんでした。

 女の子は何事も『お付き合い』が大事です。
 訳なんか分からなくても、それで相手が満足したり納得したり
するのなら、『それでいいかあ』と思ってしまうのでした。

 「どうしようか。幾つぐらい据えたらいいのかな?」
 お父さんが逆に目の前の私に尋ねてきます。

 これって、意地悪な質問でした。
 誰だってたくさんお灸を据えられたいなんて思っていません。
できるだけ少ない数を言いたいのですが、もし、私の答えた数が
お父さんが思っていた数より少ないと、反省が足りないと思われ
て、さらにキツイお仕置きってことになりかねません。

 可愛っ子ぶって……
 「一つ」
 なんて答えはNGでした。


 『どうしようかなあ~10じゃ少ないよね。……20じゃ……
まさか30以上なんて言わないよね』
 私の頭はもうパニックでした。

 そんな私にお父さんは助け舟(?)を出します。
 柔和な表情、穏やかな声で私に提案してくれたのでした。

 「どうしようね、そうだね。足の指の股に四つずつ、八箇所。
お臍の下の原っぱに三箇所。お尻も同じ場所に三回で、六ヶ所。
……あとは、尾てい骨の上にも三箇所くらいいるかな。……そう
そう、真理子もいつの間にかオッパイが大きくなってきたことだ
し、乳首の辺りにも小さいのを三つばかりやっておこうか。もう、
お前もそろそろ女を自覚しなくちゃいけない年頃だからね。……
いいかな、そんなところで……」

 お父さんの柔和な顔につられるようにして……
 「はい」
 私は思わず笑顔で答えます。快諾ってな感じでした。

 でも、それは……
 あれこれ思い悩むことから開放された喜びで、思わず手拍子に
口をついて出た返事だったのですが、冷静になって考えてみれば、
これって、今までにない数の多さ。
 私は今までにたくさんのお灸を一度に受けたことがありません
でした。


 「(えっ!?)」
 私は我に返ってすぐに顔を青くしますが、もう後の祭りでした。

 「よし、では私の膝に乗ってごらん。足の指からやろう」
 お父さんは正座したご自分の膝を叩いて、さっそく私のお尻を
催促します。

 「はい、お父さん」
 私は気乗りがしませんでしたが、行かないわけにはいきません
でした。

 幼い子のようにお父さんの膝の上にお尻を乗せて抱っこされ、
両足は畳につけて膝を立てます。後は何もする必要がありません
でした。

 お母さんが靴下が脱がせて、前回据えた場所を確認します。

 ちなみに、この時、お父さんは私の身体を押さえるだけ。お灸
そのものはお母さんの仕事だったのです。

 「まったく、あんたって子はいつになったらお灸のお仕置きを
卒業できるんだろうね」
 母はそう言って、小さな小さな艾を足の指の付け根に乗せて、
お線香を近づけてきます。

 私は幼い頃からお転婆でしたからお仕置きのお灸も幼い頃から
のお付き合いです。特にこの足の指の間は、そこが目立たないと
いうこともあって据えやすかったのでしょう。幼い頃は家の柱に
縛り付けられ、大泣きするなか、過去に何度も据えられた場所で
した。

 「あなた、おとといは、帰ってきたの何時だったのかしら?」
 「……七時です」
 「お父さんのお帰りが遅いのを知ってたのね」

 「(あっ、熱い!!)」
 右足の親指と人差し指の間に錐を立てられたような痛みが走っ
て、私は一瞬身を縮めます。

 ここは場所柄艾も小さいので、火が回るとすぐに消えてしまい
痛みは一瞬なのですが……

 「火曜日の朝、お父さんが『今さっき真理子とすれ違ったけど、
不機嫌そうにして何も言わなかったが、あいつ、何かあったのか』
っておっしゃってたけど……あなた、あの時お父様に朝のご挨拶
しなかったの?……それって、ひょっとして週末の英語のテスト
が悪かったから?」
 「(えっ!?それはお父さんには秘密してあげるって、言った
じゃないの。何で今頃そんなこと言うのよ)」
 普段は、物分りのいいようなことを言ってるお母さんですが、
こんな時は、ここぞとばかりに平気で私の秘密をばらしにかかり
ます。

 「女の子は何があってもご挨拶だけは忘れたらいけないの……
よく覚えておきなさいね!」
 「(あっ、熱い!!)」
 今度は人差し指と中指の間にピンポイントで痛みが走ります。

 もちろん、これも痛みは一瞬でした。

 「この間あなたのシーツを洗濯した時、少しごわごわがあった
けど……あなた、まさか、オナニーなんてしてないでしょうね」
 「してません!!」
 私は一瞬にして顔が真っ赤になり思わず大声が…

 それは母が嘘を言ったからではなく私の大事な秘密だったから
でした。

 「(あっ、熱い!!)」
 今度は中指と薬指の間が……

 もう、お分かりでしょう。母はこんな時、私が過去に犯した罪、
隠しておきたい秘密を足の指に艾を乗せて一つずつ父に報告する
のでした。

 右足で四つ、左足で四つ、指の股は、全部で八箇所あります。
日頃から私の一挙手一投足に目を光らせている母にしてみたら、
八つの罪を父に密告するチャンスがあるわけです。
 『これでも足りないくらいよ』って母は言うかもしれませんが、
八つの罪を父に密告された私は、まるで丸裸にされた気分でした。

 卑怯、卑劣、破廉恥……母にどんな罵声を浴びせても、今さら
どうにもなりませんでした。

 そんな母の密告や讒言を聞いて父がすぐに反応することはまず
ありませんでしたが、私の心が穏やかであろうはずもありません。

 むしろ、父はそんな私を心配してくれます。
 母の言葉に心が裸になって震えている私を、短い時間でしたが
優しく抱きかかえてくれました。

 ひょっとしたら、優しく私を抱きながらも母の言葉の中に本当
にお仕置きが必要な事を探していたのかもしれません。
 そこはわかりませんが……。
 いずれにしてもお仕置きの中の休憩時間。それは不思議なひと
ときでした。

 「大丈夫、誰だって完璧な一日なんてないから……間違ったら
謝ればいい。罰を受けたらいいんだ。その勇気さえあったらいい
んだよ。大丈夫、真理子はいい子だよ」
 結局、この日も父は母の讒言に耳を貸しませんでした。耳元で
お父さんに優しい言葉を掛けられ私は幼い日の真理子に戻ります。
父の懐で甘えます。

 こんなことがあるから、お仕置きなのかもしれません。
 こんなこと、虐待や刑罰ではないことでしょうから……


 さて、そうはいっても、私もいつまでも甘えていられる訳では
ありませんでした。
 お仕置きはむしろこれからが本番だったのです。

***********(2)*************

お仕置きの蔵 <1>

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お灸のお仕置きを扱った読みきりの小説です
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         お仕置きの蔵 <1>

(前置き)

 私が子供だったのは今から50年以上も前のこと。
 その頃の田舎といったら、親が子供を折檻するのは当たり前。
しかも、そのお仕置きについて誰もが納得する理由がないという
ことさえ稀ではありませんでした。

 今ならきっと大半が『虐待』ってことになるんでしょうね。

 でも、多くの子供たちがそうで、私もそうでしたけど、たとえ
厳しいお仕置きを受けても、親を恨むような子はあまりみかけま
せんでした。

 昔の子供は、『親や先生は常に正しいことをしている』と信じ
込まされていた節もありましたから、『よくわからないけど……
きっと、そういうものなんだろう』って親の折檻をあまり疑問視
しなかったんです。

 ぶたれた時は、『運が悪かった』って、これだけでした。

 そうそう、たまに友だちが『親からあんなことされた、こんな
こともされた』って、お仕置きされた事を愚痴ることがあります。
 そんな時、表向きはその子に同情して話を聞いているんですが、
心の中でものすごく興奮していたのを思い出します。

 他人の不幸は密の味ということでしょうか。

 とりわけ、女の子の話には尾ひれがつきますから、彼女だって
事実をオーバーに語って自分を悲劇のヒロインに仕立てていたの
かもしれませんが、それを差し引いても、今の親とはお仕置きの
常識が異なっていたのはたしかでした。

 私の両親についても、個人的にはそれほど常識を外れた人たち
とは思っていませんが、そこのところはわかりません。
 他の家の事を詳しく知りませんから、ひょっとすると、私の家
だけ飛びぬけて子供に厳しい家だったのかもしれません。

 ただ、そんな私も両親を恨むことはありませんでした。

 幼い頃の私にとって日常生活は可もなく不可もなし。おおむね
幸せな世界でした。

 もちろん厳しいお仕置きだって幾度となく経験してきましたが、
それって、今の人達が考えるほど深刻なダメージにはなっていま
せんでした。

 だって、親に愛されていた時間に比べれば、お仕置きされてた
のは短い時間です。小さなエポックに過ぎませんから、それさえ
過ぎれば、またおせっかい過ぎるほどの強烈な親の愛撫が待って
いました。

 親の愛撫とお仕置きが交互にやって来る生活の中で私は自分を
成長させていったのでした。

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(本編)

 私の家はもともと農家でしたが、父が勤め人になったために、
農地は他人に貸していました。
 ただ、農家をやめてもお米を貯蔵しておく為の蔵だけは敷地の
隅にぽつんと残っていましたから、父親はその蔵を改造、二階を
書斎として使っていました。

 ところが、私が生まれ成長していくにつれ、そこはやがて子供
をお仕置きするための空間に変わっていきます。

 何しろ書斎だけで使うにはそこは広すぎるということで、両親
としても広いスペースの有効利用を考えたみたいでした。

 最初の頃は閉じ込めだけでした。

 電気もつかない離れの蔵へ閉じ込められるというのは幼い子に
とってはもの凄い恐怖です。
 昼間だってそうですが、夜に閉じ込められた時なんて気が狂い
そうに叫んでいました。

 もの凄い声で泣き叫び、たくさんたくさんごめんなさいを言っ
てようやく許してもらう事になりますが……さて、効果のほどは
というと、そう長続きはしません。

 一日二日はおとなしくしていても二三日後には、また蔵に入れ
られ……また、ごめんなさいを叫ぶはめになります。

 特に私の場合は、女の子より男の子のお友だちが多いお転婆娘
でしたし、学校の勉強はできません。おまけに手先も不器用で、
お裁縫の宿題などは、ほぼ母の手作りという困ったちゃんでした。

 ですから両親としてもお仕置きのネタには困らなかったみたい
で、三日にあけず蔵通いだったのです。

 でもそうたびたびとなると、ただ閉じ込めただけでは堪えなく
なります。

 以前だったら、親が手を引いて蔵の方へ行くだけでも泣き叫ん
でいたのに、四年生の頃になると慣れてしまい蔵の錠が下りても
うんでもなければすんでもありません。
 出してもらう間は、おとなしく一人遊びしているか、お昼寝を
して時間を潰せばよいと悟るようになっていました。

 こうなると、両親もただ閉じ込めただけではお仕置きとしての
効果が期待できないと考えるようになります。

 そこで、両親が次にとったのが実力行使。
 要するに身体をいじめたり辱めたりする体罰を蔵へ閉じ込める
前や後に付加する事でした。

 最初はいわゆるお尻ペンペンで、母親が平手でパンツの上から
お尻を叩く程度でしたが、年齢が上がっても私の素行がいっこう
に改まりませんから、その体罰は次第に過激なものへと変化して
いきます。

 五年生からはお尻叩きに竹の物差しが使われるようになります
し、六年生になると、それまで土間だった場所に畳が敷かれ……
そこでお灸がすえられることに……その熱かったこと……今でも、
その名残が肌に残っていますし、たまに夢にみたりもします。

 いえ、それだけではありませんでした。
 中学にあがると、両親のお仕置きはさらにエスカレートします。

 思春期に入り、ちょっとしたことでも恥ずかしいと感じる年頃
なのに、それを利用して肉体を虐める体罰ばかりでなく、思春期
の少女が身の置き所をなくすような辱めが公然と行われるように
なるのでした。


 まずは、母屋から罰を受ける蔵までの道中。

 これまでは、当然、服を着ていましたが、そこを素っ裸で歩か
せたのです。

 私が思わず泣くと、母が……
 「恥ずかしい?……でも、仕方がないわね。それだけのことを
したんだから……報いは受けないといけないわ」
 と突き放します。

 あれは中学二年の初夏の頃でしたか、学校でお友だちと一緒に
タバコを悪戯していたのがばれて学校でお仕置きされて帰宅した
日のことです。

 もちろん、それだけだって大変な事なんですが、家でのことを
慮った私がこっそり家からイチヂク浣腸持ち出し、近所路の茂み
で全部出してしまったものですから……

 「あんた、見られたのが節さん(うちのお手伝いさん)だから
まだいいけど、そんなことして、もし誰かに見られたどうするの!
近所中の笑いものになるところだったのよ。あんたも子どもじゃ
ないんだら、少しは後先のことを考えて行動しなきゃ!」

 それを知った母親はカンカンでした。

 結果、
 「そんなにハレンチなことが好きなら、恥ずかしいお仕置きも
必要ね。服を脱ぎなさい!……セーターもブラウスもスカートも
スリーマーもショーツもブラも靴下も……とにかく全部よ!!」
 青筋立てて怒鳴りまくるお母さんに取り付く島もありません。

 こうして新たなお仕置きが追加され、私は素っ裸でお父さんの
待つ蔵まで連行されることになったのでした。


 蔵は自宅の敷地内にあって。母屋からは石畳を100mくらい
歩いた先にあります。けっこう遠い距離ですが見ているのは両親
だけ。しかも周囲を高い煉瓦塀に囲まれていますから、この恥ず
かしい姿がよそに漏れることはないかもしれませんでした。
 ただ、家の敷地内とはいっても私は明らかに晒し者です。

 裏庭へ連れ出された瞬間から、恥ずかしいなんてもんじゃあり
ませんでした。

 母屋にいる時から涙が溢れ、石畳を歩いて蔵に入ってからも、
涙がとめどもなく流れて、私は一生分の涙をここで使い果たした
んじゃないかと思ったほどだったんです。

 小さな窓しかない蔵の中は日中でも真っ暗です。そこにわざと
大きなローソクが何本も灯されていました。
 これはこの蔵に電気が来てないからではなく、私にお仕置きの
恐さを実感させるための親の演出。
 私はすでに中学生でしたが十分効果がありました。

 蝋燭は部屋の四隅にありましたが、たとえ何本並べられていて
も電気に比べればほの暗く、おまけに常に大きな影ができます。
 揺らめく炎はまるで不安な私の心を表わしているようで、その
中にいるだけで私の心の中は穏やかではいられませんでした。

 「おいで」
 いきなり低い声が蔵の中で響きます。

 声のありかを見ると、蔵の奥に敷き込まれた六畳分の畳の上で
お父さんが正座しています。

 私は何一つ服を着ていませんから、恥ずかしいというのは当然
ありますが、私はお父さんの子供ですから、呼ばれた以上そこへ
行かざるをえませんでした。

 土間が畳に変わるあたりで用意されていた雑巾で足の裏を拭き、
畳に上がると、注意深く前を隠し、正座の姿勢で、むこうずねを
ずるようにお父さんの近くへとやってきます。

 何でもないことのようですが、もしこれが二三年前だったら、
私は立ったまま歩いて、お父さんの処へ行ったかもしれません。
でも十四歳ともなると、さすがにそれは恥ずかしくてできません
でした。

 「寒かったかい?」
 お父さんにきかれて、私は無言のまま頭を横に振ります。

 「恥ずかしかったかい?」
 再びお父さんに尋ねられて、今度は素直に頷きます。

 すると、お父さんは……
 「仕方ないな。恥ずかしいことさせてるんだから」
 と答えます。

 そして……
 「立ってごらん」
 と、あらためて私に命じるのでした。

 「はい」
 私は今さら反抗もできないと思い私の全てを見せる覚悟で立ち
上がります。

 父は座ったままですから、当然、私の方が父を見下ろすかたち
になります。
 そして、私のお尻回りがお父さんの視線の高さに。
 いくらお転婆の私でもこれは『恥ずかしい』と思いました。

 「その場で回ってごらん」
 そんな私を、父は正座したままぐるりと一回りさせます。

 もちろんお尻だけじゃありません。私の未熟なオッパイ。お臍。
萌え出したお臍の下。とにかく私がそれまで大事にしていた物が
次から次へとお父さんの間近であからさまになっていきます。

 お父さんだから、まだしもなんですが……一つ一つ丁寧に見つ
められると、もうこの場から消えてなくなりたい気分でした。
 でも、そうもいきませんから、知らず知らず身を縮めて中腰の
姿勢になります。
 すると、ここでも……

 「恥ずかしいのか?」
 父が少し睨んだだけで、私はもう何も言えなくなってしまいま
した。

 「学校でもお仕置きされたんだろう?……………何をしたから
お仕置きされたんだ?」

 「………………(今さら聞かなくても知ってるでしょう)」
 私は心の中で思います。

 「言いなさい。黙ってちゃわからないよ」

 「…………それは……美津子ちゃんと由香里ちゃんと三人で…
……………その…………」

 「三人でどうしたんだ?」

 「タバコをイタズラしてたのを先生に見つかっちゃって……」
 私はぼそぼそっと言ったあと、少し大きな声で…
 「でも、私、吸ってないから」

 私は反論したつもりだったのですが……
 「吸ってない?……でも、そのまま先生に見つからなければ、
お前も吸ってたんだろう」

 「…………それは」

 「だったら、同じことじゃないか。……お前だって、タバコを
吸ってみたいと思ってその場にいたんだろうから……違うかい?」

 「…………それは」

 「だったら、同じことだよ」

 「…………」

 「お前が実際にタバコを吸おうが吸うまいが、世の中がお前に
下す評価は不良少女。そしてお前が通う学校は『不良少女のいる
学校』と呼ばれることになる。お前は、そんなレッテルを学校に
貼ってしまったんからね、それだけでお前は十分罪になるんだ」

 「…………」
 私が小さく頷くと、父はそれを見て…
 「世の中で一番大事なことは信用。罪に問われなければそれで
いいんじゃない。世の中からどう見られているかが大事なんだ。
……わかるかい?」

 「…………」
 私は再び小さく頷きます。
 「お前は女の子なんだから、そこのところはなおさら注意して
暮らさなきゃ。……学校においても。そしてこの家にあってもだ」

 「…………」
 厳とした父の物言いは、もはや私の身がどうにも救われない事
を暗示していました。

 ですから……
 『ここで一発おちゃらけを言って、この場の雰囲気をなごませ
て……』
 といういつもの戦略も、今日は通用しそうにありません。

 「学校ではどんなお仕置きを受けたんだ?」

 「それは連絡帳に……」

 「それは知ってる。でも、お前の口から聞きたいんだ」

 お父さんの命令では仕方ありません。私は大きく一つ熱い吐息
をついてから答えます。
 「…(はあ)……放課後、園長先生のお部屋に三人で呼ばれて、
一人12回の鞭打ちを受けました。…………」

 「……それだけ?」
 私の言葉が途切れるとお父さんは早速催促します。

 それから先は、私の口から言い出しにくいこと。
 きっと、お父さんはその内容を知っていて、わざと私の口から
言わせたかったに違いありません。

 「………………………………………………………………」
 私はしばらく黙っていましたが、お父さんに睨まれればこれも
本当の事を言わざるを得ませんでした。

 そこで一つまたため息をついてから話し始めることにします。

 「…(ふう)……明日から一週間は普段のショーツではなく、
オムツを穿いて登校するようにって園長先生から言われました。
……それから……朝は、しっかり浣腸してお腹の物をできるだけ
出してから登校するようにって……あと……朝のホームルーム前
と昼食後の昼休みと放課後、教務の先生から鞭を六回ずついただ
きます」

 「そうか、それはよかった。どんなに厳しくしても一回だけだ
と子どもはすぐに忘れてしまうからな。継続するというのはよい
ことだ。この一週間は辛いだろうが、きっとよい教訓になるよ」

 「だって、毎朝、お浣腸しろだなんて、無茶よ!」
 思わず不満が口をつくと…
 「お浣腸は、鞭をいただく際に粗相が起きないようにだろう。
大丈夫、お前が心配しなくても、明日の朝はたっぷりのお薬で、
お腹を空っぽにして出してあげるから」

 お父さんの真顔に私は声がありませんでした。
 「…………」
 
 「ただ、今日の事(家の救急箱からこっそりイチジクを持ち出
して、用を済ませたこと)は、お前の不始末が原因だから、学校
は学校として、お家では、また別のお仕置きを用意するからね」

 「(えっ!)」
 ある程度覚悟していたこととはいえ、改めてお父さんの口から
出たお仕置きの言葉に私は血の気を失います。

 「それに、連絡帳にもこうして書いてあるんだ。『真理子さん
については学校といたしましてもそれなりの教訓を授けるつもり
でおりますが、ご家庭におかれましても、何かしら記憶に残るご
処置をお願いいたします』って……」
 父は私の鼻先に連絡帳を差し出します。

 そこには担任の森田先生のペンが走っていました。

 「……これって、お仕置きしろってことなの?」

 父に心細そうに尋ねますと、父は少し馬鹿にした様子で…
 「何だ、ここには『お仕置き』とか『体罰』なんて書いてない
じゃないかって言いたいのか?」

 父は私を笑い…
 「いいかい真理子。たしかにここには体罰とかお仕置きなんて
露骨な言葉は使われてないが、それは、お前の通っている学校が
品性を重んじる学校だから先生も露骨な表現を遠慮されてるだけ
で教訓もご処置も意味は同じ。お仕置きなんだよ。わかったかい、
お嬢様」

 「…………」
 私は、ぼーっと突っ立ったまま無言で頷きます。

 父の声は我が家では権威の塊。子どもはおろか母でさえ、父に
きつく命じられたら素直に従うしかありません。日頃は、父とも
仲良く冗談を言いあったりする私だって場の雰囲気は読めます。
この時ばかりは、面と向かって逆らうことなどできませんでした。

 「ほら、もういいわ。いつまで立ってるの。ちゃんと正座して
ご挨拶なさい」
 「あっ、お母さん」
 いつの間に私の後ろにまわった母が私の肩を叩いて助言します。

 私は慌ててその場に正座しなおすと……

 「お父様、真理子はいけない子でした。どうか、お仕置きで…
…良い子にしてください」
 少し言葉に詰まりましたが、どうにかご挨拶をすませることが
できました。

 今の子どもたちにしてみたら、子どもが親にお仕置きをお願い
しますだなんて、きょとんとしてしまう出来事なのかもしれませ
ん。でも、昔は、家からの追放される代わりにお仕置きで許して
もらっていましたから、こんなことまでもしっかりと子供に義務
付けていました。

 もちろん勘当だなんてこと、私の時代にはありませんでしたが、
それでも、挨拶を拒否すればどうなるか?
 当然ですが事態は同じじゃありません。お仕置きはさらに重く
なります。

 そうならないためにも親へのご挨拶はお仕置きには欠かせない
儀式だったのでした。

************(1)************

12/5 御招ばれ<第2章>(3)

12/5 御招ばれ<第2章>(3)

*)ソフトなソフトなお仕置き小説です。
  私的には……ですが(^◇^)
  あっ、このあたりはR-18解除です。


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 <主な登場人物>

 春花……11歳の少女。孤児院一のお転婆で即興ピアノが得意。
     レニエ枢機卿が日本滞在中に彼の通訳をしていた仁科
     遥との間につくった隠し子。
 美里……11歳の少女。春花の親友。春花に乗せられて悪戯も
     するが、春花より女の子らしい。絵が得意な少女。
     植松大司教が芸者小春に産ませた子。
      二人は父親の意向で母親から引き離されこの施設に
     預けられたが、彼女たち自身は父母の名前を知らない。
 町田先生……美人で評判の先生。春花と美里の親代わり。二人
      とは赤ちゃん時代からのお付き合い。二人は、当然
      先生になついているが、この先生、怒るとどこでも
      見境なく子供のお尻をぶつので恐がられてもいる。
 シスターカレン……春花のピアノの師匠。師匠と言っても正規
         にピアノを教えたことはない。彼女は周囲に
         『春花は才能がないから』と語っているが、
         本心は逆で、聖職者になることを運命づけら
         れていた彼女が音楽の道へ進むのを奨励でき
         ない立場にあったのだ。

 安藤幸太郎……安藤家の現当主、安藤家は元伯爵家という家柄。
       町外れの丘の上に広大なお屋敷を構えている。
        教養もあり多趣味。当然子どもは好きなのだが、
       その愛し方はちょっと変わっていた。

 柏村さん………表向き伯爵様のボディーガードということだが
       実際の仕事は秘書や執事といったところか。
        命じられれば探偵仕事までこなす便利屋さんだ。

 三山医師………ほとんど幸太郎氏だけが患者というお抱え医師。
        伯爵とは幼馴染で、世間でいう『茶飲み友だち』 
       幸太郎氏とは気心も知れているためその意図を
        汲んで動くことも多い。

****************************

 次は春花ちゃんの番です。
 彼女もまた、その出会いの時と同じくオモチャのピアノを抱え
ていました。

 「春花ちゃん。おいで……」
 伯爵様は車椅子から両手を広げて春花ちゃんを迎えましたが、
11歳の少女ははにかみます。彼女は幼な子ではありませんから、
おじいさまの望まれるままにお膝に飛び乗るというわけにはいき
ませんでした。

 「春花ちゃん、伯爵様に失礼よ。バスの中でも言ったでしょう。
伯爵様はあなたを抱いてみたいの。せっかくあなたを求められて
るのにお膝へ行かないなんてもったいないわ……ほら、行って、
行って……」

 町田先生は後ろから抱きついて押し出そうとしましたが、春花
ちゃんが抵抗します。
 すぐに伯爵様が……

 「先生、いいんですよ。やめてください。無理強いはよくない。
……それより、おじいちゃんとしては11月9日を聞いてみたい
んだが、やってくれるかい?」

 「11月9日?……」
 春花ちゃんは、最初それが理解できませんでしたが、すぐに、
11月9日が曲名で私にピアノを弾いて欲しいんだと理解します。

 「いいよ」
 春花ちゃんに笑顔が戻りました。

 彼女はオモチャのピアノをうやうやしく床に置くと自分も床に
お尻を落としてピアノに向かいます。ポニーテールの髪を後ろに
流してポーズを決めます。

 事実はともかく、春花ちゃんの心の中では……
 『私は天才ピアニスト。そのリサイタルが今始ろうとしている』
 という情景になるのでした。

 奇妙な演奏会。
 部屋の片隅にはグランドピアノも設置してあるのに、わざわざ
オモチャのピアノを弾くなんて、ピアノを本気で習っている子供
たちにしてみたら理解に苦しむ光景だったに違いありません。

 ですから……
 「いったい何事?」
 「あの子、何を始めるつもりなの?」
 となるのです。

 でも、理由は簡単でした。
 春花ちゃんは右手でしかピアノを叩けないのです。
 彼女にとってはその右手でメロディーを刻むことだけがピアノ
を弾くことだったのです。

 当然、周囲はあきれ顔、失笑だって起こります。
 「何考えてるのかしらあの子。あれでおじい様へのプレゼント
のつもりなの?」
 「笑わせないでよ。冗談でしょう。あんなのでよかったら、誰
でも、それこそ幼稚園児でも弾けるじゃない」
 「ホント、どういう神経かしら。こっちは、おじい様に聞いて
もらおうと思って一週間必死に練習してきたっていうのに、図々
しいにもほどがあるわ」
 「そもそも、あの子、何弾いてるの?私、あの曲知らないけど」
 「私も知らないわ。単に滅茶苦茶弾いてるだけじゃない」

 散々な言われようですが、春花ちゃんは周囲の雑音をよそに、
トランス状態。お友だちの非難はまったく耳に入りませんでした。

 演奏が終わると、伯爵様だけが笑顔で拍手します。
 そして……

 「おいで……」
 伯爵様は再び車椅子で両手を広げます。

 これで二度目。
 春花ちゃんだって、もうイヤイヤはしませんでした。

 「さあ、いってらっしゃい」
 町田先生にも再び背を押されて、春花ちゃんは初めて伯爵様の
お膝へ登ります。

 緊張した顔で伯爵様のお膝近くまで来ると、いきなり、両方の
脇の下に大きな手が差し入れられ、男の強い力で一気に持ち上げ
られます。

 「あっ!」
 その瞬間、春花ちゃんは思わず声を上げましたが、抵抗したの
はそれだけでした。

 「どうした?こんなおじいちゃんのお膝じゃ嫌かな?」
 伯爵様は春花ちゃんの気持を代弁してそう尋ねます。

 「………………」
 当惑する春花ちゃん。
 ただ春花ちゃんにしてみると、そこは思っていたより心地よい
場所でした。

 春花ちゃんが幼い頃一番よく抱っこしてもらったのは町田先生。
でも、その時とは感触が違います。抱かれているといってもそこ
は軟らかな寝床ではありません。身体を動かすたび、ごつごつと
した強い弾力が身体の芯をグリグリと押してきます。
 それって少し痛いのですが、女の子の春花ちゃんにとっては、
それもまた不思議と気持ちよいのでした。

 おまけにその場所には魅惑的な香りが漂っています。
 嗅いですぐ心地よい花の香りなどとは違いますが、嗅いでいる
うち癖になります。

 『何だろうこの臭い?』
 それって男の体臭というやつなんですが、春花ちゃんは女の子。
自分にはない異性の香りには生理的に心引かれるのでした。

 「いいからじっとしておいで……」
 伯爵様に耳元で囁かれると、それにも心が震えます。体の芯が
熱くなります。とろんと眠くなります。すべてが初体験でした。

 『そうだわ、これって、大西先生の処でも感じたわよね……』
 前にもどこかで感じたようなデジャビュが春花ちゃんの身体を
包み込んでいました。

 そう、お父さんのいない彼女たちにとって男性に触れる機会は
とても少ないのです。そもそも、免疫がありません。ですから、
たまに訪れるその瞬間はとても大きく心の針が振れてしまうので
した。

 最初は嫌がっていた春花ちゃんがわずか数分で今は伯爵様の胸
に顔を埋めてトロンとなっています。まるで『さっき全身全霊で
演奏したからもう気力が残っていない』といわんばかりです。
 そこにいつもの威勢はありませんでした。

 伯爵様は柏村さんに車椅子を押させると、部屋の片隅に据え置
いたピアノに向かいます。
 そして、やおら、春花ちゃんが弾いたばかりの『11月9日』
を左手の和音を添えて演奏し始めるのでした。

 すると、さっきと同じメロディーのはずなのにお友だちの評価
が変わり始めます。
 「これ、さっきの曲かしら?」
 「そうよ。今、この子が弾いた曲だわ」
 「伯爵様が弾くとまるで違った曲に聞こえるから不思議ね」
 「ほんと、これって何の曲かしら?幼い頃弾いた練習曲みたい」

 「綺麗な曲」
 春花ちゃんがつぶやきます。美しい曲でした。
 いえ、春花ちゃん自身、この曲が今さっき自分が弾いた曲だと
思えませんでした。

 「おじいちゃま、これ、私がさっき弾いた曲なの?」
 「そうだよ。とても綺麗な曲だから、私も弾いてみたくなった
んだ。こんなメロディーがすぐに浮かぶなんて、君の心が穢れて
ない証拠だよ」

 「へへへへへへ」
 春花ちゃんは褒められて恥ずかしそうに笑います。
 しばらくは伯爵様の懐で甘えていたい気分でした。

 でも、ほかの子たちの視線を感じて、そのお膝から降りようと
します。すると……

 「待っておいで、今、シスターカレンに向けてお土産を作って
るところだから……」
 気がつけば、伯爵様は、譜面台に置かれた五線紙にお玉杓子を
書き連ねています。

 「君はどのみち楽譜は読めないんだろう?」
 「……うん」
 「だったら、カレン先生に読んで貰えばいい。カレン先生なら
もっともっと美しい曲に仕上げてくださるはずだから……」

 すると、春花ちゃんは顔を曇らせます。
 「先生、私のデタラメなピアノ。がっかりだった?」

 「どうして?……君のピアノはデタラメなんかじゃないし……
がっかりでもないよ。……まったく逆さ。君の弾くメロディーが
あまりにも美しいからカレン先生にお手紙を書く気になったんだ」

 「音符でお手紙?……それでシスターはわかるの?」

 「不思議かい?……でも、大丈夫。大人の世界ではね、これで
『素敵なプレゼントをありがとう』って読めるんだ」

 「ふうん」
 春花ちゃん首を傾げます。5年生の少女にしてみたら、まるで
狐につままれたようなお話でしたが、とにもかくにも伯爵様には
こちらからのプレゼントを受け取ってもらえたみたいですから、
春花ちゃんとしてはそれで十分だったのでした。

 実は、春花ちゃん、これといった特技が何もありませんから、
伯爵様へのプレゼントを何にしようか悩んでいたのです。そこで
一か八かやってみたのがオモチャのピアノだったというわけ。
 頼りは「あなたはこの教会一のメロディーメーカーよ』という
シスターカレンの軽いお世辞だけでした。


 12名のプレゼンが終わると、次はお茶の時間です。
 といっても、かしこまったものではなく子どもたちはテーブル
に用意されたケーキを配られたお皿に乗せてぱくつきます。

 ここでも、伯爵様は今日やって来た一番幼い子を膝の上に乗せ
ておいででした。

 この日一番の年少さんは4年生の女の子。まるでお人形のよう
な顔をしていますから伯爵様のお気に入りでした。
 伯爵様はその子を膝の上に抱いてあやしながら、お隣に陣取ら
せた春花ちゃん美里ちゃんコンビともお茶の会話を楽しんでいま
した。

 「君たち、ここは初めてだよね?どうして私の処を選んだの?
たしか、先週までは大西先生の処だったでしょう?」

 「そうなんだけど……たまには他の処もいいかなと思って……
お友だちから遊園地みたいにたくさん遊ぶ物があるよって聞いた
から……」
 春花が答えます。彼女は苺のショートケーキとシュークリーム、
それにババロアをすでにお皿に乗せていました。

 「そうか、お庭の遊具のことだね。あれは私が子供の頃遊んだ
おもちゃなんだ」

 「うそ!遊園地から持ってきたんじゃないの?」

 「そうじゃないよ。あれは父が買ってくれたんだ。ブランコも
シーソーもメリーゴーランドもジャングルジムも、みんなみんな
戦前の古いものなんだ。だから、あのメリーゴーランドだって、
電気じゃなくて人力でしか動かないからね、遊ぶ時は必ず大人が
一人付き添わなきゃならない。回す時は重労働だって庭師の松吉
がこぼしてたよ」
 伯爵様は軟らかく笑います。

 「でも、捨てなくてよかった。こうして君たちの役に立ってる
んだから。私は、この通り身体が不自由で、君たちと一緒に遊び
たくてもできないからね。ちょうどよかったと思ってるよ」
 伯爵様は猛烈な食べっぷりの春花ちゃんを眺めながら膝の上に
抱いた女の子のためにケーキを取り分けその子の頭を撫でます。

 「ところで、大西先生の処で、君たちはどんなことをしてたの?」

 「どんなことって……お部屋でトランプとかゲームをしたり、
裏の畑でお芋や西瓜を取って来たり、お母さんとクッキーを作っ
たり……おままごととか……お姫様ごっこだけど……先生ってね、
おままごみたいなこと好きみたいだから、お付き合いしてあげて
たのよ」
 春花は一口サイズの苺のショートケーキを頬張るついでに答え
ます。

 「『お姫様ごっこ』って?」

 「私たちと茜お姉ちゃまがお姫様になって、先生も王様の衣装
を着て、好き勝手に劇ををやるのよ」

 「好き勝手に?要するに寸劇を即興でやるんだね……凄いね、
アドリブ劇だよね。上手にまとまったのかな?」

 「分からないわ。でも、そんなことはどうでもいいの。私は、
お母さんの作ったお姫様の衣装を着て踊っていられれば、それで
よかったから」
 と、春花ちゃん。

 「お母さんや明子さんがいつも拍手してくれるの」
 と、美里ちゃん。

 「……時々ね、お父さんが、昔の王様やお姫様がどんな生活を
してたか、教えてくれたわ」
 春花ちゃん、今度は大きなシュークリームもぐもぐやりながら
答えます。

 「そうか、そういえば大西先生は西洋中世がご専門だったね。
楽しかったかい?」

 「うん、とっても……その時の記念写真あるけどみたい?」
 今度は美里ちゃんがババロアを持ったまま笑います。

 「見てみたいな」

 「たくさんあるよ。今度、持ってきてあげる」
 春花ちゃんは遠くのお皿に盛り付けてあったモンブランにまで
手を伸ばします。
 二人はあまりにたくさんのお菓子に驚いてしまいお行儀はよく
ありませんでしたが、伯爵様がそれに対して嫌な顔をすることは
ありませんでした。

 「大西先生は君たちに優しかったみたいだね?」

 「はい、とっても……先月は茜お姉ちゃまにお仕置きがあって
先生とは一緒じゃなかったけど、それまでは寝る時はいつも一緒
のお布団だったんです」
 まだ見た事のないケーキに夢中になっている春花ちゃんに代わ
って、美里ちゃんが答えます。

 美里ちゃんは春花ちゃんより少食なのか、お行儀がよいのか、
春花ちゃんより丁寧に伯爵様に応対します。
 でも、その美里ちゃんの口の周りにもすでに生クリームが沢山
ついていました。

 「そうか、大西先生、お嬢ちゃんのお仕置きまで君たちに見せ
たんだ。(はははは)これは驚いたな」

 伯爵様が感慨深げに漏らすとモンブランを手にした春花ちゃん
が割り込みます。
 「私たち見ただけじゃないよ。お父さんと一緒に茜お姉ちゃま
のお尻叩きまでやったんだから……」

 「そう、お尻をぶつ時の鞭の使い方も大西先生に習ったの」
 美里ちゃんが続きます。

 伯爵様はもう目が回りそうでした。
 いえ、伯爵様の家にだってルールはありました。男の子を中心
にお仕置きの鞭というのも、大人になるまでには一度や二度では
なかったのです。

 でも、それは決して他所の人に公開されることはありません。
信用のおける女中さんや家庭教師の先生を除けば赤く腫上がった
傷だらけのお尻を部外者が見る機会などありませんでした。

 まして、女の子の場合はなおさらです。
 10歳以上の子は完全密室で、悲鳴さえも外に漏れないように
地下室や離れで行われるのが普通でした。
 そんな常識を覆す大西先生のお仕置き事情に伯爵様は驚いたの
でした。

 『でも、それをあえていとわないというのは………それだけ、
大西先生がこの子たちにご執心ということなんだろうな』
 伯爵様は大西家での出来事をそのように理解したのでした。

 そこで、一歩踏み込んで……
 『具体的な話を聞いてみようか』
 そんな気持もふっと心をよぎります。

 「それで、茜ちゃんは、どんな罰を受けたのかな?」

 伯爵様が尋ねると、春花ちゃんはこともなげに……
 「どんなって……普通のお仕置きよ。……お浣腸されてお尻を
ぶたれたの」

 「君たちはお浣腸もお手伝いしたのかな?」
 「それはなかったけど、茜お姉ちゃまがお庭でうんちする処は
見ちゃった(はははは)」
 「そうよ、茜お姉ちゃまったら、お父様に抱っこされてウンチ
してたんだから……」

 「そうかい。そりゃあ大変だったね。見てる方も辛かったろう」

 「そりゃあね。ウンチなんて見たくないけど、お仕置きだから
仕方がないよ。……いい気持はしないけど…でも、私たちだって
寄宿舎ではそのくらいされたことあるから…」

 「寄宿舎のお仕置きってそんなに厳しいのかい?」
 伯爵様が尋ねると、こんどは美里ちゃんがそれに答えました。
 「先生に素直にごめんなさいすればそんなこともないんだけど、
たまに女の子って素直になれない時があるのよ。……そんな時は
先生も意地張っちゃうから、お仕置きが自然ときつくなるの」

 「なるほどね。私は、教会の中って天使の園だとばかり思って
いたから……女の子にお仕置きなんてしないのかと思ってたけど
……違うんだね」
 
 「違うわよ。そんなわけないじゃん。女の子だって人間だもん。
だらしない子も、怠け者も、見栄張りや…やたらと嘘をつく子が
たくさんいるんだから……毎晩、誰かの悲鳴が必ず舎監室の方か
ら聞こえるの」

 春花ちゃんが言えば、美里ちゃんも……

 「お浣腸なんて、オムツをされてベッドに縛り付けられるの。
漏らしてしまうまでそのままよ。とっても残酷なんだから……」

 「でも、その後は先生が片付けてくれるんだろう?」

 「先生が?先生はそんなことしないわ。見てるだけよ。自分で
汚した物は自分で片付けなさいって言われるだけ……とにかく、
それを綺麗にしないとお仕置きが終わらないのよ」

 美里ちゃんが得意になって説明していると二人より年上の子が
たまらず口を挟みます。

 「ちょっと、あんたたち、やめなさいよ。せっかくのお菓子が
まずくなるわ。だいいち、そんな事、伯爵様にお聞かせすること
じゃないでしょう。場所柄をわきまえなさいよ」

 そのあまりの剣幕に二人は思わず下を向いてします。

 彼女の言ってることは正論でした。
 『女の子は、みにくいことや人の嫌がることを口にしてはいけ
ない』
 先生にそう教わっていたからでした。

 伯爵様が施設で行われている女の子のお仕置きについて意外な
ほど無知なのも女の子たちがそうしたことをあえて話題にしない
からでした。


 オヤツの時間が終わると、子どもたちは自由に伯爵邸のお庭や
遊戯室、図書室なんかへ行って遊びます。

 丘陵地の坂道を利用して作った滑り台は50mもあってスリル
満点ですし、電気もモーターでもはなく庭師のおじさんが大汗を
かきながら動かしてくれるメリーゴーランドは、舞台が滑らかに
まわりませんし、乗ってる木馬だってギシギシと音を立てながら
上下します。すべてがゆっくりでギクシャクした動きなのですが、
順番待ちをする子が出るほどの一番人気でした。

 男の子に人気のゴーカートだってあります。
 ただこれもエンジンはありません。坂道を利用して四輪の車が
転がるだけなんです。ですから、終点まで来ると、後はスタート
地点まで自分で押して坂道を登らなければなりませんでした。

 そんなオンボロ遊具でも、子供たちの歓声は絶えることがあり
ません。
 伯爵様もまた子供たちのそうしてはしゃぐ姿を見るのが大好き
でした。
 この日も、木陰に車椅子を止めて子供たちの遊ぶ姿を見つめて
いました。

 「三山先生。ここにいると、先生のお薬はいらんよ」
 伯爵様はいつも付き添わせている主治医に笑顔を向けます。
 そこで、先生の方も……
 「伯爵は、その昔、子どもの甲高い声は苦手だとおっしゃって
ませんでしたか?」
 と切り返すと……
 「ところが、ここに子ども達を招くようになってからそうでも
なくなった。近くでないならなおさらそうだ。金きり声も遠くで
聞けば小鳥のさえずりのようにも聞こえるから不思議なもんさ」

 皮肉めいて伯爵様は語ります。でも、それって、本当は正しい
ことなのかもしれません。昔は多くの浮名を流した伯爵様も今は
好好爺。悦楽の源はすでにレディーではありませんでした。

 レディーを目の前にした子供たち。
 その柔らかい肌に触れ、穢れのない瞳を見つめ、屈託のない声
を聞くと、彼らの生気が自分の体内に取り込まれるようで楽しい
のです。

 若返りの方法に気づいた伯爵様は、できるだけ多くの子供たち
を屋敷に招きいれます。しかも、子どもたちには大人並み待遇を
用意していましたから、子どもたちの間でも人気がでないはずが
ありません。

 伯爵様のお屋敷へ行ってお泊まりしたいという子が殺到、最初
は他のお父さん同様、二人から始めた招待がいつしか定員十二人
となっていました。
 でも、伯爵様がそれで困るということはありませんでした。

 そんなお楽しみの伯爵様の耳元で、柏村さんが囁きます。
 彼は伯爵様に頼まれて何やら調べ物をして帰ってきたところだ
ったのです。

 「施設でのお仕置きは確かに行われておりました」
 「そうか、やはりあの子たちの話は、デタラメではなかったと
いうわけか……」
 「しかも、これがかなり過激でして……」
 「過激?」
 「ええ、実は……」
 柏村さんは付き添いの先生方や子供たちのお泊まりを受け入れ
ているお父さんたちに取材した内容を伯爵の耳元に流し込みます。
 
 「…………」
 それは少なからず伯爵を驚かしましたが、でも、少し考えれば
それももっともなことと理解したのでした。

 「いや、驚きましたよ。こんな可愛くて上品そうな子どもたち
が、施設ではそんな厳しい罰を受けているなんて……」

 柏村さんが驚いたように話すと、伯爵は悟ったようにこう言い
ます。
 「彼らの場合、孤児と言っても氏素性がはっきりしているから
教会もむしろ気を使って育ててるんだろう。そもそも、これだけ
品のいい子が何の体罰もなしにいきなり現れたらその方がよほど
驚異だよ。我々にしてもそうだ。厳しい鞭なくして華族の品格は
守れないとばかり、子供の頃は色々あったね。………わかった、
ご苦労だったね、むしろ、これで納得がいったよ」

 伯爵は、楽しげな子どもたちを見つめたまま、何も言いません
でしたが、その胸中に去来するものは新たなステージへの第一歩
だったのです。

*************(3)************

12/4 御招ばれ<第2章>(2)

12/4 御招ばれ<第2章>(2)

*)ソフトなソフトなお仕置き小説です。
  私的には……ですが(^◇^)
  あっ、このあたりはR-18解除です。


***************************

 <主な登場人物>

 春花……11歳の少女。孤児院一のお転婆で即興ピアノが得意。
     レニエ枢機卿が日本滞在中に彼の通訳をしていた仁科
     遥との間につくった隠し子。
 美里……11歳の少女。春花の親友。春花に乗せられて悪戯も
     するが、春花より女の子らしい。絵が得意な少女。
     植松大司教が芸者小春に産ませた子。
      二人は父親の意向で母親から引き離されこの施設に
     預けられたが、彼女たち自身は父母の名前を知らない。

 安藤幸太郎……安藤家の現当主、安藤家は元伯爵家という家柄。
       町外れの丘の上に広大なお屋敷を構えている。
        教養もあり多趣味。当然子どもは好きなのだが、
       その愛し方はちょっと変わっていた。
 安藤美由紀……幸太郎の娘。いわゆる行かず後家というやつ。
        日常生活では幸太郎の世話を焼くファザコン。
        子どもたちがお泊まりにくればその世話も焼く
       のだが、彼女の子供たちへの接し方も世間の常識
       にはかなっていなかった。

 柏村さん………表向き伯爵様のボディーガードということだが
       秘書や執事、探偵といった仕事まで幅広くこなす。

 三山医師………ほとんど幸太郎氏だけが患者というお抱え医師。
        当然、幸太郎氏の意図を汲んで動く。

****************************

 安藤家にお招ばれできたのは、春花や美里のように伯爵様から
ご指名を受けた子どもたち6名と希望者の中から抽選で選ばれた
6名の子どもたちの合計12名でした。

 安藤家の場合、受け入れる子どもの数が多いため、3人の先生
方も子守役としてチャーターされたバスに一緒に乗りこみます。
先生たちも子どもたちと一緒にお泊まりというわけです。

 こんなこと他の家庭へのお招ばれではありません。
 全ては安藤家への特別な配慮。教会側も子供のこととはいえ、
旧華族様には最大限の気を使っていたのでした。

 でも、それはあくまで大人の事情。
 子どもたちにしてみたら、小高い丘の上にまるでお城のように
建つお屋敷は一度は行ってみたい遊園地みたいなもの。その魅力
はドレスアップしての豪華な食事や天蓋つきのふわふわベッドと
いうだけじゃありませんでした。

 広い広いお庭には、急坂を利用して作った50mもある滑り台
や古い手動式のメリーゴーランド。坂道を下って遊ぶゴーカート。
テニスコートも孤児につき立ち入り禁止なんてことはありません
でした。

 雨の日は、お外で遊べないのでカードゲームや大型モニターの
あるテレビ室などで過ごすことになりますが、そこにもピンホン
やボウリング場(ただし自分でピンを立てる手動式ですが)など
があって子供たちは飽きることがありませんでした。
 もちろん、体を動かすことが苦手なチビっ子インテリさんたち
の為に図書室も開放してあります。

 もう、至れり尽くせりです。
 でもこれ、すべて安藤のおじいちゃんが訪ねて来る子供たちの
ために用意したものだったのです。


 「やったあ~~あれよ、あれ、きっとあれだわ」
 春花が美里の肩を激しく叩いて歓声をあげます。

 「あれって、お城じゃないの」
 美里がいぶかしがると……
 「だから、さっきから言ってるでしょう。本物のお城はむかし
焼け落ちちゃったけど、そのあと伯爵様がお家を建てる時わざと
お城の形にして造ったって……ねえ、先生、そうだよね」
 バスの車内に春花の底抜けに明るい声が響き渡ります。

 町田先生が答えました。
 「そうよ。だけど、あのお城は、伯爵様が地元の発展を願って
観光用として造られたものなの。伯爵様があのお城に住んでらっ
しゃるわけじゃないのよ」

 「なあんだ、お城に住んでるわけじゃないんだ。……じゃあ、
伯爵様は、今どこに住んでるの?」
 「お城の近くに立派なご自宅があるわ」
 「へえ~、伯爵様のお家って小さいんだ」
 「どうしてそうなるのよ」
 「だって、そこはお城より小さいんでしょう」
 「そりゃあそうだけど……あのねえ、春花ちゃん。今はお城に
住む人なんて誰もいないの。伯爵様のお住まいはたしかにお城に
比べたら小さいかもしれないけど、そこはもの凄く広くて立派な
お屋敷なのよ」
 「あ~あ、がっかり。せっかくお城でお姫様気分が味わえると
思ったのに……」

 町田先生と春花のとんちんかんな会話が終了してもバスはまだ
延々と山道を登り続けます。
 結局、15分もアクセルをふかしてやっと、子どもたちを乗せ
た観光バスは、お屋敷の車寄せまで辿り着いたのでした。

 ここで、一行はバスを下りる前、先生から注意を受けます。
 でも、それって目新しいものではありませんでした。
 学校で一回、バスに乗ってから一回、先生はすでに二回も同じ
事を話しています。

 『またか……』
 みんながそう思うのも無理からぬこと。
 でも、ここで帰されてら今までの苦労が水の泡ですから、耳に
タコでも聞くしかありませんでした。

 「いいですか、伯爵様のお屋敷に入ったらお行儀よくしていな
ければなりません。大声をだしたり、廊下を走ったり、もちろん
喧嘩はだめです。次に、家の中にはたくさんのお部屋があります
けど、私たちに与えられた部屋以外、勝手に入ってはいけません。
ドアを開けて部屋の中を覗くのもだめです。……春花ちゃん聞い
てますか?」

 町田先生は、高級外車がずらりと並ぶ車寄せの風景に見とれて
いる春花ちゃんを狙って注意します。
 そして、心配だったのでしょう。こう付け加えたのでした。

 「もし、勝手にお部屋を覗くような子がいたらお仕置きです。
お招ばれに来ているからひどい事はしないだろうと思ってるなら
今から考えを改めなさい。ここも寮と同じです。容赦はしません。
寮にいる時と同じようにパンツを脱がして竹の物差しでピシピシ
お仕置きです。……いいですね」

 「は~い」
 子供たちの力のない声が響きます。
小学生グループは比較的真剣な顔ですが、中学生グループは、
過去に何度も経験していますから『どうせ、そんなの脅かしだけ』
と高をくくった顔でした。

 と、まあここまでなら他の学校の修学旅行でもありそうな注意
かもしれませんが、伯爵邸へのお招ばれは、これだけではありま
せんでした。

 町田先生からマイクを受け取った大隅先生が次にこんなことを
言うのです。

 「いいですか、みなさん。これはたまに勘違いする子がいるの
であえて言いますが、みなさんはお招ばれで来たといってもまだ
子どもの身分です。それに対して、伯爵様をはじめ、ここで働い
ているお手伝いさんや庭で働いている男の人たちはみなさん大人
の人たちです。ですから、あなた方はその方たちの指示に従って
生活しなければなりません。間違っても『私はお客様なんだから』
なんて大柄な態度をとってはいけませんよ」

 「は~い」
 これまた子供たちの力のない声が響きます。

 「ねえ、町田先生、横柄な態度ってどういう態度なの?」
 春花ちゃんが尋ねると、先生は笑って……
 「横柄ねえ~……あなたの普段の態度がそうよ」

 「えっ?…………」
 ショックな言葉が返ってきます。

 それに加えて、美人の誉れ高い町田先生は、春花ちゃんにこう
も付け加えるのでした。
 「伯爵様はよく子どもたちを膝の上に抱きかかえられるけど、
それは子どもたちがとってもお好きだからそうされるだけなの。
決してそれを嫌がっちゃだめよ。伯爵様が気分を害されてしまう
から」

 「わかった。……でも、たぶん大丈夫よ。……だって、この間
も伯爵様に抱っこされたけど、私そんなに嫌じゃなかったから…」
 春花ちゃんは町田先生に白い歯を見せて笑うのでした。


 子供たちはバスを下りると建物の裏手にある入口へ移動します。
もちろん、正面玄関は車寄せの近くに立派なものがあるのですが、
そこは伯爵邸の正式な玄関。ご家族でさえ普段は裏へ回ります。
いくら招待されているといっても子ども風情が出入りできる場所
ではありませんでした。

 ご家族が普段利用している入口は裏玄関と呼ばれていて決して
勝手口ではありません。そこは、まるで温泉旅館の玄関みたいに
広くて、子供たちは玄関先で待っていたお屋敷の女中さんに案内
されて奥へと進むことになります。

 「おじゃまします」
 少女達は玄関を入ると一様に案内してくれる女中さんへご挨拶。
その明るく華やかな声が奥の座敷へも通ります。
 
 そこまではよかったのですが、女が三人寄ったら姦しいとか、
この場合は12人もの集団です。静かにしていろという方が始め
から無理でした。

 「わあ、綺麗なお庭!」
 「坪庭って言うのよ」
 「私、知ってるわ。こういうのって鹿威しとか水琴窟とかいう
んでしょう。うちにはないタイプのお庭よね」
 「当たり前よ、教会に灯篭なんかあっても似合わないもの」

 「ねえ、ねえ、これ花瓶よね?……でも、でっかいわね。……
私の身長より大きくないかしら?」
 「きっとヨーロッパのお金持ちが持ってたのを伯爵様が買った
のよ。フランス映画で見たことあるもの」
 「じゃあ、これ……メイドインフランス?」
 「馬鹿ねえ、それも言うならセーヴルじゃないの」

 子供たちの議論に、訳知り顔で先生が口を挟みます。
 「違うわ。これは有田焼だからメイドインジャパンよ。先代の
伯爵様が輸出仕様の花瓶を特注されたの。ここに伯爵家の御紋が
さりげなく入ってるわ」

 「へえ、だったら日本製なんだ。……ねえ、そういうのって、
底に書いてあるのかしら。『メイド・イン・アリタ』って………
ねえ、ねえ、倒してみるから手伝って……」
 その子が友だちに声を掛けて大きな花瓶を倒そうとしますから、
先生、今度は大慌てで……
 「馬鹿なことしないでちょうだい!もし壊したらどうするの!」
 大声で叫びましたが、時すでに遅く花瓶は倒されてしまいます。

 「ねえ、ねえ、これって、私だったら中に入れそうよ」
 「相変わらずあんたは子供ね。入っちゃえば、かくれんぼする
時、使えるかもよ」
 先生、子供たちの声を聞きながら生きた心地がしませんでした。

 「あれ?この人、誰だろう?」
 「きっと、ここのご先祖よ。何かで功績があったから、きっと
銅像にしてもらってるのよ」
 「何かって?」
 「そんなこと知らないわよ。私ここんちの子じゃないんだもん」
 「わあ、生意気。この人、髭なんてはやしてる」

 「昔の人はよく髭を蓄えてたのよ。珍しいことではないわ。…
……ほら、あなたたち何やってるの!!」

 「ねえ、ねえ、この廊下、スケートができるくらいツルツルに
磨いてあるよ。ほら……」
 「いや、ホント、楽しい。私、滑ってみようか」

 子供たちは中庭の日本庭園に驚き、伊万里の大きな花瓶に驚き、
ご先祖の胸像の頭を叩きます。
 先生は、伯爵様のお屋敷ということもあって、なるべく大声を
出さず、そのたびごとに子供たちへ丁寧な説明を繰り返してきま
したが、さすがにスリッパを脱いで花瓶の置かれた廊下を滑ろう
としますから……

 「いいかげんになさい!!」
 町田先生、とうとう堪忍袋の緒が切れたみたいでした。

 「幸恵、美登里、こっちへいらっしゃい」
 先生に呼ばれた二人。何をされるかはわかっていました。

 「……お尻を出して……」
 二人は先生の命令で両手を膝につけてかがみます。
 中学生の制服ですからそれだけではパンツが見えたりしません
が、こうした場合、スカートの上からというのはありえません。
 スカートが捲りあげられ、町田先生愛用の洗濯ばさみでずり落
ちないように止められてしまいます。

 「ピシ~!!」(ひぃ~)
 「ピシ~!!」(あっっ)
 パンツの上から平手でした。

 「ピシ~!!」(うっ~)
 「ピシ~!!」(いやっ)
 一人ずつ交互にお尻を叩かれます。

 「ピシ~!!」(ひゃ~)
 「ピシ~!!」(だめっ)
 結局、たった3発です。

 先の行事もありますし、まさかこんな処でパンツまで脱がせる
訳にもいきませんから、こんなものですが、学校や寄宿舎でなら、
パンツも剥ぎ取られ、硬質ゴムの特製パドルで12回、たっぷり
と自分の間違いを反省させられるところでした。

 ただ、それでほかの子たちの行いがあらたまったかというと、
そんなことはありませんでした。
 ワイワイキャーキャー、かしまし娘さんたちの賑やかな道中が
続きます。

 「こちらで、しばしお待ちください」
 女中さんに案内されてやってきたのは、次の間と呼ばれている
控え室。伯爵邸の居間はその隣りの部屋でした。
 女中さんが伯爵様に取り次いでから御目文字ということになり
ます。
 
 もちろん伯爵様に話は通っていますからすぐにお許しがでます。
 唐紙一つ向こうのことに大仰だと思われるかもしれませんが、
一口に居間と言っても、そこは庶民サイズではありませんでした。
50畳はあろうかというだだっぴろさです。

 女中さんが唐紙を開けた瞬間、いきなりはるか遠くに一人掛け
用のソファ見えて、そこに伯爵様が腰を下ろしているのがわかり
ます。その遠近感から春花たち新参者は思わず立ちくらみが起き
そうでした。

 「あ~、来たね。待ってたよ」
 伯爵様は満面の笑みで手招きします。
 それは施設で見た時と同じ好好爺の姿です。背後のお医者様や
看護婦さん、それに柏村さんも、やはり後ろで控えていました。

 「お邪魔します」
 伯爵様にそれに呼応して女の子たちがペルシャ絨毯の海を進み
ます。

 「ご招待、ありがとうございます」
 先頭きって伯爵様の前に進み出たのは、やはりこのお屋敷へは
ご常連の一人、谷口敬子ちゃんでした。

 「おう、敬子ちゃん。元気にしてたかい?」
 伯爵様は親しく握手を交わし頬ずりをして、次には敬子ちゃん
を御自身の膝の上に乗せてしまいます。

 敬子ちゃんはすでに中学生。大人の膝の上に乗る年齢ではない
のかもしれませんが、これがこのお屋敷のルールでした。

 伯爵様の膝に乗れば、頭もお尻も太股も身体じゅうありとあら
ゆるところを撫でられます。中には頬に生えている産毛が可愛い
と思わずほっぺたを舐められた子も……

 濃密なスキンシップはおじいさんの望みですから誰に対しても
こうします。
 ですから、これが嫌な子はたとえどんなご馳走が出ても二度と
このお屋敷へは来ませんでした。

 「敬子ちゃんも子供だ子どもだと思ってたけど、いつの間にか
もう立派なヤングレディーだな」
 おじいちゃんは敬子ちゃんをまるでお気に入りのぬいぐるみの
ように抱きしめます。それは、こうすることで若い子のエキスが
自分に乗り移ると考えてわざとやってるみたいでした。

 伯爵様との儀式が終わると、敬子ちゃんは伯爵様のお膝に乗っ
たまま、顔を男の胸の中に押し付けて甘えます。
 伯爵様は、子どもたちが甘える分にはどんなに甘えてきても、
決して嫌な顔をなさいませんでした。

 一息ついて敬子ちゃんは、あらためて小さな箱取り出します。
 「これ、私が刺繍したんです。よろしかったら使ってください」

 箱の中には白いハンカチが一枚。広げるとそこには色とりどり
の糸で縫い上げられた草花の刺繍が……

 「ほう、この刺繍は敬子ちゃんがやったの?……独りで?……
そうかい……こんなに細かな仕事をしたら随分と時間がかかった
だろう。……ありがとう。大事にするよ」
 伯爵様は目を細めて喜びます。

 こうしたやりとりは何も敬子ちゃんだけの事ではありません。
この後に並ぶ全ての子供たちが伯爵様の為に何かしらプレゼント
を用意していました。

 ここでのプレゼントは、お招れを受けた子どもたちが伯爵様に
そのお礼として差し上げるお土産のことなのですが、子供のこと
ですから、もちろん高価なものなんてありませんでした。

 中学生位になると、自分で刺繍を入れた絹のハンカチや手袋、
手編みのマフラー、蝋けつ染めのシガーケースなんていうのまで
持ち込むようになりますが小学生の頃はもっと素朴です。伯爵様
の似顔絵や画用紙でできた紙人形、押し花の栞、なんてのが定番
でした。

 いえいえ、何も形ある物とは限りませんよ。
 楽器が得意ならピアノやヴァイオリンの演奏でもいいですし、
得意な歌を熱唱したり有名な詩を暗記して朗読しても構いません。

 中には何を勘違いしたのか、100点のテストをプレゼントに
持ってきた幼い子もいました。ただそんな時でも、伯爵様は常に
笑顔です。その子と一緒に満点のテストをご覧になって……

 「お~~凄いじゃないか。末は博士になれるぞ」
 とニコニコ。答案用紙を大事そうに胸ポケットにしまわれると、
その子の頭をいつまでも愛おしくなでておいででした。

 そんな常連客のあと、恐る恐るペルシャ絨毯の海を渡ってきた
美里ちゃんの番が回ってきます。
 美里ちゃんのプレゼントは、やはり得意の水彩画でした。

 「おう、これは私だね、水彩で仕上げてくれたんだ。ん~~、
陰影も綺麗についてるし、私も一段と美男子になって嬉しいよ。
よし、これも一緒に飾ろう」
 伯爵様はそう言って美里ちゃんのプレゼントを柏村さんに手渡
すと空いてる壁を指示します。
 そこにはすでにたくさんの絵が飾られていました。

 気がつけば、他の子の絵に混じって、分不相応なくらい立派な
額に先日伯爵様に手渡した美里ちゃんの絵が飾られていました。

 「おいで」
 伯爵様はあたりをキョロキョロ見回していた美里ちゃんの目の
前に両手を出してご自分の膝の上に抱き上げます。

 最初は、頭をなでなでしたり、ほっぺを頬ずりしたりしていま
したが、そのうち、その可愛らしい指をパクリ。これはほかの子
にはない特別な愛情表現でした。

 きっと、『食べちゃいたいくらい可愛いよ』ということなんで
しょうが、でも何よりよかったのは美里ちゃんがそんな伯爵様を
嫌がらなかったこと。むしろ、笑って応えたことだったのです。

 そのご褒美ということでしょうか。以後、里美ちゃんは自分が
望みさえすれば、伯爵様が必ず招待客の一人としてリストアップ
すると約束してくれたのです。そう、このお屋敷の永久会員です。
 豪華な料理も、ふかふかのベッドも、図書室の高価な美術書も、
美里ちゃんはそのすべてを笑顔一つで手に入れることができたの
でした。

****************(2)*********

12/3 御招ばれ<第2章>(1)

12/3 御招ばれ<第2章>(1)

*)ソフトなソフトなお仕置き小説です。私的にはですが(^◇^)

***************************

 <主な登場人物>

 春花……11歳の少女。孤児院一のお転婆で即興ピアノが得意。
     レニエ枢機卿が日本滞在中に彼の通訳をしていた仁科
     遥との間につくった隠し子。
 美里……11歳の少女。春花の親友。春花に乗せられて悪戯も
     するが、春花より女の子らしい。絵が得意な少女。
     植松大司教が芸者小春に産ませた子。
      二人は父親の意向で母親から引き離されこの施設に
     預けられたが、彼女たち自身は父母の名前を知らない。

 安藤幸太郎……安藤家の現当主、安藤家は元伯爵家という家柄。
       町外れの丘の上に広大なお屋敷を構えている。
        教養もあり多趣味。当然子どもは好きなのだが、
       その愛し方はちょっと変わっていた。
 安藤美由紀……幸太郎の娘。いわゆる行かず後家というやつ。
        日常生活では幸太郎の世話を焼くファザコン。
        子どもたちがお泊まりにくればその世話も焼く
       のだが、彼女の子供たちへの接し方も世間の常識
       にはかなっていなかった。

 柏村さん………表向き伯爵様のボディーガードということだが
       秘書や執事、探偵といった仕事まで幅広くこなす。

 三山医師………ほとんど幸太郎氏だけが患者というお抱え医師。
        当然、幸太郎氏の意図を汲んで動く。

****************************

 次の御招ばれの日が来ました。

 招待してくださるお父様たちがホールにずらりと居並ぶなかで、
春花と美里は、他の紳士たちと談笑する大西先生の脇を、抜き足
差し足ですり抜けていきます。
 そう、まるで門限破りした子が親に見つからないようにそうっ
と家の中へ入り込む、そんな感じでした。

 『どうして二人がそんなことをしたのか?』ですか……

 だって、このお二人さん、もうここ何ヶ月も続けて大西先生の
処へご厄介になっているでしょう。それが今回は方向転換して、
他に適当な家はないかと物色しているもんですから、大西先生に
見つかりたくなかったのです。

 どうやら二人には、大西先生と顔を合せるのは気まずいという
思いがあるみたいでした。

 でも、大西先生は紳士ですからね、そんな二人が逃げるように
安藤伯爵のもとへ出かけて行ったとしても何も言いません。
 先生は、先月、二人に茜さんへの厳しいお仕置きを見学させて
いましたからね、『あれを見てきっと嫌気がさしたんだろう』と
分かっていたみたいでした。

 ですから、全ては承知の上……

 「おや?あの二人、今日は先生のところに来ませんね。鞍替え
されちゃいましたかね?」
 話相手の渡辺さんにからかわれても、先生、余裕の笑顔でした。

 「いや、いいんですよ。二人には、先月、娘のお仕置きを見せ
ちゃいましたから……。きっと、それが恐かったんでしょう」

 「おやおや、それはまたどうして?娘さんのお仕置きそんなに
急を要するようなことだったんですか?そんなこと二人が帰って
からでもよかったでしょうに……」

 「もちろん普段ならそんなことしませんよ。ただ、あの子たち、
本気で私のところで暮らしたいという希望を持ってるみたいで。
だったら、私の方も『本気で娘として育ててあげますよ』という
つもりで、わざとそういうところも見せたんです」

 「なるほど、『娘として本気で受け入れるためにはお仕置きも
当然、受け入れてもらいますよ』というわけですな。生真面目な
先生らしいや」
 渡辺さんは笑います。

 「でも、そんなことしたら、あの二人、もう二度と先生のお宅
に来なくなっちゃうんじゃありませんか?」
 渡辺さん心配してそう言うと……

 「別にそれはそれで構いませんよ。無理強いする必要もありま
せんから。それより、あの子たちには今のうちにいろんな家庭を
知っておいて欲しいんです。将来、あの子たちが聖職者となった
時、こちらも浮世離れした説教は聞きたくありませんから」
 先生はあっさりとこう言い放ちます。

 ただ、先生、心のうちでは……
 『二人はいずれ私の処へ戻る』
 という確信めいたものはあったみたいでした。


 春花と美里の二人はとあるおじいさんの処へとやってきます。
 そこでは、すでに数人の子供たちがこのおじいさんの前に並ん
でいました。

 二人はその列に迷わず並びます。

 「やっぱり人気あるわね。安藤伯爵様」
 春花が美里に耳打ち。
 「私、こんな絵で大丈夫かしら?」
 美里は心配そうに持ってきた自分の絵を眺めます。
 「そんなのやってみなきゃわからないでしょう。とにかくチャ
レンジあるのみよ。抽選の列に並ぶのはそれからでもできるもの」
 春花は意気軒昂。この時彼女は小さなオモチャのピアノを抱え
ていました。

 実は、このお招ばれ会。子供の側だけでなくお父さん側も施設
の子どもたちを指名することができました。
 もし、相思相愛ならめでたく親子カップル成立というわけです。

 大西先生の場合は、お金持ちというほどではありませんから、
お招ばれの定員は二人だけですが、安藤伯爵の場合は、町一番の
資産家ですから、子どもたちをいつも12名以上も招待してくれ
ます。

 広いお庭にはたくさんの遊具が並び、図書室には毎週通っても
読みきれないほどの本があります。もちろん食事だって豪華です
し、天蓋つきのベッドなんて恐らくここ以外ではお目にかかれな
いかもしれません。

 ですから、そんなにリッチなお宅で週末を暮らそうと、多くの
子どもたちが手に手に自慢の品を携え、伯爵様のご指名を得よう
として売り込みをかけてきます。
 春花と美里が並んだのもまさにそのための行列だったのでした。

 子どもたちは、自分の番がきて伯爵の前に立つと、自分が最も
得意とする自慢できる芸を披露します。

 歌の上手い子は歌を歌いますし、楽器のできる子はそれを演奏
してみせます。手先の器用な子は自分で刺繍した手袋やハンカチ
をプレゼントするというのもごくポピュラーな方法でした。

 いえ、いえ、なかには女の武器を使う子も……

 「おじいちゃま、抱っこ」
 そう言って、いきなりおじいちゃんのお膝に飛び乗る子もいる
のです。

 伯爵様は車椅子生活ですが、子ども好きで知られた人ですから、
たとえ少々お膝に負担がかかってもそんな子を邪険にはしません。
 もし、笑顔の少女の頭を伯爵様が優しく撫でてくれたら、もう
女の子の勝ちでした。

 ただこれには年齢制限や体重制限がありますから、ごく幼い子
に限られます。春花や美里にはもうその資格がありませんでした。


 そんな幼い子の飛び道具を見た後に、とうとう春花と美里の番
がやってきます。

 二人は、この時伯爵様だけでなく、その後ろに控える大人三人
からも自分の芸を見られることになります。
 というのも、伯爵様はご高齢で病がちでしたから、どこへ出か
ける時もお医者様と看護婦さん、それに屈強なボディーガードの
三人を引き連れていたのです。

 「安藤のおじいちゃま、どうか、私たちを自宅に招待してくだ
さい。お願いします」
 「安藤のおじいちゃま、どうか、私たちを自宅に招待してくだ
さい。お願いします」
 心臓が飛び出そうな緊張のなか二人は美しく揃ったハーモニー
で安藤老人に売り込みを掛けます。
 実は、どちらが最初か決めていなかったのです。

 その二人の声に伯爵様は満面の笑み。ですから、まずは第一歩、
そこは成功したみたいでしたが……でも、すぐに鋭い質問が飛ん
できます。

 「君たちは、たしか…大西君の処へよく遊びに行ってたみたい
だけど、今日はそちらへは行かないのかね?」

 予期しない質問に二人は戸惑いますが、春花が意を決して先月
のことを……。

 「先週も大西先生の処へ行ったんですが……そこで娘さんの、
お仕置きを見ちゃって……それで、他の処でもいいかなあって」

 「なるほど……それで恐くなって、今週は私の処へ来たという
わけか……でも、君たち自身はぶたれたりしなかったんだろう?」

 「ええ、それは……」
 
 「そうか、君たちが何か粗相をしたわけじゃないんだね」

 「……はい」
 
 「よし、よし、だったら問題ないな……で、君たちは何を披露
してくれるのかな?」

 「………………………………………………」
 出し物を伯爵様にせがまれた二人、踏み出すのに少しだけ勇気
が必要でしたが、この時は先に美里ちゃんが動きます。

 「わたし、伯爵様のために絵をかきました」

 「そうか、見せてごらん」
 老伯爵は、美里ちゃんが差し出す絵を受け取る瞬間、その手を
とって美里ちゃんの身体をそっくりご自分の膝の上へ乗せてしま
います。

 車椅子生活の伯爵でしたが、その腕力は相当のものでした。

 こうして、おじいちゃんは美里ちゃんをお膝に乗せてその絵を
鑑賞することになります。

 「パステルと水彩か……ん?……これは……ほう、これ私かね。
なかなか上手じゃないか。特徴をよくとらえてる。下手な似顔絵
描きよりよほど味があっていいじゃないか」
 伯爵様は笑顔。好感触でした。

 「こちらは、水彩の風景画か。ここの中庭だね。綺麗な風景だ。
風がそよいでいる感じがよく出てる」

 こちらも好評価でしたが、突然、伯爵はボディーガードの柏村
さんを呼び寄せます。そして……
 「柏村、水彩の道具を借りてきてくれ」
 と、命じるのです。

 思わず柏村さん、『えっ!?水彩絵の具ならこちらに……』と
言おうとして口をつぐんでしまいました。
 実は伯爵、自分で描いた絵を見せに来る子があまりに多いので
絵の具はいつも手元に準備しているのです。

 しかし、柏村さんはその事にはふれませんでした。
 「承知しました」
 と一言だけ。絵の具を借りに舎監の部屋へと出かけます。

 その水彩の道具が届くまで、老伯爵は美里ちゃんの絵を褒めち
ぎります。そして、学校の事、寮での生活、お友だちの事などを
丁寧に尋ねたのでした。

 その間、おじいちゃんは美里ちゃんの身体を触り続けます。
 頭をなで、髭剃り後のざらざらした自分の頬を押し付けて頬ず
りしたり、まだ可愛らしい両手も両足もごつごつとした皺枯れた
大きな手で揉み上げます。
 太股も、ショートパンツを穿いた股間も伯爵には無関係な場所
でした。

 「あっ……」
 美里ちゃんにしたら気持のよいはずもありません。思わず声を
上げそうになりますが、何とかギリギリ耐えられる程度だったの
で我慢します。
 すると、伯爵様はさらにエスカレート。

 「あっ、あ~~ん」
 とうとう切ない声が出てしまいました。

 本当なら、横っ面張り倒してお膝から降りるところかもしれま
せんが、美里ちゃんにはその気はありませんでした。
 いえ、正確に言うと、最初はあったんですが、段々にその気が
なくなってしまったのです。

 悩ましく不快な思いを切ない快感へと変化させるテクニックを
伯爵は熟知しています。

 「あっ…あああ……(はあ)(はあ)……いやっ……あああっ」
 最初は嫌がっていた伯爵の指を美里ちゃんが自ら待ち望むよう
になるまでさほど時間はかかりませんでした。

 「ああっ、あつい……いやあ~……だめえ~~~」
 抱かれている伯爵様に聞こえないような小さな吐息が漏れます。
 そのあたりは老獪そのもの。伊達に70有余年、プレイボーイ
として生きてきてはいませんでした。

 「御前様、行って参りました」
 柏村さんが絵の具を借りて戻って来るまでわずかに10分ほど
だったでしょうか。もうその頃には、美里ちゃんは家で10年も
飼われている飼い猫のように伯爵様の懐に抱かれて甘えていたの
でした。

 「ほら、見ててごらん」
 伯爵様は美里ちゃんの絵を画板に張り付けると、絵の具を溶い
て自ら筆を取り描き始めます。

 美里ちゃんを膝に乗せたまま、画板も膝の上で……
 それって、とっても窮屈な姿勢なのですが、見る間に見違える
ほど美しく仕上がりました。

 「影はこうやってつけるんだ………光の当たってる部分は……
…こうやると立体感がでるだろう。………よし、ぐんと見栄えが
よくなった」
 伯爵様は、最後には美里ちゃんの筆を握らせ、その上から自分
の手を被せて補正していきます。

 「きれい」
 美里ちゃんは感嘆します。
 それはまるで別の人が描いた絵のようでした。

 「よし、これでいい。……どうだい?私のタッチは嫌いかい?」
 伯爵様のお膝の上で美里ちゃんは首を振ります。
 「よくなったと思います」
 「そりゃあよかった。これは額に入れて、……そうだな食堂に
でも飾ってあげるよ。だから、今週はそれを見に私の処へいらっ
しゃい」

 美里ちゃん、絵は不合格だったかもしれませんが、お招ばれに
は合格したみたいでした。


 「次の子は……ああ、春花ちゃんって言ったけ」
 伯爵様は春花ちゃんが自己紹介をする前にその名前を言い当て
ます。

 というのは、春花ちゃんがこの施設ではちょっとした有名人だ
からでした。

 いえ、学校の成績がいいとか、運動ができるとか、他の子には
できない特技があるといったそんな名誉なことではないんです。
 悪戯が好きな彼女、幼い頃から先生や友だちに悪戯を仕掛けて
まわる困ったちゃんだったのです。

 そのため、毎日のように先生からお尻を叩かれては庭の晒し台
に括り付けられる日々。おかげでここへ出入りする大人たちも、
自然とその名前を覚えるようになったというわけでした。

 「春花ちゃんは何を見せてくれるのかな?」
 伯爵様が尋ねると、即座に…
 「見せるんじゃないわ。聞かせるの。私のピアノを聞いてくだ
さい」
 春花ちゃんはそう言って、抱えてきたオモチャのピアノを床に
デンと置きます。

 「おう、そうか、そうか、それは失礼したな、じゃあ聞かせて
もらおうか」
 伯爵様は丁寧に大人の応対をしますが、何しろ相手は子ども、
そして玩具のピアノですからね、内心、その出来栄えなんて期待
していませんでした。

 案の定、春花ちゃんは右手だけで黒鍵もない小さな鍵盤を叩き
始めます。
 でも、それは意外なものでした。
 「ほう……」
 伯爵様も驚くような美しいメロディーだったのです。

 『ハ長調にまだこんな麗しい旋律が残っていたなんて……でも、
いったい何と言う曲だろう?聞いたことがないが……』
 こう思った伯爵様は春花ちゃんの演奏が終わるや盛大な拍手の
次にこう尋ねたのでした。

 「よかったよ。春花ちゃん。この曲は何という名前なの?」

 すると春花ちゃん、きょとんとした目を伯爵様に向けて、逆に
意外なことを尋ね返すのです。
 「今日は何月何日?」

 「11月8日だよ」
 「そう、じゃあ『11月8日』」
 「11月8日って?」
 伯爵様は一応ご自分の記憶をたどってみましたが、そんな名前
の曲は思い当たりませんでした。

 そんな伯爵様の怪訝な表情を見て春花ちゃんは……
 「だから、今の今作ったんだもん。出来立てほやほやよ。名前
なんてあるわけないわ。だから、譜面に書くときはいつも今日の
日付だけ入れておくの。偉い作曲家さんの作ったのを弾いた方が
よかった?」

 「そういうわけじゃないけど……じゃあ、今のは即興なんだ」
 伯爵様は驚きます。でも、春花ちゃんはあっけらかんとして…
 「そうよ、私の思いつき。その時の気分で指が勝手に動くの。
だからもう二度と弾けない。カレン先生がいれば楽譜に起こして
もらえるけど……(はははは)そういうのじゃだめ?……だって、
私、他に特技なんてないから……」
 最後は苦笑いでした。

 ところが、伯爵様の方はまんざらでもない様子で……
 「カレン先生って老シスターの?」
 「そうよ、おばあちゃん。カレン先生のピアノを悪戯してたら、
筋がいいって褒められちゃった。あなたはメロディーメーカーと
しては非凡なものがあるわねって……ねえ、非凡って何?」

 伯爵様は非凡の説明はせず、さらにこう尋ねます。
 「それじゃあ、今までもそうやって何曲も弾いてきたのかい?」

 「そうよ、新しいメロディーが浮かぶととにかくカレン先生の
処へ行くの。毎晩でもOKよ。……そこで先生が譜面におこして
くれるわ。でも、名前は付けないのよ。日付だけ。だから、今の
曲は11月8日って曲なのよ」

 春花はどうせだめだろうと思っていました。だめもとのチャレ
ンジだったのです。
 だって、ピアノの上手な子はこの施設に何人もいますから……
 ところが……

 「じゃあ11月10日や11月11日も弾いてくれるのかな?」
 「えっ!?」
 「私の家に来て、居間にあるうちのピアノで弾いてほしいんだ。
11月10日と11月11日」

 「ほんと!?」
 美里ちゃんに続き春花ちゃんもお招ばれ、合格のようでした。


***************(1)**********

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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