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小暮男爵 << §10 >>
小暮男爵
***<< §10 >>****
小宮先生と高梨先生がそれぞれに教え子の着替えをすませると、
私と広志君を隔てていた幕が取り去られます。
私は予備の服で対応できましたが、男の子用の制服にちょうど
サイズの合う服がなかったのでしょう。広志君の方は体操服です。
濃紺の襟なし上着に白シャツ姿もいいけれど、男の子は体操服
を着ると何だか凛々しく感じられて素敵です。
ところが、ヒロ君、私と目を合わせるなりはにかみます。
自分だけ別の衣装が変わってしまったのが恥ずかしかったので
しょうか。それとも、同じ境遇の相手を見て鏡を見ているようで
嫌だったのか、下を向いてしまいました。
二人はお互い同じ身の上。これから先生にお尻を叩かれようと
している悲しい定めの少年少女です。そんな同じ境遇の子が再び
視線を合せた時、今度は、なぜか二人して笑ってしまいました。
ほどなく四時間目の開始を告げるチャイムがこの中庭にも響き、
花壇の手入れに来ていた下級生たちも駆け足でそれぞれの教室へ
帰って行きます。
チャイムが鳴り終えると、それを待っていたように小宮先生が
手を叩きました。
「さあ、みなさん。このお二人さんのお着替えも無事にすみま
したから、今度は、内側を向いてくださいね」
すると、大きな輪を作ってくれたいた子供たちが一斉にこちら
を向き直ります。
沢山の目が一斉にこちらを見ますから、それって、ちょっぴり
恐怖です。
『あ~あ、いよいよかあ~~~やっぱり嫌だなあ~~』
私は愚痴を言いながらも覚悟を決めます。
でも、その前にちょっとした事件がありました。
「芹菜(せりな)ちゃんと明君、こちらへいらっしゃい」
小宮先生は凛とした声で二人を指名します。
実はこの二人、私たちがお着替えの最中も先生から時々注意を
受けていました。
やがて、恐る恐る輪の中から出てきた二人が先生の目の前まで
やってくると、いきなり……
「あ~いや~~ごめんなさい」
オカッパ頭の芹菜ちゃんが叫びます。
芹菜ちゃんは小宮先生が背中からお腹へと左腕を回した瞬間、
何をされるかが分かったようでした。
小宮先生は芹菜ちゃんの身体を立たせたままで前屈させると、
右手でその白いパンツを叩き始めます。
当時私たちが着ていた制服のスカート丈はとても短くて、ある
程度前屈するれば、すぐにパンツが丸見えるようになっています。
お尻叩きが当たり前のこの学校で先生が子供たちへのお仕置き
をしやすいようにそんなデザインした。私たちはそう考えていま
した。
いずれにしても、小宮先生、芹菜ちゃんのスカートを捲る必要
がありませんでした。
「(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)」
続けざまに六回。小宮先生は息つく暇なく芹菜ちゃんを叩いて
こう叱るのです。
「先生、お着替えの最中は決して振り返っちゃだめですよって
注意したわよね。覚えてる?」
「はい」
「だったら、どうして、あなたは私の言うことがきけないの。
チラチラと後ろを振り返って、覗き見なんてみっともないわよ」
「ごめんなさい」
「誰だってお友だちにも見られたくないものはあるの。あなた
だって裸で廊下に立ちたくはないでしょう。やってみたい?」
「いやです。そんなのいやです。ごめんなさい。もうしません
から」
芹菜ちゃんの顔は真っ青、唇が震えています。
さすがにこの程度のことでは、そんなに厳しい罰は受けないで
しょうが、私も実際にそうした子を見たことがありましたから、
芹菜ちゃんだって必死にならざるを得ません。
そして、二宮先生はそんな芹菜ちゃんの必死さを見て……
「いいでしょう、今度から気をつけるんですよ」
と許してくれたのでした。
さて、今度は明君です。
「あっ、いや、だめ~~」
小宮先生の左腕が明君に背中に捲きついた瞬間、まだぶたれて
もいないのにボーイソプラノの悲鳴が上がります。
男の子は我慢強いのか、鈍感なのか、女の子のように何にでも
すぐに悲鳴を上げたりしません。でも、明君、芹菜ちゃんの姿を
見てびびったみたいでした。
要領は芹菜ちゃんの時と同じ。
「(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)」
という小気味の良い破裂音が半ズボンの上から上がります。
女の子がパンツの上で男の子はズボンの上。ちょっと不公平な
気もしますが、小宮先生はその分男の子の方を強く叩いて公平に
なるようにしていました。
「いやあ~~~ごめんなさい、もうしません、もうしません」
明君はたちまち先生に謝ります。
小宮先生も小学生相手にもちろん本気でなんか叩いていません。
でも、あまり弱過ぎてもお仕置きの効果がありませんから、その
あたりの微妙な匙加減は過去の経験で調整していました。
私の学校は体罰を否定しませんから、お尻叩きも毎日のように
行われます。このため先生方もそうした加減はよく心得ておいで
なのです。
罪の軽重、情状酌量の余地、年齢、男女の別、健康状態、何日
何時間前にどんな罰を受けたかなど、ありとあらゆる情報が先生
の頭の中にはあります。それを精査した上で先生は生徒のお尻を
叩くのでした。
「女の子の着替えを覗こうだなんて……男の子が最もやっては
いけない行為だわ。あなたのやったことはとっても恥ずかしい事
なのよ」
「はい、ごめんなさい。もうしません」
明君、半べそをかいて謝ります。
実は、明君、小柄な小宮先生よりすでに身長が高いのですが、
そんな明君も小宮先生が苦手です。先生がその瞬間ちょっと恐い
顔をしただけで、いまだにおどおどたじたじになるのでした。
「さあ、では始めましょうか。もうすでに4時間目が始まって
ますからね、テキパキとすませるわよ」
小宮先生の声に私も広志君も緊張が走ります。
もう、覚悟を決めるしかありませんでした。
「さあ、どちらからにする?どちらでもいいわよ」
小宮先生はあらかじめそこにあった木製の椅子。私たちが普段
教室で座っているのと同じものに腰を下ろして私たち二人を見つ
めます。
こんな時って、『では、私(僕)が先に…』なんて言えません。
もじもじしていると……。
「それじゃあ、美咲ちゃんいらっしゃい」
最初に指名されたのは私てせした。もちろん行かないわけには
いきません。
「お作法はいつも通りよ。ここで、膝まづきなさい」
先生の指示で私は先生の目の前に膝まづきます。
両手を胸の前で組んで大きく深呼吸。
「私は悪い子でした。どうかお仕置きでいい子にしてください」
もちろん本心じゃありませんから、辛い言葉です。でも勇気を
振り絞ってそれは言わなければなりませんでした。
「あなたも五年生ですから、これまでに何度も聞いて耳にたこ
ができてると思いますけど、我校のお仕置きは先生から無理やり
やらされるのではなく、自分の至らない処を治していただく為に
先生方にお願いしてやっていただくものなんです。……それは、
わかってますね?」
「はい、先生。お願いします」
「よろしい、それでこそ、うちの生徒です」
小宮先生は私を褒め、それから、あたりを見回して周囲を取り
囲む子供たちに向かってもこうおっしゃるのでした。
「それから、みなさんにも注意があります。最近、みなさんの
中に、お友だちのお仕置きを見学しているさなか笑う人がいます
けど、あれはとってもいけないことです。お仕置きは恥ずかしい
ことを強制されているのではありません。自分を高める為に行う
神聖な試練の場なんです。そして、これは見学するあなたたちに
とっても大切なお勉強の場なんです。真剣な気持で臨まなければ
なりません。そんな時、お友だちを笑うなんて失礼です。先生は
そうした子を許しません。見つけしだい、その子にもこの二人と
同じお仕置きを受けてもらいます。いいですね」
小宮先生の凛とした声があたりに響きます。
「はい、わかりました」
この時、子どもたちの全員が声を上げたわけではありません。
でも『笑うとお仕置き』という情報だけは、しっかりとみんなに
伝わったみたいでした。
「さあ、美咲ちゃん、ここへいらっしゃい」
小宮先生が椅子に腰掛けたままでご自分の膝を叩きます。
すると、ここで思いがけないことが起きました。
高梨先生が口を挟んだのです。
「あのう先生、大変申し上げにくいのですが、もう、よろしい
んじゃないでしょうか?」
「えっ?」
突然、小宮先生、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になります。
小宮先生としても、まさか高梨先生が発言されるとは、思って
いられなかったみたいでした。
振り返った小宮先生に高梨先生が……
「いえ、二人を許してもらえないでしょうか。今回の件は私が
大騒ぎしなければ、こんなことにはならなかったと思うんです。
ですから、私にも罪はありますから……」
と、申し入れてくれたのです。
高梨先生はいわば臨時の先生。普段なら学校行事のような事に
口を挟むようなことはなさいませんが、それがこの件に関しては
異を唱えられたのでした。
小宮先生はしばし考えておられましたが、笑顔になります。
「大丈夫ですよ。先生のお気遣いには感謝しますが、この件で
先生に罪はありませんもの。これはあくまで持ち場を勝手離れた
この子たちの問題ですから……それは別物です」
小宮先生が決断して、お仕置きを免れるという私の夢は砕け散
ります。でも、小宮先生自身は高梨先生のそうした声かけを不快
に感じられていたわけではありませんでした。
いよいよ、私は先生の膝にうつ伏せになります。
両足のつま先が僅かに地面を掃く程度。私の身体はほぼ完全に
先生の膝の上に乗っかっります。
プリーツスカートの裾が捲られ、白いパンツがお友だちの前に
晒されます。女の子の場合、大半がこうでした。
恥ずかしい姿。でも、もうここまでくると私も度胸が定まって
いました。
『とにかく、早く終わらせなくちゃ』
と、そればかり考えて私は小宮先生のお膝に乗っていたのです。
「あなた、どうして破れた金網からお外に出たの?あそこは、
生徒が立ち入ってはいけないって知ってるわよね。先生、何度も
注意したものね」
「はい」
私はその瞬間、顔をしかめます。
「ピシッ」
という音と共に、最初の平手がお尻に届いたからでした。
「ふう」
小さくため息がこぼれます。最初はそんなに痛くありません。
もちろん、まったく痛くないわけじゃありませんが、子供でも
悲鳴は上げずに耐えられる程度です。
「さて、それがどうして金網を越えてお外へ出ちゃったのかな?」
「それは…………広志君を止めようと思って……」
「本当に?」
小宮先生は思わず先生の方を振り返った私の顔を疑わしそうな
目で覗き込みます。
「本当です」
思わず声が大きくなりました。
「そう、それじゃあなぜ、すぐに戻ってこなかったの?広志君
に注意したら、すぐに戻れるでしょう?」
「それは……」
私は答えに窮します。だって、それって私自身にも分からない
ことでしたから。
確かに、先生の言う通りなんですが、あの時、突然、広志君に
抱きつかれて……斜面を滑って……危ないところで止まって……
二人で笑って……あとは、何となくああなってしまった、としか
言いようがありませんでした。
「楽しかったんでしょう?」
「えっ!」
核心を突く質問。思わず……
「そ、そんなことは……」
と言ってしまいましたが……
「痛い!」
次の『ピシッ』がやってきました。
「嘘はいけないわ。それじゃあ、広志君がここにいなきゃだめ
だって強制したの?脅かされて着いて行ったの?」
「あっ、いや、だめ」
続けざまに次の『ピシッ』がやってきます。
「ダメな事をしたのはあなたじゃなくて。広志君『帰れ』って
言ったのにあなた着いて行ったそうじゃないの。……それって、
その方が楽しいと思ったからでしょう」
「それは……」
小さな声で迷っていると……
「あっ、痛い」
また痛いのがやってきます。
「どうなの、違うの!」
「あっ、いや~~」
続けざまの『ピシッ』です。
「ごめんなさい」
私はとにかく痛いのから逃れたくて本能的に誤ってしまいます。
「要するに、ミイラ取りがミイラになったということだわね。
ということは、ミーミはヒロ君が好きなんだ」
「えっ、……違います。そんなことじゃなくて……」
私は思わず大声、顔も自分で火照っているのが分かるくらいに
真っ赤でした。
「いいのよ、それは、それで……自然なことだもの。誰だって
好きな子と一緒にいたいものね」
先生の右手がお尻ではなく頭の上に乗っかります。
その右手で私は自分の頭が静かに撫でられていくのを感じて
いました。
でも、結果が変わることはありませんでした。
「事情はわかったけど、規則は規則よ。あなただけを特別扱い
できないの。罰はちゃんと受けないとね」
私は先生の言葉を否定しようとして、先生の方を振り返ったの
ですが、その瞬間、両脇を抱えられて体をごぼう抜きにされます。
今度お尻が着地したのは先生の膝の上。
先生は私とにらめっこする形で私を膝の上に抱っこさせたので
した。
「わかりました。それじゃあ、あと五回で終わりにしましょう」
先生はその姿勢で頬擦りをして私の頬に流れ落ちる涙を拭き取
ります。
「恐い?……でも、これを乗り越えなくちゃ、あなたお友だち
の教室へ戻れないの。お仕置きを受けて綺麗な身体にならないと
お友だちの処へは戻れないのよ。そのルールは知ってるでしょう」
そして、私の気持が少し落ち着いたのを間近に見て確かめると、
やおらポケットからタオル地のハンカチを取り出します。
「最後の五回はとっても痛いから、用心のためにこれを噛んで
おいてね。……あ~~んして」
先生はそう言って取り出したハンカチを私の口の中へ。
これも女の子へのお尻叩きではお定まりの儀式でした。
私は再び小宮先生のお膝の上に戻されるとスカートを捲くられ
今度はショーツまでも太股へ引き下ろされます。
スーっとお尻を風がなでると、友だちの視線が気になります。
勿論これって恥ずかしいことなんですけど、問題はこれだけでは
ありませんでした。
「えっ!」
私の目の前に突如、河合先生が……
先生は誰に頼まれた訳でもないのに私の両手首を握りしめます。
私、まるで手錠を掛けられた犯人みたいでした。
私は恐怖心から慌てて振りほどこうとしましたが大人と子供の
力の差はどうしようもありません。
「観念なさい。この方があなたの為よ」
河合先生は笑っています。
いえ、もう一つあります。
「えっ、何なの?」
そうやって手の方に気を取られているうちに今度は両足も誰か
に押さえられていました。
そして私の腰を押さえている小宮先生の左手にもこのまで以上
の力が入っていることがわかります。
本当にがんじがらめです。
『か弱い11歳の少女を大人三人で押さえたりして、こんなの
いや~~~~~』
私はこの場で叫びたい衝動を必死に押さえます。
もう緊張MAXでした。
そんな大人たちによって締め上げるだけ締め上げられた身体に
最初の一撃が下ります。
「ビッシ~~~」
何度も言いましたが、ここでお尻叩きなんて珍しくありません。
毎日誰かがぶたれてます。でも、その毎日、私だけがぶたれてる
わけではありません。誰かがぶたれているというだけです。
ですから、しばらくお尻を叩かれていなかった私はその凄さを
久しぶりに実感します。
「ひぃ~~~~」
尾てい骨から背骨を電気が走りぬけ、脳天から抜けて行きます。
もちろん先生の右手は平手。鞭なんて持ってはいません。
でも、大人がちょっとスナップを利かせれば、子供にとっては
手足すべてがバラバラになるほどの衝撃でした。
「あら、久しぶりだったので、ちょっと痛かったみたいね」
涙ぐむ私を小宮先生は優しく声をかけます。
そして、こう続けるのです。
「ハンカチ、役に立ったでしょう。稀にだけど舌を噛んじゃう
子がいるの。用心にこしたことないわ」
たしかにハンカチは役に立ちました。そして河合先生とヒロ君
のお母さんのいましめも……
私はその瞬間、痛さに耐えかねて小宮先生のお膝を離れようと
したのです。
でも、もし小宮先生のお膝を立ち退いて地面に立ってしまった
ら……ショーツを脱がされてる私はお友だちの前でお臍の下まで
晒すことになります。
それだけじゃありません。お尻叩きを受けている最中、先生の
お膝から離れるのは重大な規律違反です。閻魔帳にXが二つ以上
つきます。新しいお仕置きが追加されることもあります。
それを救ってくれたのは、河合先生と広志君のお母さんでした。
「さあ、もう一ついくわよ」
小宮先生が宣言して二つ目がやってきます。
「ビッシ~~~」
「ひぃ~~~~」
前と同じです。背中を走る電気が後頭部から抜けていきます。
なりふり構わず動かない手足をバタつかせます。
「痛い、痛い、痛い、痛いから~~もっと優しくしてえ~~」
私は恥も外聞もなく叫びます。
もちろん、だからって小宮先生が許してくれたり威力を弱めて
くれたりはしません。でもそう叫ばずにはいられないくらい小宮
先生のお尻叩きは痛いのでした。
「痛かった?」
「うん」
小宮先生から肩越しに尋ねられたから答えますが……
「仕方がないわね、お仕置きだもん。我慢しなくちゃ」
という答えしか返ってきませんでした。
「はい、もう一つ」
「ビッシ~~~」
「ひぃ~~~~」
背中を走る電気は少し弱まりましたが、今度はその瞬間、眼球
が飛び出すくらいの圧力です。
4発目
「ビッシ~~~」
「ひぃ~~~~」
相変わらず最初と同じようにぶたれるたびに『ひぃ~ひぃ~』
言っていますが、お尻が慣れたんでしょうか、前に比べれば痛み
もそれほどきつくなくなります。
ただ、お尻の痛みを子宮が吸収して下腹にずどんという衝撃が
走ります。何とも不思議な気分です。
5発目
「ビッシ~~~」
「ひぃ~~~~」
最後はとびっきり痛い一発。お尻叩きの数が決まっている時は
たいていこうなります。
小宮先生が初めて力を込めて叩いた一発で私の頭はショート。
頭の中が真っ白になってくらくら。しばらくは何も考えることが
できませんでした。
「ほら、大丈夫ですか?」
私は小宮先生に起こされます。
ひょっとしたらその瞬間は、短い間、気絶していたのかもしれ
ません。
「さあ、最後にご挨拶しましょう」
私はパンツを上げてもらうと、お仕置きのご挨拶を促されます。
それは、この学校の生徒なら全員経験のあるご挨拶でした。
私は衣服を自分で整えると小宮先生の足元に膝まづいて両手を
胸の前に組みます。
「小宮先生、お仕置きありがとうございました。美咲は先生の
教えを守って必ずいい子になりますから、見ていてください」
これはお仕置きを受けた子が必ず言わされる『先生への感謝の
言葉』。これを言わないうちはお仕置きは終わらないのでした。
「はい、いい子でした。これであなたもまた五年生に戻れます
よ。これからも楽しくやりましょうね」
先生はそう言って私を再びお膝の上へ迎え入れます。
もちろん、それはお仕置きのためではありません。私を優しく
愛撫するため。お仕置きの後は、必ず先生から慰めてもらえます。
これは厳しいお仕置きを我慢した子の唯一の役得。
もちろん、だからと言ってわざとお仕置きをもらうような子は
いませんでした。
*****YATTOHMADEKIMASHITA*****
***<< §10 >>****
小宮先生と高梨先生がそれぞれに教え子の着替えをすませると、
私と広志君を隔てていた幕が取り去られます。
私は予備の服で対応できましたが、男の子用の制服にちょうど
サイズの合う服がなかったのでしょう。広志君の方は体操服です。
濃紺の襟なし上着に白シャツ姿もいいけれど、男の子は体操服
を着ると何だか凛々しく感じられて素敵です。
ところが、ヒロ君、私と目を合わせるなりはにかみます。
自分だけ別の衣装が変わってしまったのが恥ずかしかったので
しょうか。それとも、同じ境遇の相手を見て鏡を見ているようで
嫌だったのか、下を向いてしまいました。
二人はお互い同じ身の上。これから先生にお尻を叩かれようと
している悲しい定めの少年少女です。そんな同じ境遇の子が再び
視線を合せた時、今度は、なぜか二人して笑ってしまいました。
ほどなく四時間目の開始を告げるチャイムがこの中庭にも響き、
花壇の手入れに来ていた下級生たちも駆け足でそれぞれの教室へ
帰って行きます。
チャイムが鳴り終えると、それを待っていたように小宮先生が
手を叩きました。
「さあ、みなさん。このお二人さんのお着替えも無事にすみま
したから、今度は、内側を向いてくださいね」
すると、大きな輪を作ってくれたいた子供たちが一斉にこちら
を向き直ります。
沢山の目が一斉にこちらを見ますから、それって、ちょっぴり
恐怖です。
『あ~あ、いよいよかあ~~~やっぱり嫌だなあ~~』
私は愚痴を言いながらも覚悟を決めます。
でも、その前にちょっとした事件がありました。
「芹菜(せりな)ちゃんと明君、こちらへいらっしゃい」
小宮先生は凛とした声で二人を指名します。
実はこの二人、私たちがお着替えの最中も先生から時々注意を
受けていました。
やがて、恐る恐る輪の中から出てきた二人が先生の目の前まで
やってくると、いきなり……
「あ~いや~~ごめんなさい」
オカッパ頭の芹菜ちゃんが叫びます。
芹菜ちゃんは小宮先生が背中からお腹へと左腕を回した瞬間、
何をされるかが分かったようでした。
小宮先生は芹菜ちゃんの身体を立たせたままで前屈させると、
右手でその白いパンツを叩き始めます。
当時私たちが着ていた制服のスカート丈はとても短くて、ある
程度前屈するれば、すぐにパンツが丸見えるようになっています。
お尻叩きが当たり前のこの学校で先生が子供たちへのお仕置き
をしやすいようにそんなデザインした。私たちはそう考えていま
した。
いずれにしても、小宮先生、芹菜ちゃんのスカートを捲る必要
がありませんでした。
「(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)」
続けざまに六回。小宮先生は息つく暇なく芹菜ちゃんを叩いて
こう叱るのです。
「先生、お着替えの最中は決して振り返っちゃだめですよって
注意したわよね。覚えてる?」
「はい」
「だったら、どうして、あなたは私の言うことがきけないの。
チラチラと後ろを振り返って、覗き見なんてみっともないわよ」
「ごめんなさい」
「誰だってお友だちにも見られたくないものはあるの。あなた
だって裸で廊下に立ちたくはないでしょう。やってみたい?」
「いやです。そんなのいやです。ごめんなさい。もうしません
から」
芹菜ちゃんの顔は真っ青、唇が震えています。
さすがにこの程度のことでは、そんなに厳しい罰は受けないで
しょうが、私も実際にそうした子を見たことがありましたから、
芹菜ちゃんだって必死にならざるを得ません。
そして、二宮先生はそんな芹菜ちゃんの必死さを見て……
「いいでしょう、今度から気をつけるんですよ」
と許してくれたのでした。
さて、今度は明君です。
「あっ、いや、だめ~~」
小宮先生の左腕が明君に背中に捲きついた瞬間、まだぶたれて
もいないのにボーイソプラノの悲鳴が上がります。
男の子は我慢強いのか、鈍感なのか、女の子のように何にでも
すぐに悲鳴を上げたりしません。でも、明君、芹菜ちゃんの姿を
見てびびったみたいでした。
要領は芹菜ちゃんの時と同じ。
「(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)」
という小気味の良い破裂音が半ズボンの上から上がります。
女の子がパンツの上で男の子はズボンの上。ちょっと不公平な
気もしますが、小宮先生はその分男の子の方を強く叩いて公平に
なるようにしていました。
「いやあ~~~ごめんなさい、もうしません、もうしません」
明君はたちまち先生に謝ります。
小宮先生も小学生相手にもちろん本気でなんか叩いていません。
でも、あまり弱過ぎてもお仕置きの効果がありませんから、その
あたりの微妙な匙加減は過去の経験で調整していました。
私の学校は体罰を否定しませんから、お尻叩きも毎日のように
行われます。このため先生方もそうした加減はよく心得ておいで
なのです。
罪の軽重、情状酌量の余地、年齢、男女の別、健康状態、何日
何時間前にどんな罰を受けたかなど、ありとあらゆる情報が先生
の頭の中にはあります。それを精査した上で先生は生徒のお尻を
叩くのでした。
「女の子の着替えを覗こうだなんて……男の子が最もやっては
いけない行為だわ。あなたのやったことはとっても恥ずかしい事
なのよ」
「はい、ごめんなさい。もうしません」
明君、半べそをかいて謝ります。
実は、明君、小柄な小宮先生よりすでに身長が高いのですが、
そんな明君も小宮先生が苦手です。先生がその瞬間ちょっと恐い
顔をしただけで、いまだにおどおどたじたじになるのでした。
「さあ、では始めましょうか。もうすでに4時間目が始まって
ますからね、テキパキとすませるわよ」
小宮先生の声に私も広志君も緊張が走ります。
もう、覚悟を決めるしかありませんでした。
「さあ、どちらからにする?どちらでもいいわよ」
小宮先生はあらかじめそこにあった木製の椅子。私たちが普段
教室で座っているのと同じものに腰を下ろして私たち二人を見つ
めます。
こんな時って、『では、私(僕)が先に…』なんて言えません。
もじもじしていると……。
「それじゃあ、美咲ちゃんいらっしゃい」
最初に指名されたのは私てせした。もちろん行かないわけには
いきません。
「お作法はいつも通りよ。ここで、膝まづきなさい」
先生の指示で私は先生の目の前に膝まづきます。
両手を胸の前で組んで大きく深呼吸。
「私は悪い子でした。どうかお仕置きでいい子にしてください」
もちろん本心じゃありませんから、辛い言葉です。でも勇気を
振り絞ってそれは言わなければなりませんでした。
「あなたも五年生ですから、これまでに何度も聞いて耳にたこ
ができてると思いますけど、我校のお仕置きは先生から無理やり
やらされるのではなく、自分の至らない処を治していただく為に
先生方にお願いしてやっていただくものなんです。……それは、
わかってますね?」
「はい、先生。お願いします」
「よろしい、それでこそ、うちの生徒です」
小宮先生は私を褒め、それから、あたりを見回して周囲を取り
囲む子供たちに向かってもこうおっしゃるのでした。
「それから、みなさんにも注意があります。最近、みなさんの
中に、お友だちのお仕置きを見学しているさなか笑う人がいます
けど、あれはとってもいけないことです。お仕置きは恥ずかしい
ことを強制されているのではありません。自分を高める為に行う
神聖な試練の場なんです。そして、これは見学するあなたたちに
とっても大切なお勉強の場なんです。真剣な気持で臨まなければ
なりません。そんな時、お友だちを笑うなんて失礼です。先生は
そうした子を許しません。見つけしだい、その子にもこの二人と
同じお仕置きを受けてもらいます。いいですね」
小宮先生の凛とした声があたりに響きます。
「はい、わかりました」
この時、子どもたちの全員が声を上げたわけではありません。
でも『笑うとお仕置き』という情報だけは、しっかりとみんなに
伝わったみたいでした。
「さあ、美咲ちゃん、ここへいらっしゃい」
小宮先生が椅子に腰掛けたままでご自分の膝を叩きます。
すると、ここで思いがけないことが起きました。
高梨先生が口を挟んだのです。
「あのう先生、大変申し上げにくいのですが、もう、よろしい
んじゃないでしょうか?」
「えっ?」
突然、小宮先生、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になります。
小宮先生としても、まさか高梨先生が発言されるとは、思って
いられなかったみたいでした。
振り返った小宮先生に高梨先生が……
「いえ、二人を許してもらえないでしょうか。今回の件は私が
大騒ぎしなければ、こんなことにはならなかったと思うんです。
ですから、私にも罪はありますから……」
と、申し入れてくれたのです。
高梨先生はいわば臨時の先生。普段なら学校行事のような事に
口を挟むようなことはなさいませんが、それがこの件に関しては
異を唱えられたのでした。
小宮先生はしばし考えておられましたが、笑顔になります。
「大丈夫ですよ。先生のお気遣いには感謝しますが、この件で
先生に罪はありませんもの。これはあくまで持ち場を勝手離れた
この子たちの問題ですから……それは別物です」
小宮先生が決断して、お仕置きを免れるという私の夢は砕け散
ります。でも、小宮先生自身は高梨先生のそうした声かけを不快
に感じられていたわけではありませんでした。
いよいよ、私は先生の膝にうつ伏せになります。
両足のつま先が僅かに地面を掃く程度。私の身体はほぼ完全に
先生の膝の上に乗っかっります。
プリーツスカートの裾が捲られ、白いパンツがお友だちの前に
晒されます。女の子の場合、大半がこうでした。
恥ずかしい姿。でも、もうここまでくると私も度胸が定まって
いました。
『とにかく、早く終わらせなくちゃ』
と、そればかり考えて私は小宮先生のお膝に乗っていたのです。
「あなた、どうして破れた金網からお外に出たの?あそこは、
生徒が立ち入ってはいけないって知ってるわよね。先生、何度も
注意したものね」
「はい」
私はその瞬間、顔をしかめます。
「ピシッ」
という音と共に、最初の平手がお尻に届いたからでした。
「ふう」
小さくため息がこぼれます。最初はそんなに痛くありません。
もちろん、まったく痛くないわけじゃありませんが、子供でも
悲鳴は上げずに耐えられる程度です。
「さて、それがどうして金網を越えてお外へ出ちゃったのかな?」
「それは…………広志君を止めようと思って……」
「本当に?」
小宮先生は思わず先生の方を振り返った私の顔を疑わしそうな
目で覗き込みます。
「本当です」
思わず声が大きくなりました。
「そう、それじゃあなぜ、すぐに戻ってこなかったの?広志君
に注意したら、すぐに戻れるでしょう?」
「それは……」
私は答えに窮します。だって、それって私自身にも分からない
ことでしたから。
確かに、先生の言う通りなんですが、あの時、突然、広志君に
抱きつかれて……斜面を滑って……危ないところで止まって……
二人で笑って……あとは、何となくああなってしまった、としか
言いようがありませんでした。
「楽しかったんでしょう?」
「えっ!」
核心を突く質問。思わず……
「そ、そんなことは……」
と言ってしまいましたが……
「痛い!」
次の『ピシッ』がやってきました。
「嘘はいけないわ。それじゃあ、広志君がここにいなきゃだめ
だって強制したの?脅かされて着いて行ったの?」
「あっ、いや、だめ」
続けざまに次の『ピシッ』がやってきます。
「ダメな事をしたのはあなたじゃなくて。広志君『帰れ』って
言ったのにあなた着いて行ったそうじゃないの。……それって、
その方が楽しいと思ったからでしょう」
「それは……」
小さな声で迷っていると……
「あっ、痛い」
また痛いのがやってきます。
「どうなの、違うの!」
「あっ、いや~~」
続けざまの『ピシッ』です。
「ごめんなさい」
私はとにかく痛いのから逃れたくて本能的に誤ってしまいます。
「要するに、ミイラ取りがミイラになったということだわね。
ということは、ミーミはヒロ君が好きなんだ」
「えっ、……違います。そんなことじゃなくて……」
私は思わず大声、顔も自分で火照っているのが分かるくらいに
真っ赤でした。
「いいのよ、それは、それで……自然なことだもの。誰だって
好きな子と一緒にいたいものね」
先生の右手がお尻ではなく頭の上に乗っかります。
その右手で私は自分の頭が静かに撫でられていくのを感じて
いました。
でも、結果が変わることはありませんでした。
「事情はわかったけど、規則は規則よ。あなただけを特別扱い
できないの。罰はちゃんと受けないとね」
私は先生の言葉を否定しようとして、先生の方を振り返ったの
ですが、その瞬間、両脇を抱えられて体をごぼう抜きにされます。
今度お尻が着地したのは先生の膝の上。
先生は私とにらめっこする形で私を膝の上に抱っこさせたので
した。
「わかりました。それじゃあ、あと五回で終わりにしましょう」
先生はその姿勢で頬擦りをして私の頬に流れ落ちる涙を拭き取
ります。
「恐い?……でも、これを乗り越えなくちゃ、あなたお友だち
の教室へ戻れないの。お仕置きを受けて綺麗な身体にならないと
お友だちの処へは戻れないのよ。そのルールは知ってるでしょう」
そして、私の気持が少し落ち着いたのを間近に見て確かめると、
やおらポケットからタオル地のハンカチを取り出します。
「最後の五回はとっても痛いから、用心のためにこれを噛んで
おいてね。……あ~~んして」
先生はそう言って取り出したハンカチを私の口の中へ。
これも女の子へのお尻叩きではお定まりの儀式でした。
私は再び小宮先生のお膝の上に戻されるとスカートを捲くられ
今度はショーツまでも太股へ引き下ろされます。
スーっとお尻を風がなでると、友だちの視線が気になります。
勿論これって恥ずかしいことなんですけど、問題はこれだけでは
ありませんでした。
「えっ!」
私の目の前に突如、河合先生が……
先生は誰に頼まれた訳でもないのに私の両手首を握りしめます。
私、まるで手錠を掛けられた犯人みたいでした。
私は恐怖心から慌てて振りほどこうとしましたが大人と子供の
力の差はどうしようもありません。
「観念なさい。この方があなたの為よ」
河合先生は笑っています。
いえ、もう一つあります。
「えっ、何なの?」
そうやって手の方に気を取られているうちに今度は両足も誰か
に押さえられていました。
そして私の腰を押さえている小宮先生の左手にもこのまで以上
の力が入っていることがわかります。
本当にがんじがらめです。
『か弱い11歳の少女を大人三人で押さえたりして、こんなの
いや~~~~~』
私はこの場で叫びたい衝動を必死に押さえます。
もう緊張MAXでした。
そんな大人たちによって締め上げるだけ締め上げられた身体に
最初の一撃が下ります。
「ビッシ~~~」
何度も言いましたが、ここでお尻叩きなんて珍しくありません。
毎日誰かがぶたれてます。でも、その毎日、私だけがぶたれてる
わけではありません。誰かがぶたれているというだけです。
ですから、しばらくお尻を叩かれていなかった私はその凄さを
久しぶりに実感します。
「ひぃ~~~~」
尾てい骨から背骨を電気が走りぬけ、脳天から抜けて行きます。
もちろん先生の右手は平手。鞭なんて持ってはいません。
でも、大人がちょっとスナップを利かせれば、子供にとっては
手足すべてがバラバラになるほどの衝撃でした。
「あら、久しぶりだったので、ちょっと痛かったみたいね」
涙ぐむ私を小宮先生は優しく声をかけます。
そして、こう続けるのです。
「ハンカチ、役に立ったでしょう。稀にだけど舌を噛んじゃう
子がいるの。用心にこしたことないわ」
たしかにハンカチは役に立ちました。そして河合先生とヒロ君
のお母さんのいましめも……
私はその瞬間、痛さに耐えかねて小宮先生のお膝を離れようと
したのです。
でも、もし小宮先生のお膝を立ち退いて地面に立ってしまった
ら……ショーツを脱がされてる私はお友だちの前でお臍の下まで
晒すことになります。
それだけじゃありません。お尻叩きを受けている最中、先生の
お膝から離れるのは重大な規律違反です。閻魔帳にXが二つ以上
つきます。新しいお仕置きが追加されることもあります。
それを救ってくれたのは、河合先生と広志君のお母さんでした。
「さあ、もう一ついくわよ」
小宮先生が宣言して二つ目がやってきます。
「ビッシ~~~」
「ひぃ~~~~」
前と同じです。背中を走る電気が後頭部から抜けていきます。
なりふり構わず動かない手足をバタつかせます。
「痛い、痛い、痛い、痛いから~~もっと優しくしてえ~~」
私は恥も外聞もなく叫びます。
もちろん、だからって小宮先生が許してくれたり威力を弱めて
くれたりはしません。でもそう叫ばずにはいられないくらい小宮
先生のお尻叩きは痛いのでした。
「痛かった?」
「うん」
小宮先生から肩越しに尋ねられたから答えますが……
「仕方がないわね、お仕置きだもん。我慢しなくちゃ」
という答えしか返ってきませんでした。
「はい、もう一つ」
「ビッシ~~~」
「ひぃ~~~~」
背中を走る電気は少し弱まりましたが、今度はその瞬間、眼球
が飛び出すくらいの圧力です。
4発目
「ビッシ~~~」
「ひぃ~~~~」
相変わらず最初と同じようにぶたれるたびに『ひぃ~ひぃ~』
言っていますが、お尻が慣れたんでしょうか、前に比べれば痛み
もそれほどきつくなくなります。
ただ、お尻の痛みを子宮が吸収して下腹にずどんという衝撃が
走ります。何とも不思議な気分です。
5発目
「ビッシ~~~」
「ひぃ~~~~」
最後はとびっきり痛い一発。お尻叩きの数が決まっている時は
たいていこうなります。
小宮先生が初めて力を込めて叩いた一発で私の頭はショート。
頭の中が真っ白になってくらくら。しばらくは何も考えることが
できませんでした。
「ほら、大丈夫ですか?」
私は小宮先生に起こされます。
ひょっとしたらその瞬間は、短い間、気絶していたのかもしれ
ません。
「さあ、最後にご挨拶しましょう」
私はパンツを上げてもらうと、お仕置きのご挨拶を促されます。
それは、この学校の生徒なら全員経験のあるご挨拶でした。
私は衣服を自分で整えると小宮先生の足元に膝まづいて両手を
胸の前に組みます。
「小宮先生、お仕置きありがとうございました。美咲は先生の
教えを守って必ずいい子になりますから、見ていてください」
これはお仕置きを受けた子が必ず言わされる『先生への感謝の
言葉』。これを言わないうちはお仕置きは終わらないのでした。
「はい、いい子でした。これであなたもまた五年生に戻れます
よ。これからも楽しくやりましょうね」
先生はそう言って私を再びお膝の上へ迎え入れます。
もちろん、それはお仕置きのためではありません。私を優しく
愛撫するため。お仕置きの後は、必ず先生から慰めてもらえます。
これは厳しいお仕置きを我慢した子の唯一の役得。
もちろん、だからと言ってわざとお仕置きをもらうような子は
いませんでした。
*****YATTOHMADEKIMASHITA*****
小暮男爵 << §9 >>
小暮男爵
***<< §9 >>****
私とヒロ君は桃源郷の入口付近まで戻ってきます。
すると破れた金網の処に園長先生が独りで立っていました。
気になってその辺りを観察すると、私たちがこっそり利用した
はずの金網が大きく捲れ上がっていて、今なら苦労せずにこちら
の世界へ行けそうです。
いえいえ、そもそもそんなことしなくても、園長先生が立って
いる土手沿いに設けてある正規の入口がこの時は開いていました。
こっそり近寄ると、園長先生は心配そうな顔をしています。
「ごきげんよう、園長先生」
私はいつもの習慣で声を掛けます。
きっと、私たちがあまりに近くにいますから、先生もびっくり
なさったのでしょう。
振り返った瞬間、園長先生は目を丸くしておいででした。
でも、その顔はほんの一瞬でしたから私の後ろにいたヒロ君は
その顔を見逃したみたいです。
園長先生はすぐにいつもの笑顔に戻ります。
園長先生は言わずと知れたうちの学校では一番偉い方ですが、
いつもニコニコしていて、もしこれが担任の先生だったら、三日
くらい体の震えが止まらないような大失態を犯しても「大丈夫よ、
あなたはいい子だもの。次は頑張りましょう」とか、担任の先生
からお仕置きされて泣いてる子を見つけると、「大丈夫、大丈夫、
泣かなくていいのよ。もう先生怒ってないから。一緒に先生の処
へ行って謝りましょう」なんておっしゃいます。
もちろん、園長先生自身が子どもたちをお仕置きするなんて、
まずありませんでした。ですから、こちらも気楽に声が掛けられ
たんだと思います。
ここを卒業後、大学生のときでしたか、同窓会の席で私が……
「園長先生はなぜいつも子供たちにやさしいかったんですか?
他の先生たちみたいに怒ったこと一度もありませんでしたよね」
って尋ねたら……
「だって、私が怒ったらあなたたちの逃げ込む場所がなくなる
でしょう。先生方はあなたたちを叱るのがお仕事だから、それは
それで仕方がないけど、その子がどんな事をしたにせよ逃げ込む
場所は残しておかないと、その子の心がいつまでも癒えないわ。
そんなの誰だって嫌でしょう?」
「はい」
「世の中に救われないお仕置きというのはないの。愛されてる
からお仕置きで、憎しみからなら虐待。私の仕事は子どもたちに
『学校はこれからもあなたを必要としてますよ。愛してますよ』
って伝える事だから……だからいつも笑顔なのよ」
「でも、私の在校中に一度だけ、園長室の前を通ったら、会田
先生のこと、大声で叱ってらっしゃったのを覚えてますよ」
「あら、まあ、そんなことがあったの。それはまずかったわね。
そんなこと生徒に聞かせちゃいけないわね。私もついつい大声に
なっちゃって……でも、それも私の仕事なの。私が叱るのは生徒
じゃなくて先生の方よ」
私は園長先生とのこんな会話をずっと覚えていまして、それを
管理職になってからは、『なるほど』って思い返すんです。
そんなわけですから、この時も、その第一声は笑顔と共に……
「あら、スケッチしてきたの?楽しかった?上手に描けた?」
というものでした。
まるで、周囲の大人たちが二人の為にバタバタ働いているのを
知らないみたいな穏やかな笑顔です。
「楽しかったです。ヒロ君と一緒に向こうの谷まで行ってきて
描いたの。私、パステル落としちゃったからヒロ君のパステルで
一緒に描いたんだけど、そこってまるで西洋の風景画みたいなの」
「そう、じゃあそれを見せてちょうだい」
園長先生に求められるまま、私が画板を差し出しますと……
「……あら~~なかなかよく描けてるじゃない。……特にこの
木の枝ぶりがいいわね」
ヒロ君が勝手に書き込んだおせっかいな大木だけを先生が褒め
るので私はちょっぴりショックでした。
「ねえ、園長先生はここで何してるの」
私はついに禁断の質問をしてしまいます。
「ああ、私のことね……実はね、高梨先生が幼い女の子の悲鳴
を聞いたので心配してここへやって来ると、ここの金網が破れて
て、どうやら、ここから誰かが外に出たみたいなの」
「!!!」
私はハッとします。
『ヤバイ、ばれてたんだ』
というわけです。
「それでね、もしやと思ってここに立ってみると………ほら、
斜面の土が削れてるでしょう。コレ、恐らく誰かが滑った跡よね。
先生、慌てて下りて行くと駐車場にはパステルが散乱してるし、
ひょっとして誰かが崖から落ちたんじゃないかって……そこまで
心配なさったそうよ」
園長先生は画板を私に返しながら私の顔を覗き込みます。
もちろん、その時だって園長先生のお顔は笑顔でしたが、私は
生きた心地がしませんでした。遅ればせながらやっと事の重大性
に気づいたのです。
事の重大性……
重い言葉ですが、子供にとって事の重大性というのは自分の事
だけです。要するに……
『これがいったいどのくらい厳しいお仕置きになるんだろう?』
と、頭の中そればかりでした。
「幸い、駐車場に倒れてる子はいなくてホッとなさったけど、
今度は学校に戻ってクラスの子を確認すると、これが、一人じゃ
なくて二人もいなくなってることがわかって、それでまた大慌て。
ほかの先生方の協力も求められて、見当たらない子をみんなして
探しましょうということになったの」
園長先生はもちろんご存知です。私とヒロ君がその話題の主だ
ということを。でも、先生は決して私に向けた笑顔を崩しません
でした。
「でもね、私、迷子さんって、やっぱり出て行った処に戻って
来る気がするのよ。だから、あちこち探すより、ここに立って、
迷子さんが帰って来るのを待ってた方がいいんじゃないかなあと
思って……」
私はどうしようか迷います。でも、今さら園長先生に嘘をつい
ても高梨先生の処へ戻ればすぐにバレることですから隠しようが
ありません。
「ごめんなさい。それ、私たちです」
私が白状すると……
「そう、迷子ってあなたたちだったのね。でも、よかったわ、
無事に戻れて……どこまで行ってきたの?……そうだ広志君の絵
みせて」
園長先生は、今度はヒロ君の画板を求めます。
「……あら~この絵を見ると、鷲尾の谷まで行ったみたいね。
でも、あそこは危ないのよ。……そうだ……あなたたち、まさか
蛇に噛まれたりはしてないわよね。もし、そんなことがあったら
叱らないから言ってちょうだい」
園長先生の顔が少し厳しくなりました。
「へび?」
「そう、あそこにはマムシがいるの。昔、噛まれた子がいたの。
それだけじゃないわ。大きな蜂が巣を作ってるし落石もあるしで、
子供たちには危険な場所だから、それで立ち入れないようにした
のよ。……そうだ、広志君は、そのことよくご存知よね」
「えっ!」
ヒロ君は、突然振られて困った顔になります。
「だって、あなたは常習犯だもの」
それが園長先生の答えでした。
「常習犯?」
私が再び広志君の顔を見ると、その顔は今度は真っ赤でした。
ちょうどその時です。
小宮先生が園長先生へのご報告の為でしょうか、やってきます。
「園長先生、…………」
そう呼びかけただけで言葉が止まり。
私たちを見るなり目を丸くして大きなため息を一つ。
「広志君、あなた、今日は美咲ちゃんまでお誘いしたの?」
「そんなんじゃないよ。こいつが勝手に……」
呆れ顔の小宮先生に広志君は反論しようとしましたが、そこで
言葉が途切れてしまいました。
「まあ、いいわ……でも、今日はお母様までお見えになってる
から、それはそれなりに覚悟しておくことね」
「えっ……」
ヒロ君は絶句。唇が震えているのがわかります。
『背筋も凍る』そんな感じだったんでしょうか。
ヒロ君の瞳が潤んで見えました。
広志君の場合、私たちのお父様にあたる人がそのお母様でした。
私が見ている限り、その人はとても美しくて、親子の仲もよくて、
円満そうに見えますが、クラスの評判では『広志君のお母さんは
とても厳しい人』ということでした。
その理由の一つがお灸。当時は珍しいお仕置きではありません
が、妹さんからの情報によれば、広志君、何かあるたびごとに、
お母様に家で据えられているというのです。
そこで、夏のプールで海パン姿になった広志君をじっくり観察
しましたが、その痕跡は発見できませんでした。
それでも諦めきれない女の子たちは額を寄せ合って噂します。
『きっとお尻に据えられてるのよ』
『お臍の下じゃない』
『ひっとして……オチンチンだったりして』
『やだあ~~~そんなことしたら死んじゃってるわよ』
『どうして?私、あそこに据えられたけど死ななかったわよ』
女の子が下ネタで盛り上がるなんておかしいですか?
そんなことありませんよ。女の子だって、Hな話は大好きです。
女の子同士が下ネタで盛り上がるなんて私たちの間でもごく普通
のことでした。
実際、秘密のあそこに据えられた子もいましたから。
さて、私たち二人の身柄は小宮先生に引き取られます。
「さあ、ついてらっしゃい。まずはその汚れた服を着替える事
からよ」
もちろんそれって仕方のない事でしょうが、先生の後を着いて
行く二人はまるで囚人のように首をうな垂れていました。
途中、迷子の捜索に参加した高梨先生を始め、同級生や六年生、
四年生なんかとも出会います。
「ミーミ、探したよ、どこ行ってたの?」
理沙ちゃんがいきなり抱きつきます。ミーミは私のことです。
「ちょっと、散歩よ。散歩」
「大丈夫だったミーミ。ヒロと鷲尾の谷まで行ったんでしょう。
怪我してない?」
「真美ちゃん、ごめんね心配かけて。大丈夫よ私、蛇になんか
噛まれてないから」
「えっ?蛇って?」
どうやら園長先生の話は一般的じゃなかったみたいです。
「いやだあミーミ。生きてんじゃない。残念だなあ~~。私、
さっき誰かに崖から落ちて死んだって聞いからお葬式いつだろう
って思ってたのに~~」
遥お姉さまに会ってしまいました。お姉さまは、普段から人の
嫌がることばかり言う皮肉屋さんですが本当は心の優しい子です。
「うるさいわね、そんなに簡単には死にませんよ~~だ。特に
あなたより先にだけは絶対に死なないんだから」
「わかった、わかった、いい子いい子」
お姉さまはまるで幼い子みたいに私をなだめて抱きしめます。
『バカにするなあ~~~!!』
ってなもんですが、私は遥お姉さまがあまりに強く抱きしめる
ものですから突き放すことができずそのまま抱かれてしまいます。
こうして、お友だちと出会うたびに私たちは再会を喜びあい、
抱き合います。
こんな時は親友もライバルの子も関係ありません。とにかく、
お友だちを見つけたらお互い抱き合って喜び合う。
これが女の子の仁義でした。
というわけで『私たちが見つかった』という情報は、たちまち
校内中に広まります。
でも、ならば私たち二人がすぐに教室へ戻れたかというと……
そこがそうはいきませんでした。
「ここで待ってなさい」
小宮先生にそう命じられたのは、下駄箱のある土間をそのまま
通り抜けた先にある校舎の中庭。テニスコート一面くらいの広さ
だったでしょうか、そこは四方に建つ校舎のおかげで風も穏やか、
冬でも陽だまりがとてもあったかい場所でした。
そんな条件を生かして中庭には沢山の草花が植えられています。
クラスごとに花壇が割り振られ、どのクラスも競争するように
手入れを惜しみませんでしてたから四季折々の草花が絶えること
がありませんでした。
やがて、そこへぞろぞろと色んな人たちがやってきます。生徒
や先生、高梨先生や私たちの家庭教師河合先生、広志君のお母様。
私はその数の多さに圧倒されます。
『どういうことかしら?』
実は、このメンバー。私たちの捜索に参加した人たちでした。
生徒はクラスメイトだけでなく四年生や六年生も参加していま
したし学校の先生は絵画担当の高梨先生やクラス担任の小宮先生、
音楽や体育の先生まで借り出されていました。これに、我が家の
家庭教師河合先生や広志君のお母様までが加わっていたという訳
です。
「さあ、それではお二人さん、まずはお着替えしましょうか。
そんな泥だらけの服ではみっともないわ」
小宮先生はまず私たちに着替えを命じます。実際、学校には、
不慮の事故を想定して予備の制服や下着が用意してありました。
それを小宮先生が運んできたのです。
ですから、私……
「わかりました。更衣室へ行ってきます」
そう言って小宮先生からその服をもらおうとしたのですが……
「あらあら、何、その手は?だめよ。これはだめ。渡せないわ。
学校の規則を破るような子は、お仕置きを受けてからでなければ
神聖な校舎に入ることができないの。あなたたちのお着替えは、
ここでやりましょう」
小宮先生の言葉はまだ幼い身体の私にとっても衝撃的でした。
広志君はまだ男の子だからいいでしょうけど、私は女の子です。
こんな大勢の人が見ている前でお着替えなんて嫌に決まってます。
「…………」
私は言葉にできない分を顔で表現して小宮先生に訴えますが、
先生はわずかに微笑んでそれを無視。
その代わり、集まった生徒たちに私たちを取り囲むようにして
大きな輪を作らせると、そのまま回れ右させます。
つまり外を向かせたわけです。
これで私は、同年代の生徒からだけは着替えの様子を見られる
心配がなくなります。
でも、こうやって私の周りを子供たちが取り囲んでも、子供の
身長は低く、その外側にいる大人の人たちからはこちらが丸見え
です。
『あの~う、大人の人からはまだ見えてるんですけど……』
私の心の声は続きますが、それは考慮してもらえそうにありま
せんでした。
「いいこと広志君、美咲ちゃん。今日はあなたたちのわがまま
のせいでこれだけ大勢の人にご迷惑をおかけしたの。あなた方は
それをじっくり反省しなければならないわ。そして、あなた方の
為にこれだけ多くのお友だちが力になってくれる幸せを噛み締め
てほしいの。……わかった?」
小宮先生、言葉は穏やかですが鼻息荒く私たちにお説教です。
私たちも……
「はい、わかりました」
「先生、ごめんなさい」
こう言うしかありませんでした。
「……わかったのなら、こうした場合、私たち学校では自分で
お着替えできないのも知ってるわよね」
「えっ!」
私は一瞬驚いて顔をあげましたが、すぐに俯きます。
「はい、先生」
やはり、こう言うしかありません。
今朝の朱音お姉さまがそうだったように、私たちが子供時代を
すごしたこの世界では規則を守らない子や歳相応の責任が果たせ
ないような子は、小学生でもその地位を剥奪されて幼児の時代へ
戻されます。もっとひどい時は赤ん坊にまで逆戻りです。
ですから、この場合、私や広志君にはこの先何が起こるのか、
容易に想像がつくのでした。
「高梨先生、お手伝いいただけますか」
小宮先生が高梨先生を呼びます。
それは私の身体を硬直させる言葉でした。
高梨先生は、先生と呼ばれていますが、実は私のお父様と同じ
ここの生徒の父兄なのです。
私達の学校では主要四教科と呼ばれる国語、算数、社会、理科、
以外の教科は生徒のお父様が先生役を買ってでられる方が多くて、
図工だけでなく音楽や体育、教科でなくても自由研究という形で
何人もの方がご自分の得意分野を子どもたちに教えてくださって
いました。
高梨先生もそんなお一人だったのですが、これが私にとっては
大問題でした。というのも高梨先生が男性だったからなのです。
当たり前の事ですが、男性の前で裸になるなんてたとえ小学生
だって嫌に決まってます。
でも……
『高梨先生は男の先生だから嫌です』
とは、うちの学校では言えませんでした。
なぜって、今の私は規則を破ったいけない子なんです。そんな
いけない子はお仕置きが済むまで小学生の地位を剥奪されて幼児
とみなされます。
そして、幼児にされると、どんなに恥ずかしいと私が訴えても
大人たちがそれを認めてくれませんので、お着替えの最中、私は
高梨先生の前で自分の裸を晒すことになるのでした。
ショックな映像が頭を駆け巡り放心状態でいるなか、小宮先生
は私の様子を冷静に観察されていました。
『最初は、広志君と一緒にお着替えさせてやろうかと思ってた
けど……だいぶ、応えてるみたいだから……まあ、いいでしょう』
先生のこの判断で最悪の事態は回避されます。
結局、私と広志君の間には河合先生と広志君のお母さんが持つ
幕が張られ、広志君は高梨先生が、私は小宮先生が担当すること
になったのでした。
朝のお風呂の時と同じです。こういう時、私は大人のやってる
ことに何一つ手出しができませんでした。
勝手に制服のジャンパースカートが剥ぎ取られシャツもパンツ
も靴下も身につけていたものとは全部全部おさらばです。
これが恥ずかしくないわけがありません。とにかく、今の私、
お外でみんなの前で全裸なのですから。
輪になったお友だちは外を向いて小宮先生から指示された通り
休み時間に入って教室から出てきた下級生たちに「あっち行って
なさい」「中を見ちゃだめ」「通り過ぎてちょうだい」なんていう
声をかけて防いでくれています。
でも、背の高い大人たちなら輪を作る子供たちの頭越しに私の
姿は丸見えです。
もちろん、ここにいる人たちはみなさんが良識のある人たち。
11歳の女の子の裸なんて、できるだけ見ないようにはしてくだ
さっているのですが、小宮先生の作業はとてもゆっくりしていて、
『さあ、どうぞ、どうぞ、この子の裸を見てやってください』
とでも言いたげでした。
小宮先生は丸裸にした私のお尻を濡れタオルで拭きあげながら
お説教します。
「いいこと、あなたは、あなたのお父様や、あなたのご兄弟や、
先生方、お友だち、みんなに守られてここにいるの。その感謝を
忘れてはいけないわ。見てごらんなさい。お友だちがああやって
手を繋いであなたの裸の身体が見えないようにしてくれてるから、
あなたのお着替えは下級生から見られずにすんでるの。お友だち
に感謝しなくちゃね」
「でも、上から大人の人たちが覗いたら見えるじゃないですか」
「そりゃあ、そうだけど、だったらお友達の親切はいらない?
何もないお庭の真ん中で下級生からはやし立てられて指を指され
ながらお着替えする方がいいの」
「それは……」
「誰を頼るにしても、その人が、何から何まで完璧にあなたを
フォローなんてしてくれないの。足りない分は別の人のお世話に
なるか、あなた自身が頑張ってうめていかなければならないわ。
あなたは大人の人なら見えると言ったけど、大人の人で、私たち
以外に誰かあなたを見てる人がいるかしら?」
「…………」
私は辺りを見回しましたが、その時は誰も私を見ていませんで
した。
「誰も見てないでしょう。それはあなたがここにいるみんなに
愛されてるから。誰もあなたを悲しませたくないからそんな事は
なさらないの。その人の為になることしかなさらない。それが、
『愛してる』『愛されてる』ってことなの。あなたはご家庭でも
この学校でも愛に囲まれて暮らしてる幸せな王女様なのよ」
「…………」
幼い私にその実感はありませんでした。
この不幸な状態と愛されてるという言葉がどうして同じなのか
がまったく分からず小首を傾げます。
すると、小宮先生は微笑まれて……
「そうね、あなたは外の世界を知らないから、仕方がないわね。
きっと『お外にはもっとすばらしい世界が広がってる』と思って
るのかもしれないわね。でも、青い鳥と同じ。本当の幸せはここ
にあるの。身も心も裸になれるここにあるのよ」
「はい、先生」
私は小宮先生のお説教は理解不能でしたがこんな時はともかく
『はい、先生』と言わなければならないとだけわかっていました。
ですから、蚊のなくような小さな声で答えたんです。
それでも小宮先生。私の『はい、先生』で満足なされたみたい
でした。
「はい、それじゃあまずパンツを穿きましょう。あんよ上げて」
小宮先生、やっと私に新しいパンツを穿かせてくれます。
でも、これでお仕置きが終了したわけではありません。
実際、こうしたお着替えだけでも、私たちには立派な辱しめの
お仕置きなのですが、本当のお仕置きはまだまだこれからだった
のです。
着替えた服はあつらえたみたいにサイズがぴったりです。
下着もサイズはぴったりでしたが、誰かが着たかもしれないと
思うといい気持はしませんでした。
一段落したところで小宮先生が私の耳元で囁きます。それは、
悪魔の囁きでした。
「今日はここでお仕置きします。覚悟しておいてね。みんなの
愛を裏切って勝手な行動をとったわけですから、仕方ないわね」
『やっぱり、お着替えだけじゃないんだ』
と思いました。
そして、黙っていると……
「いいですね」
と、小宮先生に念を押されます。
「はい、先生」
もちろん、私はこう言うしかありませんでした。
*******2訂**********
***<< §9 >>****
私とヒロ君は桃源郷の入口付近まで戻ってきます。
すると破れた金網の処に園長先生が独りで立っていました。
気になってその辺りを観察すると、私たちがこっそり利用した
はずの金網が大きく捲れ上がっていて、今なら苦労せずにこちら
の世界へ行けそうです。
いえいえ、そもそもそんなことしなくても、園長先生が立って
いる土手沿いに設けてある正規の入口がこの時は開いていました。
こっそり近寄ると、園長先生は心配そうな顔をしています。
「ごきげんよう、園長先生」
私はいつもの習慣で声を掛けます。
きっと、私たちがあまりに近くにいますから、先生もびっくり
なさったのでしょう。
振り返った瞬間、園長先生は目を丸くしておいででした。
でも、その顔はほんの一瞬でしたから私の後ろにいたヒロ君は
その顔を見逃したみたいです。
園長先生はすぐにいつもの笑顔に戻ります。
園長先生は言わずと知れたうちの学校では一番偉い方ですが、
いつもニコニコしていて、もしこれが担任の先生だったら、三日
くらい体の震えが止まらないような大失態を犯しても「大丈夫よ、
あなたはいい子だもの。次は頑張りましょう」とか、担任の先生
からお仕置きされて泣いてる子を見つけると、「大丈夫、大丈夫、
泣かなくていいのよ。もう先生怒ってないから。一緒に先生の処
へ行って謝りましょう」なんておっしゃいます。
もちろん、園長先生自身が子どもたちをお仕置きするなんて、
まずありませんでした。ですから、こちらも気楽に声が掛けられ
たんだと思います。
ここを卒業後、大学生のときでしたか、同窓会の席で私が……
「園長先生はなぜいつも子供たちにやさしいかったんですか?
他の先生たちみたいに怒ったこと一度もありませんでしたよね」
って尋ねたら……
「だって、私が怒ったらあなたたちの逃げ込む場所がなくなる
でしょう。先生方はあなたたちを叱るのがお仕事だから、それは
それで仕方がないけど、その子がどんな事をしたにせよ逃げ込む
場所は残しておかないと、その子の心がいつまでも癒えないわ。
そんなの誰だって嫌でしょう?」
「はい」
「世の中に救われないお仕置きというのはないの。愛されてる
からお仕置きで、憎しみからなら虐待。私の仕事は子どもたちに
『学校はこれからもあなたを必要としてますよ。愛してますよ』
って伝える事だから……だからいつも笑顔なのよ」
「でも、私の在校中に一度だけ、園長室の前を通ったら、会田
先生のこと、大声で叱ってらっしゃったのを覚えてますよ」
「あら、まあ、そんなことがあったの。それはまずかったわね。
そんなこと生徒に聞かせちゃいけないわね。私もついつい大声に
なっちゃって……でも、それも私の仕事なの。私が叱るのは生徒
じゃなくて先生の方よ」
私は園長先生とのこんな会話をずっと覚えていまして、それを
管理職になってからは、『なるほど』って思い返すんです。
そんなわけですから、この時も、その第一声は笑顔と共に……
「あら、スケッチしてきたの?楽しかった?上手に描けた?」
というものでした。
まるで、周囲の大人たちが二人の為にバタバタ働いているのを
知らないみたいな穏やかな笑顔です。
「楽しかったです。ヒロ君と一緒に向こうの谷まで行ってきて
描いたの。私、パステル落としちゃったからヒロ君のパステルで
一緒に描いたんだけど、そこってまるで西洋の風景画みたいなの」
「そう、じゃあそれを見せてちょうだい」
園長先生に求められるまま、私が画板を差し出しますと……
「……あら~~なかなかよく描けてるじゃない。……特にこの
木の枝ぶりがいいわね」
ヒロ君が勝手に書き込んだおせっかいな大木だけを先生が褒め
るので私はちょっぴりショックでした。
「ねえ、園長先生はここで何してるの」
私はついに禁断の質問をしてしまいます。
「ああ、私のことね……実はね、高梨先生が幼い女の子の悲鳴
を聞いたので心配してここへやって来ると、ここの金網が破れて
て、どうやら、ここから誰かが外に出たみたいなの」
「!!!」
私はハッとします。
『ヤバイ、ばれてたんだ』
というわけです。
「それでね、もしやと思ってここに立ってみると………ほら、
斜面の土が削れてるでしょう。コレ、恐らく誰かが滑った跡よね。
先生、慌てて下りて行くと駐車場にはパステルが散乱してるし、
ひょっとして誰かが崖から落ちたんじゃないかって……そこまで
心配なさったそうよ」
園長先生は画板を私に返しながら私の顔を覗き込みます。
もちろん、その時だって園長先生のお顔は笑顔でしたが、私は
生きた心地がしませんでした。遅ればせながらやっと事の重大性
に気づいたのです。
事の重大性……
重い言葉ですが、子供にとって事の重大性というのは自分の事
だけです。要するに……
『これがいったいどのくらい厳しいお仕置きになるんだろう?』
と、頭の中そればかりでした。
「幸い、駐車場に倒れてる子はいなくてホッとなさったけど、
今度は学校に戻ってクラスの子を確認すると、これが、一人じゃ
なくて二人もいなくなってることがわかって、それでまた大慌て。
ほかの先生方の協力も求められて、見当たらない子をみんなして
探しましょうということになったの」
園長先生はもちろんご存知です。私とヒロ君がその話題の主だ
ということを。でも、先生は決して私に向けた笑顔を崩しません
でした。
「でもね、私、迷子さんって、やっぱり出て行った処に戻って
来る気がするのよ。だから、あちこち探すより、ここに立って、
迷子さんが帰って来るのを待ってた方がいいんじゃないかなあと
思って……」
私はどうしようか迷います。でも、今さら園長先生に嘘をつい
ても高梨先生の処へ戻ればすぐにバレることですから隠しようが
ありません。
「ごめんなさい。それ、私たちです」
私が白状すると……
「そう、迷子ってあなたたちだったのね。でも、よかったわ、
無事に戻れて……どこまで行ってきたの?……そうだ広志君の絵
みせて」
園長先生は、今度はヒロ君の画板を求めます。
「……あら~この絵を見ると、鷲尾の谷まで行ったみたいね。
でも、あそこは危ないのよ。……そうだ……あなたたち、まさか
蛇に噛まれたりはしてないわよね。もし、そんなことがあったら
叱らないから言ってちょうだい」
園長先生の顔が少し厳しくなりました。
「へび?」
「そう、あそこにはマムシがいるの。昔、噛まれた子がいたの。
それだけじゃないわ。大きな蜂が巣を作ってるし落石もあるしで、
子供たちには危険な場所だから、それで立ち入れないようにした
のよ。……そうだ、広志君は、そのことよくご存知よね」
「えっ!」
ヒロ君は、突然振られて困った顔になります。
「だって、あなたは常習犯だもの」
それが園長先生の答えでした。
「常習犯?」
私が再び広志君の顔を見ると、その顔は今度は真っ赤でした。
ちょうどその時です。
小宮先生が園長先生へのご報告の為でしょうか、やってきます。
「園長先生、…………」
そう呼びかけただけで言葉が止まり。
私たちを見るなり目を丸くして大きなため息を一つ。
「広志君、あなた、今日は美咲ちゃんまでお誘いしたの?」
「そんなんじゃないよ。こいつが勝手に……」
呆れ顔の小宮先生に広志君は反論しようとしましたが、そこで
言葉が途切れてしまいました。
「まあ、いいわ……でも、今日はお母様までお見えになってる
から、それはそれなりに覚悟しておくことね」
「えっ……」
ヒロ君は絶句。唇が震えているのがわかります。
『背筋も凍る』そんな感じだったんでしょうか。
ヒロ君の瞳が潤んで見えました。
広志君の場合、私たちのお父様にあたる人がそのお母様でした。
私が見ている限り、その人はとても美しくて、親子の仲もよくて、
円満そうに見えますが、クラスの評判では『広志君のお母さんは
とても厳しい人』ということでした。
その理由の一つがお灸。当時は珍しいお仕置きではありません
が、妹さんからの情報によれば、広志君、何かあるたびごとに、
お母様に家で据えられているというのです。
そこで、夏のプールで海パン姿になった広志君をじっくり観察
しましたが、その痕跡は発見できませんでした。
それでも諦めきれない女の子たちは額を寄せ合って噂します。
『きっとお尻に据えられてるのよ』
『お臍の下じゃない』
『ひっとして……オチンチンだったりして』
『やだあ~~~そんなことしたら死んじゃってるわよ』
『どうして?私、あそこに据えられたけど死ななかったわよ』
女の子が下ネタで盛り上がるなんておかしいですか?
そんなことありませんよ。女の子だって、Hな話は大好きです。
女の子同士が下ネタで盛り上がるなんて私たちの間でもごく普通
のことでした。
実際、秘密のあそこに据えられた子もいましたから。
さて、私たち二人の身柄は小宮先生に引き取られます。
「さあ、ついてらっしゃい。まずはその汚れた服を着替える事
からよ」
もちろんそれって仕方のない事でしょうが、先生の後を着いて
行く二人はまるで囚人のように首をうな垂れていました。
途中、迷子の捜索に参加した高梨先生を始め、同級生や六年生、
四年生なんかとも出会います。
「ミーミ、探したよ、どこ行ってたの?」
理沙ちゃんがいきなり抱きつきます。ミーミは私のことです。
「ちょっと、散歩よ。散歩」
「大丈夫だったミーミ。ヒロと鷲尾の谷まで行ったんでしょう。
怪我してない?」
「真美ちゃん、ごめんね心配かけて。大丈夫よ私、蛇になんか
噛まれてないから」
「えっ?蛇って?」
どうやら園長先生の話は一般的じゃなかったみたいです。
「いやだあミーミ。生きてんじゃない。残念だなあ~~。私、
さっき誰かに崖から落ちて死んだって聞いからお葬式いつだろう
って思ってたのに~~」
遥お姉さまに会ってしまいました。お姉さまは、普段から人の
嫌がることばかり言う皮肉屋さんですが本当は心の優しい子です。
「うるさいわね、そんなに簡単には死にませんよ~~だ。特に
あなたより先にだけは絶対に死なないんだから」
「わかった、わかった、いい子いい子」
お姉さまはまるで幼い子みたいに私をなだめて抱きしめます。
『バカにするなあ~~~!!』
ってなもんですが、私は遥お姉さまがあまりに強く抱きしめる
ものですから突き放すことができずそのまま抱かれてしまいます。
こうして、お友だちと出会うたびに私たちは再会を喜びあい、
抱き合います。
こんな時は親友もライバルの子も関係ありません。とにかく、
お友だちを見つけたらお互い抱き合って喜び合う。
これが女の子の仁義でした。
というわけで『私たちが見つかった』という情報は、たちまち
校内中に広まります。
でも、ならば私たち二人がすぐに教室へ戻れたかというと……
そこがそうはいきませんでした。
「ここで待ってなさい」
小宮先生にそう命じられたのは、下駄箱のある土間をそのまま
通り抜けた先にある校舎の中庭。テニスコート一面くらいの広さ
だったでしょうか、そこは四方に建つ校舎のおかげで風も穏やか、
冬でも陽だまりがとてもあったかい場所でした。
そんな条件を生かして中庭には沢山の草花が植えられています。
クラスごとに花壇が割り振られ、どのクラスも競争するように
手入れを惜しみませんでしてたから四季折々の草花が絶えること
がありませんでした。
やがて、そこへぞろぞろと色んな人たちがやってきます。生徒
や先生、高梨先生や私たちの家庭教師河合先生、広志君のお母様。
私はその数の多さに圧倒されます。
『どういうことかしら?』
実は、このメンバー。私たちの捜索に参加した人たちでした。
生徒はクラスメイトだけでなく四年生や六年生も参加していま
したし学校の先生は絵画担当の高梨先生やクラス担任の小宮先生、
音楽や体育の先生まで借り出されていました。これに、我が家の
家庭教師河合先生や広志君のお母様までが加わっていたという訳
です。
「さあ、それではお二人さん、まずはお着替えしましょうか。
そんな泥だらけの服ではみっともないわ」
小宮先生はまず私たちに着替えを命じます。実際、学校には、
不慮の事故を想定して予備の制服や下着が用意してありました。
それを小宮先生が運んできたのです。
ですから、私……
「わかりました。更衣室へ行ってきます」
そう言って小宮先生からその服をもらおうとしたのですが……
「あらあら、何、その手は?だめよ。これはだめ。渡せないわ。
学校の規則を破るような子は、お仕置きを受けてからでなければ
神聖な校舎に入ることができないの。あなたたちのお着替えは、
ここでやりましょう」
小宮先生の言葉はまだ幼い身体の私にとっても衝撃的でした。
広志君はまだ男の子だからいいでしょうけど、私は女の子です。
こんな大勢の人が見ている前でお着替えなんて嫌に決まってます。
「…………」
私は言葉にできない分を顔で表現して小宮先生に訴えますが、
先生はわずかに微笑んでそれを無視。
その代わり、集まった生徒たちに私たちを取り囲むようにして
大きな輪を作らせると、そのまま回れ右させます。
つまり外を向かせたわけです。
これで私は、同年代の生徒からだけは着替えの様子を見られる
心配がなくなります。
でも、こうやって私の周りを子供たちが取り囲んでも、子供の
身長は低く、その外側にいる大人の人たちからはこちらが丸見え
です。
『あの~う、大人の人からはまだ見えてるんですけど……』
私の心の声は続きますが、それは考慮してもらえそうにありま
せんでした。
「いいこと広志君、美咲ちゃん。今日はあなたたちのわがまま
のせいでこれだけ大勢の人にご迷惑をおかけしたの。あなた方は
それをじっくり反省しなければならないわ。そして、あなた方の
為にこれだけ多くのお友だちが力になってくれる幸せを噛み締め
てほしいの。……わかった?」
小宮先生、言葉は穏やかですが鼻息荒く私たちにお説教です。
私たちも……
「はい、わかりました」
「先生、ごめんなさい」
こう言うしかありませんでした。
「……わかったのなら、こうした場合、私たち学校では自分で
お着替えできないのも知ってるわよね」
「えっ!」
私は一瞬驚いて顔をあげましたが、すぐに俯きます。
「はい、先生」
やはり、こう言うしかありません。
今朝の朱音お姉さまがそうだったように、私たちが子供時代を
すごしたこの世界では規則を守らない子や歳相応の責任が果たせ
ないような子は、小学生でもその地位を剥奪されて幼児の時代へ
戻されます。もっとひどい時は赤ん坊にまで逆戻りです。
ですから、この場合、私や広志君にはこの先何が起こるのか、
容易に想像がつくのでした。
「高梨先生、お手伝いいただけますか」
小宮先生が高梨先生を呼びます。
それは私の身体を硬直させる言葉でした。
高梨先生は、先生と呼ばれていますが、実は私のお父様と同じ
ここの生徒の父兄なのです。
私達の学校では主要四教科と呼ばれる国語、算数、社会、理科、
以外の教科は生徒のお父様が先生役を買ってでられる方が多くて、
図工だけでなく音楽や体育、教科でなくても自由研究という形で
何人もの方がご自分の得意分野を子どもたちに教えてくださって
いました。
高梨先生もそんなお一人だったのですが、これが私にとっては
大問題でした。というのも高梨先生が男性だったからなのです。
当たり前の事ですが、男性の前で裸になるなんてたとえ小学生
だって嫌に決まってます。
でも……
『高梨先生は男の先生だから嫌です』
とは、うちの学校では言えませんでした。
なぜって、今の私は規則を破ったいけない子なんです。そんな
いけない子はお仕置きが済むまで小学生の地位を剥奪されて幼児
とみなされます。
そして、幼児にされると、どんなに恥ずかしいと私が訴えても
大人たちがそれを認めてくれませんので、お着替えの最中、私は
高梨先生の前で自分の裸を晒すことになるのでした。
ショックな映像が頭を駆け巡り放心状態でいるなか、小宮先生
は私の様子を冷静に観察されていました。
『最初は、広志君と一緒にお着替えさせてやろうかと思ってた
けど……だいぶ、応えてるみたいだから……まあ、いいでしょう』
先生のこの判断で最悪の事態は回避されます。
結局、私と広志君の間には河合先生と広志君のお母さんが持つ
幕が張られ、広志君は高梨先生が、私は小宮先生が担当すること
になったのでした。
朝のお風呂の時と同じです。こういう時、私は大人のやってる
ことに何一つ手出しができませんでした。
勝手に制服のジャンパースカートが剥ぎ取られシャツもパンツ
も靴下も身につけていたものとは全部全部おさらばです。
これが恥ずかしくないわけがありません。とにかく、今の私、
お外でみんなの前で全裸なのですから。
輪になったお友だちは外を向いて小宮先生から指示された通り
休み時間に入って教室から出てきた下級生たちに「あっち行って
なさい」「中を見ちゃだめ」「通り過ぎてちょうだい」なんていう
声をかけて防いでくれています。
でも、背の高い大人たちなら輪を作る子供たちの頭越しに私の
姿は丸見えです。
もちろん、ここにいる人たちはみなさんが良識のある人たち。
11歳の女の子の裸なんて、できるだけ見ないようにはしてくだ
さっているのですが、小宮先生の作業はとてもゆっくりしていて、
『さあ、どうぞ、どうぞ、この子の裸を見てやってください』
とでも言いたげでした。
小宮先生は丸裸にした私のお尻を濡れタオルで拭きあげながら
お説教します。
「いいこと、あなたは、あなたのお父様や、あなたのご兄弟や、
先生方、お友だち、みんなに守られてここにいるの。その感謝を
忘れてはいけないわ。見てごらんなさい。お友だちがああやって
手を繋いであなたの裸の身体が見えないようにしてくれてるから、
あなたのお着替えは下級生から見られずにすんでるの。お友だち
に感謝しなくちゃね」
「でも、上から大人の人たちが覗いたら見えるじゃないですか」
「そりゃあ、そうだけど、だったらお友達の親切はいらない?
何もないお庭の真ん中で下級生からはやし立てられて指を指され
ながらお着替えする方がいいの」
「それは……」
「誰を頼るにしても、その人が、何から何まで完璧にあなたを
フォローなんてしてくれないの。足りない分は別の人のお世話に
なるか、あなた自身が頑張ってうめていかなければならないわ。
あなたは大人の人なら見えると言ったけど、大人の人で、私たち
以外に誰かあなたを見てる人がいるかしら?」
「…………」
私は辺りを見回しましたが、その時は誰も私を見ていませんで
した。
「誰も見てないでしょう。それはあなたがここにいるみんなに
愛されてるから。誰もあなたを悲しませたくないからそんな事は
なさらないの。その人の為になることしかなさらない。それが、
『愛してる』『愛されてる』ってことなの。あなたはご家庭でも
この学校でも愛に囲まれて暮らしてる幸せな王女様なのよ」
「…………」
幼い私にその実感はありませんでした。
この不幸な状態と愛されてるという言葉がどうして同じなのか
がまったく分からず小首を傾げます。
すると、小宮先生は微笑まれて……
「そうね、あなたは外の世界を知らないから、仕方がないわね。
きっと『お外にはもっとすばらしい世界が広がってる』と思って
るのかもしれないわね。でも、青い鳥と同じ。本当の幸せはここ
にあるの。身も心も裸になれるここにあるのよ」
「はい、先生」
私は小宮先生のお説教は理解不能でしたがこんな時はともかく
『はい、先生』と言わなければならないとだけわかっていました。
ですから、蚊のなくような小さな声で答えたんです。
それでも小宮先生。私の『はい、先生』で満足なされたみたい
でした。
「はい、それじゃあまずパンツを穿きましょう。あんよ上げて」
小宮先生、やっと私に新しいパンツを穿かせてくれます。
でも、これでお仕置きが終了したわけではありません。
実際、こうしたお着替えだけでも、私たちには立派な辱しめの
お仕置きなのですが、本当のお仕置きはまだまだこれからだった
のです。
着替えた服はあつらえたみたいにサイズがぴったりです。
下着もサイズはぴったりでしたが、誰かが着たかもしれないと
思うといい気持はしませんでした。
一段落したところで小宮先生が私の耳元で囁きます。それは、
悪魔の囁きでした。
「今日はここでお仕置きします。覚悟しておいてね。みんなの
愛を裏切って勝手な行動をとったわけですから、仕方ないわね」
『やっぱり、お着替えだけじゃないんだ』
と思いました。
そして、黙っていると……
「いいですね」
と、小宮先生に念を押されます。
「はい、先生」
もちろん、私はこう言うしかありませんでした。
*******2訂**********
小暮男爵 << §8 >>
小暮男爵
***<< §8 >>****
世の中には学習指導要領なんてものがあるそうですが、私たち
の学校では、教科書に書かれているような内容はおおむね家庭で
勉強するのが常識になっていました。
いつも授業の始まりに行われる宿題の確認テストで生徒全員が
合格すればそれでOK。その後は教科書には書かれていない内容
を勉強することになります。
国語と算数は一応その単元に則した内容の授業を心がけていた
ようですが、他の教科はそんなお構いなし。先生が自由に課題を
決めて授業しますから、途中から脱線に次ぐ脱線なんてことも。
この日も、国語はクラス全員が宿題になっていたテストに合格
しましたから、先生も教科書は開きません。どんなことをしたか
というと……
紫式部と清少納言の生い立ちや境遇の違いについてと源氏物語、
枕草子に出てくる二人の性格の違いについて。はては、平安貴族
の日常生活や恋愛事情なんてものまで………
小宮先生の名調子に乗せられて私たちは平安時代の優美な世界
に心を躍らせて聞いています。その後、平安貴族になったつもり
で寸劇。古語は難しくて爆笑また爆笑でした。
もちろんそれは学力とは無縁なんでしょうけど、宿題テストが
不合格になって、その後、無味乾燥な教科書の復習をやらされる
より、私たちにとってはずっとずっと楽しい授業でした。
理科の先生はいつも私たちに楽しい実験ばかりを見せますから
理科というのは動植物の観察か実験をやるための教科だとばかり
思っていましたし社会科は社会科見学であちこちまわりますから
これは遠足の時間なんだと思っていました。
この他にも写生会、学芸会、演奏会など一学期中にはたくさん
の行事や催し物が組んであります。
ですから、教科によっては教科書を一度も開かないまま学期末
なんて事も。
(さすがに学期末には教科書を開いておさらいはしますけど)
おかげで、掛け算の九九もローマ字もここではすべて夏休みの
宿題。
うちの場合、教科書的な知識を授けるのは学校の先生ではなく
家庭教師のお仕事。もし家庭教師がいないければお父様お母様の
お仕事でした。
この日は一時間目が国語で二時間目が算数。
実は私、算数が苦手で、『何でこんな教科があるんだろう?』
と思っていました。
他の教科は宿題さえやってくれば、その日先生がどんな楽しい
お話をしてくれるのかわくわくしながら待つことができます。
でも、この算数だけはどんなに真面目に宿題をこなしてテスト
がうまくいっても授業があまり代わり映えしません。
「これは高等数学の基礎なの。今、あなたたちは高校生のお姉
さんたちと同じレベルの事を考えてるのよ」
なんて、先生は得意げにおっしゃいますけど、私にはちょっと
変わったパズルやゲームをやってるだけに思えます。
何より不満なのは、算数って、数字や記号や図形ばかりで人が
出てこないことなんです。男の子には理解不能なんでしょうけど、
女の子って人が基準なんです。
人が行動して、おしゃべりして、物語があって、そこから答え
を導き出してくるんです。人が答えを教えてくれるんです。
数字や記号はいくら眺めていても何も答えてくれませんから。
それに算数って、ほんのちょっと答えがずれただけでも『X』
でしょう。残酷なんですよ。もし答えが近かったら『これ正解に
近かったから5点のうち2点あげるね』とか言ってくれてもいい
と思うんですけど。
せっかく苦労してやったのに『X』だけじゃ寂しいもの。
とまあ、こんな理由で私は算数が苦手でした。
でも、広志君は男の子だからでしょうか、この算数が得意で、
クラスで一斉に同じテストをやっていても、たいていは一番早く
解いてしまいます。
そこで、私はこの子を頼りにしていました。いくら問題用紙を
眺めていても答えが浮かんでこない時は、問題文ではなく手近に
いる広志君に助けてもらうのです。
私が問題の番号を消しゴムに書いて立てておくと……
それに気がついた広志君が自分の消しゴムに答えを書いて私が
見えるように立てておいてくれます。
これで、途中の計算式は分からなくてもとりあえず正解は確保
できますから、後はどうしてそうなったかを考えるだけでした。
これだけ見ると、私ってだらしのない女の子に見えるかもしれ
ませんが、私だって不器用(?)な広志君のために家庭科や図工
の宿題では随分手伝ってあげましたから、お互い持ちつ持たれつ
なんです。
女の子って独りは嫌いです。何をやるにもお友だちが頼りです。
たとえ自分がこうやろうと固く心に決めていても必ずお友だちに
賛同を求めます。そこで反対されても構いません。お友だちとの
おしゃべりで心は落ち着き、お友だちとのコミュニケーションで
新たな知識も受けられます。
とにかく、人のあいだにいると、ほっとするんです。
ですから、私が頼りにしているのも人生の判断材料にしている
のも全部人、人、人。数字の入り込む余地はありません。算数も
いりません。
でも、学校へ通っている以上、お付き合いでこの教科もやらな
きゃならない。苦痛だなあと思いながら算数をやってるわけです。
話がちょっぴり脱線してしまいましたが、苦手な算数が終わる
と、次の三、四時間目は図工の時間。
その日は昨夜までの雨があがって天気がよくなりましたから、
図工の先生が、『三時間目はお外でスケッチ、四時間目はそれを
教室で仕上げましょう』と言い出します。
これにはみんな大賛成でした。
辛気臭い教室を離れて外に出られるだけでも、気晴らしになり
ますから。
私は、算数の時間の御礼に広志君を手伝ってあげようと思いま
した。
「ねえ、ヒロ君はどこでスケッチするの?」
でも……
「どこでもいいだろう。あっち行けよ」
「いいじゃない。一緒に描こうよ」
「いやだよ、あっちへ行けよ!」
広志君、算数の時間とは打って変わってそっけないんです。
「ケチ、ちょっとぐらい絵がうまいからって、もういいわよ!」
私は捨て台詞を残すと、一旦はその場から離れて女の子たちと
合流しましたが、でも、なぜか彼のことが気になって、離れた処
からずっと広志君の様子を窺ってたんです。
また折を見て一緒の場所でスケッチをしたいと思っていました。
実はこの時、私は広志君にほのかな憧れを抱いていましたから。
ところが……
『えっ!』
私は驚きます。
その時広志君は図画の先生からスケッチの場所として指定され
ていた校庭の花壇付近を離れ、独りだけ高い金網フェンスがある
校庭の隅にいたんです。
しかも、さっきから何だかしきりに辺りの様子を窺っています
から、『おかしいな?』とは思ってたんですが。
それが、いきなり持っていた画板やパステルの箱を破れた金網
のすき間に差し入れます。
そして、広志君自身も……
『いや、それって、やばいよ』
私は広志君が脱走するところを見てしまいました。
広志君は、今、古くなった金網が腐りかけ捲れているのを利用
してフェンスの向こう側へ出ようとしています。
でも、そのフェンスの外というは、昔から、それこそ私たちが
この学校に入学した時から担任の先生に……
「いいですか、この先には急な崖があります。危ないですから
絶対にこの柵を登って向こう側へは行っちゃだめですよ」
って、注意されている生徒立入禁止の区域でした。
『どうしよう?……どうしてそんなことするのよ』
『広志君って普段はとっても冷静な子のはずなのにどうして?』
私の心臓がどぎまぎします。
私は女の子たちの群れからそ~っと抜け出すと、私も広志君の
後を追って彼の場所へ。
もちろん、当初は見つけて一緒に引き返すためでした。
だって、このタブーはおそらく胤子先生の比じゃないはずです。
もし見つかったら、お仕置きは確実。それも、恐らくはクラス
のお友だちみんなの見ている前での見せしめ刑です。
実は、昔、このフェンスをよじ登ったお転婆娘がいたんですが、
その子がそうでした。
クラス全員の見ている前で100回もお尻を叩かれたんです。
大半は、先生がその子をお膝の上にうつ伏せに寝そべらせて、
平手でお尻を軽くペンペンしただけだったんですが、最後には…
「こんな危ない事をする子に、みなさんも『いけませんよ』と
いう気持を伝えましょう」
とか言われて、机にうつ伏せにしたその子のお尻をで一人二回
ずつ竹の物差しでぶつことに……。
みんな遠慮して強くは叩きませんでしたが、その子にとっては
お尻への痛みより、恥ずかしさや屈辱感が何よりたまらなかった
と思います。
先生たちは女の子には恥ずかしい罰の方が効果があると考えて
こうしたお仕置きを多用していたのです。
それだけじゃありません。閻魔帳に載るXだって、こんな時は
一つだけじゃありません。あの時は二つ、いえ、三つだったかも
しれません。
そんな危険を冒してまで、広志君はなぜ柵の中へと入り込んだ
のでしょうか?
その時はまったく理解できませんでした。
広志君がフェンスの外へと消えた瞬間、私は先生に告げ口する
ことも考えました。それが生徒としては普通の判断ですから。
でも……
『好きな子のあとを追ってみたい。広志君の秘密が知りたい』
そんな思いがあって、私は別の決心をします。
『私も……』
私は広志君が消えた場所までやってくると金網フェンスの地面
付近に開いた僅かなすき間を発見。
誰かに見られていないか辺りを窺いつつ一瞬で滑り込みます。
何のことはない広志君と同じことをしたのでした。
中に入る時はさすがに緊張しました。女の子には相当なスリル
です。
でも中に入ってみると、そこはコンクリートが打たれた土手の
上といった感じの場所。幅が1m位ありますから子供にとっても
結構広くて安全な処に思えました。
眼下には私たちが普段通学で利用する車がずらりと並んでいる
広い駐車場が見えます。
『え~~っと、うちのポンコツ、リンカーンは……』
眺めのよさに思わず我が家の愛車を探してしまいます。
この土手は、庭師や電気工事の人たちがたまに利用しますから
道幅も広くて安全に作られていたのでした。
ただ、今いる土手を2mほど滑り下ると、そこには30センチ
ほどの幅しかない未舗装の土手があって、さらにそこから先は、
地面がありません。ほぼ直角に近い急斜面。駐車場の周囲を彩る
ために植えられた木々がちょうどそこに頭を出しています。
この崖から駐車場の地面までは高さが5m。もし、崖から足を
滑らせたら駐車場の地面に激突。怪我だけではすまないかもしれ
ません。
舗装された一番上の道からなら悠然と眺められる駐車場もここ
から眺める時は目もくらむような高さを感じます。
だからこそ、学校はここにフェンスを建て子供たちの立ち入り
を禁止していたのでした。
私は広志君の後を追い、すぐにフェンスの外へ出てきたつもり
でいましたが、気がつけばあたりに広志君の姿が見えません。
『あれ?……』
あちこちキョロキョロ探していると……いきなりでした。
「きゃあ~~~」
誰かに両肩を掴まれます。
驚いたの何のって私の悲鳴は校舎までも届いたみたいでした。
それだけじゃありません。慌てた私は恐怖心から訳も分からず
私の肩を掴んだその人に、もの凄い力で抱きつきます。
「ばか、やめろ!」
その人にとってもそれは予想外だったのでしょう、二人は土手
の上であたふた。
「いやあ~~~」
結局、二人はバランスを崩すと抱き合うようにして崖の斜面を
滑り落ちます。
その瞬間、ぬちゃっという感覚がパンツを通してお尻に……。
昨日までの雨で斜面がぬかるんでいたところへ、お尻をつけて
滑ったものですから、シャツもスカートもパンツもドロだらけで
した。
「何よ、何すんのよ」
私は広志君の顔を見て怒ります。
彼もまた、シャツもズボンも泥で真っ黒でした。
「ごめん」
彼が謝ってくれて、私はほんのちょっぴり恥ずかしくなって、
すねた顔になります。
いえ、本当は抱き合っての草スキー、とっても楽しかったんで
すが、そんなこと恥ずかしくて言えませんでした。
でもこれって、危ないスポーツでした。
何しろ、草スキーの終点で、二人はその足先をすでに恐い崖の
先に突き出して止まってたんですから。
もう少しで本当に崖から落ちていたところだったんです。
身体は無事でしたが……
「あっ、私のパステルが……」
私は駐車場の地面に散乱する私のパステルを見つめます。
どうやら土手で揉み合った時に、私のパステルが犠牲になった
みたいでした。
「拾いに行かなくちゃ」
私が言うと、広志君が……
「もう無理だよ、ここ、下りられないもん。いいよ、今日は、
僕のを使いなよ。二人で一緒に描けばいいじゃないか」
私の願いはこうして図らずも実現します。
でも、女の子って偏屈です。
「いいわよ、自分で取りに行くから……こんなのヒロ君のせい
だからね」
私はわざと勢いよく立ち上がってみせます。
すると……
「いやあ~!」
またもやバランスを崩して本当に崖から落ちそうに……
それを助けてくれたのも広志君でした。
「ごめん、本当にごめん、一緒にスケッチしようよ。だって、
今、戻っても先生に見つかっちゃうもん」
作戦成功。広志君の泣き顔って素敵です。
でも、私がイニシアチブを取れたのはそこまで。
この後の私は、もう何もできませんでした。
『ヒロ君と二人だけのスケッチ』という望みがかなった私は、
その後はヒロ君の言いなりだったのです。
「ねえ、なぜこっちへ来たの?先生に叱られるよ」
「こっちに僕のお気に入りの場所があるんだ。だからフェンス
の外で描きたかったんだ。おいでよ、見せてあげるから」
ヒロ君が私の手を取ります。
ぐいぐい引っ張ります。
走ります。
足元が滑ります。
そのたびにヒロ君が私を抱きかかえます。
まるで夢のように幸せな世界でした。
もちろん、30センチ幅しかないぬかるむ土手で、もし、足を
滑らしたら今度こそ本当に5m下へ真っ逆さま。なんですが……
幸せいっぱいの私にはそんな不幸なこと頭の片隅にもありません
でした。
私たちは右手に駐車場を見ながら細い土手の上を走ります。
そして、100mほど行った先の大きな畝を越えると、辺りの
景色が一変しました。
そこは明るく緩やかな緑の谷が遠くの町や青空を抱きかかえる
ようにして広がっています。私たちの頭上を覆う厚い雲は、渦を
捲いて怖いくらいですが、その雲間から差し込む光の柱はとても
神々しくて、まるで宗教画のようです。その陽の光を伝い今にも
天使が下りてきそうでした。
「ここ日本じゃないみたい。西洋の絵にこんなのあったわよね、
こんな景色。わあ~~綺麗。いいなあ~こんなの。学校の近くに
こんな処があったのね。私、この学校に来て、ここ初めて見るわ」
私は思わず感嘆の声を上げます。
私はこの学校に四年以上通っています。でも、ここへ来たこと
は一度もありませんでした。幼いせいもありますが、誰かさんと
違って先生の言うことをきいて、規則をちゃんと守ってきました
から学校の近くにこんなに美しい谷があるなんて、全然知らなか
ったのです。
「ここは僕が見つけたんだ。春には菜の花が一面に咲いてた。
この辺全~部、ま黄色だったんだから。僕はここでスケッチした
いだけなんだ。学校のお庭はもう見飽きちゃったからね。………
ねえ、おいでよ」
広志君はさらに私の手を引いて緩やかな谷を下っていきます。
でこぼこした道、大きな石や岩もあって歩きにくいけど楽しい
別世界へ招待。
心の奥底では先生の恐い顔と声がちらつきますが一生懸命振り
払います。
『私にこんな勇気があったなんて……』
私は自分で自分に驚きながらも広志君の誘いを断る勇気はまっ
たくありませんでした。広志君のなすがままだったのです。
広い谷の一番奥まった場所。ちょっぴり涼しいその場所には、
大きくて立派な白百合が少し間を置いてあちこちに咲いています。
広志君、ここが最もお気に入りの場所のようでした。
ここからは近くの百合の花だけでなく、遠くに三角屋根の教会
や赤いレンガの倉庫、発電所の高い煙突からたなびく煙も鉄橋を
通過していく列車もはっきり見えます。
私はパステルを落としてしまったので、広志君と肩を接する様
に腰を下ろして、彼のパステルでスケッチします。
ほとんど同じ位置で描いてますから、出来上がったものは同じ
景色なのかなと思いきやこれがまったく違っていました。
広志君は、県展の特選を始め新聞社や放送局主催のコンクール
では入選佳作の常連。デッサン力を私と比べてはいけませんが、
そうではなく、広志君の絵にはここからでは見えるはずのない物
がたくさん書き込まれているのです。
「ねえ、この観覧車や丸いガスタンクやテレビ塔って、どこに
あるの?」
私が不思議そうに尋ねると……
「僕の心の中。前に見たことのあるものを当てはめるんだ」
「それって、インチキじゃないの?」
「そんなことないよ。この方がバランスが取れてて美しい構図
になるなら何でも足すし、何でも省略していいんだ。絵画は美の
追求。写真の模写じゃないんだから、これでいいんだよ」
広志君は私の出来上がったスケッチを一瞥すると、鼻で笑って
……。
「あっ、やめて!!」
私の制止もきかず、私の絵に大きな木を一本描き加えます。
「ほら、これに葉っぱを描けばいいんだよ。よくなるから」
広志君はご満悦でしたが私は何だか自分の世界を汚されたよう
で不満です。
でも、仕方なくその木に枝や葉っぱを描き足すうち……
『やっぱり、こっちの方がよかったのかなあ』
と思うのでした。
「ねえ、この木、もともとヒロ君が描いたでしょう。先生に、
この絵、そのまま提出しても怒られないかなあ?」
私は不安を口にしますが、でも、私たちが学校に帰って真っ先
に怒らるのは、もちろんそんなことではありません。
幸せな時間が過ぎ行く中、私たちはもっともっと大事なことを
すっかり忘れてしまっていたのでした。
*****************
***<< §8 >>****
世の中には学習指導要領なんてものがあるそうですが、私たち
の学校では、教科書に書かれているような内容はおおむね家庭で
勉強するのが常識になっていました。
いつも授業の始まりに行われる宿題の確認テストで生徒全員が
合格すればそれでOK。その後は教科書には書かれていない内容
を勉強することになります。
国語と算数は一応その単元に則した内容の授業を心がけていた
ようですが、他の教科はそんなお構いなし。先生が自由に課題を
決めて授業しますから、途中から脱線に次ぐ脱線なんてことも。
この日も、国語はクラス全員が宿題になっていたテストに合格
しましたから、先生も教科書は開きません。どんなことをしたか
というと……
紫式部と清少納言の生い立ちや境遇の違いについてと源氏物語、
枕草子に出てくる二人の性格の違いについて。はては、平安貴族
の日常生活や恋愛事情なんてものまで………
小宮先生の名調子に乗せられて私たちは平安時代の優美な世界
に心を躍らせて聞いています。その後、平安貴族になったつもり
で寸劇。古語は難しくて爆笑また爆笑でした。
もちろんそれは学力とは無縁なんでしょうけど、宿題テストが
不合格になって、その後、無味乾燥な教科書の復習をやらされる
より、私たちにとってはずっとずっと楽しい授業でした。
理科の先生はいつも私たちに楽しい実験ばかりを見せますから
理科というのは動植物の観察か実験をやるための教科だとばかり
思っていましたし社会科は社会科見学であちこちまわりますから
これは遠足の時間なんだと思っていました。
この他にも写生会、学芸会、演奏会など一学期中にはたくさん
の行事や催し物が組んであります。
ですから、教科によっては教科書を一度も開かないまま学期末
なんて事も。
(さすがに学期末には教科書を開いておさらいはしますけど)
おかげで、掛け算の九九もローマ字もここではすべて夏休みの
宿題。
うちの場合、教科書的な知識を授けるのは学校の先生ではなく
家庭教師のお仕事。もし家庭教師がいないければお父様お母様の
お仕事でした。
この日は一時間目が国語で二時間目が算数。
実は私、算数が苦手で、『何でこんな教科があるんだろう?』
と思っていました。
他の教科は宿題さえやってくれば、その日先生がどんな楽しい
お話をしてくれるのかわくわくしながら待つことができます。
でも、この算数だけはどんなに真面目に宿題をこなしてテスト
がうまくいっても授業があまり代わり映えしません。
「これは高等数学の基礎なの。今、あなたたちは高校生のお姉
さんたちと同じレベルの事を考えてるのよ」
なんて、先生は得意げにおっしゃいますけど、私にはちょっと
変わったパズルやゲームをやってるだけに思えます。
何より不満なのは、算数って、数字や記号や図形ばかりで人が
出てこないことなんです。男の子には理解不能なんでしょうけど、
女の子って人が基準なんです。
人が行動して、おしゃべりして、物語があって、そこから答え
を導き出してくるんです。人が答えを教えてくれるんです。
数字や記号はいくら眺めていても何も答えてくれませんから。
それに算数って、ほんのちょっと答えがずれただけでも『X』
でしょう。残酷なんですよ。もし答えが近かったら『これ正解に
近かったから5点のうち2点あげるね』とか言ってくれてもいい
と思うんですけど。
せっかく苦労してやったのに『X』だけじゃ寂しいもの。
とまあ、こんな理由で私は算数が苦手でした。
でも、広志君は男の子だからでしょうか、この算数が得意で、
クラスで一斉に同じテストをやっていても、たいていは一番早く
解いてしまいます。
そこで、私はこの子を頼りにしていました。いくら問題用紙を
眺めていても答えが浮かんでこない時は、問題文ではなく手近に
いる広志君に助けてもらうのです。
私が問題の番号を消しゴムに書いて立てておくと……
それに気がついた広志君が自分の消しゴムに答えを書いて私が
見えるように立てておいてくれます。
これで、途中の計算式は分からなくてもとりあえず正解は確保
できますから、後はどうしてそうなったかを考えるだけでした。
これだけ見ると、私ってだらしのない女の子に見えるかもしれ
ませんが、私だって不器用(?)な広志君のために家庭科や図工
の宿題では随分手伝ってあげましたから、お互い持ちつ持たれつ
なんです。
女の子って独りは嫌いです。何をやるにもお友だちが頼りです。
たとえ自分がこうやろうと固く心に決めていても必ずお友だちに
賛同を求めます。そこで反対されても構いません。お友だちとの
おしゃべりで心は落ち着き、お友だちとのコミュニケーションで
新たな知識も受けられます。
とにかく、人のあいだにいると、ほっとするんです。
ですから、私が頼りにしているのも人生の判断材料にしている
のも全部人、人、人。数字の入り込む余地はありません。算数も
いりません。
でも、学校へ通っている以上、お付き合いでこの教科もやらな
きゃならない。苦痛だなあと思いながら算数をやってるわけです。
話がちょっぴり脱線してしまいましたが、苦手な算数が終わる
と、次の三、四時間目は図工の時間。
その日は昨夜までの雨があがって天気がよくなりましたから、
図工の先生が、『三時間目はお外でスケッチ、四時間目はそれを
教室で仕上げましょう』と言い出します。
これにはみんな大賛成でした。
辛気臭い教室を離れて外に出られるだけでも、気晴らしになり
ますから。
私は、算数の時間の御礼に広志君を手伝ってあげようと思いま
した。
「ねえ、ヒロ君はどこでスケッチするの?」
でも……
「どこでもいいだろう。あっち行けよ」
「いいじゃない。一緒に描こうよ」
「いやだよ、あっちへ行けよ!」
広志君、算数の時間とは打って変わってそっけないんです。
「ケチ、ちょっとぐらい絵がうまいからって、もういいわよ!」
私は捨て台詞を残すと、一旦はその場から離れて女の子たちと
合流しましたが、でも、なぜか彼のことが気になって、離れた処
からずっと広志君の様子を窺ってたんです。
また折を見て一緒の場所でスケッチをしたいと思っていました。
実はこの時、私は広志君にほのかな憧れを抱いていましたから。
ところが……
『えっ!』
私は驚きます。
その時広志君は図画の先生からスケッチの場所として指定され
ていた校庭の花壇付近を離れ、独りだけ高い金網フェンスがある
校庭の隅にいたんです。
しかも、さっきから何だかしきりに辺りの様子を窺っています
から、『おかしいな?』とは思ってたんですが。
それが、いきなり持っていた画板やパステルの箱を破れた金網
のすき間に差し入れます。
そして、広志君自身も……
『いや、それって、やばいよ』
私は広志君が脱走するところを見てしまいました。
広志君は、今、古くなった金網が腐りかけ捲れているのを利用
してフェンスの向こう側へ出ようとしています。
でも、そのフェンスの外というは、昔から、それこそ私たちが
この学校に入学した時から担任の先生に……
「いいですか、この先には急な崖があります。危ないですから
絶対にこの柵を登って向こう側へは行っちゃだめですよ」
って、注意されている生徒立入禁止の区域でした。
『どうしよう?……どうしてそんなことするのよ』
『広志君って普段はとっても冷静な子のはずなのにどうして?』
私の心臓がどぎまぎします。
私は女の子たちの群れからそ~っと抜け出すと、私も広志君の
後を追って彼の場所へ。
もちろん、当初は見つけて一緒に引き返すためでした。
だって、このタブーはおそらく胤子先生の比じゃないはずです。
もし見つかったら、お仕置きは確実。それも、恐らくはクラス
のお友だちみんなの見ている前での見せしめ刑です。
実は、昔、このフェンスをよじ登ったお転婆娘がいたんですが、
その子がそうでした。
クラス全員の見ている前で100回もお尻を叩かれたんです。
大半は、先生がその子をお膝の上にうつ伏せに寝そべらせて、
平手でお尻を軽くペンペンしただけだったんですが、最後には…
「こんな危ない事をする子に、みなさんも『いけませんよ』と
いう気持を伝えましょう」
とか言われて、机にうつ伏せにしたその子のお尻をで一人二回
ずつ竹の物差しでぶつことに……。
みんな遠慮して強くは叩きませんでしたが、その子にとっては
お尻への痛みより、恥ずかしさや屈辱感が何よりたまらなかった
と思います。
先生たちは女の子には恥ずかしい罰の方が効果があると考えて
こうしたお仕置きを多用していたのです。
それだけじゃありません。閻魔帳に載るXだって、こんな時は
一つだけじゃありません。あの時は二つ、いえ、三つだったかも
しれません。
そんな危険を冒してまで、広志君はなぜ柵の中へと入り込んだ
のでしょうか?
その時はまったく理解できませんでした。
広志君がフェンスの外へと消えた瞬間、私は先生に告げ口する
ことも考えました。それが生徒としては普通の判断ですから。
でも……
『好きな子のあとを追ってみたい。広志君の秘密が知りたい』
そんな思いがあって、私は別の決心をします。
『私も……』
私は広志君が消えた場所までやってくると金網フェンスの地面
付近に開いた僅かなすき間を発見。
誰かに見られていないか辺りを窺いつつ一瞬で滑り込みます。
何のことはない広志君と同じことをしたのでした。
中に入る時はさすがに緊張しました。女の子には相当なスリル
です。
でも中に入ってみると、そこはコンクリートが打たれた土手の
上といった感じの場所。幅が1m位ありますから子供にとっても
結構広くて安全な処に思えました。
眼下には私たちが普段通学で利用する車がずらりと並んでいる
広い駐車場が見えます。
『え~~っと、うちのポンコツ、リンカーンは……』
眺めのよさに思わず我が家の愛車を探してしまいます。
この土手は、庭師や電気工事の人たちがたまに利用しますから
道幅も広くて安全に作られていたのでした。
ただ、今いる土手を2mほど滑り下ると、そこには30センチ
ほどの幅しかない未舗装の土手があって、さらにそこから先は、
地面がありません。ほぼ直角に近い急斜面。駐車場の周囲を彩る
ために植えられた木々がちょうどそこに頭を出しています。
この崖から駐車場の地面までは高さが5m。もし、崖から足を
滑らせたら駐車場の地面に激突。怪我だけではすまないかもしれ
ません。
舗装された一番上の道からなら悠然と眺められる駐車場もここ
から眺める時は目もくらむような高さを感じます。
だからこそ、学校はここにフェンスを建て子供たちの立ち入り
を禁止していたのでした。
私は広志君の後を追い、すぐにフェンスの外へ出てきたつもり
でいましたが、気がつけばあたりに広志君の姿が見えません。
『あれ?……』
あちこちキョロキョロ探していると……いきなりでした。
「きゃあ~~~」
誰かに両肩を掴まれます。
驚いたの何のって私の悲鳴は校舎までも届いたみたいでした。
それだけじゃありません。慌てた私は恐怖心から訳も分からず
私の肩を掴んだその人に、もの凄い力で抱きつきます。
「ばか、やめろ!」
その人にとってもそれは予想外だったのでしょう、二人は土手
の上であたふた。
「いやあ~~~」
結局、二人はバランスを崩すと抱き合うようにして崖の斜面を
滑り落ちます。
その瞬間、ぬちゃっという感覚がパンツを通してお尻に……。
昨日までの雨で斜面がぬかるんでいたところへ、お尻をつけて
滑ったものですから、シャツもスカートもパンツもドロだらけで
した。
「何よ、何すんのよ」
私は広志君の顔を見て怒ります。
彼もまた、シャツもズボンも泥で真っ黒でした。
「ごめん」
彼が謝ってくれて、私はほんのちょっぴり恥ずかしくなって、
すねた顔になります。
いえ、本当は抱き合っての草スキー、とっても楽しかったんで
すが、そんなこと恥ずかしくて言えませんでした。
でもこれって、危ないスポーツでした。
何しろ、草スキーの終点で、二人はその足先をすでに恐い崖の
先に突き出して止まってたんですから。
もう少しで本当に崖から落ちていたところだったんです。
身体は無事でしたが……
「あっ、私のパステルが……」
私は駐車場の地面に散乱する私のパステルを見つめます。
どうやら土手で揉み合った時に、私のパステルが犠牲になった
みたいでした。
「拾いに行かなくちゃ」
私が言うと、広志君が……
「もう無理だよ、ここ、下りられないもん。いいよ、今日は、
僕のを使いなよ。二人で一緒に描けばいいじゃないか」
私の願いはこうして図らずも実現します。
でも、女の子って偏屈です。
「いいわよ、自分で取りに行くから……こんなのヒロ君のせい
だからね」
私はわざと勢いよく立ち上がってみせます。
すると……
「いやあ~!」
またもやバランスを崩して本当に崖から落ちそうに……
それを助けてくれたのも広志君でした。
「ごめん、本当にごめん、一緒にスケッチしようよ。だって、
今、戻っても先生に見つかっちゃうもん」
作戦成功。広志君の泣き顔って素敵です。
でも、私がイニシアチブを取れたのはそこまで。
この後の私は、もう何もできませんでした。
『ヒロ君と二人だけのスケッチ』という望みがかなった私は、
その後はヒロ君の言いなりだったのです。
「ねえ、なぜこっちへ来たの?先生に叱られるよ」
「こっちに僕のお気に入りの場所があるんだ。だからフェンス
の外で描きたかったんだ。おいでよ、見せてあげるから」
ヒロ君が私の手を取ります。
ぐいぐい引っ張ります。
走ります。
足元が滑ります。
そのたびにヒロ君が私を抱きかかえます。
まるで夢のように幸せな世界でした。
もちろん、30センチ幅しかないぬかるむ土手で、もし、足を
滑らしたら今度こそ本当に5m下へ真っ逆さま。なんですが……
幸せいっぱいの私にはそんな不幸なこと頭の片隅にもありません
でした。
私たちは右手に駐車場を見ながら細い土手の上を走ります。
そして、100mほど行った先の大きな畝を越えると、辺りの
景色が一変しました。
そこは明るく緩やかな緑の谷が遠くの町や青空を抱きかかえる
ようにして広がっています。私たちの頭上を覆う厚い雲は、渦を
捲いて怖いくらいですが、その雲間から差し込む光の柱はとても
神々しくて、まるで宗教画のようです。その陽の光を伝い今にも
天使が下りてきそうでした。
「ここ日本じゃないみたい。西洋の絵にこんなのあったわよね、
こんな景色。わあ~~綺麗。いいなあ~こんなの。学校の近くに
こんな処があったのね。私、この学校に来て、ここ初めて見るわ」
私は思わず感嘆の声を上げます。
私はこの学校に四年以上通っています。でも、ここへ来たこと
は一度もありませんでした。幼いせいもありますが、誰かさんと
違って先生の言うことをきいて、規則をちゃんと守ってきました
から学校の近くにこんなに美しい谷があるなんて、全然知らなか
ったのです。
「ここは僕が見つけたんだ。春には菜の花が一面に咲いてた。
この辺全~部、ま黄色だったんだから。僕はここでスケッチした
いだけなんだ。学校のお庭はもう見飽きちゃったからね。………
ねえ、おいでよ」
広志君はさらに私の手を引いて緩やかな谷を下っていきます。
でこぼこした道、大きな石や岩もあって歩きにくいけど楽しい
別世界へ招待。
心の奥底では先生の恐い顔と声がちらつきますが一生懸命振り
払います。
『私にこんな勇気があったなんて……』
私は自分で自分に驚きながらも広志君の誘いを断る勇気はまっ
たくありませんでした。広志君のなすがままだったのです。
広い谷の一番奥まった場所。ちょっぴり涼しいその場所には、
大きくて立派な白百合が少し間を置いてあちこちに咲いています。
広志君、ここが最もお気に入りの場所のようでした。
ここからは近くの百合の花だけでなく、遠くに三角屋根の教会
や赤いレンガの倉庫、発電所の高い煙突からたなびく煙も鉄橋を
通過していく列車もはっきり見えます。
私はパステルを落としてしまったので、広志君と肩を接する様
に腰を下ろして、彼のパステルでスケッチします。
ほとんど同じ位置で描いてますから、出来上がったものは同じ
景色なのかなと思いきやこれがまったく違っていました。
広志君は、県展の特選を始め新聞社や放送局主催のコンクール
では入選佳作の常連。デッサン力を私と比べてはいけませんが、
そうではなく、広志君の絵にはここからでは見えるはずのない物
がたくさん書き込まれているのです。
「ねえ、この観覧車や丸いガスタンクやテレビ塔って、どこに
あるの?」
私が不思議そうに尋ねると……
「僕の心の中。前に見たことのあるものを当てはめるんだ」
「それって、インチキじゃないの?」
「そんなことないよ。この方がバランスが取れてて美しい構図
になるなら何でも足すし、何でも省略していいんだ。絵画は美の
追求。写真の模写じゃないんだから、これでいいんだよ」
広志君は私の出来上がったスケッチを一瞥すると、鼻で笑って
……。
「あっ、やめて!!」
私の制止もきかず、私の絵に大きな木を一本描き加えます。
「ほら、これに葉っぱを描けばいいんだよ。よくなるから」
広志君はご満悦でしたが私は何だか自分の世界を汚されたよう
で不満です。
でも、仕方なくその木に枝や葉っぱを描き足すうち……
『やっぱり、こっちの方がよかったのかなあ』
と思うのでした。
「ねえ、この木、もともとヒロ君が描いたでしょう。先生に、
この絵、そのまま提出しても怒られないかなあ?」
私は不安を口にしますが、でも、私たちが学校に帰って真っ先
に怒らるのは、もちろんそんなことではありません。
幸せな時間が過ぎ行く中、私たちはもっともっと大事なことを
すっかり忘れてしまっていたのでした。
*****************
小暮男爵 << §7 >>
小暮男爵
***<< §7 >>****
小暮家でお世話になっている私たち姉妹が通った学校は郊外の
山の中にありました。
元は華族の皆様専用の女学校だったようですが、戦後、お父様
が買い取って場所を今ある場所に移し、男女共学の私立学校に。
もちろんそれって私たちの為です。巷の余計な情報をいれずに
純粋無垢な少女(お人形)として育てる為には不便な田舎の方が
むしろ好都合でした。
ただ、男女共学といっても、私たちが通っていた頃の学園は、
まだまだ女子が圧倒的に多くて、男の子はほんの数名。私たちの
クラスにも、一人だけ広志君という男の子がいましたが、私たち
女の子パワーに圧倒されたのか、いつも教室の隅で小さくなって
いました。
私はこの時まだ男の子が第二次性長期を迎えて大きく変化する
姿を知りませんから……
『広志君って、意地っ張りで、少し偏屈なところもあるけど、
すねた顔が可愛いわ』
なんて、思っていました。
ところでこの学校、不便な場所にあるのにスクールバスがあり
ません。そこで、大半の子が自宅から自家用車で山腹にある広い
駐車場までやって来て、そこからは校門までの長い階段を歩いて
登る事になります。
ですから、朱音お姉さまみたいに、お父様からイラクサパンツ
なんか穿かされると、車の中では青臭い匂いがぷんぷんして同乗
する私たちから嫌がられますし、駐車場で車を降りた後も、山の
頂上まで続く長い階段を大きなお尻で登らなければなりません。
これって、女の子には結構大変な試練なんです。
本当は恥ずかしいですから一気に駆け出したいところなんです
が、石段を登るたびにお股がイラクサの刺毛に摺れて、痛痒くて、
とても一気には駆け上がれません。
それに、どんなに自然に振舞おうとしても、沢山のイラクサで
オムツのようになったショーツを穿くと動きがぎこちなくなって
しまい、お友だちからは、今、スカートの中がとうなっているか
を見破られてしまいます。
「あの子、スカートの下はきっとイラクサパンツよ。おそらく、
お父様のお仕置きね。いったい何をやらかしたのかしら?」
なんて、お友だちの囁きが耳にはいると、その恥ずかしい姿を
直接見られたわけでなくとも、その場に居たたまれなくなります。
イラクサのパンツは、そうした辱めとしての効果も期待しての
お仕置きだったのでした。
リンカーン(お父様の自家用車)の中でも妹の私たちから散々
臭い臭いを連発されていた朱音お姉さま。駐車場ではお友だちと
「ごきげんよう」「ごきげんよう」のご挨拶はいつもより明るく
なさっていましたが、石段を上がり始めると、たちまちお友だち
からの失笑を買ってしまいます。
「大丈夫?手伝ってあげるね」
こうした場合、気がついたクラスメイトが親切心で手を取って
助けてはくれるんですが……
『本当は、あなたたち笑ってるくせに……』
こんな時って助けてもらう方だって疑心暗鬼になってますから、
せっかくの親切心もあまり心地よくはありません。
朱音お姉さまはお友達に囲まれながらゆっくりゆっくり石段を
上がってきます。
一方、一緒にリンカーンに乗ってきた妹の私たちはというと、
これがとっても残酷でした。
「アヒルさん、アヒルさん、ここまでおいでアヒルさん」
私と遥ちゃんはそんなお姉さまの姿がおかしくてたまりません。
そこで、階段を一気に駆け上がり、自分のお尻を振り振りして、
お姉さまをはやし立てます。
『アヒルさん』というのは、イラクサで膨らんだ大きなお尻を
振り振りしながら階段を登る姿が、ちょうどアヒルさんが歩く姿
に似ているからでした。
でも、そんな様子を運転手さんは快く思っていませんでした。
「ほら、あなたたち、ダメでしょう。朱音さんはあなたたちの
お姉さまなのよ。こんな時は助けてあげなくちゃ」
河合先生は高い場所からお姉さまを見下ろしてじゃれあってる
私と遥ちゃんに注意します。
実はこの学校、普段の日でも父兄参観が認められていて、家庭
教師の先生も受け持つ子どもの授業をいつでも見学できるように
なっていました。ですから、ほとんどの家庭教師が、毎朝、自分
の生徒と一緒に校門をくぐります。
河合先生や武田先生もそれは同じ。お二人は受け持つ子供たち
を送り迎えするのがお仕事のすべてではありません。むしろ車を
降りてからが、お二人の大事なお仕事だったのでした。
「は~~い」
私たちは気のない返事をして、いったん登った階段を下り始め
ます。
河合先生の命では仕方ありません。私たちも他の子たちと一緒
に朱音お姉さまを救出に向かいます。
ただ、その時はすでに武田先生はじめ沢山のお友達がお姉さま
に援助の手を差し伸べていましたから、むしろお姉さまの周りは
ごった返しています。まるでお祭りのお神輿状態。
もう人手は十分足りていたと思うのですが……
「ねえ、私たちまで行ったら、かえってお姉さま恥ずかしいん
じゃない。ありがた迷惑なんじゃないかしら?」
私の疑問に遥おねえちゃまは……
「それはそれでいいんじゃないの。恥ずかしいのもお仕置きの
一つだもの。それに女の子って何事にもお付き合いが大事だって
河合先生も言ってたじゃない」
遥ちゃんは悟ったような返事を返すのでした。
そのあたり、私はまだ子供なのでよくわかりませんが、もし、
私だったら……
「いいから、ほっといて!近寄らないで!」
なんて、怒鳴り散らしていたかもしれません。
「やっと着いた」
朱音お姉さまはみんなのおかげで遅刻せずに山の頂上へと辿り
着きます。
お山の頂上からは白い灯台や外国航路の船が出入りする港町が
見えます。
こんな見晴らしの良い場所に人知れず建っていたのが私たちの
学校、聖愛学園。ここに小学校と中学校がありました。
1学年1クラスで6名から8名。全校生徒合せても、小学校で
40名、中学校も20名程度の小さな組織です。
ですから、学校施設もこじんまりとしていて、周りの樹木より
高い建物などは最初からありません。学園は深い森の緑に溶け込
んで体育館や木造の建物が数棟建っているだけでした。
おそらく山の下からでは学校の建物も生徒達の声も聞こえない
と思います。それはお父様達にとっては好都合で、ここからでは
どんなに厳しいお仕置きをしても、その悲鳴が外部に漏れる心配
がありませんでした。
ただ、質素な外観に比べると中の設備は充実していました。
出資者はお父様だけではありません。商売で成功した実業家や
功なり名を遂げた紳士たちが設立に名を連ね、多くの愛好家たち
も惜しみない援助を申し出てくれましたから、ここは田舎の分校
のような外観にも関わらず町の学校にあるような設備はたいてい
備わっています。
図書室、理科室、音楽室、体育館、プール……他にも映写室や
保健室、今ではほとんどが体育館と兼用になっている講堂までも
ちゃんと別に建ててあります。
それだけではありません。ここには他の学校ではまずないあり
えないような部屋も。
生徒が罰を受けるためだけに作られた通称お仕置き部屋です。
教員室脇の階段を下りた半地下に部門ごと七つも色んな部屋が
用意されています。
出資者の方々の多くはこうしたことを期待して出資されている
わけですから、学校側もそうした期待に応えなければならないと
考えて念入りに作ったみたいでした。
ですから、こうした部屋は特に充実しています。
私は社会に出たあと、世間の学校にはこんな部屋は存在しない
と聞かされて絶句、もの凄いカルチャーショックでしたが、でも、
こうした環境で最初から育ってしまったせいか、学園での生活が
特別不幸だなんて考えたことは一度もありませんでした。
さて、登校した私たちには、まずやらなければならないことが
ありました。
園長先生が丹精した色とりどりの薔薇の花が咲くアーチが校門
になっていまして、そこを潜ると、何やら怪しい胸像が設置して
あります。
『大林胤子先生』
プレートの名前はそうなってます。
生徒はこの胸像の前では必ず一礼しなければなりませんでした。
実は彼女、この学校の創立者なのです。あまりにも大昔に亡く
なっていますから生徒はもちろん先生方だって実のところ彼女に
一度も逢ったことがないはずなんです。それでも生徒は、毎朝、
この像の前ではご挨拶として一礼しなければならないのでした。
私の場合は……
『あんた、偉そうな顔するんじゃないわよ』
いつも心の中でそう思いながら一礼していました。
ただ、学校はご丁寧に私たちを監視するための先生を配置して
いますから、そのままスルーしてしまうと呼び止められてしまい
ます。
そんな時は……
「あっ、ごめんなさい。うっかりしてました」
胸像の前に戻って一礼すれば、大半、許してもらえるのですが、
ただ、間違っても……
「そもそも、大昔に死んじゃってる人に今さら頭をさげても、
何の役にもたたないし、無駄な時間だと思いますけど」
なんて、先生に口答えしちゃうのはタブーでした。
実際、そう答えてお尻を叩かれた子がいました。
慌ててその子の家庭教師が止めに入ったのですが、きっと先生
もキレちゃったんでしょうね、
「これは躾です。ほっといてください。お話はあとで窺います」
そう言って、中二の子のお尻をスカートの上からでしたけど、
20回も勢いよく叩いていました。
この学校では胸像への一礼も日常的なご挨拶の一つ。ぺこりと
頭を下げさえすればいいのですからべつに手間はかかりません。
どのみちこの学校では出会うすべての人に『ごきげんよう』って
ご挨拶するわけですから、胸像一つ分ご挨拶が増えたとしても、
どうってことないはずなんですが、女の子だって第二次性長期に
入ると自分なりの屁理屈を言い出すようになりますから、こんな
事件も起こるのでした。
もちろんうちの学校、こんな跳ね返り娘ばかりじゃありません。
むしろ大半は、目上の人の指示には何でも「はい」「はい」って
きく従順な子ばかりです。
日頃から学校の先生だけでなく、お家では家庭教師の監視下で
細かなことまで注意されながら暮らしていますから、活発な子と
いうよりおとなしい子の方が圧倒的に多いのでした。
例えば、ある先生がお仕置きを決断したとします。
先生が「さあ、お仕置きしますよ。全員パンツを脱いで!」と
命じると、みんな当然のようにパンツを脱ぎはじめます。
この学校の子供たちはそのくらい統制が取れているというのか
目上の人には従順なのでした。
ですから、さっきのはあくまで特異な例。理由はともかく先生
がそうおっしゃるならって、どの子も胤子先生の前では必ず一礼
します。思わず胸像の前を通り過ぎてしまったら慌てて戻ります。
特に小学生では逆らう子は一人もいませんでした。
当然、この日も私たち姉妹は先生に教えられた通り深々と一礼
してから校舎の中とへ入っていきます。
校舎は今どき珍しい木造校舎ですが、なかは日本のどこにでも
ある学校と同じ構造。玄関口にはたくさんの下駄箱団地があって、
生徒はここで革靴と上履きを履き替えます。
あっ、そうそう、うちの場合は生徒用だけでなくお供してきた
家庭教師のために父兄用靴箱というのも設置してありました。
ちなみにこの父兄用靴箱、その名の通りお父様が来て使う事も。
ただそんな時はたいていお仕置きで呼ばれた時ですから、お父様
の顔は真っ赤、生徒の顔は真っ青になっていました。
うちの場合、華族学校時代からの習慣で、毎日が父兄参観日で
したから、良い事も悪い事も全てが河合先生や武田先生を通じて
その日のうちにお父様にも伝わります。学校での出来事は何一つ
隠しようがありませんでした。
家庭教師からの報告は、学校で行われたテストの結果は勿論、
『国語の時間、お友達とふざけあって先生に鏡を敷かされました』
とか『体育の時間、まじめに走らなかったので一周多く走らされ
ました』なんて恥ずかしい報告も次々とお父様の元に上がってき
ます。
そのほかにも、休み時間にお友だちとひそひそ声で言いあった
先生の悪口が、なぜか家に帰るとすでにお父様が知っていたり、
ほんのちょっとからかっていただけなのに、お父様からは……
「今日、お友だちを虐めてたみたいじゃないか。お友だちとは
仲良くしなきゃ」
なんて注意されたこともありました。
学校の先生と家庭教師、その両方で常に見張られている訳です
から、こちらの情報はいつも筒抜け。まさに超監視社会でした。
でも、大人たちに言わせると、これも愛なんだそうです。
そんな大人たちの愛は他にもあります。
私たちが登校してくると玄関口には必ず園長先生が立っていて
生徒全員とスキンシップをします。ハグして、頬をすり合わせて、
まるでそこに本当のお母さんが立っているみたいでした。
実はこれ生徒全員の心と身体の健康チェックなんです。
これも胤子先生の胸像と同じようにここもスルーはできません。
胸像に一礼するのと同様、子供たちは園長先生に抱かれる義務が
ありました。
園長先生に抱かれるのは、ほんの10秒ほど。これで私たちの
健康状態や心の状態までがわかるんだそうです。
何も話さなくても分かるみたいですから摩訶不思議です。
もちろん園長先生のハグは何も問題がなければすぐに開放され
ますが子供たちの抱っこの義務はここだけではありませんでした。
教室に入ると、今度は担任の先生が私たちを待ち構えています。
やることは園長先生と同じ。子供たちをしっかりハグして頬を
摺り合わせて頭を良い子良い子してなでてくれます。
ちょっとした赤ちゃん気分。
担任の先生になると、もっと細かなことまでわかります。
先生はこうしてハグするだけで、子供たちの今の体調や『宿題
をわすれた』とか『今朝、おねしょしてお父様に叱られた』とか
『今、お友達と喧嘩している』なんていう心のSOSまでわかる
んだそうです。
何たって、全校生徒合せても40名ほどのこじんまりした学校
ですから、園長先生は登校時間に全ての生徒とスキンシップする
時間がありますし、担任の先生もお父様以上に子供たちの内実を
ご存知でした。
もちろん担任の先生は各々の家庭教師から色んな情報をリーク
してもらって、それで判断してるんでしょうけど、子供たちには
不思議な出来事だったのです。
「あら、可愛いリボンじゃない。小さな鈴まで付いてるのね。
自分で選んだの。それとも、河合先生のお見立てかしら?」
「私です。楓お姉さまに作ってもらいました」
「そう、楓お姉さん器用だものね。黄色がよく似合ってるわよ。
ところで、今日の朝ごはん。ちゃんとトマトジュースも飲めた?
お父様、好き嫌いする子は身長が伸びないって心配なさってたわ
よ」
「コップの半分だけ。吐きそうだったれど、なんとか……」
「偉いわ。少しずつ慣れていけばいいのよ」
「コップにまったく口をつけないと……お父様が睨むから……
恐くて……仕方ないんです」
「あら、そうなの。それは大変ね。でも、それはあなたの為を
思ってのことなのよ。………あっ、そう言えば、昨日から、また
お父様と一緒のお部屋で暮らすことになったんですって?」
「えっ、……まあ」
「どう?……久しぶりにお父様と一緒のお布団は嬉しかった?
それとも遥お姉ちゃまと一緒の方がよかったのかしら?」
「遥おねえちゃまと一緒の方がいいです。でも、そうすると、
お勉強ががかどらないから、お父様が心配して……」
「そう、それじゃあ仕方がないわけね……お部屋のお引越しが
あったでしょうけど、宿題はちゃんとやってきた?」
「はい、たぶん大丈夫だと思います」
「そりゃそうね、お父様のお膝の上ではサボれないものね」
担任の小宮先生の抱っこでは心にチクチクと刺さる言葉もあり
ますが、甘えん坊の私は、こうして抱っこしてもらうこと自体は
決して嫌いではありませんでした。
こうしてクラス全員の子へのスキンシップが終わると……
「さあ、始めますよ」
担任の小宮先生の声と共に朝のホームルームが始まります。
このホームルームでは、学校行事についての話し合いなんかも
しますが、子供たちにとって最も強い関心事は小テストでした。
私たちの学校では子供たちがお家で予習復習をきちんとやって
きたか主要四教科では勉強時間の最初に必ず確認の為のテストを
します。
でも、国語と算数は担任の小宮先生が担当されていましたから
それを朝のホームルームで間に合わせてしまうのでした。
出題は漢字の書き取りや計算問題が中心で範囲も細かく区切ら
れていますから家でのお勉強時間は、私の場合、お父様のお膝の
上でなら30分くらいですみます。
でも、毎日のことですからね、それぞれに事情があってうまく
いかないこともありました。
これが紙に書いて提出するだけの宿題なら……『やったけど、
お家に忘れてきました』なんて言い訳もできますけど、こちらは
テストで確認されちゃいますからどうにもなりません。まさか、
『知識を家に置いてきました』なんて言い訳ができるはずもあり
ませんから。
もし、合格点に届かない子が一人でもいると、その子のために
もう一度同じ授業をやったり、その子自身も別メニューで補修を
やらされたりします。
おまけに先生の閻魔帳にはその子の欄にXが一つ。
これ、一つ二つなら問題ないのですが、このXが一週間で7つ
以上ついちゃうと、週末はお父様までも学校に呼び出されて親子
で『特別反省会』ということになります。
こうなるとシャレにならないことになります。
担任の先生から、この一週間のいけなかった事が、洗いざらい
書き出されたプリントが出てきて、これから先どんな生活態度で、
どんな勉強方法で頑張るのかが決められます。
それだけじゃありません。反省会での態度まで悪いとなると、
たとえ親の見ている前でもお仕置きなんてことがありえますし、
それでも足りなければ、お家に戻って、お父様や家庭教師の先生
からみっちりとお仕置きなんてことも……
『特別反省会』って子供にとっては恐怖の保護者会だったので
した。
ちなみに、朝の小テストの合格点は9割以上。それ以下の子は
放課後無条件でその範囲を補習させられます。
ただこの学校は良家の子女の集まり。しかもどの家庭もみんな
家庭教師を雇っていますから、たとえ本人がどんなに嫌がっても
強制的にお勉強させられます。チューナップは万全という訳です。
ただ、それでも一応テストですからね、子供としては緊張する
わけです。
とはいえ、なかには例外もあります。
この日の朝はそんな稀なケースが起きていました。
このテストの採点は、ホームルームの時間中に隣の子と答案を
取り替えて生徒同士で行うのですが、私のお隣、広志君はクラス
唯一の男の子にして、六人しかいないけどクラス随一の秀才です。
普段お家でのやっているお勉強は中学のテキストだと聞いたこと
がありました。
そんな子が朝のテストで失敗するなんて、ありえないと思って
いました。
ところが、広志君の答案を見ると全40問の漢字の書き取りで
5つも間違いがあります。9割が合格点なら、許容範囲は4つ。
5つ目はアウトです。
『いいのかなあ』
私は、何だか広志君の答案にXをつけるのが恐くて、こっそり
消しゴムで消して答案を修正しようとしたんです。
ところが……
「だめよ、小暮さん。間違いは間違いのままにしておかないと、
広志君の為にならないわ」
小宮先生に見つかってしまい注意されてしまいます。
こうして、広志君の放課後の居残り勉強が確定したわけですが、
ホームルームが終わるなり広志君の席には女の子たちが殺到しま
した。
「どうしたのよ。病気?」
「身体の調子が悪い時は保健室へ行ったほうがいいよ」
「そうそう、『今日は体調が悪いのでテストできませんでした』
って言えば先生許してくれるよ」
女の子たちが心配して寄ってきますが、でも当の広志君は迷惑
そうでした。
「そうじゃないよ。間違えたの。僕だって間違えることあるよ」
そう言って女の子たちを払い除けます。
「だって、お家では中学生の問題解いてるんでしょう。こんな
小学生の問題で間違うはずないじゃない」
美登里ちゃんがこう言うと、里美ちゃんも同調します。
「そうよ、そうよ、こんな問題、ちょちょいのちょいのはずよ」
でも、現実は違っていました。
「そんなことないよ。家でやってる中学の問題はあくまで趣味
だもん。そりゃあ、方程式は面白いけど、そっちばっかりやって
ると鶴亀算なんか忘れちゃう。漢字だって同じさ。やってないと
忘れちゃうんだ。だから、テストがある時はちゃんとその場所を
復習しておかないと、やっぱり合格点は取れないんだ」
「じゃあ、何で、今日は不合格になったの?」
「それは……」
広志君は言葉を濁します。
すると、その答えを出したのは、広志君の家庭教師をやってる
会田先生でした。
会田先生は、ホームルームの時間はずっと教室の後ろに設けら
れた父兄席で静かに見学されていたのですが、一区切りついたの
で、私たちのそばへと寄ってきます。
うちの学校では休み時間に家庭教師が受け持つ子供に向かって
声をかけるのは日常茶飯事。当たり前の光景でした。
「ずいぶんと偉そうなこと言うじゃない。……この子、昨日は
熱心にプラモデルばかり作ってて、ちっともこちらの言うことを
聞いてくれないから『もう、勝手になさい』って独りにさせたの。
大丈夫かなあって思ってたら、案の定ね」
「ちょっとした手違いが起こっただけだよ」
広志君は強がりを言いますが……
「手違いって、どんな?」
って先生に尋ねられると……
「…………」
それには答えられませんでした。
「まあいいわ。これで今日一日が無事にすんじゃったら、私、
失業するところだったけど、朝の小テスト一つ満足に受からない
ようなら、どうやら、あなたには、まだまだ私が必要みたいね。
今日は、小宮先生からとびっきり痛いのを一ダースばかりお尻に
いただいて帰りましょう」
「えっ!」
驚いた広志君ですが、会田先生の冷たい表情が変わる事はあり
ませんでした。
「……それが、何よりあなたの為だわ」
「だから、たまたまだよ。たまたま間違えただけだって……」
広志君、苦し紛れのいい訳を独り言のように小さな声で言いま
すが、会田先生は広志君を取り囲んだ女の子たちに向かっても、
さらに強烈にこう言い放つのでした。
「みなさん、この子の成績なんてこんなものなの。みなさんと
大差ないの。この子、周りがちやほやしてくれるもんだからうぬ
ぼれてるみたいだけど、その方がよほどたまたまよ。今は成績が
あまり上がっていない子でも、あなたぐらいのポジションなら、
すぐに追いつくんだから……大きな口はたたかないことね」
広志君、会田先生にたっぷりイヤミを言われてしまいます。
どうやら広志君、昨夜は無我夢中でプラモデルを組み立ててた
みたいで、睡眠時間は二時間。会田先生と約束した宿題の範囲に
も目を通していません。しかもその睡眠時間だって、途中で眠く
なって寝てしまったみたいでした。
結局そんな広志君をベッドへ運んだのは会田先生だったのです。
小学生も高学年になると、我を張って家庭教師の言う事をきか
なくなります。そのくせまだ自分で自分を律することができない
ものですから、独りにさせても満足な成果は期待できません。
こんなことが起きてもそれはそれで仕方のないことでした。
この日、広志君は居残りです。でも、同じ居残りといっても、
その対応はケースバイケース、千差万別です。
広志君の場合は、単に補修授業があるというだけでなくその中
で何度も何度も飽きるくらい、涙がこぼれるくらい反省の言葉を
言わされると思います。それは担任の小宮先生が家庭教師の会田
先生から昨夜のことについて説明を受けていたから。こんな子に
は厳しいお仕置きが必要だと小宮先生が思うだろうからでした。
普段優しい小宮先生も場合によって子供たちに厳しく接します。
もしそこで反抗的な態度とれば、さらにお尻叩きの罰が追加され
る事も……この学校のお仕置きでは『申し訳ありません』という
態度が何より大事でした。たとえぶたれるようなことがあっても
大声を出さず必死に我慢しないと罰はさらに増えていきます。
そして、何より他の学校と大きく違っていたのは、家庭教師の
存在。家庭教師と学校の先生が連携をとって子供をお仕置きする
という摩訶不思議な学校でもあったのです。
学校で起きたことを理由に家でお仕置きというのはまだあるで
しょうが、ここでは、家で起こったことを理由に学校でお仕置き
されるなんてことも決して珍しいことではありませんでした。
そんな超監視学校の一日がこれから始まります。
今日はいったい何人の子が恥ずかしさに耐え、お尻叩きの罰を
必死にこらえるんでしょうか。
災いはもちろん私にも降りかかる可能性があるのですが、私の
場合、それがなぜか楽しみであったりもするのでした。
*************************
***<< §7 >>****
小暮家でお世話になっている私たち姉妹が通った学校は郊外の
山の中にありました。
元は華族の皆様専用の女学校だったようですが、戦後、お父様
が買い取って場所を今ある場所に移し、男女共学の私立学校に。
もちろんそれって私たちの為です。巷の余計な情報をいれずに
純粋無垢な少女(お人形)として育てる為には不便な田舎の方が
むしろ好都合でした。
ただ、男女共学といっても、私たちが通っていた頃の学園は、
まだまだ女子が圧倒的に多くて、男の子はほんの数名。私たちの
クラスにも、一人だけ広志君という男の子がいましたが、私たち
女の子パワーに圧倒されたのか、いつも教室の隅で小さくなって
いました。
私はこの時まだ男の子が第二次性長期を迎えて大きく変化する
姿を知りませんから……
『広志君って、意地っ張りで、少し偏屈なところもあるけど、
すねた顔が可愛いわ』
なんて、思っていました。
ところでこの学校、不便な場所にあるのにスクールバスがあり
ません。そこで、大半の子が自宅から自家用車で山腹にある広い
駐車場までやって来て、そこからは校門までの長い階段を歩いて
登る事になります。
ですから、朱音お姉さまみたいに、お父様からイラクサパンツ
なんか穿かされると、車の中では青臭い匂いがぷんぷんして同乗
する私たちから嫌がられますし、駐車場で車を降りた後も、山の
頂上まで続く長い階段を大きなお尻で登らなければなりません。
これって、女の子には結構大変な試練なんです。
本当は恥ずかしいですから一気に駆け出したいところなんです
が、石段を登るたびにお股がイラクサの刺毛に摺れて、痛痒くて、
とても一気には駆け上がれません。
それに、どんなに自然に振舞おうとしても、沢山のイラクサで
オムツのようになったショーツを穿くと動きがぎこちなくなって
しまい、お友だちからは、今、スカートの中がとうなっているか
を見破られてしまいます。
「あの子、スカートの下はきっとイラクサパンツよ。おそらく、
お父様のお仕置きね。いったい何をやらかしたのかしら?」
なんて、お友だちの囁きが耳にはいると、その恥ずかしい姿を
直接見られたわけでなくとも、その場に居たたまれなくなります。
イラクサのパンツは、そうした辱めとしての効果も期待しての
お仕置きだったのでした。
リンカーン(お父様の自家用車)の中でも妹の私たちから散々
臭い臭いを連発されていた朱音お姉さま。駐車場ではお友だちと
「ごきげんよう」「ごきげんよう」のご挨拶はいつもより明るく
なさっていましたが、石段を上がり始めると、たちまちお友だち
からの失笑を買ってしまいます。
「大丈夫?手伝ってあげるね」
こうした場合、気がついたクラスメイトが親切心で手を取って
助けてはくれるんですが……
『本当は、あなたたち笑ってるくせに……』
こんな時って助けてもらう方だって疑心暗鬼になってますから、
せっかくの親切心もあまり心地よくはありません。
朱音お姉さまはお友達に囲まれながらゆっくりゆっくり石段を
上がってきます。
一方、一緒にリンカーンに乗ってきた妹の私たちはというと、
これがとっても残酷でした。
「アヒルさん、アヒルさん、ここまでおいでアヒルさん」
私と遥ちゃんはそんなお姉さまの姿がおかしくてたまりません。
そこで、階段を一気に駆け上がり、自分のお尻を振り振りして、
お姉さまをはやし立てます。
『アヒルさん』というのは、イラクサで膨らんだ大きなお尻を
振り振りしながら階段を登る姿が、ちょうどアヒルさんが歩く姿
に似ているからでした。
でも、そんな様子を運転手さんは快く思っていませんでした。
「ほら、あなたたち、ダメでしょう。朱音さんはあなたたちの
お姉さまなのよ。こんな時は助けてあげなくちゃ」
河合先生は高い場所からお姉さまを見下ろしてじゃれあってる
私と遥ちゃんに注意します。
実はこの学校、普段の日でも父兄参観が認められていて、家庭
教師の先生も受け持つ子どもの授業をいつでも見学できるように
なっていました。ですから、ほとんどの家庭教師が、毎朝、自分
の生徒と一緒に校門をくぐります。
河合先生や武田先生もそれは同じ。お二人は受け持つ子供たち
を送り迎えするのがお仕事のすべてではありません。むしろ車を
降りてからが、お二人の大事なお仕事だったのでした。
「は~~い」
私たちは気のない返事をして、いったん登った階段を下り始め
ます。
河合先生の命では仕方ありません。私たちも他の子たちと一緒
に朱音お姉さまを救出に向かいます。
ただ、その時はすでに武田先生はじめ沢山のお友達がお姉さま
に援助の手を差し伸べていましたから、むしろお姉さまの周りは
ごった返しています。まるでお祭りのお神輿状態。
もう人手は十分足りていたと思うのですが……
「ねえ、私たちまで行ったら、かえってお姉さま恥ずかしいん
じゃない。ありがた迷惑なんじゃないかしら?」
私の疑問に遥おねえちゃまは……
「それはそれでいいんじゃないの。恥ずかしいのもお仕置きの
一つだもの。それに女の子って何事にもお付き合いが大事だって
河合先生も言ってたじゃない」
遥ちゃんは悟ったような返事を返すのでした。
そのあたり、私はまだ子供なのでよくわかりませんが、もし、
私だったら……
「いいから、ほっといて!近寄らないで!」
なんて、怒鳴り散らしていたかもしれません。
「やっと着いた」
朱音お姉さまはみんなのおかげで遅刻せずに山の頂上へと辿り
着きます。
お山の頂上からは白い灯台や外国航路の船が出入りする港町が
見えます。
こんな見晴らしの良い場所に人知れず建っていたのが私たちの
学校、聖愛学園。ここに小学校と中学校がありました。
1学年1クラスで6名から8名。全校生徒合せても、小学校で
40名、中学校も20名程度の小さな組織です。
ですから、学校施設もこじんまりとしていて、周りの樹木より
高い建物などは最初からありません。学園は深い森の緑に溶け込
んで体育館や木造の建物が数棟建っているだけでした。
おそらく山の下からでは学校の建物も生徒達の声も聞こえない
と思います。それはお父様達にとっては好都合で、ここからでは
どんなに厳しいお仕置きをしても、その悲鳴が外部に漏れる心配
がありませんでした。
ただ、質素な外観に比べると中の設備は充実していました。
出資者はお父様だけではありません。商売で成功した実業家や
功なり名を遂げた紳士たちが設立に名を連ね、多くの愛好家たち
も惜しみない援助を申し出てくれましたから、ここは田舎の分校
のような外観にも関わらず町の学校にあるような設備はたいてい
備わっています。
図書室、理科室、音楽室、体育館、プール……他にも映写室や
保健室、今ではほとんどが体育館と兼用になっている講堂までも
ちゃんと別に建ててあります。
それだけではありません。ここには他の学校ではまずないあり
えないような部屋も。
生徒が罰を受けるためだけに作られた通称お仕置き部屋です。
教員室脇の階段を下りた半地下に部門ごと七つも色んな部屋が
用意されています。
出資者の方々の多くはこうしたことを期待して出資されている
わけですから、学校側もそうした期待に応えなければならないと
考えて念入りに作ったみたいでした。
ですから、こうした部屋は特に充実しています。
私は社会に出たあと、世間の学校にはこんな部屋は存在しない
と聞かされて絶句、もの凄いカルチャーショックでしたが、でも、
こうした環境で最初から育ってしまったせいか、学園での生活が
特別不幸だなんて考えたことは一度もありませんでした。
さて、登校した私たちには、まずやらなければならないことが
ありました。
園長先生が丹精した色とりどりの薔薇の花が咲くアーチが校門
になっていまして、そこを潜ると、何やら怪しい胸像が設置して
あります。
『大林胤子先生』
プレートの名前はそうなってます。
生徒はこの胸像の前では必ず一礼しなければなりませんでした。
実は彼女、この学校の創立者なのです。あまりにも大昔に亡く
なっていますから生徒はもちろん先生方だって実のところ彼女に
一度も逢ったことがないはずなんです。それでも生徒は、毎朝、
この像の前ではご挨拶として一礼しなければならないのでした。
私の場合は……
『あんた、偉そうな顔するんじゃないわよ』
いつも心の中でそう思いながら一礼していました。
ただ、学校はご丁寧に私たちを監視するための先生を配置して
いますから、そのままスルーしてしまうと呼び止められてしまい
ます。
そんな時は……
「あっ、ごめんなさい。うっかりしてました」
胸像の前に戻って一礼すれば、大半、許してもらえるのですが、
ただ、間違っても……
「そもそも、大昔に死んじゃってる人に今さら頭をさげても、
何の役にもたたないし、無駄な時間だと思いますけど」
なんて、先生に口答えしちゃうのはタブーでした。
実際、そう答えてお尻を叩かれた子がいました。
慌ててその子の家庭教師が止めに入ったのですが、きっと先生
もキレちゃったんでしょうね、
「これは躾です。ほっといてください。お話はあとで窺います」
そう言って、中二の子のお尻をスカートの上からでしたけど、
20回も勢いよく叩いていました。
この学校では胸像への一礼も日常的なご挨拶の一つ。ぺこりと
頭を下げさえすればいいのですからべつに手間はかかりません。
どのみちこの学校では出会うすべての人に『ごきげんよう』って
ご挨拶するわけですから、胸像一つ分ご挨拶が増えたとしても、
どうってことないはずなんですが、女の子だって第二次性長期に
入ると自分なりの屁理屈を言い出すようになりますから、こんな
事件も起こるのでした。
もちろんうちの学校、こんな跳ね返り娘ばかりじゃありません。
むしろ大半は、目上の人の指示には何でも「はい」「はい」って
きく従順な子ばかりです。
日頃から学校の先生だけでなく、お家では家庭教師の監視下で
細かなことまで注意されながら暮らしていますから、活発な子と
いうよりおとなしい子の方が圧倒的に多いのでした。
例えば、ある先生がお仕置きを決断したとします。
先生が「さあ、お仕置きしますよ。全員パンツを脱いで!」と
命じると、みんな当然のようにパンツを脱ぎはじめます。
この学校の子供たちはそのくらい統制が取れているというのか
目上の人には従順なのでした。
ですから、さっきのはあくまで特異な例。理由はともかく先生
がそうおっしゃるならって、どの子も胤子先生の前では必ず一礼
します。思わず胸像の前を通り過ぎてしまったら慌てて戻ります。
特に小学生では逆らう子は一人もいませんでした。
当然、この日も私たち姉妹は先生に教えられた通り深々と一礼
してから校舎の中とへ入っていきます。
校舎は今どき珍しい木造校舎ですが、なかは日本のどこにでも
ある学校と同じ構造。玄関口にはたくさんの下駄箱団地があって、
生徒はここで革靴と上履きを履き替えます。
あっ、そうそう、うちの場合は生徒用だけでなくお供してきた
家庭教師のために父兄用靴箱というのも設置してありました。
ちなみにこの父兄用靴箱、その名の通りお父様が来て使う事も。
ただそんな時はたいていお仕置きで呼ばれた時ですから、お父様
の顔は真っ赤、生徒の顔は真っ青になっていました。
うちの場合、華族学校時代からの習慣で、毎日が父兄参観日で
したから、良い事も悪い事も全てが河合先生や武田先生を通じて
その日のうちにお父様にも伝わります。学校での出来事は何一つ
隠しようがありませんでした。
家庭教師からの報告は、学校で行われたテストの結果は勿論、
『国語の時間、お友達とふざけあって先生に鏡を敷かされました』
とか『体育の時間、まじめに走らなかったので一周多く走らされ
ました』なんて恥ずかしい報告も次々とお父様の元に上がってき
ます。
そのほかにも、休み時間にお友だちとひそひそ声で言いあった
先生の悪口が、なぜか家に帰るとすでにお父様が知っていたり、
ほんのちょっとからかっていただけなのに、お父様からは……
「今日、お友だちを虐めてたみたいじゃないか。お友だちとは
仲良くしなきゃ」
なんて注意されたこともありました。
学校の先生と家庭教師、その両方で常に見張られている訳です
から、こちらの情報はいつも筒抜け。まさに超監視社会でした。
でも、大人たちに言わせると、これも愛なんだそうです。
そんな大人たちの愛は他にもあります。
私たちが登校してくると玄関口には必ず園長先生が立っていて
生徒全員とスキンシップをします。ハグして、頬をすり合わせて、
まるでそこに本当のお母さんが立っているみたいでした。
実はこれ生徒全員の心と身体の健康チェックなんです。
これも胤子先生の胸像と同じようにここもスルーはできません。
胸像に一礼するのと同様、子供たちは園長先生に抱かれる義務が
ありました。
園長先生に抱かれるのは、ほんの10秒ほど。これで私たちの
健康状態や心の状態までがわかるんだそうです。
何も話さなくても分かるみたいですから摩訶不思議です。
もちろん園長先生のハグは何も問題がなければすぐに開放され
ますが子供たちの抱っこの義務はここだけではありませんでした。
教室に入ると、今度は担任の先生が私たちを待ち構えています。
やることは園長先生と同じ。子供たちをしっかりハグして頬を
摺り合わせて頭を良い子良い子してなでてくれます。
ちょっとした赤ちゃん気分。
担任の先生になると、もっと細かなことまでわかります。
先生はこうしてハグするだけで、子供たちの今の体調や『宿題
をわすれた』とか『今朝、おねしょしてお父様に叱られた』とか
『今、お友達と喧嘩している』なんていう心のSOSまでわかる
んだそうです。
何たって、全校生徒合せても40名ほどのこじんまりした学校
ですから、園長先生は登校時間に全ての生徒とスキンシップする
時間がありますし、担任の先生もお父様以上に子供たちの内実を
ご存知でした。
もちろん担任の先生は各々の家庭教師から色んな情報をリーク
してもらって、それで判断してるんでしょうけど、子供たちには
不思議な出来事だったのです。
「あら、可愛いリボンじゃない。小さな鈴まで付いてるのね。
自分で選んだの。それとも、河合先生のお見立てかしら?」
「私です。楓お姉さまに作ってもらいました」
「そう、楓お姉さん器用だものね。黄色がよく似合ってるわよ。
ところで、今日の朝ごはん。ちゃんとトマトジュースも飲めた?
お父様、好き嫌いする子は身長が伸びないって心配なさってたわ
よ」
「コップの半分だけ。吐きそうだったれど、なんとか……」
「偉いわ。少しずつ慣れていけばいいのよ」
「コップにまったく口をつけないと……お父様が睨むから……
恐くて……仕方ないんです」
「あら、そうなの。それは大変ね。でも、それはあなたの為を
思ってのことなのよ。………あっ、そう言えば、昨日から、また
お父様と一緒のお部屋で暮らすことになったんですって?」
「えっ、……まあ」
「どう?……久しぶりにお父様と一緒のお布団は嬉しかった?
それとも遥お姉ちゃまと一緒の方がよかったのかしら?」
「遥おねえちゃまと一緒の方がいいです。でも、そうすると、
お勉強ががかどらないから、お父様が心配して……」
「そう、それじゃあ仕方がないわけね……お部屋のお引越しが
あったでしょうけど、宿題はちゃんとやってきた?」
「はい、たぶん大丈夫だと思います」
「そりゃそうね、お父様のお膝の上ではサボれないものね」
担任の小宮先生の抱っこでは心にチクチクと刺さる言葉もあり
ますが、甘えん坊の私は、こうして抱っこしてもらうこと自体は
決して嫌いではありませんでした。
こうしてクラス全員の子へのスキンシップが終わると……
「さあ、始めますよ」
担任の小宮先生の声と共に朝のホームルームが始まります。
このホームルームでは、学校行事についての話し合いなんかも
しますが、子供たちにとって最も強い関心事は小テストでした。
私たちの学校では子供たちがお家で予習復習をきちんとやって
きたか主要四教科では勉強時間の最初に必ず確認の為のテストを
します。
でも、国語と算数は担任の小宮先生が担当されていましたから
それを朝のホームルームで間に合わせてしまうのでした。
出題は漢字の書き取りや計算問題が中心で範囲も細かく区切ら
れていますから家でのお勉強時間は、私の場合、お父様のお膝の
上でなら30分くらいですみます。
でも、毎日のことですからね、それぞれに事情があってうまく
いかないこともありました。
これが紙に書いて提出するだけの宿題なら……『やったけど、
お家に忘れてきました』なんて言い訳もできますけど、こちらは
テストで確認されちゃいますからどうにもなりません。まさか、
『知識を家に置いてきました』なんて言い訳ができるはずもあり
ませんから。
もし、合格点に届かない子が一人でもいると、その子のために
もう一度同じ授業をやったり、その子自身も別メニューで補修を
やらされたりします。
おまけに先生の閻魔帳にはその子の欄にXが一つ。
これ、一つ二つなら問題ないのですが、このXが一週間で7つ
以上ついちゃうと、週末はお父様までも学校に呼び出されて親子
で『特別反省会』ということになります。
こうなるとシャレにならないことになります。
担任の先生から、この一週間のいけなかった事が、洗いざらい
書き出されたプリントが出てきて、これから先どんな生活態度で、
どんな勉強方法で頑張るのかが決められます。
それだけじゃありません。反省会での態度まで悪いとなると、
たとえ親の見ている前でもお仕置きなんてことがありえますし、
それでも足りなければ、お家に戻って、お父様や家庭教師の先生
からみっちりとお仕置きなんてことも……
『特別反省会』って子供にとっては恐怖の保護者会だったので
した。
ちなみに、朝の小テストの合格点は9割以上。それ以下の子は
放課後無条件でその範囲を補習させられます。
ただこの学校は良家の子女の集まり。しかもどの家庭もみんな
家庭教師を雇っていますから、たとえ本人がどんなに嫌がっても
強制的にお勉強させられます。チューナップは万全という訳です。
ただ、それでも一応テストですからね、子供としては緊張する
わけです。
とはいえ、なかには例外もあります。
この日の朝はそんな稀なケースが起きていました。
このテストの採点は、ホームルームの時間中に隣の子と答案を
取り替えて生徒同士で行うのですが、私のお隣、広志君はクラス
唯一の男の子にして、六人しかいないけどクラス随一の秀才です。
普段お家でのやっているお勉強は中学のテキストだと聞いたこと
がありました。
そんな子が朝のテストで失敗するなんて、ありえないと思って
いました。
ところが、広志君の答案を見ると全40問の漢字の書き取りで
5つも間違いがあります。9割が合格点なら、許容範囲は4つ。
5つ目はアウトです。
『いいのかなあ』
私は、何だか広志君の答案にXをつけるのが恐くて、こっそり
消しゴムで消して答案を修正しようとしたんです。
ところが……
「だめよ、小暮さん。間違いは間違いのままにしておかないと、
広志君の為にならないわ」
小宮先生に見つかってしまい注意されてしまいます。
こうして、広志君の放課後の居残り勉強が確定したわけですが、
ホームルームが終わるなり広志君の席には女の子たちが殺到しま
した。
「どうしたのよ。病気?」
「身体の調子が悪い時は保健室へ行ったほうがいいよ」
「そうそう、『今日は体調が悪いのでテストできませんでした』
って言えば先生許してくれるよ」
女の子たちが心配して寄ってきますが、でも当の広志君は迷惑
そうでした。
「そうじゃないよ。間違えたの。僕だって間違えることあるよ」
そう言って女の子たちを払い除けます。
「だって、お家では中学生の問題解いてるんでしょう。こんな
小学生の問題で間違うはずないじゃない」
美登里ちゃんがこう言うと、里美ちゃんも同調します。
「そうよ、そうよ、こんな問題、ちょちょいのちょいのはずよ」
でも、現実は違っていました。
「そんなことないよ。家でやってる中学の問題はあくまで趣味
だもん。そりゃあ、方程式は面白いけど、そっちばっかりやって
ると鶴亀算なんか忘れちゃう。漢字だって同じさ。やってないと
忘れちゃうんだ。だから、テストがある時はちゃんとその場所を
復習しておかないと、やっぱり合格点は取れないんだ」
「じゃあ、何で、今日は不合格になったの?」
「それは……」
広志君は言葉を濁します。
すると、その答えを出したのは、広志君の家庭教師をやってる
会田先生でした。
会田先生は、ホームルームの時間はずっと教室の後ろに設けら
れた父兄席で静かに見学されていたのですが、一区切りついたの
で、私たちのそばへと寄ってきます。
うちの学校では休み時間に家庭教師が受け持つ子供に向かって
声をかけるのは日常茶飯事。当たり前の光景でした。
「ずいぶんと偉そうなこと言うじゃない。……この子、昨日は
熱心にプラモデルばかり作ってて、ちっともこちらの言うことを
聞いてくれないから『もう、勝手になさい』って独りにさせたの。
大丈夫かなあって思ってたら、案の定ね」
「ちょっとした手違いが起こっただけだよ」
広志君は強がりを言いますが……
「手違いって、どんな?」
って先生に尋ねられると……
「…………」
それには答えられませんでした。
「まあいいわ。これで今日一日が無事にすんじゃったら、私、
失業するところだったけど、朝の小テスト一つ満足に受からない
ようなら、どうやら、あなたには、まだまだ私が必要みたいね。
今日は、小宮先生からとびっきり痛いのを一ダースばかりお尻に
いただいて帰りましょう」
「えっ!」
驚いた広志君ですが、会田先生の冷たい表情が変わる事はあり
ませんでした。
「……それが、何よりあなたの為だわ」
「だから、たまたまだよ。たまたま間違えただけだって……」
広志君、苦し紛れのいい訳を独り言のように小さな声で言いま
すが、会田先生は広志君を取り囲んだ女の子たちに向かっても、
さらに強烈にこう言い放つのでした。
「みなさん、この子の成績なんてこんなものなの。みなさんと
大差ないの。この子、周りがちやほやしてくれるもんだからうぬ
ぼれてるみたいだけど、その方がよほどたまたまよ。今は成績が
あまり上がっていない子でも、あなたぐらいのポジションなら、
すぐに追いつくんだから……大きな口はたたかないことね」
広志君、会田先生にたっぷりイヤミを言われてしまいます。
どうやら広志君、昨夜は無我夢中でプラモデルを組み立ててた
みたいで、睡眠時間は二時間。会田先生と約束した宿題の範囲に
も目を通していません。しかもその睡眠時間だって、途中で眠く
なって寝てしまったみたいでした。
結局そんな広志君をベッドへ運んだのは会田先生だったのです。
小学生も高学年になると、我を張って家庭教師の言う事をきか
なくなります。そのくせまだ自分で自分を律することができない
ものですから、独りにさせても満足な成果は期待できません。
こんなことが起きてもそれはそれで仕方のないことでした。
この日、広志君は居残りです。でも、同じ居残りといっても、
その対応はケースバイケース、千差万別です。
広志君の場合は、単に補修授業があるというだけでなくその中
で何度も何度も飽きるくらい、涙がこぼれるくらい反省の言葉を
言わされると思います。それは担任の小宮先生が家庭教師の会田
先生から昨夜のことについて説明を受けていたから。こんな子に
は厳しいお仕置きが必要だと小宮先生が思うだろうからでした。
普段優しい小宮先生も場合によって子供たちに厳しく接します。
もしそこで反抗的な態度とれば、さらにお尻叩きの罰が追加され
る事も……この学校のお仕置きでは『申し訳ありません』という
態度が何より大事でした。たとえぶたれるようなことがあっても
大声を出さず必死に我慢しないと罰はさらに増えていきます。
そして、何より他の学校と大きく違っていたのは、家庭教師の
存在。家庭教師と学校の先生が連携をとって子供をお仕置きする
という摩訶不思議な学校でもあったのです。
学校で起きたことを理由に家でお仕置きというのはまだあるで
しょうが、ここでは、家で起こったことを理由に学校でお仕置き
されるなんてことも決して珍しいことではありませんでした。
そんな超監視学校の一日がこれから始まります。
今日はいったい何人の子が恥ずかしさに耐え、お尻叩きの罰を
必死にこらえるんでしょうか。
災いはもちろん私にも降りかかる可能性があるのですが、私の
場合、それがなぜか楽しみであったりもするのでした。
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小暮男爵 << §6 >>
小暮男爵
***<< §6 >>****
朝の辛い儀式(お浣腸)が終わると私の身体は河合先生の手に
委ねられます。
パジャマだけでも着ることができてやれやれ一息というところ
ですが先生と一緒に向かうバスルームでは再び裸にならなければ
なりませんでした。下着を身に着ける事ができるのはその後です。
遥ちゃんもそうですが、小学生というのは自分で自分の身体を
洗うことができません。
子供の身体は家庭教師の先生が洗う決まりになっていました。
ですから、バスルームに着くと私たちは再び裸にさせられます。
ただ、朝のバスルームというのはお風呂が沸いているわけでは
ありません。あくまで身体を洗うことだけが目的でした。
バスルームで合流した私と遥ちゃんは、二人して冷たい洗い場
に裸で並びます。
「どうだった?久しぶりのお父様は?」
「どうって?」
「久しぶりに抱っこしてもらったんでしょう?」
「そ……そんなことしないわ。私、もう子供じゃないもん」
私は見栄をはります。だって、この歳で赤ちゃんみたいに抱き
合って寝てたなんて言いたくありませんから。
「どうだか……あんた、甘え上手だもんね。また上手く甘えて
お父様に何か買って貰う約束したんじゃないの?」
遥ちゃんは含み笑いです。
「そんなことあるわけないじゃない」
私は少しだけ語気を強めます。
河合先生はこんな時、たとえその子達のすぐそばにいても何も
おっしゃいません。ただ、嘘をついていると、河合先生の手荒い
ボディーウォッシュをやり過ごさなければなりませんでした。
『痛い!!』
その時、私は思わず腰を引きます。
それは河合先生のスポンジがお股の中で暴れたから。つまり、
嘘をついているからでした。
「ほら、腰を引かない。無駄なおしゃべりはしないの」
先生に叱られます。
河合先生のスポンジは無遠慮に私の股間をゴシゴシしますが、
どんなに痛くてもそれで悲鳴を上げることは許されませんでした。
河合先生の仕事は身体洗いだけじゃありません。歯を磨いて、
下着を穿かせて、髪をセット、お家の中だけで着る普段着を身に
つけさせるところまでが全部、河合先生のお仕事なのです。
一方、子供たちはというと、それにただただ耐えるだけが仕事
でした。
どうしてそこまで?子ども自身にやらせればいいじゃないか?
とも思いますが、要はお父様の前に出る時、子供たちだけでは、
完璧に仕上がらないというのがその理由のようでした。
あれで15分位もかかったでしょうか、やり慣れている先生の
手際のよさは天下一品です。ただし、その間、私たちは河合先生
のお人形ですから何もできません。
『こういう髪型がいい』とか、『今日はこのお洋服で』なんて
注文も出してはみますが、それもあくまで河合先生しだい。
彼女がダメと言えばだめ。私たちに決定権はありませんでした。
そのあたり子供の立場は辛いところです。
でも、これが中学生になると一変します。誰の手も借りません。
朝は自分で起きてバスルームに行き、顔をや身体を洗い、自分で
髪をとかします。その日に着る服だってクローゼットから自由に
選ぶことができました。
もちろん、それをお父様が気に入るかどうかは別問題ですが、
自由の幅がぐんと増えることは確かです。
女の子にとって自分で自分を装えるってとっても大事な事です
から小学生の私たちには隣りで作業する中学生のお姉さまたちが
羨ましくて仕方がありませんでした。
ただ、そうは言っても良いことばかりではありません。実は、
困った事もあったんです。
私たちは家庭教師の先生にお任せですから、どんなに寝ぼけて
いても先生がベッドから引きずりだしてくれますし、バスルーム
でふらふらしていても勝手に身繕いが済んでしまいます。
ところが中学生になると、そうはいきませんでした。
必ず自分で起きなければなりませんし、自分で身繕いをしなけ
ればなりません。『今日は疲れてるから今日だけ先生お願い』と
いうわけにはいきませんでした。
そのうえ、シャワーを浴びて身を清めたり、髪をとかしたりと
いった作業は担当の家庭教師がチェックしていますから手抜きも
できません。
お父様の待つ大食堂では子供たちの誰もがきちっとした身なり
で現れなければなりませんでした。
戦後、爵位がなくなったと言ってもお父様は元男爵。ご本人は
家にいる時でも常にきちっした身なりをなさっています。
ですから、子供たちにもきっとそうして欲しかったのでしょう。
『子供だからだらしのない身なりをしていても仕方がない』とは
お考えにならないみたいでした。
目やにをつけたまま食堂のイスに座ろうものならまず顔を洗う
ようにお命じになりますし、寝癖を残したぼさぼさの髪や上着の
ボタンが外れているのもNG。スカートの裾からほんの少しだけ
シミズがはみ出していただけでも家庭教師が付き添って化粧直し
です。
とはいえ、朝寝坊は大半の子に起こるもの。
この日の朱音(あかね)お姉さまを襲ったのもそうした不幸で
した。
朝の食堂には、男爵様の家でお世話になっている男の子二人、
女の子五人の合計七人が身なりを整えて朝の挨拶にやってきます。
一番上は高校三年生の隆明お兄様、二番目が高二の小百合様、
こうした人たちは私たちのような子供から見ると兄弟というより
むしろお父さんとか、お母さんといった感じに見えます。
どういうことかというと、このお二人は単に身体が大きいだけ
でなく、言ってる事、やってることが立派過ぎて私たちとは話が
かみ合わないからでした。
何か言われる時は、たいてい雲の上から言葉が降って来る感じ
で、つまらないんです。
こちらが返す言葉も、「はい、お兄様」「はい、お姉さま」と
しか言えませんでした。
ま、その代わり、よく抱っこしてもらいましたから、そういう
意味でもお父さんお母さんみたいだったんです。
この下は中学生。三年生の健治お兄様、二年生の楓お姉さま。
そして一年生の朱音(あかね)お姉さまです。
このグループはお父様からある程度独り立ちを認められていま
すから、自分で自分の身体を洗うことができますしクローゼット
にあるどんな服でも自由に選んで着ることができます。
でも、数年前までは、私たちと同じ立場だったわけですから、
まだ子供時代の雰囲気も残しています。
私たちが冗談を言ったり、こちらがふざけても受けてくれます
し、読んでるマンガが同じだったりしますから、話も合いやすい
関係でした。
その中学生グループの一人、朱音お姉さまがこの日の朝はなか
なか食堂に現れませんでした。
他の子はとっくにお父様へのご挨拶を済ませ席に着いています。
最初の料理、ポタージュだってすでにテーブルに乗っています。
そんな時でした。
バタバタという足音が近づいてきたかと思うと、いきなり一陣
の風が食堂に吹き渡ります。
とても急いでいたのでしょう。『ドン』という普段ならしない
音がしてドアが開いたのでした。
少し前かがみになって激しい息遣いが私の座る席までも聞こえ
そうです。
「女の子じゃないみたいね」
どなたかがそうおっしゃいましたが、まさにそんな感じでした。
ゲームやマンガに出てくる『艱難辛苦を乗り越えて、今、お城の
大広間に乗り込んだ若き勇者』というところでしょうか。
精悍な感じはすると思うのですが……
でも、お父様にはあまり歓迎されませんでした。
遅ればせながら朱音お姉さまが朝のご挨拶にお父様のそばまで
行くと、お父様の方で手招きします。
「お前、目に何かついているぞ」
まずは、お姉さまの目やにをナプキンで払い除けてから、その
全身を一通り見回します。
「凄い格好だな。髪ぼさぼさ、上着のボタンは外れていて……
ん?……そのスカートの裾からチラチラ覗いているそれは何だ?」
お姉さまは朝のご挨拶をしようと思ってそばに寄ったのですが、
これでは何も言えなくなってしまいました。
「昨日の夜のお相手は誰だ。萩尾望都さんか?竹宮惠子さん?
それとも、大島なんとかさんかな?」
お父様は家庭教師の武田京子先生を通じてお姉さまが夜な夜な
夜更かししてマンガを読んでいたのをご存知だったのです。
ちなみに、お父様世代が読んでいた漫画は今のような形式の物
ではありません。手塚治虫先生登場以前の作品です。『のらくろ』
あたりでしょうか。単純で滑稽なショートストーリー。
お父様は、複雑なストリー展開や人の情愛、感情の機微などを
マンガが伝えられるだなんて思ってらっしゃいませんから、漫画
は全て低俗な悪書だったわけです。
当然、娘が夜更かししてまで読むものではありませんでした。
「おまえは、まだ自分で自分の事が管理できないみたいだな」
「…………管理って……」
こう言われて、お姉さまは何か言いたげだったのですが……
「お前はまだ子供だってことさ………………先生……武田先生」
お父様はこう言っておいて専属の家庭教師武田先生を呼びます。
武田先生は私たちでなら河合先生にあたる方、同じ役目でした。
「先生、ご苦労だけど、この子を洗ってやってくれませんか?」
お父様は捨て猫でも処理するように武田先生へ依頼します。
「はい、承知しました」
武田先生は一流大学を出た立派な才女ですが、ここではお父様
に雇われているわけですし、そもそもこうなったことについては
ご自分にも責任があると感じられたのでしょう、二つ返事で引き
受けられると、朱音お姉さまを連れて食堂を出て行かれました。
で、どうなったか?
どうって、特別な事は何もありません。お姉さまが久しぶりに
私たちと同じ朝の体験をしたというだけです。
身体をゴシゴシ洗われて……「ほら、腰を引かない」とかね。
髪をセットしている最中……「ほら、脇見しない!」とかね。
出してきた服に文句を言うと、「贅沢言わないの。あなたには
これが似合ってるんだから」とかね。
言われたんじゃないかなあと思います。
ただ、武田先生からは念入りに洗っていただいたのでしょう。
朱音お姉さまが食堂に戻られた時はもう大半の子が朝食をすませ
ていました。
中には早々席を立つ子もいて、そんな時に朱音お姉さまが準備
を終えて戻ってきたのでした。
遥と私は、その時もまだお父様の席で何やら話していました。
子供の役得で、お父様のお膝の上はいつ登ってもセーフエリア
(安全地帯)だったのです。
今のように情報がたくさんある時代ではないので、お父様から
の情報は子供たちにはとっても新鮮で貴重なんです。
色んな話題や知識がそこにはありますから、食事が終わっても
私たちはできる限りお父様のそばにいたのでした。
そこへ武田先生と一緒に朱音お姉さまが食堂に帰ってきました。
もちろん、今度は一部のすきもなく仕上がっています。
まるで、これから舞踏会にでも行くみたいでした。
「わあ、綺麗!」
「こんなドレスで食事するの?」
二人の目の前をお姫様が通過します。
「お…おはようございます。お父様」
武田先生に背中を押されて少し緊張気味にご挨拶。
そりゃそうです。さっきお父様に叱られてこうなったわけです
から朱音お姉さまだって心から笑顔というわけではありません。
「おうおう、綺麗だ。綺麗だ。見直したよ。女の子はやっぱり
こうでなちゃいけないな…………武田先生、ご苦労様でした」
感嘆の声を上げるお父様。余計な手間をとらせた武田先生をも
ねぎらいます。
「やはり、ちゃんとしていれば朱音が姉妹の中で一番綺麗だよ」
たとえお世辞でもお父様にこう褒められれば、朱音お姉さまも
はにかんで笑顔がこぼれます。
ただ、我が家の場合。これでめでたしめでたしというわけには
いきませんでした。
「よし、では食事にしようか。でも、その前に……朱音。鏡を
持って来てこの椅子に敷きない。お前もその方がはっきり目覚め
ることができるだろうから……」
お父様は、ご自分の隣りにある椅子の座面を叩きながら、朱音
お姉さまに命じます。
お父様がおっしゃる『鏡』というのは本当の鏡ではありません。
鏡を椅子に敷くなんておかしいでしょう。
ここでいう鏡はまるで鏡のように磨き上げられた鉄の板のこと。
その冷たい金属の板を座面に敷き、その上に裸のお尻を乗せる
という罰なのです。
実はこれ、学校でも同じ罰がありますから、女の子にとっては
わりとお馴染みのお仕置きなのですが、さらに我が家では、その
鉄板を冷やすための専用冷蔵庫まで用意してあります。
キンキンに冷えた鉄板の上に裸のお尻を乗せればそりゃあ目は
覚めるでしょうが……
「はい……」
朱音お姉さまは短く答えてその冷蔵庫に向かいます。
その瞬間、お父様は、まだ食堂に残っていた健治お兄様にだけ
ここを出るよう指図されましたが、他にも残る女の子たちには、
何もなさいません。
もちろん、食堂にまだ残っていた数人のお姉さまたちも事情は
ご存知です。でも、そもそもそんな事に感心を示す人などここに
はいませんでした。
これって、学校でも家庭でもわりと頻繁に行われる罰なので、
私も含め女の子たちはすでに全員経験済み。今さら驚きません。
それに何より女の子が女の子のお尻見てもしょうがありません
から。
ただ、そうはいっても本人は別です。だいいちトイレでもない
こんな人前でショーツを脱ぐのは恥ずかしいことですし、お尻が
鉄の板に当たる瞬間、その冷たさに思わず顔色を変えないように
気を配ります。
幸いロングスカートが裸のお尻を隠してくれますから外からは
普通に食事をしているように見えますが、キンキンに冷えた鉄の
板はよく尿意を呼びさまします。
そして、それを我慢していると……
「どうした?……行って来なさい。こんな処でお漏らしなんか
したら、それこそ恥ずかしいよ」
こんなことをお父様に言われてしまいます。
これもまた恥ずかしいことでした。
冷たい椅子に腰掛けて独りでする食事なんて誰だって嫌です。
でも、だからと言って「こんな物いらない」とは言えませんで
した。
お父様が特別な理由なく食事を抜くことを許してくださらない
のです。
『出されたものは全て食べること』
これがお父様の厳命ですから、食事を拒否することはお父様の
お言いつけに逆らうこと。当然、それなりのお仕置きを覚悟しな
ければなりません。
朱音お姉さまは重い手つきでスープを口に運びます。
もったりもったりとした様子。
そんなゆっくりとしたペースに、今度は、お父様が動きました。
「ほら、いいから口を開けて……このままじゃ学校に遅れるよ。
ほら、あ~~ん」
お父様は自ら大き目のスプーンに料理を乗せてお姉さまの口元
へ運びます。
お姉さまは恥ずかしくても、それをパクリっとやるしかありま
せん。
「よし、その調子だ。お前にはまだこの方が似合ってるな」
お父様にこんな事を言われても、やはり黙っているしかありま
せんでした。
「美味しいか?……美味しかったら『はい』って言いなさい」
「はい……」
恥ずかしそうな笑顔から小さな声が聞こえました。
二口、三口、スープをお姉さまの口元へ運ぶと、今度はお肉を
切り分け始めます。
今度はフォークに突き刺して……
「あ~~~ん」
「ほら、もう一口。…………よし、食べた」
お姉さまは口元を汚しながらお肉を頬張ります。
「よし、もう一つだ…………頑張れ~~」
一方お父様はというと、もう完全に朱音お姉さまを赤ちゃんに
して遊んでいました。
「おう、いい子だ。よく食べたねえ。……ほら、もう一口……
おう、えらいえらい。今度はサラダにするかい?」
お父様の問いに口いっぱいにお肉を頬張っている朱音お姉さま
は口が開けられません。
「サラダ嫌いかい?ダメだよ。野菜もちゃんと食べないと……
誰かさんみたいに便秘しちゃうからね。………よし、口を大きく
開けて……あ~~入った入った。……お前はやっぱりその笑顔が
最高に可愛いよ。独り立ちさせるのちょっと早かったか。また、
小学生に戻るか?私と一緒にネンネしようか?」
お父様はお姉さまをからかいながらひとり悦にいっています。
でも、こんな赤ちゃんみたいな食事に朱音お姉さまが歯を喰い
しばっているかというと……
もちろん、恥ずかしいことなんでしょうが、お姉さまの顔は、
どこかお父様に甘えているようにも見えます。
お父様の給仕が早くて思わずゲップなんてしちゃいますけど、
お姉さまの笑顔がすぐに復活してお父様を喜ばせます。
「おう、ちょっと早かったか。じゃあもっとゆっくりにしよう」
食事するお姉さまにとって両手は何の役にもたちません。イヤ
イヤすることもできません。今は、お父様に向かって笑顔を作る
ことだけが仕事みたでした。
これってお姉さまに与えられた罰と言えば罰なんでしょうけど、
こうやってお父様と食事するお姉さまの姿は、時間の経過と共に
どこか楽しげなもへと変わっていきます。
ですから……
『いいなあ、私もやってもらおうかなあ』
なんて思ったりして……小学生は不思議なものです。
でも考えてみたら、朱音お姉さまだって数ヶ月前までは小学生
だったわけで、中学生になったからって、いきなりすべてが切り
替わるというわけではないようでした。
そして、テーブルの料理が三分の一くらいなくなったところで、
朱音お姉さまはやっと自分の手で食事をすることができるように
なったのでした。
ただ……
「武田先生。朱音は、今日の午前中、体育の授業がありますか」
その空いた時間にお父様が武田先生に尋ねます。
「いいえ、今日は体育の授業はありません。午前中は特に体を
動かすような行事はないと思います」
武田先生の答えは朱音お姉さまを再び震撼させます。
いえ、それは私にもわかる結論でした。
ところが……
「さあ、あなたたち、そろそろ学校へ行く準備をしないと遅れ
てしまいますよ」
河合先生が呼びに来て、私たちはそれから先の様子を見る事が
できませんでした。
でも、その様子は見なくてもだいたいわかります。
なぜって、それは私たちにも沢山経験のあることだからでした。
おそらく朱音お姉さまはたくさんのイラクサをショーツの中へ
これでもかと言わんばかりに詰め込まれます。
まるでオムツみたいになったパンツを穿いての通学。
これで歩くとまるでアヒルみたいですから、傍目にもお仕置き
を受けたんだなってすぐにわかるのでした。
しかも、これってただ歩きづらいというだけでなく、登校後に
イラクサを取り去っても、なかなか痒みがとれないのです。
そこで症状が悪化しかねない体育が午前中にある時はやらない
のが不文律になっていました。
二人は廊下に出てから顔を見合わせて笑い転げます。
そりゃあ、私がそんな事されたらとっても嫌ですが、他の子が
お父様の目の前でスカートを持ち上げ、そこに表れたパンツも、
お父様から引きずり下ろされて、その中にたくさんのイラクサを
詰め込まれているなんて想像しただけでも楽しい事だったのです。
「あなたたち、笑いすぎよ。……もっと他人を思いやる気持を
持たなきゃ」
河合先生に注意されて酔いは醒めますが、それまではお腹抱え
て笑い転げていたのでした。
*************************
***<< §6 >>****
朝の辛い儀式(お浣腸)が終わると私の身体は河合先生の手に
委ねられます。
パジャマだけでも着ることができてやれやれ一息というところ
ですが先生と一緒に向かうバスルームでは再び裸にならなければ
なりませんでした。下着を身に着ける事ができるのはその後です。
遥ちゃんもそうですが、小学生というのは自分で自分の身体を
洗うことができません。
子供の身体は家庭教師の先生が洗う決まりになっていました。
ですから、バスルームに着くと私たちは再び裸にさせられます。
ただ、朝のバスルームというのはお風呂が沸いているわけでは
ありません。あくまで身体を洗うことだけが目的でした。
バスルームで合流した私と遥ちゃんは、二人して冷たい洗い場
に裸で並びます。
「どうだった?久しぶりのお父様は?」
「どうって?」
「久しぶりに抱っこしてもらったんでしょう?」
「そ……そんなことしないわ。私、もう子供じゃないもん」
私は見栄をはります。だって、この歳で赤ちゃんみたいに抱き
合って寝てたなんて言いたくありませんから。
「どうだか……あんた、甘え上手だもんね。また上手く甘えて
お父様に何か買って貰う約束したんじゃないの?」
遥ちゃんは含み笑いです。
「そんなことあるわけないじゃない」
私は少しだけ語気を強めます。
河合先生はこんな時、たとえその子達のすぐそばにいても何も
おっしゃいません。ただ、嘘をついていると、河合先生の手荒い
ボディーウォッシュをやり過ごさなければなりませんでした。
『痛い!!』
その時、私は思わず腰を引きます。
それは河合先生のスポンジがお股の中で暴れたから。つまり、
嘘をついているからでした。
「ほら、腰を引かない。無駄なおしゃべりはしないの」
先生に叱られます。
河合先生のスポンジは無遠慮に私の股間をゴシゴシしますが、
どんなに痛くてもそれで悲鳴を上げることは許されませんでした。
河合先生の仕事は身体洗いだけじゃありません。歯を磨いて、
下着を穿かせて、髪をセット、お家の中だけで着る普段着を身に
つけさせるところまでが全部、河合先生のお仕事なのです。
一方、子供たちはというと、それにただただ耐えるだけが仕事
でした。
どうしてそこまで?子ども自身にやらせればいいじゃないか?
とも思いますが、要はお父様の前に出る時、子供たちだけでは、
完璧に仕上がらないというのがその理由のようでした。
あれで15分位もかかったでしょうか、やり慣れている先生の
手際のよさは天下一品です。ただし、その間、私たちは河合先生
のお人形ですから何もできません。
『こういう髪型がいい』とか、『今日はこのお洋服で』なんて
注文も出してはみますが、それもあくまで河合先生しだい。
彼女がダメと言えばだめ。私たちに決定権はありませんでした。
そのあたり子供の立場は辛いところです。
でも、これが中学生になると一変します。誰の手も借りません。
朝は自分で起きてバスルームに行き、顔をや身体を洗い、自分で
髪をとかします。その日に着る服だってクローゼットから自由に
選ぶことができました。
もちろん、それをお父様が気に入るかどうかは別問題ですが、
自由の幅がぐんと増えることは確かです。
女の子にとって自分で自分を装えるってとっても大事な事です
から小学生の私たちには隣りで作業する中学生のお姉さまたちが
羨ましくて仕方がありませんでした。
ただ、そうは言っても良いことばかりではありません。実は、
困った事もあったんです。
私たちは家庭教師の先生にお任せですから、どんなに寝ぼけて
いても先生がベッドから引きずりだしてくれますし、バスルーム
でふらふらしていても勝手に身繕いが済んでしまいます。
ところが中学生になると、そうはいきませんでした。
必ず自分で起きなければなりませんし、自分で身繕いをしなけ
ればなりません。『今日は疲れてるから今日だけ先生お願い』と
いうわけにはいきませんでした。
そのうえ、シャワーを浴びて身を清めたり、髪をとかしたりと
いった作業は担当の家庭教師がチェックしていますから手抜きも
できません。
お父様の待つ大食堂では子供たちの誰もがきちっとした身なり
で現れなければなりませんでした。
戦後、爵位がなくなったと言ってもお父様は元男爵。ご本人は
家にいる時でも常にきちっした身なりをなさっています。
ですから、子供たちにもきっとそうして欲しかったのでしょう。
『子供だからだらしのない身なりをしていても仕方がない』とは
お考えにならないみたいでした。
目やにをつけたまま食堂のイスに座ろうものならまず顔を洗う
ようにお命じになりますし、寝癖を残したぼさぼさの髪や上着の
ボタンが外れているのもNG。スカートの裾からほんの少しだけ
シミズがはみ出していただけでも家庭教師が付き添って化粧直し
です。
とはいえ、朝寝坊は大半の子に起こるもの。
この日の朱音(あかね)お姉さまを襲ったのもそうした不幸で
した。
朝の食堂には、男爵様の家でお世話になっている男の子二人、
女の子五人の合計七人が身なりを整えて朝の挨拶にやってきます。
一番上は高校三年生の隆明お兄様、二番目が高二の小百合様、
こうした人たちは私たちのような子供から見ると兄弟というより
むしろお父さんとか、お母さんといった感じに見えます。
どういうことかというと、このお二人は単に身体が大きいだけ
でなく、言ってる事、やってることが立派過ぎて私たちとは話が
かみ合わないからでした。
何か言われる時は、たいてい雲の上から言葉が降って来る感じ
で、つまらないんです。
こちらが返す言葉も、「はい、お兄様」「はい、お姉さま」と
しか言えませんでした。
ま、その代わり、よく抱っこしてもらいましたから、そういう
意味でもお父さんお母さんみたいだったんです。
この下は中学生。三年生の健治お兄様、二年生の楓お姉さま。
そして一年生の朱音(あかね)お姉さまです。
このグループはお父様からある程度独り立ちを認められていま
すから、自分で自分の身体を洗うことができますしクローゼット
にあるどんな服でも自由に選んで着ることができます。
でも、数年前までは、私たちと同じ立場だったわけですから、
まだ子供時代の雰囲気も残しています。
私たちが冗談を言ったり、こちらがふざけても受けてくれます
し、読んでるマンガが同じだったりしますから、話も合いやすい
関係でした。
その中学生グループの一人、朱音お姉さまがこの日の朝はなか
なか食堂に現れませんでした。
他の子はとっくにお父様へのご挨拶を済ませ席に着いています。
最初の料理、ポタージュだってすでにテーブルに乗っています。
そんな時でした。
バタバタという足音が近づいてきたかと思うと、いきなり一陣
の風が食堂に吹き渡ります。
とても急いでいたのでしょう。『ドン』という普段ならしない
音がしてドアが開いたのでした。
少し前かがみになって激しい息遣いが私の座る席までも聞こえ
そうです。
「女の子じゃないみたいね」
どなたかがそうおっしゃいましたが、まさにそんな感じでした。
ゲームやマンガに出てくる『艱難辛苦を乗り越えて、今、お城の
大広間に乗り込んだ若き勇者』というところでしょうか。
精悍な感じはすると思うのですが……
でも、お父様にはあまり歓迎されませんでした。
遅ればせながら朱音お姉さまが朝のご挨拶にお父様のそばまで
行くと、お父様の方で手招きします。
「お前、目に何かついているぞ」
まずは、お姉さまの目やにをナプキンで払い除けてから、その
全身を一通り見回します。
「凄い格好だな。髪ぼさぼさ、上着のボタンは外れていて……
ん?……そのスカートの裾からチラチラ覗いているそれは何だ?」
お姉さまは朝のご挨拶をしようと思ってそばに寄ったのですが、
これでは何も言えなくなってしまいました。
「昨日の夜のお相手は誰だ。萩尾望都さんか?竹宮惠子さん?
それとも、大島なんとかさんかな?」
お父様は家庭教師の武田京子先生を通じてお姉さまが夜な夜な
夜更かししてマンガを読んでいたのをご存知だったのです。
ちなみに、お父様世代が読んでいた漫画は今のような形式の物
ではありません。手塚治虫先生登場以前の作品です。『のらくろ』
あたりでしょうか。単純で滑稽なショートストーリー。
お父様は、複雑なストリー展開や人の情愛、感情の機微などを
マンガが伝えられるだなんて思ってらっしゃいませんから、漫画
は全て低俗な悪書だったわけです。
当然、娘が夜更かししてまで読むものではありませんでした。
「おまえは、まだ自分で自分の事が管理できないみたいだな」
「…………管理って……」
こう言われて、お姉さまは何か言いたげだったのですが……
「お前はまだ子供だってことさ………………先生……武田先生」
お父様はこう言っておいて専属の家庭教師武田先生を呼びます。
武田先生は私たちでなら河合先生にあたる方、同じ役目でした。
「先生、ご苦労だけど、この子を洗ってやってくれませんか?」
お父様は捨て猫でも処理するように武田先生へ依頼します。
「はい、承知しました」
武田先生は一流大学を出た立派な才女ですが、ここではお父様
に雇われているわけですし、そもそもこうなったことについては
ご自分にも責任があると感じられたのでしょう、二つ返事で引き
受けられると、朱音お姉さまを連れて食堂を出て行かれました。
で、どうなったか?
どうって、特別な事は何もありません。お姉さまが久しぶりに
私たちと同じ朝の体験をしたというだけです。
身体をゴシゴシ洗われて……「ほら、腰を引かない」とかね。
髪をセットしている最中……「ほら、脇見しない!」とかね。
出してきた服に文句を言うと、「贅沢言わないの。あなたには
これが似合ってるんだから」とかね。
言われたんじゃないかなあと思います。
ただ、武田先生からは念入りに洗っていただいたのでしょう。
朱音お姉さまが食堂に戻られた時はもう大半の子が朝食をすませ
ていました。
中には早々席を立つ子もいて、そんな時に朱音お姉さまが準備
を終えて戻ってきたのでした。
遥と私は、その時もまだお父様の席で何やら話していました。
子供の役得で、お父様のお膝の上はいつ登ってもセーフエリア
(安全地帯)だったのです。
今のように情報がたくさんある時代ではないので、お父様から
の情報は子供たちにはとっても新鮮で貴重なんです。
色んな話題や知識がそこにはありますから、食事が終わっても
私たちはできる限りお父様のそばにいたのでした。
そこへ武田先生と一緒に朱音お姉さまが食堂に帰ってきました。
もちろん、今度は一部のすきもなく仕上がっています。
まるで、これから舞踏会にでも行くみたいでした。
「わあ、綺麗!」
「こんなドレスで食事するの?」
二人の目の前をお姫様が通過します。
「お…おはようございます。お父様」
武田先生に背中を押されて少し緊張気味にご挨拶。
そりゃそうです。さっきお父様に叱られてこうなったわけです
から朱音お姉さまだって心から笑顔というわけではありません。
「おうおう、綺麗だ。綺麗だ。見直したよ。女の子はやっぱり
こうでなちゃいけないな…………武田先生、ご苦労様でした」
感嘆の声を上げるお父様。余計な手間をとらせた武田先生をも
ねぎらいます。
「やはり、ちゃんとしていれば朱音が姉妹の中で一番綺麗だよ」
たとえお世辞でもお父様にこう褒められれば、朱音お姉さまも
はにかんで笑顔がこぼれます。
ただ、我が家の場合。これでめでたしめでたしというわけには
いきませんでした。
「よし、では食事にしようか。でも、その前に……朱音。鏡を
持って来てこの椅子に敷きない。お前もその方がはっきり目覚め
ることができるだろうから……」
お父様は、ご自分の隣りにある椅子の座面を叩きながら、朱音
お姉さまに命じます。
お父様がおっしゃる『鏡』というのは本当の鏡ではありません。
鏡を椅子に敷くなんておかしいでしょう。
ここでいう鏡はまるで鏡のように磨き上げられた鉄の板のこと。
その冷たい金属の板を座面に敷き、その上に裸のお尻を乗せる
という罰なのです。
実はこれ、学校でも同じ罰がありますから、女の子にとっては
わりとお馴染みのお仕置きなのですが、さらに我が家では、その
鉄板を冷やすための専用冷蔵庫まで用意してあります。
キンキンに冷えた鉄板の上に裸のお尻を乗せればそりゃあ目は
覚めるでしょうが……
「はい……」
朱音お姉さまは短く答えてその冷蔵庫に向かいます。
その瞬間、お父様は、まだ食堂に残っていた健治お兄様にだけ
ここを出るよう指図されましたが、他にも残る女の子たちには、
何もなさいません。
もちろん、食堂にまだ残っていた数人のお姉さまたちも事情は
ご存知です。でも、そもそもそんな事に感心を示す人などここに
はいませんでした。
これって、学校でも家庭でもわりと頻繁に行われる罰なので、
私も含め女の子たちはすでに全員経験済み。今さら驚きません。
それに何より女の子が女の子のお尻見てもしょうがありません
から。
ただ、そうはいっても本人は別です。だいいちトイレでもない
こんな人前でショーツを脱ぐのは恥ずかしいことですし、お尻が
鉄の板に当たる瞬間、その冷たさに思わず顔色を変えないように
気を配ります。
幸いロングスカートが裸のお尻を隠してくれますから外からは
普通に食事をしているように見えますが、キンキンに冷えた鉄の
板はよく尿意を呼びさまします。
そして、それを我慢していると……
「どうした?……行って来なさい。こんな処でお漏らしなんか
したら、それこそ恥ずかしいよ」
こんなことをお父様に言われてしまいます。
これもまた恥ずかしいことでした。
冷たい椅子に腰掛けて独りでする食事なんて誰だって嫌です。
でも、だからと言って「こんな物いらない」とは言えませんで
した。
お父様が特別な理由なく食事を抜くことを許してくださらない
のです。
『出されたものは全て食べること』
これがお父様の厳命ですから、食事を拒否することはお父様の
お言いつけに逆らうこと。当然、それなりのお仕置きを覚悟しな
ければなりません。
朱音お姉さまは重い手つきでスープを口に運びます。
もったりもったりとした様子。
そんなゆっくりとしたペースに、今度は、お父様が動きました。
「ほら、いいから口を開けて……このままじゃ学校に遅れるよ。
ほら、あ~~ん」
お父様は自ら大き目のスプーンに料理を乗せてお姉さまの口元
へ運びます。
お姉さまは恥ずかしくても、それをパクリっとやるしかありま
せん。
「よし、その調子だ。お前にはまだこの方が似合ってるな」
お父様にこんな事を言われても、やはり黙っているしかありま
せんでした。
「美味しいか?……美味しかったら『はい』って言いなさい」
「はい……」
恥ずかしそうな笑顔から小さな声が聞こえました。
二口、三口、スープをお姉さまの口元へ運ぶと、今度はお肉を
切り分け始めます。
今度はフォークに突き刺して……
「あ~~~ん」
「ほら、もう一口。…………よし、食べた」
お姉さまは口元を汚しながらお肉を頬張ります。
「よし、もう一つだ…………頑張れ~~」
一方お父様はというと、もう完全に朱音お姉さまを赤ちゃんに
して遊んでいました。
「おう、いい子だ。よく食べたねえ。……ほら、もう一口……
おう、えらいえらい。今度はサラダにするかい?」
お父様の問いに口いっぱいにお肉を頬張っている朱音お姉さま
は口が開けられません。
「サラダ嫌いかい?ダメだよ。野菜もちゃんと食べないと……
誰かさんみたいに便秘しちゃうからね。………よし、口を大きく
開けて……あ~~入った入った。……お前はやっぱりその笑顔が
最高に可愛いよ。独り立ちさせるのちょっと早かったか。また、
小学生に戻るか?私と一緒にネンネしようか?」
お父様はお姉さまをからかいながらひとり悦にいっています。
でも、こんな赤ちゃんみたいな食事に朱音お姉さまが歯を喰い
しばっているかというと……
もちろん、恥ずかしいことなんでしょうが、お姉さまの顔は、
どこかお父様に甘えているようにも見えます。
お父様の給仕が早くて思わずゲップなんてしちゃいますけど、
お姉さまの笑顔がすぐに復活してお父様を喜ばせます。
「おう、ちょっと早かったか。じゃあもっとゆっくりにしよう」
食事するお姉さまにとって両手は何の役にもたちません。イヤ
イヤすることもできません。今は、お父様に向かって笑顔を作る
ことだけが仕事みたでした。
これってお姉さまに与えられた罰と言えば罰なんでしょうけど、
こうやってお父様と食事するお姉さまの姿は、時間の経過と共に
どこか楽しげなもへと変わっていきます。
ですから……
『いいなあ、私もやってもらおうかなあ』
なんて思ったりして……小学生は不思議なものです。
でも考えてみたら、朱音お姉さまだって数ヶ月前までは小学生
だったわけで、中学生になったからって、いきなりすべてが切り
替わるというわけではないようでした。
そして、テーブルの料理が三分の一くらいなくなったところで、
朱音お姉さまはやっと自分の手で食事をすることができるように
なったのでした。
ただ……
「武田先生。朱音は、今日の午前中、体育の授業がありますか」
その空いた時間にお父様が武田先生に尋ねます。
「いいえ、今日は体育の授業はありません。午前中は特に体を
動かすような行事はないと思います」
武田先生の答えは朱音お姉さまを再び震撼させます。
いえ、それは私にもわかる結論でした。
ところが……
「さあ、あなたたち、そろそろ学校へ行く準備をしないと遅れ
てしまいますよ」
河合先生が呼びに来て、私たちはそれから先の様子を見る事が
できませんでした。
でも、その様子は見なくてもだいたいわかります。
なぜって、それは私たちにも沢山経験のあることだからでした。
おそらく朱音お姉さまはたくさんのイラクサをショーツの中へ
これでもかと言わんばかりに詰め込まれます。
まるでオムツみたいになったパンツを穿いての通学。
これで歩くとまるでアヒルみたいですから、傍目にもお仕置き
を受けたんだなってすぐにわかるのでした。
しかも、これってただ歩きづらいというだけでなく、登校後に
イラクサを取り去っても、なかなか痒みがとれないのです。
そこで症状が悪化しかねない体育が午前中にある時はやらない
のが不文律になっていました。
二人は廊下に出てから顔を見合わせて笑い転げます。
そりゃあ、私がそんな事されたらとっても嫌ですが、他の子が
お父様の目の前でスカートを持ち上げ、そこに表れたパンツも、
お父様から引きずり下ろされて、その中にたくさんのイラクサを
詰め込まれているなんて想像しただけでも楽しい事だったのです。
「あなたたち、笑いすぎよ。……もっと他人を思いやる気持を
持たなきゃ」
河合先生に注意されて酔いは醒めますが、それまではお腹抱え
て笑い転げていたのでした。
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