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小暮男爵 ~第一章~ §13 / お父様の来校
小暮男爵 / 第一章
***<< §13 >>****/お父様の来校/***
昼食が終わり食器を下膳口に戻した私はさっそく遥お姉ちゃん
を見つけて声を掛けます。
この学校は一学年一クラス。しかもそのクラスの六年生は全部
で六人しかいません。栗山先生が私たちのテーブルへやって来た
時、先生のお話に姉の名前は出てきませんでしたが、気になった
ので私は姉のブラウスを引っ張ることにしたのでした。
「へへへへへ、お姉ちゃん」
「何よ、気色悪い。何か用?」
笑顔の私に姉は珍しく不機嫌でしたが、ま、無理もありません。
「ねえ、お仕置きされたの?」
「お仕置き?……別にされないわよ」
お姉ちゃん、平静を装いますが、すでに目は泳いでいました。
「だって、瑞穂お姉様はされたんでしょう。革のスリッパで」
「栗山先生がそっちへ行って話したのね。瑞穂のことでしょう。
……あの子『メリーポピンズの読書感想文を書くなら、やっぱり
空を飛ばなくちゃ』なんて、わけの分からないこと言いだして、
傘を差したまま二階から飛び降りたの」
「えっ!飛べたの?」
「バカ言ってんじゃないわよ。遊びよ、遊び。あの時間は自習
だったから、暇もてあましてた子たちがはしゃぎだして即興劇を
始めたの。そのうち、あの子、お調子者だからホントに二階の窓
から飛び降りちゃったの」
「で、大丈夫だった?」
「大丈夫よ。下に木屑の山があったから。それがクッションに
なったの。それがあるからやったのよ。でなきゃそんなことする
わけないじゃない。あの子だってまんざらバカじゃないみたいだ
から……」
お姉様がそう言い放った直後、瑞穂お姉様が私たちの脇をすり
抜けます。
「あら、まんざらバカじゃないって誰の事?」
瑞穂お姉様はそれだけ言って通り過ぎます。
すると、遥お姉様の声のトーンが下がりました。
「でも、よせばいいのにあの子ったら味をしめて三回も飛んだ
から梅津先生に見つかっちゃって……あれで学級委員なんだから
呆れるわ」
「お姉ちゃんは?」
「私?……私は、そんなバカじゃありません」
遥お姉ちゃま最初は怪訝な顔でしたが最後は語気が強まります。
「そうか、それでかあ……」
「何がよ?」
「運動場の肋木の前で栗山先生にお仕置きされることになった
んでしょう?」
「そうよ、梅津先生に告げ口されちゃったから……栗山先生、
大慌てで教室に戻ってきたわ。……でも罰を受けたのは即興劇を
やってた瑞穂と智恵子と明の三人だけ……だって、私は何も悪い
ことしてないもん」
「革のスリッパって痛いの?」
「でしょうね。私はやられたことがないから知らないわ。でも
中学ではよくやるお仕置きみたいよ。栗山先生、中学の予行演習
だっておっしゃってたから」
「怖~~い」
「怖い?本当に怖いのはこれからよ」
「どういうこと?」
「だって、これだけのことしたら、たいていどこの家でもただ
ではすまないじゃない」
「お仕置き?」
「でしょうね。それにお家では学校と違ってお尻叩く時手加減
なんてしてくれないでしょうし……お灸だってあるんだから……」
「お家の方が怖いの?」
「そりゃそうよ。あんたそんなことも感じたことないの?」
「……う、うん」
「呆れた」
遥お姉ちゃんは天を仰ぎます。そして……
「いいこと、お父様やお母様ってのは、学校の先生なんかより
私たちにとってはもっともっと近しい間柄なの。だからお仕置き
だって、そのぶん厳しいことになるのよ」
「そういうものなの?反対じゃないないの?」
「反対じゃないわ。そういうものよ。子どもにはわからないで
しょうけど……」
「何よ、自分だって子供のくせに……」
「あんたより一年長く生きてます」
遥お姉様はそこまで言って、私の顔を見つめます。
そして、その数秒後、お姉様は何かに気づいたみたいでした。
「あっ、そうか、あなた、まだお父様のお人形さんだもんね。
お父様からまだ一度も厳しいお仕置きなんて受けたことないんだ。
だからそんなことも分からないのよ。いいわねえ、お人形さんは
気楽で……」
あらためて確認したように、少しバカにされたように言われま
したから私も反論します。
「何よ!そんなことないわよ。私だって、お父様から今までに
何度もお尻叩かれた事あるのよ。先週だって廊下に素っ裸で立た
されてたら、あんた、私のことジロジロ見てたじゃないの」
私は勢いに任せて怒鳴ってしまい、同時に顔が真っ赤になりま
した。
そこは、学校内では誰もが行き来する階段の踊り場。私の声に
驚いた子どもたちが不思議そうにこちらを振り返ってから通り過
ぎます。
二人は声のトーンを下げざるをえませんでした。
「よく言うわ。そんなこと、あなたが子どもだからさせられた
んでしょう。いくらお父様だって、健治お兄様や楓お姉様にまで
そんな事なさらないわ。それに、私だってあなたがお尻を叩かれ
てるところを見たことあるけど……お父様を本当に怒らせたら、
あんなもんじゃすまないのよ」
「えっ?」
「本当のお仕置きってね、お尻がちぎれてどこかへ飛んでった
んじゃないのかって思うくらい痛いんだから。あなたのはねえ、
ぶたれたというより、ちょっときつめに撫でられたってところだ
わ」
「そんなことないわよ。だって、ものすご~~く痛かったもん」
私がむくれると……
「ま、いいわ。そのうち、わかることだから」
遥お姉様は不気味な暗示を私に投げかけます。
と、その瞬間です。遥お姉様の顔色がはっきり変わりました。
そして……
「遥ちゃん、君だって私から見ればまだ十分に子どもなんだよ」
私は声の方を慌てて振り返ります。
『えっ!!お父様』
心臓が止まりそうでした。
お父様が振り返った私のすぐ目の前にいます。手の届く範囲に
というか、振り返った時はすでに抱かれていました。
「よしよし」
お父様はいきなり私を抱きしめて良い子良い子します。
これって子供の側にも事情がありますから、抱かれさえすれば
いつだって嬉しいとは限りません。私にだって心の準備というの
が必要な時も……ですから、その瞬間だけはお父様から離れよう
として、両手で力いっぱい大きな胸を突いたのですが。
「おいおい、もうおしまいかい。もう少し、抱かせておくれよ。
でないと、お父さんだってせっかく学校まで来たのに寂しいじゃ
ないか」
お父様にこう言われてしまうと我家の娘は誰も逆らえません。
そこで撥ね付けようとした両手の力がたちまち抜けてしまいます。
「ごめんなさい」
小さな声にお父様は再び私を抱きしめます。
「元気そうで何よりだ。とにかくほっとしたよ。図画の時間に
いなくなったって聞いたからね。大急ぎで駆けつけてきたんだ。
ここには大勢の先生方がいるから間違いなんて起きないと思って
はいたんだが、やっぱり心配でね。やってきたんだ。……ん?、
そんな心配性のお父さんは嫌いかい?」
お父様は私をさらに強く抱きしめてこう言います。
「本当に、ごめんなさい」
私はお父様の胸の中で精一杯頭を振って甘えたような声を出し
ます。その時は頭も胸も強く圧迫されてますから頭もろくに動き
ません。ですから、お父様にだけ聞こえるような小さな声しか出
ませんでした。
「いや、元気なら何よりだ。どこも怪我はしてないんだろう?」
「はい」
「なら、それでいいんだ」
お父様はそこまで言ってようやく私を開放してくれます。
「あそこは尖った大きな岩がごろごろしてるし、マムシだって
スズメバチだっているみたいだから本当は怖いところなんだよ」
「はい、ごめんなさい」
私はお父様の目をちゃんと見ることができなくて、再び俯いて
しまいます。
すると、お父様の顔が私の頬に寄ってきて小さな声で囁きます。
「ところで、お仕置きはちゃんと受けたのかい?」
「……はい」
私の声は風のよう。お父様の声よりさらに小さくなりました。
「そう、それはよかった。だったら、お父さんがもう何も心配
することはないね。いつも通りの美咲ちゃんだ」
再び、頭をなでなで……
それってちょっぴり恥ずかしい瞬間。でも、お父様にされるの
なら、ちょっぴり嬉しいことでもありました。
「午後の最初の授業は何なの?」
「体育」
「そう、それじゃあダンスだね。今日はどんなダンスを習うの?
バレイ、現代舞踏、ジャズダンス、フォークダンスかな」
お父様にとって体育というのはダンスのことだったみたいです。
でも、これって無理もありませんでした。
実際、私たちの学校で行われていた体育の大半はダンスの授業
でしたから。
ただ、五年生になって、体育の先生が女性から男性に代わった
せいもあってその授業内容にも変化の兆しが……
「今日は違うよ。今日はね、ドッヂボールの試合をやることに
なってるの」
私の思いがけない答えにお父様は目を丸くしてのけぞります。
大仰に驚いてみせます。
「ドッヂボール?そりゃまた過激だね。美咲ちゃん、できるの
かい?」
ドッヂボールは当時全国どこの小学校でも行われている定番の
ボールゲームでしたが、娘大事のお父様にとっては過激なボール
ゲームというイメージだったみたいです。
普段ボール遊びなんてしたことのないこの子たちが、はたして
ボールをちゃんとキャッチ出来るだろうか?
そんな疑問がわいたみたいでした。
「大丈夫だよ、ルールもちゃんと覚えたし先週もその前の週も
ちゃんとボールを取る練習したから」
私は自信満々に答えます。
ただ私たちがこうした試合を行う場合、問題はそういう事だけ
ではありませんでした。
そのことについは、また先にお話するとして、お父様は私の事
が解決したと判断されたのでしょう、関心が別に移っていました。
「あっ、遥、ちょっと待ちなさい。君にお話があるんだ」
お父様はいつの間にか、そうっとお父様のそばを離れてどこか
へ行ってしまいそうになっている遥お姉様を呼び止めます。
5mほど先で振り返ったお姉様、その顔はどうやら逃げ遅れた
という風にも見えます。
慌てたように遥お姉様の処へ小走りになったお父様は、途中、
私の方を振り返って……
「ドッヂボール頑張るんだよ。あとで見に行くからね」
と大きな声をかけてくださいます。
お父様は捕まえた遥お姉様と何やらそこでひそひそ話。
やがて、二人は連れ立って私から遠ざかっていきます。
でも、それって、私にとってはとっても寂しいことでした。
『何、話してたんだろう?……どこへ行ったんだろう?……私
には話したくないことかなあ?』
疑問がわきます。
そこで、そうっと、そうっと、二人に気取られないようにして
着いて行くことにしました。
すると……
『えっ!?』
二人は半地下への階段を下りて行きます。
『嘘でしょう!ここなの!?』
私は二人の行き先を確かめようとして、暗い階段の入口までは
やってきましたが、さすがにその先、階段を下りるのはためらい
ます。
だってその先にあるのは六家のお父様がサロンとしてお使いに
なっているプライベート広間。私たちも、お茶、お琴、日舞など
習い事にはよく利用しますが、それはあくまで放課後の時間帯。
こんなお昼休みにそこへ行く用があるとしたら……。
『お仕置き?』
実はこの半地下にはもう一つの顔があって、私たち生徒が学校
の先生からではなくお父様やお母様、家庭教師といった父兄から
お仕置きを受けるための場所でもあったのです。
こんな場所、他の学校では考えられないでしょうが、私たちの
学校にはこんな不思議な施設がありました。
というのは……
この学校は元々華族様たち専用の学校だったものをお父様たち
有志六名が買い取る形で運営されてきましたから学校の教育方針
にも当初からお父様たちが強い影響力を持っています。
子供たちへのスキンシップやお仕置きを多用しようと提案され
たのも、実は学校の先生方ではなくお父様たちの強い意向だった
のです。
そして、それは学校を運営していくなかで、さらに徹底されて
いきます。
ある日の会議で先生方が『学校としてはそこまではできません』
とおっしゃる厳しいお仕置きまでもお父様たちは望まれたのです。
それも罪を犯してからお仕置きまで余り間をおきたくないという
お考えのようで、あくまで学校でのお仕置きを…と望んでおいで
でした。
幼い子どもたちは自分の過ちをすぐに忘れてしまいますから、
家に帰るまで待っていたらお仕置きの効果が薄れてしまうと主張
されたみたいです。
議論は平行線でしたが……
そこで、お父様たちは一計を案じます。この学校の中に御自分
たちのプライベートスペースを設けたのです。
学校教育の中でできないなら、家庭内の折檻として行えばよい
とお考えになったみたいでした。
それがこの階段を下りた処にある七つの部屋だったのです。
そこは『学校の中にある我が家のお仕置き部屋』という不思議
な空間。子供たちにしてみたら、そりゃあたまったものじゃあり
ません。
お姉様がお父様によって連れ込まれたのはそんな場所だったの
です。
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***<< §13 >>****/お父様の来校/***
昼食が終わり食器を下膳口に戻した私はさっそく遥お姉ちゃん
を見つけて声を掛けます。
この学校は一学年一クラス。しかもそのクラスの六年生は全部
で六人しかいません。栗山先生が私たちのテーブルへやって来た
時、先生のお話に姉の名前は出てきませんでしたが、気になった
ので私は姉のブラウスを引っ張ることにしたのでした。
「へへへへへ、お姉ちゃん」
「何よ、気色悪い。何か用?」
笑顔の私に姉は珍しく不機嫌でしたが、ま、無理もありません。
「ねえ、お仕置きされたの?」
「お仕置き?……別にされないわよ」
お姉ちゃん、平静を装いますが、すでに目は泳いでいました。
「だって、瑞穂お姉様はされたんでしょう。革のスリッパで」
「栗山先生がそっちへ行って話したのね。瑞穂のことでしょう。
……あの子『メリーポピンズの読書感想文を書くなら、やっぱり
空を飛ばなくちゃ』なんて、わけの分からないこと言いだして、
傘を差したまま二階から飛び降りたの」
「えっ!飛べたの?」
「バカ言ってんじゃないわよ。遊びよ、遊び。あの時間は自習
だったから、暇もてあましてた子たちがはしゃぎだして即興劇を
始めたの。そのうち、あの子、お調子者だからホントに二階の窓
から飛び降りちゃったの」
「で、大丈夫だった?」
「大丈夫よ。下に木屑の山があったから。それがクッションに
なったの。それがあるからやったのよ。でなきゃそんなことする
わけないじゃない。あの子だってまんざらバカじゃないみたいだ
から……」
お姉様がそう言い放った直後、瑞穂お姉様が私たちの脇をすり
抜けます。
「あら、まんざらバカじゃないって誰の事?」
瑞穂お姉様はそれだけ言って通り過ぎます。
すると、遥お姉様の声のトーンが下がりました。
「でも、よせばいいのにあの子ったら味をしめて三回も飛んだ
から梅津先生に見つかっちゃって……あれで学級委員なんだから
呆れるわ」
「お姉ちゃんは?」
「私?……私は、そんなバカじゃありません」
遥お姉ちゃま最初は怪訝な顔でしたが最後は語気が強まります。
「そうか、それでかあ……」
「何がよ?」
「運動場の肋木の前で栗山先生にお仕置きされることになった
んでしょう?」
「そうよ、梅津先生に告げ口されちゃったから……栗山先生、
大慌てで教室に戻ってきたわ。……でも罰を受けたのは即興劇を
やってた瑞穂と智恵子と明の三人だけ……だって、私は何も悪い
ことしてないもん」
「革のスリッパって痛いの?」
「でしょうね。私はやられたことがないから知らないわ。でも
中学ではよくやるお仕置きみたいよ。栗山先生、中学の予行演習
だっておっしゃってたから」
「怖~~い」
「怖い?本当に怖いのはこれからよ」
「どういうこと?」
「だって、これだけのことしたら、たいていどこの家でもただ
ではすまないじゃない」
「お仕置き?」
「でしょうね。それにお家では学校と違ってお尻叩く時手加減
なんてしてくれないでしょうし……お灸だってあるんだから……」
「お家の方が怖いの?」
「そりゃそうよ。あんたそんなことも感じたことないの?」
「……う、うん」
「呆れた」
遥お姉ちゃんは天を仰ぎます。そして……
「いいこと、お父様やお母様ってのは、学校の先生なんかより
私たちにとってはもっともっと近しい間柄なの。だからお仕置き
だって、そのぶん厳しいことになるのよ」
「そういうものなの?反対じゃないないの?」
「反対じゃないわ。そういうものよ。子どもにはわからないで
しょうけど……」
「何よ、自分だって子供のくせに……」
「あんたより一年長く生きてます」
遥お姉様はそこまで言って、私の顔を見つめます。
そして、その数秒後、お姉様は何かに気づいたみたいでした。
「あっ、そうか、あなた、まだお父様のお人形さんだもんね。
お父様からまだ一度も厳しいお仕置きなんて受けたことないんだ。
だからそんなことも分からないのよ。いいわねえ、お人形さんは
気楽で……」
あらためて確認したように、少しバカにされたように言われま
したから私も反論します。
「何よ!そんなことないわよ。私だって、お父様から今までに
何度もお尻叩かれた事あるのよ。先週だって廊下に素っ裸で立た
されてたら、あんた、私のことジロジロ見てたじゃないの」
私は勢いに任せて怒鳴ってしまい、同時に顔が真っ赤になりま
した。
そこは、学校内では誰もが行き来する階段の踊り場。私の声に
驚いた子どもたちが不思議そうにこちらを振り返ってから通り過
ぎます。
二人は声のトーンを下げざるをえませんでした。
「よく言うわ。そんなこと、あなたが子どもだからさせられた
んでしょう。いくらお父様だって、健治お兄様や楓お姉様にまで
そんな事なさらないわ。それに、私だってあなたがお尻を叩かれ
てるところを見たことあるけど……お父様を本当に怒らせたら、
あんなもんじゃすまないのよ」
「えっ?」
「本当のお仕置きってね、お尻がちぎれてどこかへ飛んでった
んじゃないのかって思うくらい痛いんだから。あなたのはねえ、
ぶたれたというより、ちょっときつめに撫でられたってところだ
わ」
「そんなことないわよ。だって、ものすご~~く痛かったもん」
私がむくれると……
「ま、いいわ。そのうち、わかることだから」
遥お姉様は不気味な暗示を私に投げかけます。
と、その瞬間です。遥お姉様の顔色がはっきり変わりました。
そして……
「遥ちゃん、君だって私から見ればまだ十分に子どもなんだよ」
私は声の方を慌てて振り返ります。
『えっ!!お父様』
心臓が止まりそうでした。
お父様が振り返った私のすぐ目の前にいます。手の届く範囲に
というか、振り返った時はすでに抱かれていました。
「よしよし」
お父様はいきなり私を抱きしめて良い子良い子します。
これって子供の側にも事情がありますから、抱かれさえすれば
いつだって嬉しいとは限りません。私にだって心の準備というの
が必要な時も……ですから、その瞬間だけはお父様から離れよう
として、両手で力いっぱい大きな胸を突いたのですが。
「おいおい、もうおしまいかい。もう少し、抱かせておくれよ。
でないと、お父さんだってせっかく学校まで来たのに寂しいじゃ
ないか」
お父様にこう言われてしまうと我家の娘は誰も逆らえません。
そこで撥ね付けようとした両手の力がたちまち抜けてしまいます。
「ごめんなさい」
小さな声にお父様は再び私を抱きしめます。
「元気そうで何よりだ。とにかくほっとしたよ。図画の時間に
いなくなったって聞いたからね。大急ぎで駆けつけてきたんだ。
ここには大勢の先生方がいるから間違いなんて起きないと思って
はいたんだが、やっぱり心配でね。やってきたんだ。……ん?、
そんな心配性のお父さんは嫌いかい?」
お父様は私をさらに強く抱きしめてこう言います。
「本当に、ごめんなさい」
私はお父様の胸の中で精一杯頭を振って甘えたような声を出し
ます。その時は頭も胸も強く圧迫されてますから頭もろくに動き
ません。ですから、お父様にだけ聞こえるような小さな声しか出
ませんでした。
「いや、元気なら何よりだ。どこも怪我はしてないんだろう?」
「はい」
「なら、それでいいんだ」
お父様はそこまで言ってようやく私を開放してくれます。
「あそこは尖った大きな岩がごろごろしてるし、マムシだって
スズメバチだっているみたいだから本当は怖いところなんだよ」
「はい、ごめんなさい」
私はお父様の目をちゃんと見ることができなくて、再び俯いて
しまいます。
すると、お父様の顔が私の頬に寄ってきて小さな声で囁きます。
「ところで、お仕置きはちゃんと受けたのかい?」
「……はい」
私の声は風のよう。お父様の声よりさらに小さくなりました。
「そう、それはよかった。だったら、お父さんがもう何も心配
することはないね。いつも通りの美咲ちゃんだ」
再び、頭をなでなで……
それってちょっぴり恥ずかしい瞬間。でも、お父様にされるの
なら、ちょっぴり嬉しいことでもありました。
「午後の最初の授業は何なの?」
「体育」
「そう、それじゃあダンスだね。今日はどんなダンスを習うの?
バレイ、現代舞踏、ジャズダンス、フォークダンスかな」
お父様にとって体育というのはダンスのことだったみたいです。
でも、これって無理もありませんでした。
実際、私たちの学校で行われていた体育の大半はダンスの授業
でしたから。
ただ、五年生になって、体育の先生が女性から男性に代わった
せいもあってその授業内容にも変化の兆しが……
「今日は違うよ。今日はね、ドッヂボールの試合をやることに
なってるの」
私の思いがけない答えにお父様は目を丸くしてのけぞります。
大仰に驚いてみせます。
「ドッヂボール?そりゃまた過激だね。美咲ちゃん、できるの
かい?」
ドッヂボールは当時全国どこの小学校でも行われている定番の
ボールゲームでしたが、娘大事のお父様にとっては過激なボール
ゲームというイメージだったみたいです。
普段ボール遊びなんてしたことのないこの子たちが、はたして
ボールをちゃんとキャッチ出来るだろうか?
そんな疑問がわいたみたいでした。
「大丈夫だよ、ルールもちゃんと覚えたし先週もその前の週も
ちゃんとボールを取る練習したから」
私は自信満々に答えます。
ただ私たちがこうした試合を行う場合、問題はそういう事だけ
ではありませんでした。
そのことについは、また先にお話するとして、お父様は私の事
が解決したと判断されたのでしょう、関心が別に移っていました。
「あっ、遥、ちょっと待ちなさい。君にお話があるんだ」
お父様はいつの間にか、そうっとお父様のそばを離れてどこか
へ行ってしまいそうになっている遥お姉様を呼び止めます。
5mほど先で振り返ったお姉様、その顔はどうやら逃げ遅れた
という風にも見えます。
慌てたように遥お姉様の処へ小走りになったお父様は、途中、
私の方を振り返って……
「ドッヂボール頑張るんだよ。あとで見に行くからね」
と大きな声をかけてくださいます。
お父様は捕まえた遥お姉様と何やらそこでひそひそ話。
やがて、二人は連れ立って私から遠ざかっていきます。
でも、それって、私にとってはとっても寂しいことでした。
『何、話してたんだろう?……どこへ行ったんだろう?……私
には話したくないことかなあ?』
疑問がわきます。
そこで、そうっと、そうっと、二人に気取られないようにして
着いて行くことにしました。
すると……
『えっ!?』
二人は半地下への階段を下りて行きます。
『嘘でしょう!ここなの!?』
私は二人の行き先を確かめようとして、暗い階段の入口までは
やってきましたが、さすがにその先、階段を下りるのはためらい
ます。
だってその先にあるのは六家のお父様がサロンとしてお使いに
なっているプライベート広間。私たちも、お茶、お琴、日舞など
習い事にはよく利用しますが、それはあくまで放課後の時間帯。
こんなお昼休みにそこへ行く用があるとしたら……。
『お仕置き?』
実はこの半地下にはもう一つの顔があって、私たち生徒が学校
の先生からではなくお父様やお母様、家庭教師といった父兄から
お仕置きを受けるための場所でもあったのです。
こんな場所、他の学校では考えられないでしょうが、私たちの
学校にはこんな不思議な施設がありました。
というのは……
この学校は元々華族様たち専用の学校だったものをお父様たち
有志六名が買い取る形で運営されてきましたから学校の教育方針
にも当初からお父様たちが強い影響力を持っています。
子供たちへのスキンシップやお仕置きを多用しようと提案され
たのも、実は学校の先生方ではなくお父様たちの強い意向だった
のです。
そして、それは学校を運営していくなかで、さらに徹底されて
いきます。
ある日の会議で先生方が『学校としてはそこまではできません』
とおっしゃる厳しいお仕置きまでもお父様たちは望まれたのです。
それも罪を犯してからお仕置きまで余り間をおきたくないという
お考えのようで、あくまで学校でのお仕置きを…と望んでおいで
でした。
幼い子どもたちは自分の過ちをすぐに忘れてしまいますから、
家に帰るまで待っていたらお仕置きの効果が薄れてしまうと主張
されたみたいです。
議論は平行線でしたが……
そこで、お父様たちは一計を案じます。この学校の中に御自分
たちのプライベートスペースを設けたのです。
学校教育の中でできないなら、家庭内の折檻として行えばよい
とお考えになったみたいでした。
それがこの階段を下りた処にある七つの部屋だったのです。
そこは『学校の中にある我が家のお仕置き部屋』という不思議
な空間。子供たちにしてみたら、そりゃあたまったものじゃあり
ません。
お姉様がお父様によって連れ込まれたのはそんな場所だったの
です。
************<13>***********
小暮男爵 ~第一章~ §11 / 二人のお仕置き①
小暮男爵/第一章
<<目次>>
§1 旅立ち * §11 二人のお仕置き②
§2 お仕置き誓約書 * §12 ランチタイムの話題
§3 赤ちゃん卒業? * §13 お父様の来校
§4 勉強椅子 * §14 お仕置き部屋への侵入
§5 朝のお浣腸 * §15 お股へのお灸
§6 朝の出来事 * §16 瑞穂お姉様のお仕置き
§7 登校 * §17 明君のお仕置き
§8 桃源郷にて * §18 天使たちのドッヂボール
§9 桃源郷からの帰還 * §19 社子春たちのお仕置き
§10 二人のお仕置き① * §20 六年生へのお仕置き
***<< §10 >>**/二人のお仕置き①/***
小宮先生と高梨先生がそれぞれに教え子の着替えをすませると、
私と広志君を隔てていた幕が取り去られます。
私は予備の服で対応できましたが、男の子用の制服にちょうど
サイズの合う服がなかったのでしょう。広志君の方は体操服です。
濃紺の襟なし上着に白シャツ姿もいいけれど、男の子は体操服
を着ると何だか凛々しく感じられて素敵です。
ところが、ヒロ君、私と目を合わせるなりはにかみます。
自分だけ別の衣装に変わってしまったのが恥ずかしかったので
しょうか。それとも、同じ境遇の相手を見て鏡を見ているようで
嫌だったのでしょうか、下を向いてしまいました。
二人はお互い同じ身の上。これから先生にお尻を叩かれようと
している悲しい定めの少年少女です。そんな同じ境遇の子が再び
視線を合せた時、今度は、なぜか二人して笑ってしまいました。
こんな時って、どこかおかしな心理状態です。
そんな短いお見合い時間が終わると、四時間目の開始を告げる
チャイムがこの中庭にも響き、花壇の手入れに来ていた下級生達
も駆け足でそれぞれの教室へ帰って行きます。
中には上級生たちの人垣の前でジャンプしてから帰る子も……
でも……
「なあ~~んだ」
と言うだけ。
きっと、私たちが裸でいるのを想像していたのかもしれません。
ここはそれほど頻繁に子供を裸にしてしまうのです。
チャイムが鳴り終えると、それを待っていたように小宮先生が
手を叩きました。
「さあ、みなさん。このお二人さんのお着替えも無事にすみま
したから、今度は、内側を向いてくださいね」
すると、大きな輪を作ってくれたいた子供たちが一斉にこちら
を向き直ります。
沢山の目が一斉にこちらを見ますから、それって、ちょっぴり
恐怖です。
『あ~あ、いよいよかあ~~~やっぱり嫌だなあ~~』
そんな愚痴を心でつぶやきながらも覚悟を決めます。
でも、その前にちょっとした事件がありました。
「芹菜(せりな)ちゃんと明君、こちらへいらっしゃい」
小宮先生は凛とした声で今まで人垣を作っていてくれた二人を
指名します。
実はこの二人、私たちがお着替えの最中も担任の先生から時々
注意を受けていました。
やがて、恐る恐る輪の中から出てきた二人が、三人の先生方の
目の前までやってくると……
四年生を担任している前田先生が、いきなり……
「あ~いや~~ごめんなさい」
オカッパ頭の芹菜ちゃんが叫びます。
芹菜ちゃんは4年生。前田先生が背中からお腹へと左腕を回し
始めた瞬間、何をされるかが分かったようでした。
前田先生は芹菜ちゃんの身体を立たせたままで前屈させると、
右手でその白いパンツを叩き始めます。
当時私たちが着ていた制服のスカート丈はとても短くて、ある
程度前屈するれば、すぐにパンツが丸見えるようになっています。
お尻叩きが当たり前のこの学校で先生が子供たちへのお仕置き
をしやすいようにそんなデザインを望んだのでしょう。私たちは
そう考えていました。
いずれにしても、前田先生、芹菜ちゃんのスカートを捲る必要
がありません。
「(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)」
続けざまに六回。前田先生は息つく暇なく芹菜ちゃんを叩いて
こう叱るのです。
「先生、お着替えの最中は決して振り返っちゃだめですよって
注意したわよね。覚えてる?」
「はい」
「だったら、どうして、あなたは私の言うことがきけないの。
チラチラと後ろを振り返ったりして……女の子がいやらしいこと
しないの。覗き見なんてみっともないわよ」
「ごめんなさい」
「誰だってお友だちにも見られたくないものはあるの。あなた
だって裸で廊下に立たされたくはないでしょう。やってみたい?」
「いやです。そんなのいやです。ごめんなさい。もうしません
から」
芹菜ちゃんの顔は真っ青、唇が震えています。
裸で廊下に立たされるなんて、さすがにこの程度のことでは、
それはないでしょうが、私も実際にそうした子を見たことがあり
ますから、芹菜ちゃんだって必死にならざるを得ません。
そして、前田先生もそうした芹菜ちゃんの必死さを見て……
「いいでしょう、今度から気をつけるんですよ」
と許してくれたのでした。
もう一人います。六年生の明君です。
こちらも時間的には芹菜ちゃんと同じです。
「あっ、いや、だめ~~」
栗山先生の左腕が明君に背中に捲きついた瞬間、まだぶたれて
もいないのにボーイソプラノの悲鳴が上がります。
要するに、私はステレオで二人の悲鳴を聞いていたのでした。
要領は芹菜ちゃんと同じ。
「(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)」
という小気味の良い破裂音が半ズボンの上から上がります。
女の子がパンツの上からなのに対し、男の子はズボンの上から。
ちょっと不公平な気もしますが、栗山先生はその分強く叩きます。
ですから……
「いやあ~~~ごめんなさい、もうしません、もうしません」
明君だってたちまち担任の栗山先生に謝ります。
私たちの学校では体罰を否定しませんから、お尻叩きも毎日の
ように行われます。このためお尻叩きだって大事な先生のお仕事
なんです。
ですから先生も慣れたもので、生徒のお尻を叩こうと思いたつ
と……罪の軽重、情状酌量の余地、年齢、男女の別、健康状態、
以前にどんな罰を受けたかなどありとあらゆる情報を一瞬にして
精査し、その子にとって最も効果的な方法と威力でお尻を叩くの
です。……これって、もう立派な職人芸でした。
「女の子の着替えを覗こうだなんて……男の子が最もやっては
いけない行為だわ。あなたのやったことはとっても恥ずかしい事
なのよ」
「はい、ごめんなさい。もうしません」
明君、たちまちべそをかいて謝ります。
実は明君、栗山先生よりすでに身長が高いのですが気は小さく
て、栗山先生がちょっと恐い顔をしただけで、いまだにおどおど
たじたじになるのでした。
「さあ、ではこちらも始めましょうか。もうすでに4時間目が
始まってますからね、テキパキとすませるわよ」
小宮先生の声に、私も広志君もあらためて緊張が走ります。
「さあ、どちらからにする?どちらでもいいわよ」
小宮先生はあらかじめそこにあった木製の椅子。私たちが普段
教室で座っているのと同じものに腰を下ろして私たち二人を見つ
めます。
こんな時って、『では、私(僕)が先に……』なんて申し出る
勇気がありません。
もじもじしていると……。
「それじゃあ、美咲ちゃんいらっしゃい」
最初に指名されたのは私でした。もちろん、行かないわけには
いきません。
「お作法はいつも通りよ。タオルを敷いてあげたから、ここで
膝まづきなさい」
小宮先生の指示で、私は先生の目の前に膝まづかされます。
両手を胸の前で組んで大きく深呼吸。
「私は悪い子でした。どうかお仕置きでいい子にしてください」
もちろん本心じゃありませんけど、辛い言葉です。でも勇気を
振り絞ってそれは言わなければなりませんでした。
「あなたも五年生ですから、これまでに何度も聞いて耳にたこ
ができてると思いますけど、我校のお仕置きは先生から無理やり
やらされるのではなく、自分の至らない処を治していただく為に
先生方にお願いしてやっていただくものなんです。……それは、
わかってますよね?」
「はい、先生。お願いします」
「よろしい、それでこそ、うちの生徒です」
小宮先生は私を褒め、それから、あたりを見回して周囲を取り
囲む子供たちに向かってもこうおっしゃるのでした。
「それから、みなさんにも注意があります。最近、みなさんの
中に、お友だちのお仕置きを見学しているさなか笑う人がいます
けど、あれはとってもいけないことです。お仕置きは恥ずかしい
ことを強制されているのではありません。自分を高める為に行う
神聖な試練の場なんです。ですからこれは見学するあなたたちに
とっても大切なお勉強の場なんです。真剣な気持で臨まなければ
なりません。そんなお勉強の場でお友だちを笑うなんて失礼です。
先生はそうした子を許しません。見つけしだい、その子にもこの
二人と同じお仕置きを受けてもらいます。いいですね」
小宮先生の凛とした声があたりに響きます。
「はい、わかりました」
複数の生徒の声がします。
この時、子どもたちの全員が声を上げたわけではありません。
でも『笑うとお仕置き』という情報だけは、しっかりとみんなに
伝わったみたいでした。
「さあ、美咲ちゃん、ここへいらっしゃい」
小宮先生が椅子に腰掛けたままでご自分の膝を叩きます。
すると、ここで思いがけないことが起きました。
高梨先生が口を挟んだのです。
「あのう先生、大変申し上げにくいのですが、もう、よろしい
んじゃないでしょうか?」
「えっ?」
突然の申し出に小宮先生も鳩が豆鉄砲を食ったような顔になり
ます。きっと高梨先生が発言されるとは思ってもみなかったので
しょう。
振り返った小宮先生に高梨先生が……
「いえ、二人を許してもらえないでしょうか。今回の件は私が
大騒ぎしなければ、こんなことにはならなかったと思うんです。
ですから、私にも罪はありますから……」
と、申し入れてくれたのでした。
高梨先生はいわば臨時の先生。普段なら学校行事のような事に
口を挟むようなことはなさいませんが、それがこの件に関しては
異を唱えられたのでした。
小宮先生はしばし考えておられましたが、笑顔になります。
「大丈夫ですよ。先生のお気遣いには感謝しますが、この件で
先生に罪はありませんもの。これはあくまで持ち場を勝手に離れ
たこの子たちの問題ですから……それは別物です」
小宮先生が決断して、お仕置きを免れるというかすかな望みが
砕け散ります。でも、小宮先生自身は高梨先生のそうした声かけ
を不快と感じられたわけではありませんでした。
いよいよ、私が先生の膝にうつ伏せになります。
両足のつま先が僅かに地面を掃く程度。私の身体はほぼ水平に
なって先生の膝の上に乗っかっります。
「………………」
プリーツスカートの裾が捲られ、白いパンツがお友だちの前に
晒されます。女子の場合、大半がこうでした。
恥ずかしい姿。でも、もうここまでくると私も度胸が定まって
いました。
『とにかく、早く終わらせなくちゃ』
と、そればかり考えて私は小宮先生のお膝に乗っていたのです。
「さてと……あなた、どうして破れた金網からお外に出たの?
あそこは生徒が立ち入ってはいけない場所だって知ってるわよね。
先生、何度も注意したものね」
「はい」
私はその瞬間、顔をしかめます。
「ピシッ」
という音と共にその時、最初の平手がお尻に届いたからでした。
「ふう」
小さくため息がこぼれます。最初はそんなに痛くありません。
もちろんまったく痛くないわけじゃありませんが、その程度なら
子供でも悲鳴は上げずに耐えられます。
「さて、それがどうして金網を越えてお外へ出ちゃったのかな?」
「それは…………広志君を止めようと思って……」
「本当に?」
小宮先生は思わず先生の方を振り返った私の顔を疑わしそうな
目で覗き込みます。
「本当です」
思わず声が大きくなりました。
「そう、それじゃあなぜ、すぐに戻ってこなかったの?広志君
に注意したら、すぐに戻れるでしょう?」
「それは……」
私は答えに窮します。だって、それって私自身にも分からない
ことでしたから。
確かに、先生の言う通りなんですが、あの時、突然、広志君に
抱きつかれて……斜面を滑って……危ないところで止まって……
二人で笑って……あとは、何となくああなってしまった、としか
言いようがありませんでした。
「楽しかったんでしょう?」
「えっ!」
核心を突く質問。思わず……
「そ、そんなことは……」
と言ってしまいましたが……
「痛い!」
次の『ピシッ』がやってきました。
「嘘はいけないわ。それじゃあ、広志君がここにいなきゃだめ
だって強制したの?脅かされて着いて行ったの?」
「あっ、いや、だめ」
続けざまに次の『ピシッ』がやってきます。
「ダメじゃないでしょう。ちゃんと聞きなさい」
「ピシッ」
「あっ、いや」
「イヤじゃないの。……広志君が帰れって言ったのに、あなた、
着いて行ったそうじゃないの。……それって、その方が楽しいと
思ったからでしょう」
「それは……」
小さな声で迷っていると……
「ピシッ」
「あっ、痛い」
また痛いのがやってきます。
「どうなの、違うの!」
「あっ、いや~~」
続けざまに『ピシッ』です。
「ごめんなさい」
私はとにかく痛いのから逃れたくて本能的に謝ってしまいます。
「要するに、ミイラ取りがミイラになったということだわね。
ということは、ミーミはヒロ君が好きなのかな?」
「えっ、……違います。そんなことじゃなくて……」
私は思わず大声、顔も自分で火照っているのが分かるくらいに
真っ赤でした。
「いいのよ、それは、それで……自然なことだもの。誰だって
好きな子と一緒にいたいものね」
先生の右手がお尻ではなく頭の上に乗っかります。お仕置きの
小休止。私は先生の右手が自分の頭を静かに撫でているのを感じ
ていましたが……でも、結果が変わることはありませんでした。
「事情はわかったけど、規則は規則よ。あなただけを特別扱い
はできないの。罰は罰でちゃんと受けないとね」
私は先生の言葉を否定しようとして、先生の方を振り返ったの
ですが、その瞬間、両脇を抱えられて体をごぼう抜きにされます。
今度お尻が着地したのは先生の膝の上。
先生は私とにらめっこする形で私を膝の上に抱っこさせたので
した。
「痛かった?……そりゃそうよね。お尻ぶたれたんだもんね」
先生はその姿勢で頬擦りをして私の頬に流れ落ちる涙を拭き取
ります。
「わかりました。それじゃあ、あと五回で終わりにしましょう」
先生は残りの回数を区切ります。
でも、私たちのお仕置き、ここからが大変でした。
「恐い?……でも、これを乗り越えなくちゃ、あなたお友だち
の教室へ戻れないの。お仕置きを受けて綺麗な身体にならないと
何も始まらないのよ。……そのルールは知ってるでしょう」
「はい、先生」
小さな声で返事を返して頷きます。笑顔はありません。でも、
これがその時の精一杯だったのです。
「…………よし、それじゃあ、がんばりましょうね」
先生は、私の気持が少し落ち着いたのを間近に見て確かめると、
やおらポケットからタオル地のハンカチを取り出します。
「最後の五回はとっても痛いから、用心のためにこれを噛んで
おいてね。……あ~~んして」
先生はそう言って取り出したハンカチを私の口の中へ。
これも女の子へのお尻叩きではお定まりの儀式でした。
私は再び小宮先生のお膝の上に戻されるとスカートを捲くられ
今度はショーツまでも太股へ引き下ろされます。
スーっと外の風がお尻をなでると友だちの視線が気になります。
勿論これって恥ずかしいことなんですけど問題はこれだけでは
ありませんでした。
「えっ!」
私の目の前に突如、家庭教師の河合先生が……
先生は誰に頼まれた訳でもないのに私の両手首を握りしめます。
私、まるで手錠を掛けられた犯人みたいでした。
私は恐怖心から慌てて振りほどこうとしましたが大人と子供の
力の差はどうしようもありません。
「観念なさい。この方があなたの為よ」
河合先生は笑っています。
いえ、もう一つあります。
「えっ、何なの?」
そうやって手の方に気を取られているうちに今度は両足も誰か
に押さえられていました。
そして私の腰を押さえている小宮先生の左手にもこのまで以上
の力が入っていることがわかります。
本当にがんじがらめです。
『か弱い11歳の少女を大人三人で押さえたりして、こんなの
いや~~~~~』
私はこの場で叫びたい衝動を必死に押さえますが、100Mを
走った時のような鼓動は収まりません。緊張はもうMAXだった
のです。
そんな大人たちによって締め上げるだけ締め上げられた身体に
最初の一撃が下ります。
「ビッシ~~~」
前にも言いましたが、ここでお尻叩きなんて珍しくありません。
毎日誰かがぶたれてます。でも、その毎日、私だけがぶたれてる
訳ではありません。あくまで誰かがぶたれているというだけです。
ですから、しばらくお尻を叩かれていなかった私はその凄さを
あらためて実感します。
「ひぃ~~~~」
その一撃で目の玉が飛び出します。電気が尾てい骨から背骨を
駆け抜けて、最後は脳天から抜けて行きます。
もちろん先生の右手は平手。鞭なんて持ってはいません。
でも、大人がちょっとスナップを利かせれば、子供にとっては
強烈な思い出になります。
手足がバラバラになるほどの衝撃でした。
「あらあら、久しぶりだったので、ちょっと痛かったみたいね」
涙ぐむ私に小宮先生は優しく声をかけてくれました。
そして、こう続けるのです。
「ハンカチ、役に立ったでしょう。稀にだけど舌を噛んじゃう
子がいるの。用心にこしたことないわ」
たしかにハンカチは役に立ちました。そして河合先生やヒロ君
のお母さんのいましめも、私が醜態を晒さないために役立ったの
でした。
私はその瞬間、痛さに耐えかねて小宮先生のお膝を離れようと
したのです。
でも、もし小宮先生のお膝を立ち退いて地面に立ってしまった
ら……ショーツを脱がされてる私はお友だちの前でお臍の下まで
晒すことになります。
それだけじゃありません。お尻叩きを受けている最中、先生の
お膝から離れるのは重大な規律違反です。閻魔帳にXが二つ以上
つきます。新しいお仕置きが追加されることもあります。
それを救ってくれたのは、河合先生と広志君のお母さんでした。
「さあ、もう一ついくわよ」
小宮先生が宣言して二つ目がやってきます。
「ビッシ~~~」
「ひぃ~~~~」
前と同じです。背中を走る電気が後頭部から抜けていきます。
なりふり構わず動かない手足をバタつかせてみましたがピクリ
ともしません。
「痛い、痛い、痛い、痛いから~~もっと優しくしてえ~~」
私は恥も外聞もなく叫びます。
もちろん、だからって小宮先生が許してくれたり威力を弱めて
くれたりはしません。でもそう叫ばずにはいられないくらい小宮
先生のお尻叩きは痛かったのでした。
「痛かった?」
「うん」
小宮先生から肩越しに尋ねられた私は嗚咽混じりに答えますが。
「仕方がないわね、お仕置きだもん。我慢しなくちゃ」
という答えしか返ってきませんでした。
「はい、もう一つ」
「ビッシ~~~」
「ひぃ~~~~」
背中を走る電気は少し弱まりましたが、今度はその瞬間、顔が
か~っと熱くなって眼球が飛び出すくらいの圧力です。
4発目
「ビッシ~~~」
「ひぃ~~~~」
相変わらず最初と同じようにぶたれるたびに『ひぃ~ひぃ~』
言っていますが、でもお尻が慣れちゃったんでしょうか、3発目
と比べれば痛みもそれほどきつくなくなりました。
ただ、お尻の痛みを子宮が吸収して下腹には『ずどん』という
衝撃が……これって何とも不思議な気分です。
5発目
「ビッシ~~~」
「ひぃ~~~~」
最後はとびっきり痛い一発。お尻叩きの数が決まっている時は
たいていこうなります。
小宮先生が初めて力を込めて叩いた一発で私の頭はショート。
頭の中が真っ白になってクラクラし、しばらくは何も考える事が
できませんでした。
「ほら、ほら、美咲ちゃん、大丈夫ですか?」
私は小宮先生に起こされます。
ひょっとしたらその瞬間は、短い間、気絶していたのかもしれ
ません。
「さあ、最後にご挨拶しましょう」
私は小宮先生にパンツを上げてもらうと、お仕置き後のご挨拶
を促されます。
それは、お仕置き前のご挨拶同様、この学校の生徒なら全員が
経験したことのあるご挨拶でした。
私は衣服をあらためて自分で整えると、小宮先生の足元に膝ま
づいて両手を胸の前に組みます。
「小宮先生、お仕置きありがとうございました。美咲は先生の
教えを守って必ずいい子になりますから、見ていてください」
これはお仕置きを受けた子が必ず言わされる『先生への感謝の
言葉』。とにかくこれを言わないうちはお仕置きが終わりません
から嫌も応もありませんでした。
「はい、いい子でした。これであなたもまたみんなと同じ五年
生に戻れますよ。これからも楽しくやりましょうね」
先生はそう言って私を再びお膝の上へ迎え入れます。
もちろん、それはお仕置きのためではありません。私を優しく
愛撫するため。お仕置き後の生徒は、必ず先生から慰めてもらえ
ます。
これは厳しいお仕置きを我慢した子の唯一の役得。
もちろん、だからと言ってわざとお仕置きをもらうような子は
いませんが……。
***********<10>************
<<目次>>
§1 旅立ち * §11 二人のお仕置き②
§2 お仕置き誓約書 * §12 ランチタイムの話題
§3 赤ちゃん卒業? * §13 お父様の来校
§4 勉強椅子 * §14 お仕置き部屋への侵入
§5 朝のお浣腸 * §15 お股へのお灸
§6 朝の出来事 * §16 瑞穂お姉様のお仕置き
§7 登校 * §17 明君のお仕置き
§8 桃源郷にて * §18 天使たちのドッヂボール
§9 桃源郷からの帰還 * §19 社子春たちのお仕置き
§10 二人のお仕置き① * §20 六年生へのお仕置き
***<< §10 >>**/二人のお仕置き①/***
小宮先生と高梨先生がそれぞれに教え子の着替えをすませると、
私と広志君を隔てていた幕が取り去られます。
私は予備の服で対応できましたが、男の子用の制服にちょうど
サイズの合う服がなかったのでしょう。広志君の方は体操服です。
濃紺の襟なし上着に白シャツ姿もいいけれど、男の子は体操服
を着ると何だか凛々しく感じられて素敵です。
ところが、ヒロ君、私と目を合わせるなりはにかみます。
自分だけ別の衣装に変わってしまったのが恥ずかしかったので
しょうか。それとも、同じ境遇の相手を見て鏡を見ているようで
嫌だったのでしょうか、下を向いてしまいました。
二人はお互い同じ身の上。これから先生にお尻を叩かれようと
している悲しい定めの少年少女です。そんな同じ境遇の子が再び
視線を合せた時、今度は、なぜか二人して笑ってしまいました。
こんな時って、どこかおかしな心理状態です。
そんな短いお見合い時間が終わると、四時間目の開始を告げる
チャイムがこの中庭にも響き、花壇の手入れに来ていた下級生達
も駆け足でそれぞれの教室へ帰って行きます。
中には上級生たちの人垣の前でジャンプしてから帰る子も……
でも……
「なあ~~んだ」
と言うだけ。
きっと、私たちが裸でいるのを想像していたのかもしれません。
ここはそれほど頻繁に子供を裸にしてしまうのです。
チャイムが鳴り終えると、それを待っていたように小宮先生が
手を叩きました。
「さあ、みなさん。このお二人さんのお着替えも無事にすみま
したから、今度は、内側を向いてくださいね」
すると、大きな輪を作ってくれたいた子供たちが一斉にこちら
を向き直ります。
沢山の目が一斉にこちらを見ますから、それって、ちょっぴり
恐怖です。
『あ~あ、いよいよかあ~~~やっぱり嫌だなあ~~』
そんな愚痴を心でつぶやきながらも覚悟を決めます。
でも、その前にちょっとした事件がありました。
「芹菜(せりな)ちゃんと明君、こちらへいらっしゃい」
小宮先生は凛とした声で今まで人垣を作っていてくれた二人を
指名します。
実はこの二人、私たちがお着替えの最中も担任の先生から時々
注意を受けていました。
やがて、恐る恐る輪の中から出てきた二人が、三人の先生方の
目の前までやってくると……
四年生を担任している前田先生が、いきなり……
「あ~いや~~ごめんなさい」
オカッパ頭の芹菜ちゃんが叫びます。
芹菜ちゃんは4年生。前田先生が背中からお腹へと左腕を回し
始めた瞬間、何をされるかが分かったようでした。
前田先生は芹菜ちゃんの身体を立たせたままで前屈させると、
右手でその白いパンツを叩き始めます。
当時私たちが着ていた制服のスカート丈はとても短くて、ある
程度前屈するれば、すぐにパンツが丸見えるようになっています。
お尻叩きが当たり前のこの学校で先生が子供たちへのお仕置き
をしやすいようにそんなデザインを望んだのでしょう。私たちは
そう考えていました。
いずれにしても、前田先生、芹菜ちゃんのスカートを捲る必要
がありません。
「(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)」
続けざまに六回。前田先生は息つく暇なく芹菜ちゃんを叩いて
こう叱るのです。
「先生、お着替えの最中は決して振り返っちゃだめですよって
注意したわよね。覚えてる?」
「はい」
「だったら、どうして、あなたは私の言うことがきけないの。
チラチラと後ろを振り返ったりして……女の子がいやらしいこと
しないの。覗き見なんてみっともないわよ」
「ごめんなさい」
「誰だってお友だちにも見られたくないものはあるの。あなた
だって裸で廊下に立たされたくはないでしょう。やってみたい?」
「いやです。そんなのいやです。ごめんなさい。もうしません
から」
芹菜ちゃんの顔は真っ青、唇が震えています。
裸で廊下に立たされるなんて、さすがにこの程度のことでは、
それはないでしょうが、私も実際にそうした子を見たことがあり
ますから、芹菜ちゃんだって必死にならざるを得ません。
そして、前田先生もそうした芹菜ちゃんの必死さを見て……
「いいでしょう、今度から気をつけるんですよ」
と許してくれたのでした。
もう一人います。六年生の明君です。
こちらも時間的には芹菜ちゃんと同じです。
「あっ、いや、だめ~~」
栗山先生の左腕が明君に背中に捲きついた瞬間、まだぶたれて
もいないのにボーイソプラノの悲鳴が上がります。
要するに、私はステレオで二人の悲鳴を聞いていたのでした。
要領は芹菜ちゃんと同じ。
「(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)」
という小気味の良い破裂音が半ズボンの上から上がります。
女の子がパンツの上からなのに対し、男の子はズボンの上から。
ちょっと不公平な気もしますが、栗山先生はその分強く叩きます。
ですから……
「いやあ~~~ごめんなさい、もうしません、もうしません」
明君だってたちまち担任の栗山先生に謝ります。
私たちの学校では体罰を否定しませんから、お尻叩きも毎日の
ように行われます。このためお尻叩きだって大事な先生のお仕事
なんです。
ですから先生も慣れたもので、生徒のお尻を叩こうと思いたつ
と……罪の軽重、情状酌量の余地、年齢、男女の別、健康状態、
以前にどんな罰を受けたかなどありとあらゆる情報を一瞬にして
精査し、その子にとって最も効果的な方法と威力でお尻を叩くの
です。……これって、もう立派な職人芸でした。
「女の子の着替えを覗こうだなんて……男の子が最もやっては
いけない行為だわ。あなたのやったことはとっても恥ずかしい事
なのよ」
「はい、ごめんなさい。もうしません」
明君、たちまちべそをかいて謝ります。
実は明君、栗山先生よりすでに身長が高いのですが気は小さく
て、栗山先生がちょっと恐い顔をしただけで、いまだにおどおど
たじたじになるのでした。
「さあ、ではこちらも始めましょうか。もうすでに4時間目が
始まってますからね、テキパキとすませるわよ」
小宮先生の声に、私も広志君もあらためて緊張が走ります。
「さあ、どちらからにする?どちらでもいいわよ」
小宮先生はあらかじめそこにあった木製の椅子。私たちが普段
教室で座っているのと同じものに腰を下ろして私たち二人を見つ
めます。
こんな時って、『では、私(僕)が先に……』なんて申し出る
勇気がありません。
もじもじしていると……。
「それじゃあ、美咲ちゃんいらっしゃい」
最初に指名されたのは私でした。もちろん、行かないわけには
いきません。
「お作法はいつも通りよ。タオルを敷いてあげたから、ここで
膝まづきなさい」
小宮先生の指示で、私は先生の目の前に膝まづかされます。
両手を胸の前で組んで大きく深呼吸。
「私は悪い子でした。どうかお仕置きでいい子にしてください」
もちろん本心じゃありませんけど、辛い言葉です。でも勇気を
振り絞ってそれは言わなければなりませんでした。
「あなたも五年生ですから、これまでに何度も聞いて耳にたこ
ができてると思いますけど、我校のお仕置きは先生から無理やり
やらされるのではなく、自分の至らない処を治していただく為に
先生方にお願いしてやっていただくものなんです。……それは、
わかってますよね?」
「はい、先生。お願いします」
「よろしい、それでこそ、うちの生徒です」
小宮先生は私を褒め、それから、あたりを見回して周囲を取り
囲む子供たちに向かってもこうおっしゃるのでした。
「それから、みなさんにも注意があります。最近、みなさんの
中に、お友だちのお仕置きを見学しているさなか笑う人がいます
けど、あれはとってもいけないことです。お仕置きは恥ずかしい
ことを強制されているのではありません。自分を高める為に行う
神聖な試練の場なんです。ですからこれは見学するあなたたちに
とっても大切なお勉強の場なんです。真剣な気持で臨まなければ
なりません。そんなお勉強の場でお友だちを笑うなんて失礼です。
先生はそうした子を許しません。見つけしだい、その子にもこの
二人と同じお仕置きを受けてもらいます。いいですね」
小宮先生の凛とした声があたりに響きます。
「はい、わかりました」
複数の生徒の声がします。
この時、子どもたちの全員が声を上げたわけではありません。
でも『笑うとお仕置き』という情報だけは、しっかりとみんなに
伝わったみたいでした。
「さあ、美咲ちゃん、ここへいらっしゃい」
小宮先生が椅子に腰掛けたままでご自分の膝を叩きます。
すると、ここで思いがけないことが起きました。
高梨先生が口を挟んだのです。
「あのう先生、大変申し上げにくいのですが、もう、よろしい
んじゃないでしょうか?」
「えっ?」
突然の申し出に小宮先生も鳩が豆鉄砲を食ったような顔になり
ます。きっと高梨先生が発言されるとは思ってもみなかったので
しょう。
振り返った小宮先生に高梨先生が……
「いえ、二人を許してもらえないでしょうか。今回の件は私が
大騒ぎしなければ、こんなことにはならなかったと思うんです。
ですから、私にも罪はありますから……」
と、申し入れてくれたのでした。
高梨先生はいわば臨時の先生。普段なら学校行事のような事に
口を挟むようなことはなさいませんが、それがこの件に関しては
異を唱えられたのでした。
小宮先生はしばし考えておられましたが、笑顔になります。
「大丈夫ですよ。先生のお気遣いには感謝しますが、この件で
先生に罪はありませんもの。これはあくまで持ち場を勝手に離れ
たこの子たちの問題ですから……それは別物です」
小宮先生が決断して、お仕置きを免れるというかすかな望みが
砕け散ります。でも、小宮先生自身は高梨先生のそうした声かけ
を不快と感じられたわけではありませんでした。
いよいよ、私が先生の膝にうつ伏せになります。
両足のつま先が僅かに地面を掃く程度。私の身体はほぼ水平に
なって先生の膝の上に乗っかっります。
「………………」
プリーツスカートの裾が捲られ、白いパンツがお友だちの前に
晒されます。女子の場合、大半がこうでした。
恥ずかしい姿。でも、もうここまでくると私も度胸が定まって
いました。
『とにかく、早く終わらせなくちゃ』
と、そればかり考えて私は小宮先生のお膝に乗っていたのです。
「さてと……あなた、どうして破れた金網からお外に出たの?
あそこは生徒が立ち入ってはいけない場所だって知ってるわよね。
先生、何度も注意したものね」
「はい」
私はその瞬間、顔をしかめます。
「ピシッ」
という音と共にその時、最初の平手がお尻に届いたからでした。
「ふう」
小さくため息がこぼれます。最初はそんなに痛くありません。
もちろんまったく痛くないわけじゃありませんが、その程度なら
子供でも悲鳴は上げずに耐えられます。
「さて、それがどうして金網を越えてお外へ出ちゃったのかな?」
「それは…………広志君を止めようと思って……」
「本当に?」
小宮先生は思わず先生の方を振り返った私の顔を疑わしそうな
目で覗き込みます。
「本当です」
思わず声が大きくなりました。
「そう、それじゃあなぜ、すぐに戻ってこなかったの?広志君
に注意したら、すぐに戻れるでしょう?」
「それは……」
私は答えに窮します。だって、それって私自身にも分からない
ことでしたから。
確かに、先生の言う通りなんですが、あの時、突然、広志君に
抱きつかれて……斜面を滑って……危ないところで止まって……
二人で笑って……あとは、何となくああなってしまった、としか
言いようがありませんでした。
「楽しかったんでしょう?」
「えっ!」
核心を突く質問。思わず……
「そ、そんなことは……」
と言ってしまいましたが……
「痛い!」
次の『ピシッ』がやってきました。
「嘘はいけないわ。それじゃあ、広志君がここにいなきゃだめ
だって強制したの?脅かされて着いて行ったの?」
「あっ、いや、だめ」
続けざまに次の『ピシッ』がやってきます。
「ダメじゃないでしょう。ちゃんと聞きなさい」
「ピシッ」
「あっ、いや」
「イヤじゃないの。……広志君が帰れって言ったのに、あなた、
着いて行ったそうじゃないの。……それって、その方が楽しいと
思ったからでしょう」
「それは……」
小さな声で迷っていると……
「ピシッ」
「あっ、痛い」
また痛いのがやってきます。
「どうなの、違うの!」
「あっ、いや~~」
続けざまに『ピシッ』です。
「ごめんなさい」
私はとにかく痛いのから逃れたくて本能的に謝ってしまいます。
「要するに、ミイラ取りがミイラになったということだわね。
ということは、ミーミはヒロ君が好きなのかな?」
「えっ、……違います。そんなことじゃなくて……」
私は思わず大声、顔も自分で火照っているのが分かるくらいに
真っ赤でした。
「いいのよ、それは、それで……自然なことだもの。誰だって
好きな子と一緒にいたいものね」
先生の右手がお尻ではなく頭の上に乗っかります。お仕置きの
小休止。私は先生の右手が自分の頭を静かに撫でているのを感じ
ていましたが……でも、結果が変わることはありませんでした。
「事情はわかったけど、規則は規則よ。あなただけを特別扱い
はできないの。罰は罰でちゃんと受けないとね」
私は先生の言葉を否定しようとして、先生の方を振り返ったの
ですが、その瞬間、両脇を抱えられて体をごぼう抜きにされます。
今度お尻が着地したのは先生の膝の上。
先生は私とにらめっこする形で私を膝の上に抱っこさせたので
した。
「痛かった?……そりゃそうよね。お尻ぶたれたんだもんね」
先生はその姿勢で頬擦りをして私の頬に流れ落ちる涙を拭き取
ります。
「わかりました。それじゃあ、あと五回で終わりにしましょう」
先生は残りの回数を区切ります。
でも、私たちのお仕置き、ここからが大変でした。
「恐い?……でも、これを乗り越えなくちゃ、あなたお友だち
の教室へ戻れないの。お仕置きを受けて綺麗な身体にならないと
何も始まらないのよ。……そのルールは知ってるでしょう」
「はい、先生」
小さな声で返事を返して頷きます。笑顔はありません。でも、
これがその時の精一杯だったのです。
「…………よし、それじゃあ、がんばりましょうね」
先生は、私の気持が少し落ち着いたのを間近に見て確かめると、
やおらポケットからタオル地のハンカチを取り出します。
「最後の五回はとっても痛いから、用心のためにこれを噛んで
おいてね。……あ~~んして」
先生はそう言って取り出したハンカチを私の口の中へ。
これも女の子へのお尻叩きではお定まりの儀式でした。
私は再び小宮先生のお膝の上に戻されるとスカートを捲くられ
今度はショーツまでも太股へ引き下ろされます。
スーっと外の風がお尻をなでると友だちの視線が気になります。
勿論これって恥ずかしいことなんですけど問題はこれだけでは
ありませんでした。
「えっ!」
私の目の前に突如、家庭教師の河合先生が……
先生は誰に頼まれた訳でもないのに私の両手首を握りしめます。
私、まるで手錠を掛けられた犯人みたいでした。
私は恐怖心から慌てて振りほどこうとしましたが大人と子供の
力の差はどうしようもありません。
「観念なさい。この方があなたの為よ」
河合先生は笑っています。
いえ、もう一つあります。
「えっ、何なの?」
そうやって手の方に気を取られているうちに今度は両足も誰か
に押さえられていました。
そして私の腰を押さえている小宮先生の左手にもこのまで以上
の力が入っていることがわかります。
本当にがんじがらめです。
『か弱い11歳の少女を大人三人で押さえたりして、こんなの
いや~~~~~』
私はこの場で叫びたい衝動を必死に押さえますが、100Mを
走った時のような鼓動は収まりません。緊張はもうMAXだった
のです。
そんな大人たちによって締め上げるだけ締め上げられた身体に
最初の一撃が下ります。
「ビッシ~~~」
前にも言いましたが、ここでお尻叩きなんて珍しくありません。
毎日誰かがぶたれてます。でも、その毎日、私だけがぶたれてる
訳ではありません。あくまで誰かがぶたれているというだけです。
ですから、しばらくお尻を叩かれていなかった私はその凄さを
あらためて実感します。
「ひぃ~~~~」
その一撃で目の玉が飛び出します。電気が尾てい骨から背骨を
駆け抜けて、最後は脳天から抜けて行きます。
もちろん先生の右手は平手。鞭なんて持ってはいません。
でも、大人がちょっとスナップを利かせれば、子供にとっては
強烈な思い出になります。
手足がバラバラになるほどの衝撃でした。
「あらあら、久しぶりだったので、ちょっと痛かったみたいね」
涙ぐむ私に小宮先生は優しく声をかけてくれました。
そして、こう続けるのです。
「ハンカチ、役に立ったでしょう。稀にだけど舌を噛んじゃう
子がいるの。用心にこしたことないわ」
たしかにハンカチは役に立ちました。そして河合先生やヒロ君
のお母さんのいましめも、私が醜態を晒さないために役立ったの
でした。
私はその瞬間、痛さに耐えかねて小宮先生のお膝を離れようと
したのです。
でも、もし小宮先生のお膝を立ち退いて地面に立ってしまった
ら……ショーツを脱がされてる私はお友だちの前でお臍の下まで
晒すことになります。
それだけじゃありません。お尻叩きを受けている最中、先生の
お膝から離れるのは重大な規律違反です。閻魔帳にXが二つ以上
つきます。新しいお仕置きが追加されることもあります。
それを救ってくれたのは、河合先生と広志君のお母さんでした。
「さあ、もう一ついくわよ」
小宮先生が宣言して二つ目がやってきます。
「ビッシ~~~」
「ひぃ~~~~」
前と同じです。背中を走る電気が後頭部から抜けていきます。
なりふり構わず動かない手足をバタつかせてみましたがピクリ
ともしません。
「痛い、痛い、痛い、痛いから~~もっと優しくしてえ~~」
私は恥も外聞もなく叫びます。
もちろん、だからって小宮先生が許してくれたり威力を弱めて
くれたりはしません。でもそう叫ばずにはいられないくらい小宮
先生のお尻叩きは痛かったのでした。
「痛かった?」
「うん」
小宮先生から肩越しに尋ねられた私は嗚咽混じりに答えますが。
「仕方がないわね、お仕置きだもん。我慢しなくちゃ」
という答えしか返ってきませんでした。
「はい、もう一つ」
「ビッシ~~~」
「ひぃ~~~~」
背中を走る電気は少し弱まりましたが、今度はその瞬間、顔が
か~っと熱くなって眼球が飛び出すくらいの圧力です。
4発目
「ビッシ~~~」
「ひぃ~~~~」
相変わらず最初と同じようにぶたれるたびに『ひぃ~ひぃ~』
言っていますが、でもお尻が慣れちゃったんでしょうか、3発目
と比べれば痛みもそれほどきつくなくなりました。
ただ、お尻の痛みを子宮が吸収して下腹には『ずどん』という
衝撃が……これって何とも不思議な気分です。
5発目
「ビッシ~~~」
「ひぃ~~~~」
最後はとびっきり痛い一発。お尻叩きの数が決まっている時は
たいていこうなります。
小宮先生が初めて力を込めて叩いた一発で私の頭はショート。
頭の中が真っ白になってクラクラし、しばらくは何も考える事が
できませんでした。
「ほら、ほら、美咲ちゃん、大丈夫ですか?」
私は小宮先生に起こされます。
ひょっとしたらその瞬間は、短い間、気絶していたのかもしれ
ません。
「さあ、最後にご挨拶しましょう」
私は小宮先生にパンツを上げてもらうと、お仕置き後のご挨拶
を促されます。
それは、お仕置き前のご挨拶同様、この学校の生徒なら全員が
経験したことのあるご挨拶でした。
私は衣服をあらためて自分で整えると、小宮先生の足元に膝ま
づいて両手を胸の前に組みます。
「小宮先生、お仕置きありがとうございました。美咲は先生の
教えを守って必ずいい子になりますから、見ていてください」
これはお仕置きを受けた子が必ず言わされる『先生への感謝の
言葉』。とにかくこれを言わないうちはお仕置きが終わりません
から嫌も応もありませんでした。
「はい、いい子でした。これであなたもまたみんなと同じ五年
生に戻れますよ。これからも楽しくやりましょうね」
先生はそう言って私を再びお膝の上へ迎え入れます。
もちろん、それはお仕置きのためではありません。私を優しく
愛撫するため。お仕置き後の生徒は、必ず先生から慰めてもらえ
ます。
これは厳しいお仕置きを我慢した子の唯一の役得。
もちろん、だからと言ってわざとお仕置きをもらうような子は
いませんが……。
***********<10>************
小暮男爵 ~第一章~ §10 / 二人のお仕置き②
小暮男爵/第一章
***<< §11 >>**/二人のお仕置き②/***
次は広志君の番。
お仕置きの手順は私の時とまったく一緒です。
小宮先生の目の前で膝まづいて、両手を胸の前で組みます。
この時は嘘でも申し訳ないという顔をしなければなりません。
もし怒った顔なんかすると、いつまでもお膝の上に呼んでもらえ
ませんから、ずっとこのまま懺悔のポーズで放置されちゃいます。
『お顔を作るというのも女の子の大事な素養なの。お尻叩きが
不満なら他のお仕置きでもいいのよ』
なんて、言われて他のお仕置きを勧められたりします。
もちろんそれがやさしい方の罰に切り替わるならそれでもいい
でしょうが、そんなことはたいてい期待できませんでした。
広志君は男の子ですが、そこはちゃんと出来ていました。
すがるようなあの眼差しは、たとえ演技でもぐぐっときちゃい
ます。
「僕は悪い子でした。どうかお仕置きでいい子にしてください」
お友だちの見ている前でこのお約束の言葉はとても恥ずかしく
て、私なんて嫌で嫌で仕方がありませんでした。でも、広志君が
宣誓すると、その姿はとても神々しくて絵になります。
ジョシュア・レイノルズさんの『祈る少年サムエル』といった
感じでしょうか。保健室の壁に掛けてあった絵を思い出します。
これが、生理の同じ女の子だったら……
『あ~あ、この子、殊勝な顔してるけど、お腹の中では何考え
てるやら……』
なんて邪まなことばかりが頭に浮かぶところですが、広志君の
場合は男の子。女の子には男の子の生理は理解できませんから、
逆に、その姿を美化しがちになります。
私は広志君の祈る姿を見ていると、そこに無垢な気持を感じて、
不思議と自分まで心が洗われる気分になるのでした。
「さあ、いらっしゃい」
広志君がいよいよ小宮先生のお膝に呼ばれます。
「はい、先生」
広志君。もちろん何の抵抗もしませんでした。
先生のお膝の上にうつ伏せになり、体操着のズボンとパンツが
一緒に引き下ろされます。
『わあ、男の子のお尻だ』
私は広志君のその可愛く締まったお尻が現れると胸がキュンと
なって思わず一歩二歩後ずさりします。
お父様とは一緒にお風呂に入りますから、大人のお尻は見慣れ
ているのですが、同世代の男の子のお尻を間近に見るチャンスは
あまりありませんから胸がときめくのです。
ときめいたからって前へは出ません。私は何だかここにいては
いけない気がしてそっ~と後ずさり。お友だちの群れの中に紛れ
込もうとします。
でも、小宮先生に見つかってしまいました。
「あら、美咲ちゃん。どこへ行くの?逃げないでちゃんと見て
いてちょうだい。あなたへのお仕置きは終わったけど、広志君は
まだ終わってないでしょう。あなたたちは一蓮托生。お互い最後
まで見届けてあげるのが礼儀よ」
「はい、先生」
私は逃げ損なって元の位置に戻ります。
そこはお尻叩きを始める小宮先生の肩口。広志君のお尻が他の
誰よりはっきり見える場所でした。
でも、そこで、私、ふっと疑問がわいたのです。
『私が、今、こうして広志君のお尻を間近に見てるってことは、
……ひょっとして、私も、あの時、こんな至近距離で広志君から
見られてたってことなの?』
お仕置きの時の私はもう無我夢中でしたから、周囲に気を配る
余裕なんてありません。
『嘘でしょう』
私は今さらながら顔を赤らめます。
でも、そう考えるていると……
『私だってヒロ君のお尻を見ないと損じゃないかしら』
なんてね、女の子特有の卑しい心が芽生えてきて、もう半歩、
進んでヒロ君のお尻を覗き込みます。
『やだあ。可愛い』
男の子のお尻は小さくて引き締まっていて、女の子のそれとは
違います。こうなると、何だか得した気分でした。
「さてと……ちょっと拝見するわね」
小宮先生は、現れたヒロ君のお尻をまずは点検し始めます。
これは私の時はしなかったことでした。
先生はヒロ君の尾てい骨の谷間を開いたり、太股を広げるだけ
広げてその奥を確認したりします。
『いったい何をしてるんだろう?』
私が疑問に思っていると、そのお尻の谷間、尾てい骨の真上に
小さな痕跡を発見したのでした。
先生は静かにそこを撫でています。
『そうか、ヒロ君、こんな処にお灸を据えられてたんだ』
私は、かつて友だちから見せてもらった経験がありますから、
それがお灸の痕だとすぐに分かりました。
たしかにこんな場所、よほどの事がなければ他人から見られる
心配がありません。そのあたりはヒロ君のお母様だってとっても
気を使ってお灸のお仕置きをなさっていたみたいでした。
ただ、この時の私にとって問題だったのはそこではありません。
実は小宮先生がヒロ君の太股を開いた時、私、見えたんです。
見てしまったんです。
『えっ!嘘でしょう……』
その瞬間、全身に弱い電気が走って金縛りにあったように立ち
尽くします。動けないというより、目を閉じることさえ出来ない
ありさまでした。
『……!!!……』
やっとの思いで目を閉じても残像が残って脳裏から離れません。
それって、女の子が見てはいけないものでした。
変な話、私はお父様と一緒にお風呂に入りますからお父様の姿
は毎日のように見ているんです。ただ、幼い頃から見慣れている
せいかお父様の姿に抵抗感はありません。
でもヒロ君のそれはまったく別物。その生々しさに、私、窒息
しそうでした。
『うっ!!!吐きそう……』
それは色や形や大きさといった外形じゃありません。
そもそもお父様は子どもとは違う世界を生きているお方です。
ですから、たとえどんな物であってもそれはそれで許せるんです。
でも、どんなに小さなものでも同じ子どもの世界にそれが存在
するのがショックでした。
これって男性にはきっと怒られることだと思いますが、女の子
って『人はすべからくお臍の下はみんな谷間になっていなければ
ならない』と思っているんです。ですから、広志君のお臍の下に
何かついてるなどと想像したことはこれまでありませんでした。
変ですか?……でも、そうなんです。
女の子の頭の中では『事実は事実として知っていても気持は別』
なんてことがよくあるんです。故意に捻じ曲げてるというよりは
自然にそうなるんです。
女の子は気持の部分で人とお付き合いしますから、お付き合い
するその人に『それはあってはいけない』と勝手に決めてしまう
のでした。(男性にはきっとわからない理屈だと思います)
「あなた……ここ最近は、お母様から新しいお仕置きを受けて
いないみたいね。いい子にしてたの?」
小宮先生は納得したようにつぶやきます。
小宮先生の目的はどうやらお灸の痕の確認のようです。新しく
お灸を据えられた箇所がないか、以前据えられた場所の痕が大き
くなっていないか、それをチェックしていたのでした。
広志君の灸痕は尾てい骨の他、太股の付け根あたりにもありま
した。お母様から目立たない処を選んで据えられてもらっている
みたいですが、お仕置きですからね、ツボは関係ありません。
この時小宮先生はそこまでおっしゃいませんでしたが、ヒロ君
の場合、袋の裏や竿の根元なんかにも据えられていたようでした。
ははははは、お話が下品になりましたね。いや、ごめんなさい。
先へ行きましょう。
小宮先生はお灸の痕を調べ終わると、広志君にあらためて尋ね
ます。
「あなた、あそこへ行くのは今日で何回目かしらね?」
「えっと……三回目です」
広志君がそう答えた瞬間でした。
「ピシッ」
スナップのきいた平手が広志君のお尻をとらえます。
「嘘おっしゃい。またそうやっていい子ぶるんだから。それは
お仕置きを受けた回数でしょう。私がききたいのはあなたが実際
にあそこへ行った回数よ」
『えっ?』
「ピシッ」
ここでまた一つ、平手がお尻に……
「あっ…………」
広志君は『あっ』と言ったあと、黙ってしまいます。自分の事
を思い返してるみたいでしたが、答えはでてきません。
「どうしたの?多すぎて数え切れない?今日は、たまたま見つ
かっちゃったってことかしら……」
「ピシッ」
「あっあっあっ」
広志君、不意を衝かれたのか顔色が変わり首を横に激しく振り
ます。声にはださなくても、『痛いよう』というサインでした。
「お尻叩きだけではあらたまりそうにないのなら……お母様に
お願いして、特別室でお灸って手もあるのよ。お灸のお仕置きは
最近ごぶさたしてるみたいだから効果があるかもしれないわね」
小宮先生の声が厳しいです。
「ピシッ」
「いや、だめ、そんなことしないで」
広志君は慌てたように叫びます。
それは、広志君にとってお灸がそれだけ恐いお仕置きだという
ことでした。
広志君は、お灸のお仕置きを何とか思いとどまってもらおうと
小宮先生の方を振り向き身体を起こしかけますが、その顔は途中
で止められてしまいます。
「ヒロちゃん、まっすぐ前を向いてなさい。大事なお仕置きの
最中よ。顔を上げるなんてみっともないことしないの」
そう言って広志君の顔を元に戻したのは広志君のお母様でした。
広志君のお母様はこの学校では有名人です。
ヒロ君の家にも当然家庭教師はいましたが、学校へはよくこの
お母様がみえていました。休み時間や昼食の時といった子供との
接触が許されている時には決まってこのお母さんが色々お世話を
やきます。
私だって、お父様と関係では褒められたものじゃなかったけど、
ヒロ君の場合はもっと凄くて……このお母様にかかると、まるで
まだ赤ちゃんみたいでした。
「今度までは、お尻叩きだけで許してくださるみたいだけど、
次にやったら家でお灸をすえます。いいわね」
お母様の怖い一言。広志君の体が思わず硬直します。
男の子だって女の子だってそうですが、小学生にとってお父様
お母様の言葉というのが一番重い言葉でした。
「さあ、分かったら、次に脱走する時はよくよく考えるのね」
小宮先生はそう言って再度平手を……
「ピシッ」
「いやあ」
不意をつかれたのか、広志君の背中が海老ぞりになります。
「さあ、お説教はこのくらいにしましょうか。それでは、……
あと十回にしましょう。……あなたも五年生。男の子なんだから、
今回は痛いわよ。しっかり歯を喰いしばりなさいね」
小宮先生があらためてお尻叩きを宣言すると、待ってましたと
ばかりお母様がさっそくハンカチを取り出して口の中に押し込み
ます。
だらりと垂れ下がった広志君の両手はおその母様が……両足の
押さえはこの場で唯一の男性である高梨先生が担当します。
二人は、まるで事前に約束していたかのように手際よくヒロ君
の手足を拘束していくのでした。
回数だけは私の倍になりましたが、拘束される姿はさっきまで
の私と同じ姿です。そもそも、大人三人で子ども一人を拘束する
なんて可哀想過ぎますけどこれがこの学校の流儀。こうなったら、
どんな子も観念するしかありませんでした。
「今度やったら、本当にお灸ですよ」
「ビッシ~~~」
「ん~~~~」
猿轡を噛まされた広志君は、声を上げられないまま首を激しく
振ります。今度は縦に振っていますから『分かりました』という
ことなんでしょうけど……
「ほら、だらしないわね。あなた男の子でしょう。このくらい
の事でそんなに暴れないのよ」
「ビッシ~~~」
「ん~~~~」
この時すでに広志君のお尻は真っ赤に染まっています。
でも、このぐらいではお仕置き終了とはなりません。
うちは大人達の愛情が細やかなぶん、お仕置きは逆に厳しくて、
生徒にとっては困りものでした。
「ビッシ~~~」
「ん~~~~」
その後もお仕置きとしてのお尻叩きは続きます。
とにかく10回ですから可哀想というほかありませんでした。
甲高い音が青空に響き苦しい息のヒロ君の首筋には汗が光って
見えます。
高梨先生が必死に両足を押さえているのは、単に男の子だから
力が強いというだけでなく、小宮先生が私のときより強くお尻を
叩いている証しだったのです。
「ビッシ~~~」「ん~~~」「ビッシ~~~」「ん~~~~」
「ビッシ~~~」「あっ~~」「ビッシ~~~」「ひぃ~~~」
「ビッシ~~~」「うっ~~」「ビッシ~~~」「いっ~~~」
「ビッシ~~~」「ん~~~」
猿轡のせいで悲鳴はあがりませんが声なき声が周りで見ている
女の子たちの同情を誘います。
男の子は女の子に比べるといつもちょっぴり厳し目でした。
「はい、おしまい。起きていいわよ。よく頑張ったわね」
約束の10回が終わって小宮先生からお許しが出たのですが、
広志君、しばらくは小宮先生のお膝を離れられませんでした。
私も同じ経験があるのですが、本当に恐いお仕置きのあとは、
先生からお許しが出ても、本当に大丈夫なのか不安で、すぐには
起きられないことがあるのです。
小学生にとって大人というのは、大人が鬼を恐れるのと同じで
それが別次元の存在だから。日頃は親しくしている親や先生でも
怒られたその時は飛び切り怖いものだったのです。
でも、逆に褒められたり優しくされると猜疑心なく単純に喜び
ます。
ですから、先生たちは子どもをお仕置きした後は、必ず優しく
接して強すぎるショックを和らげるようにしているのでした。
この時も……
「ほら~~甘えてないで、もう終わったわよ」
小宮先生はそう言って広志君を抱き上げるとご自分の膝の上に
乗せます。
これも私の時と同じでした。お互いが顔を見合わせ、小宮先生
は広志君の涙を拭いて、頬ずりをして、抱きしめます。
「ん?痛かった?……だけど、男の子だもん。このくらい我慢
しないと女の子にもてないよ」
先生との抱擁。これもまたお仕置き終わりの大事な儀式でした。
そして、ひとごこちついくと、先生のお膝を下りて、その場に
膝まづきます。両手を胸の前で組んでお礼のご挨拶です。
「小宮先生、お仕置きありがとうございました。広志は先生の
教えを守って必ずいい子になりますから、見ていてください」
広志君はお仕置きの始まりにしたご挨拶と同様、ここでも小宮
先生にお仕置きのお礼を述べます。これも拒否なんかしたらどう
なるかわかりませんから子供たちは渋々でもちゃんとやります。
女の子の世界ではたとえ本心であろうとなかろうと、こうした
ご挨拶は決して欠かしてはいけないものだったのです。
全てが終わった後、広志君はズボンの上からそ~っとそ~っと
自分のお尻を撫でていましたから相当痛かったのかもしれません。
普通は、先生のお膝の上で良い子良い子してもらっているうちに
痛みは引いてしまいますから。
ただ、どんなにお尻を強くぶたれたとしても、こうした痛みが
10分たっても抜けないということはありませんでした。
もし、その事で次の授業に影響がでたら、次の時間を担当する
先生の授業を妨害したことになりますから、どの先生もそこまで
はなさらないのです。
とはいえ、女の子たちはこれを材料に私の処へ集まってきます。
これがまたやっかいでした。
「ねえ、お尻大丈夫?」
「でも、本当はお尻がまだ痛いんじゃない?」
「保健室でお薬つけてもらうんなら連れて行ってあげるよ」
「ねえねえ、私のクッション貸してあげる」
たちまち私の周りで色んな言葉が飛び交います。
私は、その一つ一つに応対しようとしますが追いつきません。
「大丈夫よ」
「もう、お尻なんて痛くないから……」
「そんなことしなくていいわよ」
「クッションなんていらない。私、自分の持ってるもん」
なんて返事をお友だちに必ず返さなければなりませんでした。
女の子同士って、楽しくもあり、うっとうしくもありますが、
こうした時、その場から逃げることはできませんでした。
だって、女の子だったらみんなそうでしょうけど、お友だちの
間で孤立したくはありませんから。
というわけで、後はみんなでワイワイ言いながら。図画の教室
へ戻ります。
私たちのお仕置きのせいで15分ほど時間を取られましたが、
4時間目の図工の時間はまだまだ残っています。
そこで待っていたのは、お外で描いたスケッチに水彩絵の具で
色をつけするという地味な作業。でも、それが終われば、その先
には楽しみな給食が待っていました。
***********<11>************
***<< §11 >>**/二人のお仕置き②/***
次は広志君の番。
お仕置きの手順は私の時とまったく一緒です。
小宮先生の目の前で膝まづいて、両手を胸の前で組みます。
この時は嘘でも申し訳ないという顔をしなければなりません。
もし怒った顔なんかすると、いつまでもお膝の上に呼んでもらえ
ませんから、ずっとこのまま懺悔のポーズで放置されちゃいます。
『お顔を作るというのも女の子の大事な素養なの。お尻叩きが
不満なら他のお仕置きでもいいのよ』
なんて、言われて他のお仕置きを勧められたりします。
もちろんそれがやさしい方の罰に切り替わるならそれでもいい
でしょうが、そんなことはたいてい期待できませんでした。
広志君は男の子ですが、そこはちゃんと出来ていました。
すがるようなあの眼差しは、たとえ演技でもぐぐっときちゃい
ます。
「僕は悪い子でした。どうかお仕置きでいい子にしてください」
お友だちの見ている前でこのお約束の言葉はとても恥ずかしく
て、私なんて嫌で嫌で仕方がありませんでした。でも、広志君が
宣誓すると、その姿はとても神々しくて絵になります。
ジョシュア・レイノルズさんの『祈る少年サムエル』といった
感じでしょうか。保健室の壁に掛けてあった絵を思い出します。
これが、生理の同じ女の子だったら……
『あ~あ、この子、殊勝な顔してるけど、お腹の中では何考え
てるやら……』
なんて邪まなことばかりが頭に浮かぶところですが、広志君の
場合は男の子。女の子には男の子の生理は理解できませんから、
逆に、その姿を美化しがちになります。
私は広志君の祈る姿を見ていると、そこに無垢な気持を感じて、
不思議と自分まで心が洗われる気分になるのでした。
「さあ、いらっしゃい」
広志君がいよいよ小宮先生のお膝に呼ばれます。
「はい、先生」
広志君。もちろん何の抵抗もしませんでした。
先生のお膝の上にうつ伏せになり、体操着のズボンとパンツが
一緒に引き下ろされます。
『わあ、男の子のお尻だ』
私は広志君のその可愛く締まったお尻が現れると胸がキュンと
なって思わず一歩二歩後ずさりします。
お父様とは一緒にお風呂に入りますから、大人のお尻は見慣れ
ているのですが、同世代の男の子のお尻を間近に見るチャンスは
あまりありませんから胸がときめくのです。
ときめいたからって前へは出ません。私は何だかここにいては
いけない気がしてそっ~と後ずさり。お友だちの群れの中に紛れ
込もうとします。
でも、小宮先生に見つかってしまいました。
「あら、美咲ちゃん。どこへ行くの?逃げないでちゃんと見て
いてちょうだい。あなたへのお仕置きは終わったけど、広志君は
まだ終わってないでしょう。あなたたちは一蓮托生。お互い最後
まで見届けてあげるのが礼儀よ」
「はい、先生」
私は逃げ損なって元の位置に戻ります。
そこはお尻叩きを始める小宮先生の肩口。広志君のお尻が他の
誰よりはっきり見える場所でした。
でも、そこで、私、ふっと疑問がわいたのです。
『私が、今、こうして広志君のお尻を間近に見てるってことは、
……ひょっとして、私も、あの時、こんな至近距離で広志君から
見られてたってことなの?』
お仕置きの時の私はもう無我夢中でしたから、周囲に気を配る
余裕なんてありません。
『嘘でしょう』
私は今さらながら顔を赤らめます。
でも、そう考えるていると……
『私だってヒロ君のお尻を見ないと損じゃないかしら』
なんてね、女の子特有の卑しい心が芽生えてきて、もう半歩、
進んでヒロ君のお尻を覗き込みます。
『やだあ。可愛い』
男の子のお尻は小さくて引き締まっていて、女の子のそれとは
違います。こうなると、何だか得した気分でした。
「さてと……ちょっと拝見するわね」
小宮先生は、現れたヒロ君のお尻をまずは点検し始めます。
これは私の時はしなかったことでした。
先生はヒロ君の尾てい骨の谷間を開いたり、太股を広げるだけ
広げてその奥を確認したりします。
『いったい何をしてるんだろう?』
私が疑問に思っていると、そのお尻の谷間、尾てい骨の真上に
小さな痕跡を発見したのでした。
先生は静かにそこを撫でています。
『そうか、ヒロ君、こんな処にお灸を据えられてたんだ』
私は、かつて友だちから見せてもらった経験がありますから、
それがお灸の痕だとすぐに分かりました。
たしかにこんな場所、よほどの事がなければ他人から見られる
心配がありません。そのあたりはヒロ君のお母様だってとっても
気を使ってお灸のお仕置きをなさっていたみたいでした。
ただ、この時の私にとって問題だったのはそこではありません。
実は小宮先生がヒロ君の太股を開いた時、私、見えたんです。
見てしまったんです。
『えっ!嘘でしょう……』
その瞬間、全身に弱い電気が走って金縛りにあったように立ち
尽くします。動けないというより、目を閉じることさえ出来ない
ありさまでした。
『……!!!……』
やっとの思いで目を閉じても残像が残って脳裏から離れません。
それって、女の子が見てはいけないものでした。
変な話、私はお父様と一緒にお風呂に入りますからお父様の姿
は毎日のように見ているんです。ただ、幼い頃から見慣れている
せいかお父様の姿に抵抗感はありません。
でもヒロ君のそれはまったく別物。その生々しさに、私、窒息
しそうでした。
『うっ!!!吐きそう……』
それは色や形や大きさといった外形じゃありません。
そもそもお父様は子どもとは違う世界を生きているお方です。
ですから、たとえどんな物であってもそれはそれで許せるんです。
でも、どんなに小さなものでも同じ子どもの世界にそれが存在
するのがショックでした。
これって男性にはきっと怒られることだと思いますが、女の子
って『人はすべからくお臍の下はみんな谷間になっていなければ
ならない』と思っているんです。ですから、広志君のお臍の下に
何かついてるなどと想像したことはこれまでありませんでした。
変ですか?……でも、そうなんです。
女の子の頭の中では『事実は事実として知っていても気持は別』
なんてことがよくあるんです。故意に捻じ曲げてるというよりは
自然にそうなるんです。
女の子は気持の部分で人とお付き合いしますから、お付き合い
するその人に『それはあってはいけない』と勝手に決めてしまう
のでした。(男性にはきっとわからない理屈だと思います)
「あなた……ここ最近は、お母様から新しいお仕置きを受けて
いないみたいね。いい子にしてたの?」
小宮先生は納得したようにつぶやきます。
小宮先生の目的はどうやらお灸の痕の確認のようです。新しく
お灸を据えられた箇所がないか、以前据えられた場所の痕が大き
くなっていないか、それをチェックしていたのでした。
広志君の灸痕は尾てい骨の他、太股の付け根あたりにもありま
した。お母様から目立たない処を選んで据えられてもらっている
みたいですが、お仕置きですからね、ツボは関係ありません。
この時小宮先生はそこまでおっしゃいませんでしたが、ヒロ君
の場合、袋の裏や竿の根元なんかにも据えられていたようでした。
ははははは、お話が下品になりましたね。いや、ごめんなさい。
先へ行きましょう。
小宮先生はお灸の痕を調べ終わると、広志君にあらためて尋ね
ます。
「あなた、あそこへ行くのは今日で何回目かしらね?」
「えっと……三回目です」
広志君がそう答えた瞬間でした。
「ピシッ」
スナップのきいた平手が広志君のお尻をとらえます。
「嘘おっしゃい。またそうやっていい子ぶるんだから。それは
お仕置きを受けた回数でしょう。私がききたいのはあなたが実際
にあそこへ行った回数よ」
『えっ?』
「ピシッ」
ここでまた一つ、平手がお尻に……
「あっ…………」
広志君は『あっ』と言ったあと、黙ってしまいます。自分の事
を思い返してるみたいでしたが、答えはでてきません。
「どうしたの?多すぎて数え切れない?今日は、たまたま見つ
かっちゃったってことかしら……」
「ピシッ」
「あっあっあっ」
広志君、不意を衝かれたのか顔色が変わり首を横に激しく振り
ます。声にはださなくても、『痛いよう』というサインでした。
「お尻叩きだけではあらたまりそうにないのなら……お母様に
お願いして、特別室でお灸って手もあるのよ。お灸のお仕置きは
最近ごぶさたしてるみたいだから効果があるかもしれないわね」
小宮先生の声が厳しいです。
「ピシッ」
「いや、だめ、そんなことしないで」
広志君は慌てたように叫びます。
それは、広志君にとってお灸がそれだけ恐いお仕置きだという
ことでした。
広志君は、お灸のお仕置きを何とか思いとどまってもらおうと
小宮先生の方を振り向き身体を起こしかけますが、その顔は途中
で止められてしまいます。
「ヒロちゃん、まっすぐ前を向いてなさい。大事なお仕置きの
最中よ。顔を上げるなんてみっともないことしないの」
そう言って広志君の顔を元に戻したのは広志君のお母様でした。
広志君のお母様はこの学校では有名人です。
ヒロ君の家にも当然家庭教師はいましたが、学校へはよくこの
お母様がみえていました。休み時間や昼食の時といった子供との
接触が許されている時には決まってこのお母さんが色々お世話を
やきます。
私だって、お父様と関係では褒められたものじゃなかったけど、
ヒロ君の場合はもっと凄くて……このお母様にかかると、まるで
まだ赤ちゃんみたいでした。
「今度までは、お尻叩きだけで許してくださるみたいだけど、
次にやったら家でお灸をすえます。いいわね」
お母様の怖い一言。広志君の体が思わず硬直します。
男の子だって女の子だってそうですが、小学生にとってお父様
お母様の言葉というのが一番重い言葉でした。
「さあ、分かったら、次に脱走する時はよくよく考えるのね」
小宮先生はそう言って再度平手を……
「ピシッ」
「いやあ」
不意をつかれたのか、広志君の背中が海老ぞりになります。
「さあ、お説教はこのくらいにしましょうか。それでは、……
あと十回にしましょう。……あなたも五年生。男の子なんだから、
今回は痛いわよ。しっかり歯を喰いしばりなさいね」
小宮先生があらためてお尻叩きを宣言すると、待ってましたと
ばかりお母様がさっそくハンカチを取り出して口の中に押し込み
ます。
だらりと垂れ下がった広志君の両手はおその母様が……両足の
押さえはこの場で唯一の男性である高梨先生が担当します。
二人は、まるで事前に約束していたかのように手際よくヒロ君
の手足を拘束していくのでした。
回数だけは私の倍になりましたが、拘束される姿はさっきまで
の私と同じ姿です。そもそも、大人三人で子ども一人を拘束する
なんて可哀想過ぎますけどこれがこの学校の流儀。こうなったら、
どんな子も観念するしかありませんでした。
「今度やったら、本当にお灸ですよ」
「ビッシ~~~」
「ん~~~~」
猿轡を噛まされた広志君は、声を上げられないまま首を激しく
振ります。今度は縦に振っていますから『分かりました』という
ことなんでしょうけど……
「ほら、だらしないわね。あなた男の子でしょう。このくらい
の事でそんなに暴れないのよ」
「ビッシ~~~」
「ん~~~~」
この時すでに広志君のお尻は真っ赤に染まっています。
でも、このぐらいではお仕置き終了とはなりません。
うちは大人達の愛情が細やかなぶん、お仕置きは逆に厳しくて、
生徒にとっては困りものでした。
「ビッシ~~~」
「ん~~~~」
その後もお仕置きとしてのお尻叩きは続きます。
とにかく10回ですから可哀想というほかありませんでした。
甲高い音が青空に響き苦しい息のヒロ君の首筋には汗が光って
見えます。
高梨先生が必死に両足を押さえているのは、単に男の子だから
力が強いというだけでなく、小宮先生が私のときより強くお尻を
叩いている証しだったのです。
「ビッシ~~~」「ん~~~」「ビッシ~~~」「ん~~~~」
「ビッシ~~~」「あっ~~」「ビッシ~~~」「ひぃ~~~」
「ビッシ~~~」「うっ~~」「ビッシ~~~」「いっ~~~」
「ビッシ~~~」「ん~~~」
猿轡のせいで悲鳴はあがりませんが声なき声が周りで見ている
女の子たちの同情を誘います。
男の子は女の子に比べるといつもちょっぴり厳し目でした。
「はい、おしまい。起きていいわよ。よく頑張ったわね」
約束の10回が終わって小宮先生からお許しが出たのですが、
広志君、しばらくは小宮先生のお膝を離れられませんでした。
私も同じ経験があるのですが、本当に恐いお仕置きのあとは、
先生からお許しが出ても、本当に大丈夫なのか不安で、すぐには
起きられないことがあるのです。
小学生にとって大人というのは、大人が鬼を恐れるのと同じで
それが別次元の存在だから。日頃は親しくしている親や先生でも
怒られたその時は飛び切り怖いものだったのです。
でも、逆に褒められたり優しくされると猜疑心なく単純に喜び
ます。
ですから、先生たちは子どもをお仕置きした後は、必ず優しく
接して強すぎるショックを和らげるようにしているのでした。
この時も……
「ほら~~甘えてないで、もう終わったわよ」
小宮先生はそう言って広志君を抱き上げるとご自分の膝の上に
乗せます。
これも私の時と同じでした。お互いが顔を見合わせ、小宮先生
は広志君の涙を拭いて、頬ずりをして、抱きしめます。
「ん?痛かった?……だけど、男の子だもん。このくらい我慢
しないと女の子にもてないよ」
先生との抱擁。これもまたお仕置き終わりの大事な儀式でした。
そして、ひとごこちついくと、先生のお膝を下りて、その場に
膝まづきます。両手を胸の前で組んでお礼のご挨拶です。
「小宮先生、お仕置きありがとうございました。広志は先生の
教えを守って必ずいい子になりますから、見ていてください」
広志君はお仕置きの始まりにしたご挨拶と同様、ここでも小宮
先生にお仕置きのお礼を述べます。これも拒否なんかしたらどう
なるかわかりませんから子供たちは渋々でもちゃんとやります。
女の子の世界ではたとえ本心であろうとなかろうと、こうした
ご挨拶は決して欠かしてはいけないものだったのです。
全てが終わった後、広志君はズボンの上からそ~っとそ~っと
自分のお尻を撫でていましたから相当痛かったのかもしれません。
普通は、先生のお膝の上で良い子良い子してもらっているうちに
痛みは引いてしまいますから。
ただ、どんなにお尻を強くぶたれたとしても、こうした痛みが
10分たっても抜けないということはありませんでした。
もし、その事で次の授業に影響がでたら、次の時間を担当する
先生の授業を妨害したことになりますから、どの先生もそこまで
はなさらないのです。
とはいえ、女の子たちはこれを材料に私の処へ集まってきます。
これがまたやっかいでした。
「ねえ、お尻大丈夫?」
「でも、本当はお尻がまだ痛いんじゃない?」
「保健室でお薬つけてもらうんなら連れて行ってあげるよ」
「ねえねえ、私のクッション貸してあげる」
たちまち私の周りで色んな言葉が飛び交います。
私は、その一つ一つに応対しようとしますが追いつきません。
「大丈夫よ」
「もう、お尻なんて痛くないから……」
「そんなことしなくていいわよ」
「クッションなんていらない。私、自分の持ってるもん」
なんて返事をお友だちに必ず返さなければなりませんでした。
女の子同士って、楽しくもあり、うっとうしくもありますが、
こうした時、その場から逃げることはできませんでした。
だって、女の子だったらみんなそうでしょうけど、お友だちの
間で孤立したくはありませんから。
というわけで、後はみんなでワイワイ言いながら。図画の教室
へ戻ります。
私たちのお仕置きのせいで15分ほど時間を取られましたが、
4時間目の図工の時間はまだまだ残っています。
そこで待っていたのは、お外で描いたスケッチに水彩絵の具で
色をつけするという地味な作業。でも、それが終われば、その先
には楽しみな給食が待っていました。
***********<11>************
小暮男爵 <第一章> §8 / 桃源郷にて
小暮男爵/第一章
小暮男爵 <第一章>
<<目次>>
§1 旅立ち * §11 二人のお仕置き②
§2 お仕置き誓約書 * §12 ランチタイムの話題
§3 赤ちゃん卒業? * §13 お父様の来校
§4 勉強椅子 * §14 お仕置き部屋への侵入
§5 朝のお浣腸 * §15 お股へのお灸
§6 朝の出来事 * §16 瑞穂お姉様のお仕置き
§7 登校 * §17 明君のお仕置き
§8 桃源郷にて * §18 天使たちのドッヂボール
§9 桃源郷からの帰還 * §19 社子春たちのお仕置き
§10 二人のお仕置き① * §20 六年生へのお仕置き
****<< §8 >>****/桃源郷にて/****
世の中には学習指導要領なんてものがあるそうですが、私たち
の学校では、教科書に書かれているような内容はおおむね家庭で
勉強するのが常識になっていました。
いつも授業の始まりに行われる宿題の確認テストで生徒全員が
合格すればそれでOK。その後は教科書には書かれていない内容
を勉強することになります。
国語と算数は一応その単元に則した内容の授業を心がけていた
ようですが、他の教科はそんなのお構いなし。先生が自由に課題
を決めて授業を始めますから、途中から脱線に次ぐ脱線なんて事
も……。
この日も、国語はクラス全員が宿題になっていたテストに合格
しましたから、先生も教科書は開きません。どんなことをしたか
というと……
紫式部と清少納言の生い立ちや境遇の違いについて物語ると、
源氏物語、枕草子からにじみ出る二人の性格の違いについてとか、
はては、平安貴族の日常生活や恋愛事情なんてことまで………
今、思い返すとおよそ小学生に聞かせる内容じゃない気もする
んですが、小宮先生の名調子に乗せられて、私たちは平安時代の
優美な世界に心を躍らせて聞いています。
その後、平安貴族になったつもりで寸劇。古語は難しくて爆笑
また爆笑でした。
もちろん、こんなことやってみても学力とは何の関係もありま
せんけど、宿題テストが不合格になって無味乾燥な教科書の復習
をやらされるより、私たちにとってはずっとずっと楽しい授業で
した。
ユニークなのは国語だけじゃありません。
理科の先生はいつも私たちに楽しい実験ばかりをやらせます。
だから、理科というのは動植物の観察か実験をやるための遊びの
時間だと思っていましたし、社会科は社会科見学であちこち回り
ますから、これは遠足の時間なんだと思っていました。
いずれにしてもこの二つの教科は興味さえあれば他に勉強する
ことのない楽な教科でした。教科書を一度も開かないまま学期末
になったりして、家庭教師の先生から、せめて教科書のおさらい
だけはしてくださいと言われて最後にやったのを覚えています。
この他にも、音楽祭、学芸会、文化祭など各種行事や催し物が
たくさん組んでありますから、けっこう楽しいスクールライフで
した。
もっともそのおかげで、掛け算の九九やローマ字も全て夏休み
の宿題。
うちの場合、教科書的な知識を授けるのは学校の先生ではなく
家庭教師のお仕事。もし家庭教師がいないければお父様お母様の
お仕事でした。
この日は一時間目が国語で二時間目が算数。
実は私、算数が苦手で、『何でこんな教科があるんだろう?』
と思っていました。
他の教科は宿題さえやってくれば、その日先生がどんな楽しい
お話をしてくれるのか、わくわくしながら待つことができます。
でも、この算数だけはどんなに真面目に宿題をこなしてテスト
がうまくいってもその後の授業があまり代わり映えしません。
いえ、算数だって教科書をそのままやっていたわけじゃありま
せん。先生は面白くしようと工夫なさっていました。
例えば……
「これは高等数学の基礎なの。今、あなたたちは高校生のお姉
さんたちと同じレベルの事を考えてるのよ」
なんて、先生は得意げにおっしゃいますけど、私にはちょっと
変わったパズルやゲームをやってるだけに思えます。
何より不満なのは、算数って、数字や記号や図形ばかりで人が
出てこないことなんです。男の子には理解不能なんでしょうけど、
女の子って人が基準なんです。
人が行動して、おしゃべりして、物語があって、そこから答え
を導き出してくるんです。人が答えを教えてくれるんです。
数字や記号はいくら眺めていても何も答えてくれませんから。
それに算数って、ほんのちょっと答えがずれただけでも『X』
でしょう。残酷なんですよ。もし答えが近かったら『これ正解に
近かったから5点のうち2点あげるね』とか言ってくれてもいい
と思うんですけど。
せっかく苦労してやったのに『X』だけじゃ寂しいもの。
とまあ、こんな理由で私は算数が苦手でした。
でも、広志君は男の子だからでしょうか、この算数が得意で、
クラスで一斉に同じテストをやっていても、たいていは一番早く
解いてしまいます。
そこで、私はこの子を頼りにしていました。いくら問題用紙を
眺めていても答えが浮かんでこない時は、問題文ではなく手近に
いる広志君に助けてもらうのです。
私が問題の番号を消しゴムに書いて立てておくと……
それに気がついた広志君が自分の消しゴムに答えを書いて私が
見えるように立てておいてくれます。
これで、途中の計算式は分からなくてもとりあえず正解は確保
できますから、後はどうしてそうなったかを考えるだけでした。
これだけ見ると、私ってだらしのない女の子に見えるかもしれ
ませんが、私だって不器用(?)な広志君のために家庭科や図工
の宿題では随分手伝ってあげましたから、お互い持ちつ持たれつ
なんです。
女の子って独りは嫌いです。何をやるにもお友だちが頼りです。
たとえ自分がこうやろうと固く心に決めていても必ずお友だちに
賛同を求めます。そこで反対されても構いません。お友だちとの
おしゃべりで心は落ち着き、お友だちとのコミュニケーションで
新たな知識も受けられます。
とにかく、人のあいだにいると、ほっとするんです。
ですから、私が頼りにしているのも人生の判断材料にしている
のも全部人、人、人。数字の入り込む余地はありません。算数は
いりません。
でも、学校へ通っている以上、お付き合いでこの教科もやらな
きゃならない。苦痛だなあと思いながら算数をやってるわけです。
話がちょっぴり脱線してしまいましたが、苦手な算数が終わる
と、次の三、四時間目は図工の時間。
その日は昨夜までの雨があがって天気がよくなりましたから、
図工の先生が、『三時間目はお外でスケッチ、四時間目はそれを
教室で仕上げましょう』と言い出します。
これにはみんな大賛成でした。
辛気臭い教室を離れて外に出られるだけでも、気晴らしになり
ますから。
私は、算数の時間の御礼に広志君を手伝ってあげようと思って
いました。
「ねえ、ヒロ君はどこでスケッチするの?」
でも……
「どこでもいいだろう。あっち行けよ」
「いいじゃない。一緒に描こうよ」
「いやだよ、あっちへ行けよ!」
広志君、算数の時間とは打って変わってそっけないんです。
「ケチ、ちょっとぐらい絵がうまいからって、もういいわよ!」
私は捨て台詞を残すと、一旦はその場から離れて女の子たちと
合流しますが、でも、なぜか彼のことが気になって離れた処から
ずっと広志君の様子を窺っていたんです。
また折を見て一緒の場所でスケッチをしたいと思っていました
から。
ところが……
『えっ!』
私は驚きます。
その時広志君は図画の先生からスケッチの場所として指定され
ていた校庭の花壇付近を離れ、独りだけ高い金網フェンスがある
校庭の隅にいたんです。
しかも、さっきから何だかしきりに辺りの様子を窺っています
から、『おかしいな?』とは思ってたんですが。
それが、いきなり持っていた画板やパステルの箱を破れた金網
のすき間に差し入れます。
そして、広志君自身も……消えた!
『いや、待ってよ。……それって、やばいよ』
私は広志君が脱走するところを見てしまいました。
広志君は古くなった金網が腐りかけているのを利用して、今、
フェンスの向こう側へ出ようとしています。
でも、そのフェンスの外というは、昔から、それこそ私たちが
この学校に入学した時から担任の小宮先生に……
「いいですか、この先には急な崖があります。危ないですから
絶対にこの柵を登って向こう側へは行ってはだめですよ」
って、注意されている生徒立入禁止の区域でした。
『どうしよう?……どうしてそんなことするのよ』
『広志君って普段はとっても冷静な子のはずなのにどうして?』
私の心臓がどぎまぎします。
私は女の子たちの群れからそ~っと抜け出すと、私も広志君の
後を追って彼の場所へ。
もちろん、当初は見つけて一緒に引き返すためでした。
だって、このタブーはおそらく胤子先生の比じゃないはずです
から……もし見つかったら、お仕置きは確実。それも、恐らくは
クラスのお友だちみんなの見ている前での見せしめ刑です。
実は、昔、このフェンスをよじ登ったお転婆娘がいたんですが、
その子がそうでしたから。
クラス全員の見ている前で100回もお尻を叩かれたんです。
大半は、先生がその子をお膝の上にうつ伏せに寝そべらせて、
平手でお尻を軽くペンペンしてただけなんですが、最後の10回
は……
「こんな危ない事をする子に、みなさんも『いけませんよ』と
いう気持を伝えましょう」
とか言われて、机にうつ伏せにしたその子のお尻をで一人二回
ずつ竹の物差しでぶつことに……。
みんな遠慮して強くは叩きませんでしたが、その子にとっては
お尻への痛みより、恥ずかしさや屈辱感が何よりたまらなかった
と思います。
先生たちは女の子には恥ずかしい罰の方が効果があると考えて
こうしたお仕置きを多用していたのです。
それだけじゃありません。閻魔帳に載るXだって、こんな時は
一つだけじゃありません。あの時は二つ、いえ、三つだったかも
しれませんね。
そんな危険を冒してまで、広志君はなぜ柵の中へと入り込んだ
のでしょうか?
その時はまったく理解できませんでした。
広志君がフェンスの外へと消えた瞬間、私は先生に告げ口する
ことも考えました。それが良い子としては普通の判断ですから。
でも、私は……
『せっかくのチャンス。広志君の秘密が知りたい』
そんな思いがあって別の決心をします。
『私も……』
私は広志君が消えた場所までやってくると金網フェンスの地面
付近で力いっぱい捲れば子供一人分が開く場所を発見。
誰かに見られていないか辺りを窺いつつ一瞬で滑り込みます。
何のことはない広志君と同じことをしたのでした。
中に入る時は、さすがに緊張しました。女の子は先生に叱られ
たくありません。もちろん男の子だってそうでしょうけど男の子
以上に怖がりなんです。
ですから、金網の外に出る瞬間は相当なスリルでした。
でも中に入ってみると、そこは先生がガミガミ言うほど危険な
場所ではありませんでした。コンクリートが打たれた土手の上と
いった感じの処で幅が1m位もありますから見た感じ結構広くて
安全そうです。
そこからの景色は眼下には乗用車がずらり。それって私たちが
普段お世話になっている駐車場でした。
『え~~っと、うちのポンコツ、リンカーンは……』
眺めのよさに思わず我が家の愛車を探してしまいます。
この土手は生徒は立ち入り禁止でも庭師や電気工事の人が利用
しますから道幅も広く安全に作られていました。
ただ、今いる土手を2mほど滑り下ると、そこには30センチ
ほどの幅しかない細い道。さらにそこも越えてしまうと、その先
には地面がありませんでした。ほぼ直角に近い急斜面。駐車場の
周囲を彩る銀杏の木々がそこに頭だけを出しています。
この崖から駐車場の地面までは高さが5m。もし、この崖から
足を滑らせたら駐車場の地面に激突。怪我だけではすまないかも
しれません。
舗装された一番上の道からなら悠然と眺められる駐車場もここ
から眺めると、足元が不安定で目もくらむような高さを感じます。
だからこそ、学校はここにフェンスを建て子供たちの立ち入り
を禁止していたのでした。
私は広志君の後を追い、すぐにフェンスの外へ出てきたつもり
でいましたが、気がつけばあたりに広志君の姿が見えません。
『あれ?……』
土手の端で踵だけコンクリートに着けてあちこちキョロキョロ
探していると……いきなりでした。
「きゃあ~~~」
誰かに両肩を掴まれます。
驚いたの何のって私の悲鳴は校舎までも届いたみたいでした。
それだけじゃありません。慌てた私は恐怖心から訳も分からず
私はその人にもの凄い力でしがみ付きます。
「ばか、やめろ!」
それは八手の木陰から出てきた広志君にとっても予想外だった
のでしょう、二人は土手の上であたふた。
「いやあ~~~」
結局、二人はバランスを崩すと抱き合うようにして崖の斜面を
滑り落ちます。
その瞬間、ぬちゃっという感覚がパンツを通してお尻に……。
昨日までの雨で斜面がぬかるんでいたところへ、お尻をつけて
滑ったものですから、シャツもスカートもパンツもドロだらけで
した。
「何よ、何すんのよ」
私は広志君の顔を見て怒ります。
彼もまた、シャツもズボンも泥で真っ黒でした。
「ごめん」
彼が謝ってくれて、私はほんのちょっぴり恥ずかしくなって、
すねた顔になります。
いえ、本当は二人抱き合って滑ってる途中に彼だと気づいて、
とっても楽しかったんですがそんなこと恥ずかしくて言えません
でした。
でもこれって、危ないスポーツだったのです。
何しろ、草スキーの終点で、二人はその足先をすでに恐い崖の
先に突き出して止まっていたんですから。
もう少しで本当に崖から落ちていたところでした。
身体は無事でしたが……
「あっ、私のパステルが……」
私は駐車場の地面に散乱する私のパステルを見つめます。
どうやら土手で揉み合った時に、私のパステルが犠牲になった
みたいでした。
「拾いに行かなくちゃ」
私が言うと、広志君が……
「もう無理だよ、ここ、下りられないもん。いいよ、今日は、
僕のを使いなよ。二人で一緒に描けばいいじゃないか」
私の願いはこうして図らずも実現します。
でも、女の子って偏屈です。
「いいわよ、自分で取りに行くから……こんなのヒロ君のせい
だからね」
私はわざと勢いよく立ち上がってみせます。
すると……
「いやあ~!」
またもやバランスを崩して今度こそ本当に崖から落ちそうに。
それを助けてくれたのも広志君でした。
「ごめん、本当にごめん、一緒にスケッチしようよ。だって、
今、戻ってもどうせ先生に見つかっちゃうもん」
私の作戦は大成功。広志君の困った顔、べそかいた顔って素敵
です。
でも、私がイニシアチブを取れたのはそこまででした。
この後の私は、もう何もできませんでした。
『ヒロ君と二人だけのスケッチ』という望みがかなった私は、
その後はヒロ君の言いなりだったのです。
「ねえ、なぜこっちへ来たの?先生に叱られるよ」
私が尋ねると……
「こっちに僕のお気に入りの場所があるんだ。だからフェンス
の外で描きたかったんだ。おいでよ、見せてあげるから」
ヒロ君が私の手を取ります。
ぐいぐい引っ張ります。
走ります。
足元が滑ります。
そのたびにヒロ君が私を抱きかかえます。
まるで夢のように幸せな世界でした。
もちろん、30センチ幅しかないぬかるむ土手で、もし、足を
滑らしたら今度こそ本当に5m下へ真っ逆さま。
なんですが……幸せいっぱいの私には、そんな不幸な未来など
頭の片隅にもありませんでした。
私たちは右手に駐車場を見ながら細い土手の上を走ります。
そして、100mほど行った先の大きな畝を越えると、辺りの
景色が一変しました。
そこは明るく緩やかな緑の谷が遠くまで続く場所。そのさらに
先には煙に煙る港町の遠景が広がっています。それだけではあり
ません。私たちの頭上を覆う厚い雲は渦を捲いて怖いくらいです
が、雲間から差し込む光の柱はとても神々しくて、まるで宗教画
のようです。その陽の光を伝い今にも天使が下りてきそうでした。
「ここ日本じゃないみたい。西洋の絵にこんなのあったわよね、
厚い雲が渦巻く中を光の柱が地上に届いてるの。わあ~~綺麗。
いいなあ~こんなの。学校のこんな近くにこんな処があったのね。
私、生まれて初めてこんな空を見たわ」
私は思わず感嘆の声を上げます。
私はこの学校に四年以上通っています。でも、ここへ来たこと
は一度もありませんでした。幼いせいもありますが、誰かさんと
違って先生の言うことをきいて、規則をちゃんと守ってきました
から学校の近くにこんなに美しい谷があっても発見するチャンス
はありませんでした。
「ここは僕が見つけたんだ。春には菜の花が一面に咲いてた。
この辺全~部、ま黄色だったんだから。僕はここでスケッチした
いだけなんだ。学校のお庭は平凡でつまんないもん」
広志君は私の手を引いて緩やかな谷をどんどん下っていきます。
でこぼこした道、大きな石や岩もあって歩きにくいけど楽しい
別世界へ招待。
心の奥底では先生の恐い顔と声がちらつき始めていましたが、
一生懸命振り払います。
『私にこんな勇気があったなんて……』
私は自分で自分に驚きながらも広志君の誘いを断る勇気はまっ
たくありませんでした。広志君のなすがままだったのです。
広い谷の一番奥まった場所。ちょっぴり涼しいその場所には、
二人がちょうど肩を寄せ合って入れるくらいの小さな洞窟があり
ます。
「ここにしよう。僕はこの百合が描きたかったんだ」
ここには大きくて立派な山白百合が少し間を置いてあちこちに
咲いています。
広志君、ここが最もお気に入りの場所のようでした。
ここからは近くのその百合の花だけでなく、遠くに三角屋根の
教会があったり、赤いレンガの倉庫、発電所の高い煙突からたな
びく煙や鉄橋を通過していく列車もはっきり見えます。
私はパステルを落としてしまったので、広志君と肩を接する様
に腰を下ろして、彼のパステルでスケッチします。
ほとんど同じ位置で描いてますから、出来上がったものは同じ
景色なのかなと思いきやこれがまったく違っていました。
広志君は、県展の特選を始め新聞社や放送局主催のコンクール
では入選佳作の常連。デッサン力を私と比べてはいけませんが、
そうではなく、広志君の絵にはここからでは見えるはずのない物
までがたくさん描きこまれていたのです。
「ねえ、この観覧車や丸いガスタンクやテレビ塔って、どこに
あるの?」
私が不思議そうに尋ねると……
「僕の心の中。前に見たことのあるものを当てはめたんだ」
「それって、インチキじゃないの?」
「そんなことないよ。この方がシルエットが美しいもの。……
バランスが取れてて美しい構図になるなら、僕は何でも足すし、
何でも省略する。絵画は美の追求。写真の模写じゃないからね、
これでいいんだよ」
よくわかりませんが、カッコいいことを言います。
そのうち、私の出来上がったスケッチを一瞥すると鼻で笑って
…………。
「あっ、やめて!!」
私の制止もきかず、私の絵に大きな木を一本描き加えます。
「ほら、これに葉っぱを描けばいいんだよ。よくなるから」
広志君はご満悦でしたが私は何だか自分の世界を汚されたよう
で不満です。
でも、仕方なくその木に枝や葉っぱを描き足すうち……
『やっぱり、こっちの方がよかったのかなあ』
と思うのでした。
「ねえ、この木、もともとヒロ君が描いたでしょう。先生に、
この絵、そのまま提出しても怒られないかなあ?」
私は不安を口にしますが、でも、私たちが学校に帰って真っ先
に怒らるのは、もちろんそんなことではありません。
幸せな時間が過ぎ行く中、私たちはもっともっと大事なことを
すっかり忘れてしまっていたのでした。
************<8>************
小暮男爵 <第一章>
<<目次>>
§1 旅立ち * §11 二人のお仕置き②
§2 お仕置き誓約書 * §12 ランチタイムの話題
§3 赤ちゃん卒業? * §13 お父様の来校
§4 勉強椅子 * §14 お仕置き部屋への侵入
§5 朝のお浣腸 * §15 お股へのお灸
§6 朝の出来事 * §16 瑞穂お姉様のお仕置き
§7 登校 * §17 明君のお仕置き
§8 桃源郷にて * §18 天使たちのドッヂボール
§9 桃源郷からの帰還 * §19 社子春たちのお仕置き
§10 二人のお仕置き① * §20 六年生へのお仕置き
****<< §8 >>****/桃源郷にて/****
世の中には学習指導要領なんてものがあるそうですが、私たち
の学校では、教科書に書かれているような内容はおおむね家庭で
勉強するのが常識になっていました。
いつも授業の始まりに行われる宿題の確認テストで生徒全員が
合格すればそれでOK。その後は教科書には書かれていない内容
を勉強することになります。
国語と算数は一応その単元に則した内容の授業を心がけていた
ようですが、他の教科はそんなのお構いなし。先生が自由に課題
を決めて授業を始めますから、途中から脱線に次ぐ脱線なんて事
も……。
この日も、国語はクラス全員が宿題になっていたテストに合格
しましたから、先生も教科書は開きません。どんなことをしたか
というと……
紫式部と清少納言の生い立ちや境遇の違いについて物語ると、
源氏物語、枕草子からにじみ出る二人の性格の違いについてとか、
はては、平安貴族の日常生活や恋愛事情なんてことまで………
今、思い返すとおよそ小学生に聞かせる内容じゃない気もする
んですが、小宮先生の名調子に乗せられて、私たちは平安時代の
優美な世界に心を躍らせて聞いています。
その後、平安貴族になったつもりで寸劇。古語は難しくて爆笑
また爆笑でした。
もちろん、こんなことやってみても学力とは何の関係もありま
せんけど、宿題テストが不合格になって無味乾燥な教科書の復習
をやらされるより、私たちにとってはずっとずっと楽しい授業で
した。
ユニークなのは国語だけじゃありません。
理科の先生はいつも私たちに楽しい実験ばかりをやらせます。
だから、理科というのは動植物の観察か実験をやるための遊びの
時間だと思っていましたし、社会科は社会科見学であちこち回り
ますから、これは遠足の時間なんだと思っていました。
いずれにしてもこの二つの教科は興味さえあれば他に勉強する
ことのない楽な教科でした。教科書を一度も開かないまま学期末
になったりして、家庭教師の先生から、せめて教科書のおさらい
だけはしてくださいと言われて最後にやったのを覚えています。
この他にも、音楽祭、学芸会、文化祭など各種行事や催し物が
たくさん組んでありますから、けっこう楽しいスクールライフで
した。
もっともそのおかげで、掛け算の九九やローマ字も全て夏休み
の宿題。
うちの場合、教科書的な知識を授けるのは学校の先生ではなく
家庭教師のお仕事。もし家庭教師がいないければお父様お母様の
お仕事でした。
この日は一時間目が国語で二時間目が算数。
実は私、算数が苦手で、『何でこんな教科があるんだろう?』
と思っていました。
他の教科は宿題さえやってくれば、その日先生がどんな楽しい
お話をしてくれるのか、わくわくしながら待つことができます。
でも、この算数だけはどんなに真面目に宿題をこなしてテスト
がうまくいってもその後の授業があまり代わり映えしません。
いえ、算数だって教科書をそのままやっていたわけじゃありま
せん。先生は面白くしようと工夫なさっていました。
例えば……
「これは高等数学の基礎なの。今、あなたたちは高校生のお姉
さんたちと同じレベルの事を考えてるのよ」
なんて、先生は得意げにおっしゃいますけど、私にはちょっと
変わったパズルやゲームをやってるだけに思えます。
何より不満なのは、算数って、数字や記号や図形ばかりで人が
出てこないことなんです。男の子には理解不能なんでしょうけど、
女の子って人が基準なんです。
人が行動して、おしゃべりして、物語があって、そこから答え
を導き出してくるんです。人が答えを教えてくれるんです。
数字や記号はいくら眺めていても何も答えてくれませんから。
それに算数って、ほんのちょっと答えがずれただけでも『X』
でしょう。残酷なんですよ。もし答えが近かったら『これ正解に
近かったから5点のうち2点あげるね』とか言ってくれてもいい
と思うんですけど。
せっかく苦労してやったのに『X』だけじゃ寂しいもの。
とまあ、こんな理由で私は算数が苦手でした。
でも、広志君は男の子だからでしょうか、この算数が得意で、
クラスで一斉に同じテストをやっていても、たいていは一番早く
解いてしまいます。
そこで、私はこの子を頼りにしていました。いくら問題用紙を
眺めていても答えが浮かんでこない時は、問題文ではなく手近に
いる広志君に助けてもらうのです。
私が問題の番号を消しゴムに書いて立てておくと……
それに気がついた広志君が自分の消しゴムに答えを書いて私が
見えるように立てておいてくれます。
これで、途中の計算式は分からなくてもとりあえず正解は確保
できますから、後はどうしてそうなったかを考えるだけでした。
これだけ見ると、私ってだらしのない女の子に見えるかもしれ
ませんが、私だって不器用(?)な広志君のために家庭科や図工
の宿題では随分手伝ってあげましたから、お互い持ちつ持たれつ
なんです。
女の子って独りは嫌いです。何をやるにもお友だちが頼りです。
たとえ自分がこうやろうと固く心に決めていても必ずお友だちに
賛同を求めます。そこで反対されても構いません。お友だちとの
おしゃべりで心は落ち着き、お友だちとのコミュニケーションで
新たな知識も受けられます。
とにかく、人のあいだにいると、ほっとするんです。
ですから、私が頼りにしているのも人生の判断材料にしている
のも全部人、人、人。数字の入り込む余地はありません。算数は
いりません。
でも、学校へ通っている以上、お付き合いでこの教科もやらな
きゃならない。苦痛だなあと思いながら算数をやってるわけです。
話がちょっぴり脱線してしまいましたが、苦手な算数が終わる
と、次の三、四時間目は図工の時間。
その日は昨夜までの雨があがって天気がよくなりましたから、
図工の先生が、『三時間目はお外でスケッチ、四時間目はそれを
教室で仕上げましょう』と言い出します。
これにはみんな大賛成でした。
辛気臭い教室を離れて外に出られるだけでも、気晴らしになり
ますから。
私は、算数の時間の御礼に広志君を手伝ってあげようと思って
いました。
「ねえ、ヒロ君はどこでスケッチするの?」
でも……
「どこでもいいだろう。あっち行けよ」
「いいじゃない。一緒に描こうよ」
「いやだよ、あっちへ行けよ!」
広志君、算数の時間とは打って変わってそっけないんです。
「ケチ、ちょっとぐらい絵がうまいからって、もういいわよ!」
私は捨て台詞を残すと、一旦はその場から離れて女の子たちと
合流しますが、でも、なぜか彼のことが気になって離れた処から
ずっと広志君の様子を窺っていたんです。
また折を見て一緒の場所でスケッチをしたいと思っていました
から。
ところが……
『えっ!』
私は驚きます。
その時広志君は図画の先生からスケッチの場所として指定され
ていた校庭の花壇付近を離れ、独りだけ高い金網フェンスがある
校庭の隅にいたんです。
しかも、さっきから何だかしきりに辺りの様子を窺っています
から、『おかしいな?』とは思ってたんですが。
それが、いきなり持っていた画板やパステルの箱を破れた金網
のすき間に差し入れます。
そして、広志君自身も……消えた!
『いや、待ってよ。……それって、やばいよ』
私は広志君が脱走するところを見てしまいました。
広志君は古くなった金網が腐りかけているのを利用して、今、
フェンスの向こう側へ出ようとしています。
でも、そのフェンスの外というは、昔から、それこそ私たちが
この学校に入学した時から担任の小宮先生に……
「いいですか、この先には急な崖があります。危ないですから
絶対にこの柵を登って向こう側へは行ってはだめですよ」
って、注意されている生徒立入禁止の区域でした。
『どうしよう?……どうしてそんなことするのよ』
『広志君って普段はとっても冷静な子のはずなのにどうして?』
私の心臓がどぎまぎします。
私は女の子たちの群れからそ~っと抜け出すと、私も広志君の
後を追って彼の場所へ。
もちろん、当初は見つけて一緒に引き返すためでした。
だって、このタブーはおそらく胤子先生の比じゃないはずです
から……もし見つかったら、お仕置きは確実。それも、恐らくは
クラスのお友だちみんなの見ている前での見せしめ刑です。
実は、昔、このフェンスをよじ登ったお転婆娘がいたんですが、
その子がそうでしたから。
クラス全員の見ている前で100回もお尻を叩かれたんです。
大半は、先生がその子をお膝の上にうつ伏せに寝そべらせて、
平手でお尻を軽くペンペンしてただけなんですが、最後の10回
は……
「こんな危ない事をする子に、みなさんも『いけませんよ』と
いう気持を伝えましょう」
とか言われて、机にうつ伏せにしたその子のお尻をで一人二回
ずつ竹の物差しでぶつことに……。
みんな遠慮して強くは叩きませんでしたが、その子にとっては
お尻への痛みより、恥ずかしさや屈辱感が何よりたまらなかった
と思います。
先生たちは女の子には恥ずかしい罰の方が効果があると考えて
こうしたお仕置きを多用していたのです。
それだけじゃありません。閻魔帳に載るXだって、こんな時は
一つだけじゃありません。あの時は二つ、いえ、三つだったかも
しれませんね。
そんな危険を冒してまで、広志君はなぜ柵の中へと入り込んだ
のでしょうか?
その時はまったく理解できませんでした。
広志君がフェンスの外へと消えた瞬間、私は先生に告げ口する
ことも考えました。それが良い子としては普通の判断ですから。
でも、私は……
『せっかくのチャンス。広志君の秘密が知りたい』
そんな思いがあって別の決心をします。
『私も……』
私は広志君が消えた場所までやってくると金網フェンスの地面
付近で力いっぱい捲れば子供一人分が開く場所を発見。
誰かに見られていないか辺りを窺いつつ一瞬で滑り込みます。
何のことはない広志君と同じことをしたのでした。
中に入る時は、さすがに緊張しました。女の子は先生に叱られ
たくありません。もちろん男の子だってそうでしょうけど男の子
以上に怖がりなんです。
ですから、金網の外に出る瞬間は相当なスリルでした。
でも中に入ってみると、そこは先生がガミガミ言うほど危険な
場所ではありませんでした。コンクリートが打たれた土手の上と
いった感じの処で幅が1m位もありますから見た感じ結構広くて
安全そうです。
そこからの景色は眼下には乗用車がずらり。それって私たちが
普段お世話になっている駐車場でした。
『え~~っと、うちのポンコツ、リンカーンは……』
眺めのよさに思わず我が家の愛車を探してしまいます。
この土手は生徒は立ち入り禁止でも庭師や電気工事の人が利用
しますから道幅も広く安全に作られていました。
ただ、今いる土手を2mほど滑り下ると、そこには30センチ
ほどの幅しかない細い道。さらにそこも越えてしまうと、その先
には地面がありませんでした。ほぼ直角に近い急斜面。駐車場の
周囲を彩る銀杏の木々がそこに頭だけを出しています。
この崖から駐車場の地面までは高さが5m。もし、この崖から
足を滑らせたら駐車場の地面に激突。怪我だけではすまないかも
しれません。
舗装された一番上の道からなら悠然と眺められる駐車場もここ
から眺めると、足元が不安定で目もくらむような高さを感じます。
だからこそ、学校はここにフェンスを建て子供たちの立ち入り
を禁止していたのでした。
私は広志君の後を追い、すぐにフェンスの外へ出てきたつもり
でいましたが、気がつけばあたりに広志君の姿が見えません。
『あれ?……』
土手の端で踵だけコンクリートに着けてあちこちキョロキョロ
探していると……いきなりでした。
「きゃあ~~~」
誰かに両肩を掴まれます。
驚いたの何のって私の悲鳴は校舎までも届いたみたいでした。
それだけじゃありません。慌てた私は恐怖心から訳も分からず
私はその人にもの凄い力でしがみ付きます。
「ばか、やめろ!」
それは八手の木陰から出てきた広志君にとっても予想外だった
のでしょう、二人は土手の上であたふた。
「いやあ~~~」
結局、二人はバランスを崩すと抱き合うようにして崖の斜面を
滑り落ちます。
その瞬間、ぬちゃっという感覚がパンツを通してお尻に……。
昨日までの雨で斜面がぬかるんでいたところへ、お尻をつけて
滑ったものですから、シャツもスカートもパンツもドロだらけで
した。
「何よ、何すんのよ」
私は広志君の顔を見て怒ります。
彼もまた、シャツもズボンも泥で真っ黒でした。
「ごめん」
彼が謝ってくれて、私はほんのちょっぴり恥ずかしくなって、
すねた顔になります。
いえ、本当は二人抱き合って滑ってる途中に彼だと気づいて、
とっても楽しかったんですがそんなこと恥ずかしくて言えません
でした。
でもこれって、危ないスポーツだったのです。
何しろ、草スキーの終点で、二人はその足先をすでに恐い崖の
先に突き出して止まっていたんですから。
もう少しで本当に崖から落ちていたところでした。
身体は無事でしたが……
「あっ、私のパステルが……」
私は駐車場の地面に散乱する私のパステルを見つめます。
どうやら土手で揉み合った時に、私のパステルが犠牲になった
みたいでした。
「拾いに行かなくちゃ」
私が言うと、広志君が……
「もう無理だよ、ここ、下りられないもん。いいよ、今日は、
僕のを使いなよ。二人で一緒に描けばいいじゃないか」
私の願いはこうして図らずも実現します。
でも、女の子って偏屈です。
「いいわよ、自分で取りに行くから……こんなのヒロ君のせい
だからね」
私はわざと勢いよく立ち上がってみせます。
すると……
「いやあ~!」
またもやバランスを崩して今度こそ本当に崖から落ちそうに。
それを助けてくれたのも広志君でした。
「ごめん、本当にごめん、一緒にスケッチしようよ。だって、
今、戻ってもどうせ先生に見つかっちゃうもん」
私の作戦は大成功。広志君の困った顔、べそかいた顔って素敵
です。
でも、私がイニシアチブを取れたのはそこまででした。
この後の私は、もう何もできませんでした。
『ヒロ君と二人だけのスケッチ』という望みがかなった私は、
その後はヒロ君の言いなりだったのです。
「ねえ、なぜこっちへ来たの?先生に叱られるよ」
私が尋ねると……
「こっちに僕のお気に入りの場所があるんだ。だからフェンス
の外で描きたかったんだ。おいでよ、見せてあげるから」
ヒロ君が私の手を取ります。
ぐいぐい引っ張ります。
走ります。
足元が滑ります。
そのたびにヒロ君が私を抱きかかえます。
まるで夢のように幸せな世界でした。
もちろん、30センチ幅しかないぬかるむ土手で、もし、足を
滑らしたら今度こそ本当に5m下へ真っ逆さま。
なんですが……幸せいっぱいの私には、そんな不幸な未来など
頭の片隅にもありませんでした。
私たちは右手に駐車場を見ながら細い土手の上を走ります。
そして、100mほど行った先の大きな畝を越えると、辺りの
景色が一変しました。
そこは明るく緩やかな緑の谷が遠くまで続く場所。そのさらに
先には煙に煙る港町の遠景が広がっています。それだけではあり
ません。私たちの頭上を覆う厚い雲は渦を捲いて怖いくらいです
が、雲間から差し込む光の柱はとても神々しくて、まるで宗教画
のようです。その陽の光を伝い今にも天使が下りてきそうでした。
「ここ日本じゃないみたい。西洋の絵にこんなのあったわよね、
厚い雲が渦巻く中を光の柱が地上に届いてるの。わあ~~綺麗。
いいなあ~こんなの。学校のこんな近くにこんな処があったのね。
私、生まれて初めてこんな空を見たわ」
私は思わず感嘆の声を上げます。
私はこの学校に四年以上通っています。でも、ここへ来たこと
は一度もありませんでした。幼いせいもありますが、誰かさんと
違って先生の言うことをきいて、規則をちゃんと守ってきました
から学校の近くにこんなに美しい谷があっても発見するチャンス
はありませんでした。
「ここは僕が見つけたんだ。春には菜の花が一面に咲いてた。
この辺全~部、ま黄色だったんだから。僕はここでスケッチした
いだけなんだ。学校のお庭は平凡でつまんないもん」
広志君は私の手を引いて緩やかな谷をどんどん下っていきます。
でこぼこした道、大きな石や岩もあって歩きにくいけど楽しい
別世界へ招待。
心の奥底では先生の恐い顔と声がちらつき始めていましたが、
一生懸命振り払います。
『私にこんな勇気があったなんて……』
私は自分で自分に驚きながらも広志君の誘いを断る勇気はまっ
たくありませんでした。広志君のなすがままだったのです。
広い谷の一番奥まった場所。ちょっぴり涼しいその場所には、
二人がちょうど肩を寄せ合って入れるくらいの小さな洞窟があり
ます。
「ここにしよう。僕はこの百合が描きたかったんだ」
ここには大きくて立派な山白百合が少し間を置いてあちこちに
咲いています。
広志君、ここが最もお気に入りの場所のようでした。
ここからは近くのその百合の花だけでなく、遠くに三角屋根の
教会があったり、赤いレンガの倉庫、発電所の高い煙突からたな
びく煙や鉄橋を通過していく列車もはっきり見えます。
私はパステルを落としてしまったので、広志君と肩を接する様
に腰を下ろして、彼のパステルでスケッチします。
ほとんど同じ位置で描いてますから、出来上がったものは同じ
景色なのかなと思いきやこれがまったく違っていました。
広志君は、県展の特選を始め新聞社や放送局主催のコンクール
では入選佳作の常連。デッサン力を私と比べてはいけませんが、
そうではなく、広志君の絵にはここからでは見えるはずのない物
までがたくさん描きこまれていたのです。
「ねえ、この観覧車や丸いガスタンクやテレビ塔って、どこに
あるの?」
私が不思議そうに尋ねると……
「僕の心の中。前に見たことのあるものを当てはめたんだ」
「それって、インチキじゃないの?」
「そんなことないよ。この方がシルエットが美しいもの。……
バランスが取れてて美しい構図になるなら、僕は何でも足すし、
何でも省略する。絵画は美の追求。写真の模写じゃないからね、
これでいいんだよ」
よくわかりませんが、カッコいいことを言います。
そのうち、私の出来上がったスケッチを一瞥すると鼻で笑って
…………。
「あっ、やめて!!」
私の制止もきかず、私の絵に大きな木を一本描き加えます。
「ほら、これに葉っぱを描けばいいんだよ。よくなるから」
広志君はご満悦でしたが私は何だか自分の世界を汚されたよう
で不満です。
でも、仕方なくその木に枝や葉っぱを描き足すうち……
『やっぱり、こっちの方がよかったのかなあ』
と思うのでした。
「ねえ、この木、もともとヒロ君が描いたでしょう。先生に、
この絵、そのまま提出しても怒られないかなあ?」
私は不安を口にしますが、でも、私たちが学校に帰って真っ先
に怒らるのは、もちろんそんなことではありません。
幸せな時間が過ぎ行く中、私たちはもっともっと大事なことを
すっかり忘れてしまっていたのでした。
************<8>************
小暮男爵 ~第一章~ §9 / 桃源郷からの帰還
小暮男爵 / <第一章>
***<< §9 >>***/桃源郷からの帰還/***
スケッチが終わり、私とヒロ君は桃源郷の入口付近まで戻って
きます。
すると破れた金網の処に園長先生が独りで立っていらっしゃい
ました。
気になってその辺りを恐る恐る観察すると、私たちがこっそり
利用したはずの金網が大きく捲れ上がっていて、今なら苦労せず
にこちらの世界へ行けそうです。
いえいえ、そもそもそんなことしなくても、園長先生が立って
いる土手沿いに設けてある正規の入口がこの時は開いていました。
こっそり近寄ると、園長先生は心配そうな顔をしています。
「ごきげんよう、園長先生」
私はいつもの習慣で声を掛けます。
きっと、私たちがあまりに近くにいますから、先生もびっくり
されたんでしょう。
振り返った瞬間、園長先生は目を丸くしておいででした。
でも、その顔はほんの一瞬でしたから私の後ろにいたヒロ君は
その顔を見逃したみたいです。
園長先生はすぐにいつもの笑顔に戻ります。
園長先生は言わずと知れたうちの学校では一番偉い方ですが、
いつもニコニコしていて、もしこれが担任の先生だったら、三日
くらい体の震えが止まらないような大失態を犯しても「大丈夫よ、
あなたはいい子だもの。次は頑張りましょう」とか、担任の先生
からお仕置きされて泣いてる子を見つけると、「大丈夫、大丈夫、
泣かなくていいのよ。もう先生怒ってないから。一緒に先生の処
へ行って謝りましょう」なんておっしゃいます。
もちろんそれはゼロではありませんが、園長先生自身が子ども
たちをお仕置きすることはほとんどありませんでした。
ですから、こちらも気楽に声が掛けられるのです。
ここを卒業後、大学生のときでしたか、同窓会の席で私が……
「園長先生はなぜいつも子供たちにやさしかったんですか?」
と尋ねたら……
「だって、私が怒ったらあなたたちの逃げ込む場所がなくなる
でしょう。先生方はあなたたちを叱るのがお仕事だから、それは
それで仕方がないけど、その子がどんな事をしたにせよ逃げ込む
場所は残しておかないと、その子の心がいつまでも癒えないわ。
そんなの誰だって嫌でしょう?」
「はい」
「世の中に救われないお仕置きというのはないの。愛されてる
からお仕置きで、憎しみがあるなら虐待。私の仕事は子供たちに
『学校はこれからもあなたを必要としてますよ。愛してますよ』
って伝える事だから……だからいつも笑顔なのよ」
「でも、私の在校中に一度だけ、園長室の前を通ったら、会田
先生のこと、大声で叱ってらっしゃったのを覚えてますよ」
「あら、まあ、そんなことがあったの。それはまずかったわね。
そんなこと生徒に聞かせちゃいけないわね。私もついつい大声に
なっちゃって……でも、それも私の仕事なの。私が叱るのは生徒
じゃなくて先生の方よ」
私は園長先生とのこんな会話をずっと覚えていまして、それを
管理職になってからは何かあるたびに『なるほど』って思い返す
んです。
そんなわけですから、この時も、その第一声は笑顔と共に……
「あら、スケッチしてきたの?楽しかった?上手に描けた?」
というものでした。
まるで、周囲の大人たちが二人の為にバタバタ働いているのを
知らないみたいな穏やかな笑顔です。
「楽しかったです。ヒロ君と一緒に向こうの谷まで行ってきて
描きました。私パステル落としちゃったからヒロ君のパステルで
一緒に描いたんだけど……そこってまるで西洋の風景画みたいで
凄かったんです」
「そう、じゃあそれを見せてちょうだい」
園長先生に求められるまま、私が画板を差し出しますと……
「……あら~~なかなかよく描けてるじゃない。……特にこの
木の枝ぶりがいいわね」
ヒロ君が勝手に書き込んだおせっかいな大木だけを先生が褒め
ますから私はちょっぴりショックでした。
「ねえ、園長先生はここで何してるの?」
私はついに禁断の質問をしてしまいます。
「ああ、私のことね……実はね、高梨先生が幼い女の子の悲鳴
を聞いたので心配してここへやって来ると、ここの金網が破れて
て、どうやら、ここから誰かさんが外に出たみたいなの」
「!!!」
私はハッとします。
『ヤバイ、ばれてたんだ』
というわけです。
「それでね、もしやと思ってここに立ってみると………ほら、
斜面の土が削れてるでしょう。コレ、恐らく誰かが滑った跡よね。
先生、慌てて下りて行くと駐車場にはパステルが散乱してるし、
ひょっとして誰かが崖から落ちたんじゃないかって……そこまで
心配なさったそうよ」
園長先生は画板を私に返しながら私の顔を覗き込みます。
もちろん、その時だって園長先生のお顔は笑顔でしたが、私は
生きた心地がしませんでした。遅ればせながらやっと事の重大性
に気づいたのです。
事の重大性……
重い言葉ですが、私にとって事の重大性というのは他人に迷惑
をかけたということではありません。自分の事だけです。要する
に……
『これがいったいどのくらい厳しいお仕置きになるんだろう?』
と、頭の中そればかりでした。
「幸い、駐車場に倒れてる子はいなくてホッとなさったけど、
今度は学校に戻ってクラスの子を確認すると、これが、一人じゃ
なくて二人もいなくなってることがわかって、それでまた大慌て。
ほかの先生方の協力も求められて、見当たらない子をみんなして
探しましょうということになったのよ」
園長先生はもちろんご存知です。私とヒロ君がその話題の主だ
ということを。でも、先生は決して私に向けた笑顔を崩しません
でした。
「でもね、私、迷子さんって、やっぱり出て行った処に戻って
来る気がするのよ。だから、あちこち探すより、ここに立って、
迷子さんが帰って来るのを待ってた方がいいんじゃないかなあと
思って、それでここに立ってるの」
私はどうしようか迷います。でも、今さら園長先生に嘘をつい
ても高梨先生の処へ戻ればすぐにバレることですから隠しようが
ありません。
「ごめんなさい。それ、私たちです」
私が白状すると……
「あら、迷子ってあなたたちだったのね。でも、よかったわ、
無事に戻れて……どこまで行ってきたの?……そうだ広志君の絵
をみせて」
園長先生は、今度はヒロ君の画板を求めます。
「……あら~この絵を見ると、鷲尾の谷まで行ったみたいね。
でも、あそこは危ないのよ。……そうだ……あなたたち、まさか
蛇に噛まれたりはしてないわよね。もし、そんなことがあったら
叱らないから言ってちょうだい」
園長先生の顔が少し厳しくなりました。
「へび?」
「そう、あそこにはマムシがいるの。昔、噛まれた子がいたの。
それだけじゃないわ。大きな蜂が巣を作ったり、落石もあるしで、
子供たちには危険な場所だから、それで立ち入れないようにした
のよ。……そうだ、広志君は、そのことよくご存知よね」
「えっ!」
ヒロ君は、突然振られて困った顔になります。
「だって、あなたは常習犯だもの」
それが園長先生の答えでした。
「常習犯?」
私が再び広志君の顔を見ると、その顔は今度は真っ赤でした。
ちょうどその時です。
小宮先生が園長先生へのご報告の為でしょうか、やってきます。
「園長先生、…………」
そう呼びかけただけで言葉が止まり。
私たちを見るなり目を丸くして大きなため息を一つ。
「広志君、あなた、今日は美咲ちゃんまでお誘いしたの?」
「そんなんじゃないよ。こいつが勝手に……」
呆れ顔の小宮先生に広志君は反論しようとしましたが、そこで
言葉が途切れてしまいました。
「まあ、いいわ……でも、今日はお母様までお見えになってる
から、それはそれなりに覚悟しておくことね」
「えっ……」
ヒロ君は絶句。唇が震えているのがわかります。
『背筋も凍る』って、そんな感じだったんでしょうか。
ヒロ君の瞳が潤んで見えました。
小暮のお父様は、奥様と一緒に住まわれていませんでしたが、
広志君のお父様は奥様とご一緒に子供たちの面倒をみておられた
のです。ですから、広志君にはお母様がいらっしゃいます。
私が見る限り、お母様はとても美しくて、親子の仲もよくて、
円満そうに見えますが、クラスの評判では『広志君のお母さんは
とても厳しい人』と囁かれていました。
その理由の一つがお灸。当時は珍しいお仕置きではありません
が、妹さんからの情報によれば、広志君、何かあるたびごとに、
お母様に家で据えられていると聞いたことがありました。
そこで、女の子たち、夏のプールで広志君をじっくり観察して
みたのですが、その痕跡は発見できませんでした。
それでも諦めきれない女の子たちは額を寄せて噂し合います。
『きっとお尻の奥に据えられてるのよ』
『お臍の中じゃない』
『ひっとして……オチンチンだったりして』
『やだあ~~~そんなことしたら死んじゃってるわよ』
『どうして?私、あそこに据えられたけど死ななかったわよ』
『あそこって?』
『ばか、変なこと聴かないでよ』
女の子が下ネタで盛り上がるなんておかしいですか?
そんなことありませんよ。女の子だって、Hな話は大好きです。
女の子同士が下ネタで盛り上がるなんて私たちの間でもごく普通
のことでした。
実際、すでに秘密のあそこに据えられていた子もいましたから。
さて、私たち二人の身柄は小宮先生に引き取られます。
「さあ、ついてらっしゃい。まずはその汚れた服を着替える事
からよ」
もちろんそれって仕方のない事でしょうが、先生の後を着いて
行く二人はまるで囚人のように首をうな垂れていました。
途中、迷子の捜索に参加した高梨先生を始め、同級生や六年生、
四年生なんかとも出会います。
「ミーミ、探したよ、どこ行ってたの?」
詩織ちゃんがいきなり抱きつきます。ミーミは私のことです。
「ちょっと、散歩よ。散歩」
「大丈夫だったミーミ。ヒロと鷲尾の谷まで行ったんでしょう。
怪我してない?」
「里香ちゃん、ごめんね心配かけて。大丈夫よ、蛇になんかに
噛まれてないから」
「えっ?蛇って?」
どうやら園長先生の話は一般的じゃなかったみたいです。
「いやだあミーミ。あんた生きてんじゃない。残念だなあ~~。
私さっき誰かに崖から落ちて死んだって聞かされたからお葬式は
いつだろうって思ってたのに~~」
そんなことを笑顔で言ってのけるのは朱音お姉様です。
お姉様は普段から人の嫌がることばかり口にしてしまう皮肉屋
さんなんですが、本当は心の優しい子でした。
「うるさいわね、そんなに簡単には死にませんよ~~だ。特に
あなたより先にだけは絶対に死なないんだから」
「わかった、わかった、いい子いい子」
お姉様は幼い子みたいに私の頭を撫でます。
『バカにするなあ~~つい一年前までは私と同じ小学生だった
くせに!!』
ってなもんですが、私は朱音お姉様があまりに強く抱きしめる
ので突き放すこともできず腰を抱かれた状態で足が宙に浮きます。
……そうしておいて、その場で一回転。
これお姉様なりの愛情表現でした。
思えば、朱音お姉様は、わざわざ中学校から私たちの小学校へ
駆けつけてくれていたのです。
こうして、お友だちと出会うたびに私たちは再会を喜びあい、
抱き合います。ハイタッチ、ハグ、ほっぺたすりすり……
こんな時は親友もライバルの子も関係ありません。とにかく、
お友だちを見つけたらお互い抱き合って喜び合う。
これが女の子の流儀でした。
というわけで『私たちが見つかった』という情報は、たちまち
校内中に広まります。
でも、ならば私たち二人がすぐに教室へ戻れたかというと……
そこがそうはいきませんでした。
「ここで待ってなさい」
小宮先生にそう命じられたのは、下駄箱のある土間をそのまま
通り抜けた先にある校舎の中庭。テニスコート一面くらいの広さ
があったでしょうか、四方に建つ校舎のおかげで風も穏やかで、
冬でも陽だまりがとてもあったかい場所です。
そんな条件を生かして中庭には沢山の草花が植えられています。
クラスごとに花壇が割り振られ、どのクラスも競争するように
手入れを惜しみませんでしてたから四季折々の草花が絶えること
がありませんでした。
やがて、そこへぞろぞろと色んな人たちがやってきます。生徒
や先生、高梨先生や私たちの家庭教師河合先生、広志君のお母様。
私はその数の多さに圧倒されます。
『どういうことかしら?』
実は、このメンバー。私たちの捜索に参加した人たちでした。
生徒はクラスメイトだけでなく四年生や六年生も参加していま
したし学校の先生は絵画担当の高梨先生やクラス担任の小宮先生、
音楽や体育の先生まで借り出されていました。これに、我が家の
家庭教師河合先生や広志君のお母様までが加わっていたという訳
です。
「さあ、それではお二人さん、まずはお着替えしましょうか。
そんな泥だらけの服ではみっともないわ」
小宮先生はまず私たちに着替えを命じます。実際、学校には、
不慮の事故を想定して予備の制服や下着が用意してありました。
それを小宮先生が運んできたのです。
そこで、私……
「わかりました。更衣室へ行ってきます」
そう言って小宮先生からその服をもらおうとしたのですが……
「あらあら、何、その手は?だめよ。これはだめ。渡せないわ。
学校の規則を破るような子は、お仕置きを受けてからでなければ
神聖な校舎に入ることができないの。あなたたちのお着替えは、
ここでやりましょう」
小宮先生の言葉はまだ幼い身体の私にとっても衝撃的でした。
広志君はまだ男の子だからいいでしょうけど、私は女の子です。
こんな大勢の人が見ている前でお着替えなんて嫌に決まってます。
「…………」
私は言葉にできない分を顔で表現して小宮先生に訴えますが、
先生はわずかに微笑んだだけでそれを無視。
その代わり、集まった生徒たちに私たちを取り囲むようにして
大きな輪を作らせると、そのまま回れ右をさせます。
つまり外を向かせてくれたわけです。
これで私は、同年代の生徒からだけは着替えの様子を見られる
心配がなくなります。
でも、こうやって私の周りを子供たちが取り囲んでも、子供の
身長は低く、その外側にいる大人の人たちからはこちらが丸見え
です。
『あの~う、大人の人からはまだ見えてるんですけど……』
私の心の声は続きますが、それは考慮してもらえそうにありま
せんでした。
「いいこと広志君、美咲ちゃん。今日はあなたたちのわがまま
のせいでこれだけ大勢の人にご迷惑をおかけしたの。あなた方は
それをじっくり反省しなければならないわ。そして、あなた方の
為にこれだけ多くのお友だちが力になってくれる幸せをじっくり
噛み締めてほしいの。……わかった?」
小宮先生、言葉は穏やかですが鼻息荒く私たちにお説教です。
私たちも……
「はい、わかりました」
「先生、ごめんなさい」
こう言うしかありませんでした。
「……わかったのなら、こうした場合、私たち学校では自分で
お着替えできないのも知ってるわよね」
「えっ!」
私は一瞬驚いて顔をあげましたが、すぐに俯きます。
「はい、先生」
やはり、こう言うしかありません。
今朝の朱音お姉さまがそうだったように、私たちが子供時代を
すごしたこの世界では規則を守らない子や歳相応の責任が果たせ
ないような子は、小学生でもその地位を剥奪されて幼児の時代へ
戻されます。もっとひどい時は赤ん坊にまで逆戻りです。
ですから、この場合、私や広志君にはこの先何が起こるのか、
容易に想像がつくのでした。
「高梨先生、お手伝いいただけますか」
小宮先生が高梨先生を呼びます。
それは私の身体を硬直させる言葉でした。
高梨先生は、先生と呼ばれていますが、実は私のお父様と同じ
ここの生徒の父兄なのです。
私達の学校では主要四教科と呼ばれる国語、算数、社会、理科、
以外の教科は生徒のお父様が先生役を買ってでられる方が多くて、
図工だけでなく音楽や体育、教科でなくても自由研究という形で
何人もの方がご自分の得意分野を子どもたちに教えてくださって
いました。
高梨先生もそんなお一人だったのですが、これが私にとっては
大問題でした。というのも高梨先生が男性だったからなのです。
当たり前の事ですが、男性の前で裸になるなんてたとえ小学生
だって嫌に決まってます。
でも……
『高梨先生は男の先生だから嫌です』
とは、うちの学校の場合、言えませんでした。
なぜって、今の私は規則を破ったいけない子なんです。そんな
いけない子はお仕置きが済むまで小学生の地位を剥奪されて幼児
とみなされます。
そして、幼児にされると、どんなに恥ずかしいと私が訴えても
大人たちがそれを認めてくれませんので、お着替えの最中、私は
高梨先生の前で自分の裸を晒すことになるのでした。
ショックな映像が頭を駆け巡り放心状態でいるなか、小宮先生
は私の様子を冷静に観察されていました。
『最初は、広志君と一緒にお着替えさせてやろうかと思ってた
けど……だいぶ、応えてるみたいだから……まあ、いいでしょう』
先生のこの判断で最悪の事態は回避されます。
結局、私と広志君の間には河合先生と広志君のお母さんが持つ
幕が張られ、広志君は高梨先生が、私は小宮先生が担当すること
になったのでした。
要するに朝のお風呂の時と同じです。こういう時、私は大人の
やってることに何一つ手出しができませんでした。
勝手に制服のジャンパースカートが剥ぎ取られシャツもパンツ
も靴下も身につけていたものとは全部全部おさらばです。
これが恥ずかしくないわけがありません。とにかく、今の私、
お外でみんなの前で全裸なのですから。
輪になったお友だちは外を向いて小宮先生から指示された通り
休み時間に入って教室から出てきた下級生たちに「あっち行って
なさい」「中を見ちゃだめ」「通り過ぎてちょうだい」なんていう
声をかけて防いでくれています。
でも、背の高い大人たちなら輪を作る子供たちの頭越しに私の
姿は丸見えです。
もちろん、ここにいる人たちはみなさんが良識のある人たち。
11歳の女の子の裸なんて、できるだけ見ないようにはしてくだ
さっているのですが、小宮先生の作業はとてもゆっくりしていて、
『さあ、どうぞ、どうぞ、この子の裸を見てやってください』と
言わんばかりでした。
小宮先生は丸裸にした私のお尻を濡れタオルで拭きあげながら
お説教します。
「いいこと、あなたは、あなたのお父様や、あなたのご兄弟や、
先生方、お友だち、みんなに守られてここにいるの。その感謝を
忘れてはいけないわ。見てごらんなさい。お友だちがああやって
手を繋いであなたの裸の身体が見えないようにしてくれてるから、
あなたのお着替えは下級生から見られずにすんでるの。お友だち
に感謝しなくちゃね」
「でも、上から大人の人たちが覗いたら見えるじゃないですか」
「そりゃあ、そうだけど、だったらお友達の親切はいらない?
何もないお庭の真ん中で下級生からはやし立てられて指を指され
ながらお着替えする方がいいの」
「それは……」
「誰を頼るにしても、その人が、何から何まで完璧にあなたを
フォローなんてしてくれないの。足りない分は別の人のお世話に
なるか、あなた自身が頑張ってうめていかなければならないわ。
あなたは大人の人なら見えると言ったけど、大人の人で、私たち
以外に誰かあなたを見てる人がいるかしら?」
「…………」
私は辺りを見回しましたが、その時は誰も私を見ていませんで
した。
「誰も見てないでしょう。それはあなたがここにいるみんなに
愛されてるから。誰もあなたを悲しませたくないからそんな事は
なさらないの。その人の為になることしかなさらない。それが、
『愛してる』『愛されてる』ってことなの。あなたはご家庭でも
この学校でも愛に囲まれて暮らしてる幸せな王女様なのよ」
「…………」
ま、そう言われても幼い私にその実感はありませんでした。
この不幸な状態と愛されてるという言葉がどうして同じなのか
がまったく分からず小首を傾げます。
すると、小宮先生は微笑まれて……
「そうね、あなたは外の世界を知らないから、仕方がないわね。
きっと『外では童話のようなもっと素晴らしい世界が広がってる』
と思ってるのかもしれないわね。でも、それはね、青い鳥と同じ。
本当の幸せはここにあるの。身も心も裸になれるここにあるのよ」
「はい、先生」
小宮先生のお説教は理解不能でしたが、でもこんな時はともかく
『はい、先生』と言わなければならないとだけわかっていました。
ですから、蚊のなくような小さな声で答えたんです。
それでも小宮先生。私の『はい、先生』で満足なされたみたい
でした。
「はい、それじゃあまずパンツを穿きましょう。あんよ上げて」
小宮先生、素っ裸にしていた私にやっと新しいパンツを穿かせ
てくれます。
でも、これでお仕置きが終了したわけではありません。
実際、こうしたお着替えだけでも、私たちには立派な辱しめの
お仕置きなのですが、本当のお仕置きはまだまだこれからだった
のです。
着替えた服はあつらえたみたいにサイズがぴったりです。
下着もサイズはぴったりでしたが、誰かが着たかもしれないと
思うと、そこはいい気持ではありませんでした。
一段落したところで小宮先生が私の耳元で囁きます。それは、
悪魔の囁きでした。
「今日はここでお仕置きします。覚悟しておいてね。みんなの
愛を裏切って勝手な行動をとったわけですから、仕方ないわね」
『やっぱり、お着替えだけじゃないんだ』
と思いました。
そして、黙っていると……
「いいですね」
と、小宮先生に念を押されます。
「はい、先生」
もちろん、私はこう言うしかありませんでした。
************<9>************
***<< §9 >>***/桃源郷からの帰還/***
スケッチが終わり、私とヒロ君は桃源郷の入口付近まで戻って
きます。
すると破れた金網の処に園長先生が独りで立っていらっしゃい
ました。
気になってその辺りを恐る恐る観察すると、私たちがこっそり
利用したはずの金網が大きく捲れ上がっていて、今なら苦労せず
にこちらの世界へ行けそうです。
いえいえ、そもそもそんなことしなくても、園長先生が立って
いる土手沿いに設けてある正規の入口がこの時は開いていました。
こっそり近寄ると、園長先生は心配そうな顔をしています。
「ごきげんよう、園長先生」
私はいつもの習慣で声を掛けます。
きっと、私たちがあまりに近くにいますから、先生もびっくり
されたんでしょう。
振り返った瞬間、園長先生は目を丸くしておいででした。
でも、その顔はほんの一瞬でしたから私の後ろにいたヒロ君は
その顔を見逃したみたいです。
園長先生はすぐにいつもの笑顔に戻ります。
園長先生は言わずと知れたうちの学校では一番偉い方ですが、
いつもニコニコしていて、もしこれが担任の先生だったら、三日
くらい体の震えが止まらないような大失態を犯しても「大丈夫よ、
あなたはいい子だもの。次は頑張りましょう」とか、担任の先生
からお仕置きされて泣いてる子を見つけると、「大丈夫、大丈夫、
泣かなくていいのよ。もう先生怒ってないから。一緒に先生の処
へ行って謝りましょう」なんておっしゃいます。
もちろんそれはゼロではありませんが、園長先生自身が子ども
たちをお仕置きすることはほとんどありませんでした。
ですから、こちらも気楽に声が掛けられるのです。
ここを卒業後、大学生のときでしたか、同窓会の席で私が……
「園長先生はなぜいつも子供たちにやさしかったんですか?」
と尋ねたら……
「だって、私が怒ったらあなたたちの逃げ込む場所がなくなる
でしょう。先生方はあなたたちを叱るのがお仕事だから、それは
それで仕方がないけど、その子がどんな事をしたにせよ逃げ込む
場所は残しておかないと、その子の心がいつまでも癒えないわ。
そんなの誰だって嫌でしょう?」
「はい」
「世の中に救われないお仕置きというのはないの。愛されてる
からお仕置きで、憎しみがあるなら虐待。私の仕事は子供たちに
『学校はこれからもあなたを必要としてますよ。愛してますよ』
って伝える事だから……だからいつも笑顔なのよ」
「でも、私の在校中に一度だけ、園長室の前を通ったら、会田
先生のこと、大声で叱ってらっしゃったのを覚えてますよ」
「あら、まあ、そんなことがあったの。それはまずかったわね。
そんなこと生徒に聞かせちゃいけないわね。私もついつい大声に
なっちゃって……でも、それも私の仕事なの。私が叱るのは生徒
じゃなくて先生の方よ」
私は園長先生とのこんな会話をずっと覚えていまして、それを
管理職になってからは何かあるたびに『なるほど』って思い返す
んです。
そんなわけですから、この時も、その第一声は笑顔と共に……
「あら、スケッチしてきたの?楽しかった?上手に描けた?」
というものでした。
まるで、周囲の大人たちが二人の為にバタバタ働いているのを
知らないみたいな穏やかな笑顔です。
「楽しかったです。ヒロ君と一緒に向こうの谷まで行ってきて
描きました。私パステル落としちゃったからヒロ君のパステルで
一緒に描いたんだけど……そこってまるで西洋の風景画みたいで
凄かったんです」
「そう、じゃあそれを見せてちょうだい」
園長先生に求められるまま、私が画板を差し出しますと……
「……あら~~なかなかよく描けてるじゃない。……特にこの
木の枝ぶりがいいわね」
ヒロ君が勝手に書き込んだおせっかいな大木だけを先生が褒め
ますから私はちょっぴりショックでした。
「ねえ、園長先生はここで何してるの?」
私はついに禁断の質問をしてしまいます。
「ああ、私のことね……実はね、高梨先生が幼い女の子の悲鳴
を聞いたので心配してここへやって来ると、ここの金網が破れて
て、どうやら、ここから誰かさんが外に出たみたいなの」
「!!!」
私はハッとします。
『ヤバイ、ばれてたんだ』
というわけです。
「それでね、もしやと思ってここに立ってみると………ほら、
斜面の土が削れてるでしょう。コレ、恐らく誰かが滑った跡よね。
先生、慌てて下りて行くと駐車場にはパステルが散乱してるし、
ひょっとして誰かが崖から落ちたんじゃないかって……そこまで
心配なさったそうよ」
園長先生は画板を私に返しながら私の顔を覗き込みます。
もちろん、その時だって園長先生のお顔は笑顔でしたが、私は
生きた心地がしませんでした。遅ればせながらやっと事の重大性
に気づいたのです。
事の重大性……
重い言葉ですが、私にとって事の重大性というのは他人に迷惑
をかけたということではありません。自分の事だけです。要する
に……
『これがいったいどのくらい厳しいお仕置きになるんだろう?』
と、頭の中そればかりでした。
「幸い、駐車場に倒れてる子はいなくてホッとなさったけど、
今度は学校に戻ってクラスの子を確認すると、これが、一人じゃ
なくて二人もいなくなってることがわかって、それでまた大慌て。
ほかの先生方の協力も求められて、見当たらない子をみんなして
探しましょうということになったのよ」
園長先生はもちろんご存知です。私とヒロ君がその話題の主だ
ということを。でも、先生は決して私に向けた笑顔を崩しません
でした。
「でもね、私、迷子さんって、やっぱり出て行った処に戻って
来る気がするのよ。だから、あちこち探すより、ここに立って、
迷子さんが帰って来るのを待ってた方がいいんじゃないかなあと
思って、それでここに立ってるの」
私はどうしようか迷います。でも、今さら園長先生に嘘をつい
ても高梨先生の処へ戻ればすぐにバレることですから隠しようが
ありません。
「ごめんなさい。それ、私たちです」
私が白状すると……
「あら、迷子ってあなたたちだったのね。でも、よかったわ、
無事に戻れて……どこまで行ってきたの?……そうだ広志君の絵
をみせて」
園長先生は、今度はヒロ君の画板を求めます。
「……あら~この絵を見ると、鷲尾の谷まで行ったみたいね。
でも、あそこは危ないのよ。……そうだ……あなたたち、まさか
蛇に噛まれたりはしてないわよね。もし、そんなことがあったら
叱らないから言ってちょうだい」
園長先生の顔が少し厳しくなりました。
「へび?」
「そう、あそこにはマムシがいるの。昔、噛まれた子がいたの。
それだけじゃないわ。大きな蜂が巣を作ったり、落石もあるしで、
子供たちには危険な場所だから、それで立ち入れないようにした
のよ。……そうだ、広志君は、そのことよくご存知よね」
「えっ!」
ヒロ君は、突然振られて困った顔になります。
「だって、あなたは常習犯だもの」
それが園長先生の答えでした。
「常習犯?」
私が再び広志君の顔を見ると、その顔は今度は真っ赤でした。
ちょうどその時です。
小宮先生が園長先生へのご報告の為でしょうか、やってきます。
「園長先生、…………」
そう呼びかけただけで言葉が止まり。
私たちを見るなり目を丸くして大きなため息を一つ。
「広志君、あなた、今日は美咲ちゃんまでお誘いしたの?」
「そんなんじゃないよ。こいつが勝手に……」
呆れ顔の小宮先生に広志君は反論しようとしましたが、そこで
言葉が途切れてしまいました。
「まあ、いいわ……でも、今日はお母様までお見えになってる
から、それはそれなりに覚悟しておくことね」
「えっ……」
ヒロ君は絶句。唇が震えているのがわかります。
『背筋も凍る』って、そんな感じだったんでしょうか。
ヒロ君の瞳が潤んで見えました。
小暮のお父様は、奥様と一緒に住まわれていませんでしたが、
広志君のお父様は奥様とご一緒に子供たちの面倒をみておられた
のです。ですから、広志君にはお母様がいらっしゃいます。
私が見る限り、お母様はとても美しくて、親子の仲もよくて、
円満そうに見えますが、クラスの評判では『広志君のお母さんは
とても厳しい人』と囁かれていました。
その理由の一つがお灸。当時は珍しいお仕置きではありません
が、妹さんからの情報によれば、広志君、何かあるたびごとに、
お母様に家で据えられていると聞いたことがありました。
そこで、女の子たち、夏のプールで広志君をじっくり観察して
みたのですが、その痕跡は発見できませんでした。
それでも諦めきれない女の子たちは額を寄せて噂し合います。
『きっとお尻の奥に据えられてるのよ』
『お臍の中じゃない』
『ひっとして……オチンチンだったりして』
『やだあ~~~そんなことしたら死んじゃってるわよ』
『どうして?私、あそこに据えられたけど死ななかったわよ』
『あそこって?』
『ばか、変なこと聴かないでよ』
女の子が下ネタで盛り上がるなんておかしいですか?
そんなことありませんよ。女の子だって、Hな話は大好きです。
女の子同士が下ネタで盛り上がるなんて私たちの間でもごく普通
のことでした。
実際、すでに秘密のあそこに据えられていた子もいましたから。
さて、私たち二人の身柄は小宮先生に引き取られます。
「さあ、ついてらっしゃい。まずはその汚れた服を着替える事
からよ」
もちろんそれって仕方のない事でしょうが、先生の後を着いて
行く二人はまるで囚人のように首をうな垂れていました。
途中、迷子の捜索に参加した高梨先生を始め、同級生や六年生、
四年生なんかとも出会います。
「ミーミ、探したよ、どこ行ってたの?」
詩織ちゃんがいきなり抱きつきます。ミーミは私のことです。
「ちょっと、散歩よ。散歩」
「大丈夫だったミーミ。ヒロと鷲尾の谷まで行ったんでしょう。
怪我してない?」
「里香ちゃん、ごめんね心配かけて。大丈夫よ、蛇になんかに
噛まれてないから」
「えっ?蛇って?」
どうやら園長先生の話は一般的じゃなかったみたいです。
「いやだあミーミ。あんた生きてんじゃない。残念だなあ~~。
私さっき誰かに崖から落ちて死んだって聞かされたからお葬式は
いつだろうって思ってたのに~~」
そんなことを笑顔で言ってのけるのは朱音お姉様です。
お姉様は普段から人の嫌がることばかり口にしてしまう皮肉屋
さんなんですが、本当は心の優しい子でした。
「うるさいわね、そんなに簡単には死にませんよ~~だ。特に
あなたより先にだけは絶対に死なないんだから」
「わかった、わかった、いい子いい子」
お姉様は幼い子みたいに私の頭を撫でます。
『バカにするなあ~~つい一年前までは私と同じ小学生だった
くせに!!』
ってなもんですが、私は朱音お姉様があまりに強く抱きしめる
ので突き放すこともできず腰を抱かれた状態で足が宙に浮きます。
……そうしておいて、その場で一回転。
これお姉様なりの愛情表現でした。
思えば、朱音お姉様は、わざわざ中学校から私たちの小学校へ
駆けつけてくれていたのです。
こうして、お友だちと出会うたびに私たちは再会を喜びあい、
抱き合います。ハイタッチ、ハグ、ほっぺたすりすり……
こんな時は親友もライバルの子も関係ありません。とにかく、
お友だちを見つけたらお互い抱き合って喜び合う。
これが女の子の流儀でした。
というわけで『私たちが見つかった』という情報は、たちまち
校内中に広まります。
でも、ならば私たち二人がすぐに教室へ戻れたかというと……
そこがそうはいきませんでした。
「ここで待ってなさい」
小宮先生にそう命じられたのは、下駄箱のある土間をそのまま
通り抜けた先にある校舎の中庭。テニスコート一面くらいの広さ
があったでしょうか、四方に建つ校舎のおかげで風も穏やかで、
冬でも陽だまりがとてもあったかい場所です。
そんな条件を生かして中庭には沢山の草花が植えられています。
クラスごとに花壇が割り振られ、どのクラスも競争するように
手入れを惜しみませんでしてたから四季折々の草花が絶えること
がありませんでした。
やがて、そこへぞろぞろと色んな人たちがやってきます。生徒
や先生、高梨先生や私たちの家庭教師河合先生、広志君のお母様。
私はその数の多さに圧倒されます。
『どういうことかしら?』
実は、このメンバー。私たちの捜索に参加した人たちでした。
生徒はクラスメイトだけでなく四年生や六年生も参加していま
したし学校の先生は絵画担当の高梨先生やクラス担任の小宮先生、
音楽や体育の先生まで借り出されていました。これに、我が家の
家庭教師河合先生や広志君のお母様までが加わっていたという訳
です。
「さあ、それではお二人さん、まずはお着替えしましょうか。
そんな泥だらけの服ではみっともないわ」
小宮先生はまず私たちに着替えを命じます。実際、学校には、
不慮の事故を想定して予備の制服や下着が用意してありました。
それを小宮先生が運んできたのです。
そこで、私……
「わかりました。更衣室へ行ってきます」
そう言って小宮先生からその服をもらおうとしたのですが……
「あらあら、何、その手は?だめよ。これはだめ。渡せないわ。
学校の規則を破るような子は、お仕置きを受けてからでなければ
神聖な校舎に入ることができないの。あなたたちのお着替えは、
ここでやりましょう」
小宮先生の言葉はまだ幼い身体の私にとっても衝撃的でした。
広志君はまだ男の子だからいいでしょうけど、私は女の子です。
こんな大勢の人が見ている前でお着替えなんて嫌に決まってます。
「…………」
私は言葉にできない分を顔で表現して小宮先生に訴えますが、
先生はわずかに微笑んだだけでそれを無視。
その代わり、集まった生徒たちに私たちを取り囲むようにして
大きな輪を作らせると、そのまま回れ右をさせます。
つまり外を向かせてくれたわけです。
これで私は、同年代の生徒からだけは着替えの様子を見られる
心配がなくなります。
でも、こうやって私の周りを子供たちが取り囲んでも、子供の
身長は低く、その外側にいる大人の人たちからはこちらが丸見え
です。
『あの~う、大人の人からはまだ見えてるんですけど……』
私の心の声は続きますが、それは考慮してもらえそうにありま
せんでした。
「いいこと広志君、美咲ちゃん。今日はあなたたちのわがまま
のせいでこれだけ大勢の人にご迷惑をおかけしたの。あなた方は
それをじっくり反省しなければならないわ。そして、あなた方の
為にこれだけ多くのお友だちが力になってくれる幸せをじっくり
噛み締めてほしいの。……わかった?」
小宮先生、言葉は穏やかですが鼻息荒く私たちにお説教です。
私たちも……
「はい、わかりました」
「先生、ごめんなさい」
こう言うしかありませんでした。
「……わかったのなら、こうした場合、私たち学校では自分で
お着替えできないのも知ってるわよね」
「えっ!」
私は一瞬驚いて顔をあげましたが、すぐに俯きます。
「はい、先生」
やはり、こう言うしかありません。
今朝の朱音お姉さまがそうだったように、私たちが子供時代を
すごしたこの世界では規則を守らない子や歳相応の責任が果たせ
ないような子は、小学生でもその地位を剥奪されて幼児の時代へ
戻されます。もっとひどい時は赤ん坊にまで逆戻りです。
ですから、この場合、私や広志君にはこの先何が起こるのか、
容易に想像がつくのでした。
「高梨先生、お手伝いいただけますか」
小宮先生が高梨先生を呼びます。
それは私の身体を硬直させる言葉でした。
高梨先生は、先生と呼ばれていますが、実は私のお父様と同じ
ここの生徒の父兄なのです。
私達の学校では主要四教科と呼ばれる国語、算数、社会、理科、
以外の教科は生徒のお父様が先生役を買ってでられる方が多くて、
図工だけでなく音楽や体育、教科でなくても自由研究という形で
何人もの方がご自分の得意分野を子どもたちに教えてくださって
いました。
高梨先生もそんなお一人だったのですが、これが私にとっては
大問題でした。というのも高梨先生が男性だったからなのです。
当たり前の事ですが、男性の前で裸になるなんてたとえ小学生
だって嫌に決まってます。
でも……
『高梨先生は男の先生だから嫌です』
とは、うちの学校の場合、言えませんでした。
なぜって、今の私は規則を破ったいけない子なんです。そんな
いけない子はお仕置きが済むまで小学生の地位を剥奪されて幼児
とみなされます。
そして、幼児にされると、どんなに恥ずかしいと私が訴えても
大人たちがそれを認めてくれませんので、お着替えの最中、私は
高梨先生の前で自分の裸を晒すことになるのでした。
ショックな映像が頭を駆け巡り放心状態でいるなか、小宮先生
は私の様子を冷静に観察されていました。
『最初は、広志君と一緒にお着替えさせてやろうかと思ってた
けど……だいぶ、応えてるみたいだから……まあ、いいでしょう』
先生のこの判断で最悪の事態は回避されます。
結局、私と広志君の間には河合先生と広志君のお母さんが持つ
幕が張られ、広志君は高梨先生が、私は小宮先生が担当すること
になったのでした。
要するに朝のお風呂の時と同じです。こういう時、私は大人の
やってることに何一つ手出しができませんでした。
勝手に制服のジャンパースカートが剥ぎ取られシャツもパンツ
も靴下も身につけていたものとは全部全部おさらばです。
これが恥ずかしくないわけがありません。とにかく、今の私、
お外でみんなの前で全裸なのですから。
輪になったお友だちは外を向いて小宮先生から指示された通り
休み時間に入って教室から出てきた下級生たちに「あっち行って
なさい」「中を見ちゃだめ」「通り過ぎてちょうだい」なんていう
声をかけて防いでくれています。
でも、背の高い大人たちなら輪を作る子供たちの頭越しに私の
姿は丸見えです。
もちろん、ここにいる人たちはみなさんが良識のある人たち。
11歳の女の子の裸なんて、できるだけ見ないようにはしてくだ
さっているのですが、小宮先生の作業はとてもゆっくりしていて、
『さあ、どうぞ、どうぞ、この子の裸を見てやってください』と
言わんばかりでした。
小宮先生は丸裸にした私のお尻を濡れタオルで拭きあげながら
お説教します。
「いいこと、あなたは、あなたのお父様や、あなたのご兄弟や、
先生方、お友だち、みんなに守られてここにいるの。その感謝を
忘れてはいけないわ。見てごらんなさい。お友だちがああやって
手を繋いであなたの裸の身体が見えないようにしてくれてるから、
あなたのお着替えは下級生から見られずにすんでるの。お友だち
に感謝しなくちゃね」
「でも、上から大人の人たちが覗いたら見えるじゃないですか」
「そりゃあ、そうだけど、だったらお友達の親切はいらない?
何もないお庭の真ん中で下級生からはやし立てられて指を指され
ながらお着替えする方がいいの」
「それは……」
「誰を頼るにしても、その人が、何から何まで完璧にあなたを
フォローなんてしてくれないの。足りない分は別の人のお世話に
なるか、あなた自身が頑張ってうめていかなければならないわ。
あなたは大人の人なら見えると言ったけど、大人の人で、私たち
以外に誰かあなたを見てる人がいるかしら?」
「…………」
私は辺りを見回しましたが、その時は誰も私を見ていませんで
した。
「誰も見てないでしょう。それはあなたがここにいるみんなに
愛されてるから。誰もあなたを悲しませたくないからそんな事は
なさらないの。その人の為になることしかなさらない。それが、
『愛してる』『愛されてる』ってことなの。あなたはご家庭でも
この学校でも愛に囲まれて暮らしてる幸せな王女様なのよ」
「…………」
ま、そう言われても幼い私にその実感はありませんでした。
この不幸な状態と愛されてるという言葉がどうして同じなのか
がまったく分からず小首を傾げます。
すると、小宮先生は微笑まれて……
「そうね、あなたは外の世界を知らないから、仕方がないわね。
きっと『外では童話のようなもっと素晴らしい世界が広がってる』
と思ってるのかもしれないわね。でも、それはね、青い鳥と同じ。
本当の幸せはここにあるの。身も心も裸になれるここにあるのよ」
「はい、先生」
小宮先生のお説教は理解不能でしたが、でもこんな時はともかく
『はい、先生』と言わなければならないとだけわかっていました。
ですから、蚊のなくような小さな声で答えたんです。
それでも小宮先生。私の『はい、先生』で満足なされたみたい
でした。
「はい、それじゃあまずパンツを穿きましょう。あんよ上げて」
小宮先生、素っ裸にしていた私にやっと新しいパンツを穿かせ
てくれます。
でも、これでお仕置きが終了したわけではありません。
実際、こうしたお着替えだけでも、私たちには立派な辱しめの
お仕置きなのですが、本当のお仕置きはまだまだこれからだった
のです。
着替えた服はあつらえたみたいにサイズがぴったりです。
下着もサイズはぴったりでしたが、誰かが着たかもしれないと
思うと、そこはいい気持ではありませんでした。
一段落したところで小宮先生が私の耳元で囁きます。それは、
悪魔の囁きでした。
「今日はここでお仕置きします。覚悟しておいてね。みんなの
愛を裏切って勝手な行動をとったわけですから、仕方ないわね」
『やっぱり、お着替えだけじゃないんだ』
と思いました。
そして、黙っていると……
「いいですね」
と、小宮先生に念を押されます。
「はい、先生」
もちろん、私はこう言うしかありませんでした。
************<9>************