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小暮男爵 <第一章> §14 / お仕置き部屋への侵入

小暮男爵 / 第一章

<<目次>>
§1  旅立ち         * §11 二人のお仕置き②
§2  お仕置き誓約書   * §12 ランチタイムの話題
§3  赤ちゃん卒業?   * §13 お父様の来校
§4  勉強椅子       * §14 お仕置き部屋への侵入
§5  朝のお浣腸      * §15 お股へのお灸
§6  朝の出来事      * §16 瑞穂お姉様のお仕置き
§7  登校          * §17 明君のお仕置き
§8  桃源郷にて      * §18 天使たちのドッヂボール
§9  桃源郷からの帰還 * §19 社子春たちのお仕置き
§10 二人のお仕置き① * §20 六年生へのお仕置き


**<< §14 >>**/お仕置き部屋への侵入/**

 私は、当初下り階段に足を踏み入れる勇気がわきませんでした。
ここは私たち子供にとっては怖い場所でもありますからね、もし
これが一年前だったら、そのまま踵を返してお昼休みは友だちと
遊んでいたと思います。
 でも、この時は妙に遥お姉様のことが気になっていました。

 『遥お姉様が心配だもん。ちょっとだけ覗いてみうよ』
 最初、私の心の奥底から聞こえてきたのは天使の声でした。

 「お姉ちゃ~~ん。遥お姉ちゃん、いる~~」
 姉思いの優しい眼差し。妹の声が闇の奥で響きます。

 でも反応がありません。そこで、もう一度声を掛けようとした
その時です……
 『あなた、何考えてるのよ。お父様に見つかったらお仕置きよ。
バカなことはやめて引き返しなさいよ』
 理性の声が私を引きとめます。

 『そりゃそうね。バカなことはしない方がいいに決まってるわ』
 私は理性の声に従います。

 ところが、理性の声にいったんは納得したにも関わらず、私は
その深い闇を見つめて帰ろうとしませんでした。地下への階段を
見つめたまま動きませんでした。

 そうこうするうち闇の奥から次なる声が聞こえてきます。
 悪魔の囁く声です。

 『さあ下りておいでよ。遥お姉ちゃんの悲鳴が聞こえるかもよ。
何時も虐められてるお姉ちゃんの悲鳴って、聞いてみたいよね。
わくわくするわよね』
 
 それが背徳的な思いなのは小学生の私にも分かります。
 もし、お父様に見つかったら、私も同じお部屋に連れ込まれて
一緒にお仕置きなんてこともありえます。それも分かっています。

 『何やってるのよ!!その場から離れなさいよ!!お父様から
お仕置きされても知らないよ!』
 理性が私を必死に押しとどめますが……
 今度は理性が誘惑に負けてしまいました。

 いつの間にか私は暗い階段を下り始めていたのです。
 何の事はありません。結局私って子は、愛より理性、理性より
誘惑に弱い子だったのでした。


 暗い階段をゆっくりゆっくり下りきると、がらんとした空間に
薄暗い明かりが一つ。照明はありますが、スイッチを入れると、
誰かが来たと奥にいる人に分かってしまいますから、思いとどま
ってしまいました。

 やっと物の形がわかる程度の明るさだけを頼りに奥へと進むと、
地上とは明らかに違う空気感がこの場を支配しています。
 ひんやりした風が背筋を通り抜け、それに追われるようにして
さらに歩みを進めると目の前に防音耐火の大扉があって私を威嚇
します。

 『ここから出て行け!』
 『中に入ってこい!』
 このまったく違う二つの声が聞こえます。
 この鉄の大扉は私の最後の決心を待っているみたいでした。

 『そうよね、もしお姉様をお仕置きだったら、これが開いてる
はずないわよね』

 実は、床から天井までを覆いつくすこの大扉自体が開けられる
事は滅多にありませんが、普段、人が出入りする為に大扉の一部
に小さな扉が設置してあります。
 私はそこを押してみることにしました。
 すると……

 『開いてるわ。こいつ、お仕置きが始まっちゃうと閉められる
って聞いてたけど……でも、これだったら大丈夫よね……大丈夫、
大丈夫、本当に大丈夫よね……』
 私は自分の小さな胸に『大丈夫』『大丈夫』を何度も問いかけ、
慎重に慎重に小さな扉の先を窺います。
 まるで、探偵か泥棒さんの気分です。

 『ふぅ、やったあ~~~』
 やったことは小さな扉をくぐっただけ。でも、大冒険でした。

 すると、この先には廊下に並んだ七つの部屋が見えます。
 手前六つは六家のプライベートルーム。もちろん小暮家の部屋
もその並びの中にあって『小暮』のプレートが掛かっていますが、
人の気配はしません。

 もし、そこに誰かいれば、ドアに耳を着けることで分かります。
でも、そこに人のいる気配はしませんでした。

 今、人の気配がするのは一番奥にある大広間の部屋だけ。その
奥のからは複数の人の話し声がします。

 『やっぱりね、多分そうじゃないかと思ったのよ。来た甲斐が
あったわ。きっと六年生の子全員、お昼休みを利用してお父様方
にここへ呼ばれたのよ』
 私は胸を高鳴らせ、足音をしのばせて廊下をさらに奥へ奥へと
進むことにしました。

 実はここにある七つの部屋のうち手前の六つの部屋は各家専用
の個室。ドアには、お父様方のお名前『小暮』『進藤』『真鍋』
『太田』『佐々木』『中条』といったプレートが張ってあります。
 でも一番奥にある七つ目の部屋だけは違っていました。

 ここは普段お父様方の寄り合い所(サロン)みたいな使われ方
をしている場所で、基本的に子供たちも出入りが自由です。
 実際、放課後の習い事というのはここで行われていますから、
今が放課後なら問題ありません。私がコソコソ入ってくる必要も
ないわけです。
 ただ、習い事というのは昼休みに行われることはありません。

 お父様がお昼休みにお姉様をここに呼んだ。
 それが問題なのでした。

 そこは30畳ほどの広さがある大広間。

 間仕切りはありませんが、その一部は一段高くなった畳敷きの
舞台になっていて、お茶、お花、日舞、などの習い事はこの舞台
の上で先生とお稽古します。
 そんな様子をお父様方も一段低い板張りの床にソファやデッキ
チェアなどを持ち込んで参観なさいます。

 ですから、その限りでは何の問題もないのですが、この畳敷き
の舞台、行われるのはお稽古だけではありませんでした。
 その畳の上、実は子どもたちがお仕置きを受ける場にもなって
いたのです。

 もし問題が個人だけ、あるいは一つの家の中だけで収まるよう
ならお父様たちは個室を使いますが、なかに複数の家の子が同じ
問題を起こした場合などは、この大広間が使われるようでした。

 今回は、まさにそんなケースだったのです。

 私は、最初、大広間の扉に耳を押しつけて中の様子を探ろうと
しましたが、防音装置が施されているために音は聞こえても何を
言っているのかまでわかりません。

 思い切ってドアを開けてみようとしましたが、これも施錠され
ていて果たせませんでした。
 そこで、今度はこの部屋に隣接する隣りの部屋の扉をそうっと
押してみると、こちらは開きますから……。

 『やったあ~~ラッキー』
 私は心の中で叫びます。

 実はこの部屋、映写室でした。大きな映写機の脇でこっそりと
小さい窓を覗くと隣の部屋の様子が手に取るようにわかります。
正直、私としては願ったり叶ったり。特等席をゲットできたので
した。


 お父様たちはたんにお金持ちというだけでなく仕事をリタイヤ
していますから、そもそも世間のお父さんたちのように忙しくは
ありません。ただ、そのぶん子どもたちの生活についても細かな
処までもが気になるみたいで、家庭教師、学校の先生を問わず、
我が子に関するありとあらゆる情報を求めていました。

 そこで学校側もそんなお父様方の要望を答えて、私たちの成長
記録を最大限フィルムに収めるようにしていました。ここには、
その報告フィルムを上映するための映写機が置かれていたのです。
 (こんなこと今なら当然ビデオでしょうが、当時はそんなもの
ありませんから記録は全て映画として撮られていました)

 カメラは学校のいたるところで回されていました。
 勉強の様子だけじゃありません。食堂の風景、休み時間の遊び、
おしゃべり……先生に暇があればという条件付ですが、至る所で
撮影会だったのです。

 特定のカメラマンがいるわけではありません。手の空いた先生
がカメラをまわして私たちがいつも被写体になっていたのは承知
していましたが、それを特段意識した事もありませんでした。

 最初は物珍しさから「何やってるの?」と説明を求めますが、
そのうちそれは学校の備品の一つとなって、たとえカメラが回っ
ていても注意を払わなくなります。
 そうですねえ、カメラって胤子先生の胸像と同じくらいの意識
でしょうか。

 ただ、お仕置きの様子だけは意識します。
 これは後日の証拠とするため、先生方もけっこう克明に記録に
残すのです。裸のお尻はもちろん、おへその下の割れ目やお股の
中まで……こんな時、カメラに遠慮はありませんでした。

 しかも悪さが続くと、お父様からここへ呼び出されて、自分が
受けたそんな恥ずかしいお仕置きの数々を見せられます。

 そんなお仕置きされてる映画だなんて、そりゃあ子どもだって
恥ずかしいですから、それからしばらくはカメラが回っていると
意識しますが、これまた子どものことですから、そのうち忘れて、
いつの日かまた恥ずかしいフィルムを見せられることになるので
した。

 でも、今回はどうやらそれも違うみたいでした。この映写室に
人はいませんし、その準備をしている様子もありません。

 小窓から覗いてみると……
 六年生全員(といっても、ご案内のように六人です)が畳敷き
になった舞台の上で正座させられていました。

 その様子を見ているのは、うちのお父様をはじめ、この学校を
買い取った六人のお父様たち。こちらは板張りの床にお気に入り
の籐椅子を並べて座ってらっしゃいます。

 こちらからですとお父様方の顔は分かりませんが、向かい合う
形の子どもたちの顔はよく見えます。
 どの子も『まずいことになったなあ』という顔ばかりでした。

 私の家もそうですが、ここにいるお父様方というのは、功なり
名を遂げた末に老後の楽しみとして施設から私たちを引き取った
紳士淑女の方々ばかりです。
 ですから、普段の生活では、子どもから嫌われるような虐待や
お仕置きのたぐいは極力なさいません。
 そうしたことは家庭教師や学校の先生にお任せして、ご自分は
小鳥たちが肩にもたれたり膝に乗ってくるのをじっと待っておい
でだったのです。

 ただ、そんな好好爺然としたお父様も24時間365日決して
子供たちを叱ることがないのかというと、そこはそうではありま
せんでした。
 年に一度か二度、お転婆さんには三度くらいでしょうか、子供
たちの頭上に雷が落ちます。

 運が良いのか悪いのか、私が覗いたその日はそんなたまたまの
一日でした。

 「遥、なぜお前がここに呼ばれたか分かるか?」
 小暮のお父様が、その低い声で居並ぶ六人の子供たちを前に、
いきなり遥お姉様を指名します。

 それは私の名前ではありませんが、お父様の声に私の心臓も、
バックンバックンです。ろくにぶたれたことがなくてもお父様は
お父様。そのリンカーンみたいな風貌で見つめられると、子ども
たちはそれだけで身が引きしまる思いがするのでした。

 「………………」
 少し長い沈黙。

 お姉様はお父様の質問に答えられませんでしたが、その胸の内
をお父様が代弁します。

 「その顔だと…お前は『今回の飛び降り事件に参加してない。
先生から罰も受けてない。だから、私は悪くない』そう言いたい
みたいだな」

 「…………」
 お姉様の顔が思わず上がりました。

 「だけど、お父さんたちの考えは違うんだ。これは四時間目に
罰を受けなかったメグ(愛子)ちゃんや留美ちゃんのお父さんも
一緒の考えだから、二人も私の話を一緒に聞きなさい」

 「はい、おじさま」
 「わかりましたおじさま」
 二人は神妙な顔でお父様に答えます。

 『お父様、きついお仕置きをなさるつもりだわ』
 私は思いつきます。

 女の子は人の心の動きに敏感です。幼い頃ならともかく、もう
このくらいの歳になると大人たちが自分たちをどうしようとして
いるか、おおよそ察しがつきます。

 頭に思い描くお姉さま方の未来は辛い現実でしたが、子どもは
親がやると決めたらそれを受け入れるほかありません。この場合
も、『何か抗弁すれば、ごめんなさいをすれば許してもらえる』
とは期待できそうにありませんでした。

 「まず、私たちが嫌だったのは、お友だちが自習時間に騒いで
いるのにおまえたちがそれを止めなかったことだ。…悪さをして
いるお友だちをおまえたちは一度でも注意したかね?」

 「………………」

 「してないよね」

 「………………」
 お姉様は頷きます。それが精一杯でした。お父様の迫力に押さ
れて声が出ないのです。

 私より一つ年上と言っても、遥お姉様はまだ小学生。お父様の
ただならない気配を感じ取れば、もうそれだけでシュンとなって
しまいます。

 いえ、遥お姉様だけじゃありません。そこに居並ぶ六年生の子
全員が、この時はすでにしょげていました。

 実はこの学校の生徒は全員がお父様たちによって施設から連れ
てこられた子どもたちばかり。しかも親が知れている子は一人も
いません。あとからトラブルになるのを防ぐため、天涯孤独な子
以外、引き取らなかったのでした。
 つまり、養父のお父様はそれぞれに違っていても、天涯孤独な
身の上ということでは皆同じ立場だったのです。

 「いいかい、お前たちはそれぞれに育てていただいてるお父様
が違ってもみんな同じ境遇の兄弟なんだから、仲良くしなきゃ。
助け合わなきゃいけないんだ。自分だけ勉強や運動ができれば、
それでいいんじゃない。むしろ抜け駆けするような子はここでは
許さない。仲良くできない子は許さない。わがままな子は施設に
戻ってもらう。そう約束したよね」

 「はい…」
 「はい、お父様」
 「…約束しました」
 三人は小さな声で答えます。

 「今度の事、仲良しのすることなのかな?ほかの子が悪さして
いるさなか、自分たちだけはちゃんと自習してましたって、栗山
先生に報告したそうじゃないか。……それって、本当に良い事を
したって言えるの?」

 「えっ……」
 三人は戸惑います。
 だって、この遊びを始めたのは他の三人で、私たちは関係あり
ません。この三人が教室の窓からの飛び降りゲームを始めた頃は
たしかに自分たちは真面目に自習していましたから、先生に嘘も
ついていません。ですからそれで十分だとお姉さまたちは思って
いたみたいでした。
 『自分たちはこの悪戯の首謀者じゃない』というわけです。

 私の子供時代、戦争はすでに終わっていました。教育はすでに
個人主義で動いていましたからこんな主張も先生を前にしてなら
受け入れられたと思います。先生方は戦後がどのように変わった
かをよくご存知でしたから。
 でも、戦前の教育をしっかり受けてこられたお父様方をこれで
満足させることはできませんでした。

 もし、クラスの誰かが悪さをしたら他の子はそれを止めるのが
当たり前。そんな努力もしないで『自分は悪くない』という主張
は認められない。お父様たちはそう考えておいででした。
 うちの場合、仲良しというのは連帯責任でもあるのです。

 「河合先生の報告によると『遥が真面目に自習してたのは最初
の頃だけで、教室が騒がしくなるとすぐに席を離れてお友だちの
飛び降りる様子を見物してた。最後は、笑顔で拍手したりして、
とても楽しそうに見えた』とあるけど……これは河合先生が私に
嘘をついてるのかな?」
 お父様は河合先生からの報告書を眺めながら再度質問します。

 「………………」
 答えは返ってきませんでした。

 実は家庭教師の先生方は父兄席に陣取って授業を見学はします
が授業に口は出しません。こうした自習の時間でもそれは同じで、
子供たちがよほど危険な遊びでも始めない限り(今回はそれほど
危険と判断しなかったのでしょう)授業に口を出すことはありま
せんでした。

 「…………それは………だって、私が始めたわけじゃあ……」
 遥お姉様はそれだけ言うとあとは言葉になりませんでした。

 「確かにそうだ。やり始めたのは遥じゃない。でも、お友だち
の飛び降りを見学するだけでも私たちからすると参加してた事に
かわりはないんだよ。だってその間は座席を離れ窓から身を乗り
出して友だちが飛び降りるのを見てたわけだし、『私は真面目に
自習してました』なんて栗山先生に言ってはいけないだろうね。
それって嘘をついた事になるもの」

 「…………」

 「お友だちが悪さをしていると思ったのなら、そのお友だちを
止めてあげなきゃ。それが無理でも先生に御報告に行かなきゃ。
遥はどっちもしてないだろう?それって仲良しのお友だちにする
ことなのかな。遥のやってることはお父さん達の目には自分一人
抜け駆けしていい子に見られようとしている自分勝手な行動……
そんな風にしか映らないんだけどなあ」

 「……そんなこと言ったって…わたし、飛んでないし……」
 絞り出すようなお姉さまの声が聞こえました。

 「これが一般の学校なら、お友だちと言っても所詮他人だし、
それでいいのかもしれない。なにせ、今は個人主義の時代だから。
でも、お父さんたちは、ここにいる子どもたちには全員が本当の
兄弟のようになってほしいと思ってるんだ。……なぜだかわかる
かい?」

 「……」
 遥お姉様は首を振ります。

 「残念だけど、君たちには本当のお父さんやお母さんがいない。
ということは、帰る家だってないってことなんだ。……だろう?」

 「えっ、……だって、それは、お父様が……」
 驚いたお姉様が上目遣いにつぶやきます。

 「私のことかい?ありがとう。もちろん私が生きているうちは
おまえたちをずっと愛し続けるよ。でも、私ももう若くはない。
君たちが成人するまで生きてるかどうかさえ知れないじゃないか」

 「そんなこと……」

 「それから先はどうするね。……今住んでいる家は私が死ねば
すぐに人手に渡るだろうから君たちが住むことはできないんだよ」

 「えっ?」
 お姉様はきょとんとした顔になります。
 子供にとって誰かが死ぬなんてこと頭の片隅にもありませんで
した。私だってそれは同じです。お父様というのは未来永劫私達
を守り続けてくれる人だと信じていましたから。

 「もちろん、それでも人生が順調なら、帰る家なんてなくても
問題ないだろうね。……だけど、人間良いときばかりじゃない。
もし、家庭や仕事がうまくいかなかったら、その時はどうするね?」

 「どうするって……」

 「その立場にならないと分からないだろうけど、帰る家がない
って、とっても辛いことなんだよ。だから、君たちが社会に出た
あと、もし人生につまづいても路頭に迷わないように、私たちは
この学校を作ったんだ。だから、ここには他の境遇で育った子は
一人も入れてない。ここは同じ境遇同じ価値観で育った子だけの
学校にしてある。ここは学校であると同時に君たちにとってここ
が故郷となるようにあえてそうしたんだ」

 「ふるさと?」

 「そう、この学校が君たちのふるさとだ。だから、もし辛い事
があったら、ここに帰ってしばらく休んでいけばいい。ここには
長期滞在できるゲストハウスもあるから、臨時教員になって得意
分野の授業をしたり、可愛い後輩たちを抱いてあげてお尻をピシ
ピシ叩いてやればいいんだよ。今はまだお尻を叩かれる側の君達
だって、やがては後輩たちのためにお尻を叩く日がくるんだから」

 「…………」
 その瞬間、お姉様の頬がわずかに緩んだように見えました。

 「私たちが口をすっぱくして『みんな仲良く』『みんな仲良く』
って言い続けるのは、単に一緒に何かしましたとか、褒められま
しただけじゃなくて、叱られた事も、お友だちみんなで共有して
欲しいんだ」

 「叱られたことも?…………」

 「そう、叱られたこともだ」
 お父様はお姉様の狐につままれたような顔を見て笑います。

 「一緒に悪さをして一緒にお仕置きを受けて欲しい。お仕置き
はご褒美じゃないけど、同じ罰を受けた思い出として大人になれ
ば笑って話せるし、何よりそれで兄弟の絆も強まるから無駄には
ならないんだ。一番いけないのはね、『他の子が悪さしてるのに、
自分だけ知らんぷりしてるって事』みんなが助け合い愛し合って
暮らしてるこの場所でそんな薄情なことしかできないようなら、
君たちが人生最初に拾われた施設に帰ってもらうかもしれない」

 「…………」
 お姉様はお父様の言葉に思わずのけぞります。

 実は、お父様の言う『施設へ帰れ』という言葉は、幼い頃から
お父様たちに大事にされてきた私たちにとっては究極の威し文句
でした。
 私達には南極大陸で捨てられるくらいのショックだったんです。

 そもそも私たちは物心つく前にここへ来て生活を始めています
から誰の頭の中にも施設時代の思い出なんか存在しないのです。
 そんな未知の場所へ戻るなんて、たとえこの先厳しいお仕置き
が待っていたとしてもありえない決断でした。

 ですから……
 「ごめんなさい、お父様、遥は悪い子でした。どんなお仕置き
も受けます。いい子になります」
 遥お姉様はあっさり降参します。畳敷きの舞台を下りてお父様
の足元ににじり寄り両手を胸の前に組んで懺悔します。

 愛情深い両親に育てられた人からすれば、こんなこと、お芝居
がかって見えるかもしれません。でも絶対的な後ろ盾を持たない
私たちにしてみると、それは仕方がありませんでした。

 残り二人も事情は同じです。二人は、自分たちのお父様の前で
懺悔します。
 施設に戻されたくないという思いは、ここでは誰の胸の中にも
共通して存在していたからでした。

 ただ、これでハッピーエンドではありません。

 「わかった、ならば今日はお前たちのお股にお灸をすえること
にしよう。そうすれば、これから先も今の話が実感できるだろう
から……」

 「!!!」
 「!!!」
 「!!!」
 お父様の一言に、三人のお姉様方の顔色が青くなります。
 お姉様方の顔から血の気が引いく様子がこんなに離れていても
はっきりとわかりましたから、それは相当なショックだったんだ
と思います。

 確かに懺悔はしました。お仕置きも受けます。
 でも、まさか、お股にお灸だなんて……
 三人ともそんなことまでは考えていなかったみたいでした。

 そしてそれは実際に悪さをしていた残り三人にも当然のように
飛び火します。

 「他の三人も同じだよ。今日は、六人に同じお仕置きを受けて
もらうからね。六人まとめてお股にお灸のお仕置き。わかったね」

 お父様の宣言にも子供たちは誰一人反応しませんでした。
 「………………」

 「ご返事は!」
 お父様の野太い声が広間一杯に響き渡ります。

 「はい、ごめんなさい」
 「はい、お願いします」
 「お灸、受けます」
 揃いもそろってイヤイヤながらがはっきりわかるご返事だった
のですが、さすがにお父様方もそれを責めたりはなさいませんで
した。

 今から見ると随分乱暴なお仕置きのような気もしますが、当時
それは一般家庭でもまったく例のないことではありませんでした。
 (もちろん極めてレアなケースではありますが……)

 いずれにしても、お父様たちの願いは、子どもたち全員が同じ
お仕置きを受けることで単なるクラスメイトではない運命共同体
みたいな意識を持ってくれること。これからも弱い立場の子同士、
しっかりスクラムを組んで生きていって欲しいということでした。

***********<14>************

小暮男爵 <第一章> §15 / お股へのお灸

小暮男爵 / 第一章

***<< §15 >>****/お股へのお灸/***

 『お股にお灸ですって~ひど~い、残酷すぎるよ』
 私は思いました。

 いえ、私が思ったぐらいですから、当事者はもっとショックな
はずです。

 特に瑞穂お姉様は、慌てて舞台を下りると進藤のお父様の目の
前までやってきて訴えます。
 「ひどいよ。だって、私、もう先生からお尻叩かれてるのよ。
もう、お仕置き済んでるのに……」

 でも……
 「だめだ。これはお父さんたちみんなで話し合って決めたこと
だからね、可愛いお前の頼みでも変更はできないんだ」

 「そんなの勝手に決めないでよ。私お嫁に行けなくなっちゃう
でしょう」

 「大仰だなあ。もう、お嫁入りの心配してるのかい?」

 「もうって……私だって女の子よ。傷物にされたら大変だもん」

 「傷物かあ。傷物はよかったなあ。そんな言葉、どこで覚えた
んだい?」

 「どこって……」

 「(ははは)お仕置きでそんな深刻な傷を作ったりはしないよ。
そもそも、お父さんがお前がお嫁にいけなくなるようなひどい事
すると思うのかい?そんなにお父さんは信用できない?」

 「え~~~だってえ~~お灸って痕が残るじゃない」

 「そりゃあ、多少はね。……でも目立つほどの痕じゃないし…
…それに、そんな場所、誰も覗かないじゃないか」

 「だって、お父さんは私の……覗くじゃない」

 瑞穂お姉様は両手でお父様の襟を掴みながら必死に食い下がり
ます。でも最後はお父様に懇願しているというより私にはどっか
甘えているようにも見えました。

 「だって私は君の親だもの、君が一人前になるまでは君の全て
を知っておかないいけないからさ。それに、これはお前たちだけ
の特別なお仕置きじゃないんだ。紫苑も美香も、そのまたずっと
先の先輩たちもみんなみんな一度はお股の中にお灸を据えられて
卒業してるんだよ。言ってみればここの伝統みたいなものなのさ」

 「うそよ……何なの、その伝統って……そんな野蛮な伝統って
うちにあったの?」
 瑞穂お姉様はそう言って絶句します。

 でも、私はそれが意外だったので……
 「うそ、瑞穂お姉様、お股のお灸のこと知らないんだ。そんなの
みんな知ってるよ」
 思わずつぶやいてしまいました。

 実は私のお家では、この恥ずかしいお仕置きはそんなに珍しい
ものではありません。
 何を隠そう普段お仕置きに縁のなかった私でさえ、これだけは
一足早く体験済みでしたから。

 あれは四年生の終わり、春休みで宿題もないから毎日が日曜日。
遥お姉ちゃんとわけもなく家中を走り回ってたら、廊下に飾って
あった大きな花瓶を割っちゃって……

 お父様がもの凄い剣幕、
『お前たち、勉強もしないで何を浮かれてるからだ!!』って、
廊下で正座してお説教されたあと、仏間に引っ張って行かれて、
二人並べて素っ裸。

 お手伝いに来た河合先生に泣いてとりなしを頼んだんだけど、
結局ダメで、二人とも仰向けに寝かされると、両足を高く上げる
あの恥ずかしいポーズのまま、河合先生に体を押さえつけられて、
女の子の一番恥ずかしい処を大人たちに全~部見られながら……
 「ひぃ~~~」って感じでお灸を据えられたことがあったの。

 だから遥お姉様だって当然これはもう経験済みだと思ったのよ。

 あの時は信じられないくらい恥ずかったし死ぬほど怖かったし
で二人共頭はパニック状態。気が狂ったみたいに泣き叫んだから、
その時の様子は家中の人がみんな知ってるわ。

 小百合お姉様や楓お姉様は……
 『こんなことぐらいでどうして?……ひょっとしてあんたたち、
何か他にやらかしたんでしょう?』
 って同情してくれたけど、あの時期はお父様と一緒にやってた
お勉強は逃げだしてばかりだし、逆に悪さは毎日のようにやって
たから、お仕置きは花瓶だけの問題だけじゃなかったみたいなの。

 そう言えば、あの時はパニくっていたのでお灸がもの凄く熱く
感じたけど、その後随分たってからお灸の痕を確認してみたら、
どうにもなってなかったわ。

 えっ、どうして?すぐに確認しなかったのか?

 もし酷いことになっていたら、私はお父様を恨んでしまいそう
で、それが怖かったのです。
 でも、後で河合先生に聴いたら、お父様、お線香の頭をほんの
ちょっと着けただけで、実際に艾を乗せてお灸をすえてないって
言われました。どうやら始めから脅かしだけのつもりみたいです。

 えっ、それでその後、お父様とはどうなったか?……

 別にどうにもなりませんよ。今までの生活と何一つ変わりあり
ません。

 お父様を見つけると、いつも抱っこをおねだりして背中に抱き
つきますし、何かと我儘言ってはお父様を困らせます。
 私はそんなお父様の困ったお顔を見るのが大好きでしたから。

 私の場合は、お股にお灸を据えられた前も後も甘えん坊さんで
悪い子だったんです。それに何より実年齢以上に赤ちゃんでした。

 たまに河合先生が忙しくて、お父様が私をお風呂に入れること
があるのですが、そんな時はお風呂場で裸ん坊さんのままタオル
ケットに包まれて、お姫様抱っこで書斎のソファにベッドイン。
包まれたタオルケットで汗を拭いてもらい、全身をマッサージ。
ほっぺやお乳にも乳液をスリスリしてもらったら、最後は下着を
着けずにパジャマを着てお父様のお膝で一緒に夜のお勉強開始。
 これがごく一般的なスケジュールでした。

 お姉様たちからは「お父様に甘えすぎ」って言われていたけど、
そもそもお父様がその習慣を変えようとなさらないし私も変えて
もらいたいなんて思わなかったから大きくなってもずっと続いて
いたんです。

 ベッドでお股を広げていても相手がお父様ならあえて隠すなん
てことはしなかったの。大胆でしょう。
 だって、お父様からならお仕置き以外何をされても楽しいんだ
もの。『楽しいことしてえ~~』って感じで大の字だったわ。
 お灸のお仕置きの時はあんなに騒いだのに、終わったら、もう
その日からケロッとしてたんだから。

 それに、これはその後本当にお灸を据えられて感じたんだけど、
お灸の痕ってつまりは火傷の痕なわけだから、しばらくは歩くと
そこが微妙に摺れて『あっ、ここ、ここに据えられたんだ』って
わかるのよ。でも、私にとってそれは傷じゃなかった。それって
私の体をお父様がつねに見守ってくれてるみたいで、逆に嬉しか
ったの。

こんな言葉、子供の私が使っちゃいけないかもしれないけど、
お股へのお灸って、お父様に手込めにされた気分なのよ。
 据えられた時はたしかに死ぬ思いだったけど、終わってみると、
お父様の愛を自分だけが独り占めできたような、そんな不思議な
高揚感が残ったわ。

 これを正直にお父様に話したら……
 「『手込め』ねえ……」
 最初は複雑な表情だったけど、そのうち……
 「……でも、そうかも知れないな。……だったら最後まで面倒
みてあげなきゃね」
 私の頭を撫でていつものように抱っこ。

 そして……
 「いずれにしても嬉しいよ。お前のことだから、こんな厳しい
お仕置きもきっと受け入れてくれるだろうと思ってはいたけど、
ちょっぴり心配もしてたんだ。お前がネガティブになっていない
なら、それが何よりだ」
 お父様、そう言うと突然お顔がほころんで……
 「ほ~~~ら、お父さんだよ~~~」

 よっぽど嬉しかったんでしょうね、お父様は私を目よりも高く
持ち上げると、何度も何度も頬ずりして、なかなか床に下ろして
くれませんでした。

 「でも、熱かったよ!ホントに据えるんだもん」
 私はお父様のご機嫌が直ってから、あらためて愚痴を言います。

 これは私に限らないと思いますが、愛されて育った子どもって、
厳しいお仕置きを言い渡されても『今は怒ってるけど、そのうち
許してくれるんじゃないかしら』って、心ひそかに期待している
ものなんです。
 それが最後までいっちゃったものだから、そこが私にとっての
不満でした。

 この時のお姉様たちも、端から見える暗い表情ほどには深刻に
考えてじゃなかったかもしれません。
 ただ、お姉様たちの様子が心配になりますから、私はその後も
目を皿のようにして隣の部屋の様子を窺っていました。

 すると、お父様たちどうやら今回は本気みたいで、お仕置きの
衣装である体操服をご自身で娘に着せ始めます。

 すると……
 「あっ、ずるい!私の時は素っ裸だったのよ!素っ裸にしろ!」
 またしてもつまらない独り言。女の子って妙なところに意固地
なんです。特に扱いが平等でないと怒ります。

 私は心の奥底から湧き起こる怒りで思わず目の前のガラス窓を
叩いてしまいました。

 が……
 その後の手順は私の時と同じでした。

 天井の蛍光灯が消され、部屋は一時的に真っ暗。
 すぐにお父様たちが手分けして部屋のあちこちに置かれた蜀台
の百目蝋燭に火をつけて回りますから、人の顔が判別できる程度
にはなりますが、揺らめく炎の明かりは電気の明かりと比べれば
はるかに暗くて子供たちには不気味で怖いものです。

 この舞台設定だけでも幼い子供たちには十分お仕置きでした。

 そんな時代劇のセットのような中で、まず、お父様とその娘が
畳敷きの舞台で、お互い正座して向き合います。

 すると、娘が両手を畳に着けてご挨拶。
 「お父様、お仕置きお願いします」

 なかなか子どもの側から言いにくい言葉ですが、言わなければ
お仕置きは始まりません。始まらなければ終わらないわけで……
この言葉は絶対に言わなければならない言葉でした。

 ご挨拶が終わると、その場で仰向けに寝かされて、お父様から
せっかく着せてもらったブルマーとショーツを剥ぎ取られます。

 その瞬間、大切な谷間が現れ、やがて両足も持ち上げられます。
 女の子だからここで悲鳴の一つも上げたいところですが、そこ
はぐっと我慢します。私たちの世界では追加の罰を受けないため
にもお仕置きの間は極力声を出してはいけませんでした。

 各家々の家庭教師が、仰向けになったお姉様方の両肩を両膝で
踏んで押さえ、高く上がった両足の太股をしっかりと鷲づかみに
して支えます。

 女の子にとってはこれ以上ないほど惨めで、恥ずかしいポーズ
です。私も同じ姿勢になりましたけど、お股の中をスースー風が
通って屈辱的というか、風邪をひきそうでした。

 ただ、こうしたお姉様たちの痴態を眺めていても、私には何の
興味も湧きませんでした。
 だって、女の子にしてみたらあんなグロテスクでばっちいもの、
鑑賞する対象じゃありませんから。

 ただ、明君に視線が移ると、それは別でした。
 『見ちゃいけない』と思いつつも男の子のアレには視線がいっ
ちゃいます。

 『へえ~、男の子のって、あんな感じなんだ。真ん中にまるで
縫ったみたいに筋が入ってる』
 声には出さないけど滅多に見られない映像に私の心は興奮状態。
いつしか小さなガラス窓にへばりついて明君のアソコを食い入る
ように見つめていました。

 すると明君……
 突然、大胆にも私に向かってピースサインを送ります。
 どうやら、私と目が合ったみたいでした。

 男の子って、恥ずかしいって言葉を知らないんでしょうか?
 女の子なら絶対にしないと思います。

 「?」
 それに気づいた明君のお母様がこちらを振り返ります。

 さらに、つられる様にして他のお父様たちもこちらを振り返り
ましたから……

 『あっ!!ヤバイ』
 私は思わず身を隠そうとしたのです。

 ところが、あまりに突然だったので、踏み台にしていた小さな
椅子の角で足を滑らせてしまい、真っ逆さま……

 「ガラガラ、ガッシャーン」

 場内に大きな音が木霊して、私はお尻をしたたか打ってしまい
ました。

 「いてててて」
 でも、すぐには起き上がれません。

 『やばい、逃げなきゃ』
 そうは思いましたが、お尻が痛くて痛くてなかなか立てません
でした。出来たのはその場によろよろと立ち上がるところまで。
 そこへお父様たちが駆けつけます。

 「何だ、美咲じゃないか……大丈夫だったか?」

 真っ先に駆けつけた小暮のお父様が私を抱き起こしてくれます。
 気がつくと、明君のお母様も瑞穂ちゃんのお父様も様子を見に
きていました。

 「へへへへへ」
 こういう場合って、もう笑ってごまかすしかありませんでした。

 「あれあれ、美咲ちゃんだったのかあ。くぐり戸開いてた?」

 「はい」
 小さな声で答えると……
 「鍵を誰かさんが掛け忘れちゃったみたいだね」

 瑞穂お姉さまのお父さん、進藤先生が笑えば、明くんのお母様
真鍋の御前様も続きます。

 「あらあら、これはとんだところを見られちゃったみたいね。
……あなた、男の子の物なんて初めて?そんなことないわよね。
うちの明とも一緒にお風呂入ってるから……」

 真鍋の御前様は、私が小さなガラス窓に顔を押し付け豚さんに
なってこちらを見ている私の姿を発見なさったのです。
 きっと私が男の子の物に興味津々と思われたのでしょう。
 とんだ恥さらしだったわけです。

 「えっ……まあ」
 私は俯きます。

 「でも、驚いたでしょう。みんなあんな凄い格好なんですもの
ね」

 真鍋の御前様は終始にこやかで私を叱るという雰囲気ではあり
ませんでしたが、お父様は……

 「大丈夫ですよ。この子はすでに経験済みですから」
 あっさり私の過去をばらしてしまいます。

 「経験済みって?……まさか、この子に、なさったんですか?」

 「ええ、今年の三月に……」

 「それは、また……手回しのよろしいことで……」

 「ま、いずれ六年生になったら同級生たちと一緒にあらためて
やらせるつもりではいますが、何しろこの子はお転婆ですからね、
そのくらいしないと効果がないんですよ。この子に限って言えば
予行演習というところです」

 「そりゃまた、とんだ災難だったわけだ」
 進藤先生は私の頭を鷲づかみにします。

 こんなこと、今だったら笑いことではすまないでしょうけど、
当時の親たちにとってこれはお仕置き、あくまで教育の一部。
 お灸も躾としてやってるわけですから、親たちも子どもたちに
そんなに深刻なことをしているとは受け止めていませんでした。

 「まあ、見ていたんなら仕方がない。その代わりお前も手伝い
なさい」
 
 お父様はそれがさも当然とでも言わんばかりに私の手を引いて
六年生がお仕置きを受けている隣りの大広間へ……。

 私、まるで罪人のようにして大広間へと入っていきます。
 すると、その入口でいきなり河合先生に組み伏せられている遥
お姉様と目があってしまいます。
 それって、お互いばつの悪い思いです。

 『あ~あ、下りてこなきゃよかった』
 そうは思いましたが後の祭りでした。


 六年生六人に対するお灸のお仕置きは畳の上で行われています。

 たくさんの、それこそ必要以上に沢山の蝋燭とお線香が周囲で
たかれるなか、私が騒ぎを起こしたために点けられていた蛍光灯
の明かりが消えて、あたりは再び揺らめくローソクの明かりだけ
に……

 お線香の香りが辺りに漂い、揺らめく蝋燭の明かりだけが頼り
というのは、それだけで小学生にはプレッシャーです。
 もし怒りに任せてお灸をすえるだけなら、こんな仰々しい舞台
装置は必要ありません。

 大切なことは、クラスのみんなが一緒にお仕置きを受ける場を
持つこと。そして、その思い出をこれから先も決して忘れないで
ほしいから、お父様たちは子どもが嫌がるお股へのお灸と決め、
ロケーションにも凝ったのでした。

 お父様曰く……
 子供時代に味わった恥ずかしい思い出や辛い思い出も、大人に
なれば楽しい思い出に変わる。でも、その辛い時代を共有した人
との絆はその後も切れることはない。

 小暮のお父様だけでなく他のお父様たちも同じ考えだったよう
です。六人のお父様たちはご自身の戦争体験を通してどなたもが
そう考えていたみたいでした。

 これって、今なら当然異論があるでしょうが、私たちはそんな
戦争帰りの人たちから教育を受けた世代なのです。
 ですから、時として、今では考えられないようなお仕置きまで
美化されてしまう傾向になるのでした。

 さて家庭教師の先生方はというと、子どもたちの両足を開ける
だけ開かせ、且つその体が微動だにしないよう厳重に押さえ込み
ます。

 場所はとっても狭い処。まさにピンポイントで手術というわけ
です。もし、驚いて両足を閉じたりしたら他の箇所が火傷しかね
ません。それだけに先生たちもここは真剣でした。

 私も何回かこの窮屈な姿勢でお灸をすえられた経験があります
が、これってたんに熱かったというだけでなく女の子にとっては
泣くに泣けないくらい恥ずかしいお仕置きでしたから決して忘れ
ることがありませんでした。

 家庭教師の「こちら準備できました」という声に合せ、その子
のお父様が一人また一人と一段高くなかった舞台に上がります。

 すると、『ついに来た~』といった感じで子どもたちの顔にも
緊張感が走ります。

 お父様が怖いのはどの子もみんな同じなのですが、ただ、その
受け止め方は人様々で、努めて平静を装っている子がいる一方で、
すでに全身を震わせプレッシーに押し潰されそうな子もいます。

 ですから、こんな時には不足の事態が起きることも……

 「おやおや、やっちゃったねえ」

 友理奈ちゃんのお父様は目の前で噴出した噴水に笑いが押さえ
きれませんでした。
 女の子のお漏らしもこんな姿勢でやれば男の子並です。

 「あらあら、大変、大変」
 たちまち他の家庭教師やお父様たちも気がついて、雑巾バケツ
やらボロ布などが用意され、友理奈ちゃんは隣の部屋に隔離され
てしまいます。

 お姉様たちも、せっかく脱いだパンツ、せっかく上げた両足で
したが全員いったん元に戻されて正座しなおすことになりました。

 畳に残る染みも、他のお姉様たちにはっきり見えたはず。誰が
何を引き起こしたかだって、はっきり分かったはずでした。
 誰の目にも事実は明らかでしたが、でもそれを言葉で指摘する
子はここには誰もいません。

 こうした事態が起こったとき、何をして何をしてはいけないか、
私たちは幼い頃から厳しく躾られています。家庭では家庭教師が、
学校では学校の先生が、もちろんお父様からも口をすっぱくして
注意を受けます。私たちは常に相手の立場や心情を思いやる子で
なければいけないと教えられてきたのです。

 もし、約束を破って友理奈ちゃんを笑ったりしたら、どの家の
子でも間違いなくお仕置きでしょう。

 お父様方が私たちに求めたのは、天才や秀才、スポーツマンや
芸術家といった一芸に秀でた子どもではなく、天使様のような、
純な心を持つ少女がお気に入りなのですから、不純な心の持ち主
はいらないということになります。

 ですから私たちの場合『お友だちと仲良く』と言われていても、
いじめや仲間はずれ、取っ組み合いの喧嘩さえしなければいいと
いう単純なものではありません。家庭でも、学校でも、常に相手
を敬うベストな友だち付き合いが求められていたのでした。
 もちろん幼い身で現実には難しいですけど努力は必要でした。

 今回のお仕置きの理由が『お友だちと仲良く出来なかった』と
いうは、お父様たちのそんな気持を反映したものだったのです。

 ですから、『お漏らしをした子を笑っちゃいけない』ぐらいの
ことは全員がわかっていました。


 しばらくすると、友理奈ちゃんが佐々木のお父様や家庭教師の
先生に連れられて隣りの部屋から戻って来ます。
 「みなさん、ごめんなさい」
 小さな声で謝ってから再び畳敷きのステージへと上がります。

 この歳でお漏らしするなんて、そりゃあ恥ずかしいに決まって
ます。もちろんそれをみんなに見られたことも分かっています。
それでいて誰も何も言わないのは友理奈お姉様にとってもかえっ
て辛いことだったんじゃないでしょうか。私はそう思います。

 友理奈お姉様は、お友だちの視線を避けるように俯いたまま、
お父様の処へ。

 すると、佐々木のお父様が両手を広げて……
 「おいで、友理奈。しばらくここで休もう」

 友理奈ちゃんは畳の上に正座した佐々木のお父様のお膝にお尻
をおろします。

 お膝の上に抱っこなんてこの歳ではちょっぴり恥ずかしいかも
しれないけれど、誰もその事を笑ったりしません。
 もちろん『どんな時でもお友だちを笑ってはいけない』という
約束事はありますが、実はこれ、ここでは他の子だってよくやる
自然な光景でした。

 幼い頃からことあるごとに抱かれ続けてきた私たちにとって、
お父様のお膝はお椅子と同じ。『お座りなさい』と言われれば、
素直に座ります。家庭教師の先生でも、学校の先生でも、いえ、
見知らぬ人のお膝にだってごく自然に腰を下ろすのがここの流儀
なのです。

 でも、自分のお父様のお膝はやはり誰にとっても格別でした。
 座り慣れてるせいか他の誰よりもお尻が優しくてフィットして
心が落着きます。

 お灸のお仕置きに限りませんが、子供にとって辛いお仕置きを
受けなければならない時は、そのショックが少しでも軽減される
ようにと、こういう形で待たされることが多いようでした。

 お仕置きは見知らぬ人からの闇討ちではありません。沢山沢山
その子を愛してきた人がその子の危険を察知して発する危険信号
みたいなものですから、他の人からやられたら悲鳴のあがるよう
な辛い体験も「静かになさい!」と一言命じるだけで、その子は
歯を喰いしばって我慢できるのでした。


 お仕置き前の緊張感のなか、お父様方が畳の上で車座になって
雑談されていますが、正座されているその膝の上にはそれぞれの
お子さんたち、つまり六年生のお姉様方が腰を下ろして頭を撫で
られています。

 私はおじゃま虫なわけですが、お父様の背中に張り付くことは
許されていました。

 緊張が少しだけほぐれた後、最初に口火を切ったのは、進藤の
お父様。つまり瑞穂お姉様のお父様でした。

 「それでは、よろしいでしょうか。当初は一斉にお灸をと考え
ておりましたが友理奈ちゃんの落ち着く時間も必要でしょうから
今回は一人ずつやっていきたいと思います。まずは瑞穂からやら
せていただきますけど、よろしいでしょうか」

 瑞穂お姉様が初陣を飾ることには他のお父様たちも異議はなく、
二人は車座の中心へと進みます。
 そこが、言わば子供たちの刑場というわけです。

 もうこうなったら覚悟を決めるしかありませんでした。


 瑞穂お姉様と進藤のお父様は、まずお互いが向かい合って正座
します。最初からのやり直しですから……

 「お父様、お仕置きをお願いします」
 瑞穂お姉様は畳に両手を着いてご自分のお父様ご挨拶。

 『お仕置きは愛を受けるわけだから、ご挨拶は必要なんだよ』
 私たちはお父様からこう教えられていました。
 もちろん小暮家だけではありません。他の五つの家でもこれは
共通の作法でした。

 「それでは始める。みなさんの見ている前だからね、みっとも
ない声は出さないように……いいね」

 「はい、お父様」
 瑞穂お姉様は健気に答えます。

 でも、心の中は震えていたはずです。女の子がこんなにも沢山
の人たちの前でお股を晒してお灸を据えられるなんて、五年生の
私が想像しただけでも恐ろしいことですから、体が変化し始めた
六年生なら、なおさらだったに違いありません。
 でも、避けて通れませんでした。

 『私の時は河合先生とお父様だけだったからまだよかったけど、
こんなに沢山の人たちからみられていたらショックだわ』

 私がそう思って辺りを見回すと、それまで車座になって座って
いた親子がいつの間にか瑞穂お姉様のお股の奥がよく見える場所
へと移動しています。

 気がつけば、私だけが取り残されていました。

 そして、私も……
 「美咲ちゃん。そこでは他の人が見えないよ。こちらへいらっ
しゃい」
 膝の上に遥お姉様を抱いてお父様が私を呼び寄せます。

 「お友だちのお仕置きを見学するのも、お友だちとしての責任
だけど、美咲ちゃんだけ特等席では他の人たちが見えないよ」
 お父様はこう私に注意したのでした。

 でも、これってふざけてそうおっしゃったんじゃありません。
ここではお友だちがお仕置きを受ける姿を見学するのもお友だち
としての大事な義務なのです。
 お父様は大真面目にこうおっしゃったのでした。


************<15>***********

小暮男爵 ~第一章~ §12 / ランチタイムの話題

小暮男爵/第一章


<<目次>>
§1  旅立ち         * §11  二人のお仕置き②
§2  お仕置き誓約書   * §12  ランチタイムの話題
§3  赤ちゃん卒業?   * §13  お父様の来校
§4  勉強椅子       * §14  お仕置き部屋への侵入
§5  朝のお浣腸      * §15  お股へのお灸
§6  朝の出来事      * §16  瑞穂お姉様のお仕置き
§7  登校          * §17  明君のお仕置き
§8  桃源郷にて      * §18  天使たちのドッヂボール
§9  桃源郷からの帰還  * §19  社子春たちのお仕置き
§10 二人のお仕置き① * §20  六年生へのお仕置き


***<< §12 >>**/ランチタイムの話題/**

 私たちの学校でのお昼はその為だけに作られた食堂で頂きます。

 体育館の半分ほどの広さに丸い窓がアクセントのその部屋には
ペルシャ絨毯が敷き詰められクラスごとの大きなテーブルが置か
れていました。

 テーブルに並ぶ食器もちょっぴり値の張る陶器や磁器、銀製品。
子供用のプラスチックやアルミの食器などでは真の躾はできない
とお父様方が揃えられたのです。そのためこの場所は子どもさえ
いなければまるでホテルの宴会場のようにも見えます。

 子どもにはちょっと贅沢すぎる空間ですが、この学校には父兄
の他にも卒業生の方々がよく臨時講師として招かれておりました
から、そうした人たちが食事するスペースも確保しておかなけれ
ばなりません。

 OBOGの中には、お父様方傘下の企業で現社長の腹心として
取締役に着いている紳士とか大学教授、弁護士、医師、高級官僚
など成功者の方々がたくさんいらっしゃいます。そうした方々を
まさか埃たつ教室に招いてプラスチックの食器で食事をさせると
いうわけにはいきませんでした。

 そんな高級レストラン(?)に最初にやってくるのは上級生の
お姉さんたちが親しみを込めてチビちゃんと呼ぶ小学一年生から
三年生の小学校下級生の子たちです。
 時間割の都合上このチビちゃんたちがたいてい一番のりでした。

 彼らはまず中庭で摘んできた草花を各テーブルに置かれた一輪
挿しの花瓶に生けて回ります。
 それが済むとお姉さま方のテーブルを回って、お皿やナイフ、
フォーク、スプーン、箸箱といったものを並べていきます。
 身長がちょっぴり足りませんからそのための専用の踏み台まで
用意されていました。

 もちろん私もチビちゃんと呼ばれていた頃はこれをやっていま
した。
 でも、このお仕事、なぜか自分たちが食べる分の食器について
はやらないのです。

 チビちゃんたちが食べる分を持ってくるのは少し遅れて食堂に
入って来る上級生のお姉さまたち。

 まず厨房入った中学生のお姉さまグループがチビちゃんたちの
ための料理を盛り付け、小学四年生から六年生の上級生グループ
が配膳台でそれを受け取って、お腹をすかせたチビちゃんたちの
テーブルへ運びます。
 要するに小学校高学年グループは、ウェートレスさんの仕事を
することになるのでした。

 配膳台から出てくるチビちゃんたちの料理は色んな料理が一つ
のお皿に盛られたワンプレートスタイル。一見すると社員食堂や
学食などで提供される定食のようにも見えますが、アレルギーや
どうしてもその食材に手を着けられない子の為に個別の盛り付け
が細かく指示されていました。

 そのため、お料理の取り違えが起こらないようにボールやお皿、
グラスにまでその子の好きな花が家紋代わりに描かれていますし、
箸も箸箱もその子専用。スプーンやフォークなどの食器には一つ
一つ名前が掘り込まれています。もちろん料理を運ぶトレイにも
ちゃんとその子の名前が貼り付けてありました。

 つまりここの給食は一応決まった献立はあるのですが、その子
の事情に応じて料理も食器もすべてがオーダーメイドなのです。
ですから給仕役の私たちもそれを間違えるわけにはいきません。
食器と料理を慎重に確認してからトレイに乗せチビちゃんたちの
待つテーブルを回ります。

 その子の前に来てもう一度確認。
 「愛子ちゃんのお皿、チューリップだったわよね」
 って、その子にあらためて確認を取ってからお料理を並べます。

 そもそも何で上級生の私たちがチビちゃんたちの為に給仕役を
やらされるの?という不満もないことはないのですが……
 それを先生に言うと……

 「何言ってるの、あなたたちは女の子なんだから当たり前です」
 の一言で片付けられてしまいます。

 実際ここは戦前まで華族様専用の学校でしたから、当然こんな
仕事もありませんでしたが、戦後、お父様が学校を買い取られて
からは『これからは何事も平民の流儀に習って…』と大きく方向
転換されたんだそうです。

 ちなみに、園長先生がおっしゃるには、昔の名残りがあるのは
胤子先生への一礼といつでも誰に対しても同じ『ごきげんよう』
というご挨拶だけなんだそうです。

 他の子の不満はともかく、私としては料理をテーブルに運んで
行く先でチビちゃんたちが必ず……
 「ありがとうございます。お姉さま」
 と笑顔で迎えてくれるのが励みでした。

 上級生も……
 「午後も先生お友だちに囲まれて幸せが続きますように」
 と返すのが一般的です。

 最後にその子の手を取って、ハンドキスをして別れます。
 これは西洋の習慣ではなく、いつの頃からか始まったこの学校
独自のしきたり。あくまでサービスです。
 ところが、相手は幼いですからね、嫌いな先輩のキスだと露骨
にそこをゴシゴシと拭ったりします。

 その後、私たちはこの日のお昼をご一緒する先生の為に料理を
運び、中学生のお姉様たちのテーブルも回ります。
 そして最後が、私たちのテーブルでした。

 文字通り小学校高学年組は給食の給仕役をやらされてる訳です
が、私自身はそれがそんなに苦痛ではありませんでした。
 だって、そのことでみんな笑顔になってくれますから、多くの
人の役に立っているという実感がありました。
 
 大事な事はみんなで助け合って食事の準備をすること。他の人
にやっていただいたことには感謝すること。うちの学校にあって
は給食はそんな常識を学ぶ場だったんです。

 さて、そうやって苦労のあげくいただく料理なんですが、実は
部屋の内装に比べるとこちらはそんなに豪華版じゃありません。

 この日のメニューは、トマトシチューにサラダ、黒パン、牛乳、
ちょっぴりのフルーツといったところでしょうか。
 シチューやサラダ、それにフルーツといったものはチビちゃん
たちのワンプレートとは違って、あえて個別にせずクラスごとに
置かれた大きな鉢に入れてあります。
 それを担任の小宮先生から分けてもらうことになっていました。

 もちろんこれだって自分たちで勝手に取り分けた方が手っ取り
早いんですが、夕食のお肉の塊をわざわざお父様が切り分けて、
一皿ずつ家族に振舞うのと同じで、全ては権威づけの為でした。

 私たちの置かれた特殊事情で、小宮先生は学校の先生であると
同時に私たちにとってはお母様でもあるわけですから、私たちが
素直に尊敬の念を抱けるよう工夫されていたのでした。

 さて、普段のお昼はこんな感じで豪華な料理はでません。
 ただ、例外があって、月に一度、外からシェフが来て私たちに
本格的なコース料理を振舞ってくれる日があります。

 この日の料理は確かに豪華なんですが、テーブルマナーを学ぶ
のが本来の目的ですからお行儀よくしていなければなりませんし、
慣れないフォークやナイフと格闘しなければなりません。
 おかげで、お料理そのものをそんなに美味しいと感じる余裕は
ありませんでした。

 実は、さっき名前の彫られたフォークやナイフがあるって言い
ましたけど、普段の食事であれはたいていお飾りなんです。

 当時、私たちが日常的に使っていたのは、あくまで自分の箸箱
から取り出すマイ箸。チビちゃんたちはその方が食べやすいので
スプーンやフォークを使いますが、私たちの年齢になると大半が
箸を使って食べます。食卓には練習用にと毎回フォークやナイフ
が並べられますが、一度も料理に触れることなく下げられること
がほとんどでした。

 そんなことより、女の子たちにとって一番のご馳走は気の置け
ないお友だちとのおしゃべり。これが何よりのご馳走でした。

 ですから、私たちは席に着くなりすぐにおしゃべりを始めます。
園長先生が手を叩いて一瞬場内が静まりますが、それが続くのは
全員が唱和する「いただきます」の瞬間まで。すぐに、さっきの
続きが始まるのでした。

 そんなおしゃべりを楽しむ大事な時間に慣れない洋食器は邪魔
でしかない。わかるでしょう。

 「ねえ、ねえ、お尻、痛かった?今も赤くなってるの?ねえ、
教えてよ。私のところからだと、前の子が邪魔になってはっきり
見えなかったのよ」
 お下げ髪の詩織ちゃんがあけすけに尋ねます。

 『えっ、また……』
 私はうんざり。そして、返事に困ります。

 実はお仕置きが終わって図画教室に行く時も、授業が終わって
この食堂へ来る時もお友だちの話題はこればっかり。
 私はお友だちからしつこく同じ質問を受けていました。

 でも、その時は……
 「私、慣れてるから」
 なんて半笑いで応えていたのですが、父兄も同席しているこの
テーブルで言われるとさすがにカチンときます。

 正直、『あなたさあ、他のお友だちの話、聞いてなかったの!』
って怒鳴りたい気分でした。
 でもそれをやっちゃうと恥の上塗りにもなりますから、あえて
黙っていたのです。

 「ダメよ、詩織ちゃん。場所柄をわきまえなさい。お食事中に
するお話じゃないでしょう」
 さっそく、詩織の家庭教師、町田先生がたしなめます。

 実は、付き添いの家庭教師さんたち、授業中は教え子の様子を
黙って見守るだけですが、休み時間になると、今の授業で分から
なさそうにしていた箇所にアドバイスを送りにやってきます。

 そしてお昼には、まるで学校の先生のような顔をして教え子の
隣りに座り、私たちと同じメニューの昼食をいただくのでした。

 入学したての頃は右も左もわかりませんから学校まで着いきて
くれる家族同然の家庭教師の存在を頼もしく思っていましたが、
上級生ともなると、いつも監視される生活は逆にうっとうしいと
感じられることが多くなります。
 ただ、こんな時だけは助かりました。

 今にして思うと、家庭教師がそばにいたから授業で分からない
処も即座にフォローされますし、後ろ盾になってくれますから、
お友だちから仲間はずれにされたり虐められたりすることもあり
ません。それに、うっかり今日の宿題を忘れてたとしても、家庭
教師も一緒に聞いていますから家に帰ってからやり忘れるなんて
こともありませんでした。

 それに何より一番大きな利点は、学校で落ち込むようなこと、
例えば今回のようなお仕置きがあっても、家庭教師という身内が
その胸を貸してくれること、甘えさせてくれることでした。

 「ねえ、広志君、鷲尾の谷ってどんな処なの?」
 今度は里香ちゃんが広志君に尋ねています。

 すると広志君、最初困った顔をしましたが、すぐに持ってきた
自分の絵を見せます。そして、ぶっきらぼうに……
 「こういう処さ」

 「わあ~~~」
 「すご~~い」
 「綺~~~麗」
 たちまち女の子たちが立ち上がり里香ちゃんの席は人だかりに。

 「ほらほら、食事中ですよ」
 小宮先生の声も耳に入らないほどの人気だったのです。

 「絵の周りの、この黒い縁は何?」

 「洞穴だよ。その中から外を見て描いたんだ」

 「ねえねえ、上から下がってるこの蔓は?」
 「山葡萄」
 「じゃあ、この岩の間に咲いてる花は?」
 「山百合」
 広志君は女の子の質問にそっけなく答えます。

 「ねえ、この棒は何なの?」
 「棒じゃないよ。雲の間から陽が差してるのさ」
 「ねえ、こんなにもくもくの雲なんて本当に湧くの?」
 「湧くよ。榎田先生に聞いたけど、あの辺は気流の関係で黒く
て厚い雲が湧きやすいんだって。学校はあの谷より高い処にある
からこの雲は下に見えるんだって」

 広志君の絵は小学生としてはとても細密で遠くの町の様子まで
細かく描きわけられています。
 こんな細かな絵ですから、図画授業の時間内ではまだ完成して
いませんでした。ただ、そんな未完成の絵でも見てみたいという
希望者は何も子供たちだけではありませんでした。

 「ほらほら、席へ戻りなさい」
 小宮先生がそう言って里香ちゃんから絵を取上げると、今度は
家庭教師の人たちがその絵を一目見ようと席を立ちます。
 
 「わあ、こんな表現、小学生がするのね。しかも様になってる
ところが凄いわ」
 「本当。神秘的ね。この光の帯から本当に天使が降りてきそう
だもの」
 「ねえ、この百合よく描けてると思わない。まさに谷間に咲く
白百合って感じかしら」
 「私はこの街のシルエットがたまらないわ。よくこんなに精密
に描けるもんね」

 小宮先生も群がる家庭教師軍団に呆れ顔。これでは叱ったはず
の生徒に示しがつきませんでした。
 でも、それほどまでに広志君の絵は上手だったのです。

 一方、その頃、当の広志君はというと、自分の絵が評価されて
いることにはまったく興味がない様子で、隣のテーブルにばかり
視線を走らせています。

 『?』
 視線の先を追うとそこは六年生のテーブル。そしてそこに何が
あったかというと、大きな鏡でした。

 前にも説明しましたが、鏡というのは私たちの隠語で、実際は
磨かれた鉄板です。その鉄板を座面に敷いて女の子が一人、食堂
の椅子に腰を下ろしています。

 『あれかあ』
 女の子はスカートを目一杯広げて何とか鉄の座布団を隠そうと
していますが、鏡の角が飛び出して光っていたのです。

 光の奥は、当然、ノーパン。
 広志君はそれを見ていたのでした。

 『まったく、男の子ってどうしてああスケベなんだろう』
 私は広志君に軽蔑の眼差しを送りましたが、当の広志君は……
もう夢中で、私の事など気づく様子がありません。

 実は、昼食の最中は授業ではありませんから、ちょっとぐらい
の粗相では罰は受けないものなのです。
 それがこうして昼食の最中も鏡を敷かされてるわけですから、
 『瑞穂お姉様ったら前の授業でよほど担任の先生を怒らせたに
違いないわ』
 私は直感的にそう思います。

 「ねえ、ジロジロ見てたらみっともないわよ」
 私が広志君に注意すると……
 「いいじゃないか、お仕置きなんだもん。僕らだってたっぷり
見られたんだし……自業自得だよ」

 「だって、可哀想でしょう」

 「そんなことないよ。僕たちの方がよっぽど可哀想だよ。お尻
までみんなに見られたんだよ」

 「そりゃそうだけど、笑わなくてもいいでしょう……」

 「別に笑ってなんかいないよ。でも、お昼の時間まで鏡の上に
座らされてるんだもん。これからきっと厳しいお仕置きがあると
思うよ。それを想像してると何だか楽しくなっちゃうんだよね。
美咲ちゃんはそんなの思わないの?」

 「思いません!」
 急に声が大きくなってしまいました。

 「まったく、男の子って悪趣味ね。よその子の不幸を利用して
楽しむなんて……そっとしておいてあげればいいじゃないの」

 「いいじゃないか、思うだけなんだから……誰にも迷惑かけて
ないし……」
 広志君口を尖らせます。

 「…………」私は呆れたという顔をします。
 でも、そう言ってる私だって、表向きはともかく、心の中では
思わず、瑞穂お姉さまが鏡の上に座っている原因をあれこれ想像
してしまうのでした。

 『ほんと、瑞穂お姉様どうしたのかしら?単元テストの成績が
ものすごく悪かったとか……』
 単元テストというのは一学期に十回ほどある業者テストのこと
で、復習を兼ねて行われます。九十点と言いたいところですが、
女の子の場合は八十点を越えていればお咎めなしでした。

 『違うなあ、あのテストはたとえ六十点でも、やらされるのは
たいてい担任の先生との居残り特訓だけだもの』

 『カンニング!?……もしそうなら、そりゃあ怖いことになる
かもしれないけど、まさかね。瑞穂お姉さまは頭がいいんだもの。
そんなの必要ないわ』

 『それとも、先生に悪戯?……お姉様って、学級委員のくせに
わりとヤンチャなのよね。……ぶうぶうクッションを先生の椅子
に仕込むとか、蛇や蛙の玩具を教卓の引き出しに入れておくとか。
……ん~~~でも瑞穂お姉様が今さらそんな幼い子みたいなこと
するはずないか……』

 『先生にたてついた?ってのは……ちょっと癇癪持ちだけど、
栗山先生とは仲がいいもんね、そもそも学級委員やってるのも、
栗山先生のご指名なんだから。……あ~あ、思いつかないわね。
……廊下を走った?……そんな事ぐらいじゃこんな罰受けないか。
……それとも、お友だちとの喧嘩した?……違うわね。たしかに
あれで男の子みたいな処もあるけど……』

 いくら考えても答えなんて出てくるはずがありません。
 もちろん、直接、本人に確かめるのが手っ取り早いでしょうが、
それって嫌われちゃう可能性もありますから、女の子としては、
あえてそんなリスクを犯してまで尋ねたいとは思いませんでした。

 ところが……
 その答えは、意外に早くやってきます。

 話題のテーブルから、六年生の担任、栗山先生がお鍋を抱えて
こちらのテーブルへやって来たのです。
 栗山先生は私たちの小宮先生を訪ねたのでした。

 「ねえ、シチュー残っちゃってるけど、食べない?」
「どうしたの?いつも足らないって言ってるくせに……」
 「今日は全員食欲がないみたいなのよ」
 当初の用件はコレだったのですが……

 「原因は、あれ?」
 小宮先生は瑞穂お姉様に視線を送ります。
 「察しがいいわね。そういうことよ」
 「ねえ、ミホ(瑞穂)、どうしたの?」
 小宮先生が私に代わって尋ねてくださいました。

 すると……
 「四時間目、授業時間が中途半端になっちゃったから各自自習
にしておいたんだけど…そうしたらあの子たち、授業中二階から
飛び降りて遊んでたのよ」

 「二階から!?」

 「ほら、私の教室の窓の下に伐採した木の枝や葉っぱが集めら
れてて小山になってるところがあるでしょう。あそこに向かって
飛び降りる遊びを始めちゃったってわけ」

 「危ないことするわね。一歩間違えれば大怪我じゃないの。…
…で、それをミホ(瑞穂)が?」

 「そうなのよ。あの子が最初にやり始めたの。何しろあの子、
他人に乗せられやすいから……友だちに囃し立てられられると、
ついつい悪ノリしちゃって……どうやら三回も窓の庇から飛んだ
らしいわ」

 「帰りは?」

 「正々堂々、玄関からご帰還よ。……何度も何度も同じ生徒が
授業中に廊下を通るんでおかしいなと思って窓の外に身を乗り出
してみたら、女の子が傘を差してスカートを翻して二階の窓から
飛び降りるのが目に入ったってわけ」

 「あなた見たの?」
 「違うわよ」
 「じゃあ、誰かに見つかったの?」

 「梅津先生」

 「おや、おや、一番まずいのに見つかっちゃったわけだ」

 「こうなったら、私だって叱らないわけにはいかないでしょう。
瑞穂と囃し立ててた数人を運動場に連れて行って、全員を肋木に
縛りつけておいてお尻叩き」

 「あらあら、……パンツ下ろして?」

 「そこまではしないけど、スカートは上げて革のスリッパで、
しっかり1ダースは叩いてあげたわ」

 「どおりでポンポンと小気味のいい音が運動場から聞こえると
思ったら、あれ、あなただったのね。要するに私がこの子たちを
お仕置きしたしわ寄せがあなたに来たってわけだ」

 「ま、そういうことになるのかな」

 「あらあらごめんなさい。とんだ肉体労働させちゃったわね」

 「やあねえ、冗談よ。決まってるじゃない。そうじゃなくて、
この子たちも、もう六年生だし……お鞭の味も少しは覚えさせて
おこうかと思って……いつまでも平手でお尻ペンペンでもないで
しょう」

 「なるほど、それで今日は食事も喉を通らないってわけね」

 「瑞穂もさすがに応えたみたいで、お尻叩きのあとも泣いてた
から、お仕置きも兼ねてお尻を冷やさせてるのよ」

 先生二人はひそひそ話でしたが、女の子たちは、全員そ知らぬ
ふりで聞き耳をたてています。
 誰にしてもこんな美味しい話を聞かない手はありませんでした。

 『瑞穂お姉さま、この分じゃお家に帰ってからもお仕置きね』
 私は思わずお灸を据えられて悲鳴を上げている瑞穂お姉さまを
想像してしまいます。

 それって悲劇でも同情でも何でもありません。
 邪まな思いが私の心を喜ばせ、いつしか口元が緩みます。
 ここまで来ると、私に広志君のことをとやかく言う資格なんて
ありませんでした。

 そして、それはいつしか瑞穂お姉さまではなく私自身がお父様
からお仕置きを受けている映像へと変化していきます。

 誰にも気取られないように平静を装ってはいましたが、心の中
ではどす黒い雲が幾重にも渦を捲いて神様からいただいたはずの
清らかな光を閉じ込めてしまいます。

 しだいに甘い蜜が身体の中心線を痺れさせ子宮を絞りあげます。
 吐息が乱れ呼吸が速くなります。
 邪悪な願望が心の中で渦巻いて、糸巻き車の針に指を刺すよう
悪魔が囁きます。

 『私も、お姉様みたいに鏡を敷いて震えてみたい。お父様から
お仕置きされてみたい。息もできないくらいに身体を押さえつけ
られて、身体が木っ端微塵になるほどお尻を叩かれたら……ああ、
最後はお父様の胸の中で愛されるの。ううう……幸せだろうなあ』
 私は独り夢想してもだえていました。

 最もして欲しくないことなのに、本当にそうなったら逃げ回る
くせに、私の心は悲劇を渇望してさ迷っていました。
 そう、私の心の中では思い描く悲劇の先にはなぜか悦楽の都が
あるような気がしてならないのでした。


***********<12>************

小暮男爵 ~第一章~ §13 / お父様の来校

小暮男爵 / 第一章

***<< §13 >>****/お父様の来校/***

 昼食が終わり食器を下膳口に戻した私はさっそく遥お姉ちゃん
を見つけて声を掛けます。

 この学校は一学年一クラス。しかもそのクラスの六年生は全部
で六人しかいません。栗山先生が私たちのテーブルへやって来た
時、先生のお話に姉の名前は出てきませんでしたが、気になった
ので私は姉のブラウスを引っ張ることにしたのでした。

 「へへへへへ、お姉ちゃん」

 「何よ、気色悪い。何か用?」
 笑顔の私に姉は珍しく不機嫌でしたが、ま、無理もありません。

 「ねえ、お仕置きされたの?」

 「お仕置き?……別にされないわよ」
 お姉ちゃん、平静を装いますが、すでに目は泳いでいました。

 「だって、瑞穂お姉様はされたんでしょう。革のスリッパで」

 「栗山先生がそっちへ行って話したのね。瑞穂のことでしょう。
……あの子『メリーポピンズの読書感想文を書くなら、やっぱり
空を飛ばなくちゃ』なんて、わけの分からないこと言いだして、
傘を差したまま二階から飛び降りたの」

 「えっ!飛べたの?」

 「バカ言ってんじゃないわよ。遊びよ、遊び。あの時間は自習
だったから、暇もてあましてた子たちがはしゃぎだして即興劇を
始めたの。そのうち、あの子、お調子者だからホントに二階の窓
から飛び降りちゃったの」

 「で、大丈夫だった?」

 「大丈夫よ。下に木屑の山があったから。それがクッションに
なったの。それがあるからやったのよ。でなきゃそんなことする
わけないじゃない。あの子だってまんざらバカじゃないみたいだ
から……」
 お姉様がそう言い放った直後、瑞穂お姉様が私たちの脇をすり
抜けます。

 「あら、まんざらバカじゃないって誰の事?」
 瑞穂お姉様はそれだけ言って通り過ぎます。
 すると、遥お姉様の声のトーンが下がりました。

 「でも、よせばいいのにあの子ったら味をしめて三回も飛んだ
から梅津先生に見つかっちゃって……あれで学級委員なんだから
呆れるわ」

 「お姉ちゃんは?」

 「私?……私は、そんなバカじゃありません」
 遥お姉ちゃま最初は怪訝な顔でしたが最後は語気が強まります。

 「そうか、それでかあ……」

 「何がよ?」

 「運動場の肋木の前で栗山先生にお仕置きされることになった
んでしょう?」

 「そうよ、梅津先生に告げ口されちゃったから……栗山先生、
大慌てで教室に戻ってきたわ。……でも罰を受けたのは即興劇を
やってた瑞穂と智恵子と明の三人だけ……だって、私は何も悪い
ことしてないもん」

 「革のスリッパって痛いの?」

 「でしょうね。私はやられたことがないから知らないわ。でも
中学ではよくやるお仕置きみたいよ。栗山先生、中学の予行演習
だっておっしゃってたから」

 「怖~~い」

 「怖い?本当に怖いのはこれからよ」

 「どういうこと?」

 「だって、これだけのことしたら、たいていどこの家でもただ
ではすまないじゃない」

 「お仕置き?」

 「でしょうね。それにお家では学校と違ってお尻叩く時手加減
なんてしてくれないでしょうし……お灸だってあるんだから……」

 「お家の方が怖いの?」

 「そりゃそうよ。あんたそんなことも感じたことないの?」

 「……う、うん」

 「呆れた」
 遥お姉ちゃんは天を仰ぎます。そして……
 「いいこと、お父様やお母様ってのは、学校の先生なんかより
私たちにとってはもっともっと近しい間柄なの。だからお仕置き
だって、そのぶん厳しいことになるのよ」

 「そういうものなの?反対じゃないないの?」

 「反対じゃないわ。そういうものよ。子どもにはわからないで
しょうけど……」

 「何よ、自分だって子供のくせに……」

 「あんたより一年長く生きてます」

 遥お姉様はそこまで言って、私の顔を見つめます。
 そして、その数秒後、お姉様は何かに気づいたみたいでした。

 「あっ、そうか、あなた、まだお父様のお人形さんだもんね。
お父様からまだ一度も厳しいお仕置きなんて受けたことないんだ。
だからそんなことも分からないのよ。いいわねえ、お人形さんは
気楽で……」

 あらためて確認したように、少しバカにされたように言われま
したから私も反論します。
 「何よ!そんなことないわよ。私だって、お父様から今までに
何度もお尻叩かれた事あるのよ。先週だって廊下に素っ裸で立た
されてたら、あんた、私のことジロジロ見てたじゃないの」

 私は勢いに任せて怒鳴ってしまい、同時に顔が真っ赤になりま
した。

 そこは、学校内では誰もが行き来する階段の踊り場。私の声に
驚いた子どもたちが不思議そうにこちらを振り返ってから通り過
ぎます。
 二人は声のトーンを下げざるをえませんでした。

 「よく言うわ。そんなこと、あなたが子どもだからさせられた
んでしょう。いくらお父様だって、健治お兄様や楓お姉様にまで
そんな事なさらないわ。それに、私だってあなたがお尻を叩かれ
てるところを見たことあるけど……お父様を本当に怒らせたら、
あんなもんじゃすまないのよ」

 「えっ?」

 「本当のお仕置きってね、お尻がちぎれてどこかへ飛んでった
んじゃないのかって思うくらい痛いんだから。あなたのはねえ、
ぶたれたというより、ちょっときつめに撫でられたってところだ
わ」

 「そんなことないわよ。だって、ものすご~~く痛かったもん」
 私がむくれると……

 「ま、いいわ。そのうち、わかることだから」
 遥お姉様は不気味な暗示を私に投げかけます。

 と、その瞬間です。遥お姉様の顔色がはっきり変わりました。
 そして……

 「遥ちゃん、君だって私から見ればまだ十分に子どもなんだよ」

 私は声の方を慌てて振り返ります。
 『えっ!!お父様』
 心臓が止まりそうでした。

 お父様が振り返った私のすぐ目の前にいます。手の届く範囲に
というか、振り返った時はすでに抱かれていました。

 「よしよし」
 お父様はいきなり私を抱きしめて良い子良い子します。

 これって子供の側にも事情がありますから、抱かれさえすれば
いつだって嬉しいとは限りません。私にだって心の準備というの
が必要な時も……ですから、その瞬間だけはお父様から離れよう
として、両手で力いっぱい大きな胸を突いたのですが。

 「おいおい、もうおしまいかい。もう少し、抱かせておくれよ。
でないと、お父さんだってせっかく学校まで来たのに寂しいじゃ
ないか」

 お父様にこう言われてしまうと我家の娘は誰も逆らえません。
そこで撥ね付けようとした両手の力がたちまち抜けてしまいます。

 「ごめんなさい」
 小さな声にお父様は再び私を抱きしめます。

 「元気そうで何よりだ。とにかくほっとしたよ。図画の時間に
いなくなったって聞いたからね。大急ぎで駆けつけてきたんだ。
ここには大勢の先生方がいるから間違いなんて起きないと思って
はいたんだが、やっぱり心配でね。やってきたんだ。……ん?、
そんな心配性のお父さんは嫌いかい?」
 お父様は私をさらに強く抱きしめてこう言います。

 「本当に、ごめんなさい」
 私はお父様の胸の中で精一杯頭を振って甘えたような声を出し
ます。その時は頭も胸も強く圧迫されてますから頭もろくに動き
ません。ですから、お父様にだけ聞こえるような小さな声しか出
ませんでした。

 「いや、元気なら何よりだ。どこも怪我はしてないんだろう?」

 「はい」

 「なら、それでいいんだ」
 お父様はそこまで言ってようやく私を開放してくれます。

 「あそこは尖った大きな岩がごろごろしてるし、マムシだって
スズメバチだっているみたいだから本当は怖いところなんだよ」

 「はい、ごめんなさい」

 私はお父様の目をちゃんと見ることができなくて、再び俯いて
しまいます。
 すると、お父様の顔が私の頬に寄ってきて小さな声で囁きます。

 「ところで、お仕置きはちゃんと受けたのかい?」

 「……はい」
 私の声は風のよう。お父様の声よりさらに小さくなりました。

 「そう、それはよかった。だったら、お父さんがもう何も心配
することはないね。いつも通りの美咲ちゃんだ」
 再び、頭をなでなで……

 それってちょっぴり恥ずかしい瞬間。でも、お父様にされるの
なら、ちょっぴり嬉しいことでもありました。

 「午後の最初の授業は何なの?」

 「体育」

 「そう、それじゃあダンスだね。今日はどんなダンスを習うの?
バレイ、現代舞踏、ジャズダンス、フォークダンスかな」

 お父様にとって体育というのはダンスのことだったみたいです。
でも、これって無理もありませんでした。
 実際、私たちの学校で行われていた体育の大半はダンスの授業
でしたから。

 ただ、五年生になって、体育の先生が女性から男性に代わった
せいもあってその授業内容にも変化の兆しが……

 「今日は違うよ。今日はね、ドッヂボールの試合をやることに
なってるの」

 私の思いがけない答えにお父様は目を丸くしてのけぞります。
大仰に驚いてみせます。

 「ドッヂボール?そりゃまた過激だね。美咲ちゃん、できるの
かい?」

 ドッヂボールは当時全国どこの小学校でも行われている定番の
ボールゲームでしたが、娘大事のお父様にとっては過激なボール
ゲームというイメージだったみたいです。
 普段ボール遊びなんてしたことのないこの子たちが、はたして
ボールをちゃんとキャッチ出来るだろうか?
 そんな疑問がわいたみたいでした。

 「大丈夫だよ、ルールもちゃんと覚えたし先週もその前の週も
ちゃんとボールを取る練習したから」
 私は自信満々に答えます。

 ただ私たちがこうした試合を行う場合、問題はそういう事だけ
ではありませんでした。

 そのことについは、また先にお話するとして、お父様は私の事
が解決したと判断されたのでしょう、関心が別に移っていました。

 「あっ、遥、ちょっと待ちなさい。君にお話があるんだ」

 お父様はいつの間にか、そうっとお父様のそばを離れてどこか
へ行ってしまいそうになっている遥お姉様を呼び止めます。

 5mほど先で振り返ったお姉様、その顔はどうやら逃げ遅れた
という風にも見えます。

 慌てたように遥お姉様の処へ小走りになったお父様は、途中、
私の方を振り返って……
 「ドッヂボール頑張るんだよ。あとで見に行くからね」
 と大きな声をかけてくださいます。

 お父様は捕まえた遥お姉様と何やらそこでひそひそ話。

 やがて、二人は連れ立って私から遠ざかっていきます。
 でも、それって、私にとってはとっても寂しいことでした。

 『何、話してたんだろう?……どこへ行ったんだろう?……私
には話したくないことかなあ?』
 疑問がわきます。
 そこで、そうっと、そうっと、二人に気取られないようにして
着いて行くことにしました。

 すると……
 『えっ!?』
 二人は半地下への階段を下りて行きます。

 『嘘でしょう!ここなの!?』
 私は二人の行き先を確かめようとして、暗い階段の入口までは
やってきましたが、さすがにその先、階段を下りるのはためらい
ます。

 だってその先にあるのは六家のお父様がサロンとしてお使いに
なっているプライベート広間。私たちも、お茶、お琴、日舞など
習い事にはよく利用しますが、それはあくまで放課後の時間帯。
こんなお昼休みにそこへ行く用があるとしたら……。

 『お仕置き?』

 実はこの半地下にはもう一つの顔があって、私たち生徒が学校
の先生からではなくお父様やお母様、家庭教師といった父兄から
お仕置きを受けるための場所でもあったのです。

 こんな場所、他の学校では考えられないでしょうが、私たちの
学校にはこんな不思議な施設がありました。
 というのは……

 この学校は元々華族様たち専用の学校だったものをお父様たち
有志六名が買い取る形で運営されてきましたから学校の教育方針
にも当初からお父様たちが強い影響力を持っています。
 子供たちへのスキンシップやお仕置きを多用しようと提案され
たのも、実は学校の先生方ではなくお父様たちの強い意向だった
のです。

 そして、それは学校を運営していくなかで、さらに徹底されて
いきます。

 ある日の会議で先生方が『学校としてはそこまではできません』
とおっしゃる厳しいお仕置きまでもお父様たちは望まれたのです。
それも罪を犯してからお仕置きまで余り間をおきたくないという
お考えのようで、あくまで学校でのお仕置きを…と望んでおいで
でした。

 幼い子どもたちは自分の過ちをすぐに忘れてしまいますから、
家に帰るまで待っていたらお仕置きの効果が薄れてしまうと主張
されたみたいです。

 議論は平行線でしたが……
 そこで、お父様たちは一計を案じます。この学校の中に御自分
たちのプライベートスペースを設けたのです。
 学校教育の中でできないなら、家庭内の折檻として行えばよい
とお考えになったみたいでした。

 それがこの階段を下りた処にある七つの部屋だったのです。
 そこは『学校の中にある我が家のお仕置き部屋』という不思議
な空間。子供たちにしてみたら、そりゃあたまったものじゃあり
ません。

 お姉様がお父様によって連れ込まれたのはそんな場所だったの
です。

************<13>***********

小暮男爵 ~第一章~ §11 / 二人のお仕置き①

小暮男爵/第一章

<<目次>>
§1  旅立ち         *  §11 二人のお仕置き②
§2 お仕置き誓約書    *  §12 ランチタイムの話題
§3 赤ちゃん卒業?    *  §13 お父様の来校
§4 勉強椅子        *  §14 お仕置き部屋への侵入
§5 朝のお浣腸       *  §15 お股へのお灸
§6 朝の出来事       *  §16 瑞穂お姉様のお仕置き
§7 登校           *  §17 明君のお仕置き
§8 桃源郷にて       *  §18 天使たちのドッヂボール
§9 桃源郷からの帰還   *  §19 社子春たちのお仕置き
§10 二人のお仕置き①  *  §20 六年生へのお仕置き


***<< §10 >>**/二人のお仕置き①/***

 小宮先生と高梨先生がそれぞれに教え子の着替えをすませると、
私と広志君を隔てていた幕が取り去られます。
 私は予備の服で対応できましたが、男の子用の制服にちょうど
サイズの合う服がなかったのでしょう。広志君の方は体操服です。

 濃紺の襟なし上着に白シャツ姿もいいけれど、男の子は体操服
を着ると何だか凛々しく感じられて素敵です。

 ところが、ヒロ君、私と目を合わせるなりはにかみます。
 自分だけ別の衣装に変わってしまったのが恥ずかしかったので
しょうか。それとも、同じ境遇の相手を見て鏡を見ているようで
嫌だったのでしょうか、下を向いてしまいました。

 二人はお互い同じ身の上。これから先生にお尻を叩かれようと
している悲しい定めの少年少女です。そんな同じ境遇の子が再び
視線を合せた時、今度は、なぜか二人して笑ってしまいました。

 こんな時って、どこかおかしな心理状態です。

 そんな短いお見合い時間が終わると、四時間目の開始を告げる
チャイムがこの中庭にも響き、花壇の手入れに来ていた下級生達
も駆け足でそれぞれの教室へ帰って行きます。

 中には上級生たちの人垣の前でジャンプしてから帰る子も……

 でも……
 「なあ~~んだ」
 と言うだけ。

 きっと、私たちが裸でいるのを想像していたのかもしれません。
 ここはそれほど頻繁に子供を裸にしてしまうのです。

 チャイムが鳴り終えると、それを待っていたように小宮先生が
手を叩きました。

 「さあ、みなさん。このお二人さんのお着替えも無事にすみま
したから、今度は、内側を向いてくださいね」

 すると、大きな輪を作ってくれたいた子供たちが一斉にこちら
を向き直ります。
 沢山の目が一斉にこちらを見ますから、それって、ちょっぴり
恐怖です。

 『あ~あ、いよいよかあ~~~やっぱり嫌だなあ~~』
 そんな愚痴を心でつぶやきながらも覚悟を決めます。
 でも、その前にちょっとした事件がありました。

 「芹菜(せりな)ちゃんと明君、こちらへいらっしゃい」
 小宮先生は凛とした声で今まで人垣を作っていてくれた二人を
指名します。

 実はこの二人、私たちがお着替えの最中も担任の先生から時々
注意を受けていました。

 やがて、恐る恐る輪の中から出てきた二人が、三人の先生方の
目の前までやってくると……
 四年生を担任している前田先生が、いきなり……

 「あ~いや~~ごめんなさい」
 オカッパ頭の芹菜ちゃんが叫びます。

 芹菜ちゃんは4年生。前田先生が背中からお腹へと左腕を回し
始めた瞬間、何をされるかが分かったようでした。

 前田先生は芹菜ちゃんの身体を立たせたままで前屈させると、
右手でその白いパンツを叩き始めます。

 当時私たちが着ていた制服のスカート丈はとても短くて、ある
程度前屈するれば、すぐにパンツが丸見えるようになっています。
 お尻叩きが当たり前のこの学校で先生が子供たちへのお仕置き
をしやすいようにそんなデザインを望んだのでしょう。私たちは
そう考えていました。

 いずれにしても、前田先生、芹菜ちゃんのスカートを捲る必要
がありません。

 「(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)」
 続けざまに六回。前田先生は息つく暇なく芹菜ちゃんを叩いて
こう叱るのです。

 「先生、お着替えの最中は決して振り返っちゃだめですよって
注意したわよね。覚えてる?」

 「はい」

 「だったら、どうして、あなたは私の言うことがきけないの。
チラチラと後ろを振り返ったりして……女の子がいやらしいこと
しないの。覗き見なんてみっともないわよ」

 「ごめんなさい」

 「誰だってお友だちにも見られたくないものはあるの。あなた
だって裸で廊下に立たされたくはないでしょう。やってみたい?」

 「いやです。そんなのいやです。ごめんなさい。もうしません
から」
 芹菜ちゃんの顔は真っ青、唇が震えています。

 裸で廊下に立たされるなんて、さすがにこの程度のことでは、
それはないでしょうが、私も実際にそうした子を見たことがあり
ますから、芹菜ちゃんだって必死にならざるを得ません。
 
 そして、前田先生もそうした芹菜ちゃんの必死さを見て……
 「いいでしょう、今度から気をつけるんですよ」
 と許してくれたのでした。

 もう一人います。六年生の明君です。
 こちらも時間的には芹菜ちゃんと同じです。

 「あっ、いや、だめ~~」
 栗山先生の左腕が明君に背中に捲きついた瞬間、まだぶたれて
もいないのにボーイソプラノの悲鳴が上がります。

 要するに、私はステレオで二人の悲鳴を聞いていたのでした。

 要領は芹菜ちゃんと同じ。
 「(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)」
 という小気味の良い破裂音が半ズボンの上から上がります。

 女の子がパンツの上からなのに対し、男の子はズボンの上から。
ちょっと不公平な気もしますが、栗山先生はその分強く叩きます。
 ですから……

 「いやあ~~~ごめんなさい、もうしません、もうしません」
 明君だってたちまち担任の栗山先生に謝ります。

 私たちの学校では体罰を否定しませんから、お尻叩きも毎日の
ように行われます。このためお尻叩きだって大事な先生のお仕事
なんです。

 ですから先生も慣れたもので、生徒のお尻を叩こうと思いたつ
と……罪の軽重、情状酌量の余地、年齢、男女の別、健康状態、
以前にどんな罰を受けたかなどありとあらゆる情報を一瞬にして
精査し、その子にとって最も効果的な方法と威力でお尻を叩くの
です。……これって、もう立派な職人芸でした。

 「女の子の着替えを覗こうだなんて……男の子が最もやっては
いけない行為だわ。あなたのやったことはとっても恥ずかしい事
なのよ」

 「はい、ごめんなさい。もうしません」
 明君、たちまちべそをかいて謝ります。

 実は明君、栗山先生よりすでに身長が高いのですが気は小さく
て、栗山先生がちょっと恐い顔をしただけで、いまだにおどおど
たじたじになるのでした。

 「さあ、ではこちらも始めましょうか。もうすでに4時間目が
始まってますからね、テキパキとすませるわよ」

 小宮先生の声に、私も広志君もあらためて緊張が走ります。

 「さあ、どちらからにする?どちらでもいいわよ」
 小宮先生はあらかじめそこにあった木製の椅子。私たちが普段
教室で座っているのと同じものに腰を下ろして私たち二人を見つ
めます。

 こんな時って、『では、私(僕)が先に……』なんて申し出る
勇気がありません。
 もじもじしていると……。

 「それじゃあ、美咲ちゃんいらっしゃい」
 最初に指名されたのは私でした。もちろん、行かないわけには
いきません。

 「お作法はいつも通りよ。タオルを敷いてあげたから、ここで
膝まづきなさい」

 小宮先生の指示で、私は先生の目の前に膝まづかされます。
 両手を胸の前で組んで大きく深呼吸。

 「私は悪い子でした。どうかお仕置きでいい子にしてください」

 もちろん本心じゃありませんけど、辛い言葉です。でも勇気を
振り絞ってそれは言わなければなりませんでした。

 「あなたも五年生ですから、これまでに何度も聞いて耳にたこ
ができてると思いますけど、我校のお仕置きは先生から無理やり
やらされるのではなく、自分の至らない処を治していただく為に
先生方にお願いしてやっていただくものなんです。……それは、
わかってますよね?」

 「はい、先生。お願いします」

 「よろしい、それでこそ、うちの生徒です」
 小宮先生は私を褒め、それから、あたりを見回して周囲を取り
囲む子供たちに向かってもこうおっしゃるのでした。

 「それから、みなさんにも注意があります。最近、みなさんの
中に、お友だちのお仕置きを見学しているさなか笑う人がいます
けど、あれはとってもいけないことです。お仕置きは恥ずかしい
ことを強制されているのではありません。自分を高める為に行う
神聖な試練の場なんです。ですからこれは見学するあなたたちに
とっても大切なお勉強の場なんです。真剣な気持で臨まなければ
なりません。そんなお勉強の場でお友だちを笑うなんて失礼です。
先生はそうした子を許しません。見つけしだい、その子にもこの
二人と同じお仕置きを受けてもらいます。いいですね」

 小宮先生の凛とした声があたりに響きます。

 「はい、わかりました」
 複数の生徒の声がします。

 この時、子どもたちの全員が声を上げたわけではありません。
でも『笑うとお仕置き』という情報だけは、しっかりとみんなに
伝わったみたいでした。

 「さあ、美咲ちゃん、ここへいらっしゃい」
 小宮先生が椅子に腰掛けたままでご自分の膝を叩きます。
 すると、ここで思いがけないことが起きました。

 高梨先生が口を挟んだのです。
 「あのう先生、大変申し上げにくいのですが、もう、よろしい
んじゃないでしょうか?」

 「えっ?」
 突然の申し出に小宮先生も鳩が豆鉄砲を食ったような顔になり
ます。きっと高梨先生が発言されるとは思ってもみなかったので
しょう。

 振り返った小宮先生に高梨先生が……
 「いえ、二人を許してもらえないでしょうか。今回の件は私が
大騒ぎしなければ、こんなことにはならなかったと思うんです。
ですから、私にも罪はありますから……」
 と、申し入れてくれたのでした。

 高梨先生はいわば臨時の先生。普段なら学校行事のような事に
口を挟むようなことはなさいませんが、それがこの件に関しては
異を唱えられたのでした。

 小宮先生はしばし考えておられましたが、笑顔になります。
 「大丈夫ですよ。先生のお気遣いには感謝しますが、この件で
先生に罪はありませんもの。これはあくまで持ち場を勝手に離れ
たこの子たちの問題ですから……それは別物です」

 小宮先生が決断して、お仕置きを免れるというかすかな望みが
砕け散ります。でも、小宮先生自身は高梨先生のそうした声かけ
を不快と感じられたわけではありませんでした。

 いよいよ、私が先生の膝にうつ伏せになります。
 両足のつま先が僅かに地面を掃く程度。私の身体はほぼ水平に
なって先生の膝の上に乗っかっります。

 「………………」
 プリーツスカートの裾が捲られ、白いパンツがお友だちの前に
晒されます。女子の場合、大半がこうでした。

 恥ずかしい姿。でも、もうここまでくると私も度胸が定まって
いました。
 『とにかく、早く終わらせなくちゃ』
 と、そればかり考えて私は小宮先生のお膝に乗っていたのです。

 「さてと……あなた、どうして破れた金網からお外に出たの?
あそこは生徒が立ち入ってはいけない場所だって知ってるわよね。
先生、何度も注意したものね」

 「はい」
 私はその瞬間、顔をしかめます。
 「ピシッ」
 という音と共にその時、最初の平手がお尻に届いたからでした。

 「ふう」
 小さくため息がこぼれます。最初はそんなに痛くありません。
もちろんまったく痛くないわけじゃありませんが、その程度なら
子供でも悲鳴は上げずに耐えられます。

 「さて、それがどうして金網を越えてお外へ出ちゃったのかな?」

 「それは…………広志君を止めようと思って……」

 「本当に?」
 小宮先生は思わず先生の方を振り返った私の顔を疑わしそうな
目で覗き込みます。

 「本当です」
 思わず声が大きくなりました。

 「そう、それじゃあなぜ、すぐに戻ってこなかったの?広志君
に注意したら、すぐに戻れるでしょう?」

 「それは……」
 私は答えに窮します。だって、それって私自身にも分からない
ことでしたから。

 確かに、先生の言う通りなんですが、あの時、突然、広志君に
抱きつかれて……斜面を滑って……危ないところで止まって……
二人で笑って……あとは、何となくああなってしまった、としか
言いようがありませんでした。

 「楽しかったんでしょう?」

 「えっ!」
 核心を突く質問。思わず……
 「そ、そんなことは……」
 と言ってしまいましたが……

 「痛い!」
 次の『ピシッ』がやってきました。

 「嘘はいけないわ。それじゃあ、広志君がここにいなきゃだめ
だって強制したの?脅かされて着いて行ったの?」

 「あっ、いや、だめ」
 続けざまに次の『ピシッ』がやってきます。

 「ダメじゃないでしょう。ちゃんと聞きなさい」
 「ピシッ」
 「あっ、いや」

 「イヤじゃないの。……広志君が帰れって言ったのに、あなた、
着いて行ったそうじゃないの。……それって、その方が楽しいと
思ったからでしょう」

 「それは……」
 小さな声で迷っていると……

 「ピシッ」
 「あっ、痛い」
 また痛いのがやってきます。

 「どうなの、違うの!」

 「あっ、いや~~」
 続けざまに『ピシッ』です。

 「ごめんなさい」
 私はとにかく痛いのから逃れたくて本能的に謝ってしまいます。

 「要するに、ミイラ取りがミイラになったということだわね。
ということは、ミーミはヒロ君が好きなのかな?」

 「えっ、……違います。そんなことじゃなくて……」
 私は思わず大声、顔も自分で火照っているのが分かるくらいに
真っ赤でした。

 「いいのよ、それは、それで……自然なことだもの。誰だって
好きな子と一緒にいたいものね」

 先生の右手がお尻ではなく頭の上に乗っかります。お仕置きの
小休止。私は先生の右手が自分の頭を静かに撫でているのを感じ
ていましたが……でも、結果が変わることはありませんでした。

 「事情はわかったけど、規則は規則よ。あなただけを特別扱い
はできないの。罰は罰でちゃんと受けないとね」
 
 私は先生の言葉を否定しようとして、先生の方を振り返ったの
ですが、その瞬間、両脇を抱えられて体をごぼう抜きにされます。

 今度お尻が着地したのは先生の膝の上。
 先生は私とにらめっこする形で私を膝の上に抱っこさせたので
した。

 「痛かった?……そりゃそうよね。お尻ぶたれたんだもんね」
 先生はその姿勢で頬擦りをして私の頬に流れ落ちる涙を拭き取
ります。

 「わかりました。それじゃあ、あと五回で終わりにしましょう」
 先生は残りの回数を区切ります。
 でも、私たちのお仕置き、ここからが大変でした。

 「恐い?……でも、これを乗り越えなくちゃ、あなたお友だち
の教室へ戻れないの。お仕置きを受けて綺麗な身体にならないと
何も始まらないのよ。……そのルールは知ってるでしょう」

 「はい、先生」
 小さな声で返事を返して頷きます。笑顔はありません。でも、
これがその時の精一杯だったのです。

 「…………よし、それじゃあ、がんばりましょうね」
 先生は、私の気持が少し落ち着いたのを間近に見て確かめると、
やおらポケットからタオル地のハンカチを取り出します。

 「最後の五回はとっても痛いから、用心のためにこれを噛んで
おいてね。……あ~~んして」
 先生はそう言って取り出したハンカチを私の口の中へ。
 これも女の子へのお尻叩きではお定まりの儀式でした。

 私は再び小宮先生のお膝の上に戻されるとスカートを捲くられ
今度はショーツまでも太股へ引き下ろされます。

 スーっと外の風がお尻をなでると友だちの視線が気になります。

 勿論これって恥ずかしいことなんですけど問題はこれだけでは
ありませんでした。

 「えっ!」
 私の目の前に突如、家庭教師の河合先生が……
 先生は誰に頼まれた訳でもないのに私の両手首を握りしめます。
私、まるで手錠を掛けられた犯人みたいでした。

 私は恐怖心から慌てて振りほどこうとしましたが大人と子供の
力の差はどうしようもありません。

 「観念なさい。この方があなたの為よ」
 河合先生は笑っています。

 いえ、もう一つあります。
 「えっ、何なの?」
 そうやって手の方に気を取られているうちに今度は両足も誰か
に押さえられていました。

 そして私の腰を押さえている小宮先生の左手にもこのまで以上
の力が入っていることがわかります。
 本当にがんじがらめです。

 『か弱い11歳の少女を大人三人で押さえたりして、こんなの
いや~~~~~』

 私はこの場で叫びたい衝動を必死に押さえますが、100Mを
走った時のような鼓動は収まりません。緊張はもうMAXだった
のです。

 そんな大人たちによって締め上げるだけ締め上げられた身体に
最初の一撃が下ります。

 「ビッシ~~~」

 前にも言いましたが、ここでお尻叩きなんて珍しくありません。
毎日誰かがぶたれてます。でも、その毎日、私だけがぶたれてる
訳ではありません。あくまで誰かがぶたれているというだけです。

 ですから、しばらくお尻を叩かれていなかった私はその凄さを
あらためて実感します。

 「ひぃ~~~~」

 その一撃で目の玉が飛び出します。電気が尾てい骨から背骨を
駆け抜けて、最後は脳天から抜けて行きます。

 もちろん先生の右手は平手。鞭なんて持ってはいません。
 でも、大人がちょっとスナップを利かせれば、子供にとっては
強烈な思い出になります。
 手足がバラバラになるほどの衝撃でした。

 「あらあら、久しぶりだったので、ちょっと痛かったみたいね」
 涙ぐむ私に小宮先生は優しく声をかけてくれました。

 そして、こう続けるのです。
 「ハンカチ、役に立ったでしょう。稀にだけど舌を噛んじゃう
子がいるの。用心にこしたことないわ」

 たしかにハンカチは役に立ちました。そして河合先生やヒロ君
のお母さんのいましめも、私が醜態を晒さないために役立ったの
でした。

 私はその瞬間、痛さに耐えかねて小宮先生のお膝を離れようと
したのです。
 でも、もし小宮先生のお膝を立ち退いて地面に立ってしまった
ら……ショーツを脱がされてる私はお友だちの前でお臍の下まで
晒すことになります。

 それだけじゃありません。お尻叩きを受けている最中、先生の
お膝から離れるのは重大な規律違反です。閻魔帳にXが二つ以上
つきます。新しいお仕置きが追加されることもあります。
 それを救ってくれたのは、河合先生と広志君のお母さんでした。

 「さあ、もう一ついくわよ」
 小宮先生が宣言して二つ目がやってきます。

 「ビッシ~~~」
 「ひぃ~~~~」

 前と同じです。背中を走る電気が後頭部から抜けていきます。
 なりふり構わず動かない手足をバタつかせてみましたがピクリ
ともしません。

 「痛い、痛い、痛い、痛いから~~もっと優しくしてえ~~」
 私は恥も外聞もなく叫びます。

 もちろん、だからって小宮先生が許してくれたり威力を弱めて
くれたりはしません。でもそう叫ばずにはいられないくらい小宮
先生のお尻叩きは痛かったのでした。

 「痛かった?」

 「うん」
 小宮先生から肩越しに尋ねられた私は嗚咽混じりに答えますが。

 「仕方がないわね、お仕置きだもん。我慢しなくちゃ」
 という答えしか返ってきませんでした。

 「はい、もう一つ」

 「ビッシ~~~」
 「ひぃ~~~~」

 背中を走る電気は少し弱まりましたが、今度はその瞬間、顔が
か~っと熱くなって眼球が飛び出すくらいの圧力です。

 4発目
 「ビッシ~~~」
 「ひぃ~~~~」

 相変わらず最初と同じようにぶたれるたびに『ひぃ~ひぃ~』
言っていますが、でもお尻が慣れちゃったんでしょうか、3発目
と比べれば痛みもそれほどきつくなくなりました。
 ただ、お尻の痛みを子宮が吸収して下腹には『ずどん』という
衝撃が……これって何とも不思議な気分です。

 5発目
 「ビッシ~~~」
 「ひぃ~~~~」
 最後はとびっきり痛い一発。お尻叩きの数が決まっている時は
たいていこうなります。

 小宮先生が初めて力を込めて叩いた一発で私の頭はショート。
頭の中が真っ白になってクラクラし、しばらくは何も考える事が
できませんでした。

 「ほら、ほら、美咲ちゃん、大丈夫ですか?」

 私は小宮先生に起こされます。
 ひょっとしたらその瞬間は、短い間、気絶していたのかもしれ
ません。

 「さあ、最後にご挨拶しましょう」
 私は小宮先生にパンツを上げてもらうと、お仕置き後のご挨拶
を促されます。
 それは、お仕置き前のご挨拶同様、この学校の生徒なら全員が
経験したことのあるご挨拶でした。

 私は衣服をあらためて自分で整えると、小宮先生の足元に膝ま
づいて両手を胸の前に組みます。

 「小宮先生、お仕置きありがとうございました。美咲は先生の
教えを守って必ずいい子になりますから、見ていてください」

 これはお仕置きを受けた子が必ず言わされる『先生への感謝の
言葉』。とにかくこれを言わないうちはお仕置きが終わりません
から嫌も応もありませんでした。

 「はい、いい子でした。これであなたもまたみんなと同じ五年
生に戻れますよ。これからも楽しくやりましょうね」

 先生はそう言って私を再びお膝の上へ迎え入れます。
 もちろん、それはお仕置きのためではありません。私を優しく
愛撫するため。お仕置き後の生徒は、必ず先生から慰めてもらえ
ます。

 これは厳しいお仕置きを我慢した子の唯一の役得。
 もちろん、だからと言ってわざとお仕置きをもらうような子は
いませんが……。


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Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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