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第 3 話

< 第 3 話 >
 美里と別れた私は校舎の中へ。巷の小中学校というのは外部の人間が
自由に出入りできないのが普通らしいが、ここでは誰の出入りも自由で
ある。
 里子を預けているお父様お母様や懺悔聴聞に訪れる司祭様などはもち
ろんのこと、養老院のシスターや私のような学校と直接関係のないOB
OGでも咎める人はいなかった。
 もともと、この街に受け入れる時点で厳しくチェックしているので、
その信用で、という事らしかった。
 そんな部外者の人たちがよく訪れるのが父兄席。この学校の教室には
その後方、高い処に中二階があって、ここに座ると子供たちの授業風景
が見学できるようになっている。
 元気なお父様は毎日ように里子たちの教室へ顔を出すし、ママも何か
につけてちょこちょこっと顔を出すのでこっちは気が気ではなかった。
 『もし、無様な処を見られたら家に帰ってお仕置き…>_<…』
 そんな想いが脳裏を掠めるのだ。
 久しぶりに訪れた中二階は昔とあまり変わっていない。年輩の老夫婦
はお父様とお母様だろう。法衣を纏ったシスターもいる。これは大抵が
先生のOBだ。それに私のように元生徒の姿もちらほら……
 しかし、授業の方は様変わりしていた。
 とにかくみんな楽しそうだ。10分ごとにイベントが用意されていて
まるで遊んでいるように見える。恐らく子供の集中心が10分程度しか
もたないと見てこんな方法を取っているのだろう。
 私たちの時代はいわゆる詰め込みの教育というやつで、教室の雰囲気
もピリピリしていた。ちょっとでもよそ見をしていようものなら助教師
の先生が手燭を持ってきて手の甲に蝋類をたらしてくれる。
 もちろんお灸ほどには熱くないが、何しろ幼い頃の話だからそりゃあ
恐怖だった。
 ただ亀山の子は基本的にお父様を満足させるために子供を育てている
から、まずは『気立てがよく従順なこと』が優先で偏差値競争のような
教育はしていなかった。
 求められればいつでもおとなしく抱かれることや楽器を演奏したり、
バレイを見せたりといった習い事の披露、それに綺麗な字が書けること
なんかが大事だった。
 教科書的な知識の修得はその次で、小学3年生頃までは僕の実感では、
幼稚園の延長みたいな感じだった。四年生を過ぎる頃になると、ママも
テストの結果を気にするようになって、『成績が悪いから』という理由の
お仕置きも出てくるが、それは六人(これでクラス全員)がみんな完璧
に理解しないうちは先に進まないという約束事があるためで、他の子に
迷惑をかけたというのがその理由だったのである。
 そして、中学2年生からは巷と同じ競争社会。ここから高校3年まで
は脇目も振らず勉強させられることになる。男の子の場合は…
 女の子の場合はお父様たちが用意してくれた短大でよければ勉強の方
はそうでもなかったみたいだけど、その代わり将来はお父様が決めた人
と結婚しなければならなくなるから、それを嫌って男の子並に勉強する
子もいた。
 僕たちは良くも悪しくもお父様のペットみたいなものだから、事実上
人生の選択に自由はなかったんだ。男の子だって大学卒業後はお父様の
勧める会社なり役所に勤めて、結婚相手も自分勝手に決めることは許さ
れてなかった。
 もちろん自分で相手を見つける事だって可能なんだけど、その娘との
結婚にはお父様の承認が必要だった。もし、それも無視して…となると、
次の人生は日陰で暮らさなければならなくなるし、万一亀山でのことを
マスコミに流したりしたら、身の安全さえ保証されないんじゃないかな。
 お父様は個人的にはとっても優しい人だけど、背負ってるものがあま
りに大きいから、そんな愚かな道を選ぶ人は許されないと思うんだ。
 私の場合、妻は3つ違いの亀山出身。僕の方から妻の手を引いてお父
様の処に許しを得に行ったんだけど、同じ亀山出身ということで、何の
問題もなかった。
 いつも散々やられた『お仕置きごっこ』なんかしながら夜を楽しんで
る。傍目には見せられない乱痴気騒ぎだけど僕たちの共通項だからお互
い楽しいんだと思う。
 実は、こんな事は他にもあった。僕たちのママはすでに高齢で養老院
(今は施設なんて呼ぶけど、施設じゃ何の施設かわからない。養老院と
言って恥じることはないと思うんだが)暮らし。頭も少しボケ始めてる
んだけど、昔お世話になった子供たち(女の子)が面倒を見ている。
 勿論、義務とかいうじゃなくてボランティアだ。
 そのママが何かというと子供たちを添い寝させたがるので困っていた。
身体はこれ以上大きくならないくらい大きくなって、顔には皺も目立ち
はじめてる子供たちを今さら布団に入れてどうしようってなもんだが、
そうやると心が落ち着くらしい。
 私がお見舞いに行くと、案の定、ベッドの布団を叩いて中に入れとい
うのだ。気恥ずかしかったが、女の子たちの苦労を想い、一晩、一緒に
寝てみた。
 すると、不思議なもので、遠い昔に抱かれていたあの感覚がすぐさま
蘇ってしまうのである。
 皺くちゃで骨張った細い腕になってしまっていだが、
 「あっ、コレだ!」
 と身体が反応するのである。さすがにおっぱいは舐めないが、
 「ママ、ママ」
 という甘えた声は自然に出てしまった。
 「健ちゃんは今日一日良い子でしたか?」
 お布団の中でママの顔がとっても大きくなる。僕のおでことごっつん
こさせたからだ。
 「良い子だったよ。ママのお言いつけはみんなまもったもん」
 「ホント?」
 「ホントだよ。お父様もお母様も高橋先生も桜木先生も河村先生も司
祭様もみんな良い子だって褒めてくれたよ」
 「わあ、よかったわね。お父様の前でもちゃんとピアノは弾けたの?」
 「できたよ。とっても上手だったって……」
 「そう、よかったよかった。じゃあ、ミルクあげましょうね」
 すると、甘~~いミルクの入ったほ乳瓶が現れる。さすがに13歳に
なった頃には数もへったが、五年生頃までは毎日出たその日最後の晩餐
だった。もちろん夕食は食べたからお腹がへっているわけではないが、
そのちゅぱちゅぱは僕には必要だった。
 いくら子供とはいえ10歳を越えた子が布団の中でほ乳瓶を飲んでい
るのを見たら心が引くだろうが、ここではそれが子供の義務だった。
 亀山では、いつも可愛く笑っていること、どんな命令にも従順に従う
こと、そして大人たちの前ではいつも心を開けておいて隠し事をしない
ことは子供の大事な努めだったから、大人たちからほ乳瓶を差し出され
れば、自分の意に添わなくても美味しく飲まなければならないと悟って
いたのである。
 「今日は一日おんもへは行かせませんよ。だからオムツをしてなさい」
 「ほ乳瓶を空にしてからでないとご飯はあげませんよ」
 「ほら、笑ってえ、悲しいお顔や怒ったお顔はお父様はお嫌いなの。
できないと、ここから放り出されるわよ。……わかったら、笑いましょ。
……ああ、良い子ね、そのお顔をお父様にお見せしましょうね」
 こうしてママに抱かれていると、13の歳までそう言われ続けた昔が
走馬燈のように脳裏を掠めはじめる。
 自立することを拒まれる少年少女時代は不幸な事だと思われがちだが、
その巨大な愛の海に身を置いていた者としては、別段それを不幸と感じ
たことはなかった。
 もちろん私だって白雉じゃあるまいし、反発したことだってあったが、
 「どうしたの?坊や、いやいやなの?ここはいやいやしちゃいけない
処なのよ。いやいやはママの抱っこの時だけにしましょうね」
 「えっ?ママの愛のお外?…ママの愛のお外にはお父様の愛があって、
お父様の愛のお外には女王様の愛があって、女王様の愛のお外には仏様
の愛があるの。あなたをお守りくださるのは大日如来様。光の神様よ。
あなたがお言いつけを守っていればそのどれかに救われてこぼれる事は
決してないのよ」
 こう言われてママにほっぺを摺り摺りされると、不思議なことに僕の
不安もわがままに治まってしまったのだ。
 思えばママとは乳飲み子の頃からのお付き合い。しかも、3歳までは
一日中いつも一緒だった。ママがお仕事で授業していた時でさえ、僕は
その足下にからみつき、教室中を駆け回り……疲れればママのお背中で
授業の声を子守歌代わりにしてお昼寝していたのである。
 世界中探しても先生が子守しながら授業する学校はここだけだろう。
でも、だからこそ僕にとってママの胸は絶対的なゆりかごであり続け、
その声は神様と同じ重みがあったのだ。
 13歳まではママのやりたいことが僕のやりたいことであり、ママが
幸せに感じることが僕の幸せだったのだが、それで不満はなかった。
 疑うことを知らない時代。我々の古き良き時代が戻った一夜だった。

第 4 話

< 第 4 話 >
 翌朝、僕はクリスタルパレスへ出かけた。クリスタルパレスはその名
の通り全面ガラス張りの宮殿で、お天気の良い日には巨大な宝石のよう
に輝いて見える。主は亀山では女王様と呼ばれている人物。
 有り体に言えばこの街を造った創立者のお孫さんでこの街の責任者と
いうか町長さんみたいな人だ。ただ、その権限は絶大で、お父様でさえ
その意向に逆らうことができない。だからこそ女王様だなんて呼ばれて
いるんだろうけど、普段、会いに行くと子供たちにはとても優しい人だ
った。
 評判の甘え上手(自身はそうは思っていないがあくまで亀山での評価)
だった私は、ママやお父様たちのことで女王様に愚痴を言ったことなど
なかったが、子供たちのなかにはママやお父様たちといった親子関係や
学校の先生との関係、さらには友達関係で悩む子も少なくなかった。
 そんな子供たちが駆け込み寺のように利用していたのがこのクリスタ
ルパレスであり、女王様だったのである。
 ここには家や学校にはないマンガやオモチャが置いてあって今で言う
ゲームセンターみたいな役割を果たしていた。そして、そこで語られる
子供たちの本音を吸い上げては学校や家庭にフィードバック。厳しいお
仕置きのもとで我が儘の言えない子供たちとの風通しの役を担っていた
のである。
 それだけではない。子供たちの悩みが主に大人側に問題のある時は、
子供たちを一時的にママやお父様の愛から外して、ここで預かったりも
する。
 女王様のもとで一緒に暮らす彼らは『光の子供たち』と呼ばれたが、
ほとんどが短期間で、女王様の指示で大人たちが受け入れ方法を整える
とすぐにでも返された。子供は寄る辺なき身、いっぱいおっぱいを飲ん
だ場所を代えるという決断は彼らにはあまりに重かったのである。
 ただ中には例外もあって、大人たちがどんなになだめすかしても赤ち
ゃんのままでいるのを拒み、自ら自立を望んだ子供たちだっていた。
 そんな気骨のある子供たちは別のママやお父様を世話してもらうか、
いっそクリスタルパレスを住まいとしたのである。
 ま、私のような凡才は、一時(いっとき)自立したいと決意しても、
大人たちからなだめられると、すぐに赤ちゃんに戻ってしまうのだが、
彼らの場合は、なまじ才能も豊かで好奇心や探求心に恵まれていたため
家庭的には不幸だったようである。
 そんな子供たちも引き取って女王様は面倒をみていた。つまり孤児院
の孤児院というわけだ。
 最初のお父様と離れてしまう子は年に数名いたが、さらに女王様の処
で中学卒業までずっと暮らす子となると、年に一年に一人いるかどかと
いったところだった。ところが、皮肉なことに亀山を下りて成功した者
の多くがここの出身者なのだ。彼ら(彼女ら)はお父様の直接的な援助
が受けられないため、他の子たちとは異なり勉強の世界(インテリ)で
自立できるよう女王様から仕向けられるのである。
 ただ、それならこの子たちにはお仕置きなんて必要ないのかというと、
それとこれとは話は別なようで、中庭には各種の晒し台やお浣腸で汚れ
たお尻を洗う泉、大声で泣き叫んでも声が外に漏れないように防音設備
のあるお仕置き部屋など亀山の一般家庭(?)に必要なものはここでも
必需品だった。
 私が訪れた時も中庭では一人の女の子がちょうど素っ裸で立たされて
枷に捕まるところだった。(何度も言うがこんな事ここでは日常茶飯事だ)
 「ひょっとして香澄ちゃん」
 僕の声かけに香澄は最初、豆鉄砲を喰った鳩のような目をしていたが、
やがてその瞳に生気が戻ると満面の笑みになる。
 「健、兄ちゃん。帰ってきてたの!」
 香澄は女の子をほったらかして僕に10秒ほど抱きついた。その間に
僕は彼女の髪をくちゃくちゃにしてなで回しおでこ同士をこすりつける。
 これって特別なことをしたのではない。巷でなら握手を交わした程度
のことだ。
 「一時帰郷。君はここで働いてるの?」
 「そう、離婚して…子どもも手が放れたら…私って行くところがない
じゃない。だったら……昔のつてを頼ってここに入れてもらったの」
 「楽しい?」
 「ええ、とっても…とにかくここは疲れないわ。肉体的には大変だけ
ど精神的にはとっても楽なの。とにかく言うことをきかない子はお尻を
ピシャピシャっと叩いて抱けばいいんですもの」
 「なるほど、世間じゃ体罰がどうのこうのってうるさいからね」
 「あんなのナンセンスよ。今の親は、乳飲み子を保育園に放り込んで
ろくに面倒もみないもんだから親子関係が脆弱でちょっとしたお仕置き
にも子供の心が傷ついてしまうだけ。もとはと言えば親の責任よ」
 「そういえば、女王様も同じこと言ってたよ。ちょっとしたお仕置き
で子供の心が傷つくようなら、それは戸籍上はともかく実質的にはそも
そも親子じゃないって……」
 「女王様には多くの子供たちをお仕置きで育てて、何人もの成功者を
出してきたプライドがあるの。だから『お仕置きが百害あって一理なし』
みたいな言われ方をすると、カチンとくるわけ」
 「この子は、何?……ママのお仕置きが厳しくて逃げて来たとか?」
 「まさか。……あっ、忘れてた」
 香澄は苦笑いを浮かべるとその場にうずくまり必死に体を小さくして
恥ずかしさから逃れようとする少女の背中に回り込む。
 そして、その耳元で…
 「今度はおじちゃまのお膝に抱っこしていただきましょう。……ね、
枷に捕まってるよりその方がずっと楽でいいでしょう」
 そう説得されてベンチに腰を下ろした僕の膝の上へとやってくる。
 「お願いします」
 少女は一言そう断って私の膝を椅子代わりにしたが、さっきまで地面
にしゃがみ込んで震えていたとはとても思えないほど堂々たるもので、
前も隠さないでやってくる姿は開き直っているとも見える落ち着きぶり
だった。
 「(ほう、お愛想笑いもできるのか)」
 彼女は私の膝でごく自然に笑って見せた。亀山の子供たちのならいだ。
『抱かれたら笑う』という習慣は生きていたようだ。
 そうなると、こちらも何かしてやらなければなるまい。
 「タオルケット、いいかな」
 まずは香澄からタオルケットを受け取ると、少女にそれを優しくくる
んでやる。そして、おでこをこっつん、ほっぺをすりすりして微笑む。
これも亀山のならい。習慣だった。
 「良い子じゃないか?……お嬢ちゃん、お名前は?」
 「倉田真里」
 「倉田先生は優しい?」
 「ママは優しいよ」
 「そう、だったら、どうしたの?」
 「…………」
 そこまでハキハキ答えていた真里の口が急に開かなくなった。代わり
に香澄が……
 「お父様が毎晩Hなことするからあそこにはもう居たくないって女王
様に泣きついてきたの」
 「この子のお父様って?」
 「河村誠一郎」
 「電気屋さんか。創業者でワンマンだったからな」
 さもありなん、なんて顔をすると…
 「そんなことないわよ。この子がそう言うから一応関係者に当たって
みたけど、河村さんはここに来てまだ日が浅いこともあって子供たちに
はとっても気を使ってくださってるの」
「ということは……」
 「そう、女の子特有の病。思春期には特に多発するわ」
 「でも、僕のお膝ではご機嫌みたいだけどなあ」
 私が笑顔を一つ投げかけると少女はそれと同じくらいご機嫌な笑顔を
返してくれた。
 「それはあなたが、ここでの作法、女の子の抱き方を知ってるからよ。
そこらが、会長はまだ慣れてらっしゃらないもんだから……」
 「会長職を退いて二年くらいだもんね」
 「ここへ来てまだ1年たってない。恐らく思春期の子という事で大事
にし過ぎたのね。ところが、女の子というのは不安そうに抱かれるのが
一番いやなのよ」
 「この子いくつ?」
 「12歳よ。まだまだ赤ちゃんなんだから、言うことをきかない時は
お尻を二つ三つ、ピシッピシッってどやしつければそれでいいんだけど、
巷のならいでなかなかそれがおできにならないからかえって溝が深まっ
ちゃったってわけ」
 「確かに、素っ裸で男性とベッドを共にするのは女の子にとっちゃあ
辛いよね」
 「いえ、お父様が赤ちゃんの時から何度も抱かれ続けた方なら女の子
も対応できるんだけど、河村さんの場合は今年こちらにお見えになった
ばかりでしょう。お互いが固くなっちゃってて……」
 「なるほど…そりゃあ、無理かもね」
 「でも無理じゃ困るわ。過去、そんなケースは五万とあるけど大半の
子がクリアしてきたんですもの。真里だけが、できませんってわけには
いかないわ」
 「で、他のお父様にはそわせなかったの?」
 「もちろん本人の希望を聞いて二三人そわせてはみたけど、やっぱり
そっちの方がよほどハードルが高いみたいで……結局、女王様が「私の
処へ残りますか?」って聞いたら、「やっぱり、お仕置きされてもいいか
ら元のお父様のお家へ帰りたいって……それで、ここにいるってわけ」
 「なるほど、新しいお父様が怖かったんだ。……それって、ちょっと、
辛抱すればすむことなんだけどね」
 「それができないから子供なんじゃないの」
 「ぼくなんか初めからお母様のペットだったからな。当番の日なんて、
おっぱいはしゃぶらなきゃならないし、ほ乳瓶でミルクは飲まなきゃい
けないし、オチンチンなんて毎晩のように触られてたけど。それでも、
変な気持になった事なんて、一度もないよ」
 「だって健ちゃんは男の子だもん。女の子ってのは元来が臆病だし、
肌を触られることにとっても敏感なの……」
 「でも、今回みたいなこと、あんまり聞いたことないけどなあ」
 「そりゃあそうよ、私たちにとっては物心つく前からやってる儀式で
しょう。今さら、『体が大きくなって気が変わりました』なんてお父様に
言いにくいもの」
 「そうかなあ。そんなことに女の子はドライだと思うんだけど……」
 「だから、それって、幼い頃からずっと抱き続けてもらってるお父様
だからそうなの。だからちょっとぐらいイヤな事でも辛抱できるのよ」
 「そう言えば『女の子は何をされたかより誰にされたかが問題なんだ』
なんて言ってた人がいたけど、そういうことかな」
 「それはいえるわね。この子だって前のお父様だったら、こんな問題
は起こさなかったと思うもの」
 「で、これからこの子どうするの?」
 「もちろん河村のお父様の処へ返すんだけど、今夜あたりおばば様に
来てもらうようなこと言ってたわ」
 「おやおや、そりゃ可哀想に……」
 私が憐憫の情で横座りした少女の顔をタオルケットごしに覗く込むと
彼女もまた私を少し悲しい目で見上げる。どうやら家へ帰ってこれから
何をされるかは分かっているようだった。
 「おばば様に心棒を通してもらうんだ」
 「ええ、色々考えたんだけどその方がいいと思って……女王様も同じ
意見なの。女の子ってのは色々に夢や願望はおしゃべりするけど、一旦
『ここで暮らしなさい』って言われたらもうそこで暮らせるものなの。
そのあたりの辛抱は男の子より上よ。……だから、おばば様に『あんた
のお家はここ』『あんたのお父様は河村先生』って念押してもらうが手っ
取り早く諦められるわ」
 「あきらめちゃうの?」
 「そう、女の子は自分の力で夢を実現することが男の子以上に難しい
から、どう綺麗に諦められるかで幸せが決まってしまうの。お股の中に
つけられたお灸の痕は、世間の人たちには残酷なことのように映ってる
みたいだけど、私にとっては、『ここで頑張らなくちゃいけないんだ』っ
て本気にさせてくれたからむしろありがたいお灸だったわ」
 「……えっ、それって本気?」
 「ええ、私の場合もおばば様からやられた当初はそりゃあショックだ
ったけど……でも、それで決心がついたら、後はスムーズに行ったわ」
 「…………」
 「何、変な顔して?……男性には分からないことよ」
 「女の子って、厳しい世界だね」
 「野心をもてばね、男の世界をハンデ背負って生きなければならない
から。でも、女の世界で妥協して生きるんなら、責任はないしお気楽な
人生よ。……さっ、そろそろ帰りましょうね」
 香澄はそう言いながら僕の膝から少女を抱き上げ近くに止めてあった
特大の乳母車へと乗せ換える。
 「裸のまま連れて行くのか」
 「そうよ、何?忘れたの?赤ちゃんはいつもこんな時は裸ん坊さんよ」
 「寒くないか?」
 「『寒くないか』?よく言うわねえ。お兄ちゃまはどこの御出身なのよ?
これに乗ったことないなんて言わせないわよ」
 「そりゃあそうだけど、今日はちょっと風もあるし……」
 「大丈夫よ。体はすっぽり籐篭の中だもの。それに子供は体温が高い
から……」
 「そりゃあ……まあ……そうだけど……」
 「なによ、やけにからむわねえ~~はっああ~ん、さては情が移った
んでしょう」
 香澄が笑う。でも確かにそうだった。不思議なことにほんの短い時間
でも抱いてしまうと、それまでその子にそれほど感心を示さなかったの
に『何とかしてやりたい』という気持になるのだ。
 そんな大人の心理を女王様はよくご存じだったのだろう。「どんな時で
も子供は見つけしだい抱きなさい」が亀山の掟だった。

第 5 話 ①

< 第 5 話 > ①
 香澄と私は大きな乳母車を押して町中を散歩する。目的地は河村邸。
ただ、最短コースを通ってそこへ行ったわけではない。途中学校に立ち
寄り、公園で休憩し、修道院や司祭様の私邸にまで押しかけたのだ。
 目的はもちろん赤ちゃんの顔見せ。あけすけに言ってしまうとこれも
この子へのお仕置きの一部だった。
 元気で可愛らしい赤ちゃんの体をできるだけ多くの街の人たちに隅か
ら隅までたっぷりと見てもらおうというのだ。当然、タオルケットの下
は全裸。
 経験者だから言わせてもらうけど、これって結構キツい。枷に繋がれ
ていた方がよっぽど楽なのだ。枷の場合だってもちろんお外で全裸なん
だけど、実は裸で居る時間というはそんなに長くないし、見られる相手
も最初からだいたい想像がつくので服を脱ぐ段階で覚悟が決まってしま
うけど、こちらはどんな人に見られるか分からないという不安を常に抱
えて長い時間裸で過ごさなければならなかったから精神的にしんどかっ
たのである。
 それに、見てる方はまさに上から目線で『よちよち』てなもんだが、
見られる方は大きな顔が鼻先まで迫って来るわけで、恥ずかしくて恥ず
かしくて死ぬ思いだった。
 男の子でこうなんだから女の子はさぞや……と思い尋ねると……
 「お仕置きなんだもん。しょうがないじゃない」
 「だってその子が悪いんでしょう」
 「そんな時は、頭を空っぽにして開き直って笑ってればいいのよ」
 と存外そっけない答えが返ってくる。だから私は、『へえ~女の子って
強いんだなあ』ってずっと思ってたんだが、事実は…
 『そもそもそんなこと口にしたくない』というのが本音のようだった。
 そう、実は井戸端会議の議題にすらできないほどのショックを受けて
いたのだ。
 そりゃそうだろう。素っ裸で乳母車に乗せられただけでもショックな
のに、色んな人に上から覗き込まれて、あげく…
 「さあ、笑ってえ~~赤ちゃんみたいに笑ってごらんなさい」
 とくる。
 もちろんそんなのイヤだからプイっと横を向きたいところなんだけど
……そんなことしようものなら……
 「あらあら、赤ちゃん、ご機嫌ななめねえ。ひよっとしたら、うんち
が出てないからかしらねえ。……だったら、お浣腸しましょうか」
 なんて平気で言ってくる。もちろんこんなこと巷の子にやったら……
 『ふざけないでよ!』
 って啖呵を切って大暴れなんだろうけど、亀山の子は、そんなことは
まずしない。
 だって、それをやっちゃったら今度はどんな恐ろしい罰になるか知っ
ているからだ。……だいいち乳母車の中ではバンザイの格好で両手首を
革のベルトで縛られているから上半身が起こせない。ま、下半身は起こ
せないことはないけど、こっちを起こして暴れるという子はまずいなか
った。
 結局、引きつった笑い顔でずっと寝てなきゃならないのだ。しかも、
これって分別のある大人だけじゃない。友だちをからかうのが生き甲斐
にしているクラスメートたちだってやってくるのだ。
 もちろんバスタオルなんかで大事な処は一応隠してはもらえるのだが、
これだってうまく笑顔が作れないでふてくされてると……
 「いやあ~~やめてえ~~ゴメンナサイ。もうしません。笑います。
笑いますから~~~」
 バスタオル剥奪なんてことにも……僕たちは寄る辺なき身、お父様を
お慰めして沢山の愛をいただいている身なのだ。だからたとえ悲しい時
でも笑顔を作らなければならないし、そんな訓練も受けている。 でも、
こんな恥ずかしさと隣合わせの不安な時に、みんなが納得する笑顔を、
と言われても引きつった笑顔しかできないことが多かった。それでも…
 「あらあら、真心がこもらない笑顔では相手の方に失礼よ。そうだ、
オムツしようか?その方があなたも気分が出るんじゃない」
 なんて言われたら、どの子も背中と心臓が凍り付くこと請け合いだ。
というのも亀山でオムツを穿かされる時はお浣腸がつきものだからだ。
 実際、オムツをされ、火事場金時みたいな真っ赤な顔をした子を私は
何人も目撃している。何をされたかなんて言われなくても明らかなんだ
が、つい悪戯心を起こして…
 「今日は裸ん坊さんじゃないんだ。だったら、乳母車に乗ってるだけ
なの?じゃあ、ミーちゃん楽ちんだね」
 なんて言っちゃったもんだから、後で講堂の隅に呼び出されて美知子
に思いっきりひっぱたかれちゃった。
 『あの時は、可哀想なことしたなあ』って今でも思ってる。もちろん
からかったこともそうだが、その時の様子を運悪く先生とお父様に見と
がめられちゃって、美知子はどっかへ連れて行かれちゃったんだ。
 その後に会った時は何も言わなかったけど、ひょっとしてフルハウス
(お鞭、お浣腸、お灸のお仕置きをいっぺんにやられる罰のこと)なん
て事になったんじゃないかと思って……
 とにかくここは兄弟やお友だち同士が仲良くしてないと先生の機嫌が
悪くて、特にお父様の前ではよい子でいるのが当たり前、そこで取っ組
みあいなんてやっちゃうと、お浣腸にオムツをさせられて後ろ手に縛ら
れ、つま先がやっと床に着く程度の高さで吊り下げられる、なんていう
SMまがい(普段だってそうだけど)のお仕置きだってあったくらいだ
った。
 ま、そうでなくても亀山の子供たちは……
 『目上の人にはお行儀良く(絶対服従)お友だちとはみんな仲良く』
 が絶対の義務として課せられていて、これはお勉強のことなんかより
ずっとずっと大事な約束事だったのである。
 真里の乳母車は最初に真里の通う学校へやって来た。
 そこの園長室で迎えたのは、白髪でメガネをかけたスーツ姿の婦人。
僕の時代の園長先生ではないので私は彼女のことをあまり知らないが、
彼女は僕のことはよくご存じだった。おそらくは亀山出身者なのだろう。
 「まあ、それで結局、元の鞘に収まったのね。それはよかったわ」
 大人二人との会話が終わると、園長先生はデスクを離れて乳母車の処
へとやってくる。そして、緊張する真里ちゃんの顔を覗き込むと……
 「真里ちゃん、あなたも慣れないお父様で大変でしょうけど、女の子
は神様から与えられた場所で精一杯生きるしかないの。あなたの不安は
もっともだけど河村のお父様はとても立派な紳士よ。だから、あなたの
事を誰よりも心配してくださってるわ。先生方とのお話し合いの席でも、
あなたのことを相続権を持たない養女として受け入れてもいいとまでお
っしゃってくださったんだから」
 園長先生は人差し指で真里ちゃんのほっぺを小さく軽く叩いてみせる。
 「幸せ者ね、あなたは……ほら、笑って……ちゃんと笑える?……ん?
……女の子は微笑みを絶やしてはだめよ。いいこと、あなたはまだ世間
というものを知らないからピンとこないでしょうけど、河村家の養女に
なるってことは凄いことなのよ。そばにいた先生方もおばば様も、腰を
抜かすぐらいびっくりしたんだから。さすがにそれは他の子とのバラン
スもあるので丁重にお断りしたけど、河村のお父様があなたの事を他の
どのお父様方より大事に思ってらっしゃるかそれでわかったの。だから、
あなたは河村のお父様を本当のお父様と思ってお仕えなさい。それが、
あなたにとっては何より幸せになれる近道だわ」
 園長先生は真里のために小さなロザリオを首に掛けてやると頬ずりを
して真里を送り出してくれた。もちろん、タオルケットの下を確認する
なんてハレンチなことはなしだ。
 香澄はこのあとすぐに校門を出る。私が悪戯っぽく
 「ねえ教室へは寄らなくていいのかい?せっかくだからクラスメート
にも報告した方が……」
 なんて尋ねると…
 「どうして?わたし、そんなに意地悪じゃないわよ」
 とあっさり断られてしまった。みんな亀山の出身。どうすれば、どう
なるか。些細な行動や仕草もそれにどんな意味かせあるかはみんな知っ
てることだった。
 学校を離れ、次に乳母車を止めたのは公園。ここは天気さえよければ
暇を持て余した先生のリタイヤ組が編み物をしたり、おしゃべりをした
り、絵を描いたり、時には子供をお仕置きしたりして、思い思いに暇を
つぶしている。
 そして、真里にとっては運悪く当日は好天に恵まれていた。
 「あら、赤ちゃんかしら」
 一人の老婦人がさっそく近寄ると乳母車の中を覗き込む。
 「真里と言います。倉田真里です」
 こう言ったのは真里本人ではなく香澄だった。別に真里が恥ずかしが
っているわけではない。こうして赤ちゃんのお仕置きを受けている時、
赤ちゃんは笑うことと泣くことしかできない。だから付き添いの香澄が
答えるのである。
 「何したの?」
 「いえ、もう終わったんです。これから元のお父様の処へ帰るところ
ですから」
 香澄の答えに老婦人も頭の中を一旦整理してから問いかけた。
 「この子、河村さん処の?」
 「は、はい」
 「ほう、結局、元のお父様の処で暮らすことになったんだね。そりゃ
あよかった。河村君は僕も知っているが高潔な紳士だからね、君を不幸
にはしないよ」
 そう言ったのはツィードのハットを被った老紳士だった。
 「ご存じなんですか?」
 「昔、一緒に仕事をしたことがあるけど、社員からも慕われていてね、
高い人徳を感じたよ」
 「これから、お宅へ伺うの?」
 「はい、おかげさまで……」
 「そう、いいことだわ。女王様のもとで暮らすこともできるでしょう
けど女の子は後ろ盾になってくださる方がいるならそれにこしたことは
ないもの」
 気がつくと三人四人と観客は増えていく。その誰もが一度は乳母車の
中を覗き込んだ。老人たちが幼い女の子のストリップを見たってだから
どうなるというわけではないが、まるで可愛らしい珍獣でも見るかの様
に一様に笑顔で挨拶していったのである。
 「……あなた、河村さんにお世話になるんなら、そんな引きつったよ
うな笑い方じゃいけないわよ。もっと明るく笑わなきゃ。色んな人から
言われて耳にタコができてるでしょうけど、今のあなたはショーツ一枚
自分のものではないの。ほら、だから今のあなたは何も着けてないでし
ょう」
 彼女はそう言うとタオルケットを捲って暖かい日の光を乳母車の中に
入れる。当然、真里の体は全て白日のもとに晒されることになったが、
真里は声を出さなかった。
 「ほら、見えるかしら……これがあなたなの全てなの」
 婦人は真里の頭を起こし自分の体を見せてやる。
 「今、あなたが大人にアピールできるのはこの身体と一生懸命な笑顔
だけ。……引きつった笑顔だけでは誰からも受け入れてもらえないの。
……分かるでしょう?」
 「……」真里が静かにちょこんと頷く。
 「あなたはお父様を一度裏切ったの。だから、戻る時には辛い罰を受
けなければならないと思うけど、それは悲しむことではないわ。その罰
が重ければ重いほどあなたはこれから先愛され続けるんだから…」
 そう言って励ましたのは最初に乳母車の中を覗き込んだ白髪の老婦人
だった。
 「…………」
 「ん?どうしたの?私の言うことなんて信じられない?」
 「…………」
 「でも、本当よ。ここで育って、ここで多くの子供たちを育てた私が
言うんだから間違いないわ。ここでのお仕置きはママにしろ先生にしろ
それをやる人が『これから私の責任でこの子をもっともっと愛します』
ってお誓いする儀式なの。一時的な癇癪を爆発させるだけの虐待とは、
まったく違うものなのよ。ここには、昔からお仕置きはあっても虐待は
ないわ。だからあなたがお仕置きで一時辛い思いをしても、やがてその
何倍も愛で包まれることになるから辛抱しないね」
 「…………」
 老婦人の説教に真里はきょとんとしていたが私には彼女の言った意味
がわかった。確かにそうなのだ。私が子供の頃にもある先生が……
 「ここでへはお仕置きも受けない真面目な子が幸せとは限らないわ」
 と呟いたことがあったが、きっと同じ意味なのだろう。お仕置きは愛
の一部。だからそれを避けられたと喜んでいるのはお門違いなのだ。
 「そうだ真里ちゃん、おばさんがお浣腸してあげましょうか」
 老婦人はしばし真里の顔を笑顔で眺めていたが、突然こんなことを言
い出したのである。

第 5 話 ②

< 第 5 話 > ②
 「…………」
 当然、真里の顔は引きつるが、目上の人の言葉に『イヤです』が言え
ない悲しい身の上。
 「あなた、オムツとイチヂク持ってるわよね。私がやってあげるわ」
 こう言うと、イチヂクを真里のお尻に差して、香澄から差し出された
オムツをあてがう。あっと言う間の手際の良さに香澄も私も呆然だった。
 「ああ、だめ~~~」
 一分もたたないうちに真里の顔が青ざめる。
 しかし老婦人は落ち着いたもので……
 「さあ、さ、修道院で着替えてらっしゃい」
 こう言って我々三人と乳母車を送り出したのだった。
 そこから五分と行かない処に亀山の修道院がある。煉瓦造りだがこの
街でもっとも大きな建物群だ。この街はもともとこの修道院に付属する
ものとしてできあがっていたから当たり前といえば当たり前なのだが、
OBやOGたちが出世して競うように寄付をしたおかげで周囲に色んな
建物が建ち並び昔ほど目立たなくなっていた。
 修道院というくらいだからキリスト教に関連した建物ではあるのだが、
亀山の宗派はもともと既存の大教団とは一線を画す新興宗教団体だから
修道院も巷のイメージからするとかなり開放的だ。
 門限はあるものの中庭までは誰でも勝手に出入りできるし、尼さん達
も頻繁に街へ顔を見せている。それだけではない。子供たちにとっては
まるで通ってる学校みたいに出入り自由な空間だった。子供達はここで
シスターから補習を受けたり、ここが習い事の教室だったりするからだ。
 ただ良いことばかりではない。特別厳しいお仕置きもまたここで執り
行われるからだ。中世ヨーロッパの拷問部屋みたいな処で執り行われる
お仕置きは、たとえそれほどキツいことをされなくても子供達に与える
心理的プレッシャーは相当なもので、数十年経った今でさえ、かつての
お仕置き部屋辺りにさしかかると心臓が締め付けられるように高鳴った。
 「あら、真里ちゃん、どうしたのかしら?……そう、緊急事態みたい
ね」
 院長室に乗り付けられた乳母車を覗き込むと院長先生は真っ赤な顔の
真里に微笑みかける。僕ら時代は品のいい年輩者だったが今の院長先生
は私より若いのでびっくりした。
 「花江さん、オマルを用意して」
 彼女は秘書役のシスターにオマルを持ってこさせると、乳母車の脇に
それを置いて無造作に真里のオムツを外そうとする。
 慌てた秘書が「そんなことは私が…」と止めたのだが…
 「いいでしょう、私がやっても……人助けは一番近くにいた人がやる
ものよ」
 そう言ってうてあわなかった。そしてオマルを外してすっぺんぽんに
なった真里を抱きかかえると、赤ちゃんをそうする様に真里の両太股を
もってオマルの上にかざしたのだ。
 もちろん、真里も抵抗したのだが、それは必死にというものではなく、
女の子のたしなみとして…あるいは自分はそんなにハレンチじゃないと
いう言い訳に…パフォーマンスしただけ。
 「いや、いや、だめ、だめ、しないで、しないで、わたし……」
 真里はし終わった後も真っ赤な顔のまま訴えるが、もとよりこんな事
を子供にやらせてくれる大人は亀山にはいなかったのだ。
 ここでは『子供が悪さをしていたからお仕置きしたよ』でよかったし、
別の人が『可哀想だから許してあげたよ』で、またよかったのである。
ただし、子供が自ら後かたづけする事までは許していなかった。
 お浣腸されて…オムツにお漏らし…でもそれを片づけるのは必ず大人
でなければならなかったのである。
 そう、これは私たちの時代、いやそれよりずっと以前からの決め事、
決まり事だった。
 お股の汚れを濡れたタオルで綺麗にしながら…
 「恥ずかしい?……だったらよい子にしてなさい。恥をかかないと、
何が正しくて何がいけないのか、あなたは覚えないでしょう」
 「そんなこと……」
 「そんなことないって言いたいの?いいこと、子供は頭では分かって
いても体が覚えないと芸ができないの。体で覚えなきゃまた繰り返すわ」
 大人たちはこのフレーズが得意で、これが言いたいために子供に自ら
処理をさせず自分で行っていたのである。
 院長先生は一通り真里の体を吹き上げると真里のために新たなオムツ
をはめてやる。それは…
 「私からのプレゼントよ。ここでは新たな家へ行く時は何一つ纏わず
に行くことになってるけど、あなたももう六年生だし、すっぽんぽんで
は恥ずかしいでしょう。もし向こうのお宅で聞かれたら『修道院の院長
先生からいただきました』って言えばいいわ」
 確かにこの時の真里はすでに胸が膨らみ、下草も生え始め、お尻も大
きくなりかけてはいるが、それでも赤ちゃんとして扱うのが亀山のルー
ル。それをあえて破るのは院長先生が真里を『とってもよい子』として
認識しているからに他ならなかった。
 乳母車は最後の寄り道として司祭様の自宅へと向かう。司祭様はこの
街を創った宗教団体の幹部のなかにあっては唯一の男性。私がここにい
た頃は『金曜日の死刑執行人』として女の子たちから畏れられていた。
 私は端(はな)から同性なので関係ないが、女の子たちにしてみれば
ここで日常的にお仕置きを受ける大人としては唯一の異性だったから、
その気の使いようも明らかに他の大人たちとは違っていたのである。
 案の定、司祭様の家に着いた時から真里の表情は明らかにそれまでと
違っていた。
 もちろん、そこには言いしれぬ緊張や恐怖があるに間違いないのだが、
私がここにいた昔、女の子たちの言動を見ていると、司祭様との間には
どうやら負の想いだけではない何かがあることを私は感じ取っていた。
 その匂いが、実は真里の顔の奥からも垣間見えるのである。
 「おう、合沢君じゃないか。帰ってきたのかね」
 こうして香澄と一緒に乳母車で回っていても私に声をかけてくれたの
は司祭様が初めてだった。
 「司祭様は健児のことを覚えてらっしゃるんですか?」
 「もちろん。私がまだ就任したての頃でね、とにかく頭のいい子だっ
たからね」
 「そんなに健ちゃん学校の成績がよかったんですか」
 「いやいや、学校の成績というより、とっても大人びて見えたんだ。
先生方の評判もよくてね、私が下手に厳しいお仕置きを言い渡そうもの
ならあちこちから抗議がくるんもんだ。それだけ人から愛されるすべを
知ってたってことかな。いずれにしても懺悔聴聞僧泣かせだったことは
確かだったよ」
 「へえ~~」
 香澄は意外という顔をした。彼女にはよく先生方からお仕置きされて
は泣きべそをかいてた姿しか思い当たらないからだ。
 確かにそれは嘘ではない。私はよく大人たちからお仕置きされていた
し泣き虫でもあったから。でも、酷(ひど)いお仕置きにあったことは
あまりなかったし、お仕置きされた分はその何倍も甘えて取り返してい
たのである。ここはそれが可能な街だった。だからこそ子どもの楽園で
あり続けるのである。
 「さあ、僕の話はどうでもいいじゃないか。仕事、仕事」
 私は照れ隠しに香澄をたきつけた。
 実際、乳母車の中では小さな心臓を張り裂けんばかりにして真里が待
っていた。
 「おう、可愛いオムツをしてるじゃないか。これは?」
 司祭様は香澄に尋ねる。対応は以前お会いした方々とほぼ同じ。
 赤いほっぺたを人差し指ちょんちょんと叩いてから頭を撫で、手の指
足の指を優しく揉んでいく。そして拘束されている手首のベルトを外す
と、そのまま本物の赤ちゃんを抱き上げるようにお姫様だっこで自分の
胸へと引き上げるのだ。
 もちろん、真里は笑顔を崩さない。時折、不安から顔が引きつりそう
になるが、それでも香澄先生に教わった通り必死に笑顔を作ろうとして
いた。
 「良い子だ。良い子だ。その笑顔はお父様の前でも見せるんだよ」
 司祭様は真里をご自分の膝の上で横座りにさせると再度頭を撫でる。
 「でも、こんな時に笑ってたら馬鹿みたいだって思われませんか?」
 「そんなことはないよ。君が大変な立場にいることは周囲の人たちが
みんな知ってることだからね。そんな中でも笑ってるってことは、君が
努力してる賜だって誰だってわかるもん。君を愛する大人の人たちは、
君のそんな努力を無にしようだなんて思わないから」
 「だって……」
 「だって、何だい」
 「だって、公園ではおばさまにお浣腸されたし、院長先生は部屋の中
でオマルにうんちさせたんだよ」
 「それは仕方がないだろう。君はまだ赤ちゃんなんだから……それに、
お浣腸は向こうにいっても必ずやらされるはずだから……初めてより、
二回目の方が楽だろう。それに何よりこんなオムツ普通は穿かせてもら
えないんだよ。そのお家に初めて入る時は……」
 「ね、それ違うよ。だって私、二ヶ月前までお父様の家にいたもの」
 「だけど、『あそこはイヤだ』って女王様に泣きついたじゃないか。そ
んな身勝手な子が今でも河村のお父様の子であり続けるはずないだろう。
もう一度、あの家で河村さんをお父様って呼びたいなら、それは初めて
そのお家に入る時の儀式をやり直さなきゃいけないんだ。わかるかい?」
 「……うん」
 真里は不承不承小さく頷いて返事をした。
 「大丈夫、みんな君のことが大好きだからね。きっとうまくいくよ」
 司祭様はそう言うと真里の体に香油を塗り始める。手や足、顔、首、
お腹、背中、膨らみかけたおっぱいも例外ではなかった。
 これは裸でいる時間が長い子のために皮膜を作って幼い子の肌を守る
ための処置だった。そして何よりこの甘い椿の香りが司祭様の御印とし
て河村家に届けられることになるのだった。
 園長先生のロザリオ、公園での老婦人のお浣腸、院長先生のおむつ、
そして司祭様の香油も…そのすべてが『この子をお願いします』という
無言のメッセージであり、この子に罰を与えようとする大人たちはそれ
を感じ取ってその子の処断を決めることになるのだ。
 『ここではどんな大人の人たちからも愛される事が大事なの。幸せに
なりたければ、お友だちの好き嫌いもだめ、大人の人たちの好き嫌いも
だめなの。どなたの胸にも快く飛び込んでいくのがあなたのお仕事よ。
必ず良い事があるから』
 ごくごく幼い頃から私はママにこう言われて育った。ただ当時は……
 『そうは言っても嫌いな子もいるし、あまり抱きつきたく大人だって
いるんだけどなあ』
 なんて思いながら聞き流していたが、今にして思い返すと、それは決
して意味のない教訓ではなかったようである。
 乳母車はとうとう目的地へと到着する。
 河村家は秋山四十郎氏のお屋敷を譲り受けたものでそこで暮らしてい
た子供たちも引き受けていた。ここへ移住してこられるお父様たちは、
そのほとんどが現役を退いた方ばかりなので、移住された段階ですでに
高齢の方が多く、だいたい10年から20年位経つと亡くなるか子ども
たちとの暮らしが困難になるかして、新しいお父様と交代されるケース
が多かった。
 当然、子どもたちもその新しいお父様へと引き継がれるため、生活の
仕方に大きな変化はないはずなのだが、赤ん坊の時から面識がある元の
お父様に比べ新しいお父様のもとでは気心の知れないことも多くて自分
の預かった子供たちを新しいお父様にどう馴染ませるか、ママたちには
人知れぬ苦労があった様だ。
 とりわけ、真里のような思春期の子は新しいお父様になかなか馴染め
ないケースも多く、今回のように女王様の処へ泣きつくケースも少なく
なかったようだ。
 私の場合は幸い一人のお父様で中学を卒業できたので体験談は語れな
いが、友だちの話を聞くと、それまで元のお父様の時は何でもなかった
当番の添い寝が新しいお父様になったとたん強姦されるんじゃないかと
いう恐怖に襲われるんだそうだ。
 もちろん、たとえ素っ裸で15の少女が隣に寝ていたとしてもそれで
間違いを起こすような人物はここには入ってこれないはずだが、そこは
それ、思春期の尖った自意識が簡単にうち解けた関係を作らせないもの
だから仕方がない。
 結果、今回のようなことになるのだった。
 玄関を入る際、私は何となく気になって乳母車の中を覗き込んだが、
そこにいる真里は顔面蒼白、焦点の定まらないうつろな目をしていて、
引きつった笑い顔でさえもう求めるのが困難なほど憔悴しているように
見えた。
 「大丈夫か?こいつ?凄い顔になってるぞ」
 私が心配になって香澄に尋ねると、彼女は乳母車の中を一瞥。
 「ん?……」
 笑い出すと…
 「や~ね、大丈夫よ。この子、耐える準備をしているの。女の子って
耐えるだけなら男の子以上に強いのよ」
 彼女にすると『そんな事も知らないの』とでも言いたげな笑顔だった。

第 6 話

< 第 6 話 >
 乳母車は薔薇のアーチをくぐり前庭の噴水を迂回して玄関ロビーへ。
そこはまるでリゾートホテルの様な造りの洋館だった。
 玄関で待っていたのは河村誠一郎夫妻。女王様、おばば様、小学校で
の担任の先生、女中さんたちなど総勢8名。まるで温泉旅館にでも着い
た時のような歓迎ぶりだった。
 「お疲れさまでした。倉田先生。どうでしょう。みなさん方の賛同は
いただけたでしょうか?」
 「大丈夫ですわ。みなさん、やはり河村様が真里のお父様として最適
だとおっしゃっていまいした」
 「そうですか、それはよかった。いや、私には亀山の子供を抱く適性
がないのかと心配しておりましたから」
 「そんなことはありませんわ。ほら、ご覧ください。小学校の園長先
生からは銀のロザリオ、修道院の院長先生からはお手製のオムツ、司祭
様からは自らこの子のために香油を塗っていただきましたし、元うちの
小学校で教鞭を執っていた香月先生からはお浣腸までしていただきまし
た。こんなに多くの祝福を受けられるなんてこの子も幸せですわ。です
からどうか、末永くこの子をよろしくお願いします」
 大人たちの挨拶を尻目に真里は依然乳母車のなかでその緊張した顔を
崩そうとはしなかった。
 実はこれから、真里にとって今回最大の山場がひかえていたのである。
 「元気でな」
 私は乳母車の中の少女に挨拶してこの場を去るつもりだった。もとよ
りこの儀式は私には関係ないこと。いくら街中フランクなお付き合いが
信条とはいえ、そこまで割ってはいるのはあまりに非礼と思ったからだ
った。
 ところが……
 乳母車から顔を上げた私と河村氏の視線があってしまう。彼はしばし
怪訝な顔で私を見た後、こう切り出したのだった。
 「ひょっとして、合沢先生じゃありませんか?」
 「ええ、そうですが…」
 「やっぱり、そうですか。最初、お顔を拝見した時から似てるなあと
思ってはいたんですが……寄寓だなあ」
 「いや、……」
 私は赤面する。確かに河村氏とは面識がないわけではない。一応この
会社の顧問弁護士の末席に名を連ねているから挨拶程度はかわしたこと
があったのだが、重要な案件を任された事はなく、こみいった話をした
ことも一度もなかった。だから相手が私の事を覚えている気遣いはなか
ろうと高をくくっていたのである。
 ところが、ところが、だった。
 「先生もここの会員になられてたんですか?」
 「いえ、違います。……実を言いますと……私、ここの出身なんです」
 「こりゃあ、こりゃあ、気がつかなっかなあ。では……お父様は?」
 「天野茂氏です」
 「天野興産中興の祖と言われた……」河村氏は嬉しげに頷く。そして
「……いや、ちょうど良かった。あなたもご存じだとは思いますが、私、
恥ずかしながら娘に逃げられましてね…なにぶん慣れない土地なもんで、
しきたりなんかもよく分からなくて……先生、よろしければ私にここの
ことについてレクチャーしていただけませんか。……それともお忙しい
ですか?」
 「いえ、大丈夫ですよ。私も久しぶりの里帰りで、休暇の身ですから」
 「いやあ、よかったよかった、これは天の助けだなあ」
 破顔一笑、彼は子供のように笑うと私の両手を握りしめて助言を請う
たのだった。
 私は誘われるままに河村氏の洋館へ入っていく。この建物、玄関から
応接室あたりまでは洋風の造りだが、そこを過ぎると後は典型的な日本
家屋になっていた。私もその昔、友だちの関係で何度かお邪魔したが、
苔むした灯籠の苔を綺麗に剥いで掃除したり、お池の鯉を追っかけたり、
お父様のゴルフクラブを持ち出してそれを折っちゃったり、とけっこう
悪さをしていた。もちろんこういう事は主人が先生に一言苦情を言えば、
こっちはフルハウスのお仕置きを覚悟しなければならない身なのだが、
当時この館の主だった水谷氏はそんな告げ口は一度もしなかった。
 そんな想いでの日本庭園を横目で見ながら私はさらに奥へと進む。
 着いた処はこの屋敷の居間だった。二十畳もあるその広い和室には、
ペルシャ絨毯が敷き詰められ、床の間と反対側のスペースには小さいな
がらも舞台が造られている。
 この舞台、普段は襖を閉めて舞台は隠されていて、子供たちが楽器を
弾いたり日舞やバレイを披露する時だけ小さな劇場としての役割をはた
しているのだが、普段閉まっているはずの襖が開いているところをみる
と、どうやらこの舞台に真里を上げて、そこで儀式を執り行おうとして
いるのだろう。
 案の定、真里は一段高い舞台に上げられると、まずは舞台の袖で正座
した倉田ママによってしっかりと抱きかかえられた。
 「いいこと、あなたは大日如来様が私に預けてくださった子供なの。
そのご加護があるから女王様も、おばば様も、園長先生も、院長先生も、
司祭様も、みんながあなたを好きなの。だからここへ来ることのできな
かった先生方もあなたに色んな物を授けてくださるのよ。河村様も同じ。
あなたがまず最初に河村のお父様を愛すれば、如来様から授かった能力
がお父様に伝わり、その何倍も大きな愛でくるまれることになるのよ」
 倉田ママは真里を抱きかかえると囁くような小さな声で震える子供の
心を落ち着かせようと説教をしている。
 ところが、その文言は実は私もママから聞いて知っていたから途中で
思わず吹き出しそうになってしまった。
 そんなことをしていると私の隣にいた河村氏が尋ねる。彼は私を客分
として扱い、こんな大事な儀式にもかかわらず『お父様』の隣に椅子を
置いて座らせてくれたのだった。
 「ねえ先生、私がここへ移住を決めた時には係の人から『子どもへの
お仕置きは絶対にできませんよ』と何度も釘を差されたんですよ。でも
今回は、女王様もおばば様も、私にお線香で艾に火をつける役をやって
欲しいと言われるんです。これって受けていいものかどうか………」
 「それは構いませんよ。その趣旨はあくまで自らお仕置きを企画して
はいけないってことで協力を求められた時はその限りにあらずなんです。
私のお父様も滅多に私にお仕置きなんてしませんでしたが、ただママに
頼まれてという形なら何回かありましたから……これはあくまで特別な
時……つまり今回のような時だけです」
 「そうですか。それで一安心です。でも、それにしても、すえる処が
……」
 「大丈夫ですよ。先生」
 二人の話に割って入ったのはおばば様だった。もっとも、私の時代は
本当にお婆さんだったからしっくりいったが、今の人は年配といっても
まだ若く『おばば様』とは呼びにくい年齢だったが、お灸をすえる係は
いくつであってもおばば様なのだ。
 「大丈夫ですよ。すえるのは大陰唇だけですから。ここは外皮ですか
ら、熱さは他の皮膚と変わらないんです。ただ、女の子としては自分の
大事な処にすえられたという意識でとりわけ熱く感じるだけなんです」
 「でも、それって心の傷にはなりませんか?」
 「ならないといったらそりゃあ嘘でしょうけど、心に傷を受けるのは
何もお仕置きだけではありませんから。むしろ、そこに傷を持つことで
常に自分が女なんだいう意識が顕在化して都合がいいんです」
 「徳川家康が三方ヶ原で敗走して城に逃げ帰った時、自分のふがいな
い姿を絵師に描かせてそれを常に見て戒めにしていたという逸話がある
でしょう。あれと同じなんです。常に自分だけが意識できて且つ他人に
は見られませんからここが一番いいんです」
 「残酷なような気がするけど……」
 「河村先生はフェミニストなんですね。でも大丈夫です。もう百年も
続けてきた伝統なんですから。それに、『これが励みになった』という人
はいますが、『足枷になった』という人はいませんから……本当ですよ」
 「男性にとっては凄いことって思うかもしれませんけど、女性にとっ
てはそれほどでもないです。僕の周囲もみんなここにお灸の痕がありま
すけど、ここは身体を許した人しか見ることができないからまだいいん
です。むしろ。お尻のお山にすえられたお灸の方を気にしてましたよ。
Tバック下着が穿けないじゃないかってね」
 「そういうもんですかね」
 「女性って意外と合理的なんですよ。どんなハンディキャップも隠せ
さえすればそれでいいってところがありますから。…………もちろん、
お嫌なら無理強いまではできませんけど、やっていただくと、これから
親子をやっていく上にもスムーズにいくと思いまして……」
 「『これは重要な儀式なんです』と女王様からも聞きましたから承知は
しているですが…何しろこんなこと初めての経験ですから……」

 「女王様は何と?」
 「ええ、あの子が犯した罪を私があえて罪を犯すことで救ってやって
欲しいと……」
 「相変わらず女王様は厳しいですね」
 「でも、そこまでおっしゃる熱意に打たれたんです。この人は嘘を言
わない人だ、信頼できる人だとわかったんでお受けしたんです。………
もともとこの事は私にも非のあることですから」
 「そう言っていただけると嬉しいです。決して秘密が外に漏れるよう
なことはありませんから、お願いします」
 香澄は河村氏の前で両手をついて頼み込んだ。
 そう、これは例外中の例外。これから面倒をみてもらう者とみる側の
神聖な儀式なのだ。聞くところによれば、子供たちがここへ預けられる
時もまた、おばば様がその赤子にお線香を握らせ、裸になった母親の体
に貼り付けられた艾に一つずつ火をつけてまわるのが約束事なのだそう
だ。
 河村氏があえて悪人になることで真里に素直なあきらめの気持をもた
せ、河村氏の愛の中に組み入れたいと大人たちは考えたようだった。
 だから舞台の上の真里は、女王様、倉田先生、お母様、おばば様、…
…彼女をこれから愛していかなければならない多くの人たちにその身体
を完璧に押さえ込まれ、微動だにもできないほどにされて、仰向け両足
を高く上げる姿勢のまま女の子の全てをさらけ出し、お父様のお線香で
二つお灸をすえられたのだった。
 「いやあ~~~だめえ~~~ごめんなさい、もうしません、しません
からゆるして、だめ、熱い熱い、いや死んじゃ、死んじゃう、痛~い」
 耐えきれない恐怖と不安そして現実に訪れた強烈な痛みに真里は悶絶
して悲鳴をあげたが、もとよりそれ以外どうすることもできなかった。
 時間にして三十秒にも満たない一瞬ともいえる儀式だが、女の子たち
はこの瞬間を生涯忘れることはない。
 ここへのお灸はいつも擦れる場所なのでその後もかさぶたができたり
ケロイド状になったりで治癒したあとも「あっ、あの時の……」という
意識が毎日のように蘇るのだ。ただ、それが悪感情になることはあまり
なかった。
 というのもここへのお灸は自分一人の傷ではないのだ。亀山で育てば
山を下りるまでに少なくとも三回はすえられるのが普通で、ここに灸痕
のない子はいなかった。私の親しい友人などは……
 「だって、人に見せるわけじゃないし、何より亀山を出たという証(あ
かし)みたいなものだから」
 と、さらりと言ってのけたほどだった。
 傷跡におばば様から軟膏を塗ってもらった真里は身なりを整えて舞台
を降りる。しかし、これで終わりではない。彼女にはまだまだやらなけ
ればならない仕事がたはさん残っていたのである。
 まずはこれからお世話になるお父様へのご挨拶。
 これは今まで舞台とは違って上座にあたる床の間を背にお父様とお母
様が座り、その前で正座した真里が両手を床について行わなければなら
なかった。
 「お父様、お灸の戒めありがとうございました。これからはお父様、
お母様のお言いつけを守って暮らしますからよろしくご指導ください」
 お灸のお仕置きのあと、子供たちが言わされるこのご挨拶は昔と一言
一句変わっていなかった。
 「わかりました。あなたもお勉強に芸事にしっかり励んでくださいね」
 こうお母様に言われて目の前には漆塗りの箱が登場する。どれも文箱
を一回り大きくしたほどの大きさで三段重ね。ただ、差し出される時に
は一段一段中が見えるようにして置かれるのが普通だった。
 「もうあなたには説明の必要もないとは思いますが、今一度心を新た
にする意味でお聞きなさい」
 「はい、お母様」
 「三段目がお浣腸のセット。ピストン式の浣腸器にゴム管、導尿用の
カテーテルに膿盆、局所麻酔用の注射器やイチヂク浣腸なども入れてお
きました」
 「ありがとうございます」
 「二段目はトォーズとナインテールです。いずれも小ぶりのものです。
実際に行う時はもっと大きなものを出してきて使いますが、戒めとして
ご覧なさい」
 「はい」
 「一段目はお灸のセットです。艾やお線香、お線香立てにマッチ、傷
薬なども入っています」
 「……ありがとうございます」
 真里は一つ生唾を飲んでからお礼を言う。今し方のことがきっと脳裏
を掠めたのだろう。
 「あなたは良い子だからこんな物は必要ないとは思いますが、これを
お部屋に持ち帰って日々の戒めとなさい」
 「はい、お母様。これからお父様お母様の御名を汚さぬよう精進いた
します」
 と、時代ががったというか芝居がかったというか口上を述べてその箱
を受け取るのだが、『やれやれこれで一件落着』とはいかない。
 実はこの儀式、まだ先があったのである。
 「真里ちゃんここへいらっしゃい」
 少し離れたところでママが正座した膝を叩いて真里を呼ぶ。言わずと
知れた合図、『この膝に俯せになりなさい』ということだった。
 そしてその膝の上に腹這いになると…
 「お灸のお仕置きはどことどことどこにすえるんだったかしら?」
 「お尻のお山とお臍の下とお股の中です」
 か細い声はさらに震えて私の耳に届く。きっと恐怖と恥ずかしさがな
い交ぜになっているのだ。
 「お股は終わったけど、お尻とお臍の下はまだでしょう。ここも本当
ならお父様にお願いするところたけど、お前がお股のお灸をすえられた
時、あまりに大きな声をだすから「可哀想だから」とおっしゃって遠慮
されたの。でも、お仕置きを途中でやめるわけにはいかないから代わり
に私がします。いいですね」
 「はい、…………」
 「『はい、』だけ?」
 「はい、お願いします」
 「そうでしょう。肝心なことわすれてどうするの。お仕置きはお願い
するものなの。何度も同じことを言わせないでちょうだい」
 「ごめんなさい」
 真里は謝ったが、もちろんそれで許されるというものではなく…
 「では、始めます」
 となった。
 短めのプリーツスカートが捲り上げられると、まぶしいほど白い綿の
ショーツが顔を出す。しかし、それもほどなくずり下ろされて、真里の
まだ可愛いお尻が現れた。
 とたんに畳にこすりつけるように低くなった少女の顔が真っ赤になる。
 亀山は毎日のように子供がお仕置きされている処だが、毎日同じ子が
罰を受けているわけではない。真里にしても前のお仕置きからはすでに
三週間近く間があいていたから、あらためてパンツを脱がされるとそれ
はそれで恥ずかしいのだった。
 「合沢さん、こういった時は近くによってはいけないんでしょうね」
 「えっ……」私は突然尋ねられたので驚いたがすぐに笑顔に戻って…
 「構いませんよ。あの子はここではあなたの娘なんですから、お尻で
も、お臍の下でも、お股の中だって、「見せなさい」って命じればそれで
いいんです。子供はお父様の命令に『嫌!』とは言えない立場なんです
から」
 「でも、体罰はできないと……」
 「いや、身体検査は親の権限であり健康管理は義務でもあるわけです
からそれは体罰ではないですよ。私のお父様もそうでしたが月に一回は
必ず身体検査と称して子供を裸にしてましたから……もちろん女の子も
……性器も全部です」
 「そうなんですか、何かそれって卑猥なことかなって思ってしまって」
 「確かに卑猥な心で見ればそうでしょうけど……そうでなければいい
んです」私たちの会話に女王様が割り込む。「だって産婦人科のお医者様
はそこを見なければ仕事になりませんもの」
 「そりゃそうですね」
 「いえ、娘の裸がみたいならお風呂に入るのが手っ取り早いですよ。
どこの家でも大抵サウナ室が広めに造ってありますからね。あのベンチ
に寝っころがして調べるんです。亀山の子は幼い頃からお父様への絶対
服従を厳しく仕付けられてますからね。決して暴れたり大声を出したり
はしないはずです。もちろん、ここへ移住する人たちは間違いを起こす
ような人ではないという信頼関係があってのことですが……」
 「行ってみましょう」
 私が誘うと河村氏も腰を上げる。
大人三人にいきなり近寄られた真里は真っ青になった。今、お尻への
お灸が終わり今度はママのお膝を枕に仰向けにされたばかり、当然お臍
の下は大人たちから丸見えだった。
 もちろんだからといって暴れたり大声を出したりはしない。僅かに顔
を背けることだけが彼女にできる精一杯の抵抗だったのである。
 「ほら、真里。お父様がいらっしゃったのよ。ご挨拶は?」
 ママは握った娘の両手を振って催促する。
 「こ、こんにちわ」
 「違うでしょう。こんな時はね、『お恥ずかしいところをお見せしてお
ります』って言うのよ。……あら、それはそうと真里ちゃん、あなた、
床屋さんに行かなかったのね」
 ママの詰問に、その顔から『しまった』と字が浮き上がる。亀山の子
は女の子も床屋さんで髪をセットしてもらう。しかしその時は、上の毛
だけでなく下の毛も剃り上げてもらうのが慣例になっていた。
 「ほらあ、こんなに下草が伸びてますよ」ママはさの下の皮膚が吊り
上がるほど下草を摘んで持ち上げる。「あなたももういい歳なんだから、
自分のことは自分でやらないと…」
 「ごめんなさい」
 「ま、仕方がないわ。真里ちゃんもおじさんにお臍の下を触られるの
が恥ずかしいお年頃になったのよねえ」
 おばば様が助け船を出してくれたが…
 「そんなこと言っても規則なんですから……真里、今度下草の処理を
さぼったらお仕置きですからね」
 とうとうママから脅かされてしまう。
 「今日のところは私が処理しましょう」
 おばば様はそう言うと、お湯に浸したタオルでそこを暖め、男性用の
T字カミソリであっという間に剃り上げてしまう。もともと陰毛といっ
ても小学生の身体、まだまだ産毛のようなものだから処理は簡単だった。
 「もう、すでにお灸の痕がありますけど…あれは……」
 河村氏が私の耳元で囁く。
 「最初は二歳ぐらいの頃に皮切りと言っておばば様からすえてもらう
んです。その後、しばらく間があって…四年生か五年生の頃またすえら
れて…六年生か中学一年の頃にもう一回、都合三回は最低でもすえられ
るんです」
 「そんなに…ですか?」
 「いえ、お転婆さんなんか、その倍も、三倍もすえられますよ」
 「へえ~」
 「すえられるたびに灸痕がだんだん大きくなりますからね、五回六回
とすえられる子は目立つお尻は免除してもらってお臍の下とお股の中が
中心になるんです。お臍の下はその後毛が生えて隠れますし、お股の中
は心を許した人以外には見せないでしょうから…」
 「なるほど…」
 「私の子供時代ですら、おばば様が『戦後は回数が減った』と言って
いましたから、今はもっと減ってるかもしれません」
 「…………」
 河村氏が無言で頷く。すると、女王様が…
 「この子の前は五年生の時、脱走の罪でお仕置きされたんです。です
からお灸はちょうど一年ぶりぐらいですわ」
 「脱走?そんなことできるんですか?」
 「できませんわ。ここは入る事も出る事も刑務所並に難しいんです。
中の秘密を絶対に外へ漏らしてはいけませんから……でも、産みの母に
会いたいという衝動を抑えきることはできませんから時々そんな事故が
起こるんです」
 「産みの母とはもう生涯会えないんですか?」
 「この子たちが18歳になるまでは原則面会も禁止しています。里心
がつくとこちらも困りますから……」
 「18歳以降は?」
 「実は東京に私書箱があって、半年ごとに近況を伝える報告書と共に
子供の映像を収めたDVDを入れておきますから子供に未練がある親は
必ず受取に来ます。それを見れば18歳以降の居場所もわかるはずで、
会えた後は本人次第というわけです」
 「合沢さんは、どうされたんですか?産みのお母さんには会われたん
ですか?」
 「ええ、会いましたけど…結局、一緒に住むことはありませんでした」
 「そりゃまたどうして?」
 「血の繋がりは関係ありません。私にとっての母親は高橋というここ
で暮らすシスターあがりの先生だけなんです。もっと言うと、この亀山
の地そのものが私の母なんだと思ってます。……いえ、ここに住んでる
時は、正直お仕置きばかりで地獄のような処だって思ってましたけど、
世間を歩くうち、ここが本当の楽園だったんだって気づいたんですよ。
遅きに失した感はありますけどね」
 「…………」
 私が話す間に真里のお臍の下には七つもの艾がのせられ火がつけられ
ていた。
 彼女は必死に顔をしかめ、身体をよじってその熱さから逃れようとし
ていたが、叶わぬまま艾が燃え尽きてしまう。
 荒い息と嗚咽のなか、彼女がこんな野蛮な行為に感謝することなどあ
り得ないだろうが、その内心は別にして身繕いを終えた真里は私たちの
前に正座して…
 「お仕置き、ありがとうございました」
 と両手を畳につけて挨拶するのだった。

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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