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第12章 教会の子供たち(3)

          第12章 教会の子供たち

§3 新しい服

 カレンは次の週も伯爵家の北の待合室にいた。
 そこは子供たちが次から次にやって来てはピアノという鍵を使
って奥の扉へと吸い込まれていく。

 7歳の可愛いピアニストシンディ=モナハン
や常にお嬢様然としている伯爵夫人の姪、シルビア=エルンスト
。フリードリヒ伯爵(当主)の姪で、おちゃめな仕草
が愛らしいドリス=ビューローなど先週顔なじみに
なっていた子供たちが続々やって来た。

 もちろん、カレンだってお呼ばれしているわけだし、本当なら
さっさとピアノを弾いて奥へ進むのが礼儀なのかもしれないが、
彼女は一人の少年を待っていた。

 10歳のピアニスト、カルロス=マイヤー
 彼のピアノはお世辞にも上手とは言えなかったが、カレンには
何故か彼の弾く荒々しいピアノに心引かれるものがあって、もう
一度、聞いてみたいと思ったのだ。

 『あれは女の子は弾かないピアノ。弾けないピアノだったわ』
 カレンはそんなことを思いながら待っていた。
 ところが、いつまでたっても彼は現れない。

 『さては、課題曲が上手に弾けなくて逃げちゃったのかしら』
 そんなことを思っていると、 控えの間を担当する女中のサラ
が……
 「カレン先生。ピアノが空きましたけど……」
 と勧めるので……

 「カルロス知らない?……カルロス=マイヤー………
もう、中に入っちゃったのかしら」
 カレンがこう尋ねると……

 「カルロスの坊やだったら、今はお仕置き中なので、ここには
来ませんけど……」
 という返事が帰って来る。

 「お仕置き?……何かやらかしたの?」
 カレンは驚いてサラの顔を覗きこんだ。

 すると、サラはカレンの視線を振り払うように平然とした顔で
……
 「いつもの事です。台所の砂糖壷に鼠の死骸を入れたり、庭に
落ちてる枝を投げて木の実を取るだと言っては、二階のガラスを
割ってみたり、この間は神父様が出張中なのをいいことに部屋へ
忍び込んで、TVを見てたんです。それも子供が見てはいけない
ような番組を…他にも色々ありますけど、あげつらったらあの子
の悪戯はきりがありませんよ」

 「そうなの……」
 カレンは相槌を打ちながら……
 『やっぱり、お父さんやお母さんがいないから心がすさんでる
のかしら……』
 などと考えるのだ。

 「それで、今回は何をやらかしたの?」

 「てっとり早く言うと家出です。駅いるところをたまたま村の
人たちに発見されて捕まりましたけど……」

 『家出って……ここはもともとあの子のお家じゃないのに……
ああ、脱走したってことね』
 そんなことを思いながらこう尋ねた。

 「それで、いつのこと?」

 「あれは移動遊園地に出かけた日ですから先週の日曜日ですよ。
その帰り道、すきを見て逃げ出したんです。もう、一週間くらい
たってますから、お尻の蚯蚓腫れもひいたんじゃないですか」

 「お尻の蚯蚓腫れって……お尻、ぶたれたの?」

 「当然ですよ。修道院を抜け出すなんてここでは大罪ですもの。
そりゃあ、おとう…いえ、神父様だって黙っちゃいられませんよ。
膝の上で平手50回に机の上にうつ伏せにして縛られてトォーズ
でたっぷり二ダース。私、噛み物をさせたから、てっきりケイン
を使うと思ってたのに……」

 サラの声がなぜか弾んでいるのが、カレンには気になった。
 サラは続ける。

 「でも、神父様も今回は本気だったみたいで血が出るぎりぎり
まで打ち据えてましたから、あの子だって今回は相当こたえたと
思いますよ。終わった時なんて、気絶したみたいにぐったりして
ましたから。……でも、それが可愛いんですよね。………ねえ、
カレン先生もそう思いません?やっぱり、お尻は男の子ですよね。
……あの締まったお尻がたまらないもの」

 サラは、まるで好きな役者の出ていたお芝居を見てきた帰り道
のように、独り興奮しては、はしゃいでいた。

 「まるで、見てきたみたいね」
 カレンが少し突き放したように言うと……

 「ええ、だって、私、現に見てましたから。オチンチンだって
可愛かったですよ……」
 臆面もなく言い放つと……
 「実は私、あの日も志願して神父様の助手をやらしてもらって
たんです。男の子の悲鳴って、いつ聞いても最高ですよね。……
ボーイソプラノの悲鳴。……ねえ、ねえ、カレンさんもそう思い
ません?……やっぱり虐め甲斐があるは男の子ですよね。……私、
ああいう悲鳴聞くと、興奮しちゃうんですよ」

 サラは止まらなくなってしまった。
 そんな独り興奮する彼女を尻目にカレンはピアノを弾き始める。


 すると、先週よりやや時間をおいてからドアが開いた。
 しかも、そこには伯爵夫人の姿はなく、女中の姿だけが……

 今回は女中に連れられて、居間へと進む。
 『いつもいつも、伯爵夫人がじきじきにお出迎えなんてする訳
ないか……』
 カレンは苦笑いをしながら長い廊下を進んでいく。


 「カレン先生をお連れしました」

 居間には先週と同じメンバーが顔を揃えていた。
 フリードリヒ、クララ先生、それに伯爵夫人もそこにはいたの
だが……

 「ご機嫌よう、カレンです」

 カレンの挨拶に伯爵夫人はいきなり……
 「どうしたの?あなたらしくないわね。最初はあなたじゃない
んじゃないかって、みんなで顔を見合わせたわよ。どうかしたの?
子供たちが、また悪さでもしたのかしら?」
 いきなり釘を刺されてしまう。

 「そんなに酷(ひど)かったですか?私のピアノ?」

 「酷いというか、怒ってたわね。何だかとっても……ピアノに
限らないけど、かなり熟達した腕の持ち主でも、心の動揺は隠せ
ないものよ」

 伯爵夫人が、憂いた感じで注意すれば……
 クララ先生も……

 「でも、あのピアノは、ちょっぴり嫉妬の気持ちもあったよう
に感じられました。もちろん、何があったかは知りませんけど。
私にはそんなふうにも聞こえました」

 「嫉妬?そんなものありません!」
 カレンは自分でも不思議なほど感情的になって大きな声を出す。

 でも、すぐに……

 「ごめんなさい」
 赤くなった頬を、俯き加減にしてカレンは自分を恥じた。

 「いいのよ。誰だって虫の居所の悪い時もあるわ」

 伯爵夫人にそう言われて、少しだけ落ち着いたのか、カレンは
北の待合室での出来事を伯爵夫人に話す。

 「実は、サラにカルロスがお仕置きされてるって聞いたんです。
でも、それを彼女、それを面白そうに話すもんだから……つい、
かっとなっちゃって……それって違うんじゃないかと思って…」

 「なるほど、義憤に駆られたってわけね」
 クララ先生が訳知り顔で微笑む。

 「カルロス?……ああ、工場で何かを作っているようなあの子
のピアノね。そう言えば今日は聞こえないと思ったら、お仕置き
だったの」
 伯爵夫人の口元も緩む。

 カルロスに限らず男の子がお仕置きされるなんて、この時代に
あっては日常茶飯事。カレンのようにそんなことで気に病む者は
なかった。

 「たしか……先週、移動遊園地に行った帰り道に脱走を企てた
と聞いてます。でも、いつものことですから、案ずることなんて
ありませんよ」

 フリードリヒ伯爵の言葉にカレンが反応する。
 「あの子、いつも脱走してるんですか?」

 「いつも脱走するというわけじゃないけどトラブルルーカーだ」

 「やっぱり、お母さんの処へ行きたかったんですね」

 納得顔でカレンが言うと、フリードリヒの方は、『はて?』と
いう顔になった。

 「お母さんって?……だって、探さなくてもお母さんだったら
すぐそばにいるよ」

 フリードリヒの言葉に、今度はカレンが『はて?』という顔に
なる。

 「どうしてですか?カルロスは教会の子供たちなんでしょう。
だったら、お父さんお母さんとは別れて暮らしているんですよね。
………あっ、そうか、お母さんじゃなくて、お父さんの処へ……」

 「いやいや、彼も近くにいる。毎週必ず会ってるもの」

 伯爵の次から次へと繰り出すとぼけた答えに、今度は伯爵夫人
の顔の顔が曇る。

 「どういうことですか?」

 カレンはフリードリヒの茶目っ気のある言葉を自分なりに推理
してみる。
 そして、一つの少女らしい結論を導いた。

 「ひっとして……その……お二人はすでにお亡くなりになって
いるとか?」
 申し訳なさそうにつぶやいたのだが……

 「いいえ、お二人とも健在ですよ。もちろん、過去にお二人は
罪を犯しましたけどね……」

 「フリードリヒ、いい加減似なさい!」
 伯爵夫人がとうとう声を荒げた。

 そして、自ら静かな調子でカレンへ話しかけたのである。
 「この事は外に漏らしては困るの。あなたにはそうした分別が
あると思うから話しますけど……大丈夫かしら?」

 「大丈夫です」
 カレンは自分の分別に自信があったから即答した。

 「そう、この先もずっと秘密を守れるのね。………もちろん、
ブラウン先生にもよ?」

 「はい」

 カレンがはっきりと宣言するので、伯爵夫人は、関係者以外は
知りえない話をカレンに聞かせることにしたのである。

 「あの子の両親は共にこの修道院にいます。でも、それは普通
ならありえないことなんです。なぜなら、こうした子供たちが、
実の両親と顔を合せることできるのは、18歳からと決められて
いるからで、カルロスの場合も、その規則は守られていますから
正式に親子の名乗りはしていません。……ただ、周りの空気から
誰が自分の親かは、感じているようです」

 「じゃあ、カルロスは、自分の親が誰なのかをうすうす知って
いるってことですか?……でも、それならなぜ修道院を抜け出す
んですか?」

 「そこが、微妙な問題なの。だって、そうでしょう。他の子は
みんな自分の親が誰なのか知らないのに、立場が同じはずの自分
だけは親と一緒に暮らしている。これって他の子のからしたら、
ねたみの原因よね」
 クララ先生が話しに加わる。

 「それで、お友だちに虐められて……家出?」

 しかし、カレンの言葉には……
 「それはないわ。露骨ないじめなんてあそこじゃできないもの。
あそこの一番のタブーは友だちと仲良くしないことなの。他にも
色々と規則はあるけど、とにかくモラルに対してが特に厳しいの。
だから表向きは知らんぷりするだけだけど、それでもカルロスに
とっては、居ずらい事が多いはずよ」

 クララ先生に続いてルドルフも……
 「おまけに、親の方も自分の子にだけ甘い顔をしていたら他の
子に示しがつかないし、自分が何言われるかわからないだろう。
どうしても実の子にはむしろ厳しく接っしてしまうんだ。それも、
彼からしたら面白くないことなのさ」

 「だから家出……」

 「言葉としては脱走なんだろうけど……彼の場合は母を訪ねて
三千里ってわけじゃないから、家出と言った方が正しいだろうね」
 と、伯爵。

 「といって、今さら居場所を移すのも不憫ですからね。当面は
そのままにしてあるの」
 と、クララ先生。

 「ああしたところは、どこも規則規則で子供を縛ってますから、
そうしたことに慣れるまでが大変なの。やはり、赤ん坊の時から
いる処が一番住みやすいみたいよ。……さあさあ、おしゃべりは
これまで……カレン、いつものように明るいピアノをお願いする
わね」
 最後は伯爵夫人が話を閉じた。

*************************

 そうやって、しばし、明るいカレンのピアノが伯爵家の居間に
流れる。

 「♪♫♭♯♪♫♭♯♪♫♭♯♪♫♭♯♪♫♭♯♪♫♭♯」

 それは、心の安定を取り戻したカレンの実力を聞いてる人たち
の脳裏に植えた。

 「あなた、短い間にまた腕をあげたわね。またよくなったわよ」

 伯爵夫人からお褒めの言葉をいただいたが、カレンは自分の腕
があがったかどうかはわからなかった。

 ただ、こうして、日当たりの良い穏やかな場所で、自分からは
少しだけ遠い人たちが見つめるなかで、ちょっぴり緊張して弾い
ていると、自宅で叩いている時はより気分がほんの少しハイで、
頭の中では本当の貴族の娘になったような幸せな気分だったので
ある。


 「どうかしら、あの子、あなたのお嫁さんに?」

 伯爵夫人が囁くと、フリードリヒは少しだけ間を置いて静かに
微笑む。

 「お母様がお望みなら、考えてはみますよ」

 彼はそう言って応じたが、そこに本心などなかった。
 『母の戯言』彼はそう思ったのである。
 フリードリヒはカレンが嫌いではなかったが、名門貴族の直系
である自分に、氏素性のはっきりしない娘との結婚話などありえ
るはずがないからだ。

 もちろん、そんな外野のやりとりなど、カレンの耳には入って
こない。
 今日の彼女はピアノに集中していた。
 こんなにスムーズに自分の意図したとおりに指が動くことなど
若い彼女でもめったにない。だからカレンにとってもその時間は
貴重だったのである。


 そんなカレンにも少しだけ疲れが見えてきた頃……

 「さあ、お茶にしましょう」

 伯爵夫人はそう言ってカレンのピアノを止めてしまう。
 しかし、そう言いつつも、カレンがすぐにそのお茶を飲むこと
はなかった。

 「カレン、仕立て屋が仮縫いの服を持ってきているの。合せて
あげてね」

 伯爵夫人にこう言われ、カレンは仕立て屋が持ってきた4着の
服を次から次に着替えさせられる。

 伯爵夫人は目が見えないのだから、こんな服をこしらえても、
カレンのその姿を見る事ができないはずだが、なぜかとても満足
そうにしていた。

 「あなたが着ていた白いドレスもとても清楚でよかったけど、
ちょっと、普段着には少しおすまし過ぎる気がしたの。今の服は
モニカが選んだからとても活動的なはずよ」

 伯爵夫人がこんな事を言うので、カレンが……
 「お目が悪いと聞いているんですが、私が見えるんですか?」

 「いいえ、私の目は明かりを感じる程度なの。物の形は分から
ないわ。でも、あなたの声、言葉、立ち居振る舞いだって、音を
聞いていればそれだけで容易に推測できるのよ。私にはあなたが
どんな姿でいるかも見えてるわ」

 「……(そんな馬鹿な)……」
 カレンはそう思うが、こめかみから汗が出た。伯爵夫人がそう
言うと妙に説得力があるのだ。

 「あなたが美人であろうと、なかろうと、私の側にいるあなた
は清楚で気品漂うお嬢さんよ。それははっきり分かるの。そんな
お嬢さんに似合う服をあつらえさせたの。そんな娘が美しくない
わけがないでしょう。……これはおばあちゃんのわがままだけど、
その服が出来上がったら、ここにいる時はその服を着て頂戴」

 「あっ……はい」

 カレンが少し戸惑った返事を返すと、子供たちへのレッスンで
席を外したクララ先生に代わって、いつの間にかモニカが部屋に
いる。

 「堅苦しく考えることはないわ。それはここの制服だと思えば
いいの。学校の制服と同じ。要するに仕事着よ」

 モニカが言えば、フリードリヒも……
 「とかく貴族というのは、自分のもとで働く人達を自分の色に
染めたがるんだ。不満じゃなかったらそれを着てピアノを弾いて
くれないか。僕からもお願いするよ」

 「あっ、……はい、喜んで……」
 カレンはもともと身寄りのない孤児娘である。そんな小娘が、
館の当主にまで頭を下げられては断れるはずがなかった。

 「やはり、あなたにはこういう服がお似合いよ」
 モニカが言えば、伯爵も……
 「ん~~これは美しい。白いドレスもいいけど、こうして見る
と、けっこう大人なんだなあって感じるよ。やはり女の子は着る
服によってイメージが変わるね」

 そこへレッスン場からさっさと戻ってきたクララ先生までもが
……
 「あらあら、ファッションショーだったの。…………へえ~~
身体は大人に近づいてるけど、心はまだ子供って感じね。でも、
その初々しさが、殿方にはたまらないんでしょうね」

 彼女はカレンがここへ来てからというもの。彼女のことが気に
なるのか、子供たちのレッスンをお弟子さんに任せ、この居間に
いる時間の方が長かった。

 やがて、ドリスがクララ先生を迎えに来る。
 「何やってるの?ファションショー?」

 そして、シルビアも……
 「大叔母様、ごきげんよう」

 彼女もまた、この部屋へと入ってくると、まずは伯爵夫人にご
挨拶したが、その後は繰り広げられるカレンの着せ替え人形ぶり
を堪能したのだった。

*****************(3)******

第12章 教会の子供たち(2)

          第12章 教会の子供たち

§2 移動遊園地
 
 神父様の家から戻ったカレンは居間のピアノに向っていた。
 神父様の言葉で自信を得た彼女は、昨日、伯爵家で弾いたあの
いわくつきの曲に再チャレンジしていたのである。

 彼女としては人生初めてとなる本格的な短調の曲。
 でも、それは伯爵家で弾いていた時とは、だいぶ様子が違って
いた。

 彼女らしい穏やかな曲調。しなやかや指さばき。もちろん和音
を外すようなことはなかった。

 甘く切ないメロディーが部屋の外まで流れ出ているが、それを
聞いていたアンが『いったい誰が弾いているのだろう?』と悩む
ことはなかったのである。

 「ねえ、カレン。せっかくの日曜日だしさあ、遊園地行かない?
今、移動遊園地が来てるのよ」

 アンは部屋に入るなりカレンに声をかける。
 そして、ピアノのそばまで寄ってくると、両手でカレンの両肩
揉みながら……
 「せっかくだもん、行こうよ。すでにお父様の承諾はとったの。
ね、一緒に行こう」

 猫なで声のアンの誘いにも、しかし、カレンの関心はいま一つだ。

 「そうねえ……」

 たしかに、カレンにしても移動遊園地は魅力的だった。こんな
田舎町では大型のレジャー施設などないから年に数回やってくる
移動遊園地は子供たちにとっても若い娘たちにとってもお祭りと
同じくらい貴重な娯楽だったからだ。
 しかし、今の彼女には、それと同じくらいの関心事があった。

 「ねえ、私の弾いてる今の曲、どう思う?」

 カレンにいきなり尋ねられて、アンは戸惑った。彼女にしたら、
今は遊園地のことしか頭になくて、カレンのピアノをあまり気に
とめていなかったのである。

 「どうって…………いつものあなたのピアノじゃない。短調の
曲というのが珍しいと言えば、言えるけど……何も変わらないわ。
代わり映えしないわね。………う~~ん、ごめんね、何か新しい
チャレンジしてるの?」

 カレンはアンに『代わり映えしない』といわれた事が、むしろ
嬉しかった。

 だから、椅子から立って……
 「遊園地、行こうか。お父様はどこ?断らなきゃ……」
 と、言ったのである。

 ところが……
 「今、食堂にいらっしゃるわ」
 というので二人して食堂へ行ってみると……

 「何よ、これ、こいつらと一緒なの?」

 そこではアンナが、マリアやパティーといったチビたちやまだ
赤ん坊に近い。サリーやリサにまでおめかしさせていたのである。

 「アン、あんた、私をはめたね。これって、子守しろと言って
るのと同じじゃないのさあ」

 珍しくカレンが息巻くと、ブラウン先生がそれを聞きつけて…

 「カレン、大人げない事を言うもんじゃありませんよ。あなた
だってもう大きいんだし、妹たちの面倒をみるのは当たり前じゃ
ないですか」

 「…………」
 カレンは、思わず聞こえてしまったことを恥じたが、すべては
後の祭りだったのである。

 「ここは伯爵家とは違うんですよ。沢山の召使はおりません。
みんなで助けあわなければやっていけないんです」
 お父様の雷にカレンは肩をすぼめるしかなかった。

 というわけで、ブラウン家の人たちは、一族あげて遊園地へと
繰り出したのだ。

***************

 移動遊園地というのは、サーカスなどと同じように町はずれの
空き地を一定期間借りて営業する臨時の遊園地のことで、この町
には年二回、春休みの休暇中と秋のお祭りに合せてやって来ては
二週間ほど営業して、次の興行場所へと去っていく。

 その僅かな期間、普段は空き地のこの場所には平日でも多くの
子供たちが押しかけていた。

 今のように娯楽にこと欠かない時代とは異なり、秋のお祭りは
貴重なレクリエーション。サーカスや遊園地などがやってくると、
子供たちはさっさと学校を休んでしまう。
 しかも、『社会見学』と称して作文や絵を先生に提出すれば、
それは自由研究として勉強したことにしてくれたのである。
 古き良き時代だった。

 遊園地の乗り物は、すぐに取り外せる仮設の物ばかりだから、
本物に比べてどれもミニサイズ。観覧車の高さは普通の遊園地の
半分くらいしかないし、メリーゴーランドのお馬さんだって8頭
しか回っていない。コーヒーカップもターンテーブルの上を滑る
のは4客だけだった。

 そんなささやかな楽しみだが、この地方に住む子供たちは毎年
この遊園地がやって来るのを楽しみにしていたのである。

 遊園地に着くと、男の子たちは野に放たれた野獣のように施設
の乗り物めがけて走り去る。
 ブラウン先生からはすでにお小遣いは貰っているし何の問題も
なかった。

 それに比べると女の子たちは大人しかった。
 花壇の花を愛で、風船を買い、アイスクリームをみんなで食べ
てから、ポニーの順番に並んで、動物たちと記念写真を撮って、
それから、やおら乗り物の場所へと移動するという順番だった。

 もうその頃には、男の子たちは乗り物の三順目に入っていた。
 彼らには、花壇の花も風船もポニーもあまり興味がなかった。
 彼らを虜にしているのは、常に無機質な鉄の塊ばかりだったの
である。

 カレンはパティーを連れて観覧車に乗った。
 観覧車といっても都会の遊園地にあるような大きな物ではなく、
全てがコンパクト。ゴンドラも可愛くて、四人なんて乗れない。
たくましい紳士が乗れば一人用。女性が小さな子供を連れて二人
で乗ることもできたが、そうやって乗ると身体の向きを変える事
さえままならないほど窮屈な思いをしなければならなかった。
 だから……

 「一人で乗れないなら、諦めたら……」
 カレンにこう言われたパティーだが、そう言われると、彼女は
首を横に振る。

 パティーは観覧車に乗りたがったが、本来、臆病な性格だから、
一人でゴンドラに乗るのは怖い。そこで、カレンに一緒に乗って
欲しかったのである。

 「しかたないわね」
 カレンがパティーをだっこして、一緒に乗る。

「さあ、上がっていくわよ」
 ゴンドラは大きく揺れながらパティーとカレンをゆっくり持ち
上げてゆく。

 「わたし、こわい」
 パティーは目一杯の力でカレンのお腹に抱きついた。

 「怖かったら、目をつぶってればいいじゃない。………でも、
それじゃあ、お外の様子が見えないわよ」

 パティーは薄目を開け、恐々、高い処からの景色を見ている。
 本当はこの光景が気に入っているのだ。

 カレンは、パティーが落ち着いたのを感じて、ショパンを弾き
出した。
 「♩♪♫♭♯♩♪♫♭♯♩♪♫♭♯♩♪♫♭♯♩♪♫♭♯♪♫」

 膝に乗せたパティーの背中でカレンの両手がクロスし、少女の
右わき腹に右手が、左わき腹に左手がやってくる。小さなあばら
骨を鍵盤にして演奏会は始まったのだった。
 「♩♪♫♭♯♩♪♫♭♯♩♪♫♭♯♩♪♫♭♯♩♪♫♭♯♪♫」

 カレンの右手と左手がそれぞれパティーの右わき腹と左わき腹
を上下に叩いていく。
 「♩♪♫♭♯♩♪♫♭♯♩♪♫♭♯♩♪♫♭♯♩♪♫♭♯♪♫」

 すると、パティーが……
 「ショパンよね。『華麗なる大円舞曲』でしょう」

 「!」
 カレンは驚いた。
 リズムはある程度分かっても、この子が、そこまで完璧に言い
当てるとは思っていなかったのである。

 「ショパンは好き?」
 「好きよ。でも、わたし、仔犬のワルツがいい」
 「そう、じゃあ次は仔犬のワルツね」

 小さな観覧車はすでにゆっくり下り始めている。
 そのゴンドラの中で、カレンはパティーのリクエストに応えて
子犬のワルツを弾き、ゴンドラが地上に到着する頃には、彼女は
すっかりいい気持になって、寝込んでしまっていた。


 カレンは起こすべきか迷ったが、大人たちが休憩所にいるのが
分かっていたので、『仕方がない』と思ってゴンドラから抱っこ
のまま休憩所へ運びいれたのである。

 すると、そこにいたベスが……
 「まあ、幸せそうなおねむだねえ。カレン、あんた何やっても
天才だね。なかなか、こんな健やかで幸せそうな顔で寝かしつけ
られるもんじゃないよ……あんた、どうやったんだい?」

 「どう……って……ピアノを弾いただけですよ」

 「ピアノって、どこの?」

 「ですから……ゴンドラの中で二人して抱き合ってるうちに、
手持ち無沙汰だったから、パティーのわき腹を軽く叩いてピアノ
を弾くまねをしたら、どういうわけか寝ちゃったんです」

 「そうかい、そりゃあ、心地よかっただろうさ。ピアノを叩い
たって、あんたはあんなにみんなを酔わせることができるんだ。
それを、今日は生で叩いてもらったら……そりゃあ、気持良いに
決まってるよ」

 「生で叩くって……そんなこと……」
 カレンが苦笑すると……

 「あんたは親になったことがないから分からないだろうけど、
赤ん坊ってのは、どんな高尚な音楽よりお母さんが背中やお尻を
叩いて奏でる音楽の方が心地いいんだ。……それに、同じように
あやしているように見えてもね、赤ん坊っていうのは、その人が
自分を愛しているかどうかを敏感に感じ取るもんなんだ」

 「本当ですか?」

 カレンの気のない返事に、ベスは自説を展開する。

 「そんなもんだよ。子守のプロが言うんだから間違いないよ。
その能力たるや大人の比じゃないね。彼らは言葉でコンタクトが
取れない分、皮膚感覚を研ぎ澄ましてコミュニケーションを取ろ
うとするんだ」

 「スキンシップ?」

 「そうそう、それそれ。だからさ、他でちょっとだけ嫌な事が
あっただけでも、赤ん坊って泣きやまないんだ。こっちがそれを
引きずってるのが分かるんだろうね。そういうのを敏感に感じ取
るんだ」
 ベスはパティーの頭を優しくなでる。

 「この子は、もう赤ちゃんじゃないかもしれないけど、その尾
っぽはまだ持ってるよ。その子が、こんなに幸せそうに寝られる
んだから、それは、寝かしつけたあんたの心根が清いからなのさ」

 カレンにベスの言葉の意味はわからない。でも、褒められてる
ってことだけはわかったから、自然とその顔はにこやかになる。
 カレンが照れると……

 「あんたは、立派な子守になれるよ」
 ベスもそれを見て笑うののだった。


 そんな子守二人のもとへ、カレンがここへ来た時は姿の見えな
かったブラウン先生が声をかける。

 「カレン、やはり、あなたにはその顔が似合いますね。その顔
は万人を幸せにする顔です」
 と、先生までもがカレンを持ち上げるのだった。

 「お父様、いらっしゃったんですか!」

 カレンは驚いたが、その後ろから現れた女性を見てさらに驚く。

 「クララ先生!」

 「ごきげんよう、カレン。体調は元に戻ったかしら?」

 「ええ、おかげさまで……」

 「それはよかったわ。私、今日は、教会の子供たちを引率して
るんだけど、偶然ブラウン先生にお会いして、観覧車が空くまで
この場所をお借りしたの?大丈夫?」

 「あのう、教会の子供たちって、聖歌隊の人たちのことですか」

 カレンが真顔で尋ねるから……
 「えっ……」
 カレンの質問にクララ先生は、思わず絶句という顔になった。
そして……
 「あなたのそういうところが好きよ」
 と、微笑むのだった。

 『教会の子供たち』というのは信者たちの隠語で、教団の幹部
が不義や不倫でもうけた子供たちのこと。教義で中絶できないと
定められているため、産むには産んだものの、公にして自分では
育てられない。そこで、こうした子供たちは、伯爵家の修道院の
ように外からは隔離された場所で秘密裏に育てられるのである。

 隠語とはいえ、信者の間では比較的ポピュラーな言葉だから、
あらためて尋ねられると、クララ先生も赤面してしまうのだった。

 「さあ、入ってらっしゃい」

 先生に呼ばれて入ってきたのは、7歳から12歳くらいまでの
六人の子供たち。中には……
 『……あっ、シンディ……カルロスも……』
 カレンは心の中で叫んだ。
 そう、彼らは世間から『教会の子供たち』と呼ばれる子供たち
だったのである。

 「ねえ、ベス。観覧車に乗るのにわざわざこんな処で待機して
るなんて、さすがに貴族のお子様は違うわね。私達なんかみんな
列に並んだのよ」
 カレンが小声で言うから、ベスもきょとんとした顔になる。

 彼女はいったんカレンの顔を穴のあくほど眺めてから……
 「あなたは何も分かってないわね。観覧車の列に並ぶ子供の方
がはるかに幸せよ」
 と言うのだった。

 そこへ、アンが四歳のサリーをおんぶして戻ってきた。
 「まったく、すぐに甘えるんだから……この子」
 そう言って、テント張りの休憩室の椅子にサリーを下ろすと、
見慣れないお客さんに気づく。

 そこで、カレンに尋ねたのだ……
 「ねえ、この子たちは?」

 カレンの答えは明快だった。その中に顔見知りがいたせいでも
あるのだろうか、大きな声で……
 「教会の子供たちよ」

 すると、アンは……
 最初きょとんとした顔になったが、やがて見知らぬ子供たちを
一瞥、カレンの手を引っ張って彼女を少し離れた場所へと連れて
行く。

 「そんな事をはっきり言うもんじゃないわ。……あなたらしく
ないわ。あの子たちに何か恨みでもあるの?」

 「恨みって……別にそんなものないわよ」

 カレンのぼんやりした顔を見て、アンもどうやら重大な事実に
気づいたようだった。
 「あなた、ひょっとして『教会の子供たち』って言葉知らない
の?」

 「だから、聖歌隊かなんかでしょう」
 カレンの言葉はアンをがっかりさせるに十分だったのである。

 アンは、『教会の子供たち』の意味をカレンに説明してやる。
そして……
 「……わかった?この子たちは日陰の身なの。だから、ほかの
子供たちと一緒に列に並びたくないの。というか、先生の方が、
並ばせたくないのよ。人目に付くから……だから、お父様に頼ん
でここを借りたんだと思うわ」

 「そうか、それでさっきベスが、列に並ぶ子の方が幸せだって
言ったのね」

 カレンがそう言うと、アンとは違う声が聞こえた。
 「そうよ、この子たちは、本来修道院を一歩も出ちゃいけない
の。本当はこの世に存在してはいけない子供たちだから……でも、
それって可哀想でしょう。この子たちには罪はないんですもの」
 クララ先生がテントから顔を出す。

 「あっ、先生。先ほどは失礼しました」
 カレンが驚くと、クララ先生はまずアンに向って話しかけた。

 「あなたが天才ピアニストのアンさんね。私は伯爵家でピアノ
教師をしているクララ=クラウゼンといいます。あなたのお噂は
かねがねお聞きしてるわよ」

 こう言われて、アンが照れると……
 「大丈夫、気にしないで……登場したての頃はたいていみんな
天才って冠が付いてるものよ。私だってそうだったもの。問題は
それがとれてからが勝負なの。頑張りなさいね」

 「はい、ありがとうございます」

 カレンはアンの態度からこのクララ先生が名のあるピアニスト
だと知ることが出来たが、どの程度有名なのかはわからなかった。

 「ところで、どうかしら?うぶな生徒さんへのレクチャーは、
終わった?」

 「は、はい」

 「だいたい、外の世界をまったく知らないで大人になるなんて、
ありえないわ。今は、中世の時代じゃないんだから……でもね、
この子たちが世間の目を気にして生きていかなければならないの
も事実なの。そこはわかってあげてね」

 そうこうしているうちに、遊園地の係りの人から連絡が来る。
 「観覧車に今はもう誰も乗っていませんから……」
 というものだった。

 一旦お客さんの利用を制限し、全てのゴンドラを空にしてから、
教会の子供たちは観覧車に乗り込んでいったのである。
 これは、メリーゴーランドでもコーヒーカップでも同じだった。

 子供たちには伯爵や修道院の後ろ盾があるから遊園地の乗り物
に独占して乗れるのは事実だ。しかし、その周りに他の子供たち
がいなかったのも事実。
 しかも、アンから、彼らのほとんどが、その後本人の意思とは
関係なく聖職者の道に進まなければならなければならないと聞か
されると、カレンは、やっとこの子供たちの悲しみが理解できた
ような気がしたのである。

***************(2)*****

第12章 教会の子供たち(1)

          << カレンのミサ曲 >>

          第12章 教会の子供たち

**********<登場人物>**********

<お話の主人公>
トーマス・ブラウン<Thomas Braun>
……音楽評論家。多くの演奏会を成功させる名プロデューサー。
カレン・アンダーソン<Karen Anderson>
……内戦に巻き込まれて父と離ればなれになった少女。
ニーナ・スミス< Nina=Smith >
……先生の家の庭師。初老の婦人。とても上品。でも本当は校長
先生で、子供たちにはちょっと怖い存在でもある。

(先生の<ブラウン>家の人たち)ウォーヴィランという山の中
の田舎町。カレニア山荘

<幻のピアニスト>
セルゲイ=リヒテル(ルドルフ・フォン=ベール)
……アフリカ時代の知人。カレンにとっては絵の先生だが、実は
ピアノも習っていた。

<アンハルト伯爵家の人々>
アンハルト伯爵夫人<Gräfin Anhalt >/(名前)エレーナ<Elena>
……先々代伯爵の未亡人。現在は盲目。二人の男の子をもうけた
が兄ルドルフは戦争後行方不明。弟フリードリヒが現当主。
ルドルフ戦争で息子を亡くした盲目の伯爵婦人
フリードリヒ・フォン=ベール< Friderich von Bär >
……ルドルフの弟。母おもいの穏やかな性格。現当主。
ルドルフ・フォン=ベール
……伯爵家の長男。今のナチスドイツに抵抗するのは得策でない
と協力的だったため戦犯に。戦後は追われる身となり現在は行方
不明。
ラックスマン教授<Professor Laxman>
……白髪の紳士。ロシア系。アンハルト家に身を寄せている。
モニカ=シーリング<Monica=Ceiling >
……伯爵家の秘書兼運転手。家の裏の仕事にも手を染めている。
シルビア=エルンスト< Sylvia= Ernst >
……伯爵夫人の姪。15歳。お嬢様然としている。
ドリス ビューロー< Doris=Bülow >
……おちゃめな12歳、フリードリヒ(現当主)の姪。
クララ=クラウゼン< Clausen=Clara >
……伯爵家のピアノの先生。中年の婦人だが清楚。
シンディ=モナハン< Cindy=Monaghan >
……7歳のピアニスト。
カルロス=マイヤー< Carlos=Mayer >
……10歳のピアニスト。
サラ< Ssrsh >
……控えの間の女中。

*****************************


          第12章 教会の子供たち

§1 ミサでのお仕置き

 土曜日の次は日曜日、当たり前の事だが日曜日の午前中はミサ
に出席しなければならない。
 それはカレンに限らずカレニア山荘の人たち全員の務めだった。

 韻を踏みながら奏でられる荘厳なパイプオルガンの調べの中で
は善良な人はもちろん、どんな罪深い人さえも浄化されるように
思える。

 日本ならこういう場所で神父さんがする事と言えば宗教的な話
と決まっているが、キリスト教が生活の一部に組み込まれている
ヨーロッパの田舎では、宗教的なお説教だけでなく、村の抱える
問題でも話が盛り上がるのがミサだ。
 ミサは単なる宗教儀式だけでなく村の集会も兼ねていた。

 大人たちは、牛の放牧地の割り当てやら嵐で壊れた山道の補修
を何時やるか、近々執り行われる結婚式の準備をどうするかなど
色々な事を神父様を行司役として決めていくのだが……

 そんな大人たちの話題のなかには子供たちの話題だってある。
もちろん、褒められることだってあるが、大半はクレームだ。
 『他人の畑から西瓜を盗んだ』だとか『家の仕事をさぼった』
『家の金を盗んだ』はては『女の子のスカートを捲った』なんて
ことまで色々だ。

 大半は神父様に注意されるだけだが、父親や学校の先生からの
要請があれば、みんなの見ている前でお尻に鞭をもらう事も……
 特にモラルに反することには厳しくて、神父様自身が判断して
鞭打ち刑になることもあった。

 もちろん、鞭そのものは手加減してやるので、父親や教師など
と比べるとぐっと楽だが、何しろ村じゅうの人たちが見守る中で
のお仕置きだから、恥ずかしさは抜群で、女の子の中には食事が
のどを通らなくなったり引きこもりになったりする子もいた。

 この日も11歳の女の子三人が、台所に飾られていたマリア様
の像をショーツの中に入れて、『処女受胎』なんて言って遊んで
いたものだから、今、満座で笑いが起きるなか、お仕置きが決ま
ったところだった。

 「ちょっとした悪戯なのに……」
 カレンが思わずぼそっと独り言を言うと、隣に座ったベスが…

 「何言ってるのさ。このくらいじゃまだ甘いよ。マリア様の像
は張り形じゃないんだよ。そこんとこをよ~く教えてやんなきゃ」

 「えっ!」

 カレンが驚いてベスの顔を見ると、彼女はさも嬉しそうに笑い
返してこう続けるのだ。
 「尻叩きって言ったって説教台の向こう側じゃないか。こちら
にお尻が見えるわけじゃなし、ピーピー騒いだらみっともないよ。
最近の子は親からのお仕置きが足りないせいか、肝っ玉が小さい
んだから。私の子供の頃はね、こんなことしたら、礼拝堂どころ
じゃないよ。村の広場にある晒し台に素っ裸にされて括り付けら
れたもんさ」

 「あれ、広場のオブジェじゃないんてですか!?」

 「あんたが生まれる少し前まで現役だったよ。その頃は女の子
でもお仕置きは素っ裸が当たり前だったんだ」

 「それって、女の子には残酷じゃないんですか?」

 「当時の11は女の子って言ったって、大人達にすれば扱いは
赤ん坊と同じだもん。それに、恥ずかしいと言っても見に来るの
はどうせ村の人たちだもん。大した事じゃないよ」

 『大したことじゃない?』
 カレンにはその言葉が理解できなかった。
 『だって、村じゅうの人から見られるかもしれないのに、それ
がどうして大したことじゃないんだろう?』
 と思うのだ。

 しかし、ベスにしてみると、同じ村に住む人達はみんなが運命
共同体。大きな家族のようなもので、カレンが思うほど他人では
ないのだ。だから、ショックだってそれほどではないはずだ、と
いう理屈になるのだった。
 実際、ベス自身も、幼い頃にはその晒し台に厄介になった一人
だったのである。

 「そんな手ぬるい事してるから、最近の娘はつけあがるんだ」
 ベスの鼻息は荒くなる一方だった。
 カレンにとってそんなベスの姿は、子供のお仕置きを楽しんで
いるようにしか見えないから不快だったのである。

 その時だった、大きな説教壇の裏に最初の女の子が呼ばれる。
 普段は祭壇の脇で清楚な衣装に身を包んで賛美歌を歌っていた
彼女だが、今日は私服姿。聖歌隊の仕事も遠慮させられていた。

 「歯を喰いしばって、ちゃんと耐えるんだ。泣き出しても誰も
助けてはくれないよ」
 とは神父様の言葉。これから何が起こるかはこの会場の誰もが
知っている事だが、それに反対する者は誰もいなかったのである。

 『女の子たちは悪いことをしたから叱られる。神父様は人格者
だから無茶なことはなさらない』
 そんな共通の約束事に基づいて、他人はもとより、その子の親
でさえ、それに異は唱えなかった。

 ところが、そんな約束事の世界の中で、神父の目に一人の少女
の右手が高く差し上げられているのが映るのだ。
 こんな事は異例なことだった。

 「そこの子、何かあるのかね?」

 カレンは神父に呼ばれて、初めて自分が手を上げていることに
気づく。

 『えっ、わたし!?』

 カレンはベスがこのお仕置きをまるでお芝居でも観るかのよう
に楽しみにしているのが悔しくて思わず手を上げてしまったのだ
ろうか、それとも村の同じ聖歌隊の仲間が見守る中でのお仕置き
が、昨日の事を思い起こさせたからだろうか、無意識に手を上げ
た自分に驚く。

 彼女は16歳。立場はすでに大人の領域に足を踏み入れていた
ちしても、心根はつい最近まで籍をおいていた子供の方にぐっと
親近感を抱いていたのである。

 ただ……
 「えっ…………と……」

 その場で立ち上がってはみたものの弾みで手をあげてしまった
カレンは何を言おうか、まだ決めていなかったのだ。

 『困ったなあ、私、何で、手なんかあげちゃったんだろう』

 どぎまぎするカレン。このままでは満座の中で一人晒し者だ。
 そこで、カレンはゆっくり説教壇までを歩きだす。
 こうして時を稼いでおいて何を言おうかあらためて考え直した
のだった。

 「どうしたのかね。カレン」
 神父様はすぐそばまでやってきたカレンに優しく声をかけた。

 「あのう、これは私の考えなんですが、……要するに、この子
たちはママゴト遊びをしていて、それで、赤ちゃんの生まれると
ころを再現しようとしていたんだと思うんです。……もちろん、
赤ちゃんの代わりにマリア様の像を使ったのはよくないことだと
思います。でも、この子たちに変な気持はなかったんじゃないか
って思うんです。ですから……そのう……」

 カレンは神父様に申し訳なさそうに話す。
 すると……
 「君は、この子たちと親しいの?」

 「いえ、特別には……」

 「君は、やさしい子だね。……わかるよ、君の言ってること」
 神父は穏やかな顔でカレンの減刑嘆願を受け取る。
 その少女らしい、正義感が神父には好感が持てたのである。
 ただ、彼はこう言ってカレンに諭すのだった。

 「いいかい、カレン。この子たちは君と比べてもはるかに子供
だ。だから、君の言う通り、いやらしい思いがあってそんなこと
をしたなんて、私はもちろん、ここにいるほとんどの大人たちは
思っていないんだよ」

 「……えっ?」

 「ただね、この場合はその時どんな気持でやっていたかは関係
ないんだ。『この子たちがパンツの中にマリア様の像を入れた事』
それ自体が問題なんだ」

 「ですから、それは私もいけない事だと……でも、」
 せき込むようにカレンは訴えたが、神父はそれを右手を立てて
制した。

 「最後まで聞きなさい。いいですか。この子たちがどんな気持
でそれをやっていようと、パンツの中にマリア様の像を入れたり
したら、『この子たちは変な気持があって、そんな事をしてるん
じゃないだろうか』って他人には疑われてしまうし、偶然にせよ、
そんな遊びをしていれば、へんな気持を引き起こさないとも限ら
ないでしょう。それを恐れるから、強く叱るんですよ」

 「……そうですか。私は何だか大人の人たちが子供のお仕置き
を楽しんでるように見えたから、可哀想になって……」

 「分かりますよ。あなたのやさしい気持ち。でも詳しい理屈を、
こちらも、こんな幼い子に説明したくはありませんからね。今は
まだ、『とにかく、そんな事はしちゃダメなの!』って叱る事に
なるんです」

 「……」

 「あなたのように愛と勇気のある子は大歓迎ですけど、ここは
大人の私達に任せてもらえませんか?……もし怖かったら、この
礼拝堂から出ていてかまいませんよ」

 「はい」
 カレンの声は元気がない。結局は折れるしかなかったからだ。
 ただ……

 「あのう、この事とは別なんですけど、少しだけプライベート
なご相談に乗っていただけないでしょうか?」

 カレンが小声で頼むと……
 「懺悔ですか?」
 神父様も小さい声で応じてくれた。

 「いえ、そうじゃないんですが……いけませんか?」

 「いいですよ。このミサが終わったら司祭館へいらっしゃい。
今日はこの他にも悪戯坊主のお仕置きを4件も頼まれているので、
あまり長い時間はとれませんけど、10分くらいなら大丈夫です
から」

 「はい、お願いします」

 カレンはこの機を利用してちゃっかり神父様との面談の約束を
取り付けると席に戻った。
 まだ、子供の方に近いカレンとしては、子供たちのお仕置きの
様子を見聞きしたくない思いもあったが、ここで自分が逃げたら
その子供たちに申し訳ないような気がして留まったのである。


 この礼拝堂の説教壇は、大人が三人も隠れることができるほど
大きなものだったから、神父様と女の子の二人だけなら信徒たち
はそこで何が行われていても見る事はできない。
 しかし、音だけは別で、本来、そこは神父様がお説教する為の
場所だから音響効果を考えて造ってある。小さな声でも、まるで
マイクを使ったかのように最後列の座席にまでクリアな音が届く
のだ。おかげで、村人たちはその音を頼りにその裏で何が起こっ
ているのかを容易に想像することができたのだった。

 「マリア様の像は神様とあなたを繋ぐものです。あなたが困難
に見舞われた時、それを聞き届けてくださるのはマリア様です。
そのマリア様の像にお願いするのです。そんな大切なマリア様を
パンツの中に入れてはいけません。いいですね」

 「はい」
 女の子の声はかすれて、すでに震えている。
 そんな掠れ声さえ村人ははっきりと聞き取ることができるのだ。

 「今日はこれからそのことがもっとよくわかるようにお仕置き
します。いいですね」

 「は……はい」
 女の子は涙声で答えた。

 「パン」
 「痛い、いや、ごめんなさい」
 最初の一撃が礼拝堂の天井に木霊する。

 すると、ここで聴衆の三分の二ほどが立ち上がり始めた。
 ミサそのものは終わっているからいつ帰ってもかまわないのだ。

 『あの乾いた音はパンツを脱がして生のお尻を叩く時の音』
 『女の子の切羽詰った悲鳴は演技じゃない』
 彼らはそう納得できたら、それで十分だった。あとは神父様の
仕事と割り切って礼拝堂をあとにしたのだった。

 『小娘の悲鳴なぞ聞いてもしょうがない』
 そんな思いもあったのだろう。家路を急ぐ人は女性より男性の
方が多い。
 カレンが気がついてあたりを見回すと椅子に腰掛けているのは
大半が女性たちだったのである。

 平手で剥き出しのお尻を一人一ダース。一発一発に10秒以上
も間をあけて、時に優しく、時に恫喝して恐怖感を煽りながら、
神父様は女の子たちを丹念にお仕置きしていく。

 そして、一人が終わるとその子は説教壇から聴衆の見える場所
へと出されるが、その時ショーツを上げることまでは許されない
から、お仕置きが終わった女の子も無様な姿を聴衆に晒すことに
なる。
 そうやって三人ともが足首に自分のショーツをぶら下げ、辺り
はばからず泣くのを確認してから、神父様は一人一人を呼び寄せ
優しく肩を抱いて、自らショーツを穿かせて……神の名の下に、
子供たちを許すのだった。

 実はこのショーツを穿かせられる事までが子供たちにとっては
お仕置きで、『あなたは今でも大人に手を焼かす赤ちゃんです』
という意味。だからこの作業は大人に任せなければならないのだ。

 『たかがそれだけ』と思うかもしれないが、今度は多くの人達
に見られている。女の子にとっては、これだって十分恥ずかしい
お仕置きだったのである。

**************************

 ミサが終わると、神父さんは礼拝堂にある懺悔聴聞室の裏から
続く通路を通って司祭館と呼ばれる場所とへ返っていく。そこは
神父様のいわば宿泊所で、村の人たちがボランティアで管理して
いた。

 青い芝がきれいに刈り揃えられ、花壇は常に四季の花々で彩ら
れ、六角形の変わった玄関の形やオレンジ色の三角屋根、薄紫色
の外壁には光る砂がまぶしてある。
 その場所はまるでおとぎの国にでも紛れ込んだようだった。

 アリスは、表扉から礼拝堂を出ると、本当は当番になっていた
礼拝堂の庭の掃除を村の人達に免除してもらってから、ぐるりと
小さな丘を回ってここへやってくる。
 もちろん神父様が通る通路を一緒に来ればそれは早いのだが、
それは小娘がしてはいけない事。越権行為な気がして気が引けた
のである。

 「トントントン」

 アリスが玄関のドアを叩くと、いつもの柔和な顔がのぞく。

 「待ってましたよ。お入りなさい」

 そこは、村の中で若い女の子が一人暮らしの男性を訪ねられる
数少ない家の一つだった。

 間取りはいたってシンプル。広めの書斎と寝室とバスルーム。
たった、これだけ。ろくに炊事の設備もないが、食事は村人の家
へ御呼ばれに行くか、おやつなどは差し入れが届くから、これで
問題なかったようだった。

 神父様は急な来客のため電気ポットでお湯を沸かすとココアを
入れてくれた。
 それが書斎のテーブルに乗せられたところで本題に入ったので
ある。

 「私……ピアノを弾いていて、作曲の仕事もほんのちょっぴり
やっているんですが……」

 「知ってるよ。カレン・アンダーソンさんだろう」

 「私のこと、ご存知なんですか?」

 「実はね、名前の方はずいぶん前から知っていたんだが、君が
説教壇に出て来てくれた時、あちこちから『カレン』『カレン』
という声があがってね。それで今日、ようやく名前とお顔が一致
したという訳なんだ」
 神父様は人懐っこい笑顔を見せた。

 「私の曲、聞いたことがありますか?」

 「本人じきじきにはないけど、幼い子がよく弾いているからね、
知ってるよ」

 「それって、どう思われますか」

 「どうって?」

 「どんな印象をもたれますか?」

 「とても、すがすがしい曲だと思うよ。簡単なメロディーなの
に、どこか懐かしくて、つい口ずさみたくなる。過去にたくさん
の作曲家がいただろうに、どうして、こんな美しいメロディーが
今まで埋もれていたんだろうと思ったよ」
 神父様は多くの大人たちと同じ評価をした。

 「でも、私が新しく創った曲を、ある人から『それは官能的だ』
って言われたんです」

 「官能的?ですか」

 「私、嫌なんです。私が創ったものをそんなふうに言われるの」
 カレンは眉間に皺を寄せる。『口惜しい』そんな表情だった。

 「……………………」
 神父様はしばらく考えをめぐらしていたが、そのうちカレンに
こう質問したのである。

 「あなたは、ミサが始まる時に流れるパイプオルガンの音楽を
どう思いますか?」

 「えっ!……どうっていわれても………荘厳で、神々しくて、
神聖な気持にさせてくれる音楽です」

 「本当に?……」

 「はい、幼い時から教会で聞いてましたから……」

 「そう、だからそう思うんでしょうね。あなたも私もキリスト
教徒だから。でも、異教徒があれを聞いたら、どうでしょうか。
不気味な音をたてる地鳴りくらいにしか聞こえないはずですよ。
私達はこの音楽を荘厳な場所でしか聴きません。だから『これは
荘厳な音楽なんだ』と思い込んでるだけなんです。味だってそう
です。私たちにはとても食べられないような物でも、その地域の
人たちにとっては、幼い頃から家族みんなが『美味しい美味しい』
と言って食べていた美味しい食事なんです。あなたの音楽だって
世間とは別の評価をする人がいたとしても不思議はありませんよ」

 神父様の穏やかな眼差しが、陰鬱だったカレンの心に一筋の光
となってを差し込む。
 「!」

 「ひょっとして、あなたがその音楽と出合った時、その場所に
官能的な何かがありませんでしたか?……その音楽を官能的だと
思って聴いた人もその場にいたか、そのことを知っていたんじゃ
ないですか?」

 「!」

 神父様は、その瞬間、カレンの顔が明るくなったのを見逃さな
かった。

 「やはり、そういうことでしたか……………」
 神父様はカレンの顔を見て安堵する。
 しかし、こうも付け加えた。

 「ただ、ね、カレン。私はその曲を聞いていないけれど、その
曲はひょっとして華やかさと陰鬱さが交互に来る曲だったんじゃ
ないですか?」

 「え!!!すご~~い、神父様は音楽をやられてたんですね」
 カレンが目を丸くして驚くと……

 「私は音楽は知りません。楽器も何一つやった事がありません。
ただ、官能的な状態というのは、要するに矛盾する二つの気持が
ぶつかって生まれる事が多いんです。ですから、あなたの音楽を
官能的と評した人も、そんな処からそう言ったんじゃないかと…
少なくとも、あなたの教則本に載っている様な一点の曇りもない
明るい曲なら、たとえどこで聴こうと、官能的という言葉は出て
こないと思いますから」

 「……ありがとうございます。神父様。まさかこんなに完璧な
答えがここに来て出るなんて、思ってもみませんでした。………
いえ、神父様を信頼してなかったわけじゃないんですよ。でも、
やっぱり、神父様って、偉いんですね。……神学校に音楽科って
ありませんか。あったら入りたいなあ」

 カレンはその時珍しくおしゃべりになっていた。それは、ごく
普通のハイティーンの少女の姿だ。
 心の霧が晴れたことで、カレンは神父様に何度も何度もお礼を
言って、司祭館を離れていったのである。

************************

 カレンが帰って行くその姿を窓辺で確認して、神父様は寝室に
声を掛ける。

 「もう、大丈夫ですよ。先生」

 現れたのはブラウン先生だった。

 「いいんですか、こんなこと、私の手柄にして……」

 「かまいません。むしろ、その方がいいのです。こうした事は
父親より第三者の方が説得力がありますから………ま、あの子に
限って、これから先、お仕置きの必要はないと思いますが、もし、
その必要が出てきた時は、今日のお譲ちゃんたちと同じように、
また私に力をお貸しください」

 「はい、承知してます。それが私の仕事の一つですから……」

 二人は笑顔を見せ合い、こうして分かれた。
 ブラウン先生は来た時と同じ道。通路を通って礼拝堂に戻り、
そこから自宅へと戻って行ったのだった。

******************(1)*****

第11章 貴族の館(8)

          第11章 貴族の館

§8 カレンの新曲

 カレンたち一行は学校を離れて、本宅へと戻ってきた。

 「ただいま、お母様。みなさんをご案内してきましたよ」

 息子の声に母親は
 「フリードリヒ、遅かったわね。待ちかねたわ。お茶を二度も
入れなおしたのよ。どこか、お話の弾む楽しい処でもあったのか
しら?」

 「楽しいかどうか……今日はちょうど懲罰の時間でしたから、
地下室を巡ってきたんです」

 「まあ、あんな処を」
 伯爵夫人は顔をしかめる。そして、カレンに向って……
 「ごめんなさいね、カレン。この子、いい子なんだけどデリカ
シーというものがなくて…あっ、そうそう、デリカシーといえば、
この子ったら、今日はあなたを北側の待合室に案内したそうね。
家族同様のあなたをあんな子供たちと一緒の部屋に入れるなんて、
ごめんなさいね。あなた、次にからは東側の玄関から入って来て
頂戴。あそこなら、お客様用の待合室がありますからね」

 せっかくの伯爵夫人の言葉だったが……
 「ありがとうございます。でも、よかったら、私、これからも、
子供たちと一緒にあそこから、お出入りさせてください」

 「どうして?その方がいいの?」

 「子供たちのピアノが楽しいんです」

 「そう、それは別にかまわないけど……もしも子供達に粗相が
あったら言って頂戴ね。対処しますから……あっ、そうだスミス
先生、修道院から苗木が届いてますよ」

 「あっ、これですね」
 ニーナ・スミスは顔をほころばせる。

 「お持ち帰りになって結構よ。私は目が見えないからその色は
わからないけど、シスターのお話ではキレイなオレンジ色の花が
咲いているそうよ」

 伯爵夫人が話題を変えてニーナ・スミスと話し始めるとカレン
は居間の奥に置いてあるピアノの方へと向った。
 そして、地下室のあの地獄絵図の中でひらめいた旋律をピアノ
に乗せてみる。
 それはほんのちょっとした実験のつもりだったのである。

 しかし、それは不思議な気分だった。
 今までの自分の曲と同じように緩やかなメロディー。
 誰もが弾ける簡単な旋律。
 でも、この曲は『トセリのセレナーデ』のように、どこか切ない。

 そして、自ら弾いていくうちに、彼女はなぜか身体の芯が熱く
なっていくのを感じていたのである。
 ピアノを弾いていてこんな事になるなんて、カレンにとって
は初めての経験だった。

 彼女の創る曲はほとんどが長調。その美しいメロディラインで、
これまで聞く者の心を癒し続けていた。
 なのに、この曲はいくつも転調を繰り返していく。正確に弾き
こなすには難しい曲だった。

 カレンの弾くピアノはやがて左手と右手のバランスが悪くなる。
正確に和音を刻めないのだ。これまで正確無比だった彼女の左右
の手が不協和音を奏ではじめたのである。

 当然、その場に居合わせた人たちは、カレンの方を振り向くが、
不思議なことにカレンはピアノをやめようとしなかった。
 むしろ、一心不乱に引き続けているのである。

 聴く者にとってそれは不協和音であっても、カレンにとって、
それは心地よい音楽だった。

 『わあ~どうしたっていうの!この曲どこまでも止まらないわ』
 赤い目をしたカレンは火照った身体を前かがみにして、ピアノ
に挑み続ける。
 外に打ち出る音は不協和音でも、彼女の頭の中には完璧な音が
鳴っていたのである。

 すると、地下室で起こったあの出来事が、今まさに、目の前で
起きているかのように彼女の脳裏を駆け巡りる。
 何かが、『もっと激しく!』『もっと切なく』とせき立てるのだ。

 快楽の音楽は、すでにカレンが叩くピアノから聞こえているの
ではない。カレンの頭の中だけで鳴り響いていたのである。


 「フリードリヒ、あなたが余計な事するから、カレンの足から
赤い靴がぬげなくなってしまったみたいよ」

 「私のせいですか?」

 「カレンにあの曲を弾かせた犯人が他にいますか?それとも、
あなたには、今、弾いてるあの曲と、『六時十四分』が同じ曲に
聞こえるのかしら」

 「…………」

 「あなたにとっては、たわいのない子供のお仕置きでも、育ち
方によってはそれでショックを受ける子もいるの。……これは、
私の贅沢な望みかもしれないけど、カレンにはできるだけ長く、
少女のままでいて欲しいの。あの子に女の臭気はいらないわ」

 伯爵夫人はそこまで言うと、女中に車椅子を押させてカレンの
もとへ動いた。
 そして、カレンと目があった瞬間にこう言ったのである。
 「どうかしら、カレン。今日はもう疲れたんじゃなくて……」

 その言葉でカレンのピアノが止まる。
 赤い靴が脱げた瞬間だった。

 「すみません。私ったら、長いことピアノを独占してしまって」

 「そんなことはどうでもいいの。あなたが弾きたいだけ弾けば
いいのよ。一晩中弾いていてもそれはかまわないけど……ただね、
今日は疲れているみたいだから、一旦、お家へ帰りなさい。……
そこで、ゆっくり休んで、今日のお昼の出来事は忘れてしまいな
さい」

 「えっ?……ええ……は、はい」
 カレンは伯爵夫人に自分の心を見透かされたようで戸惑ったが、
結局は受け入れた。

 もちろん、伯爵夫人はカレンの新曲について論評しなかったし、
カレンもまた、自分の弾いた曲のせいで、早退したなどとは思い
たくなかったのである。

 ただ、クララ先生だけは部屋の隅でカレンの曲を耳にしながら、
彼女の身体の中に眠るまだ開発されていない部分に興味があった
ようだった。

**************************

 帰り道、ニーナ・スミスは伯爵家が差し回したリムジンの中で、
カレンに話しかける。

 「あなたが、あんな官能的なメロディーを弾くとは思わなかっ
たわ」

 「かんのうてき?…………官能的って何ですか?」
 カレンにはその言葉の意味さえわかっていなかったのである。

 「あなた、そんな言葉も知らないのね。いいわ、忘れて頂戴。
ただ、伯爵家で弾いた曲はブラウン先生の前では演奏しない方が
いいわね」

 「どうしてですか?……官能的って、何かいけない事なんです
か?」

 「いけないことではないけど、あなたにはまだ早いってことか
しらね。伯爵夫人も言ってたでしょう。早く帰って、忘れなさい
って…………ホント、忘れた方がいいわ。それがあなたの為よ」

 「えっ!いけないんですか?今日は先生の寝室であれを弾こう
かと思ってたのに……」

 「そうだったの。でも、それはよした方がいいわね。ブラウン
先生が腰を抜かして、眠れなくなるわよ」

 「えっ!?私の作った曲で……あれはそんなに悪い曲なんです
か?」

 「良いとか悪いとかではないの。あなたには似合わないから、
やめた方がいいと言ってるだけ。ブラウン先生にしても伯爵夫人
にしても、あなたは清純な少女として受け入れられてるの。その
看板を自ら下ろすことないでしょう」


 カレンは思った。
 『私はことさら清純な姿を売り物にしようと思ったことなんか
一度もないのに……だいいち、私がどんな曲を弾いたとしても、
それで、私の何がわかるっていうのよ』

 しかし、ニーナ・スミスの言葉に、心の中では憤然としていた
カレンも、いざブラウンの前に立つと、その曲をぶつける勇気が
わかなかった。
 そこで、いつものように、カレンらしいピアノを弾き始めると、
先生が尋ねてくる。

 「伯爵のお屋敷では、どんな曲を弾いたのかね?」

 「どんなって……今日は、修道院の方を見学してから一曲だけ
弾いたんですが、疲れが出てしまって、早めに帰していただいた
んです」

 「体調が悪いのかね?……夕食の時は、アンたちともあんなに
おしゃべりしていたし……別段、変わった様子はなかったように
見えたが……疲れているのなら、今日はもう休んでいいんだよ」

 「大丈夫です。地下室を見学した時、ちょっと疲れただけです
から……」

 「地下室?……ワイン蔵かね」

 「いえ、修道院学校の中にあるトーチカです」

 「修道院学校のトーチカ?……ああ、あれか……あれは要塞の
ように大きかったが、まだあるのかね?」

 「ええ、今はその上に校舎が建っていて、そこはお仕置き部屋
として使われているんです」

 「フリードリヒは、そんな処を君に案内したのかね?」

 「ええ、今日はちょうど生徒への懲戒の日だから、見に行こう
って……」

 「子供のお仕置きを見学したのかね?」

 「はい」

 「まったく、あいつは何を考えているんだ。こんなうぶな娘に
そんなもの見せよってからに……他にいくらでも自慢できる物が
あるだろうに……陶磁器、武具甲冑、絵画、古文書、貴族の館に
ふさわしいものが何でもあるだろうに……よりによって子供の尻
とは……」
 ブラウン先生は独り言のようにつぶやくと、カレンに向って、
微笑んで……
 「驚いただろう。でも、あれが貴族なんだよ」

 「でも、楽しかったですよ。普段は絶対に見られない光景です
もの。貴族の子供たちへのお仕置きがあんなに厳しいだなんて、
私、初めて知りましたから」

 「そりゃそうだ。私だって国は違っても、一応、貴族の家の出
だからね、そこはわかるよ。貴族には、表と裏の顔があってね。
裏の顔は絶対に庶民には見せないものなんだ。それを君に見せた
ということは『君を迎え入れたい』という意思表示なんだろうが
……私は、それは認めないよ。わかってるね?」

 「はい、お義父様」

 「今日は、慣れない処へ行ってもう疲れてるだろうから、もう、
寝なさい」

 ブラウン先生はそう言って寝床へ行くことを勧めたのだが……
少し考えて、カレンの方から昼間の話を蒸し返してしまう。

 「官能的ってどういう意味ですか?」

 そう尋ねると、ブラウン先生もまた他の大人達同様困った顔に
なった。
 そして、少し間があって……
 その顔がにこやかな笑顔に戻ってから……

 「君がまだ知らなくてもいい言葉だ。……どこで、覚えたんだね、
そんな言葉?」

 「伯爵夫人が私の即興曲を聞いて、そうおっしゃったものです
から……」

 「官能的だって?」

 「ええ」

 「まさか、それは何かの聞き間違いだよ。君の弾く曲が官能的
なはずがないじゃないか」

 「弾いてみますか?」

 「そうだな、少しだけ聞いてみようか」

 ブラウン先生の求めに応じて、カレンはその曲を弾き始めた。

 「♪♯♫♩♩♫♭♪♫♩♩♫♭♪♯♫♩♩♫♭♪♫♩♩♫♭」

 ブラウン先生はいつものガウン姿でベッド脇の一人用ソファに
腰を下ろす。
 サイドテーブルに置かれたシェリー酒の小さなグラスを一気に
飲み干すと、静かに目を閉じて聴いている。
 演奏中は咳払い一つしないし、顔色も変えない。
 すべてはいつもの夜と何ら変わらなかった。

 ただ、演奏が終わったあと、彼は一言……
 「じゃあ、お休み」
 と言っただけだったのである。

 これがカレンにはひっかかった。
 いつものブラウン先生なら、たとえどんなに短いコメントでも、
「よかったよ」と言ってくれるのに、それがなかったのである。

 カレンが一抹の不安を抱えたまま、食堂の脇を通ると、アンや
ロベルト、それにベスやアンナ、それにニーナ・スミスまでもが
加わっておしゃべりをしていた。

 「カレン、今日はもう寝るの?ちょっと寄っていきなさいよ」

 アンに誘われて夜の集会に顔をだすと、話題はやっぱり伯爵家
のことだった。
 すでに、夕食の時を含め、もう結構長い時間その事は語りつく
してきた。しかし情報の少ない当時、女の子たちは面白い話なら
何度でもそれを聞きたがるのだ。

 「へえ、修道院学校まで見学してきたんだ。きっと、可愛い子
ばっかりだったんだろうね」
 アンナが言うと……

 「そりゃあ、こことは違いますよ。ここはご飯を食べさせたら
それっきりだから、摘み食いする鼠たちは太りたいだけ太ってる
けど、ああいうところは、スタイルも大事だからね。太りすぎた
子にはお浣腸して、余分なものは身体から流しちゃうみたいです
よ」
 ベスが続ける。

 「わあ~~残酷。きっと、恥ずかしいでしょうね。それって、
お母様と一緒にやるの?」

 アンの言葉にベスは大きな身体を揺らして笑う。
 「まさか、あんな家ではそんなのは女中の仕事ですよ。だから、
そんな情報はよくこっちの耳にも入ってきて、お浣腸を嫌がった
その子がその後家庭教師からしこたまお尻をぶたれたなんて話は
日常茶飯事ですよ」

 「へえ~、あんな高貴なお家に生まれたらお仕置きなんてない
のかって思ってた」

 アンの言葉に今度はニーナ・スミスが答えた。
 「逆ですよ。表立ってはやらないだけ。感情的になぐったりは
庶民かもしれないけど、規則で子供たちを縛って、ルールとして
お仕置きするのは、ああいうやんごとなき姫君の方が、はるかに
厳しいんだから。……あなたたちはその点では恵まれてるわよ」

 「そうですか?私はちっとも、そんなふうには思わないけど」

 「隣りの芝生は誰にも青く見えるものよ。でも、幼い時から、
そこで長く暮らしていれば、やはりそこが一番快適なの。たとえ、
どんなにお仕置きが多くても慣れてしまえば問題ないわ」

 「じゃあ、あの噂は本当だったんですね」
 ロベルトが口を挟んだ。

 「どんな?」

 「修道院学校では女の子にも官能的なお仕置きをするって……」

 『官能的』
 お付き合い程度にみんなと一緒に腰を下ろしていたカレンの耳
に、今、最もホットなキーワードが飛び込んでくる。

 「さあ、どうかしら。私は知らないけど、そうかもしれないわ
ね」

 ニーナ・スミスは今日見てきた事をここで語ろうとはしない。
そして、それはカレンに対しても、一つの警告だったのである。

 カレンはそんなニーナ・スミスの忠告を理解できていたのだが、
これだけはどうしても知りたかったので、口を開いたのである。
 「ねえ、ロベルト。官能的ってどういうこと?」

 カレンの質問にロベルトは笑って答える。
 「何だ、そんなことも知らないんだ。Hなことさ。あくまで、
噂だけどね。修道院学校って、女の子にももの凄くHなお仕置き
をするって言われてるんだ。でも、外部の人には絶対その様子は
見せないんだって……当たり前だけどね」

 「そう……」
 カレンは気のない返事を返したが心の中は相当ショックだった。
 『Hなお仕置き』
 『Hな曲』
 その瞬間、頭の中で二つの大きな割れ鐘が鳴り響いたのである。

******************(8)*****

第11章 貴族の館(7)

            第11章 貴族の館

§7 修道院学校のお仕置き(5)
   地下室見学ツアー<4>

 クライン先生はアリーナの前にしゃがみ込むと、幼いの両手を
とって諭す。
 「仕方がないわね。私、これでも慣れないあなたの為を思って、
随分加減して鞭を当ててたのよ。でも、動いた以上、新たな罰を
与えなければならないわ」

 「ごめんなさい」
 アリーナの口からも子供らしい言葉が漏れた。

 「先生、それはもうよろしいじゃありませんか。今日は私達が
お邪魔したので余計なプレッシャーを与えてしまったみたいです
し……」
 ニーナ・スミスがとりなしたが……

 「お気持は嬉しいんですけど、スミスさん、これはこの学校の
決まりなんです。生徒とは約束があって、『ちゃんと予定通りの
お仕置きを我慢したら、お友だちには自分の恥ずかしい姿を見せ
なくていい』という事になっているんです」

 「そうなんですか」

 「それを多少の有利不利で見逃すと、他の子達も些細な理由を
つけて罰を逃れようとします。それでは示しがつきませんから…」

 「わかります。私も子供達を預かっていますから……アリーナ
ごめんなさいね」
 ニーナ・スミスはアリーナの為に力になってやれない代わりに
その子り頭を優しく撫でた。


 大人達はさっそく準備に取り掛かる。
 クライン先生はさっそく舞台を見上げて担当のシスターに合図
を送り、その舞台の下では角材を口の字状に組んだ大道具が運ば
れてきた。

 そんな自分をお仕置きするためだけに働いている大人達の姿を
アリーナはどんな気持で眺めていたのだろうか。

 アリーナは普段あまり人から頭を撫でられる事を好まなかった。
だが、この時ばかりはニーナの大きな手が自分の頭頂部をさすっ
ていてもそれを払い除けようとはしない。

 「…………」
 今はどんな人肌さえも恋しかったのである。


 一方、舞台の上では……
 これまで大きな背もたれが目隠しになり、お友だちのお仕置き
を見学できないでいた子供たちが、今それを目の当たりにしよう
としていたのである。

 シスターが、座板の上で組んでいた両手を組み解く許可を出す
前にこんな注意をする。

 「今日は、一人、ちゃんとお仕置きを受けることができない子
が出てしまいました。あなたたちは、これからその子が受けるお
仕置きを心の中に焼き付けて、粗相のないようにお仕置きを受け
てください。わかりましたね」

 「はい、シスター」
 ほとんどの子が返事をしたが、シスターは声の聞こえなかった
子を見逃さない。

 「ベッティ。ご返事がありませんよ。聞こえましたか?」

 「はい、シスター」
 ベッティは渋々答える。

 もしも異性なら、いくらかでも興味がわくのかもしれないが、
同性のそれも年下の子の悲惨なんて見たくもなかったのである。
とはいえ、ベッティだって返事をしないわけにはいかなかった。

 「それから、これは大事な事ですから、ようく聞いてください。
これから見学するお友達のお仕置きを決して笑ってはいけません。
もし、他人の不幸を笑うような人がいたら、即刻舞台を降りて、
その子と同じ罰を受けてもらいます」

 「はい、シスター」

 「それと、ここでの様子は地上に戻っても決して誰にも言って
はいけませんよ。そのようなおしゃべりな子がいたら、やはり、
同じ罰を、今度は月曜日のミサの席で受けてもらいます」

 シスターはあらためて子供達の顔を覗き込んでからこう続ける。
 「もし、どうしてもおしゃべりがしたくなったら、全校生徒の
前でのお仕置きがどんなものかを、一度自分の頭の中で想像して
から、おしゃべりなさい。いいですね」

 「はい、シスター」

 舞台上でそんな注意がなされていた頃、舞台の下ではアリーナ
が大きな角材を口の字形に組んだ窓枠のような中で、バンザイを
させられ、Yの字の姿勢で固定されていた。

 信頼していたクライン先生にまで脅され意気消沈のアリーナは
大人達のなすがまま。服こそ着ていたが、両手は革紐で高く引き
上げられ、両足は爪先立ち。痛くはなくても決して楽な姿勢では
ないのだ。

 そんなアリーナが人心地ついて顔を上げると、そこで色んな顔
に出会った。

 平然と舞台の下を覗き込む者、両手で顔を被いながらその指の
隙間からこちら窺う者、背もたれの隅から覗く者など人の様子は
さまざまだが、すでに懺悔室に呼ばれてこの場にいないローザを
除き全員が楽しげにアリーナの方を見ていた。

 『ふう~~いいわね、こいつら』
 アリーナはため息をつき、素直にそう思う。

 子供は刹那刹那で生きている。自分だって、そう遠くない将来、
泣き叫ぶ運命にあるはずなのに、それが今の今でなければ彼らは
平気ないのだ。
 だからこうして友だちが受難にあっているのを見ると、それは
それで楽しい見世物だったのである。

 ましてや、さっきまで背もたれの壁を見ながら座板の上で両手
を組まされていた彼らにとっては、今の開放感が心地よかったの
だろう。たちまち、おしゃべりが始まっていた。

 「ねえ、あの子、どうなるの?」
 「知らないわ」
 「わたし、知ってる。あれってね、前のお尻をぶつための装置
なの。前に見たことあるもの」
 「前のお尻ぶつの!?」
 「たぶんね」
 「わあ、残酷」
 「でも、お尻より痛くないみたいよ。私が見たその子、痛そう
だったけど、痛そうにしてなかったもの」
 「どういうことよ?」
 「だから、お尻より痛くなかったってことじゃない。顔はしか
めてたけど、ものすごく大変って顔じゃなかったもの」
 「あ、私も見たことあるわ。ぶたれたところは見てないけど、
晒し者されてたわ。その子の場合はね、大の字にされてたの。両足、
目一杯広げさせられてて……」
 「わあ、それって拷問じゃないの?」

 話の内容はキツイが、誰もが自分の事は忘れて楽しそうに会話
していたのである。
 そこへ、何とシスターまでもが……
 「大の字どころじゃないわ。私の子供の頃なんか、逆さに固定
されて、逆大の字にされてた子が何人もいたのよ。今はそんな事
をされないだけでも感謝しなきゃ」

 「逆さまに!?」
 「じゃあ、スカートが捲れて、ショーツ丸見えじゃない」

 「それどころじゃないわ」
 シスターは悪戯っぽく笑う。
 「だって、そんな子は始めから服なんて着てないもの」

 「えっ!!じゃあ、お股、丸見え?」
 「そんなあ、……そんなのあまりに可哀想よ」
 「うっっ、想像したくないな、鳥肌たっちゃう……」
 こう言って自分での自分の胸を抱くその少女も顔は笑っていた
のである。

 「昔の子供に羞恥心はなかったの」
 シスターの言葉に……
 「うそ~~~」
 子供達全員が反応する。

 「……正確に言うと、あってはいけなかったの。大人達にそれ
を訴えても『気のせい』『気のせい』って言われ続けたわ」
 「どうして?」
 「子供をいつでも大人の言う通りにさせたかったからよ。……
お仕置きのたびに恥ずかしい恥ずかしいって言われたら何もでき
ないでしょう」

 「そんなの今でもよ。ちょっとでも、お父様やお母様、先生の
ご機嫌を損ねると、誰が見ていてもお尻をむき出しにしてぶつん
だから。羞恥心なんて認められてないのと同じだわ」

 「それでも、私達の頃から見れば、あなた達はずいぶん楽なの
よ。昔はもっともっと破廉恥な罰が多かったんだから……でも、
今日のあの子はそんなに厳しい折檻にはならないはずよ」

 「わかるんですか?」

 「だって、服は着てるし、大の字じゃなくYの字縛りだし……
何より担任のクライン先生があんなに穏やかな顔をしてるもの」

 シスターは伯爵一行と一緒に歓談するクライン先生を見ている。
 彼らは、次に泉へとやって来たローザと担任のフォン・ボルク
先生の動向を見つめて、自分達が晒し者にしたアリーナの方には
あまり関心を示さなかったのである。
 アリーナのことが本当に一大事なら、こんな態度は取らないと
シスターは判断したのだ。

 そのローザと担任のフォン・ボルク先生の組もやっている事は
クライン先生がアリーナにした事と大差なかった。
 ローザは汚れたお尻を綺麗に洗ってもらい、発育検査を受け、
熱い鞭に臨む。

 そこまで確認してから、一行は思い出したようにアリーナの処
へと戻って来たのだった。

 「どうかしら、久しぶりに見たお友達の顔は?」
 クライン先生がアリーナの耳元で囁く。

 「…………」
 アリーナがそれに答えられずいると……

 「覚悟はできたかしら?」

 「…………」
 それに対するアリーナの答えは小さく唇を噛むこと。

 「恥ずかしい?」

 「…………」
 それには俯いてみせた。

 「仕方がないわね。でも、やらないと終わらないわ。…………
ね、終わらせてしまいましょう」

 「はい」
 やっと、小さな声がでた。

 クライン先生はアリーナの藍色のプリーツスカートを無造作に
捲りあげて、その裾をピンで留める。すると、そこに残ったのは
血色のいい少女の太股と白いショーツ。

 「…………」

 さらに、その白いショーツにも手をかけて、それを太股の辺り
まで引き下ろすと、その白い綿はドーナツのように丸く円盤状の
厚みを残してそこに留まっている。

 「…………」

 残ったのはお臍の下に広がるぷっくりとした膨らみと割れ目。
 これが子供達が最善言っていた『前のお尻』
 それはアリーナが間違いなく幼い女の子である事を示していた。

 「さあ、勇気をもって大きな声で言うのよ。『私はお仕置きを
果たせませんでしたから、新しいお仕置きをいただきます』って」

 アリーナは先生の言葉を耳元で聞いて、それを言葉に出さなけ
ればならない。

 「私はお仕置きを果たせませんでしたから、新しいお仕置きを
いただきます」

 でも、それはあまりに小さい声だったので……
 「もう一度。もっと大きな声で」
 再びクライン先生が囁く。

 「私はお仕置きを果たせませんでしたから、新しいお仕置きを
いただきます」

 今度はいくらか大きな声にはなったが……
 「もう、一度。もっと大きな大きな声で」
 再度、クライン先生が囁く。

 「私はお仕置きを果たせませんでしたから、新しいお仕置きを
いただきます」

 やっと、アリーナから大きな声が出た。大粒の涙と一緒に……

 女の子が、普段は人に見せない処を見せながら叫ぶ大きな声。
涙も美しいアリーナの肢体に、カレンは思わず引き込まれた。
 それまで、あまりにも厳しい折檻に目を背け続けてきたカレン
なのに、この時ばかりは、年下の女の子の純粋な美しさに心引か
れたのである。

 そして……
 クライン先生が、手にした房鞭でアリーナの前の膨らみを叩き
始めると、突き上げる慟哭の感情と共に一つのメロディーが頭の
中を支配する。

 『美しいわ!女の子って、こんなにも美しいんだ!』

 カレンはあらためて鞭打たれるアリーナを見ながら感動する。
 11歳と侮るなかれ、アリーナが鞭の痛みからそれ以外のもの
得て身体を美しく変化させていく姿がカレンには見て取れるのだ。

 カレンは女の子たちへのお仕置きが、実は、性のレッスンでも
あることをその豊かな感受性ですでに嗅ぎ取っていたのだった。

 ところが、そんな外野の思い入れはともかく、当のアリーナは
というと、とにかく恥ずかしかった。この場にいたくなかった。
逃げ出したかった。先生からお臍の下を叩かれている鞭の痛みは
お尻を叩かれることを思えばぐっと楽なのだが、とにかく恥ずか
しくて恥ずかしくて居たたまれないのである。

 もちろん、大人達の前で裸になってウンチを処理してもらったり、
むき出しのお尻を鞭で叩かれたりすることだって恥ずかしい事に
違いないが、子供にとって大人というのは親切にしてくれる大事
な人たちではあっても普段は別の世界に住む異邦人たち。これに
対して、日頃から顔を合せ、いつもおしゃべりのネタを提供しあ
っている同世代の子供達は、アリーナと同じ世界に住む同郷人だ。
同じように醜態を晒していても、アリーナには恥ずかしさの重み
みたいなものがまるで違っていたのである。

 「なるほど、これが地獄部屋と言われる由縁なんですね」
 ニーナ・スミスがすべてを察して伯爵に語りかけると、伯爵も
……
 「見る方も、見られる方も、地獄なんです」

 「どうして?見られる方は恥ずかしいでしょうけど、見る方は
楽しいじゃない?みんな笑ってるし……」
 おしゃまなグロリアが割り込む。

 「とこかろが、そうでもないんだ。グロリア、君はここで見た
ことを、生涯、誰にも話さないでいられるかい?」

 「えっ……」

 「これを見学した子はここで起こった事を誰にも言えないんだ。
その約束をずっと守れるかい?」

 「……大丈夫だよ。先生とのお約束だから……」
 グロリアは伯爵に笑って答えたがその笑顔は少し自信なさげに
見える。

 「普段は黙っていられても、この部屋の事がお友達の中で話題
になった時、思わずおしゃべりしてしまった子が何人もいるんだ。
そんな子は間違いなくこの部屋へ呼び出されて、その時たまたま
居合わせた子供達の前で、自分が話した事と同じ内容の罰を受け
なければならないんだ。半年たって、一年たって、思わずおしゃ
べりしたばっかりにここで痛い思いや恥ずかしい思いをした子は
たくさんいるんだよ。そんないつ爆発するかわからない時限爆弾
を卒業するまで背負わされるなんて、僕は残酷だと思うけどなあ」

 伯爵の言葉にニーナ・スミスが反応する。
 「たしかに、女の子に『おしゃべりをするな』『嘘をつくな』
と言うのは酷ですわ」


 結局14回。アリーナはお友達が見ている前で曝け出したお臍
の下をクライン先生から鞭打たれた。

 房鞭は一回一回ではそれほど強い衝撃はないものの、さすがに
10回を過ぎればお臍の下の痛痒さが増して苦しくなってくる。
それがピークになった頃、アリーナは戒めを解かれたのだ。

 「よかったわね、アリーナ」

 ニーナ・スミスがあらためてアリーナを迎えてくれたが、ただ、
これでもアリーナのお仕置きがすべて終了したわけではなかった。

 アリーナと同じようにお尻洗いに抵抗し、成長検査を嫌がり、
お尻への鞭で暴れたお友達のローザと二人並んで、大きな木馬に
乗せられたのだ。

 二人は、木馬に乗る前、それぞれの担任であるクライン先生と
フォン・ボルク先生から服を脱がされたが一切何の抵抗もしなか
った。まるで、幼児が母親から着替えさせてもらう時のように、
ただじっとしていたのである。

 『ここへ来たら、言われるままに行動し、必死に耐えなければ
ならない』
 彼女達は大変な思いをしてそのことを学んだようだった。

 アリーナとローザはキャミソールと短ソックスだけを身に着け
て、これからたっぷり一時間、大きな木馬を揺らし続けなければ
ならない。
 もし止まってしまうと、木馬から下ろされてお馬さんの代わり
に騎手の方がお尻を鞭で叩かれることになるからだ。


 「この先はまだ何かありますの?」
 ニーナ・スミスが尋ねると……

 「5から7号路の先にもそれぞれ個室があって、素行に問題の
ある子や成績に問題のある子が特訓を受ける場所になっているん
ですが、そこには我々は行けないんです」

 「そこって、一日中お仕置きされる処でしょう」

 グロリアが口を挟むと、伯爵は少女を胸の上まで抱き上げて…
 「そうだよ、14歳から上のお姉ちゃまが一日中、色んな先生
から交代交代で訓練を受けるんだ」

 「学校にもその部屋から通うんだよね」

 「そうだよ、朝起きた時と寝る前には必ずお浣腸とお鞭の罰が
あるしね、学校に着て行く服もそれ用の特別なものなんだから、
とっても恥ずかしいし……学校で、ちょっとしたミスを犯しても
お尻に鞭が飛ぶしね。色々と大変だよ。毎日が地獄の苦しみなん
だ。………でも、14歳を過ぎてるからね。ここでは大人として
扱われてて先生や司祭様意外、罰を見学することはできないんだ」

 「なあんだ、つまんないの」

 「グロリアはお転婆さんだから。こんな処に入れられないよう
に注意するんだよ」

 「わかった」

 グロリアは元気よく答えたが…
 「本当かい?」
 伯爵は微笑みながらグロリアの赤いほっぺを人差し指でぷにぷ
にする。そして……

 「さあ、帰りましょう」

 一行はこうして地下室でのお仕置き見学ツアーを終え、地上の
明るい陽の光の世界へと戻っていったのである。

********************(7)****

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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