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小暮男爵 ***<< §15 >>****
<これまでの登場人物>
(学校を創った六つのお家)
小暮 進藤 真鍋 佐々木 高梨 中条
(小暮男爵家)
小暮美咲<小5>~私~
小暮遥 <小6>
河合先生
<小学生担当の家庭教師>
小暮 隆明<高3>
小暮 小百合<高2>
小暮 健治<中3>
小暮 楓<中2>
小暮 朱音(あかね)<中1>
(学校の先生方)
小宮先生<5年生担当>
ショートヘアでボーイッシュ小柄
栗山先生<6年生担当>
ロングヘアで長身
高梨先生<図画/一般人>
創設六家の出身。自らも画家
(6年生のクラス)
小暮 遥
進藤 瑞穂
佐々木 友理奈
真鍋 明
(5年生のクラス)
中条 由美子
高梨 里香
*******************
小暮男爵
***<< §15 >>****
『お股にお灸ですって~ひど~い、残酷すぎるよ』
私は思いました。
いえ、私が思ったぐらいですから、当事者はもっとショックな
はずです。
瑞穂お姉様が進藤のお父様に訴えます。
「ひどいよ。だって、私、もう先生からお尻叩かれてるのよ。
もう、お仕置き済んでるのに……」
でも……
「だめだ。これはお父さんたちみんなで話し合って決めたこと
だからね、可愛いお前の頼みでも変更はできないんだ」
「そんなの勝手に決めないでよ。私お嫁に行けなくなっちゃう
じゃないの」
「大仰だなあ。もう、お嫁入りの心配してるのかい?」
「もうって……私だって女の子だもん」
「大丈夫だよ。そんな場所、誰も覗かないもの」
「だってえ~~」
瑞穂お姉様は両手でお父様の襟を掴みながら食い下がります。
でもそれって、お父様に懇願しているというよりどっか甘えて
いるように見えます。
「それに、これはお前たちだけの特別なお仕置きじゃないんだ。
紫苑お姉ちゃまも、満知子お姉ちゃまも、そのまた先の先輩も、
みんなみんな一度はお股にお灸を据えられて卒業しているから、
言ってみればここの伝統みたいなものなんだよ」
「うそ……何なの、伝統って……」
瑞穂お姉様は絶句します。
『うそ、瑞穂お姉様、お股へのお灸のこと知らないんだ。……
そんなのみんな知ってるよ。』
私はつぶやきます。
自慢になりませんが、実は私、この恥ずかしいお仕置きを一足
早く体験済みでした。
あれは四年生の終わり頃だったかな、春休みで宿題もないから
毎日が日曜日。遥お姉様と訳もなく家中を走り回ってたら、廊下
に飾ってあった花瓶を割っちゃって…お父様に『勉強もしないで
浮かれてるからだ!』って、正座でお説教されたあとお仕置き。
仏間に引っ張って行かれて、二人並べて素っ裸。お手伝いに来た
河合先生にとりなしを頼んだんだけどダメで、二人とも仰向けに
寝かされたあと、両足を高く上げるあの恥ずかしいポーズのまま
河合先生に体を押さえつけられて、お父様に恥ずかしい処を全部
覗かれながら、「ひぃ~~」って感じのお灸を据えられたことが
あったの。
だから、遥お姉様だってこれはもう経験済みよ。
そりゃあ今と比べたら私は幼かったけど、信じられないくらい
恥ずかったし、死ぬほど熱かったしで二人とも頭はパニック状態。
気が狂ったみたいに泣き叫んだから、その時のことは家中の人が
知ってるはずよ。
ただ、その時の私は反抗期というか、お父様と一緒にやってた
お勉強は逃げてばかり、逆に悪さは毎日のようにやってたから、
今にして思うと『そんなお仕置きをされても、仕方がないかあ』
なんて思わなくもないんです。
でも、お姉様たちの場合は『こんなことぐらいでどうして?』
と思っちゃいます。
そう言えば、あの時はもの凄く熱かったので、きっと火傷の痕
が今も残っていると思いますが、その後、お灸の痕をあえて確認
することはしませんでした。
どうして?心配じゃなかったのか?……
もし酷いことになっていたら、私はお父様を恨んでしまいそう
で、それが怖かったのです。
で、その後、お父様とはどうなったか?……
いえ、別にどうにもなりませんよ。今までの生活と何一つ変わ
りありませんでした。
お父様を見つけると、いつも抱っこをおねだりして背中に抱き
つきますし我儘言ってはお父様を困らせます。
私はそんなお父様の困ったお顔を見るのが大好きでしたから。
私の場合は、お股にお灸を据えられた前も後も甘えん坊さんで
悪い子だったんです。それに実年齢以上に赤ちゃんだったかな?
お風呂上りは、裸ん坊さんのまんまタオルケットに包まれて、
お父様に抱っこされたままベッドイン。包まれたタオルケットで
汗を拭いてもらって、ついでに全身マッサージ。ほっぺやお乳に
乳液をスリスリしてもらったら、最後は下着を着けずにパジャマ
を着るのが習慣で……。
お父様に甘えすぎかもしれないけど、赤ちゃん時代から続けて
きた習慣がそのまんまって続いてたの。
ベッドでお股を広げていても相手がお父様ならあえて隠すなん
てことはしなかったわ。
だって、お父様からならお仕置き以外何をされても楽しいんだ
もの。『楽しいことしてえ~~』って感じだったわ。
それに、お灸の痕はつまり火傷の痕なわけだから、しばらくは
歩くとそこが微妙に摺れて『あっ、ここ、ここ。据えられたんだ』
ってわかるんだけど、それって私の体をお父様がつねに見守って
くれてるみたいで、逆に嬉しかったの。
こんな言葉、子供の私が使っちゃいけないかもしれないけど、
お股へのお灸って、お父様に手込めにされた気分なの。
それって、お灸を据えられた時は確かに死ぬ思いだったけど、
終わってみると、お父様の愛を自分だけが独り占めできたような、
妙な高揚感が残ったの。
これを正直にお父様に話したら……
「『手込め』ねえ……美咲ちゃん難しい言葉を知ってるんだ。
……でも、そうかも知れないな。……だったら最後まで面倒みて
あげなきゃね……」
お父様、突然お顔がほころんで……
「でも、嬉しいよ。お前のことだから、こんな厳しいお仕置き
もきっと受け入れてくれるだろうとは思ってたけど、ちょっぴり
心配もしてたんだ。幼いお前がネガティブになっていないなら、
それが何よりだ。…………ほ~~~ら、お父さんだよ~~~」
よっぽど嬉しかったんでしょうね、お父様は目よりも高く私を
持ち上げると、何度も何度も頬ずりして、なかなか床に下ろして
くれませんでした。
「でも、熱かったよ!ホントに据えるんだもん」
私はお父様のご機嫌が直ってから、あらためて愚痴を言います。
これは私に限らないと思いますが、愛されて育った子どもって、
厳しいお仕置きを言い渡されても『今は怒ってるけど、そのうち
許してくれるんじゃないかしら』って、心ひそかに期待している
ものなんです。
それが最後までいっちゃったものだから、そこが私にとっての
不満だったのでした。
今度の事だって、お姉様たちの心の中はその暗い表情ほどには
深刻じゃないと思うんですが……ただ、そうは言ってもお姉様達
の様子が気になりますから、私はその後も、目を皿のようにして
隣の部屋の様子を窺っていました。
すると、お父様たちどうやら本気みたいで、お仕置きの衣装で
ある体操服をご自身で娘に着せていきます。
『あっ、ずるい!私の時は素っ裸だったのよ!素っ裸にしろ!』
私って妙なところに意固地なんで困りものです。
私は心の奥底から湧き起こる怒りで思わず目の前のガラス窓を
叩いてしまいました。
が……
それ以外は私の時と同じでした。
まず、お父様とその娘がお互い正座して向き合います。
すると、娘が両手を畳に着けてご挨拶。
「お父様、お仕置きお願いします」
なかなか子どもの側から言いにくい言葉ですが、言わなければ
お仕置きは始まりません。始まらなければ終わらないわけで……
この言葉は絶対に言わなければならない言葉でした。
ご挨拶が終わると、その場で仰向けに寝かされて、お父様から
ブルマーとショーツを剥ぎ取られます。
その瞬間、大切な谷間が現れ、やがて両足も持ち上げられます
から、本来なら女の子として悲鳴の一つも上げたいところですが、
お仕置きの間は極力声を出してはいけませんでした。
各家々の家庭教師が、仰向けになったお姉様方の両肩を両膝で
踏んで押さえ、高く上がった両足の太股をしっかりと鷲づかみに
して支えます。
女の子にとってはこれ以上ないほどの恥ずかしいポーズ。私も
同じ姿勢になったけど、お股の中をスースー風が通って、屈辱的
というか、風邪をひきそうでした。
『ざまあみろ』
なんて、ガラス窓を隔てた向こう側からわけもなく思っちゃい
ます。それが何なのか、子どものうちはわかりませんでしたが、
大人になるとそれが嫉妬だと気づきます。
私はお仕置きを受けるお姉様方に嫉妬していたのでした。
ですから、私は天使にはなれないと思います。
ただ、こうしてお姉様たちの痴態を眺めていても、私には何の
興味も湧きませんでした。
だって、女の子にしてみたらあんなグロテスクでばっちいもの、
鑑賞するものじゃありませんから。
ただ、明君に視線が移ると、それは別でした。
『見ちゃいけない』と思いつつも私は男の子のアレを見ちゃい
ます。
『へえ~、男の子のって、あんな感じなんだ。真ん中にまるで
縫ったみたいに筋が入ってる』
声には出さないけど滅多に見られない映像に私の心は興奮状態
です。いつしか小さなガラス窓に思いっきり顔を押し付けて明君
のアソコを見ていました。
そうしたら、突然、明君が大胆にも私に向かってピースサイン
を送ります。
どうやら、私と目が合ったみたいでした。
男の子って、恥ずかしいって言葉を知らないんでしょうか?
「?」
それに気づいた明君のお母様がこちらを振り返ります。
さらに、つられる様にして他のお父様たちもこちらを振り返り
ましたから……
『あっ!!ヤバイ』
私は思わず身を隠そうとしたのです。
ところが、あまりに突然だったので、踏み台にしていた小さな
椅子の角で足を滑らせてしまい、真っ逆さま……
「ガラガラ、ガッシャーン」
場内に大きな音が木霊して、私はお尻をしたたか打ってしまい
すぐには起き上がれないでいました。
『やばい、逃げなきゃ』
そうは思いましたが、お尻が痛くて痛くてなかなか立てません。
出来たのはその場によろよろと立ち上がるところまででした。
「何だ、美咲じゃないか……大丈夫だったか?」
真っ先に駆けつけた小暮のお父様が私を抱き起こしてくれます。
気がつくと、明君のお母様も瑞穂ちゃんのお父様も様子を見に
きていました。
「へへへへへ」
こういう場合って、もう笑ってごまかすしかありませんでした。
「あれあれ、美咲ちゃんだったのかあ。くぐり戸開いてた?」
「はい」
小さな声で答えると……
「鍵を誰かさんが掛け忘れちゃったみたいだね」
瑞穂お姉さまのお父さん、進藤先生が笑えば、明くんのお母様
真鍋の御前様も続きます。
「あらあら、これはとんだところを見られちゃったみたいね。
……あなた、男の子の物なんて初めて?そんなことないわよね。
うちの明とも一緒にお風呂入ってるから……」
「えっ……まあ」
「でも、驚いたでしょう」
二人はにこやかで私を叱るという雰囲気ではありませんでした
が、お父様は……
「大丈夫ですよ。この子はすでに経験済みですから」
あっさり私の過去をばらしてしまいます。
「経験済みって?……まさか、この子に、なさったんですか?」
「ええ、今年の三月に……」
「それは、また……手回しのよろしいことで……」
「ま、いずれ六年生になったら同級生たちと一緒に改めてやら
せるつもりではいますが、何しろこの子はお転婆で、そのくらい
しないと効果がないんですよ。この子に限って言えば予行演習と
いうところです」
「そりゃまた、とんだ災難だったわけだ」
進藤先生は私の頭を鷲づかみにします。
こんなこと、今だったら笑いことではすまないでしょうけど、
当時の親たちにとってお仕置きはあくまで教育の一部。
お灸も躾としてやってるわけですから、親たちもそんなに深刻
には受け止めていませんでした。
「まあ、見ていたんなら仕方がない。その代わりお前も手伝い
なさい」
お父様はそれがさも当然とでも言わんばかりに私の手を引いて
六年生がお仕置きを受けている隣りの大広間へ、私を連れて行き
ます。
するとその大広間の入口でいきなり河合先生に組み伏せられて
いる遥お姉様と目があってしまいます。
それって、さすがお互いばつが悪い思いでした。
六年生六人に対するお灸のお仕置きは畳の上で行われます。
たくさんの、それこそ必要以上に沢山の蝋燭とお線香が周囲で
たかれるなか、天井から照らしていた蛍光灯の明かりが消えて、
あたりは揺らめくローソクの明かりだけに……
お線香の香りが辺りに漂い揺らめく蝋燭の明かりだけが頼りと
いうお部屋はまるで怪談話でも聞くような不気味な舞台設定です
が、お父様たちは大真面目に部屋中に照明用の蝋燭を灯しお線香
をこれでもかというほど炊いて準備を進めていきます。
もし怒りに任せてお灸をすえるだけなら、こんな仰々しい舞台
装置は必要ありません。でも、そうではないのです。
六人のお父様方が相談して、愛する子供たちの為、将来を真剣
に考えて、これが一番よい方法だという結論になったのでした。
大切なことは、クラスのみんなが一緒に罰を受ける場を持つ事。
そして、その思い出をこれから先も決して忘れないでほしいから、
罰も子どもが一番嫌がるお股へのお灸と決め、ロケーションにも
凝ったのでした。
お父様曰く……
子供時代に味わった恥ずかしい思い出や辛い思い出も、大人に
なれば楽しい思い出に変わる。でも、その辛い時代を共有した人
との絆はその後も切れることはない。
小暮のお父様だけでなく他のお父様たちも同じ考えのようです。
六人のお父様たちはご自身の戦争体験を通して誰もがそう考えて
いたみたいでした。
これって、今なら当然異論があるでしょうが、私たちはそんな
戦争帰りの人たちから教育を受けた世代なのです。
ですから、時として、今では考えられないようなお仕置きまで
美化されてしまう傾向になるのでした。
さて家庭教師の先生方はというと、子どもたちの両足を開ける
だけ開かせ、且つその体が微動だにしないよう厳重に押さえ込み
ます。
場所はとっても狭い場所にピンポイント。もし、驚いて両足を
閉じたりしたら他の箇所が火傷しかねません。そこで先生たちも
真剣でした。
私も何回かこの窮屈な姿勢でお灸をすえられた経験があります
が、これってたんに熱いというだけでなく、女の子にとっては、
泣くに泣けないくらい恥ずかしいお仕置きだったのでした。
家庭教師の「こちら準備できました」という声に合せ、その子
のお父様が舞台装置のセッティングを終えて一人また一人と一段
高くなかった十二畳のスペースに上がり込んできます。
『ついに来た~』といった感じで子どもたちの顔にも緊張感が
走ります。
お父様といえど大人が怖いのはどの子もみんな同じなのですが、
ただ、その受け止め方は人様々で、努めて平静を装っている子が
いる一方で、すでに全身を震わせプレッシーに押し潰されそうな
子もいます。
ですから、こんな時には不足の事態が起きることも……
「おやおや、やっちゃったねえ」
友理奈ちゃんのお父様は目の前で噴出した噴水に笑いが押さえ
られませんでした。
たちまち他の家庭教師やお父様たちも気がついて、雑巾バケツ
やらボロ布などが用意され、友理奈ちゃんは隣の部屋に隔離され
てしまいます。
お姉様たちも、せっかく脱いだパンツ、せっかく上げた両足で
したが、いったん元に戻されて正座しなおすことになります。
畳に残る染みも、その時のお姉様たちにははっきり見えたはず。
誰が何を引き起きたかだってはっきり分かったはずでした。
誰の目にも事実は明らかでしたが、それを言葉で指摘する子は
ここには誰もいませんでした。
こうした事態が起こったとき、何をして何をしてはいけないか、
私たちは幼い頃から厳しく躾られています。家庭では家庭教師が、
学校では学校の先生が、もちろんお父様からも口をすっぱくして
注意を受けます。私たちは常に相手の立場や心情を思いやる子で
なければいけないと教えられてきたのです。
もし、約束を破って友理奈ちゃんを笑ったりしたら、どの家の
子でも間違いなくお仕置きでしょう。
お父様方が私たちに求めたのは、天才や秀才、スポーツマンや
芸術家といった一芸に秀でた子どもではなく、天使様のような、
純な心を持つ少女がお気に入りなのですから、不純な心の持ち主
ならいらないということになります。
ですから私たちの場合『お友だちと仲良く』と言われていても、
いじめや仲間はずれ、取っ組み合いの喧嘩さえしなければいいと
いう水準ではありません。家庭でも、学校でも、常に相手を敬う
ベストな友だち付き合いが求められていたのでした。
もちろん幼い身で現実には難しいですけど努力は必要でした。
今回のお仕置きの理由が『お友だちと仲良く出来なかった』と
いうは、お父様たちの気持を反映したものだったのです。
当然、『お漏らしをした子を笑っちゃいけない』ぐらいの事は
全員がわかっていました。
しばらくすると、友理奈ちゃんが佐々木のお父様や家庭教師の
先生に連れられて隣りの部屋から戻って来ます。
「みなさん、ごめんなさい」
小さな声で謝ってから再び畳敷きのステージへと上がります。
この歳でお漏らしするなんて、そりゃあ恥ずかしいに決まって
ます。もちろんそれをみんなに見られたことも分かっています。
それでいて誰も何も言わないのは、友理奈お姉様には、かえって
辛いことだったんじゃないでしょうか。
友理奈お姉様は、お友だちの視線を避けるように俯いたまま、
お父様の処へ。
すると、佐々木のお父様が両手を広げて……
「おいで、友理奈。しばらくここで休もう」
友理奈ちゃんは畳の上に正座した佐々木のお父様のお膝にお尻
をおろします。
お膝の上に抱っこなんてこの歳ではちょっぴり恥ずかしいけど、
誰もその事を笑ったりしません。勿論『どんな時でもお友だちを
笑ってはいけない』という約束事はありますが、実は、これって
ここではごく自然な光景でした。
幼い頃からことあるごとに抱かれ続けてきた私たちにとって、
お父様のお膝はお椅子と同じ。『お座りなさい』と言われれば、
素直に座ります。家庭教師の先生でも、学校の先生でも、いえ、
見知らぬ人のお膝にだってごく自然に腰を下ろしますが、自分の
お父様のお膝はやはり誰にとっても格別でした。
座り慣れてるせいか他の誰よりもお尻が優しくてフィットして
心が落着きます。
お灸のお仕置きに限りませんが、子供にとって辛いお仕置きを
受けなければならない時は、そのショックが少しでも軽減される
ようにと、こういう形で待たされることが多いようでした。
お仕置きは見知らぬ人からの闇討ちではありません。沢山沢山
その子を愛してきた人がその子の危険を察知して発する危険信号
みたいなものですから、他の人からやられたら悲鳴のあがるよう
な辛い体験も「静かになさい」という一言だけで、その子は歯を
喰いしばって我慢できるのでした。
お仕置き前の緊張感のなか、お父様方が畳の上で車座になって
雑談されていますが、正座されているその膝の上にはそれぞれの
お子さんたち、つまり六年生のお姉様方が腰を下ろして頭を撫で
てもらっています。
私はおじゃま虫なわけですが、お父様の背中に張り付くことは
許されていました。
しばしの休憩の後、最初に口火を切ったのは、進藤のお父様。
つまり瑞穂お姉様のお父様でした。
「それでは、よろしいでしょうか。当初は一斉にお灸をと考え
ておりましたが友理奈ちゃんの落ち着く時間も必要でしょうから
今回は一人ずつやっていきたいと思います。まずは瑞穂からやら
せていただきますけど、よろしいでしょうか」
瑞穂お姉様が初陣を飾ることに他のお父様たちも異議はなく、
二人は車座の中心へと進みます。
そこが、言わば子供たちの刑場というわけです。
もうこうなったら覚悟を決めるしかありませんでした。
瑞穂お姉様と進藤のお父様は、まずお互いが向かい合って正座
します。すると……
「お父様、お仕置きをお願いします」
瑞穂お姉様は畳に両手を着いてご自分のお父様ご挨拶。
お仕置きを受ける相手に『お願いします』は変かもしれません
が、虐待されるわけじゃありません。愛を受けるわけですから、
これは必要なご挨拶なんだよ、とお父様から教えられていました。
もちろん小暮家だけではありません。他の五つの家でもこれは
共通の作法でした。
「それでは始める。みなさんの見ている前だからね、みっとも
ない声は出さないように……いいね」
「はい、お父様」
瑞穂お姉様は健気に答えます。
でも、心の中は震えていたはずです。女の子がこんなにも沢山
の人たちの前でお股を晒してお灸を据えられるなんて、五年生の
私が想像しただけでも恐ろしいことですから、六年生なら、なお
さらだったに違いありません。
『私の時は河合先生とお父様だけだったからまだよかったけど』
私がそう思って辺りを見回すと、それまで車座になって座って
いた親子が、みんな瑞穂お姉様のお股がよく見える場所へと移動。
みんなが特等席に陣取っていました。
今なら当然虐待でしょうけど……でも、お父様たちは大真面目
でした。
**********************
(学校を創った六つのお家)
小暮 進藤 真鍋 佐々木 高梨 中条
(小暮男爵家)
小暮美咲<小5>~私~
小暮遥 <小6>
河合先生
<小学生担当の家庭教師>
小暮 隆明<高3>
小暮 小百合<高2>
小暮 健治<中3>
小暮 楓<中2>
小暮 朱音(あかね)<中1>
(学校の先生方)
小宮先生<5年生担当>
ショートヘアでボーイッシュ小柄
栗山先生<6年生担当>
ロングヘアで長身
高梨先生<図画/一般人>
創設六家の出身。自らも画家
(6年生のクラス)
小暮 遥
進藤 瑞穂
佐々木 友理奈
真鍋 明
(5年生のクラス)
中条 由美子
高梨 里香
*******************
小暮男爵
***<< §15 >>****
『お股にお灸ですって~ひど~い、残酷すぎるよ』
私は思いました。
いえ、私が思ったぐらいですから、当事者はもっとショックな
はずです。
瑞穂お姉様が進藤のお父様に訴えます。
「ひどいよ。だって、私、もう先生からお尻叩かれてるのよ。
もう、お仕置き済んでるのに……」
でも……
「だめだ。これはお父さんたちみんなで話し合って決めたこと
だからね、可愛いお前の頼みでも変更はできないんだ」
「そんなの勝手に決めないでよ。私お嫁に行けなくなっちゃう
じゃないの」
「大仰だなあ。もう、お嫁入りの心配してるのかい?」
「もうって……私だって女の子だもん」
「大丈夫だよ。そんな場所、誰も覗かないもの」
「だってえ~~」
瑞穂お姉様は両手でお父様の襟を掴みながら食い下がります。
でもそれって、お父様に懇願しているというよりどっか甘えて
いるように見えます。
「それに、これはお前たちだけの特別なお仕置きじゃないんだ。
紫苑お姉ちゃまも、満知子お姉ちゃまも、そのまた先の先輩も、
みんなみんな一度はお股にお灸を据えられて卒業しているから、
言ってみればここの伝統みたいなものなんだよ」
「うそ……何なの、伝統って……」
瑞穂お姉様は絶句します。
『うそ、瑞穂お姉様、お股へのお灸のこと知らないんだ。……
そんなのみんな知ってるよ。』
私はつぶやきます。
自慢になりませんが、実は私、この恥ずかしいお仕置きを一足
早く体験済みでした。
あれは四年生の終わり頃だったかな、春休みで宿題もないから
毎日が日曜日。遥お姉様と訳もなく家中を走り回ってたら、廊下
に飾ってあった花瓶を割っちゃって…お父様に『勉強もしないで
浮かれてるからだ!』って、正座でお説教されたあとお仕置き。
仏間に引っ張って行かれて、二人並べて素っ裸。お手伝いに来た
河合先生にとりなしを頼んだんだけどダメで、二人とも仰向けに
寝かされたあと、両足を高く上げるあの恥ずかしいポーズのまま
河合先生に体を押さえつけられて、お父様に恥ずかしい処を全部
覗かれながら、「ひぃ~~」って感じのお灸を据えられたことが
あったの。
だから、遥お姉様だってこれはもう経験済みよ。
そりゃあ今と比べたら私は幼かったけど、信じられないくらい
恥ずかったし、死ぬほど熱かったしで二人とも頭はパニック状態。
気が狂ったみたいに泣き叫んだから、その時のことは家中の人が
知ってるはずよ。
ただ、その時の私は反抗期というか、お父様と一緒にやってた
お勉強は逃げてばかり、逆に悪さは毎日のようにやってたから、
今にして思うと『そんなお仕置きをされても、仕方がないかあ』
なんて思わなくもないんです。
でも、お姉様たちの場合は『こんなことぐらいでどうして?』
と思っちゃいます。
そう言えば、あの時はもの凄く熱かったので、きっと火傷の痕
が今も残っていると思いますが、その後、お灸の痕をあえて確認
することはしませんでした。
どうして?心配じゃなかったのか?……
もし酷いことになっていたら、私はお父様を恨んでしまいそう
で、それが怖かったのです。
で、その後、お父様とはどうなったか?……
いえ、別にどうにもなりませんよ。今までの生活と何一つ変わ
りありませんでした。
お父様を見つけると、いつも抱っこをおねだりして背中に抱き
つきますし我儘言ってはお父様を困らせます。
私はそんなお父様の困ったお顔を見るのが大好きでしたから。
私の場合は、お股にお灸を据えられた前も後も甘えん坊さんで
悪い子だったんです。それに実年齢以上に赤ちゃんだったかな?
お風呂上りは、裸ん坊さんのまんまタオルケットに包まれて、
お父様に抱っこされたままベッドイン。包まれたタオルケットで
汗を拭いてもらって、ついでに全身マッサージ。ほっぺやお乳に
乳液をスリスリしてもらったら、最後は下着を着けずにパジャマ
を着るのが習慣で……。
お父様に甘えすぎかもしれないけど、赤ちゃん時代から続けて
きた習慣がそのまんまって続いてたの。
ベッドでお股を広げていても相手がお父様ならあえて隠すなん
てことはしなかったわ。
だって、お父様からならお仕置き以外何をされても楽しいんだ
もの。『楽しいことしてえ~~』って感じだったわ。
それに、お灸の痕はつまり火傷の痕なわけだから、しばらくは
歩くとそこが微妙に摺れて『あっ、ここ、ここ。据えられたんだ』
ってわかるんだけど、それって私の体をお父様がつねに見守って
くれてるみたいで、逆に嬉しかったの。
こんな言葉、子供の私が使っちゃいけないかもしれないけど、
お股へのお灸って、お父様に手込めにされた気分なの。
それって、お灸を据えられた時は確かに死ぬ思いだったけど、
終わってみると、お父様の愛を自分だけが独り占めできたような、
妙な高揚感が残ったの。
これを正直にお父様に話したら……
「『手込め』ねえ……美咲ちゃん難しい言葉を知ってるんだ。
……でも、そうかも知れないな。……だったら最後まで面倒みて
あげなきゃね……」
お父様、突然お顔がほころんで……
「でも、嬉しいよ。お前のことだから、こんな厳しいお仕置き
もきっと受け入れてくれるだろうとは思ってたけど、ちょっぴり
心配もしてたんだ。幼いお前がネガティブになっていないなら、
それが何よりだ。…………ほ~~~ら、お父さんだよ~~~」
よっぽど嬉しかったんでしょうね、お父様は目よりも高く私を
持ち上げると、何度も何度も頬ずりして、なかなか床に下ろして
くれませんでした。
「でも、熱かったよ!ホントに据えるんだもん」
私はお父様のご機嫌が直ってから、あらためて愚痴を言います。
これは私に限らないと思いますが、愛されて育った子どもって、
厳しいお仕置きを言い渡されても『今は怒ってるけど、そのうち
許してくれるんじゃないかしら』って、心ひそかに期待している
ものなんです。
それが最後までいっちゃったものだから、そこが私にとっての
不満だったのでした。
今度の事だって、お姉様たちの心の中はその暗い表情ほどには
深刻じゃないと思うんですが……ただ、そうは言ってもお姉様達
の様子が気になりますから、私はその後も、目を皿のようにして
隣の部屋の様子を窺っていました。
すると、お父様たちどうやら本気みたいで、お仕置きの衣装で
ある体操服をご自身で娘に着せていきます。
『あっ、ずるい!私の時は素っ裸だったのよ!素っ裸にしろ!』
私って妙なところに意固地なんで困りものです。
私は心の奥底から湧き起こる怒りで思わず目の前のガラス窓を
叩いてしまいました。
が……
それ以外は私の時と同じでした。
まず、お父様とその娘がお互い正座して向き合います。
すると、娘が両手を畳に着けてご挨拶。
「お父様、お仕置きお願いします」
なかなか子どもの側から言いにくい言葉ですが、言わなければ
お仕置きは始まりません。始まらなければ終わらないわけで……
この言葉は絶対に言わなければならない言葉でした。
ご挨拶が終わると、その場で仰向けに寝かされて、お父様から
ブルマーとショーツを剥ぎ取られます。
その瞬間、大切な谷間が現れ、やがて両足も持ち上げられます
から、本来なら女の子として悲鳴の一つも上げたいところですが、
お仕置きの間は極力声を出してはいけませんでした。
各家々の家庭教師が、仰向けになったお姉様方の両肩を両膝で
踏んで押さえ、高く上がった両足の太股をしっかりと鷲づかみに
して支えます。
女の子にとってはこれ以上ないほどの恥ずかしいポーズ。私も
同じ姿勢になったけど、お股の中をスースー風が通って、屈辱的
というか、風邪をひきそうでした。
『ざまあみろ』
なんて、ガラス窓を隔てた向こう側からわけもなく思っちゃい
ます。それが何なのか、子どものうちはわかりませんでしたが、
大人になるとそれが嫉妬だと気づきます。
私はお仕置きを受けるお姉様方に嫉妬していたのでした。
ですから、私は天使にはなれないと思います。
ただ、こうしてお姉様たちの痴態を眺めていても、私には何の
興味も湧きませんでした。
だって、女の子にしてみたらあんなグロテスクでばっちいもの、
鑑賞するものじゃありませんから。
ただ、明君に視線が移ると、それは別でした。
『見ちゃいけない』と思いつつも私は男の子のアレを見ちゃい
ます。
『へえ~、男の子のって、あんな感じなんだ。真ん中にまるで
縫ったみたいに筋が入ってる』
声には出さないけど滅多に見られない映像に私の心は興奮状態
です。いつしか小さなガラス窓に思いっきり顔を押し付けて明君
のアソコを見ていました。
そうしたら、突然、明君が大胆にも私に向かってピースサイン
を送ります。
どうやら、私と目が合ったみたいでした。
男の子って、恥ずかしいって言葉を知らないんでしょうか?
「?」
それに気づいた明君のお母様がこちらを振り返ります。
さらに、つられる様にして他のお父様たちもこちらを振り返り
ましたから……
『あっ!!ヤバイ』
私は思わず身を隠そうとしたのです。
ところが、あまりに突然だったので、踏み台にしていた小さな
椅子の角で足を滑らせてしまい、真っ逆さま……
「ガラガラ、ガッシャーン」
場内に大きな音が木霊して、私はお尻をしたたか打ってしまい
すぐには起き上がれないでいました。
『やばい、逃げなきゃ』
そうは思いましたが、お尻が痛くて痛くてなかなか立てません。
出来たのはその場によろよろと立ち上がるところまででした。
「何だ、美咲じゃないか……大丈夫だったか?」
真っ先に駆けつけた小暮のお父様が私を抱き起こしてくれます。
気がつくと、明君のお母様も瑞穂ちゃんのお父様も様子を見に
きていました。
「へへへへへ」
こういう場合って、もう笑ってごまかすしかありませんでした。
「あれあれ、美咲ちゃんだったのかあ。くぐり戸開いてた?」
「はい」
小さな声で答えると……
「鍵を誰かさんが掛け忘れちゃったみたいだね」
瑞穂お姉さまのお父さん、進藤先生が笑えば、明くんのお母様
真鍋の御前様も続きます。
「あらあら、これはとんだところを見られちゃったみたいね。
……あなた、男の子の物なんて初めて?そんなことないわよね。
うちの明とも一緒にお風呂入ってるから……」
「えっ……まあ」
「でも、驚いたでしょう」
二人はにこやかで私を叱るという雰囲気ではありませんでした
が、お父様は……
「大丈夫ですよ。この子はすでに経験済みですから」
あっさり私の過去をばらしてしまいます。
「経験済みって?……まさか、この子に、なさったんですか?」
「ええ、今年の三月に……」
「それは、また……手回しのよろしいことで……」
「ま、いずれ六年生になったら同級生たちと一緒に改めてやら
せるつもりではいますが、何しろこの子はお転婆で、そのくらい
しないと効果がないんですよ。この子に限って言えば予行演習と
いうところです」
「そりゃまた、とんだ災難だったわけだ」
進藤先生は私の頭を鷲づかみにします。
こんなこと、今だったら笑いことではすまないでしょうけど、
当時の親たちにとってお仕置きはあくまで教育の一部。
お灸も躾としてやってるわけですから、親たちもそんなに深刻
には受け止めていませんでした。
「まあ、見ていたんなら仕方がない。その代わりお前も手伝い
なさい」
お父様はそれがさも当然とでも言わんばかりに私の手を引いて
六年生がお仕置きを受けている隣りの大広間へ、私を連れて行き
ます。
するとその大広間の入口でいきなり河合先生に組み伏せられて
いる遥お姉様と目があってしまいます。
それって、さすがお互いばつが悪い思いでした。
六年生六人に対するお灸のお仕置きは畳の上で行われます。
たくさんの、それこそ必要以上に沢山の蝋燭とお線香が周囲で
たかれるなか、天井から照らしていた蛍光灯の明かりが消えて、
あたりは揺らめくローソクの明かりだけに……
お線香の香りが辺りに漂い揺らめく蝋燭の明かりだけが頼りと
いうお部屋はまるで怪談話でも聞くような不気味な舞台設定です
が、お父様たちは大真面目に部屋中に照明用の蝋燭を灯しお線香
をこれでもかというほど炊いて準備を進めていきます。
もし怒りに任せてお灸をすえるだけなら、こんな仰々しい舞台
装置は必要ありません。でも、そうではないのです。
六人のお父様方が相談して、愛する子供たちの為、将来を真剣
に考えて、これが一番よい方法だという結論になったのでした。
大切なことは、クラスのみんなが一緒に罰を受ける場を持つ事。
そして、その思い出をこれから先も決して忘れないでほしいから、
罰も子どもが一番嫌がるお股へのお灸と決め、ロケーションにも
凝ったのでした。
お父様曰く……
子供時代に味わった恥ずかしい思い出や辛い思い出も、大人に
なれば楽しい思い出に変わる。でも、その辛い時代を共有した人
との絆はその後も切れることはない。
小暮のお父様だけでなく他のお父様たちも同じ考えのようです。
六人のお父様たちはご自身の戦争体験を通して誰もがそう考えて
いたみたいでした。
これって、今なら当然異論があるでしょうが、私たちはそんな
戦争帰りの人たちから教育を受けた世代なのです。
ですから、時として、今では考えられないようなお仕置きまで
美化されてしまう傾向になるのでした。
さて家庭教師の先生方はというと、子どもたちの両足を開ける
だけ開かせ、且つその体が微動だにしないよう厳重に押さえ込み
ます。
場所はとっても狭い場所にピンポイント。もし、驚いて両足を
閉じたりしたら他の箇所が火傷しかねません。そこで先生たちも
真剣でした。
私も何回かこの窮屈な姿勢でお灸をすえられた経験があります
が、これってたんに熱いというだけでなく、女の子にとっては、
泣くに泣けないくらい恥ずかしいお仕置きだったのでした。
家庭教師の「こちら準備できました」という声に合せ、その子
のお父様が舞台装置のセッティングを終えて一人また一人と一段
高くなかった十二畳のスペースに上がり込んできます。
『ついに来た~』といった感じで子どもたちの顔にも緊張感が
走ります。
お父様といえど大人が怖いのはどの子もみんな同じなのですが、
ただ、その受け止め方は人様々で、努めて平静を装っている子が
いる一方で、すでに全身を震わせプレッシーに押し潰されそうな
子もいます。
ですから、こんな時には不足の事態が起きることも……
「おやおや、やっちゃったねえ」
友理奈ちゃんのお父様は目の前で噴出した噴水に笑いが押さえ
られませんでした。
たちまち他の家庭教師やお父様たちも気がついて、雑巾バケツ
やらボロ布などが用意され、友理奈ちゃんは隣の部屋に隔離され
てしまいます。
お姉様たちも、せっかく脱いだパンツ、せっかく上げた両足で
したが、いったん元に戻されて正座しなおすことになります。
畳に残る染みも、その時のお姉様たちにははっきり見えたはず。
誰が何を引き起きたかだってはっきり分かったはずでした。
誰の目にも事実は明らかでしたが、それを言葉で指摘する子は
ここには誰もいませんでした。
こうした事態が起こったとき、何をして何をしてはいけないか、
私たちは幼い頃から厳しく躾られています。家庭では家庭教師が、
学校では学校の先生が、もちろんお父様からも口をすっぱくして
注意を受けます。私たちは常に相手の立場や心情を思いやる子で
なければいけないと教えられてきたのです。
もし、約束を破って友理奈ちゃんを笑ったりしたら、どの家の
子でも間違いなくお仕置きでしょう。
お父様方が私たちに求めたのは、天才や秀才、スポーツマンや
芸術家といった一芸に秀でた子どもではなく、天使様のような、
純な心を持つ少女がお気に入りなのですから、不純な心の持ち主
ならいらないということになります。
ですから私たちの場合『お友だちと仲良く』と言われていても、
いじめや仲間はずれ、取っ組み合いの喧嘩さえしなければいいと
いう水準ではありません。家庭でも、学校でも、常に相手を敬う
ベストな友だち付き合いが求められていたのでした。
もちろん幼い身で現実には難しいですけど努力は必要でした。
今回のお仕置きの理由が『お友だちと仲良く出来なかった』と
いうは、お父様たちの気持を反映したものだったのです。
当然、『お漏らしをした子を笑っちゃいけない』ぐらいの事は
全員がわかっていました。
しばらくすると、友理奈ちゃんが佐々木のお父様や家庭教師の
先生に連れられて隣りの部屋から戻って来ます。
「みなさん、ごめんなさい」
小さな声で謝ってから再び畳敷きのステージへと上がります。
この歳でお漏らしするなんて、そりゃあ恥ずかしいに決まって
ます。もちろんそれをみんなに見られたことも分かっています。
それでいて誰も何も言わないのは、友理奈お姉様には、かえって
辛いことだったんじゃないでしょうか。
友理奈お姉様は、お友だちの視線を避けるように俯いたまま、
お父様の処へ。
すると、佐々木のお父様が両手を広げて……
「おいで、友理奈。しばらくここで休もう」
友理奈ちゃんは畳の上に正座した佐々木のお父様のお膝にお尻
をおろします。
お膝の上に抱っこなんてこの歳ではちょっぴり恥ずかしいけど、
誰もその事を笑ったりしません。勿論『どんな時でもお友だちを
笑ってはいけない』という約束事はありますが、実は、これって
ここではごく自然な光景でした。
幼い頃からことあるごとに抱かれ続けてきた私たちにとって、
お父様のお膝はお椅子と同じ。『お座りなさい』と言われれば、
素直に座ります。家庭教師の先生でも、学校の先生でも、いえ、
見知らぬ人のお膝にだってごく自然に腰を下ろしますが、自分の
お父様のお膝はやはり誰にとっても格別でした。
座り慣れてるせいか他の誰よりもお尻が優しくてフィットして
心が落着きます。
お灸のお仕置きに限りませんが、子供にとって辛いお仕置きを
受けなければならない時は、そのショックが少しでも軽減される
ようにと、こういう形で待たされることが多いようでした。
お仕置きは見知らぬ人からの闇討ちではありません。沢山沢山
その子を愛してきた人がその子の危険を察知して発する危険信号
みたいなものですから、他の人からやられたら悲鳴のあがるよう
な辛い体験も「静かになさい」という一言だけで、その子は歯を
喰いしばって我慢できるのでした。
お仕置き前の緊張感のなか、お父様方が畳の上で車座になって
雑談されていますが、正座されているその膝の上にはそれぞれの
お子さんたち、つまり六年生のお姉様方が腰を下ろして頭を撫で
てもらっています。
私はおじゃま虫なわけですが、お父様の背中に張り付くことは
許されていました。
しばしの休憩の後、最初に口火を切ったのは、進藤のお父様。
つまり瑞穂お姉様のお父様でした。
「それでは、よろしいでしょうか。当初は一斉にお灸をと考え
ておりましたが友理奈ちゃんの落ち着く時間も必要でしょうから
今回は一人ずつやっていきたいと思います。まずは瑞穂からやら
せていただきますけど、よろしいでしょうか」
瑞穂お姉様が初陣を飾ることに他のお父様たちも異議はなく、
二人は車座の中心へと進みます。
そこが、言わば子供たちの刑場というわけです。
もうこうなったら覚悟を決めるしかありませんでした。
瑞穂お姉様と進藤のお父様は、まずお互いが向かい合って正座
します。すると……
「お父様、お仕置きをお願いします」
瑞穂お姉様は畳に両手を着いてご自分のお父様ご挨拶。
お仕置きを受ける相手に『お願いします』は変かもしれません
が、虐待されるわけじゃありません。愛を受けるわけですから、
これは必要なご挨拶なんだよ、とお父様から教えられていました。
もちろん小暮家だけではありません。他の五つの家でもこれは
共通の作法でした。
「それでは始める。みなさんの見ている前だからね、みっとも
ない声は出さないように……いいね」
「はい、お父様」
瑞穂お姉様は健気に答えます。
でも、心の中は震えていたはずです。女の子がこんなにも沢山
の人たちの前でお股を晒してお灸を据えられるなんて、五年生の
私が想像しただけでも恐ろしいことですから、六年生なら、なお
さらだったに違いありません。
『私の時は河合先生とお父様だけだったからまだよかったけど』
私がそう思って辺りを見回すと、それまで車座になって座って
いた親子が、みんな瑞穂お姉様のお股がよく見える場所へと移動。
みんなが特等席に陣取っていました。
今なら当然虐待でしょうけど……でも、お父様たちは大真面目
でした。
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小暮男爵 ***<< §14 >>****
小暮男爵
***<< §14 >>****
私は、当初下り階段に足を踏み入れる勇気がわきませんでした。
いえ、一年前だったらきっとそのまま踵を返していたと思います。
でも、この時は違っていました。
『遥お姉様が心配だもん。ちょっとだけ覗いてみようかしら』
まずは私の心の奥底から天使の声が聞こえてきます。
姉思いの優しい眼差し。妹の声が闇の奥へと響きます。
それは耳には聞こえない声。心の声でしたが、やがて……
『あなた何考えてるのよ。見つかったら間違いなくお仕置きよ。
バカな事はやめなさいよ』
理性の声に打ち消されてしまいます。
『そりゃそうね。バカなことはしない方がいいに決まってるわ』
私は理性の声に納得しました。
でも、納得したにも関わらずその深い闇を見つめていると私の
足は帰ろうとしません。その地下への階段を見つめたまま動きま
せんでした。
そのうち次なる声が聞こえてきたのでした。悪魔の囁く声です。
『下りておいでよ。遥お姉ちゃんの悲鳴が聞こえるかも。何時
も虐められてるお姉ちゃんの悲鳴って、聞いてみたいよね。わく
わくするよね』
それが背徳な思いなのは小学生の私にも分かります。
もし、お父様に見つかったら、私も同じお部屋に連れ込まれる
かもしれません。お仕置きされるかもしれません。それも分かっ
ています。
『何やってるのよ!!その場から離れなさいよ!!お父様から
お仕置きされても知らないよ!』
理性が私を必死に押しとどめますが……
今度は理性が誘惑に負けてしまいます。
結局、私って子は、愛より理性、理性より誘惑に弱い子だった
のでした。
薄暗い階段をゆっくりゆっくり下りきると、がらんとした空間
に薄暗い明かりが一つ。地上とは明らかに違う空気感がこの場を
支配しているのが分かりました。
ひんやりした風が背筋を通り抜け。それに追われるように歩を
進めると、目の前に防音防火を兼ねた鉄の大扉があって私を威嚇
します。
『ここから出て行け!』
『中に入ってこい!』
二つの違った声が聞こえます。大扉は私の最後の決心を待って
いるみたいでした。
『そうよね、もしお仕置きだったら開いてるはずないわ』
床から天井までを覆いつくすこの扉は滅多に開けられることが
ありませんが、代わりに人が出入りできるだけの小さな扉があり
ました。そこをそう思って押してみたのです。
『開いてる。……こいつ、お仕置きが始まっちゃうと閉められ
ちゃうに……でも、だったら大丈夫よね……大丈夫、大丈夫……
本当に大丈夫よね……』
私は自分の小さな胸に何度もそう問いかけ、小さな入口の扉に
身を隠しながら、この先に続く廊下の様子を窺います。
『ふぅ、やったあ~~~』
やったことは小さな扉をくぐっただけ。でも、大冒険でした。
すると、さっそく廊下に並んだ七つの部屋のうち一番奥の部屋
から何やら話し声が……
『やっぱりね、多分そうじゃないかと思ったのよ。来た甲斐が
あったわ。きっと六年生の子全員、お昼休みを利用してお父様方
に呼ばれたのよ』
私は胸を高鳴らせ、足音をしのばせて廊下をさらに奥へと進み
ます。
実はここにある七つの部屋のうち手前にある六つの部屋は各家
専用の個室。ドアにはお父様方のお名前『小暮』『進藤』『真鍋』
『佐々木』『太田』『中条』のプレートが張ってあります。つまり、
もしこれらのお部屋で何かあったとしてもどのみち私は立ち入れ
ませんから無駄骨になるわけです。
でも一番奥にある七つ目の部屋だけは違っていました。
ここは普段お父様方の寄り合い所(サロン)みたいな使われ方
をしている場所ですからどこの子供たちも出入りが自由でした。
ま、多くの子どもたちにとって積極的行きたいという場所では
ありませんが……
部屋は30畳ほどの広さがある大広間。間仕切りはありません
が、お父様方がそれぞれにお気に入りのソファやデッキチェア、
ステレオなどを持ち込んでくつろがれています。
ただその一角にお父様方のくつろぎとはあまり関係のない一段
高くなった畳敷きのスペースがあってそこは子供たちをお仕置き
する場になっていました。
もちろん全てのお仕置きがここで行われるわけではありません。
問題が個人だけで収まるような場合はたいてい個室を使いますが、
なかに、複数の家の子が同じ問題を起こした場合などは、ここが
使われるようでした。
今回は、まさにそんなケースだと思って乗り込んだのです。
私の読みは的中したみたいでした。
私は、最初、大広間の扉に耳を押しつけて中の様子を探ろうと
しましたが、防音装置が施されているために音は聞こえても何を
言っているかまでわかりません。
思い切ってドアを開けてみようとしましたが施錠されています。
そこで今度は、この部屋に隣接する隣りの部屋の扉をそうっと
押してみると、こちらは開きますから……。
『やったあ~~ラッキー』
私は心の中で叫びます。
実はこの部屋、映写室でした。大きな映写機の脇でこっそりと
小さい窓を覗くと隣の部屋の様子が手に取るようにわかります。
正直、願ったり叶ったりでした。
お父様たちはたんにお金持ちというだけでなく仕事をリタイヤ
していますから、世間のお父さんたちのように忙しくありません。
その分、子どもたちの生活についても、細かな処までが気になる
みたいで、学校には逐一子供たちに関する報告を求めていました。
そこで学校側もそんなお父様方の要望を受けて、私たちの成長
記録を最大限フィルムに収めて報告します。その報告フィルムを
上映するための映写機がここに置かれていたのでした。
今なら当然ビデオでしょうが当時はそんなものありませんから
記録は全て映画として撮られていました。
実際、私たちは8ミリだけでなく16ミリや32ミリといった
大型のカメラでも四六時中学校生活の様子を撮られていましたが、
その映像を私たち自身が目にする機会はあまりありません。
そのせいでしょうか、手の空いた先生がいつもカメラをまわし、
私たちがいつも被写体になっていたのは承知していましたが特段
それを意識した事はありませんでした。
カメラもカメラマンも最初は物珍しさから「何やってるの?」
と説明を求めますが、そのうちそれは学校の備品の一つとなって
特別の注意は払わなくなります。
そうですねえ胤子先生の胸像と同じくらいの意識だったんです。
実際、カメラは学校のいたるところで回されていました。勉強
の様子だけじゃありません。給食の風景、休み時間のおしゃべり、
とにかく暇さえあれば何でもかんでも記録に残されていました。
ただ例外もあります。お仕置きり様子だけは後日の証拠とする
ため必ず記録に残してあります。
裸のお尻はもちろん、おへその下の割れ目やお股の中まで……
カメラに遠慮はありませんでした。
しかも悪さが続くと、お父様からここへ呼び出されて、自分が
受けたそんな恥ずかしいお仕置きの数々を映画で見せられたりも
します。
その恥ずかしいのなんのって、自分のことですけれどもとても
正視できませんでした。
でも、今回はどうやらそれとも違うみたいで、この映写室に人
はいませんし、その準備もしてる様子がありません。
小窓から覗いてみると……六年生全員(といっても六人です)
が畳敷きになった舞台の上で正座させられています。
その様子を見ているのは、うちのお父様をはじめ、この学校を
買い取った六人のお父様たち。こちらは板張りの床にお気に入り
の籐椅子を並べて座ってらっしゃいました。
こちらからですとお父様方の顔は分かりませんが、向かい合う
形の子どもたちの顔はよく見えます。
どの子も『まずいことになったなあ』という顔ばかりでした。
私の家もそうですが、ここにいるお父様方というのは、功なり
名を遂げた末に老後の楽しみとして施設から私たちを引き取った
紳士淑女の方々ばかりです。
ですから、普段の生活では、子どもから嫌われるような虐待や
お仕置きのたぐいは極力なさいません。
そうしたことは家庭教師や学校の先生にお任せして、ご自分は
小鳥たちが肩にもたれたり膝に乗ってくるのをじっと待っておい
でだったのです。
ただ、そんな好好爺然としたお父様も24時間365日決して
子供たちを怒ることがないのかというと、そこはそうではありま
せんでした。
年に一度か二度、お転婆さんには三度くらいでしょうか、雷が
落ちます。
運が良いのか悪いのか、私が覗いたその日はそんなたまたまの
一日だったのでした。
「遥、なぜお前がここに呼ばれたか分かるか?」
お父様はその低い声で居並ぶ六人の子供たちを前に、いきなり
遥お姉様を指名します。
それは私の名前ではありませんが、お父様の声に私の心臓も、
ギクッと反応します。ろくにぶたれたことがなくても、お父様は
お父様。子供にとっては怖い存在だったのです。
「………………」
少し長い沈黙。
お姉様はお父様の質問に答えられませんでしたが、その胸の内
をお父様が代弁します。
「その顔だと…お前は『今回の飛び降り事件に参加してない。
先生から罰も受けてない。だから私は悪くない』そう言いたいみ
たいだな。だけどお父さん達の考えは違うんだ。これは四時間目
に罰を受けなかったメグ(愛美)ちゃんや萌(モエ)のお父さん
たちとも一緒の考えだから、二人も私の話を一緒に聞きなさい」
「はい、おじさま」
「わかりましたおじさま」
二人は神妙な顔でお父様に答えます。
『お父様、きついお仕置きなさるつもりだわ』
私は思います。
幼い頃ならともかく、もうこのくらいの歳になると大人たちが
自分たちをどうしようとしているかはおおよそ察しがつきます。
頭に思い描くお姉さま方の未来は辛い現実でしたが、子どもと
いう立場では、大人がやると決めたらそれを受け入れるほかあり
ません。何か抗弁すれば許してくれるとは期待できそうにありま
せんでした。
「まず、私たちが嫌だったのは、お友だちが自習時間に騒いで
いるのにおまえがそれを止めなかったことだ。…悪さをしている
お友だちをおまえは一度でも注意したかね?……してないよね」
「………………」
お姉様は頷きます。それが精一杯でした。お父様の迫力に押さ
れて声が出ないのです。
私より一つ年上と言っても、遥お姉様はまだ小学生。お父様の
ただならない表情を垣間見れば、もうそれだけでシュンとなって
しまいます。
いえ、遥お姉様だけじゃありません。そこに居並ぶ六年生の子
全員がすでにしょげていました。
実はこの学校の生徒は全員がお父様たちによって施設から連れ
てこられた子どもたち。つまり、お父様はそれぞれに違いますが、
孤児ということでは皆同じ境遇だったのです。
「いいかい、お前たちはそれぞれに育てていただいてるお父様
が違ってもみんな同じ境遇の兄弟なんだから、仲良くしなきゃ。
助け合わなきゃいけないんだ。自分だけ勉強や運動ができれば、
それでいいんじゃない。むしろ抜け駆けするような子は許さない。
仲良くできない子は許さない。そんな子は施設に戻ってもらう。
そう約束したよね」
「はい…」
「はい、お父様」
「…約束しました」
三人は小さな声で答えます。
「今度の事、仲良し仲間のすることなのかい?ほかの子が悪さ
しているさなか、自分たちだけはちゃんと自習してましたって、
栗山先生に報告したそうじゃないか。……それって、本当によい
ことをしたって言えるの?」
「えっ……」
三人は戸惑います。
だって、この遊びを始めたのは他の三人で、私たちは関係あり
ません。この三人が教室の窓からの飛び降りゲームを始めた頃は
たしかに自分たちは真面目に自習していましたから、先生に嘘も
ついていません。ですからそれで十分だとお姉さまたちは思って
いたみたいでした。
『自分たちはこの悪戯の首謀者じゃない』というわけです。
ところが、お父様の考えは違います。
「河合先生の報告によると『遥が真面目に自習してたのは最初
の頃だけで、教室が騒がしくなるとすぐに席を離れてお友だちの
飛び降りる様子を見物してた。最後は、笑顔で拍手したりして、
とても楽しそうに見えた』とあるけど……これは河合先生が私に
嘘をついてるのかな?」
お父様は河合先生からの報告書を眺めながら再度質問します。
「………………」
答えは返ってきませんでした。
実は家庭教師の先生方は父兄席に陣取って授業を見学はします
が、授業に口を出す事はしません。こうした自習の時間でもそれ
は同じでした。子どもたちがよほど危険な遊びでも始めない限り
(今回はそれほど危険と判断しなかったのでしょう)授業に口を
出すことはありませんでした。
「…………それは………だって、私が始めたわけじゃあ……」
遥お姉様はそれだけ言うとあとは言葉になりませんでした。
「確かにそうだ。やり始めたのは遥じゃない。でも、お友だち
の飛び降りを見学するだけでも私たちからすると参加してた事に
かわりはないんだよ。だってその間は座席から離れて窓から身を
乗り出して見てたわけだし、私は真面目に自習してましたなんて
栗山先生に言ってはいけないだろうね。それって嘘をついる事に
なるもの」
「…………」
「お友だちが悪さをしていると思ったのなら、そのお友だちを
止めてあげなきゃ。それが無理でも先生に御報告に行かなきゃ。
遥はどっちもしてないだろう?それって仲良しのお友だちにする
ことなのかな。遥のやってることはお父さん達の目には自分一人
抜け駆けしていい子に見られようにしている。自分勝手なことを
している。そんな風にしか映らないんだけどなあ」
「……そんなこと言ったって…わたし、飛んでないし……」
絞り出すようなお姉さまの声が聞こえました。
「これが一般の学校ならそれでいいのかもしれない。お友だち
ともそんな関係でいいのかもしれない。なにせ今は、個人主義の
時代だから。お友だちといっても所詮他人だからね。……でも、
お父さんたちは、ここにいる子どもたちには全員が本当の兄弟に
なってほしいと思ってるんだ。……なぜだかわかるかい?」
「……」
遥お姉様は首を振ります。
「残念だけど、君たちには本当のお父さんやお母さんがいない。
正確に言うわからないからだ。ということは、帰る家だってない
だろう」
「えっ、……だって、それは、お父様が……」
驚いたお姉様が上目遣いにつぶやきます。
「私のことかい?ありがとう。もちろん私が生きているうちは
私はお前達をずっと愛し続けるよ。でも、私はもう若くはない。
君たちが成人するまでだって生きてるかどうか知れないじゃない
か」
「そんなこと……」
「それから先はどうするね。……今住んでいる家は私が死ねば
すぐに人手に渡るだろうから君たちが住むことはできないんだよ」
「えっ?」
お姉様はきょとんとした顔になります。
子供にとって誰かが死ぬなんてこと頭の片隅にもありませんで
した。私だってそれは同じです。お父様というのは未来永劫私達
を守り続けてくれる人だと信じていましたから。
「もちろん、それでも人生が順調なら、帰る家なんてなくても
問題ないだろうけど、もし、家庭や仕事がうまくいかない時は、
どうするね」
「どうするって……」
「その立場にならないと分からないだろうけど、帰る家がない
って、とっても辛いことなんだよ。だから、君たちが社会に出た
あと、もし人生につまづいても路頭に迷わないように、私たちは
この学校を作ったんだ。だから、ここには他の境遇で育った子は
入れてない。ここは、同じ境遇同じ価値観で育った子だけの学校
で、かつふるさとなんだ」
「ふるさと?」
「そう、この学校が君たちのふるさとだ。だから、もし辛い事
があったら、ここに帰ってしばらく休んでいけばいい。ここには
長期滞在できる宿舎もあるから臨時教員になって得意分野の授業
をしたり、可愛い後輩たちを抱いてあげてお尻をピシピシ叩いて
やればいいんだよ。今はまだお尻を叩かれるだけの君たちだって
やがては後輩たちのためにお尻を叩く日がくるんだから」
「…………」
その瞬間、お姉様の頬が緩みます。
「私たちが口をすっぱくして『みんな仲良く』『みんな仲良く』
って言い続けるのは、単に一緒に何かしましたとか、褒められま
しただけじゃなくて、叱られた事も、お友だちみんなで共有して欲しいんだ」
「叱られたことも?…………」
お父様はお姉様の狐につままれたような顔を見て笑います。
「そう、一緒に悪さをして一緒にお仕置きを受けて欲しい」
ここではそんなことするくらい
なら、
「えっ!?」
お姉様は思わず息を呑みます。
「お仕置きはご褒美じゃないけど、同じ罰を受けた思い出って
大人になれば笑って話せるし、何より、それで兄弟の絆も強まる
から無駄にはならないんだ。一番いけないのは他の子が悪さして
るのに自分だけ知らんぷりしてるってこと。みんなが愛し合って
暮らしてるこの場所でそんな薄情なことしかできないようなら、
施設に帰ってもらうしかないかもしれないね」
「…………」
お姉様はお父様の言葉に思わずのけぞります。
実は、お父様の言う『施設へ帰れ』という言葉は、幼い頃から
お父様たちに大事にされてきた私たちにとっては究極の威し文句
でした。
南極大陸で捨てられるくらいのショックだったんです。
そもそも私たちは物心つく前にここへ来て生活していますから
誰の頭の中にも施設時代の思い出なんか存在していないのです。
そんな未知の場所へ戻るなんて、たとえこの先厳しいお仕置き
が待っていたとしてもありえない決断だつたのです。
ですから……
「ごめんなさい、お父様、遥は悪い子でした。どんなお仕置き
も受けます。いい子になります」
遥お姉様はあっさり降参。お父様の前ににじりよって膝ま付き
両手を胸の前に組んで懺悔します。
お芝居がかっていますが、仕方がありませんでした。
残り二人も事情は同じです。二人は、自分たちのお父様の前で
懺悔します。
施設に戻されたくないという思いは、ここでは誰の胸の中でも
共通して存在していたのでした。
ただ……
「わかった、なら、今日はお股にお灸をすえることにしよう。
そうすれば、これから先も今の話が実感できるだろうから……」
「!!!」
「!!!」
「!!!」
お父様の一言に、三人のお姉様方の顔色が青くなります。
お姉様方の顔から血の気が引いく様子がこんなに離れていても
はっきりとわかりましたから、相当なショックだったんだと思い
ます。
確かに懺悔はしました。お仕置きも受け入れました。
でも、まさか、お股にお灸だなんて……
三人ともそんなことまでは考えていなかったみたいでした。
そしてそれは実際に悪さをしていた残り三人にも飛び火します。
「他の三人も同じだよ。今日は、六人に同じお仕置きを受けて
もらうからね」
六人まとめてお股にお灸のお仕置き。
それは子供たち全員が同じお仕置きを受けることで、たんなる
クラスメイトというのではない、運命共同体みたいな意識を子供
たち全員の胸に植えつけたいというお父様方の熱い思いから来る
のでした。
*************************
***<< §14 >>****
私は、当初下り階段に足を踏み入れる勇気がわきませんでした。
いえ、一年前だったらきっとそのまま踵を返していたと思います。
でも、この時は違っていました。
『遥お姉様が心配だもん。ちょっとだけ覗いてみようかしら』
まずは私の心の奥底から天使の声が聞こえてきます。
姉思いの優しい眼差し。妹の声が闇の奥へと響きます。
それは耳には聞こえない声。心の声でしたが、やがて……
『あなた何考えてるのよ。見つかったら間違いなくお仕置きよ。
バカな事はやめなさいよ』
理性の声に打ち消されてしまいます。
『そりゃそうね。バカなことはしない方がいいに決まってるわ』
私は理性の声に納得しました。
でも、納得したにも関わらずその深い闇を見つめていると私の
足は帰ろうとしません。その地下への階段を見つめたまま動きま
せんでした。
そのうち次なる声が聞こえてきたのでした。悪魔の囁く声です。
『下りておいでよ。遥お姉ちゃんの悲鳴が聞こえるかも。何時
も虐められてるお姉ちゃんの悲鳴って、聞いてみたいよね。わく
わくするよね』
それが背徳な思いなのは小学生の私にも分かります。
もし、お父様に見つかったら、私も同じお部屋に連れ込まれる
かもしれません。お仕置きされるかもしれません。それも分かっ
ています。
『何やってるのよ!!その場から離れなさいよ!!お父様から
お仕置きされても知らないよ!』
理性が私を必死に押しとどめますが……
今度は理性が誘惑に負けてしまいます。
結局、私って子は、愛より理性、理性より誘惑に弱い子だった
のでした。
薄暗い階段をゆっくりゆっくり下りきると、がらんとした空間
に薄暗い明かりが一つ。地上とは明らかに違う空気感がこの場を
支配しているのが分かりました。
ひんやりした風が背筋を通り抜け。それに追われるように歩を
進めると、目の前に防音防火を兼ねた鉄の大扉があって私を威嚇
します。
『ここから出て行け!』
『中に入ってこい!』
二つの違った声が聞こえます。大扉は私の最後の決心を待って
いるみたいでした。
『そうよね、もしお仕置きだったら開いてるはずないわ』
床から天井までを覆いつくすこの扉は滅多に開けられることが
ありませんが、代わりに人が出入りできるだけの小さな扉があり
ました。そこをそう思って押してみたのです。
『開いてる。……こいつ、お仕置きが始まっちゃうと閉められ
ちゃうに……でも、だったら大丈夫よね……大丈夫、大丈夫……
本当に大丈夫よね……』
私は自分の小さな胸に何度もそう問いかけ、小さな入口の扉に
身を隠しながら、この先に続く廊下の様子を窺います。
『ふぅ、やったあ~~~』
やったことは小さな扉をくぐっただけ。でも、大冒険でした。
すると、さっそく廊下に並んだ七つの部屋のうち一番奥の部屋
から何やら話し声が……
『やっぱりね、多分そうじゃないかと思ったのよ。来た甲斐が
あったわ。きっと六年生の子全員、お昼休みを利用してお父様方
に呼ばれたのよ』
私は胸を高鳴らせ、足音をしのばせて廊下をさらに奥へと進み
ます。
実はここにある七つの部屋のうち手前にある六つの部屋は各家
専用の個室。ドアにはお父様方のお名前『小暮』『進藤』『真鍋』
『佐々木』『太田』『中条』のプレートが張ってあります。つまり、
もしこれらのお部屋で何かあったとしてもどのみち私は立ち入れ
ませんから無駄骨になるわけです。
でも一番奥にある七つ目の部屋だけは違っていました。
ここは普段お父様方の寄り合い所(サロン)みたいな使われ方
をしている場所ですからどこの子供たちも出入りが自由でした。
ま、多くの子どもたちにとって積極的行きたいという場所では
ありませんが……
部屋は30畳ほどの広さがある大広間。間仕切りはありません
が、お父様方がそれぞれにお気に入りのソファやデッキチェア、
ステレオなどを持ち込んでくつろがれています。
ただその一角にお父様方のくつろぎとはあまり関係のない一段
高くなった畳敷きのスペースがあってそこは子供たちをお仕置き
する場になっていました。
もちろん全てのお仕置きがここで行われるわけではありません。
問題が個人だけで収まるような場合はたいてい個室を使いますが、
なかに、複数の家の子が同じ問題を起こした場合などは、ここが
使われるようでした。
今回は、まさにそんなケースだと思って乗り込んだのです。
私の読みは的中したみたいでした。
私は、最初、大広間の扉に耳を押しつけて中の様子を探ろうと
しましたが、防音装置が施されているために音は聞こえても何を
言っているかまでわかりません。
思い切ってドアを開けてみようとしましたが施錠されています。
そこで今度は、この部屋に隣接する隣りの部屋の扉をそうっと
押してみると、こちらは開きますから……。
『やったあ~~ラッキー』
私は心の中で叫びます。
実はこの部屋、映写室でした。大きな映写機の脇でこっそりと
小さい窓を覗くと隣の部屋の様子が手に取るようにわかります。
正直、願ったり叶ったりでした。
お父様たちはたんにお金持ちというだけでなく仕事をリタイヤ
していますから、世間のお父さんたちのように忙しくありません。
その分、子どもたちの生活についても、細かな処までが気になる
みたいで、学校には逐一子供たちに関する報告を求めていました。
そこで学校側もそんなお父様方の要望を受けて、私たちの成長
記録を最大限フィルムに収めて報告します。その報告フィルムを
上映するための映写機がここに置かれていたのでした。
今なら当然ビデオでしょうが当時はそんなものありませんから
記録は全て映画として撮られていました。
実際、私たちは8ミリだけでなく16ミリや32ミリといった
大型のカメラでも四六時中学校生活の様子を撮られていましたが、
その映像を私たち自身が目にする機会はあまりありません。
そのせいでしょうか、手の空いた先生がいつもカメラをまわし、
私たちがいつも被写体になっていたのは承知していましたが特段
それを意識した事はありませんでした。
カメラもカメラマンも最初は物珍しさから「何やってるの?」
と説明を求めますが、そのうちそれは学校の備品の一つとなって
特別の注意は払わなくなります。
そうですねえ胤子先生の胸像と同じくらいの意識だったんです。
実際、カメラは学校のいたるところで回されていました。勉強
の様子だけじゃありません。給食の風景、休み時間のおしゃべり、
とにかく暇さえあれば何でもかんでも記録に残されていました。
ただ例外もあります。お仕置きり様子だけは後日の証拠とする
ため必ず記録に残してあります。
裸のお尻はもちろん、おへその下の割れ目やお股の中まで……
カメラに遠慮はありませんでした。
しかも悪さが続くと、お父様からここへ呼び出されて、自分が
受けたそんな恥ずかしいお仕置きの数々を映画で見せられたりも
します。
その恥ずかしいのなんのって、自分のことですけれどもとても
正視できませんでした。
でも、今回はどうやらそれとも違うみたいで、この映写室に人
はいませんし、その準備もしてる様子がありません。
小窓から覗いてみると……六年生全員(といっても六人です)
が畳敷きになった舞台の上で正座させられています。
その様子を見ているのは、うちのお父様をはじめ、この学校を
買い取った六人のお父様たち。こちらは板張りの床にお気に入り
の籐椅子を並べて座ってらっしゃいました。
こちらからですとお父様方の顔は分かりませんが、向かい合う
形の子どもたちの顔はよく見えます。
どの子も『まずいことになったなあ』という顔ばかりでした。
私の家もそうですが、ここにいるお父様方というのは、功なり
名を遂げた末に老後の楽しみとして施設から私たちを引き取った
紳士淑女の方々ばかりです。
ですから、普段の生活では、子どもから嫌われるような虐待や
お仕置きのたぐいは極力なさいません。
そうしたことは家庭教師や学校の先生にお任せして、ご自分は
小鳥たちが肩にもたれたり膝に乗ってくるのをじっと待っておい
でだったのです。
ただ、そんな好好爺然としたお父様も24時間365日決して
子供たちを怒ることがないのかというと、そこはそうではありま
せんでした。
年に一度か二度、お転婆さんには三度くらいでしょうか、雷が
落ちます。
運が良いのか悪いのか、私が覗いたその日はそんなたまたまの
一日だったのでした。
「遥、なぜお前がここに呼ばれたか分かるか?」
お父様はその低い声で居並ぶ六人の子供たちを前に、いきなり
遥お姉様を指名します。
それは私の名前ではありませんが、お父様の声に私の心臓も、
ギクッと反応します。ろくにぶたれたことがなくても、お父様は
お父様。子供にとっては怖い存在だったのです。
「………………」
少し長い沈黙。
お姉様はお父様の質問に答えられませんでしたが、その胸の内
をお父様が代弁します。
「その顔だと…お前は『今回の飛び降り事件に参加してない。
先生から罰も受けてない。だから私は悪くない』そう言いたいみ
たいだな。だけどお父さん達の考えは違うんだ。これは四時間目
に罰を受けなかったメグ(愛美)ちゃんや萌(モエ)のお父さん
たちとも一緒の考えだから、二人も私の話を一緒に聞きなさい」
「はい、おじさま」
「わかりましたおじさま」
二人は神妙な顔でお父様に答えます。
『お父様、きついお仕置きなさるつもりだわ』
私は思います。
幼い頃ならともかく、もうこのくらいの歳になると大人たちが
自分たちをどうしようとしているかはおおよそ察しがつきます。
頭に思い描くお姉さま方の未来は辛い現実でしたが、子どもと
いう立場では、大人がやると決めたらそれを受け入れるほかあり
ません。何か抗弁すれば許してくれるとは期待できそうにありま
せんでした。
「まず、私たちが嫌だったのは、お友だちが自習時間に騒いで
いるのにおまえがそれを止めなかったことだ。…悪さをしている
お友だちをおまえは一度でも注意したかね?……してないよね」
「………………」
お姉様は頷きます。それが精一杯でした。お父様の迫力に押さ
れて声が出ないのです。
私より一つ年上と言っても、遥お姉様はまだ小学生。お父様の
ただならない表情を垣間見れば、もうそれだけでシュンとなって
しまいます。
いえ、遥お姉様だけじゃありません。そこに居並ぶ六年生の子
全員がすでにしょげていました。
実はこの学校の生徒は全員がお父様たちによって施設から連れ
てこられた子どもたち。つまり、お父様はそれぞれに違いますが、
孤児ということでは皆同じ境遇だったのです。
「いいかい、お前たちはそれぞれに育てていただいてるお父様
が違ってもみんな同じ境遇の兄弟なんだから、仲良くしなきゃ。
助け合わなきゃいけないんだ。自分だけ勉強や運動ができれば、
それでいいんじゃない。むしろ抜け駆けするような子は許さない。
仲良くできない子は許さない。そんな子は施設に戻ってもらう。
そう約束したよね」
「はい…」
「はい、お父様」
「…約束しました」
三人は小さな声で答えます。
「今度の事、仲良し仲間のすることなのかい?ほかの子が悪さ
しているさなか、自分たちだけはちゃんと自習してましたって、
栗山先生に報告したそうじゃないか。……それって、本当によい
ことをしたって言えるの?」
「えっ……」
三人は戸惑います。
だって、この遊びを始めたのは他の三人で、私たちは関係あり
ません。この三人が教室の窓からの飛び降りゲームを始めた頃は
たしかに自分たちは真面目に自習していましたから、先生に嘘も
ついていません。ですからそれで十分だとお姉さまたちは思って
いたみたいでした。
『自分たちはこの悪戯の首謀者じゃない』というわけです。
ところが、お父様の考えは違います。
「河合先生の報告によると『遥が真面目に自習してたのは最初
の頃だけで、教室が騒がしくなるとすぐに席を離れてお友だちの
飛び降りる様子を見物してた。最後は、笑顔で拍手したりして、
とても楽しそうに見えた』とあるけど……これは河合先生が私に
嘘をついてるのかな?」
お父様は河合先生からの報告書を眺めながら再度質問します。
「………………」
答えは返ってきませんでした。
実は家庭教師の先生方は父兄席に陣取って授業を見学はします
が、授業に口を出す事はしません。こうした自習の時間でもそれ
は同じでした。子どもたちがよほど危険な遊びでも始めない限り
(今回はそれほど危険と判断しなかったのでしょう)授業に口を
出すことはありませんでした。
「…………それは………だって、私が始めたわけじゃあ……」
遥お姉様はそれだけ言うとあとは言葉になりませんでした。
「確かにそうだ。やり始めたのは遥じゃない。でも、お友だち
の飛び降りを見学するだけでも私たちからすると参加してた事に
かわりはないんだよ。だってその間は座席から離れて窓から身を
乗り出して見てたわけだし、私は真面目に自習してましたなんて
栗山先生に言ってはいけないだろうね。それって嘘をついる事に
なるもの」
「…………」
「お友だちが悪さをしていると思ったのなら、そのお友だちを
止めてあげなきゃ。それが無理でも先生に御報告に行かなきゃ。
遥はどっちもしてないだろう?それって仲良しのお友だちにする
ことなのかな。遥のやってることはお父さん達の目には自分一人
抜け駆けしていい子に見られようにしている。自分勝手なことを
している。そんな風にしか映らないんだけどなあ」
「……そんなこと言ったって…わたし、飛んでないし……」
絞り出すようなお姉さまの声が聞こえました。
「これが一般の学校ならそれでいいのかもしれない。お友だち
ともそんな関係でいいのかもしれない。なにせ今は、個人主義の
時代だから。お友だちといっても所詮他人だからね。……でも、
お父さんたちは、ここにいる子どもたちには全員が本当の兄弟に
なってほしいと思ってるんだ。……なぜだかわかるかい?」
「……」
遥お姉様は首を振ります。
「残念だけど、君たちには本当のお父さんやお母さんがいない。
正確に言うわからないからだ。ということは、帰る家だってない
だろう」
「えっ、……だって、それは、お父様が……」
驚いたお姉様が上目遣いにつぶやきます。
「私のことかい?ありがとう。もちろん私が生きているうちは
私はお前達をずっと愛し続けるよ。でも、私はもう若くはない。
君たちが成人するまでだって生きてるかどうか知れないじゃない
か」
「そんなこと……」
「それから先はどうするね。……今住んでいる家は私が死ねば
すぐに人手に渡るだろうから君たちが住むことはできないんだよ」
「えっ?」
お姉様はきょとんとした顔になります。
子供にとって誰かが死ぬなんてこと頭の片隅にもありませんで
した。私だってそれは同じです。お父様というのは未来永劫私達
を守り続けてくれる人だと信じていましたから。
「もちろん、それでも人生が順調なら、帰る家なんてなくても
問題ないだろうけど、もし、家庭や仕事がうまくいかない時は、
どうするね」
「どうするって……」
「その立場にならないと分からないだろうけど、帰る家がない
って、とっても辛いことなんだよ。だから、君たちが社会に出た
あと、もし人生につまづいても路頭に迷わないように、私たちは
この学校を作ったんだ。だから、ここには他の境遇で育った子は
入れてない。ここは、同じ境遇同じ価値観で育った子だけの学校
で、かつふるさとなんだ」
「ふるさと?」
「そう、この学校が君たちのふるさとだ。だから、もし辛い事
があったら、ここに帰ってしばらく休んでいけばいい。ここには
長期滞在できる宿舎もあるから臨時教員になって得意分野の授業
をしたり、可愛い後輩たちを抱いてあげてお尻をピシピシ叩いて
やればいいんだよ。今はまだお尻を叩かれるだけの君たちだって
やがては後輩たちのためにお尻を叩く日がくるんだから」
「…………」
その瞬間、お姉様の頬が緩みます。
「私たちが口をすっぱくして『みんな仲良く』『みんな仲良く』
って言い続けるのは、単に一緒に何かしましたとか、褒められま
しただけじゃなくて、叱られた事も、お友だちみんなで共有して欲しいんだ」
「叱られたことも?…………」
お父様はお姉様の狐につままれたような顔を見て笑います。
「そう、一緒に悪さをして一緒にお仕置きを受けて欲しい」
ここではそんなことするくらい
なら、
「えっ!?」
お姉様は思わず息を呑みます。
「お仕置きはご褒美じゃないけど、同じ罰を受けた思い出って
大人になれば笑って話せるし、何より、それで兄弟の絆も強まる
から無駄にはならないんだ。一番いけないのは他の子が悪さして
るのに自分だけ知らんぷりしてるってこと。みんなが愛し合って
暮らしてるこの場所でそんな薄情なことしかできないようなら、
施設に帰ってもらうしかないかもしれないね」
「…………」
お姉様はお父様の言葉に思わずのけぞります。
実は、お父様の言う『施設へ帰れ』という言葉は、幼い頃から
お父様たちに大事にされてきた私たちにとっては究極の威し文句
でした。
南極大陸で捨てられるくらいのショックだったんです。
そもそも私たちは物心つく前にここへ来て生活していますから
誰の頭の中にも施設時代の思い出なんか存在していないのです。
そんな未知の場所へ戻るなんて、たとえこの先厳しいお仕置き
が待っていたとしてもありえない決断だつたのです。
ですから……
「ごめんなさい、お父様、遥は悪い子でした。どんなお仕置き
も受けます。いい子になります」
遥お姉様はあっさり降参。お父様の前ににじりよって膝ま付き
両手を胸の前に組んで懺悔します。
お芝居がかっていますが、仕方がありませんでした。
残り二人も事情は同じです。二人は、自分たちのお父様の前で
懺悔します。
施設に戻されたくないという思いは、ここでは誰の胸の中でも
共通して存在していたのでした。
ただ……
「わかった、なら、今日はお股にお灸をすえることにしよう。
そうすれば、これから先も今の話が実感できるだろうから……」
「!!!」
「!!!」
「!!!」
お父様の一言に、三人のお姉様方の顔色が青くなります。
お姉様方の顔から血の気が引いく様子がこんなに離れていても
はっきりとわかりましたから、相当なショックだったんだと思い
ます。
確かに懺悔はしました。お仕置きも受け入れました。
でも、まさか、お股にお灸だなんて……
三人ともそんなことまでは考えていなかったみたいでした。
そしてそれは実際に悪さをしていた残り三人にも飛び火します。
「他の三人も同じだよ。今日は、六人に同じお仕置きを受けて
もらうからね」
六人まとめてお股にお灸のお仕置き。
それは子供たち全員が同じお仕置きを受けることで、たんなる
クラスメイトというのではない、運命共同体みたいな意識を子供
たち全員の胸に植えつけたいというお父様方の熱い思いから来る
のでした。
*************************
小暮男爵 << §13 >>
小暮男爵
***<< §13 >>****
昼食が終わり食器を下膳口に戻した私は、さっそく遥お姉様を
見つけてそのブラウスの袖を引っ張ります。
この学校は一学年一クラス。しかもそのクラスの六年生は全部
で六人しかいません。栗山先生が私たちのテーブルへやって来た
時、先生のお話に姉の名前は出てきませんでしたが、気になった
ので私は姉のブラウスを引っ張ることにしたのでした。
「何よ、何か用?」
姉は珍しく不機嫌でした。ま、無理もありませんが。
「ねえ、お仕置きされたの?」
「お仕置き?……別にされないわよ」
遥お姉様は平静を装いますが……
「だって、瑞穂お姉様はされたんでしょう。革のスリッパで」
「栗山先生がそっちへ行って話したのね。瑞穂のことでしょう。
……あの子『メリーポピンズの読書感想文を書くなら、やっぱり
空を飛ばなくちゃ』なんて、わけの分からないこと言いだして、
傘を差したまま二階から飛び降りたの」
「えっ!飛べたの?」
「バカ言ってんじゃないわよ。遊びよ、遊び。あの時間は自習
だったから、暇もてあましてた連中がはしゃぎだして、即興劇を
やってたの。そのうちに、あの子、お調子者だからホントに二階
の窓から飛び降りちゃったのよ」
「大丈夫だった?」
「大丈夫よ。下に木屑の山があったから。それがクッションに
なったの。でも、よせばいいのにあの子ったら味をしめて三回も
飛んだのよ。あれで学級委員なんだから呆れるわ」
「お姉ちゃんは?」
「私?……私は、そんなバカじゃありません」
最初は怪訝な顔でしたが、最後は語気が強まります。
「そうか、それが梅津先生にばれちゃって運動場の肋木の前で
お仕置きされることになったんだ」
「そうよ、栗山先生からみんな肋木の前に呼ばれたけど、罰を
受けたのは、即興劇をやってた瑞穂と智恵子と明の三人だけ……
だって、私は何も悪いことしてないもん」
「革のスリッパって痛いの?」
「でしょうね。私はやられたことがないから知らないわ。でも
中学ではよくやるお仕置きみたいよ。栗山先生、中学の予行演習
だっておっしゃってたもの」
「怖~~い」
「怖い?本当に怖いのはこれからよ」
「どういうこと?」
「だって、これだけのことしたら、たいてい家でもお仕置きの
はずたもの。お家では学校と違ってお尻叩く時手加減なんてして
くれないでしょう。お灸だってあるんだから……」
「お家の方が怖いの?」
「そりゃそうよ。いいこと、お父様やお母様ってのは、学校の
先生なんかより私たちにとってはもっともっと近しい間柄なの。
だからお仕置きだって、そのぶん厳しいことになるわ」
「そういうものなの?」
「そういうものよ。子供にはわからないでしょうけど……」
「何よ、自分だって子供のくせに……」
「あんたより一年長く生きてます」
遥お姉様はそこまで言って、私の顔を見つめます。
そして、その数秒後、お姉様は何か気づいたみたいでした。
「あっ、そうか、あなた、まだお父様のお人形さんだもんね。
厳しいお仕置きなんて受けたことないわけだ」
少しバカにされたような顔で言われましたから私も反論します。
「そんなことないわよ。私だって、お父様から今までに何度も
お尻叩かれた事あるのよ。先週だって廊下に素っ裸で立たされて
たら私のことジロジロ見てたじゃないの」
私は勢いに任せて怒鳴ってしまい、同時に顔が真っ赤になりま
した。
そこは誰もが行き来する階段の踊り場。私の声に驚いた子ども
たちがこちらを振り返って通り過ぎます。
「よく言うわ。それはあなたが子供だからさせられたんでしょ。
いくらお父様だって健治お兄様や楓お姉さまにはそんな事なさら
ないわ。……それに、私だってあなたがお尻を叩かれてるところ
見たことあるけど、お父様を本当に怒らせたら、あんなもんじゃ
すまないのよ」
「えっ?」
「本当のお仕置きってね、お尻がちぎれてどこかへ飛んでった
んじゃないかって思うくらい痛いんだから……あなたのはねえ、
ぶたれたというより、ちょっときつめに撫でられたってことだわ」
「そんなことないわよ。だって、ものすご~~く痛かったもん」
私がむくれると……
「ま、いいわ。そのうち、わかることだから」
遥お姉様は不気味な暗示を私に投げかけます。
と、その瞬間です。遥お姉様の顔色がはっきり変わりました。
そして……
「遥ちゃん、君だって私から見ればまだ十分に子どもなんだよ」
私は声の方を慌てて振り返ります。
『えっ!!お父様』
心臓が止まりそうでした。
お父様が振り返った私のすぐ目の前にいます。手の届く範囲に
というか、振り返った時はすでに抱かれていました。
「よしよし」
お父様はいきなり私を抱きしめて良い子良い子します。
これって子供の側にも事情がありますから、抱かれさえすれば
いつだって嬉しいとは限りません。私にだって心の準備が必要な
時も……ですから、その瞬間だけはお父様から離れようとして、
両手で力いっぱい大きな胸を突いたのですが。
「おいおい、もうおしまいかい。もう少し、抱かせておくれよ。
でないと、お父さんだってせっかく学校まで来たのに寂しいじゃ
ないか」
お父様にこう言われてしまうと我家の娘は誰も逆らえませんで
した。
はねつけようとした両手の力がたちまち抜けてしまいます。
「ごめんなさい」
小さな声にお父様は再び私を抱きしめます。
「ほっとしたよ。図画の時間にいなくなったって聞いたからね。
大急ぎで駆けつけてきたんだ。ここには大勢の先生方がいるから、
間違いなんて起きないと思ってはいたんだが、やっぱり心配でね。
そんな心配性のお父さんは嫌いかい?」
お父様は私をさらに強く抱きしめてこう言います。
「本当に、ごめんなさい」
私はお父様の胸の中で精一杯頭を振って小さな声を出します。
いえ、頭も胸も強く圧迫されてますから頭もろくに動きません。
その時は、お父様にだけ聞こえるような小さな声しかでませんで
した。
「いや、元気なら何よりだ。どこも怪我はしてないんだろう」
「はい」
「なら、それでいいんだ」
お父様はそこまで言ってようやく私を開放してくれます。
「あそこは尖った大きな岩がごろごろしてるし、マムシだって
スズメバチだっているみたいだから本当は怖いところなんだよ」
「はい、ごめんなさい」
私はお父様の目がちゃんと見れなくて、再び俯いてしまったの
ですが、お父様の顔が私の頬に寄ってきて小さな声で囁きます。
「ところで、お仕置きはちゃんと受けたのかい?」
「……はい」
私の声はお父様の声よりさらに小さくなりました。
「そう、それはよかった。だったら、お父さんがもう何も心配
することはないね。いつも通りの美咲ちゃんだ」
再び、頭をなでなで……
それってちょっぴり恥ずかしい瞬間。でも、お父様にされるの
なら、ちょっぴり嬉しいことでもありました。
「午後の最初の授業は何なの?」
「体育」
「そう、それじゃあダンスだね。今日はどんなダンスを習うの?
バレイ、現代舞踏、ジャズダンス、フォークダンスかな」
お父様にとって体育というのはダンスのことだったみたいです。
でも、これって無理もありませんでした。
実際、私たちの学校で行われていた体育の大半はダンスの授業
でしたから。
ただ、五年生になって、体育の先生が女性から男性に代わった
せいもあってその授業内容にも変化の兆しが……
「今日は違うよ。今日はね、ドッヂボールの試合をやることに
なってるの」
私の思いがけない答えに、お父様は目を丸くしてのけぞります。
大仰に驚いてみせます。
「ドッヂボール?そりゃまた過激だね。美咲ちゃん、できるの
かい?」
ドッヂボールは当時全国どこの小学校でも行われている定番の
ボールゲームでしたが、娘大事のお父様にとっては過激なボール
ゲームというイメージだったみたいです。
普段ボール遊びなんてしたことのないこの子たちが、はたして
ボールをちゃんとキャッチ出来るだろうか?
そんな疑問がわいたみたいでした。
「大丈夫だよ、ルールもちゃんと覚えたし先週もその前の週も
ちゃんとボールを取る練習したから」
私は自信満々に答えます。
ただ私たちがこうした試合を行う場合、問題はそういう事だけ
ではありませんでした。
そのことについは、また先にお話するとして、お父様は私の事
が解決したと判断されたのでしょう、関心が別に移っていました。
「あっ、遥、ちょっと待ちなさい。君にお話があるんだ」
お父様はいつの間にか、そうっとお父様のそばを離れてどこか
へ行ってしまいそうになっている遥お姉様を呼び止めます。
5mほど先で振り返ったお姉様、その顔はどうやら逃げ遅れた
という風にも見えます。
慌てたように遥お姉様の処へ小走りになったお父様は、途中、
私の方を振り返って……
「ドッヂボール頑張るんだよ。あとで見に行くからね」
と大きな声をかけてくださいます。
お父様は捕まえた遥お姉様と何やらそこでひそひそ話。
やがて、二人は連れ立って私から遠ざかっていきます。
でも、それって、私にとってはとっても寂しいことでした。
『何、話してたんだろう?……どこへ行ったんだろう?……私
には話したくないことかなあ?』
疑問がわきます。
そこで、そうっとそうっと、二人に気取られないようについて
行くことにしました。
すると……
『えっ!?』
二人は半地下への階段を下りて行きます。
『嘘でしょう!ここなの!?』
私は二人の行き先を確かめようとして、暗い階段の入口までは
やってきましたが、さすがにその先、階段を下りるのはためらい
ます。
だってそこは、私たち生徒が学校の先生からではなくお父様や
お母様、家庭教師などといった父兄からお仕置きを受けるための
部屋がずらりとたち並ぶ場所だったのです。
こんな場所、他の学校では考えられないでしょうが、私たちの
学校にはこんな不思議な施設があるのです。
この学校はもともと華族様たち専用の学校だったものをお父様
たち有志六名が買い取る形で運営されてきました。
ですから学校の教育方針にもお父様たちが強い影響力を持って
います。子どもたちへのお仕置きを多用しようと提案されたのも、
実は、学校の先生方ではなくお父様たちの強い意向だったのです。
そして、それは学校を運営していくなかで、さらに徹底されて
いきます。
ある日の会議で先生方が『学校としてはそこまではできません』
とおっしゃる厳しいお仕置きまでもお父様たちは望まれたのです。
それも罪を犯してからお仕置きまで余り間をおきたくないという
お考えのようで、あくまで学校でのお仕置きを…と望んでおいで
でした。
子どもは自分の過ちをすぐに忘れてしまいますから、家に帰る
まで待っていたらお仕置きの効果が薄れてしまうと主張をされた
みたいです。
議論は平行線でしたが……
そこで、お父様たちは一計を案じます。この学校の中に御自分
たちのプライベートスペースを設けたのです。
学校教育の中でできないなら、家庭内の折檻として行えばよい
とお考えになったみたいでした。
それがこの階段を下りた処にある七つの部屋だったのです。
そこは学校の中にある我が家という不思議な空間。
でも、子供たちにとってここはくつろげる場所ではありません
でした。
何しろ、ここはお仕置き専用の我が家なんですから、そりゃあ
たまったものじゃありませんでした。
*******************
***<< §13 >>****
昼食が終わり食器を下膳口に戻した私は、さっそく遥お姉様を
見つけてそのブラウスの袖を引っ張ります。
この学校は一学年一クラス。しかもそのクラスの六年生は全部
で六人しかいません。栗山先生が私たちのテーブルへやって来た
時、先生のお話に姉の名前は出てきませんでしたが、気になった
ので私は姉のブラウスを引っ張ることにしたのでした。
「何よ、何か用?」
姉は珍しく不機嫌でした。ま、無理もありませんが。
「ねえ、お仕置きされたの?」
「お仕置き?……別にされないわよ」
遥お姉様は平静を装いますが……
「だって、瑞穂お姉様はされたんでしょう。革のスリッパで」
「栗山先生がそっちへ行って話したのね。瑞穂のことでしょう。
……あの子『メリーポピンズの読書感想文を書くなら、やっぱり
空を飛ばなくちゃ』なんて、わけの分からないこと言いだして、
傘を差したまま二階から飛び降りたの」
「えっ!飛べたの?」
「バカ言ってんじゃないわよ。遊びよ、遊び。あの時間は自習
だったから、暇もてあましてた連中がはしゃぎだして、即興劇を
やってたの。そのうちに、あの子、お調子者だからホントに二階
の窓から飛び降りちゃったのよ」
「大丈夫だった?」
「大丈夫よ。下に木屑の山があったから。それがクッションに
なったの。でも、よせばいいのにあの子ったら味をしめて三回も
飛んだのよ。あれで学級委員なんだから呆れるわ」
「お姉ちゃんは?」
「私?……私は、そんなバカじゃありません」
最初は怪訝な顔でしたが、最後は語気が強まります。
「そうか、それが梅津先生にばれちゃって運動場の肋木の前で
お仕置きされることになったんだ」
「そうよ、栗山先生からみんな肋木の前に呼ばれたけど、罰を
受けたのは、即興劇をやってた瑞穂と智恵子と明の三人だけ……
だって、私は何も悪いことしてないもん」
「革のスリッパって痛いの?」
「でしょうね。私はやられたことがないから知らないわ。でも
中学ではよくやるお仕置きみたいよ。栗山先生、中学の予行演習
だっておっしゃってたもの」
「怖~~い」
「怖い?本当に怖いのはこれからよ」
「どういうこと?」
「だって、これだけのことしたら、たいてい家でもお仕置きの
はずたもの。お家では学校と違ってお尻叩く時手加減なんてして
くれないでしょう。お灸だってあるんだから……」
「お家の方が怖いの?」
「そりゃそうよ。いいこと、お父様やお母様ってのは、学校の
先生なんかより私たちにとってはもっともっと近しい間柄なの。
だからお仕置きだって、そのぶん厳しいことになるわ」
「そういうものなの?」
「そういうものよ。子供にはわからないでしょうけど……」
「何よ、自分だって子供のくせに……」
「あんたより一年長く生きてます」
遥お姉様はそこまで言って、私の顔を見つめます。
そして、その数秒後、お姉様は何か気づいたみたいでした。
「あっ、そうか、あなた、まだお父様のお人形さんだもんね。
厳しいお仕置きなんて受けたことないわけだ」
少しバカにされたような顔で言われましたから私も反論します。
「そんなことないわよ。私だって、お父様から今までに何度も
お尻叩かれた事あるのよ。先週だって廊下に素っ裸で立たされて
たら私のことジロジロ見てたじゃないの」
私は勢いに任せて怒鳴ってしまい、同時に顔が真っ赤になりま
した。
そこは誰もが行き来する階段の踊り場。私の声に驚いた子ども
たちがこちらを振り返って通り過ぎます。
「よく言うわ。それはあなたが子供だからさせられたんでしょ。
いくらお父様だって健治お兄様や楓お姉さまにはそんな事なさら
ないわ。……それに、私だってあなたがお尻を叩かれてるところ
見たことあるけど、お父様を本当に怒らせたら、あんなもんじゃ
すまないのよ」
「えっ?」
「本当のお仕置きってね、お尻がちぎれてどこかへ飛んでった
んじゃないかって思うくらい痛いんだから……あなたのはねえ、
ぶたれたというより、ちょっときつめに撫でられたってことだわ」
「そんなことないわよ。だって、ものすご~~く痛かったもん」
私がむくれると……
「ま、いいわ。そのうち、わかることだから」
遥お姉様は不気味な暗示を私に投げかけます。
と、その瞬間です。遥お姉様の顔色がはっきり変わりました。
そして……
「遥ちゃん、君だって私から見ればまだ十分に子どもなんだよ」
私は声の方を慌てて振り返ります。
『えっ!!お父様』
心臓が止まりそうでした。
お父様が振り返った私のすぐ目の前にいます。手の届く範囲に
というか、振り返った時はすでに抱かれていました。
「よしよし」
お父様はいきなり私を抱きしめて良い子良い子します。
これって子供の側にも事情がありますから、抱かれさえすれば
いつだって嬉しいとは限りません。私にだって心の準備が必要な
時も……ですから、その瞬間だけはお父様から離れようとして、
両手で力いっぱい大きな胸を突いたのですが。
「おいおい、もうおしまいかい。もう少し、抱かせておくれよ。
でないと、お父さんだってせっかく学校まで来たのに寂しいじゃ
ないか」
お父様にこう言われてしまうと我家の娘は誰も逆らえませんで
した。
はねつけようとした両手の力がたちまち抜けてしまいます。
「ごめんなさい」
小さな声にお父様は再び私を抱きしめます。
「ほっとしたよ。図画の時間にいなくなったって聞いたからね。
大急ぎで駆けつけてきたんだ。ここには大勢の先生方がいるから、
間違いなんて起きないと思ってはいたんだが、やっぱり心配でね。
そんな心配性のお父さんは嫌いかい?」
お父様は私をさらに強く抱きしめてこう言います。
「本当に、ごめんなさい」
私はお父様の胸の中で精一杯頭を振って小さな声を出します。
いえ、頭も胸も強く圧迫されてますから頭もろくに動きません。
その時は、お父様にだけ聞こえるような小さな声しかでませんで
した。
「いや、元気なら何よりだ。どこも怪我はしてないんだろう」
「はい」
「なら、それでいいんだ」
お父様はそこまで言ってようやく私を開放してくれます。
「あそこは尖った大きな岩がごろごろしてるし、マムシだって
スズメバチだっているみたいだから本当は怖いところなんだよ」
「はい、ごめんなさい」
私はお父様の目がちゃんと見れなくて、再び俯いてしまったの
ですが、お父様の顔が私の頬に寄ってきて小さな声で囁きます。
「ところで、お仕置きはちゃんと受けたのかい?」
「……はい」
私の声はお父様の声よりさらに小さくなりました。
「そう、それはよかった。だったら、お父さんがもう何も心配
することはないね。いつも通りの美咲ちゃんだ」
再び、頭をなでなで……
それってちょっぴり恥ずかしい瞬間。でも、お父様にされるの
なら、ちょっぴり嬉しいことでもありました。
「午後の最初の授業は何なの?」
「体育」
「そう、それじゃあダンスだね。今日はどんなダンスを習うの?
バレイ、現代舞踏、ジャズダンス、フォークダンスかな」
お父様にとって体育というのはダンスのことだったみたいです。
でも、これって無理もありませんでした。
実際、私たちの学校で行われていた体育の大半はダンスの授業
でしたから。
ただ、五年生になって、体育の先生が女性から男性に代わった
せいもあってその授業内容にも変化の兆しが……
「今日は違うよ。今日はね、ドッヂボールの試合をやることに
なってるの」
私の思いがけない答えに、お父様は目を丸くしてのけぞります。
大仰に驚いてみせます。
「ドッヂボール?そりゃまた過激だね。美咲ちゃん、できるの
かい?」
ドッヂボールは当時全国どこの小学校でも行われている定番の
ボールゲームでしたが、娘大事のお父様にとっては過激なボール
ゲームというイメージだったみたいです。
普段ボール遊びなんてしたことのないこの子たちが、はたして
ボールをちゃんとキャッチ出来るだろうか?
そんな疑問がわいたみたいでした。
「大丈夫だよ、ルールもちゃんと覚えたし先週もその前の週も
ちゃんとボールを取る練習したから」
私は自信満々に答えます。
ただ私たちがこうした試合を行う場合、問題はそういう事だけ
ではありませんでした。
そのことについは、また先にお話するとして、お父様は私の事
が解決したと判断されたのでしょう、関心が別に移っていました。
「あっ、遥、ちょっと待ちなさい。君にお話があるんだ」
お父様はいつの間にか、そうっとお父様のそばを離れてどこか
へ行ってしまいそうになっている遥お姉様を呼び止めます。
5mほど先で振り返ったお姉様、その顔はどうやら逃げ遅れた
という風にも見えます。
慌てたように遥お姉様の処へ小走りになったお父様は、途中、
私の方を振り返って……
「ドッヂボール頑張るんだよ。あとで見に行くからね」
と大きな声をかけてくださいます。
お父様は捕まえた遥お姉様と何やらそこでひそひそ話。
やがて、二人は連れ立って私から遠ざかっていきます。
でも、それって、私にとってはとっても寂しいことでした。
『何、話してたんだろう?……どこへ行ったんだろう?……私
には話したくないことかなあ?』
疑問がわきます。
そこで、そうっとそうっと、二人に気取られないようについて
行くことにしました。
すると……
『えっ!?』
二人は半地下への階段を下りて行きます。
『嘘でしょう!ここなの!?』
私は二人の行き先を確かめようとして、暗い階段の入口までは
やってきましたが、さすがにその先、階段を下りるのはためらい
ます。
だってそこは、私たち生徒が学校の先生からではなくお父様や
お母様、家庭教師などといった父兄からお仕置きを受けるための
部屋がずらりとたち並ぶ場所だったのです。
こんな場所、他の学校では考えられないでしょうが、私たちの
学校にはこんな不思議な施設があるのです。
この学校はもともと華族様たち専用の学校だったものをお父様
たち有志六名が買い取る形で運営されてきました。
ですから学校の教育方針にもお父様たちが強い影響力を持って
います。子どもたちへのお仕置きを多用しようと提案されたのも、
実は、学校の先生方ではなくお父様たちの強い意向だったのです。
そして、それは学校を運営していくなかで、さらに徹底されて
いきます。
ある日の会議で先生方が『学校としてはそこまではできません』
とおっしゃる厳しいお仕置きまでもお父様たちは望まれたのです。
それも罪を犯してからお仕置きまで余り間をおきたくないという
お考えのようで、あくまで学校でのお仕置きを…と望んでおいで
でした。
子どもは自分の過ちをすぐに忘れてしまいますから、家に帰る
まで待っていたらお仕置きの効果が薄れてしまうと主張をされた
みたいです。
議論は平行線でしたが……
そこで、お父様たちは一計を案じます。この学校の中に御自分
たちのプライベートスペースを設けたのです。
学校教育の中でできないなら、家庭内の折檻として行えばよい
とお考えになったみたいでした。
それがこの階段を下りた処にある七つの部屋だったのです。
そこは学校の中にある我が家という不思議な空間。
でも、子供たちにとってここはくつろげる場所ではありません
でした。
何しろ、ここはお仕置き専用の我が家なんですから、そりゃあ
たまったものじゃありませんでした。
*******************
小暮男爵 << §12 >>
小暮男爵
***<< §12 >>****
私たちの学校でのお昼はその為だけに作られた食堂で頂きます。
体育館の半分ほどの広さに丸い窓がアクセントのその部屋には
ペルシャ絨毯が敷き詰められクラスごとの大きなテーブルが置か
れていました。
テーブルに並ぶ食器もちょっぴり値の張る陶器や磁器、銀製品。
子供用のプラスチックやアルミの食器などでは真の躾はできない
とお父様方が揃えられたのでした。そのため、ここは子どもさえ
いなければここはまるでホテルの宴会場のようも見えます。
子供にはちょっと贅沢すぎる空間ですが、父兄の来校が自由な
この学校では家庭と学校の区別が明確でなくて家庭教師や身分の
あるお父様お母様が食事をなさるスペースも確保しておかなけれ
ばなりません。
そういった意味でも埃たつ教室に招いてプラスチックの食器で
食事をさせるというわけにはいきませんでした。
そんな食堂に最初にやってくるのは上級生のお姉さんが親しみ
を込めてチビちゃんと呼ぶ小学一年生から三年生の小学校下級生
の子たちです。
時間割の都合上このチビちゃんたちがたいてい一番のりでした。
彼らはまず中庭で摘んできた草花を各テーブルに置かれた一輪
挿しの花瓶に生けて回ります。
それが済むとお姉さま方のテーブルを回って、お皿やナイフ、
フォーク、スプーン、箸箱といったものを並べていきます。
身長がちょっぴり足りませんからそのための専用の踏み台まで
用意されていました。
もちろん私もチビちゃんと呼ばれていた頃はこれをやっていま
した。
でも、このお仕事、なぜか自分たちが食べる分の食器について
はやらないのです。
チビちゃんたちが食べる分を持ってくるのは少し遅れて食堂に
入って来る上級生のお姉さまたち。
まず厨房入った中学生のお姉さまグループがチビちゃんたちの
ための料理を盛り付け、小学四年生から六年生の上級生グループ
が配膳台でそれを受け取って、お腹をすかせたチビちゃんたちの
テーブルへ運びます。
要するに小学校高学年グループは、ウェートレスさんの仕事を
することになるのでした。
配膳台から出てくるチビちゃんたちの料理は色んな料理が一つ
のお皿に盛られたワンプレートスタイル。一見すると社員食堂や
学食などで提供される定食のようにも見えますが、アレルギーや
どうしてもその食材に手を着けられない子の為に個別の盛り付け
が細かく指示されていました。
そのため、お料理の取り違えが起こらないようにボールやお皿、
グラスにまでその子の好きな花が家紋代わりに描かれていますし、
箸も箸箱もその子専用。スプーンやフォークなどの食器には一つ
一つ名前が掘り込まれています。もちろん料理を運ぶトレイにも
ちゃんとその子の名前が貼り付けてありました。
つまりここの給食は一応決まった献立はあるのですが、その子
の事情に応じて料理も食器もすべてがオーダーメイドなのです。
ですから、給仕役の私たちもそれを間違えるわけにはいきません
でした。
食器と料理を慎重に確認してからトレイに乗せチビちゃんたち
の待つテーブルを回ります。
その子の前に来ても「愛子ちゃんのお皿、チューリップだった
わよね」って確認を取ります。
『何で上級生の私たちがチビちゃんたちの給仕役をやられるの』
という不満もないことはないのですが、それを先生に言うと……
「あなたたちは女の子なんだから当たり前です」
の一言で片付けられてしまいます。
実際、戦前は華族様専用の学校でしたから、当然こんな仕事も
ありませんでしたが、戦後お父様が学校を買い取られてからは、
『これからは何事も平民の流儀に習って…』と大きく方向転換を
されたんだそうです。
園長先生がおっしゃるには昔の名残りがあるのは胤子先生への
一礼と『ごきげんよう』というご挨拶だけなんだそうです。
私としては、料理をテーブルに運んで行くとチビちゃんたちが
必ず……
「ありがとうございます。お姉さま」
と笑顔で迎えてくれるのが励みでした。
これに対して料理を運んだ上級生は……
「午後も先生お友だちに囲まれて幸せが続きますように」
と返すのが一般的です。
その子の手を取って、ハンドキスをして別れます。
これは西洋の習慣ではなく、いつの頃からか始まったこの学校
独自のしきたりのようなものでした。
その後、私たちは同席される先生のために料理を運び中学生の
お姉様たちのテーブルも回ります。
そして最後が私たちのテーブルです。
文字通り小学校高学年組は給食の給仕役をやらされる訳ですが、
私自身はそれがそんなに苦痛ではありませんでした。
だって、そのことでみんな笑顔になってくれますから、人の役
に立っているという実感がありました。
大事な事はみんなで助け合って食事の準備をすること。他の人
にやっていただいたことには感謝すること。うちの学校にあって
は給食はそんな常識を学ぶ場だったのです。
さて、そうやって苦労のあげくいただく料理なんですが、実は
部屋の内装に比べるとそんなに豪華版じゃありません。
この日のメニューは、トマトシチューにサラダ、黒パン、牛乳、
ちょっぴりのフルーツといったところでしょうか。
シチューやサラダ、それにフルーツといったものはチビちゃん
たちとは違ってあえて個別にせずクラスごとに置かれた大きな鉢
にいれてあります。それを担任の小宮先生から分けてもらうこと
になっていました。
例外は月に一度だけ。外からシェフが来て本格的なコース料理
が振舞われます。
ただ、この日の料理は豪華ですが、テーブルマナーを学ぶのが
本来の目的ですから、お行儀よくしなければなりませんし、慣れ
ないフォークやナイフと格闘しなければなりません。おかげで、
お料理そのものをそんなに美味しいと感じる余裕はありませんで
した。
実は、さっき名前の彫られたフォークやナイフがあるって言い
ましたけど、実際は、あれ、お飾りなんです。
当時の私たちが日常的に使っていたのは、あくまで自分の箸箱
から取り出すマイ箸。チビちゃんたちはその方が食べやすいので
スプーンやフォークを使いますが、私たちの年齢になると大半が
箸を使って食べます。食卓には練習用にと毎回フォークやナイフ
が並べられますが、一度も料理に触れることなく下げられること
がほとんどでした。
そんなことより、女の子たちにとって一番のご馳走は気の置け
ないお友だちとのおしゃべり。これが何よりのご馳走なんです。
ですから、私たちは席に着くなりおしゃべり。園長先生が手を
叩いて一瞬場内が静まりますが、それが続くのは全員が唱和する
「いただきます」の瞬間まで。すぐにさっきの続きが始まります。
そんなおしゃべりを楽しむ大事な時間に慣れない洋食器は邪魔
な存在でしかありませんでした。
「ねえ、ねえ、お尻、痛かった?赤くなってるの?私のところ
からだと、前の子が邪魔になってはっきり見えなかったのよ」
お下げ髪の恵子ちゃんがあけすけに尋ねます。
『えっ、また……』
私はうんざり。そして、返事に困ります。
実はお仕置きが終わって図画教室に行く時も、授業が終わって
この食堂へ来る時もお友だちの話題はこればっかり。
私はお友だちからしつこく同じ質問を受けてます。
でも、その時は……
「私、慣れてるから」
なんて半笑いで応えていたのですが、父兄も同席しているこの
テーブルで言われるとさすがにカチンときます。
正直、『あなたさあ、他のお友だちの話、聞いてなかったの!』
って怒鳴りたい気分でした。
でもそれをやっちゃうと恥の上塗りにもなりますから、あえて
黙っていたのです。
「ダメよ、恵子ちゃん。場所柄をわきまえなさい。お食事中に
するお話じゃないでしょう」
さっそく、恵子の家庭教師、町田先生がたしなめます。
付き添いの家庭教師さんたちは授業中は教え子の様子を黙って
見守るだけですが、休み時間になると今の授業で分からなさそう
にしていた箇所をアドバイスを送りにやってきます。
そしてお昼にはこうして学校の先生のような顔をして教え子の
隣りに席を取り私たちと同じメニューの昼食をいただくのでした。
入学したての頃は右も左もわかりませんから学校まで着いきて
くれる華族同然の家庭教師の存在を頼もしく思っていましたが、
上級生ともなると、いつも監視される生活は逆にうっとうしいと
感じられることが多くなっていました。
ただ、こんな時は助かります。
今にして思うと、家庭教師がそばにいたから授業で分からない
処も即座にフォローされますし、お友だちから仲間はずれにされ
たり、虐められたりすることもありません。それに、うっかり、
今日の宿題を忘れてたとしても、家庭教師も一緒に聞いています
から家に帰ってからやり忘れるなんてこともありません。
それに何より一番大きな利点は、学校で落ち込むようなこと、
例えば今回のようなお仕置きなんかがあっても、家庭教師という
身内がその胸を貸してくれること、甘えさせてくれることでした。
「ねえ、広志君、鷲尾の谷ってどんな処なの?」
今度は美鈴ちゃんが広志君に尋ねています。
すると広志君は最初困った顔をしましたが、すぐに持ってきた
自分の絵を見せます。そして、ぶっきらぼうに……
「こういう処さ」
「わあ~~~」
「すご~~い」
「綺~~~麗」
たちまち、女の子たちが立ち上がり美鈴ちゃんの席は人だかり
ができます。
「ほらほら、食事中ですよ」
小宮先生の声も耳に入らないほどの人気だったのです。
「まわりの黒いふち何?」
「それ、洞穴だよ。そこから描いたんだ」
「ねえねえ、上から下がってるこの蔓は?」
「山葡萄」
「じゃあ、この岩の間に咲いてる花は?」
「山百合」
広志君は女の子の質問にそっけなく答えます。
「ねえ、この棒は何なの?」
「棒じゃないよ。雲の間から陽が差しているんだ」
「ねえ、こんなもくもくの雲なんて本当に湧くの?」
「湧くよ。榎田先生に聞いたけど、あの辺は気流の関係で黒く
て厚い雲が湧きやすいんだって……学校は高い処にあるからこの
雲は見えないんだ」
広志君の絵は小学生としてはとても細密で遠くの町の様子まで
細かく描きわけてあります。
こんな細かな絵ですから、図画授業の時間内ではまだ完成して
いませんでしたが、その未完成の絵を見たいという希望者は子供
だけではなかったのです。
「ほらほら、席へ戻りなさい」
小宮先生がそう言って美鈴ちゃんから絵を取上げると、今度は
家庭教師の人たちがその絵を一目見ようと席を立ちます。
「わあ、こんな表現、小学生がするのね。しかも様になってる
ところが凄いわ」
「本当。神秘的ね。この光の帯から本当に天使が降りてきそう
だもの」
「ねえ、この百合よく描けてると思わない。まさに谷間に咲く
白百合って感じかしら」
「私はこの街のシルエットがたまらないわ。よくこんなに精密
に描けるもんね」
小宮先生は群がる家庭教師軍団に呆れ顔。これでは叱ったはず
の生徒に示しがつきませんでした。
でも、それほどまでに広志君の絵は上手だったのです。
一方、その頃、当の広志君はというと、自分の絵が評価されて
いることにはまったく興味がない様子で、隣のテーブルにばかり
視線を走らせています。
『?』
視線の先を追うとそこは六年生のテーブル。そしてそこに何が
あったかというと、大きな鏡でした。
前にも説明したように、鏡というのは私たちの隠語で、実際は
磨かれた鉄板です。その鉄板を座面に敷いて女の子が一人、食堂
の椅子に腰を下ろしています。
『あれかあ』
女の子はスカートを目一杯広げて何とか鉄の座布団を隠そうと
していますが、鏡の角が飛び出して光っています。
当然、光の奥はノーパン。
広志君はそれを見ていたのでした。
『まったく、男の子ってどうしてああなんだろう』
私は広志君に軽蔑の眼差しを送りましたが、当の広志君は……
もう夢中で、私の事など気づく様子がありません。
実は、昼食の最中は授業ではありませんから、ちょっとぐらい
の粗相では罰は受けないものなのです。
それがこうして昼食の最中も鏡を敷かされてるわけですから、
瑞穂お姉様ったら前の授業でよほど担任の先生を怒らせたに違い
ありませんでした。
「ねえ、ジロジロ見てたらみっともないわよ」
私が広志君に注意すると……
「いいじゃないか、お仕置きなんだもん。僕らだってたっぷり
見られたんだし……自業自得だよ」
「だって、可哀想でしょう」
「そんなことないよ。僕たちの方がよっぽど可哀想だよ。お尻
までみんなに見られたんだよ」
「そりゃそうだけど、笑わなくてもいいでしょう……」
「別に笑ってなんかいないよ。でも、お昼の時間まで鏡の上に
座らされてるんだもん。これからきっと厳しいお仕置きがあると
思うよ。それを想像してると何だか楽しくなっちゃうんだよね。
美咲ちゃんはそんなの思わないの?」
「思いません!」
急に声が大きくなってしまいました。
「まったく、男の子って悪趣味ね。よその子の不幸を利用して
楽しむなんて……そっとしておいてあげればいいじゃないの」
「いいじゃないか、思うだけなんだから……誰にも迷惑かけて
ないもん」
広志君口を尖らせます。
「…………」私は呆れたという顔をします。
でも、そう言ってる私だって、表向きはともかく、心の中では
思わず、瑞穂お姉さまが鏡の上に座っている原因をあれこれ想像
してしまうのでした。
『ほんと、瑞穂お姉様どうしたのかしら?単元テストの成績が
ものすごく悪かったとか……』
単元テストというのは一学期に十回ほどある業者テストのこと
で、復習を兼ねて行われます。九十点と言いたいところですが、
女の子の場合は八十点を越えていればお咎めなしでした。
『違うなあ、あのテストはたとえ六十点でも、やらされるのは
たいてい担任の先生との居残り特訓だけだもの』
『カンニング!?……もしそうなら、そりゃあ怖いことになる
かもしれないけど、まさかね。瑞穂お姉さまは頭がいいんだもの。
そんな必要ないわ』
『それとも、先生に悪戯?……お姉様、わりと好きなのよね。
ブウブウクッションを先生の椅子に仕込むとか、蛇や蛙の玩具を
引き出しに入れておくとか。……ん~~でも瑞穂お姉様が今さら
そんな子供じみたことするはずないか……』
『先生にたてついた?……ちょっと癇癪持ちだけど、栗山先生
とは仲がいいもんね、学級委員やらされてるくらいだから、ない
よね………廊下を走った?……そんな事ぐらいじゃこんな罰受け
ないか………お友だちとの喧嘩した?……たしかにあれで男の子
みたいな処もあるけど……』
いくら考えても答えなんて出てくるはずがありません。
もちろん、直接、本人に確かめるのが手っ取り早いでしょうが、
それって嫌われちゃう可能性もありますから、女の子としては、
そんなリスクを犯してまで尋ねてみたいとは思いませんでした。
ところが……
その答えは、意外に早くやってきます。
話題のテーブルから、六年生の担任、栗山先生がお鍋を抱えて
こちらのテーブルへやって来たのでした。
栗山先生は私たちの小宮先生に尋ねます。
「ねえ、シチュー残っちゃってるけど、食べない?」
「どうしたの?いつも足らないって言ってるくせに……」
「今日は全員食欲がないみたいなのよ」
当初の用件はコレだったのですが……
「原因は、あれ?」
小宮先生は瑞穂お姉様に視線を送ります。
「察しがいいわね。そういうことよ」
「ねえ、ミホ(瑞穂)、どうしたの?」
小宮先生が私に代わって尋ねてくださったのでした。
「前の時間、時間が中途半端になっちゃったから自習にしてた
んだけど……あの子たち、自習時間の最中に二階から飛び降りて
遊んでたのよ」
「二階から!?」
「ほら、私の教室の窓の下に伐採した枝や葉っぱが集められて
て小山になってるところがあるでしょう。あそこに向かって飛び
降りる遊びを始めちゃったってわけ」
「危ないことするわね。一歩間違えれば大怪我じゃないの。…
…で、それをミホ(瑞穂)が?」
「そうなのよ。あの子、他人に乗せられやすいのよ。友だちに
囃し立てられられるとつい悪ふざけしちゃって、どうやら三回も
窓の庇から飛んだらしいわ」
「帰りは?」
「正々堂々、玄関からご帰還よ。……何度も何度も同じ生徒が
廊下を通るんでおかしいと思って窓の外に身を乗り出してみたら、
女の子が傘を差してスカートを翻して二階の窓から飛び降りるの
を発見したってわけ」
「で、誰に見つかったの?」
「梅津先生」
「おや、おや、一番まずいのに見つかっちゃったわけだ」
「こうなったら、私だって叱らないわけにはいかないでしょう。
瑞穂と囃し立ててた数人を運動場に連れて行って、全員を肋木に
縛りつけてお尻叩き」
「パンツ下ろして?」
「そこまではしないけど、スカートは上げて革のスリッパよ」
「どおりでポンポンと小気味のいい音が運動場から聞こえると
思ったわ。それって、私がこの子たちをお仕置きしたせいよね。
ごめんなさい。とんだ肉体労働させちゃったわね」
「違うわよ。そういう事言ってるんじゃないの。だってそんな
ことはお互い様ですもの。そうじゃなくて、この子たちも、もう
六年生だし、お鞭の味も少しは覚えさせておこうかと思って…」
「それで、食事も喉を通らないってわけね」
「瑞穂さすがに応えたみたいで、お尻叩きの後も泣いてたから
お仕置きも兼ねてお尻を冷やさせてるのよ」
先生二人はひそひそ話でしたが、私は聞き耳をたててすべてを
知りつくします。
『瑞穂お姉さま、この分じゃお家に帰ってからもお仕置きね』
私は思わずお灸を据えられて悲鳴を上げている瑞穂お姉さまを
想像してしまいます。
それって、悲劇でも同情でも何でもありませんでした。
邪まな思いが私の心を喜ばせ、いつしか口元が緩みます。
ここまで来ると、私に広志君のことをとやかく言う資格なんて
ありませんでした。
そして、それはいつしか瑞穂お姉さまではなく私自身がお父様
からお仕置きを受けている映像へと変化していきます。
誰にも気取られないように平静を装ってはいましたが、心の中
ではどす黒い雲が幾重にも渦を捲いて神様から頂いた清らかな光
を閉じ込めています。
甘い蜜がが身体の中心線を痺れさせ子宮を絞ります。
吐息が漏れ呼吸が速くなります。
『私も、鏡を敷いて震えてみたい。お父様からお仕置きされて
みたい。身体が木っ端微塵になるほどお尻を叩かれたい。そして、
最後はお父様の胸の中で愛されるの。幸せだろうなあ』
邪悪な願望が心の中で渦巻いて、糸巻き車の針に指を刺すよう
迫ってきます。
最もして欲しくないことなのに、本当にそうなったら逃げ回る
くせに、私の心は悲劇を渇望してさ迷います。
その悲劇の先にはなぜか悦楽の都があるような気がして……
こんな不思議な気持って、恐らく私が生まれて初めて経験する
気持でした。
**********************
***<< §12 >>****
私たちの学校でのお昼はその為だけに作られた食堂で頂きます。
体育館の半分ほどの広さに丸い窓がアクセントのその部屋には
ペルシャ絨毯が敷き詰められクラスごとの大きなテーブルが置か
れていました。
テーブルに並ぶ食器もちょっぴり値の張る陶器や磁器、銀製品。
子供用のプラスチックやアルミの食器などでは真の躾はできない
とお父様方が揃えられたのでした。そのため、ここは子どもさえ
いなければここはまるでホテルの宴会場のようも見えます。
子供にはちょっと贅沢すぎる空間ですが、父兄の来校が自由な
この学校では家庭と学校の区別が明確でなくて家庭教師や身分の
あるお父様お母様が食事をなさるスペースも確保しておかなけれ
ばなりません。
そういった意味でも埃たつ教室に招いてプラスチックの食器で
食事をさせるというわけにはいきませんでした。
そんな食堂に最初にやってくるのは上級生のお姉さんが親しみ
を込めてチビちゃんと呼ぶ小学一年生から三年生の小学校下級生
の子たちです。
時間割の都合上このチビちゃんたちがたいてい一番のりでした。
彼らはまず中庭で摘んできた草花を各テーブルに置かれた一輪
挿しの花瓶に生けて回ります。
それが済むとお姉さま方のテーブルを回って、お皿やナイフ、
フォーク、スプーン、箸箱といったものを並べていきます。
身長がちょっぴり足りませんからそのための専用の踏み台まで
用意されていました。
もちろん私もチビちゃんと呼ばれていた頃はこれをやっていま
した。
でも、このお仕事、なぜか自分たちが食べる分の食器について
はやらないのです。
チビちゃんたちが食べる分を持ってくるのは少し遅れて食堂に
入って来る上級生のお姉さまたち。
まず厨房入った中学生のお姉さまグループがチビちゃんたちの
ための料理を盛り付け、小学四年生から六年生の上級生グループ
が配膳台でそれを受け取って、お腹をすかせたチビちゃんたちの
テーブルへ運びます。
要するに小学校高学年グループは、ウェートレスさんの仕事を
することになるのでした。
配膳台から出てくるチビちゃんたちの料理は色んな料理が一つ
のお皿に盛られたワンプレートスタイル。一見すると社員食堂や
学食などで提供される定食のようにも見えますが、アレルギーや
どうしてもその食材に手を着けられない子の為に個別の盛り付け
が細かく指示されていました。
そのため、お料理の取り違えが起こらないようにボールやお皿、
グラスにまでその子の好きな花が家紋代わりに描かれていますし、
箸も箸箱もその子専用。スプーンやフォークなどの食器には一つ
一つ名前が掘り込まれています。もちろん料理を運ぶトレイにも
ちゃんとその子の名前が貼り付けてありました。
つまりここの給食は一応決まった献立はあるのですが、その子
の事情に応じて料理も食器もすべてがオーダーメイドなのです。
ですから、給仕役の私たちもそれを間違えるわけにはいきません
でした。
食器と料理を慎重に確認してからトレイに乗せチビちゃんたち
の待つテーブルを回ります。
その子の前に来ても「愛子ちゃんのお皿、チューリップだった
わよね」って確認を取ります。
『何で上級生の私たちがチビちゃんたちの給仕役をやられるの』
という不満もないことはないのですが、それを先生に言うと……
「あなたたちは女の子なんだから当たり前です」
の一言で片付けられてしまいます。
実際、戦前は華族様専用の学校でしたから、当然こんな仕事も
ありませんでしたが、戦後お父様が学校を買い取られてからは、
『これからは何事も平民の流儀に習って…』と大きく方向転換を
されたんだそうです。
園長先生がおっしゃるには昔の名残りがあるのは胤子先生への
一礼と『ごきげんよう』というご挨拶だけなんだそうです。
私としては、料理をテーブルに運んで行くとチビちゃんたちが
必ず……
「ありがとうございます。お姉さま」
と笑顔で迎えてくれるのが励みでした。
これに対して料理を運んだ上級生は……
「午後も先生お友だちに囲まれて幸せが続きますように」
と返すのが一般的です。
その子の手を取って、ハンドキスをして別れます。
これは西洋の習慣ではなく、いつの頃からか始まったこの学校
独自のしきたりのようなものでした。
その後、私たちは同席される先生のために料理を運び中学生の
お姉様たちのテーブルも回ります。
そして最後が私たちのテーブルです。
文字通り小学校高学年組は給食の給仕役をやらされる訳ですが、
私自身はそれがそんなに苦痛ではありませんでした。
だって、そのことでみんな笑顔になってくれますから、人の役
に立っているという実感がありました。
大事な事はみんなで助け合って食事の準備をすること。他の人
にやっていただいたことには感謝すること。うちの学校にあって
は給食はそんな常識を学ぶ場だったのです。
さて、そうやって苦労のあげくいただく料理なんですが、実は
部屋の内装に比べるとそんなに豪華版じゃありません。
この日のメニューは、トマトシチューにサラダ、黒パン、牛乳、
ちょっぴりのフルーツといったところでしょうか。
シチューやサラダ、それにフルーツといったものはチビちゃん
たちとは違ってあえて個別にせずクラスごとに置かれた大きな鉢
にいれてあります。それを担任の小宮先生から分けてもらうこと
になっていました。
例外は月に一度だけ。外からシェフが来て本格的なコース料理
が振舞われます。
ただ、この日の料理は豪華ですが、テーブルマナーを学ぶのが
本来の目的ですから、お行儀よくしなければなりませんし、慣れ
ないフォークやナイフと格闘しなければなりません。おかげで、
お料理そのものをそんなに美味しいと感じる余裕はありませんで
した。
実は、さっき名前の彫られたフォークやナイフがあるって言い
ましたけど、実際は、あれ、お飾りなんです。
当時の私たちが日常的に使っていたのは、あくまで自分の箸箱
から取り出すマイ箸。チビちゃんたちはその方が食べやすいので
スプーンやフォークを使いますが、私たちの年齢になると大半が
箸を使って食べます。食卓には練習用にと毎回フォークやナイフ
が並べられますが、一度も料理に触れることなく下げられること
がほとんどでした。
そんなことより、女の子たちにとって一番のご馳走は気の置け
ないお友だちとのおしゃべり。これが何よりのご馳走なんです。
ですから、私たちは席に着くなりおしゃべり。園長先生が手を
叩いて一瞬場内が静まりますが、それが続くのは全員が唱和する
「いただきます」の瞬間まで。すぐにさっきの続きが始まります。
そんなおしゃべりを楽しむ大事な時間に慣れない洋食器は邪魔
な存在でしかありませんでした。
「ねえ、ねえ、お尻、痛かった?赤くなってるの?私のところ
からだと、前の子が邪魔になってはっきり見えなかったのよ」
お下げ髪の恵子ちゃんがあけすけに尋ねます。
『えっ、また……』
私はうんざり。そして、返事に困ります。
実はお仕置きが終わって図画教室に行く時も、授業が終わって
この食堂へ来る時もお友だちの話題はこればっかり。
私はお友だちからしつこく同じ質問を受けてます。
でも、その時は……
「私、慣れてるから」
なんて半笑いで応えていたのですが、父兄も同席しているこの
テーブルで言われるとさすがにカチンときます。
正直、『あなたさあ、他のお友だちの話、聞いてなかったの!』
って怒鳴りたい気分でした。
でもそれをやっちゃうと恥の上塗りにもなりますから、あえて
黙っていたのです。
「ダメよ、恵子ちゃん。場所柄をわきまえなさい。お食事中に
するお話じゃないでしょう」
さっそく、恵子の家庭教師、町田先生がたしなめます。
付き添いの家庭教師さんたちは授業中は教え子の様子を黙って
見守るだけですが、休み時間になると今の授業で分からなさそう
にしていた箇所をアドバイスを送りにやってきます。
そしてお昼にはこうして学校の先生のような顔をして教え子の
隣りに席を取り私たちと同じメニューの昼食をいただくのでした。
入学したての頃は右も左もわかりませんから学校まで着いきて
くれる華族同然の家庭教師の存在を頼もしく思っていましたが、
上級生ともなると、いつも監視される生活は逆にうっとうしいと
感じられることが多くなっていました。
ただ、こんな時は助かります。
今にして思うと、家庭教師がそばにいたから授業で分からない
処も即座にフォローされますし、お友だちから仲間はずれにされ
たり、虐められたりすることもありません。それに、うっかり、
今日の宿題を忘れてたとしても、家庭教師も一緒に聞いています
から家に帰ってからやり忘れるなんてこともありません。
それに何より一番大きな利点は、学校で落ち込むようなこと、
例えば今回のようなお仕置きなんかがあっても、家庭教師という
身内がその胸を貸してくれること、甘えさせてくれることでした。
「ねえ、広志君、鷲尾の谷ってどんな処なの?」
今度は美鈴ちゃんが広志君に尋ねています。
すると広志君は最初困った顔をしましたが、すぐに持ってきた
自分の絵を見せます。そして、ぶっきらぼうに……
「こういう処さ」
「わあ~~~」
「すご~~い」
「綺~~~麗」
たちまち、女の子たちが立ち上がり美鈴ちゃんの席は人だかり
ができます。
「ほらほら、食事中ですよ」
小宮先生の声も耳に入らないほどの人気だったのです。
「まわりの黒いふち何?」
「それ、洞穴だよ。そこから描いたんだ」
「ねえねえ、上から下がってるこの蔓は?」
「山葡萄」
「じゃあ、この岩の間に咲いてる花は?」
「山百合」
広志君は女の子の質問にそっけなく答えます。
「ねえ、この棒は何なの?」
「棒じゃないよ。雲の間から陽が差しているんだ」
「ねえ、こんなもくもくの雲なんて本当に湧くの?」
「湧くよ。榎田先生に聞いたけど、あの辺は気流の関係で黒く
て厚い雲が湧きやすいんだって……学校は高い処にあるからこの
雲は見えないんだ」
広志君の絵は小学生としてはとても細密で遠くの町の様子まで
細かく描きわけてあります。
こんな細かな絵ですから、図画授業の時間内ではまだ完成して
いませんでしたが、その未完成の絵を見たいという希望者は子供
だけではなかったのです。
「ほらほら、席へ戻りなさい」
小宮先生がそう言って美鈴ちゃんから絵を取上げると、今度は
家庭教師の人たちがその絵を一目見ようと席を立ちます。
「わあ、こんな表現、小学生がするのね。しかも様になってる
ところが凄いわ」
「本当。神秘的ね。この光の帯から本当に天使が降りてきそう
だもの」
「ねえ、この百合よく描けてると思わない。まさに谷間に咲く
白百合って感じかしら」
「私はこの街のシルエットがたまらないわ。よくこんなに精密
に描けるもんね」
小宮先生は群がる家庭教師軍団に呆れ顔。これでは叱ったはず
の生徒に示しがつきませんでした。
でも、それほどまでに広志君の絵は上手だったのです。
一方、その頃、当の広志君はというと、自分の絵が評価されて
いることにはまったく興味がない様子で、隣のテーブルにばかり
視線を走らせています。
『?』
視線の先を追うとそこは六年生のテーブル。そしてそこに何が
あったかというと、大きな鏡でした。
前にも説明したように、鏡というのは私たちの隠語で、実際は
磨かれた鉄板です。その鉄板を座面に敷いて女の子が一人、食堂
の椅子に腰を下ろしています。
『あれかあ』
女の子はスカートを目一杯広げて何とか鉄の座布団を隠そうと
していますが、鏡の角が飛び出して光っています。
当然、光の奥はノーパン。
広志君はそれを見ていたのでした。
『まったく、男の子ってどうしてああなんだろう』
私は広志君に軽蔑の眼差しを送りましたが、当の広志君は……
もう夢中で、私の事など気づく様子がありません。
実は、昼食の最中は授業ではありませんから、ちょっとぐらい
の粗相では罰は受けないものなのです。
それがこうして昼食の最中も鏡を敷かされてるわけですから、
瑞穂お姉様ったら前の授業でよほど担任の先生を怒らせたに違い
ありませんでした。
「ねえ、ジロジロ見てたらみっともないわよ」
私が広志君に注意すると……
「いいじゃないか、お仕置きなんだもん。僕らだってたっぷり
見られたんだし……自業自得だよ」
「だって、可哀想でしょう」
「そんなことないよ。僕たちの方がよっぽど可哀想だよ。お尻
までみんなに見られたんだよ」
「そりゃそうだけど、笑わなくてもいいでしょう……」
「別に笑ってなんかいないよ。でも、お昼の時間まで鏡の上に
座らされてるんだもん。これからきっと厳しいお仕置きがあると
思うよ。それを想像してると何だか楽しくなっちゃうんだよね。
美咲ちゃんはそんなの思わないの?」
「思いません!」
急に声が大きくなってしまいました。
「まったく、男の子って悪趣味ね。よその子の不幸を利用して
楽しむなんて……そっとしておいてあげればいいじゃないの」
「いいじゃないか、思うだけなんだから……誰にも迷惑かけて
ないもん」
広志君口を尖らせます。
「…………」私は呆れたという顔をします。
でも、そう言ってる私だって、表向きはともかく、心の中では
思わず、瑞穂お姉さまが鏡の上に座っている原因をあれこれ想像
してしまうのでした。
『ほんと、瑞穂お姉様どうしたのかしら?単元テストの成績が
ものすごく悪かったとか……』
単元テストというのは一学期に十回ほどある業者テストのこと
で、復習を兼ねて行われます。九十点と言いたいところですが、
女の子の場合は八十点を越えていればお咎めなしでした。
『違うなあ、あのテストはたとえ六十点でも、やらされるのは
たいてい担任の先生との居残り特訓だけだもの』
『カンニング!?……もしそうなら、そりゃあ怖いことになる
かもしれないけど、まさかね。瑞穂お姉さまは頭がいいんだもの。
そんな必要ないわ』
『それとも、先生に悪戯?……お姉様、わりと好きなのよね。
ブウブウクッションを先生の椅子に仕込むとか、蛇や蛙の玩具を
引き出しに入れておくとか。……ん~~でも瑞穂お姉様が今さら
そんな子供じみたことするはずないか……』
『先生にたてついた?……ちょっと癇癪持ちだけど、栗山先生
とは仲がいいもんね、学級委員やらされてるくらいだから、ない
よね………廊下を走った?……そんな事ぐらいじゃこんな罰受け
ないか………お友だちとの喧嘩した?……たしかにあれで男の子
みたいな処もあるけど……』
いくら考えても答えなんて出てくるはずがありません。
もちろん、直接、本人に確かめるのが手っ取り早いでしょうが、
それって嫌われちゃう可能性もありますから、女の子としては、
そんなリスクを犯してまで尋ねてみたいとは思いませんでした。
ところが……
その答えは、意外に早くやってきます。
話題のテーブルから、六年生の担任、栗山先生がお鍋を抱えて
こちらのテーブルへやって来たのでした。
栗山先生は私たちの小宮先生に尋ねます。
「ねえ、シチュー残っちゃってるけど、食べない?」
「どうしたの?いつも足らないって言ってるくせに……」
「今日は全員食欲がないみたいなのよ」
当初の用件はコレだったのですが……
「原因は、あれ?」
小宮先生は瑞穂お姉様に視線を送ります。
「察しがいいわね。そういうことよ」
「ねえ、ミホ(瑞穂)、どうしたの?」
小宮先生が私に代わって尋ねてくださったのでした。
「前の時間、時間が中途半端になっちゃったから自習にしてた
んだけど……あの子たち、自習時間の最中に二階から飛び降りて
遊んでたのよ」
「二階から!?」
「ほら、私の教室の窓の下に伐採した枝や葉っぱが集められて
て小山になってるところがあるでしょう。あそこに向かって飛び
降りる遊びを始めちゃったってわけ」
「危ないことするわね。一歩間違えれば大怪我じゃないの。…
…で、それをミホ(瑞穂)が?」
「そうなのよ。あの子、他人に乗せられやすいのよ。友だちに
囃し立てられられるとつい悪ふざけしちゃって、どうやら三回も
窓の庇から飛んだらしいわ」
「帰りは?」
「正々堂々、玄関からご帰還よ。……何度も何度も同じ生徒が
廊下を通るんでおかしいと思って窓の外に身を乗り出してみたら、
女の子が傘を差してスカートを翻して二階の窓から飛び降りるの
を発見したってわけ」
「で、誰に見つかったの?」
「梅津先生」
「おや、おや、一番まずいのに見つかっちゃったわけだ」
「こうなったら、私だって叱らないわけにはいかないでしょう。
瑞穂と囃し立ててた数人を運動場に連れて行って、全員を肋木に
縛りつけてお尻叩き」
「パンツ下ろして?」
「そこまではしないけど、スカートは上げて革のスリッパよ」
「どおりでポンポンと小気味のいい音が運動場から聞こえると
思ったわ。それって、私がこの子たちをお仕置きしたせいよね。
ごめんなさい。とんだ肉体労働させちゃったわね」
「違うわよ。そういう事言ってるんじゃないの。だってそんな
ことはお互い様ですもの。そうじゃなくて、この子たちも、もう
六年生だし、お鞭の味も少しは覚えさせておこうかと思って…」
「それで、食事も喉を通らないってわけね」
「瑞穂さすがに応えたみたいで、お尻叩きの後も泣いてたから
お仕置きも兼ねてお尻を冷やさせてるのよ」
先生二人はひそひそ話でしたが、私は聞き耳をたててすべてを
知りつくします。
『瑞穂お姉さま、この分じゃお家に帰ってからもお仕置きね』
私は思わずお灸を据えられて悲鳴を上げている瑞穂お姉さまを
想像してしまいます。
それって、悲劇でも同情でも何でもありませんでした。
邪まな思いが私の心を喜ばせ、いつしか口元が緩みます。
ここまで来ると、私に広志君のことをとやかく言う資格なんて
ありませんでした。
そして、それはいつしか瑞穂お姉さまではなく私自身がお父様
からお仕置きを受けている映像へと変化していきます。
誰にも気取られないように平静を装ってはいましたが、心の中
ではどす黒い雲が幾重にも渦を捲いて神様から頂いた清らかな光
を閉じ込めています。
甘い蜜がが身体の中心線を痺れさせ子宮を絞ります。
吐息が漏れ呼吸が速くなります。
『私も、鏡を敷いて震えてみたい。お父様からお仕置きされて
みたい。身体が木っ端微塵になるほどお尻を叩かれたい。そして、
最後はお父様の胸の中で愛されるの。幸せだろうなあ』
邪悪な願望が心の中で渦巻いて、糸巻き車の針に指を刺すよう
迫ってきます。
最もして欲しくないことなのに、本当にそうなったら逃げ回る
くせに、私の心は悲劇を渇望してさ迷います。
その悲劇の先にはなぜか悦楽の都があるような気がして……
こんな不思議な気持って、恐らく私が生まれて初めて経験する
気持でした。
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小暮男爵
***<< §11 >>****
次は広志君の番。
お仕置きの手順は私の時とまったく一緒です。
小宮先生の目の前で膝まづいて、両手を胸の前で組みます。
この時は嘘でも申し訳ないという顔をしなければなりません。
もし怒った顔なんかすると、いつまでもお膝の上に呼んでもらえ
ませんから、ずっとこのまま放置されちゃいます。
『お顔を作るというのも女の子の大事な素養なの。お尻叩きが
不満なら他の罰でもいいのよ』
なんて、言われて……
もちろんそれがやさしい方の罰に切り替わることは期待できま
せんでした。
広志君は男の子ですが、そこはちゃんと出来ていました。
すがるような眼差しは、たとえ演技でも私ぐっときちゃいます。
「僕は悪い子でした。どうかお仕置きでいい子にしてください」
お友だちの見ている前でこのお約束の言葉はとても恥ずかしく
て、私なんて嫌で嫌で仕方がありませんでした。でも、広志君が
宣誓する姿はとても神々しくて絵になります。
ジョシュア・レイノルズさんの『祈る少年サムエル』といった
感じでしょうか。保健室の壁に掛けてあった絵を思い出します。
これが、生理の同じ女の子だったら……
『あ~あ、この子、殊勝な顔してるけど、お腹の中では何考え
てるやら……』
なんて邪まなことばかりが頭に浮かぶところですが、広志君の
場合は男の子。女の子には男の子の生理は理解できませんから、
逆に、その姿を美化しがちになります。
私は広志君の祈る姿を見ていると、そこに無垢な気持を感じて、
不思議と自分まで心が洗われる気分になるのでした。
「さあ、いらっしゃい」
広志君、いよいよ小宮先生のお膝に呼ばれます。
「はい、先生」
広志君。何も抵抗しませんでした。
先生のお膝の上にうつ伏せになり、体操着のズボンとパンツが
一緒に引き下ろされます。
『わあ、男の子のお尻だ』
私は広志君のその可愛く締まったお尻が現れると胸がキュンと
なりました。
お父様とは一緒にお風呂に入りますから、大人のお尻は見慣れ
ていたのですが、同世代の男の子のお尻を間近に見るチャンスは
滅多にありませんでした。
私は何だかここにいてはいけない気がしてそっ~と後ずさり。
お友だちの群れの中に紛れ込もうとします。
すると……
「あら、美咲ちゃん。どこへ行くの?逃げないでちゃんと見て
いてちょうだい。あなたへのお仕置きは終わったけど、広志君は
まだ終わってないでしょう。あなたたちは一蓮托生。お互い最後
まで見届けてあげるのが礼儀よ」
「はい、先生」
私は逃げ損なって元の位置に戻ります。
そこはお尻叩きを始める小宮先生の肩口。広志君のお尻が他の
誰よりはっきり見える場所でした。
でも、そこで、私、ふっと考えたのです。
『私が、今、こうして広志君のお尻を間近に見てるってことは、
……私も、あの時、こんな至近距離で広志君から見られてたって
ことなの?』
その時の私はもう無我夢中でしたから、周囲に気を配る余裕が
ありません。
『嘘でしょう』
私は今さらながら顔を赤らめます。
でも、そう考えるていると……
『私だってヒロ君のお尻を見ないと損じゃないのかなあ』
なんてね、卑しい心が芽生えてきて、もう半歩進んでヒロ君の
お尻を覗き込み始めました。
『やだあ。可愛い』
男の子のお尻は小さくて引き締まっていて、女の子のそれとは
違います。こうなると、私は何だか得した気分でした。
「さてと……ちょっと拝見するわね」
小宮先生は、現れたヒロ君のお尻をまずは点検し始めます。
これは私にはしなかったことでした。
先生はヒロ君の尾てい骨の谷間を開いたり、太股を広げるだけ
広げてその奥を確認したりします。
『いったい何をしてるんだろう?』
私が疑問に思っていると、そのお尻の谷間、その尾てい骨の上
に小さな痕跡を発見したのでした。
先生は静かにそこを撫でます。
『そうか、ヒロ君、こんな処にお灸を据えられてたんだ』
私は、かつて友だちから見せてもらった経験がありますから、
それがお灸の痕だと分かったんです。
たしかにこんな場所、よほどの事がなければ他人から見られる
心配がありません。そのあたりはヒロ君のお母様だってとっても
気を使ってお灸のお仕置きをなさっていたみたいでした。
ただ、この時の私にとって問題だったのはそこではありません
でした。
先生がヒロ君の太股を開いた時に、私、見えてしまったんです。
『えっ!嘘でしょう……』
その瞬間、全身に弱い電気が走って金縛りにあったように立ち
尽くします。動けないというより目を閉じることさえ出来ないの
です。
『……!!!……』
やっとの思いで目を閉じても残像が残って脳裏から離れません。
それって、そもそも女の子が見てはいけないものだったのです。
変な話、私はお父様と一緒にお風呂に入りますからお父様の姿
は毎日のように見ているんです。でも、ヒロ君のそれはまったく
別物でした。その生々しさに、私、窒息しそうでしたから。
『うっ!!!吐きそう……』
それは色や形や大きさといった外形じゃありません。
そもそもお父様は子どもとは違う世界で生きているお方です。
ですから、たとえどんな物であってもそれはそれでいいんです。
でも、どんなに小さなものでも同じ子どもの世界にそれが存在
しているのはショックでした。
これって男性にはきっと怒られることだと思いますが、女の子
って『人はすべからくお臍の下はみんな谷間になっていなければ
ならない』と思っているんです。ですから、広志君のお臍の下に
何かついてるなどと想像したことはこれまでありませんでした。
変ですか?……でも、そうなんです。
女の子の頭の中では『事実は事実として知っていても気持は別』
なんてことがよくあるんです。自然にそうなるんです。
そして女の子はその気持の部分で人とお付き合いするのでした。
「あなた、ここ最近は、お母様から新しいお仕置きを受けてい
ないみたいね。いい子にしてたの?」
小宮先生は納得したようにつぶやきます。
小宮先生の目的はどうやらお灸の痕の確認のようです。新しく
お灸を据えられた箇所がないか、以前据えられた場所の痕が大き
くなっていないか、それをチェックしていたのでした。
広志君の灸痕は尾てい骨の他、太股の付け根あたりにもありま
した。お母様から、目立たない処を選んで据えられていたみたい
ですが、お仕置きですから、この場合、ツボは関係ありません。
この時、小宮先生はそこまであらためませんでしたが、ヒロ君、
袋の裏や竿の根元なんかにも据えられていたようです。
はははははは、お話が下品になりました。いや、ごめんなさい。
先へ行きましょう。
小宮先生はお灸の痕を調べ終わると、広志君にあらためて尋ね
ます。
「あなた、あそこへ行くのは今日で何回目?」
「えっと……三回目です」
広志君がそう答えた瞬間でした。
「ピシッ」
スナップのきいた平手が広志君のお尻をとらえます。
「嘘おっしゃい。またそうやっていい子ぶるんだから。それは
お仕置きを受けた回数でしょう。私がききたいのはあなたが実際
にあそこへ行った回数よ」
『えっ?』
「ピシッ」
ここでまた一つ、平手がお尻に……
「あっ…………」
広志君は『あっ』と言ったあと、黙ってしまいます。自分の事
を思い返してるみたいでしたが、答えはでてきません。
「どうしたの?多すぎて数え切れない?今日は、たまたま見つ
かっちゃったってことかしら……」
「ピシッ」
「あっあっあっ」
広志君、不意を衝かれたのか顔色が変わり首を横に激しく振り
ます。声にはださなくても、『痛いよう』というサインでした。
「お尻叩きだけではあらたまりそうにないのなら……お母様に
許可を頂いて、特別室でお灸って手もあるのよ。お灸のお仕置き
は最近ごぶさたしてるみたいだから効果があるかもしれないわね」
「ピシッ」
「いや、だめ、そんなことしないで」
広志君は慌てたように叫びます。
それは、広志君にとってお灸がそれだけ恐いお仕置きだという
証しでした。
広志君は、お灸のお仕置きを何とか思いとどまってもらおうと
小宮先生の方を振り向き身体を起こしかけますが、その顔は途中
で止められてしまいます。
「ヒロちゃん、まっすぐ前を向いてなさい。みっともないです
よ」
そう言って広志君の顔を元に戻したのは広志君のお母様でした。
広志君のお母様はこの学校では有名人です。
ヒロ君の家にも当然家庭教師はいましたが、学校へはよくこの
お母様がみえていました。休み時間や昼食の時といった子供との
接触が許されている時には決まってこのお母さんが何から何まで
お世話をやきます。
私たちだって、お父様と関係では褒められたものじゃなかった
けど、ヒロ君の場合はもっと凄くて、お母様にかかると、まるで
まだ赤ちゃんみたいでした。
「今度までは、お尻叩きだけで許してくださるみたいだけど、
次にやったら家でお灸をすえます。いいわね」
お母様の怖い一言。広志君の体が思わず硬直します。
男の子だって女の子だってそうですが、小学生にとってお父様
お母様の言葉というのが一番重い言葉だったのです。
「さあ、分かったら、次に脱走する時はよくよく考えるのね」
小宮先生はそう言って再度平手を……
「ピシッ」
「いやあ」
緊張していた広志君の背中が海老ぞりになります。
「さあ、お説教はこのくらいにしましょうか。それでは、……
あと十回にしましょう。……あなたも五年生。男の子なんだから、
今回は痛いわよ。しっかり歯を喰いしばりなさいね」
小宮先生があらためてお尻叩きを宣言すると、待ってましたと
ばかり広志君のだらりと垂れ下がっていた両手の方へ回っていた
お母様がさっそくハンカチを取り出して口の中に押し込みます。
両足の押さえはこの場で唯一の男性である高梨先生が担当します。
二人は、まるで事前に約束していたかのように手際よくヒロ君
の手足を拘束していくのでした。
回数は私の倍になりましたがこれもさっきまでの私がやられて
いたのと同じ姿です。そもそも大人三人で子ども一人を拘束する
なんて可哀想過ぎますけど、こうなったら、どんな子も観念する
しかありませんでした。
「今度やったら、本当にお灸ですよ」
「ビッシ~~~」
「ん~~~~」
猿轡を噛まされた広志君は、声を上げられないまま首を激しく
振ります。今度は縦に振っていますから『分かりました』という
ことなんでしょうけど……
「ほら、だらしないわね。あなた男の子でしょう。このくらい
の事でそんなに暴れないのよ」
「ビッシ~~~」
「ん~~~~」
すでに広志君のお尻は真っ赤に染まっています。
でも、だからって、お仕置き終了とはなりません。うちは大人
たちが愛情細やかに接するぶん、お仕置きは逆に厳しくて、生徒
にとっては困りものでした。
「ビッシ~~~」
「ん~~~~」
その後もお仕置きとしてのお尻叩きは続きます。
とにかく10回ですから可哀想というほかありませんでした。
甲高い音が青空に響き苦しい息のヒロ君の首筋には汗が光って
見えました。
高梨先生が必死に両足を押さえているのは、単に男の子だから
力が強いというだけでなく、小宮先生が私のときより強くお尻を
叩いている証しだったのです。
「ビッシ~~~」「ん~~~」「ビッシ~~~」「ん~~~~」
「ビッシ~~~」「あっ~~」「ビッシ~~~」「ひぃ~~~」
「ビッシ~~~」「うっ~~」「ビッシ~~~」「いっ~~~」
「ビッシ~~~」「ん~~~」
猿轡のせいで悲鳴はあがりませんが声なき声が周りで見ている
女の子たちの同情を誘います。
男の子は女の子に比べるといつもちょっぴり厳し目でした。
「はい、おしまい。起きていいわよ。よく頑張ったわね」
約束の10回が終わって小宮先生からお許しが出たのですが、
広志君、しばらくは小宮先生のお膝を離れられませんでした。
私も同じ経験があるのですが、本当に恐いお仕置きのあとは、
先生からお許しが出ても、本当に大丈夫なのか不安で、すぐには
起きられないことがあるのです。
小学生にとって大人というのは、たとえそれが自分の両親や親
しい先生であってもそれほどまでに恐い存在であり別次元の存在
だったのでした。
でも、逆に褒められたり優しくされると猜疑心なく単純に喜び
ます。
ですから、先生たちは子どもをお仕置きした後は、必ず優しく
接して強すぎるショックを和らげるのでした。
この時も……
「ほら~~甘えてないで、もう終わったわよ」
小宮先生はそう言って広志君を抱き上げるとご自分の膝の上に
乗せます。
これも私の時と同じでした。お互いが顔を見合わせ、小宮先生
は広志君の涙を拭いて、頬ずりをして、抱きしめます。
「ん?痛かった?……だけど、男の子だもん。このくらい我慢
しないと女の子にもてないよ」
先生との抱擁。これもまたお仕置き終わりの大事な儀式でした。
そして、ひとごこちついくと、先生のお膝を下りて、その場に
膝まづきます。両手を胸の前で組んでお礼のご挨拶です。
「小宮先生、お仕置きありがとうございました。広志は先生の
教えを守って必ずいい子になりますから、見ていてください」
広志君はお仕置きの始まりにしたご挨拶と同様、ここでも小宮
先生にお仕置きのお礼を述べます。これも拒否なんかしたらどう
なるかわかりませんから子供たちは渋々でもちゃんとやります。
女の子の世界では、たとえ本心でなくても、こうしたご挨拶は
決して欠かしてはいけないものだったのです。
全てが終わった後、広志君はズボンの上からそ~っとそ~っと
自分のお尻を撫でていましたから相当痛かったのかもしれません。
普通は、先生のお膝の上で良い子良い子してもらっているうちに
痛みは引いてしまいますから。
ただ、どんなにお尻を強くぶたれたとしても、こうした痛みが
10分たっても抜けないということはありませんでした。
もし、その事で次の授業に影響がでたら、次の時間を担当する
先生の授業を妨害したことになりますから、どの先生もそこまで
強くはぶたないのです。
とはいえ、女の子たちはこれを材料に私の処へ集まってきます。
「ねえ、お尻大丈夫?」
「でも、本当はお尻がまだ痛いんじゃない?」
「保健室でお薬つけてもらうんなら連れて行ってあげるよ」
「ねえねえ、私のクッション貸してあげる」
たちまち私の周りで色んな言葉が飛び交います。
私は、その一つ一つに応対して……
「大丈夫よ」
「もう、お尻なんて痛くないから……」
「そんなことしなくていいわよ」
「クッションなんていらない。私、自分の持ってるもん」
なんていう返事をお友だちに返さなければなりませんでした。
女の子同士って、楽しくもうっとうしくもありますが、逃げる
ことはできませんでした。だって、女の子だったらみんなそうで
しょうけど、お友だちの間で孤立したくはありませんから。
というわけで、後はみんなでワイワイ言いながら。図画の教室
へ戻ります。
私たちのお仕置きのせいで15分ほど時間を取られましたが、
4時間目の図工の時間はまだまだ残っています。
そこで待っていたのは、お外で描いたスケッチに水彩絵の具で
色をつけするという地味な作業。でも、その先には楽しみな給食
が待っていました。
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***<< §11 >>****
次は広志君の番。
お仕置きの手順は私の時とまったく一緒です。
小宮先生の目の前で膝まづいて、両手を胸の前で組みます。
この時は嘘でも申し訳ないという顔をしなければなりません。
もし怒った顔なんかすると、いつまでもお膝の上に呼んでもらえ
ませんから、ずっとこのまま放置されちゃいます。
『お顔を作るというのも女の子の大事な素養なの。お尻叩きが
不満なら他の罰でもいいのよ』
なんて、言われて……
もちろんそれがやさしい方の罰に切り替わることは期待できま
せんでした。
広志君は男の子ですが、そこはちゃんと出来ていました。
すがるような眼差しは、たとえ演技でも私ぐっときちゃいます。
「僕は悪い子でした。どうかお仕置きでいい子にしてください」
お友だちの見ている前でこのお約束の言葉はとても恥ずかしく
て、私なんて嫌で嫌で仕方がありませんでした。でも、広志君が
宣誓する姿はとても神々しくて絵になります。
ジョシュア・レイノルズさんの『祈る少年サムエル』といった
感じでしょうか。保健室の壁に掛けてあった絵を思い出します。
これが、生理の同じ女の子だったら……
『あ~あ、この子、殊勝な顔してるけど、お腹の中では何考え
てるやら……』
なんて邪まなことばかりが頭に浮かぶところですが、広志君の
場合は男の子。女の子には男の子の生理は理解できませんから、
逆に、その姿を美化しがちになります。
私は広志君の祈る姿を見ていると、そこに無垢な気持を感じて、
不思議と自分まで心が洗われる気分になるのでした。
「さあ、いらっしゃい」
広志君、いよいよ小宮先生のお膝に呼ばれます。
「はい、先生」
広志君。何も抵抗しませんでした。
先生のお膝の上にうつ伏せになり、体操着のズボンとパンツが
一緒に引き下ろされます。
『わあ、男の子のお尻だ』
私は広志君のその可愛く締まったお尻が現れると胸がキュンと
なりました。
お父様とは一緒にお風呂に入りますから、大人のお尻は見慣れ
ていたのですが、同世代の男の子のお尻を間近に見るチャンスは
滅多にありませんでした。
私は何だかここにいてはいけない気がしてそっ~と後ずさり。
お友だちの群れの中に紛れ込もうとします。
すると……
「あら、美咲ちゃん。どこへ行くの?逃げないでちゃんと見て
いてちょうだい。あなたへのお仕置きは終わったけど、広志君は
まだ終わってないでしょう。あなたたちは一蓮托生。お互い最後
まで見届けてあげるのが礼儀よ」
「はい、先生」
私は逃げ損なって元の位置に戻ります。
そこはお尻叩きを始める小宮先生の肩口。広志君のお尻が他の
誰よりはっきり見える場所でした。
でも、そこで、私、ふっと考えたのです。
『私が、今、こうして広志君のお尻を間近に見てるってことは、
……私も、あの時、こんな至近距離で広志君から見られてたって
ことなの?』
その時の私はもう無我夢中でしたから、周囲に気を配る余裕が
ありません。
『嘘でしょう』
私は今さらながら顔を赤らめます。
でも、そう考えるていると……
『私だってヒロ君のお尻を見ないと損じゃないのかなあ』
なんてね、卑しい心が芽生えてきて、もう半歩進んでヒロ君の
お尻を覗き込み始めました。
『やだあ。可愛い』
男の子のお尻は小さくて引き締まっていて、女の子のそれとは
違います。こうなると、私は何だか得した気分でした。
「さてと……ちょっと拝見するわね」
小宮先生は、現れたヒロ君のお尻をまずは点検し始めます。
これは私にはしなかったことでした。
先生はヒロ君の尾てい骨の谷間を開いたり、太股を広げるだけ
広げてその奥を確認したりします。
『いったい何をしてるんだろう?』
私が疑問に思っていると、そのお尻の谷間、その尾てい骨の上
に小さな痕跡を発見したのでした。
先生は静かにそこを撫でます。
『そうか、ヒロ君、こんな処にお灸を据えられてたんだ』
私は、かつて友だちから見せてもらった経験がありますから、
それがお灸の痕だと分かったんです。
たしかにこんな場所、よほどの事がなければ他人から見られる
心配がありません。そのあたりはヒロ君のお母様だってとっても
気を使ってお灸のお仕置きをなさっていたみたいでした。
ただ、この時の私にとって問題だったのはそこではありません
でした。
先生がヒロ君の太股を開いた時に、私、見えてしまったんです。
『えっ!嘘でしょう……』
その瞬間、全身に弱い電気が走って金縛りにあったように立ち
尽くします。動けないというより目を閉じることさえ出来ないの
です。
『……!!!……』
やっとの思いで目を閉じても残像が残って脳裏から離れません。
それって、そもそも女の子が見てはいけないものだったのです。
変な話、私はお父様と一緒にお風呂に入りますからお父様の姿
は毎日のように見ているんです。でも、ヒロ君のそれはまったく
別物でした。その生々しさに、私、窒息しそうでしたから。
『うっ!!!吐きそう……』
それは色や形や大きさといった外形じゃありません。
そもそもお父様は子どもとは違う世界で生きているお方です。
ですから、たとえどんな物であってもそれはそれでいいんです。
でも、どんなに小さなものでも同じ子どもの世界にそれが存在
しているのはショックでした。
これって男性にはきっと怒られることだと思いますが、女の子
って『人はすべからくお臍の下はみんな谷間になっていなければ
ならない』と思っているんです。ですから、広志君のお臍の下に
何かついてるなどと想像したことはこれまでありませんでした。
変ですか?……でも、そうなんです。
女の子の頭の中では『事実は事実として知っていても気持は別』
なんてことがよくあるんです。自然にそうなるんです。
そして女の子はその気持の部分で人とお付き合いするのでした。
「あなた、ここ最近は、お母様から新しいお仕置きを受けてい
ないみたいね。いい子にしてたの?」
小宮先生は納得したようにつぶやきます。
小宮先生の目的はどうやらお灸の痕の確認のようです。新しく
お灸を据えられた箇所がないか、以前据えられた場所の痕が大き
くなっていないか、それをチェックしていたのでした。
広志君の灸痕は尾てい骨の他、太股の付け根あたりにもありま
した。お母様から、目立たない処を選んで据えられていたみたい
ですが、お仕置きですから、この場合、ツボは関係ありません。
この時、小宮先生はそこまであらためませんでしたが、ヒロ君、
袋の裏や竿の根元なんかにも据えられていたようです。
はははははは、お話が下品になりました。いや、ごめんなさい。
先へ行きましょう。
小宮先生はお灸の痕を調べ終わると、広志君にあらためて尋ね
ます。
「あなた、あそこへ行くのは今日で何回目?」
「えっと……三回目です」
広志君がそう答えた瞬間でした。
「ピシッ」
スナップのきいた平手が広志君のお尻をとらえます。
「嘘おっしゃい。またそうやっていい子ぶるんだから。それは
お仕置きを受けた回数でしょう。私がききたいのはあなたが実際
にあそこへ行った回数よ」
『えっ?』
「ピシッ」
ここでまた一つ、平手がお尻に……
「あっ…………」
広志君は『あっ』と言ったあと、黙ってしまいます。自分の事
を思い返してるみたいでしたが、答えはでてきません。
「どうしたの?多すぎて数え切れない?今日は、たまたま見つ
かっちゃったってことかしら……」
「ピシッ」
「あっあっあっ」
広志君、不意を衝かれたのか顔色が変わり首を横に激しく振り
ます。声にはださなくても、『痛いよう』というサインでした。
「お尻叩きだけではあらたまりそうにないのなら……お母様に
許可を頂いて、特別室でお灸って手もあるのよ。お灸のお仕置き
は最近ごぶさたしてるみたいだから効果があるかもしれないわね」
「ピシッ」
「いや、だめ、そんなことしないで」
広志君は慌てたように叫びます。
それは、広志君にとってお灸がそれだけ恐いお仕置きだという
証しでした。
広志君は、お灸のお仕置きを何とか思いとどまってもらおうと
小宮先生の方を振り向き身体を起こしかけますが、その顔は途中
で止められてしまいます。
「ヒロちゃん、まっすぐ前を向いてなさい。みっともないです
よ」
そう言って広志君の顔を元に戻したのは広志君のお母様でした。
広志君のお母様はこの学校では有名人です。
ヒロ君の家にも当然家庭教師はいましたが、学校へはよくこの
お母様がみえていました。休み時間や昼食の時といった子供との
接触が許されている時には決まってこのお母さんが何から何まで
お世話をやきます。
私たちだって、お父様と関係では褒められたものじゃなかった
けど、ヒロ君の場合はもっと凄くて、お母様にかかると、まるで
まだ赤ちゃんみたいでした。
「今度までは、お尻叩きだけで許してくださるみたいだけど、
次にやったら家でお灸をすえます。いいわね」
お母様の怖い一言。広志君の体が思わず硬直します。
男の子だって女の子だってそうですが、小学生にとってお父様
お母様の言葉というのが一番重い言葉だったのです。
「さあ、分かったら、次に脱走する時はよくよく考えるのね」
小宮先生はそう言って再度平手を……
「ピシッ」
「いやあ」
緊張していた広志君の背中が海老ぞりになります。
「さあ、お説教はこのくらいにしましょうか。それでは、……
あと十回にしましょう。……あなたも五年生。男の子なんだから、
今回は痛いわよ。しっかり歯を喰いしばりなさいね」
小宮先生があらためてお尻叩きを宣言すると、待ってましたと
ばかり広志君のだらりと垂れ下がっていた両手の方へ回っていた
お母様がさっそくハンカチを取り出して口の中に押し込みます。
両足の押さえはこの場で唯一の男性である高梨先生が担当します。
二人は、まるで事前に約束していたかのように手際よくヒロ君
の手足を拘束していくのでした。
回数は私の倍になりましたがこれもさっきまでの私がやられて
いたのと同じ姿です。そもそも大人三人で子ども一人を拘束する
なんて可哀想過ぎますけど、こうなったら、どんな子も観念する
しかありませんでした。
「今度やったら、本当にお灸ですよ」
「ビッシ~~~」
「ん~~~~」
猿轡を噛まされた広志君は、声を上げられないまま首を激しく
振ります。今度は縦に振っていますから『分かりました』という
ことなんでしょうけど……
「ほら、だらしないわね。あなた男の子でしょう。このくらい
の事でそんなに暴れないのよ」
「ビッシ~~~」
「ん~~~~」
すでに広志君のお尻は真っ赤に染まっています。
でも、だからって、お仕置き終了とはなりません。うちは大人
たちが愛情細やかに接するぶん、お仕置きは逆に厳しくて、生徒
にとっては困りものでした。
「ビッシ~~~」
「ん~~~~」
その後もお仕置きとしてのお尻叩きは続きます。
とにかく10回ですから可哀想というほかありませんでした。
甲高い音が青空に響き苦しい息のヒロ君の首筋には汗が光って
見えました。
高梨先生が必死に両足を押さえているのは、単に男の子だから
力が強いというだけでなく、小宮先生が私のときより強くお尻を
叩いている証しだったのです。
「ビッシ~~~」「ん~~~」「ビッシ~~~」「ん~~~~」
「ビッシ~~~」「あっ~~」「ビッシ~~~」「ひぃ~~~」
「ビッシ~~~」「うっ~~」「ビッシ~~~」「いっ~~~」
「ビッシ~~~」「ん~~~」
猿轡のせいで悲鳴はあがりませんが声なき声が周りで見ている
女の子たちの同情を誘います。
男の子は女の子に比べるといつもちょっぴり厳し目でした。
「はい、おしまい。起きていいわよ。よく頑張ったわね」
約束の10回が終わって小宮先生からお許しが出たのですが、
広志君、しばらくは小宮先生のお膝を離れられませんでした。
私も同じ経験があるのですが、本当に恐いお仕置きのあとは、
先生からお許しが出ても、本当に大丈夫なのか不安で、すぐには
起きられないことがあるのです。
小学生にとって大人というのは、たとえそれが自分の両親や親
しい先生であってもそれほどまでに恐い存在であり別次元の存在
だったのでした。
でも、逆に褒められたり優しくされると猜疑心なく単純に喜び
ます。
ですから、先生たちは子どもをお仕置きした後は、必ず優しく
接して強すぎるショックを和らげるのでした。
この時も……
「ほら~~甘えてないで、もう終わったわよ」
小宮先生はそう言って広志君を抱き上げるとご自分の膝の上に
乗せます。
これも私の時と同じでした。お互いが顔を見合わせ、小宮先生
は広志君の涙を拭いて、頬ずりをして、抱きしめます。
「ん?痛かった?……だけど、男の子だもん。このくらい我慢
しないと女の子にもてないよ」
先生との抱擁。これもまたお仕置き終わりの大事な儀式でした。
そして、ひとごこちついくと、先生のお膝を下りて、その場に
膝まづきます。両手を胸の前で組んでお礼のご挨拶です。
「小宮先生、お仕置きありがとうございました。広志は先生の
教えを守って必ずいい子になりますから、見ていてください」
広志君はお仕置きの始まりにしたご挨拶と同様、ここでも小宮
先生にお仕置きのお礼を述べます。これも拒否なんかしたらどう
なるかわかりませんから子供たちは渋々でもちゃんとやります。
女の子の世界では、たとえ本心でなくても、こうしたご挨拶は
決して欠かしてはいけないものだったのです。
全てが終わった後、広志君はズボンの上からそ~っとそ~っと
自分のお尻を撫でていましたから相当痛かったのかもしれません。
普通は、先生のお膝の上で良い子良い子してもらっているうちに
痛みは引いてしまいますから。
ただ、どんなにお尻を強くぶたれたとしても、こうした痛みが
10分たっても抜けないということはありませんでした。
もし、その事で次の授業に影響がでたら、次の時間を担当する
先生の授業を妨害したことになりますから、どの先生もそこまで
強くはぶたないのです。
とはいえ、女の子たちはこれを材料に私の処へ集まってきます。
「ねえ、お尻大丈夫?」
「でも、本当はお尻がまだ痛いんじゃない?」
「保健室でお薬つけてもらうんなら連れて行ってあげるよ」
「ねえねえ、私のクッション貸してあげる」
たちまち私の周りで色んな言葉が飛び交います。
私は、その一つ一つに応対して……
「大丈夫よ」
「もう、お尻なんて痛くないから……」
「そんなことしなくていいわよ」
「クッションなんていらない。私、自分の持ってるもん」
なんていう返事をお友だちに返さなければなりませんでした。
女の子同士って、楽しくもうっとうしくもありますが、逃げる
ことはできませんでした。だって、女の子だったらみんなそうで
しょうけど、お友だちの間で孤立したくはありませんから。
というわけで、後はみんなでワイワイ言いながら。図画の教室
へ戻ります。
私たちのお仕置きのせいで15分ほど時間を取られましたが、
4時間目の図工の時間はまだまだ残っています。
そこで待っていたのは、お外で描いたスケッチに水彩絵の具で
色をつけするという地味な作業。でも、その先には楽しみな給食
が待っていました。
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