Entries
美国園 <3>耐力検査
~ 中一グループ ~
進藤佳苗(しんどう・かなえ)
松倉亜美(まつくら・あみ)
三井由香里(みつい・ゆかり)
吉田恵子(よしだ・けいこ)
木島弥生(きじま・やよい)
<3> 耐 力 調 査
中一グループの五人は身体検査が終わると、しばらく放心状態
だった。
もちろん、自分たちの番が回ってくるまでに、四年生、五年生、
六年生と妹たち三組が終わっている。
聖書を複写しながら、どの子も舞台をチラッ、チラッと覗き見
していたのだから、自分たちがこの先どうなるのか、頭の中では
すでに学習済だったはずなのだが……。
ところが、舞台に上がってみると……
「………………」
降り注ぐ上級生たちの視線が気にならないわけがない。
『覗かれてる』
そう感じるだけで両膝が震えて止まらなかった。
心ここにあらずということなのだろう、中には自分の名前さえ
間違える子がいたくらいなのだから。
まして、こんな処で裸になるなんて……
それがどれほど勇気のいることか、五人はあらためて実感する
ことになる。
しかも、彼女たちが受ける辱めはそれだけではない。
テーブルの上で仰向けにさせられた五人は、最初、お臍の下を
綺麗にされるのだ。生まれて初めて谷間に生えだしたまだまだら
な軟らかい毛を、係りのシスターが手馴れた様子で綺麗さっぱり
剃りあげていく。
院長先生からも事前の相談などはなく、気がついたら目の前で
ジョリジョリされいる。そんな子が少なくなかった。
ということで……。
「いやあ~」
思わず悲鳴を上げてしまうと……
「ほら、ピーピー言わない、ジタバタしないの」
係りのシスターに一喝される。こちらは当然のことをしている
といった雰囲気だ。
それだけではない……
「あんたら、まだ子どものくせに、こんなの飾りは贅沢よ」
そんなことまで言われて剃刀を大事な場所に当てられるのだ。
美国園では、多少なりとも羞恥心を考慮してくれるのは高校生
から。中学生まではその扱いにおいて小学生と何ら変わりはなか
った。要するに子ども扱いというわけだ。
今の人たちの感性では分かりにくいかもしれないが、古い世代
の人たちにはモラトリアムという概念がなく、相手を、大人か、
子どもかの二者択一で判断するところがあった。中学生の場合は
肉体的な変化は認めつつも、まだまだ稚拙な面が多いことから、
単純に子どもと見るむきが多かった。
ましてや、古い価値観に縛られ日々禁欲的に暮らすシスターは
日頃向き合っているのが理性ある大人だけ。小中学生はというと、
いずれ理性を持たぬ山猿としか映っていない。
彼女たちの頭の中では、男の子も女の子も全てが子どもとして
一括処理されるために、この二つに性差はなく、今なら当然配慮
されるべき乙女のプライドも、自ら女性でありながら考慮の必要
なしと判断していたのである。
ただ、そんな山猿たちにも寝床は必要だから、身体検査が終り
バイブルの一節を清書し終わると、部屋が割り当てられる。
五人部屋。ルームメイトは全員、中学一年生の少女たち。
一人分は、粗末なパイプベッドと洗面用具が入った小さな鏡台
だけ。お隣とは一応カーテンで仕切られていたものの、何のこと
はない、大部屋の病室と言った風情だ。
そこへ五人がやってきた。
「あ~~~いや、今でもミミズが千匹体中を這い回ってる気が
する。気色悪いったらないわ」
弥生は、さっそく与えられた自分のベッドで大の字になると、
これ見よがしに体中をかきむしる。
「でも、いいじゃない、無事終わったんだから」
由香里の言葉に佳苗が反応した。
「まあ、今日のところは、これで終わりだけど……明日からが
ねえ……」
思わせぶった言い方が気になったのだろう、今度は亜美が……
「何よ、明日も身体検査やるわけ?」
「身体検査はあれだけよ。だけと、他のことがあるの……」
またしても佳苗が腹に一物って感じに聞こえるから、今度は、
恵子が凄んだ。
「何よ!奥歯に物が引っかかってるみたいな物の言い方止めて
くれないかなあ!気になるじゃないの!言いたいことがあるなら、
はっきり言っちゃいなさいよ」
「……ま、いいけどさ。知らない方が、今日はぐっすり眠れる
んじゃないかと思ったんだけど……」
「どういうことよ?」
亜美の声は大きかったが、気持はみんな同じとみえて、四人が
全員佳苗の方を向く。
「去年の例だけど、身体検査の翌日は耐力測定があったのよ」
「え~~~なに~~~今度は、体力測定?」
「運動するの~~~?あたし、苦手だなあ~~~」
亜美も由香里も誤解している。
ひょっとして残りの二人も、やはりそれは誤解して耳に入って
来たかもしれなかった。
「『たいりょく』って、べつに運動するわけじゃないわよ」
佳苗の言葉に亜美は……
「じゃあ、何するの?」
「だから字が違うの。私が言ってるのは、体の力じゃなくて、
耐える力の方。耐える力と書いて耐力測定なの」
「何よ、それ?」
「う……うん……」
佳苗は少し言いにくそうに間を持たせると……
「だから手っ取り早く言っちゃうと、お仕置きの試験があるの」
「何よ、それ……オシオキの試験って……」
由香里は突然舞い込んだ言葉に頭の整理ができない。
「だからさあ、その子がここのお仕置きにどれくらい耐えられ
るか、事前にチェックするのよ」
「まさか~~~そんなのあり~~~~」
「何よそれ……悪いことしたからお仕置きってことじゃなくて」
驚きは当然だった。
「そういうこと。……これは悪さをしたかどうかは関係なくて、
全員が受けさせられるの」
「う、嘘でしょう、何も悪いことしてないのに私たちお仕置き
されちゃうわけ!!冗談じゃないわよ」
「そんなの人権蹂躙よ」
「私、お父様に訴えてやるわ」
女の子の話は盛り上がり、その声は廊下にも鳴り響く。
そこで、通りがかった若いシスターが顔を出すことになるのだ。
「何が人権蹂躙なの。まだ嘴の黄色いひよこのくせに偉そうに。
……お父様に訴えるんですって、……どうぞ、どうぞ構わないわ。
ここでの体罰はすべてお父様の承諾を頂いてやってることなの。
あなたたちがどんなに泣こうがわめこうが、私たちが訴えられる
ことはないわ。…それに、もう一つ。あなたたちは大事なことを
忘れているみたいね。『私、悪いことなんか何一つしていません』
って顔してるけど、そもそも悪いことをしてない子は、始めから
ここへは来ないの。悪いことをしたから、お父様を怒らすような
ことをしたからここにいるんでしょう。どうやら、その辺りから
再教育しなきゃダメみたいね」
「……………………………………………………」
ストレートヘアの若いシスターにまくし立てられると、全員、
声が出なくなってしまった。
「あら?みんな黙っちゃって、私、何か間違ったこと言ってる?
『悪い子にはお仕置き』これって世の中の当たり前じゃなくて…
…違うかしら?」
「……………………………………………………」
シスターは子供たちのだんまりに小さくため息をつくと……
「たしかにさっきは、この部屋では相手にだけ聞こえるような
小さな声でならおしゃべりも許しますと言いましたけど、あなた
達の大声、廊下までキンキンに聞こえてますよ。もし耐力測定前
にお仕置きされたくなかったら、慎みなさい。いいですね」
この部屋の室長でもある若いシスターはそれだけ言うと、一旦
部屋を離れる。
これが自分たちの学校での出来事なら、すぐにでもおしゃべり
が復活しそうなものだが、さすがに後の祟りが怖かったのか……
「また、あとでね」
佳苗が言うと、それに異を唱える子はいなかった。
とはいえ、ここに集まっているのは、若い女の子たちばかり。
このままずっと口をつぐんでいるなんてできなかった。
おしゃべりはお風呂で再開する。
「ねえ、でも、私たちのあんな詳しいデータなんて本当に必要
なのかしら」
恵子が佳苗の背中を流しながら問いかける。
サービスの裏には経験者の彼女だったらその辺の謎に詳しいん
じゃないのかという思い込みもあった。
そんな思いを察してか、佳苗はこう答えたのである。
「私もホントか嘘かは知らないんだけど、噂では、お父様の中
には、あのデータをもとに娘さんの生き人形を作る人がいるんだ
って。そういうの、お父様たちの中では流行ってるみたいなのよ」
「生き人形って?……蝋人形みたいなものなの?」
「さあ、材料が何なのかは知らないわ。ただ、私たちの身体を
忠実に再現した人形を職人さんに頼んで作ってもらってるらしい
わ」
「いあ~~恥ずかしい。私、そんなのいらな~い」
由香里が思わず両手で胸を隠す。
「バカねえ、あんたの為に作るんじゃないわよ。……あくまで
お父様の趣味よ。娘の成長を写真や動画だけじゃなく、三次元で
も再現したいんだって……」
「何だか悪趣味ねえ……でも、私のお父様はそんなことしない
と思うわ」
亜美が甘えたような声を出すと……。
「どうして、そんなこと分かるのよ?」
佳苗が鼻で笑う。
「だって、お父様は幼い頃から大の仲良しだもん。私、今でも
一緒にお風呂入ってるんだから……人形なんかいらないはずよ」
亜美の言葉にその場にいた残りの少女たちはドン引きだった。
「そんなのわからないわよ。愛してるからこそ、そうやって形
に残したいのかもしれないじゃない。だって、あなたは成長する
けど、人形は成長しないでしょう。可愛いままだもん」
「それに、そのお人形、一体、何百万円もするみたいよ」
「………………」
一同絶句、本当にドン引きだった。
父親が私の体でそんなお人形さん遊びみたいなことするなんて
……誰もが信じたくなかった。でも絶対にないとまでは言い切れ
なかったのだ。
さて、次の日。それは約束通り行われた。
それも、起きた瞬間から、行われたのである。
朝六時、定刻の起床時間。
とたんに、けたたましく手押しワゴンの車輪の音が廊下に響き
渡る。
これは一台ではない。何台もの車輪の音が遠くから迫っている。
今日は耐力測定だが、これから毎日、このワゴンが寝ている少女
たちを叩き起こすことになるのだ。
誰の身にも辛い朝の儀式だった。
「おはよう、みなさん」
どこかの部屋を係りのシスターが訪れたのだろう。まだ寝ぼけ
眼でいる少女たちの耳にもその晴れやかな声が聞こえる。
『そうか、朝なんだ』
ベッドで背伸びをするうち、この中一グループの部屋にもそれ
はやってきた。
洗面器だのタオルだのワゴンには色んな物が乗っているのだが、
中でも少女たちの目を引くのが浣腸器。ピストン式のガラス製で、
ちょうど注射器を二周りほど大きくしたような形をしている。
「!!!!」
これを見て少女全員に緊張が走る。
当時、病院にある浣腸器といえばたいていがこの形だったので
誰の目にも見覚えがあったのだ。
この浣腸器、一般家庭で行なわれていたイチヂク浣腸と比べて
も迫力が違うことから、それはそれは強烈な思い出として残って
いた。
今でこそ、子どもが病院に行っても滅多なことでは浣腸なんて
されなくなったが、当時は、医師の前で「熱があってお腹が痛い
みたいです」なんて母親が口を滑らそうものなら、たいてい注射
や薬の前にこの浣腸でお腹を綺麗にするのが一般的。
だから、ここにいる五人も病院での浣腸は経験済み。もちろん、
それがどれほど恥ずかしいか、その後、何が起こるかも承知して
いる。だからこそ、このぶっとい注射器を見ただけで少女たちは
自然と緊張するのだった。
「これから、お浣腸の耐力測定を行います。普段は時間を設け
ますが、今回はテストですから時間は区切りません。我慢できる
だけ我慢してください。もちろん、どうしても我慢できないなら
ベッドの上でやっても構いませんよ」
早川シスターはごく自然に微笑んだが、少女たちの表情は……
『そんなあ~~』
というもの。
「どのみち自分のベッドですから他の人に迷惑は掛からないわ。
……ただし、努力もせずにわざと漏らすなんて恥知らずなことを
する子はここにはいないと思うけど、それはNGよ。……もし、
そんな子がいたら……熱~いお灸をお臍の下に追加しますから、
そこは気をつけてね」
若いシスターは若い子たちの緊張を解こうと思ったのか、茶目
っ気たっぷりの笑顔で、まだベッドの上にいる五人を前に説明を
始める。
ただ、どうやって説明されようと、それはさらっと聞き流せる
といった内容ではない。全員が鳥肌をたてて聞くことになったの
は言わずもがなだった。
『私たちにここでお漏らしをしろって言うの?』
亜美の口びるが震える。
『構いませんって……ここで我慢するの?このベッドの上で?』
由香里は目が点になっている。
「あの~~う」
恵子が恐る恐る手を上げてみた。
「何ですか、恵子さん」
「もし、汚したら……これ……自分で洗うんですか?」
恵子の質問に、他の四人の顔は複雑だ。
『そんな最悪のケースを今はまだ考えたくない』
そんな顔だった。
「高校生なら、当然そうだけど、あなた方はまだ中学生だから
子ども扱いということで下働きのシスターが洗ってくれるわよ。
……どう?安心した?」
「そうですか……わかりました」
恵子の力ない返事が返ってくる。
「ただし、これはわざと粗相したわけではないとこちらで判断
した場合だけよ。もし、恥も外聞もなくわざとやったりしたら、
自分で洗って中庭に干してもらいます」
「えっ、どうして?」
思わず恵子の顔が上がってしまった。
「当たり前じゃない。不可抗力とわざとは違うの。ここでは、
わざと罰を免れようという子には特に厳しいお仕置きが待ってる
から、覚えておきなさい」
「はい、シスター」
恵子の消え入りそうな小さな声。
『何だかバカなこと聞いちゃったかな』という思いも含まれて
いた。
「ここでは何事にも全力で取り組まない子には厳しいお仕置き
があるの。みなさんも覚えておいてね。このお浣腸も当然そう。
わざと汚したりしたら洗濯だけじゃないわ。その物干しの隣りで
シーツが乾くまでパンツ一つで立ってなきゃいけないし、先ほど
言ったけど、お股の中を焼く『特別ヤイト』というのもあります。
せっかくの夏ですもの。冷たいのよりむしろ熱い方がお好みなら、
そうしてくださって結構よ」
シスターは悪魔チックな笑顔を見せて微笑む。こうした場合、
もちろんこれは完全な脅しだった。
お灸は当時の子どもたちにとっても最高刑。ましてお股の中だ
なんて、脅しに決まっているが、脅された方としては『実際には
やらない』という確証もないわけで……。
このあとほとんどの子が自分のベッドの上で死ぬほど辛い我慢
をすることになるのだ。
というわけで、子どもたちにしてみれば、シスターの言葉は、
信じられないほど残酷な宣言ということになるのである。
「人によって耐えられる力は様々でしょうけど、あなたたちの
場合はまだ小学校を卒業してきたばかりですから、体もまだ華奢
ですし長時間は無理でしょうね。ただ、こうして見ると最近の子
らしく発育もよくてお尻の筋肉もしっかりしているみたいだから、
……そうですね……45分くらい我慢できるんじゃないかしら」
『嘘でしょう……45分なんて……そんなに我慢できないわよ』
由香里は思った。でも、それは他の子も同じ思いだったのだ。
「あらあら、ずいぶん深刻な顔になっちゃったわね。……でも、
大丈夫よ。そんなに長くはしないから……とはいっても、30分
以内というのはないかもしれませんね。ま、そのつもりで頑張り
ましょうね」
『さ……さんじゅう……ふん』
弥生は気が遠くなりそうだった。
いや、弥生だけではない。45分が30分でもそれはそんなに
変わらない。佳苗を除く四人が四人ともショックで口がきけない
でいた。
実際、病院での浣腸も、薬の効果を上げるためトイレを5分か、
10分程度待たされたりするものだが、それでも大変な思いだ。
全身に鳥肌がたち、脂汗で全身ぐっしょり。膝の震えは止まら
ないし、何かをしっかり握りしめていないと、飛び出してしまい
そうで怖い。当時はゴムプラグなんて一般的じゃなかった。
それが浣腸なのだ。
それを30分だなんて誰も乗り切れる自信がなかったのである。
「さあ、始めるわよ。まず、自分のベッドの上で仰向けに寝て
くださいね」
若いシスターの号令一下、どの子もその命令に反抗しなかった。
渋々には違いないが、誰もが自分が寝ていた白いシーツの上に
身を置いて天上を眺めることにしたのである。
「よろしい。このあとは全て私がやりますから、あなたたちは、
ただじっとしていればそれでいいの。それがあなたたちの仕事よ。
楽チンでしょう。……だから約束して欲しいの。奇声を上げたり、
暴れたりはしませんって……もし、それができない子には、別の
お仕置きをしますから、注意してね」
早川シスターは、まだ中一の彼女達から見れば気品たっぷりの
お姉さんシスターだが、取っ組み合えば自分たちでも勝てそうな
ほど華奢に見える。しかも、こうして見渡せば、この部屋にいる
大人は彼女だけだし、彼女さえ突き飛ばせばこの部屋を逃げ出す
ことも可能なはず……
亜美はよからぬことを考えていた。
すると、ここで不思議な事が起きる。
「亜美ちゃん、気持はわかるけど、あまり男の子みたいな冒険
は考えない方がいいわよ」
早川シスターが、亜美の目の動き、ちょっとした素振りだけで
その心の奥底を言い当てたのだ。
「たとえこの部屋を突破できても、その先にはたくさんの先輩
シスターたちが待ち構えているし、迷路のようになった学園内の
どこをどう行けば出口に辿り着けるのか、あなた、それも分から
ないでしょう」
「……(えっ、どういうことよ。どうして私の考えてることが
分かるの?)……」
微笑む早川シスターに、亜美は無言を通す。
それは、何一言もおしゃべりしてないのに、どうして私の心が
読めるのか……怖くてならなかったからだった。
タネをあかせば簡単なこと。
多くの子がここで無謀なチャレンジを試みるから早川シスター
が先手を打ったのである。
だから、これは亜美だけに効果があったのではない。他の子に
対しても、そのギラギラとした反抗的な瞳を閉じさせるのに効果
があったようだった。
まず、全員のパジャマのズボンが脱がされる。
脱がされたズボンは部屋の隅に放り投げられ、すぐに取り戻せ
ない場所へと行ってしまう。
その結果、まずは下半身スッポンポンの少女たちの悩ましい足
が10本、5台の寝台に並ぶことになるのだった。
そうしておいて早川シスター、まずは佳苗のベッドへとやって
来る。
「あら、お久しぶりね、佳苗さん」
早川シスターが、ベッドの上で無表情に天井を向いている佳苗
を覗き込むと、佳苗はプイと横を向く。
「…………」
しかし、覗き込まれた佳苗は顔をこわばらせていた。
怯えていたと言うべきかもしれない。
さっそく……
「あら、一年も経つとご挨拶の仕方も忘れちゃうのかしら」
シスターのイヤミがその顔に飛んでくる。
「こん……こんにちわ、早川シスター」
声は小さかったが、佳苗も覚悟が決まったようだった。
「去年から見ると……あなたも、ずいぶん大人になったみたい
ね」
早川シスターはまるで横たえたミイラを前に興奮する考古学者
のような目つきで佳苗の体を嘗め回す。
女の子の身体が変化するのは、胸と腰とお臍の下。
早川シスターはその全てに目を通した。
「あなたがここへ再び足を踏み入れたのは残念だけど……でも、
その分、あなたが大人になっていていれば、こちらも助かるわ。
脱走3回は、あなたがまだ小学生だったから先生方も大目に見て
くださったけど、中学生にもなると最初の1回目から受ける罰が
グンと違うから、そこは大人の判断をしてちょうだいね。私も、
あなたの悲鳴は二度と聞きたくないもの。協力してくれるわね」
「………………はい、シスター」
佳苗は少し考えてから返事を……。
色んな思いを整理するのに時間がかかったのだ。
「そうそう、その調子。女の子はね、素直が一番なの。女性は
男性のように片意地張っても何もいいことはないわ。あなたも、
もう中学生なんだし、いつまでも『幼い子だから仕方がない』は
通らなくなるわよ。さあ、それじゃあ両足を上げて協力してね」
早川シスターの言葉に佳苗は逆らわない。
同部屋の子たちが、見てはいけないと思いつつもこちらを覗き
見している……そんな気配を感じながらも、彼女は両足を上げる。
そこには、女の子の全てが綺麗に縦に並んでいた。
あられもない姿というのは、まさにこういうことなのかもしれ
ないが、ここではこれが日常。佳苗だけではない、ここにやって
来た女の子のすべてが毎朝この姿にならなければならなかった。
「ちょっと、拝見するわね」
早川シスターがそう言って触れた場所は、女の子、それも若い子
が最も強く刺激を感じる場所だった。
ビニールの手袋さえつけていない素手の感触が、まだ思春期が
始まったばかりの幼い少女にとってどんなものか……
「あっ~~~~イタイ、イタイ」
長い吐息のあと、我慢しきれず正直な気持が口をついてでた。
「まだ、固い蕾のようね」
早川シスターがポツリと独り言。
それに反応した佳苗が顔色を変えたのがシスターには見えたの
だろう。
「あら、ごめんなさい。気に障ったかしら?……でもね、こう
したものは、たった一度でも、その密の味を覚えると、なかなか
抜け出せなくなるから……でも、あなたは立派よ。最初は誰でも
興味本位だけど、でも、それが抜き差しならなくなって、結局は
うちに来る子も多いの……誰とはいえないけどね」
早川シスターは佳苗の大きな太股を左右に開くと、その間から
顔を出して可愛らしく笑って見せる。
「でも、あなた……この一年でずいぶんと成長したじゃない。
こんな処にも、もうちゃんと毛が生え始めてるし……」
早川シスターに言われて佳苗は顔が真っ赤になった。
というのも、女の子は意外なほど自分のその場所には無関心で
お風呂や寝室で一人でいても、そのたびにしげしげと眺めたりは
しないものなのだ。恐らく佳苗も早川シスターに指摘されるまで
その事実は知らなかったに違いなかった。
「あっ……あああ~~~……んんんんん……いやあ、いやあ」
佳苗の頭が左右に揺れる。
早川シスターはその後も遠慮がなかった。オシッコの出る穴、
赤ちゃんが出てくる処、そして、もちろんウンチの出る穴も……
穴のあいてる場所はすべて触れてみたのである。
そして股間に異常のないことを確認すると、最後に一つ強めに
下腹をグイっと押してからその場を一旦離れた。
…
「それでは始めますからね」
シスターは、ベッドの脇に止められたワゴンに向かい、小さな
バケツの中にピストン式の浣腸器を突っ込んでグリセリン溶液を
吸い上げる。
これが病院なら、さしずめこげ茶色の薬壜からおごそかに……
なんだろうが、ここでは朝の忙しい時に、五人をいっぺんに処置
しなければならない。そこで、浣腸液は、賄い担当のシスターが
調理室でバケツに作り置き、それを担当するシスターが受け持ち
の部屋へと運んで行く手はずになっていた。
「わかってるでしょうけど、お尻の力を抜いてね。………もし、
このガラスの先が一回でお尻の穴に刺さらなかったら、反抗あり
とみなして、お仕置きが追加されるの……そういうこと、覚えて
るわよね」
早川シスターの注意に佳苗は僅かに顎を引いてわかったという
合図。
実際、故意ではなくとも、ガラスの先端がお尻の穴を刺激した
瞬間、お尻の穴に力を入れて肛門を閉じてしまう子は多いのだ。
佳苗も昨年は幾度となく追加のお仕置きをもらった口だった。
「あっ」
ガラスの尖った感触がお尻の穴を刺激する。
その一瞬、佳苗はお尻を閉じたが、すぐに思い直してその先端
を受け入れる。今頃は、カテーテルを繋いで先端もゴムになった
が、この頃はまだピストン式浣腸器の先端を直接肛門に押し入れ
るやり方が一般的だった。
「…………」
グリセリン溶液がお尻の中を逆流する感覚は、何とも言えない
不快感だ。
「さあ、もう一本よ」
一回が50㏄。二回なら100㏄。
たしか昨年は1回で済んでいたから、『あれっ?』と思ったが、
言えなかった。
代わりに早川シスターが……
「小学生の時とは体が違うもの。50㏄じゃみんな鼻歌混じり
でしょう」
佳苗は早川シスターの笑顔が憎たらしかった。
小学生の時から確かに身体はいくらか大きくなったけど2倍に
なんかなってない。昨年は5人が5人とも泣きながらお漏らした
のを覚えているのだ。
『どのくらい我慢できるだろう?』
佳苗の脳裏には失敗する自分の惨めな姿しか映らなかったので
ある。
「あっ……また入って来た……」
二本目が下腹に入ると、自分でもその重さが分かるのだ。
「さあ、今度は……オムツを当てましょうね」
早川シスターは童顔だから、普段も高校生くらいに見える。
だから、大きな赤ん坊にオムツをあてるその姿も、母親という
より、ママゴトを楽しむ少女のように無邪気に見えた。
『あっ、やだ~~……だめえ~~~』
グリセリンの効き目は早い。
オムツを着け終る前に、早速、佳苗は顔をしかめなければなら
ないのだ。
「あっ、だめ」
思わず出た佳苗の言葉に、早川シスターが反応する。
「何言ってるの、経験者が……そのうち、慣れるって知ってる
くせに……」
意地悪な物言いに佳苗はさらに顔をゆがめる。
実際、浣腸の効果には波があって、いつも一定に苦しいのでは
なく周期的に恐怖が襲ってくるのだ。
最初の激しい便意を乗り切れば、その後は比較的楽に過ごせる
時期がおとずれる。
そして、また……
「あああっ~~~ひぃ~~~~いやあ~~~~」
全身、鳥肌で脂汗の地獄が……これが、無限に続くことになる
のだった。
もちろん、佳苗だけが犠牲者ではない。
五人全員が早川シスターによって浣腸され、オムツを穿かされ
自分のベッドで四つん這いになって30分という時間が過ぎ去る
のを待っている。
一応、プライバシーを尊重して、お互いベッドが見えないよう
間仕切りのカーテンは閉じられているのだが、この時、他人の事
に構っていられる余裕は誰一人持っていなかった。
五人が五人とも、自分の事でとにかく精一杯なのだ。
『とにかく恥をかきたくない』
それだけが望みで全員シーツを必死に握りしめていたのである。
30分という時間は、普段ならさして何も感じないほどの短い
時間なのかもしれないが、こうして過ごす30分は、その長さが
身にしみる。
オーバーでも何でもなく気絶しそうなくらい苦しい時間なのだ。
しかし決して気絶なんかできなかった。もし、そんなことしたら
……
『私、生きていけない』
なりたての乙女たちは譲れない一線をそんな思いで耐え続ける。
そんな苦悶の時間がベッドテーブルに置かれた砂時計によって
刻まれていく。
『まだ10分』『まだ5分』『まだ2分』
誰もが砂の落ちるスピードが他の物より遅いように感じられ、
30分は5時間にも8時間にも感じられるほどだった。
「はい、よくがんばったわね」
早川シスターが最初に始めた佳苗についてその終わりを告げる。
ホッと一息と言いたいところだが、これですぐに楽になるわけ
でもなかった。
「どう?まだ大丈夫?……それともオムツの中にしちゃう?」
早川シスターは佳苗に確かめる。
お姉さん達に比べれば濃度が薄いとはいえ、まだ幼い体の彼女
たちにとっては30分が限界で……もし、オムツを取り除くと、
オマルに跨る前に、そのまま………なんてケースも……
もちろん、子どもたちは、そんな赤ちゃんのような真似なんて
イヤに決まってるが、意地を張った結果がどうなるか……今なお
続く下腹の大波が、『限界』『限界』『破滅』『破滅』と警告を発し
続けている。
そんな恐ろしい未来予想図が頭をかすめた少女たちにとって、
『ここではシスターの好意に甘えよう』
というのも一つの選択肢だった。
しかも佳苗は経験者。
『今さらここで見栄を張っても仕方ない。これより辛く惨めな
行事がここではまだ沢山あるのだから……』
彼女はオムツをトイレ代わりにした。
四方をカーテンに遮られているから自分の醜態を直接友だちが
見学することはないものの、そりゃあ大変な勇気が必要だった。
おならの音は聞こえるし浣腸液で薄まったと言ってもまったく
臭わないわけではない。何が起こっているのかを友だちは容易に
想像できるのだ。
「……………………………………………………………………」
仰向けになって両足を高く上げた佳苗の頭の中は真っ白。
何も考えられない。何も考えたくない時間が流れていく。
佳苗としては今起こっているこの忌まわしい現実が一刻も早く
流れ去って欲しかった。
そんななか……
「さあ、赤ちゃん、終わりましたよ」
早川シスターは、終始ブスッとした顔を横に向けていた佳苗に
皮肉を込めて微笑みかける。
それは満足という笑顔だった。
男の感覚で言うと、本来、こんな事をしていて一番大変なのは
早川シスター本人のはずなのだが、こんな汚れ仕事をしていても
彼女自身はそれほど不満そうではなかったのである。
勿論、『これはあくまで仕事』という割り切りもあるだろう。
しかし、何より大きいのは『哀れな少女を私が救ってやった』と
いう優越感が彼女の笑顔の原因だったのだ。
奉仕する側とされる側の心模様。男の子の場合はどんな時でも
サービスを受ける側が有利だが、女の子の世界は逆。佳苗と早川
シスターの間には雲泥の差があったのである。
佳苗の処置が終わると、次は亜美。
彼女は早川シスターがそのベッドを訪れた時、すでに事切れて
いた。
しかし、早川シスターはここでも慌てた素振りは一切みせない。
もとよりこうなる事は自然なことだからだ。
「大丈夫よ、心配しないでね。今すぐ綺麗にするから」
穏やかな笑顔のシスターは放心状態の亜美を優しく介護した。
「何も気にする必要はないわ。これはあなたの責任じゃないん
だから」
シスターの手が、普段の生活では他人には絶対に触れさせない
場所を侵食していく。
強烈な屈辱感。それまで築き上げてきたプライドがポッキリと
折れ『私の生涯はこの人にハンデを背負わされる』という恐怖が
圧し掛かる。
亜美は自らに降りかかった不幸をあれこれ嘆いてはシスターの
処置が終わるのを待っていた。
ところが、そんな不幸の真っ只中にあって亜美は自らの胸の奥
から湧き起こる不思議な感情を感じていた。
甘く切ない思い。どこか懐かしい甘えの気持。
そう、母にオムツ替えをしてもらっていた赤ん坊の頃の記憶が
一種の快楽となって蘇ってきたのだった。
もちろん、そんなこと誰にも話すことはできない。自分の心内
でさえ消し去ろうとした思いだったのだから。
しかし、その刹那の思いを、彼女は完全に消し去ることができ
なかったのである。
「さあ、いいわよ。……しばらくは無意識に漏らしちゃうかも
しれないから、もうしばらくはオムツで我慢してね」
早川シスターはそう言って亜美のベッドを後にする。
三人目は由香里。
彼女は前の二人とは違い未だ自らのプライドを守り続けている。
四つん這いになった顔は真っ赤。シーツを弾き千切れんばかり
に握りしめ、全身を震わせて、未だ煩悩と戦い続けているのだ。
この煩悩を沈めるのも早川シスターの仕事だった。
「おめでとう由香里さん。よく頑張ったわ。もう、おしまいよ」
早川シスターは由香里を祝福して、その身体を持ち上げようと
したが……
「いやあ~~~だめ~~~」
由香里から強烈な拒否反応が返って来る。
言葉だけでなく、その身体も1ミリたりとその場を動こうとは
しないのだ。
いや、正確に言うと……動けなかった。
彼女は必死に操を守り通した結果、今や、この姿勢で固まって
いたのである。もし、ほんのちょっとでも姿勢を崩したら大爆発
を起こしてしまう。
そんな恐怖から由香里はその場を動けなかったのである。
「いやあ~~~触らないで!!」
少女の必死の声が甲高い声く部屋中に響く。
しかし、早川シスターにしても、このままにしておくわけには
いかなかった。
そこで、大波が治まるほんの僅かな時間を利用して、少しずつ、
ほんの少しずつ体勢を変えさせていく。
そして、他の子の10倍は時間をかけて、ようようベッドパン
へ跨らす事ができた。
ところが、ここでも由香里は抵抗する。
こんな姿勢になっていてもまだ頑張っているのだ。
30分もの間、全身全霊をかけて守り抜いた操を、そう簡単に
捨てられない。
『今はもう大丈夫』『ここでやっても許される』と頭の中では
理解しているのに身体が反応しないのだ。
「まだ、頑張ってるの。もう、いいのよ。ここで出してしまい
ましょう。どの道、いくら頑張ってもトイレにはいけないもの」
早川シスターは説得を試みたが、一度固まってしまった強固な
由香里の意志は、すでに理性でのコントロールを失っていたので
ある。
これもまた、この世界ではよくあることだった。
だからシスターもまた慌てない。こんな時はどうすればよいか
彼女もまた十分に心得ていた。
「はい、あまり、我慢してると身体によくないわよ。ここは、
カーテンで仕切られてるから他の子からは見えないの。大丈夫、
大丈夫よ、心配要らないから、ここでやっちゃいましょう」
早川シスターはそう言いながらオマルにしゃがみ込む由香里の
下腹をゆっくり揉み始めた。
そして、ものの10秒。
それまで必死になって我慢し続けてきた由香里のお腹がそれに
以上耐えられるはずもなかったのである。
「いやあ~~~~~」
その瞬間、プライドが壊れた時の音が室内に響き渡る。
これだけではない少女たちが命の次に大事にしてきたプライド
をここではいとも簡単に壊していく。
女の子は『従順』『勤勉』ならそれでよいと思われていた時代。
そもそも女の子にプライドなど必要ではなかった。なまじそんな
ものを持っていると親の意見にさえ素直に耳を貸さなくなるから
かえって害悪だ、なんて意見さえあったほど。
よくも悪しくも女の子は親や教師のお人形だったのである。
プライドという鎧から開放された少女たちは、身も心も丸裸に
なって一時的に色んなコンプレックスに苛まれることになるのだ
が、それこそが大人たちの狙いで、指導者達はそんな因幡の白兎
のような少女たちを優しく介抱し、自分達への忠誠心を植えつけ
て、正しい道へと子供たちを導く。
これが当時の更生。
よって、こうした場所でのハレンチな行事は日常茶飯事だった
のである。
四人目は吉田恵子。
終わった三人は、言ってみれば良いとこのお嬢様タイプだが、
彼女と弥生は生まれ育ちが違っていた。
二人は生まれも育ちも根っからの下町育ち。庶民の出だった。
「あらあら、凄いわね。あなた、起き上がって大丈夫なの!?」
早川シスターが驚くのも無理がない。仕切りのカーテンを開け
ると恵子はすでにベッドから起き上がっていたのである。
「砂時計の砂が全部落ちたみたいなのでトイレへ行ってきます」
気丈にも彼女はそう言って本当に歩き出そうとする。
「ちょっと、待って……トイレまで遠いわよ。この部屋を出て、
廊下の先にあるけど……もし、途中で………」
早川シスターは慌てて止めたが、恵子はそれを無視して歩こう
とするのだ。
実際それって、とても危険なことだった。
部屋の中には早川シスターを除くと他は同級の友だちばかり。
もちろん、友だちと言ってもどの子も昨日知り合ったばかりだが、
それでも彼女たちとは同室で、歳も同じ女の子同士。これからも
ずっと一緒に暮らす仲間たちだ。たった一晩といっても、すでに
何度もおしゃべりを繰り返して、お互い少しは分かりあえる間柄
になっている。その分、親近感だってあるのだ。
それが、歳の離れた、これまでまったく口をきいたことのない
お姉様たちの前で醜態を晒すことになったら……。
それって、同じ恥をかくにしても心に残る傷が断然違ってくる
のをシスターたちには長年の経験から分かっていた。
もちろん、そんなこと今の恵子に関係ない。
恵子の今は、恥をかきたくない一心。こんな処でやっちゃいけ
ないという義務感みたなものに突き動かされて必死に歩みを進め
ているのだ。だが、そこには冷静な判断が必要がだった。
「院長先生!ちょっとお願いします」
緊急性を感じたのだろう早川シスターが珍しく大きな声を出す。
それに呼応して、すぐに院長先生が部屋を訪れた。
院長先生は恵子たちの部屋に入るなり、ひと目で状況を把握。
笑顔で恵子を説得し始める。
「あら、あなた、立派ね。自分でトイレへ行くのね。さすが、
乳母日傘で育ったお嬢様と違って下町の子はしっかりしてるわ。
偉いわよ。女の子はどんな時でも自分の事は自分でしなくちゃね。
……でも、この廊下は長いの。もし粗相なんかしたら、あなたが、
みんなの見てる前で、自分の粗相をお掃除することになるわよ。
それで、いいのかしら?……そんな危ないことをするより、この
部屋でやってしまった方がよくないかしら?だって、ここにいる
お友だちは、みんな、あなたと同じ境遇ですもの……恥ずかしい
なんてことないわ」
「…………」
しかし、恵子は首を縦に振らなかった。
あくまでトイレだったのだ。
すると、院長先生の方が方向転換。
「いいわ、じゃあ、先生が手伝ってあげる」
院長先生は納得した様子で恵子に近づくと……
「あっ!」
一瞬の早業で恵子の身体をお姫様抱っこした。
そして、そのまま抱えて、トイレへと向かう。
「あっ、院長先生、それは私が……」
あまりの早業に早川シスターは着いていけず、部屋を出る院長
先生の背中に越しに声を掛けた。
すると……
「大丈夫よ。あなたは最後の子を手伝って……」
院長先生はこう言い残すとそのままトイレへ。
普段は上下関係がわりにはっきりしている修道院の社会だが、
このお浣腸ばかりは、一刻を争うので、誰彼なく手の空いた者が
その場の仕事を手伝う不文律となっていたのである。
最後は木島弥生。
彼女もまた恵子同様庶民の出なのだが、対応は恵子とは真反対
だった。
実は、ベッドで四つん這いの姿勢でいる彼女のオムツはこの時
すでに膨らんでいたのだ。
弥生は恥ずかしそうにしている。すでにお漏らししてしまった
ほかの子同様、申し訳なさいそうにしている。
これって傍目で見る限り、何の問題もないように見えるのだが、
早川シスターの彼女を見つめる視線は厳しかった。
彼女は子どもたちに浣腸を施した後もその様子をつぶさに観察
していたのだ。その観察眼からすると弥生の様子は不自然と感じ
られたのである。
とはいえ、いきなり怒鳴ったりはしない。
最初は穏やかに……
「あら、あら、漏らしちゃったの?……大変だったわね。……
すぐにオムツを換えてあげるわね」
早川シスターの言葉は文字に起こせば他の子と何ら変わりない
扱いだが、弥生は自分に向けられたその言葉に棘のようなものが
あるのを、すでにこの時、感じ取っていた。
仰向けになってベッドに寝そべり、女の子にとってはこれ以上
ないほどの恥ずかしい、そして屈辱的なサービスにもじっとして
耐えていた弥生だったが、彼女の場合、さらにもう一つ耐えなけ
ればならない試練があったのである。
「あなた、私がこんなことやってても、ちっとも恥ずかしそう
じゃないわね」
弥生は早川シスターの言葉に慌てる。慌てて再び恥ずかしそう
な顔を作ってみせたが……
「もう、およしなさいな」
早川シスターにはそんな作り物の困惑顔がそもそも不快だった
のである。
「私、注意したわよね。どうにもならなければ仕方がないけど、
頑張れるだけ、頑張りましょうって……あなた、これ、頑張った
結果かしら?」
「…………」
早川シスターの全てを見通したかのような自身ありげな物言い
に弥生の心はその芯が震える。
弥生にしてみれば、真剣に我慢しているかどうかなんてどうせ
外からは分かりっこない。そう高を括っていたのだ。
『ここにいるのは夏休みだけ。新学期が始まればもう会う事も
ないんだから、恥をかいても噂が広がる気遣いはない。だったら、
なるようになるさ』
そんな男の子的な開き直りも彼女の心の中にあった。
ところが、そんな思惑が通用しそうにない。
そんな少女の心の動揺も、早川シスターは見逃さなかった。
「弥生さん。あなた、随分度胸があるのね。私たちを試そうだ
なんて……しかも、こんな事までしでかすなんて……女の子には
なかなかできない芸当だわ」
早川シスターの射るような視線に怯えて、弥生は思わず……
「私はそんなこと……」
と取り繕ってみたのだが……シスターはさらに眼光鋭く弥生を
睨みつける。
女の子の世界では人を裁くのに証拠はいらなかった。
素振りが怪しいというだけで彼女は有罪なのである。
「そんなあなたの度胸には感心するけど……でもね、私たちも
これまで色んな子どもにたくさんのお浣腸をしてきたの。いわば、
『お仕置きのプロ』ってところかしらね。……だから、その子の
様子を見ていれば、それが不可抗力による事故なのか、それとも
真剣に私たちの罰を受けようとしているのか、ひと目で分かるの」
「……でも……私は……」
青くなった後も、弥生は再度反論を試みたが……
「やめなさい。そうやって自分の心を偽るのが一番よくないわ。
ここではね、あなたが真実と向き合わうまでは罰がずっと続くの。
それって女の子の一番悪い性癖だから徹底的に是正させるのよ。
それがどんなに厳しく辛いことか……経験者はみんな地獄だった
って……そんなこと、経験しないにこしたことがないでしょう」
「…………」
「ここでは、バカになって素直にしているのが一番幸せに家へ
帰れる道なの。無駄な抵抗はしないにこしたことがないわよ」
早川シスターはす弥生の耳元で囁く。
「そうすれば、罰を受けずに済むんですか?」
「いいえ、それでも罰はあるわよ。だって、お父様はその為に
あなた方をここによこしたんですもの。ただね、余計にぶたれる
ことはないでしょう」
「…………」
弥生は本当はそんな顔をしたくなかったが、悲しい顔になった。
それに追い討ちをかけるように……
「……それとね、あなたの場合、この検査では正確なデータが
でなかったから、次の耐力測定で倍の負荷を受けてもらうことに
なるの。それは我慢してね」
「まだ、あるんですか?」
「あるわよ、次はお尻叩きなの、あなたのお尻がケインの鞭に
どれだけ耐えられるか、テストするの。あなたの場合は他の子の
二倍の鞭を受けてもらうことになると思うわ」
「…………」
弥生は思わず息を呑んだまま言葉にならない。
正直、卒倒しそうだった。
「大丈夫よ。そんなに怖がらなくても。みんな参加するテスト
ですもの。これでお尻が壊れたなんて子もいないのよ。それに、
鞭打ちによる測定は身体をしっかり押さえつけてから行うから、
今回みたいなズルはできないの。あなた向きのテストよ」
早川シスターの言葉は弥生にとって悪魔の囁き。
少女はこのまま目をつむり、翌朝、あらためて目を覚ましたか
った。すべては夢だったことにして、この忌まわしいお話を終わ
らせたかったに違いない。
しかし、現実は思うに任せない。
こうして自分が粗相してしまったオムツの取替えを見続けなけ
ればならないのだ。惨めな自分と離れることはできなかった。
「ほら、じっとしていなさい!」
早川シスターの罵声が飛ぶ。
13歳の少女には、こうした時でさえ夢の中へ逃げ込むことが
許されていなかったのである。
***************************
進藤佳苗(しんどう・かなえ)
松倉亜美(まつくら・あみ)
三井由香里(みつい・ゆかり)
吉田恵子(よしだ・けいこ)
木島弥生(きじま・やよい)
<3> 耐 力 調 査
中一グループの五人は身体検査が終わると、しばらく放心状態
だった。
もちろん、自分たちの番が回ってくるまでに、四年生、五年生、
六年生と妹たち三組が終わっている。
聖書を複写しながら、どの子も舞台をチラッ、チラッと覗き見
していたのだから、自分たちがこの先どうなるのか、頭の中では
すでに学習済だったはずなのだが……。
ところが、舞台に上がってみると……
「………………」
降り注ぐ上級生たちの視線が気にならないわけがない。
『覗かれてる』
そう感じるだけで両膝が震えて止まらなかった。
心ここにあらずということなのだろう、中には自分の名前さえ
間違える子がいたくらいなのだから。
まして、こんな処で裸になるなんて……
それがどれほど勇気のいることか、五人はあらためて実感する
ことになる。
しかも、彼女たちが受ける辱めはそれだけではない。
テーブルの上で仰向けにさせられた五人は、最初、お臍の下を
綺麗にされるのだ。生まれて初めて谷間に生えだしたまだまだら
な軟らかい毛を、係りのシスターが手馴れた様子で綺麗さっぱり
剃りあげていく。
院長先生からも事前の相談などはなく、気がついたら目の前で
ジョリジョリされいる。そんな子が少なくなかった。
ということで……。
「いやあ~」
思わず悲鳴を上げてしまうと……
「ほら、ピーピー言わない、ジタバタしないの」
係りのシスターに一喝される。こちらは当然のことをしている
といった雰囲気だ。
それだけではない……
「あんたら、まだ子どものくせに、こんなの飾りは贅沢よ」
そんなことまで言われて剃刀を大事な場所に当てられるのだ。
美国園では、多少なりとも羞恥心を考慮してくれるのは高校生
から。中学生まではその扱いにおいて小学生と何ら変わりはなか
った。要するに子ども扱いというわけだ。
今の人たちの感性では分かりにくいかもしれないが、古い世代
の人たちにはモラトリアムという概念がなく、相手を、大人か、
子どもかの二者択一で判断するところがあった。中学生の場合は
肉体的な変化は認めつつも、まだまだ稚拙な面が多いことから、
単純に子どもと見るむきが多かった。
ましてや、古い価値観に縛られ日々禁欲的に暮らすシスターは
日頃向き合っているのが理性ある大人だけ。小中学生はというと、
いずれ理性を持たぬ山猿としか映っていない。
彼女たちの頭の中では、男の子も女の子も全てが子どもとして
一括処理されるために、この二つに性差はなく、今なら当然配慮
されるべき乙女のプライドも、自ら女性でありながら考慮の必要
なしと判断していたのである。
ただ、そんな山猿たちにも寝床は必要だから、身体検査が終り
バイブルの一節を清書し終わると、部屋が割り当てられる。
五人部屋。ルームメイトは全員、中学一年生の少女たち。
一人分は、粗末なパイプベッドと洗面用具が入った小さな鏡台
だけ。お隣とは一応カーテンで仕切られていたものの、何のこと
はない、大部屋の病室と言った風情だ。
そこへ五人がやってきた。
「あ~~~いや、今でもミミズが千匹体中を這い回ってる気が
する。気色悪いったらないわ」
弥生は、さっそく与えられた自分のベッドで大の字になると、
これ見よがしに体中をかきむしる。
「でも、いいじゃない、無事終わったんだから」
由香里の言葉に佳苗が反応した。
「まあ、今日のところは、これで終わりだけど……明日からが
ねえ……」
思わせぶった言い方が気になったのだろう、今度は亜美が……
「何よ、明日も身体検査やるわけ?」
「身体検査はあれだけよ。だけと、他のことがあるの……」
またしても佳苗が腹に一物って感じに聞こえるから、今度は、
恵子が凄んだ。
「何よ!奥歯に物が引っかかってるみたいな物の言い方止めて
くれないかなあ!気になるじゃないの!言いたいことがあるなら、
はっきり言っちゃいなさいよ」
「……ま、いいけどさ。知らない方が、今日はぐっすり眠れる
んじゃないかと思ったんだけど……」
「どういうことよ?」
亜美の声は大きかったが、気持はみんな同じとみえて、四人が
全員佳苗の方を向く。
「去年の例だけど、身体検査の翌日は耐力測定があったのよ」
「え~~~なに~~~今度は、体力測定?」
「運動するの~~~?あたし、苦手だなあ~~~」
亜美も由香里も誤解している。
ひょっとして残りの二人も、やはりそれは誤解して耳に入って
来たかもしれなかった。
「『たいりょく』って、べつに運動するわけじゃないわよ」
佳苗の言葉に亜美は……
「じゃあ、何するの?」
「だから字が違うの。私が言ってるのは、体の力じゃなくて、
耐える力の方。耐える力と書いて耐力測定なの」
「何よ、それ?」
「う……うん……」
佳苗は少し言いにくそうに間を持たせると……
「だから手っ取り早く言っちゃうと、お仕置きの試験があるの」
「何よ、それ……オシオキの試験って……」
由香里は突然舞い込んだ言葉に頭の整理ができない。
「だからさあ、その子がここのお仕置きにどれくらい耐えられ
るか、事前にチェックするのよ」
「まさか~~~そんなのあり~~~~」
「何よそれ……悪いことしたからお仕置きってことじゃなくて」
驚きは当然だった。
「そういうこと。……これは悪さをしたかどうかは関係なくて、
全員が受けさせられるの」
「う、嘘でしょう、何も悪いことしてないのに私たちお仕置き
されちゃうわけ!!冗談じゃないわよ」
「そんなの人権蹂躙よ」
「私、お父様に訴えてやるわ」
女の子の話は盛り上がり、その声は廊下にも鳴り響く。
そこで、通りがかった若いシスターが顔を出すことになるのだ。
「何が人権蹂躙なの。まだ嘴の黄色いひよこのくせに偉そうに。
……お父様に訴えるんですって、……どうぞ、どうぞ構わないわ。
ここでの体罰はすべてお父様の承諾を頂いてやってることなの。
あなたたちがどんなに泣こうがわめこうが、私たちが訴えられる
ことはないわ。…それに、もう一つ。あなたたちは大事なことを
忘れているみたいね。『私、悪いことなんか何一つしていません』
って顔してるけど、そもそも悪いことをしてない子は、始めから
ここへは来ないの。悪いことをしたから、お父様を怒らすような
ことをしたからここにいるんでしょう。どうやら、その辺りから
再教育しなきゃダメみたいね」
「……………………………………………………」
ストレートヘアの若いシスターにまくし立てられると、全員、
声が出なくなってしまった。
「あら?みんな黙っちゃって、私、何か間違ったこと言ってる?
『悪い子にはお仕置き』これって世の中の当たり前じゃなくて…
…違うかしら?」
「……………………………………………………」
シスターは子供たちのだんまりに小さくため息をつくと……
「たしかにさっきは、この部屋では相手にだけ聞こえるような
小さな声でならおしゃべりも許しますと言いましたけど、あなた
達の大声、廊下までキンキンに聞こえてますよ。もし耐力測定前
にお仕置きされたくなかったら、慎みなさい。いいですね」
この部屋の室長でもある若いシスターはそれだけ言うと、一旦
部屋を離れる。
これが自分たちの学校での出来事なら、すぐにでもおしゃべり
が復活しそうなものだが、さすがに後の祟りが怖かったのか……
「また、あとでね」
佳苗が言うと、それに異を唱える子はいなかった。
とはいえ、ここに集まっているのは、若い女の子たちばかり。
このままずっと口をつぐんでいるなんてできなかった。
おしゃべりはお風呂で再開する。
「ねえ、でも、私たちのあんな詳しいデータなんて本当に必要
なのかしら」
恵子が佳苗の背中を流しながら問いかける。
サービスの裏には経験者の彼女だったらその辺の謎に詳しいん
じゃないのかという思い込みもあった。
そんな思いを察してか、佳苗はこう答えたのである。
「私もホントか嘘かは知らないんだけど、噂では、お父様の中
には、あのデータをもとに娘さんの生き人形を作る人がいるんだ
って。そういうの、お父様たちの中では流行ってるみたいなのよ」
「生き人形って?……蝋人形みたいなものなの?」
「さあ、材料が何なのかは知らないわ。ただ、私たちの身体を
忠実に再現した人形を職人さんに頼んで作ってもらってるらしい
わ」
「いあ~~恥ずかしい。私、そんなのいらな~い」
由香里が思わず両手で胸を隠す。
「バカねえ、あんたの為に作るんじゃないわよ。……あくまで
お父様の趣味よ。娘の成長を写真や動画だけじゃなく、三次元で
も再現したいんだって……」
「何だか悪趣味ねえ……でも、私のお父様はそんなことしない
と思うわ」
亜美が甘えたような声を出すと……。
「どうして、そんなこと分かるのよ?」
佳苗が鼻で笑う。
「だって、お父様は幼い頃から大の仲良しだもん。私、今でも
一緒にお風呂入ってるんだから……人形なんかいらないはずよ」
亜美の言葉にその場にいた残りの少女たちはドン引きだった。
「そんなのわからないわよ。愛してるからこそ、そうやって形
に残したいのかもしれないじゃない。だって、あなたは成長する
けど、人形は成長しないでしょう。可愛いままだもん」
「それに、そのお人形、一体、何百万円もするみたいよ」
「………………」
一同絶句、本当にドン引きだった。
父親が私の体でそんなお人形さん遊びみたいなことするなんて
……誰もが信じたくなかった。でも絶対にないとまでは言い切れ
なかったのだ。
さて、次の日。それは約束通り行われた。
それも、起きた瞬間から、行われたのである。
朝六時、定刻の起床時間。
とたんに、けたたましく手押しワゴンの車輪の音が廊下に響き
渡る。
これは一台ではない。何台もの車輪の音が遠くから迫っている。
今日は耐力測定だが、これから毎日、このワゴンが寝ている少女
たちを叩き起こすことになるのだ。
誰の身にも辛い朝の儀式だった。
「おはよう、みなさん」
どこかの部屋を係りのシスターが訪れたのだろう。まだ寝ぼけ
眼でいる少女たちの耳にもその晴れやかな声が聞こえる。
『そうか、朝なんだ』
ベッドで背伸びをするうち、この中一グループの部屋にもそれ
はやってきた。
洗面器だのタオルだのワゴンには色んな物が乗っているのだが、
中でも少女たちの目を引くのが浣腸器。ピストン式のガラス製で、
ちょうど注射器を二周りほど大きくしたような形をしている。
「!!!!」
これを見て少女全員に緊張が走る。
当時、病院にある浣腸器といえばたいていがこの形だったので
誰の目にも見覚えがあったのだ。
この浣腸器、一般家庭で行なわれていたイチヂク浣腸と比べて
も迫力が違うことから、それはそれは強烈な思い出として残って
いた。
今でこそ、子どもが病院に行っても滅多なことでは浣腸なんて
されなくなったが、当時は、医師の前で「熱があってお腹が痛い
みたいです」なんて母親が口を滑らそうものなら、たいてい注射
や薬の前にこの浣腸でお腹を綺麗にするのが一般的。
だから、ここにいる五人も病院での浣腸は経験済み。もちろん、
それがどれほど恥ずかしいか、その後、何が起こるかも承知して
いる。だからこそ、このぶっとい注射器を見ただけで少女たちは
自然と緊張するのだった。
「これから、お浣腸の耐力測定を行います。普段は時間を設け
ますが、今回はテストですから時間は区切りません。我慢できる
だけ我慢してください。もちろん、どうしても我慢できないなら
ベッドの上でやっても構いませんよ」
早川シスターはごく自然に微笑んだが、少女たちの表情は……
『そんなあ~~』
というもの。
「どのみち自分のベッドですから他の人に迷惑は掛からないわ。
……ただし、努力もせずにわざと漏らすなんて恥知らずなことを
する子はここにはいないと思うけど、それはNGよ。……もし、
そんな子がいたら……熱~いお灸をお臍の下に追加しますから、
そこは気をつけてね」
若いシスターは若い子たちの緊張を解こうと思ったのか、茶目
っ気たっぷりの笑顔で、まだベッドの上にいる五人を前に説明を
始める。
ただ、どうやって説明されようと、それはさらっと聞き流せる
といった内容ではない。全員が鳥肌をたてて聞くことになったの
は言わずもがなだった。
『私たちにここでお漏らしをしろって言うの?』
亜美の口びるが震える。
『構いませんって……ここで我慢するの?このベッドの上で?』
由香里は目が点になっている。
「あの~~う」
恵子が恐る恐る手を上げてみた。
「何ですか、恵子さん」
「もし、汚したら……これ……自分で洗うんですか?」
恵子の質問に、他の四人の顔は複雑だ。
『そんな最悪のケースを今はまだ考えたくない』
そんな顔だった。
「高校生なら、当然そうだけど、あなた方はまだ中学生だから
子ども扱いということで下働きのシスターが洗ってくれるわよ。
……どう?安心した?」
「そうですか……わかりました」
恵子の力ない返事が返ってくる。
「ただし、これはわざと粗相したわけではないとこちらで判断
した場合だけよ。もし、恥も外聞もなくわざとやったりしたら、
自分で洗って中庭に干してもらいます」
「えっ、どうして?」
思わず恵子の顔が上がってしまった。
「当たり前じゃない。不可抗力とわざとは違うの。ここでは、
わざと罰を免れようという子には特に厳しいお仕置きが待ってる
から、覚えておきなさい」
「はい、シスター」
恵子の消え入りそうな小さな声。
『何だかバカなこと聞いちゃったかな』という思いも含まれて
いた。
「ここでは何事にも全力で取り組まない子には厳しいお仕置き
があるの。みなさんも覚えておいてね。このお浣腸も当然そう。
わざと汚したりしたら洗濯だけじゃないわ。その物干しの隣りで
シーツが乾くまでパンツ一つで立ってなきゃいけないし、先ほど
言ったけど、お股の中を焼く『特別ヤイト』というのもあります。
せっかくの夏ですもの。冷たいのよりむしろ熱い方がお好みなら、
そうしてくださって結構よ」
シスターは悪魔チックな笑顔を見せて微笑む。こうした場合、
もちろんこれは完全な脅しだった。
お灸は当時の子どもたちにとっても最高刑。ましてお股の中だ
なんて、脅しに決まっているが、脅された方としては『実際には
やらない』という確証もないわけで……。
このあとほとんどの子が自分のベッドの上で死ぬほど辛い我慢
をすることになるのだ。
というわけで、子どもたちにしてみれば、シスターの言葉は、
信じられないほど残酷な宣言ということになるのである。
「人によって耐えられる力は様々でしょうけど、あなたたちの
場合はまだ小学校を卒業してきたばかりですから、体もまだ華奢
ですし長時間は無理でしょうね。ただ、こうして見ると最近の子
らしく発育もよくてお尻の筋肉もしっかりしているみたいだから、
……そうですね……45分くらい我慢できるんじゃないかしら」
『嘘でしょう……45分なんて……そんなに我慢できないわよ』
由香里は思った。でも、それは他の子も同じ思いだったのだ。
「あらあら、ずいぶん深刻な顔になっちゃったわね。……でも、
大丈夫よ。そんなに長くはしないから……とはいっても、30分
以内というのはないかもしれませんね。ま、そのつもりで頑張り
ましょうね」
『さ……さんじゅう……ふん』
弥生は気が遠くなりそうだった。
いや、弥生だけではない。45分が30分でもそれはそんなに
変わらない。佳苗を除く四人が四人ともショックで口がきけない
でいた。
実際、病院での浣腸も、薬の効果を上げるためトイレを5分か、
10分程度待たされたりするものだが、それでも大変な思いだ。
全身に鳥肌がたち、脂汗で全身ぐっしょり。膝の震えは止まら
ないし、何かをしっかり握りしめていないと、飛び出してしまい
そうで怖い。当時はゴムプラグなんて一般的じゃなかった。
それが浣腸なのだ。
それを30分だなんて誰も乗り切れる自信がなかったのである。
「さあ、始めるわよ。まず、自分のベッドの上で仰向けに寝て
くださいね」
若いシスターの号令一下、どの子もその命令に反抗しなかった。
渋々には違いないが、誰もが自分が寝ていた白いシーツの上に
身を置いて天上を眺めることにしたのである。
「よろしい。このあとは全て私がやりますから、あなたたちは、
ただじっとしていればそれでいいの。それがあなたたちの仕事よ。
楽チンでしょう。……だから約束して欲しいの。奇声を上げたり、
暴れたりはしませんって……もし、それができない子には、別の
お仕置きをしますから、注意してね」
早川シスターは、まだ中一の彼女達から見れば気品たっぷりの
お姉さんシスターだが、取っ組み合えば自分たちでも勝てそうな
ほど華奢に見える。しかも、こうして見渡せば、この部屋にいる
大人は彼女だけだし、彼女さえ突き飛ばせばこの部屋を逃げ出す
ことも可能なはず……
亜美はよからぬことを考えていた。
すると、ここで不思議な事が起きる。
「亜美ちゃん、気持はわかるけど、あまり男の子みたいな冒険
は考えない方がいいわよ」
早川シスターが、亜美の目の動き、ちょっとした素振りだけで
その心の奥底を言い当てたのだ。
「たとえこの部屋を突破できても、その先にはたくさんの先輩
シスターたちが待ち構えているし、迷路のようになった学園内の
どこをどう行けば出口に辿り着けるのか、あなた、それも分から
ないでしょう」
「……(えっ、どういうことよ。どうして私の考えてることが
分かるの?)……」
微笑む早川シスターに、亜美は無言を通す。
それは、何一言もおしゃべりしてないのに、どうして私の心が
読めるのか……怖くてならなかったからだった。
タネをあかせば簡単なこと。
多くの子がここで無謀なチャレンジを試みるから早川シスター
が先手を打ったのである。
だから、これは亜美だけに効果があったのではない。他の子に
対しても、そのギラギラとした反抗的な瞳を閉じさせるのに効果
があったようだった。
まず、全員のパジャマのズボンが脱がされる。
脱がされたズボンは部屋の隅に放り投げられ、すぐに取り戻せ
ない場所へと行ってしまう。
その結果、まずは下半身スッポンポンの少女たちの悩ましい足
が10本、5台の寝台に並ぶことになるのだった。
そうしておいて早川シスター、まずは佳苗のベッドへとやって
来る。
「あら、お久しぶりね、佳苗さん」
早川シスターが、ベッドの上で無表情に天井を向いている佳苗
を覗き込むと、佳苗はプイと横を向く。
「…………」
しかし、覗き込まれた佳苗は顔をこわばらせていた。
怯えていたと言うべきかもしれない。
さっそく……
「あら、一年も経つとご挨拶の仕方も忘れちゃうのかしら」
シスターのイヤミがその顔に飛んでくる。
「こん……こんにちわ、早川シスター」
声は小さかったが、佳苗も覚悟が決まったようだった。
「去年から見ると……あなたも、ずいぶん大人になったみたい
ね」
早川シスターはまるで横たえたミイラを前に興奮する考古学者
のような目つきで佳苗の体を嘗め回す。
女の子の身体が変化するのは、胸と腰とお臍の下。
早川シスターはその全てに目を通した。
「あなたがここへ再び足を踏み入れたのは残念だけど……でも、
その分、あなたが大人になっていていれば、こちらも助かるわ。
脱走3回は、あなたがまだ小学生だったから先生方も大目に見て
くださったけど、中学生にもなると最初の1回目から受ける罰が
グンと違うから、そこは大人の判断をしてちょうだいね。私も、
あなたの悲鳴は二度と聞きたくないもの。協力してくれるわね」
「………………はい、シスター」
佳苗は少し考えてから返事を……。
色んな思いを整理するのに時間がかかったのだ。
「そうそう、その調子。女の子はね、素直が一番なの。女性は
男性のように片意地張っても何もいいことはないわ。あなたも、
もう中学生なんだし、いつまでも『幼い子だから仕方がない』は
通らなくなるわよ。さあ、それじゃあ両足を上げて協力してね」
早川シスターの言葉に佳苗は逆らわない。
同部屋の子たちが、見てはいけないと思いつつもこちらを覗き
見している……そんな気配を感じながらも、彼女は両足を上げる。
そこには、女の子の全てが綺麗に縦に並んでいた。
あられもない姿というのは、まさにこういうことなのかもしれ
ないが、ここではこれが日常。佳苗だけではない、ここにやって
来た女の子のすべてが毎朝この姿にならなければならなかった。
「ちょっと、拝見するわね」
早川シスターがそう言って触れた場所は、女の子、それも若い子
が最も強く刺激を感じる場所だった。
ビニールの手袋さえつけていない素手の感触が、まだ思春期が
始まったばかりの幼い少女にとってどんなものか……
「あっ~~~~イタイ、イタイ」
長い吐息のあと、我慢しきれず正直な気持が口をついてでた。
「まだ、固い蕾のようね」
早川シスターがポツリと独り言。
それに反応した佳苗が顔色を変えたのがシスターには見えたの
だろう。
「あら、ごめんなさい。気に障ったかしら?……でもね、こう
したものは、たった一度でも、その密の味を覚えると、なかなか
抜け出せなくなるから……でも、あなたは立派よ。最初は誰でも
興味本位だけど、でも、それが抜き差しならなくなって、結局は
うちに来る子も多いの……誰とはいえないけどね」
早川シスターは佳苗の大きな太股を左右に開くと、その間から
顔を出して可愛らしく笑って見せる。
「でも、あなた……この一年でずいぶんと成長したじゃない。
こんな処にも、もうちゃんと毛が生え始めてるし……」
早川シスターに言われて佳苗は顔が真っ赤になった。
というのも、女の子は意外なほど自分のその場所には無関心で
お風呂や寝室で一人でいても、そのたびにしげしげと眺めたりは
しないものなのだ。恐らく佳苗も早川シスターに指摘されるまで
その事実は知らなかったに違いなかった。
「あっ……あああ~~~……んんんんん……いやあ、いやあ」
佳苗の頭が左右に揺れる。
早川シスターはその後も遠慮がなかった。オシッコの出る穴、
赤ちゃんが出てくる処、そして、もちろんウンチの出る穴も……
穴のあいてる場所はすべて触れてみたのである。
そして股間に異常のないことを確認すると、最後に一つ強めに
下腹をグイっと押してからその場を一旦離れた。
…
「それでは始めますからね」
シスターは、ベッドの脇に止められたワゴンに向かい、小さな
バケツの中にピストン式の浣腸器を突っ込んでグリセリン溶液を
吸い上げる。
これが病院なら、さしずめこげ茶色の薬壜からおごそかに……
なんだろうが、ここでは朝の忙しい時に、五人をいっぺんに処置
しなければならない。そこで、浣腸液は、賄い担当のシスターが
調理室でバケツに作り置き、それを担当するシスターが受け持ち
の部屋へと運んで行く手はずになっていた。
「わかってるでしょうけど、お尻の力を抜いてね。………もし、
このガラスの先が一回でお尻の穴に刺さらなかったら、反抗あり
とみなして、お仕置きが追加されるの……そういうこと、覚えて
るわよね」
早川シスターの注意に佳苗は僅かに顎を引いてわかったという
合図。
実際、故意ではなくとも、ガラスの先端がお尻の穴を刺激した
瞬間、お尻の穴に力を入れて肛門を閉じてしまう子は多いのだ。
佳苗も昨年は幾度となく追加のお仕置きをもらった口だった。
「あっ」
ガラスの尖った感触がお尻の穴を刺激する。
その一瞬、佳苗はお尻を閉じたが、すぐに思い直してその先端
を受け入れる。今頃は、カテーテルを繋いで先端もゴムになった
が、この頃はまだピストン式浣腸器の先端を直接肛門に押し入れ
るやり方が一般的だった。
「…………」
グリセリン溶液がお尻の中を逆流する感覚は、何とも言えない
不快感だ。
「さあ、もう一本よ」
一回が50㏄。二回なら100㏄。
たしか昨年は1回で済んでいたから、『あれっ?』と思ったが、
言えなかった。
代わりに早川シスターが……
「小学生の時とは体が違うもの。50㏄じゃみんな鼻歌混じり
でしょう」
佳苗は早川シスターの笑顔が憎たらしかった。
小学生の時から確かに身体はいくらか大きくなったけど2倍に
なんかなってない。昨年は5人が5人とも泣きながらお漏らした
のを覚えているのだ。
『どのくらい我慢できるだろう?』
佳苗の脳裏には失敗する自分の惨めな姿しか映らなかったので
ある。
「あっ……また入って来た……」
二本目が下腹に入ると、自分でもその重さが分かるのだ。
「さあ、今度は……オムツを当てましょうね」
早川シスターは童顔だから、普段も高校生くらいに見える。
だから、大きな赤ん坊にオムツをあてるその姿も、母親という
より、ママゴトを楽しむ少女のように無邪気に見えた。
『あっ、やだ~~……だめえ~~~』
グリセリンの効き目は早い。
オムツを着け終る前に、早速、佳苗は顔をしかめなければなら
ないのだ。
「あっ、だめ」
思わず出た佳苗の言葉に、早川シスターが反応する。
「何言ってるの、経験者が……そのうち、慣れるって知ってる
くせに……」
意地悪な物言いに佳苗はさらに顔をゆがめる。
実際、浣腸の効果には波があって、いつも一定に苦しいのでは
なく周期的に恐怖が襲ってくるのだ。
最初の激しい便意を乗り切れば、その後は比較的楽に過ごせる
時期がおとずれる。
そして、また……
「あああっ~~~ひぃ~~~~いやあ~~~~」
全身、鳥肌で脂汗の地獄が……これが、無限に続くことになる
のだった。
もちろん、佳苗だけが犠牲者ではない。
五人全員が早川シスターによって浣腸され、オムツを穿かされ
自分のベッドで四つん這いになって30分という時間が過ぎ去る
のを待っている。
一応、プライバシーを尊重して、お互いベッドが見えないよう
間仕切りのカーテンは閉じられているのだが、この時、他人の事
に構っていられる余裕は誰一人持っていなかった。
五人が五人とも、自分の事でとにかく精一杯なのだ。
『とにかく恥をかきたくない』
それだけが望みで全員シーツを必死に握りしめていたのである。
30分という時間は、普段ならさして何も感じないほどの短い
時間なのかもしれないが、こうして過ごす30分は、その長さが
身にしみる。
オーバーでも何でもなく気絶しそうなくらい苦しい時間なのだ。
しかし決して気絶なんかできなかった。もし、そんなことしたら
……
『私、生きていけない』
なりたての乙女たちは譲れない一線をそんな思いで耐え続ける。
そんな苦悶の時間がベッドテーブルに置かれた砂時計によって
刻まれていく。
『まだ10分』『まだ5分』『まだ2分』
誰もが砂の落ちるスピードが他の物より遅いように感じられ、
30分は5時間にも8時間にも感じられるほどだった。
「はい、よくがんばったわね」
早川シスターが最初に始めた佳苗についてその終わりを告げる。
ホッと一息と言いたいところだが、これですぐに楽になるわけ
でもなかった。
「どう?まだ大丈夫?……それともオムツの中にしちゃう?」
早川シスターは佳苗に確かめる。
お姉さん達に比べれば濃度が薄いとはいえ、まだ幼い体の彼女
たちにとっては30分が限界で……もし、オムツを取り除くと、
オマルに跨る前に、そのまま………なんてケースも……
もちろん、子どもたちは、そんな赤ちゃんのような真似なんて
イヤに決まってるが、意地を張った結果がどうなるか……今なお
続く下腹の大波が、『限界』『限界』『破滅』『破滅』と警告を発し
続けている。
そんな恐ろしい未来予想図が頭をかすめた少女たちにとって、
『ここではシスターの好意に甘えよう』
というのも一つの選択肢だった。
しかも佳苗は経験者。
『今さらここで見栄を張っても仕方ない。これより辛く惨めな
行事がここではまだ沢山あるのだから……』
彼女はオムツをトイレ代わりにした。
四方をカーテンに遮られているから自分の醜態を直接友だちが
見学することはないものの、そりゃあ大変な勇気が必要だった。
おならの音は聞こえるし浣腸液で薄まったと言ってもまったく
臭わないわけではない。何が起こっているのかを友だちは容易に
想像できるのだ。
「……………………………………………………………………」
仰向けになって両足を高く上げた佳苗の頭の中は真っ白。
何も考えられない。何も考えたくない時間が流れていく。
佳苗としては今起こっているこの忌まわしい現実が一刻も早く
流れ去って欲しかった。
そんななか……
「さあ、赤ちゃん、終わりましたよ」
早川シスターは、終始ブスッとした顔を横に向けていた佳苗に
皮肉を込めて微笑みかける。
それは満足という笑顔だった。
男の感覚で言うと、本来、こんな事をしていて一番大変なのは
早川シスター本人のはずなのだが、こんな汚れ仕事をしていても
彼女自身はそれほど不満そうではなかったのである。
勿論、『これはあくまで仕事』という割り切りもあるだろう。
しかし、何より大きいのは『哀れな少女を私が救ってやった』と
いう優越感が彼女の笑顔の原因だったのだ。
奉仕する側とされる側の心模様。男の子の場合はどんな時でも
サービスを受ける側が有利だが、女の子の世界は逆。佳苗と早川
シスターの間には雲泥の差があったのである。
佳苗の処置が終わると、次は亜美。
彼女は早川シスターがそのベッドを訪れた時、すでに事切れて
いた。
しかし、早川シスターはここでも慌てた素振りは一切みせない。
もとよりこうなる事は自然なことだからだ。
「大丈夫よ、心配しないでね。今すぐ綺麗にするから」
穏やかな笑顔のシスターは放心状態の亜美を優しく介護した。
「何も気にする必要はないわ。これはあなたの責任じゃないん
だから」
シスターの手が、普段の生活では他人には絶対に触れさせない
場所を侵食していく。
強烈な屈辱感。それまで築き上げてきたプライドがポッキリと
折れ『私の生涯はこの人にハンデを背負わされる』という恐怖が
圧し掛かる。
亜美は自らに降りかかった不幸をあれこれ嘆いてはシスターの
処置が終わるのを待っていた。
ところが、そんな不幸の真っ只中にあって亜美は自らの胸の奥
から湧き起こる不思議な感情を感じていた。
甘く切ない思い。どこか懐かしい甘えの気持。
そう、母にオムツ替えをしてもらっていた赤ん坊の頃の記憶が
一種の快楽となって蘇ってきたのだった。
もちろん、そんなこと誰にも話すことはできない。自分の心内
でさえ消し去ろうとした思いだったのだから。
しかし、その刹那の思いを、彼女は完全に消し去ることができ
なかったのである。
「さあ、いいわよ。……しばらくは無意識に漏らしちゃうかも
しれないから、もうしばらくはオムツで我慢してね」
早川シスターはそう言って亜美のベッドを後にする。
三人目は由香里。
彼女は前の二人とは違い未だ自らのプライドを守り続けている。
四つん這いになった顔は真っ赤。シーツを弾き千切れんばかり
に握りしめ、全身を震わせて、未だ煩悩と戦い続けているのだ。
この煩悩を沈めるのも早川シスターの仕事だった。
「おめでとう由香里さん。よく頑張ったわ。もう、おしまいよ」
早川シスターは由香里を祝福して、その身体を持ち上げようと
したが……
「いやあ~~~だめ~~~」
由香里から強烈な拒否反応が返って来る。
言葉だけでなく、その身体も1ミリたりとその場を動こうとは
しないのだ。
いや、正確に言うと……動けなかった。
彼女は必死に操を守り通した結果、今や、この姿勢で固まって
いたのである。もし、ほんのちょっとでも姿勢を崩したら大爆発
を起こしてしまう。
そんな恐怖から由香里はその場を動けなかったのである。
「いやあ~~~触らないで!!」
少女の必死の声が甲高い声く部屋中に響く。
しかし、早川シスターにしても、このままにしておくわけには
いかなかった。
そこで、大波が治まるほんの僅かな時間を利用して、少しずつ、
ほんの少しずつ体勢を変えさせていく。
そして、他の子の10倍は時間をかけて、ようようベッドパン
へ跨らす事ができた。
ところが、ここでも由香里は抵抗する。
こんな姿勢になっていてもまだ頑張っているのだ。
30分もの間、全身全霊をかけて守り抜いた操を、そう簡単に
捨てられない。
『今はもう大丈夫』『ここでやっても許される』と頭の中では
理解しているのに身体が反応しないのだ。
「まだ、頑張ってるの。もう、いいのよ。ここで出してしまい
ましょう。どの道、いくら頑張ってもトイレにはいけないもの」
早川シスターは説得を試みたが、一度固まってしまった強固な
由香里の意志は、すでに理性でのコントロールを失っていたので
ある。
これもまた、この世界ではよくあることだった。
だからシスターもまた慌てない。こんな時はどうすればよいか
彼女もまた十分に心得ていた。
「はい、あまり、我慢してると身体によくないわよ。ここは、
カーテンで仕切られてるから他の子からは見えないの。大丈夫、
大丈夫よ、心配要らないから、ここでやっちゃいましょう」
早川シスターはそう言いながらオマルにしゃがみ込む由香里の
下腹をゆっくり揉み始めた。
そして、ものの10秒。
それまで必死になって我慢し続けてきた由香里のお腹がそれに
以上耐えられるはずもなかったのである。
「いやあ~~~~~」
その瞬間、プライドが壊れた時の音が室内に響き渡る。
これだけではない少女たちが命の次に大事にしてきたプライド
をここではいとも簡単に壊していく。
女の子は『従順』『勤勉』ならそれでよいと思われていた時代。
そもそも女の子にプライドなど必要ではなかった。なまじそんな
ものを持っていると親の意見にさえ素直に耳を貸さなくなるから
かえって害悪だ、なんて意見さえあったほど。
よくも悪しくも女の子は親や教師のお人形だったのである。
プライドという鎧から開放された少女たちは、身も心も丸裸に
なって一時的に色んなコンプレックスに苛まれることになるのだ
が、それこそが大人たちの狙いで、指導者達はそんな因幡の白兎
のような少女たちを優しく介抱し、自分達への忠誠心を植えつけ
て、正しい道へと子供たちを導く。
これが当時の更生。
よって、こうした場所でのハレンチな行事は日常茶飯事だった
のである。
四人目は吉田恵子。
終わった三人は、言ってみれば良いとこのお嬢様タイプだが、
彼女と弥生は生まれ育ちが違っていた。
二人は生まれも育ちも根っからの下町育ち。庶民の出だった。
「あらあら、凄いわね。あなた、起き上がって大丈夫なの!?」
早川シスターが驚くのも無理がない。仕切りのカーテンを開け
ると恵子はすでにベッドから起き上がっていたのである。
「砂時計の砂が全部落ちたみたいなのでトイレへ行ってきます」
気丈にも彼女はそう言って本当に歩き出そうとする。
「ちょっと、待って……トイレまで遠いわよ。この部屋を出て、
廊下の先にあるけど……もし、途中で………」
早川シスターは慌てて止めたが、恵子はそれを無視して歩こう
とするのだ。
実際それって、とても危険なことだった。
部屋の中には早川シスターを除くと他は同級の友だちばかり。
もちろん、友だちと言ってもどの子も昨日知り合ったばかりだが、
それでも彼女たちとは同室で、歳も同じ女の子同士。これからも
ずっと一緒に暮らす仲間たちだ。たった一晩といっても、すでに
何度もおしゃべりを繰り返して、お互い少しは分かりあえる間柄
になっている。その分、親近感だってあるのだ。
それが、歳の離れた、これまでまったく口をきいたことのない
お姉様たちの前で醜態を晒すことになったら……。
それって、同じ恥をかくにしても心に残る傷が断然違ってくる
のをシスターたちには長年の経験から分かっていた。
もちろん、そんなこと今の恵子に関係ない。
恵子の今は、恥をかきたくない一心。こんな処でやっちゃいけ
ないという義務感みたなものに突き動かされて必死に歩みを進め
ているのだ。だが、そこには冷静な判断が必要がだった。
「院長先生!ちょっとお願いします」
緊急性を感じたのだろう早川シスターが珍しく大きな声を出す。
それに呼応して、すぐに院長先生が部屋を訪れた。
院長先生は恵子たちの部屋に入るなり、ひと目で状況を把握。
笑顔で恵子を説得し始める。
「あら、あなた、立派ね。自分でトイレへ行くのね。さすが、
乳母日傘で育ったお嬢様と違って下町の子はしっかりしてるわ。
偉いわよ。女の子はどんな時でも自分の事は自分でしなくちゃね。
……でも、この廊下は長いの。もし粗相なんかしたら、あなたが、
みんなの見てる前で、自分の粗相をお掃除することになるわよ。
それで、いいのかしら?……そんな危ないことをするより、この
部屋でやってしまった方がよくないかしら?だって、ここにいる
お友だちは、みんな、あなたと同じ境遇ですもの……恥ずかしい
なんてことないわ」
「…………」
しかし、恵子は首を縦に振らなかった。
あくまでトイレだったのだ。
すると、院長先生の方が方向転換。
「いいわ、じゃあ、先生が手伝ってあげる」
院長先生は納得した様子で恵子に近づくと……
「あっ!」
一瞬の早業で恵子の身体をお姫様抱っこした。
そして、そのまま抱えて、トイレへと向かう。
「あっ、院長先生、それは私が……」
あまりの早業に早川シスターは着いていけず、部屋を出る院長
先生の背中に越しに声を掛けた。
すると……
「大丈夫よ。あなたは最後の子を手伝って……」
院長先生はこう言い残すとそのままトイレへ。
普段は上下関係がわりにはっきりしている修道院の社会だが、
このお浣腸ばかりは、一刻を争うので、誰彼なく手の空いた者が
その場の仕事を手伝う不文律となっていたのである。
最後は木島弥生。
彼女もまた恵子同様庶民の出なのだが、対応は恵子とは真反対
だった。
実は、ベッドで四つん這いの姿勢でいる彼女のオムツはこの時
すでに膨らんでいたのだ。
弥生は恥ずかしそうにしている。すでにお漏らししてしまった
ほかの子同様、申し訳なさいそうにしている。
これって傍目で見る限り、何の問題もないように見えるのだが、
早川シスターの彼女を見つめる視線は厳しかった。
彼女は子どもたちに浣腸を施した後もその様子をつぶさに観察
していたのだ。その観察眼からすると弥生の様子は不自然と感じ
られたのである。
とはいえ、いきなり怒鳴ったりはしない。
最初は穏やかに……
「あら、あら、漏らしちゃったの?……大変だったわね。……
すぐにオムツを換えてあげるわね」
早川シスターの言葉は文字に起こせば他の子と何ら変わりない
扱いだが、弥生は自分に向けられたその言葉に棘のようなものが
あるのを、すでにこの時、感じ取っていた。
仰向けになってベッドに寝そべり、女の子にとってはこれ以上
ないほどの恥ずかしい、そして屈辱的なサービスにもじっとして
耐えていた弥生だったが、彼女の場合、さらにもう一つ耐えなけ
ればならない試練があったのである。
「あなた、私がこんなことやってても、ちっとも恥ずかしそう
じゃないわね」
弥生は早川シスターの言葉に慌てる。慌てて再び恥ずかしそう
な顔を作ってみせたが……
「もう、およしなさいな」
早川シスターにはそんな作り物の困惑顔がそもそも不快だった
のである。
「私、注意したわよね。どうにもならなければ仕方がないけど、
頑張れるだけ、頑張りましょうって……あなた、これ、頑張った
結果かしら?」
「…………」
早川シスターの全てを見通したかのような自身ありげな物言い
に弥生の心はその芯が震える。
弥生にしてみれば、真剣に我慢しているかどうかなんてどうせ
外からは分かりっこない。そう高を括っていたのだ。
『ここにいるのは夏休みだけ。新学期が始まればもう会う事も
ないんだから、恥をかいても噂が広がる気遣いはない。だったら、
なるようになるさ』
そんな男の子的な開き直りも彼女の心の中にあった。
ところが、そんな思惑が通用しそうにない。
そんな少女の心の動揺も、早川シスターは見逃さなかった。
「弥生さん。あなた、随分度胸があるのね。私たちを試そうだ
なんて……しかも、こんな事までしでかすなんて……女の子には
なかなかできない芸当だわ」
早川シスターの射るような視線に怯えて、弥生は思わず……
「私はそんなこと……」
と取り繕ってみたのだが……シスターはさらに眼光鋭く弥生を
睨みつける。
女の子の世界では人を裁くのに証拠はいらなかった。
素振りが怪しいというだけで彼女は有罪なのである。
「そんなあなたの度胸には感心するけど……でもね、私たちも
これまで色んな子どもにたくさんのお浣腸をしてきたの。いわば、
『お仕置きのプロ』ってところかしらね。……だから、その子の
様子を見ていれば、それが不可抗力による事故なのか、それとも
真剣に私たちの罰を受けようとしているのか、ひと目で分かるの」
「……でも……私は……」
青くなった後も、弥生は再度反論を試みたが……
「やめなさい。そうやって自分の心を偽るのが一番よくないわ。
ここではね、あなたが真実と向き合わうまでは罰がずっと続くの。
それって女の子の一番悪い性癖だから徹底的に是正させるのよ。
それがどんなに厳しく辛いことか……経験者はみんな地獄だった
って……そんなこと、経験しないにこしたことがないでしょう」
「…………」
「ここでは、バカになって素直にしているのが一番幸せに家へ
帰れる道なの。無駄な抵抗はしないにこしたことがないわよ」
早川シスターはす弥生の耳元で囁く。
「そうすれば、罰を受けずに済むんですか?」
「いいえ、それでも罰はあるわよ。だって、お父様はその為に
あなた方をここによこしたんですもの。ただね、余計にぶたれる
ことはないでしょう」
「…………」
弥生は本当はそんな顔をしたくなかったが、悲しい顔になった。
それに追い討ちをかけるように……
「……それとね、あなたの場合、この検査では正確なデータが
でなかったから、次の耐力測定で倍の負荷を受けてもらうことに
なるの。それは我慢してね」
「まだ、あるんですか?」
「あるわよ、次はお尻叩きなの、あなたのお尻がケインの鞭に
どれだけ耐えられるか、テストするの。あなたの場合は他の子の
二倍の鞭を受けてもらうことになると思うわ」
「…………」
弥生は思わず息を呑んだまま言葉にならない。
正直、卒倒しそうだった。
「大丈夫よ。そんなに怖がらなくても。みんな参加するテスト
ですもの。これでお尻が壊れたなんて子もいないのよ。それに、
鞭打ちによる測定は身体をしっかり押さえつけてから行うから、
今回みたいなズルはできないの。あなた向きのテストよ」
早川シスターの言葉は弥生にとって悪魔の囁き。
少女はこのまま目をつむり、翌朝、あらためて目を覚ましたか
った。すべては夢だったことにして、この忌まわしいお話を終わ
らせたかったに違いない。
しかし、現実は思うに任せない。
こうして自分が粗相してしまったオムツの取替えを見続けなけ
ればならないのだ。惨めな自分と離れることはできなかった。
「ほら、じっとしていなさい!」
早川シスターの罵声が飛ぶ。
13歳の少女には、こうした時でさえ夢の中へ逃げ込むことが
許されていなかったのである。
***************************
美国園 <2> 身体検査
<2> 身体検査
~ 中一グループ ~
進藤佳苗(しんどう・かなえ)
松倉亜美(まつくら・あみ)
三井由香里(みつい・ゆかり)
吉田恵子(よしだ・けいこ)
木島弥生(きじま・やよい)
~ 小四グループ ~
広瀬里香(ひろせ・りか)
朝比奈愛美(あさひな・えみ)
須藤美佐江(すどう・みさえ)
小西聡子(こにし・さとこ)
新村真紀(にいむら・まき)
~ 修道院のシスターたち ~
エリザベス・サトウ<院長先生>
小林・樹理(こばやし・じゅり)<鞭・担当>
湯浅・良子(ゆあさ・りょうこ)<浣腸・担当>
日下部・秀子(くさかべ・ひでこ)<お灸・担当>
#####################
ガイダンスは、その後、この場を取り仕切る主任シスターが、
部屋割りだったり、一日の大まかな日課だったりを説明して終了
するが、少女たちがこれでこの講堂から開放されるわけではない。
一度、このサマースクールに参加した子なら知ってることだが、
彼女たちはこれから身体検査を受けなければならなかった。
「何よ、私たち、まだここにいなきゃいけないわけ?」
弥生がこの中では唯一の経験者である佳苗に小声で訪ねる。
「これから身体検査があるの。部屋を案内されるのはその後よ」
佳苗はさらに小さな声。
その声に他の子たちも聞き耳を立てている。
中一の生徒は全部で五人。中学生といってもつい数ヶ月前まで
は小学生だったわけで、心の中は全員まだ小学生の方に近かった。
「ねえ、身体検査って、どんなことするの?」
恵子き佳苗に尋ねたが……
「ばかねえ、あんたの学校は、身体検査ってやらなかったの。
身長とか体重なんかはかったりするやつじゃないの」
答えたのは由香里だった。
ところが、経験者の佳苗が、それにため息交じりで異を唱える。
「普通はそうだけど、ここのはそんな生易しいものじゃないの」
「えっ!違うの!」
思わず亜美まで……。
すると、それまで我慢して聞いていたシスターも、役目柄、雀
たちにものを言わなければならなくなる。
「おかしいわね、この辺で何か人の声がしたようだけど、気の
せいかしら?」
近づいてきたシスターに五人組は思わず顔を伏せた。
そりゃそうだろう、五人まとめて前の舞台に引きずり出されて
お尻をぶたれたら、そりゃあたまったものではない。
「身体検査は身体検査。あなた方をぶったり叩いたりはしない
から安心なさい。今しがた四年生の子たちが始めたところだけど、
あなたたちの番まで少し時間があるから、その間はこれをやって
なさい」
シスターは、子供たちに薄いレジュメとノート、シャーペン、
消しゴムなどを配り始める。
「これは何ですか?」
亜美が思わず口走ってしまい、それで一瞬にして顔を青くする。
彼女、一言二言口走っただけでお尻を叩かれた子を思い出した
のだ。
しかし、今度はシスターがそれを見て微笑んだだけ。過激な事
は何も起こらなかった。
「いいこと、このレジュメの中には聖書の一節が書かれてるの。
これをこちらのノートに心を込めて清書して欲しいの。どのみち
これはあなた方の日課の一つだから毎日やらされることだけど、
今日は手が空いてるから、ここでやってしまいましょう」
「はい、先生」
子供たちは五人とも素直に命じられた仕事に取り掛かる。
こうしてみる限り、この子達が不良娘とはとても思えなかった。
「字は綺麗にこしたことはないけど、とにかく丁寧に書くこと
が大事よ。乱雑に書かれたノートを提出してもやり直しさせます
からね」
シスターはそう言って立ち去ってくれた。
五人は当初こそ真面目にやっていたが、それがそうは長く続く
はずもない。気にしないつもりでいても、どうしても、目の前の
身体検査が気になってしまうのだ。
というのも、その身体検査というのが自分たちの学校でやって
いるのとは随分と様子が違うからだった。
身体検査は、各学年ごとにステージへ上がり、他の学年の子は
自分たちの席でバイブルの一節を清書して時を過ごす。
もちろん、場内は私語厳禁だから観客席は静寂のまま。でも、
それだけに舞台上でのやりとりは遠くの席までもはっきりと聞き
取れる。
いくら見るな聞くなと言われてもそれは無理。
むしろ、身体検査の様子をほかの子にも見せたいと思っている
としか考えられない舞台設定だったのである。
最初は小学四年生のグループ。
ここに招待された中ではもっとも年下の子たちだ。
この五人組、係のシスターから背中を押されるようにして舞台
に上がると、院長先生を始めとしてこの修道院のお偉いさんたち
が居並ぶ細長いテーブルの前で、まずは自己紹介しなければなら
ない。
オーディション会場というか面接会場というか、そんな雰囲気
の中での自己紹介。幼い子にしてみれば、罪など犯さなくても、
間近に大人たちの顔を見ただけで今にも舞い上がってしまいそう
な、そんなスチュエーションでの自己紹介だったのである。
「(えっ)……広瀬……里香……(えっ)四年生です。学校は
……(えっ)桃園第二小学校」
里香はこの舞台に上がってきた時から、すでに嗚咽ばかりして
いた。そう、泣いていたのである。
それはこの場の雰囲気から仕方のないことに思われたのだが…。
「里香ちゃん、泣くのはもうやめましょう。みっともないわよ」
院長先生は背筋を伸ばして毅然と言い放つ。
そして、次の瞬間……
「いやあ!!」
一人のシスターが彼女の白いワンピの裾を捲りあげて上半身を
前屈させる。言わずと知れたお尻叩きのポーズ。
里香は、てっきりお尻をぶたれると思って驚いたのだった。
ただ、シスターの動きはここまで。里香がお尻をぶたれること
はなかったのである。
「里香ちゃん、あなたお芝居がとっても上手だけど児童劇団に
でも所属してるの?」
「いいえ」
里香の顔が少し怖い。
「あなたの嘘泣きはとっても上手だけど、ここでは通用しない
わよ。本当に泣いてる時って、お尻を捲られてもあんなに素早く
反応しないものなの。あなたがあんなに素早いのは、泣きながら
こちらの様子を窺ってるから……つまり、嘘泣き。……違う?」
「えっ!」
里香の顔が青くなる。
「きっと、お父様にはそれでうまくいっていたのね。あなたの
お父様は心の広いお方だからあなたの涙を受け入れてくださった
んだと思うけど、私たちは子どもたちをお仕置きするのが仕事だ
もの。嘘泣きなんかに振り回されてる暇はないのよ」
この言葉は、観客席に座る他の子の心にも同じように響いたと
みえて、それまで泣いていた子もぴったりと泣きやんでしまった
のだった。
「朝比奈愛美、城南大付属小学校四年生です」
「須藤美佐江、セントメリー小学校四年生です」
「小西聡子、西町小学校四年生です」
「新村真紀、新港小学校四年生です」
五人のお偉いさんたちの前に並んだ五人の子供たち。彼女達が
簡単な自己紹介をする。それを大人たちは真剣な眼差しで見ていた。
こんな情報、手元の資料を見ればすむ話であえて自己紹介など
させる必要はない。それをあえてやさせるのは、その子の個性を
事前に知っておくため。
彼らはいわばお仕置きのプロ。こんなにも些細な情報からでも
その子の人となりを、かなり正確に知ることができたのである。
それが確認できたところで、再び院長先生が口を開いた。
「さて、それではこれから身体検査を行いますが、ここからは
今までのような特別扱いはしませんからね」
「?」
院長先生の言葉にそれを聞いていた舞台の五人、観客席で聖書
の一節を写している子供たち、そのほとんどが「?」と思った。
というのも、これまでここで一度も特別扱いなんてされた事が
ない思ったからだ。
すると……
「他の学校では身体検査だからと言って裸になることはないと
思いますが、ここでは服を全て脱いでから測定します。あなた方
も今からはここの生徒になるのですから、これからはここの流儀
に従って行動してもらいます。……いいですね?」
「……………………」
「ご返事が聞こえませんけど、お口が故障中ならお尻に尋ねて
もいいのよ」
「えっ……いやだ」
「だめ……そんなの」
「ごめんなさい」
「わかりました」
「先生のお言いつけに従います」
「そう、お口は故障してなかったのね。わかりました。では、
まず、そのワンピースから脱ぎなさい。次に、ブラもショーツも
取り去るのです」
「……………………」
五人とも院長先生の言葉の意味は理解していた。要するに全裸
になりなさいと言われているのだ。
しかし、理解はしていたけど、それをすぐに実行できるのか、
というと……。
そこで、院長先生が……
「どうしたの?恥ずかしい?」
と尋ねてみると……五人は正直に頷いてみせた。
「でも、ココでの身体検査はあなた方の学校で普段やっている
ものより項目が多くて時間がかかるのよ。そのたびに、いちいち
脱ぎ着している暇はないわ。……あら、里香さん。何かしら?」
里香が恐る恐る手を上げたので院長先生は質問を許した。
ここでは勝手に口をきくことはできないが、こうやって事前に
手を上げれば目上の人も質問を許可してくれるルールだったのだ。
「どんな処、計るんですか?」
「身長や体重、胸囲はもちろんだけど、ここでは乳輪や乳首の
大きさ、それにオシッコの出口や肛門、赤ちゃんが出てくる穴も
事前にちゃんと計っておくのよ」
院長先生はさらりと言ってのけるが、それって舞台に上がった
チビちゃんでなくても大問題だった。いや、むしろ年長者の方が
それって深刻だったに違いない。
「ねえ、あれ、……マジじゃないよね」
清書中の由香里が回りに聞こえないよう小声でそうっと佳苗に
尋ねてみると……答えはあっさりだった。
「私たちもよ。ここに呼ばれた子は全員、身体に開いてる穴と
いう穴は全部調べられるの。写真だって撮られるわ」
「写真??……嘘でしょう」
鳥肌のたつ思いは由香里だけではない。佳苗の答えが聞こえた
周囲の子たち全員が卒倒しそうなほどのショックを受けたのだ。
佳苗は続ける。
「院長先生のおっしゃる通りよ。このくらいのこと、ここでは
どうってことないわ。だって、これは自分のサイズを測られてる
だけで痛くも痒くもないんだから。……恥ずかしいなんてすぐに
慣れるわよ。だって、ここは周りじゅうみんな女子だけだもん」
佳苗は中一グループでは唯一の経験者。昨年初めてここへ連れ
て来られた時は何をするにも怯えていたようだったが、二年目に
なる今年は、どこか達観したようなところを友だちに見せ付けて
余裕の表情をしているのだった。
一方、舞台の上では院長先生が佳苗と同じようなことを言って
いた。
「そう、そう、写真も36枚くらい撮るわよ。その一枚一枚で
いちいち脱ぎ着していたら時間だけかかって仕方がないもの。…
…でも、いいでしょう。ここは女の子だけの世界なんだし、恥ず
かしくなんてないはずよ」
『恥ずかしくないって……私たちだって恥ずかしいわよ!!』
里香は思うが……それを押さえて、院長先生にはこう尋ねた。
「あのう……そんなに沢山の場所を計るって……大事なこと…
なんですか?」
「大事よ。これからお仕置きしていくのに、あなたたちの最初
の姿を正確に控えておけば、お仕置きがすんだ後も、決して無理
なことはいたしておりませんって、お父様にご報告できるもの。
あなた方はあなた方のお父様からの大切な預かり物ですからね、
傷物にしたなんて訴えられてはこちらもたいへんだもの」
院長先生の誇らしげな態度に、里香は思った……
『ということは、そんな恥ずかしい処までお仕置きされるのか
しら?』
しかし里香が抵抗できたのはそこまで。そんな疑問を院長先生
にぶつける勇気までは持ち合わせていなかったのである。
舞台に上がった女の子達はいずれも10歳前後。総じて規則や
権威に対してはまだ従順な年齢だ。ましてや自分だけ恥ずかしい
思いをするわけじゃない。他の子もお姉さんたちも一緒に検査を
受けるのだから、これはこれで仕方がないかと判断するのが普通
だった。
つまり、学園の大人たちはまずはやりやすい子たちから始めた
ということになるのかもしれない。
ところが、そんな矢先、一瞬の隙を突いて舞台の一番端にいた
真紀という赤毛の子が逃げ出す。
あっという間の出来事。もちろん、先生方にサヨナラの挨拶は
なかった。
降りてきた階段を一気に駆け上がり、さっき入って来た入口を
今度は出口として目指したのだ。
まさに脱走。
ところが、もう少しで出口という処へやって来ても大人たちは
誰一人驚いていない。
というのも……
「バカなね、逃げられるわけないじゃない。可哀想な子」
佳苗が清書する手を休めずにつぶやく。
講堂の出口はすでに子供たちが入場するとすぐにロックされて
しまい、身体検査が終わるまで誰一人出入りできない。
真紀だけではない。ここいる子供たちのすべてがすでに袋の鼠
だったのだ。
真紀は身分の軽いシスターたちと少しだけ鬼ごっこを楽しんだ
だけですぐに元いたグループと合流する。
「あなた、ずいぶん元気がいいのね。まるで、男の子みたいよ」
院長先生は余裕綽々。あらためて、親や学校から送られてきた
報告書に目を通す。
「なるほど……あなたの場合、もともと衝動的に行動する性格
があったのね。休み時間は教室を駆け回り、授業中も脇見が多い。
休み時間が終わっても教室に戻らない。色々ここに書いてあるわ。
きっと同じことを長い時間続けられないものだから今日も飽きて
しまったのね。いいでしょう、では、さっそく始めましょうか」
院長先生は原因がわかってほっとした笑顔だった。
この壇上にいるのは院長先生だけではない。これから子供たち
の世話を焼くことになる教育係りや生活担当、規律指導といった
古参シスターたちも細長い机を前にして腰を下ろしている。
そんな彼女達にしても、脱走を計った子が舞台を走り去る際、
チラリと視線を送っただけ。強張った表情になる人はいなかった。
10歳の子を相手におたおたしていたら、これから先、中学生
や高校生といった年長の子どもたちに対応できない。そんなこと
のようだった。
むしろ、脱走者が場内を駆け回っている間も舞台に残っている
子供たちのことを少しでも知っておこうと、誰もが手元の資料と
目の前にいる子供たちの顔をしきりに見比べている。
そんな手元の資料と自分の顔とを何度も往復している大人たち
の視線の方が幼い子たちにとっては怖かったから彼女たちもまた
逃げた友だちの方へ視線を送る余裕はなかった。
幼い子供たちは、大勢のシスターや表面上は事務作業に忙しい
お姉様たちの視線を気にしつつも舞台で裸になっていく。
学園から与えられたばかりの白いワンピースを脱ぎ、ブラ……
といっても彼女たちの場合はまだ胸の辺りが若干広めに作られた
女児用のシャツなのだが、それを脱ぐと自分のオッパイを世間に
晒してしまうため、すぐにエイヤー!とはいかなかった。
大人の目には生まれた時から何ら変わっていないように見える
オッパイだって女の子にとっては恥ずかしいと感じる身体の一部
なのだ。
そこで……
誰か脱いだら自分も……という思いで辺りを窺う。
すると……
互いに顔を見合わせ、それっきりになってしまう。
躊躇が躊躇を生み、子供たちの手が止ってしまったのだ。
こうした事はよくあることだが、これでは埒が明かないと判断
したのだろう。院長先生が少しだけ渋い顔になった。
すると、先ほど脱走者を取り押さえた若いシスターたちが5人
ばかり舞台に上がって来て……
「いやあ~~」
「だめえ~~」
「やめて~~」
「ごめんなさい」
「エッチ~~いやあ」
その一瞬は、いきなり下着に手をかけられた少女たちの悲鳴が
講堂内に木霊したが……それも、すぐに静かになる。
「ビシッ!!」
院長先生が3フィートもある柳の枝鞭で机を叩いたのだ。
これは高校生のお姉様用。もっぱら脅かしに使われている鞭だ。
もちろん、これで小学生のお尻は叩かない。
子どもたちが、もう抗うことは出来ないと悟ってくれることが
この鞭の使命だったのである。
「…………」
これ以上逆らえばどうなるか、想像したくない現実が目の前に
ぶら下がって、子供たちは観念する。
以後は、手のひらを返したように大人たちの言いつけを従順に
守る天使となったのである。
身長、体重、視力検査や肺活量といったほかでも行われている
検査に加えて、胸の膨らみ具合や乳輪、乳首のサイズ、はては、
ベッドに仰向けにして両足を上げさせ、女の子の大事な処にある
大淫唇、小陰唇、会陰、膣前庭、ヴァギナ、アヌス、尿道口から
クリトリスに至るまで、二人がかり三人がかりで、ノギスを使い
正確に計測する。
しかも、そうやって計測された箇所は全て写真に納めるという
徹底ぶりだった。
もちろん、これには子どもたちへのお仕置きという本来の意味
とはまた違った、別の役割が隠されていたわけだが、もとより、
子供たちがそれに気づくことはなかったのである。
***************************
~ 中一グループ ~
進藤佳苗(しんどう・かなえ)
松倉亜美(まつくら・あみ)
三井由香里(みつい・ゆかり)
吉田恵子(よしだ・けいこ)
木島弥生(きじま・やよい)
~ 小四グループ ~
広瀬里香(ひろせ・りか)
朝比奈愛美(あさひな・えみ)
須藤美佐江(すどう・みさえ)
小西聡子(こにし・さとこ)
新村真紀(にいむら・まき)
~ 修道院のシスターたち ~
エリザベス・サトウ<院長先生>
小林・樹理(こばやし・じゅり)<鞭・担当>
湯浅・良子(ゆあさ・りょうこ)<浣腸・担当>
日下部・秀子(くさかべ・ひでこ)<お灸・担当>
#####################
ガイダンスは、その後、この場を取り仕切る主任シスターが、
部屋割りだったり、一日の大まかな日課だったりを説明して終了
するが、少女たちがこれでこの講堂から開放されるわけではない。
一度、このサマースクールに参加した子なら知ってることだが、
彼女たちはこれから身体検査を受けなければならなかった。
「何よ、私たち、まだここにいなきゃいけないわけ?」
弥生がこの中では唯一の経験者である佳苗に小声で訪ねる。
「これから身体検査があるの。部屋を案内されるのはその後よ」
佳苗はさらに小さな声。
その声に他の子たちも聞き耳を立てている。
中一の生徒は全部で五人。中学生といってもつい数ヶ月前まで
は小学生だったわけで、心の中は全員まだ小学生の方に近かった。
「ねえ、身体検査って、どんなことするの?」
恵子き佳苗に尋ねたが……
「ばかねえ、あんたの学校は、身体検査ってやらなかったの。
身長とか体重なんかはかったりするやつじゃないの」
答えたのは由香里だった。
ところが、経験者の佳苗が、それにため息交じりで異を唱える。
「普通はそうだけど、ここのはそんな生易しいものじゃないの」
「えっ!違うの!」
思わず亜美まで……。
すると、それまで我慢して聞いていたシスターも、役目柄、雀
たちにものを言わなければならなくなる。
「おかしいわね、この辺で何か人の声がしたようだけど、気の
せいかしら?」
近づいてきたシスターに五人組は思わず顔を伏せた。
そりゃそうだろう、五人まとめて前の舞台に引きずり出されて
お尻をぶたれたら、そりゃあたまったものではない。
「身体検査は身体検査。あなた方をぶったり叩いたりはしない
から安心なさい。今しがた四年生の子たちが始めたところだけど、
あなたたちの番まで少し時間があるから、その間はこれをやって
なさい」
シスターは、子供たちに薄いレジュメとノート、シャーペン、
消しゴムなどを配り始める。
「これは何ですか?」
亜美が思わず口走ってしまい、それで一瞬にして顔を青くする。
彼女、一言二言口走っただけでお尻を叩かれた子を思い出した
のだ。
しかし、今度はシスターがそれを見て微笑んだだけ。過激な事
は何も起こらなかった。
「いいこと、このレジュメの中には聖書の一節が書かれてるの。
これをこちらのノートに心を込めて清書して欲しいの。どのみち
これはあなた方の日課の一つだから毎日やらされることだけど、
今日は手が空いてるから、ここでやってしまいましょう」
「はい、先生」
子供たちは五人とも素直に命じられた仕事に取り掛かる。
こうしてみる限り、この子達が不良娘とはとても思えなかった。
「字は綺麗にこしたことはないけど、とにかく丁寧に書くこと
が大事よ。乱雑に書かれたノートを提出してもやり直しさせます
からね」
シスターはそう言って立ち去ってくれた。
五人は当初こそ真面目にやっていたが、それがそうは長く続く
はずもない。気にしないつもりでいても、どうしても、目の前の
身体検査が気になってしまうのだ。
というのも、その身体検査というのが自分たちの学校でやって
いるのとは随分と様子が違うからだった。
身体検査は、各学年ごとにステージへ上がり、他の学年の子は
自分たちの席でバイブルの一節を清書して時を過ごす。
もちろん、場内は私語厳禁だから観客席は静寂のまま。でも、
それだけに舞台上でのやりとりは遠くの席までもはっきりと聞き
取れる。
いくら見るな聞くなと言われてもそれは無理。
むしろ、身体検査の様子をほかの子にも見せたいと思っている
としか考えられない舞台設定だったのである。
最初は小学四年生のグループ。
ここに招待された中ではもっとも年下の子たちだ。
この五人組、係のシスターから背中を押されるようにして舞台
に上がると、院長先生を始めとしてこの修道院のお偉いさんたち
が居並ぶ細長いテーブルの前で、まずは自己紹介しなければなら
ない。
オーディション会場というか面接会場というか、そんな雰囲気
の中での自己紹介。幼い子にしてみれば、罪など犯さなくても、
間近に大人たちの顔を見ただけで今にも舞い上がってしまいそう
な、そんなスチュエーションでの自己紹介だったのである。
「(えっ)……広瀬……里香……(えっ)四年生です。学校は
……(えっ)桃園第二小学校」
里香はこの舞台に上がってきた時から、すでに嗚咽ばかりして
いた。そう、泣いていたのである。
それはこの場の雰囲気から仕方のないことに思われたのだが…。
「里香ちゃん、泣くのはもうやめましょう。みっともないわよ」
院長先生は背筋を伸ばして毅然と言い放つ。
そして、次の瞬間……
「いやあ!!」
一人のシスターが彼女の白いワンピの裾を捲りあげて上半身を
前屈させる。言わずと知れたお尻叩きのポーズ。
里香は、てっきりお尻をぶたれると思って驚いたのだった。
ただ、シスターの動きはここまで。里香がお尻をぶたれること
はなかったのである。
「里香ちゃん、あなたお芝居がとっても上手だけど児童劇団に
でも所属してるの?」
「いいえ」
里香の顔が少し怖い。
「あなたの嘘泣きはとっても上手だけど、ここでは通用しない
わよ。本当に泣いてる時って、お尻を捲られてもあんなに素早く
反応しないものなの。あなたがあんなに素早いのは、泣きながら
こちらの様子を窺ってるから……つまり、嘘泣き。……違う?」
「えっ!」
里香の顔が青くなる。
「きっと、お父様にはそれでうまくいっていたのね。あなたの
お父様は心の広いお方だからあなたの涙を受け入れてくださった
んだと思うけど、私たちは子どもたちをお仕置きするのが仕事だ
もの。嘘泣きなんかに振り回されてる暇はないのよ」
この言葉は、観客席に座る他の子の心にも同じように響いたと
みえて、それまで泣いていた子もぴったりと泣きやんでしまった
のだった。
「朝比奈愛美、城南大付属小学校四年生です」
「須藤美佐江、セントメリー小学校四年生です」
「小西聡子、西町小学校四年生です」
「新村真紀、新港小学校四年生です」
五人のお偉いさんたちの前に並んだ五人の子供たち。彼女達が
簡単な自己紹介をする。それを大人たちは真剣な眼差しで見ていた。
こんな情報、手元の資料を見ればすむ話であえて自己紹介など
させる必要はない。それをあえてやさせるのは、その子の個性を
事前に知っておくため。
彼らはいわばお仕置きのプロ。こんなにも些細な情報からでも
その子の人となりを、かなり正確に知ることができたのである。
それが確認できたところで、再び院長先生が口を開いた。
「さて、それではこれから身体検査を行いますが、ここからは
今までのような特別扱いはしませんからね」
「?」
院長先生の言葉にそれを聞いていた舞台の五人、観客席で聖書
の一節を写している子供たち、そのほとんどが「?」と思った。
というのも、これまでここで一度も特別扱いなんてされた事が
ない思ったからだ。
すると……
「他の学校では身体検査だからと言って裸になることはないと
思いますが、ここでは服を全て脱いでから測定します。あなた方
も今からはここの生徒になるのですから、これからはここの流儀
に従って行動してもらいます。……いいですね?」
「……………………」
「ご返事が聞こえませんけど、お口が故障中ならお尻に尋ねて
もいいのよ」
「えっ……いやだ」
「だめ……そんなの」
「ごめんなさい」
「わかりました」
「先生のお言いつけに従います」
「そう、お口は故障してなかったのね。わかりました。では、
まず、そのワンピースから脱ぎなさい。次に、ブラもショーツも
取り去るのです」
「……………………」
五人とも院長先生の言葉の意味は理解していた。要するに全裸
になりなさいと言われているのだ。
しかし、理解はしていたけど、それをすぐに実行できるのか、
というと……。
そこで、院長先生が……
「どうしたの?恥ずかしい?」
と尋ねてみると……五人は正直に頷いてみせた。
「でも、ココでの身体検査はあなた方の学校で普段やっている
ものより項目が多くて時間がかかるのよ。そのたびに、いちいち
脱ぎ着している暇はないわ。……あら、里香さん。何かしら?」
里香が恐る恐る手を上げたので院長先生は質問を許した。
ここでは勝手に口をきくことはできないが、こうやって事前に
手を上げれば目上の人も質問を許可してくれるルールだったのだ。
「どんな処、計るんですか?」
「身長や体重、胸囲はもちろんだけど、ここでは乳輪や乳首の
大きさ、それにオシッコの出口や肛門、赤ちゃんが出てくる穴も
事前にちゃんと計っておくのよ」
院長先生はさらりと言ってのけるが、それって舞台に上がった
チビちゃんでなくても大問題だった。いや、むしろ年長者の方が
それって深刻だったに違いない。
「ねえ、あれ、……マジじゃないよね」
清書中の由香里が回りに聞こえないよう小声でそうっと佳苗に
尋ねてみると……答えはあっさりだった。
「私たちもよ。ここに呼ばれた子は全員、身体に開いてる穴と
いう穴は全部調べられるの。写真だって撮られるわ」
「写真??……嘘でしょう」
鳥肌のたつ思いは由香里だけではない。佳苗の答えが聞こえた
周囲の子たち全員が卒倒しそうなほどのショックを受けたのだ。
佳苗は続ける。
「院長先生のおっしゃる通りよ。このくらいのこと、ここでは
どうってことないわ。だって、これは自分のサイズを測られてる
だけで痛くも痒くもないんだから。……恥ずかしいなんてすぐに
慣れるわよ。だって、ここは周りじゅうみんな女子だけだもん」
佳苗は中一グループでは唯一の経験者。昨年初めてここへ連れ
て来られた時は何をするにも怯えていたようだったが、二年目に
なる今年は、どこか達観したようなところを友だちに見せ付けて
余裕の表情をしているのだった。
一方、舞台の上では院長先生が佳苗と同じようなことを言って
いた。
「そう、そう、写真も36枚くらい撮るわよ。その一枚一枚で
いちいち脱ぎ着していたら時間だけかかって仕方がないもの。…
…でも、いいでしょう。ここは女の子だけの世界なんだし、恥ず
かしくなんてないはずよ」
『恥ずかしくないって……私たちだって恥ずかしいわよ!!』
里香は思うが……それを押さえて、院長先生にはこう尋ねた。
「あのう……そんなに沢山の場所を計るって……大事なこと…
なんですか?」
「大事よ。これからお仕置きしていくのに、あなたたちの最初
の姿を正確に控えておけば、お仕置きがすんだ後も、決して無理
なことはいたしておりませんって、お父様にご報告できるもの。
あなた方はあなた方のお父様からの大切な預かり物ですからね、
傷物にしたなんて訴えられてはこちらもたいへんだもの」
院長先生の誇らしげな態度に、里香は思った……
『ということは、そんな恥ずかしい処までお仕置きされるのか
しら?』
しかし里香が抵抗できたのはそこまで。そんな疑問を院長先生
にぶつける勇気までは持ち合わせていなかったのである。
舞台に上がった女の子達はいずれも10歳前後。総じて規則や
権威に対してはまだ従順な年齢だ。ましてや自分だけ恥ずかしい
思いをするわけじゃない。他の子もお姉さんたちも一緒に検査を
受けるのだから、これはこれで仕方がないかと判断するのが普通
だった。
つまり、学園の大人たちはまずはやりやすい子たちから始めた
ということになるのかもしれない。
ところが、そんな矢先、一瞬の隙を突いて舞台の一番端にいた
真紀という赤毛の子が逃げ出す。
あっという間の出来事。もちろん、先生方にサヨナラの挨拶は
なかった。
降りてきた階段を一気に駆け上がり、さっき入って来た入口を
今度は出口として目指したのだ。
まさに脱走。
ところが、もう少しで出口という処へやって来ても大人たちは
誰一人驚いていない。
というのも……
「バカなね、逃げられるわけないじゃない。可哀想な子」
佳苗が清書する手を休めずにつぶやく。
講堂の出口はすでに子供たちが入場するとすぐにロックされて
しまい、身体検査が終わるまで誰一人出入りできない。
真紀だけではない。ここいる子供たちのすべてがすでに袋の鼠
だったのだ。
真紀は身分の軽いシスターたちと少しだけ鬼ごっこを楽しんだ
だけですぐに元いたグループと合流する。
「あなた、ずいぶん元気がいいのね。まるで、男の子みたいよ」
院長先生は余裕綽々。あらためて、親や学校から送られてきた
報告書に目を通す。
「なるほど……あなたの場合、もともと衝動的に行動する性格
があったのね。休み時間は教室を駆け回り、授業中も脇見が多い。
休み時間が終わっても教室に戻らない。色々ここに書いてあるわ。
きっと同じことを長い時間続けられないものだから今日も飽きて
しまったのね。いいでしょう、では、さっそく始めましょうか」
院長先生は原因がわかってほっとした笑顔だった。
この壇上にいるのは院長先生だけではない。これから子供たち
の世話を焼くことになる教育係りや生活担当、規律指導といった
古参シスターたちも細長い机を前にして腰を下ろしている。
そんな彼女達にしても、脱走を計った子が舞台を走り去る際、
チラリと視線を送っただけ。強張った表情になる人はいなかった。
10歳の子を相手におたおたしていたら、これから先、中学生
や高校生といった年長の子どもたちに対応できない。そんなこと
のようだった。
むしろ、脱走者が場内を駆け回っている間も舞台に残っている
子供たちのことを少しでも知っておこうと、誰もが手元の資料と
目の前にいる子供たちの顔をしきりに見比べている。
そんな手元の資料と自分の顔とを何度も往復している大人たち
の視線の方が幼い子たちにとっては怖かったから彼女たちもまた
逃げた友だちの方へ視線を送る余裕はなかった。
幼い子供たちは、大勢のシスターや表面上は事務作業に忙しい
お姉様たちの視線を気にしつつも舞台で裸になっていく。
学園から与えられたばかりの白いワンピースを脱ぎ、ブラ……
といっても彼女たちの場合はまだ胸の辺りが若干広めに作られた
女児用のシャツなのだが、それを脱ぐと自分のオッパイを世間に
晒してしまうため、すぐにエイヤー!とはいかなかった。
大人の目には生まれた時から何ら変わっていないように見える
オッパイだって女の子にとっては恥ずかしいと感じる身体の一部
なのだ。
そこで……
誰か脱いだら自分も……という思いで辺りを窺う。
すると……
互いに顔を見合わせ、それっきりになってしまう。
躊躇が躊躇を生み、子供たちの手が止ってしまったのだ。
こうした事はよくあることだが、これでは埒が明かないと判断
したのだろう。院長先生が少しだけ渋い顔になった。
すると、先ほど脱走者を取り押さえた若いシスターたちが5人
ばかり舞台に上がって来て……
「いやあ~~」
「だめえ~~」
「やめて~~」
「ごめんなさい」
「エッチ~~いやあ」
その一瞬は、いきなり下着に手をかけられた少女たちの悲鳴が
講堂内に木霊したが……それも、すぐに静かになる。
「ビシッ!!」
院長先生が3フィートもある柳の枝鞭で机を叩いたのだ。
これは高校生のお姉様用。もっぱら脅かしに使われている鞭だ。
もちろん、これで小学生のお尻は叩かない。
子どもたちが、もう抗うことは出来ないと悟ってくれることが
この鞭の使命だったのである。
「…………」
これ以上逆らえばどうなるか、想像したくない現実が目の前に
ぶら下がって、子供たちは観念する。
以後は、手のひらを返したように大人たちの言いつけを従順に
守る天使となったのである。
身長、体重、視力検査や肺活量といったほかでも行われている
検査に加えて、胸の膨らみ具合や乳輪、乳首のサイズ、はては、
ベッドに仰向けにして両足を上げさせ、女の子の大事な処にある
大淫唇、小陰唇、会陰、膣前庭、ヴァギナ、アヌス、尿道口から
クリトリスに至るまで、二人がかり三人がかりで、ノギスを使い
正確に計測する。
しかも、そうやって計測された箇所は全て写真に納めるという
徹底ぶりだった。
もちろん、これには子どもたちへのお仕置きという本来の意味
とはまた違った、別の役割が隠されていたわけだが、もとより、
子供たちがそれに気づくことはなかったのである。
***************************
美 国 園 <1> ガイダンス
美 国 園
丹沢の山の中に美国園という学校がある。
学校といっても開校するのは夏休みだけ。それ以外の時期は、
静かな修道院がそこにあるだけだ。
山あいの修道院が、夏の間だけちょっぴり賑やかになる。
広い敷地、緑に囲まれた修道院の一角に、毎年、この時期だけ、
年頃の少女達が集められてくるのだ。
下は11歳から上は18歳までと年齢幅も広く、これといった
個性や特徴も見られない。学業成績や芸術的センス、運動能力、
容姿やスタイルなど、全てがバラバラの少女達なのだが……ただ、
共通した部分もあった。
見る人が見ればわかることなのだが、彼女たち、その何気ない
仕草に品性が隠せない。
実はここに集まる娘たち。普段街中ではお嬢様と呼ばれていた
少女たちなのだ。
勿論、一口にお嬢様といっても、みんながみんな庶民のお手本
になるほど品行方正というわけではない。ここに集まった娘たち
について言えば、親も手を焼くほどヤンチャな子が多かった。
そう、ここはお嬢様専用のリフォーム学校。素行に問題のある
少女を修道院のシスターが夏休みの期間だけ預かり更生を目指す
全寮制の施設だったのである。
もちろん、出来損ないのお嬢様といえど夏休みは家族と過ごす
大切な時間。どの家族でも水入らずでバカンスを楽しむ時期だ。
それを全寮制の施設に入れるのは親としても苦渋の決断だったに
違いない。
しかしそれほどまでに事態が深刻だったから、親としてもやむ
なしだったのだ。
少女だちの間で『ゲシュタポ』と呼ばれて恐れられていたこの
施設は、ここに入れられた子の多くが、夏休み後豹変するとして
有名な場所だったのである。
ここの卒業生たちは、なぜかリフォーム学校での生活について
多くを語らないが、誰しも、その豹変の原因がシスターたちから
毎日毎日頭を撫でられ可愛がられたせいだとは思わないわけで、
ここでの生活が家庭での生活とは比べられないほど過酷だった事
は容易に想像がつくことだった。だからゲシュタポなのである。
それが証拠に、父親から「今年の夏も美國園に行きなさい」と
命じられると、それだけで家出する子が珍しくなかったのである。
そこで、親の方も、ここでの夏休みを出発の当日まで娘に伝え
ないのが普通で、中には、睡眠薬を使い自宅ベッドからそのまま
娘を車に乗せて修道院へ送り届けた親やもっと乱暴に他人を雇い
学校からいきなり娘を拉致して修道院へ……なんてのもあった。
これはそんな猛者たちが集まる更生施設でのお話。静かな環境、
穏やかなシスターたちに囲まれていても、娘たちの日常は、煉獄、
……いや、地獄そのものだったというお話である。
****************************
<1> ガイダンス
~ 中一グループ ~
進藤佳苗(しんどう・かなえ)
松倉亜美(まつくら・あみ)
三井由香里(みつい・ゆかり)
吉田恵子(よしだ・けいこ)
木島弥生(きじま・やよい)
~ 修道院のシスターたち ~
エリザベス・サトウ<院長先生>
小林・樹理(こばやし・じゅり)<鞭・担当>
湯浅・良子(ゆあさ・りょうこ)<浣腸・担当>
日下部・秀子(くさかべ・ひでこ)<お灸・担当>
#####################
美国園の入園式は毎年7月25日。
当時の学校はこの日が一学期の終業式と決められていたから、
リフォーム学校の美国園もそれに合わせて開校する。
終業式と入園式が同日なのは、午前中それぞれの学校で終業式
を終えた娘たちが通知表を貰って校門を出ると、そこにいきなり
手配されたハイヤー待ち構えていて、依頼者を乗せるとそのまま
丹沢の山中へ連れて行ってくれるからだ。
「ねえ、佳苗。急いでどこに行くの?」
佳苗がハイヤーに乗り込もうとする瞬間、友だちが問いかける。
女の子たちはこうした情報に敏感で、すでに佳苗の行く先を知り、
からかっているのだ。
「丹沢よ。去年も行って飽き飽きしたけど、うちはそこにしか
別荘がないから仕方がないわ。……あなたたちも、一緒に来る?
ご招待するわよ」
対する佳苗も思いっきりの作り笑いで切り替えす。
もちろん軽いジョーク。でも、悲しいジョークだった。
1学期が押し詰まり、親や教師の態度からこうなることは佳苗
も薄々感じていた。
そこで逃げ出す算段も色々と考えてはみたが、後々のことまで
考えると、中一の彼女にそこまでの決断はできなかったのである。
昨年は手配された車に佳苗がなかなか乗り込めず、大男が二人
がかりで背中を押し込んで、拉致まがいに丹沢へ出発した。
それに比べれば今年は友だちとジョークも言えたからスムーズ
だったが、もちろん、両親への挨拶はなかった。
ハイヤーが東名高速を失踪するなか、佳苗の脳裏に、昨年の夏、
美国園で起こった様々な出来事が走馬灯のように駆け巡る。
いずれも辛い経験ばかり。その一つ一つが思い出されるたびに
彼女は足をすくませ、太股をしっかり閉じるのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
修道院に着くと、その中庭に同じ年頃の子が何人もたむろして
いた。
全員が学校の制服をきているが、持ち物は通知表を入れる薄い
カバンくらいなもの。もちろん着替えなどは持ち込んでいない。
そもそもここではそんな物いらなかったのである。
やがて、予定人数がこの庭に集まっていることを確認すると、
突然、建物の中から一斉に二十人ものシスターが現れる。
『何事?』と戸惑う女の子たちを前に、一人のシスターがこう
指示を出した。
「さあ、みなさん、これから講堂でこれから先の日程やあなた
たちの生活についてガイダンスを行いますから、まずは、今、着
ている服を全て脱いでください」
シスターの指示に動揺する子供たち。
「え~~どうしてよ~~ガイダンスを受けるのと服を脱ぐのと
何の関係もないじゃない」
一人の生徒が不満を口にする。
それは、至極当然に思えるのだが……。
女生徒の疑問にシスターたちは言葉では答えなかった。
その疑問をぶつけた子の身体が、ひときわ屈強な身体に見える
シスター二人によって押さえつけられるとスカート裾が捲られる。
まさに電光石火の早業だった。
ひょっとしたら、あまりに一瞬の出来事でその子も恥ずかしい
と感じる間がなかったかもしれない。
「ピシッ」
「痛い!」
その子が初めて声を上げたのは、シスター二人がかりで押さえ
つけられたお尻に、三人目のシスターが革紐鞭を思いっきり振り
下ろした直後だった。
「この修道院は私語厳禁です。ここへ来る途中、乗ってきた車
で運転手さんから説明を受けませんでしたか?」
「えっ?……あっ、……はい」
「分かったら、以後は慎みなさい。次はこれくらいではすみま
せんよ。当、修道院では、地位のある年長者や諸先輩方に対して
目下の者が自分から口をきくことが許されていません」
「はい……あ、いえ……ただ、私は……ちょっと質問を……」
恐る恐る抗弁してみるが……
「それもできません。質問も私語の一つです。あなたは新参者
ですから私たちの言う通りに行動すればそれでいいのです。それ
以外は何も求められていませんから」
木で鼻をくくったような、高圧的な態度。
「……そんなあ」
小さな声が前かがみになったために長い髪で隠れてしまった顔
から聞こえて来る。彼女は依然としてパンツ丸出しだった。
「あなた方に欠けているのは、どんな命令にも従順に従う素直
な心とどんな事にも耐え忍ぶ忍耐力です。それがないからここで
それを学ぶことになったんです。いいですか、あなた方が使って
いい言葉は三つだけ。…『はい、院長先生』…『はい、シスター』
…『はい、お姉様』……これ以外の言葉は忘れてしまって結構よ。
それが何よりあなたのためでもあるわ。分かりましたか?」
「…………」
答えが返って来ないとみるや、シスターの言葉が一段強くなる。
「分かりましたか!!」
「はい、シスター」
弥生はこう言うしかなかった。
でなければ、いつまでもこの姿勢を取らされかねないと悟った
からだ。
当然、この様子は他の子たちも見ていた。
修道院の厳しい戒律を世間知らずの小娘に教えるには本人だけ
でなくほかの子にもそれを見せておかなければならない。
一罰百戒。それも最初が肝心だとシスターは経験の中で知って
いたのだった。
このことがあって、娘たちは澄み切った青空のもと自分たちの
制服を次々に脱いでいく。与えられた私物入れの大きな袋の中に
着ている服を脱いで納めていくのだ。
しかし、その手はすぐに止まる。ブラウスにまでは及ばかった。
自分のブラウスに、一瞬、手を掛けつつも相手の様子を窺い、
結局はその手を離してしまう。
すると、ここでも弥生が犠牲になった。
弥生も事情は同じ。女の子たちがブラウスから手を離している
のを見ると自分もそれから先へは進まないのだ。
すると、シスターはまたもや二人の配下に命じて弥生の身体を
拘束する。
そして『ブラウスはこうして脱ぐのよ』とお手本を示すのだ。
ジュニアブラとショーツだけの華奢な身体。
それはシスターが当初から望んでいた姿だ。
「中学の子、こっちへいらっしゃい。こちらから、中一、中二、
中三って並んでグループになります」
「小学生はこちらですよ。四年生の子はこちら。五年生の子は
この辺に集まって、六年生はここでいいわ。みんな仲良くします」
「高校生たちはこちらですよ。こちらから高一、高二、高三で
一列に並びます」
シスターが各学年ごとに生徒を振り分ける。
彼女たちは、本来、地元では札付きの少女たち。学校での朝礼
でもこれほどおとなしく大人たちの指示に従ったりはしないはず
だが見知らぬ土地でいきなり見せられた鞭打ちが効果を発揮した
ようだった。
「それでは、講堂の方へ行きましょうか」
さきほど、弥生のお尻に鞭を一撃与えた上級シスターが先頭と
なり、各学年5人ずつ、合計45人の少女たちを先導して、講堂
へと案内する。
修道院のエンブレムが掘られた大きく開いた鉄の扉。
少女たちにとっては、この黒い扉の先がまさに地獄だったので
ある。
=========================
三國園の講堂は入口を入るといきなり下り階段がなっていて、
座席はその下り階段の一段一段に平行して設置してある。全体が
すり鉢状になった構造のため、階段を下りきった最底部が舞台と
なる。生徒たちにとってその舞台は見上げるのではなく覗き込む
といったかたちになるのだった。
このように生徒が覗き込んで見学するこの方式は、手元までが
はっきり見える為、昔は解剖学など技能実習を伴うような教室で
よく使用されていた。
ここで技能実習は行われないものの趣旨は同じようなもので、
院長先生はあることを生徒たちの心に焼き付けたいと願い、この
ような方式を採用したのである。
そのすり鉢型の講堂に生徒たちが入ってくる。
小学生、中学生、高校生、それぞれに担当のシスターがいて、
子供たちは予定された座席に腰を下ろす。
身体の大きさから、舞台に一番近い場所が小学生、その後ろが
中学生、一番遠い場所が高校生となったが、ここは大きな劇場で
はない。たとえ一番後ろの席でも舞台までの距離は遠くない。
そこで、どの席から見ていても、今、舞台で、何が起きている
のか、手に取るようにわかった。また、舞台から見ていても着席
した生徒たちがブラとショーツ姿なのが丸見えだったのである。
いくら夏とはいえ炎天下のお庭とは違い地下室になった講堂は
裸でいては寒い。そこを修道院側も感じてのことだろう、生徒達
にはさっそく白いワンピースが配られた。
ただ、それは普段彼女たちが着ている仕立て屋の仮縫いを経て
手元に届く注文服ではない。大まかなサイズだけが合っていれば
それでよいという、いわば吊るしの既製服。生地は綿でレースの
飾りもない。ただ暑さ寒さと恥ずかしさをしのぐだけのこの服は
お嬢様にしてみたら囚人服と何ら変わらなかった。
ただ、今の身の上を考えると裸よりはまだマシと思うほかない。
しかも先ほどは、お庭でお友だちのあんな姿を見せられたばかり。
巷では札付きと呼ばれる少女たちも、ご挨拶で演壇に立った院長
先生に向かって野次を飛ばす勇気までは出ない様子だった。
「みなさん、こんにちわ。私がこの修道院の院長、エリザベス・
サトウです。みなさんの中には、昨年もここへ来たので、私の顔
なんて二度と見たくないと思う人もいるでしょうけど、反対に、
終業式の日に突然、車でここに連れて来られて、何が何だか理解
できずに戸惑ってる人も多いのではないでしょうか。……そこで、
いちおう説明しておきますと……みなさんにとっては大変残念な
ことなんですが……ここにいるみなさんは、全員が、お父様から
一学期の成績や素行がよろしくないということで、罰を受けた方
ばかりなんです。もちろんお仕置きは、本来、お父様がご自身で
なさるものですが、お父様は私たちを頼られました。『何とか、
娘を救って欲しい』どのお父様も真剣に私に訴えかけられます。
そこで、やむなくお父様の切なる願いを受けて、本来お父様から
受けるべき罰を、この私が、お父様に代わってあなた方に授ける
というわけです。……という事は、……ここでのお仕置きは全て
あなた方のお父様からのもの。お父様が家でなさるお仕置きと、
同じ試練なのです。ですから、ここで行われるお仕置きは虐待や
虐めではありません。むしろ、これはお父様の愛の証しなのです。
ですから、あなたも私たちからのお仕置きを心して受けなければ
なりません。……いいですね!」
院長先生は、ここで一度聴衆を見回す。
すると小学生はおどおど。泣き出す子もいる。中学生になると
呆気に取られ、しょんぼり。高校生は何か言いたげに白けた顔を
している子がほとんどだった。
しかし、こうした光景もここでは例年通りだ。
そこで院長先生はガイダンスをこう続けたのだが……。
「期間は6週間。ちょっと長いように感じるかもしれませんが
……」
そこまでしゃべった時だ。
「え~~6週間って、それじゃあ夏休み全部ってことじゃない
ですか。そんなの人権蹂躙ですよ」
突然、演壇に向かって誰かが叫ぶ。
その声は中学生グループの中からあがったようだった。
おそらく、彼女だってお庭での一件は見ていたはず。だから、
自重できたはずだったが……
『どっちにしても、この修道院は日本にあるのだから……』
彼女の悲劇は、この修道院の敷地内で日本の常識が通用すると
信じてしまったことだったのである。
「シスター樹理、あなた、この子達にうちでの規則は説明しま
したか?」
院長先生はまず傍らに控えるシスターに尋ねる。
当然、答えは……
「はい、院長先生。さきほどお庭で全員に伝えました」
「そうですか」
シスターの言葉を受けて院長先生は、ただそれだけ言っただけ
だったのだが……
たちまち、身分の低い二人のシスターが、野次を飛ばした子の
座る椅子へ直行。まだ子ども子どもした少女が両脇を抱えられる。
少女は抵抗したが、まるで牛蒡でも引き抜くようにその子のお尻
を座席から離すのにそう多くの時間は掛からなかった。
「えっ、何なの……」
身体をごぼう抜きにされた少女は事態の急変に驚き青ざめたが、
彼女をごぼう抜きにしたシスター二人はというと、少女がどんな
に口汚い罵声を浴びせても、顔色一つ変えず、また何一つ言葉を
発しなかったのである。
そして、少女は無言のまま舞台へと連行されていく。
客席とは極端に違う明るい照明のもと、犯人が引っ立てられて
来る。しかし、やる事はお庭での出来事と同じだった。
「いやあ~~」
前か屈みにされたところで恥ずかしさはさほど変わらないはず
だが、その瞬間、鞭の恐怖が頭の隅をよぎったのだろう、思わず
悲鳴を上げてしまう。
すると、それまでただただ状況を見守っていた院長先生が一言。
「ここでは悲鳴も私語も一つとしてカウントしますから、騒げ
ばそれだけ鞭の数が増えますよ」
と注意。
その言葉どおり、二人のシスターに体を前屈みの姿勢のままで
がっちりと押さえつけられた少女のお尻にゴムの鞭が飛ぶ。
「ピシッ」
「……(ひっ)……」
「ピシッ」
「……(ひっ)……」
立て続けに二回、かなり思い切った勢いでゴムの鞭がまだ幼い
少女のお尻にヒットする。
おそらく、院長先生の言葉が彼女の耳にも聞こえたのだろう。
決して楽に受けられる痛みではなかったが、少女はそれを必死に
我慢した。
そして、その痛みが幾分治まった頃、自分のお尻が他の子たち
から丸見えだとわかって、顔を赤らめたのだった。
それほど、ぶたれた彼女にとっても、それを見ていた他の友達
にしても、それはあっという間の出来事だったのである。
二発の懲戒が終わり演壇に戻ってきた院長先生は目を丸くして
舞台を見つめる少女たちに向かって、こう語りかけたのである。
「みなさん、みなさんは野蛮人ではありませんから、世の中で
何がよいことで何が悪いことなのか、何をしてはいけないのか、
何をしなければならないのかは知っています。学校のテストで、
それを問われたらきっと満点でしょう。でも、実際にはできない。
できなかった。それはなぜでしょう?どんなに知識が豊富でも、
言葉使いが巧みでも、それで欲望や悪心といった心を制御できる
わけではありません。では、これまでは何があなた方の悪い行い
を制御してきたのでしょうか。それは、親御さんたちがあなた達
に与えた愛の鞭あってのことなのです。悪心が芽生えるたびに、
鞭の痛みが、やめなければいけないという気持を起こさせてきた
のです。ところが、人間は知恵がついてくると、その知恵を自分
勝手に解釈して邪悪で自堕落な行いを正当化しようと試みます。
ここでは、それを避ける為に日常会話を制限するのです。勿論、
それだけではありません。かつて親御さんたちがなさったような
訓練を行います。お尻への痛みと恥ずかしさをたっぷり体の中に
染み込ませて、悪心が心を支配する前に、やめようという気持を
起こさせるのです。6週間というのは長く感じられるかもしれま
せんが、長い人生の中にあっては、むしろ短い時間です。決して
無駄な時間にはなりませんから私たちと一緒に頑張りましょう」
ガイダンスの終わりにまばらだが拍手が起こった。
きっと、こういう時には拍手をするものだと教えられているの
だろう。もちろん院長先生の言葉が小学生にどれほど理解できた
かは疑問だし、この拍手だって、本心とは関係ないんだろうが、
ここに集まった少女たちは、どの子も良家の子女ばかり、野良猫
と同じように収容先に着いたらいきなり折檻というわけにもいか
なかった。
「……次は、身体検査ね」
院長先生はそう言って演壇を降りたのだった。
************************
丹沢の山の中に美国園という学校がある。
学校といっても開校するのは夏休みだけ。それ以外の時期は、
静かな修道院がそこにあるだけだ。
山あいの修道院が、夏の間だけちょっぴり賑やかになる。
広い敷地、緑に囲まれた修道院の一角に、毎年、この時期だけ、
年頃の少女達が集められてくるのだ。
下は11歳から上は18歳までと年齢幅も広く、これといった
個性や特徴も見られない。学業成績や芸術的センス、運動能力、
容姿やスタイルなど、全てがバラバラの少女達なのだが……ただ、
共通した部分もあった。
見る人が見ればわかることなのだが、彼女たち、その何気ない
仕草に品性が隠せない。
実はここに集まる娘たち。普段街中ではお嬢様と呼ばれていた
少女たちなのだ。
勿論、一口にお嬢様といっても、みんながみんな庶民のお手本
になるほど品行方正というわけではない。ここに集まった娘たち
について言えば、親も手を焼くほどヤンチャな子が多かった。
そう、ここはお嬢様専用のリフォーム学校。素行に問題のある
少女を修道院のシスターが夏休みの期間だけ預かり更生を目指す
全寮制の施設だったのである。
もちろん、出来損ないのお嬢様といえど夏休みは家族と過ごす
大切な時間。どの家族でも水入らずでバカンスを楽しむ時期だ。
それを全寮制の施設に入れるのは親としても苦渋の決断だったに
違いない。
しかしそれほどまでに事態が深刻だったから、親としてもやむ
なしだったのだ。
少女だちの間で『ゲシュタポ』と呼ばれて恐れられていたこの
施設は、ここに入れられた子の多くが、夏休み後豹変するとして
有名な場所だったのである。
ここの卒業生たちは、なぜかリフォーム学校での生活について
多くを語らないが、誰しも、その豹変の原因がシスターたちから
毎日毎日頭を撫でられ可愛がられたせいだとは思わないわけで、
ここでの生活が家庭での生活とは比べられないほど過酷だった事
は容易に想像がつくことだった。だからゲシュタポなのである。
それが証拠に、父親から「今年の夏も美國園に行きなさい」と
命じられると、それだけで家出する子が珍しくなかったのである。
そこで、親の方も、ここでの夏休みを出発の当日まで娘に伝え
ないのが普通で、中には、睡眠薬を使い自宅ベッドからそのまま
娘を車に乗せて修道院へ送り届けた親やもっと乱暴に他人を雇い
学校からいきなり娘を拉致して修道院へ……なんてのもあった。
これはそんな猛者たちが集まる更生施設でのお話。静かな環境、
穏やかなシスターたちに囲まれていても、娘たちの日常は、煉獄、
……いや、地獄そのものだったというお話である。
****************************
<1> ガイダンス
~ 中一グループ ~
進藤佳苗(しんどう・かなえ)
松倉亜美(まつくら・あみ)
三井由香里(みつい・ゆかり)
吉田恵子(よしだ・けいこ)
木島弥生(きじま・やよい)
~ 修道院のシスターたち ~
エリザベス・サトウ<院長先生>
小林・樹理(こばやし・じゅり)<鞭・担当>
湯浅・良子(ゆあさ・りょうこ)<浣腸・担当>
日下部・秀子(くさかべ・ひでこ)<お灸・担当>
#####################
美国園の入園式は毎年7月25日。
当時の学校はこの日が一学期の終業式と決められていたから、
リフォーム学校の美国園もそれに合わせて開校する。
終業式と入園式が同日なのは、午前中それぞれの学校で終業式
を終えた娘たちが通知表を貰って校門を出ると、そこにいきなり
手配されたハイヤー待ち構えていて、依頼者を乗せるとそのまま
丹沢の山中へ連れて行ってくれるからだ。
「ねえ、佳苗。急いでどこに行くの?」
佳苗がハイヤーに乗り込もうとする瞬間、友だちが問いかける。
女の子たちはこうした情報に敏感で、すでに佳苗の行く先を知り、
からかっているのだ。
「丹沢よ。去年も行って飽き飽きしたけど、うちはそこにしか
別荘がないから仕方がないわ。……あなたたちも、一緒に来る?
ご招待するわよ」
対する佳苗も思いっきりの作り笑いで切り替えす。
もちろん軽いジョーク。でも、悲しいジョークだった。
1学期が押し詰まり、親や教師の態度からこうなることは佳苗
も薄々感じていた。
そこで逃げ出す算段も色々と考えてはみたが、後々のことまで
考えると、中一の彼女にそこまでの決断はできなかったのである。
昨年は手配された車に佳苗がなかなか乗り込めず、大男が二人
がかりで背中を押し込んで、拉致まがいに丹沢へ出発した。
それに比べれば今年は友だちとジョークも言えたからスムーズ
だったが、もちろん、両親への挨拶はなかった。
ハイヤーが東名高速を失踪するなか、佳苗の脳裏に、昨年の夏、
美国園で起こった様々な出来事が走馬灯のように駆け巡る。
いずれも辛い経験ばかり。その一つ一つが思い出されるたびに
彼女は足をすくませ、太股をしっかり閉じるのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
修道院に着くと、その中庭に同じ年頃の子が何人もたむろして
いた。
全員が学校の制服をきているが、持ち物は通知表を入れる薄い
カバンくらいなもの。もちろん着替えなどは持ち込んでいない。
そもそもここではそんな物いらなかったのである。
やがて、予定人数がこの庭に集まっていることを確認すると、
突然、建物の中から一斉に二十人ものシスターが現れる。
『何事?』と戸惑う女の子たちを前に、一人のシスターがこう
指示を出した。
「さあ、みなさん、これから講堂でこれから先の日程やあなた
たちの生活についてガイダンスを行いますから、まずは、今、着
ている服を全て脱いでください」
シスターの指示に動揺する子供たち。
「え~~どうしてよ~~ガイダンスを受けるのと服を脱ぐのと
何の関係もないじゃない」
一人の生徒が不満を口にする。
それは、至極当然に思えるのだが……。
女生徒の疑問にシスターたちは言葉では答えなかった。
その疑問をぶつけた子の身体が、ひときわ屈強な身体に見える
シスター二人によって押さえつけられるとスカート裾が捲られる。
まさに電光石火の早業だった。
ひょっとしたら、あまりに一瞬の出来事でその子も恥ずかしい
と感じる間がなかったかもしれない。
「ピシッ」
「痛い!」
その子が初めて声を上げたのは、シスター二人がかりで押さえ
つけられたお尻に、三人目のシスターが革紐鞭を思いっきり振り
下ろした直後だった。
「この修道院は私語厳禁です。ここへ来る途中、乗ってきた車
で運転手さんから説明を受けませんでしたか?」
「えっ?……あっ、……はい」
「分かったら、以後は慎みなさい。次はこれくらいではすみま
せんよ。当、修道院では、地位のある年長者や諸先輩方に対して
目下の者が自分から口をきくことが許されていません」
「はい……あ、いえ……ただ、私は……ちょっと質問を……」
恐る恐る抗弁してみるが……
「それもできません。質問も私語の一つです。あなたは新参者
ですから私たちの言う通りに行動すればそれでいいのです。それ
以外は何も求められていませんから」
木で鼻をくくったような、高圧的な態度。
「……そんなあ」
小さな声が前かがみになったために長い髪で隠れてしまった顔
から聞こえて来る。彼女は依然としてパンツ丸出しだった。
「あなた方に欠けているのは、どんな命令にも従順に従う素直
な心とどんな事にも耐え忍ぶ忍耐力です。それがないからここで
それを学ぶことになったんです。いいですか、あなた方が使って
いい言葉は三つだけ。…『はい、院長先生』…『はい、シスター』
…『はい、お姉様』……これ以外の言葉は忘れてしまって結構よ。
それが何よりあなたのためでもあるわ。分かりましたか?」
「…………」
答えが返って来ないとみるや、シスターの言葉が一段強くなる。
「分かりましたか!!」
「はい、シスター」
弥生はこう言うしかなかった。
でなければ、いつまでもこの姿勢を取らされかねないと悟った
からだ。
当然、この様子は他の子たちも見ていた。
修道院の厳しい戒律を世間知らずの小娘に教えるには本人だけ
でなくほかの子にもそれを見せておかなければならない。
一罰百戒。それも最初が肝心だとシスターは経験の中で知って
いたのだった。
このことがあって、娘たちは澄み切った青空のもと自分たちの
制服を次々に脱いでいく。与えられた私物入れの大きな袋の中に
着ている服を脱いで納めていくのだ。
しかし、その手はすぐに止まる。ブラウスにまでは及ばかった。
自分のブラウスに、一瞬、手を掛けつつも相手の様子を窺い、
結局はその手を離してしまう。
すると、ここでも弥生が犠牲になった。
弥生も事情は同じ。女の子たちがブラウスから手を離している
のを見ると自分もそれから先へは進まないのだ。
すると、シスターはまたもや二人の配下に命じて弥生の身体を
拘束する。
そして『ブラウスはこうして脱ぐのよ』とお手本を示すのだ。
ジュニアブラとショーツだけの華奢な身体。
それはシスターが当初から望んでいた姿だ。
「中学の子、こっちへいらっしゃい。こちらから、中一、中二、
中三って並んでグループになります」
「小学生はこちらですよ。四年生の子はこちら。五年生の子は
この辺に集まって、六年生はここでいいわ。みんな仲良くします」
「高校生たちはこちらですよ。こちらから高一、高二、高三で
一列に並びます」
シスターが各学年ごとに生徒を振り分ける。
彼女たちは、本来、地元では札付きの少女たち。学校での朝礼
でもこれほどおとなしく大人たちの指示に従ったりはしないはず
だが見知らぬ土地でいきなり見せられた鞭打ちが効果を発揮した
ようだった。
「それでは、講堂の方へ行きましょうか」
さきほど、弥生のお尻に鞭を一撃与えた上級シスターが先頭と
なり、各学年5人ずつ、合計45人の少女たちを先導して、講堂
へと案内する。
修道院のエンブレムが掘られた大きく開いた鉄の扉。
少女たちにとっては、この黒い扉の先がまさに地獄だったので
ある。
=========================
三國園の講堂は入口を入るといきなり下り階段がなっていて、
座席はその下り階段の一段一段に平行して設置してある。全体が
すり鉢状になった構造のため、階段を下りきった最底部が舞台と
なる。生徒たちにとってその舞台は見上げるのではなく覗き込む
といったかたちになるのだった。
このように生徒が覗き込んで見学するこの方式は、手元までが
はっきり見える為、昔は解剖学など技能実習を伴うような教室で
よく使用されていた。
ここで技能実習は行われないものの趣旨は同じようなもので、
院長先生はあることを生徒たちの心に焼き付けたいと願い、この
ような方式を採用したのである。
そのすり鉢型の講堂に生徒たちが入ってくる。
小学生、中学生、高校生、それぞれに担当のシスターがいて、
子供たちは予定された座席に腰を下ろす。
身体の大きさから、舞台に一番近い場所が小学生、その後ろが
中学生、一番遠い場所が高校生となったが、ここは大きな劇場で
はない。たとえ一番後ろの席でも舞台までの距離は遠くない。
そこで、どの席から見ていても、今、舞台で、何が起きている
のか、手に取るようにわかった。また、舞台から見ていても着席
した生徒たちがブラとショーツ姿なのが丸見えだったのである。
いくら夏とはいえ炎天下のお庭とは違い地下室になった講堂は
裸でいては寒い。そこを修道院側も感じてのことだろう、生徒達
にはさっそく白いワンピースが配られた。
ただ、それは普段彼女たちが着ている仕立て屋の仮縫いを経て
手元に届く注文服ではない。大まかなサイズだけが合っていれば
それでよいという、いわば吊るしの既製服。生地は綿でレースの
飾りもない。ただ暑さ寒さと恥ずかしさをしのぐだけのこの服は
お嬢様にしてみたら囚人服と何ら変わらなかった。
ただ、今の身の上を考えると裸よりはまだマシと思うほかない。
しかも先ほどは、お庭でお友だちのあんな姿を見せられたばかり。
巷では札付きと呼ばれる少女たちも、ご挨拶で演壇に立った院長
先生に向かって野次を飛ばす勇気までは出ない様子だった。
「みなさん、こんにちわ。私がこの修道院の院長、エリザベス・
サトウです。みなさんの中には、昨年もここへ来たので、私の顔
なんて二度と見たくないと思う人もいるでしょうけど、反対に、
終業式の日に突然、車でここに連れて来られて、何が何だか理解
できずに戸惑ってる人も多いのではないでしょうか。……そこで、
いちおう説明しておきますと……みなさんにとっては大変残念な
ことなんですが……ここにいるみなさんは、全員が、お父様から
一学期の成績や素行がよろしくないということで、罰を受けた方
ばかりなんです。もちろんお仕置きは、本来、お父様がご自身で
なさるものですが、お父様は私たちを頼られました。『何とか、
娘を救って欲しい』どのお父様も真剣に私に訴えかけられます。
そこで、やむなくお父様の切なる願いを受けて、本来お父様から
受けるべき罰を、この私が、お父様に代わってあなた方に授ける
というわけです。……という事は、……ここでのお仕置きは全て
あなた方のお父様からのもの。お父様が家でなさるお仕置きと、
同じ試練なのです。ですから、ここで行われるお仕置きは虐待や
虐めではありません。むしろ、これはお父様の愛の証しなのです。
ですから、あなたも私たちからのお仕置きを心して受けなければ
なりません。……いいですね!」
院長先生は、ここで一度聴衆を見回す。
すると小学生はおどおど。泣き出す子もいる。中学生になると
呆気に取られ、しょんぼり。高校生は何か言いたげに白けた顔を
している子がほとんどだった。
しかし、こうした光景もここでは例年通りだ。
そこで院長先生はガイダンスをこう続けたのだが……。
「期間は6週間。ちょっと長いように感じるかもしれませんが
……」
そこまでしゃべった時だ。
「え~~6週間って、それじゃあ夏休み全部ってことじゃない
ですか。そんなの人権蹂躙ですよ」
突然、演壇に向かって誰かが叫ぶ。
その声は中学生グループの中からあがったようだった。
おそらく、彼女だってお庭での一件は見ていたはず。だから、
自重できたはずだったが……
『どっちにしても、この修道院は日本にあるのだから……』
彼女の悲劇は、この修道院の敷地内で日本の常識が通用すると
信じてしまったことだったのである。
「シスター樹理、あなた、この子達にうちでの規則は説明しま
したか?」
院長先生はまず傍らに控えるシスターに尋ねる。
当然、答えは……
「はい、院長先生。さきほどお庭で全員に伝えました」
「そうですか」
シスターの言葉を受けて院長先生は、ただそれだけ言っただけ
だったのだが……
たちまち、身分の低い二人のシスターが、野次を飛ばした子の
座る椅子へ直行。まだ子ども子どもした少女が両脇を抱えられる。
少女は抵抗したが、まるで牛蒡でも引き抜くようにその子のお尻
を座席から離すのにそう多くの時間は掛からなかった。
「えっ、何なの……」
身体をごぼう抜きにされた少女は事態の急変に驚き青ざめたが、
彼女をごぼう抜きにしたシスター二人はというと、少女がどんな
に口汚い罵声を浴びせても、顔色一つ変えず、また何一つ言葉を
発しなかったのである。
そして、少女は無言のまま舞台へと連行されていく。
客席とは極端に違う明るい照明のもと、犯人が引っ立てられて
来る。しかし、やる事はお庭での出来事と同じだった。
「いやあ~~」
前か屈みにされたところで恥ずかしさはさほど変わらないはず
だが、その瞬間、鞭の恐怖が頭の隅をよぎったのだろう、思わず
悲鳴を上げてしまう。
すると、それまでただただ状況を見守っていた院長先生が一言。
「ここでは悲鳴も私語も一つとしてカウントしますから、騒げ
ばそれだけ鞭の数が増えますよ」
と注意。
その言葉どおり、二人のシスターに体を前屈みの姿勢のままで
がっちりと押さえつけられた少女のお尻にゴムの鞭が飛ぶ。
「ピシッ」
「……(ひっ)……」
「ピシッ」
「……(ひっ)……」
立て続けに二回、かなり思い切った勢いでゴムの鞭がまだ幼い
少女のお尻にヒットする。
おそらく、院長先生の言葉が彼女の耳にも聞こえたのだろう。
決して楽に受けられる痛みではなかったが、少女はそれを必死に
我慢した。
そして、その痛みが幾分治まった頃、自分のお尻が他の子たち
から丸見えだとわかって、顔を赤らめたのだった。
それほど、ぶたれた彼女にとっても、それを見ていた他の友達
にしても、それはあっという間の出来事だったのである。
二発の懲戒が終わり演壇に戻ってきた院長先生は目を丸くして
舞台を見つめる少女たちに向かって、こう語りかけたのである。
「みなさん、みなさんは野蛮人ではありませんから、世の中で
何がよいことで何が悪いことなのか、何をしてはいけないのか、
何をしなければならないのかは知っています。学校のテストで、
それを問われたらきっと満点でしょう。でも、実際にはできない。
できなかった。それはなぜでしょう?どんなに知識が豊富でも、
言葉使いが巧みでも、それで欲望や悪心といった心を制御できる
わけではありません。では、これまでは何があなた方の悪い行い
を制御してきたのでしょうか。それは、親御さんたちがあなた達
に与えた愛の鞭あってのことなのです。悪心が芽生えるたびに、
鞭の痛みが、やめなければいけないという気持を起こさせてきた
のです。ところが、人間は知恵がついてくると、その知恵を自分
勝手に解釈して邪悪で自堕落な行いを正当化しようと試みます。
ここでは、それを避ける為に日常会話を制限するのです。勿論、
それだけではありません。かつて親御さんたちがなさったような
訓練を行います。お尻への痛みと恥ずかしさをたっぷり体の中に
染み込ませて、悪心が心を支配する前に、やめようという気持を
起こさせるのです。6週間というのは長く感じられるかもしれま
せんが、長い人生の中にあっては、むしろ短い時間です。決して
無駄な時間にはなりませんから私たちと一緒に頑張りましょう」
ガイダンスの終わりにまばらだが拍手が起こった。
きっと、こういう時には拍手をするものだと教えられているの
だろう。もちろん院長先生の言葉が小学生にどれほど理解できた
かは疑問だし、この拍手だって、本心とは関係ないんだろうが、
ここに集まった少女たちは、どの子も良家の子女ばかり、野良猫
と同じように収容先に着いたらいきなり折檻というわけにもいか
なかった。
「……次は、身体検査ね」
院長先生はそう言って演壇を降りたのだった。
************************
『私の原点となった本~蒼白き恋慕~』
『私の原点となった本~蒼白き恋慕~』
やはり、この本との出会いは衝撃的でしたね。
何しろストーリーが『僕の事か?』って一瞬疑ってしまうほど
僕の生い立ちともリンクしてましたから。
そのあと思ったのが…
「こんなのも、やっぱりSMでポルノなんだ」
ということ。
僕にとってそれまでのSM感は、『埃っぽいあばら家で、変態
おやじが大人の女性をいたぶり続ける非人道的な話』
好きな人にとっては無理強いしていく、されていく姿が面白い
んだろうけど……それは僕にとってはノーサンキュー。
だから、当時すでに20歳を過ぎてましたけど、スケベな雑誌
に手が伸びてもSM雑誌というのはまだ一度も買ったことがあり
ませんでした。
それがひょんなことから池袋の書店でこの作品が載った雑誌を
見つけて立ち読み。(今は、こうしたたぐいの本は立ち読みでき
ないように梱包されていますけど、当時はそのまま書棚に並んで
いました)
もう衝動的に購入。
その後もこうした作品が紹介されるんじゃないかと思って通い
ましたが、そうは問屋が卸してくれませんでした。
ただ、これがきっかけで他のSM雑誌も流し目するようになり
ましたから、この雑誌が僕にとってはSMの入門書だったのかも
しれません。
いえ、僕も少年時代から人を虐めるような話が決して嫌いでは
ありませんでした。ただ、それは街で見かけるSMの王道からは
外れていたものですから、本屋さんでそれらを見かけるたびに、
『これは違うな』と思い続けていたんです。
僕の場合は、『基本線はあくまで一般のドラマでありながら、
展開されるエピソードの中に過激な要素が散りばめられている』
そんな世界が好きでした。
ちなみに私の個人的な嗜好を述べますと……
まずは舞台が大事でした。
陰湿なお話でも舞台は明るい場所でなければいけません。童話
のような美しい世界で憧れのお姫様や何不自由ない暮らしをして
いるお嬢様がハレンチな罰を受ける姿に歓喜します。
もちろん庶民をモデルにしたお話が嫌いというわけではありま
せんよ。蒼白き恋慕はまさにそんな庶民のお話ですから。
ただ、その場合でもお仕置き部屋は綺麗に片付けられていると
いうのが暗黙の了解事項。あばら家では興がさめてしまいます。
それと、虐められる側、お仕置きされる側に必ず何らかの理由
が必要でした。理由付けは多少理不尽でも構いませんが何の理由
もなく責められているというのは、ちょっと……だったんです。
SMって本来理不尽を楽しむものかもしれませんが、それだけ
では僕の心は燃えないのです。
そして、さらに言うと……その罰の理由が愛に起因していれば
さらに結構ということになります。
実は、このお話にはその愛が感じられるから僕は好きなんです。
そうは言っても、今の人たちに『このお話の継母にも愛はある』
なんて言ったら、きっとみんなふき出すんでしょうね。
今の親は、愛情と愛玩の区別がつかずごっちゃにしてますから。
でも、日本がまだ貧しい時代、同じ空気を吸って育った僕には、
彼女の芯の強さ、愛情がこの本の行間に読み取れるんです。
この作品には直接的な表現でこの継母を賛美するような表現は
何一つありません。でも、空気感というのかなあ。この継母さん、
義理の娘に対して愛玩はできないけど愛情はまだ捨てていないな
と感じてしまうところがあるんです。
結局、この本の最大の値打ちはそこなのかもしれません。
厳しい生活環境、思うにまかせない人間関係の中で、それでも
精一杯生きている姿が読み取れるこの作品は、単にポルノという
枠をこえて今なお僕の心を打ち続けています。
****************************
やはり、この本との出会いは衝撃的でしたね。
何しろストーリーが『僕の事か?』って一瞬疑ってしまうほど
僕の生い立ちともリンクしてましたから。
そのあと思ったのが…
「こんなのも、やっぱりSMでポルノなんだ」
ということ。
僕にとってそれまでのSM感は、『埃っぽいあばら家で、変態
おやじが大人の女性をいたぶり続ける非人道的な話』
好きな人にとっては無理強いしていく、されていく姿が面白い
んだろうけど……それは僕にとってはノーサンキュー。
だから、当時すでに20歳を過ぎてましたけど、スケベな雑誌
に手が伸びてもSM雑誌というのはまだ一度も買ったことがあり
ませんでした。
それがひょんなことから池袋の書店でこの作品が載った雑誌を
見つけて立ち読み。(今は、こうしたたぐいの本は立ち読みでき
ないように梱包されていますけど、当時はそのまま書棚に並んで
いました)
もう衝動的に購入。
その後もこうした作品が紹介されるんじゃないかと思って通い
ましたが、そうは問屋が卸してくれませんでした。
ただ、これがきっかけで他のSM雑誌も流し目するようになり
ましたから、この雑誌が僕にとってはSMの入門書だったのかも
しれません。
いえ、僕も少年時代から人を虐めるような話が決して嫌いでは
ありませんでした。ただ、それは街で見かけるSMの王道からは
外れていたものですから、本屋さんでそれらを見かけるたびに、
『これは違うな』と思い続けていたんです。
僕の場合は、『基本線はあくまで一般のドラマでありながら、
展開されるエピソードの中に過激な要素が散りばめられている』
そんな世界が好きでした。
ちなみに私の個人的な嗜好を述べますと……
まずは舞台が大事でした。
陰湿なお話でも舞台は明るい場所でなければいけません。童話
のような美しい世界で憧れのお姫様や何不自由ない暮らしをして
いるお嬢様がハレンチな罰を受ける姿に歓喜します。
もちろん庶民をモデルにしたお話が嫌いというわけではありま
せんよ。蒼白き恋慕はまさにそんな庶民のお話ですから。
ただ、その場合でもお仕置き部屋は綺麗に片付けられていると
いうのが暗黙の了解事項。あばら家では興がさめてしまいます。
それと、虐められる側、お仕置きされる側に必ず何らかの理由
が必要でした。理由付けは多少理不尽でも構いませんが何の理由
もなく責められているというのは、ちょっと……だったんです。
SMって本来理不尽を楽しむものかもしれませんが、それだけ
では僕の心は燃えないのです。
そして、さらに言うと……その罰の理由が愛に起因していれば
さらに結構ということになります。
実は、このお話にはその愛が感じられるから僕は好きなんです。
そうは言っても、今の人たちに『このお話の継母にも愛はある』
なんて言ったら、きっとみんなふき出すんでしょうね。
今の親は、愛情と愛玩の区別がつかずごっちゃにしてますから。
でも、日本がまだ貧しい時代、同じ空気を吸って育った僕には、
彼女の芯の強さ、愛情がこの本の行間に読み取れるんです。
この作品には直接的な表現でこの継母を賛美するような表現は
何一つありません。でも、空気感というのかなあ。この継母さん、
義理の娘に対して愛玩はできないけど愛情はまだ捨てていないな
と感じてしまうところがあるんです。
結局、この本の最大の値打ちはそこなのかもしれません。
厳しい生活環境、思うにまかせない人間関係の中で、それでも
精一杯生きている姿が読み取れるこの作品は、単にポルノという
枠をこえて今なお僕の心を打ち続けています。
****************************
『信じられないほどバカな話』
『信じられないほどバカな話』
ある日、僕は大将(彼のことはみんなそう呼んでいた)に頼ま
れてある場所へ出かけた。
そこは堅牢な二階建ての建物で、いったい何をする処かはわか
らないが、大人のそれも大半は男の人たちが大勢そこにはいた。
あわただしく男たちが出入りを繰り返すその建物を前にして、
大将は、長い時間、用心深く中の様子を窺っていたのだが、意を
決して建物の中へと入っていく。
僕も呼ばれた。
わけも分からず一緒に建物の中へ潜り込む。
一階は事務所のような倉庫のような不思議な場所だったのだが、
彼の目的は事務所になっていたそこの二階。
コンクリートの階段を恐々上がっていくと、二階も一階と同じ
で大勢の男たちがしきりに部屋を出入りしている。
そして、ここでも大将は慎重に中の様子を窺っているのだ。
大将と僕は何から何まで違うけど、唯一共通していたのが大人
を恐れないこと。ところが、この日は、大将がひどく大人たちを
恐れているのがわかる。
容易に決断のつかない大将は事務所の入口でずっと中の様子を
窺うだけ。こんな臆病な彼を見るのはこの時が初めてだった。
すると、突然、誰かが大将を見つけたんだろう、
「組長、坊ちゃんみえてますよ」
と中で声がする。
もう、こうなると、大将は逃げなかった。
意を決して中へ入る。
僕もわけが分からぬまま事務所の中へ。
いや、正確に言うと『お父さんが戦争をしようとしているから
やめるように説得して欲しい』と頼まれてここへ引っ張ってこら
れた。ただ一般人が戦争なんて起こせるわけがないと思っている
僕には彼の言ってることはちんぷんかんぷんだったのだ。
薄暗い一階や廊下と違って二階の事務所の中は沢山の蛍光灯に
照らされて明るかった。それとは関係ないが、大きな神棚や虎の
剥製、壁にもたくさんの提灯が飾られていたのを覚えている。
それらを不思議そうに眺めていると、突然、大きな声がした。
「バカかお前、何しに来た!!」
ドスのきいた声だった。
大声の主は白髪交じりの大柄なおじさん。
「別に……でも、何か手伝えるかもしれないと思ったから」
大将が恐々言う。こんなにひびっている彼を見るのは初めてだ。
すると、
「何が手伝いだ、バカが……」
おじさんが言ったのはそれだけ。あとは何も言わなかった。
何も言わずに近くにあった細い棒を掴むと、大将を後ろ向きに
させて、そのお尻を叩き始める。
「いやあ~~~やめて~~~もうしません。ごめんなさい」
僕たちから見たら豪胆にさえ見える大将がまるで女の子のよう
な悲鳴を上げて、おじさんがお尻を叩くままになって耐えている。
『本気でぶってる』
僕にはそう見えた。10歳のガキなんだから手加減はしている
はずなんだけど僕にはそう見えたんだ。
だから僕だって身の危険は感じていたけど、その時は足がすく
んじゃってて動けなくなっていた。
そのくらいこの時のスパンキングは怖かったんだ。
あれで10回くらいぶっただろうか、そりゃあ、僕たちの学校
でも先生がたまに物差しで僕たちのお尻を叩くこととがあるけど
そんなものとは比べ物にならないくらい怖かった。
「今度、俺の前に現れてみろ、本当にぶっ殺すからな。………
わかったんなら『分かりました』って言ってみろ!!!」」
おじさんはそう怒鳴りながら、大将のほっぺたをつまみあげる。
もの凄い力。それで大将の身体が浮いてしまいそうになるくらい
それは本気だったのだ。
「お前、こいつの友だちか?」
おじさんが僕の方を向く。正直、生きたここちがしなかった。
「いいから、こいつを連れてさっさと母ちゃんの処へ帰れ!!
いいか、全力失踪で帰るんだ。……しばらくして、まだこの辺を
うろついてやがったら本当に命はないと思え。……いいな、……
わかったな」
耳を劈く大音量。
いいも悪いもこっちにはない。
10歳の少年が大人にこんなこと言って凄まれたら、そりゃあ
大将だって一目散だ。
ただ、僕たちが全力疾走だったのは部屋の外まで、家まで逃げ
帰ったわけではなかった。
偶然だけど僕たちは入って来た正規の入口ではない別の扉から
外へと出た。そこでやっと我に返ったのだ。
この建物には正規の入口のほかに非常階段があって、僕たちは
そこに出てきた。
「ねえ、もう一度行って見るかい?」
僕が尋ねると、大将の答えは意外にもノーだった。
「じゃあ、帰るの?」
と訊くと、それもノー。
大将はその代わりこの非常階段に縄を張ろうと言い出すのだ。
「じゃあ、落とし穴も掘ろうよ」と僕。
子どもの行動はどこまで真剣でどこから遊びなのかわからない。
僕らの思いつきは、もちろん大人が聞いたら信じられないほど
愚かな思いつき。非常階段に縄を張ってみたって、子どもが作る
落とし穴が出来上がったところで、大人たちが刀を抜いて喧嘩を
しようとしている矢先に、それが何らかの影響を与えるわけでは
ないからだ。
でも、それでも大将は家に帰って結果だけを聞きたくなかった。
彼はそんな人間であり、そこが僕とは大きく違っている。
無理無駄と笑われようが結果の出ていないことにはチャレンジ
し続けるというのが彼の流儀。どう立ち回れば自分にとって最も
有利だろうか?などと日頃から姑息な事ばかり考え続けている僕
から見れば異次元の人なのだ。
だけど、僕は彼が嫌いではなかった。むしろ神々しくさえ見え
ていたのである。
だから、この時もできる限りの事をした。
集められるだけの紐を集めて階段を封鎖し、できる限り大きな
穴を掘って、願わくばたった一人でも彼のお父さんを殺しに来る
大人を撃退できたらと思っていたのだ。
結果、たった一人だけど、こんなトラップに引っかかってくれ
た人がいた。
きっと急いでいたんだろうね、僕らの張った非常階段の紐に足
を取られると、反転して下まで転げ落ち。苦労して掘った穴にも
お尻を入れてズボンが泥だらけになった。
残念ながら敵ではなく味方だったけど。(笑)
「お前ら、何、余計な事やってんだ!!!」
その人はコンクリートの壁で打った頭を押さえながらよたよた
立ち上がると、僕たちの耳を引きちぎれるほどの勢いで摘み上げ、
隣接する廃工場へ引きずっていく。
そして、僕たちをボロ雑巾みたいに建物の中へ投げ入れると、
入口に重い物をたくさん置いてそこへ閉じ込めたのである。
「二度と出てくんな!!」
おじさんは捨て台詞を残して去っていく。
取り残された二人。
廃屋には電気がきてないから薄暗くて不気味な場所だったが、
ただ、そこには長くいなかった。
ま、これもまた間抜けな話だが、その廃工場は広くて、一箇所
入口を塞いでも出口は他にもあったのだ。
僕が「EXITって書いてあるからあそこに出口があるよ」と
言って大将を誘うと、二人とも鍵の掛かっていない裏口から簡単
に外へ出ることができた。
すると、お父さんから連絡が入ったのかもしれない。外へ出た
ところでばったり大将のお母さんと出くわす。
挨拶は往復ビンタだった。
相変わらずこのお母さんは怖い。
結局この騒動で僕がしたことと言ったら、ロープ張りと穴掘り
の手伝い。それにEXITが出口だと教えてあげたことぐらい。
せっかく、僕を仲立ちに指名してくれたのに、僕は彼のためには
何の役にもたたなかった。
なのに、彼は後日、わざわざ僕の家を訪ねて謝りにきたのだ。
それは彼の意思というより、両親に連れられてという形だった。
理由は簡単、大将が僕を危険な目にあわせたからというものだ。
だけど、僕はそれが嫌で嫌で仕方がなかった。
実は、彼の実家は町の小さな時計屋さん。戸籍上のお父さんは、
その店を切り盛りしているおじさんな訳なんだけど、彼は一緒に
暮らすお父さんが本当の父親でない事をすでに知っていて、今回
は彼にとっては本当のお父さんの方を助けたかったのだ。
そんな気持を知って僕も手伝ったんだから彼に責任なんてない
はずだ。危なかったら逃げてくればいいんだし、大将が謝ること
じゃない。
僕はそう思ってたけど、親同士はそうは思えなかったみたいで
大将は僕に頭を下げたんだ。
大将はもちろん辛かったと思うけど僕はそれ以上に辛い思いで
そのごめんなさいを聞いた。その場にいるのが恥ずかしくてなら
なかったんだ。
そして、何よりこんな事が恥ずかしい事だと教えてくれたのが
彼だった気がする。
それって一口では言い難いけど、男義っていうのかなあ。
大将もまた、一度もお父さんと呼ぶことのなかったその人から
男義を教そわったんじゃないだろうか、僕はそう思ってる。
**************************
ある日、僕は大将(彼のことはみんなそう呼んでいた)に頼ま
れてある場所へ出かけた。
そこは堅牢な二階建ての建物で、いったい何をする処かはわか
らないが、大人のそれも大半は男の人たちが大勢そこにはいた。
あわただしく男たちが出入りを繰り返すその建物を前にして、
大将は、長い時間、用心深く中の様子を窺っていたのだが、意を
決して建物の中へと入っていく。
僕も呼ばれた。
わけも分からず一緒に建物の中へ潜り込む。
一階は事務所のような倉庫のような不思議な場所だったのだが、
彼の目的は事務所になっていたそこの二階。
コンクリートの階段を恐々上がっていくと、二階も一階と同じ
で大勢の男たちがしきりに部屋を出入りしている。
そして、ここでも大将は慎重に中の様子を窺っているのだ。
大将と僕は何から何まで違うけど、唯一共通していたのが大人
を恐れないこと。ところが、この日は、大将がひどく大人たちを
恐れているのがわかる。
容易に決断のつかない大将は事務所の入口でずっと中の様子を
窺うだけ。こんな臆病な彼を見るのはこの時が初めてだった。
すると、突然、誰かが大将を見つけたんだろう、
「組長、坊ちゃんみえてますよ」
と中で声がする。
もう、こうなると、大将は逃げなかった。
意を決して中へ入る。
僕もわけが分からぬまま事務所の中へ。
いや、正確に言うと『お父さんが戦争をしようとしているから
やめるように説得して欲しい』と頼まれてここへ引っ張ってこら
れた。ただ一般人が戦争なんて起こせるわけがないと思っている
僕には彼の言ってることはちんぷんかんぷんだったのだ。
薄暗い一階や廊下と違って二階の事務所の中は沢山の蛍光灯に
照らされて明るかった。それとは関係ないが、大きな神棚や虎の
剥製、壁にもたくさんの提灯が飾られていたのを覚えている。
それらを不思議そうに眺めていると、突然、大きな声がした。
「バカかお前、何しに来た!!」
ドスのきいた声だった。
大声の主は白髪交じりの大柄なおじさん。
「別に……でも、何か手伝えるかもしれないと思ったから」
大将が恐々言う。こんなにひびっている彼を見るのは初めてだ。
すると、
「何が手伝いだ、バカが……」
おじさんが言ったのはそれだけ。あとは何も言わなかった。
何も言わずに近くにあった細い棒を掴むと、大将を後ろ向きに
させて、そのお尻を叩き始める。
「いやあ~~~やめて~~~もうしません。ごめんなさい」
僕たちから見たら豪胆にさえ見える大将がまるで女の子のよう
な悲鳴を上げて、おじさんがお尻を叩くままになって耐えている。
『本気でぶってる』
僕にはそう見えた。10歳のガキなんだから手加減はしている
はずなんだけど僕にはそう見えたんだ。
だから僕だって身の危険は感じていたけど、その時は足がすく
んじゃってて動けなくなっていた。
そのくらいこの時のスパンキングは怖かったんだ。
あれで10回くらいぶっただろうか、そりゃあ、僕たちの学校
でも先生がたまに物差しで僕たちのお尻を叩くこととがあるけど
そんなものとは比べ物にならないくらい怖かった。
「今度、俺の前に現れてみろ、本当にぶっ殺すからな。………
わかったんなら『分かりました』って言ってみろ!!!」」
おじさんはそう怒鳴りながら、大将のほっぺたをつまみあげる。
もの凄い力。それで大将の身体が浮いてしまいそうになるくらい
それは本気だったのだ。
「お前、こいつの友だちか?」
おじさんが僕の方を向く。正直、生きたここちがしなかった。
「いいから、こいつを連れてさっさと母ちゃんの処へ帰れ!!
いいか、全力失踪で帰るんだ。……しばらくして、まだこの辺を
うろついてやがったら本当に命はないと思え。……いいな、……
わかったな」
耳を劈く大音量。
いいも悪いもこっちにはない。
10歳の少年が大人にこんなこと言って凄まれたら、そりゃあ
大将だって一目散だ。
ただ、僕たちが全力疾走だったのは部屋の外まで、家まで逃げ
帰ったわけではなかった。
偶然だけど僕たちは入って来た正規の入口ではない別の扉から
外へと出た。そこでやっと我に返ったのだ。
この建物には正規の入口のほかに非常階段があって、僕たちは
そこに出てきた。
「ねえ、もう一度行って見るかい?」
僕が尋ねると、大将の答えは意外にもノーだった。
「じゃあ、帰るの?」
と訊くと、それもノー。
大将はその代わりこの非常階段に縄を張ろうと言い出すのだ。
「じゃあ、落とし穴も掘ろうよ」と僕。
子どもの行動はどこまで真剣でどこから遊びなのかわからない。
僕らの思いつきは、もちろん大人が聞いたら信じられないほど
愚かな思いつき。非常階段に縄を張ってみたって、子どもが作る
落とし穴が出来上がったところで、大人たちが刀を抜いて喧嘩を
しようとしている矢先に、それが何らかの影響を与えるわけでは
ないからだ。
でも、それでも大将は家に帰って結果だけを聞きたくなかった。
彼はそんな人間であり、そこが僕とは大きく違っている。
無理無駄と笑われようが結果の出ていないことにはチャレンジ
し続けるというのが彼の流儀。どう立ち回れば自分にとって最も
有利だろうか?などと日頃から姑息な事ばかり考え続けている僕
から見れば異次元の人なのだ。
だけど、僕は彼が嫌いではなかった。むしろ神々しくさえ見え
ていたのである。
だから、この時もできる限りの事をした。
集められるだけの紐を集めて階段を封鎖し、できる限り大きな
穴を掘って、願わくばたった一人でも彼のお父さんを殺しに来る
大人を撃退できたらと思っていたのだ。
結果、たった一人だけど、こんなトラップに引っかかってくれ
た人がいた。
きっと急いでいたんだろうね、僕らの張った非常階段の紐に足
を取られると、反転して下まで転げ落ち。苦労して掘った穴にも
お尻を入れてズボンが泥だらけになった。
残念ながら敵ではなく味方だったけど。(笑)
「お前ら、何、余計な事やってんだ!!!」
その人はコンクリートの壁で打った頭を押さえながらよたよた
立ち上がると、僕たちの耳を引きちぎれるほどの勢いで摘み上げ、
隣接する廃工場へ引きずっていく。
そして、僕たちをボロ雑巾みたいに建物の中へ投げ入れると、
入口に重い物をたくさん置いてそこへ閉じ込めたのである。
「二度と出てくんな!!」
おじさんは捨て台詞を残して去っていく。
取り残された二人。
廃屋には電気がきてないから薄暗くて不気味な場所だったが、
ただ、そこには長くいなかった。
ま、これもまた間抜けな話だが、その廃工場は広くて、一箇所
入口を塞いでも出口は他にもあったのだ。
僕が「EXITって書いてあるからあそこに出口があるよ」と
言って大将を誘うと、二人とも鍵の掛かっていない裏口から簡単
に外へ出ることができた。
すると、お父さんから連絡が入ったのかもしれない。外へ出た
ところでばったり大将のお母さんと出くわす。
挨拶は往復ビンタだった。
相変わらずこのお母さんは怖い。
結局この騒動で僕がしたことと言ったら、ロープ張りと穴掘り
の手伝い。それにEXITが出口だと教えてあげたことぐらい。
せっかく、僕を仲立ちに指名してくれたのに、僕は彼のためには
何の役にもたたなかった。
なのに、彼は後日、わざわざ僕の家を訪ねて謝りにきたのだ。
それは彼の意思というより、両親に連れられてという形だった。
理由は簡単、大将が僕を危険な目にあわせたからというものだ。
だけど、僕はそれが嫌で嫌で仕方がなかった。
実は、彼の実家は町の小さな時計屋さん。戸籍上のお父さんは、
その店を切り盛りしているおじさんな訳なんだけど、彼は一緒に
暮らすお父さんが本当の父親でない事をすでに知っていて、今回
は彼にとっては本当のお父さんの方を助けたかったのだ。
そんな気持を知って僕も手伝ったんだから彼に責任なんてない
はずだ。危なかったら逃げてくればいいんだし、大将が謝ること
じゃない。
僕はそう思ってたけど、親同士はそうは思えなかったみたいで
大将は僕に頭を下げたんだ。
大将はもちろん辛かったと思うけど僕はそれ以上に辛い思いで
そのごめんなさいを聞いた。その場にいるのが恥ずかしくてなら
なかったんだ。
そして、何よりこんな事が恥ずかしい事だと教えてくれたのが
彼だった気がする。
それって一口では言い難いけど、男義っていうのかなあ。
大将もまた、一度もお父さんと呼ぶことのなかったその人から
男義を教そわったんじゃないだろうか、僕はそう思ってる。
**************************