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『斉藤家のお仕置き』 ~§2/お母様のお仕置き~
『斉藤家のお仕置き』
~ §2 お母様のお仕置き ~
『あ~~あ、やれやれ、やっと終わったわ~~』
お仕置きが終わり父が居間を出て行くと、由香里はまるで他人
事のように笑い、伸びをしながら大あくび。
さながら嵐の一夜が過ぎて、今、朝日の当たる部屋で目覚めた
とでも言いたげだった。
「それじゃあ、ちょっと早いけど、お父さんとのお付き合いも
終わったことだし、私、先に寝るわね」
由香里はそう言って母の目の前を横切った。
すると……
「ちょっと、お待ちなさい。お母さんあなたに聴きたいことが
あるわ」
母が由香里の足を止める。
「えっ?」
振り返った娘に母は肺腑をえぐるような言葉を投げかけるので
ある。
「あの服……あれ、あなたの服よね?」
「……あの服って?……」
由香里はとぼけたが……
「何言ってるの。今夜、六本木に着ていった服よ」
「だから、あれは……里美さんが貸してくれて……」
「嘘おっしゃい。里美さんみたいな大柄な人にあの服が着れる
もんですか」
由香里は返答に困った。服装に無頓着な父とは違い母にそこは
ごまかせないのだ。
「調べたらあなたの貯金通帳から12万円引き下ろされてたわ。
あれで買ったんでしょう。……たいした買い物ね」
「えっ、私の通帳見たの!?へんな事しないでよ。そんなの、
プライバシーの侵害よ!」
由香里は青くなって訴えたが……
「何がプライバシーよ。親が娘のお金の使い方心配してどこが
悪いの。ま~だ、高校卒業したばかりのネンネのくせに一人前の
口きかないの」
「だって、あたし、もう18なのよ」
「もう18なんじゃなくて、まだ18よ。高校卒業してどこか
で働いているならまだしも、浪人なんて遊び人と同じじゃないの。
今のあなたは、私たちの子どもという以外、何の身分もないのよ」
「何よ、そこまで言わなくてもいいじゃないの。……だいいち
あれはお年玉で私のお金だもの。それで何買おうと自由でしょう」
「そうはいかないわ。親としては娘の浪費癖を見て見ぬ振りも
できないもの」
「浪費じゃないわよ。必要だと思ったから買ったんじゃない」
「なら訊くけど、自分で買った物をどうして里美さんに借りた
なんて嘘つかなきゃならないの?あなたに後ろ暗い処があるから
でしょうが……」
「だって、正直に言ったら、怒ると思って……」
「そりゃあ怒るわよ。浪人生のあなたが今やらなきゃならない
のはお勉強。あんな処へ行ってはしゃいでいる暇はないはずよ」
「だから、あれはたまたまお友だちに誘われて……」
「あらあら、あなたって人は、お友だちにたまたま誘われたら
お小遣い全部はたいてドレスを買っちゃうの?それって浪費じゃ
なくて……」
「……(だから、言いたくなかったのよ)……」
由香里は思ったが、もうそれ以上反論しなかった。
「……それと、里美さんのマンションで仕度したみたいだけど、
里美さんには会ってないわよね」
「えっ、どうして?」
「だってその場に里美さんがいたらあんなみっともないメイク
で表に出すわけないもの。あれ、あなたが自分で顔を作ったんで
しょう?」
「………………」
これにも由香里は答えられなかった。
「里美さんは美容部員なのよ。あんなみょうちくりんなメイク
してたら直してくれるに決まってるもの。おそらく清美ちゃんが
お姉さんの部屋の鍵を持ってて、そこをお姉さんのいない留守を
狙って無断借用したってことかしらね」
『スルドイ』
由香里の心臓に母の矢が刺さる。
「もし里美さんのお化粧道具悪戯したんなら後で謝っておくの
よ。誰だって自分のお化粧道具を他人に触れられたくないもの。
ましてや、相手はプロなんだもの、商売道具に手なんかつけたら
すぐにわかっちゃうわよ」
「はい」
由香里は素直に答える。母の洞察力に脱帽。白旗を上げるしか
なかった。
すると今度は母がまるで品定めでもするかのようにまじまじと
自分を見つめていることに由香里が気づく。
それは、18年間におよぶ母との付き合いで学び取った経験を
踏まえて言えば決してよいことではなかった。
「あなたも、色んな面で成長したところはあるけど、まだまだ
幼稚な部分も多いわね。そんな幼稚な処は鍛えて強くしないとね。
今日のこと、おさらいしましょう」
母はそう言ってソファを立ち上がる。
由香里の顔は真っ青だった。
母はこの時『お仕置き』という言葉を一言も使っていないが、
でも母の用語を娘が翻訳すると『これから防音設備のある地下室
でお仕置きをします』という意味だったのである。
今夜、斉藤家のお仕置きは父親だけで終わりではなかった。
斉藤家の地下室は、仏間の脇にある襖を開けるとそこに階段が
あってそこから下りていく。
本来、大事な物をしまっておく隠し部屋として作られたもので、
由香里の幼い頃はピアノの練習をする為の部屋だったが、由香里
がピアノをやめてからは、もっぱら母専用のお仕置き部屋として
使われてきた。
ひんやりとした湿気は由香里にとって今でも恐怖そのもの。
おまけに土蔵造りで音が外に漏れにくい構造になっているこの
部屋は子どもたちの悲鳴があがっても父を煩わせないですむため、
母にとっても都合がよかったのである。
六畳ほどのスペース。もちろん電気を点けなければ真っ暗だ。
このため、由香里も幼い頃はよくお仕置きとしてこの部屋に閉じ
込められていた。真っ暗な部屋で泣けど叫べど出してもらえない
恐怖は、今でも由香里のトラウマになっている。
部屋の電気が点くと部屋の様子がわかる。
今は使われていないアップライトピアノが奥にデンと置かれ、
古びたソファ、年代物の書棚、鳩時計なども目に入るが、調度品
のようなもの見当たらず、ただ、小天使が女神にお尻を叩かれて
いる可愛らしい油彩が額に入れて飾られているだけだった。
重い扉を締め切ると、ここでは小さな物音までが反響するよう
になる。由香里にとってはそれもまた大きなプレッシャーだった。
「さあ、それじゃあ、あなた、そこで裸になりなさい」
部屋に入るなりさっさとソファに腰を下ろした母が、未だ入口
付近に突っ立ってもじもじしている由香里に向かって命じる。
「えっ!?……」
戸惑う由香里に……
「いいでしょう裸になっても……今は寒い時期じゃないんだし、
女同士なんだから……さあ、パンツもみんな脱ぐのよ」
「だってえ……」
母の命に渋々脱ぎ始めた由香里だったが……
「ほら遅い。さっさとやって。今夜はもう遅いのよ。グズグズ
やってる暇はないわ」
母は由香里をせかす。
由香里は渋々服を脱いだ。もとより同性の母だから心の負担は
それほどでもないが、それでも、お風呂に入るわけでもないから
恥ずかしそうにしていると……
「こちらへ来て」
母はソファに座ったまま手招きする。
そして、目の前にやって来た由香里をその場で膝まづかせると、
その身体の表裏を丹念に調べ始めた。
顔、髪、耳……耳たぶにピアスの穴がまだ開いていないことを
確認すると……小さな胸。実は、由香里の胸は未だにAカップ、
他の場所は人並み発達しているのに、ここだけは遅れていた。
さらに下がってお臍からその下も……中学時代はまだ薄かった
陰毛も最近は綺麗に生えそろい女らしくなっているが母はさらに
その先も求めたのである。
「片足をテーブルの上に乗せて……」
由香里が言われた通り右足をソファテーブルに乗せると、母の
右手が緩んだ太股の間に滑り込む。
もし見知らぬ男性なら大声を出していたところだ。
しかし、母は由香里が幼い頃からこうした事を幾度となく繰り
返していた。
手探りながら、尿道口からヴァギナ、アヌス、クリトリスにも
その指は伸びる。
少女の聖域も母だけには開放されていたのである。
だから必要とあらばベッドで仰向けに寝かせ両足を上げて中の
様子を確認するなんてことも……
もちろん、拒否すれば目の玉が飛び出るくらい痛いお尻叩きを
覚悟しなければならないから、18歳になった今でも、由香里は
違和感なく母の指を受け入れてしまうのである。
表が終わると裏、つまり背中を見せる。
もちろん頭も首も肩甲骨も一通り見ていくが、やはりここでの
中心は試練を受けたお尻だった。
父から受けたゴム鞭のお仕置きがどれほどの効果を上げている
のか、母はそれが知りたかったのである。
その結論は……
「ん~~大丈夫そうね。うっ血もそんなにひどくなさそうだし、
これならまだ百回くらい大丈夫だわ」
『えっ!?何よ百回って……』
由香里にとってそれは好ましくない母の独り言だ。
だから、
「だめよ、まだ、もの凄く痛いんだから」
とは言ってみたものの……
「大丈夫よ。少しうっ血が出てるけど、このくらいが平手での
お仕置きにはちょうどいいの。さあ始めましょう。両手を胸の前
で組んで……」
母は由香里に恭順のポーズを求める。
この恭順のポーズは斉藤家の決まりごとだった。
もし、このポーズを子供たちが拒否すると、ひどいお仕置きが
目白押しでやって来るから子供の立場としてはやるしかなかった
のである。
「今日は予備校の自習室に残って勉強しているって嘘をついて
本当は六本木に行っていましたよね?」
母の問いに由香里は小さく「はい」と答えた。
もっともそれ以外の答えを母親は期待していないから由香里も
そう答えるしかないのだ。
すると……
「いらっしゃい」
母は自らの膝を叩く。
ここへうつ伏せになりなさいという合図だ。
嫌も応もない。久しぶりに素っ裸のまま母の膝の上へうつ伏せ
になった由香里。先ほど父からお仕置きを受けた時も同じように
母の膝にうつ伏せになったが、あの時は父が鞭を右手で使うので
由香里は母の左手から入ったが、今度は母の右手側から滑り込ま
なければならない。
こんなことがスムーズなのも、由香里自身こうしたことが一度
や二度でない証拠だった。
「親に嘘をついてはいけません。もし、急用ができて電話した
時、そこにあなたがいなかったら、私たちが心配するでしょう。
今、どこにいるかはちゃんと私たちに伝えなきゃ。そしてそれが
伝えられないような処へは行かないの。わかった?」
「はい、ごめんなさい」
「わかったら、その事をしっかりお尻で覚えなさい」
母はこう言うと由香里のお尻を叩き始める。
「ピシッ」「あっ、痛い」
「ピシッ」「ひぃ~~~」
「ピシッ」「だめえ~~」
由香里はたった3回ぶたれただけで絶叫する。
母は父と違って平手。でも、むき出しのお尻を思いっきりぶつ
ものだから、その方がよっぽど痛かったのである。
「ピシッ」「いやあ~~お願い」
「ピシッ」「もうしませんから~~」
「ピシッ」「だめえ~~壊れるよ~~」
「いつも大仰な子ね。こんなことで女の子は壊れません。ほら、
ジタバタしないの。足をバタつかせるから大事な処が見えてるわ
よ」
「ピシッ」「見えてもいい。やめて~~痛いから~~」
「何言ってるの。痛いのは当たり前でしょう。お仕置きしてる
んだもの。あなた、撫でてもらえるとでも思ったの?」
「ピシッ」「いやあ~~だめえ~~~」
「ピシッ」「もうしないから~~~」
由香里は自分の大事な場所が外気に晒されてもかまわず両足を
バタつかせるが、これで1サイクルが終了。
母の膝に寝そべっていた大きな赤ちゃんは先ほどの床に戻され
再び膝まづいた姿勢で両手を胸の前で組まなければならない。
その娘に対して母親は……
「お母さん、ディスコがどんな処か知りません。でも、受験生
のお前が行くところじゃないのはわかります。あなたは、すでに
社会人の清美さんや大学生の真理さんとは身分が違うの。あの人
たちが行くからって一緒について行っちゃいけないの。分かる?」
「はい、わかりました」
由香里はこうとしか言えなかった。
そして、再び……
「分かったんなら、ここへいらっしゃい」
こう言われて母の膝へと戻るのだ。
「ピシッ」「いやあ~~~もうしないで~~~」
「ピシッ」「痛い痛い痛い、死ぬ死ぬ死ぬ」
「ピシッ」「いやあ~~もうしませんから~~」
「ピーピーとうるさい子ねえ。久しぶりにお仕置きされたから
痛いだけでしょうが。このくらいの痛みにも耐えられないって、
18にもなってだらしがないんだから……」
「ピシッ」「いやあ~~~死ぬ~~死ぬ~~~死んじゃう」
「こんなことで死にません。大仰に騒ぎ立てないの。あなた、
いつまでも子どもなんだから。お外、通る人に聞こえるわよ」
母は叱りつけるように言い放ったが効果はなかった。
「ピシッ」「ぎゃあ~~だめえ~もうしないで、もうしない…
(ゲホ、ゲホ、ゴホ、ゴホ、ゴホン)」
この時、由香里の喉に痰が絡む。
すると、咄嗟に母がティシュを娘の口元に当てて吐き出させる。
あっという間の連係プレー。こんなことも日頃お尻叩きが親子で
日常的に行われているからできることだった。
無論、だからといって、これで終わりではない。
「ピシッ」「ごめんなさい、ごめんなさい、もうしません」
「ピシッ」「いやだ、いやだ。もうぶたないで、許してお願い」
「あ~ピーピーとうるさいわね。あなた、もう小学生じゃない
のよ。少しは慎みなさい。足もバタバタ跳ね上げて、年頃の娘が
みっともないでしょう。いくら親でも目のやり場に困るわ」
母は、真っ赤になった娘の尻たぶを掴むと、自分の成果を確認
しながら話す。
一方、由香里はというと、こちらは後ろを振り返る余裕もない
様子で……
「ごめんなさい、ごめんなさい、もうしません」
消え入るような声で答えるだけ。
「ピシッ」「あ~~~~~~」
「ピシッ」「ひぃ~~~~~」
「ピシッ」「うっ~~~~~」
由香里は母に言われて一時(いっとき)母の平手を必死に我慢
する。
「ほら、ごらんなさい。やろうと思えばできるじゃない。……
女の子は耐えるのが仕事なの。こんなにだらしないんじゃお嫁に
行った先からすぐに追い返されちゃうわね。……いいこと、今度
騒いだら、お仕置きをお灸に切り替えますからね。覚悟しときな
さい」
母の言葉は由香里には強烈だった。もちろん、お灸を据えられ
たことは過去に幾度もある。だから、それがいかに強烈に熱いか
知っているわけだが、彼女にとって問題はそれだけではなかった。
灸痕と呼ばれる火傷の痕がこの先もお尻に残ったらどうしよう。
由香里の心配はむしろそこにあったのだ。
「あなた、お年玉を使って大きな買い物をする時は、必ず私に
相談するって約束したわよね。あの約束はどうなったの?反古?」
母はそう言うとお尻を叩く。
「ピシッ」
「うっ……それは……(そんな約束したっけ?)」
母との約束はどうやらなかったみたいだが、そんなの関係ない。
こんな時、母は勝手に約束を追加してしまうのだった。
「あれ、いくらしたの?」
「ピシッ」
「じゅう……に…万円くらい」
由香里は搾り出すような声で答える。
「そう……あなた、随分お金持ちなのね。たった一晩のことに
12万円も出せるんて……」
「べつに一晩ってわけじゃあ……」
由香里が思わず口を滑らすと……
「あなた、毎晩通うつもりでいたの?」
「ピシッ」
「いやあ~~そうじゃなくて……」
真っ赤なお尻が震える。
「あなた、何様のつもり。あなたはまだ受験生なのよ。勉強が
第一じゃないの」
「ピシッ」
「いやあ~~やめて~~」
「やめて欲しいのはこっちよ。まるでサーカスの道化役みたい
な下手くそな化粧して、ピチピチのドレス着て、テレビに映った
ときは、いったいどこのバカ娘かしらって思ったわ。あれ、また
やるつもりでいたのかしら?」
「ピシッ」
「いやあ~」
「ピシッ」
「だめえ~」
「ピシッ」
「ごめんなさい」
「うちもお金のなる木があるわけじゃないの。あなたそんなに
持ってるのなら自分で予備校のお金払いなさい。アルバイトでも
何てでもして自分で大学に行きなさい」
「そんなあ~」
「何がそんなあ~~よ。甘ったれるんじゃないわよ」
「ピシッ」
「ぎゃあ~~だめえ~もうしないで、もうしない…」
「ピシッ」
「いやあ~~~~ああああああ」
その時、甲高い悲鳴が急に低い声に変わる。
「あ~あ、何なのこの子、このくらいのことで粗相なんかして、
ホントにだらしないんだから……」
「ピシッ」
「……」
今まであんなにもワーワーギャーギャー騒いでお仕置きされて
いた由香里がその一撃だけ声を出さなかった。
理由は簡単。恥ずかしかったからだ。
女の子にとってはどんな痛みより恥ずかしい事が一大事だった
のである。
母は、由香里を膝の上からいったん払い除けると、呆然として
立ち尽くす娘を尻目にロココ調の書棚へ。
しかし、母は本を取りに行ったわけではない。今、その書棚に
納まっているのは蔵書ではないのだ。
色んな種類の鞭やピストン式の浣腸器、お灸をすえるための艾
といった当時子どもを折檻をする為に使っていたお道具の数々が
所狭しと詰め込まれていたのである。
それを見た由香里の顔が真ざめたのは当然だろう。
しかし、母は別の折檻を思いついたわけではない。
書棚の引き出しからタオルを数枚持ち帰ると、由香里の鼻先へ。
これで自分の粗相を綺麗にしなさいということだったのである。
幼い子ならこうした場合、母親がやってくれるかもしれないが、
18歳にもなる娘にそこまではしてくれない。
由香里は、まずその一枚で自分の股間を綺麗にすると、残った
タオルで床も拭く。
ソファに悠然と腰を下ろす母の目の前で、四つん這いになり、
赤いお尻をフリフリしながら、自分で粗相したオシッコを丹念に
丹念に拭き取らされたのである。
そして、やっとのことでその仕事が終わると、使ったタオルは
バケツの中へ。
しかし、これでお仕置きが終わったわけでもなかった。
由香里は一息入れる間もなく母が視線を動かせば、それだけで
再び母の足元に膝まづく。再度母が視線を動かせば今度は胸の前
で両手を組む。
長年の習慣。こんな時、親子に言葉はいらなかった。
「ごめんなさい。粗相してしまいました。お仕置きして下さい」
「まったく、18にもなって、あなたはよくよくだらしがない
わね。今度やる時はお浣腸してからにしましょう。いいですね」
「はい、お母様」
由香里はこう言うしかなかった。
これ以外、何を言っても叱られるからである。
「さあ、いらっしゃい」
由香里は膝を叩く母の声と一緒に再び膝の上へ。
「どんなに痛くても悲鳴をあげない。身体をジタバタさせない。
お尻叩きは言葉の代わりに痛みをお尻に覚えさせる事が大事なの。
大声を上げたり身体をバタつかせたりしたら、痛みというお薬が
お尻から吸収されないわ。そんなに時はまた別の罰を与えます。
……いいですね」
凛とした母の言葉。どうやら母は本気モード。
「はい、お母様」
由香里に逃げ場はなくなってしまったのである。
「ピシッ」
「今度、嘘をついたらどんな罰でも受けます」
母は、由香里のお尻を一つ叩くたびに口上を述べる。つまり、
口移し。由香里はすぐに母の言葉を復唱しなければならない。
「今度、嘘をついたらどんな罰でも受けます」
「ピシッ」
「今度お尻叩きを受ける時はお浣腸もお願いします」
「今度お尻叩きを受ける時はお浣腸もお願いします」
バカなことだと思う。だけどやらなければならなかった。
「ピシッ」
「今度お尻叩きで騒いだらお灸のお仕置きもお願いします」
「今度お尻叩きで騒いだらお灸のお仕置きもお願いします」
人権侵害だと思う。でもやらなければならなかった。
「ピシッ」
「今度約束を破ったらお父様から裸のお尻に鞭をいただきます」
「今度約束を破ったらお父様から裸のお尻に鞭をいただきます」
「え~」
由香里が思わず不満を口にしようものなら……
「何言ってるの!そのくらい当たり前でしょうが!!」
と、すぐに母から凄まれる。
「だって、私、もう18だし……」
などと言ってみても……
「何言ってるの。18が20でもあなたはお父様の子どもなの。
お父様は他人じゃないのよ」
「だって~~」
さらに由香里がごねると……
「そう、……わかったわ」
「ピシッ」
「今度約束をやぶったら、御国園に行きます」
「ちょっ……ちょっと、待ってよ。そんなのないわよ」
由香里は思わず顔を上げて母を見る。
しかし……
「何言ってるの。あなたお父様のお仕置きが嫌なんでしょう?
だったら仕方がないじゃない。あなたがいくつかなんて関係ない
の。女の子はお嫁に行くまでお父様の娘だもの。お仕置きも当然、
そこで裸になるんだって当たり前。それができないなら、あなた
の居場所は懲戒所しかないでしょう。それをあなたが拒むことは
できないわ。日本の法律では子どもの居場所は親が決めることに
なってるんだから」
「そんなの人権侵害よ」
由香里は涙目涙声で訴えるが……
「何、生意気言ってるの。まだ世間の風から保護されてる身で
大仰なこと言わないのよ。お父様は兄弟の中でもあなたを何より
大切になさってるんだから。その好意を無にしちゃいけないわ。
今日だって、あなたのスカートを捲ろうとしたら首を振って止め
たのはお父様なのよ」
「どうなんだか。時々私のこといやらしい目で見るんだから。
心の中じゃ何考えてるんだかわからないわ」
由香里は反発したが……
「由香里!!いい加減になさい!!」
母に一喝されるとその後はまた床に視線を落としておとなしく
なってしまう。
結局……
「今度約束をやぶったら、御国園に行きます」
由香里は母にこう言わざるを得なかった。
斉藤家の子どもたちはこうして母親の言いなりに次の機会での
お仕置きを色々と約束させられてしまう。
「さあ、もう一度よ」
母はそう言うと再び娘のお尻を叩き始める。
「ピシッ」
「今日はどこへ行ったの?」
「ディスコです」
「ピシッ」
「お父様にはお断りを入れたの?」
「いいえ」
「ピシッ」
「嘘をついたの?」
「そうです」
「ピシッ」
「ディスコへ行くためドレスを買ったわね。それは、ちゃんと
ご報告した?」
「いいえ」
「ピシッ」
「じゃあ、罰を受けても仕方がないわね」
「はい……でも、もうやめて、痛くて痛くてもうだめなんです」
突然、由香里は泣き言を言ったが……
「ピシッ」
「何言ってるの。痛いからお仕置きなんでしょうが……最近は
お仕置きが減ってるからあなたのお尻がだらしなくなってるだけ
よ。我慢しなさい」
「ピシッ!!」
母はそれまで以上の威力で由香里のお尻を叩く。
「…………」
思わず海老ぞりになった由香里だったが声はでなかった。
すると……
「ほら、ごらんなさい。静かにできるじゃない。甘えないの」
「ピシッ!!」
再び強い衝撃が……
「だめえ~~~もうホントにだめ~~~」
「もう聞き飽きました。そんなに私たちのお仕置きがいやなら
やっぱり御国園に行きなさい」
「ピシッ!!」
「だめえ、それはもっとだめ」
由香里は声を振り絞り必死になって頭を左右に振ってみせるが
……
「あなたみたいに根性のない子は一日中お仕置きしてくれる処
で鍛えてもらった方がいいの」
「ピシッ!!」
「いやあ、絶対に嫌~~~」
「だったら素直になりなさい」
「ピシッ!!」
「ごめんなさい」
「そう、じゃあ、私たちのお仕置きなら何でも受けるのね?」
「ピシッ!!」
「はい」
「次に悪さしたら、お股の中にお灸。わかりましたか?」
「ピシッ!!」
「はい」
「ベッドに縛り付けて歯が折れるほど熱いのをすえてあげます。
いいですね」
「ピシッ」
「はい、いいです」
「鞭はケイン。百回は叩きますよ。皮膚が裂けて血が出るけど
仕方ないわね」
「ピシッ!!」
「はい」
「お浣腸も必要ね。しっかりお腹にグリセリンを入れてあげる
から、お庭でしてちょうだい」
「ピシッ!!」
「はい」
「そうね、誰もいないと寂しいでしょうから、お父様に見てて
いただきましょう。いいですね」
母がそう言うと、これまで従順だった由香里が再び顔を上げる。
でも……
「何なの!不満なの。御国園の方がいい!」
こう凄まれると由香里は何も答えられない。
父の目の前で排泄するなんて、女の子にとってはぶたれること
より何倍も強いショックだったのだ。
母のスパンキングはたっぷり平手で50回。赤いお尻は感覚が
なくなるほどジンジンしていて、女の子としてのプライドもズタ
ズタ。心も折れて放心状態になった娘を今度は母がやさしく抱き
上げる。
「良い子ね、あなたは私の天使ちゃんなの。もうおいたしちゃ
だめよ」
こうして抱き上げられ子は幼児に戻って、
「はい、お母様」
と返事をしなければならなかった。
実は、ここまでが斉藤家のお仕置き。
もし、これを嫌がると……
「ピシッ」
「いやあ~~~ごめんなさい、もうしませんから~~~」
最初に戻ることになるのだった。
*********************
~ §2 お母様のお仕置き ~
『あ~~あ、やれやれ、やっと終わったわ~~』
お仕置きが終わり父が居間を出て行くと、由香里はまるで他人
事のように笑い、伸びをしながら大あくび。
さながら嵐の一夜が過ぎて、今、朝日の当たる部屋で目覚めた
とでも言いたげだった。
「それじゃあ、ちょっと早いけど、お父さんとのお付き合いも
終わったことだし、私、先に寝るわね」
由香里はそう言って母の目の前を横切った。
すると……
「ちょっと、お待ちなさい。お母さんあなたに聴きたいことが
あるわ」
母が由香里の足を止める。
「えっ?」
振り返った娘に母は肺腑をえぐるような言葉を投げかけるので
ある。
「あの服……あれ、あなたの服よね?」
「……あの服って?……」
由香里はとぼけたが……
「何言ってるの。今夜、六本木に着ていった服よ」
「だから、あれは……里美さんが貸してくれて……」
「嘘おっしゃい。里美さんみたいな大柄な人にあの服が着れる
もんですか」
由香里は返答に困った。服装に無頓着な父とは違い母にそこは
ごまかせないのだ。
「調べたらあなたの貯金通帳から12万円引き下ろされてたわ。
あれで買ったんでしょう。……たいした買い物ね」
「えっ、私の通帳見たの!?へんな事しないでよ。そんなの、
プライバシーの侵害よ!」
由香里は青くなって訴えたが……
「何がプライバシーよ。親が娘のお金の使い方心配してどこが
悪いの。ま~だ、高校卒業したばかりのネンネのくせに一人前の
口きかないの」
「だって、あたし、もう18なのよ」
「もう18なんじゃなくて、まだ18よ。高校卒業してどこか
で働いているならまだしも、浪人なんて遊び人と同じじゃないの。
今のあなたは、私たちの子どもという以外、何の身分もないのよ」
「何よ、そこまで言わなくてもいいじゃないの。……だいいち
あれはお年玉で私のお金だもの。それで何買おうと自由でしょう」
「そうはいかないわ。親としては娘の浪費癖を見て見ぬ振りも
できないもの」
「浪費じゃないわよ。必要だと思ったから買ったんじゃない」
「なら訊くけど、自分で買った物をどうして里美さんに借りた
なんて嘘つかなきゃならないの?あなたに後ろ暗い処があるから
でしょうが……」
「だって、正直に言ったら、怒ると思って……」
「そりゃあ怒るわよ。浪人生のあなたが今やらなきゃならない
のはお勉強。あんな処へ行ってはしゃいでいる暇はないはずよ」
「だから、あれはたまたまお友だちに誘われて……」
「あらあら、あなたって人は、お友だちにたまたま誘われたら
お小遣い全部はたいてドレスを買っちゃうの?それって浪費じゃ
なくて……」
「……(だから、言いたくなかったのよ)……」
由香里は思ったが、もうそれ以上反論しなかった。
「……それと、里美さんのマンションで仕度したみたいだけど、
里美さんには会ってないわよね」
「えっ、どうして?」
「だってその場に里美さんがいたらあんなみっともないメイク
で表に出すわけないもの。あれ、あなたが自分で顔を作ったんで
しょう?」
「………………」
これにも由香里は答えられなかった。
「里美さんは美容部員なのよ。あんなみょうちくりんなメイク
してたら直してくれるに決まってるもの。おそらく清美ちゃんが
お姉さんの部屋の鍵を持ってて、そこをお姉さんのいない留守を
狙って無断借用したってことかしらね」
『スルドイ』
由香里の心臓に母の矢が刺さる。
「もし里美さんのお化粧道具悪戯したんなら後で謝っておくの
よ。誰だって自分のお化粧道具を他人に触れられたくないもの。
ましてや、相手はプロなんだもの、商売道具に手なんかつけたら
すぐにわかっちゃうわよ」
「はい」
由香里は素直に答える。母の洞察力に脱帽。白旗を上げるしか
なかった。
すると今度は母がまるで品定めでもするかのようにまじまじと
自分を見つめていることに由香里が気づく。
それは、18年間におよぶ母との付き合いで学び取った経験を
踏まえて言えば決してよいことではなかった。
「あなたも、色んな面で成長したところはあるけど、まだまだ
幼稚な部分も多いわね。そんな幼稚な処は鍛えて強くしないとね。
今日のこと、おさらいしましょう」
母はそう言ってソファを立ち上がる。
由香里の顔は真っ青だった。
母はこの時『お仕置き』という言葉を一言も使っていないが、
でも母の用語を娘が翻訳すると『これから防音設備のある地下室
でお仕置きをします』という意味だったのである。
今夜、斉藤家のお仕置きは父親だけで終わりではなかった。
斉藤家の地下室は、仏間の脇にある襖を開けるとそこに階段が
あってそこから下りていく。
本来、大事な物をしまっておく隠し部屋として作られたもので、
由香里の幼い頃はピアノの練習をする為の部屋だったが、由香里
がピアノをやめてからは、もっぱら母専用のお仕置き部屋として
使われてきた。
ひんやりとした湿気は由香里にとって今でも恐怖そのもの。
おまけに土蔵造りで音が外に漏れにくい構造になっているこの
部屋は子どもたちの悲鳴があがっても父を煩わせないですむため、
母にとっても都合がよかったのである。
六畳ほどのスペース。もちろん電気を点けなければ真っ暗だ。
このため、由香里も幼い頃はよくお仕置きとしてこの部屋に閉じ
込められていた。真っ暗な部屋で泣けど叫べど出してもらえない
恐怖は、今でも由香里のトラウマになっている。
部屋の電気が点くと部屋の様子がわかる。
今は使われていないアップライトピアノが奥にデンと置かれ、
古びたソファ、年代物の書棚、鳩時計なども目に入るが、調度品
のようなもの見当たらず、ただ、小天使が女神にお尻を叩かれて
いる可愛らしい油彩が額に入れて飾られているだけだった。
重い扉を締め切ると、ここでは小さな物音までが反響するよう
になる。由香里にとってはそれもまた大きなプレッシャーだった。
「さあ、それじゃあ、あなた、そこで裸になりなさい」
部屋に入るなりさっさとソファに腰を下ろした母が、未だ入口
付近に突っ立ってもじもじしている由香里に向かって命じる。
「えっ!?……」
戸惑う由香里に……
「いいでしょう裸になっても……今は寒い時期じゃないんだし、
女同士なんだから……さあ、パンツもみんな脱ぐのよ」
「だってえ……」
母の命に渋々脱ぎ始めた由香里だったが……
「ほら遅い。さっさとやって。今夜はもう遅いのよ。グズグズ
やってる暇はないわ」
母は由香里をせかす。
由香里は渋々服を脱いだ。もとより同性の母だから心の負担は
それほどでもないが、それでも、お風呂に入るわけでもないから
恥ずかしそうにしていると……
「こちらへ来て」
母はソファに座ったまま手招きする。
そして、目の前にやって来た由香里をその場で膝まづかせると、
その身体の表裏を丹念に調べ始めた。
顔、髪、耳……耳たぶにピアスの穴がまだ開いていないことを
確認すると……小さな胸。実は、由香里の胸は未だにAカップ、
他の場所は人並み発達しているのに、ここだけは遅れていた。
さらに下がってお臍からその下も……中学時代はまだ薄かった
陰毛も最近は綺麗に生えそろい女らしくなっているが母はさらに
その先も求めたのである。
「片足をテーブルの上に乗せて……」
由香里が言われた通り右足をソファテーブルに乗せると、母の
右手が緩んだ太股の間に滑り込む。
もし見知らぬ男性なら大声を出していたところだ。
しかし、母は由香里が幼い頃からこうした事を幾度となく繰り
返していた。
手探りながら、尿道口からヴァギナ、アヌス、クリトリスにも
その指は伸びる。
少女の聖域も母だけには開放されていたのである。
だから必要とあらばベッドで仰向けに寝かせ両足を上げて中の
様子を確認するなんてことも……
もちろん、拒否すれば目の玉が飛び出るくらい痛いお尻叩きを
覚悟しなければならないから、18歳になった今でも、由香里は
違和感なく母の指を受け入れてしまうのである。
表が終わると裏、つまり背中を見せる。
もちろん頭も首も肩甲骨も一通り見ていくが、やはりここでの
中心は試練を受けたお尻だった。
父から受けたゴム鞭のお仕置きがどれほどの効果を上げている
のか、母はそれが知りたかったのである。
その結論は……
「ん~~大丈夫そうね。うっ血もそんなにひどくなさそうだし、
これならまだ百回くらい大丈夫だわ」
『えっ!?何よ百回って……』
由香里にとってそれは好ましくない母の独り言だ。
だから、
「だめよ、まだ、もの凄く痛いんだから」
とは言ってみたものの……
「大丈夫よ。少しうっ血が出てるけど、このくらいが平手での
お仕置きにはちょうどいいの。さあ始めましょう。両手を胸の前
で組んで……」
母は由香里に恭順のポーズを求める。
この恭順のポーズは斉藤家の決まりごとだった。
もし、このポーズを子供たちが拒否すると、ひどいお仕置きが
目白押しでやって来るから子供の立場としてはやるしかなかった
のである。
「今日は予備校の自習室に残って勉強しているって嘘をついて
本当は六本木に行っていましたよね?」
母の問いに由香里は小さく「はい」と答えた。
もっともそれ以外の答えを母親は期待していないから由香里も
そう答えるしかないのだ。
すると……
「いらっしゃい」
母は自らの膝を叩く。
ここへうつ伏せになりなさいという合図だ。
嫌も応もない。久しぶりに素っ裸のまま母の膝の上へうつ伏せ
になった由香里。先ほど父からお仕置きを受けた時も同じように
母の膝にうつ伏せになったが、あの時は父が鞭を右手で使うので
由香里は母の左手から入ったが、今度は母の右手側から滑り込ま
なければならない。
こんなことがスムーズなのも、由香里自身こうしたことが一度
や二度でない証拠だった。
「親に嘘をついてはいけません。もし、急用ができて電話した
時、そこにあなたがいなかったら、私たちが心配するでしょう。
今、どこにいるかはちゃんと私たちに伝えなきゃ。そしてそれが
伝えられないような処へは行かないの。わかった?」
「はい、ごめんなさい」
「わかったら、その事をしっかりお尻で覚えなさい」
母はこう言うと由香里のお尻を叩き始める。
「ピシッ」「あっ、痛い」
「ピシッ」「ひぃ~~~」
「ピシッ」「だめえ~~」
由香里はたった3回ぶたれただけで絶叫する。
母は父と違って平手。でも、むき出しのお尻を思いっきりぶつ
ものだから、その方がよっぽど痛かったのである。
「ピシッ」「いやあ~~お願い」
「ピシッ」「もうしませんから~~」
「ピシッ」「だめえ~~壊れるよ~~」
「いつも大仰な子ね。こんなことで女の子は壊れません。ほら、
ジタバタしないの。足をバタつかせるから大事な処が見えてるわ
よ」
「ピシッ」「見えてもいい。やめて~~痛いから~~」
「何言ってるの。痛いのは当たり前でしょう。お仕置きしてる
んだもの。あなた、撫でてもらえるとでも思ったの?」
「ピシッ」「いやあ~~だめえ~~~」
「ピシッ」「もうしないから~~~」
由香里は自分の大事な場所が外気に晒されてもかまわず両足を
バタつかせるが、これで1サイクルが終了。
母の膝に寝そべっていた大きな赤ちゃんは先ほどの床に戻され
再び膝まづいた姿勢で両手を胸の前で組まなければならない。
その娘に対して母親は……
「お母さん、ディスコがどんな処か知りません。でも、受験生
のお前が行くところじゃないのはわかります。あなたは、すでに
社会人の清美さんや大学生の真理さんとは身分が違うの。あの人
たちが行くからって一緒について行っちゃいけないの。分かる?」
「はい、わかりました」
由香里はこうとしか言えなかった。
そして、再び……
「分かったんなら、ここへいらっしゃい」
こう言われて母の膝へと戻るのだ。
「ピシッ」「いやあ~~~もうしないで~~~」
「ピシッ」「痛い痛い痛い、死ぬ死ぬ死ぬ」
「ピシッ」「いやあ~~もうしませんから~~」
「ピーピーとうるさい子ねえ。久しぶりにお仕置きされたから
痛いだけでしょうが。このくらいの痛みにも耐えられないって、
18にもなってだらしがないんだから……」
「ピシッ」「いやあ~~~死ぬ~~死ぬ~~~死んじゃう」
「こんなことで死にません。大仰に騒ぎ立てないの。あなた、
いつまでも子どもなんだから。お外、通る人に聞こえるわよ」
母は叱りつけるように言い放ったが効果はなかった。
「ピシッ」「ぎゃあ~~だめえ~もうしないで、もうしない…
(ゲホ、ゲホ、ゴホ、ゴホ、ゴホン)」
この時、由香里の喉に痰が絡む。
すると、咄嗟に母がティシュを娘の口元に当てて吐き出させる。
あっという間の連係プレー。こんなことも日頃お尻叩きが親子で
日常的に行われているからできることだった。
無論、だからといって、これで終わりではない。
「ピシッ」「ごめんなさい、ごめんなさい、もうしません」
「ピシッ」「いやだ、いやだ。もうぶたないで、許してお願い」
「あ~ピーピーとうるさいわね。あなた、もう小学生じゃない
のよ。少しは慎みなさい。足もバタバタ跳ね上げて、年頃の娘が
みっともないでしょう。いくら親でも目のやり場に困るわ」
母は、真っ赤になった娘の尻たぶを掴むと、自分の成果を確認
しながら話す。
一方、由香里はというと、こちらは後ろを振り返る余裕もない
様子で……
「ごめんなさい、ごめんなさい、もうしません」
消え入るような声で答えるだけ。
「ピシッ」「あ~~~~~~」
「ピシッ」「ひぃ~~~~~」
「ピシッ」「うっ~~~~~」
由香里は母に言われて一時(いっとき)母の平手を必死に我慢
する。
「ほら、ごらんなさい。やろうと思えばできるじゃない。……
女の子は耐えるのが仕事なの。こんなにだらしないんじゃお嫁に
行った先からすぐに追い返されちゃうわね。……いいこと、今度
騒いだら、お仕置きをお灸に切り替えますからね。覚悟しときな
さい」
母の言葉は由香里には強烈だった。もちろん、お灸を据えられ
たことは過去に幾度もある。だから、それがいかに強烈に熱いか
知っているわけだが、彼女にとって問題はそれだけではなかった。
灸痕と呼ばれる火傷の痕がこの先もお尻に残ったらどうしよう。
由香里の心配はむしろそこにあったのだ。
「あなた、お年玉を使って大きな買い物をする時は、必ず私に
相談するって約束したわよね。あの約束はどうなったの?反古?」
母はそう言うとお尻を叩く。
「ピシッ」
「うっ……それは……(そんな約束したっけ?)」
母との約束はどうやらなかったみたいだが、そんなの関係ない。
こんな時、母は勝手に約束を追加してしまうのだった。
「あれ、いくらしたの?」
「ピシッ」
「じゅう……に…万円くらい」
由香里は搾り出すような声で答える。
「そう……あなた、随分お金持ちなのね。たった一晩のことに
12万円も出せるんて……」
「べつに一晩ってわけじゃあ……」
由香里が思わず口を滑らすと……
「あなた、毎晩通うつもりでいたの?」
「ピシッ」
「いやあ~~そうじゃなくて……」
真っ赤なお尻が震える。
「あなた、何様のつもり。あなたはまだ受験生なのよ。勉強が
第一じゃないの」
「ピシッ」
「いやあ~~やめて~~」
「やめて欲しいのはこっちよ。まるでサーカスの道化役みたい
な下手くそな化粧して、ピチピチのドレス着て、テレビに映った
ときは、いったいどこのバカ娘かしらって思ったわ。あれ、また
やるつもりでいたのかしら?」
「ピシッ」
「いやあ~」
「ピシッ」
「だめえ~」
「ピシッ」
「ごめんなさい」
「うちもお金のなる木があるわけじゃないの。あなたそんなに
持ってるのなら自分で予備校のお金払いなさい。アルバイトでも
何てでもして自分で大学に行きなさい」
「そんなあ~」
「何がそんなあ~~よ。甘ったれるんじゃないわよ」
「ピシッ」
「ぎゃあ~~だめえ~もうしないで、もうしない…」
「ピシッ」
「いやあ~~~~ああああああ」
その時、甲高い悲鳴が急に低い声に変わる。
「あ~あ、何なのこの子、このくらいのことで粗相なんかして、
ホントにだらしないんだから……」
「ピシッ」
「……」
今まであんなにもワーワーギャーギャー騒いでお仕置きされて
いた由香里がその一撃だけ声を出さなかった。
理由は簡単。恥ずかしかったからだ。
女の子にとってはどんな痛みより恥ずかしい事が一大事だった
のである。
母は、由香里を膝の上からいったん払い除けると、呆然として
立ち尽くす娘を尻目にロココ調の書棚へ。
しかし、母は本を取りに行ったわけではない。今、その書棚に
納まっているのは蔵書ではないのだ。
色んな種類の鞭やピストン式の浣腸器、お灸をすえるための艾
といった当時子どもを折檻をする為に使っていたお道具の数々が
所狭しと詰め込まれていたのである。
それを見た由香里の顔が真ざめたのは当然だろう。
しかし、母は別の折檻を思いついたわけではない。
書棚の引き出しからタオルを数枚持ち帰ると、由香里の鼻先へ。
これで自分の粗相を綺麗にしなさいということだったのである。
幼い子ならこうした場合、母親がやってくれるかもしれないが、
18歳にもなる娘にそこまではしてくれない。
由香里は、まずその一枚で自分の股間を綺麗にすると、残った
タオルで床も拭く。
ソファに悠然と腰を下ろす母の目の前で、四つん這いになり、
赤いお尻をフリフリしながら、自分で粗相したオシッコを丹念に
丹念に拭き取らされたのである。
そして、やっとのことでその仕事が終わると、使ったタオルは
バケツの中へ。
しかし、これでお仕置きが終わったわけでもなかった。
由香里は一息入れる間もなく母が視線を動かせば、それだけで
再び母の足元に膝まづく。再度母が視線を動かせば今度は胸の前
で両手を組む。
長年の習慣。こんな時、親子に言葉はいらなかった。
「ごめんなさい。粗相してしまいました。お仕置きして下さい」
「まったく、18にもなって、あなたはよくよくだらしがない
わね。今度やる時はお浣腸してからにしましょう。いいですね」
「はい、お母様」
由香里はこう言うしかなかった。
これ以外、何を言っても叱られるからである。
「さあ、いらっしゃい」
由香里は膝を叩く母の声と一緒に再び膝の上へ。
「どんなに痛くても悲鳴をあげない。身体をジタバタさせない。
お尻叩きは言葉の代わりに痛みをお尻に覚えさせる事が大事なの。
大声を上げたり身体をバタつかせたりしたら、痛みというお薬が
お尻から吸収されないわ。そんなに時はまた別の罰を与えます。
……いいですね」
凛とした母の言葉。どうやら母は本気モード。
「はい、お母様」
由香里に逃げ場はなくなってしまったのである。
「ピシッ」
「今度、嘘をついたらどんな罰でも受けます」
母は、由香里のお尻を一つ叩くたびに口上を述べる。つまり、
口移し。由香里はすぐに母の言葉を復唱しなければならない。
「今度、嘘をついたらどんな罰でも受けます」
「ピシッ」
「今度お尻叩きを受ける時はお浣腸もお願いします」
「今度お尻叩きを受ける時はお浣腸もお願いします」
バカなことだと思う。だけどやらなければならなかった。
「ピシッ」
「今度お尻叩きで騒いだらお灸のお仕置きもお願いします」
「今度お尻叩きで騒いだらお灸のお仕置きもお願いします」
人権侵害だと思う。でもやらなければならなかった。
「ピシッ」
「今度約束を破ったらお父様から裸のお尻に鞭をいただきます」
「今度約束を破ったらお父様から裸のお尻に鞭をいただきます」
「え~」
由香里が思わず不満を口にしようものなら……
「何言ってるの!そのくらい当たり前でしょうが!!」
と、すぐに母から凄まれる。
「だって、私、もう18だし……」
などと言ってみても……
「何言ってるの。18が20でもあなたはお父様の子どもなの。
お父様は他人じゃないのよ」
「だって~~」
さらに由香里がごねると……
「そう、……わかったわ」
「ピシッ」
「今度約束をやぶったら、御国園に行きます」
「ちょっ……ちょっと、待ってよ。そんなのないわよ」
由香里は思わず顔を上げて母を見る。
しかし……
「何言ってるの。あなたお父様のお仕置きが嫌なんでしょう?
だったら仕方がないじゃない。あなたがいくつかなんて関係ない
の。女の子はお嫁に行くまでお父様の娘だもの。お仕置きも当然、
そこで裸になるんだって当たり前。それができないなら、あなた
の居場所は懲戒所しかないでしょう。それをあなたが拒むことは
できないわ。日本の法律では子どもの居場所は親が決めることに
なってるんだから」
「そんなの人権侵害よ」
由香里は涙目涙声で訴えるが……
「何、生意気言ってるの。まだ世間の風から保護されてる身で
大仰なこと言わないのよ。お父様は兄弟の中でもあなたを何より
大切になさってるんだから。その好意を無にしちゃいけないわ。
今日だって、あなたのスカートを捲ろうとしたら首を振って止め
たのはお父様なのよ」
「どうなんだか。時々私のこといやらしい目で見るんだから。
心の中じゃ何考えてるんだかわからないわ」
由香里は反発したが……
「由香里!!いい加減になさい!!」
母に一喝されるとその後はまた床に視線を落としておとなしく
なってしまう。
結局……
「今度約束をやぶったら、御国園に行きます」
由香里は母にこう言わざるを得なかった。
斉藤家の子どもたちはこうして母親の言いなりに次の機会での
お仕置きを色々と約束させられてしまう。
「さあ、もう一度よ」
母はそう言うと再び娘のお尻を叩き始める。
「ピシッ」
「今日はどこへ行ったの?」
「ディスコです」
「ピシッ」
「お父様にはお断りを入れたの?」
「いいえ」
「ピシッ」
「嘘をついたの?」
「そうです」
「ピシッ」
「ディスコへ行くためドレスを買ったわね。それは、ちゃんと
ご報告した?」
「いいえ」
「ピシッ」
「じゃあ、罰を受けても仕方がないわね」
「はい……でも、もうやめて、痛くて痛くてもうだめなんです」
突然、由香里は泣き言を言ったが……
「ピシッ」
「何言ってるの。痛いからお仕置きなんでしょうが……最近は
お仕置きが減ってるからあなたのお尻がだらしなくなってるだけ
よ。我慢しなさい」
「ピシッ!!」
母はそれまで以上の威力で由香里のお尻を叩く。
「…………」
思わず海老ぞりになった由香里だったが声はでなかった。
すると……
「ほら、ごらんなさい。静かにできるじゃない。甘えないの」
「ピシッ!!」
再び強い衝撃が……
「だめえ~~~もうホントにだめ~~~」
「もう聞き飽きました。そんなに私たちのお仕置きがいやなら
やっぱり御国園に行きなさい」
「ピシッ!!」
「だめえ、それはもっとだめ」
由香里は声を振り絞り必死になって頭を左右に振ってみせるが
……
「あなたみたいに根性のない子は一日中お仕置きしてくれる処
で鍛えてもらった方がいいの」
「ピシッ!!」
「いやあ、絶対に嫌~~~」
「だったら素直になりなさい」
「ピシッ!!」
「ごめんなさい」
「そう、じゃあ、私たちのお仕置きなら何でも受けるのね?」
「ピシッ!!」
「はい」
「次に悪さしたら、お股の中にお灸。わかりましたか?」
「ピシッ!!」
「はい」
「ベッドに縛り付けて歯が折れるほど熱いのをすえてあげます。
いいですね」
「ピシッ」
「はい、いいです」
「鞭はケイン。百回は叩きますよ。皮膚が裂けて血が出るけど
仕方ないわね」
「ピシッ!!」
「はい」
「お浣腸も必要ね。しっかりお腹にグリセリンを入れてあげる
から、お庭でしてちょうだい」
「ピシッ!!」
「はい」
「そうね、誰もいないと寂しいでしょうから、お父様に見てて
いただきましょう。いいですね」
母がそう言うと、これまで従順だった由香里が再び顔を上げる。
でも……
「何なの!不満なの。御国園の方がいい!」
こう凄まれると由香里は何も答えられない。
父の目の前で排泄するなんて、女の子にとってはぶたれること
より何倍も強いショックだったのだ。
母のスパンキングはたっぷり平手で50回。赤いお尻は感覚が
なくなるほどジンジンしていて、女の子としてのプライドもズタ
ズタ。心も折れて放心状態になった娘を今度は母がやさしく抱き
上げる。
「良い子ね、あなたは私の天使ちゃんなの。もうおいたしちゃ
だめよ」
こうして抱き上げられ子は幼児に戻って、
「はい、お母様」
と返事をしなければならなかった。
実は、ここまでが斉藤家のお仕置き。
もし、これを嫌がると……
「ピシッ」
「いやあ~~~ごめんなさい、もうしませんから~~~」
最初に戻ることになるのだった。
*********************
『天国へ行く夢』 ~ Hありません ~
『天国へ行く夢』
僕は、昔、天国というか天国のような場所に行く夢をよく見た。
気がつくと僕は盥のような小さな船に乗っていて川を下っている。
途中、いくつもの分岐点があって、そこには例えば『知性』とか
『素行』『忍耐力』『理性』なんて看板があってそこには誰かしら
が立っている。男性の時もあるし、女性の時もある。若者、老人、
そういえば大きな蛙とか白蛇とか人間でないものもあったけど、
僕の場合は蛇が嫌いだから、そんな時は全身の毛穴が開いて卒倒
しそうになるのだが幸いそこにいる人なり動物なりが僕に危害を
加えた事は一度としてなかった。
僕を乗せた盥はやがてその分岐点を右なり左なりに流れていく。
そうやって幾つもの分岐点を自分の意思とは無関係に通り過ぎ
ていくと、やがて、盥は大きな滝を流れ落ちる。
その落ちていく瞬間、のどかな村の景色がちらりと見えるが、
そこがどこなのか皆目分からない。
落ちていく滝壺までは何十メートルもある落差だから、これは
当然助からないと思いきや、僕の体はある巨大な女性の手の平で
受け止められる。
しかし、僕の体は助かったと思うまもなく、彼女の口の中へと
吸い込まれるのだ。
要するに巨大な顔の巨大な口の女性に飲み込まれるわけだが、
これが不思議にも、滝壺に落ちた時のような恐怖感がない。
暗い通路をゆっくりと落ちていき、やがてこれ以上は落ちない
場所まで辿り着くと疲れが出たのか僕は心地よさを感じてそこで
寝てしまう。
どれほど寝たかは分からないが、その瞬間は強烈な光を感じて
僕は目を覚ます。
そして、その強い光に導かれるようにして歩き出し、その光の
場所へと出た瞬間、夢はいったん途切れてしまうのだ。
次は、もう朝。母の胸の中で穏やかに目を覚ます。
「どうしたの?怖い夢でもみたの?」
母に尋ねられた僕は首を振る。
僕は母にも夢の中身は話したことがなかった。
ただ、強い光の世界で起こった出来事が、極めて断片的にだが
覚醒した脳裏に現れ、そしてその断片をジグソーパズルのように
つなぎ合わせると、それはそれで一つの物語として完成するのだ
った。
強い光の世界へと出た私を待っていたのは、私を飲み込んだ人
の笑顔。
美しい笑顔は私を包み込む。僕のベッドは彼女の片方の頬だけ
で十分だ。
何しろ私と彼女の身体は10倍以上違っているから僕の存在は
手のひらの中に十分納まるのだ。
やがて、僕の目の前には彼女が自然に曲げた薬指の先が現れ、
その爪の先を僕は何の躊躇もなくしゃぶり始める。
むしゃぶりつく爪の間からミルクが……
「美味しい?」
その女性に尋ねられたが、僕は答えなかった。
美味しいのか美味しくないのか、判断がつかないからだ。
ただ、ミルクが僕の喉を潤して、お腹の中へと流れ込む時に、
絵も言われぬ快感を僕に与えてくれたのは確かだった。
身体全体がふぁ~~としていて、とても暖かくとにかく眠い。
その極楽気分のままに寝てしまうと、私は夢の中の夢の世界へ。
今度は大きなはすの葉に乗り川を下っていく。
辺りは最初真っ暗だったが、次第次第に夜が明け川の幅や流れ
行く速度なども分かってくる。何より、周囲が明るいと心が落ち
着く。
今度の川は川幅が狭く、ゆっくりと流れ、川岸にも多くの草花
がある。そのせいか、これからどこに流れて行くのか分からなく
ても心は落ち着いていた。
やがて、そんな川岸に誰かが立っているのが見える。
近づくとお地蔵様だった。
そして、私がそのお地蔵様を通り過ぎようとした瞬間、私は、
額に水のしぶきを感じる。
僕がその水しぶきを跳ね除けようと額の中心を触ると、そこが
小さく盛り上がっている。
ほくろが一つできていた。
冷ややかなほくろを気にしていると、やがて、声が聞こえた。
聞き覚えはあるが、どこで聞いたかは分からない声だ。
「心を無にして聞きなさい。お前は、これから私たちとここで
暮らすことになる。不自由かもしれぬが慣れれば住みよい処だ」
「はい」
私は返事をしたが、わけはわかっていなかった。
ただ、遠い過去に地獄へ行くことを嫌ったのを思い出した。
『地獄へ来い。その方が楽しいぞ』
仲間たちの忠告を無視して私は盥の船に乗って極楽を目指した
のだ。
と、なると……これは大願成就ということになるんだろうか?
しかし、そこに不思議と満足感はない。
蓮の葉はさらにスピードを緩め、やがて小さな桟橋に流れ着く。
着いたとたん、座って前を見ていたはずの私の身体が倒れて、
美しく青い空が見えた。
『何て、澄み切った空なんだ』
そう思って眺めていると、そこに二人の顔が現れた。
見知らぬお爺さんとお婆さんだが、なぜか懐かしい気持がした。
その二人に私は身体を抱かれる。
実はこの時、私は赤ん坊の身体になっていたのである。
私は二人の住む藁ぶき屋根の家に移され、そこで育てられる。
ミルクはここでも二人の薬指をしゃぶることで出てきた。
そんな生活がどれほどの期間続いたのかは分からないが、僕の
身体は日増しに大きくなっていき、部屋の中を這い、庭を駆ける
頃になると迎えがやってくる。
五色に彩られた牛車が天空から現れて僕を乗せて連れ去るのだ。
僕は天へ戻る牛車から地上のお爺さんお婆さんを眺めることが
できたが、その顔は驚きと言うより納得の笑顔だった。
そして、その牛車で僕を抱いているのは僕が最初に抱かれた人。
この女の人が僕を天上の世界へと連れて行ったのである。
天上の世界は紫雲の上に広がる平原で常に心地よい音楽が流れ
ている。ここには地上にあるような家や野山はない。ここにある
のは、青い空と僕の体を包み込む雲の流れだけ。
殺風景な景色に思えるかもしれないが、ここでは、それを想像
しさえすれば何でも思い通りになる。豪華な寝台も美しい調度品
も、広い庭やそこへ集まる小鳥たち。里山や田畑や小川までもが
自由にデザインされていきなり目の前に現れるのだ。
『所詮は夢の世界』
僕はこれが夢の世界であることを自覚しながら夢を見ている。
しかし、それでいてなお『これは夢ではない』と自覚するもの
があった。
それが、彼女の人肌。僕は今が夢の世界であると自覚しつつも、
この肌にまとわりつく女の柔肌を『これは夢』と片付けることが
できなかった。
その彼女、この天上でいろんな世界を私に描いてみせた。
そして、描かれた彼女の世界観を私は受け入れることになる。
自然の摂理、人の心から見る政治、経済、歴史、そして未来図。
それら哲学の全ては、こうやって私が10歳までに彼女の胸の中
で学んだものであり、私が学校や大学でやってきた事というのは、
実は、それらの検証作業をやっているにすぎないと後から気づく
ことになるのだった。
そう、だから良い悪いは別にして私の頭の中はすでに10歳で
固まってしまったのだ。
**************************
僕は、昔、天国というか天国のような場所に行く夢をよく見た。
気がつくと僕は盥のような小さな船に乗っていて川を下っている。
途中、いくつもの分岐点があって、そこには例えば『知性』とか
『素行』『忍耐力』『理性』なんて看板があってそこには誰かしら
が立っている。男性の時もあるし、女性の時もある。若者、老人、
そういえば大きな蛙とか白蛇とか人間でないものもあったけど、
僕の場合は蛇が嫌いだから、そんな時は全身の毛穴が開いて卒倒
しそうになるのだが幸いそこにいる人なり動物なりが僕に危害を
加えた事は一度としてなかった。
僕を乗せた盥はやがてその分岐点を右なり左なりに流れていく。
そうやって幾つもの分岐点を自分の意思とは無関係に通り過ぎ
ていくと、やがて、盥は大きな滝を流れ落ちる。
その落ちていく瞬間、のどかな村の景色がちらりと見えるが、
そこがどこなのか皆目分からない。
落ちていく滝壺までは何十メートルもある落差だから、これは
当然助からないと思いきや、僕の体はある巨大な女性の手の平で
受け止められる。
しかし、僕の体は助かったと思うまもなく、彼女の口の中へと
吸い込まれるのだ。
要するに巨大な顔の巨大な口の女性に飲み込まれるわけだが、
これが不思議にも、滝壺に落ちた時のような恐怖感がない。
暗い通路をゆっくりと落ちていき、やがてこれ以上は落ちない
場所まで辿り着くと疲れが出たのか僕は心地よさを感じてそこで
寝てしまう。
どれほど寝たかは分からないが、その瞬間は強烈な光を感じて
僕は目を覚ます。
そして、その強い光に導かれるようにして歩き出し、その光の
場所へと出た瞬間、夢はいったん途切れてしまうのだ。
次は、もう朝。母の胸の中で穏やかに目を覚ます。
「どうしたの?怖い夢でもみたの?」
母に尋ねられた僕は首を振る。
僕は母にも夢の中身は話したことがなかった。
ただ、強い光の世界で起こった出来事が、極めて断片的にだが
覚醒した脳裏に現れ、そしてその断片をジグソーパズルのように
つなぎ合わせると、それはそれで一つの物語として完成するのだ
った。
強い光の世界へと出た私を待っていたのは、私を飲み込んだ人
の笑顔。
美しい笑顔は私を包み込む。僕のベッドは彼女の片方の頬だけ
で十分だ。
何しろ私と彼女の身体は10倍以上違っているから僕の存在は
手のひらの中に十分納まるのだ。
やがて、僕の目の前には彼女が自然に曲げた薬指の先が現れ、
その爪の先を僕は何の躊躇もなくしゃぶり始める。
むしゃぶりつく爪の間からミルクが……
「美味しい?」
その女性に尋ねられたが、僕は答えなかった。
美味しいのか美味しくないのか、判断がつかないからだ。
ただ、ミルクが僕の喉を潤して、お腹の中へと流れ込む時に、
絵も言われぬ快感を僕に与えてくれたのは確かだった。
身体全体がふぁ~~としていて、とても暖かくとにかく眠い。
その極楽気分のままに寝てしまうと、私は夢の中の夢の世界へ。
今度は大きなはすの葉に乗り川を下っていく。
辺りは最初真っ暗だったが、次第次第に夜が明け川の幅や流れ
行く速度なども分かってくる。何より、周囲が明るいと心が落ち
着く。
今度の川は川幅が狭く、ゆっくりと流れ、川岸にも多くの草花
がある。そのせいか、これからどこに流れて行くのか分からなく
ても心は落ち着いていた。
やがて、そんな川岸に誰かが立っているのが見える。
近づくとお地蔵様だった。
そして、私がそのお地蔵様を通り過ぎようとした瞬間、私は、
額に水のしぶきを感じる。
僕がその水しぶきを跳ね除けようと額の中心を触ると、そこが
小さく盛り上がっている。
ほくろが一つできていた。
冷ややかなほくろを気にしていると、やがて、声が聞こえた。
聞き覚えはあるが、どこで聞いたかは分からない声だ。
「心を無にして聞きなさい。お前は、これから私たちとここで
暮らすことになる。不自由かもしれぬが慣れれば住みよい処だ」
「はい」
私は返事をしたが、わけはわかっていなかった。
ただ、遠い過去に地獄へ行くことを嫌ったのを思い出した。
『地獄へ来い。その方が楽しいぞ』
仲間たちの忠告を無視して私は盥の船に乗って極楽を目指した
のだ。
と、なると……これは大願成就ということになるんだろうか?
しかし、そこに不思議と満足感はない。
蓮の葉はさらにスピードを緩め、やがて小さな桟橋に流れ着く。
着いたとたん、座って前を見ていたはずの私の身体が倒れて、
美しく青い空が見えた。
『何て、澄み切った空なんだ』
そう思って眺めていると、そこに二人の顔が現れた。
見知らぬお爺さんとお婆さんだが、なぜか懐かしい気持がした。
その二人に私は身体を抱かれる。
実はこの時、私は赤ん坊の身体になっていたのである。
私は二人の住む藁ぶき屋根の家に移され、そこで育てられる。
ミルクはここでも二人の薬指をしゃぶることで出てきた。
そんな生活がどれほどの期間続いたのかは分からないが、僕の
身体は日増しに大きくなっていき、部屋の中を這い、庭を駆ける
頃になると迎えがやってくる。
五色に彩られた牛車が天空から現れて僕を乗せて連れ去るのだ。
僕は天へ戻る牛車から地上のお爺さんお婆さんを眺めることが
できたが、その顔は驚きと言うより納得の笑顔だった。
そして、その牛車で僕を抱いているのは僕が最初に抱かれた人。
この女の人が僕を天上の世界へと連れて行ったのである。
天上の世界は紫雲の上に広がる平原で常に心地よい音楽が流れ
ている。ここには地上にあるような家や野山はない。ここにある
のは、青い空と僕の体を包み込む雲の流れだけ。
殺風景な景色に思えるかもしれないが、ここでは、それを想像
しさえすれば何でも思い通りになる。豪華な寝台も美しい調度品
も、広い庭やそこへ集まる小鳥たち。里山や田畑や小川までもが
自由にデザインされていきなり目の前に現れるのだ。
『所詮は夢の世界』
僕はこれが夢の世界であることを自覚しながら夢を見ている。
しかし、それでいてなお『これは夢ではない』と自覚するもの
があった。
それが、彼女の人肌。僕は今が夢の世界であると自覚しつつも、
この肌にまとわりつく女の柔肌を『これは夢』と片付けることが
できなかった。
その彼女、この天上でいろんな世界を私に描いてみせた。
そして、描かれた彼女の世界観を私は受け入れることになる。
自然の摂理、人の心から見る政治、経済、歴史、そして未来図。
それら哲学の全ては、こうやって私が10歳までに彼女の胸の中
で学んだものであり、私が学校や大学でやってきた事というのは、
実は、それらの検証作業をやっているにすぎないと後から気づく
ことになるのだった。
そう、だから良い悪いは別にして私の頭の中はすでに10歳で
固まってしまったのだ。
**************************
『ガキ大将』 ~真のリーダー~
『ガキ大将』
聞くに堪えない親から虐待や友だちからの陰湿ないじめなどが
テレビのニュースで流れるたびに思うのだが、僕の子ども時代は
恵まれていたのかもしれない。
僕の場合、家は中流家庭だったが、親からも教師からもおよそ
お仕置き(体罰)を受けた経験がほとんどない。単に鈍感なだけ
だったのかもしれないが、誰かに虐められたという記憶もない。
僕を相手にすると、結局は教師を相手にすることになってしまう
からクラスメートがそれを嫌がっただけということなのかもしれ
ないが……とにかく学校で嫌な思いをさせられたことはなかった
ように思う。
『……よって、僕は幸せな学園生活を送ることができた』
と、まあ結論づけたいところだが、これが、そうでもなかった。
何しろ歪んだ性格のせいで友だちが極端に少なかったのだ。
幼稚園入園から高校卒業まで、どの年度をとっても僕のそばに
いる友だちというのはせいぜい二三人程度。大勢に囲まれて騒い
だという記憶がないのだ。そもそも僕の言葉を理解し、かつ辛抱
強く毒舌を聞き続けてくれる子がそんなに多いはずがもないから
それは仕方のないことかもしれないけど。
僕だってべつに孤独を愛していたわけではない。できれば多く
のクラスメイトと屈託なく話をしたかったが、これが意外と難儀
だったのである。
例えば幼稚園時代、『電車ごっこ』という意味が分からず……
「電車は鉄の塊、切符を買って乗るの。こ~~んなに大きんだ。
知らないのか?……これ何?縄跳びの紐じゃないか。君たち、何
考えてるの?」
とか言ってしまい、思いっきり顰蹙をかったことがあったけど、
その後もこうした病は治らなかった。
(自己弁護するけど、これって悪意はまったくないんだ)
それでも何とか仲間に入りたいとは思っていたから、僕だって
努力はしたんだよ。一応それなりに……
偉そうな物言いや知ったかぶりはタブー。みんなが知らない事
は、こちらも『知らない』で通す。逆にみんながやると決めた事
は『これって親や教師に知れるとやばそうだ』と思っても一度は
友達と一緒にやってみる。お付き合いは人間関係の基本だからだ。
とまあ、こんな調子で、やってはみたんだ。
(これって、父の入れ知恵だったりするわけだけど……)
おかげで母を悲しませたり、教師に廊下に立たされたりもした
んだけど、でも、そのおかげで視野はいくらか広がった気がする。
その成果が最初に出たのは小4の時だった。
ちょっと乱暴だったけど、体力があって男儀があって統率力の
あるガキ大将にもめぐり合えたんだから。
それはそれで僕にしたら進歩だったんじゃないかなと思ってる。
いや、正確に言うと、2クラスしかない小さな学校だったから
彼のことは小学校入学当時から知ってはいたんだけど、それまで
ずっと無視し続けていた。
母や女の子たちの影響なんだろうね、僕の心の中で彼の評価は
『クラスの中の困ったちゃん』でしかなかったからだ。
それが、四年生の夏。無謀にも彼と喧嘩をして負けてしまい、
その後は彼に付き従わなければならなくなった。
(そういう約束で喧嘩したから)
子分というのか客分というのかそのあたり立場は微妙なのだが、
いずれにしても、彼が率いるガキ大将クラブの中で、僕はありの
ままの彼を見る機会に恵まれたのである。
そばで見る彼は女の子たちが噂するような粗暴な暴君ではなく、
頼もしい兄貴みたいな人なのだ。
体力、ガッツ、克己心、逆境でも捨て鉢にならない自制心……
そうそう女の子のような偽善的なヒューマニズムではなく本当の
ヒューマニズムも彼から習った。
とにかく僕には無いものばかり色々持ってるもんだからむしろ
羨ましかったんだ。
最初は喧嘩に負けて渋々着いて行っただけ。だけど、そのうち
母の反対を押し切ってこちらが追っかけをするまでになる。
僕の方が惚れてしまったのだ。
そして三学期。僕は彼を学級委員の選挙に立候補させて、当選
させてしまう。
女の子の支持はなくても男の子からは圧倒的支持だった。
ところが……
成績のよくない、粗暴な振る舞いも目立つ彼に学級委員は無理
と判断したのだろう「もう一度みんなでよく考えてみましょう」
などと担任の先生が再考を促してきた。
ただ、それに強く異を唱えたのは僕だった。
もちろん一介の生徒の発言など担任の教師にしてみたら取るに
足らないかもしれないけど、僕はそれまで先生との間で築き上げ
てきた信用を投げて選挙結果を認めてくれるように訴えたんだ。
というのも、これは彼へのお礼のつもりでもあったから。
ある日、担任教師が不在の学級会で生徒がガヤついてどうにも
収拾のつかない時があったんだけど、そんな最中のことだ。
一人遅れて入って来た彼が開口一番、「みんなうるさいぞ」と
言ったら、どうだ、教室が一瞬にして水を打ったように静かにな
ったんだ。
これはお調子者が奇声をあげた為にほんの一瞬静まったという
レベルではない。彼に遠慮して穏やかにしているのだ。
僕はその瞬間の出来事を忘れることができなかった。
昔の僕だったら、『それは彼がみんなを脅したから』と単純に
割り切った考えをしたに違いない。しかし、彼と一緒に過ごして
みると、現実がそうでないのがよくわかる。
権力や後ろ盾の無い彼は普段の努力と気遣いでみんなの信用を
勝ち得ているのだ。
その友だちとの間で築いた信用をここで投げ、静かにするよう
頼んでくれた。(そう、これは脅したのではない。頼んだのだ)
その結果として、今、この静寂が続いているとわかるのだ。
友だち想いで、友だちと決めた約束はどんな些細なことも守り
抜く。大人たちの常識や価値観に左右されず自分の信念を貫く。
泣き言を言わない。嘘をついてまで罰を逃れようとしない。大人
たちからのお仕置きにも平然としていて恐れない。子どもだけど
とにかく肝が据わっている子だった。
そもそもヤクザの倅だからお母さんたちの評判だってよくない。
当時、学校の周囲は田んぼや里山。そこで遊んで帰るからいつも
制服は泥だらけ。ランドセルの片方のベルトが切れていて、家で
補修してくるから朝は背負ってくるけど、帰りる時にはいつの間
にかそれが切れていて、繋がってる片方のベルトを肩に引っ掛け
て帰るのが常だ。
僕たちの学校では信じられないほどの異端児だったんだけど、
偉そうなこと言っても何一つ他人の役に立たない僕なんかより、
彼はよっぽど立派なリーダーだったのだ。
こう感じてる子はおそらく僕だけじゃないはずで、だからこそ
ざわついていた教室が静まりかえるわけで、女の子の評価では、
『薄汚れた厄介者』としか映らないのかもしれないけど男の子は
こういう人に魅力を感じてついていくんだと僕は思っている。
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聞くに堪えない親から虐待や友だちからの陰湿ないじめなどが
テレビのニュースで流れるたびに思うのだが、僕の子ども時代は
恵まれていたのかもしれない。
僕の場合、家は中流家庭だったが、親からも教師からもおよそ
お仕置き(体罰)を受けた経験がほとんどない。単に鈍感なだけ
だったのかもしれないが、誰かに虐められたという記憶もない。
僕を相手にすると、結局は教師を相手にすることになってしまう
からクラスメートがそれを嫌がっただけということなのかもしれ
ないが……とにかく学校で嫌な思いをさせられたことはなかった
ように思う。
『……よって、僕は幸せな学園生活を送ることができた』
と、まあ結論づけたいところだが、これが、そうでもなかった。
何しろ歪んだ性格のせいで友だちが極端に少なかったのだ。
幼稚園入園から高校卒業まで、どの年度をとっても僕のそばに
いる友だちというのはせいぜい二三人程度。大勢に囲まれて騒い
だという記憶がないのだ。そもそも僕の言葉を理解し、かつ辛抱
強く毒舌を聞き続けてくれる子がそんなに多いはずがもないから
それは仕方のないことかもしれないけど。
僕だってべつに孤独を愛していたわけではない。できれば多く
のクラスメイトと屈託なく話をしたかったが、これが意外と難儀
だったのである。
例えば幼稚園時代、『電車ごっこ』という意味が分からず……
「電車は鉄の塊、切符を買って乗るの。こ~~んなに大きんだ。
知らないのか?……これ何?縄跳びの紐じゃないか。君たち、何
考えてるの?」
とか言ってしまい、思いっきり顰蹙をかったことがあったけど、
その後もこうした病は治らなかった。
(自己弁護するけど、これって悪意はまったくないんだ)
それでも何とか仲間に入りたいとは思っていたから、僕だって
努力はしたんだよ。一応それなりに……
偉そうな物言いや知ったかぶりはタブー。みんなが知らない事
は、こちらも『知らない』で通す。逆にみんながやると決めた事
は『これって親や教師に知れるとやばそうだ』と思っても一度は
友達と一緒にやってみる。お付き合いは人間関係の基本だからだ。
とまあ、こんな調子で、やってはみたんだ。
(これって、父の入れ知恵だったりするわけだけど……)
おかげで母を悲しませたり、教師に廊下に立たされたりもした
んだけど、でも、そのおかげで視野はいくらか広がった気がする。
その成果が最初に出たのは小4の時だった。
ちょっと乱暴だったけど、体力があって男儀があって統率力の
あるガキ大将にもめぐり合えたんだから。
それはそれで僕にしたら進歩だったんじゃないかなと思ってる。
いや、正確に言うと、2クラスしかない小さな学校だったから
彼のことは小学校入学当時から知ってはいたんだけど、それまで
ずっと無視し続けていた。
母や女の子たちの影響なんだろうね、僕の心の中で彼の評価は
『クラスの中の困ったちゃん』でしかなかったからだ。
それが、四年生の夏。無謀にも彼と喧嘩をして負けてしまい、
その後は彼に付き従わなければならなくなった。
(そういう約束で喧嘩したから)
子分というのか客分というのかそのあたり立場は微妙なのだが、
いずれにしても、彼が率いるガキ大将クラブの中で、僕はありの
ままの彼を見る機会に恵まれたのである。
そばで見る彼は女の子たちが噂するような粗暴な暴君ではなく、
頼もしい兄貴みたいな人なのだ。
体力、ガッツ、克己心、逆境でも捨て鉢にならない自制心……
そうそう女の子のような偽善的なヒューマニズムではなく本当の
ヒューマニズムも彼から習った。
とにかく僕には無いものばかり色々持ってるもんだからむしろ
羨ましかったんだ。
最初は喧嘩に負けて渋々着いて行っただけ。だけど、そのうち
母の反対を押し切ってこちらが追っかけをするまでになる。
僕の方が惚れてしまったのだ。
そして三学期。僕は彼を学級委員の選挙に立候補させて、当選
させてしまう。
女の子の支持はなくても男の子からは圧倒的支持だった。
ところが……
成績のよくない、粗暴な振る舞いも目立つ彼に学級委員は無理
と判断したのだろう「もう一度みんなでよく考えてみましょう」
などと担任の先生が再考を促してきた。
ただ、それに強く異を唱えたのは僕だった。
もちろん一介の生徒の発言など担任の教師にしてみたら取るに
足らないかもしれないけど、僕はそれまで先生との間で築き上げ
てきた信用を投げて選挙結果を認めてくれるように訴えたんだ。
というのも、これは彼へのお礼のつもりでもあったから。
ある日、担任教師が不在の学級会で生徒がガヤついてどうにも
収拾のつかない時があったんだけど、そんな最中のことだ。
一人遅れて入って来た彼が開口一番、「みんなうるさいぞ」と
言ったら、どうだ、教室が一瞬にして水を打ったように静かにな
ったんだ。
これはお調子者が奇声をあげた為にほんの一瞬静まったという
レベルではない。彼に遠慮して穏やかにしているのだ。
僕はその瞬間の出来事を忘れることができなかった。
昔の僕だったら、『それは彼がみんなを脅したから』と単純に
割り切った考えをしたに違いない。しかし、彼と一緒に過ごして
みると、現実がそうでないのがよくわかる。
権力や後ろ盾の無い彼は普段の努力と気遣いでみんなの信用を
勝ち得ているのだ。
その友だちとの間で築いた信用をここで投げ、静かにするよう
頼んでくれた。(そう、これは脅したのではない。頼んだのだ)
その結果として、今、この静寂が続いているとわかるのだ。
友だち想いで、友だちと決めた約束はどんな些細なことも守り
抜く。大人たちの常識や価値観に左右されず自分の信念を貫く。
泣き言を言わない。嘘をついてまで罰を逃れようとしない。大人
たちからのお仕置きにも平然としていて恐れない。子どもだけど
とにかく肝が据わっている子だった。
そもそもヤクザの倅だからお母さんたちの評判だってよくない。
当時、学校の周囲は田んぼや里山。そこで遊んで帰るからいつも
制服は泥だらけ。ランドセルの片方のベルトが切れていて、家で
補修してくるから朝は背負ってくるけど、帰りる時にはいつの間
にかそれが切れていて、繋がってる片方のベルトを肩に引っ掛け
て帰るのが常だ。
僕たちの学校では信じられないほどの異端児だったんだけど、
偉そうなこと言っても何一つ他人の役に立たない僕なんかより、
彼はよっぽど立派なリーダーだったのだ。
こう感じてる子はおそらく僕だけじゃないはずで、だからこそ
ざわついていた教室が静まりかえるわけで、女の子の評価では、
『薄汚れた厄介者』としか映らないのかもしれないけど男の子は
こういう人に魅力を感じてついていくんだと僕は思っている。
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小暮男爵<第二章> / おば様のお仕置き③
小暮男爵<第二章>
****<§6>****/おば様のお仕置き③***
高く上がった私の両足が落ちてこないようにと三田さんが私と
一緒に太股を支えてくださって、その間に樫村さんが私のお股に
オムツを当てていきます。
プラグと呼ばれるゴム製の栓でお尻の穴を塞いだあと、大事な
処がタオル地と木綿地の布で包まれ、さらにはビニール製の特大
オムツカバーによって完全に拘束されてしまいました。
終わってみると、私のお尻は普段の二倍くらいに膨れ上がって
います。厳重な上にも厳重な身づくろい。
でも、とにかく凄い格好です。13歳にもなった女の子がやる
格好じゃありません。お医者様の前だって絶対に嫌です。だけど
仕方がありませんでした。子供はひとたび大人たちからお仕置き
と言われれば従わざるをえませんから。
真鍋のおば様は私たちにとってはいわば身内ですし、それに、
周囲みんな女性というのが救いだったのです。
とにかくこうなったら私の願いはただ一つ。
『一秒でも早くトイレに行きたい』
ただそれだけなんですが、このトイレがこの先長い長い道のり
だったのです。
「さあ、急いで列車に戻りますよ」
御前様の指示のもと、樫村さんと私は一緒に駅へ戻ります。
でも、私はすでにすんなり歩けませんでした。
もう、すぐにでも飛び出しそう気がして気が気ではないのです。
歩幅を狭くしてちょこちょこ走りで必死に着いていこうとしま
したが、でも、すぐに立ち止まって、その場にうずくまります。
そのたびに御前様から……
「何やってるの。絶対に飛び出したりしないから頑張って歩き
なさい」
でも、いくらそう言われても、今、お腹の中を大津波が襲って
いるのです。そりゃあ本能的に立ち止まってしまいます。
実はゴム製のプラグをしていると、逆に出そうしていきんでも
絶対に出ません。この状態では物理的にも粗相なんて絶対におき
ないはずなんですが、赤ちゃん時代のトイレットトレーニングの
成果というか、『お漏らしたら一大事』という思いをそう簡単に
払拭することはできませんでした。
ですから、下腹を大津波が襲うたびに私は立ち止まり、その場
にうずくまってしまいます。
そんな私に御前様は業を煮やしたのでしょう……
「仕方ないわね。……樫村、その子を負ぶってちょうだい」
大きな赤ちゃんが大きな樫村さんに背負われた姿で雑踏の中を
駆け抜けます。
『恥ずかしい』
もちろんそんな気持も多少ありますが、今は一刻も早く列車の
トイレへ駆け込みたい。ただそれだけでした。
「お急ぎください」
駅長さんの声。
他の駅員さんたちもやっぱりホームに整列して私たちの帰りを
待っていました。
私たちはまるで閲兵式のような人の並木の中を全員で停車中の
列車に乗り込んだわけです。
『よりによってこんな時にあんなに大勢の人にお見送りされる
なんて……』
そう思ってやっとのことで列車の最後尾にある御前様の私室に
戻ってきたわけですが、その後も現実は私にとってそんなに甘く
はありませんでした。
駅長さんがホームに出て最敬礼で私たちを見送るなか、サロン
カーは目的地の富士山ろくを目指して再び旅立ちます。
でも、私がまず目指さなければならないのはトイレの方。
富士山ではありませんでした。
そんななか、また御前様の声がします。
「朱音さん、いらっしゃい」
御前様が私を呼びますから、私は当然トイレへ行けるものだと
思っていました。ところが……
「これから私と一緒にサロンカーへ行っておじ様方にお菓子と
飲み物をお接待して欲しいの」
「えっ……でも、私……今は、その……」
私は、直接『トイレ』という言葉こそ口にしませんでしたが、
真っ赤な顔に脂汗を滲ませて訴えます。
すると……
「だから言ってるでしょう。大丈夫だって。今のあなたはね、
自分で出そうと思っても出ないの。そのくらいの我慢ならしても
身体にさわらないわ」
「……嘘……」
「嘘じゃないわよ。家ではこうやって何人もお仕置きを受けて
きたんですもの。私の言うことが嘘だと思うのなら、とにかく、
ここでやって御覧なさいなさいな。決して出ないから」
御前様にはこう言われましたが私は反射的に首を左右に激しく
振ります。逆にお尻の穴をすぼめます。たとえ試しでも、そんな
危険な真似、絶対に嫌でした。
そこで今度は……
「お腹がゴロゴロいってて……」
と、訴えてみたのですが……
「それがどうしたの?」
今度は冷たい反応しか返ってきません。
「苦しいのは仕方ないでしょう。……だって、これはそういう
お仕置きなんですもの。それとも、お腹がゴロゴロいってるのを
誰かに聞かれるのがそんなに恥ずかしいのかしら?」
「……いえ……それは……その……」
御前様の凛としたお顔で睨まれると、その後は何も言えません
でした。
「じゃあ、いいじゃないの。どちらにしても、お仕事が終わる
まではこのままよ。カンニングがどれだけハレンチな行いなのか、
これで実感できるから女の子にとってはお尻叩きなんかよりこの
方がずっと効果的なの。……さあ、行くわよ」
御前様はいきなり私の手を引くと前の車両へ……。
「あっ……ダメ~~……お願い……あっ出る……もうダメ……」
御前様のお部屋を出てから前の車両に移るまで、実はそんなに
距離はありません。でも、私は二度三度と苦しい差込に襲われ、
そのたびにしゃがんでしまいます。
列車内にあるお手洗いの前まで来た時は、とにかく苦しくて、
たまらず、おば様のおっしゃる恥ずかしい事も試してみたのです
が……
「………………(ホントだ)」
なるほど、御前様の言う通りです。出そうとして出るものでは
ありませんでした。
でも、だからってそれでホッとしたというわけでもありません。
やはりお腹の中が嵐になれば、もう反射的にお尻の穴をすぼめ
ますし、その場にうずくまります。
「いやあ!」
思わず悲鳴だって。
長年の習性をそう簡単に変えることなどできませんでした。
そうやって、やっと思いでたどり着いたサロンカーでしたが、
ここを出て行った時とはだいぶ雰囲気が変わっていました。
まだお昼だというのに、緞帳の厚いカーテンで外光が遮られ、
その代わり部屋全体を白熱灯のシャンデリアが照らしています。
その光が軟らかく感じられるのは、きっとタバコの煙が部屋の中
一杯に充満しているからでしょう。紫の煙だけでなくお酒の匂い
も立ち込めています。
しばらく見ない間にここはまるでナイトクラブのような場所に
なっていました。
(勿論、当時はそんな場所行ったことがありませんが……)
「As Time Goes By(時の過ぎ行くままに)」
ピアノの音が流れ来る方向に目をやると、進藤のおじ様が美咲
を膝に乗せてピアノを弾いてらっしゃいます。
遥もおじ様の脇に立ってうっとりです。
きっと、彼女たちへのお仕置きはもう終わっているのでしょう。
二人ともまだオムツを着けたままの姿でしたが、そのことは別段
気にならならないみたいで屈託のない笑顔を見せていました。
すると、今度はおじ様に代わって遥がピアノを弾き始めます。
でも、それは……
『何よ、あの子たち。……「スワンの涙」なんか弾いちゃって
……グループサウンズの曲なんかお父様に叱られるわよ……』
私はキャッキャキャッキャとはしゃぐ妹たちを心の中でなじり
ながらも羨ましそうな嫉妬の目でぼんやり眺めています。
すると、真鍋のおば様が背後から……
「さあ、何ボーっとしてるの。あなたはお仕事よ。……ほら、
みなさんあそこでポーカーをなさってるわ。あなたはおじ様たち
の処へ行って、ご注文をうかがって来てちょうだい」
「ご注文?」
「そうよ、お飲み物は何になさいますか?お菓子はいかがいた
しましょうか?ってね。それだけ尋ねて回ればいいわ。……はい、
これを持って行って来て」
御前様はメモ帳とボールペンを私に手渡すと背中を押して送り
出します。
どうやら、私にウエートレスをやれということのようでした。
『今、それどころじゃないのに……もし、途中でお漏らしたら
どうしてくれるのよう』
全身鳥肌で泣き出しそうな思いですが、とにかくやるしかあり
ませんでした。
その時四人のおじ様たちは、丸いテーブルを囲んでポーカーの
真っ最中。その中の一人は私たちのお父様です。
私はまず佐々木のおじ様に近づきました。
すると、こちらが何か言う前に……
「あや、朱音ちゃんお帰りなさい。そうだな、何にしようかな。
……ホットのコーヒーにホットドッグ。……あっ、それ、コール。
……クイーンのスリーカードだ」
「あっ、はい」
私が不安そうに答えると……
「朱音ちゃん、ちゃんとメモを取らないと間違えるよ」
中条のおじ様です。
高梨のおじ様も……
「女の子は男の席に来たら笑顔の方がいいんだがなあ。その方
が何かにつけて徳だよ。どんなに辛い事情があっても、それを顔
に出さないようにしなくちゃ。相手にこちらの手の内を知られた
ら、特になる事は何もないもの」
おじ様たちはトランプの手を休めないままで私に色々助言して
くださいます。ですが、鈍感な私はその瞬間はまだ何のことだか
分からないままきょとんとしていました。
そんな私に、中条のおじ様が……
「朱音ちゃん。苦しいのは分かるけど……女の子が眉間に皺を
寄せては綺麗な顔が台無しになっちゃうぞ。……私はダージリン
でモロゾフのクッキーだ」
すると、高梨のおじ様も……
「朱音ちゃんは、きっとこれが初めてなんだろうね。だったら
仕方ないかな。『いきなりそんなこと言われても、私、困ります』
って顔だ。ま、おいおいできるようになるさ。私は昆布茶に羊羹
でいいよ。手間をかけさせちゃ可哀想だ」
そして、最後に小暮のお父様が私を呼びます。
「だから、分からん子だなあ。……みなさんは、お前がそんな
しかめっ面ばかりしていたら、せっかくの女が台無しじゃないか
とおっしゃってるんだ。女の子はどんな時でも笑顔でいなきゃ。
そうだろう。……たとえお腹が痛くても、そこはやせ我慢して、
頑張らなくちゃ。お客様への接待の仕方は教えたはずだよ」
『そんなこと言っても今はこんな状態だし……』
私は思いましたが、その瞬間…
「えっ?!」
ドキンって心臓が跳ねました。
どうやら、お父様は私が御前様から何をされたか先刻ご存知の
ようなのです。
いえ、お父様だけじゃありません。実はこの場にいる誰もが、
私の身体に何が起こっているのかをご存知だったのでした。
「それに、もうそろそろお腹の具合も落ち着いてきてるんじゃ
ないのかな?」
『落ち着いてきた!?何言ってるのよ!こんなに大変な時に』
お父様に言われ最初はそう思ったのですが、あらためて身体に
相談してみると……。
「……?……」
私の脳みそが、一瞬、空白になります。
言われてみればその通りでした。最初の頃は『もうダメ~!』
『もうダメ~~!』の連続でしたが、今は、苦しい事に変わりは
なくとも、耐えようと思えば何とかなっています。
これはあくまで子供へのお仕置き。私が13歳でこうした事に
慣れていないだろうと、実は御前様が私にイチヂクを手渡す際、
浣腸液の濃度を事前に調整してくださったのでした。
「朱音さん、お腹の具合が落ち着いたのなら何よりじゃないの。
だったら、これからは、もっと、しっかりみなさんに笑顔を見せ
ないといけないわね」
少し離れた場所から真鍋のおば様の声が飛んできます。
振り向いた私は御前様の笑顔を見つけて少しムカッときました。
ただ、反抗的な顔は見せません。もし睨んだりしたら、それこそ
この後どうなるかわかりませんから。
そこは大人の対応ができたみたいでした。
『最後は進藤のおじ様ね』
そう思ってポーカーをやっているおじ様たちの席を離れようと
した瞬間です。
「朱音、どこへ行くんだ。私への注文はまだ聞いてないよ」
お父様が私を呼び止めます。
『えっ、お父様も?……娘が困ってるんだから助けてくれても
いいじゃないの。まったく』
私は心の中だけでぶつぶつ言っています。
「私の注文は取らないで行ってしまうつもりかね」
「別にそういうわけじゃあ、お父様はいいのかと思って……」
「どうして?親を大事にしない子だなあ、お前は……」
お父様の声におじ様方までが失笑します。
「私にはね、リンゴを剝いてくれ。お茶は玉露で……必ずお前
がリンゴを剝いてお茶をいれるんだぞ」
「えっ~」
「何がえ~~だ。お前だってリンゴくらい剝けるだろう?」
他のおじ様たちが『何でもいいよ』といった感じで注文を出し
てくれているのに、お父様だけはちょっぴり意地悪な注文を出し
てきます。
リンゴを剝くことも玉露でお茶をいれることも、そりゃあでき
ますけど、共に手間の掛かる作業。それだけ時間がかかります。
当然トイレへ行くまでの時間だって伸びるわけで、お父様の注文
は私への意地悪としか思えませんでした。
でも、これだって断るわけにはいきません。どのみち私に用意
された答えは一つなんですから。
「はい、お父様」
私は引きつった笑顔で答えたつもりでしたが、ひょっとして、
それが笑顔になっていたか、そこは自信がありませんでした。
「ふう~」
私はため息を一つつくと、今度こそ部屋の隅で楽しげにピアノ
を弾いている進藤のおじ様のもとへ行きます。
「おじ様、ご注文は何にいたしましょうか?」
私が尋ねると……
「君たちは何がいいの?」
まずはアップライトピアノの脇に立つ遥と美咲に尋ねます。
二人はオムツ姿。短いスカートはすでに捲られていてその裾が
落ちてこないようにピンで留めてありますから下穿きのパンツが
オムツになっているのが丸見えなんですが、二人はすでにその姿
を恥ずかしがっている様子がありませんでした。
女の子は恥ずかしいことに敏感です。これは分かりますよね。
でも、その恥ずかしさに慣れるのも、実は男の子より女の子の
方がずっと早いんです。
二人は、さっきから進藤のおじ様にしきりにリクエストを繰り
返しています。これは、二人がこんな格好でもすでに緊張感なく
おじ様のそばにいられる証しでした。
二人のオムツはすでにお仕置きとしての用がなくなっているの
でしょう。
『いいなあ、こいつら、早く終わって……』
私は羨ましく妹たちを見つめます。
すると、その二人から声が上がりました。
「あたし、クリームソーダ」
美咲が言うと、遥は……
「あたしはコーラがいいな」
でも、おじ様はそれを差し止めてしまいます。
「だめだよ。遥ちゃんはまだ小学生だろう、コーラはまだ早い
から他のにしなさい」
おじ様にダメ出しされてしまいます。
すると今度は笑いながら……
「じゃあ、コーヒーでいい」
これはわざとです。
実はこの時代、コーラやコーヒーというのは大人だけの飲み物。
小学生はNGでした。それをあえて注文していたのでした。
「こら、こら……」
おじ様は笑っています。
それだけ二人はこの部屋の雰囲気に馴染んでいたのですから、
私的(わたしてき)には癪に障ります。
「仕方ない、じゃあバヤリースでいいわよ、ウェイトレスさん。
わかった?ちゃんとメモに書き留めなさいよ」
彼女、私がまだお仕置き中だと知ってからかいます。
私は、お腹の中で『あんた、何、調子に乗ってるのよ!覚えて
らっしゃい』って思いましたけれども、今はどうすることもでき
ませんからここも笑顔です。但しかなり引きつってましたけど。
たしかに、お腹の具合は最初の頃からみればいくらか改善して
いますが、それでもだぶついたお腹は未だにぐるぐる鳴り続けて
いますし、ほんのちょっとした衝撃でも依然として全身に鳥肌が
たちます。
ですから、今、もしトイレであの栓を抜いたら(๑º ロ º๑)
その瞬間に……
「****(≧▽≦)****」
ってのは間違いないところだったのです。
「私は……そうだな、ホットココアにチーズケーキがいいかな」
進藤のおじ様からも注文を受けて、これでおじ様たちを一通り
回ったわけですが……
『こんな沢山の種類の飲み物や軽食をどうやって調達するんだ
ろう?私がやるのかなあ?』
ふと、そんな疑問がわきます。でもその答えはすぐに見つかり
ます。
「お嬢様、お客様からのオーダーをお願いできますか?」
聞き覚えのあるその声に振り向くと、それは先ほどまでおじ様
たち二人が歓談していたカウンターの奥から。
カウンターの奥がビュッフェになっていたのです。
今はおじ様がいないのでその奥まで見通せるのですが、そこは
ちょっとした調理場になっていて、食器棚に冷蔵庫、小さな流し
には二台の電気コンロまでもが見えます。
暖かい飲み物、冷たい飲み物、冷蔵庫の食材を使えばちょっと
した料理だってここから提供できるわけです。
おじ様たちはこの列車に乗り込む前、銘々ここにお好みの食材
なり飲み物をストックしておいたみたいでした。
そして、そのカウターの中に立っていたのは、さきほど真鍋の
おば様の部屋を訪れた車掌さん。今はコックさんでした。
「最初は社長、いや佐々木のおじ様にコーヒーとカツサンドを
届けてもらえるかな……」
車掌さんはお盆に乗せたコーヒーとカツサンドを差し出します。
「熱いから気をつけてね。大丈夫かい?無理しなくていいから。
ゆっくりでいいからね。無理なら私が持って行ってもいいんだよ」
「大丈夫です。私、運べますから」
車掌さんはとっても親切でしたが私は断ります。
私は車掌さんの申し出を断ってお盆をカウンターテーブルから
持ち上げました。お腹の調子は、まだまだ絶対に大丈夫とまでは
言えませんが、これは私がやらなければいけない義務なんだ、と
心に言い聞かせていましたから、他の人に任せるつもりはありま
せんでした。
「佐々木のおじ様、コーヒーとカツサンドをお持ちしました」
私がこう言ってお盆をテーブルに置くと……
「ありがとう。お腹は大丈夫?」
佐々木のおじ様はやさしく尋ねます。
「もう大丈夫です」
本当はそんな事ないんです。本当は…
『さっさと受け取りなさいよ』
って思ってます。でも私だって女の子、そこは笑顔で答えます。
「いい笑顔だ。女の子はいつもそんな顔をしてないといけない。
女の子というのはどんな時でも他人を不快にしてはいけないんだ。
生理現象を利用するお仕置きなんてハレンチに思うかもしれない
けど、これもレディーになるための一つの訓練なんだよ。実際、
パーティーの席では顔の曇るような事がよく起こるからそんな時
に動揺しない訓練だ」
佐々木のおじ様の笑顔は本当でしょうか?
「パーティーって、よくお腹が痛くなるんですか?」
私が尋ねると……
「ははははは、そうじゃないよ」
この時、笑ったの佐々木のおじ様だけではありませんでした。
「パーティーは外からは華やかに見えるけど浮かれてばかりも
いられないんだ。男性にとっても女性とってもそこは戦場だから、
思いもよらぬ処から弾が飛んで来て被弾することがよくあるんだ」
「被弾?」
「この時の弾は言葉。思いもかけぬ言葉を突然投げかけられて
動揺することがよくあるのさ。相手は情報を得ようとして色々と
仕掛けてくるからね。顔色を一瞬でも変えると分かっちゃう」
「相手って?」
「商売敵だったり、記者さんだったり色々。……もしそんな時、
思わず自分の本心を晒してしまうと、さらに痛い目にあうから、
注意しなくちゃいけないんだ。どんな事態に遭遇しても、決して
うろたえない訓練が必要になるわけだ。男はポーカーフェイス。
女の子は笑顔で身を守るんだ。特に女の子の場合は、自分以外は
みんな敵みたいなものだから、さらに大変なんだよ」
佐々木のおじ様は少しニヒルな笑顔を浮かべて私に助言なさい
ます。でも人生経験のない私にその意味はまったくわかりません
でした。
ただ、どんな人生をたどるにせよ女の子は色んな場面で、我慢、
我慢を強いられる星の下にあるという事だけは、もうわかる歳に
なっていました。
私は一旦カウターへ戻り、今度はダージリンティーとモロゾフ
のクッキーを車掌さんから受け取ります。
「次は総帥の処だよ」
車掌さんにそう言われて再び送り出されます。
私が総帥のテーブルに近づくと……
「ところで、朱音ちゃんは、将来、小暮先生のお家に入るの?」
唐突に尋ねられてきょとんとしてしまいました。
「別にそんなことは決まってませんけど……どうしてですか?」
「いや、こうした罰を受ける女の子というのは、将来、一族の
会社で、息子さんやお孫さんが経営している会社の一翼を担って
活躍されてる人が多いからさ」
「えっ、そうなんですか?……でも、私は女の子だから……」
「それは関係ないよ。これは君のお父様だけじゃないよ。ここ
にいるおじ様たちは全員、男女に関係なく戦力になれそうな子が
いれば一人でも二人でも一緒に仕事を手伝って欲しいんだから」
「でも、私、叱られてばかりだから……」
「それは違うよ。鞭を惜しむはその子を憎むなりと言ってね。
私もそうだが、分け隔てなく育てているつもりでも期待してる子
に対してはついつい厳しく当たってしまうものなんだ。もし君が
たくさん叱られてるなら、それはお父様に期待されてる証拠だよ」
『だって、お父様は、お前の将来はお前が自分で決めればいい
っておっしゃってたもの。私なんか期待されてないわ』
私にとっておじ様の言葉は初耳です。実際そんなことをお父様
から相談されたこともありませんでした。
ただ、カウンターに帰ってくると、そこに立ってた真鍋御前も
同じことをおっしゃるのです。
「もちろん、小暮先生はそのおつもりよ。でなきゃ私にこんな
お仕置きを依頼されたりしないわ。ことあるごとにおじ様たちに
あなたを引き合わせるのもそのためよ。実際、『この子は嫁さん
には出さない』って何度も私におっしゃってるもの」
『えっ~~わたし、そんなの聞いてないよ~~う。私はねえ、
漫画家になるの。誰になんと言われてももう決めてるんだから』
私はビックリ。そして、心の中だけでこう叫ぶのでした。
ただ、その瞬間、力が入りすぎたのか、お腹に異変が……
「無理しなくていいからね。でも、もしお腹がまだ大丈夫なら、
今度は高梨のおじ様の処へ昆布茶と羊羹を届けてあげて」
車掌さんにまた次のお盆を渡されます。
「はい、……あっ、でも、いつまでもつか……その……」
私が不安げな顔で車掌さんに話すと、真鍋御前はその表情まで
も読んでいられたみたいでした。
「そろそろ栓が緩んできたかもしれないわね。高梨のおじ様の
処へ行ったら、トイレへ行ってもいいわよ。……何なら、そこで
漏らしちゃっても構わないから」
最後は私の嫌いな笑顔になりました。
「嫌なこと言わないでください。私だってプライドがあります」
私は腹立たしく悲しくそう言い放ったのですが……
「プライドねえ」
御前様の方はちょっとバカにしたような瞳で私を見つめます。
そして、こんな事を言うのです。
「あなたのプライドはともかく、たとえどんなことになっても
おじ様方は、あなたに悪い感情だけは持たれないわ」
「どうしてですか?そんなわけないでしょう!」
「だって、今がお仕置きの最中だってことはおじ様たちご存知
ですもの。大人のレディーならいざ知らず、あなたみたいな小娘
がたとえ粗相をしても目くじらをたてたりなさらないの。むしろ、
それって、あなたがおじ様方に強い印象を残せるチャンスかもよ。
……どう?やってみない?」
「どうって……どうしてそんなこと言うんですか!!?バカに
しないでください!!」
私はお盆を持ったまま思わず大声に……
実際、それってバカにされたとしか思えませんでした。
「昆布茶と羊羹をお持ちしました」
私は少し心を落ち着かせてから高梨のおじ様の処へお茶と羊羹
を届けます。
すると、楽屋裏のドタバタをご存知なおじ様は……
「まだ、興奮冷めやらぬというところかな」
私の顔を見て笑います。
きっと、その時おっかない顔をしていたんじゃないでしょうか。
私は遅ればせながら笑顔を作ってみたのですが……
「ここは狭い部屋の中だからね、大声を出すと、たとえ部屋の
隅からでも十分に聞こえるの。気をつけなきゃ」
「ごめんなさい、私……」
私は顔が火照りました。
ここで聞こえていたのなら、おそらくこの部屋にいた人は全員
私の大声を聞いているはずです。
「大丈夫、君のお漏らしなんて誰も期待してないから。そんな
ことよりさっさとトイレへ行きなさい。高いペルシャ絨毯にシミ
なんて着けられたら、それこそ佐々木さんだって大弱りだ」
「はい」
私は二つ返事でカウンターに戻ります。
お盆を返すと、あとは何も言わずにサロンを出ました。
みっともない話ですが、すでにお尻の栓が外れかけていました。
『反対されたら、もうアウト』
そう思うと御前様にも「トイレへ行きます」とは声をかけられ
ませんでした。
でも、サロンを出ると樫村さんが追ってきて色々手伝ってくれ
たのです。
本当は一人で全て済ませるつもりだったのですが、結果的には
彼女がいたおかげでその先も余計な恥をかかずに済みました。
そんな縁で心がほぐれた私は、最後に化粧室の鏡の前で身なり
の確認をしている時、気になってい事を樫村さんに尋ねてみます。
「こんなこと、男の子もやらされるんですか?」
「男の子?男の子にはあまりやらないけど、あなたみたいな子
の場合は、たいてい一年に一度や二度は必ず経験するみたいよ」
「私みたいな?」
「そう、さっき話してたでしょう、あなたみたいにお父様から
将来を嘱望されてる場合は特に厳しいの」
「どうしてですか?」
私の問いに樫村さんの答えは少し間がありました。
少し、時間があって……
「あなたはまだ若いから、女性だって能力さえあれば、社会で
男性と同じように活躍できると思ってるかもしれないけど現実は
厳しいの。仕事社会ってのはもともと男性が作り上げてきたもの
だから男性にとっては都合よくできてるけど女性に対する配慮は
全然なされていないのよ。だから女性がそこへ分け入って成果を
上げるには男性の三倍も四倍も努力しないと認めてもらえないわ」
「それって、女の子らしくしていたらダメってことですか?」
「だったらまだいいんでしょうけど、実際はその逆よ。いくら
仕事ができても女を意識しないで行動する男みたいな女性を男性
は快く思わないわ。男性ってね、建前はともかく本音の部分では
女の子はやっぱり女の子らしくしていないと不満なの。男みたい
にしていると仕事上のパートナーとして相手を尊重してくれない
し、心も開いてくれないの」
「女の子らしく見えて、かつ仕事もできるってことですか?」
「そういうことよ。あなた、13歳にしては随分と物わかりが
いいじゃない。さすが小暮のおじ様が見込んだだけのことはある
わね」
「見込んだって……私は、別に職業婦人になるつもりは……」
「嘘おっしゃい、あなた、将来は漫画家になりたいんでしょう。
自活したいと思ってるんじゃなくて……」
「えっ!?……それは……その~~漠然とした夢というか……」
私は今日まで見ず知らずだった樫村さんがどうしてそんなこと
まで知っているのか驚き、同時に弱気になります。
「あら、俯いちゃったわね。あなたにとって、その夢はそんな
程度だったの?」
「そういうわけじゃあ」
「だったら胸を張ってていいはずじゃない。いずれにしても、
小暮のお父様はあなたにお嫁さんではない生き方をお許しになる
おつもりよ」
「私、漫画家になってもいいんですか?」
「ま、なれるかどうかまでは分からないけど、社会に出て自立
したのなら、そうさせてやろうってお考えなの。だからこの列車
だって出発を遅らせてあなたたちが乗り込むように手配されたん
じゃない」
「手配って……私は偶然この列車に乗っちゃっただけで……」
「おぼこいわね。……そんなところは、まだ13歳の小娘ね」
「えっ?」
「な、わけないでしょう。小暮のおじ様はあなたがふて腐れて
谷を下り始めたって情報が入ったら、わざわざ佐々木のおじ様に
頼んでこの列車を遅らせてもらったって……私、そう聞いてるわ
よ」
『えっ!!私たちがこの列車に間違って乗り込むようにわざと
仕組んであったの!?……(ガ~~~~ン)』
私はハンマーで頭を思いっきりぶたれた思いでした。
「あなた、おじ様たちから、こんな時でもちゃんと笑っていな
きゃいけないって注意されてたでしょう。あれは女の子が仕事を
する時の最初の心得なの。『女の子だって仕事さえできれば…』
なんて男性は建前をちらつかせるけど真に受けたら痛い目に遭う
わよ。男性って、女を捨てて仕事一途に生きる女性に対して実は
とても冷淡なんだから。……これはあなたがこの先どんな職業に
着いても言えることだから覚えておきなさい」
「だから、私……こんなことされてるんですか?……てっきり
テストでカンニングしたお仕置きでこうなったのかと思ったけど」
「もちろん、それはそうよ。これは、あなたが学校のテストで
カンニングをしたことや招かれてもいないのにこの列車に乗り込
んでしまったことへのお仕置き。ただ、それについてどんな罰を
用意するかは、その子が将来どんな大人を目指すかによって変わ
ってくるの。逆に言うと、その子がどんなお仕置きを受けてるか
で、大人たちがその子にどんな希望を抱いているかが分かるって
わけ」
『いったい、いつ、誰が私の将来を決めたのよ!』
そうは思いましたが、今はまだどうすることもできません。
『とにかく、今はやり残したウェイトレスの仕事をしなくちゃ』
と、それだけ考えてサロンへと帰ったいたのでした。
ところがいざサロンへ戻ってみると、私の仕事はすでになくな
っていました。
進藤のおじ様はカウンターの席に移って車掌さんと雑談。
私が運ぶはずだったホットココアとチーズケーキもすでにそこ
に置いてあります。
美咲や遥も、おじ様の隣りで車掌さんに出してもらったサンド
イッチを頬張りながらクリームソーダとオレンジジュースを飲ん
でいました。
そして、空席になったピアノ椅子には、お父様が座っていて、
これしか弾けないリリー・マルレーン(Lili Marleen)を弾いてい
ます。
「やあ、戻ったね。今はお父様が弾いてらっしゃるけど、席が
空いたら、朱音ちゃんの雨だれを聞いてみたいな」
進藤のおじ様は私を確認するとさっそく意地悪をおっしゃいま
した。
というのも、私は不器用で一度として譜面どおり弾けたためし
がありません。私が弾くピアノはすべて私の創作曲。
そんな私にピアノを弾けというのは恥をかけと言っているよう
なものだったのです。
私は隠れるようにカウンターの中へ入ると車掌さんに尋ねます。
「お父様へリンゴをお出ししましたか?」
「あっ、それはまだだけど……」
車掌さんの言葉に少しホッとします。
私にもまだ仕事が残っていましたから、それを先に済ませます。
お父様のために大きなリンゴの皮をむいて、お茶をいれて……
その間だけでも私は恥をかかずにすんだのでした。
ゆっくりゆっくりリンゴの皮を剝いていると、小暮のお父様が
私に気づいてカウンターへやってきました。
ここに椅子は三つしかありませんから、美咲ちゃんをお膝に乗
せてそこに座ります。
美咲は五年生。もうそろそろ父離れしそうなものですが、この
子に限って言えば、まだまだ赤ちゃん気分が抜けていませんから
いきなり体を持ち上げられてその後お父様のお膝で過ごすことに
なっても何の抵抗もありませんでした。
「ほら、リンゴが来たよ。食べるかい?」
お父様は美咲の頭をやさしく撫でます。
それって、お父様の機嫌がよい証拠です。
というのも私がその場所に腰を下ろしていた時がそうでした
から。
お父様は、私が剝いて切り分けた山盛りのリンゴの大半を美咲
に与え、ご自身はフォークに刺して一口召し上がっただけでした。
「リンゴの皮剝きはまだまだだが、玉露の入れ方だけは昔より
上達したみたいだな」
お父様は愛おしそうに私が差し出した湯のみを両手で抱えると
静かにお茶を飲みます。
それはまるでお茶会の席のように凛とした姿でした。
すると、お茶を飲み終えたあと、意外なことをおっしゃいます。
「昨日ある人を介して『幼年舎』という出版社に行ってきたよ」
「えっ!?……まさか!……そんなことって」
私の目はまん丸です。幼年舎には私の好きな漫画家の先生たち
が作品を提供していますから、私も一度はそこへ行ってみたい、
私の描いた原稿を見てもらいたいと思っていました。
「実はここ二三週間ほど前から、お前が読んでるマンガを私も
読んでみたんだ」
「え~~~」
まさに青天の霹靂。『嘘でしょう!!!』って絶叫したくなる
事態です。
でも、事はそれだけではありませんでした。
「そこでだ、お前が何か描いてたものがあるというから、武田
先生に出してきてもらって持って行ってみたんだ。『うちの娘、
こんなの描いてますけど、ものになりそうでしょうか?』ってね、
編集長に尋ねてみた」
『まさか!!』
私、お父様のその言葉を聞いた瞬間、後ろの壁に頭を打ちつけ
ます。ホント卒倒しそうでした。
やや、落ち着いてから……
「……で、何て言われたんですか?」
恐る恐る尋ねてみると……
「ん?気になるのかね」
お父様はほっぺたを膨らませて笑います。
「まだまだ、こんなんじゃとても使えないそうだ」
「あ、当たり前じゃないの!!」
私、顔を真っ赤にして叫びました。
すると……
「どうして?……私には、お前がたいそう自信をもってように
みえたから、ひょっとしてショックなのかと思ったが……でも、
まあ、それならそれでお前としても諦めることができた訳だし、
めでたし、めでたしというわけだ」
私は、したり顔したお父様に二重三重と重なり合うショックを
受けます。
茫然自失って、こういう時のことを言うんでしょうね。
呼吸だけが浅く荒くなって、何と言っていいのか分からなくて、
とにかく言葉がみつかりませんでした。
お父様は私のことをまるで動物園のチンパンジーでも見学して
いるかのような目で見ていましたが、しばらくしてからこう続け
ます。
「編集長さんがおっしゃるには、この世界は他に何がなくても
絵に個性があれば可能性はあるんだそうだ。その個性のある絵に
マッチした物語を考えて、あとは読者が共感できるネームで話を
展開していく。ま、私は素人でよく分からないけど、マンガでは
固有名詞が大事みたいだな。確かに、人って音の響きで相手への
印象も代わってくるからね」
「固有名詞?」
「そう、ネーム、ネームって、たいそうそれが大事だと言って
たよ」
「(ああ、なるほど)……で……私の絵には、個性がないって
言われたの?」
「ドレスや髪のラインは綺麗な線が引けてるけど、この程度で
よければ毎日のように持ち込まれる原稿でもよく見かけるレベル
らしい。結局のところ色んな先生の物まねをつぎはぎしただけで
終わってるんだそうだ」
「…………」
私はがっかりです。あれでも一生懸命描いたつもりでしたから。
「私が『瞳が顔の半分もあったら化け物ですね』って言ったら、
編集長さんに『少女マンガって、たいていそうなんですよ』って
笑われたよ。こういうことはお約束なんだそうだ」
「…………それで、原稿は置いてきたの?」
「どのみちあちらに置いてきても処分されちゃうみたいだから
原稿は返してもらったんだけど、他にストーリーだけ書いた原稿
があっただろう、SFみたいなの。あれは編集長もお気に召した
みたいで時間をかけて見てくれていたから『これでプロの先生に
マンガをこしらえてもらえませんか』ってお願いしたら、それは
受け取ってくれた。ま、そう言われてもいつになるかわからない
ということだったけどね」
お父様は屈託なく笑っています。でも私にはそれが許せません
でした。
「どうして、そんな勝手なことするのよ。あの漫画はまだ描き
かけなの。私の物を勝手に触らないでよ。プイバシーの侵害よ」
大声が出ます。私はお父様のあまりに能天気な態度にとうとう
キレてしまったのでした。
「おやおや、随分大きな声だけど、そんな大きな声をださなく
ても聞こえてるよ。必要以上の大声はみっともないよ」
「ごめんなさい。でも、あれはまだ完璧に仕上がってなかった
し……」
「同じだよ。あれがたとえ完璧に仕上がっていても編集長さん
の評価は変わらないはずだよ。そうだろう、相手はプロだもの。
完成形でなくても、描きかけでも、見ればその価値はわかるよ。
いいかい朱音。私は、お前の夢を潰そうとしているわけじゃない。
事実が知りたかっただけだよ」
「事実って?」
「お前にプロとしてやっていくだけの才能があるのか?」
「で、『ない』って言われて帰ってきたんでしょう!!」
私の大声にお父様はまた渋い顔です。
「今の段階ではね。でも、それは絶望することでも何でもない
よ。だってそれは、今のお前が大学入試に挑んでも受かる学校が
ないと言われただけなんだから。これから5年先を目指して努力
すれば、その可能性はどんどん広がっていく。マンガだって同じ
だよ。思いつきで描いた絵を買ってくれるほど世間は甘くない。
そういうことさ」
お父様の言葉のあとに、それまでおとなしく聞いていた進藤の
おじ様が口を挟みます。
「マンガは今、ブームだからね。特に手塚治虫が出てきてから
はその手法も大きく変わってる」
「手塚?ああ、鉄腕アトムだろう、その程度なら知ってるよ。
この子もウランちゃんが大好きだ」
お父様は嬉しそうにサイダーのストローで遊ぶ美咲の頭を撫で
ます。
「あのお医者くずれ、そんなに偉いのか?」
「偉いかどうかは別にして時代の革新者の一人ではあるだろう
な。今、この世界の第一線で活躍している作家たちのほとんどが
何らかの影響を受けている。それにつれてということになるかな、
少女マンガも大きく変わったよ。昔はそもそも女性のマンガ作家
というものがほとんどいなかったので『少女マンガ』といっても
大半、男性作家が描いてんたが、今や男性作家が登場することは
ほとんどなくなった」
「ダメなのか、男じゃ?」
「男性には女性特有の細やかな感情の機微が表現できないから
読者の共感が得られにくいんだ。分かりやすく言うと『これって
男の人が書いたのね』ってすぐにばれちゃう」
「凄いな、マンガでそんなことまで表現できるのか?ちょっと
した文学作品だな」
「大半ガラクタだが、中にはその域にあるものもあるよ。ただ、
これを読むのは、大半が10代だからね、理性や道理というより
感性を共有できることが大事なわけで、となると、やはり同世代
が強いわけだから、最近は10代の若い作家も珍しくないんだ」
「じゃあ、朱音にもチャンスはあるのかな?」
「ないことはないだろうが、もったいないと思うよ。せっかく
これだけ実業で名を馳せた人たちから後ろ盾になってもらってる
のに。……ああした世界は、所詮、虚業だからね。有り余るほど
才能のある子が、必死に努力して、尚且つ大きな運にも恵まれて、
やれやれやっと世に出られたと思っても、はたして、その人気が
いつまで続くか分からない。そんな不安定な世界に身を置くより、
平凡でもご亭主や子どもたちから愛されて暮らす普通の奥さんの
方が、どれほどか幸せなんじゃないかな」
それまで、お父様と進藤のおじ様が交わすおしゃべりを黙って
聞いていた私でしたが、思わず声が出てしまいます。
「やっぱりダメかあ~~」
ため息交じりの囁きを進藤のおじ様に拾われてしまいます。
「ダメじゃないさ。但し、そう決心したら、もう私たちからの
援助は受けられないと覚悟しなきゃね。その覚悟あれば、何でも
できるよ」
「そうですよね、私、裏切り者ですものね」
すると、今度は私の言葉にお父様が……
「いや、そうじゃなくて、私たちは実業で生きてきたからね。
君の目指す世界のことは何も知らないし、コネクションもない。
私たちには助けようがないじゃないか。それを心配してるんだ。
それでも、やってみたいかね?」
「……わたしは……」
私はそう言ったきり、あとの言葉が出てきませんでした。
すると、俯く私に追い討ちをかけるように……
「それから朱音。これだけは言っておくけど、お前がこれから
何を目指そうと、ここでの生活は何一つ変わらないよ。お前は、
家の子なんだからこれからもみんなと一緒にここで暮らすことに
なる。当然、みんなと同じだけのノルマもこなさなきゃならない。
大学にだってちゃんと行ってもらう。特別扱いはしないからね。
その上でマンガ家を目指すのならやりなさい。……いいね」
「はい」
私は小さな声で答えました。
それって、その時の私にしてみたら、『マンガの夢は諦めろ』
って、言ってるようにしか聞こえませんでしたが……
でも、事実はまったく逆で、マンガ家への道がこれで終わった
のではなく、むしろこれから始まったのでした。
*************************
****<§6>****/おば様のお仕置き③***
高く上がった私の両足が落ちてこないようにと三田さんが私と
一緒に太股を支えてくださって、その間に樫村さんが私のお股に
オムツを当てていきます。
プラグと呼ばれるゴム製の栓でお尻の穴を塞いだあと、大事な
処がタオル地と木綿地の布で包まれ、さらにはビニール製の特大
オムツカバーによって完全に拘束されてしまいました。
終わってみると、私のお尻は普段の二倍くらいに膨れ上がって
います。厳重な上にも厳重な身づくろい。
でも、とにかく凄い格好です。13歳にもなった女の子がやる
格好じゃありません。お医者様の前だって絶対に嫌です。だけど
仕方がありませんでした。子供はひとたび大人たちからお仕置き
と言われれば従わざるをえませんから。
真鍋のおば様は私たちにとってはいわば身内ですし、それに、
周囲みんな女性というのが救いだったのです。
とにかくこうなったら私の願いはただ一つ。
『一秒でも早くトイレに行きたい』
ただそれだけなんですが、このトイレがこの先長い長い道のり
だったのです。
「さあ、急いで列車に戻りますよ」
御前様の指示のもと、樫村さんと私は一緒に駅へ戻ります。
でも、私はすでにすんなり歩けませんでした。
もう、すぐにでも飛び出しそう気がして気が気ではないのです。
歩幅を狭くしてちょこちょこ走りで必死に着いていこうとしま
したが、でも、すぐに立ち止まって、その場にうずくまります。
そのたびに御前様から……
「何やってるの。絶対に飛び出したりしないから頑張って歩き
なさい」
でも、いくらそう言われても、今、お腹の中を大津波が襲って
いるのです。そりゃあ本能的に立ち止まってしまいます。
実はゴム製のプラグをしていると、逆に出そうしていきんでも
絶対に出ません。この状態では物理的にも粗相なんて絶対におき
ないはずなんですが、赤ちゃん時代のトイレットトレーニングの
成果というか、『お漏らしたら一大事』という思いをそう簡単に
払拭することはできませんでした。
ですから、下腹を大津波が襲うたびに私は立ち止まり、その場
にうずくまってしまいます。
そんな私に御前様は業を煮やしたのでしょう……
「仕方ないわね。……樫村、その子を負ぶってちょうだい」
大きな赤ちゃんが大きな樫村さんに背負われた姿で雑踏の中を
駆け抜けます。
『恥ずかしい』
もちろんそんな気持も多少ありますが、今は一刻も早く列車の
トイレへ駆け込みたい。ただそれだけでした。
「お急ぎください」
駅長さんの声。
他の駅員さんたちもやっぱりホームに整列して私たちの帰りを
待っていました。
私たちはまるで閲兵式のような人の並木の中を全員で停車中の
列車に乗り込んだわけです。
『よりによってこんな時にあんなに大勢の人にお見送りされる
なんて……』
そう思ってやっとのことで列車の最後尾にある御前様の私室に
戻ってきたわけですが、その後も現実は私にとってそんなに甘く
はありませんでした。
駅長さんがホームに出て最敬礼で私たちを見送るなか、サロン
カーは目的地の富士山ろくを目指して再び旅立ちます。
でも、私がまず目指さなければならないのはトイレの方。
富士山ではありませんでした。
そんななか、また御前様の声がします。
「朱音さん、いらっしゃい」
御前様が私を呼びますから、私は当然トイレへ行けるものだと
思っていました。ところが……
「これから私と一緒にサロンカーへ行っておじ様方にお菓子と
飲み物をお接待して欲しいの」
「えっ……でも、私……今は、その……」
私は、直接『トイレ』という言葉こそ口にしませんでしたが、
真っ赤な顔に脂汗を滲ませて訴えます。
すると……
「だから言ってるでしょう。大丈夫だって。今のあなたはね、
自分で出そうと思っても出ないの。そのくらいの我慢ならしても
身体にさわらないわ」
「……嘘……」
「嘘じゃないわよ。家ではこうやって何人もお仕置きを受けて
きたんですもの。私の言うことが嘘だと思うのなら、とにかく、
ここでやって御覧なさいなさいな。決して出ないから」
御前様にはこう言われましたが私は反射的に首を左右に激しく
振ります。逆にお尻の穴をすぼめます。たとえ試しでも、そんな
危険な真似、絶対に嫌でした。
そこで今度は……
「お腹がゴロゴロいってて……」
と、訴えてみたのですが……
「それがどうしたの?」
今度は冷たい反応しか返ってきません。
「苦しいのは仕方ないでしょう。……だって、これはそういう
お仕置きなんですもの。それとも、お腹がゴロゴロいってるのを
誰かに聞かれるのがそんなに恥ずかしいのかしら?」
「……いえ……それは……その……」
御前様の凛としたお顔で睨まれると、その後は何も言えません
でした。
「じゃあ、いいじゃないの。どちらにしても、お仕事が終わる
まではこのままよ。カンニングがどれだけハレンチな行いなのか、
これで実感できるから女の子にとってはお尻叩きなんかよりこの
方がずっと効果的なの。……さあ、行くわよ」
御前様はいきなり私の手を引くと前の車両へ……。
「あっ……ダメ~~……お願い……あっ出る……もうダメ……」
御前様のお部屋を出てから前の車両に移るまで、実はそんなに
距離はありません。でも、私は二度三度と苦しい差込に襲われ、
そのたびにしゃがんでしまいます。
列車内にあるお手洗いの前まで来た時は、とにかく苦しくて、
たまらず、おば様のおっしゃる恥ずかしい事も試してみたのです
が……
「………………(ホントだ)」
なるほど、御前様の言う通りです。出そうとして出るものでは
ありませんでした。
でも、だからってそれでホッとしたというわけでもありません。
やはりお腹の中が嵐になれば、もう反射的にお尻の穴をすぼめ
ますし、その場にうずくまります。
「いやあ!」
思わず悲鳴だって。
長年の習性をそう簡単に変えることなどできませんでした。
そうやって、やっと思いでたどり着いたサロンカーでしたが、
ここを出て行った時とはだいぶ雰囲気が変わっていました。
まだお昼だというのに、緞帳の厚いカーテンで外光が遮られ、
その代わり部屋全体を白熱灯のシャンデリアが照らしています。
その光が軟らかく感じられるのは、きっとタバコの煙が部屋の中
一杯に充満しているからでしょう。紫の煙だけでなくお酒の匂い
も立ち込めています。
しばらく見ない間にここはまるでナイトクラブのような場所に
なっていました。
(勿論、当時はそんな場所行ったことがありませんが……)
「As Time Goes By(時の過ぎ行くままに)」
ピアノの音が流れ来る方向に目をやると、進藤のおじ様が美咲
を膝に乗せてピアノを弾いてらっしゃいます。
遥もおじ様の脇に立ってうっとりです。
きっと、彼女たちへのお仕置きはもう終わっているのでしょう。
二人ともまだオムツを着けたままの姿でしたが、そのことは別段
気にならならないみたいで屈託のない笑顔を見せていました。
すると、今度はおじ様に代わって遥がピアノを弾き始めます。
でも、それは……
『何よ、あの子たち。……「スワンの涙」なんか弾いちゃって
……グループサウンズの曲なんかお父様に叱られるわよ……』
私はキャッキャキャッキャとはしゃぐ妹たちを心の中でなじり
ながらも羨ましそうな嫉妬の目でぼんやり眺めています。
すると、真鍋のおば様が背後から……
「さあ、何ボーっとしてるの。あなたはお仕事よ。……ほら、
みなさんあそこでポーカーをなさってるわ。あなたはおじ様たち
の処へ行って、ご注文をうかがって来てちょうだい」
「ご注文?」
「そうよ、お飲み物は何になさいますか?お菓子はいかがいた
しましょうか?ってね。それだけ尋ねて回ればいいわ。……はい、
これを持って行って来て」
御前様はメモ帳とボールペンを私に手渡すと背中を押して送り
出します。
どうやら、私にウエートレスをやれということのようでした。
『今、それどころじゃないのに……もし、途中でお漏らしたら
どうしてくれるのよう』
全身鳥肌で泣き出しそうな思いですが、とにかくやるしかあり
ませんでした。
その時四人のおじ様たちは、丸いテーブルを囲んでポーカーの
真っ最中。その中の一人は私たちのお父様です。
私はまず佐々木のおじ様に近づきました。
すると、こちらが何か言う前に……
「あや、朱音ちゃんお帰りなさい。そうだな、何にしようかな。
……ホットのコーヒーにホットドッグ。……あっ、それ、コール。
……クイーンのスリーカードだ」
「あっ、はい」
私が不安そうに答えると……
「朱音ちゃん、ちゃんとメモを取らないと間違えるよ」
中条のおじ様です。
高梨のおじ様も……
「女の子は男の席に来たら笑顔の方がいいんだがなあ。その方
が何かにつけて徳だよ。どんなに辛い事情があっても、それを顔
に出さないようにしなくちゃ。相手にこちらの手の内を知られた
ら、特になる事は何もないもの」
おじ様たちはトランプの手を休めないままで私に色々助言して
くださいます。ですが、鈍感な私はその瞬間はまだ何のことだか
分からないままきょとんとしていました。
そんな私に、中条のおじ様が……
「朱音ちゃん。苦しいのは分かるけど……女の子が眉間に皺を
寄せては綺麗な顔が台無しになっちゃうぞ。……私はダージリン
でモロゾフのクッキーだ」
すると、高梨のおじ様も……
「朱音ちゃんは、きっとこれが初めてなんだろうね。だったら
仕方ないかな。『いきなりそんなこと言われても、私、困ります』
って顔だ。ま、おいおいできるようになるさ。私は昆布茶に羊羹
でいいよ。手間をかけさせちゃ可哀想だ」
そして、最後に小暮のお父様が私を呼びます。
「だから、分からん子だなあ。……みなさんは、お前がそんな
しかめっ面ばかりしていたら、せっかくの女が台無しじゃないか
とおっしゃってるんだ。女の子はどんな時でも笑顔でいなきゃ。
そうだろう。……たとえお腹が痛くても、そこはやせ我慢して、
頑張らなくちゃ。お客様への接待の仕方は教えたはずだよ」
『そんなこと言っても今はこんな状態だし……』
私は思いましたが、その瞬間…
「えっ?!」
ドキンって心臓が跳ねました。
どうやら、お父様は私が御前様から何をされたか先刻ご存知の
ようなのです。
いえ、お父様だけじゃありません。実はこの場にいる誰もが、
私の身体に何が起こっているのかをご存知だったのでした。
「それに、もうそろそろお腹の具合も落ち着いてきてるんじゃ
ないのかな?」
『落ち着いてきた!?何言ってるのよ!こんなに大変な時に』
お父様に言われ最初はそう思ったのですが、あらためて身体に
相談してみると……。
「……?……」
私の脳みそが、一瞬、空白になります。
言われてみればその通りでした。最初の頃は『もうダメ~!』
『もうダメ~~!』の連続でしたが、今は、苦しい事に変わりは
なくとも、耐えようと思えば何とかなっています。
これはあくまで子供へのお仕置き。私が13歳でこうした事に
慣れていないだろうと、実は御前様が私にイチヂクを手渡す際、
浣腸液の濃度を事前に調整してくださったのでした。
「朱音さん、お腹の具合が落ち着いたのなら何よりじゃないの。
だったら、これからは、もっと、しっかりみなさんに笑顔を見せ
ないといけないわね」
少し離れた場所から真鍋のおば様の声が飛んできます。
振り向いた私は御前様の笑顔を見つけて少しムカッときました。
ただ、反抗的な顔は見せません。もし睨んだりしたら、それこそ
この後どうなるかわかりませんから。
そこは大人の対応ができたみたいでした。
『最後は進藤のおじ様ね』
そう思ってポーカーをやっているおじ様たちの席を離れようと
した瞬間です。
「朱音、どこへ行くんだ。私への注文はまだ聞いてないよ」
お父様が私を呼び止めます。
『えっ、お父様も?……娘が困ってるんだから助けてくれても
いいじゃないの。まったく』
私は心の中だけでぶつぶつ言っています。
「私の注文は取らないで行ってしまうつもりかね」
「別にそういうわけじゃあ、お父様はいいのかと思って……」
「どうして?親を大事にしない子だなあ、お前は……」
お父様の声におじ様方までが失笑します。
「私にはね、リンゴを剝いてくれ。お茶は玉露で……必ずお前
がリンゴを剝いてお茶をいれるんだぞ」
「えっ~」
「何がえ~~だ。お前だってリンゴくらい剝けるだろう?」
他のおじ様たちが『何でもいいよ』といった感じで注文を出し
てくれているのに、お父様だけはちょっぴり意地悪な注文を出し
てきます。
リンゴを剝くことも玉露でお茶をいれることも、そりゃあでき
ますけど、共に手間の掛かる作業。それだけ時間がかかります。
当然トイレへ行くまでの時間だって伸びるわけで、お父様の注文
は私への意地悪としか思えませんでした。
でも、これだって断るわけにはいきません。どのみち私に用意
された答えは一つなんですから。
「はい、お父様」
私は引きつった笑顔で答えたつもりでしたが、ひょっとして、
それが笑顔になっていたか、そこは自信がありませんでした。
「ふう~」
私はため息を一つつくと、今度こそ部屋の隅で楽しげにピアノ
を弾いている進藤のおじ様のもとへ行きます。
「おじ様、ご注文は何にいたしましょうか?」
私が尋ねると……
「君たちは何がいいの?」
まずはアップライトピアノの脇に立つ遥と美咲に尋ねます。
二人はオムツ姿。短いスカートはすでに捲られていてその裾が
落ちてこないようにピンで留めてありますから下穿きのパンツが
オムツになっているのが丸見えなんですが、二人はすでにその姿
を恥ずかしがっている様子がありませんでした。
女の子は恥ずかしいことに敏感です。これは分かりますよね。
でも、その恥ずかしさに慣れるのも、実は男の子より女の子の
方がずっと早いんです。
二人は、さっきから進藤のおじ様にしきりにリクエストを繰り
返しています。これは、二人がこんな格好でもすでに緊張感なく
おじ様のそばにいられる証しでした。
二人のオムツはすでにお仕置きとしての用がなくなっているの
でしょう。
『いいなあ、こいつら、早く終わって……』
私は羨ましく妹たちを見つめます。
すると、その二人から声が上がりました。
「あたし、クリームソーダ」
美咲が言うと、遥は……
「あたしはコーラがいいな」
でも、おじ様はそれを差し止めてしまいます。
「だめだよ。遥ちゃんはまだ小学生だろう、コーラはまだ早い
から他のにしなさい」
おじ様にダメ出しされてしまいます。
すると今度は笑いながら……
「じゃあ、コーヒーでいい」
これはわざとです。
実はこの時代、コーラやコーヒーというのは大人だけの飲み物。
小学生はNGでした。それをあえて注文していたのでした。
「こら、こら……」
おじ様は笑っています。
それだけ二人はこの部屋の雰囲気に馴染んでいたのですから、
私的(わたしてき)には癪に障ります。
「仕方ない、じゃあバヤリースでいいわよ、ウェイトレスさん。
わかった?ちゃんとメモに書き留めなさいよ」
彼女、私がまだお仕置き中だと知ってからかいます。
私は、お腹の中で『あんた、何、調子に乗ってるのよ!覚えて
らっしゃい』って思いましたけれども、今はどうすることもでき
ませんからここも笑顔です。但しかなり引きつってましたけど。
たしかに、お腹の具合は最初の頃からみればいくらか改善して
いますが、それでもだぶついたお腹は未だにぐるぐる鳴り続けて
いますし、ほんのちょっとした衝撃でも依然として全身に鳥肌が
たちます。
ですから、今、もしトイレであの栓を抜いたら(๑º ロ º๑)
その瞬間に……
「****(≧▽≦)****」
ってのは間違いないところだったのです。
「私は……そうだな、ホットココアにチーズケーキがいいかな」
進藤のおじ様からも注文を受けて、これでおじ様たちを一通り
回ったわけですが……
『こんな沢山の種類の飲み物や軽食をどうやって調達するんだ
ろう?私がやるのかなあ?』
ふと、そんな疑問がわきます。でもその答えはすぐに見つかり
ます。
「お嬢様、お客様からのオーダーをお願いできますか?」
聞き覚えのあるその声に振り向くと、それは先ほどまでおじ様
たち二人が歓談していたカウンターの奥から。
カウンターの奥がビュッフェになっていたのです。
今はおじ様がいないのでその奥まで見通せるのですが、そこは
ちょっとした調理場になっていて、食器棚に冷蔵庫、小さな流し
には二台の電気コンロまでもが見えます。
暖かい飲み物、冷たい飲み物、冷蔵庫の食材を使えばちょっと
した料理だってここから提供できるわけです。
おじ様たちはこの列車に乗り込む前、銘々ここにお好みの食材
なり飲み物をストックしておいたみたいでした。
そして、そのカウターの中に立っていたのは、さきほど真鍋の
おば様の部屋を訪れた車掌さん。今はコックさんでした。
「最初は社長、いや佐々木のおじ様にコーヒーとカツサンドを
届けてもらえるかな……」
車掌さんはお盆に乗せたコーヒーとカツサンドを差し出します。
「熱いから気をつけてね。大丈夫かい?無理しなくていいから。
ゆっくりでいいからね。無理なら私が持って行ってもいいんだよ」
「大丈夫です。私、運べますから」
車掌さんはとっても親切でしたが私は断ります。
私は車掌さんの申し出を断ってお盆をカウンターテーブルから
持ち上げました。お腹の調子は、まだまだ絶対に大丈夫とまでは
言えませんが、これは私がやらなければいけない義務なんだ、と
心に言い聞かせていましたから、他の人に任せるつもりはありま
せんでした。
「佐々木のおじ様、コーヒーとカツサンドをお持ちしました」
私がこう言ってお盆をテーブルに置くと……
「ありがとう。お腹は大丈夫?」
佐々木のおじ様はやさしく尋ねます。
「もう大丈夫です」
本当はそんな事ないんです。本当は…
『さっさと受け取りなさいよ』
って思ってます。でも私だって女の子、そこは笑顔で答えます。
「いい笑顔だ。女の子はいつもそんな顔をしてないといけない。
女の子というのはどんな時でも他人を不快にしてはいけないんだ。
生理現象を利用するお仕置きなんてハレンチに思うかもしれない
けど、これもレディーになるための一つの訓練なんだよ。実際、
パーティーの席では顔の曇るような事がよく起こるからそんな時
に動揺しない訓練だ」
佐々木のおじ様の笑顔は本当でしょうか?
「パーティーって、よくお腹が痛くなるんですか?」
私が尋ねると……
「ははははは、そうじゃないよ」
この時、笑ったの佐々木のおじ様だけではありませんでした。
「パーティーは外からは華やかに見えるけど浮かれてばかりも
いられないんだ。男性にとっても女性とってもそこは戦場だから、
思いもよらぬ処から弾が飛んで来て被弾することがよくあるんだ」
「被弾?」
「この時の弾は言葉。思いもかけぬ言葉を突然投げかけられて
動揺することがよくあるのさ。相手は情報を得ようとして色々と
仕掛けてくるからね。顔色を一瞬でも変えると分かっちゃう」
「相手って?」
「商売敵だったり、記者さんだったり色々。……もしそんな時、
思わず自分の本心を晒してしまうと、さらに痛い目にあうから、
注意しなくちゃいけないんだ。どんな事態に遭遇しても、決して
うろたえない訓練が必要になるわけだ。男はポーカーフェイス。
女の子は笑顔で身を守るんだ。特に女の子の場合は、自分以外は
みんな敵みたいなものだから、さらに大変なんだよ」
佐々木のおじ様は少しニヒルな笑顔を浮かべて私に助言なさい
ます。でも人生経験のない私にその意味はまったくわかりません
でした。
ただ、どんな人生をたどるにせよ女の子は色んな場面で、我慢、
我慢を強いられる星の下にあるという事だけは、もうわかる歳に
なっていました。
私は一旦カウターへ戻り、今度はダージリンティーとモロゾフ
のクッキーを車掌さんから受け取ります。
「次は総帥の処だよ」
車掌さんにそう言われて再び送り出されます。
私が総帥のテーブルに近づくと……
「ところで、朱音ちゃんは、将来、小暮先生のお家に入るの?」
唐突に尋ねられてきょとんとしてしまいました。
「別にそんなことは決まってませんけど……どうしてですか?」
「いや、こうした罰を受ける女の子というのは、将来、一族の
会社で、息子さんやお孫さんが経営している会社の一翼を担って
活躍されてる人が多いからさ」
「えっ、そうなんですか?……でも、私は女の子だから……」
「それは関係ないよ。これは君のお父様だけじゃないよ。ここ
にいるおじ様たちは全員、男女に関係なく戦力になれそうな子が
いれば一人でも二人でも一緒に仕事を手伝って欲しいんだから」
「でも、私、叱られてばかりだから……」
「それは違うよ。鞭を惜しむはその子を憎むなりと言ってね。
私もそうだが、分け隔てなく育てているつもりでも期待してる子
に対してはついつい厳しく当たってしまうものなんだ。もし君が
たくさん叱られてるなら、それはお父様に期待されてる証拠だよ」
『だって、お父様は、お前の将来はお前が自分で決めればいい
っておっしゃってたもの。私なんか期待されてないわ』
私にとっておじ様の言葉は初耳です。実際そんなことをお父様
から相談されたこともありませんでした。
ただ、カウンターに帰ってくると、そこに立ってた真鍋御前も
同じことをおっしゃるのです。
「もちろん、小暮先生はそのおつもりよ。でなきゃ私にこんな
お仕置きを依頼されたりしないわ。ことあるごとにおじ様たちに
あなたを引き合わせるのもそのためよ。実際、『この子は嫁さん
には出さない』って何度も私におっしゃってるもの」
『えっ~~わたし、そんなの聞いてないよ~~う。私はねえ、
漫画家になるの。誰になんと言われてももう決めてるんだから』
私はビックリ。そして、心の中だけでこう叫ぶのでした。
ただ、その瞬間、力が入りすぎたのか、お腹に異変が……
「無理しなくていいからね。でも、もしお腹がまだ大丈夫なら、
今度は高梨のおじ様の処へ昆布茶と羊羹を届けてあげて」
車掌さんにまた次のお盆を渡されます。
「はい、……あっ、でも、いつまでもつか……その……」
私が不安げな顔で車掌さんに話すと、真鍋御前はその表情まで
も読んでいられたみたいでした。
「そろそろ栓が緩んできたかもしれないわね。高梨のおじ様の
処へ行ったら、トイレへ行ってもいいわよ。……何なら、そこで
漏らしちゃっても構わないから」
最後は私の嫌いな笑顔になりました。
「嫌なこと言わないでください。私だってプライドがあります」
私は腹立たしく悲しくそう言い放ったのですが……
「プライドねえ」
御前様の方はちょっとバカにしたような瞳で私を見つめます。
そして、こんな事を言うのです。
「あなたのプライドはともかく、たとえどんなことになっても
おじ様方は、あなたに悪い感情だけは持たれないわ」
「どうしてですか?そんなわけないでしょう!」
「だって、今がお仕置きの最中だってことはおじ様たちご存知
ですもの。大人のレディーならいざ知らず、あなたみたいな小娘
がたとえ粗相をしても目くじらをたてたりなさらないの。むしろ、
それって、あなたがおじ様方に強い印象を残せるチャンスかもよ。
……どう?やってみない?」
「どうって……どうしてそんなこと言うんですか!!?バカに
しないでください!!」
私はお盆を持ったまま思わず大声に……
実際、それってバカにされたとしか思えませんでした。
「昆布茶と羊羹をお持ちしました」
私は少し心を落ち着かせてから高梨のおじ様の処へお茶と羊羹
を届けます。
すると、楽屋裏のドタバタをご存知なおじ様は……
「まだ、興奮冷めやらぬというところかな」
私の顔を見て笑います。
きっと、その時おっかない顔をしていたんじゃないでしょうか。
私は遅ればせながら笑顔を作ってみたのですが……
「ここは狭い部屋の中だからね、大声を出すと、たとえ部屋の
隅からでも十分に聞こえるの。気をつけなきゃ」
「ごめんなさい、私……」
私は顔が火照りました。
ここで聞こえていたのなら、おそらくこの部屋にいた人は全員
私の大声を聞いているはずです。
「大丈夫、君のお漏らしなんて誰も期待してないから。そんな
ことよりさっさとトイレへ行きなさい。高いペルシャ絨毯にシミ
なんて着けられたら、それこそ佐々木さんだって大弱りだ」
「はい」
私は二つ返事でカウンターに戻ります。
お盆を返すと、あとは何も言わずにサロンを出ました。
みっともない話ですが、すでにお尻の栓が外れかけていました。
『反対されたら、もうアウト』
そう思うと御前様にも「トイレへ行きます」とは声をかけられ
ませんでした。
でも、サロンを出ると樫村さんが追ってきて色々手伝ってくれ
たのです。
本当は一人で全て済ませるつもりだったのですが、結果的には
彼女がいたおかげでその先も余計な恥をかかずに済みました。
そんな縁で心がほぐれた私は、最後に化粧室の鏡の前で身なり
の確認をしている時、気になってい事を樫村さんに尋ねてみます。
「こんなこと、男の子もやらされるんですか?」
「男の子?男の子にはあまりやらないけど、あなたみたいな子
の場合は、たいてい一年に一度や二度は必ず経験するみたいよ」
「私みたいな?」
「そう、さっき話してたでしょう、あなたみたいにお父様から
将来を嘱望されてる場合は特に厳しいの」
「どうしてですか?」
私の問いに樫村さんの答えは少し間がありました。
少し、時間があって……
「あなたはまだ若いから、女性だって能力さえあれば、社会で
男性と同じように活躍できると思ってるかもしれないけど現実は
厳しいの。仕事社会ってのはもともと男性が作り上げてきたもの
だから男性にとっては都合よくできてるけど女性に対する配慮は
全然なされていないのよ。だから女性がそこへ分け入って成果を
上げるには男性の三倍も四倍も努力しないと認めてもらえないわ」
「それって、女の子らしくしていたらダメってことですか?」
「だったらまだいいんでしょうけど、実際はその逆よ。いくら
仕事ができても女を意識しないで行動する男みたいな女性を男性
は快く思わないわ。男性ってね、建前はともかく本音の部分では
女の子はやっぱり女の子らしくしていないと不満なの。男みたい
にしていると仕事上のパートナーとして相手を尊重してくれない
し、心も開いてくれないの」
「女の子らしく見えて、かつ仕事もできるってことですか?」
「そういうことよ。あなた、13歳にしては随分と物わかりが
いいじゃない。さすが小暮のおじ様が見込んだだけのことはある
わね」
「見込んだって……私は、別に職業婦人になるつもりは……」
「嘘おっしゃい、あなた、将来は漫画家になりたいんでしょう。
自活したいと思ってるんじゃなくて……」
「えっ!?……それは……その~~漠然とした夢というか……」
私は今日まで見ず知らずだった樫村さんがどうしてそんなこと
まで知っているのか驚き、同時に弱気になります。
「あら、俯いちゃったわね。あなたにとって、その夢はそんな
程度だったの?」
「そういうわけじゃあ」
「だったら胸を張ってていいはずじゃない。いずれにしても、
小暮のお父様はあなたにお嫁さんではない生き方をお許しになる
おつもりよ」
「私、漫画家になってもいいんですか?」
「ま、なれるかどうかまでは分からないけど、社会に出て自立
したのなら、そうさせてやろうってお考えなの。だからこの列車
だって出発を遅らせてあなたたちが乗り込むように手配されたん
じゃない」
「手配って……私は偶然この列車に乗っちゃっただけで……」
「おぼこいわね。……そんなところは、まだ13歳の小娘ね」
「えっ?」
「な、わけないでしょう。小暮のおじ様はあなたがふて腐れて
谷を下り始めたって情報が入ったら、わざわざ佐々木のおじ様に
頼んでこの列車を遅らせてもらったって……私、そう聞いてるわ
よ」
『えっ!!私たちがこの列車に間違って乗り込むようにわざと
仕組んであったの!?……(ガ~~~~ン)』
私はハンマーで頭を思いっきりぶたれた思いでした。
「あなた、おじ様たちから、こんな時でもちゃんと笑っていな
きゃいけないって注意されてたでしょう。あれは女の子が仕事を
する時の最初の心得なの。『女の子だって仕事さえできれば…』
なんて男性は建前をちらつかせるけど真に受けたら痛い目に遭う
わよ。男性って、女を捨てて仕事一途に生きる女性に対して実は
とても冷淡なんだから。……これはあなたがこの先どんな職業に
着いても言えることだから覚えておきなさい」
「だから、私……こんなことされてるんですか?……てっきり
テストでカンニングしたお仕置きでこうなったのかと思ったけど」
「もちろん、それはそうよ。これは、あなたが学校のテストで
カンニングをしたことや招かれてもいないのにこの列車に乗り込
んでしまったことへのお仕置き。ただ、それについてどんな罰を
用意するかは、その子が将来どんな大人を目指すかによって変わ
ってくるの。逆に言うと、その子がどんなお仕置きを受けてるか
で、大人たちがその子にどんな希望を抱いているかが分かるって
わけ」
『いったい、いつ、誰が私の将来を決めたのよ!』
そうは思いましたが、今はまだどうすることもできません。
『とにかく、今はやり残したウェイトレスの仕事をしなくちゃ』
と、それだけ考えてサロンへと帰ったいたのでした。
ところがいざサロンへ戻ってみると、私の仕事はすでになくな
っていました。
進藤のおじ様はカウンターの席に移って車掌さんと雑談。
私が運ぶはずだったホットココアとチーズケーキもすでにそこ
に置いてあります。
美咲や遥も、おじ様の隣りで車掌さんに出してもらったサンド
イッチを頬張りながらクリームソーダとオレンジジュースを飲ん
でいました。
そして、空席になったピアノ椅子には、お父様が座っていて、
これしか弾けないリリー・マルレーン(Lili Marleen)を弾いてい
ます。
「やあ、戻ったね。今はお父様が弾いてらっしゃるけど、席が
空いたら、朱音ちゃんの雨だれを聞いてみたいな」
進藤のおじ様は私を確認するとさっそく意地悪をおっしゃいま
した。
というのも、私は不器用で一度として譜面どおり弾けたためし
がありません。私が弾くピアノはすべて私の創作曲。
そんな私にピアノを弾けというのは恥をかけと言っているよう
なものだったのです。
私は隠れるようにカウンターの中へ入ると車掌さんに尋ねます。
「お父様へリンゴをお出ししましたか?」
「あっ、それはまだだけど……」
車掌さんの言葉に少しホッとします。
私にもまだ仕事が残っていましたから、それを先に済ませます。
お父様のために大きなリンゴの皮をむいて、お茶をいれて……
その間だけでも私は恥をかかずにすんだのでした。
ゆっくりゆっくりリンゴの皮を剝いていると、小暮のお父様が
私に気づいてカウンターへやってきました。
ここに椅子は三つしかありませんから、美咲ちゃんをお膝に乗
せてそこに座ります。
美咲は五年生。もうそろそろ父離れしそうなものですが、この
子に限って言えば、まだまだ赤ちゃん気分が抜けていませんから
いきなり体を持ち上げられてその後お父様のお膝で過ごすことに
なっても何の抵抗もありませんでした。
「ほら、リンゴが来たよ。食べるかい?」
お父様は美咲の頭をやさしく撫でます。
それって、お父様の機嫌がよい証拠です。
というのも私がその場所に腰を下ろしていた時がそうでした
から。
お父様は、私が剝いて切り分けた山盛りのリンゴの大半を美咲
に与え、ご自身はフォークに刺して一口召し上がっただけでした。
「リンゴの皮剝きはまだまだだが、玉露の入れ方だけは昔より
上達したみたいだな」
お父様は愛おしそうに私が差し出した湯のみを両手で抱えると
静かにお茶を飲みます。
それはまるでお茶会の席のように凛とした姿でした。
すると、お茶を飲み終えたあと、意外なことをおっしゃいます。
「昨日ある人を介して『幼年舎』という出版社に行ってきたよ」
「えっ!?……まさか!……そんなことって」
私の目はまん丸です。幼年舎には私の好きな漫画家の先生たち
が作品を提供していますから、私も一度はそこへ行ってみたい、
私の描いた原稿を見てもらいたいと思っていました。
「実はここ二三週間ほど前から、お前が読んでるマンガを私も
読んでみたんだ」
「え~~~」
まさに青天の霹靂。『嘘でしょう!!!』って絶叫したくなる
事態です。
でも、事はそれだけではありませんでした。
「そこでだ、お前が何か描いてたものがあるというから、武田
先生に出してきてもらって持って行ってみたんだ。『うちの娘、
こんなの描いてますけど、ものになりそうでしょうか?』ってね、
編集長に尋ねてみた」
『まさか!!』
私、お父様のその言葉を聞いた瞬間、後ろの壁に頭を打ちつけ
ます。ホント卒倒しそうでした。
やや、落ち着いてから……
「……で、何て言われたんですか?」
恐る恐る尋ねてみると……
「ん?気になるのかね」
お父様はほっぺたを膨らませて笑います。
「まだまだ、こんなんじゃとても使えないそうだ」
「あ、当たり前じゃないの!!」
私、顔を真っ赤にして叫びました。
すると……
「どうして?……私には、お前がたいそう自信をもってように
みえたから、ひょっとしてショックなのかと思ったが……でも、
まあ、それならそれでお前としても諦めることができた訳だし、
めでたし、めでたしというわけだ」
私は、したり顔したお父様に二重三重と重なり合うショックを
受けます。
茫然自失って、こういう時のことを言うんでしょうね。
呼吸だけが浅く荒くなって、何と言っていいのか分からなくて、
とにかく言葉がみつかりませんでした。
お父様は私のことをまるで動物園のチンパンジーでも見学して
いるかのような目で見ていましたが、しばらくしてからこう続け
ます。
「編集長さんがおっしゃるには、この世界は他に何がなくても
絵に個性があれば可能性はあるんだそうだ。その個性のある絵に
マッチした物語を考えて、あとは読者が共感できるネームで話を
展開していく。ま、私は素人でよく分からないけど、マンガでは
固有名詞が大事みたいだな。確かに、人って音の響きで相手への
印象も代わってくるからね」
「固有名詞?」
「そう、ネーム、ネームって、たいそうそれが大事だと言って
たよ」
「(ああ、なるほど)……で……私の絵には、個性がないって
言われたの?」
「ドレスや髪のラインは綺麗な線が引けてるけど、この程度で
よければ毎日のように持ち込まれる原稿でもよく見かけるレベル
らしい。結局のところ色んな先生の物まねをつぎはぎしただけで
終わってるんだそうだ」
「…………」
私はがっかりです。あれでも一生懸命描いたつもりでしたから。
「私が『瞳が顔の半分もあったら化け物ですね』って言ったら、
編集長さんに『少女マンガって、たいていそうなんですよ』って
笑われたよ。こういうことはお約束なんだそうだ」
「…………それで、原稿は置いてきたの?」
「どのみちあちらに置いてきても処分されちゃうみたいだから
原稿は返してもらったんだけど、他にストーリーだけ書いた原稿
があっただろう、SFみたいなの。あれは編集長もお気に召した
みたいで時間をかけて見てくれていたから『これでプロの先生に
マンガをこしらえてもらえませんか』ってお願いしたら、それは
受け取ってくれた。ま、そう言われてもいつになるかわからない
ということだったけどね」
お父様は屈託なく笑っています。でも私にはそれが許せません
でした。
「どうして、そんな勝手なことするのよ。あの漫画はまだ描き
かけなの。私の物を勝手に触らないでよ。プイバシーの侵害よ」
大声が出ます。私はお父様のあまりに能天気な態度にとうとう
キレてしまったのでした。
「おやおや、随分大きな声だけど、そんな大きな声をださなく
ても聞こえてるよ。必要以上の大声はみっともないよ」
「ごめんなさい。でも、あれはまだ完璧に仕上がってなかった
し……」
「同じだよ。あれがたとえ完璧に仕上がっていても編集長さん
の評価は変わらないはずだよ。そうだろう、相手はプロだもの。
完成形でなくても、描きかけでも、見ればその価値はわかるよ。
いいかい朱音。私は、お前の夢を潰そうとしているわけじゃない。
事実が知りたかっただけだよ」
「事実って?」
「お前にプロとしてやっていくだけの才能があるのか?」
「で、『ない』って言われて帰ってきたんでしょう!!」
私の大声にお父様はまた渋い顔です。
「今の段階ではね。でも、それは絶望することでも何でもない
よ。だってそれは、今のお前が大学入試に挑んでも受かる学校が
ないと言われただけなんだから。これから5年先を目指して努力
すれば、その可能性はどんどん広がっていく。マンガだって同じ
だよ。思いつきで描いた絵を買ってくれるほど世間は甘くない。
そういうことさ」
お父様の言葉のあとに、それまでおとなしく聞いていた進藤の
おじ様が口を挟みます。
「マンガは今、ブームだからね。特に手塚治虫が出てきてから
はその手法も大きく変わってる」
「手塚?ああ、鉄腕アトムだろう、その程度なら知ってるよ。
この子もウランちゃんが大好きだ」
お父様は嬉しそうにサイダーのストローで遊ぶ美咲の頭を撫で
ます。
「あのお医者くずれ、そんなに偉いのか?」
「偉いかどうかは別にして時代の革新者の一人ではあるだろう
な。今、この世界の第一線で活躍している作家たちのほとんどが
何らかの影響を受けている。それにつれてということになるかな、
少女マンガも大きく変わったよ。昔はそもそも女性のマンガ作家
というものがほとんどいなかったので『少女マンガ』といっても
大半、男性作家が描いてんたが、今や男性作家が登場することは
ほとんどなくなった」
「ダメなのか、男じゃ?」
「男性には女性特有の細やかな感情の機微が表現できないから
読者の共感が得られにくいんだ。分かりやすく言うと『これって
男の人が書いたのね』ってすぐにばれちゃう」
「凄いな、マンガでそんなことまで表現できるのか?ちょっと
した文学作品だな」
「大半ガラクタだが、中にはその域にあるものもあるよ。ただ、
これを読むのは、大半が10代だからね、理性や道理というより
感性を共有できることが大事なわけで、となると、やはり同世代
が強いわけだから、最近は10代の若い作家も珍しくないんだ」
「じゃあ、朱音にもチャンスはあるのかな?」
「ないことはないだろうが、もったいないと思うよ。せっかく
これだけ実業で名を馳せた人たちから後ろ盾になってもらってる
のに。……ああした世界は、所詮、虚業だからね。有り余るほど
才能のある子が、必死に努力して、尚且つ大きな運にも恵まれて、
やれやれやっと世に出られたと思っても、はたして、その人気が
いつまで続くか分からない。そんな不安定な世界に身を置くより、
平凡でもご亭主や子どもたちから愛されて暮らす普通の奥さんの
方が、どれほどか幸せなんじゃないかな」
それまで、お父様と進藤のおじ様が交わすおしゃべりを黙って
聞いていた私でしたが、思わず声が出てしまいます。
「やっぱりダメかあ~~」
ため息交じりの囁きを進藤のおじ様に拾われてしまいます。
「ダメじゃないさ。但し、そう決心したら、もう私たちからの
援助は受けられないと覚悟しなきゃね。その覚悟あれば、何でも
できるよ」
「そうですよね、私、裏切り者ですものね」
すると、今度は私の言葉にお父様が……
「いや、そうじゃなくて、私たちは実業で生きてきたからね。
君の目指す世界のことは何も知らないし、コネクションもない。
私たちには助けようがないじゃないか。それを心配してるんだ。
それでも、やってみたいかね?」
「……わたしは……」
私はそう言ったきり、あとの言葉が出てきませんでした。
すると、俯く私に追い討ちをかけるように……
「それから朱音。これだけは言っておくけど、お前がこれから
何を目指そうと、ここでの生活は何一つ変わらないよ。お前は、
家の子なんだからこれからもみんなと一緒にここで暮らすことに
なる。当然、みんなと同じだけのノルマもこなさなきゃならない。
大学にだってちゃんと行ってもらう。特別扱いはしないからね。
その上でマンガ家を目指すのならやりなさい。……いいね」
「はい」
私は小さな声で答えました。
それって、その時の私にしてみたら、『マンガの夢は諦めろ』
って、言ってるようにしか聞こえませんでしたが……
でも、事実はまったく逆で、マンガ家への道がこれで終わった
のではなく、むしろこれから始まったのでした。
*************************
小暮男爵<第二章> / おば様のお仕置き②
小暮男爵<第二章>
****<§5>****/おば様のお仕置き②****
「そうね、それではまず買い物に行きましょうか?」
「???」
御前様に唐突にこう言われて、私はきょとんします。
だって、ここは動く列車の中。二両編成の客車には、もちろん
売店なんてありませんから。
「もうじきこの列車は宮鴨という駅に着くんだけど、そこから
先は佐々木おじ様の会社が管理する路線じゃないから、引継ぎに
30分ほど時間がかかるのよ。それを利用して途中下車しようと
思って……」
「何を買われるんですか?」
思わず尋ねてしまいましたが、答えを聞いたら、『訊かなきゃ
よかった』って思いました。
「何って、大半はあなたの物よ。小さいサイズの大人用オムツ
にイチジク浣腸……お線香に艾に……シッカロール、大判タオル
もあった方がいいわね」
「…………」
お股がキュンとなって、慌てて太股をしっかり摺り合わせます。
しかも……
「あなた、街で買い物したことあったかしら?」
「えっ!」
私、唾を飲み込んだけど、返事はできませんでした。
『まさか、私がそれを買いに行くってことなの!?』
と思ったのです。
「たしか、小学生の時に社会科の授業でやってるはずよ」
「……はい……年に一度か二度、デパートへ行って好きな玩具
を買ったことはありますけど……」
か細い声で答えると……
「そうそう、それそれ、それのことよ。経験あるじゃないの。
だったら大丈夫ね」
御前様は微笑みます。でも、確かにそうなんです。
私たちの生活は全てお父様たちからのあてがいぶちで賄われて
いましたから、世間の子どもがもらっているようなお小遣いには
縁がありませんでした。
住む場所はもちろんお父様のお家ですし、着る物はパーティー
用のドレスから学校の制服、普段着、パジャマにいたるまで大人
たちが用意します。下着以外は仕立て屋さんが来て採寸仮縫いを
して仕上げます。服飾関係で仕事をしているOGたち多いので、
採寸表をもとに仕立てられたものが送られてくるケースも少なく
ありませんでした。
勉強に役立つような書籍や学用品を揃えるのは家庭教師の仕事
ですから、本屋さんも毎日のようにやってきます。
うちの家庭教師はすべて住み込みでニーナの仕事も兼ねてます
からおやつの時間に用意するお菓子を揃えるのも彼女たちの仕事
でした。パイやクッキーといった先生お手製のお菓子がよく出て
きますが、TVCMで流れているような物も大人たちにおねだり
すればたいてい手に入りました。
要するに、日々の生活で必要なものは大半が大人たちから与え
られていたわけです。
ただ、例外もあって、マンガ本やあまり値のはらないオモチャ
なんかは自分で調達しなければなりません。
それらは佐々木のおじ様が経営するデパートの外商部が毎日の
ように学校へ出入りしていますからその人を通じて取り寄せます。
ただそこで必要になるのがポイント。世間で流通するお金では
ありませんでした。
私たちの世界では、日本銀行券なんかより、お父様や先生から
良い子へのご褒美としてもらうポイントの方が大事だったのです。
朝寝坊や夜更かしをせず、宿題を真面目にやって来てテストで
合格点を取ればそのつどポイントはどんどん溜まっていきます。
それだけじゃありません。困っているお友だちを助けた親切に
したというだけでもテストの合格点同様高いポイントがつきます。
しかもこのポイント、悪い事をしてもそれを理由に減らされる
ことがありません。悪さはすべてお仕置きで精算が基本なんです。
『ポイントがこんなに溜まってるからこれから引いてね』とは
なりませんでした。
つまりこれがお金の代わりとなるもので、私たちはポイントが
記載された青いレシートをたくさん集めて昼休みに学校の食堂へ
持って行きます。するとそこにデパートの外商さんが待っていて
1ポイント1円でマンガや雑誌、玩具なんかと交換できる仕組み
になっていました。
さらに年齢が上がるとお父様へのおねだりではなかなか買って
もらえない流行のバッグや靴なんかもこのポイントで買えちゃう
ようになります。
食堂に置かれたたくさんのカタログの中から欲しい物を選んで
外商さんに依頼するわけです。
カタログ販売なので持ってきてもらった物が思い描いていた物
と違うこともありますが、もし気に入らなければキャンセルする
ことも取替えてもらうことも自由でした。
いずれにしても私たちが世間で流通しているお金を使って買い
物をすることは滅多にありませんでした。
ただ、そんな貨幣経済に背を向けた生活では自立した時に困る
かもしれないとお父様たちも心配なさったんでしょうね、小学生
の時には社会科見学と称して自分で切符を買って電車に乗ったり、
本物の紙幣を使ってデパートで買い物をしたりという授業が実際
に行われていました。
実はこの社会科見学、私たちが本物のお金を使う唯一の機会で
したから、デパートの店員さんが私たちの差し出す本物のお金を
受け取ると、もうそれだけでみんな嬉しくなって小躍りします。
女の子たちの黄色い声がフロアじゅうに響き渡るわけです。
これには当の店員さんもびっくりで、『いったい何事?』って
感じて目を丸くして私たちを見ていることがよくありました。
宮鴨の駅が近づくもと車内アナウンスが流れます。私はその時
初めてこの列車にも車掌さんが乗っていたことを知ります。
その車掌さんが放送のあとしばらくしてこの部屋を訪れました。
「真鍋様、駅へ問い合わせましたところ、三田様は本日お店へ
出ておられるとのことでした」
「あっ、そう、それはよかったわ」
「それと、次の駅で樫村様がご乗車されるとのことです」
「ありがとう、助かったわ」
御前様は軽く会釈して別れます。
車掌さんとの話はどうやらそれだけのようでした。
そこで、私が何気に……
「この列車にもちゃんと車掌さんが乗ってらっしゃるんですね」
と言ったら……
「車掌?……まあ、車掌って言えばそうなるかしらね。でも、
あの方は佐々木さんのところではかなり偉い方なのよ。私たちを
接待するのでご一緒していただいてるの。あなたはわりに何でも
ずけずけ言っちゃう方だから、口のきき方には気をつけなさいね」
「はい、おば様。……あのう、樫村さんという方がご一緒される
んですか?」
「樫村は私の部下よ。もうあなたぐらいの身体になると私一人
じゃ大変そうだから応援を頼んだの」
「応援って?」
「何言ってるの。あなた、何しにここへ来たのよ。忘れたわけ
じゃないでしょうね」
「それは……(えっ、そんな為の応援なの?)」
私は思わず息を飲みます。それって少しショックでした。
「これから途中下車して買い物に行くんだけど……目的のお店
では誰が応対してもいいってわけじゃないの。こちら側の事情を
ある程度は知っててもらわないと。とんちんかんな事になっても
困るし。だいいち、あなただって最初から事情を知らない人では
辛いでしょう。その方が助かるはずよ」
「三田さんはお知り合いなんですか?」
「お知り合いもなにも三田はうちの子だから」
「うちの子?」
「そう、うちの子。うちのOGなの。それもここの第一期生よ。
あの頃はまだ何をやるにも手探りだったから、あの子も私がよく
叩いたわ。今と同じ、殿方は女の子のお尻となるとしり込みして
しまうから私がやるしかなかったの。……そういえば中条さんも
あの頃も若かったわね。男の子には体当り指導だったもの」
「その頃からここには男の子もいたんですか?」
「何言ってるの。当時はお父様たちも若かったからほとんどが
男の子なの。あの子が唯一の女の子だったわ。今はお父様たちも
お年を召されて扱い良い女の子ばかりになっちゃったけど、当時
は男の子ばっかりだったんだから。小学校でも毎日のように鞭音
と悲鳴が鳴り響いてたんだから。今は女の子が中心だからあまり
過激な体罰は見なくなったわね」
『これで、そうなの?昔はいったどんなお仕置きしてたのさあ』
私は思わずツッコミを入れたくなりました。
そうこうしているうちに、列車は宮鴨駅に停車。
さっそく、私と真鍋のおば様は列車を降ります。
すると……
『何なの?コレ……』
ホームでは駅員が総出で直立不動。私たちが近寄ると敬礼して
くれます。
最敬礼の中を歩く二人。
もちろん駅員さんたちの目的は真鍋のおば様だけでしょうが、
一緒にいる私も、ちょっぴり不気味で、それでいて、どこか偉く
なった気分です。
でもそんな特権階級の気分を味わえるのは実は駅舎の中だけ。
駅ビルに入ると、二人は大勢のお客さんと同じ立場、ごく普通
の通行人です。
そして、その地下フロアの一角に店を構えるドラッグストアの
店先まで来た時には、私は罰を受ける罪人となるのでした。
「お久しぶりです。お母様」
ガラスケースの向こうに立って真鍋の御前様に挨拶するその人
は白衣を着た30代くらいの女性。
見た目は薬剤師のおばさんといった感じでした。
「どう、お仕事、慣れたかしら?」
「まあ、ぼちぼちと。それまでは研究室しか知りませんでした
から正直戸惑いましたけど、お父様やお兄様のご命令なら仕方が
ありませんわ」
「何事も経験よ。一つ事しか知らないというのは、視野を狭く
して大局を見誤ることにつながるわ。これは将来を期待されての
人事だから、あなたにとっても頑張りがいのある仕事だと思うの。
もし私で力になれることがあったらどんな事でも相談に乗るから
いらっしゃいね」
「ありがとうございます。……ところで、今日は?」
「ああ……この子の買い物に付き合って欲しいの」
御前様が後ろに隠れていた私をガラスケースの前に出します。
「あら、あなたは私の後輩になるのかしら?」
三田さんの目がメガネごしに私の胸を射抜きます。
そこには学校の徽章がアップリケで付いていました。
「さあ、あなた、ここで何を買うの?」
「……えっ……それは……」
私は立ちすくみます。声も出ませんでした。
ここは山の中にある学校とは違います。
たくさんの見知らぬ人が私の周囲を行き来していて、それだけ
でも緊張するのに、買出しのメモの中身はとっても恥ずかしい物
ばかりで、とても声に出して言う気になれませんでした。
そこで、三田さんにメモを渡そうとしたのですが……
「あら、何してるの。だめよ、ちゃんとお口でおっしゃい」
たちまち、御前様に持っていたメモを取上げられてしまいます。
「…………」
私は進退が窮まってしまいました。
そこで、俯き小さな声で……
「大人用の……紙おむつを……」
と言うと……
「ほら、それでは聞こえないでしょう。もっと大きな声で……」
御前様に背中を押されます。
「…………」
でも、恥ずかしくて声が出ません。
すると……
「時間がないの。列車の停車時間は30分しかないの。ここに
長くはいられないのよ。ちゃんと買い物ができないなら、あなた
だけここに置いていくわよ。それでいいの」
御前様に凄まれてしまいます。
もちろん、そんなことされたら一大事でした。
でも、やっぱり声はでません。
「………………」
すると今度は三田さんが……
「恥ずかしいのはわかるけどさあ、それじゃあこのお仕置きは
許してもらえないの。大声を出すまで許してもらえないんだから」
私を説得します。
「………………」
でも、やっぱり身体が凍り付いてどうにもなりませんでした。
すると、今度は、そんな私の後ろに何やら人の気配を感じます。
思わず振り返ると、そこには背の高い、横幅もしっかりとした
女の人が立っていました。
「!!!」
その威圧感たるや半端じゃありません。
「あっ、樫村。あなた来てくれてたのね。ちょうどよかったわ。
こんな歳になっても買い物一つ満足にできない出来損ないの子が
いて困ってたの。ここでパンツ脱がすから、あなたも手伝って」
御前様の耳を疑うような声がいきなり私の脳天を直撃します。
『パンツを脱がすって……まさか?』
でも、本当でした。
今の言葉に直すと、『マジかよ』というやつです。
樫村さん、たちまち私を横抱きにしてスカートの裾を捲り上げ
ようとしますから……
「いやあ、やめてえ~~~ごめんなさい。お仕置きしないで」
私は久しぶりに大声を張り上げます。
もう、恥も外聞も言っていられませんでした。
こんなところでパンツなんて脱がされたら、それこそ私自身の
生涯の一大事なわけですから。
「だったら、さっさと言いなさい」
御前様は毅然として私に命令します。
もう、品物の名前を口にするしかありませんでした。
ここでパンツを脱がされることを考えたら、その方がまだまし
ですから。
「大人用の紙おむつってありますか?」
今度ははっきり聞こえるように言いました。
でも……
「もっと、大きな声で」
さらに脅されて……
「大人用の紙おむつください」
顔を真っ赤にして、頭空っぽにして叫びます。もうやけです。
きっとその声は隣りの売り場の店員さんだって聞こえるくらい
だったと思います。
やっと、ガラスケースの向こう側で三田さんが応対してくれま
した。
「ハイ、あるわよ。まだ市販されてないけど試作品があるの。
持って行ってね。他には……」
「イチヂク浣腸……」
「ほら、また声が小さくなった。聞こえないわよ」
御前様は責め立てます。
もう、拷問みたなものでした。
「イチヂク浣腸お願いします」
目は涙目、唇が青くなって震えて、両膝だってガタガタします。
もう、どうにもならないほどの絶望感でした。
「イチヂク浣腸ね。お願いしますって、ここでするの?」
三田さんの一言。もちろん軽いジョークなんでしょうが……
「違います……」
私は頬を震わせ、真剣に顔を横に振り続けます。
ところが……
「いいのよ、ここ、仮眠室があるから……そこでやっていく?
どうせお仕置きなんでしょう。揺れる車内より、楽にできるわよ」
三田さんの提案に私は相変わらずバカになったみたいにかしら
を振り続けていますが、御前様は……
「そうね、それがいいかもしれないわね」
と、身を乗り出してきたのです。
「いや、だめ……」
私はすがるように御前様を見つめますが……
「朱音さん、何事も経験にまさるものはないわ。特にこうした
経験は幼いうちにしかできないから。そうね、そちらがよければ
お願いしようかしら」
急転直下、話が決まってしまったのでした。
お店の奥、陳列前の商品がストックされたバックヤードの先に
その部屋はありました。
土間を上がると六畳の畳部屋があって、さらにその奥が炊事場
になっています。造りは1DKのアパートといったところですが
……
「まるで宿直室みたいですね」
樫村さんが部屋を一通り見回して尋ねると、三田さんは笑って
……
「だって、宿直室だもの」
「鍵はかからないんですか?」
「大丈夫よ。昼間は誰もこないから……」
三田さんは明るく笑って受け流します。
でも、私にとってはそれって大事なことでした。
『どうしよう。どうしよう』と思っていると、御前様がせかせ
ます。
「ほら、ほら、さっさと部屋に上がって……何そこで愚図愚図
してるの。列車の発車まで時間がないのよ」
「だって、鍵がかからないって……」
私が心細く不安を訴えますと……
「何、つまらないこと気にしてるの。すぐに終わることだもの。
鍵なんていらないいらない」
あっさり却下です。そればかりか……
「樫村、手伝って」
御前様の号令のもと、三田さんまでもが私の背中を押して部屋
の中へと押し上げ始めます。
「あっ、だめ……」
咄嗟に出た言葉でしたが、大人たちの反応は冷たいものでした。
「ほら、だめじゃないの。ここへ寝て……」
御前様が私を畳の上に仰向けに倒し……
「ほら、静かにして」
樫村さんが暴れる私の両足を押さえ……
「はい、はい、じたばたしないの」
三田さんが私のショーツを脱がせます。
これってリンチです。
「……あっ……あっ……あっ……」
あっという間に私の両足が跳ね上がり、恥ずかしい場所が大人
たちから丸見えに……
確かにそこには女たちしかいませんが、私にしたら恥ずかしい
ことに変わりありませんでした。
ことはそれだけじゃありません。
「いやあ~!~!~!~だめえ~!~!~!~もうしないで」
きっと、お店まで聞こえたと思います。そのくらい大声でした
から。
お股の中の感じやすい場所に次々と何かされたのです。
痛くて、熱くて、苦しくて……とにかくそれから逃げたくて、
頭を畳に押し付けて左右に振ります。
「まだ若いから感受性がいいのね。大丈夫、メンソレータムよ。
大事無いわ」
三田さんの声は私には何の慰めにもなりませんでした。
クリトリス、尿道口、ヴァギナ、そしてお尻の穴も……
とにかく穴という穴にメンソレータムが丹念に塗り込められて
いきます。そのたびに私は悲鳴を上げることになります。
特にお尻の穴は指を入れられてから入念でした。
これ、歳を重ねると大したことがなくなるのですが、若い身空
では拷問に近いショックです。ホント、気が狂いそう、当然息も
上がります。
その息がまだ弾んでいるうちに、仰向けで拘束された私の手に
御前様がそっと何かを握らせようとしました。
「えっ!?」
何だろうと思って見ると、それってキャップがすでに外された
イチチジク浣腸。
『えっ!?どうして?』
そんな驚きの顔が御前様にはわかったのでしょう。理由を説明
してくれました。
「さあ、ここまでしてあげたんだから、あとは自分でなさいな。
あなたはもう小学生じゃないの。自分の不始末は自分で処理しな
いといけない歳よ。イチヂク浣腸くらい自分でできるでしょう」
「えっ…………」
「さあ、早く、あまり時間ないのよ」
「だって………」
「だって、何なの。あなた、いつまでもそんな格好でいたいの?
そんな格好でいる方が恥ずかしいんじゃなくて……」
「………………」
決断を渋っていると……
「甘えるんじゃありません!」
突然、御前様の雷が落ちます。
「…………はい」
御前様にせかされ、凄まれると、もうそれってやるしかありま
せんでした。
膨らみを潰さないように持って……
自分で自分のお尻の穴へ……
「ぷちゅ」
嫌な音がしました。
ところが……
「何やってるの。それじゃダメよ。半分も入ってないじゃない。
もう一つよ」
「えっ!」
「何が『えっ!』よ。完全に液が入りきっていないでしょう。
ほら、もう一本。ちゃんとお尻の穴に突き刺して……」
「…………」
言われるままにもう一度……
「ぷちゅ」
別にわざと、やらないわけじゃないんですけど、うまく身体の
中に入っていきません。
「下手ねえ、あなた。ほら液がまだこんな残ってるじゃないの」
御前は私からイチヂクを取上げると、明るい光に透かして中に
液がまだ残っているのを確認します。
「さあ、もう一つよ。………ここは学校とは違うの、どこでも
簡単にズルができると思っちゃいけないわ。ちゃんとできるまで
ここで見てて何回でもやらせますからね」
「ズルだなんて……」
私は小さな声で抵抗しましたがイチヂクは受け取ります。
そしてそれをまた同じように……
積極的に抵抗するつもりはなくてもやりたくないのは事実でし
た。
「ぷちゅ」
そんなこんなで三回目。さすがに時間が経って、お腹はすでに
催し始めていました。
「もう十分入ってます」
悲しい声で訴えると……
「わかったわ、もういい。さすがに三個使えば一個分より多く
入ったでしょう。……さて、プラグを入れてオムツをしてあげる
から、あとは、しっかり我慢するのよ」
御前様のお許しが出ます。
でも、これからが本番。地獄の苦しみはこれからでした。
*************************
****<§5>****/おば様のお仕置き②****
「そうね、それではまず買い物に行きましょうか?」
「???」
御前様に唐突にこう言われて、私はきょとんします。
だって、ここは動く列車の中。二両編成の客車には、もちろん
売店なんてありませんから。
「もうじきこの列車は宮鴨という駅に着くんだけど、そこから
先は佐々木おじ様の会社が管理する路線じゃないから、引継ぎに
30分ほど時間がかかるのよ。それを利用して途中下車しようと
思って……」
「何を買われるんですか?」
思わず尋ねてしまいましたが、答えを聞いたら、『訊かなきゃ
よかった』って思いました。
「何って、大半はあなたの物よ。小さいサイズの大人用オムツ
にイチジク浣腸……お線香に艾に……シッカロール、大判タオル
もあった方がいいわね」
「…………」
お股がキュンとなって、慌てて太股をしっかり摺り合わせます。
しかも……
「あなた、街で買い物したことあったかしら?」
「えっ!」
私、唾を飲み込んだけど、返事はできませんでした。
『まさか、私がそれを買いに行くってことなの!?』
と思ったのです。
「たしか、小学生の時に社会科の授業でやってるはずよ」
「……はい……年に一度か二度、デパートへ行って好きな玩具
を買ったことはありますけど……」
か細い声で答えると……
「そうそう、それそれ、それのことよ。経験あるじゃないの。
だったら大丈夫ね」
御前様は微笑みます。でも、確かにそうなんです。
私たちの生活は全てお父様たちからのあてがいぶちで賄われて
いましたから、世間の子どもがもらっているようなお小遣いには
縁がありませんでした。
住む場所はもちろんお父様のお家ですし、着る物はパーティー
用のドレスから学校の制服、普段着、パジャマにいたるまで大人
たちが用意します。下着以外は仕立て屋さんが来て採寸仮縫いを
して仕上げます。服飾関係で仕事をしているOGたち多いので、
採寸表をもとに仕立てられたものが送られてくるケースも少なく
ありませんでした。
勉強に役立つような書籍や学用品を揃えるのは家庭教師の仕事
ですから、本屋さんも毎日のようにやってきます。
うちの家庭教師はすべて住み込みでニーナの仕事も兼ねてます
からおやつの時間に用意するお菓子を揃えるのも彼女たちの仕事
でした。パイやクッキーといった先生お手製のお菓子がよく出て
きますが、TVCMで流れているような物も大人たちにおねだり
すればたいてい手に入りました。
要するに、日々の生活で必要なものは大半が大人たちから与え
られていたわけです。
ただ、例外もあって、マンガ本やあまり値のはらないオモチャ
なんかは自分で調達しなければなりません。
それらは佐々木のおじ様が経営するデパートの外商部が毎日の
ように学校へ出入りしていますからその人を通じて取り寄せます。
ただそこで必要になるのがポイント。世間で流通するお金では
ありませんでした。
私たちの世界では、日本銀行券なんかより、お父様や先生から
良い子へのご褒美としてもらうポイントの方が大事だったのです。
朝寝坊や夜更かしをせず、宿題を真面目にやって来てテストで
合格点を取ればそのつどポイントはどんどん溜まっていきます。
それだけじゃありません。困っているお友だちを助けた親切に
したというだけでもテストの合格点同様高いポイントがつきます。
しかもこのポイント、悪い事をしてもそれを理由に減らされる
ことがありません。悪さはすべてお仕置きで精算が基本なんです。
『ポイントがこんなに溜まってるからこれから引いてね』とは
なりませんでした。
つまりこれがお金の代わりとなるもので、私たちはポイントが
記載された青いレシートをたくさん集めて昼休みに学校の食堂へ
持って行きます。するとそこにデパートの外商さんが待っていて
1ポイント1円でマンガや雑誌、玩具なんかと交換できる仕組み
になっていました。
さらに年齢が上がるとお父様へのおねだりではなかなか買って
もらえない流行のバッグや靴なんかもこのポイントで買えちゃう
ようになります。
食堂に置かれたたくさんのカタログの中から欲しい物を選んで
外商さんに依頼するわけです。
カタログ販売なので持ってきてもらった物が思い描いていた物
と違うこともありますが、もし気に入らなければキャンセルする
ことも取替えてもらうことも自由でした。
いずれにしても私たちが世間で流通しているお金を使って買い
物をすることは滅多にありませんでした。
ただ、そんな貨幣経済に背を向けた生活では自立した時に困る
かもしれないとお父様たちも心配なさったんでしょうね、小学生
の時には社会科見学と称して自分で切符を買って電車に乗ったり、
本物の紙幣を使ってデパートで買い物をしたりという授業が実際
に行われていました。
実はこの社会科見学、私たちが本物のお金を使う唯一の機会で
したから、デパートの店員さんが私たちの差し出す本物のお金を
受け取ると、もうそれだけでみんな嬉しくなって小躍りします。
女の子たちの黄色い声がフロアじゅうに響き渡るわけです。
これには当の店員さんもびっくりで、『いったい何事?』って
感じて目を丸くして私たちを見ていることがよくありました。
宮鴨の駅が近づくもと車内アナウンスが流れます。私はその時
初めてこの列車にも車掌さんが乗っていたことを知ります。
その車掌さんが放送のあとしばらくしてこの部屋を訪れました。
「真鍋様、駅へ問い合わせましたところ、三田様は本日お店へ
出ておられるとのことでした」
「あっ、そう、それはよかったわ」
「それと、次の駅で樫村様がご乗車されるとのことです」
「ありがとう、助かったわ」
御前様は軽く会釈して別れます。
車掌さんとの話はどうやらそれだけのようでした。
そこで、私が何気に……
「この列車にもちゃんと車掌さんが乗ってらっしゃるんですね」
と言ったら……
「車掌?……まあ、車掌って言えばそうなるかしらね。でも、
あの方は佐々木さんのところではかなり偉い方なのよ。私たちを
接待するのでご一緒していただいてるの。あなたはわりに何でも
ずけずけ言っちゃう方だから、口のきき方には気をつけなさいね」
「はい、おば様。……あのう、樫村さんという方がご一緒される
んですか?」
「樫村は私の部下よ。もうあなたぐらいの身体になると私一人
じゃ大変そうだから応援を頼んだの」
「応援って?」
「何言ってるの。あなた、何しにここへ来たのよ。忘れたわけ
じゃないでしょうね」
「それは……(えっ、そんな為の応援なの?)」
私は思わず息を飲みます。それって少しショックでした。
「これから途中下車して買い物に行くんだけど……目的のお店
では誰が応対してもいいってわけじゃないの。こちら側の事情を
ある程度は知っててもらわないと。とんちんかんな事になっても
困るし。だいいち、あなただって最初から事情を知らない人では
辛いでしょう。その方が助かるはずよ」
「三田さんはお知り合いなんですか?」
「お知り合いもなにも三田はうちの子だから」
「うちの子?」
「そう、うちの子。うちのOGなの。それもここの第一期生よ。
あの頃はまだ何をやるにも手探りだったから、あの子も私がよく
叩いたわ。今と同じ、殿方は女の子のお尻となるとしり込みして
しまうから私がやるしかなかったの。……そういえば中条さんも
あの頃も若かったわね。男の子には体当り指導だったもの」
「その頃からここには男の子もいたんですか?」
「何言ってるの。当時はお父様たちも若かったからほとんどが
男の子なの。あの子が唯一の女の子だったわ。今はお父様たちも
お年を召されて扱い良い女の子ばかりになっちゃったけど、当時
は男の子ばっかりだったんだから。小学校でも毎日のように鞭音
と悲鳴が鳴り響いてたんだから。今は女の子が中心だからあまり
過激な体罰は見なくなったわね」
『これで、そうなの?昔はいったどんなお仕置きしてたのさあ』
私は思わずツッコミを入れたくなりました。
そうこうしているうちに、列車は宮鴨駅に停車。
さっそく、私と真鍋のおば様は列車を降ります。
すると……
『何なの?コレ……』
ホームでは駅員が総出で直立不動。私たちが近寄ると敬礼して
くれます。
最敬礼の中を歩く二人。
もちろん駅員さんたちの目的は真鍋のおば様だけでしょうが、
一緒にいる私も、ちょっぴり不気味で、それでいて、どこか偉く
なった気分です。
でもそんな特権階級の気分を味わえるのは実は駅舎の中だけ。
駅ビルに入ると、二人は大勢のお客さんと同じ立場、ごく普通
の通行人です。
そして、その地下フロアの一角に店を構えるドラッグストアの
店先まで来た時には、私は罰を受ける罪人となるのでした。
「お久しぶりです。お母様」
ガラスケースの向こうに立って真鍋の御前様に挨拶するその人
は白衣を着た30代くらいの女性。
見た目は薬剤師のおばさんといった感じでした。
「どう、お仕事、慣れたかしら?」
「まあ、ぼちぼちと。それまでは研究室しか知りませんでした
から正直戸惑いましたけど、お父様やお兄様のご命令なら仕方が
ありませんわ」
「何事も経験よ。一つ事しか知らないというのは、視野を狭く
して大局を見誤ることにつながるわ。これは将来を期待されての
人事だから、あなたにとっても頑張りがいのある仕事だと思うの。
もし私で力になれることがあったらどんな事でも相談に乗るから
いらっしゃいね」
「ありがとうございます。……ところで、今日は?」
「ああ……この子の買い物に付き合って欲しいの」
御前様が後ろに隠れていた私をガラスケースの前に出します。
「あら、あなたは私の後輩になるのかしら?」
三田さんの目がメガネごしに私の胸を射抜きます。
そこには学校の徽章がアップリケで付いていました。
「さあ、あなた、ここで何を買うの?」
「……えっ……それは……」
私は立ちすくみます。声も出ませんでした。
ここは山の中にある学校とは違います。
たくさんの見知らぬ人が私の周囲を行き来していて、それだけ
でも緊張するのに、買出しのメモの中身はとっても恥ずかしい物
ばかりで、とても声に出して言う気になれませんでした。
そこで、三田さんにメモを渡そうとしたのですが……
「あら、何してるの。だめよ、ちゃんとお口でおっしゃい」
たちまち、御前様に持っていたメモを取上げられてしまいます。
「…………」
私は進退が窮まってしまいました。
そこで、俯き小さな声で……
「大人用の……紙おむつを……」
と言うと……
「ほら、それでは聞こえないでしょう。もっと大きな声で……」
御前様に背中を押されます。
「…………」
でも、恥ずかしくて声が出ません。
すると……
「時間がないの。列車の停車時間は30分しかないの。ここに
長くはいられないのよ。ちゃんと買い物ができないなら、あなた
だけここに置いていくわよ。それでいいの」
御前様に凄まれてしまいます。
もちろん、そんなことされたら一大事でした。
でも、やっぱり声はでません。
「………………」
すると今度は三田さんが……
「恥ずかしいのはわかるけどさあ、それじゃあこのお仕置きは
許してもらえないの。大声を出すまで許してもらえないんだから」
私を説得します。
「………………」
でも、やっぱり身体が凍り付いてどうにもなりませんでした。
すると、今度は、そんな私の後ろに何やら人の気配を感じます。
思わず振り返ると、そこには背の高い、横幅もしっかりとした
女の人が立っていました。
「!!!」
その威圧感たるや半端じゃありません。
「あっ、樫村。あなた来てくれてたのね。ちょうどよかったわ。
こんな歳になっても買い物一つ満足にできない出来損ないの子が
いて困ってたの。ここでパンツ脱がすから、あなたも手伝って」
御前様の耳を疑うような声がいきなり私の脳天を直撃します。
『パンツを脱がすって……まさか?』
でも、本当でした。
今の言葉に直すと、『マジかよ』というやつです。
樫村さん、たちまち私を横抱きにしてスカートの裾を捲り上げ
ようとしますから……
「いやあ、やめてえ~~~ごめんなさい。お仕置きしないで」
私は久しぶりに大声を張り上げます。
もう、恥も外聞も言っていられませんでした。
こんなところでパンツなんて脱がされたら、それこそ私自身の
生涯の一大事なわけですから。
「だったら、さっさと言いなさい」
御前様は毅然として私に命令します。
もう、品物の名前を口にするしかありませんでした。
ここでパンツを脱がされることを考えたら、その方がまだまし
ですから。
「大人用の紙おむつってありますか?」
今度ははっきり聞こえるように言いました。
でも……
「もっと、大きな声で」
さらに脅されて……
「大人用の紙おむつください」
顔を真っ赤にして、頭空っぽにして叫びます。もうやけです。
きっとその声は隣りの売り場の店員さんだって聞こえるくらい
だったと思います。
やっと、ガラスケースの向こう側で三田さんが応対してくれま
した。
「ハイ、あるわよ。まだ市販されてないけど試作品があるの。
持って行ってね。他には……」
「イチヂク浣腸……」
「ほら、また声が小さくなった。聞こえないわよ」
御前様は責め立てます。
もう、拷問みたなものでした。
「イチヂク浣腸お願いします」
目は涙目、唇が青くなって震えて、両膝だってガタガタします。
もう、どうにもならないほどの絶望感でした。
「イチヂク浣腸ね。お願いしますって、ここでするの?」
三田さんの一言。もちろん軽いジョークなんでしょうが……
「違います……」
私は頬を震わせ、真剣に顔を横に振り続けます。
ところが……
「いいのよ、ここ、仮眠室があるから……そこでやっていく?
どうせお仕置きなんでしょう。揺れる車内より、楽にできるわよ」
三田さんの提案に私は相変わらずバカになったみたいにかしら
を振り続けていますが、御前様は……
「そうね、それがいいかもしれないわね」
と、身を乗り出してきたのです。
「いや、だめ……」
私はすがるように御前様を見つめますが……
「朱音さん、何事も経験にまさるものはないわ。特にこうした
経験は幼いうちにしかできないから。そうね、そちらがよければ
お願いしようかしら」
急転直下、話が決まってしまったのでした。
お店の奥、陳列前の商品がストックされたバックヤードの先に
その部屋はありました。
土間を上がると六畳の畳部屋があって、さらにその奥が炊事場
になっています。造りは1DKのアパートといったところですが
……
「まるで宿直室みたいですね」
樫村さんが部屋を一通り見回して尋ねると、三田さんは笑って
……
「だって、宿直室だもの」
「鍵はかからないんですか?」
「大丈夫よ。昼間は誰もこないから……」
三田さんは明るく笑って受け流します。
でも、私にとってはそれって大事なことでした。
『どうしよう。どうしよう』と思っていると、御前様がせかせ
ます。
「ほら、ほら、さっさと部屋に上がって……何そこで愚図愚図
してるの。列車の発車まで時間がないのよ」
「だって、鍵がかからないって……」
私が心細く不安を訴えますと……
「何、つまらないこと気にしてるの。すぐに終わることだもの。
鍵なんていらないいらない」
あっさり却下です。そればかりか……
「樫村、手伝って」
御前様の号令のもと、三田さんまでもが私の背中を押して部屋
の中へと押し上げ始めます。
「あっ、だめ……」
咄嗟に出た言葉でしたが、大人たちの反応は冷たいものでした。
「ほら、だめじゃないの。ここへ寝て……」
御前様が私を畳の上に仰向けに倒し……
「ほら、静かにして」
樫村さんが暴れる私の両足を押さえ……
「はい、はい、じたばたしないの」
三田さんが私のショーツを脱がせます。
これってリンチです。
「……あっ……あっ……あっ……」
あっという間に私の両足が跳ね上がり、恥ずかしい場所が大人
たちから丸見えに……
確かにそこには女たちしかいませんが、私にしたら恥ずかしい
ことに変わりありませんでした。
ことはそれだけじゃありません。
「いやあ~!~!~!~だめえ~!~!~!~もうしないで」
きっと、お店まで聞こえたと思います。そのくらい大声でした
から。
お股の中の感じやすい場所に次々と何かされたのです。
痛くて、熱くて、苦しくて……とにかくそれから逃げたくて、
頭を畳に押し付けて左右に振ります。
「まだ若いから感受性がいいのね。大丈夫、メンソレータムよ。
大事無いわ」
三田さんの声は私には何の慰めにもなりませんでした。
クリトリス、尿道口、ヴァギナ、そしてお尻の穴も……
とにかく穴という穴にメンソレータムが丹念に塗り込められて
いきます。そのたびに私は悲鳴を上げることになります。
特にお尻の穴は指を入れられてから入念でした。
これ、歳を重ねると大したことがなくなるのですが、若い身空
では拷問に近いショックです。ホント、気が狂いそう、当然息も
上がります。
その息がまだ弾んでいるうちに、仰向けで拘束された私の手に
御前様がそっと何かを握らせようとしました。
「えっ!?」
何だろうと思って見ると、それってキャップがすでに外された
イチチジク浣腸。
『えっ!?どうして?』
そんな驚きの顔が御前様にはわかったのでしょう。理由を説明
してくれました。
「さあ、ここまでしてあげたんだから、あとは自分でなさいな。
あなたはもう小学生じゃないの。自分の不始末は自分で処理しな
いといけない歳よ。イチヂク浣腸くらい自分でできるでしょう」
「えっ…………」
「さあ、早く、あまり時間ないのよ」
「だって………」
「だって、何なの。あなた、いつまでもそんな格好でいたいの?
そんな格好でいる方が恥ずかしいんじゃなくて……」
「………………」
決断を渋っていると……
「甘えるんじゃありません!」
突然、御前様の雷が落ちます。
「…………はい」
御前様にせかされ、凄まれると、もうそれってやるしかありま
せんでした。
膨らみを潰さないように持って……
自分で自分のお尻の穴へ……
「ぷちゅ」
嫌な音がしました。
ところが……
「何やってるの。それじゃダメよ。半分も入ってないじゃない。
もう一つよ」
「えっ!」
「何が『えっ!』よ。完全に液が入りきっていないでしょう。
ほら、もう一本。ちゃんとお尻の穴に突き刺して……」
「…………」
言われるままにもう一度……
「ぷちゅ」
別にわざと、やらないわけじゃないんですけど、うまく身体の
中に入っていきません。
「下手ねえ、あなた。ほら液がまだこんな残ってるじゃないの」
御前は私からイチヂクを取上げると、明るい光に透かして中に
液がまだ残っているのを確認します。
「さあ、もう一つよ。………ここは学校とは違うの、どこでも
簡単にズルができると思っちゃいけないわ。ちゃんとできるまで
ここで見てて何回でもやらせますからね」
「ズルだなんて……」
私は小さな声で抵抗しましたがイチヂクは受け取ります。
そしてそれをまた同じように……
積極的に抵抗するつもりはなくてもやりたくないのは事実でし
た。
「ぷちゅ」
そんなこんなで三回目。さすがに時間が経って、お腹はすでに
催し始めていました。
「もう十分入ってます」
悲しい声で訴えると……
「わかったわ、もういい。さすがに三個使えば一個分より多く
入ったでしょう。……さて、プラグを入れてオムツをしてあげる
から、あとは、しっかり我慢するのよ」
御前様のお許しが出ます。
でも、これからが本番。地獄の苦しみはこれからでした。
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