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小暮男爵/<第二章> §4 おば様のお仕置き①

小暮男爵/<第二章>

****<§4>****/おば様のお仕置き①/****

 『真鍋御前』こと久子おば様のお家はもともと小さな紡績会社
でしたが、お父様の急逝により事業は傾き、一時は『倒産は時間
の問題』とまで言われていたそうなんですが、それを女手一つで
建て直し、国内屈指の繊維メーカーにまで再興させた女傑なんだ
そうです。

 ちなみに結婚は一度もなさらず『私は金光紡績と結婚したから』
が口癖だったそうです。
 ただ、多角化経営を推進する息子さんに事業を譲られてからは
引退してここで多くの子供たちを育てておられます。

 その真鍋家に私も何度か遊びに行ったことがありますが、その
時の久子おば様は穏やかで誰にでも優しく接しておいででした。

 もっとも、そこの娘たちからは……
 「そんなのお客様のいる時だけよ。普段はやたら規則や規律に
厳しくて、些細な違反も全部お尻で償わせるんだから」
 って愚痴を聞いたことがあります。

 私は、そんな人に捕まってしまったのでした。

 おば様は、無言のまま私の肩を抱いて部屋の隅へと私を連れて
行きます。
 そこには、遥と美咲が立っていました。

 『あっ!……』
 久しぶりの再会。でも、そこに弾んだ笑顔はありませんでした。
お互い何となく気まずそうな苦笑い。

 私は自分の事にかまけてこの時初めて、この二人がおば様から
お仕置きを受けたことに気づいたのです。

 私の場合はこの部屋でお尻を叩かれただけですが二人はすでに
オムツ姿ですから、別室で何をされたかは一目瞭然です。

 『私たち、これからどうなるの?ねえ、一緒についてきてよ』
 そんな言葉が頭をよぎりますが、結局できたのは、お互い弱弱
しく微笑むだけだったのです。

 私は翻ってお父様を探します。すると、そのお父様は佐々木の
おじ様のズボンをハンカチで拭いておいででした。

 「………………」
 そんなお父様を見てしまうと、やはり言葉は出てきません。
 三人は部屋の隅に立たされたまま、大人たちの様子をただ見て
いるしかありませんでした。


 「大臣。ホント申し訳ない。家でならこのくらいのことで音を
上げる子じゃないんだが……」

 お父様が佐々木のおじ様に謝ると、おじ様も恐縮した様子で…
 「先生、もうよろしいですよ。子供を持てばこのくらいのこと
どうということじゃありません。お気になさらないでください。
私の方こそ、加減したつもりが、少し強すぎたのかもしれない」

 すると、進藤のおじ様が自慢の筆で書き上げた私の恥ずかしい
お仕置きの様子を描いたスケッチを披露しながら口を挟みます。
 「おじ様、おじ様って日頃親しげに呼んではいても、子どもに
してみたら他人も同じですからね、怖かったんでしょう」

 今度は高梨のおじ様。
 「まして相手はいずれも男性だし、そりゃあ親とは違いますよ」

 これに真鍋のおば様が反応します。
 「あらあら、殿方は随分と弱気なのね。要するにまだ幼いのよ。
いいわ、わたしが何とかしましょう。……どうかしら?私じゃ、
まずい?」
 小暮のお父様に尋ねます。

 これにはお父様も少しだけ考えおられのましたが、その答えは
ノーではありませんでした。

 「いや、私は構いませんけど、すでに妹二人もお願いしてるし、
さらに姉までではちょっと虫が良すぎるかと思って……」

 「そんなことはありませんわ。私だって、男の子のお仕置きを
お願いすることはありますもの。それはお互い様ですわ。それに、
こうなったら、二人も三人も一緒ですもの。ただし、お仕置きは
私の流儀でやらしていただきますからけっこう厳しいですわよ。
それはご承知くださいますか?」

 「ええ、それこそ望むところです。男親というのはどうしても
娘に甘くなりがちで……どなたかしっかりした方にちゃんと躾け
ていただかねばとこちらも思っていたところなんです」

 「わかりました。それではカンニングの件もこちらにお仕置き
を任せていただけるんですね」

 「はい、よろしければ、それもよしなにお願いできますか?」

 大人たちの会話は当然私たちにも聞こえています。
 とりわけ、私はピンチでした。


 「いらっしゃい。私の部屋へ行きましょう」

 私は御前様に肩を抱かれるようにサロンとなっている大部屋を
出ます。もちろん、嫌でしたが、そんなわがままが通らないこと
も知っていましたから、お父様と目が合った時も何も言いません
でした。

 サロンを出ると化粧室があってその先が連結器。そこを渡ると
二両目は右側の通路に並んで沢山の小部屋が用意されています。

 ここはお父様やおじ様たちの控え室。入口のドアには『小暮』
とか『進藤』『高梨』『中条』『佐々木』といった六家のお名前が
掘り込まれた金のプレートが掛かっています。
 つまり、ここは学校に設けられた半地下の例の部屋とほぼ同じ
構造になっていたのでした。

 その最後尾が御前様のお部屋。『真鍋』というプレートが掛け
られています。

 「さあ、入って」

 私はもうすっかり観念して言われた通りに久子おば様の部屋へ。

 「すごい……綺麗……」

 そこは最後尾の部屋だけに許されたパノラマが開けていました。
 二本の鉄路がまっすぐに伸び、緑の山並みや青い海岸線の景色
が後ろへ後ろへと飛ばされていきます。

 「なかなかいい眺めでしょう?……この部屋はあなたのお父様、
男爵様にご無理を言って譲っていただいたの。つまりお父様には
ご恩があるわけだから、私としてもあなたをちゃんと躾けてさし
あげないといけないなって思ってるのよ」

 御前様はそうおっしゃってしばらくは私にその絶景を楽しませ
てくださいましたが……
 「また、あらためて見せてあげるけど、今は閉めるわね」
 すぐに緞帳を閉め始めます。

 『!』
 一瞬、真っ暗。

 緞帳はぶ厚い生地で出来ていますから、外の光がまったく入り
ません。当然、外からこの部屋の中を窺い知ることはできません。
それに部屋の物音も吸収して外に漏らさない働きがありました。

 『!』
 すぐに電気がついて不自由はありませんでしたが……

 『あっ!』
 お部屋の中へ降り注ぐ自然光の時は見えなかったものが白熱燈
の下では目に入ります。

 それは妹二人が使ったオマル。
 どうやら中の物は片付けていないみたいでした。

 「ちょっと、見せてね」
 御前様はまごまごしている私の後ろに回るとさっそくスカート
を捲りあげショーツを引きおろします。

 『あっ!』
 その素早いこと。
 気がついた時はお尻がスースー、振り返った時にはショーツが
太股に引っかかっていました。

 「ふ~ん、これだから殿方には任せておけないのよ。……ま、
いいわ、とにかく、まずはこれで濡れたところを拭きなさいな」
 御前様はそう言って私にバスタオルを渡してくれました。

 『今さら……』という感はありますが、私はショーツを脱ぐと、
もらったタオルでお股を拭きます。
 こんなこと男性がいたらできませんが、そこは女同士ですから
気が楽でした。

 ショーツもバスタオルもランドリーカゴに押し込んで、手持ち
無沙汰でいると……
 「いいからそこにお座りなさいな」
 御前様は私に一人掛け用のソファを勧めてくださいます。

 「いいんですか?……ありがとうございます」
 私は恐る恐るそこにお尻をつきました。

 高価な調度品に彩られた部屋のソファに汚れた体で触れるのは
気が引けますし、さっきまでおじ様たちからぶたれていたお尻が
座面に触れることでまた『痛~い!』と言い出すんじゃないかと
気が気ではありませんでした。

 「(ふふふふ)あなた、随分、楽なお仕置きだったみたいね」

 「えっ!」
 御前様のこの言葉にはびっくりです。

 「そんなことありませんよ。一人、六回でしたけど、平手でも
もの凄く痛かったんですから……」
 
 「何呑気な事言ってるの。お仕置きだもの、痛いのは当たり前
じゃない。痛くないお仕置きってのはないわよ」

 「だって、思いっきりぶたれたんですよ。私の人生の中でも、
一番か二番目に痛かったんですから」

 「人生って…………」
 御前様は苦笑いのまま思わずふきだします。
 「……あなた、いったい、何年、生きてるの?」

 「何年って……今、13歳ですから……」

 「そうよね……あなたの人生って、たかだか13年くらいよね。
だったら、そのお仕置きだって大半が小学生時代のものでしょう?」

 「そりゃあ、まあ、そうですけど……」

 「……だから、おじ様たちも手加減なさったんだと思うわ」

 「手加減って?……こんなに腫れてるのに……」

 「腫れてる?……どこがよ?……」
 御前様はさっき見た私の熟れたお尻を思い出すかのようにして
吸いかけのシガーを燻らせます。
 そして……

 「ろくにお尻の形も崩れてないし、うっ血もしてないじゃない。
ちょっとお尻がピンクに染まったくらいで、お仕置き受けました
だなんてよく言うわ。こんなのはね、世間じゃ、ぶたれたんじゃ
なくて、撫でられたって言うのよ」

 「じゃあ、おじ様たちは、私のお尻を思いっきりぶたなかった
って言うんですか?」

 「当たり前じゃないの。いいこと、世間じゃ小学生の女の子を
相手に本気でお尻を叩く紳士なんてどこにもいないのよ。あなた
は、身なりは中学生でも、おじ様たちの目にはまだ小学生としか
映らなかったってことだわね」

 「じゃあ、もし中学生って見られていたら……私はどうなって
いたんですか?」
 私は換えのショーツを御前様からもらって穿き替えます。

 「そうねえ、中学生なら、ケインで一人一ダースくらいかな。
五人だなら六十回ってところだわね。ケインは本来男の子のため
の鞭だけど、事情によっては女の子にも使うの」

 『……つまり、私が、その事情ってことなのね……』
 私の両足が震えます。

 「最初の頃は痛みに慣れないから、痛くて痛くて、発狂するか
死にたくなるわよ。お尻一面に黒血がよって醜いし腐った洋ナシ
みたいにお尻の形が変わるの。暫くはお友だちと一緒にお風呂に
入るのは遠慮したくなるわね」

 「…………」
 私は言葉を失います。

 「ん?どうしたの?……中学生のお仕置きは小学生と同じだと
思ってた?……身体も立派になってきてるのにそんなはずないで
しょう。……それに、あなた、中間テストで二教科もカンニング
したって言うじゃないの。もし、これがご自分の娘さんだったら、
どこのご家庭でも、お父様はそのくらいのお仕置きをしたはずよ」

 「私の父もですか?」

 「もちろんそうよ。本来なら今夜あたり無事じゃすまないわね。
でも、今日はたまたまお花見の行事とかち合ってしまったから、
別の趣向を用意してくださったの。だって、あなたの悲鳴を聞き
ながら呑気にお花見なんてできないもの」

 「お灸とかもすえられるんですか?」
 恐々訊いてみると……

 「具体的なことはわからないけど、かなり厳しいことになるの
は確かでしょうね。なんてったってあなた中学生だもの。個室は
もらった、勉強時間も自由になった。でも、その分、自覚は求め
られるわよ」

 「…………」
 私は思わず唇を噛みます。

 「小学生の頃は、『仲良し』『仲良し』がテーゼだったから、
お友だち同士のカンニングも、仲良しこよしで大目に見られてた
けど、中学になるとそうもいかないわ。社会の常識にも目を向け
ないといけないでしょう。私たちの間でもそこは厳しく対処しま
しょうという申し合わせになってるの」

 「小学生の時は、常識っていらないんですか?」

 「そういうわけじゃないけど……」
 御前様はちょっと言いにくそうな素振りのあと、こうおっしゃ
ったのです。
 「もっと大事なものがあるから……」

 「大事なもの?」

 「お父様に愛されることよ。……お父様だけじゃなく大人たち
みんなに愛されることかしらね。小学生が最も大事にしなければ
ならないお仕事よ。……どこのお父様も…もちろん私だってそう
なんだけど……訳知り顔で難しい議論をふっかけてくるような子
どもというのは歓迎されないないのよ」

 「子供って、大人と議論しちゃいけないんですか?」

 「だって、そんな子は可愛くないのでしょう。可愛くないと、
可愛がられない。可愛がられなければ愛も援助も受けられない。
それがなくて生きられるのならそれもいいでしょうけど、そうは
ならないもの。まして血の繋がらない子どもにとってそんな事を
して良いことは何もないわ。だからお互いが不幸にならないよう
に、幼い頃は細かな常識に目くじらをたてず、とにかく天真爛漫
で、無垢な心を持った子に育てましょうってことにしてあるの」

 「それも、お父様たちの申し合わせなんですか?」

 「もちろんそうよ。朱に交われば赤くなるといって同じ環境の
中で育てないとお父様お気に入りの天使は育たないの。もちろん
それぞれお父様に個性はおありだから100パーセント同じには
ならないけど、それでもどの家で暮らしてもなるべく同じ環境に
なるようにはしてあるわ」

 「私って、天使だったんですか?」

 「そうよ。あなた自身は他の世界を知らないから感じてないで
しょうけど、小暮お父様にしたらあなたはご自慢の天使様だった
のよ。そして、それは中学生になった今でもやっぱりそうなの。
お父様は難しい議論を持ち込むより、素直にご自分の膝で甘えて
欲しいと思ってらっしゃるはずよ」

 「そうなんですか」

 「ただ、そうは言っても、あなたたちを天使のままにして社会
へ放り出すわけにはいかないから、これから中学、高校、大学と
少しずつ社会に出ても適応できるように躾てはいくんだけど……
その基準でいくとね、あなたのお尻は中学生にしても甘いはね」

 「えっ……」
 思わず両手が震えます。私は御前様のお話を聞いているだけで
お尻がむずむずしてくるのでした。

 「ま、私も他人のことは言えないけど……異性の子というのは、
自分とは生理が違うものだから大半の人がお仕置きも苦手なの。
厳しい対処がしにくいのよ。それでも、これが赤ちゃんの頃から
あなたを育ててるお父様なら、あなたへのお仕置きの限界みたい
なものもご存知でしょうから、そこはまだいいんでしょうけど、
おじ様のお立場では、たとえお父様に頼まれたとしてもあなたへ
思い切ったことはできなかったんだと思うわ。……でも安心して、
私はこう見えても女性だから、お父様のご期待にも十分にこたえ
られると思うわよ」

 御前様は自信満々。私の背筋は凍りつきます。
 もう、なるようになれ。
 運命を天に任せるしかありませんでした。


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小暮男爵/<第二章> §2 おじ様たちのお仕置き②

小暮男爵/<第二章>

****<§3>****/おじ様たちのお仕置き②/****

 「朱音ちゃん、今度はおじさんの処へいらっしゃい」

 高梨のおじ様も中条のおじ様と同じように膝を叩きますが……
ちょっとした事情があって、私、そこは素直に行けませんでした。

 高梨のおじ様は高梨庄治とおっしゃって、お父様のお話では、
南米にいくつもコーヒーやオレンヂの大農園を所有している超の
つくお金持ちなんだそうだけど、私にとってはそんな事どうでも
いいことなの。……問題は頭なのよ。

 おじ様には頭には髪の毛が一本もなんだもん。そのくせ顎鬚は
あるんだから……不気味でしょう、そんな姿って。
 男の人の中には髪の毛のない人もいるみたいだけど、女の子は
みんなそれが自慢だもん。もしそれがない子がいたら、それって
手や足がないくらいショックだと思うのよ。

 だから、このおじ様だけはなるだけ近寄らないようにしてきた
んだけど……

 「どうした、朱音、行きなさい。高梨のおじ様に失礼だよ」
 お父様にもこう言われたんだど……

 私、たまらず、お父様のソファへ戻っちゃった。

 「ねえ、高梨のおじ様だけはスルーさせてよ」
 私、お父様の耳元でそっと囁いてみた。

 「どうしてだ……」
 お父様はつれない返事で……

 「だってえ~~」
 私もね、人を差別するようなことはしてはいけないとわかって
るから、そこははっきりとは言いにくいのよ。
 だけど、このおじ様だけは生理的に受け付けないんだもん。
 前に握手したら、身体じゅうに電気が走ったわ。

 でも、お父様は男性でしょう。そんなことお構いなしなのよ。

 「どうしてだめなんだ?……ん?……まさか、高梨のおじ様が
スキンヘッドだからだなんて言うんじゃないだろうな」

 「えっ……」
 本当はそうなんだけど、『そうです』とは言いにくかった。

 「お父さんがお前に命じてるのはおじ様方からのお仕置きだよ。
そんな事許されると思ってるのか?」
 お父様、怖い顔で睨むもんだから、私、思わず口を尖らしたら
……

 「そんな聞き分けのない子にはもっと厳しい罰が必要だな」
 なんて、言い出すの。

 幼い頃だったら、お父様に抱きついて、『あたし、絶対に嫌。
絶対、絶対、嫌、嫌、嫌』って駄々をこねるんだけど、さすがに
中学生になっちゃうとそれもやりにくくて……。

 「いいかい、朱音、女の子は自分に与えられたところで生きて
いかなければならないんだ。好き勝手を言ってあれこれえり好み
してみても決して幸せにはならないんだよ。高梨のおじ様が禿げ
てるから嫌だなんて、お前が決して言ってはいけないことだ」

 「そんなこと言ったって女の子には生理的にどうにもならない
ものもあるのよ」

 「何が『生理的に』だ。そんなの付き合う前から毛嫌いしてる
だけじゃないか」


 親子でぶつくさ言いあってると、少し離れた処から声がしたの。

 「もめてるみたいですね。私も娘がいますから、それはわかり
ます。佳苗も私にウイッグを着けろってうるさいですから……」
 高梨のおじ様は自慢のスキンヘッドを撫でた。

 「普段は持ち歩いてるんですが今日は必要ないだろうと思って、
うっかり家に置き忘れて出てきました。私は、パスしましょう。
お嬢さんを困らせてもいけないでしょうから」

 高梨のおじ様がせっかくこう言ってくれたのに、お父様むきに
なっちゃって……

 「とんでもない。いやはや躾のできていない娘でお恥ずかしい。
……ほら、こっちへ来るんだ。とんだところで恥をかいた」
 お父様、そう言うと私の手をぐいぐい引っ張って行って高梨の
おじ様が座るソファの前へ連れて行ったの。

 「ほら、突っ立てないで、ちゃんと膝まづいてお願いしないか」

 もう、この後は、有無も言わさず全て強制。

 「何をぼ~っとしてるんだ。高梨のおじ様に『お仕置きをお願
いします』だろう」
 お父様は上から目線で膝まづいた私の顔を睨みます。

 「お仕置きをお願いします」
 私、不満で不安で嫌だったけど、とにかく宣誓したの。
 私は女の子、それもまだ13なんだもん。お父様に睨まれたら
どうにもならなかったわ。

 ところが、事はそれで終わらなかったのよ。


 「いいですからパンツも脱がしてください。中学にもなって、
この程度の分別もつかないのなら、扱いは小学生並で十分です」

 『え~~~~いやよ、そんなあ~~~このおじ様に触れられる
だけでも電気なのにさあ~~』

 そう思ったけど、もうどうにもならなかった。

 「じゃあ、お父様のご要望もあることだし、いらっしゃい」
 高梨のおじ様に呼ばれて私はお膝の上にうつ伏せになったわ。
 だってここはノンストップで走ってる客車の中なのよ。今さら
どこにも逃げ出せないわ。


 おじ様の膝の上にうつ伏せなったら、もう、まな板の鯉の心境。

 「では、いくよ」

 高梨のおじ様がこう言った直後だったわ。
 いきなりスカートが捲り上げられ、ショーツまで下ろされたの。

 「いやあ、エッチ。だめ~~」
 思わず声が出た。
 
 でも、振り返ると、それは高梨のおじ様の手じゃなかった。

 『お父様!』

 私のパンツを脱がしたのはおじ様じゃなくてお父様だったの。

 「ほら、どこ向いてるんだ。ちゃんと前を向いて……」
 たちまち雷です。

 そして、私の顔が再び前を向き直すと……
 「手加減はいりません。まだまだ不束な娘ですが、それなりに
鍛えてありますので、そこは大丈夫ですから」

 『鍛えてあるって、どういうことよ。それだけ私がお父様から
お尻を叩かれてたってことなの』
 そんなことを思っているうちに最初の一撃がやってきた。

 「ピシッ」
 「ひぃ~~~~~」
 最初から痛みが脳天まで届くんだもんびっくりしちゃった。

 『最初はやさしく入ってよ』
 そんなこと思ってると……
 「ほら、どうした、お礼の言葉は……」
 お父様に言われて、やっと喉からお礼の言葉が出てきた。

 「ひとつ、お仕置きありがとうございます」

 『二つ目は、もういい』
 と思ったけど……

 「ピシッ」
 「いやあ~~~~~」
 たった二つでもう恐怖だった。

 「ふたつ、お仕置きありがとうございます」

 「ピシッ」
 「ううううううう」
 おじ様の手は大きくてお尻全体が痛いんだもん。

 『お尻ぶたれてて、どうして内臓が痛いのさあ』
 衝撃がお尻を突き抜けて内蔵まで圧迫する。ずとんという感じ
の鈍痛だった。

 「みっつ、ありがとうございます」

 「お仕置きありがとうございますだろう。言いなおしなさい」
 お父様がいつになく厳しい。

 「みっつ、お仕置きありがとうございます」

 「ねえ、もうやめてよ。子宮が押しつぶされちゃうよ」
 泣きべそかいても……

 「これくらいのことでだらしのないこと言わない。ほらほら、
あんよ、押さえててあげるから……」

 『え~~~そんな余計なことしなくていいよ』
 と思ってるうち、次のが来た。

 「ピシッ」
 「いいいいいいいい」

 『目の玉飛び出した。口から内臓だって飛び出しそう』
 足をバタバタ、上半身をモソモソ。お父様があんよを押さえて
くれてなかったらおじ様のお膝から逃げ出してたかも……

 もう、恥ずかしいなんて言ってられないくらい痛いさなの。
 こんなの初めて。痛い方に気を取られて恥ずかしいの忘れてる。

 「よっつ、お仕置きありがとうございます」
 本当はぶたれたらすぐにこれを言わなきゃいけないんだけど、
もう、この時はそれどころじゃなくなってた。
 
 『とにかく、終わって、終わって、お願い終わって……』

 「ピシッ」
 「いやあ~~~死んじゃう~~~」

 「大仰に騒ぐな。みっともない。中学生がこのくらいのことで」

 「だって、痛いもん」

 「痛いの仕方がないじゃないか、お仕置きなんだよ。ほらほら
またお礼の言葉を忘れてる」

 「いつつ、お仕置きありがとうございます」
 最初から気持なんてこもってないけど、この辺までくるともう
義務感だけでお礼の言葉を口にすることになるの。
 それでもお父様は残酷なことを言うんだから……

 「ちゃんとすらすら言えるじゃないか、だったらまだ大丈夫だ。
お前のはそもそもまだ我慢が足りないだけだ。……ほらラスト。
ちゃんと歯を喰いしばって」

 「ピシッ」
 「ひぃぃぃぃぃ」
 あまりの痛さに身体が浮き上がった!

 「……はあ、はあ、はあ、はあ、……やっと終わったあ」

 「何がやっと終わっただ、高梨のおじ様に失礼だぞ」

 「だってえ~」
 甘えてみたけど……

 「お礼の言葉!」
 ぴしゃっと言われてしまう。

 「は~~い。むっつ、お仕置きありがとうございました」

 『もう、息も絶え絶え。お尻をぶたれてるだけなのにどうして
こんなに息が苦しいんだろう』

 「よし、よくがんばった」
 お父様はこう言ってパンツを元の位置に戻してくれたけど、私
はしばらく高梨のおじ様の膝から起き上がれなかった。

 たった六つの平手打ちで大仰って思うかもしれないけど、その
くらいおじ様の平手は痛かったの。

 「ほら、いつまで高梨のおじ様の膝にお邪魔してるつもりだ。
重たいだろうが……あらためて、感謝申し上げないか」

 お父様に注意されてやっと起き上がることはできたんだけど、
私たちのお仕置き、これで終わりじゃないのよ。

 おじ様のお膝を下りた私は再び床に膝まづいて胸の前で両手を
組んで……そう、例のあのポーズをとってお礼の言葉を言ったの。

 「高梨のおじ様、今日はお仕置きありがとうございました」

 「はい、よく頑張ったね。ショーツまで取られちゃったから、
恥ずかしかったでしょう」

 『当たり前でしょう。死にたいくらい恥ずかしかったんだから。
ショーツ脱がしたのお父様じゃなかったら、あんたに噛み付いて
るところなんだったんだから……』
 きっと興奮してたんでしょうね。その瞬間、私、過激なことを
思ってた。もちろん本当に噛み付いたりしないと思うけど、でも、
そのくらい恥ずかしかったのは事実よ。

 そんな私の気持をお父様が察したのね。こんなこと言うのよ。
 「何て顔してるんだ。お前はいつまでたっても子どもだなあ。
そんなことだからまだまだパンツを脱がすお仕置きが必要になる
んだ。いいかい、高梨さんに限らず、ここにいらっしゃるおじ様
たちは、どなたもお前がこれからお世話になるかもしれない方々
ばかり。ひょっとしたら、この先お前が『お父様』と呼ぶことに
なるかもしれない人たちなんだぞ。もっと心を込めて感謝を伝え
ないか」

 「え~~~」
 私は口を尖らせます。

 『お仕置きされてお礼だなんて、お父様だって嫌なのに……』
 ぶつくさぶつくさ心の中で思っています。そのあたり、確かに
まだ私は子どもでした。
 すると、高梨のおじ様が……

 「まだ、中学の1年生。そんな取り繕ったマネなんかできなく
ても、十分が気持は伝わりましたから……」
 お父様にこう言ったあと、今度は私に向かって……

 「今日は良く頑張ったから君にこれをあげておこう。おじさん
の気持だから受け取ってくれるかな」
 そう言って、おじ様は何やら小さな紙切れを手渡したのです。

 『何?これ?』
 それは何の変哲もない名刺のように見えました。

 「ひょっとしたら、将来、君の役に立つかもしれないからね」

 『?????』
 不思議がる私の手元をお父様も覗きにきます。
 そして、慌てたように……

 「高梨さん、これはいけない。この子には過分すぎます」
 と、お父様は私がせっかくもらった名刺を取上げたのですが、
高梨のおじ様は……

 「大丈夫、私の気持ですから……このようなものが役立たない
人生の方が女の子は幸せだけど、お守りとして取っておきなさい」

 大人たちは何やら騒いでいましたが、私にしてみたら、それは
綺麗な花柄の名刺にしか見えませんでした。

 よもやこんな名刺一枚で、びっくりするような大金が銀行から
借りられてしまうなんて、その時は夢にも思わないことだったの
です。

 結局、最後はお父様の方が折れて……
 「朱音、おじ様からのご好意だから大事にしまっておきなさい」
 となったのでした。


 実は、高梨のおじ様とお父様が私をお仕置きしている間、他の
おじ様たちは、バーカウンターでお酒を召し上がったりタバコを
燻らせたりして小さな声で雑談しておいででした。

 もちろん、私の裸のお尻を見たからといって、私の悲鳴に笑顔
でこたえたからといって、それを非難する人などおりませんが、
そのようなことはなさらないのが紳士のたしなみだったのです。

 そのバーカウンターに向けてお父様が声をかけます。

 「大臣。お願いできますか?」

 こう呼ばれて顔をこちらに向けたのは佐々木のおじ様でした。
 おじ様はこのサロンカーのオーナー。鉄道会社や駅前デパート、
不動産業などで財を成したあと、政界にも進出されて、大臣まで
つとめられた経験がおありなので、六家のお友だちからは親しみ
を込めて『大臣』と呼ばれていたのでした。

 そんな偉いおじ様なんですが、私、おじ様と目があった瞬間、
思わず顔を背けてしまいます。
 だって、これまでのことで十分お尻は痛いですし、何より普段
ぶたれたことのないおじ様にオモチャにされているわけですから、
『またか……』という思いがあったのはたしかでした。

 そんな小娘の胸のうちなんかとうにお見通しのおじ様は、私に
近づくと、おじ様の方が床に膝まづいて私の両手を取ってこんな
ことを言います。

 「もう、嫌だ?でも、子どもの君はそれを受けなきゃいけない
立場にあるんだよ。それも、やっかいなことにイヤイヤをしたり
悲鳴をあげたりしないで、おとなしく罰を受けなければならない。
それが良家に生まれた娘の義務なんだ」

 「だって、私は孤児で、お嬢様じゃないわ」
 こう言うとおじ様は笑って……

 「たしかにそうだけど、私たちは君たちを孤児だなんて思って
育てていないもの。君たちは私たちの娘として育てられているん
だよ。可哀想なみなし児にご飯を食べさせてるだけじゃないんだ。
君たちは世間を知らないから、ここでの暮らしがごく当たり前の
ものだと思っているかもしれないけど、実はここの暮らしぶりは
かなり特殊で、どこのお嬢様にもひけを取らないくらい恵まれて
るんだ」

 「そうなの?」

 「そうだよ。こんなに恵まれた生活を約束された孤児なんて、
日本国中どこにもいないよ。だから君は小暮お父様のこのご恩に
報いなければならない。世間では、お金持ちの娘はいつも贅沢な
暮らしをして良いことずくしだと思われがちだけど、実際は……
お勉強、立ち居振る舞い、習い事……大変なことは沢山あるんだ。
お仕置きもそう。その家の娘らしくその家の品格を失わないよう
に罰を受けなければならない。どんなに痛くても恥ずかしくても
簡単に泣き叫んじゃいけないんだ。…………私の言ってること、
わかるよね?」

 「はい」

 「よし、ではね。今回のお尻叩きのお仕置きは私でおしまいに
しよう。実は、進藤のおじ様は、あまりお尻叩きをやりたくない
みたいなんだ」

 「ふう」
 私、その言葉を聞いたとたん思わず肩の力が抜けて息をついた
んだけど、これって良いことばかりじゃありませんでした。

 「その代わり、二人分ということで、これを使うよ」

 佐々木のおじ様が取り出したのは学校でもよく使われるゴムの
パドル。ケインのような切り裂くような痛みこそありませんが、
平手より痛いのは確かです。

 「……(ごくん)」
 私は生唾を飲んだだけ。答えたのはお父様でした。

 「結構です。朱音も中学生ですし、そのくらいは覚悟してるで
しょう」

 「してない。してない。だってそれ、学校で使う時は女の先生
なんだもん」
 私は確かにこう言ったんですがお父様も佐々木のおじ様も子供
の意見などは無視。大人たちだけで話を進めてしまいます。

 「大丈夫です。私も自宅で何度かこの子に使ったことあります。
他に何かありますか」
 お父様は、ご自分がお仕置きを受けるわけではありませんから、
まったくの笑顔です。

 すると、今度は進藤のおじ様が……
 「私はスパンキングの方は無調法なんでご遠慮したいんですが、
ただ、朱音ちゃんの様子をスケッチしてみたくて……よろしいで
しょうか?それで……」

 「……えっ……」
 私、思わず息が詰まったけど、『嫌』って言えなかった。
 すると、お父様がここでも……

 「本当ですか?それは楽しみだ。この子では素材不足かもしれ
ませんが、どうかお願いします」

 私、怖くなってお父様の袖を引きましたが……

 「『師匠』は実業家でもあるけどクリエーティブな仕事を沢山
なさってる芸術家肌だから、絵も素人画家の手慰みの域ではない
んだ。展覧会での入選作もたくさんあるしね。こんな高名な先生
の絵のモデルになれるなんて、とっても名誉なことじゃないか」

 「やめてよ~~そんな恥ずかしいこと嫌よ」
 私が困惑した表情を見せると、さらに……

 「いいかね朱音。前にも話したけど、ここにいるおじ様たちは
日本のなかでもトップクラスの名士の方々ばかりなんだ。たとえ
それがお仕置きであっても、本来、お前なんかが望んで触れ合う
ことのできる人たちではないんだよ。『袖すり合うも他生の縁』
といってね、女の子はどんなに些細なご縁でもそれを大事にしな
きゃ。何より、間違ってもお前の側に損になることは何一つない
んだから、安心しておじ様たちに任せたらいいのさ……」

 「えっ……う、うん」
 お父様はこうおっしゃいますが、これまでだって二人のおじ様
たちから散々甚振られている私としては『私、今でもお尻が痛い
の。これのいったいどこが損のないことなのよ!』ってツッコミ
たい気分でした。

 でも、事情はともかく、私はこうした大人たちの中にあっては
何の力もない中一の娘でしかありません。私が佐々木のおじ様の
膝の上でパドルを受け、その様子を進藤のおじ様がスケッチする
という事実だけは動かせないみたいでした。


 佐々木のおじ様の膝上に乗った私は、フリルのスカートを自ら
まくり上げ、白い綿のショーツを晒します。
 それは小学生時代と違いお仕置きをしてくださる大人の人たち
に余計な手間をかけさせない。ハレンチなことをさせないという
女性としての気配りで、学校で習ったお仕置きの作法でした。

 さっそく最初の一撃がお尻を襲います。

 「パン」
 「うっっっっっっ」
 鈍い音が室内に響くと、ズドンというような重い感じの痛みが
お尻全体を包み込みます。

 「ひとつ、お仕置きありがとうございます」
 こう言うしかありませんでした。

 「パン」
 「ひぃぃぃぃぃぃ」
 画鋲を踏んで一瞬で飛び上がるような、そんな痛みじゃありま
せん。子宮を揉まれているような鈍い鈍い痛みなんです。

 「ふたつ、お仕置きありがとうございます」

 「パン」
 「あっっっっっっっ」
 悲鳴はあげませんけど、たった三発で脂汗が噴出します。
 「みっつ、お仕置きありがとうございます」

 「パン」
 「やっっっっっっっ」
 これで四発目。まだ四発なんだけど、私はもう逃げ出したくて、
逃げ出したくて仕方がありません。

 『もう、勘弁してえ~~~』
 平手の時の方がお尻に当たった瞬間は痛いけど、パドルの方が
苦しいんです。ですから、お礼の言葉を言うまで時間がかかって
しまうのでした。

 「よっつ、お仕置きありがとうございました」

 そして、次のパドルがお尻にやって来そうになると……
 「……!!!……」
 思わず身体が固くなります。

 そうしたことは、お尻叩きのお仕置きを繰り返しているお父様
やお父様たちはよ~く御存知です。
 たとえ子供が悲鳴は上げなくても、ご自身の膝の感触だけで、
お尻叩きの効果が上がってるかどうかを判断なさるのでした。

 「痛いかい?」
 身体を固くした私に佐々木のおじ様が尋ねます。

 「……」
 でも、私は首をふりました。
 もちろん、お尻は痛くてたまらないわけですが、それよりも、
このお膝を早く下りたい。そのためには痛くても頑張らなくちゃ。
そう思っていたのでした。

 ところが、おじ様はここで休憩を取ってしまいます。
 それは、先ほどからデッサンしている進藤のおじ様に絵を描く
時間をプレゼントするため。
 私は佐々木のおじ様が休憩をとっている間、ずっと大人たちの
視線を感じながら晒し者になっていなければならないのでした。

 それだけじゃありません。佐々木のおじ様がドキッとするよう
なことを小暮のお父様におっしゃるのです。

 「中学生といっても、まだ一年生なので六回にしたんですが、
少し少なかったかもしれませんね。よく躾がきいてらっしゃる」

 「この子は、姉妹の中でもお転婆で……こういうことに慣れて
るんですよ。大丈夫です。カンニングのお仕置きは自宅に帰って
からじっくりやりますから」
 と、お父様。

 もう、それを聞いただけでも、私、卒倒しそうでした。

 「さあ、それでは終わらせてしまおうか」
 佐々木のおじ様は小休止の間燻らし続けたシガーを灰皿で消し
終えると再び動き出します。

 「パン」
 「あっっっっっっ」

 私、この時、悲鳴は漏らしませんでしたが、もっと別なものを
漏らしてしまったのです。

 「……(あっ!)……」
 パンツにちょびっとですけど、お漏らし。

 ショーツからオシッコが漏れ出ていないことを肌で感じてから
お礼の言葉を口にします。
 「いつつ、お仕置きありがとうございます」

 でもね、次はそうはいきませんでした。

 「さあ、最後はとっても痛いからしっかり頑張るんだよ」
 佐々木のおじ様は注意してくださったのですが……

 「パン!!!」
 予想以上の衝撃がお尻を打ち据えます。

 「……(あっ!?)……」
 と思った時はもう太股をオシッコの雫が駆け下りていました。

 こんな時、男の子はとめられるみたいですけど、女の子はもう
いったん堰を切ったらどうにもなりません。

 『やったあ』
 私はその瞬間から放心状態になってしまいます。

 「あ~~あ、しょうのない子だ」
 というお父様の声。

 「大丈夫です。こんなことに驚いていたら子供のお仕置きなん
てできませんよ」
 と、佐々木のおじ様の声も聞こえます。

 でも、私はと言うと、どうしていいのか分からず、おじ様の膝
から下ろされると、ただただ立ちすくんでいました。

*************************

小暮男爵 / <第二章> §2 おじ様たちのお仕置き①

小暮男爵/<第二章>

****<§2>****/おじ様たちのお仕置き①/****

 五人のおじ様おば様たちが見守るなか最初に私が呼ばれたのは、
ほかのおじ様たちが『総帥』と呼んで敬意をはらっている中条の
おじ様でした。

 白髪で白いお髭がトレードマークのこの紳士は、おじ様たちの
中でも最年長。端整な顔だちのなかにも深い皺が何本も刻まれて
いてお歳を感じますが、その皺に隠れるようにしてのぞく細くて
優しい目がこちらを見て微笑むと、このお方が子どもたちを折檻
する姿はとても想像できませんでした。

 でも、お仕置きのない家なんて存在しませんから、このおじ様
だってご自分の娘たちのお尻はちゃんと叩いているはずです。

 お父様のお話では何でもケミカル関連の会社をいくつも束ねて
いるのでお父様同士の呼び名は『総帥』なんだそうです。
 その総帥からお声が掛かります。

 「朱音ちゃん、こっちへいらっしゃい」

 「はい」
 小さく返事して…その足元へ。もう覚悟を決めて行くしかあり
ませんでした。

 美咲ちゃんがすでに説明したと思うけど、こんな時、私たちは
その人の足元に膝まづいて両手を胸の前で組まなきゃならないの。

 いくら子供でもこんなの屈辱的というか、前近代的というか、
お芝居がかってるとうか……でも、ちゃんとやったわよ。だって、
またお仕置きが増えたら嫌だもん。
 すると中条のおじ様、私の顔を一瞥してね、こんなこと言うの。

 「叱られる時、なぜ、そんな姿をしなければならないか分かる
かい?」

 「……いいえ」
 私が首を振ると……

 「君はマリア様にお祈りする時、どんな姿になるね?」

 「……それは……やっぱり…………こんな感じの……」

 「今の私は、君にとってはマリア様と同じように神様だから、
そうしなきゃいけないんだよ」

 『えっ、このお爺さんがマリア様と同じ?……な、わけないで
しょうよ』
 って思ったけど、もちろん声には出さなかった。

 でも、私の顔に何か書いてあったみたいで、私を見てにこっと
笑うと……
 
 「君は、今、『どうしてこの爺さんがマリア様と同じなのよ』
って思ったみたいだけど、私はこれでも君の何倍も長く生きて、
経験もたくさんしているから社会に出たら君と私は同じ立場じゃ
ないんだ。自分でそれを言っちゃあいけないかもしれないけど、
一般社会では私は君の何倍も偉いんだよ。それはわかるよね?」

 「はい」

 「よろしい。じゃあ、君は私を尊敬できるかな?」

 「えっ、あ、はい」
 たどたどしく答えると……

 「嬉しいけどね、それは嘘だ。だって外の社会を知らないはず
の君がこの老いぼれ爺さんの私を見て尊敬できるはずがないもの。
私の存在は君からすれば周囲の人たちがそう言っているからそう
なのかなあって思う程度の人間のはずだ。……違うかい?」

 「……えっ……それは……」
 私、うまく答えられなかった。中条のおじ様に限らずどの家の
おじ様たちもお外の世界ではとても有名な方々だと教えられてた
から、その人たちを目の前にして尊敬できませんなんて言えない
もの……。

 「君が今の段階で尊敬できるのは幼い頃からいつも自分に寄り
添ってくれている小暮のお父様だけのはずだよ」

 「えっ……いえ、そんなことは……」
 私が慌てると……

 「いいんだよ気を使わなくて……だってそれが当然なんだから。
……ただね、私も人生の先輩として君に伝えたいことだってある
から、そんなときは、君が私の言葉を聞き取りやすいように工夫
しなければならない。そんな時にこの姿勢になってもらうんだ。
これから私の話を聞く時はずっとその姿勢でいなければならない
けど、それでいいよね。だって、どのみち先生方からお仕置きを
いただく時だって同じ姿勢になるわけだから」

 確かにそうです。私たちの学校では先生からお仕置きを受ける
時も必ずこのポーズになって反省の言葉を口にしなければなりま
せんでした。
 私は小さく「はい」とだけ答えます。

 「人間不思議なものでね、形を真似ただけでも、知らず知らず
そんな気分になれるものなんだよ。その姿勢はマリア様にお祈り
する時のものだけど、私たちもこうやって、マリア様の権威をお
借りしつつ君に話しかけようというわけさ。……わかったかい?」

 「……(?)……はい、おじ様」
 よく分からないけど、とにかくご返事。
 女の子は、こんな時はもう条件反射のように相槌をうちます。

 「ああ、とても良いご返事だ。……綺麗だよ。清純な女の子と
いうのはやはりこうでなくちゃ。これからもその姿勢を崩さない
でお聞きなさい。いいね」

 「はい」

 「さてと………さきほど君のお父様からいただいたこの資料に
よると……君の今学期の中間テストの結果は………………」
 中条のおじ様は腰を下ろしているソファ脇の小机に乗っていた
一冊の見慣れたファイルを手に取ります。

 「!!!!」
 私、それを見て驚きました。いえ、目の玉が飛び出たんです。

 それは私たちの一日が事細かに書かれた閻魔帳(成績表)です。

 きっとお父様の手元にだってこの列車に乗り込む直前に届いた
はずです。それがもう今は中条のおじ様の手にあるのですから、
これはもうびっくりです。

 『どうして、それを中条のおじ様が持ってるのよ!?』
 不思議そうにおじ様の手元を眺めていると、きっとそれが物欲
しそうに見えたんでしょうね……
 
 「ああ、これかい。これは『先生』に今さっきお借りたばかり
の君の閻魔帳なんだ。でも不思議なことではないんだよ。私たち
は自分の子どもたちだけでなく他の家の子どもたちの資料も日頃
から目を通しているから。これも六人の約束でね、誰かにもしも
のことがあった時は、すぐにその家の子どもたちを引き取らなけ
ればならないだろう。そんな時のためにどの子が我が家に来ても
まごつかないように日頃から他の家の子供たちの情報も共有して
いるんだ」

 中条のおじ様はさも当然といった風だったけど私は初耳だった
からもうびっくりで……
 『え~~私たちの成績やお仕置きの様子は他のおじ様たちにも
筒抜けだったの!』
 思わず背筋が凍る思いだったわ。

 だってお父様がまるで夕刊を見るようにしてめくる閻魔帳には、
単に成績だけじゃくて、今日、学校で行われたお仕置きの様子が
写真つきで載っかってたりするわけで、お父様がそれを見ている
だけでも恥ずかしいのに、それを他のおじ様たちまでが見ていた
なんて、そりゃあショックだったわ。

 しかも、そんな中条のおじ様のもとへ、今度は他のおじ様たち
までが集まってきたから……

 「あっ、それ……だめ、見ちゃだめ」
 私、思わず身を乗り出しちゃった。

 「朱音ちゃん、だめだよ。さっきも言っただろう。両手は常に
胸の前で組んだままにしてなきゃ……そうそう、背筋もまっすぐ
にしてね……」

 たちまち中条のおじ様に元の姿勢に戻されちゃいます。

 『あ~~私のプライバシーが丸裸になっちゃうよ~~~』

 膝まづいた場所から一歩も動けない私は首だけ回してお父様へ
助けを求めてみたけど、お父様も涼しい顔なの。

 「なるほどね、そういうことか」
 中条のお父様は私の秘密をぜ~んぶ知ってしまうと一つ小さく
ため息をついたわ。

 『あ~~あ、やばい、やばいよう~~~』
 もう、その瞬間からオシッコが漏れそうだった。

 「今さらこんなこと言っても仕方がないけどね、カンニングは
とてもいけないことなんだ。これをやっちゃうと先生が困るし、
親である私たちも困るし、何より信用を失う君はもっと困ること
になるんだよ。それに、せっかく真面目に勉強して取った点数も
こうやって没収されちゃうだろう。何もいいことはないんだ」
 中条のおじ様が話すと、それに他のおじ様たちも続きます。

 「なるほど国語と理科が0点になってる。朱音ちゃん二教科も
やっちゃったんだ。これじゃあ先生が怒るのも無理ないよ」
 と、高梨のおじ様が……

 進藤のおじ様はもつときついことを言います。
 「これじゃあ、百叩きが二回になっちゃうから、二日続けての
お仕置きになったんじゃないの?」

 でも、その通りなんです。
 今日だって死ぬほどお尻が痛い目にあったのに明日の放課後も
久保田先生の百叩きが待っています。
 そして、問題はそれだけではありませんでした。

 「これでは、お家に帰っても無事には済みそうにないわよね」
 と、真鍋御前まで追い討ちです。

 でも、それもそうなんです。むしろ問題はまさにそこにあった
のでした。

 「もしも、佐々木さんの娘さんがカンニングしたら、やっぱり
お仕置きはご自身でなさいますか?」

 高梨のおじ様の問いかけにこたえて佐々木のおじ様もきっぱり。

 「どこの家でも同じでしょうけど、こんなことをしでかす娘を
親は笑顔でベッドに送り届けたりはしませんよ。スリーカードの
お仕置きは、正直、この老人には骨ですけど、もし甘やかして、
この先でまた同じ間違いしでかされたらたまりませんから、私の
手できっちり引導を渡すことになると思います。何よりもそれが
親の勤め、責任、情でしょうから……」

 その言葉は私の背筋を凍らせます。

 スリーカードというのは、お浣腸、お灸、お鞭、という普段は
主に単独でやっているお仕置きをその場で三ついっぺんにやって
しまうことなんですがお仕置きが日常茶飯事の私たちの世界でも
そうたびたびあるお仕置きではありませんでした。

 おじ様方のそんなお話を聞いているだけで、私はお尻の辺りが
むずむずしてきます。

 『あ~あ、こんな列車に乗らなければ、お父様は富士の裾野に
ご旅行で帰ってくるのは遅いし、家でのお仕置きだけでも免れた
かもしれないのに』
 そんな愚痴がふっ頭の隅に浮かびます。

 でも事態は最悪。可哀想な私はお父様からのお仕置きを免れる
どころか、普段ならお仕置きとは縁遠いはずのおじ様たちからも
こうしてきついお仕置きを受けなければならないのですから……
まさに泣きっ面に蜂とはこの事です。

 『夢よね、これは悪い夢を見てるんだわ』
 いくらそう思ってみても、悲しいかな悪夢は醒めません。
 これは現実。今さらどこにも逃げも隠れできませんでした。

 「朱音ちゃん、こっちへおいで」
 ソファに腰を下ろした中条のおじ様が空いてる膝を叩きます。

 いよいよ刑の執行というわけですが、でも、その前に……

 「遥……美咲、……お前たちには真鍋のおば様が後ろの車両で
お仕置きをしてくださるそうだから、行ってきなさい」

 お父様の言葉は二人にとって青天の霹靂だったみたいで……
 「え~~いやだあ~~」
 「私たち何も悪いことしてないもん」
 二人は口を尖らせますが……

 「何言ってるんだ。そもそも、いつ私がお前たちの電車通学を
許した。お前たちだって校則違反をしてるんだよ」
 と迫られると、二人もそれ以上反論できませんでした。

 二人の視線がなくなり、私はホッとします。
 その私の顔にお父様も満足そうでした。
 実は二人へのお仕置き。まだ新米ですが中学生になった私への
お父様なりの配慮だったのです。

 「おじ様、お願いします」
 私はこの社会ではお約束となっているご挨拶をして、その膝に
うつ伏せになります。

 スカートの裾が捲り上げられ、その瞬間、身体がキュンと固く
なりました。
 私は当然ショーツだって脱がされると思っていましたがそれは
ありませんでした。

 「私は君のお父様ではないからショーツまでは脱がさないけど、
手加減はしないから、その痛みはしっかり受け止めるんだよ」

 「はい、おじ様」

 「よし、じゃあいくよ。舌を噛まないようしっかり我慢してね」
 中条のおじ様はそう言って始めました。

 「ピシッ」
 スナップのきいた平手がお尻に炸裂して、私はさらに体を固く
します。

 「ひとつ、ありがとうございます」
 私はぶたれた数をカウントしておじ様にお礼の言葉を述べます。
私たちにとってお仕置きは腹いせや虐待じゃなく愛の証しとして
目上の人から賜るものですからご挨拶はとっても大事なんです。

 もう、物心ついた時からこうやって躾けられていましたから、
私たちにとっては、朝、『おはようございます』を言うのと同じ
くらい自然に出る言葉でした。

 ただ、この時は正直『助かった』と思っていました。
 裸のお尻でも、ショーツの上でも、痛みそのものはそんなに変
わないけど、女の子にとっては恥ずかしさが断然違いますから。

 「ピシッ」
 一回目より二回目はよりこたえます。
 「ふたつ、ありがとうございます」
 でも、耐えられない程じゃありません。激しい息遣いも悲鳴も
この時はまだまだ必要じゃありませんでした。

 「ピシッ」
 「あっ」
 三回目で小さな嗚咽。
 「みっつ、ありがとうございます」

 「ピシッ」
 「あああ」
 思わず痛みを逃がそうとして腰を振ります。
 「よっつ、ありがとうございます」
 太股が少し震えだします。

 『そんなに本気でぶたないでよ』
 思わず愚痴が脳裏をよぎりました。

 「ピシッ」
 「あっっっ……」
 唇を噛んで痛みに耐えます。
 もう、そうしないと大きな声を出してしまいそうでした。
 「………………いつつ、ありがとうございます」
 頭にジ~~ンと痺れがきて、それがなくなるのを待っていたら
ご挨拶の言葉が遅れてしまいました。

 「ピシッ」
 「うっっ(痛い~~~)」
 たった六回なのにお尻の痛みが脳天まで達っしてしまいます。

 『これじゃいけない』
 私は長期戦に備えて、自分の身体の隅々に頑張るように指示を
出しましたが……

 「よし、もういいよ」
 中条のおじ様の方がたった六回で私を許してくれました。
 きっと私のご挨拶がいよいよ遅れてしまい、もう十分に堪えた
のがわかったのかもしれません。

 「むっつ、ありがとうございました」

 私は顔には絶対に出さないように気をつけながら最後のご挨拶
をすませましたが、心の中は『やったあ、ラッキー』と思ったの
です。
 これが小暮のお父様だったら、パンツまで脱がされて50回は
ぶたれると思いますから……。

 ただ、私は肝心なことを忘れていました。

 「朱音ちゃん、今度はこっちだよ」
 次は高梨のおじ様がお膝を叩いて私を呼んでいます。

 『あっ、そうか』

 お父様はたった一人ですが、おじ様おば様にあたる方は、ここ
には五人もいるわけで……六回掛ける五人ですから三十回。
 結局、三十回。私はおじ様たちからお尻をぶたれることになる
のでした。


*************************

小暮男爵 / 第2章  / §1 突然・トリップ

小暮男爵 / 第2章

*******//小暮 朱音//*********

 私の名前は小暮 朱音(あかね)。お父様の名前は小暮幸太郎。
 今は爵位なんて関係ないけど、お父様、戦前までは男爵だった
んだって。もっとも、私とお父様には血の繋がりはなくて、私は
貰いっ子。クリスマスの日の夜に教会に捨てられてたって聞いた
けど、詳しい事はわからないわ。そのあとは、施設を転々として
ある施設にいた時、お父様によってここへ拉致されて来たの。

 『拉致だなんてぶっそうだ?』

 でも、仕方がないのよ。その時、私まだやっとオムツが取れた
ところだったから。大人同士決めてしまえば私の気持なんて関係
ないみたいでね、施設の先生は、一人だけでも厄介払いができて
喜んでたみたいよ。

 以来、私は小暮幸太郎の養女としてお父様の別荘で育てられる
ことになったってわけ。
 こう言うと、何だかシンデレラストーリーみたいだけど、実際
には色々と厳しい現実もあるのよ。

 兄弟姉妹が多いってのもその一つかしらね。
 何しろ、お父様が毎年一人ずつ施設から子供を拾ってきて……
今は子供だけ24人もいるんだから……

 えっ、そんなことは第一章で美咲ちゃんが話してたの?

 あっ、そう……じゃあ、ここは省略していいわね……以下は、
私の想い出話。興味があったら読んでね。

**************************

<主な登場人物>

 学校を創った六つのお家

 小暮 幸太郎
 リンカーンに似た風貌。元男爵。
 造船業が本業。奥さんはこの歳になって養女を大量に作る夫に
 嫌気がさして滅多に別荘(子供たちの自宅)へはやってこない。
 あだ名の『先生』は彼がこの組織を立ち上げたことによる敬称。

 進藤 高志
 縞の三つ揃えでスエードのハットを被る。
 家では油絵を描き、ピアノを弾く
 奥さんは(秀子)さん>
 映画製作会社、興行師、画商、などで財を成したとされるが、
 詳しいことは不明。あだ名は芸達者なことから『師匠』。

 真鍋 久子
 古くからある紡績会社を継いで戦前戦中戦後と活躍。女の子が
 就職する際の受け皿ともなっている。自らの関連会社だけでは
 なく服飾関係にも顔がきくため彼女の引きたてにより服飾関係
 の会社を経営したりデザイナーになった子も多い。
 巴御前からとも言われているが『御前』と呼ばれることも。

 佐々木 啓造
 電鉄会社・デパート・不動産の三位一体で財をなした財界人。
 現役の頃は『強奪啓造』と呼ばれて強面のイメージがあったが
 今は好好爺といった風情で子供たちにも優しい。

 高梨 庄治
 謎の多い人物。戦前までは子爵だったというが何によって財を
 成したかは不明。噂では日本海軍の諜報機関だったとか、証券
 業界の風雲児だったとか、色々言われている。海外の人たちと
 のコネクションが多彩な人でもある。

 中条 仁
 ケミカル関係の会社をいくつも持っている。あだ名は『総帥』
 博士号を持つインテリなのだが、何にでも理屈っぽいところが
 玉に瑕といった感じでもある。

 // 小暮男爵家 //
 小暮美咲<小5>~私~
 小暮遥 <小6>
 河合先生<小学生担当の家庭教師>
 小暮 隆明<高3>
 背が高く細面で彫が深い。妹たちの間では
 もっぱらハーフではないかと思われている。
 小暮 小百合<高2>
 肩まで伸びた黒髪を持つ美少女。
 凛とした立ち居振る舞いで気品がある。
 小暮 健治<中3>
 小暮 楓<中2>
 小暮 朱音(あかね)<中1>
 クリスマスの夜に教会に捨てられていた。空想好きで冒険好き。
 武田京子先生<中学生担当の家庭教師>
 小暮 樹理<大学2年生>
 今は東京で寮住まい。弁護士を目指して勉強している。


 // 聖愛学園の先生方 //

久保田先生<教務主任/女性>
 生徒の間ではもっぱらお仕置き係と呼ばれている怖い存在。


 //中1のクラス<担任/青木先生>//
 小暮 朱音


****<< §1 >>***/突然・トリップ/*****


 その日は学校の中間テストをしくじっちゃって、教務の久保田
先生にこっぴどくお尻を叩かれたら、何となく素直にお家の車で
帰る気分になれなくて学校の裏門をそうっと抜け出すと鷲尾の谷
を下りて行ったの。

 あの谷を最後まで下りて行くと、これぞ秘境駅ってのがあって、
落ち込んだ時はいつもこのホームでディーゼルを待って乗り込む
のが習慣なのよ。

 『えっ、そんなことして良いのか?』

 良いわけないじゃない。
 うちの学校、細々した事にまで規則があってうるさいんだから。
鷲尾の谷を降りるんだって、みっかったらお仕置きものだもん。
もちろん『ディーゼル列車に乗ってふけた』なんてわかったら、
スカートの上からゴムのパドルでお尻百叩きだわね。

 あっ、そうか、私の場合は前科があるからね、ひょっとしたら
クラスの子たちが見てる前でパンツまで脱がされるかも(笑)。

 『笑い事じゃない?』

 そりゃあそうだけど、でも、その時はそんな先のことまで考え
てなかったの。
 とにかく、泣きはらした目を妹たちに見せたくなかっただけ。
独りになりたかっただけだもん。

 だってディーゼル列車の車内ってさあ、自動車と違って広々と
してるし、普段とは違う景色が流れるでしょう。田舎の景色独り
占めだもん。その代わり最寄り駅から自宅まではたっぷり2キロ
歩かなきゃならないんだけど、こっちの方が断然、快適なの。

 私の場合、本来はだったら遥や美咲たちと一緒に河合先生の車
だけど、先生にはスクールバスで帰ってきたことにしておくの。
……要するに、ばれなきゃいいのよ。

 メランコリーな気分で谷を下りて来て、『生田』という名前の
駅舎もないような無人駅のホームでディーゼル機関車が牽引する
二両編成の列車を待つの。

 まるで映画のヒロインになった気分。
 ここは前は鉄橋、後ろはトンネルという山の中のそれも谷底に
ある無人駅なんだけど、そこがいいの。鑑賞旅行にはぴったりの
ロケ地だわね。

 こりまま列車に揺られて傷心の旅に出る予定だったんだけど。
 その日はたまたま運が悪かったの。

 ホームの真ん中にある屋根のついてる木製ベンチに誰かが腰を
下ろしてるみたいだから、『おや変だなあ』とは思ったんだけど
……

 『何で、あいつらがいるのさあ』
 がっかりしたわ。

 「おねえちゃ~~~ん」
 「こっち、こっち」

 二人は一生懸命手を振って私を迎えてくれたんだけど、こんな
ありがた迷惑なおせっかいはなかったわ。

 『私は、あなたたちと遭いたくないからここに来たのに……』
 そう思ったけど、今さらどうしようもないしね。トホホだった。

 「あんたたち、河合先生の車で帰らなかったの?」

 「今日は朱音お姉様が久保田先生から極刑を受けると思います
から私たちもスクールバスで帰りますってお断りしたのよ」
 美咲の思わせぶった可愛らしくない言いまわしにカチンときた。

 「へへへ、抜け駆けしようったってだめよ。お姉ちゃんの行動
ぐらいちゃんとお見通しなんだから……こんな日にお姉ちゃまが
みんなと一緒にスクールバスで帰ることなんてありえないもん。
だったら私たちと帰った方がまだいいじゃない。そこで、一人に
なって帰れるルートはないか。そうだここしかないって睨んだの。
大正解」
 勝ち誇ったような遥の言葉にはもっとカチンときた。

 「勝手にしなさい」
 私は捨て台詞を残して、相手にしない事にしたんだけど……。

 「ねえ、久保田先生に何やられたの?」
 「お尻叩きだけ?浣腸は?……お灸までやられなかった?」
 「そもそも、どうしてカンニングなんかしたの?」
 「成績落としたくなかったの。それともお父様に叱られるのが
嫌だったとか……」
 「ねえ、どっちみち家に帰ってもお仕置きされるんでしょう?」

 二人は次々に質問を浴びせかけるけど私は一切無視し続けたの。
 芸能記者に追いかけられる有名芸能人の気持がよ~くわかった
わ。

 だから、この秘境駅にディーゼル機関車の汽笛が聞こえた時は
正直ホッとしたの。

 やがて、その列車はトンネルを抜けて私たちの目の前に現れた。
 
 予定時刻より少し早かったのは知ってたけど後ろに連結された
二両の客車もいつもと同じ色や形のものだったからそれを疑った
りしなかったの。

 だって、ここは田舎の駅でしょう。この時間帯に着く列車って、
15時55分発以外にあり得ないもの。その次もその前も一時間
以上あいてるんだから。
 そりゃあ、『いつものが来た』って思ったわよ。三人一緒にね。

 私たちまるで映画のヒロインになったみたいに大はしゃぎして
その列車を迎えたの。
 実をいうと、ここを運転する運転手さんって決まってて昔から
顔馴染みだから気心は知れてるの。列車がホームに着く前から、
両手を大きく振ってご挨拶したわ。

 もちろんそんなことしなくても定期列車ならちゃんと止まって
くれるはずなんだろうけど『落ち込んでる時ほど明るく振舞う』
というのが私のポリシーだから、そこは映画のワンシーンみたい
に女優気取りでオーバーアクションしてみたんだけど……
 この女の子三人のはしゃぎぶりが思わぬ誤解を招いちゃった。

 「何だ、朱音ちゃんもこれに乗る予定だったんだ?小暮さんの
子供たちはみんな乗るのかな?」
 と、ディーゼル機関車の運転手さんが私の方を振り返ったの。

 その時、私は妹たちと一緒に後ろに連結された客車のドアの前
にいたんだけど、なかなか開かないドアに苛立って美咲がドアを
蹴り始めていた。

 「ほら、あなたたちお行儀が悪いわよ」
 私は妹たちを叱った後、運転手さんに向かっても……
 「乗るのは私たち三人だけよ。早くドアを開けてよ。佐々木の
おじ様に言いつけるわよ」
 と、こちらも苛立ってしまったの。

 だってこの時は、三人が三人とも目の前にある客車がいつもの
定時列車だと思ってたんだから……。

 「わった、わかった、じゃあ、急いで乗って。これ、遅れてる
から」
 と、今度は車掌さんに合図を送ってドアを開けてくれる。

 『何、もたもたしてるんだろう』
 そう思って客車に乗り込んだんだけど、ここまでは何も疑って
なかった。だってえ、やって来た列車はいつもの見慣れた外観の
ディーゼル列車なんだもん。誰だってそう思うわよ。

 三人が乗り込むやいなやドアが閉まってすぐに発車。

 『遅れてるって何言ってるのよ。むしろこれ、いつもより早く
来てるじゃないのさあ。運転手さんの時計の方が狂ってるのよ』
 私は乗り込んだ直後もまだ自分の勘違いに気づいていなかった。

 だけど、あたりを見回すうちに……
 「……?……??……えっ???…………え~~!!!」
 やっと異変に気づいたの。

 だって床に赤い絨毯が敷いてあって天井の照明がシャンデリア
になってる定時列車なんてありえないもの。
 そりゃあ誰だって気づくわよ。私たちの今いる場所が、お召し
列車のエントランスだってね。

 「何よ、これ!いつもと違う」
 「これって、佐々木のおじさま愛用のお召し列車よね」
 妹たちも当然気づいて三姉妹の目は点になって泳いでる。全員、
全身の血の気が一気に引いたわ。

 「お姉ちゃん、これって、まさか……」
 「そのまさかよ。佐々木のおじ様のお召し列車」
 「どうしてそんなのに乗っちゃうのよ」
 「仕方がないでしょう、分からなかったんだもん」
 「ねえ、これに人、乗ってないよね。空だよね。回送車両よね」
 美咲の希望的観測も……ドアの向こうからおじさまたちの声が
聞こえ始めると、たちまち打ち砕かれちゃった。

 三人が三人ともそうだろうけど、その瞬間は、ホント、生きた
心地がしなかったはずよ。

 実はこの路線、鉄道会社を経営する佐々木のおじ様が学校の役
にたつならばと赤字覚悟でわざわざ本線へ続くレールを敷設して
くださった盲腸線なの。

 普段のお客さんは学校に食材を提供している近隣のお百姓さん
たちとか、OBOGが学校に遊びに来る時に利用したり、あとは
私たちが社会科見学や修学旅行みたいに遠出する時にもよく使う
んだけど……そんなものかな。

 この鉄道、私たちにとって役にはたってたけどお昼の時間帯は
ほとんどお客さんが乗ってないから私一人だけ乗せてももらって
も邪魔にはならないというわけで、普段から顔パスで乗せてくれ
てたの。
 もちろん乗車拒否なんてされたことなんて一度もなかったわ。

 降りる駅にはちゃんと駅員さんがいるけど、ここでも、校章を
ちらつかせればそれでOK。駅員さん、通り過ぎる私に何も言わ
ないもの。

 ただね、そうは言ってもこの時ばかりは事情が違ってたの。

 私たちが乗り込んだのは『お召し列車』と呼ばれてて、お父様
たちが大人同士で旅行する時なんかに乗る特別列車。だから車内
はめっちゃ豪華で、造りも一般車両とはまったく違うんだけど、
とにかく外観が通勤列車と同じだから分かりにくいのよ。

 もちろん、子どもは勝手に乗れない列車なんだから、そりゃあ
びびるわよ。

 それに何より、私がこの路線の列車に乗って通学すること自体、
許されていないわけだし……それが見つかっただけで大目玉って
ことになるでしょう。
 もう、絶体絶命だったわ。

 「……ヤバイよ。とにかく降りなきゃ!!!!」

 正気に戻った私は、一番前の窓を開けると、機関車の運転席に
向かって大声で叫んだの。その距離10mくらいあったな。もう
必死だったわ。

 「止めて!お願い……止めてったら!……止めろ~~~」

 何回か叫んでやっと運転手さんに私の声が届いたんだけど……
 「ダメだよ、もう発車しちゃってるし、ここは鉄橋の上。次は
トンネル。こんな処で止められないよ。そもそも、あの駅でも、
本当は止まる予定じゃなかったんだけど、社長直々の命令で臨時
停止したんだ。君たちが必死に手を振るから、ひょっとして何か
あったのかと思ったよ」

 『え~佐々木のおじ様私たちに気づいてたの。……それって、
もっとヤバイじゃない……ヤバイよ……これ絶対にヤバイよ』
 私、風にかき消されながら流れてくる運転手さんの声を途切れ
途切れに聞きながら、頭は真っ白、顔は真っ青になってた。

 「この列車は、みなさんが富士山の麓にある引込み線でお花見
をするため動かしてる特別車両だから一般のお客さんは乗り降り
しないんだ。……とにかく、お父さんに相談しておいでよ」
 と、運転手さん。

 でも、それって……
 『もっとヤバイことになるじゃない。私は隠れて降りたいのに』
 私は思ったけど……でも、それしか方法がなかった。

 ただ、そうはいっても、いきなりドアを開けて『こんにちわ』
だなんてやる勇気がないから、まずは、そうっと大人たちの声が
聞こえるドアに耳を近づけてみたの。

 すると、ドアの向こう側、客室にいる大人たちの会話の中身が
聞こえてきた。

 「いやあ、私も、小暮先生が孤児の面倒をみてると聞いた時は
正直言って酔狂なことをなさるもんだと思いましたけど……でも、
今こうして子どもたちが育ってみると、ちゃんと戦力になってる。
能力もあるし、忠誠心も一般の社員より高い。なるほどそういう
ことかって思い直しましたよ」

 「私も確信があったわけじゃない。最初はそりゃあ不安でした
よ。孤児なんてどうせ発育がよろしくなかろうから育ててみても
ものにならないんじゃないかって不安は常にありました。そこで、
最初はお医者や幼児教育の専門家から意見を聞いて、とにかく、
優秀そうな幼児だけをピックアップしてもらい、その中から私が
選んで一時的に施設から預かることにしたんです。そういう意味
では私なんか本物の篤志家とは言えませんよ」

 「いやいや、たとえそうでもいいじゃないですか。少なくとも
その子たちだけでも未来が開けたんですから……彼らにとっては
大きなアドバンテージですよ」

 「そうそう、それに、いくら純粋な慈善ではないといっても、
こんなこと誰にでもできることじゃない。それこそ純粋に子供が
好きな人でなきゃできませんよ」

 「ま、それは言えてるかもしれませんね。私の場合、息子たち
が現役の子どもの頃は私の方がまだまだ忙しくて充分にかまって
やれなかった。……それで、気がついたら、あいつらいつの間に
か大人になってしまってて……立派になったことは喜ばしいんだ
けど……でも、そうなると今度は抱けない。それがどこか寂しい
んですよ(笑)」

 「子供がまだ現役の頃に抱きたかったというわけですか(笑)
つまりその埋め合わせが欲しかったというわけですね」

 「そういうことです。だから、妻はいまだにおかんむりですよ。
『今さらなぜ子育てなんですか!あなたのわがままには付き合い
きれません』ってわけです」

 「なるほど、たっぷり実の子に愛情を注いできた奥さんにして
みたら、さあいよいよこれから夫婦水入らずという時になって、
なぜ今さら他人の子を……というわけでしょうな。それもわかる
気がします」

 私、ドアに耳を当ててお父様たちの会話を聞いていました。
 もちろんそれって、盗み聞きするつもりでやってたんじゃない
んですが、とにかく中の様子が知りたくて……

 するとバカな妹たちが私の身体に圧し掛かってきますから……

 「……キャー」
 三人の重みで観音扉がいきなり開きます。

 私たちは思わずお父様たちの宴会の席へ……

 『入っちゃった』

 当然、お父様たちは鳩が豆鉄砲を喰ったような顔になってます。
身の置き所がないというのはまさにこういうことなんでしょうね、
その瞬間は、裸で人前に放り出されたくらいショックでした。

 辺りを見回せば、六家のお父様たちがそれぞれにソファに腰を
下ろして複雑な表情。でも、どこか笑ってるようにも見えます。

 この車両は、今で言うサロンカー。床には厚いペルシャ絨毯が
敷き詰められ窓には緞子のカーテン、天井の照明もシャンデリア、
無線電話が引きこまれ、部屋の片隅には本棚や雑誌ラック、各国
の洋酒がずらりと並んだバーカウンターまで……

 何でもこの車両、佐々木のおじ様がお友だちを誘って慰安旅行
する際や国内視察用に作らせた特別列車なんだそうで、この日は
富士山が間近に見える専用の引込み線まで六家の人たちとお花見
に誘ったのでした。

 つまり大人の為のお楽しみですから私たちはおじゃま虫という
わけです。

 そんな中、気を取り直して私がまずしたことは……
 やっぱりこんな時は笑うしかないと思って、六家のおじ様たち
に笑顔で愛想を振りまいてみましたが、さすがに小暮のお父様が
視界に入ると顔は引きつります。
 血の繋がりはなくても私にとっては本当のお父様ですから……
可愛がられてはいてもこんな時は叱られる可能性だって大なわけ
です。

 「朱音、おいで」

 当然ですけど、お父様に呼ばれます。
もうこうなったら観念するしかありませんでした。

 ところが、あれこれ思いをめぐらせたあげく目を開けてみると、
二人の妹たちがこの時すでにお父様の首っ玉にしがみ付いて甘え
ています。
 私は一瞬気が抜けてしまいました。

 これってやっぱり歳の差なんでしょうね。 私だって、ほんの
一、二年前までならこうして無条件にお父様に甘えられてたのか
もしれませんけど、後先のことが考えられるようになった今では
そう簡単に「おとうさま~~」なんて甘い声を出すことができま
せんでした。

 「お久しぶりです」
 お父様が腰を下ろすソファの前に立った私は軽いジョークを…

 でも……
 「何が、お久しぶりだ。朝、会ったばかりじゃないか。今日は
中間テストだったんだろう?……どうだったんだ?」 
 お父様に私のジョークは通じませんでした。

 「それは……えっ……と……」
 教務の先生にさっきお尻をぶたれたばかりですからね。
 いいわけないわけで……口ごもっていると……

 「いやあ」
 私、大きな声で悲鳴を上げます。

 だってえ、お父様ったら私を膝の上にうつ伏せにするんだもん。
そりゃあ誰だって慌てますよ。
 すぐにでもお尻をぶたれるのかと思っちゃうじゃないですか。

 案の定、スカートの上にお父様の手が乗ったから……
 「あっ~」
 って、息を吸ったの。

 ま、このくらいはさすがに許されるんだけど、本当にスカート
が捲られちゃうと、もう無意識に隠したくて手が動いちゃう。
 すると、お父様がその右手をパチン。

 でも、それだけじゃないの……

 「いやあ~」
 思わず声が出ちゃった。

 だって、ほかのおじさまたちがみんな見てる中でしょう。下着
が見えただけでも女の子には恥ずかしいのに、今度はショーツに
手が掛かるから……

 ま、これも普通の子なら、もっと大きな声で「きゃあー」とか
言って悲鳴を上げるんだろうけど、うちは幼い頃からの躾けで、
お仕置きといえどむやみやたらに悲鳴をあげるもんじゃないって
教えられてきたから悲鳴をあげることには抵抗があるの。この時
も必死に我慢したわ。

 あんまりみっともない声を出すとそれを理由にまたお仕置きが
追加されるんだもん。お尻叩きの最中は悲鳴も手足のバタバタも
できるだけ我慢なの。

 そうしたら……
 「どうやら、中間テストの成績が悪かったみたいだな。………
…それも、相当に……」
 お父様、私のお尻に残る痣をみて判断したみたい。

 そりゃそうよ。この時はもう痛みもひいてたけど、ぶたれた時
はもの凄く痛かったんだから。痣くらい残ってるはずだわ。

 すると、お父様、少し考えてから……
 「察するに、教務の久保田先生にお仕置きされたもんだから、
メランコリーになっちゃって、妹たちとは一緒に帰りたくない。
そこで、谷を下りて来てみたら、たまたま列車が来たんで慌てて
乗ったら、それがこれだった。……どうせ、そんなところだろう。
……違うか!?」

 お父様の推察に、私、思わず心臓が縮みそうになったわ。
 心臓発作寸前。

 「……(スルドイ<汗>)……」
 私、答えなかったんだけど、冷や汗タラリだった。

 「どうやら図星みたいだな。しょうのないやつだ」
 お父様の投げやりな言葉に私は思わずカチンときて頭を後ろに
振ったんだけど。

 「何だ、その目は……違うのか?」

 「えっ……それは、そうだけど、仕方がないでしょう。だって
この電車、普通の電車と同じデザインなんだよ。もっと、一目で
見て『わあ素敵な電車』とか分かれば最初から乗らなかったのに」

 「何言ってるんだ。ここの列車に限らず列車に乗ること自体、
お前にとっては校則違反じゃないか。帰りのルートを変える時は
許可がいるが、どうせそんなことはしてこなかったんだろうが」

 お父様にこう言われると、それには反論できなかったの。
 うちの学校は登下校の方法までちゃんと決められていて、私の
場合だと、この列車を利用する時は学校の許可がいるんだけど、
そんなの面倒な許可なんか取ってられなかったから。

 するとそんな親子の会話を聞いていた佐々木のおじさまが笑っ
て……

 「なるほど、そうか。朱音ちゃんとしては、とんだ災難だった
わけだ。いや、この列車の外装が一般の客車と同じなのはお客様
に失礼がないようにと思ってなんだ。サロンカーを運行していな
いうちのような会社が、社長だけ派手な電車で走り回っていたら
お客様が不快に感じられるんじゃないかと思ってね……それで、
わざとこうしてあるんだ」

 中条のおじさまも……
 「別に悪い事をするわけじゃないけど、こういうのを隠れ遊び
と言ってね、あまり他人には見られたくないんだよ」

 「……じゃあ、私、悪いことしちゃったんですね」
 私が何気に言うと、間髪いれずお父様の雷が落ちた。

 「当たり前じゃないか!!」

 「まあ、まあ、いいじゃないですか。どうだい、これも何かの
縁だ。中間テストも終わったことだろうから、これから私たちと
一緒に富士山の麓まで行ってみるかい?」

 佐々木のおじさまは誘ってくれたけど、お父様がお断りしたの。

 「いや、それはいけません。これはご覧のように不躾な娘で、
向こうへ行ってもご迷惑をおかけします。それに今回のことでの
お仕置きもまだ済んでいませんし……」

 「そうですか…お仕置きですか…でも、それもここで済ませる
ことができるんじゃありませんか。他の方々さえよろしければ、
私も協力しますよ」

 佐々木のおじさまが食い下がります。
 すると、その様子を見ていた他のおじさまたちまでが……

 「いいですよ。小暮先生さえよければ。私もそれで……今回の
花見はどうせもうばれてしまったんだし……この子のお仕置きが
終わったら、その後は一緒に連れて行ってもいいんじゃないです
か?」

 「そうそう、女の子を一人だけ連れて行ったとしてもそんなに
邪魔にはなりませんよ」

 「でも、そうなると小暮先生の方が嫌なんじゃありませんか?
可愛い盛りの娘さんのお仕置きを他人の手にはに委ねたくはない
という思いもおありでしょうから」

 真鍋御前がせっかくこう言ってくれたのに、お父様は笑って…

 「いやあ、そんな事ありませんよ。私はみなさんのことを尊敬
していますから、やっていただけるものなら是非ともお願いしま
す」

 「じゃあ、いいんですか?」

 「もちろん。……いやあ、でももしそうなったらこれは豪勢だ。
これだけのメンバーからお尻を叩かれた子どもなんて、日本国中
探してもどこにもいませんよ。……むしろ、こちらお願いします」

 お父様のお膝の上で、しかもまだパンツも太股にかかったまま
の姿勢で私は耳を疑います。あれはおじさま方の戯言。お父様が
そんなこと承知するはずがないと高をくくっていましたからもう
びっくりです。
 でも、お父様は間違いなくそう答えたのでした。

 そして、それが冗談や戯言でない証拠に、お父様は私のパンツ
を元に戻して私を立たせると、こう言うのです。

 「ここでは他の方々も見ておられるんだから、変な声や無様な
姿を見せるんじゃないぞ。心を引き締めてしっかり我慢するんだ。
いいね」

 やっとパンツが穿けた私はお父様の注意を上の空で聞きながら
も、お父様の顔があまりに真剣なので、思わず……
 「マジ?」
 って、つぶやいてしまいました。

 「何だ、マジって……」

 お父様にマジの意味はわかりません。そこで……
 「だって、恥ずかしいよ」
 って、甘えてみますが……

 「何言ってるんだ。この間まで家じゅう素っ裸で駆け回ってた
くせに」
と、請合ってくれません。
 
 「そんなの、はるか昔のことでしょう。お仕置きなんだもん、
それはお父様がやってよ」
 再度、お願いしてみても……

 「バカだな、私はお前の父親なんだから当たり前じゃないか。
でも、こういうことはこういう席だからやってもらえるんだよ。
普段ならどんな事情があろうとお前のような小娘の尻なんて叩い
てもらえないんだ。むしろ、お前にとっては名誉なことだと思わ
なきゃ」

 「名誉って?……お仕置き受けるのが名誉なの?」

 「この場合はそうだよ。お仕置きは愛されてるからお仕置き。
お前は日本でも指折り数えられるような名士の方々から愛される
んだもの、丁重にお受けしなきゃ」

 「だってえ~~」

 「ほら、ぶつくさ言ってないで早く行きなさい」

 私はお父様に突き放されます。
 おじさまたちによるお仕置きはホントにホント、マジでした。

************************

ケンとメリー<3>

 ケンとメリー<3>

 二人は二十人の人類の為に広いコロニーを作る。
赤ん坊とその母親の為に住む家、着る物、当然三度三度の食事
も与え続けて面倒をみた。ただ当初の計画では彼らをその村から
出すつもりはなかった。

 ケンは、彼らをあくまで家畜として飼うつもりでいたからだ。
四方を有刺鉄線と高い柵で囲い、入口に鍵を掛けて、彼らが一歩
たりともコロニーから出られないように管理するつもりでいたの
である。

 というのは……
 キメラ星はエデン38星雲の中でも最も成熟した星の一つで、
他の異性人たちからも『エデンの中のエデン』と羨ましがられる
ほど完成された秩序や理性で動いている。
 しかし彼らが飼おうとしている地球人たちどうだろう。彼らは
歴史的にも数々の大きな戦争を繰り返しているし、二人が太陽系
にいた短い期間でさえ争い事が絶えない。

 ケンにしてみれば、好戦的な彼らを村の外に出すのは虎を野に
放つようなもと思えたのである。

 ところが、彼の目論みは、実際には何の意味もなさなかった。

 というのも、キメラ星の人たちにしてみれば、宇宙の彼方から
やって来た人類というのは、格好の見世物であり研究材料。連日、
異星人を一目見てみたいというジャーナルや一般市民、学者など
が村に押しかけたのだ。

 「いや、彼らは危ない生物ですから……彼らは、我々とは違う
んです。常にどこかで戦争を引き起こし、100年として平和な
時代がないんですから……危ない生物なんです」
 ケンは説得を試みたが、物見高い市民や探究心旺盛な学者たち
にそれは届かない。彼らに拝み倒されて、幾度もコロニーの鍵を
開けることになる。

 彼が苦心したコロニーも、気がつけば観光地になっていた。

 ケンの努力は報われなかったが20人の地球人にとってそれは
好都合だった。
 彼らは、村から一歩も出ずに多くのキメラ星人と交わる機会が
できた。母親たちは求められるままに地球の様子を話して聞かせ
見学に来た市民からはキメラの文化を学ぶ。子どもたちも自然と
キメラ語を覚えるようになった。

 キメラの市民たちは10人の子どもたちが怪物ではないことを
知ると、ケンに子どもたちがキメラの市民権を取れるように働き
かける。
 『我々とほとんど同じ姿形をしている同胞を動物に見る必要は
ない』というのだ。

 結果、地球人の子どもたちはキメラ星の子どもたちと同じよう
にごく平凡に成長していったのである。

 ただ、ケンが苦心して集めたはずのIQ240以上の遺伝子と
いうのはここではさほど異彩を放つことがなかった。学者たちが
何度計っても彼らのIQは140程度、過去にキメラの探検隊が
調べた地球人の平均値をやや越える程度でしかない。

 そのため彼らは発達障害のある子どもとして登録されることに
なる。身障者扱いなわけだが、キメラ星では発達障害があろうと
なかろうと戸籍に載りさえすれば立派な市民。そこに一般市民と
の隔たりはない。ケンが目論むような動物園行きは、この時点で
なくなり、その瞬間メリーが求めたように、二人は一気に20人
もの後見人になったのだった。


 キメラ星はもともとエデンの中のエデンと呼ばれているように
科学文明の発達した星。衣食住の全てがほぼ無償で手に入る楽園
だ。だから、市民が経済的な理由で働く姿はない。
 ケンの家で家族が一気に20人増えたとしても、二人が生活に
困るということはなかった。

 ただ、ここは地球とは完全に違う社会システムで動いている。
だから、ここでの生活の仕方を一つ一つ彼らに……とりわけ母親
たちに、教え込む必要があったのである。

 例えば、スーパーで物を手に入れる時、そこにあるどんなもの
でもただ手に入れることができるが、食べ物以外はそれを勝手に
処分できない。壊れた、時代遅れになったなど、理由はともかく
同じ物を手に入れようと思ったら、前に手に入れた品物を、一旦
店に返却してからでないと新しい物を手に入れられなかった。
 勝手に物を捨てられると星全体が汚されて困るからそこは徹底
していたのである。

 連れて来た生物を勝手に処分できないというのも実はそういう
趣旨だったのだ。

 家具、衣服、家電、もちろん住宅も、耐久消費財は十分な量が
確保されていたが、かといって、国家の決めた数量を超えて手に
入れることもできない。つまりこの星には大金持ちは存在しない
が国家に忠誠を誓っていれば生活に困ることもないというわけだ。

 誰もが同じ程度の生活水準を確保して生活しているわけだが、
かといって社会の中で競うものがない訳ではなかった。

 その一番大きなものが社会貢献。つまり、ボランティアだ。
 公共事業に協力して知恵を出し、新たな技術やシステムを開発
すれば、それが住民たちからの評価ポイントとなって社会的地位
が上がり、高価な研究資材が調達できたり他の星々へ自由に旅行
ができたりする。

 ケンとメリーもそうやって宇宙旅行が可能になり、今回初めて
調査旅行に出ていたのだが、残念ながら遭難してしまったという
わけだ。


 さて、地球から拾ってきたそのゴミのその後だが、子供たちは
母からだけでなく発達障害の子たちを集めた学校にも通い始めて、
キメラの文字を習い、パソコンを操作を習得していく。
 ただ、自分たちがその昔、このパソコンの一部に組み込まれて
大きな仕事をはたしたことなどは伏せられていた。

 ここへ連れて来られた時の様子などは母親から耳にすることが
あるかもしれないが、小型宇宙船で行った作業は自律的に課題を
処理して答えを出す為のOSが組み込まれる前に起こった出来事。
要するに物心がつく前の出来事なんだから、いかに高度な数式を
解析しようと、その時の記憶が彼らに残っているはずがないと、
ケンもメリーも、そして彼らを観察した学者たちも、大人たちは
誰もがそう考えていたのである。

 子供たちは学校に通い始めると、国語や算数といった一般教科
の他、自由に絵を描き、作曲を重ね、ダンスを習って市民として
必要な最小限の能力を習得していく。

 それは、基本的にはこの星の子供たちの日常と何ら変わらない
生活だったが、一つだけこの星の子どもたちと違うところがある
とすれば、それはそれぞれの子が得意分野を持っていたことかも
しれない。

 アランは天文地理のスペシャリストだし……キースはバランス
感覚が抜群で体操が得意。シューティングゲームの名手でもある。

 マルコは図形や絵画の記憶力が抜群で、一度見たものは何でも
写真のように記憶してしまう。
 一方、同じ記憶といってもトーマスは文字や数式の方。これら
のことに抜群の記憶力を持っていて『兄弟(姉妹)の図書館』と
呼ばれるほど博学だった。

 ヒロは普段からおとなしく、成長してもまるで赤ん坊のように
いつも誰かに甘えて生活していたが推理力や構成力に秀でた才能
があって、この先の展開を読むのが得意。彼の予想は、かなりの
確率で当たるため誰もが彼を無視できなかったのである。

 一方、女の子の方だが、こちらも個性豊かだ。

 まずセシル。彼女は作曲やピアノの演奏が得意で、彼女が弾く
ピアノは男の子たちの闘争心を鼓舞すると同時に喧嘩していた男
の子たちを即座に黙らせてしまうほどの鎮静剤効果も持っている。

 次はマリー。薬学、医学に造詣が深く、彼女の出す薬で効果の
ないものはないと言われるほど。また、彼女は相手の心のうちを
見透かす能力を持っていて、特に男の子などは彼女の前に来ると
心が丸裸になってしまうので恐れられていた。

 ジョー。可愛い顔で、同年代の男の子たちから見ても妹のよう
に見える。自身、特に高い能力はないが、彼女が膝の上に来ると
何故かその子の能力が3割もアップする。
 男の子たちにとっては実利も兼ねたスーパーアイドルだ。

 ローズ。ダンスや歌が上手で魅惑的。彼女のハレンチなショー
が始まると、それだけで男の子たちの心は騒がしくなる。男の子
たちが何を好むのか、その鋭い嗅覚で常々嗅ぎわけているのだが、
それだけではない。時に男の子たちをベッドに誘い入れては羽を
伸ばすことも。まさに幼児にして娼婦といった感じもするのだが、
それでいて操だけはちゃんと守っているのだから不思議な少女だ。

 最後にヘレン。感受性が豊かで、霊感も強い。兄弟姉妹は全て
同じ歳なのだが彼女だけがお姉さん格になっている。全ての子の
心のうちを把握していて他の兄弟たちからも信頼されているため
だろうか、彼女が下す決定には他の子たちも従うケースが多い。


 さて、この10人、日頃は兄弟みんな仲がよい。
 昼間はお庭でいつも一緒に遊んでいるし、オヤツの時は大きな
円形テーブルをみんなで囲み母親の膝の上でおしゃべりを楽しん
でいる。

 何とも仲のよい光景だが、実はこの10人、母の膝に抱かれ、
お互いが手を繋いだ瞬間、不思議なことが起こっていたのである。

 その瞬間だけは、彼らの脳裏にブラックホールを越えたあの日
の様子が鮮明に映し出されるのだ。
 無論、それがどのような意味を持つのかは幼児の彼らにはには
分からない。しかし、事実の映像だけはこの瞬間はっきり蘇える
のだった。

**********************

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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