2ntブログ

Entries

第11章 貴族の館(6)

            第11章 貴族の館

§6 修道院学校のお仕置き(4)
   地下室見学ツアー<3>

 地下室見学ツアーの一行は、当初舞台の袖でアリーナの様子を
見ていたが、彼女が舞台で宣誓を終えると、同時に舞台を下りて
しまった。

 「私達はこちらの方がいいでしょう。理事長の権限で懺悔室の
様子を窺うことも可能ですが、小学生のプライベートを覗き見る
のは紳士の趣味ではありませんから」
 伯爵はこう言って一行を先導する。

 舞台を下りるとそこは土間になっていた。舞台とは違いそこは
薄暗いので舞台上からはよく見えなかったが、そこには色んな物
が置いてあったのである。

 「これ、何でしょう」
 ニーナがまず目を止めたのは、幼児が遊ぶ木馬のようにもの。
足元に丸い板がはめ込まれ、揺れ動くところまでそっくりである。
ただし、サイズだけがかなり大きかった。

 「見ての通り木馬ですよ。幼い頃、遊びませんでしたか?」

 伯爵が茶目っ気を込めて笑うと……
 「でも、大きいですわね。これ大人用ですか?…大人の私でも
怖いくらい」

 「乗る子が大きいとサイズも大きく作らないといけませんから」

 伯爵の思いはニーナ・スミスにも伝わったようで……
 「そうですか。やはり、これもお仕置き用の……」

 「そういうことです。たいていの子供達は、この馬の背にお尻
丸出しで座らされるんです。眺めはいいですけど……要するに、
辱(はずかし)めですよ」

 「はずかしめ?」
 カレンはその古い表現を知らなかった。

 「カレンさんのようなヤングレディには関係ないことですよ。
でも、まだレディになりきれていないここの子供たちには、その
為の訓練が必要なんです。恥ずかしさに耐える訓練がね」

 そう言って伯爵が送った視線の先には……
 中世の昔に活躍したピロリーと呼ばれる晒し台や罪人を立たせ
た状態で大の字に拘束する柱。後ろ手に縛って吊るし上げる滑車
やおしゃべりが過ぎる子や嘘をつく子がかぶるお面。喧嘩相手の
子と一緒に首と両手首を拘束される枷など時代をタイムスリップ
したような器具が通路の側面にずらりと並んでいたのである。

 「まるで、中世に迷う込んだみたいですわね」
 ニーナ・スミスが苦笑すると……

 「貴族そのものが、現代に紛れ込んでいるのですから、それは
仕方ありませんよ」
 と応じたのである。

 そんな中世の遺品の森を抜けると、次は巨大な花瓶が現れた。
少なくともカレンにはそう見えたのである。

 見上げるほど大きなその花瓶に花は生けられていないが、常に
満々と水をたたえ、周囲に配置したライオンの口からは清らかな
山の水が勢いよくほとばしっている。

 「まるで、鍾乳洞にいるみたい」
 ニーナが感嘆する。
 その水音が高い天井に響いて天然のBGMになっているのだ。

 「ねえ、この板は何ですか?」
 カレンは、水の流れ落ちる場所に敷かれた二枚の板が妙に気に
なった。
 それは素朴な疑問の域をでない独り言のような質問だったのだ
が……

 「カレンさん。それ、何だと思います?」

 伯爵が悪戯っぽい目を向けたので、カレンは正直、困った顔に
なる。

 「もともとそこでは飲み水のほか鍋や食器も洗っていました。
でも、今はその必要がありませんから、もっぱら別の仕事で利用
されています。……さて何でしょう」

 「別の仕事?……洗濯ですか?」
 伯爵の笑顔には毒があるのをカレンは女の直感で見抜いていた
から、わざと的外れな答えを用意したつもりだったが……

 「正解。よく分かりましたね。それもこの泉の重要な仕事です。
お仕置きを受ける子供たちは、汚してしまった自分の服をここで
洗わされますから。でももう一つ、この泉には重要な役割がある
んです」

 「役割?」

 「ええ、それがこの泉の本来の役割なんですけどね」

 「…………」

 「分かりませんか?……ここで先生方は子供達の汚れたお尻を
洗っているんです。つまりここは……何と言ったらいいのかなあ
……」
 伯爵は少しためらってから……
 「……子供たちがお腹に溜め込んだ不純な欲望を洗い流す為の
トイレなんですよ」

 「…………」
 カレンの悪い予感が当たり、彼女は次にどんな声を出してよい
のか分からなくなってしまった。

 実のところ、カレニア山荘にも、二枚の板を渡した同じような
場所が裏庭の、それも泉のほとりにあったのだが、用途はここと
ほとんど同じだったのである。

 「もう少し待っていれば、懺悔室でお浣腸を受けたアリーナが
先生方に両脇を抱えられて、ここへ来るはずです」

 「そんなこと、わかるんですか?」

 「ええ、そうならないケースは、ほとんどありませんから……
ほら、噂をすれば……ですよ」

 伯爵の視線の先に、大人二人に両脇を抱えられたアリーナの姿
があった。


 彼女は懺悔室の狭い空間の中で、御簾一つ隔てただけの司祭様
に向って、自分でも嫌になるほど、この一週間自分がいかに悪い
子だったかを洗いざらい白状させられたあげく、日頃、欲求不満
ぎみのシスターたちから、邪悪な心を洗い流すた為だと称して、
強姦さながらにイチジク浣腸を60㏄も受けていたのである。

 通常はグリセリン50%溶液なら30㏄が大人の一回分である。
それを11歳の体に60㏄入れたのだからアリーナのショックは、
いかばかりか想像に難くないが、それでもすぐにおトイレへ行け
るならまだしも、こうした場合、処置を受けた簡易ベッドからは
すぐに開放されないのである。

 まずは、何人ものシスターたちによって、今、着ている衣装を
すべて脱がされたあげく、代わりにオムツだけを穿かされた姿で
再び寝かされる。

 「トイレ、トイレ……漏れちゃう」
 アリーナはこの時点でうわごとのように同じ言葉を繰り返して
大人達にすがったが、周囲の大人達はアリーナを見て、ただただ
微笑むだけ。彼女の切実な願いに耳を貸す者は誰もいなかったの
である。

 アリーナにとっては、もちろんこれでも十分に屈辱的なのだが、
事態はそれだけではない。
 御簾一つ向こう側にいた神父様が、今度は役目を代え司祭様と
なってアリーナ側へとやって来たのだ。

 『男の人!』
 どんなにパニクっていても、アリーナにとっては、そこが重要
だった。

 「司祭様、祝福を……」
 担任のクライン先生がこう言ってアリーナを抱き上げてると、
司祭様がその子のために頭や胸、お腹、足、手、はてはオムツを
したお尻や股間までも十字架を掲げて神様のご加護を祈ってくだ
さる。

 『そ、そんなことは、おトイレのあとで……』
 誰たってそう言いたいところだが、もちろん、それが許される
わけがない。

 ただ、その代わり……
 「辛かったら、お漏らししてもいいのよ」
 担任のクライン先生にはそう言ってもらえるのだ。

 ただ、いかに幼いとはいえ10歳過ぎた子が…
 『では、お言葉に甘えて…』
 とはならないわけで、顔を真っ赤にして頑張るだけ頑張る事に
なるのだった。

 もちろん、過去に不測の事態が生じたことも何度かあるのだが、
『人間、やればできる』ということだろうか、こんな過酷な条件
にも関わらず、噴水に辿り着く前にお漏らしした子は、長い伝統
の中にあっても指折り数えられるほど例外的だったのである。

 この時のアリーナも、すでに意識朦朧といった様子で運ばれて
来たが、無事、二枚の渡し板の処まで辿り着くと、クライン先生
からオムツを脱がしてもらい用を足すことができた。

 ただ、伯爵たち一行が、少し離れた処から自分を見ていること
など眼中になかったのである。

 オムツを先生に脱がしてもらい、赤ちゃんと同じように両方の
太股を持たれて、赤ちゃんのようにして用を足したアリーナは、
ほっとした瞬間、異様な視線を感じて回りを見る。そして、今、
自分がどんな姿をしているかをたちまち理解するのだった。

 「!!!」
 真っ青になるが、どうすることもできない。
 当然、身体をよじって、先生の椅子から下りようともしたが、
それも許されなかった。

 「だめよ、全部、身体のものを出してしまわないと、次のお鞭
の時にまたお漏らししてしまうでしょう」

 担任の先生にそう言われれば幼い子は従うしかない。クライン
先生は強い調子はなく抱き上げたアリーナに優しく接していたが、
妥協はしなかったのである。

 3分間アリーナはその恥ずかしい姿勢を続けなければならない。
 その3分間が、アリーナへのお仕置きだったからだ。
 そんな彼女にできる事といえば、ただうなだれて顔を上げない
事ぐらいだった。


 もちろん、お仕置きはそれだけではない。
 3分間の晒し者の時間が終わると……

 「ここに立ってじっとしてなさい」

 二枚の渡し板の上に立ちライオンの口にお尻を向けたアリーナ
は、大人達から前が丸見え。
 でも……

 「前を隠さないの。両手を頭の後ろに回して、組んでなさい」

 さらに、女の子にとっては他人から触れられたくない処へも、
ずかずかと大きな指が入ってくる。

 「痛い!」
 そう訴えても……

 「我慢しなさい。痛いこと恥ずかしいことをするのがお仕置き
なのよ」
 と受けあってくれない。

 そして、お股の中やお尻の穴まで洗ってもらった後に、全身を
くまなくバスタオルで拭いてもらうのだが……

 「さあ、今度は四つん這いになって……」

 「…………」
 恥ずかしそうに甘えてみても……

 「なあに、その目は………ちゃんと拭き取らなきゃ、あなたの
お尻、下痢したウンチでまだ汚れているかもしれないでしょう」
 にべもなかった。

 もちろんアリーナは、『そんな事は自分でやります』と言って
みたかった。が、言ってもどうにもならないとわかっていたので
やめてしまう。

 嫌も応もない。渋々四つん這いになると……
 先生は勝ち誇ったような目でその可愛いお尻を見つめてから、
その割れ目を大きく押し開き、すでに汚れなどほとんどない残っ
ていない菊座を乾いたタオルで手荒く拭き取るのだった。


 「さあ、いいわ。あとは発育検査ね」

 この声におとなしくなったはずのアリーナが反応する。
 『さすがにそれは……』
 という顔になったのだ。

 もちろんその原因は、伯爵、ニーナ、カレン、それにグロリア
たちにあった。比較的親しい関係にあるクライン先生とは異なり
彼らはアリーナから見れば他人にすぎない。

 しかし、クライン先生は厳しかった。
 「なあに、その仏頂面は!…あなたみたいな子供が恥ずかしい
なんて言える資格はないのよ。ましてや、今は、お仕置き中だと
いうのにそんな反抗的な態度をとって……鞭は9回の約束だった
けど、あなたの方に約束違反があったので12回にします。……
いいですね」

 「…………」
 アリーナが答えないと……

 「いいですね」
 語気を強めて言う。

 「はい」
 いかにも残念そうな声が小さく聞こえた。と、同時に恨めしそ
うな顔を伯爵たちに向けてしまったのである。

 「アリーナ、何て顔してるの。あなた、お客様に失礼ですよ。
そんな目で伯爵様を睨むなんて。そもそも、ここでのお仕置きは
子供の義務です。義務を果たさない子には、さらに追加の義務が
生じます。私は何度もあなたに教えたはずよ」

 「はい、先生」
 青菜に塩といった感じで、アリーナはすぐに申し訳なさそうな
顔を作ってクライン先生に見せたのだが、同性の先生は女の子の
パフォーマンスだけでは信用しなかった。
 だから、さらに意地悪を……

 「よろしい、では、私の方を向きなさい。…………これから、
このベッドへ仰向けになって発育検査をしますけど、今回の検査
は伯爵様にやっていただきます」

 「えっ!」
アリーナはこの場所で声を立ててはいけないとわかっていた。
わかっていたからこそそのつもりでいたのに、身体が勝手に反応
してしまったのだ。

 しかし、そんな乙女の事情を先生は寸借してくれない。

 「何が『えっ!』なの?……伯爵様に対して無礼な顔をした罰
としては当然じゃなくて……『純潔、勤勉、奉仕』がモットーの
我校の生徒が純潔の証をたてる絶好の機会じゃないの……」

 「…………」

 「あら、どうしてまた『そんなあ~』ってお顔に戻るのかしら
ね?さっきの従順なお顔は作り物だったみたいね?……いいこと、
アリーナ。子どものあなたは親や教師に対して隠せる処は一つも
ないの。年齢が上がれば公の場所ではそれなりの配慮もするけど、
必要とあらば、あなたはその体のどの部分も愛する人の前に晒さ
なければならないわ。見苦しい秘密も、穢れた身体も、何も持っ
ていませんと胸はっていえる事が我校でいう純潔よ」

 「はい、先生」
 アリーナはがっかりした様子で答えた。幼い彼女には、それが
精一杯の返事だったのである。

 「まだ、わかってないみたいね。いいわ、あなたにとって何が
一番大事なことなのか。分からないなら痛みの中で考えなさい。
鞭はもう二つ増やして14にします」

 地獄の世界の子供たちは、大人達から何を言われ何をされても、
ひたすら従順でなければならない。
 大人たちがスカートをまくり、ショーツを下ろし、……たとえ
『裸になれ』と言われても、驚いたり躊躇などしてはいけなかっ
たのである。

 ちょっとした反抗的態度や嫌なそうな顔を見せただけでも、罰
はどんどん増えていくからだ。
 そして、理想と考える少女としての立ち居振る舞いが身につく
まで、大人は何度でも子供達をここへ呼ぶことになるのだった。

 子供達がここに呼ばれるのはもちろん一義的には罪あっての事。
そのお仕置きの為だが、大人たちの本音は、この子たちがお嫁に
行った先で受けるであろうご主人のお仕置きをどうやって美しく
受けさせるか。その訓練をさせておくことだったのである。

 今とは違い、男はサディスティクな人が多く、夫人がその性癖
を満足させてやるには、自らマゾヒティックな喜びを知っておく
方が都合がよかった。子供達への厳しいお仕置きもそうした実情
に配慮した一種の性教育なのだ。
 だから、地獄部屋でのお仕置きは生徒全員が受けなければなら
ないレッスンで、優等生なら地獄部屋へは呼ばれないということ
ではなかったのである。


 仰向けになった革張りベッドの上で、アリーナは無為の時間を
過ごした。

 伯爵はアリーナの発育検査を遠慮したが、それでも、アリーナ
は素っ裸の自分、両足を高く上げ、普段は絶対に人には見せない
処までも他人にさらしている自分がどうにも理解できないでいた。

 クライン先生から、こちょこちょと自分の性器を触られている
ことにも何の感慨もわかなかったのだ。

 『隠す物がなくなってしまった時、女は自分が自分である事を
証明できなくなる』

 そんなことを言った人がいたが、アリーナにしてみれば、その
時間は、まさに自分がこの世に存在しないほどの虚無感だったに
違いなかった。


 そんな空虚な時間が、今度は一転して暑い季節に早変わりする。
 発育検査が終わると、アリーナは約束の鞭を受けなければなら
ないのだ。

 今、仰向けで寝ていた革張りベッドの上に小さなクッションが
置かれ、そこに今度はうつ伏せになる。
 可愛いお尻だけが、ぽっこり浮いた格好だった。

 カレンやニーナや伯爵、それに介添えのシスターまでもがこの
小さな身体を押さえつけるなか、クライン先生は、満足げにこう
言うのだ。

 「アリーナ、だいぶよくなってきましたね。これなら、未来の
あなたのご主人も、きっとあなたを可愛がってくださるはずよ。
女の子は、与えられた場所がどこであれ、そこが神に与えられた
場所ですからね。そこで幸せを掴まなければなりません。従順さ
としたたかさを兼ね備えていなければなりませんが、あなたの歳
で、まず学ばなければならないのは、従順さです」

 「!」
 その瞬間、革紐鞭の冷たい感触がお尻を撫でたのでアリーナに
緊張が走る。思わず、身体が反応したが……
大の大人四人にがんじがらめに押さえつけられている11歳の
少女の身体がピクリとでも動くはずがなかった。

 「さあ、いきますよ。歯を喰いしばりなさい」

 こう言って、しばらく間があって最初の一撃がやって来た。

 「ピシッ」

 「ひぃ~~~」
 たった一回の鞭なのに、痛みがアリーナの脳天を突き抜ける。

 こんなの初めてだった。最初は軽く優しくといったそれまでの
約束事がここでは通用しないことを悟る一撃だったのである。

 『ちょっと、タンマ』
 アリーナは思わず心の中で叫んだが、そんなこと、何の役にも
たたない。

 続けて二回目。

 「ピシッ」

 「いやあ~~~」
 大人たちに身体を押さえてもらっていなければ、上体だけでも
起こしていたに違いなかった。
 もちろん、そうなったらさらにお仕置きが追加されるだろう。

 「ピシッ」

 「だめえ~~」
 何がダメなのか、アリーナ自身もわからない。でも、とにかく
鞭のお仕置きを一旦中止して欲しかったのだ。
 その思いが、頭の上にいる怖いクライン先生に届く。

 「何が、ダメなの?あなたの態度がダメなだけよ。さあ、心を
入れ替えるにはまだまだよ。ほら、しっかり歯を喰いしばって…
さあ、次行くわよ」

 先生は、アリーナのお尻にトォーズを軽く触れさせて、覚悟を
決めさせてから……

 「ピシッ」
 「(ひぃ~~~)」
 脳天だけじゃない。お尻へのショックが神経を伝って電気信号
のように流れ、両手の指や両足の指から抜けていくのがわかる。

 「ピシッ」
 「(死ぬ~~~)」
 あまりにも強く目を閉じていたので、目を開けても一瞬目の前
が真っ暗に……再び目を閉じると、そこには無数のお星様が……

 「ピシッ」
 「(とめてえ~~~)」
 もう、何でもいいから、やめて欲しかった。身体がばらばら、
心もばらばら……次の衝撃で本当に身体がばらばらになるんじゃ
ないかって心配したほどだったのだ。

 そんな気持が通じたのか、クライン先生はまた小休止を入れて
くれる。
 実は先生、アリーナがまだ鞭に耐性がないのを見て、これでも
かなり抑えて叩いているのだ。彼女くらいのベテランになると、
その子がいくつで、今の体調がどうか、鞭に慣れているかどうか、
などを総合的に判断して自在に衝撃を調整できるのだった。

 「さあ、始めるわよ。泣いていても終わりませんからね。……
しっかり歯を喰いしばって、ベッドの端をしっかり握ってなさい。
ベッドに抱いてもらうつもりで握りしめるの。そうすればいくら
か違うはずよ」

 先生のアドバイス通りにしてから、また、次が……

 「ピシッ」
 「(ひぃ~~)」
 アリーナの太股が痙攣したかのように小さく震える。

 「(もう、こないで!)」
 アリーナの願い虚しく次が……
 「ピシッ」
 「(ひぃ~~)」
 また、目から無数の星がまたたいた。

 「ピシッ」
 「いやあ~~もうしないで……いやいや、だめだめ」
 アリーナは突然わめきだす。それまで幼いなりに必死に耐えて
きた理性の糸がプツンと切れてしまったようだった。

 しかし、そんな可哀想な子のお尻に先生は再び……
 「ピシッ」
 「いやだから~~~だめだから~~~ごめんなさい~~~」

 さらに、もう一つ……
 「ピシッ」
 「ぎゃあ~~~」
 その一段と大きな声と共に、アリーナは両足を必死にバタつか
せる。
 おかげでカレンとニーナが両手で押さえていたアリーナの右足
と左足の戒めが外れ、その際、カレンはアリーナの踵で顎を蹴ら
れてしまう。

 「カレンさん、大丈夫ですか?」
 クライン先生も慌てたが、カレンは笑顔で応じて…
 「大丈夫です。何でもありませんから」
 と答えた。

 確かにカレンは大丈夫だが、アリーナは無事ではすまなかった。
 「アリーナ、もう、いいからベッドから起きて、カレンさんに
謝りなさい」
 クライン先生がもの凄い剣幕なのだ。

 彼女は服を着るように命じられ、カレンに非礼を謝ったのだが、
それは決して残った鞭を免除するという事ではなかったのである。

******************(6)******

第11章 貴族の館(5)

            第11章 貴族の館

§5 修道院学校のお仕置き(3)
   地下室見学ツアー<2>


 四号路も他の廊下と同じように暗い廊下の先に部屋があった。
その部屋の入り口には奇妙な文字が書いて掲げてある。

『Beatus vir, qui suffert tentationem,』

 「何って書いてあるの?」
 グロリアが早速意味を尋ねた。

 「『試錬を耐え忍ぶ人は幸いである』ヤコブの手紙1章12節
にある言葉だよ」

 「お仕置きって、試練なんだ」

 「そうだよ。学校に刑罰はないもの。救われない罰はないんだ。
罰を受ければ、必ず救われ、復帰できる。だから、正確にはここ
だって『煉獄』なんだろうけど…ただ、ここで行われるお仕置き
は、清書の罰なんかとは違って問答無用の体罰。それも女の子に
すれば、耐え難いほど破廉恥で厳しい折檻だからね。それまで、
ろくにお仕置きされた事のない生徒にしてみたら『地獄へ堕ちた』
って思えるくらいの衝撃なんだ」

 「ふうん」

 グロリアに続いて珍しく、カレンが口を開く。
 「ここの生徒さんって、それまで体罰は受けないんですか?」

 「爵位のあるような家に家庭教師で行くとね、たとえそこの子
が悪さをしても、無闇に叩けないんだ。親がいくらかまわないと
言ってもそこは気を使うんだよ。そこで、同じ年頃の子を連れて
行って、一緒に遊ばせ、勉強させて、何かあったらその子の方を
ぶつことで王子様王女様に反省を促すというのが一般的なやり方
なんだ」

 「効果あるんですか」

 「僕の経験で言うと、あるよ。僕にだって善悪の判断はできる
し、良心の呵責もあるから……本来、僕の責任であるべきところ
を、一緒にいる友だちがまとめて背負い込んでるのを見るのは、
やっぱり辛いもの。僕だって、伯爵家の次男坊だろう、家庭教師
から実際にぶたれたことはなかったんだ」

 「じゃあ、これまで一度も……」

 「そんなことないよ。ギムナジウムへ行けば、否応なしに体罰
はあるからね。鞭でお尻をぶたれたのも一度や二度じゃないよ。
それまで経験がない分、慣れてなくて、死ぬほど痛かった」

 伯爵は笑ったが、カレンは真剣な顔で……
 「鞭って、慣れるんですか?」

 「ああ、慣れるよ。家で散々叩かれつけてた子は、懲罰室から
出ると口笛ふいて宿舎に戻ってたもの。僕だって上級生になる頃
には段々平気になっていったから……」

 「そうなんですか」

 「ただ、僕たち男の子の場合はそのほとんどがお尻への鞭なん
だけど、女の子の場合は色んなことやられるからね。慣れるのに
時間がかかるんじゃないかな」

 「色んなこと?」

 伯爵はカレンの独り言には答えず……
 「さあ、みんな、入ってみるよ」
 映画館にあるような重く厚いドアを開けて、他の三人がそれに
つき従ったのである。

 「わあ~~広い」
 グロリアが叫ぶ。
 グロリアだけではない、ニーナにとっても、カレンにとっても
そこはこれまで部屋とはまったく違った印象を受けた。

 天井が高く、まるで体育館か講堂のようにとにかく広いのだ。
おまけに他の部屋にはなかった大きな窓までがあって、外からの
光が入ってくる。三人には、とても開放的な空間が広がっている
ように感じられたのだった。

 「これはこれは、伯爵様。お待ち申しておりました」

 一行が部屋に入ってくると、さっそく小柄で童顔の婦人が挨拶
に出向く。
 皺さえなければ、ここの生徒と見間違うほどの顔立ちである。
どうやら彼女、ベイアー先生からの内線電話で事の次第を事前に
知らされていたようだった。

 「はじめまして、スミス先生。私がマヌエラ=リヒターです。
決して心地よい場所ではございませんが、よろしければ、どうぞ
ご覧ください」
 リヒター女史はまず最初にニーナ・スミスと挨拶をかわした。

 「リヒターさん。今日は誰か予定があるんですか?」
 伯爵が尋ねると……。

 「そうですね……」リヒターは手持ちのファイルを捲りながら
「……12歳の子が3人と13歳の子が2人、11歳の子も2人
……今のところこの7名です。……あ、そうそう、14歳の子も
2人分予約が入っていましたが、特殊な事情によりキャンセルに
なってます」

 リヒター女史は意味深に伯爵を見つめ、伯爵も微笑を返す。
 すると、ここでニーナが誰に対してというのではなく口を挟む。

 「ここでは厳しいお仕置きをなさると聞いていたのに、みんな
幼い子ばかりなんですね」

 これに対してマヌエラが応じた。
 「先生はブラウン先生の学校で校長先生を勤めていられるとか、
やはり、そうしたことをお気になさいますか?」

 「ええ、まあ……」

 「それは立場の違いですわ。うちの生徒は、先生の処のように
職業を持って世に出ることを目指していませんから……あくまで、
お嫁に行って、そこで子供を産んで育てることが本義なんです」

 「その事と、何か関係あるんですか?」

 「ええ、女子は11歳から13歳の頃、ほんの一時期ですが、
男の子を体力で上回る時期があるんです。この時期は精神的にも
男の子に近くて、芸事にしろ、スポーツにしろ、鍛えれば伸びる
大事な時期です。ただ、ここであまりにも自由にやらせてしまう
と『自分は男以上の力があるんだ』とか『男はだらしない生き物
なんだ』といった誤解が生じかねないのです」

 「でも、それって自信に繋がりましょう?」

 「ええ、ですから、先生の処のように職業婦人としてその子の
将来を展望されるなら、褒めて伸ばすよい時期なんです。でも、
うちのように大半が良家に嫁ぎ、夫につき従って円満な夫婦関係
を維持するのが子たちの目標となると……厄介な問題もあるわけ
です」

 「なるほど、躾の問題でしたか。……でも、そうなると、……
その年頃の子は受難ですわね」

 「ええ、14歳からは社交界へのデビューも控えていますから
それほどハレンチな事もできませんけど、その少し前は大変です。
幼い頃のように周囲も甘やかしてくれませんし、かといって大人
としても見てもらえませんから、試練、試練の連続。何かミスを
しでかすたびに『お仕置き』『お仕置き』で追いまくられること
になります」

 「では、ここへも一度ならず……」

 「ええ、11歳から13歳の間は一学期に一度は必ず……二度、
三度という子も珍しくはありませんわ。中には、二三週間に一度
は必ず顔を出す常連の子もいますのよ」

 「まあ、それじゃあ身体がもちませんわね」

 「ええ、ですから、ここへの呼び出しは二週間に一度と決めら
れているんです。お仕置きはお仕置き。刑罰ではありませんから、
身体を壊したら何の意味もありませんもの」


 リヒター先生がニーナ・スミスとおしゃべりしているうちに、
今日の主役達が分厚い扉を押して入ってきた。

 「お客様の到着ね」
 リヒター先生はそう言うと、入ってきた子供たちに向って声を
掛けた。

 「さあ、みなさん。舞台にある椅子、どれでもいいですから、
座ってください」

 一行がリヒター先生と話していたのは入口を入ってすぐの場所。
そこは舞台の下手にあたる場所で、そこからフラットに広い舞台
が広がっていた。

 ちなみに、舞台をおりると、そこは舞台の何倍もある広い広い
土間になっていて、奥にはなぜか噴水が湧き出ている。

 「あれ、噴水なの?」
 グロリアが訊ねると、伯爵が説明してくれた。

 「戦時中、ここは爆撃を逃れるために作った礼拝堂だったんだ。
噴水も非難した人が飲み水に困らないように自噴の井戸を掘った
なごりなんだよ。だから今でも地下から自然に水が湧き出てて、
溢れた水はあの窓の外にある崖の方流れ落ちてるんだ」

 「あの窓からお外へは出られないの」

 「無理だね、とっても高い崖だから……ほら、そんなことより
始まるよ。君も見ておいた方がいい。一年たったら、君だって、
ここへ罪人として来るかもしれないんだからね」

 伯爵の言葉に、しかし、グロリアは強気だった。

 「大丈夫よ。わたし、普段から先生たちとは心安くしてるから、
ここへは二度と来ないと思うわ」

 底抜けに明るいグロリアの言葉。そんな一点の曇りもない自信
が、いったいどこから湧いて来るのか、大人達は不思議だった。

 いずれにしても、今日の催し物は、今まさに開催されんとして
いたのである。

*************************

 伯爵が先ほど説明したように、舞台にはミサを執り行う祭壇の
跡が今でも残っており、子供たちは、それを見つめるように配置
された七脚の椅子にそれぞれ個別に腰を下ろしていた。

 「さあ、では始めましょう」
 リヒター先生が開催を宣言する。

 「ここに何度も来ている残念な人たちは『またか』と思うかも
しれませんが、今日はここが初めての子もいるみたいなので説明
しておきます」

 リヒター先生がそこまで言うと、アシスタント役のシスターが
何やら金の縁取りまである仰々しいファイルを子供たちの名前を
確認しながら手渡していく。

 それが全てに行き届いたところで、先生は再び口を開いた。

 「今、お渡ししたファイルは、あなたのお父様があなたの為を
思って学校へ提出してくださった『身分剥奪証』です。そこには
学校が必要と認める時は国王陛下の名の下に爵位の効力を一時的
に停止させると書かれています。要するにここでお仕置きを受け
る時、あなたたちは平民の身分ということです」

 「…………」
 リヒター先生の説明は、大人たちには分かりやすいメッセージ
だったが、子供たちにしてみると、そんなこと言われてもピンと
こない。たしかに、彼らはぶたれた経験がほとんどなかったが、
それは生まれてこの方、当たり前の事で、それが自分達の身分に
起因しているなどとは考えもしなかった。

 「あなたたちは、これまでその身分に守られてお仕置きを経験
したことがほとんどなかったと思いますが、今は試練の時です。
試練を潜らない人に強い人はいませんから、お父様は、愛する娘
のために泣く泣く『身分剥奪証』を出されたのです。あなた方は
そのお父様の愛に感謝を示す意味でキスをしなければなりません」

 リヒター先生はこう言って手渡したファイルにキスを強制する。
そして、こうも付け加えるのだった。

 「お仕置きは愛です。貧しい家でよくやられている親の腹いせ
の為の虐待行為とここは一緒ではありません。どこまでもあなた
方の為にする愛の行為なのです。ですから、私達もあなた方への
鞭は、あなた方が耐えられる限界までしか強めません。ですから、
あなた方もそれに必死に耐えて、悲鳴をあげたり手足をバタつか
せるなどといった庶民の子がするような悪あがきをしてはいけま
せん。貴族の子は貴族の子らしく、お行儀よくお仕置きを受けな
ければならないのです。……もし、見苦しいマネをするようなら、
こちらもさらに強い愛を注ぎ込まなければならなくなりますから。
……わかりましたね」

 「はい、先生。……先生、お父様、お母様、国王陛下、司祭様、
マリア様、そして全知全能の神様の愛が私達に届きますように」

 リヒター先生に向って生徒達は一様に答えた。こんな時はこの
ような言葉で宣誓しなければならないと教えられていたからだ。
 だからみんな大真面目。当時の貴族社会にあってはお仕置きと
いえど折り目正しくが正論だったのである。


 そのファイルに全員が感謝のキスをしたのを確認すると、ファ
イルはシスターによって回収され、いよいよお仕置きが始まる。

 「アリーナ。あなただけここに残って、他の子は椅子を持って
舞台の端へ移動しなさい。そして、背もたれを噴水の方へ向けて
椅子の前に膝まづき、座板の上で両手を組むのです。……そこで
自分の番が来るまで、この一週間の悪い行いを全て思い出して、
反省し、お祈りをするのです。……分からない子はお姉さんたち
と同じことすればいいですから見て覚えなさい」

 リヒター先生は、こうして他の子たちを舞台の中央から遠ざけ、
こちらが見えないようになると、さっそく最初の子供、アリーナ
を祭壇の前で膝まづかせる。
 アリーナが人の気配に気づいて振り返ると、そこには学校での
担任クライン先生が自分と同じように膝まづいている。

 クライン先生は何も言わないが、幼いアリーナにしてみると…
 『あなたは、もう逃げられないのよ』
 と言われているみたいだった。

 「胸の前で両手を組みなさい」
 リヒター先生の声がいつもにも増して厳かに聞こえる。

 アリーナが言われた通りにすると…
 「これから、あなたは懺悔聴聞室で司祭様に犯した罪の全てを
告解しなければなりません。そのことは知ってますね」

 「はい」
 アリーナは小さな声で答える。

 「分かっているとは思いますが、その時、あなたは罪の全てを
包み隠さず司祭様に申し上げなければなりません。もちろん、嘘
は絶対に許されません。ここに来たからには、調べはついている
のです。わかるでしょう?」

 「はい、先生」
 アリーナの声は蚊の泣くように小さい。

 「声が小さいようですが、本当にわかっていますか?ここでの
お話はお友だち同士の告解ごっことは違います。どんなに小さな
嘘も、些細な隠し事も……いえ、たとえその罪を忘れていただけ
でも許されません」

 「…………」
 アリーナの顔が青ざめる。

 「どうしてだかわかりますか?……懺悔室ではね、罪を犯した
ことを忘れること自体、罪だからです。……もちろん、それも、
お仕置きの対象です。ですから、あなたは、この一週間に起きた
すべてのしくじりを必死に思い出して、司祭様に告解しなければ
なりません。……いいですね」

 「はい」
 アリーナは精一杯の声を出したつもりだったが、それは普段の
声量の三分の一にも満たないかすれ声だった。

 「よろしい、では、まず、マリア様に誓いをたててから懺悔室
へまいりましょう」
 クライン先生がこういうと、担任のクライン先生がアリーナの
ために後ろから口ぞえをしてくれた。

 「マリア様、私は真実だけを述べ、決して友だちを傷つけない
事を誓います」

 「…マリア様……私は……真実だけを述べ……決して友だちを
傷つけないことをお誓いします」

 「もし、約束を破った時は、どんな罰でも受けます」

 「…もし、……約束を破った時は……どんな罰でも受けます」

 クライン先生の言葉を鸚鵡返しに述べる。11歳のアリーナに
は、それが精一杯の宣誓だった。

 「わかりました。その宣誓した言葉を忘れてはいけませんよ」

 クライン先生から優しい言葉を貰い、アリーナはこの場を離れて、
懺悔室へと向う。

 『もう、死にそう。わたし、これからどうなるの……』
 アリーナは心の中で愚痴を言う。

 アリーナにとっても懺悔はこれが初めてではなかった。家でも、
学校でもそれはあったが、それは『これこれの罪を懺悔しなさい』
と親や先生に強制されただけ。自ら罪を思い出しながら懺悔した
なんて経験はないのだ。だからアリーナの心臓はすでにこの時点
で、はち切れんばかりに小さな胸を打っていたのである。

*******************(5)****

第11章 貴族の館(4)

      第11章 貴族の館 

§4 修道院学校のお仕置き(2)
  地下室見学ツアー <1>

 「コン、コン、コン」
 その音に反応して中で声がする。

 「誰?」
 その声は少し尖った感じの響きだったが……

 「僕だよ、 ベラ< Bella >」

 伯爵がそう告げると、とたんに声色が変わった。
 「これは、これは伯爵。今、鍵を開けます」

 彼女は内鍵を開けると、笑顔で三人を迎え入れる。
 すると、伯爵の目に幼い女の子が映る。

 「おや、また逢ったわね」
 それは、さっき伯爵たちが廊下で出会った、一番年下の女の子
だった。

 「君、名前は?」

 「グロリア=アグネス=ロンベルク< Gloria=Romberg >」

 「いい名だ。たしか、あそこは音楽家の家系だったかな。君も
やるの?」

 「………」少女は最初おかっぱ頭を横に振るが、あとで「……
少しだけ……」と愛くるしい顔で笑って付け足した。

 「そうだ、君はここが初めてだって言ってたね」

 伯爵は思い出したようにそう言うと、副校長のベラ=リンクに
向って訊ねた。
 「この子への宣告は終わったんですか?」

 「いいえ」

 「そう、それなら今日の処は、この子を私に預からせてくれま
せんか?」

 「ええ、それは構いませんけど、どうなさるおつもりですか?」

 「社会科見学ですよ。この地下室の……勿論、一年生をここに
呼ばれたからにはそれなりの理由がおありとは思いますが、まだ、
学校へ入って来て日も浅いのにいきなりぶたれた可哀想でしょう」

 副校長は穏やかに微笑んで……
 「そうですか。……ま、それはこの子に関しては、必要ないと
思いますけど、伯爵様がそういうご意思でしたらこちらとしては
問題ございませんわ。幼い子への体罰は私も望みませんので……」

 という事でグロリアは罪人の身でありながら、伯爵達の地下室
見学ツアーに参加することになった。

***********************

 「二号路は図書室になっているんです」

 伯爵は、ここへ降りてきた階段の処まで一旦戻ると、そこから
一号路の隣りに伸びる二本目の通路へと入っていく。

 その行き止まりにある部屋は比較的大きな広間になっていて、
ドアも大きく開いたままになっていた。そこでは十人ほどの子供
たちが黙々と何か書き物をしている。

 「みなさん、お勉強ですか?」
 ニーナ・スミスが訊ねると……

 「まあ、そう言えば言えなくもありませんけど……課題として
だされた本のページを書き写して、隣りの部屋にいる先生の処へ
持っていかなければならないんです」

 「百行清書みたいなものですか?」

 「ええ、まあそういったところです。書くのは一回なんですが、
何しろ長文なので結構骨が折れますよ」

 「それに汚い字だとやり直しさせられるんです」
 グロリアが思わず口を挟むので……

 「やったことあるのかい?」
 伯爵が微笑むと……

 「もちろん」
 そう言ったグロリアの顔は明るい。褒められることではないが
グロリアはどこか自慢げな顔だった。
 「それから、その書いた内容を質問されるの。答えられないと、
また覚えなおし……1時間くらいかかることもあるから大変なの」

 「何だかこの罰をすでに何回も受けてるみたいな口ぶりだけど
……グロリアちゃんはお転婆さんなのかな」

 伯爵にこう言われて、さすがに少し恥ずかしそうな顔になった
が……
 「そんなにお転婆じゃないけど、担任のマートン先生は私の事
をおしゃべりな小鳥だって……授業に集中してないって……私は
そんなふうには思ってないけど」

 「これはこれは伯爵閣下。今日はご視察ですか?」
 話しかけてきたのはカミラ女史。黒縁メガネがトレードマーク
のこの部屋の管理人である。

 「お客人を色々と案内してるんだ」

 「こんな処をですか?」

 「こちらは、ニーナ・スミスさん。カレニア山荘で校長先生を
なさってる。こんな処でも、何らかのお役にたつかもしれないと
思ってね、見ていただいてるんだよ。見せてあげてもいいかな?」

 「ええ、私はかまいませんけど、ここは子供たちのお仕置きの
ために設けられた施設ですから、聞くに堪えない悲鳴や見苦しい
物もたくさんありますけど、よろしんですか?」

 「かまわないよ。うちのありのままを見せたいんだ」

 「ところで、そちらの娘さんは秘書さんですか?」

 「カレン・アンダーソンさん。これでも作曲家だよ」

 「ああ、カレンさん。存じてますよ。最近、チビちゃんたちが
よく弾いてますから……でも、こんなに、お若いとは知りません
でした」

 カミラ女史は若いカレンに対しても古くから友人のように笑顔
でもてなす。
 ただ……

 「あと、お連れはいらっしゃいませんね……あっ、あなたは、
違うわね」

 伯爵の腰に隠れるようにしてこちらを見ているグロリアを見つ
けると、こちらには渋い顔で睨みつけた。

 「お譲ちゃん今日は何を清書するように言い付かってきたの?」

 カミラ女史がこう詰問するから伯爵が中に入った。
 「いや、この子も私たちの連れなんだ。まだ新入生だし一度は
こんな処があることを知っておけば、ここへ顔を出す回数も減る
んじゃないかと思ってね。こういう処は初めてだって言うし……」

 こう言うと、カミラは吹き出すように笑って……
 「伯爵様は、相変わらず女の子にお優しいんですね。……でも、
この子、ここが初めてじゃありませんよ」

 「えっ、そうなの?」

 「確かに、一般的に新入生はまだ幼いですし、学校にも慣れて
いませんから、本校でも体罰は奨励していませんけど、この子に
限って言えば例外です。もう、ここに顔を出したのが4回目です
から」

 「おや、おや」
 伯爵はグロリアを見下ろして苦笑い。
 そして、それを見上げるグロリアも苦笑いだった。

 「大丈夫だよ。心配しなくても……伯爵たるもの。約束は守る
からね」

 伯爵からのお許しを得たグロリアは、そっと彼の右手を両手で
握りしめる。その愛くるしい姿は、伯爵にそれ以外の口を開かせ
なかった。

************************

 一行は再び階段の処まで戻って今度は三本目の通路を進む。
 廊下の長さは15mから25mほど。それほど長い距離ではな
いが、暗い廊下を進むだけでカレンは陰鬱な気分だった。

 三号路の先はさっきとは違って小さく部屋が仕切られていて、
その一部屋のドアを伯爵がノックすると、先ほどと同じように、
最初はつっけんどんな返事だが、伯爵とわかると手の平を返した
ように声が優しくなって迎え入れてくれた。

 「これは、これは、伯爵。何か、火急の御用でしょうか?」
 応対に出たのはヘルマ=ベイアー先生。
 理知的だが化粧気はなく、増え始めた皺も隠そうとしない中年
女性の笑顔がのぞく。

 しかし、入り口を塞ぐように立つ彼女は、来訪者たちを部屋の
中へ積極的に招き入れるという雰囲気ではなかった。

 そこで伯爵が……
 「火急の用がなければ立ち入れませんか?出直しましょうか?」
 と言うと……

 「いえ、そのようなことは……ただ、一人の生徒の処置を考え
ておりましたので……」

 「誰です?」

 「エミーリア=バウマンです」

 「エミーリア=バウマン?そう言えば明日は試合があるのでは?」

 「ええ、それが、思いもよらぬことが起きまして……まずは、
お入りください」
  ベイアー先生はようやく一行を受け入れたが……

 「ほう……」
 伯爵は『なるほど』といった顔になった。

 そこにはマリア様が描かれたタペストリーの下で三人の女の子
が膝まづき、お尻を丸出しにして仲良く並んでいたのである。

 「一人ではないんですね」
 伯爵が尋ねると……

 「三人組みの悪さですから……」

 「ほう、どんな?」

 「試合の近いエミーリアが今週はテストが不出来だったり宿題
をやってこなかったりでここへ呼ばれたのですが……こちらへは
常連の他の二人が見かねてエミーリアの分まで清書作業を手伝っ
たんです」

 「なるほどね……それで、できたからと言ってさっさとここへ
持ってきた。でも、一人でそんな短時間にできるはずがないから、
よく確かめてみると、字の癖が違っていた。そこで、エミーリア
を問い詰めたけれど、白状しないものだから、鞭を一ダースほど
くれてやると、やっと事情を説明した。そんなところですかね」

 「よくご存知で……すでにどこかでお聞きになられたんですか?
……そうか、カミラ女史から……」

 「いえいえ、私の学生時代にもそんな事はよくあったことです
から、おおよそ推測はつきます。それで、どうなさるんですか?」

 「ですから、それを、今、考えていたところなんです。………
それはそうと、そちらのお連れさんたちは?………おや、中には
見たことのあるような顔もありますが……」
 ベイアー先生は、すでに常連になりつつあったグロリアを見つ
けて笑う。

 「社会科見学の一環ですよ。……」
 伯爵はニーナやカレンがここに来た経緯(いきさつ)を話した。
 そして……

 「どうでしょう。この子たちと賭けをするというのは……」

 「賭け?」

 「ええ、このまま試合に出させて、勝てば罰は与えない。でも、
もし負けたら、二倍のお仕置き……」

 「そ、そんな……ご冗談を……」
 ベイアー先生は驚く。当然、冗談かと思ったのだが……

 「いえ冗談ではありません。私はそれでいいと思ってるんです。
この二人の協力者にしても、いわば、エミーリアのテニスの腕に
賭けたんでしょうから……」

 「…………」
 ベイアー先生は、伯爵のあまりに唐突な提案に、声が出ないと
いった表情だった。

 「無謀ですか?教育者にあるまじき行いですか?……もちろん
これは私の個人的な思いつきで、判断されるのは先生ですが……」

 「ギムナジュームではそういう事をされてたんですか?」

 「すべてがそうして処理していたわけではありませんが、なか
にそうした先生もいらっしゃいましたので申し上げただけです。
……男の世界の話です。女の子の学校では馴染めませんか?」

 「たしかに、それはそうですが………伯爵様のご意向とあらば、
それは尊重いたします」

 『ベイアー先生は必ずしも乗り気ではない。それでも、理事長
先生の意見も無視もできないから、不承不承したがったのだ』
 人生経験の浅いカレンはベイアー先生の言葉をこう判断した。

 しかし、事実は違っていた。
 むしろ、ベイアー先生自身も心の中ではそれは面白いと思って
いたのだ。ただ、自分の立場上、それを積極的に肯定できない。
そこで、こう言わざるを得なかったのである。

 「それでは生徒に聞いてみましょう」
 伯爵は話を進める。

 ベイアー先生の手が鳴り、三人はスカートを下ろすことを許さ
れた。

 こちらを向き直ると、三人ともすでに目が真っ赤だった。
 「こんにちわ、伯爵様」
 三人そろって挨拶したが、唇が微かに震えている子もいる。

 「どうかね、君達。後ろ向きだったけど話は聞こえてただろう。
君たちだってエミーリアの実力を信じたから、不正を手伝う気に
なったんだろうし、もう一度、エミーリアの実力を信じてあげて
もいいんじゃないのかな」

 伯爵の言葉に両脇の二人が真ん中に立つエミーリアの顔を覗き
込む。

 「どうだね、エミーリア。……君達のやった事はとても重要な
規則違反だ。本来なら無条件でこの煉獄からも追放。四号路以降
の地獄行きだよ。知ってるよね、そのくらいの事は……」

 「はい、先生」

 「そんなことを君は友だちにやらせたんだ」

 「先生、違います。私たち自主的にやったんです。エミーリア
は何も悪くないんです」

 ハンナはエミーリアを弁護したが……
 「友だちがいくら自主的にやりましたと言っても、その恩恵を
君が受けてしまえば…エミーリア、…君だっては同罪なんだよ。
……わかるよね、そこは……」

 「はい、理事長先生」

 「でもね、僕は、友だちからこうして慕われてる君を、単純に
地獄へは落としたくないんだ。……君たちはもう14歳。小さな
子と違ってあんなハレンチな場所は嫌だろう?」

 「…………」
 三人は一様に小さくうなづく。

 「そこでだ。私も君達の気持を汲みたいから提案してるんだ。
エミーリア。今、君のできることは何だね。テニスだけだろう。
だったら、それで君を慕う友だちが救えるなら、こんな賭けも、
やってみるべきじゃないのかな」

 「わかりました。二人がそれでいいならやってみます」
 伯爵の説得にエミーリアはついに賭けを承諾する。

 自分の事だけならいざ知らず、それで友達の運命までが決まる
のだから、容易な決心ではなかったが、お仕置きを免れる道が他
にないのなら、それに賭けてみようと思ったのである。

 試合は明日。相手はエミーリアはより格上の選手。勝てば無罪
放免だが、負ければその週の週末と翌週の週末、二週続けて三人
は地獄部屋へ行かなければならない。
 決していい条件ではないが、二人も承諾して、簡単な契約書が
作成された。

 殴り書きの紙に、伯爵とベイアー先生、エミーリア、ハンナ、
それにもう一人おともだちアデーレがサインして、カーボン複写
された物は生徒にも渡される。

 たかがお仕置きに麗々しく契約書と笑うなかれ、将来、重要な
ポストに就くことの多い生徒たちにとっては、これだって立派な
社会勉強の一つだったのである。

 エミーリアたち三人娘が去ったあと、一行はいよいよ四号路へ。
生徒達が『地獄』と呼ぶその場所へと旅立つことになった。

 「あら、グロリア。あなたも一緒になって地獄を見に行くの?
怖いから目を回さないでよ」

 ベイアー先生がそう言ってグロリアの頭を撫でるから伯爵が…
 「あれ、この子、ここには何度か来てるんでしょう?」

 「そりゃあ、そうですけど、ここまでです。ここから先へは、
まだ一度もやったことありません。この子は怠け者で、お転婆で、
おしゃべりで……ま、色々大変ですけど、根はいい子ですから、
地獄へ送ったことはないんです。いつも、ここまでよね」

 ベイアー先生の言葉にグロリアは大きくうなづいてみせた。
 「先生のお慈悲に感謝します」

 「何言ってるの。今さら調子のいいこと言って………あなたも、
あんまり調子に乗ってると、そのうち本当に地獄へ突き堕とされ
るわよ」

 「なんだ、そういうことだったのか」
 伯爵は苦笑い。そこで……
 「地獄は怖いところだからね、君はここから帰ってもいいよ」
 と言ってみたが、やはり、答えは……

 「平気です」
 という事だった。

 そこで、四号路以降もやはりこの四人で見学することになった
のである。

********************(4)***

第11章 貴族の館(3)

              第11章 貴族の館

§3 修道院学校のお仕置き(1)

 『わあ、立派ね!家のオンボロ校舎とは大違いだわ』
 カレンは思った。

 時計台を持つ三階建ての本棟を中心に図書館や体育館、運動場
までしっかりと整備されていて、そこは立派な私立学校だった。

 「ここで2歳から15歳までの子が学んでいます。時計台校舎
の左側が9歳迄の子が学ぶ『幼児学校』。こちらは男の子も一緒
ですが、15歳までの子が学ぶ『基礎教育学校』は生徒は全員が
女の子です」
 正門を入ったところで伯爵は誇らしげに学校を語った。

 「何人くらい生徒さんはいるんですか?」

 「定員は特に定めていないので、各学年人数はまちまちなんで
すが、だいたい10人から15人前後です」

 「そんなに少ないんですか」

 「何しろ、私たち一門の為に作った学校ですから、一般からの
入学希望者がそんなにいないんです。……それでも最近はこれで
増えた方なんですよ。私が通っていた頃には1クラスに3人しか
いないなんて時がありましたから」

 「でも、その方がマンツーマンに近くてお勉強がはかどったん
じゃありませんこと……」

 「たしかに……おかげでよくぶたれました」
 伯爵は笑う。そして……
 「では、女の園の方へ行ってみますか」

 こう言って二人を誘うと、カレンが……

 「あのう……伯爵様は……男性ですよね。いいんですか?」

 こんなふうに申し訳なさそうに訊ねるから、伯爵は、一瞬その
質問の意味が分からず困惑するが、すぐにまた頬の筋肉を緩めて
……
 「大丈夫も何も、私は理事長ですからそれは仕方ありませんよ」

 伯爵はカレンの疑問にこう答える。
 「お嬢様。女の園といっても、それは生徒だけの事で、教師や
聖職者には男性もいます。女性だけでコミュニティーを維持する
のは大変なんです。重しがいるんですよ……」

 「重し?」

 「有無も言わさぬ強い力です。女性だけの社会では往々にして
みんながいい子になろうとして馴れ合いになってしまい、うまく
いかないことが多いんです。そんな時は誰かが悪役になってやら
ないと……」

 「悪役?」

 「例えば生徒にとって自分のお尻を叩く先生は悪役でしょう。
でも、それって誰かがやらないといけないでしょうから……」

 「そんな……」
 カレンは頬を赤くして俯いた。

 「そりゃあ、男性の前でお尻をだすなんて嫌でしょうけど……
でも、これはこれでいいこともあるんですよ」

 「どんなことですか?」

 「女性同士だと、それってずっと遺恨として残りますけどね、
男性の場合は『所詮、男に女の気持なんて分からないから仕方が
ない』って諦めがつきますから……

 「そんな……」
 カレンは再び頬を赤くして俯いた。

*************************

 校舎へ入る入り口は時計台の真下に一つだけ。でもここを入る
と、すぐに左と右に分かれる。左へ行く子たちはまだ幼いから、
それほど強い体罰を受けることはなかったが、右側へ行く女の子
たちは常にその事を頭において行動しなければならなかった。

 とりわけ、土曜日の午後は『一週間の精算』と称して、素行の
悪い子たちには、その罪に見合うだけの罰が用意されていた。
 もっとも、誰もがそうなるのではなく、災難はごく一部の生徒
に限られるから、土曜日の放課後が特別ではない。
 三人が廊下を歩くと、どこからともなく女の子たちの甲高い声
が木霊して、そこは華やいだ雰囲気だ。

 お仕置きがどんなに怖くても、所詮、当事者だけの問題。指名
を受けなかった彼女たちにしてみれば、『一週間の精算』など、
よその国の出来事だったのである。

 ただ、伯爵が二人を案内して石の階段を下りて行くと、そこは
地下室という場所柄もあるだろうが、重苦しい空気が漂っていた。

 この地下室は、大戦中はトーチカとして利用されていた物なの
だが、頑丈すぎて取り壊しに骨が折れる為、そのままの形で残り、
その地面の上に、戦後、新たに校舎を建てたのだ。

 当初は、物置として使われていたが、悲鳴が外に漏れることが
少なく、暗く陰鬱な空気が、生徒の恐怖心を煽るという理由から、
いつの間にかお仕置き専用の部屋になっていた。

 当然、構造も昔のままで、階段を下りると、そこから放射線状
に七つもの廊下が走っている。七つともその突き当りの部屋が、
お仕置き部屋で、今、まさにその最中。各部屋とも防音には気を
配っているので、伯爵やニーナにしてみれば、生徒の悲鳴が外に
漏れてうるさいということはなかったのだが、カレンだけはその
耳のよさが災いして、どの部屋の音も拾ってしまう。彼女にして
みれば、その地下への階段に足を踏み入れた時から、少女たちの
悲鳴と鞭の音が頭の中で鳴り響いていたのである。

 階段を下りた伯爵は、まず一号路と呼ばれる東側の廊下を進む。
東側と言っても自然光が差し込む窓はなく、朝日が当たることも
ない。地下室はどこもそうだが、電気の照明がなければ真っ暗で、
何もできない世界だった。

 「暗い廊下ですね。電気代を節約されてるんですね」
 ニーナが心配すると、伯爵は笑って……

 「それもありますが、生徒たちを怖がらせる為の演出ですよ。
お仕置きを受ける時は気を引き締めてもらいたいので、わざと、
暗くしてあるんです。

 そんな薄暗い廊下を三人が歩いて行くと、その先が急に明るく
なっていて、スポットライトを浴びたようにドアの前に七八人、
木製ベンチに腰を下ろした少女たちがいる。

 いずれもここの女生徒たちだが、年齢はばらばらだった。
 10歳の子もいれば15歳の子もいる。その範囲の子を預かる
学校だから、その範囲の女の子がそこにずらりと並んでいたので
ある。

 まだ乳離れの済んでいないあどけない顔から、もうどこか大人
の匂いを感じさせる少女まで、さまざまな少女たちが、いずれも
沈痛な面持ちで息を潜め、そこに並んでいたのだった。

 と、ここで一人の少女が伯爵に気づく。

 「!」

 気づいた瞬間、その子はまるでビックリ箱を開けた時のように
勢いよく立ち上がったが、それに気づいた他の子供たちも次から
次に同じような勢いで椅子の前で直立不動の姿勢をとる。

 最後に一人、この中では最年少とおぼしき少女が泣き止まずに
椅子にそのまま座っていたが、その子も気がついた友だちに注意
されて立ち上がる。
 どうやらこの学校では、伯爵様に出合ったら、こうしなければ
ならないと教わっているようだった。

 カレンにはその光景がまるでナチスの軍隊のように見える。

 「ここにいるのはどんな子供たちなんです?」

 ニーナが伯爵に質問すると、伯爵はそれには直接答えず、今、
目の前で直立不動になっている12 3歳とおぼしき少女に尋ね
た。

 「君はなぜ、ここにいるのかね?」

 「ギリシャ語の成績が悪かったからです」

 「何点だったの?」
 「35点でした」
 「そう、それはもう少し頑張らないとね」

 伯爵は隣りの子に……
 「君は?」
 「数学の宿題をやってこなかったからです」
 「そう、残念だったね」

 さらに次の子にも……
 「君は……」
 「ローラに悪戯して……それで……」
 「ローラってお友だち?」
 「はい」
 「悪戯って?」
 「靴に画鋲を刺して……悲鳴上げるんじゃないかと思って……」
 「よく、やるやつだ」

 「君は、さっき、泣いてたよね。ここは初めてかい」
 「…………」少女は何も言わずにうなづく。
 「先生に、ここへ来るように言われたんだね」
 「…………」少女はまた何も言わずにうなづく。
 「先生はどうしてそんなこと言ったの?」
 「私が先生なんか嫌いだって言ったから……」
 少女が初めて口を開いた。
 「そう、先生にそんなこと言っちゃいけないんだよ。女の子は
誰に対しても『あなた嫌い』なんて露骨に言っちゃいけないんだ。
今日は我慢しなくちゃね。…でも、私が先生にあまり痛くしない
ように言ってあげるからね」
 「…………」
 伯爵にこう言われて少女はまた何も言わずにうなづく。

 「ニーナ先生、こんなものですけど、よろしいでしょうか?」

 「はい、ありがとうございます」
 ニーナの喜ぶ顔を見て、伯爵も笑顔になって……
 「みんな、座っていいよ」
 生徒へ着席の許可を出した。

 「ここにいる子供たちは、まだ、ましな方です。本当に問題の
ある子は個別に呼ばれますからね、お友だちと顔を合せることは
ないんです。お仕置き、見ていかれますか?」

 伯爵に勧められるとニーナ・スミスは少し微笑んでから……

 「でも、私のような者がよろしんでしょうか?」
 あらためて伯爵に訊ねたのである。

 「かまいませんよ。貴族の娘といえど子供は子供です。過ちを
償う姿を見られたとしても恥ではありません。それに、あなたは
しっかりしたお方で分別もおありのようだし何より校長先生でも
ある。カレンさんにしても今は立派な作曲家という社会的な立場
がおありだ。いわばこの子たちを指導する立場にあるのですから
この子たちの方から不平を言う資格はありませんよ。……どうぞ
お気遣いなく」

 伯爵がそう言った直後だった。丸いドアノブが回り、部屋から
一人の少女が出てきたのである。

 彼女は部屋の中へ向って……
 「ありがとうございました。失礼します」
 と大きな声で最敬礼してから開けた扉を閉める。
 
 そして、急いでいたのか、小走りにその場を立ち去ろうとする
ので……
 「待ちなさい、ドリス」
 伯爵が呼び止めた。

 すると、彼女はドアの処では神妙に見えた顔から一転、こちら
を振り返った時は、すでに明るい笑顔だった。
 「ばれちゃった」

 「叔父さんに、ご挨拶はないのかい?」
 伯爵にそう言われると、ドリスは体をくねらしながら答える。

 「ごきげんよう、おじ様」
 ただ、その時も彼女は両手をお尻から離さない。
 どうやら部屋の中でもそれなりに可愛がられたようだった。

 「今週もお世話になったみたいだね」
 「へへへへへ」ドリスは照れくさそうに笑う。
 「何したの?」
 「何って、特別なことは…………ただ、ちょっと…………」
 「ただちょっと、何だね?」

 「算数の成績がちょっと悪かったの」
 「何点だった」
 「15点」
 「50点満点で?」
 「…………」
 伯爵の言葉にドリスは首を振る。100点満点で15点だった
のだ。

 「算数は嫌いかい?」
 「どうして?」
 「だって、算数って、数字や記号ばかりで誰も人が出てこない
でしょう。誰もいないところで何かやっても楽しくないもん」

 「なるほど、女の子らしいな」
 伯爵は苦笑した。
 「それだけかい?」
 「あと……校長先生の写真にお髭とサングラスを書き足したら
ベルマン< Bellmann >先生のご機嫌が悪くなっちゃって……」

 「落書きだね。……書き足したのはそれだけ」
 「それだけって……」
 ドリスは口ごもる。
 その後ろめたそうな顔は、それだけでないと言ってるようだ。

 「それだけじゃないんだろう」
 「…………う……うん」
 ドリスは伯爵に促されて渋々認める。
 「他に、何か書き足したね。ベルマン先生はそのくらいのこと
なら、君をここへ送ったりしないはずだよ」

 「う……うん、ちょっと、その横に書き添えたの」
 「何て?」
 「『Oh神よ。子供たちのお尻を叩く私を最初に罰したまえ』」

 「なるほどね」
 伯爵は呆れたという顔になった。
 「深い意味はなかったのよ。ちょっとした軽い遊びだったんだ
から……」

 「いいかい、ドリス、先生は、校長先生に限らず他の先生方も
神父様も君達のためにお尻を叩いているんだよ。そんな人たちを、
神様を使って懲らしめようだなんて、考えること自体いけない事
なんだ。もっと、もっと、自分の立場を考えなきゃ。君は身分は
あっても、社会ではまだまだ半人前の人間なんだ。そのことは、
何度も教わってるからわかってるよね」

 「…………」
 ドリスは静かに頷く。
 それは、これから起こるであろう出来事をある程度覚悟しての
頷きだった。

 「おいで……」
 伯爵はドリスを自分の懐へ招き入れる。

 彼女の頭が伯爵のお腹のあたりに吸い込まれる。
 そうやって、しばらく抱き抱えられてから……

 「学校の先生も神父様も、もちろん校長先生も私も……すべて、
ドリスが敬わなければならない人たちだ。それができない子は、
お仕置き。大事なことだから、学校で何度も習っただろう」

 「…………」
 ドリスは自分の遥か上にある伯爵の顔を見ながら静かに頷く。
 それはどんなお仕置きも受け入れますという子供なりのサイン。
この時代にあっては、親や教師が行うお仕置きに協力するのも、
良家の子女の大事な勤めだった。
 庶民の子のように自分の本心のままにイヤイヤは言えなかった。

 もし逆らったらどうなるか……
 その恐怖体験はすでに幼児の頃にすませているから、この廊下
に居並ぶどの子も、あの忌まわしい悪夢の箱を二度と開こうとは
しなかったのである。

 「パンツを脱ぐんだ」

 伯爵が命じると、ドリスはあたりを見回す。
 そこにニーナやカレンといった見知らぬ大人や逆に自分をよく
見知った学校の友だちがいるのが、気になるようだったが、とう
とう『いやです』という言葉は出ずに、自らショーツを太股まで
引き下ろしたのだった。

 伯爵は、ドリスの背中をその大きな左腕で抱え込むと、立膝を
した上にドリスを腹ばいにして、スカートを捲りあげる。
 当然、その可愛いお尻が白熱燈の下に現れるが、ドリスは暴れ
もせず、声もたてなかった。

 「………………」
 伯爵は、まずはまだ赤みの残るお尻を擦りながら、このお尻が
この先どのくらいの折檻に耐えられるか、値踏みをしながら……
両方の太股の間を少しずつ押し開いていく。

 普段、外気に触れない場所が刺激を受けて多少動揺するドリス
の可愛らしいプッシーをカレンは見てしまった。
 すると、それは他人の事のはずなのに、思わず、自分がドリス
の立場になったような錯覚に襲われて、ハッとするのだ。

 『わたし、何、馬鹿のこと考えてるんだろう』
 カレンは慌てて自分の頭に浮かんだものを消し去ろうとしたが、
それを完全に消し去ることはできなかった。

 「いいかい、先生を揶揄する事はとってもいけないことだよ。
わかるだろう」
 こう言って、最初の平手が打ち下ろされる。

 「ピシッ」
 「ひ~~いたい」
 思わず、ドリスの口から悲鳴が漏れたが……

 「静かにしなさい、ドリス。このくらいのお仕置きで声なんか
出したら恥ずかしいよ」
 伯爵は厳しかった。

 伯爵だって自分の子供をはじめとして何人もの子供たちのお尻
を叩いている。それがどの程度の衝撃かもよく心得ていた。
 たとえ、それまでにお尻を叩かれてリンゴが敏感になっていた
としても、このくらいのことで声を出すのはドリスが甘えている
からだと判断したのである。

 「歯を食いしばって耐えるんだ。でないと、終わらないよ」
 その声の終わりとともに二発目がやってくる。
 「ピシッ」
 「(うううううう)」
 今度は必死に声を出さずに耐えた。

 良家の子女は目上の人には従順でいるのが基本。どんなにお尻
が痛くても必死に我慢して声を出さないように罰を受けなければ
ならない。勿論、そこで暴れるなんてもっての他だった。

 実際、良家の子女たちは、暴れて当然の幼児の頃、暴れる体を
大人たちに押さえつけられ、厳しい折檻を何回も受けている。
 それだけではない。自らパンツを脱ぎ、お仕置きをお願いし、
必死にお尻の痛みに耐えてお礼を言う。そんなお仕置きの作法を
徹底的にその身体に叩き込まれるのだ。

 「これから、先生を敬って、失礼な事はしないね」
 「はい、しません」
 「ピシッ」
 「(ひぃ~~~)」
 ドリスは思わず地団太を踏んだが、声は出さなかった。
 三発目からは『伯爵の平手の痛みに耐え、声を出さず、お礼を
言う』という、良家の子女の作法に従ってお仕置きを受け続ける。

 「いい子だ。その気持をずっと持ち続けない」
 「はい」
 「ピシッ」
 「(い~~~~)」
 ドリスにそれは形容しがたい痛みだった。一度、しこたま叩か
れたお尻をもう一度叩かれるなんて、これまでになかったからだ。

 「君は貴族の家に生まれたんだ。当然、やらなければならない
事はたくさんある。教養、礼儀、品性……そして、これも………
その一つだ」
 
 「はい」
 伯爵はドリスの声に反応しては叩かない。一瞬逃げようとした
可愛いお尻が元の位置に戻るのを見届けてから……
 「ピシッ」

 「(いやあ~~もうやめてえ~~~)」
 ドリスは心の中で叫んだ。

 伯爵の平手は暗い廊下に置かれたドリスの可愛いお尻めがけて
飛んでくるから、明るい待合のベンチに座るお友だちの処からは
よく見えないのだが、それだって恥ずかしい事に変わりはない。
何よりお尻の衝撃が背筋を通って後頭部にビンビン響いた。そして、
そこが響くと、ドリスの子宮が思わず収縮して、不思議な気持に
なるのだった。

 「ちゃんと、ごめんなさいができるね」
 「できます」
 ドリスはもうほぼ反射的にそう言い放ったが……
 「よろしい、では、ベール< Baer >神父様に事情を話しておく
から、明日は浣腸付きの鞭を独りで受けるんだ」
 伯爵の言葉にドリスは飛び上がる。

 「そんなあ~~~~」

 「何がそんなだ。貴族にとって身分をないがしろにすることは
とても重大な違反行為なんだよ。私たちは身分制度があるから、
貴族でいられるんだ。学校で習ったはずだよ。それを自分で壊す
なんて、軽々しく許されるわけがないじゃないか。今日のお尻の
様子を見ると、どうやらそこまでやってもらってないようだから、
明日は神父様の処で、正式に罪の清算をしなさい。……いいね」

 「だって、おじ様、神父様の鞭ってとっても痛いんだよ」

 「知ってるよ。だから事前に浣腸もしてもらって、粗相のない
ようにするんだ」

 「あれも嫌!!だって、あれも、もの凄く気持悪いんだもん。
終わった後も、お尻の辺りがなんか変だし……」

 「仕方ないだろう、お仕置きなんだから……もし、逃げたら、
月曜日の朝、ミサの終わりに全校生徒の前でやらされる事になる
から、それも頭に入れておくんだ。いいね」

 「…………」
 あまりのショックに目が点になったドリスだが、伯爵が……

 「わかったのかね」
 と、念を押すと、我に返って……
 「はい」
 と、小さく答えた。

 「よし、じゃあ今日のお仕置きはこれで終わりだ」

 ドリスは伯爵の立膝からは解放されたが、肩を落として、しお
しおと帰って行った。

 「厳しいんですね」
 ニーナがつぶやくと……

 「仕方がありませんよ。昔に比べればその権限は小さくなりま
したが、それでも依然として我々は為政者ですから身の処し方は
平民の人たちとは違います。軍に入れば今でも無条件に士官です
から、その信用に応えなければいけないわけです。……そもそも、
社交界での複雑な決まりごとや所作が、たった一打の鞭もなく、
子供に備わるとでもお思いですか」

 「そうですわね」

 「優雅に泳ぐ白鳥も、人の目に触れない水面下では必死に足を
バタつかせて泳いでいます。貴族もそれは同じ。ここは、貴族と
いう名の白鳥の水面下なんです」

 伯爵はさりげなくニーナの肩を抱くと、周囲にいる子供が恐怖
するそのドアをノックしたのだった。

********************(3)***

第11章 貴族の館(2)

             第11章 貴族の館

§2 次の間での出来事

 たちまち不安に襲われたカレンだったが……
 しかし、そんなモニカとまるで入れ替わるように、今度は幼い
女の子が一人、楽譜を持ってこの部屋に現れた。

 彼女はカレンの存在など眼中にないとでも言いたげに、椅子の
高さを調整し、譜面台に持ってきた楽譜を投げるように掲げると、
やおらピアノを弾き始める。

 『えっ!何よ、これって六時十四分じゃない』
 七歳の可愛らしい手が、自分の曲を奏でている。
 カレンは思わず笑顔になった。

 一曲弾き終わってたずねてみる。
 「あなた、お名前は?」
 
 「シンディ……お姉ちゃんは?」

 「カレン……カレン・アンダーソンっていうの」
 カレンは正直それに驚くのかと思ったが……

 「ふうん」
 彼女は鼻を鳴らすだけ。シンディにとっては作曲者など誰でも
よかったからだ。

 少女はカレンとの短い会話の後、譜面台から楽譜をひったくる
と、ピアノ椅子から飛び降りて南側のドアへ向う。そう、先ほど
モニカから、この先には勝手に入ってはいけないと言われたあの
ドアだ。

 彼女はそのドアの前に立つと、足踏みを始める。
 まるでトイレの前で順番を待っているようなせわしない仕草だ。

 『どういうことだろう?』
 カレンには意味が分からない。
 すると、シンディに気を取られているうちに、また、ピアノが
鳴り出す。

 『今度は男の子だわ。……これも、私の曲よね』

 そんな事を思っていると、ドアが開く音がする。
 慌ててそちらへ視線を移すと、南側のドアが開いて女中らしき
女の子がシンディを招きいれたのである。

 『あっ……』
 カレンは事情を聞こうとして、声を掛けそびれた。一足早く、
シンディはドアの向こうへ消え、ドアには内鍵の掛かる音がする。

 そこで今度は演奏している男の子に声を掛けてみたのだが……

 「ねえ、お名前は?」
 「……………………」
 「あなた、お歳はいくつ?」
 「……………………」
 「ねえ、さっき、ここにいた女の子、シンディっていうの……
お友だちなの?」
 「……………………」
 「あなたも、あのドアから中へ入るのかしら?」
 「……………………」
 カレンは少年にいくつか質問してみたが、何一つ答えは返って
こなかった。

 そして、演奏が終わり、彼が最初に口にしたのは……
 「おばさん、おばさんが変な事いうから途中で間違えちゃった
じゃないか。もし、呼ばれなかったおばさんのせいだからな」

 彼もまた、シンディと同じように楽譜を譜面台からひっぺがす
ように取上げるとそれを持って南側のドアの前に立った。
 あかんベーをしながら……それが彼の答えだったのである。

 『おばさんって……わたし、まだ16歳なのよ』
 そんな驚きもあったが、何より……
 『何よ、こんな練習でそこまで噛み付かなくてもいいじゃない』
 という怒りがカレンにもわいてきてお互いあかんベーをしあう
ことになったのである。

 ところが……
 そんな沸騰した頭を冷ます風が、カレンの後頭部から吹いた。

 「あなた、どなた?子供相手にやりあっても仕方がないと思い
ますよ」

 カレンが、その涼やか声に顔を赤らめて、後ろを振り返ると、
細面で髪の長い理知的な感じの美少女がたたずんでいる。
 彼女はカレンより身長が高くほっそりとしていたが、年恰好は
自分と同じくらいに見えた。

 「わ、わたしはカレン・アンダーソンと言います。今日は……
その……伯爵様のお招きで……」
 カレンはぎこちなく挨拶する。

 「私はシルビア=エルンスト。叔母様の御用でいらっしゃった
んでしょう」

 「……叔母?……さま……」

 「ええ、エレーナは私の叔母なの」

 「エレーナ?」

 「多くの人が、アンハルト伯爵夫人なんて呼んでる人の名前よ。
ちなみに、あなたがアカンべーしてた子は、カルロス=マイヤー。
先週はドアの中に入りそびれたら、ぴりぴりしてるのよ。許して
やってね」

 シルビアがそう言った直後、カルロス少年は最後のアカンべー
をしてドアの向こうに消える。

 「あそこのドアから中に入るのには何か意味があるんですか」

 カレンが素朴な質問をぶつけると……
 「サラ、あなた、アンダーソンさんに説明しなかったの?」
 シルビアはまず若い女中を叱りつけた。そして……

 「でも、訊ねられませんでしたから……」
 という答えを聞くと……
 「相変わらず気が利かないのね。そんなことだからお父様から
鞭をもらうんでしょう。……ま、いいわ、私が説明するから……」

 お嬢様はこうしておいてから、カレンに説明を始めたのである。

 「あの子たちは今日がピアノのレッスン日なんだけど。みんな
いやいややらされてるピアノだから、中にはろくに課題曲を練習
してない子もいて、それをこのピアノでチェックしてるのよ」

 「じゃあ、不合格だったら……」

 「ピアノの代わりに別のレッスンが待ってるわ」

 「別のレッスン?」

 「お仕置きよ。オ・シ・オ・キ。鞭でお尻を1ダースくらいは
ぶたれるわ。だから、ここで弾くピアノは真剣なの。見ず知らず
のおばさんの質問になんか答えてる暇はないってわけ」

 「じゃあ、わたし、悪いことしちゃったんですね」

 「大丈夫よ。カルロスのやつ、向こうに消えちゃったから……」

 「あなたもここでピアノを弾くんですか?」

 「そうよ、ここではこれが部屋の鍵みたいなものなのだから。
絶対になくさない安全な鍵よ。だって、これだと、他人が誰かに
成りすますなんてこと、できないもの。あなたなら出来るかしら?
他人とまったく同じ音色のピアノ?」

 「無理です」

 「そうでしょう。私も同じ。似せることはできても、やはり、
ピアノって聞いていれば誰が弾いているかわかるもの。……不正
はありえないわ」

 彼女はそれだけ言うと、椅子の高さを調整してピアノに向った。

 美しい『月光』だった。彼女にしか弾けない、彼女の『月光』
だったのである。

 『私も、弾かなくちゃ。……でも、私はどうなるんだろう。…
…やっぱり、ドアは開くのだろうか』
 シルビアがドアの向こうへ旅立った後、ちょっとした実験気分
で、カレンもまた、ピアノを奏で始めた。

 同じ、『月光』を……できる限り、シルビアのピアノに似せて。

**************************

 すると……
 ものの五分とたたないうちにドアが開いた。

 『やったあ、私のピアノは合格ね』
 つまらない自己満足に顔がほころぶ。
 カレンは、そこに女中さんが立っている姿を想像したのだが…

 『!』
 それまでとは違い、ドアが全開すると、そこに現れたのは……

 『伯爵夫人!!』

 「お待たせしましたね」
 車椅子に乗った彼女は両脇に従者を従わせている。
 右側はフリードリヒ現当主。左側には清楚な中年女性が、……
それぞれ脇を固めていた。

 「……(!!!)……」
 思わぬ展開に慌てたカレンはピアノをやめてしまうが……

 「続けて頂戴な。あなたのピアノが聞きたいわ。そのために、
わざわざお呼びしたのですもの」
 彼女はそう言って車椅子をピアノのすぐそばまで近づけさせる。

 そして、カレンが再び鍵盤を叩き始めると……

 「どうかしら?クララ。あなたのお見立ては?」

 「確かに、ルドルフ坊ちゃまに奏法によく似ておられます。…
…正直、私もさっきお部屋に流れた瞬間、ドキッとしましたから
……」

 「私はね、フリードリヒ。この子が何者であっても構わないと
思ってるの。……わかるでしょう」
 伯爵夫人は意味深に息子に語りかける。
 その意図は伯爵も承知しているようだった。


 こうして、カレンが月光を弾き終わっる頃、辺りが少し賑やか
になる。
 シンディやカルロスだけではない、クララ先生のレッスンを受
けなければならない子供たちがここに集まってきていたのである。

 「ちょうど、レッスンの日に重なってしまったわね。いいわ、
私は部屋に戻ってるから……フリードリヒ、あなたカレンさんを
連れて、しばらく館の中を案内してあげて」

 伯爵夫人が命じると、息子は『えっ!?』という顔になったが、
すぐに笑顔に戻って、カレンの手をとる。

 「お嬢様、どちらをご覧になりたいですか?」

 赤面するカレンの手をとってフリードリヒはいったん館の外へ
エスコート。まずは、ニーナのいる薔薇園へと、カレンを連れて
行ってくれたのだった。


 ニーナは土いじりさえしていれば機嫌のいい人。だから、この
時もすこぶる元気な笑顔で二人を迎えてくれたのだ。

 「どうしたの?カレン。もう、終わったのかしら?」

 「いいえ、ちょっと、小休止です。先生は相変わらず楽しそう
ですね」

 「ええ、私は草花に話しかけてる時が人生で一番楽しい時なの」

 「お花が口をきくんですか?」
 青年ご当主が皮肉交じりに尋ねても……

 「もちろん」
 ニーナは鼻をならす。
 「草花だけじゃありませんのよ。動物も、もちろん人間も……
その人の為を思って仕事をしていると、やがて、その人が知らな
い事までも知るようになるんです。……それって、口の利けない
植物や動物、赤ちゃんたちが口を利いたのと同じでしょ」

 ニーナは得意げに話したあと、思い出したように……
 「そうだわ、こちらの修道院の中庭に、新種の薔薇が咲いてる
ってうかがってるの。見る事できないかしら?」
 お館様におねだりした。

 すると……
 「いいですよ」
 と、意外にも二つ返事でOKが出る。

 「よろしいんですか?」
 恐縮そうにニーナが言うと……
 「あそこは、もともと我が家で建てた修道院ですからね、その
くらいの融通はききますよ」

 「そうですか、では、その昔は、お姫様もあそこで?」

 「ええ、百五十年以上も昔のことですけど……当時は修道院を
建てて娘をそこの修道女にすることは家の誇りだったんです」

 「どういうことですか?」
 二人の会話が分からないカレンが訊ねた。

 「昔の領主様は、ご自分の娘のために修道院を建てて、そこに
娘さんを入れて躾を兼ねた教育をしてたの。当時、学校と呼べる
のは大学だけで、その年齢までは、男の子なら自宅で家庭教師に
習うとか、ギムナジウムに入るとかするんだけど、女の子の場合は、
適当な教育機関がなかったから、修道院がその代わりになってた
ってわけ」

 ニーナの丁寧な説明にフリードリヒが補足する。

 「今は、学校の形式になってますよ。修道院付属の学校です。
少なくとも私のお爺さんの代からは、ずっとそうです。ですから、
僕の親戚関係の女の子は、たいていこの学校で学びました。……
すこぶる評判は悪い処ですけどね」

 「評判が悪い?……どうしてですか?」

 「だって、修道院の尼さんたちは浮世を捨てた身ですらどんな
厳しい戒律でも受け入れる心の準備が出来ているでしょうけど、
甘やかされて育った僕達にはそんなの関係ありませんからね……
一方的に厳しい規則を押し付けられて、鞭で脅されたら、そりゃ
いい気持なんてしませんよ」

 「伯爵様もあの学校に入られたことがおありですの?」

 「ええ、9歳までは男の子も受け入れてましたから……週末の
懺悔の時間なんて、ほとんど毎週、鞭でむき出しのお尻を叩かれ
てました」

 「まあ、お可哀想に……」

 「もちろん手加減はしますよ。何しろ相手はプロですからね、
泣かないで堪えられるギリギリの強さでぶつんです」
 伯爵はにこやかに笑ったが、そのうち、思い出したように……

 「そうだ、今日はちょうど懺悔の日だから、そこへ行ってみま
しょうか」

 伯爵の提案にカレンは乗り気ではなかったが……

 「本当ですか!?」
 ニーナの声は妙に明るかった。
 「でも、私たちのような者が立ち入ってもよろしいんでしょうか」

 「(はははは)構いませんよ。どんなに高貴な令嬢も学校では
教育を受ける身。一人の咎人のお尻でしかありませんから。誰が
見ていても拒否はできません。それが嫌なら、自宅で家庭教師を
つけて勉強していればいいんです」

 大人たちの中で話がすすんでいく。
 すると、ここで、カレンはあることを訊ねた。

 「そこは本当に9歳までの男の子しかいないんでしょうか?」

 「そうだよ。男の子の場合、それから先は全寮制の学校で暮ら
さなきゃならないからね。どうしてそなにこと聞くの?」

 「いえ、べつに……」
 カレンは、それを確認してちょっぴりほっとする。

 現代の女の子には理解不能だろうが、男性に免疫のないカレン
は幾分男性恐怖症のところがあった。
 別に男性が嫌いなわけではない。男性に憧れだって持っている。
でも実際に会うと、心臓がどぎまぎしてしまう。自分のやりたい
事が何一つもできなくなってしまう。そんな自分が恥ずかしいか
ったのだ。

 もちろん、ブラウン先生のように親しくなってしまえばよいの
だろうが、それまでにはけっこう長い時間がかかってしまうから
『男性は苦手』ということに……

 ただ9歳までなら、それは男性ではなく子供としてみてしまう
為、たとえできそこないの心臓でも許してくれるようだ。

 「それにしても、10歳から親元を離れなきゃならないなんて、
殿方はやはり大変ですわね」
 ニーナが同情すると……

 「でも、従兄弟たちに言わせると、さっさと独立できる男の子
は羨ましかったって…ここは何かと規則が厳しくて、女の子にも
平気で鞭を振るいますからね、大変だったんでしょう」

 「まあ、そんなに厳しいんですか?」

 「女の子の世界には表と裏の顔があるみたいです。貴族の一員
として優雅に振舞うその裏には厳しい訓練があるということです
よ」

 「とかく隣りの芝き青く見えると申しますものね」

 「そうだ、先生はあちらでは校長先生だとか…子供達に懲戒も
なさるんでしょう?」

 「ええ、まあ……」

 「だったら、ちょうどよかった。今、生徒が懲戒を受けている
ところですから、よかったらご覧にいれましょう」

 「えっ、でも、よろしいんですか?」

 「ええ、私の家が管理する学校ですから、それはどうにでも」

 「では、お願いします」
 ニーナは伯爵にあっさりお礼を言ったばかりではなく……
 「カレン、あなたも、そう遠くない将来、子供たちをお仕置き
する立場になるのよ。見ておいた方がいいわ」

 「えっ……私も一緒に?」

 カレンはお仕置きの見学なんてあまり乗り気ではなかったが、
ニーナに引きずられるようにして、伯爵家が経営する修道院学校
へと向ったのだった。

*******************(2)***

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

最新記事

カテゴリ

FC2カウンター

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR