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小暮男爵 ~第一章~ §10 / 二人のお仕置き②

小暮男爵/第一章

***<< §11 >>**/二人のお仕置き②/***

 次は広志君の番。
 お仕置きの手順は私の時とまったく一緒です。

 小宮先生の目の前で膝まづいて、両手を胸の前で組みます。
 この時は嘘でも申し訳ないという顔をしなければなりません。
もし怒った顔なんかすると、いつまでもお膝の上に呼んでもらえ
ませんから、ずっとこのまま懺悔のポーズで放置されちゃいます。

 『お顔を作るというのも女の子の大事な素養なの。お尻叩きが
不満なら他のお仕置きでもいいのよ』
 なんて、言われて他のお仕置きを勧められたりします。
 もちろんそれがやさしい方の罰に切り替わるならそれでもいい
でしょうが、そんなことはたいてい期待できませんでした。

 広志君は男の子ですが、そこはちゃんと出来ていました。
 すがるようなあの眼差しは、たとえ演技でもぐぐっときちゃい
ます。

 「僕は悪い子でした。どうかお仕置きでいい子にしてください」

 お友だちの見ている前でこのお約束の言葉はとても恥ずかしく
て、私なんて嫌で嫌で仕方がありませんでした。でも、広志君が
宣誓すると、その姿はとても神々しくて絵になります。

 ジョシュア・レイノルズさんの『祈る少年サムエル』といった
感じでしょうか。保健室の壁に掛けてあった絵を思い出します。

 これが、生理の同じ女の子だったら……
 『あ~あ、この子、殊勝な顔してるけど、お腹の中では何考え
てるやら……』
 なんて邪まなことばかりが頭に浮かぶところですが、広志君の
場合は男の子。女の子には男の子の生理は理解できませんから、
逆に、その姿を美化しがちになります。

 私は広志君の祈る姿を見ていると、そこに無垢な気持を感じて、
不思議と自分まで心が洗われる気分になるのでした。

 「さあ、いらっしゃい」
 広志君がいよいよ小宮先生のお膝に呼ばれます。

 「はい、先生」

 広志君。もちろん何の抵抗もしませんでした。
 先生のお膝の上にうつ伏せになり、体操着のズボンとパンツが
一緒に引き下ろされます。

 『わあ、男の子のお尻だ』
 私は広志君のその可愛く締まったお尻が現れると胸がキュンと
なって思わず一歩二歩後ずさりします。

 お父様とは一緒にお風呂に入りますから、大人のお尻は見慣れ
ているのですが、同世代の男の子のお尻を間近に見るチャンスは
あまりありませんから胸がときめくのです。

 ときめいたからって前へは出ません。私は何だかここにいては
いけない気がしてそっ~と後ずさり。お友だちの群れの中に紛れ
込もうとします。

 でも、小宮先生に見つかってしまいました。

 「あら、美咲ちゃん。どこへ行くの?逃げないでちゃんと見て
いてちょうだい。あなたへのお仕置きは終わったけど、広志君は
まだ終わってないでしょう。あなたたちは一蓮托生。お互い最後
まで見届けてあげるのが礼儀よ」

 「はい、先生」

 私は逃げ損なって元の位置に戻ります。
 そこはお尻叩きを始める小宮先生の肩口。広志君のお尻が他の
誰よりはっきり見える場所でした。

 でも、そこで、私、ふっと疑問がわいたのです。
 『私が、今、こうして広志君のお尻を間近に見てるってことは、
……ひょっとして、私も、あの時、こんな至近距離で広志君から
見られてたってことなの?』

 お仕置きの時の私はもう無我夢中でしたから、周囲に気を配る
余裕なんてありません。

 『嘘でしょう』
 私は今さらながら顔を赤らめます。

 でも、そう考えるていると……
 『私だってヒロ君のお尻を見ないと損じゃないかしら』
 なんてね、女の子特有の卑しい心が芽生えてきて、もう半歩、
進んでヒロ君のお尻を覗き込みます。

 『やだあ。可愛い』
 男の子のお尻は小さくて引き締まっていて、女の子のそれとは
違います。こうなると、何だか得した気分でした。

 「さてと……ちょっと拝見するわね」
 小宮先生は、現れたヒロ君のお尻をまずは点検し始めます。
 これは私の時はしなかったことでした。

 先生はヒロ君の尾てい骨の谷間を開いたり、太股を広げるだけ
広げてその奥を確認したりします。

 『いったい何をしてるんだろう?』

 私が疑問に思っていると、そのお尻の谷間、尾てい骨の真上に
小さな痕跡を発見したのでした。
 先生は静かにそこを撫でています。

 『そうか、ヒロ君、こんな処にお灸を据えられてたんだ』
 私は、かつて友だちから見せてもらった経験がありますから、
それがお灸の痕だとすぐに分かりました。

 たしかにこんな場所、よほどの事がなければ他人から見られる
心配がありません。そのあたりはヒロ君のお母様だってとっても
気を使ってお灸のお仕置きをなさっていたみたいでした。

 ただ、この時の私にとって問題だったのはそこではありません。

 実は小宮先生がヒロ君の太股を開いた時、私、見えたんです。
見てしまったんです。

 『えっ!嘘でしょう……』
 その瞬間、全身に弱い電気が走って金縛りにあったように立ち
尽くします。動けないというより、目を閉じることさえ出来ない
ありさまでした。

 『……!!!……』
 やっとの思いで目を閉じても残像が残って脳裏から離れません。
 それって、女の子が見てはいけないものでした。

 変な話、私はお父様と一緒にお風呂に入りますからお父様の姿
は毎日のように見ているんです。ただ、幼い頃から見慣れている
せいかお父様の姿に抵抗感はありません。
 でもヒロ君のそれはまったく別物。その生々しさに、私、窒息
しそうでした。

 『うっ!!!吐きそう……』
 それは色や形や大きさといった外形じゃありません。
 そもそもお父様は子どもとは違う世界を生きているお方です。
ですから、たとえどんな物であってもそれはそれで許せるんです。
 でも、どんなに小さなものでも同じ子どもの世界にそれが存在
するのがショックでした。

 これって男性にはきっと怒られることだと思いますが、女の子
って『人はすべからくお臍の下はみんな谷間になっていなければ
ならない』と思っているんです。ですから、広志君のお臍の下に
何かついてるなどと想像したことはこれまでありませんでした。

 変ですか?……でも、そうなんです。
 女の子の頭の中では『事実は事実として知っていても気持は別』
なんてことがよくあるんです。故意に捻じ曲げてるというよりは
自然にそうなるんです。

 女の子は気持の部分で人とお付き合いしますから、お付き合い
するその人に『それはあってはいけない』と勝手に決めてしまう
のでした。(男性にはきっとわからない理屈だと思います)

 「あなた……ここ最近は、お母様から新しいお仕置きを受けて
いないみたいね。いい子にしてたの?」
 小宮先生は納得したようにつぶやきます。

 小宮先生の目的はどうやらお灸の痕の確認のようです。新しく
お灸を据えられた箇所がないか、以前据えられた場所の痕が大き
くなっていないか、それをチェックしていたのでした。

 広志君の灸痕は尾てい骨の他、太股の付け根あたりにもありま
した。お母様から目立たない処を選んで据えられてもらっている
みたいですが、お仕置きですからね、ツボは関係ありません。

 この時小宮先生はそこまでおっしゃいませんでしたが、ヒロ君
の場合、袋の裏や竿の根元なんかにも据えられていたようでした。


 ははははは、お話が下品になりましたね。いや、ごめんなさい。
先へ行きましょう。

 小宮先生はお灸の痕を調べ終わると、広志君にあらためて尋ね
ます。
 「あなた、あそこへ行くのは今日で何回目かしらね?」

 「えっと……三回目です」
 広志君がそう答えた瞬間でした。
 
 「ピシッ」
 スナップのきいた平手が広志君のお尻をとらえます。

 「嘘おっしゃい。またそうやっていい子ぶるんだから。それは
お仕置きを受けた回数でしょう。私がききたいのはあなたが実際
にあそこへ行った回数よ」

 『えっ?』

 「ピシッ」
 ここでまた一つ、平手がお尻に……

 「あっ…………」
 広志君は『あっ』と言ったあと、黙ってしまいます。自分の事
を思い返してるみたいでしたが、答えはでてきません。

 「どうしたの?多すぎて数え切れない?今日は、たまたま見つ
かっちゃったってことかしら……」

 「ピシッ」

 「あっあっあっ」
 広志君、不意を衝かれたのか顔色が変わり首を横に激しく振り
ます。声にはださなくても、『痛いよう』というサインでした。

 「お尻叩きだけではあらたまりそうにないのなら……お母様に
お願いして、特別室でお灸って手もあるのよ。お灸のお仕置きは
最近ごぶさたしてるみたいだから効果があるかもしれないわね」
 小宮先生の声が厳しいです。

 「ピシッ」
 「いや、だめ、そんなことしないで」
 広志君は慌てたように叫びます。
 それは、広志君にとってお灸がそれだけ恐いお仕置きだという
ことでした。

 広志君は、お灸のお仕置きを何とか思いとどまってもらおうと
小宮先生の方を振り向き身体を起こしかけますが、その顔は途中
で止められてしまいます。

 「ヒロちゃん、まっすぐ前を向いてなさい。大事なお仕置きの
最中よ。顔を上げるなんてみっともないことしないの」
 そう言って広志君の顔を元に戻したのは広志君のお母様でした。

 広志君のお母様はこの学校では有名人です。

 ヒロ君の家にも当然家庭教師はいましたが、学校へはよくこの
お母様がみえていました。休み時間や昼食の時といった子供との
接触が許されている時には決まってこのお母さんが色々お世話を
やきます。
 私だって、お父様と関係では褒められたものじゃなかったけど、
ヒロ君の場合はもっと凄くて……このお母様にかかると、まるで
まだ赤ちゃんみたいでした。

 「今度までは、お尻叩きだけで許してくださるみたいだけど、
次にやったら家でお灸をすえます。いいわね」
 お母様の怖い一言。広志君の体が思わず硬直します。

 男の子だって女の子だってそうですが、小学生にとってお父様
お母様の言葉というのが一番重い言葉でした。

 「さあ、分かったら、次に脱走する時はよくよく考えるのね」
 小宮先生はそう言って再度平手を……

 「ピシッ」
 「いやあ」
 不意をつかれたのか、広志君の背中が海老ぞりになります。

 「さあ、お説教はこのくらいにしましょうか。それでは、……
あと十回にしましょう。……あなたも五年生。男の子なんだから、
今回は痛いわよ。しっかり歯を喰いしばりなさいね」

 小宮先生があらためてお尻叩きを宣言すると、待ってましたと
ばかりお母様がさっそくハンカチを取り出して口の中に押し込み
ます。

 だらりと垂れ下がった広志君の両手はおその母様が……両足の
押さえはこの場で唯一の男性である高梨先生が担当します。

 二人は、まるで事前に約束していたかのように手際よくヒロ君
の手足を拘束していくのでした。

 回数だけは私の倍になりましたが、拘束される姿はさっきまで
の私と同じ姿です。そもそも、大人三人で子ども一人を拘束する
なんて可哀想過ぎますけどこれがこの学校の流儀。こうなったら、
どんな子も観念するしかありませんでした。

 「今度やったら、本当にお灸ですよ」
 「ビッシ~~~」

 「ん~~~~」
 猿轡を噛まされた広志君は、声を上げられないまま首を激しく
振ります。今度は縦に振っていますから『分かりました』という
ことなんでしょうけど……

 「ほら、だらしないわね。あなた男の子でしょう。このくらい
の事でそんなに暴れないのよ」
 「ビッシ~~~」
 「ん~~~~」

 この時すでに広志君のお尻は真っ赤に染まっています。
 でも、このぐらいではお仕置き終了とはなりません。
 うちは大人達の愛情が細やかなぶん、お仕置きは逆に厳しくて、
生徒にとっては困りものでした。

 「ビッシ~~~」
 「ん~~~~」

 その後もお仕置きとしてのお尻叩きは続きます。

 とにかく10回ですから可哀想というほかありませんでした。
 甲高い音が青空に響き苦しい息のヒロ君の首筋には汗が光って
見えます。

 高梨先生が必死に両足を押さえているのは、単に男の子だから
力が強いというだけでなく、小宮先生が私のときより強くお尻を
叩いている証しだったのです。

 「ビッシ~~~」「ん~~~」「ビッシ~~~」「ん~~~~」
 「ビッシ~~~」「あっ~~」「ビッシ~~~」「ひぃ~~~」
 「ビッシ~~~」「うっ~~」「ビッシ~~~」「いっ~~~」
 「ビッシ~~~」「ん~~~」
 猿轡のせいで悲鳴はあがりませんが声なき声が周りで見ている
女の子たちの同情を誘います。
 男の子は女の子に比べるといつもちょっぴり厳し目でした。

 「はい、おしまい。起きていいわよ。よく頑張ったわね」

 約束の10回が終わって小宮先生からお許しが出たのですが、
広志君、しばらくは小宮先生のお膝を離れられませんでした。

 私も同じ経験があるのですが、本当に恐いお仕置きのあとは、
先生からお許しが出ても、本当に大丈夫なのか不安で、すぐには
起きられないことがあるのです。

 小学生にとって大人というのは、大人が鬼を恐れるのと同じで
それが別次元の存在だから。日頃は親しくしている親や先生でも
怒られたその時は飛び切り怖いものだったのです。

 でも、逆に褒められたり優しくされると猜疑心なく単純に喜び
ます。

 ですから、先生たちは子どもをお仕置きした後は、必ず優しく
接して強すぎるショックを和らげるようにしているのでした。

 この時も……
 「ほら~~甘えてないで、もう終わったわよ」
 小宮先生はそう言って広志君を抱き上げるとご自分の膝の上に
乗せます。

 これも私の時と同じでした。お互いが顔を見合わせ、小宮先生
は広志君の涙を拭いて、頬ずりをして、抱きしめます。

 「ん?痛かった?……だけど、男の子だもん。このくらい我慢
しないと女の子にもてないよ」

 先生との抱擁。これもまたお仕置き終わりの大事な儀式でした。

 そして、ひとごこちついくと、先生のお膝を下りて、その場に
膝まづきます。両手を胸の前で組んでお礼のご挨拶です。

 「小宮先生、お仕置きありがとうございました。広志は先生の
教えを守って必ずいい子になりますから、見ていてください」

 広志君はお仕置きの始まりにしたご挨拶と同様、ここでも小宮
先生にお仕置きのお礼を述べます。これも拒否なんかしたらどう
なるかわかりませんから子供たちは渋々でもちゃんとやります。
 女の子の世界ではたとえ本心であろうとなかろうと、こうした
ご挨拶は決して欠かしてはいけないものだったのです。

 全てが終わった後、広志君はズボンの上からそ~っとそ~っと
自分のお尻を撫でていましたから相当痛かったのかもしれません。
普通は、先生のお膝の上で良い子良い子してもらっているうちに
痛みは引いてしまいますから。

 ただ、どんなにお尻を強くぶたれたとしても、こうした痛みが
10分たっても抜けないということはありませんでした。
 もし、その事で次の授業に影響がでたら、次の時間を担当する
先生の授業を妨害したことになりますから、どの先生もそこまで
はなさらないのです。

 とはいえ、女の子たちはこれを材料に私の処へ集まってきます。
これがまたやっかいでした。

 「ねえ、お尻大丈夫?」
 「でも、本当はお尻がまだ痛いんじゃない?」
 「保健室でお薬つけてもらうんなら連れて行ってあげるよ」
 「ねえねえ、私のクッション貸してあげる」

 たちまち私の周りで色んな言葉が飛び交います。
 私は、その一つ一つに応対しようとしますが追いつきません。
 「大丈夫よ」
 「もう、お尻なんて痛くないから……」
 「そんなことしなくていいわよ」
 「クッションなんていらない。私、自分の持ってるもん」
 なんて返事をお友だちに必ず返さなければなりませんでした。

 女の子同士って、楽しくもあり、うっとうしくもありますが、
こうした時、その場から逃げることはできませんでした。
 だって、女の子だったらみんなそうでしょうけど、お友だちの
間で孤立したくはありませんから。

 というわけで、後はみんなでワイワイ言いながら。図画の教室
へ戻ります。
 私たちのお仕置きのせいで15分ほど時間を取られましたが、
4時間目の図工の時間はまだまだ残っています。

 そこで待っていたのは、お外で描いたスケッチに水彩絵の具で
色をつけするという地味な作業。でも、それが終われば、その先
には楽しみな給食が待っていました。

***********<11>************

小暮男爵 <第一章> §8 / 桃源郷にて

小暮男爵/第一章

小暮男爵 <第一章>

<<目次>>
§1  旅立ち         *  §11 二人のお仕置き②
§2 お仕置き誓約書    *   §12 ランチタイムの話題
§3 赤ちゃん卒業?    *   §13 お父様の来校
§4 勉強椅子        *   §14 お仕置き部屋への侵入
§5 朝のお浣腸       *   §15 お股へのお灸
§6 朝の出来事      *   §16 瑞穂お姉様のお仕置き
§7 登校           *  §17 明君のお仕置き
§8 桃源郷にて      *   §18 天使たちのドッヂボール
§9 桃源郷からの帰還  *   §19 社子春たちのお仕置き
§10 二人のお仕置き① *   §20 六年生へのお仕置き

****<< §8 >>****/桃源郷にて/****

 世の中には学習指導要領なんてものがあるそうですが、私たち
の学校では、教科書に書かれているような内容はおおむね家庭で
勉強するのが常識になっていました。

 いつも授業の始まりに行われる宿題の確認テストで生徒全員が
合格すればそれでOK。その後は教科書には書かれていない内容
を勉強することになります。

 国語と算数は一応その単元に則した内容の授業を心がけていた
ようですが、他の教科はそんなのお構いなし。先生が自由に課題
を決めて授業を始めますから、途中から脱線に次ぐ脱線なんて事
も……。

 この日も、国語はクラス全員が宿題になっていたテストに合格
しましたから、先生も教科書は開きません。どんなことをしたか
というと……

 紫式部と清少納言の生い立ちや境遇の違いについて物語ると、
源氏物語、枕草子からにじみ出る二人の性格の違いについてとか、
はては、平安貴族の日常生活や恋愛事情なんてことまで………

 今、思い返すとおよそ小学生に聞かせる内容じゃない気もする
んですが、小宮先生の名調子に乗せられて、私たちは平安時代の
優美な世界に心を躍らせて聞いています。
 その後、平安貴族になったつもりで寸劇。古語は難しくて爆笑
また爆笑でした。

 もちろん、こんなことやってみても学力とは何の関係もありま
せんけど、宿題テストが不合格になって無味乾燥な教科書の復習
をやらされるより、私たちにとってはずっとずっと楽しい授業で
した。

 ユニークなのは国語だけじゃありません。
 理科の先生はいつも私たちに楽しい実験ばかりをやらせます。
だから、理科というのは動植物の観察か実験をやるための遊びの
時間だと思っていましたし、社会科は社会科見学であちこち回り
ますから、これは遠足の時間なんだと思っていました。

 いずれにしてもこの二つの教科は興味さえあれば他に勉強する
ことのない楽な教科でした。教科書を一度も開かないまま学期末
になったりして、家庭教師の先生から、せめて教科書のおさらい
だけはしてくださいと言われて最後にやったのを覚えています。

 この他にも、音楽祭、学芸会、文化祭など各種行事や催し物が
たくさん組んでありますから、けっこう楽しいスクールライフで
した。

 もっともそのおかげで、掛け算の九九やローマ字も全て夏休み
の宿題。
 うちの場合、教科書的な知識を授けるのは学校の先生ではなく
家庭教師のお仕事。もし家庭教師がいないければお父様お母様の
お仕事でした。

 この日は一時間目が国語で二時間目が算数。
 実は私、算数が苦手で、『何でこんな教科があるんだろう?』
と思っていました。

 他の教科は宿題さえやってくれば、その日先生がどんな楽しい
お話をしてくれるのか、わくわくしながら待つことができます。
 でも、この算数だけはどんなに真面目に宿題をこなしてテスト
がうまくいってもその後の授業があまり代わり映えしません。

 いえ、算数だって教科書をそのままやっていたわけじゃありま
せん。先生は面白くしようと工夫なさっていました。
 例えば……

 「これは高等数学の基礎なの。今、あなたたちは高校生のお姉
さんたちと同じレベルの事を考えてるのよ」
 なんて、先生は得意げにおっしゃいますけど、私にはちょっと
変わったパズルやゲームをやってるだけに思えます。

 何より不満なのは、算数って、数字や記号や図形ばかりで人が
出てこないことなんです。男の子には理解不能なんでしょうけど、
女の子って人が基準なんです。
 人が行動して、おしゃべりして、物語があって、そこから答え
を導き出してくるんです。人が答えを教えてくれるんです。
 数字や記号はいくら眺めていても何も答えてくれませんから。

 それに算数って、ほんのちょっと答えがずれただけでも『X』
でしょう。残酷なんですよ。もし答えが近かったら『これ正解に
近かったから5点のうち2点あげるね』とか言ってくれてもいい
と思うんですけど。
 せっかく苦労してやったのに『X』だけじゃ寂しいもの。

 とまあ、こんな理由で私は算数が苦手でした。
 でも、広志君は男の子だからでしょうか、この算数が得意で、
クラスで一斉に同じテストをやっていても、たいていは一番早く
解いてしまいます。

 そこで、私はこの子を頼りにしていました。いくら問題用紙を
眺めていても答えが浮かんでこない時は、問題文ではなく手近に
いる広志君に助けてもらうのです。

 私が問題の番号を消しゴムに書いて立てておくと……
 それに気がついた広志君が自分の消しゴムに答えを書いて私が
見えるように立てておいてくれます。

 これで、途中の計算式は分からなくてもとりあえず正解は確保
できますから、後はどうしてそうなったかを考えるだけでした。

 これだけ見ると、私ってだらしのない女の子に見えるかもしれ
ませんが、私だって不器用(?)な広志君のために家庭科や図工
の宿題では随分手伝ってあげましたから、お互い持ちつ持たれつ
なんです。

 女の子って独りは嫌いです。何をやるにもお友だちが頼りです。
たとえ自分がこうやろうと固く心に決めていても必ずお友だちに
賛同を求めます。そこで反対されても構いません。お友だちとの
おしゃべりで心は落ち着き、お友だちとのコミュニケーションで
新たな知識も受けられます。
 とにかく、人のあいだにいると、ほっとするんです。

 ですから、私が頼りにしているのも人生の判断材料にしている
のも全部人、人、人。数字の入り込む余地はありません。算数は
いりません。

 でも、学校へ通っている以上、お付き合いでこの教科もやらな
きゃならない。苦痛だなあと思いながら算数をやってるわけです。


 話がちょっぴり脱線してしまいましたが、苦手な算数が終わる
と、次の三、四時間目は図工の時間。

 その日は昨夜までの雨があがって天気がよくなりましたから、
図工の先生が、『三時間目はお外でスケッチ、四時間目はそれを
教室で仕上げましょう』と言い出します。

 これにはみんな大賛成でした。
 辛気臭い教室を離れて外に出られるだけでも、気晴らしになり
ますから。

 私は、算数の時間の御礼に広志君を手伝ってあげようと思って
いました。

 「ねえ、ヒロ君はどこでスケッチするの?」

 でも……
 「どこでもいいだろう。あっち行けよ」
 「いいじゃない。一緒に描こうよ」
 「いやだよ、あっちへ行けよ!」
 広志君、算数の時間とは打って変わってそっけないんです。

 「ケチ、ちょっとぐらい絵がうまいからって、もういいわよ!」
 私は捨て台詞を残すと、一旦はその場から離れて女の子たちと
合流しますが、でも、なぜか彼のことが気になって離れた処から
ずっと広志君の様子を窺っていたんです。

 また折を見て一緒の場所でスケッチをしたいと思っていました
から。

 ところが……
 『えっ!』
 私は驚きます。

 その時広志君は図画の先生からスケッチの場所として指定され
ていた校庭の花壇付近を離れ、独りだけ高い金網フェンスがある
校庭の隅にいたんです。
 しかも、さっきから何だかしきりに辺りの様子を窺っています
から、『おかしいな?』とは思ってたんですが。

 それが、いきなり持っていた画板やパステルの箱を破れた金網
のすき間に差し入れます。
 そして、広志君自身も……消えた!

 『いや、待ってよ。……それって、やばいよ』
 私は広志君が脱走するところを見てしまいました。

 広志君は古くなった金網が腐りかけているのを利用して、今、
フェンスの向こう側へ出ようとしています。

 でも、そのフェンスの外というは、昔から、それこそ私たちが
この学校に入学した時から担任の小宮先生に……
 「いいですか、この先には急な崖があります。危ないですから
絶対にこの柵を登って向こう側へは行ってはだめですよ」
 って、注意されている生徒立入禁止の区域でした。

 『どうしよう?……どうしてそんなことするのよ』
 『広志君って普段はとっても冷静な子のはずなのにどうして?』
 私の心臓がどぎまぎします。

 私は女の子たちの群れからそ~っと抜け出すと、私も広志君の
後を追って彼の場所へ。
 もちろん、当初は見つけて一緒に引き返すためでした。

 だって、このタブーはおそらく胤子先生の比じゃないはずです
から……もし見つかったら、お仕置きは確実。それも、恐らくは
クラスのお友だちみんなの見ている前での見せしめ刑です。

 実は、昔、このフェンスをよじ登ったお転婆娘がいたんですが、
その子がそうでしたから。
 クラス全員の見ている前で100回もお尻を叩かれたんです。

 大半は、先生がその子をお膝の上にうつ伏せに寝そべらせて、
平手でお尻を軽くペンペンしてただけなんですが、最後の10回
は……

 「こんな危ない事をする子に、みなさんも『いけませんよ』と
いう気持を伝えましょう」
 とか言われて、机にうつ伏せにしたその子のお尻をで一人二回
ずつ竹の物差しでぶつことに……。

 みんな遠慮して強くは叩きませんでしたが、その子にとっては
お尻への痛みより、恥ずかしさや屈辱感が何よりたまらなかった
と思います。

 先生たちは女の子には恥ずかしい罰の方が効果があると考えて
こうしたお仕置きを多用していたのです。

 それだけじゃありません。閻魔帳に載るXだって、こんな時は
一つだけじゃありません。あの時は二つ、いえ、三つだったかも
しれませんね。

 そんな危険を冒してまで、広志君はなぜ柵の中へと入り込んだ
のでしょうか?
 その時はまったく理解できませんでした。

 広志君がフェンスの外へと消えた瞬間、私は先生に告げ口する
ことも考えました。それが良い子としては普通の判断ですから。

 でも、私は……
 『せっかくのチャンス。広志君の秘密が知りたい』
 そんな思いがあって別の決心をします。

 『私も……』

 私は広志君が消えた場所までやってくると金網フェンスの地面
付近で力いっぱい捲れば子供一人分が開く場所を発見。
 誰かに見られていないか辺りを窺いつつ一瞬で滑り込みます。
 何のことはない広志君と同じことをしたのでした。

 中に入る時は、さすがに緊張しました。女の子は先生に叱られ
たくありません。もちろん男の子だってそうでしょうけど男の子
以上に怖がりなんです。
 ですから、金網の外に出る瞬間は相当なスリルでした。

 でも中に入ってみると、そこは先生がガミガミ言うほど危険な
場所ではありませんでした。コンクリートが打たれた土手の上と
いった感じの処で幅が1m位もありますから見た感じ結構広くて
安全そうです。

 そこからの景色は眼下には乗用車がずらり。それって私たちが
普段お世話になっている駐車場でした。

 『え~~っと、うちのポンコツ、リンカーンは……』
 眺めのよさに思わず我が家の愛車を探してしまいます。

 この土手は生徒は立ち入り禁止でも庭師や電気工事の人が利用
しますから道幅も広く安全に作られていました。

 ただ、今いる土手を2mほど滑り下ると、そこには30センチ
ほどの幅しかない細い道。さらにそこも越えてしまうと、その先
には地面がありませんでした。ほぼ直角に近い急斜面。駐車場の
周囲を彩る銀杏の木々がそこに頭だけを出しています。

 この崖から駐車場の地面までは高さが5m。もし、この崖から
足を滑らせたら駐車場の地面に激突。怪我だけではすまないかも
しれません。
 舗装された一番上の道からなら悠然と眺められる駐車場もここ
から眺めると、足元が不安定で目もくらむような高さを感じます。

 だからこそ、学校はここにフェンスを建て子供たちの立ち入り
を禁止していたのでした。


 私は広志君の後を追い、すぐにフェンスの外へ出てきたつもり
でいましたが、気がつけばあたりに広志君の姿が見えません。

 『あれ?……』
 土手の端で踵だけコンクリートに着けてあちこちキョロキョロ
探していると……いきなりでした。

 「きゃあ~~~」

 誰かに両肩を掴まれます。
 驚いたの何のって私の悲鳴は校舎までも届いたみたいでした。

 それだけじゃありません。慌てた私は恐怖心から訳も分からず
私はその人にもの凄い力でしがみ付きます。

 「ばか、やめろ!」
 それは八手の木陰から出てきた広志君にとっても予想外だった
のでしょう、二人は土手の上であたふた。

 「いやあ~~~」
 結局、二人はバランスを崩すと抱き合うようにして崖の斜面を
滑り落ちます。

 その瞬間、ぬちゃっという感覚がパンツを通してお尻に……。
 昨日までの雨で斜面がぬかるんでいたところへ、お尻をつけて
滑ったものですから、シャツもスカートもパンツもドロだらけで
した。

 「何よ、何すんのよ」
 私は広志君の顔を見て怒ります。
 彼もまた、シャツもズボンも泥で真っ黒でした。

 「ごめん」
 彼が謝ってくれて、私はほんのちょっぴり恥ずかしくなって、
すねた顔になります。
 いえ、本当は二人抱き合って滑ってる途中に彼だと気づいて、
とっても楽しかったんですがそんなこと恥ずかしくて言えません
でした。

 でもこれって、危ないスポーツだったのです。
 何しろ、草スキーの終点で、二人はその足先をすでに恐い崖の
先に突き出して止まっていたんですから。
 もう少しで本当に崖から落ちていたところでした。

 身体は無事でしたが……
 「あっ、私のパステルが……」
 私は駐車場の地面に散乱する私のパステルを見つめます。
 どうやら土手で揉み合った時に、私のパステルが犠牲になった
みたいでした。

 「拾いに行かなくちゃ」
 私が言うと、広志君が……
 「もう無理だよ、ここ、下りられないもん。いいよ、今日は、
僕のを使いなよ。二人で一緒に描けばいいじゃないか」

 私の願いはこうして図らずも実現します。

 でも、女の子って偏屈です。
 「いいわよ、自分で取りに行くから……こんなのヒロ君のせい
だからね」
 私はわざと勢いよく立ち上がってみせます。

 すると……
 「いやあ~!」
 またもやバランスを崩して今度こそ本当に崖から落ちそうに。
 それを助けてくれたのも広志君でした。

 「ごめん、本当にごめん、一緒にスケッチしようよ。だって、
今、戻ってもどうせ先生に見つかっちゃうもん」

 私の作戦は大成功。広志君の困った顔、べそかいた顔って素敵
です。

 でも、私がイニシアチブを取れたのはそこまででした。
 この後の私は、もう何もできませんでした。
 『ヒロ君と二人だけのスケッチ』という望みがかなった私は、
その後はヒロ君の言いなりだったのです。

 「ねえ、なぜこっちへ来たの?先生に叱られるよ」
 私が尋ねると……
 「こっちに僕のお気に入りの場所があるんだ。だからフェンス
の外で描きたかったんだ。おいでよ、見せてあげるから」

 ヒロ君が私の手を取ります。
 ぐいぐい引っ張ります。
 走ります。
 足元が滑ります。
 そのたびにヒロ君が私を抱きかかえます。
 まるで夢のように幸せな世界でした。

 もちろん、30センチ幅しかないぬかるむ土手で、もし、足を
滑らしたら今度こそ本当に5m下へ真っ逆さま。
 なんですが……幸せいっぱいの私には、そんな不幸な未来など
頭の片隅にもありませんでした。


 私たちは右手に駐車場を見ながら細い土手の上を走ります。
 そして、100mほど行った先の大きな畝を越えると、辺りの
景色が一変しました。

 そこは明るく緩やかな緑の谷が遠くまで続く場所。そのさらに
先には煙に煙る港町の遠景が広がっています。それだけではあり
ません。私たちの頭上を覆う厚い雲は渦を捲いて怖いくらいです
が、雲間から差し込む光の柱はとても神々しくて、まるで宗教画
のようです。その陽の光を伝い今にも天使が下りてきそうでした。

 「ここ日本じゃないみたい。西洋の絵にこんなのあったわよね、
厚い雲が渦巻く中を光の柱が地上に届いてるの。わあ~~綺麗。
いいなあ~こんなの。学校のこんな近くにこんな処があったのね。
私、生まれて初めてこんな空を見たわ」
 私は思わず感嘆の声を上げます。

 私はこの学校に四年以上通っています。でも、ここへ来たこと
は一度もありませんでした。幼いせいもありますが、誰かさんと
違って先生の言うことをきいて、規則をちゃんと守ってきました
から学校の近くにこんなに美しい谷があっても発見するチャンス
はありませんでした。

 「ここは僕が見つけたんだ。春には菜の花が一面に咲いてた。
この辺全~部、ま黄色だったんだから。僕はここでスケッチした
いだけなんだ。学校のお庭は平凡でつまんないもん」

 広志君は私の手を引いて緩やかな谷をどんどん下っていきます。
 でこぼこした道、大きな石や岩もあって歩きにくいけど楽しい
別世界へ招待。
 心の奥底では先生の恐い顔と声がちらつき始めていましたが、
一生懸命振り払います。

 『私にこんな勇気があったなんて……』
 私は自分で自分に驚きながらも広志君の誘いを断る勇気はまっ
たくありませんでした。広志君のなすがままだったのです。


 広い谷の一番奥まった場所。ちょっぴり涼しいその場所には、
二人がちょうど肩を寄せ合って入れるくらいの小さな洞窟があり
ます。

 「ここにしよう。僕はこの百合が描きたかったんだ」

 ここには大きくて立派な山白百合が少し間を置いてあちこちに
咲いています。
 広志君、ここが最もお気に入りの場所のようでした。

 ここからは近くのその百合の花だけでなく、遠くに三角屋根の
教会があったり、赤いレンガの倉庫、発電所の高い煙突からたな
びく煙や鉄橋を通過していく列車もはっきり見えます。

 私はパステルを落としてしまったので、広志君と肩を接する様
に腰を下ろして、彼のパステルでスケッチします。

 ほとんど同じ位置で描いてますから、出来上がったものは同じ
景色なのかなと思いきやこれがまったく違っていました。

 広志君は、県展の特選を始め新聞社や放送局主催のコンクール
では入選佳作の常連。デッサン力を私と比べてはいけませんが、
そうではなく、広志君の絵にはここからでは見えるはずのない物
までがたくさん描きこまれていたのです。

 「ねえ、この観覧車や丸いガスタンクやテレビ塔って、どこに
あるの?」

 私が不思議そうに尋ねると……
 「僕の心の中。前に見たことのあるものを当てはめたんだ」

 「それって、インチキじゃないの?」

 「そんなことないよ。この方がシルエットが美しいもの。……
バランスが取れてて美しい構図になるなら、僕は何でも足すし、
何でも省略する。絵画は美の追求。写真の模写じゃないからね、
これでいいんだよ」
 よくわかりませんが、カッコいいことを言います。

 そのうち、私の出来上がったスケッチを一瞥すると鼻で笑って
…………。

 「あっ、やめて!!」
 私の制止もきかず、私の絵に大きな木を一本描き加えます。

 「ほら、これに葉っぱを描けばいいんだよ。よくなるから」
 広志君はご満悦でしたが私は何だか自分の世界を汚されたよう
で不満です。

 でも、仕方なくその木に枝や葉っぱを描き足すうち……
 『やっぱり、こっちの方がよかったのかなあ』
 と思うのでした。

 「ねえ、この木、もともとヒロ君が描いたでしょう。先生に、
この絵、そのまま提出しても怒られないかなあ?」
 私は不安を口にしますが、でも、私たちが学校に帰って真っ先
に怒らるのは、もちろんそんなことではありません。

 幸せな時間が過ぎ行く中、私たちはもっともっと大事なことを
すっかり忘れてしまっていたのでした。

************<8>************

小暮男爵 ~第一章~ §9 / 桃源郷からの帰還

小暮男爵 / <第一章>

***<< §9 >>***/桃源郷からの帰還/***

 スケッチが終わり、私とヒロ君は桃源郷の入口付近まで戻って
きます。
 すると破れた金網の処に園長先生が独りで立っていらっしゃい
ました。

 気になってその辺りを恐る恐る観察すると、私たちがこっそり
利用したはずの金網が大きく捲れ上がっていて、今なら苦労せず
にこちらの世界へ行けそうです。
 いえいえ、そもそもそんなことしなくても、園長先生が立って
いる土手沿いに設けてある正規の入口がこの時は開いていました。

 こっそり近寄ると、園長先生は心配そうな顔をしています。

 「ごきげんよう、園長先生」
 私はいつもの習慣で声を掛けます。

 きっと、私たちがあまりに近くにいますから、先生もびっくり
されたんでしょう。
 振り返った瞬間、園長先生は目を丸くしておいででした。

 でも、その顔はほんの一瞬でしたから私の後ろにいたヒロ君は
その顔を見逃したみたいです。
 園長先生はすぐにいつもの笑顔に戻ります。

 園長先生は言わずと知れたうちの学校では一番偉い方ですが、
いつもニコニコしていて、もしこれが担任の先生だったら、三日
くらい体の震えが止まらないような大失態を犯しても「大丈夫よ、
あなたはいい子だもの。次は頑張りましょう」とか、担任の先生
からお仕置きされて泣いてる子を見つけると、「大丈夫、大丈夫、
泣かなくていいのよ。もう先生怒ってないから。一緒に先生の処
へ行って謝りましょう」なんておっしゃいます。

 もちろんそれはゼロではありませんが、園長先生自身が子ども
たちをお仕置きすることはほとんどありませんでした。
 ですから、こちらも気楽に声が掛けられるのです。

 ここを卒業後、大学生のときでしたか、同窓会の席で私が……
 「園長先生はなぜいつも子供たちにやさしかったんですか?」
と尋ねたら……

 「だって、私が怒ったらあなたたちの逃げ込む場所がなくなる
でしょう。先生方はあなたたちを叱るのがお仕事だから、それは
それで仕方がないけど、その子がどんな事をしたにせよ逃げ込む
場所は残しておかないと、その子の心がいつまでも癒えないわ。
そんなの誰だって嫌でしょう?」

 「はい」

 「世の中に救われないお仕置きというのはないの。愛されてる
からお仕置きで、憎しみがあるなら虐待。私の仕事は子供たちに
『学校はこれからもあなたを必要としてますよ。愛してますよ』
って伝える事だから……だからいつも笑顔なのよ」

 「でも、私の在校中に一度だけ、園長室の前を通ったら、会田
先生のこと、大声で叱ってらっしゃったのを覚えてますよ」

 「あら、まあ、そんなことがあったの。それはまずかったわね。
そんなこと生徒に聞かせちゃいけないわね。私もついつい大声に
なっちゃって……でも、それも私の仕事なの。私が叱るのは生徒
じゃなくて先生の方よ」

 私は園長先生とのこんな会話をずっと覚えていまして、それを
管理職になってからは何かあるたびに『なるほど』って思い返す
んです。

 そんなわけですから、この時も、その第一声は笑顔と共に……
 「あら、スケッチしてきたの?楽しかった?上手に描けた?」
 というものでした。

 まるで、周囲の大人たちが二人の為にバタバタ働いているのを
知らないみたいな穏やかな笑顔です。

 「楽しかったです。ヒロ君と一緒に向こうの谷まで行ってきて
描きました。私パステル落としちゃったからヒロ君のパステルで
一緒に描いたんだけど……そこってまるで西洋の風景画みたいで
凄かったんです」

 「そう、じゃあそれを見せてちょうだい」

 園長先生に求められるまま、私が画板を差し出しますと……
 「……あら~~なかなかよく描けてるじゃない。……特にこの
木の枝ぶりがいいわね」
 ヒロ君が勝手に書き込んだおせっかいな大木だけを先生が褒め
ますから私はちょっぴりショックでした。

 「ねえ、園長先生はここで何してるの?」
 私はついに禁断の質問をしてしまいます。

 「ああ、私のことね……実はね、高梨先生が幼い女の子の悲鳴
を聞いたので心配してここへやって来ると、ここの金網が破れて
て、どうやら、ここから誰かさんが外に出たみたいなの」

 「!!!」
 私はハッとします。
 『ヤバイ、ばれてたんだ』
 というわけです。

 「それでね、もしやと思ってここに立ってみると………ほら、
斜面の土が削れてるでしょう。コレ、恐らく誰かが滑った跡よね。
先生、慌てて下りて行くと駐車場にはパステルが散乱してるし、
ひょっとして誰かが崖から落ちたんじゃないかって……そこまで
心配なさったそうよ」

 園長先生は画板を私に返しながら私の顔を覗き込みます。
 もちろん、その時だって園長先生のお顔は笑顔でしたが、私は
生きた心地がしませんでした。遅ればせながらやっと事の重大性
に気づいたのです。

 事の重大性……
 重い言葉ですが、私にとって事の重大性というのは他人に迷惑
をかけたということではありません。自分の事だけです。要する
に……
 『これがいったいどのくらい厳しいお仕置きになるんだろう?』
 と、頭の中そればかりでした。

 「幸い、駐車場に倒れてる子はいなくてホッとなさったけど、
今度は学校に戻ってクラスの子を確認すると、これが、一人じゃ
なくて二人もいなくなってることがわかって、それでまた大慌て。
ほかの先生方の協力も求められて、見当たらない子をみんなして
探しましょうということになったのよ」

 園長先生はもちろんご存知です。私とヒロ君がその話題の主だ
ということを。でも、先生は決して私に向けた笑顔を崩しません
でした。

 「でもね、私、迷子さんって、やっぱり出て行った処に戻って
来る気がするのよ。だから、あちこち探すより、ここに立って、
迷子さんが帰って来るのを待ってた方がいいんじゃないかなあと
思って、それでここに立ってるの」

 私はどうしようか迷います。でも、今さら園長先生に嘘をつい
ても高梨先生の処へ戻ればすぐにバレることですから隠しようが
ありません。

 「ごめんなさい。それ、私たちです」
 私が白状すると……

 「あら、迷子ってあなたたちだったのね。でも、よかったわ、
無事に戻れて……どこまで行ってきたの?……そうだ広志君の絵
をみせて」
 園長先生は、今度はヒロ君の画板を求めます。

 「……あら~この絵を見ると、鷲尾の谷まで行ったみたいね。
でも、あそこは危ないのよ。……そうだ……あなたたち、まさか
蛇に噛まれたりはしてないわよね。もし、そんなことがあったら
叱らないから言ってちょうだい」
 園長先生の顔が少し厳しくなりました。

 「へび?」

 「そう、あそこにはマムシがいるの。昔、噛まれた子がいたの。
それだけじゃないわ。大きな蜂が巣を作ったり、落石もあるしで、
子供たちには危険な場所だから、それで立ち入れないようにした
のよ。……そうだ、広志君は、そのことよくご存知よね」

 「えっ!」
 ヒロ君は、突然振られて困った顔になります。

 「だって、あなたは常習犯だもの」
 それが園長先生の答えでした。

 「常習犯?」
 私が再び広志君の顔を見ると、その顔は今度は真っ赤でした。

 ちょうどその時です。
 小宮先生が園長先生へのご報告の為でしょうか、やってきます。

 「園長先生、…………」
 そう呼びかけただけで言葉が止まり。
 私たちを見るなり目を丸くして大きなため息を一つ。

 「広志君、あなた、今日は美咲ちゃんまでお誘いしたの?」

 「そんなんじゃないよ。こいつが勝手に……」
 呆れ顔の小宮先生に広志君は反論しようとしましたが、そこで
言葉が途切れてしまいました。

 「まあ、いいわ……でも、今日はお母様までお見えになってる
から、それはそれなりに覚悟しておくことね」

 「えっ……」
 ヒロ君は絶句。唇が震えているのがわかります。
 『背筋も凍る』って、そんな感じだったんでしょうか。
 ヒロ君の瞳が潤んで見えました。

 小暮のお父様は、奥様と一緒に住まわれていませんでしたが、
広志君のお父様は奥様とご一緒に子供たちの面倒をみておられた
のです。ですから、広志君にはお母様がいらっしゃいます。

 私が見る限り、お母様はとても美しくて、親子の仲もよくて、
円満そうに見えますが、クラスの評判では『広志君のお母さんは
とても厳しい人』と囁かれていました。

 その理由の一つがお灸。当時は珍しいお仕置きではありません
が、妹さんからの情報によれば、広志君、何かあるたびごとに、
お母様に家で据えられていると聞いたことがありました。

 そこで、女の子たち、夏のプールで広志君をじっくり観察して
みたのですが、その痕跡は発見できませんでした。
 それでも諦めきれない女の子たちは額を寄せて噂し合います。

 『きっとお尻の奥に据えられてるのよ』
 『お臍の中じゃない』
 『ひっとして……オチンチンだったりして』
 『やだあ~~~そんなことしたら死んじゃってるわよ』
 『どうして?私、あそこに据えられたけど死ななかったわよ』
 『あそこって?』
 『ばか、変なこと聴かないでよ』

 女の子が下ネタで盛り上がるなんておかしいですか?

 そんなことありませんよ。女の子だって、Hな話は大好きです。
女の子同士が下ネタで盛り上がるなんて私たちの間でもごく普通
のことでした。
 実際、すでに秘密のあそこに据えられていた子もいましたから。


 さて、私たち二人の身柄は小宮先生に引き取られます。
 「さあ、ついてらっしゃい。まずはその汚れた服を着替える事
からよ」

 もちろんそれって仕方のない事でしょうが、先生の後を着いて
行く二人はまるで囚人のように首をうな垂れていました。

 途中、迷子の捜索に参加した高梨先生を始め、同級生や六年生、
四年生なんかとも出会います。

 「ミーミ、探したよ、どこ行ってたの?」
 詩織ちゃんがいきなり抱きつきます。ミーミは私のことです。
 「ちょっと、散歩よ。散歩」

 「大丈夫だったミーミ。ヒロと鷲尾の谷まで行ったんでしょう。
怪我してない?」
 「里香ちゃん、ごめんね心配かけて。大丈夫よ、蛇になんかに
噛まれてないから」
 「えっ?蛇って?」
 どうやら園長先生の話は一般的じゃなかったみたいです。

 「いやだあミーミ。あんた生きてんじゃない。残念だなあ~~。
私さっき誰かに崖から落ちて死んだって聞かされたからお葬式は
いつだろうって思ってたのに~~」
 そんなことを笑顔で言ってのけるのは朱音お姉様です。

 お姉様は普段から人の嫌がることばかり口にしてしまう皮肉屋
さんなんですが、本当は心の優しい子でした。

 「うるさいわね、そんなに簡単には死にませんよ~~だ。特に
あなたより先にだけは絶対に死なないんだから」
 「わかった、わかった、いい子いい子」
 お姉様は幼い子みたいに私の頭を撫でます。

 『バカにするなあ~~つい一年前までは私と同じ小学生だった
くせに!!』
 ってなもんですが、私は朱音お姉様があまりに強く抱きしめる
ので突き放すこともできず腰を抱かれた状態で足が宙に浮きます。
……そうしておいて、その場で一回転。
 これお姉様なりの愛情表現でした。

 思えば、朱音お姉様は、わざわざ中学校から私たちの小学校へ
駆けつけてくれていたのです。

 こうして、お友だちと出会うたびに私たちは再会を喜びあい、
抱き合います。ハイタッチ、ハグ、ほっぺたすりすり……
 こんな時は親友もライバルの子も関係ありません。とにかく、
お友だちを見つけたらお互い抱き合って喜び合う。
 これが女の子の流儀でした。

 というわけで『私たちが見つかった』という情報は、たちまち
校内中に広まります。
 でも、ならば私たち二人がすぐに教室へ戻れたかというと……
そこがそうはいきませんでした。

 「ここで待ってなさい」
 小宮先生にそう命じられたのは、下駄箱のある土間をそのまま
通り抜けた先にある校舎の中庭。テニスコート一面くらいの広さ
があったでしょうか、四方に建つ校舎のおかげで風も穏やかで、
冬でも陽だまりがとてもあったかい場所です。

 そんな条件を生かして中庭には沢山の草花が植えられています。
 クラスごとに花壇が割り振られ、どのクラスも競争するように
手入れを惜しみませんでしてたから四季折々の草花が絶えること
がありませんでした。

 やがて、そこへぞろぞろと色んな人たちがやってきます。生徒
や先生、高梨先生や私たちの家庭教師河合先生、広志君のお母様。
 私はその数の多さに圧倒されます。

 『どういうことかしら?』

 実は、このメンバー。私たちの捜索に参加した人たちでした。

 生徒はクラスメイトだけでなく四年生や六年生も参加していま
したし学校の先生は絵画担当の高梨先生やクラス担任の小宮先生、
音楽や体育の先生まで借り出されていました。これに、我が家の
家庭教師河合先生や広志君のお母様までが加わっていたという訳
です。

 「さあ、それではお二人さん、まずはお着替えしましょうか。
そんな泥だらけの服ではみっともないわ」

 小宮先生はまず私たちに着替えを命じます。実際、学校には、
不慮の事故を想定して予備の制服や下着が用意してありました。
 それを小宮先生が運んできたのです。

 そこで、私……
 「わかりました。更衣室へ行ってきます」
 そう言って小宮先生からその服をもらおうとしたのですが……

 「あらあら、何、その手は?だめよ。これはだめ。渡せないわ。
学校の規則を破るような子は、お仕置きを受けてからでなければ
神聖な校舎に入ることができないの。あなたたちのお着替えは、
ここでやりましょう」

 小宮先生の言葉はまだ幼い身体の私にとっても衝撃的でした。
 広志君はまだ男の子だからいいでしょうけど、私は女の子です。
こんな大勢の人が見ている前でお着替えなんて嫌に決まってます。

 「…………」
 私は言葉にできない分を顔で表現して小宮先生に訴えますが、
先生はわずかに微笑んだだけでそれを無視。

 その代わり、集まった生徒たちに私たちを取り囲むようにして
大きな輪を作らせると、そのまま回れ右をさせます。
 つまり外を向かせてくれたわけです。

 これで私は、同年代の生徒からだけは着替えの様子を見られる
心配がなくなります。
 でも、こうやって私の周りを子供たちが取り囲んでも、子供の
身長は低く、その外側にいる大人の人たちからはこちらが丸見え
です。

 『あの~う、大人の人からはまだ見えてるんですけど……』
 私の心の声は続きますが、それは考慮してもらえそうにありま
せんでした。

 「いいこと広志君、美咲ちゃん。今日はあなたたちのわがまま
のせいでこれだけ大勢の人にご迷惑をおかけしたの。あなた方は
それをじっくり反省しなければならないわ。そして、あなた方の
為にこれだけ多くのお友だちが力になってくれる幸せをじっくり
噛み締めてほしいの。……わかった?」

 小宮先生、言葉は穏やかですが鼻息荒く私たちにお説教です。

 私たちも……
 「はい、わかりました」
 「先生、ごめんなさい」
 こう言うしかありませんでした。

 「……わかったのなら、こうした場合、私たち学校では自分で
お着替えできないのも知ってるわよね」

 「えっ!」
 私は一瞬驚いて顔をあげましたが、すぐに俯きます。
 「はい、先生」
 やはり、こう言うしかありません。

 今朝の朱音お姉さまがそうだったように、私たちが子供時代を
すごしたこの世界では規則を守らない子や歳相応の責任が果たせ
ないような子は、小学生でもその地位を剥奪されて幼児の時代へ
戻されます。もっとひどい時は赤ん坊にまで逆戻りです。

 ですから、この場合、私や広志君にはこの先何が起こるのか、
容易に想像がつくのでした。

 「高梨先生、お手伝いいただけますか」
 小宮先生が高梨先生を呼びます。
 それは私の身体を硬直させる言葉でした。

 高梨先生は、先生と呼ばれていますが、実は私のお父様と同じ
ここの生徒の父兄なのです。
 私達の学校では主要四教科と呼ばれる国語、算数、社会、理科、
以外の教科は生徒のお父様が先生役を買ってでられる方が多くて、
図工だけでなく音楽や体育、教科でなくても自由研究という形で
何人もの方がご自分の得意分野を子どもたちに教えてくださって
いました。

 高梨先生もそんなお一人だったのですが、これが私にとっては
大問題でした。というのも高梨先生が男性だったからなのです。
 当たり前の事ですが、男性の前で裸になるなんてたとえ小学生
だって嫌に決まってます。

 でも……
 『高梨先生は男の先生だから嫌です』
 とは、うちの学校の場合、言えませんでした。

 なぜって、今の私は規則を破ったいけない子なんです。そんな
いけない子はお仕置きが済むまで小学生の地位を剥奪されて幼児
とみなされます。
 そして、幼児にされると、どんなに恥ずかしいと私が訴えても
大人たちがそれを認めてくれませんので、お着替えの最中、私は
高梨先生の前で自分の裸を晒すことになるのでした。

ショックな映像が頭を駆け巡り放心状態でいるなか、小宮先生
は私の様子を冷静に観察されていました。

 『最初は、広志君と一緒にお着替えさせてやろうかと思ってた
けど……だいぶ、応えてるみたいだから……まあ、いいでしょう』
 先生のこの判断で最悪の事態は回避されます。

 結局、私と広志君の間には河合先生と広志君のお母さんが持つ
幕が張られ、広志君は高梨先生が、私は小宮先生が担当すること
になったのでした。

 要するに朝のお風呂の時と同じです。こういう時、私は大人の
やってることに何一つ手出しができませんでした。
 勝手に制服のジャンパースカートが剥ぎ取られシャツもパンツ
も靴下も身につけていたものとは全部全部おさらばです。

 これが恥ずかしくないわけがありません。とにかく、今の私、
お外でみんなの前で全裸なのですから。

 輪になったお友だちは外を向いて小宮先生から指示された通り
休み時間に入って教室から出てきた下級生たちに「あっち行って
なさい」「中を見ちゃだめ」「通り過ぎてちょうだい」なんていう
声をかけて防いでくれています。
 でも、背の高い大人たちなら輪を作る子供たちの頭越しに私の
姿は丸見えです。

 もちろん、ここにいる人たちはみなさんが良識のある人たち。
11歳の女の子の裸なんて、できるだけ見ないようにはしてくだ
さっているのですが、小宮先生の作業はとてもゆっくりしていて、
『さあ、どうぞ、どうぞ、この子の裸を見てやってください』と
言わんばかりでした。

 小宮先生は丸裸にした私のお尻を濡れタオルで拭きあげながら
お説教します。

 「いいこと、あなたは、あなたのお父様や、あなたのご兄弟や、
先生方、お友だち、みんなに守られてここにいるの。その感謝を
忘れてはいけないわ。見てごらんなさい。お友だちがああやって
手を繋いであなたの裸の身体が見えないようにしてくれてるから、
あなたのお着替えは下級生から見られずにすんでるの。お友だち
に感謝しなくちゃね」

 「でも、上から大人の人たちが覗いたら見えるじゃないですか」

 「そりゃあ、そうだけど、だったらお友達の親切はいらない?
何もないお庭の真ん中で下級生からはやし立てられて指を指され
ながらお着替えする方がいいの」

 「それは……」

 「誰を頼るにしても、その人が、何から何まで完璧にあなたを
フォローなんてしてくれないの。足りない分は別の人のお世話に
なるか、あなた自身が頑張ってうめていかなければならないわ。
あなたは大人の人なら見えると言ったけど、大人の人で、私たち
以外に誰かあなたを見てる人がいるかしら?」

 「…………」
 私は辺りを見回しましたが、その時は誰も私を見ていませんで
した。

 「誰も見てないでしょう。それはあなたがここにいるみんなに
愛されてるから。誰もあなたを悲しませたくないからそんな事は
なさらないの。その人の為になることしかなさらない。それが、
『愛してる』『愛されてる』ってことなの。あなたはご家庭でも
この学校でも愛に囲まれて暮らしてる幸せな王女様なのよ」

 「…………」
 ま、そう言われても幼い私にその実感はありませんでした。
 この不幸な状態と愛されてるという言葉がどうして同じなのか
がまったく分からず小首を傾げます。

 すると、小宮先生は微笑まれて……
 「そうね、あなたは外の世界を知らないから、仕方がないわね。
きっと『外では童話のようなもっと素晴らしい世界が広がってる』
と思ってるのかもしれないわね。でも、それはね、青い鳥と同じ。
本当の幸せはここにあるの。身も心も裸になれるここにあるのよ」

 「はい、先生」
 小宮先生のお説教は理解不能でしたが、でもこんな時はともかく
『はい、先生』と言わなければならないとだけわかっていました。
ですから、蚊のなくような小さな声で答えたんです。

 それでも小宮先生。私の『はい、先生』で満足なされたみたい
でした。

 「はい、それじゃあまずパンツを穿きましょう。あんよ上げて」
 小宮先生、素っ裸にしていた私にやっと新しいパンツを穿かせ
てくれます。

 でも、これでお仕置きが終了したわけではありません。
 実際、こうしたお着替えだけでも、私たちには立派な辱しめの
お仕置きなのですが、本当のお仕置きはまだまだこれからだった
のです。

 着替えた服はあつらえたみたいにサイズがぴったりです。
 下着もサイズはぴったりでしたが、誰かが着たかもしれないと
思うと、そこはいい気持ではありませんでした。

 一段落したところで小宮先生が私の耳元で囁きます。それは、
悪魔の囁きでした。
 「今日はここでお仕置きします。覚悟しておいてね。みんなの
愛を裏切って勝手な行動をとったわけですから、仕方ないわね」

 『やっぱり、お着替えだけじゃないんだ』
 と思いました。
 そして、黙っていると……

 「いいですね」
 と、小宮先生に念を押されます。

 「はい、先生」
 もちろん、私はこう言うしかありませんでした。


************<9>************

小暮男爵 ~第一章~ §6 / 朝の出来事 /


小暮男爵/第一章

<<目次>>
§1  旅立ち         * §11 二人のお仕置き②
§2 お仕置き誓約書    * §12 ランチタイムの話題
§3 赤ちゃん卒業?    * §13 お父様の来校
§4 勉強椅子        * §14 お仕置き部屋への侵入
§5 朝のお浣腸       * §15 お股へのお灸
§6 朝の出来事       * §16 瑞穂お姉様のお仕置き
§7 登校           * §17 明君のお仕置き
§8 桃源郷にて       * §18 天使たちのドッヂボール
§9 桃源郷からの帰還  * §19 社子春たちのお仕置き
§10 二人のお仕置き① * §20 六年生へのお仕置き

***<< §6 >>****/朝の出来事/*****

 朝の辛い儀式(お浣腸)が終わると私の身体は河合先生の手に
委ねられます。
 パジャマだけでも着ることができてやれやれ一息というところ
ですが先生と一緒に向かうバスルームでは再び裸にならなければ
なりませんでした。下着を身に着ける事ができるのはその後です。

 遥ちゃんもまだそうですが、我が家で小学生というのは自分で
自分の身体を洗うことができません。
 子供の身体は家庭教師の先生が洗う決まりになっていました。
 ですから、バスルームに着くと私たちは再び裸にさせられます。

 ただ、朝のバスルームというのはお風呂が沸いているわけでは
ありません。あくまで身体を洗うことだけが目的でした。
 バスルームで合流した私と遥ちゃんは、二人して冷たい洗い場
に裸で並び立ちます。当然、前はすっぽんぽんなのですが、別に
どこを隠すということもしませんでした。

 「どうだった?久しぶりのお父様は?」
 「どうって?」
 「久しぶりに抱っこしてもらったんでしょう?」
 「そ……そんなことしないわ。私、もう子供じゃないもん」
 私は見栄をはります。だって、この歳で赤ちゃんみたいに抱き
合って寝てたなんて言いたくありませんから。

 「どうだか……あんたは甘え上手だもん。また上手に甘えて、
お父様に何か買って貰う約束したんじゃないの?」
 遥ちゃんは羨ましそうな目で含み笑いです。

 「そんなことあるわけないじゃない」
 私は少しだけ語気を強めます。

 河合先生はこんな時、たとえその子達のすぐそばにいても何も
おっしゃいません。ただその会話に嘘が混じると、先生の手荒い
ボディーウォッシュをやり過ごさなければなりませんでした。

 『痛い!!』
 その時、私は思わず腰を引きます。

 それは河合先生のスポンジがお股の中で暴れたから。つまり、
嘘をついているからでした。

 「ほら、腰を引かない。無駄なおしゃべりはしないの」
 先生に叱られます。

 河合先生のスポンジは無遠慮に私の股間をゴシゴシしますが、
どんなに痛くてもそれで悲鳴を上げることは許されませんでした。

 河合先生の仕事は身体洗いだけじゃありません。歯を磨いて、
下着を穿かせて、髪をセット、お家の中だけで着る普段着を身に
つけさせるところまで、その全部が河合先生のお仕事なのです。

 一方、子供たちはというと、それにただただ耐えるだけが仕事
でした。

 どうしてそこまで?子ども自身にやらせればいいじゃないか?

 確かにそうですが、要はお父様の前に出る時、子どもたちだけ
では完璧に仕上がらないというのがその理由のようでした。

 あれで15分位もかかったでしょうか、やり慣れている先生の
手際のよさは天下一品です。ただし、その間、私たちは河合先生
のお人形ですから何もできません。
 『こういう髪型がいい』とか、『今日はこのお洋服で』なんて
注文も出してはみますが、それもあくまで河合先生しだい。
 彼女がダメと言えばだめ。私たちに決定権はありませんでした。

 そのあたり子供の立場は辛いところです。

 でも、これが中学生になると一変します。誰の手も借りません。
朝は自分で起きてバスルームに行き、顔をや身体を洗い、自分で
髪をとかします。その日に着る服だってクローゼットから自由に
選ぶことができました。
 もちろん、それをお父様が気に入るかどうかは別問題ですが、
自由の幅がぐんと増えることは確かです。

 女の子にとって自分で自分を装えるってとっても大事な事です
から小学生の私たちには隣りで作業する中学生のお姉さまたちが
羨ましくて仕方がありませんでした。

 ただ、そうは言っても良いことばかりではありません。実は、
困った事もあったんです。

 私たちは家庭教師の先生にお任せですから、どんなに寝ぼけて
いても先生がベッドから引きずりだしてくれますし、バスルーム
でふらふらしていても勝手に身繕いが済んでしまいます。

 ところが中学生になると、そうはいきませんでした。

 まず、必ず自分で起きなければなりませんし、自分で身繕いを
しなければなりません。『今日は疲れてるから今日だけお願い』
というわけにはいきませんでした。

 そのうえ、シャワーを浴びて身を清めたり、髪をとかしたりと
いった作業は担当の家庭教師が目を光らせていますから手抜きも
できません。
 お父様の待つ大食堂では子供たちの誰もがきちっとした身なり
で現れなければなりませんでした。

 戦後、爵位がなくなったと言ってもお父様は元男爵。ご本人は
家にいる時でも常にきちっした身なりをなさっています。
 ですから、子供たちにもきっとそうして欲しかったのでしょう。
『子供だからだらしのない身なりをしていても仕方がない』とは
お考えにならないみたいでした。

 目やにをつけたまま食堂のイスに座ろうものならまず顔を洗う
ようにお命じになりますし、寝癖を残したぼさぼさの髪や上着の
ボタンが外れているのもNG。スカートの裾からほんの少しだけ
シミズがはみ出していただけでも家庭教師が付き添って化粧直し
です。

 とはいえ、朝寝坊は大半の子に起こるもの。
 この日の朱音(あかね)お姉ちゃん……いえ、中学生になりま
したから朱音お姉様ですね……朱音お姉様を襲ったのもそうした
不幸でした。

 朝の食堂では、お世話になっている男の子二人、女の子五人の
合計七人が身なりを整えて朝の挨拶にやってきます。

 一番上は高校三年生の隆明お兄様。
 背が高く、細面で、目鼻立ちもはっきり、その日本人離れした
ルックスから妹たちの間では『ハーフよね、絶対』『お父様って
イギリス紳士じゃないかしら』という声が一般的でした。

 ただ、本当のところはわかりません。
 実は、お父様たち、後々のことを考えてここへ連れて来るのは
3歳までで父母共に身元の知れない子と決めていたのです。
 隆明お兄様がハーフかどうかはお父様もご存知ないことでした。

 二番目が高二の小百合様、
 肩まで伸ばした黒髪が美しい気品漂うお姉様。凛とした物腰は
すでに大人の女性を感じさせます。
 でも、こんなお姉様でさえも、お父様は私たちの前でむき出し
のお尻を叩いたことがありました。
 我が家はそういう家だったのです。

 このお二人は、私たちのような子供から見ると兄弟というより
むしろお父さんとか、お母さんといった感じに見えます。
 というのも、このお二人は身体が大きいだけでなく、言ってる
ことやってることが立派過ぎて私たちとは話がかみ合わないから
でした。

 何か言われる時は、たいてい雲の上から言葉が降って来る感じ
で、つまらないんです。
 こちらが返す言葉も、「はい、お兄様」「はい、お姉さま」と
しか言えませんでした。

 ま、その代わり、よく抱っこしてもらいましたから、そういう
意味でもお父さんお母さんみたいだったんです。

 この下は中学生。三年生の健治お兄様、二年生の楓お姉さま。
そして一年生の朱音(あかね)お姉さまです。

 このグループはお父様からある程度独り立ちを認められていま
すから、自分で自分の身体を洗うことができますしクローゼット
にあるどんな服でも自由に選んで着ることができます。

 ただ数年前までは私たちと同じ立場だったわけですから、まだ
子供時代の雰囲気も残しています。

 私たちが冗談を言ったり、こちらがふざけても受けてくれます。
読んでるマンガが同じだったりもしますから話も合いやすい関係
でした。

 その中学生グループの一人、朱音お姉さまがこの日の朝はなか
なか食堂に現れませんでした。

 他の子はとっくにお父様へのご挨拶を済ませ席に着いています。
最初の料理、ポタージュだってすでにテーブルに乗っています。

 そんな時でした。
 バタバタという足音が近づいてきたかと思うと、いきなり一陣
の風が食堂に吹き渡ります。
 とても急いでいたのでしょう。『ドン』という普段ならしない
はずの音がしてドアが開いたのでした。

 少し前かがみになって激しい息遣いが私の座る席までも聞こえ
そうです。

 「女の子じゃないみたいね」
 どなたかがそうおっしゃいましたが、まさにそんな感じでした。
ゲームやマンガに出てくる『艱難辛苦を乗り越えて、今、お城の
大広間に乗り込んだ若き勇者』といったところでしょうか。

 精悍な感じはすると思うのですが……
 でも、こんな登場の仕方、お父様にはあまり歓迎されませんで
した。

 遅ればせながら朱音お姉さまが朝のご挨拶にお父様のそばまで
行くと、お父様の方で手招きします。
 『もっと顔を近づけなさい』
 ということのようでした。

 「お前、目に何かついているぞ」
 まずは、お姉さまの目やにをナプキンで払い除けてから、その
全身を一通り見回します。

 「凄い格好だな。髪ぼさぼさ、上着のボタンは外れていて……
ん?……そのスカートの裾からチラチラ覗いているそれは何だ?」

 お姉さまは朝のご挨拶をしようと思ってそばに寄ったのですが、
これでは何も言えなくなってしまいました。

 「昨日の夜のお相手は誰だ。萩尾望都さんか?竹宮惠子さん?
それとも、大島なんとかさんかな?」
 お父様は家庭教師の武田京子先生を通じてお姉さまが夜な夜な
夜更かししてマンガを読んでいたのをご存知だったのです。

 ちなみに、お父様世代が読んでいた漫画は今のような形式の物
ではありません。手塚治虫先生登場以前の作品です。『のらくろ』
あたりでしょうか。単純で滑稽なショートストーリー。
 お父様は、複雑なストリー展開や人の情愛、感情の機微などを
マンガが伝えられるだなんて思ってらっしゃいませんから、漫画
は全て低俗な悪書だったわけです。
 当然、娘が夜更かししてまで読むものではありませんでした。

 「おまえは、まだ自分で自分の事が管理できないみたいだな」

 「…………管理って……」
 こう言われて、お姉さまは何か言いたげだったのですが……

 「お前はまだ子供だってことさ………………先生……武田先生」
 お父様はこう言って中学生専属の家庭教師武田先生を呼びます。
 武田先生は私たちでなら河合先生にあたる方、同じ役目でした。

 「先生、ご苦労だけど、この子を洗ってやってくれませんか?」
 お父様は、捨て猫でも処理するように朱音(あかね)お姉様を
武田先生へ依頼します。

 「はい、承知しました」
 武田先生は一流大学を出た立派な才女ですが、ここではお父様
に雇われているわけですし、そもそもこうなったことについては
ご自分にも責任があると感じられたのでしょう、二つ返事で引き
受けられると、朱音お姉さまを連れて食堂を出て行かれました。

 で、どうなったか?

 どうって、特別な事は何もありません。お姉さまが久しぶりに
私たちと同じ朝の体験をしたというだけです。

 身体をゴシゴシ洗われて……「ほら、腰を引かない」とかね。
 髪をセットしている最中……「ほら、脇見しない!」とかね。
 出してきた服に文句を言うと、「贅沢言わないの。あなたには
これが似合ってるんだから」とかね。
 言われたんじゃないかなあと思います。

 ただ、武田先生からは念入りに洗っていただいたのでしょう。
朱音お姉さまが食堂に戻られた時はもう大半の子が朝食をすませ
ていました。
 中には早々席を立つ子もいて、そんな時になってようやく朱音
お姉さまが準備を終えて食堂に戻ってきたのでした。

 遥と私は、その時もまだお父様の席で何やら話していました。
 子供の役得で、お父様のお膝の上はいつ登ってもセーフティー
エリア(安全地帯)だったのです。

 今のように情報がたくさんある時代ではないので、お父様から
の情報は子供たちにはとっても新鮮で貴重なんです。
 色んな話題や知識がそこにはありますから、食事が終わっても
私たちはできる限りお父様のそばにいたのでした。

 そこへ武田先生と一緒に朱音お姉さまが食堂に帰ってきました。
 もちろん、今度は一部のすきもなく仕上がっています。
 まるで、これから舞踏会にでも行くみたいでした。

 「わあ、綺麗!」
 「こんな素敵なドレスで食事するの?」
 二人の目の前をお姫様が通過します。

 「お…おはようございます。お父様」
 武田先生に背中を押されて少し緊張気味にご挨拶。
 そりゃそうです。さっきお父様に叱られてこうなったわけです
から朱音お姉さまだって心から笑顔というわけにはいきません。

 「おうおう、綺麗だ。綺麗だ。見直したよ。女の子はやっぱり
こうでなちゃいけないな…………武田先生、ご苦労様でした」
 感嘆の声を上げるお父様。余計な手間をとらせた武田先生をも
ねぎらいます。

 「やはり、ちゃんとしていれば朱音が姉妹の中で一番綺麗だよ」

 たとえお世辞でもお父様にこう褒められれば、朱音お姉さまも
まんざらでもないのか、はにかんで笑顔がこぼれます。

 ただ、我が家の場合。これでめでたしめでたしというわけには
いきませんでした。

 「よし、では食事にしようか。でも、その前に……朱音。鏡を
持って来てこの椅子に敷きない。お前もその方がはっきり目覚め
ることができるだろうから……」
 お父様は、ご自分の隣りにある椅子の座面を叩きながら、朱音
お姉さまに命じます。

 お父様がおっしゃる『鏡』というのは本当の鏡ではありません。
 鏡を椅子に敷くなんておかしいでしょう。

 ここでいう鏡はまるで鏡のように磨き上げられた鉄の板のこと。
 その冷たい金属の板を座面に敷き、その上に裸のお尻を乗せる
という罰なのです。

 実はこれ、学校でも同じ罰がありますから、女の子にとっては
わりとお馴染みのお仕置きなのですが、さらに我が家では、その
鉄板を冷やすための専用冷蔵庫まで用意してありました。

 キンキンに冷えた鉄板の上に裸のお尻を乗せればそりゃあ目は
覚めるでしょうが……

 「はい……」
 朱音お姉さまは短く答えてその冷蔵庫に向かいます。

 その瞬間、お父様は、まだ食堂に残っていた健治お兄様にだけ
ここを出るよう指図されましたが、他にも残る女の子たちには、
何もなさいません。

 もちろん、食堂にまだ残っていた数人のお姉さまたちも事情は
ご存知です。でも、そもそもそんな事に感心を示す人などここに
はいませんでした。

 というのも、これって学校でも家庭でもわりと頻繁に行われる
罰なので、私も含め女の子たちはすでに全員が経験済み。今さら
驚きませんでした。
 それに何より女の子が女の子のお尻見てもしょうがありません
から。

 ただ、そうはいっても本人は別です。だいいちトイレでもない
こんな人前でショーツを脱ぐのは恥ずかしいことですし、お尻が
鉄の板に当たる瞬間、その冷たさに思わず顔色を変えないように
気を配ったりもします。

 幸いロングスカートが裸のお尻を隠してくれますから外からは
普通に食事をしているように見えますが、キンキンに冷えた鉄の
板はよく尿意を呼びさましますからそれも要注意でした。

 そして、それをなんとか我慢していると……
 「どうした?……行って来なさい。こんな処でお漏らしなんか
したら、それこそ恥ずかしいよ」
 こんなことをお父様に言われてしまいます。
 これもまた恥ずかしいことでした。

 冷たい椅子に腰掛けて独りでする食事なんて誰だって嫌です。
 だから「こんな物いらない」と言って席を立ちたいのですが、
特別な理由なく食事を抜くことをお父様が許してくださらないの
でそれもできませんでした。

 『出されたものは全て食べること』
 この場に限らずこれがお父様の厳命ですから、子供たちが食事
を拒否することはお父様のお言いつけに逆らうことになります。
 覚悟を決めて席を立つこともできますが、その場合は、当然、
それなりのお仕置きを覚悟しなければなりませんでした。

 朱音お姉さまは重い手つきでスープを口に運びます。

 もったりもったりとした様子。
 そんなゆっくりとしたペースに、今度は、お父様が動きました。

 「ほら、いいからお口を開けて、このままじゃ学校に遅れるよ。
ほら、あ~~ん」

 お父様は自ら大き目のスプーンに料理を乗せてお姉さまの口元
へ運びます。

 お姉さまは恥ずかしくても、それをパクリっとやるしかありま
せん。

 「よし、その調子だ。お前にはまだこの方が似合ってるな」
 お父様にこんな事を言われても、やはり黙っているしかありま
せんでした。

 「美味しいか?……美味しかったら『はい』って言いなさい」
 「はい……」
 恥ずかしそうな笑顔から小さな声が聞こえました。

 二口、三口、スープをお姉さまの口元へ運ぶと、今度はお肉を
切り分け始めます。

 今度はフォークに突き刺して……
 「あ~~~ん」

 「ほら、もう一口。…………よし、食べた」
 お姉さまは口元を汚しながらお肉を頬張ります。

 「よし、もう一つだ…………頑張れ~~」
 一方お父様はというと、もう完全に朱音お姉さまを赤ちゃんに
して遊んでいました。

 「おう、いい子だ。よく食べたねえ。……ほら、もう一口……
おう、えらいえらい。今度はサラダにするかい?」

 お父様の問いに口いっぱいにお肉を頬張っている朱音お姉さま
は口が開けられません。

 「サラダ嫌いかい?ダメだよ。野菜もちゃんと食べないと……
誰かさんみたいに便秘しちゃうからね。………よし、口を大きく
開けて……あ~~入った入った。……お前はやっぱりその笑顔が
最高に可愛いよ。お前を独り立ちさせるのちょっと早かったか。
また、小学生に戻るか?私と一緒にネンネしようか?」
 お父様はお姉さまをからかいながらひとり悦にいっています。

 でも、こんな赤ちゃんみたいな食事に朱音お姉さまが歯を喰い
しばっているかというと……

 もちろん、恥ずかしいことなんでしょうが、お姉さまの顔は、
どこかお父様に甘えているようにも見えます。

 お父様の給仕が早くて思わずゲップなんてしちゃいますけど、
お姉さまの笑顔がすぐに復活してお父様を喜ばせます。

 「おう、ちょっと早かったか。じゃあもっとゆっくりにしよう」

 食事するお姉さまにとって両手は何の役にもたちません。イヤ
イヤすることもできません。今は、お父様に向かって笑顔を作る
ことだけが仕事みたでした。

 これってお姉さまに与えられた罰と言えば罰なんでしょうけど、
こうやってお父様と食事するお姉さまの姿は、時間の経過と共に
どこか楽しげなもへと変わっていきます。

 ですから……
 『いいなあ、私もやってもらおうかなあ』
 なんて思ったりして……小学生は不思議なものです。

 でも考えてみたら、朱音お姉さまだって数ヶ月前までは小学生
だったわけで、中学生になったからって瞬時に全てが切り替わる
というわけではないようでした。

 そして、テーブルの料理が三分の一くらいなくなったところで、
朱音お姉さまはやっと自分の手で食事をすることができるように
なったのでした。

 ただ……
 「武田先生。朱音は、今日の午前中、体育の授業がありますか」
 その空いた時間にお父様が武田先生に尋ねます。

 「いいえ、今日は体育の授業はありません。午前中は特に体を
動かすような行事はないと思います」

 武田先生の答えは朱音お姉さまを再び震撼させます。
 いえ、それは私にもわかる結論でした。

 ところが……
 「さあ、あなたたち、そろそろ学校へ行く準備をしないと遅れ
てしまいますよ」
 河合先生が呼びに来て、私たちはそれから先の様子を見る事が
できませんでした。

 でも、その様子は見なくてもだいたいわかります。
 だってそれは私たちにも沢山経験のあることだったからでした。

 おそらく朱音お姉さまはたくさんのイラクサをショーツの中へ
これでもかと言わんばかりに詰め込まれるはずです。

 まるでオムツみたいになったパンツを穿いての通学。
 これって歩くとまるでアヒルみたいですから傍目にもお仕置き
を受けたとすぐにわかるのでした。

 しかも、この罰はただ歩きづらいというだけでなく、登校後に
イラクサを取り去っても、なかなか痒みがとれないのです。
 そこで症状が悪化しかねない体育が午前中にある時はやらない
のが不文律になっていました。

 二人は廊下に出てから顔を見合わせて笑い転げます。

 そりゃあ、私がそんな事されたらとっても嫌ですが、他の子が
お父様の目の前でスカートを持ち上げ、そこに表れたパンツも、
お父様から引きずり下ろされて、その中にたくさんのイラクサを
詰め込まれているなんて想像しただけでも愉快な事でした。

 「あなたたち、笑いすぎよ。……もっと他人を思いやる気持を
持たなきゃ」
 河合先生に注意されて酔いは醒めますが、それまではお腹抱え
て笑い転げていたのでした。

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小暮男爵 ~第一章~ §7 / 登校 /

小暮男爵/第一章

*****<< §7 >>****/登校/******

 小暮家でお世話になっている私たち姉妹が通っていた小学校は
郊外の山の中にありました。

 元は華族の子弟専用の女学校だったようですが、戦後、お父様
が買い取って場所を今ある場所に移し、男女共学の私立学校に。
 もちろんそれって私たちの為です。巷の余計な情報をいれずに
純粋無垢な少女(お人形)として育てる為には不便な田舎の方が
むしろ好都合というわけです。

 ただ、男女共学といっても、私たちが通っていた頃の学園は、
まだまだ女子が圧倒的に多くて、男の子はほんの数名。私たちの
クラスにも、一人だけ広志君という男の子がいましたが、この子、
私たち女の子パワーに圧倒されたのか、いつも教室の隅で小さく
なっていました。

 私はこの時まだ男の子が第二次性長期を迎えて大きく変化する
姿を知りませんから……
 『広志君って、意地っ張りで、少し偏屈なところもあるけど、
すねた顔が可愛いわ』
 なんて、思っていました。
 そう、男の子って私たちから見ると可愛い存在だったのです。

 ところでこの学校、不便な場所にあるのにスクールバスがあり
ませんから大半の子が自宅から自家用車で山腹にある広い駐車場
までやって来て、そこからは校門までの長い階段を歩いて登る事
になります。

 ですから、朱音お姉さまみたいに、お父様からイラクサパンツ
なんか穿かされると、車中では青臭い匂いがするので私たちから
嫌がられますし、駐車場で車を降りた後も山の頂上まで続く長い
階段を大きなお尻で登らなければなりません。
 これって、女の子には結構辛い試練でした。

 本当はこんな姿って恥ずかしいですから、一気に駆け出したい
ところですが、石段を一段登るだけでもイラクサの刺毛がお股に
摺れて痛痒く、とても一気になんて駆け上がれませんでした。

 それに、どんなに自然に振舞おうとしても、沢山のイラクサで
オムツのようになったショーツを穿くと動きがぎこちなくなって
しまい、お友だちからは、今、スカートの中がとうなっているか
見破られてしまいます。

 「あの子、スカートの下はきっとイラクサパンツよ。おそらく、
お父様のお仕置きね。いったい何をやらかしたのかしら?」
 なんて、お友だちの囁きが耳にはいると、その恥ずかしい姿を
直接見られたわけでなくとも、その場に居たたまれなくなります。

 イラクサのパンツは、そうした辱めとしての効果も期待しての
お仕置きだったのでした。

 リンカーン(お父様の自家用車)の中でも妹の私たちから散々
臭い臭いを連発されていた朱音お姉さま。駐車場ではお友だちと
「ごきげんよう」「ごきげんよう」のご挨拶はいつもより明るく
なさっていましたが、石段を上がり始めると、たちまちお友だち
からの失笑を買ってしまいます。

 「大丈夫?手伝ってあげるね」
 こうした場合、気がついたクラスメイトが親切心で手を取って
助けてはくれるんですが……

 『本当は、あなたたち笑ってるくせに……』
 こんな時って助けてもらう方だって疑心暗鬼になってますから、
せっかくの親切心もあまり心地よくはありません。

 朱音お姉さまはお友達に囲まれながらゆっくりゆっくり石段を
上がってきます。

 一方、一緒にリンカーンに乗ってきた妹の私たちはというと、
これがとっても残酷でした。

 「アヒルさん、アヒルさん、ここまでおいでアヒルさん」
 私と遥ちゃんはそんなお姉さまの姿がおかしくてたまりません。
そこで、階段を一気に駆け上がり、自分のお尻を振り振りして、
お姉さまをはやし立てます。

 『アヒルさん』というのは、イラクサで膨らんだ大きなお尻を
振り振りしながら階段を登る姿が、ちょうどアヒルさんが歩く姿
に似ているからなのです。

 でも、そんな様子を運転手さんは快く思っていませんでした。

 「ほら、あなたたち、ダメでしょう。朱音さんはあなたたちの
お姉さまなのよ。こんな時は助けてあげなくちゃ」
 河合先生は高い場所からお姉さまを見下ろしてじゃれあってる
私と遥ちゃんに注意します。

 実はこの学校、普段の日でも父兄参観が認められていて、家庭
教師の先生も受け持つ子どもの授業をいつでも見学できるように
なっていました。ですから、ほとんどの家庭教師が、毎朝、自分
の生徒と一緒に校門をくぐります。

 河合先生や武田先生もそれは同じ。お二人は受け持つ子供たち
を送り迎えするだけがお仕事ではありません。むしろ車を降りて
からが、お二人の大事なお仕事でした。

 「は~~い」
 私たちは気のない返事をして、いったん登った階段を下り始め
ます。

 河合先生の命では仕方ありません。私たちも他の子たちと一緒
に朱音お姉さまを救出に向かいます。

 ただ、その時はすでに武田先生はじめ沢山のお友達がお姉さま
に援助の手を差し伸べていましたから、むしろお姉さまの周りは
ごった返しています。まるでお祭りのお神輿のようにしてお姉様
が階段を上がってきます。

 人手はもう十分足りていると思いますから……
 「ねえ、私たちまで行ったら、かえってお姉さま恥ずかしいん
じゃない。ありがた迷惑なんじゃないかしら?」

 私の疑問に遥お姉様は……
 「それはそれでいいんじゃないの。恥ずかしいのもお仕置きの
一つだもの。それに女の子って何事にもお付き合いが大事だって
河合先生も言ってたじゃない。お付き合いよ。お付き合い」
 何だか悟ったような大人のような返事を返すのでした。

 そのあたり、私はまだ子供なのでよくわかりませんが、もし、
私が朱音お姉様の立場だったら……
 「いいから、ほっといて!近寄らないで!」
 なんて、怒鳴り散らしていたかもしれません。


 「やっと着いた」

 とにもかくにも、朱音お姉さまはみんなのおかげで遅刻せずに
山の頂上へと辿り着きます。

 お山の頂上からは白い灯台や外国航路の船が出入りする港町が
見えます。もしピクニックだったら最高のロケーションです。
 こんな見晴らしの良い場所に人知れず建っていたのが私たちの
学校、聖愛学園。ここに小学校と中学校がありました。

 1学年1クラスで6名から8名。全校生徒合せても、小学校で
40名、中学校も20名程度の小さな組織です。
 ですから、学校施設もこじんまりとしていて、周りの樹木より
高い建物などは必要ありません。深い緑の森に溶け込むように、
体育館やプール、図書館、教室棟、管理棟、ゲストルームなどが
散在しています。

 おそらく山の下からでは学校の建物は見えませんし、生徒たち
の声なども聞こえないと思います。それはお父様たちにとっても
好都合で、ここでどんなに厳しいお仕置きが行われてもその悲鳴
が外部に漏れる心配がありませんでした。

 それだけではありません。ここには他の学校ではまず考えられ
ないような設備まであります。

 その一つがプライベートルーム。

 教員室の脇にある階段を下りると、そこは半地下になっていて、
六つの小部屋と一つの大広間があるのですが、実はここ、学校の
オーナーでもある『六家』の人たちが共同使用するプライベート
ルーム。学校の敷地内にありながら学校の管理下ではないという
不思議な空間でした。

 ここでは六家のお父様方やその家庭教師さんたちが学校参観の
合い間、ドアに家紋の掲げられた御自分たち小部屋でつかの間の
休息をとったり、受け持つ子どもたちのデータを整理します。
 そして一つだけある大広間はというと、私たちが放課後茶道や
日舞などの習い事をするために使われていました。

 ま、それだけなら私たち子供にとっては何の問題ないのですが、
この部屋は他にも役割があったのです。それがお仕置きでした。

 ですから私たちの間ではここは『お仕置き部屋』として通って
いました。

 どういうことかというと……
 お父様や家庭教師が来校していれば、学校で、今の今、悪さを
したばかりの娘なり息子をすぐにプライベートルームへ呼び出し
て、すぐに罪を償わせることができます。実際、そうしたことが
たびたび起きていました。

 しかも、ここでのお仕置きはあくまで家庭内でのお仕置きです
から学校内ではありえないようなキツイお仕置きもできるわけで、
生徒にとってはまさに恐怖のエリアでもあったのでした。

 私は社会に出たあと、世間の学校にはこんな部屋は存在しない
と聞かされて絶句、もの凄いカルチャーショックでした。

 さて、話が飛んでしまったみたいですから元に戻しましょう。

 登校した私たちには、まずやらなければならないことがありま
した。

 私たちの学校では園長先生が丹精した色とりどりの薔薇の花が
咲くアーチが校門となっていまして、そこを潜ると何やら怪しい
胸像が設置してあります。

 『大林胤子先生』
 プレートの名前はそうなっていました。

 生徒はこの胸像の前では必ず一礼しなければなりませんでした。

 実は彼女、この学校の創立者なのです。あまりにも大昔に亡く
なっていますから生徒はもちろん先生方だって実のところ彼女に
一度も逢ったことがないはずなんですが、それでも生徒は、毎朝
この像の前ではご挨拶として一礼しなければならないのです。

 しかも、ご丁寧に私たちがちゃんと一礼したかを監視する為の
先生まで配置していますから、そのままスルーしてしまうと呼び
止められてしまいます。

 そんな時は……
 「あっ、ごめんなさい。うっかりしてました」
 胸像の前に戻って一礼すれば、大半、許してもらえるのですが、
ただ、間違っても……

 「そもそも、大昔に死んじゃってる人に今さら頭をさげても、
何の役にもたたないし、無駄な時間だと思いますけど」
 なんて、先生に口答えしちゃうのは絶対にタブーでした。

 ある日、そう答えてお尻を叩かれた子がいましたから。

 慌ててその子の家庭教師が止めに入ったのですが、きっと先生
もキレちゃったんでしょうね、
 「これは躾です。ほっといてください。お話はあとで窺います」
 そう言って、中二の子のお尻をスカートの上からでしたけど、
20回も勢いよく叩いていました。

 私の場合は……
 『あんた、石の置物のくせに偉そうな顔するんじゃないわよ』
 なんて、いつも心の中でそう思いながら一礼していました。

 この学校では胸像への一礼も日常的なご挨拶の一つ。ぺこりと
頭を下げさえすればいいのですからべつに手間はかかりません。
どのみちこの学校では出会う人にはすべて『ごきげんよう』って
ご挨拶するわけですから、胸像一つ分ご挨拶が増えたとしても、
本当はどうってことないはずなんですが、女子も第二次性長期に
入ると自分なりの屁理屈を言い出すようになりますから、こんな
事件も起こるのでした。

 もちろんうちの学校、こんな跳ね返り娘ばかりじゃありません。
むしろ大半は、目上の人の指示には何でも「はい」「はい」って
きく従順な子ばかりです。

 日頃から学校の先生だけでなく、お家では家庭教師の監視下で
細かなことまで注意されながら暮らしていますから、活発な子と
いうよりおとなしい子の方が圧倒的に多くなるのでした。

 例えば、ある先生がお仕置きを決断したとしましょう。
 先生が「さあ、お仕置きしますよ。全員パンツを脱いで!」と
命じると、みんな当然のようにパンツを脱ぎはじめるのですから。

 この学校の子供たちはそのくらい統制が取れているというのか
目上の人には従順なのでした。

 ですから、さっきのはあくまで特異な例。理由はともかく先生
がそうおっしゃるならって、どの子も胤子先生の前では必ず一礼
します。思わず胸像の前を通り過ぎてしまったら慌てて戻ります。
特に小学生では逆らう子は一人もいませんでした。

 当然、この日も私たち姉妹は先生に教えられた通り深々と一礼
してから校舎の中とへ入っていきます。


 校舎はログハウス風の木造校舎ですが、中は日本のどこにでも
ある学校と同じ構造。玄関口にはたくさんの下駄箱団地があって、
生徒はここで革靴と上履きを履き替えます。

 あっ、そうそう、うちの場合は生徒用だけでなくお供してきた
家庭教師のために父兄用靴箱というのも設置してありました。

 ちなみにこの父兄用靴箱、その名の通りお父様が来て使う事も。
ただそんな時はお仕置きで呼ばれた場合も多いですから、生徒は
お父様の顔を見るなり緊張したりします。

 うちの場合、華族学校時代からの習慣で、毎日が父兄参観日で
したから、良い事も悪い事も全てが河合先生や武田先生を通じて
その日のうちにお父様にも伝わりますが、場合によっては電話で
お父様が報告を受けることも。
 家庭教師の報告を電話で聞き、激怒して学校に乗り込むお父様
もいらっしゃいました。それほど娘が心配だったのです。

 家庭教師からの報告は、学校で行われたテストの結果は勿論、
『国語の時間、お友達とふざけあって先生に鏡を敷かされました』
とか『体育の時間、まじめに走らなかったので一周多く走らされ
ました』なんて恥ずかしい報告も次々とお父様の元に上がってき
ます。

 そのほかにも、休み時間にお友だちとひそひそ声で言いあった
先生の悪口が、なぜか家に帰るとすでにお父様が知っていたり、
ほんのちょっとからかっていただけなのに、お父様からは……
 「今日、お友だちを虐めてたみたいじゃないか。お友だちとは
仲良くしなきゃ」
 なんて注意されたこともありました。

 学校の先生と家庭教師、その両方で私たちはつねに見張られて
いる訳です。つまりこちらの情報はいつも筒抜け。まさに超監視
社会でした。

 でも、大人たちに言わせると、これも愛なんだそうです。
 私たちにとっては、おせっかいとか、過干渉という言葉の方が
ぴったりくるのですが。

 そんな大人たちの愛は他にもあります。

 私たちが登校してくると玄関口には必ず園長先生が立っていて
生徒全員とスキンシップをします。ハグして、頬をすり合わせて、
まるでそこに本当のお母さんが立っているみたいでした。
 実はこれ生徒全員の心と身体の健康チェックなんだそうです。

 これも胤子先生の胸像と同じようにスルーはできません。
 胸像に一礼するのと同様、子供たちは園長先生に抱かれる義務
がありました。

 園長先生に抱かれるのは、ほんの10秒ほど。これで私たちの
健康状態や心の状態までがわかるんだそうです。
 何も話さなくても分かるみたいですから摩訶不思議です。

 もちろん園長先生のハグは何も問題がなければすぐに開放され
ますが子供たちの抱っこの義務はここだけではありませんでした。

 教室に入ると、今度は担任の先生が私たちを待ち構えています。
 やることは園長先生と同じでした。子供たちをしっかりハグ、
頬を摺り合わせ、頭を良い子良い子してなでてくれます。
 ちょっとした赤ちゃん気分。

 担任の先生になると、もっと細かなことまでわかります。
 先生はこうしてハグするだけで、子供たちの今の体調や『宿題
をわすれた』とか『今朝、おねしょしてお父様に叱られた』とか
『今、お友達と喧嘩している』なんていう心のSOSまでわかる
んだそうです。

 何たって、全校生徒合せても40名ほどのこじんまりした学校
ですから、園長先生は登校時間に全ての生徒とスキンシップする
時間がありますし、担任の先生もお父様以上に子供たちの内実を
よくご存知でした。

 もちろん担任の先生は各々の家庭教師から色んな情報をリーク
してもらって、それで判断してるんでしょうけど、子供たちには
不思議な出来事だったのです。

 「あら、可愛いリボンじゃない。小さな鈴まで付いてるのね。
自分で選んだの。それとも、河合先生のお見立てかしら?」
 「私です。楓お姉さまに作ってもらいました」

 「そう、楓お姉さん器用だものね。黄色がよく似合ってるわよ。
ところで、今日の朝ごはん。ちゃんとトマトジュースも飲めた?
お父様、好き嫌いする子は身長が伸びないって心配なさってたわ
よ」
 「コップの半分だけ。吐きそうだったれど、なんとか……」
 「偉いわ。少しずつ慣れていけばいいのよ」
 「コップにまったく口をつけないと……お父様が睨むから……
恐くて……仕方ないんです」

 「あら、そうなの。それは大変ね。でも、それはあなたの為を
思ってのことでしょう。感謝しなくちゃ。……あっ、そう言えば、
昨日からまたお父様と一緒のお部屋で暮らすことになったんです
って?」
 「えっ、……まあ」
 「どう?……久しぶりにお父様と一緒のお布団は嬉しかった?
それとも遥お姉ちゃまと一緒の方がよかったのかしら?」
 「遥おねえちゃまと一緒の方がいいです。でも、そうすると、
お勉強ががかどらないから、お父様が心配して……」

 「そう、それじゃあ仕方がないわけね……お部屋のお引越しが
あったでしょうけど、宿題はちゃんとやってきた?」
 「はい、たぶん大丈夫だと思います」
 「そりゃそうね、お父様のお膝の上ではサボれないものね」

 担任の小宮先生の抱っこでは心にチクチクと刺さる言葉もあり
ますが、甘えん坊の私は、こうして抱っこしてもらうこと自体は
決して嫌いではありませんでした。


 こうしてクラス全員の子へのスキンシップが終わると……
 「さあ、始めますよ」
 担任の小宮先生の声と共に朝のホームルームが始まります。

 このホームルームでは、学校行事についての話し合いなんかも
しますが、子供たちにとって最も強い関心事は小テストでした。

 私たちの学校では子供たちがお家で予習復習をきちんとやって
きたか主要四教科では勉強時間の最初に必ず確認の為のテストを
します。
 でも、国語と算数は担任の小宮先生が担当されていましたから
それを朝のホームルームで間に合わせてしまうのでした。

 出題は漢字の書き取りや計算問題が中心で範囲も細かく区切ら
れていますから家でのお勉強時間は、私の場合、お父様のお膝の
上でなら30分くらいですみます。
 でも、毎日のことですからね、それぞれに事情があってうまく
いかないこともありました。

 これが紙に書いて提出するだけの宿題なら……『やったけど、
お家に忘れてきました』なんて言い訳もできますけど、こちらは
テストで確認されちゃいますからどうにもなりません。まさか、
『知識を家に置いてきました』なんて言い訳ができるはずもあり
ませんから。

 もし、合格点に届かない子が一人でもいると、その子のために
もう一度同じ授業をやったり、その子自身も別メニューで補修を
やらされたりします。

 おまけに先生の閻魔帳にはその子の欄にXが一つ。

 これ、一つ二つなら問題ないのですが、このXが一週間で7つ
以上ついちゃうと、週末はお父様までも学校に呼び出されて親子
で『特別反省会』ということになります。
 こうなるとシャレにならない事態でした。

 担任の先生から、この一週間のいけなかった事が、洗いざらい
書き出されたプリントが出てきて、これから先どんな生活態度で、
どんな勉強方法で頑張るのかが決められます。

 それだけじゃありません。反省会での態度まで悪いとなると、
たとえ親の見ている前でもお仕置きなんてことがありえますし、
それでも足りなければ、お家に戻って、お父様や家庭教師の先生
からみっちりとお仕置きなんてことも……
 『特別反省会』って子供にとっては恐怖の保護者会でした。

 ちなみに、朝の小テストの合格点は9割以上。それ以下の子は
放課後無条件でその範囲を補習させられます。

 ただこの学校は元は孤児と言っても育ちで言えば良家の子女。
しかもどの家庭でもみんな家庭教師を雇っていますから、たとえ
本人がどんなに嫌がっても強制的にお勉強させられます。
 子どもたちは毎日準備万全で登校して来ますから普通は全員が
合格点でした。

 とはいえ、なかには例外もあります。
 この日の朝はそんな稀なケースが起きてしまいました。

 このテストの採点は、ホームルームの時間中に隣の子と答案を
取り替えて生徒同士で行うのですが、私のお隣、広志君はクラス
唯一の男の子にして、六人しかいないけどクラス随一の秀才です。
普段お家でやっているお勉強は中学のテキストだと聞いたことが
ありました。

 そんな子が朝のテストで失敗するなんて、ありえないと思って
いたのですが……。
 広志君の答案を見ると漢字の書き取り問題で全40問中5つも
間違いがあります。9割が合格点なら許容範囲は4つ。5つ目は
アウトです。

 『いいのかなあ』
 私は、何だか広志君の答案にXをつけるのが恐くて、こっそり
消しゴムで消して答案を修正しようとしたんですが……。

 「だめよ、小暮さん。間違いは間違いのままにしておかないと、
広志君の為にならないわ」

 小宮先生に見つかってしまい注意されてしまいます。
 こうして、広志君の放課後の居残り勉強が確定。ホームルーム
が終わるなり広志君の席には女の子たちが殺到しました。

 「どうしたのよ。病気?」
 「身体の調子が悪い時は保健室へ行ったほうがいいよ」
 「そうそう、『今日は体調が悪いのでテストできませんでした』
って言えば先生許してくれるよ」
 
 女の子たちが心配して寄ってきますが、でも当の広志君は迷惑
そうでした。
 「そうじゃないよ。間違えたの。僕だって間違えることあるよ」
 そう言って女の子たちを払い除けます。

 「だって、お家では中学生の問題解いてるんでしょう。こんな
小学生の問題で間違うはずないじゃない」
 由美子ちゃんがこう言うと、詩織ちゃんも同調します。
 「そうよ、そうよ、こんな問題、ちょちょいのちょいのはずよ」

 でも、現実は違っていました。
 「そんなことないよ。家でやってる中学の問題はあくまで趣味
だもん。そりゃあ、方程式は面白いけど、そっちばっかりやって
ると鶴亀算なんか忘れちゃう。漢字だって同じさ。やってないと
忘れちゃうんだ。だから、テストがある時はちゃんとその場所を
復習しておかないと、やっぱり合格点は取れないんだ」

 「じゃあ、何で、今日は不合格になったの?」

 「それは……」
 広志君は言葉を濁します。

 すると、その答えを出したのは、広志君の家庭教師をやってる
会田先生でした。
 会田先生は、ホームルームの時間はずっと教室の後ろに設けら
れた父兄席で静かに見学されていたのですが、一区切りついたの
で、私たちのそばへと寄ってきます。
 うちの学校では休み時間に家庭教師が受け持つ子供に向かって
声をかけるのは日常茶飯事。それ自体は極当たり前の光景でした。

 「ずいぶんと偉そうなこと言うじゃない。……この子、昨日は
熱心にプラモデルばかり作ってて、ちっともこちらの言うことを
聞いてくれないから『もう、勝手になさい』って独りにさせたの。
大丈夫かなあって思ってたら、案の定ね」

 「ちょっとした手違いが起こっただけだよ」
 広志君は強がりを言いますが……
 「手違いって、どんな?」
 って先生に尋ねられると……
 「…………」
 それには答えられませんでした。

 「まあいいわ。これで今日一日が無事にすんじゃったら、私、
失業するところだったけど、朝の小テスト一つ満足に受からない
ようなら、どうやら、あなたには、まだまだ私が必要みたいね。
今日は、小宮先生からとびっきり痛いのを一ダースばかりお尻に
いただいて帰りましょう」

 「えっ!」
 驚いた広志君ですが、会田先生の冷たい表情が変わる事はあり
ませんでした。
 「……それが、何よりあなたの為だわ」

 「だから、たまたまだよ。たまたま間違えただけだって……」
 広志君、苦し紛れのいい訳を独り言のように小さな声で言いま
すが、会田先生は広志君を取り囲んだ女の子たちに向かっても、
さらに強烈にこう言い放つのでした。

 「みなさん、この子の成績なんてこんなものなの。みなさんと
大差ないの。この子、周りがちやほやしてくれるもんだからうぬ
ぼれてるみたいだけど、その方がよほどたまたまよ。今は成績が
あまり上がっていない子でも、あなたぐらいのポジションなら、
すぐに追いつくんだから……大きな口はたたかないことね」
 広志君、会田先生にたっぷりイヤミを言われてしまいます。

 どうやら広志君、昨夜は無我夢中でプラモデルを組み立ててた
みたいで、睡眠時間は二時間。会田先生と約束した宿題の範囲に
も目を通していません。しかもその睡眠時間だって、途中で眠く
なって机にうつぶせなって寝てしまったみたいでした。
 結局そんな広志君をベッドへ運んだのは会田先生だったのです。

 小学生も高学年になると、我を張って家庭教師の言う事をきか
なくなります。そのくせまだ自分で自分を律することができない
ものですから、独りにさせても満足な成果は期待できません。
 こんなことが起きてもそれはそれで仕方のないことでした。

 この日、広志君は居残りです。でも、同じ居残りといっても、
その対応はケースバイケース、千差万別です。

 広志君の場合は、単に補修授業があるというだけでなくその中
で何度も何度も飽きるくらい、涙がこぼれるくらい反省の言葉を
言わされると思います。それは担任の小宮先生が家庭教師の会田
先生から昨夜の事について説明を受けてその事情を知るからです。
 普段優しい小宮先生も怠ける子には厳しく接しますから。

 この学校が他の学校と大きく違っていたのは、家庭教師の存在。
家庭教師と学校の先生が連携をとって子供をお仕置きするという
摩訶不思議な学校でした。

 そんな超監視学校の一日がこれから始まります。

**********<7>**************

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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