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第 1 話 ③

< 第 1 話 > ③
 「ほら、お馬さんにのんのしてみるかい?」
 私が誘うと、彼女は喜んで私の背に跨る。もちろん二人とも全裸。
 それが羨ましく感じられたのだろう、ご一緒していた森山さんまでが

 「おっ、楽しそうだな、恵子ちゃんもおじさんの背中にのんのしてみ
るか」
 賞品の恵子ちゃんを背中に乗せて風呂場を歩きだした。二人は嬉しく
なって浴室を4周も四つんばいで回ってしまった。
 さっきまで見ず知らずだった男といきなり風呂に入れられ、お馬さん
ごっこだなんて巷でなら到底信じられない光景だろう。しかし、それが
亀山の子、亀山の躾だった。
 『知らない人に着いて行っちゃだめですよ』というのが巷の格言なら、
亀山は……
 『目上の人を見たら笑いましょう、万歳して抱いてもらいましょうね。
ご飯と同じ、好き嫌いはいけませんよ。どんな方も抱いていただけるな
らあなたにとってきっと、きっと、良いことがありますからね』
 と諭され続けて育ってきたのである。
 私は水紀の身体を洗ってやる。洗い場の腰掛けに腰を下ろさせると、
すっぽんぽんの身体を隅から隅までスポンジにボディーソープをつけて
丹念に洗うのだ。
 もちろん、彼女が嫌がるなんてことは一度もなかった。
 実は、亀山では13歳までの子が自分で自分の体を洗うことはなく、
大人たちが洗ってくれるのをただ待っていなければならなのだ。だから
彼女にとって私は初対面の大人なのだがお風呂の入り方としては亀山で
の習慣と何ら変わりなかったのである。
 私たちは再び湯船に浸かった。そして、さっきと同じように膝の上に
水紀を乗せるとタオルで愛おしく顔から胸、背中、お尻、あんよ、そし
てお臍の下の大事な処に至るまで丹念に撫で洗ったのである。
 「気持ちいいか?」
 と言うと…
 「はい」
 という屈託のない笑顔を返す。これなんか普通に娘を育てていればあ
り得ないこと。亀山の躾の賜なのである。
 そんな蜜月を楽しんでいる処へ先ほどの森山さんから声がかかる。
 「どうですか、ミルク、あげてみませんか?」
 「こりゃあどうも…じゃあ、遠慮なく」
 思わぬほ乳瓶の差し入れ。よもや賞品をゲットできると思っていなか
ったからそこまで用意していなかったが、彼は用意周到な人なのだろう。
ありがたかった。
 「水紀ちゃん、ミルク飲むかい?」
 私はほ乳瓶のミルクを水紀に勧める。言葉の形は勧めるなのだが亀山
の子がそれを拒否することなどあり得なかったから命令というのが実際
のところだった。
 「はい、おにいちゃま」
 もちろん水紀は快く応じる。私だって同じ場所を通ってきた人間だか
らその事情はよく知っているが、亀山の子は『13歳までは赤ちゃん』
なのだから大人にほ乳瓶を差し出されたら笑顔で美味しそうに飲まなけ
ればいけなかった。
 ふてくされた態度で飲めばそれだけでもお仕置きだったのである。
 「ああ、良い子だ。良い子だ」
 懸命に大きな特注ほ乳瓶を頬張る水紀を見て、私は思わず『このまま
家に連れて帰りたい』という衝動にかられた。正直、私自身がお父様や
お母様からこれをやられていた頃は『なんでこんな事が面白いんだろう』
と思っていたから、今は水紀だってそう思っているのだろうが、水紀を
湯船の中で抱いてみて『なるほど』とお父様たちの気持ちが理解できの
である。
 「よし、あがろう」
 私はそう声をかけて立ち上がる。最初はそんなつもりがなかったが、
ほ乳瓶を口にする彼女のあまりの可愛さに見とれ彼女からほ乳瓶を取り
上げる気にならず、抱いたそのままの姿で湯船を出ると、身体も吹かず、
前も隠さずで赤ちゃん水紀を脱衣場へと運んだのだった。
 ところが、脱衣場の扉を開けたとたん、レディーたちの甲高い声が聞
こえて慌ててしまったのだろう。手近にあったベビーベッドに赤ん坊を
寝かしつけると、自分は手早くパンツだけを穿いて水紀の身体を大判の
バスタオルでくるんでやった。
 「……」
 そんな私の慌てぶりが面白かったのだろう水紀はピンク色の頬を見せ
て笑う。
 たしかに赤ん坊というには大きな身体だったが、この上もなく愛らし
く食べてしまいたいほど可愛い姿に変わりはなかった。
 「ほう、水紀ちゃんもお風呂あがりか。可愛いなあ」
 森山さんが寄ってきて水紀の頬を人差し指の腹でぷよぷよっと押す。
とたんに、水紀の顔が緩む。それは親愛の情でというより女の子として
の営業笑いなんだろうが、たとえ、そうでも男二人は嬉しいかった。
 「可愛いな、さすがは女の子、愛嬌がある。同じ歳の男の子をここに
寝かせてみてもこうはならんよ」
 森山さんはご満悦の様子で水紀の顔をあちこち指先でこづき回す。
 私もそんなお人形遊びは嫌いではない。
 二人でお互いの賞品を見比べあい、悪戯しあっていると、先生がやっ
てきた。
 「そろそろこの子たちに服を着せていただけますか?」
 二人は恐縮してさっそく作業にとりかかったが……
 「?」
 脱がした時には穿いていたこの年頃の子が穿くような綿のショーツが
見あたらないのである。
 「いえね、パンツが見あたらないと思いまして……」
 こう言うと先生は思わず失笑したようで……
 「ごめんなさい。わたしとしたことが……いえ、お話しまだでしたね。
実はこの子たち二人ともこれから学校に帰ってお仕置きがありますの」
 「えっ、そりゃまた……そんな、おいたをするようにには見えなかっ
たけど……いったい何をしたんです?」
 「二人して日曜日のミサをさぼったんです」
 「ミサを……」
 私と先生の間に森山さんも加わる。彼も私と同じ悩みを抱えていたの
だ。だから二人とも上はブラウス下もスカートだけは穿いているのだが、
その中はすっぽんぽんだったのである。
 「ほう……」
 私と森山さんは思わず顔を合わせて笑ってしまった。
 「あのミサは大勢の子が一緒に司祭様のお話を聞くので礼拝堂に自分
一人いなくてもばれないだろうって思っちゃうんでしょうね」
 「出欠も取らないから……」
 「だけど、あれ香月先生が天井桟敷で出欠をチェックしてるんですよ。
……あ、今はどなたが……」
 「香月先生です」
 「やっぱり」
 「いえ、それだけならまだいいんですが、この子たちその事を注意さ
れると『体調が悪かったから保健室で休んでた』って嘘をついたんです」
 「あらあら、それはいけないわな。亀山は天使の楽園、嘘をつくよう
な子は置いてもらえないんだよ」
 森山先生は青ざめた二人の顔を交互に覗き込むと、ちょっと茶目っ気
のある笑顔で「めっ!」と言ってたしなめたのである。
 「でも、そんな子をよく出しましたね」
 「それとこれとは話が別ですから。…それに幼い子と違ってお仕置き
はこれからでもできますから……」
 「そうですか、……で、これから私たちは?」
 「よろしかったら、この子たちにオムツをはめてもらえないでしょう
か」
 「ええ、それは構いませんけど…いいんですか?私たちで」
 「はい、先生方は私たちの亀山の優秀な先輩ですから間違いはないと
信じております」
 若い先生に持ち上げられて私と森山さんは二人の可哀想な少女の為に
オムツを当ててやることになった。
 もちろん、少女達の大事な部分は全て丸見え。その時、二人の奥の宮
にはすでにお灸の痕があることを知って、そのことでもお互いに顔を見
合わせてしまった。
 「これ、新しいですね。すえられて間がないみたいだけど、やっぱり
この一件ですか?」
 「ええ、これが適当な時期と園長先生ともども判断致しましたしたの
で……」
 「この子たち五年生なんでしょう。実は僕も五年生の初夏でした」
 「そうですか、僕も秋口だったけど、やっぱり5年生だったんです。
5年生が多いみたいですね」
 「ええ、早い子は四年生、遅い子は六年生の子もいますけど、やはり
五年生というのが一番多いみたいです」
 「早い方がいいでしょう。成長してからじゃ余計熱いでしょうから」
 「ところが、そうでもないんです。大陰唇はいわば外皮ですから成長
しても、だから特別に熱いということはありません」
 「でも、熱いのは熱いんでしょう?」
 「そりゃあ、お灸ですから……ただ、その熱さがお尻なんかと比べて
も特別なものではないということなんです。……ただ、女の子にとって
それは自分の大事な処ですからね、その精神的なショックが大きくて、
それで、『あそこは特別に熱かった』なんていう子がいるんです」
 大人たちの雑談が続く間も二人の少女の両足を高く上げて待っていな
ければならなかった。当然、少女達は自分の両足の付け根を人前に晒し
たままにしておかなければならないわけで、すでに身体が変化し始めて
いる少女達にとってはとっても恥ずかしいことだったはずである。
 かといって目上の人への絶対服従が掟になっている亀山で育つ彼女達
は、「早くしてください!」なんて叫び声をあげることもできない。
 おまけに楽しそうな声に誘われて隣の婦人用の脱衣場からもレディ達
が顔をだすものだから、可哀想な二人はいよいよもって大勢の前で晒し
者になってしまったのである。
 「あら、何やら賑やかな声が聞こえたので立ち寄ったら、チビちゃん
たちのオムツ替えだったのね」
 「おやおやレディ、ここは男性の更衣室ですよ」
 「承知してますよ。でも、お二人ともお着替えになられたんでしょう」
 「私と森山さんはそうですが…」
 「だったら、よろしいじゃありませんか」
 「でも、まだチビちゃんたちが…」
 「なにぶん慣れないもんでオムツ替えに手間取ってしまって……」
 「この子たちはいいんですよ。赤ちゃんなんですから」
 恰幅のいいその中年女性は、森山さんから浴衣地のオムツを取り上げ
ると、手際よく女の子のお尻にはめていく。
 でも、ちょっぴり遊び心が起こったのか、浴衣地の布を当てる瞬間、
水紀の小さな小さなクリトリスを十分露わにしてから舌先でちょろりと
舐め上げた。
 「あっ、いや!」
 凍り付くように身を固くする水紀。しかし、大声は出さない。
 ま、巷の家庭でこんなことが行われているかどうかしらないが、亀山
でならこれは事件でもなんでもなかった。亀山の赤ちゃんたちは誰から
も愛されていたが、そこには純粋な慈愛だけでなく性にまつわる愛情も
含まれている。もちろん節度はちゃんと守られていたが、例えば風呂上
がり、大人たちは悪戯半分に子供たちの性器へキスするのが習慣で、愛
を込めて行われるフェラチオやクニングスはそもそもお仕置きでも虐待
でもなく、やはり愛の表現だったのである。
 実際、私自身もこの歳の頃までは毎日のようにお風呂上がりにはママ
のキスを全身に受けて喜んでいた。
 そう、単純にくすぐったくて気持ちよかったからだ。だから、世間の
評価はともかく彼女の行いを非難する気などまったくなかったのである。
 オムツをはめた二人に大人たちは亀山流の祝福をする。
 膝に抱き上げ、ほ乳瓶でミルクを飲ませるのだ。
 もちろんこの時、女の子たちは笑っていた。
 きっとお腹の中では…
 『ああ、うっとうしい。もういい加減やめてよ』
 と思っているのだろうが笑顔はしっかり作っていた。
 『どうして、こんなことさせて楽しいんだろう』
 抱かれていた頃はそう思っていたが自分が抱く立場に変わると確かに
子供の笑顔はそれが本心でなくとも自分に力を与えてくれる。ましてや
それが上品である程度の教養を備えていればなおのことだ。
 ママからよく言われたことがある。
 「あなたがお勉強するのも、ピアノを練習するのも、今はすべて育て
てくださるお父様のためなの。でも、一度身に付いたものはあなたの体
を離れないから、それはあなたが大人になった時には役立つはずよ」
 「あなたはこの街で暮らすどなたにも無条件で抱いてもらえる。それ
はあなたが女王様からいただいたプレゼント。でも同時に、大人の人に
抱いてもらったら必ず笑わなければならないわ。それはあなたの女王様
に対するお礼。決して忘れてはいけないことですよ」
 亀山での赤ちゃん生活はただ寝ていればいいというわけではないのだ。

第 2 話

< 第 2 話 >
 実に20年ぶりに私は亀山へ登った。この山は実の母親さえ受け入れ
を拒むほどガードが固い。すべては子供たちを純粋培養で育てる為だ。
だから、OBと言えど半年以上経てば性格テストや心理テストを受けな
ければならない。邪な心を持つ者が1名たりとも入り込まないためだ。
 おかげで許可が下りるまで3ヶ月もかかった。これがまったくのビギ
ナーなら確かな人の推薦状から始まって学歴、職歴、現在の資産や収入
などまで申告しなければならない。それを検証した上に、さらに各種の
テストを受けようやく許可が下りるのが1年後というケースは珍しくな
かった。
 ママが僕を中庭で最初に素っ裸にした時、嫌がる僕にむかって……
 「大丈夫よ。お山の上はどこもかしこもお風呂と同じなの。ここには
同じ立場の子供たちしかいないもの。それにここで働いている人たちは
あなたたち子供のためにだけに働いてるの。だから、病院のお医者様と
同じ。裸になってもちっとも恥ずかしくはないわ」
 幼い僕には……
 『そんなこと言ったって……』
 ってなもんだったが、確かにママは嘘はついていなかった。
 確かにここは公衆浴場であり病院の診察室なのだ。誰もが子供たちを
良くしようとして働いている。もちろん、人の内心をすべてつまびらか
にはできない。これだけお仕置きが多く裸にされる場面も多いのだから
関わった人たちがささやかなリビドーを感じることも多々あるだろうが、
歴史100年以上の亀山で、大人たちが子供たちに牙を剥いたなんて事
はただの一度もなかった。
 今回の私の目的は養老院の下見。実は亀山にはOBの要望から養老院
が設けられていた。お歳を召したシスターや先生、ママたちが身を寄せ
る施設は以前からあったが、OBの中にも高齢になって再び亀山に安住
の地をもとめたいと願う人が増えて、10年ほど前から開設しているの
だ。
 『亀山はいいなあ。水も空気も澄んで、緑は豊か、ご近所から流れて
くるピアノの音がBGMになって、まるで物語の世界に引き込まれてし
まったようだ。……ん!?これって僕の曲だ。…先生が「ハ長調にまだ
こんな綺麗な旋律が残っていたなんて」って褒めてくれた曲だよ(∩.∩)
……ちょっぴり恥ずかしい。……きゃ(/\)」
 『小さな子が弾いてる。僕よりうまいじゃないか。(^_^;)』
 『公園は……遊具は変わったけど、蒼い芝は昔のまま。今日は天気が
いいからおままごとのシートが多いな。あのマリア様は僕たちの時代と
同じものなんだろうな。あの脇に、たしかピロリーなんかあったけど…
…げっ!やっぱりある。しかも今でも現役なんだ。女の子がいるもんね。
(^0^;)……何やらかしたんだろう。付き添いの婆さんが、女の子の涙を拭
いてやってるけど、そんなことするくらいなら、早く枷から外してやれ
ばいいのに……どのみち大したおいたじゃないんだろう。この公園に来
る婆さんたちは多くが元教師、おまけに暇を持て余してるから編み物を
しながらいつも子供たちにおいたがないか見張ってるんだ』
 『おっ、枷を外すぞ。とにかくうちはやたら女の子に厳しいからな。
……案の定、嘆願書なんか渡して……あっ、走り出した。元気の良い子
だなあ。……でも、あれって結構恥ずかしいんだよね。おばさん達の前
に行って自分がどんな罪を犯したか告白しなくちゃならないから……』
 『ほれっ、まずは抱っこしてもらって、……乙女の祈りで罪を告白と
……嘆願書にサインをもらって……最後にもう一度抱っこしてキスして
もらえば、一丁あがり!っとね。……ちぇ、隣の婆さんも乙女の祈りを
させてるよ。今まで隣で聞いてたんだから、どんなおいた知ってるだろ
うに。さっさとサインしてやればいいのに……俺の時もあったな、こっ
ちはもういいって言ってるのに「おいで~~」って呼ぶおばさん』
 『……それにしても、この子、これで8人目か……いったい何人から
サインをもらうつもりなんだろう。俺も仲間に入れてもらおうかなあ。
結構元気そうな子だから見知らぬ俺でも飛び込んでくるじゃないか』
 『…………おっ!来た、来た……やっぱり来たよ!』
 「よしよし、良い子だ」
 まるで子犬のようだ。まだ幼稚園の年長さんといったところか。抱き
上げる重さも手頃、純真そのものの笑顔が可愛い。女の子はこうでなく
ちゃ……
 しかしながら、この子を専有できる時間は短い。
 すぐに…「おんり、おんり」…となる。
 そして手早く乙女の祈りのポーズを取ると…
 「今日、柵を越えてお池に入りました。ゴメンナサイ」
 と、そういうことか……
 これがもっと大きな子になると「これからお仕置きをいただきます。
これからは、きっと、きっとよい子になりますから、どうか、どうか、
私の罪をお許しくださいませ」なんて文言が続くんだが、幼い子は覚え
きれないから後半はカットだ。
 でも、大人の方き趣旨を承知しているから、罪さえ告白できていれば
子供が差し出す『免罪嘆願書』快く自分のサインしてあげることになる。
 実はこれ大人なら誰でもよいから、『免罪嘆願書』を渡された子供たち
は誰彼構わず抱きつくのが普通だった。
 ただ、あまり大きくなっちゃうと、恥ずかしさの方が先に立って……
 「いいです、お仕置きの方を受けますから」
 なんて言っちゃって、また先生に叱られちゃうんだよね。
 女の子ってのは他人(ひと)に働きかけて何かしてもらうことが大切
だから、『自分が我慢すればいいんでしょう』みたいな物言いはふてくさ
れた態度とみなされて大人たちからよく思われないんだ。
 「あなた、謙虚さがたりないわね」
 なんて言われたら、まずお浣腸だね。もの凄い赤っ恥をかかされる事
になるんだ。『免罪』なんてついてるけど、要するにこの嘆願書を持って
大人たちの間を回ることが大きな子にとってはお仕置きなんだ。
 そんな恥ずかしさの少ない幼い子はお仕置きを免除してくれるならと
頑張るんだけど……それにしても、あの子は異常だな。あんな幼い子が
そんなに重い罰を受けるはずがないもん。通常なら二人三人からもらえ
ばそれでお仕置きを言い渡した先生も許してくれるはずなのに……
 あっ、とうとうシスター先生が動いたな。
 ちょっと事情を聞いてみるか。
 「どうしたの。小百合ちゃん、そんなにいらないわよ。嘆願書を返し
てちょうだい」
 「いや」
 「どうして?」
 「だって、今度お仕置きされる時にとっとくんだから……」
 『なるほど、そういうことか』
 「たけめよ、それはできないの。嘆願書のサインはその時にもらわな
ければ意味がないのよ」
 「だって、香織おねえちゃまは一生懸命『百行清書』してるよ。今度
『提出しなさい』って言われたらこれを出すんだって……」
 『なるほど、それは俺もやったな。罰を受けた時に書いてたら、夜に
何もできなくなっちゃうからね、暇を見つけては書きだめしとくんだ。
……でも、ネタばらしされたおねえちゃまの方はとんだ困ったちゃんを
妹に持ったもんだな』
 と、そんなことを思ってその場を離れようとした時だった。年輩のシ
スターを補佐していた先生が女の子の持ってきた嘆願書を見て思わず顔
色を変えた。
 「健ちゃん、健ちゃんなの」
 嘆願書から顔を上げた中年の先生は笑顔で僕の名前を呼ぶ。
 「えっ!美里ちゃん」
 実に四十数年ぶりに友達と再会をはたした。彼女は五年前からここの
修道女になっていたのだ。
 「あなた、先生にでもなったの」
 「いや、養老院を見に来たんだ。随分立派な施設だそうだから…」
 「確かに設備は整ってるけど……でも、一旦入ったらなかなか外へは
出られないわよ」
 「それは承知してるよ。その時は当然決心して入るから……今はまだ
見学だけ。……君こそ、よくシスターになる決心がついたね」
 「夫と早くに死に別れて、女手一つで子供を育てあげたら、何だか、
ぽっかり心に穴があいちゃって……ここなんかもいいかなって…………
だって、外には出られなくても、この中では比較的何でも自由に振る舞
えるもの。格好はこの通りだけどシスターだからって特別ストイックな
処はないの。ここが小さな国家だと思えばこんな理想的な場所はないわ。
……私にとってはね……」
 「ここは相変わらずかい?」
 「暮らしぶり?……ええ、相変わらずよ。子供たちは女王様やお父様
たちの大きな愛の中でさかんに産声を上げているし、街を歩けば相変わ
らず裸ん坊さんのオンパレードよ」
 「お父様たちはほとんど入れ替わったんだろう」
 「そりゃそうよ。私たちがすでに天野のお父様のお歳に近づいてるん
だもん。……でも、代わられたお父様のどなたも、やっぱり立派な紳士
よ」
 「じゃあ、何一つかわってないんだ」
 「そうねえ、……女の子の体操着がブルマーじゃなくなった事と……
昔、8ミリで撮っていた記録映像がビデオテープからDVDになった事
ぐらいかな。……あっ、そうそう。忘れてた。大きな変化があったわ。
春と秋の学芸会と運動会に実母の参加が認められるようになったの」
 「そりゃ凄いや、じゃ18歳の前に名乗れるんだ」
 「いえ、それはできなくて、観客席で見てるだけなんだけど…熱心な
親はその後衣類やお菓子を山のように届けたりするわ。………受け取れ
ないれどね」
 「君の親は?18歳の時に会えたの?」
 「ええ、でも、また音信不通になっちゃった。健ちゃんところは……」
 「うちも、会うのはあったんだけど、とうとう一緒に暮らす気にはな
れなかったね」
 僕はこっちへ向かってきた子を両手を広げて抱き上げる。
 何度も言っているが、ここの子供たちは見ず知らずの大人の懐に何の
ためらいもなく飛び込むのだ。
 「お前はどこの子だ?お父様は?」
 「刈谷渡(かりやわたる)」
 「刈谷?……ああ、造船屋さんか……」
 「知らない。お父様はお船作ってたの?」
 「日本で一番大きな造船会社だったよ。お父様は優しいか」
 「分からない」
 「ママの名前は?」
 「綿貫先生」
 「やさしいか?」
 「優しい時もある」
 「何だ、それじゃあちょっぴりしか優しくないみたいじゃないか」
 「ん……だって、怖い時もあるから……でも、ねんねする時はいつも
優しいよ」
 「どうせその歳じゃ、まだママのおっぱい飲んでるんだろう?」
 「うん」
 少年は顔を赤らめたが肯定した。見たところ4年生くらいだろうか、
でも、この亀山でならそれは当たり前。生のおっぱいにありつけるのは
良くも悪しくも彼らが赤ちゃんとしての扱いを受けている証拠だった。
 「そりゃそうだ、一日の最後が辛かったら、次の日だって辛いもんな」
 「ふ~~ん、そうなんだ」
 「ところで、なんで私の処へ飛び込んだんだ?」
 「分からないけど、暇だったからお相手してあげようかなって思って」
 「ほう、そりゃあ、ありがとう」
 私は苦笑する。巷の子供ならこんな物言いはしないだろう。しかしな
がらここは亀山、子供が大人に抱かれるのはいわば挨拶代わり。そして、
自分たちの望みを叶えてくれるのも彼らだと知っているからだった。
 「ねえ、欲しいもの言ってもいい?」
 「ああ、いいよ。どのみちだめな時はだめって言うから」
 「ノートパソコン、ダイナブック……」
 彼は型番やら性能やらを一気にまくし立てたあげく最後に…
 「……安いのでいいよ。30万くらいだから」
 と、こちらの懐を心配してくれた。
 「悦、だめよ、そんなに高いの。あなたにはまだ早いわ」
 「悦君か」
 「大柴悦司。刈谷さんちの子、今でもおにいちゃまから中古をお下が
りして持ってるんだけど、それじゃあ飽き足らないみたいで……それで
大人と見れば誰彼なく抱きついてねだるのよ。相手にしなくいいわよ」
 「パソコンか、俺もやってはいるが…ネットサーフィンとメールぐら
いしか使ったことがない」
 「私だって同じよ」
 「刈谷のお父様は?」
 「それもいずこも同じ。買ってやりたくてうずうずしてるわ。だけど
……」
 「ママがダメだって言うんだろう。やっぱり昔の俺らと同じだ」
 「あなたもここの出だから分かるでしょうけど、ここでお父様は世間
でいえばお爺さま。孫の機嫌取りに何でも与えようとするけど、それを
野放図にやっていたら大人になって苦労するのは本人だもの。だから、
際限のない欲望は押さえさせてるの」
 「ま、この子には分からないだろうけど…お父様と呼ばせてはいても
所詮他人なわけだから、いつまでも甘えられるものでもない。細く長く
信頼を積み重ねた方が得策というわけか」
 「それに他の子とのバランスもあるから……いくらお父様がお金持ち
でも12人もいる子供たちが一気にあれも欲しいこれも欲しいって言い
だしたらお父様自身が音を上げて、せっかく良好な親子関係が壊れかね
ないもの。お父様が本当のパトロンになっちゃったらそれはそれで問題
なのよ。…………わかるでしょう?」
 「わかるよ。子供は寄る辺なき者、慈愛が取引になった時、売り物は
その身体と心だけ……女王様がよく言ってた」
 「ここは慈愛と取引の微妙なバランスの上に成り立っているからその
門は人を選ぶの……」
 「巷の人には何を言っているのか分からないだろうな……そう言えば、
天野のお父様もパトロンと呼ばれると酷く不機嫌になってたもん。……
実際はそうでもそういう関係で子供とつき合いたくなかったんだろうね。
僕も高いオモチャをねだって、お父様からはOKが出たんだけど、ママ
に止められた事があってね。事情は同じなんだろうなあ」
 「ねえ、ダメなの」
 「残念だけど……でも、そのパソコンでいったい何がしたいんだい」
 「何って……お兄ちゃんも持ってるし……」
 「それだけかい?ただ、『お兄ちゃんが持ってるから僕も…』っていう
理由じゃだめかもしれないね。でも、パソコンを使ってやりたいことが
はっきり言えれば、買ってもらえるかもしれないよ」
 「ほんとに……」
 「お父様やママにどうしてもやりたいことがあるからパソコン買って
くださいって言わなくちゃ大人は説得できないよ」
 「うん、わかった。…………ありがとう」
 男の子は肩車してもらっている私の頭と肩に左右の手をかけると器用
に地面に下りて走っていく。
 その後ろ姿を見送りながら……
 「驚いたな、十歳やそこいらの子が30万のものを見ず知らずの人に
買って欲しいってねだるんだから…」
 「何言ってるの。私たちだって同じだったのよ。物価水準が私たちの
頃とは違うだけ。外に出てよく言われたわ「そんな孤児院があるか」っ
て…その時になって初めて自分たちがいかに恵まれた環境にいたか知っ
たの。同時にいかに大人たちから愛されていたかも………でも、ここに
いた子供の頃は不満たらたらだったわ。『何で美樹ちゃんし同じものじゃ
ないのよ』とか『どうしてこんな些細なことでお仕置きされなきゃいけ
ないのよ』とか色々……」
 「それは僕だって同じさ。生まれてこの方ここしかしらないんだもん。
他がどうなってるかなんてわからないじゃないか。『うっとうしいなあ、
何でもかんでも干渉しやがって…』なんて思ってたよ」
 「うちは並はずれて過干渉だもんね。私なんか、何して良いか分から
ないってだけでかんしゃく起こして公園の真ん中で泣いてたらシスター
のおばさんたちがよってたかってよしよし抱っこしてくれたの」
 「ここは大人を見つけて体当たりさえすれば、何かが起こるからね、
退屈はしないよ。だからゲーム感覚で誰にでも抱きついてた」
 「但し、怒らせるとすぐにお仕置きだから適度な緊張感はあったけど」
 「確かにそういうバランス感覚で成り立つ社会なんだけど、歪んだり
もしなかった」
 「それはここに住む人たちが高い教養と理性を兼ね備えてたからよ。
一般社会じゃこうはうまくいかないわ」
 「何しろ賄いのおばちゃんが東京女子師範、庭師のおじさんが東大出
っていう世界だからな。そりゃあ過去に色々あって現在そうなってるん
だろうけど、それにしても凄いことさ。その人たちが幼い子をあやして
勉強まで教えてくれる処なんて、世界中探したってあるわけないよ」
 「だから楽園って呼ばれてるんでしょう」
 「そうなんだけど……楽園の天使たちはいつの時代も裸ん坊さんが、
お好きなみたいで……」
 私たちはいつしか学校の中庭に来ていた。そしてそこでは、いつもの
ように天使たちが素っ裸で一列に並ばされ両手を頭の上に組んで先生に
一人ずつお尻を叩かれていた。
 ここにいた頃は『愛とお仕置きの日々』(いや正確にはお仕置きも愛の
一部だったんだけど)。
 だけどその伝統を変えようだなんて亀山で育ったかつての子供たちは
誰も思ってはいない…はずだ。

第 3 話

< 第 3 話 >
 美里と別れた私は校舎の中へ。巷の小中学校というのは外部の人間が
自由に出入りできないのが普通らしいが、ここでは誰の出入りも自由で
ある。
 里子を預けているお父様お母様や懺悔聴聞に訪れる司祭様などはもち
ろんのこと、養老院のシスターや私のような学校と直接関係のないOB
OGでも咎める人はいなかった。
 もともと、この街に受け入れる時点で厳しくチェックしているので、
その信用で、という事らしかった。
 そんな部外者の人たちがよく訪れるのが父兄席。この学校の教室には
その後方、高い処に中二階があって、ここに座ると子供たちの授業風景
が見学できるようになっている。
 元気なお父様は毎日ように里子たちの教室へ顔を出すし、ママも何か
につけてちょこちょこっと顔を出すのでこっちは気が気ではなかった。
 『もし、無様な処を見られたら家に帰ってお仕置き…>_<…』
 そんな想いが脳裏を掠めるのだ。
 久しぶりに訪れた中二階は昔とあまり変わっていない。年輩の老夫婦
はお父様とお母様だろう。法衣を纏ったシスターもいる。これは大抵が
先生のOBだ。それに私のように元生徒の姿もちらほら……
 しかし、授業の方は様変わりしていた。
 とにかくみんな楽しそうだ。10分ごとにイベントが用意されていて
まるで遊んでいるように見える。恐らく子供の集中心が10分程度しか
もたないと見てこんな方法を取っているのだろう。
 私たちの時代はいわゆる詰め込みの教育というやつで、教室の雰囲気
もピリピリしていた。ちょっとでもよそ見をしていようものなら助教師
の先生が手燭を持ってきて手の甲に蝋類をたらしてくれる。
 もちろんお灸ほどには熱くないが、何しろ幼い頃の話だからそりゃあ
恐怖だった。
 ただ亀山の子は基本的にお父様を満足させるために子供を育てている
から、まずは『気立てがよく従順なこと』が優先で偏差値競争のような
教育はしていなかった。
 求められればいつでもおとなしく抱かれることや楽器を演奏したり、
バレイを見せたりといった習い事の披露、それに綺麗な字が書けること
なんかが大事だった。
 教科書的な知識の修得はその次で、小学3年生頃までは僕の実感では、
幼稚園の延長みたいな感じだった。四年生を過ぎる頃になると、ママも
テストの結果を気にするようになって、『成績が悪いから』という理由の
お仕置きも出てくるが、それは六人(これでクラス全員)がみんな完璧
に理解しないうちは先に進まないという約束事があるためで、他の子に
迷惑をかけたというのがその理由だったのである。
 そして、中学2年生からは巷と同じ競争社会。ここから高校3年まで
は脇目も振らず勉強させられることになる。男の子の場合は…
 女の子の場合はお父様たちが用意してくれた短大でよければ勉強の方
はそうでもなかったみたいだけど、その代わり将来はお父様が決めた人
と結婚しなければならなくなるから、それを嫌って男の子並に勉強する
子もいた。
 僕たちは良くも悪しくもお父様のペットみたいなものだから、事実上
人生の選択に自由はなかったんだ。男の子だって大学卒業後はお父様の
勧める会社なり役所に勤めて、結婚相手も自分勝手に決めることは許さ
れてなかった。
 もちろん自分で相手を見つける事だって可能なんだけど、その娘との
結婚にはお父様の承認が必要だった。もし、それも無視して…となると、
次の人生は日陰で暮らさなければならなくなるし、万一亀山でのことを
マスコミに流したりしたら、身の安全さえ保証されないんじゃないかな。
 お父様は個人的にはとっても優しい人だけど、背負ってるものがあま
りに大きいから、そんな愚かな道を選ぶ人は許されないと思うんだ。
 私の場合、妻は3つ違いの亀山出身。僕の方から妻の手を引いてお父
様の処に許しを得に行ったんだけど、同じ亀山出身ということで、何の
問題もなかった。
 いつも散々やられた『お仕置きごっこ』なんかしながら夜を楽しんで
る。傍目には見せられない乱痴気騒ぎだけど僕たちの共通項だからお互
い楽しいんだと思う。
 実は、こんな事は他にもあった。僕たちのママはすでに高齢で養老院
(今は施設なんて呼ぶけど、施設じゃ何の施設かわからない。養老院と
言って恥じることはないと思うんだが)暮らし。頭も少しボケ始めてる
んだけど、昔お世話になった子供たち(女の子)が面倒を見ている。
 勿論、義務とかいうじゃなくてボランティアだ。
 そのママが何かというと子供たちを添い寝させたがるので困っていた。
身体はこれ以上大きくならないくらい大きくなって、顔には皺も目立ち
はじめてる子供たちを今さら布団に入れてどうしようってなもんだが、
そうやると心が落ち着くらしい。
 私がお見舞いに行くと、案の定、ベッドの布団を叩いて中に入れとい
うのだ。気恥ずかしかったが、女の子たちの苦労を想い、一晩、一緒に
寝てみた。
 すると、不思議なもので、遠い昔に抱かれていたあの感覚がすぐさま
蘇ってしまうのである。
 皺くちゃで骨張った細い腕になってしまっていだが、
 「あっ、コレだ!」
 と身体が反応するのである。さすがにおっぱいは舐めないが、
 「ママ、ママ」
 という甘えた声は自然に出てしまった。
 「健ちゃんは今日一日良い子でしたか?」
 お布団の中でママの顔がとっても大きくなる。僕のおでことごっつん
こさせたからだ。
 「良い子だったよ。ママのお言いつけはみんなまもったもん」
 「ホント?」
 「ホントだよ。お父様もお母様も高橋先生も桜木先生も河村先生も司
祭様もみんな良い子だって褒めてくれたよ」
 「わあ、よかったわね。お父様の前でもちゃんとピアノは弾けたの?」
 「できたよ。とっても上手だったって……」
 「そう、よかったよかった。じゃあ、ミルクあげましょうね」
 すると、甘~~いミルクの入ったほ乳瓶が現れる。さすがに13歳に
なった頃には数もへったが、五年生頃までは毎日出たその日最後の晩餐
だった。もちろん夕食は食べたからお腹がへっているわけではないが、
そのちゅぱちゅぱは僕には必要だった。
 いくら子供とはいえ10歳を越えた子が布団の中でほ乳瓶を飲んでい
るのを見たら心が引くだろうが、ここではそれが子供の義務だった。
 亀山では、いつも可愛く笑っていること、どんな命令にも従順に従う
こと、そして大人たちの前ではいつも心を開けておいて隠し事をしない
ことは子供の大事な努めだったから、大人たちからほ乳瓶を差し出され
れば、自分の意に添わなくても美味しく飲まなければならないと悟って
いたのである。
 「今日は一日おんもへは行かせませんよ。だからオムツをしてなさい」
 「ほ乳瓶を空にしてからでないとご飯はあげませんよ」
 「ほら、笑ってえ、悲しいお顔や怒ったお顔はお父様はお嫌いなの。
できないと、ここから放り出されるわよ。……わかったら、笑いましょ。
……ああ、良い子ね、そのお顔をお父様にお見せしましょうね」
 こうしてママに抱かれていると、13の歳までそう言われ続けた昔が
走馬燈のように脳裏を掠めはじめる。
 自立することを拒まれる少年少女時代は不幸な事だと思われがちだが、
その巨大な愛の海に身を置いていた者としては、別段それを不幸と感じ
たことはなかった。
 もちろん私だって白雉じゃあるまいし、反発したことだってあったが、
 「どうしたの?坊や、いやいやなの?ここはいやいやしちゃいけない
処なのよ。いやいやはママの抱っこの時だけにしましょうね」
 「えっ?ママの愛のお外?…ママの愛のお外にはお父様の愛があって、
お父様の愛のお外には女王様の愛があって、女王様の愛のお外には仏様
の愛があるの。あなたをお守りくださるのは大日如来様。光の神様よ。
あなたがお言いつけを守っていればそのどれかに救われてこぼれる事は
決してないのよ」
 こう言われてママにほっぺを摺り摺りされると、不思議なことに僕の
不安もわがままに治まってしまったのだ。
 思えばママとは乳飲み子の頃からのお付き合い。しかも、3歳までは
一日中いつも一緒だった。ママがお仕事で授業していた時でさえ、僕は
その足下にからみつき、教室中を駆け回り……疲れればママのお背中で
授業の声を子守歌代わりにしてお昼寝していたのである。
 世界中探しても先生が子守しながら授業する学校はここだけだろう。
でも、だからこそ僕にとってママの胸は絶対的なゆりかごであり続け、
その声は神様と同じ重みがあったのだ。
 13歳まではママのやりたいことが僕のやりたいことであり、ママが
幸せに感じることが僕の幸せだったのだが、それで不満はなかった。
 疑うことを知らない時代。我々の古き良き時代が戻った一夜だった。

第 4 話

< 第 4 話 >
 翌朝、僕はクリスタルパレスへ出かけた。クリスタルパレスはその名
の通り全面ガラス張りの宮殿で、お天気の良い日には巨大な宝石のよう
に輝いて見える。主は亀山では女王様と呼ばれている人物。
 有り体に言えばこの街を造った創立者のお孫さんでこの街の責任者と
いうか町長さんみたいな人だ。ただ、その権限は絶大で、お父様でさえ
その意向に逆らうことができない。だからこそ女王様だなんて呼ばれて
いるんだろうけど、普段、会いに行くと子供たちにはとても優しい人だ
った。
 評判の甘え上手(自身はそうは思っていないがあくまで亀山での評価)
だった私は、ママやお父様たちのことで女王様に愚痴を言ったことなど
なかったが、子供たちのなかにはママやお父様たちといった親子関係や
学校の先生との関係、さらには友達関係で悩む子も少なくなかった。
 そんな子供たちが駆け込み寺のように利用していたのがこのクリスタ
ルパレスであり、女王様だったのである。
 ここには家や学校にはないマンガやオモチャが置いてあって今で言う
ゲームセンターみたいな役割を果たしていた。そして、そこで語られる
子供たちの本音を吸い上げては学校や家庭にフィードバック。厳しいお
仕置きのもとで我が儘の言えない子供たちとの風通しの役を担っていた
のである。
 それだけではない。子供たちの悩みが主に大人側に問題のある時は、
子供たちを一時的にママやお父様の愛から外して、ここで預かったりも
する。
 女王様のもとで一緒に暮らす彼らは『光の子供たち』と呼ばれたが、
ほとんどが短期間で、女王様の指示で大人たちが受け入れ方法を整える
とすぐにでも返された。子供は寄る辺なき身、いっぱいおっぱいを飲ん
だ場所を代えるという決断は彼らにはあまりに重かったのである。
 ただ中には例外もあって、大人たちがどんなになだめすかしても赤ち
ゃんのままでいるのを拒み、自ら自立を望んだ子供たちだっていた。
 そんな気骨のある子供たちは別のママやお父様を世話してもらうか、
いっそクリスタルパレスを住まいとしたのである。
 ま、私のような凡才は、一時(いっとき)自立したいと決意しても、
大人たちからなだめられると、すぐに赤ちゃんに戻ってしまうのだが、
彼らの場合は、なまじ才能も豊かで好奇心や探求心に恵まれていたため
家庭的には不幸だったようである。
 そんな子供たちも引き取って女王様は面倒をみていた。つまり孤児院
の孤児院というわけだ。
 最初のお父様と離れてしまう子は年に数名いたが、さらに女王様の処
で中学卒業までずっと暮らす子となると、年に一年に一人いるかどかと
いったところだった。ところが、皮肉なことに亀山を下りて成功した者
の多くがここの出身者なのだ。彼ら(彼女ら)はお父様の直接的な援助
が受けられないため、他の子たちとは異なり勉強の世界(インテリ)で
自立できるよう女王様から仕向けられるのである。
 ただ、それならこの子たちにはお仕置きなんて必要ないのかというと、
それとこれとは話は別なようで、中庭には各種の晒し台やお浣腸で汚れ
たお尻を洗う泉、大声で泣き叫んでも声が外に漏れないように防音設備
のあるお仕置き部屋など亀山の一般家庭(?)に必要なものはここでも
必需品だった。
 私が訪れた時も中庭では一人の女の子がちょうど素っ裸で立たされて
枷に捕まるところだった。(何度も言うがこんな事ここでは日常茶飯事だ)
 「ひょっとして香澄ちゃん」
 僕の声かけに香澄は最初、豆鉄砲を喰った鳩のような目をしていたが、
やがてその瞳に生気が戻ると満面の笑みになる。
 「健、兄ちゃん。帰ってきてたの!」
 香澄は女の子をほったらかして僕に10秒ほど抱きついた。その間に
僕は彼女の髪をくちゃくちゃにしてなで回しおでこ同士をこすりつける。
 これって特別なことをしたのではない。巷でなら握手を交わした程度
のことだ。
 「一時帰郷。君はここで働いてるの?」
 「そう、離婚して…子どもも手が放れたら…私って行くところがない
じゃない。だったら……昔のつてを頼ってここに入れてもらったの」
 「楽しい?」
 「ええ、とっても…とにかくここは疲れないわ。肉体的には大変だけ
ど精神的にはとっても楽なの。とにかく言うことをきかない子はお尻を
ピシャピシャっと叩いて抱けばいいんですもの」
 「なるほど、世間じゃ体罰がどうのこうのってうるさいからね」
 「あんなのナンセンスよ。今の親は、乳飲み子を保育園に放り込んで
ろくに面倒もみないもんだから親子関係が脆弱でちょっとしたお仕置き
にも子供の心が傷ついてしまうだけ。もとはと言えば親の責任よ」
 「そういえば、女王様も同じこと言ってたよ。ちょっとしたお仕置き
で子供の心が傷つくようなら、それは戸籍上はともかく実質的にはそも
そも親子じゃないって……」
 「女王様には多くの子供たちをお仕置きで育てて、何人もの成功者を
出してきたプライドがあるの。だから『お仕置きが百害あって一理なし』
みたいな言われ方をすると、カチンとくるわけ」
 「この子は、何?……ママのお仕置きが厳しくて逃げて来たとか?」
 「まさか。……あっ、忘れてた」
 香澄は苦笑いを浮かべるとその場にうずくまり必死に体を小さくして
恥ずかしさから逃れようとする少女の背中に回り込む。
 そして、その耳元で…
 「今度はおじちゃまのお膝に抱っこしていただきましょう。……ね、
枷に捕まってるよりその方がずっと楽でいいでしょう」
 そう説得されてベンチに腰を下ろした僕の膝の上へとやってくる。
 「お願いします」
 少女は一言そう断って私の膝を椅子代わりにしたが、さっきまで地面
にしゃがみ込んで震えていたとはとても思えないほど堂々たるもので、
前も隠さないでやってくる姿は開き直っているとも見える落ち着きぶり
だった。
 「(ほう、お愛想笑いもできるのか)」
 彼女は私の膝でごく自然に笑って見せた。亀山の子供たちのならいだ。
『抱かれたら笑う』という習慣は生きていたようだ。
 そうなると、こちらも何かしてやらなければなるまい。
 「タオルケット、いいかな」
 まずは香澄からタオルケットを受け取ると、少女にそれを優しくくる
んでやる。そして、おでこをこっつん、ほっぺをすりすりして微笑む。
これも亀山のならい。習慣だった。
 「良い子じゃないか?……お嬢ちゃん、お名前は?」
 「倉田真里」
 「倉田先生は優しい?」
 「ママは優しいよ」
 「そう、だったら、どうしたの?」
 「…………」
 そこまでハキハキ答えていた真里の口が急に開かなくなった。代わり
に香澄が……
 「お父様が毎晩Hなことするからあそこにはもう居たくないって女王
様に泣きついてきたの」
 「この子のお父様って?」
 「河村誠一郎」
 「電気屋さんか。創業者でワンマンだったからな」
 さもありなん、なんて顔をすると…
 「そんなことないわよ。この子がそう言うから一応関係者に当たって
みたけど、河村さんはここに来てまだ日が浅いこともあって子供たちに
はとっても気を使ってくださってるの」
「ということは……」
 「そう、女の子特有の病。思春期には特に多発するわ」
 「でも、僕のお膝ではご機嫌みたいだけどなあ」
 私が笑顔を一つ投げかけると少女はそれと同じくらいご機嫌な笑顔を
返してくれた。
 「それはあなたが、ここでの作法、女の子の抱き方を知ってるからよ。
そこらが、会長はまだ慣れてらっしゃらないもんだから……」
 「会長職を退いて二年くらいだもんね」
 「ここへ来てまだ1年たってない。恐らく思春期の子という事で大事
にし過ぎたのね。ところが、女の子というのは不安そうに抱かれるのが
一番いやなのよ」
 「この子いくつ?」
 「12歳よ。まだまだ赤ちゃんなんだから、言うことをきかない時は
お尻を二つ三つ、ピシッピシッってどやしつければそれでいいんだけど、
巷のならいでなかなかそれがおできにならないからかえって溝が深まっ
ちゃったってわけ」
 「確かに、素っ裸で男性とベッドを共にするのは女の子にとっちゃあ
辛いよね」
 「いえ、お父様が赤ちゃんの時から何度も抱かれ続けた方なら女の子
も対応できるんだけど、河村さんの場合は今年こちらにお見えになった
ばかりでしょう。お互いが固くなっちゃってて……」
 「なるほど…そりゃあ、無理かもね」
 「でも無理じゃ困るわ。過去、そんなケースは五万とあるけど大半の
子がクリアしてきたんですもの。真里だけが、できませんってわけには
いかないわ」
 「で、他のお父様にはそわせなかったの?」
 「もちろん本人の希望を聞いて二三人そわせてはみたけど、やっぱり
そっちの方がよほどハードルが高いみたいで……結局、女王様が「私の
処へ残りますか?」って聞いたら、「やっぱり、お仕置きされてもいいか
ら元のお父様のお家へ帰りたいって……それで、ここにいるってわけ」
 「なるほど、新しいお父様が怖かったんだ。……それって、ちょっと、
辛抱すればすむことなんだけどね」
 「それができないから子供なんじゃないの」
 「ぼくなんか初めからお母様のペットだったからな。当番の日なんて、
おっぱいはしゃぶらなきゃならないし、ほ乳瓶でミルクは飲まなきゃい
けないし、オチンチンなんて毎晩のように触られてたけど。それでも、
変な気持になった事なんて、一度もないよ」
 「だって健ちゃんは男の子だもん。女の子ってのは元来が臆病だし、
肌を触られることにとっても敏感なの……」
 「でも、今回みたいなこと、あんまり聞いたことないけどなあ」
 「そりゃあそうよ、私たちにとっては物心つく前からやってる儀式で
しょう。今さら、『体が大きくなって気が変わりました』なんてお父様に
言いにくいもの」
 「そうかなあ。そんなことに女の子はドライだと思うんだけど……」
 「だから、それって、幼い頃からずっと抱き続けてもらってるお父様
だからそうなの。だからちょっとぐらいイヤな事でも辛抱できるのよ」
 「そう言えば『女の子は何をされたかより誰にされたかが問題なんだ』
なんて言ってた人がいたけど、そういうことかな」
 「それはいえるわね。この子だって前のお父様だったら、こんな問題
は起こさなかったと思うもの」
 「で、これからこの子どうするの?」
 「もちろん河村のお父様の処へ返すんだけど、今夜あたりおばば様に
来てもらうようなこと言ってたわ」
 「おやおや、そりゃ可哀想に……」
 私が憐憫の情で横座りした少女の顔をタオルケットごしに覗く込むと
彼女もまた私を少し悲しい目で見上げる。どうやら家へ帰ってこれから
何をされるかは分かっているようだった。
 「おばば様に心棒を通してもらうんだ」
 「ええ、色々考えたんだけどその方がいいと思って……女王様も同じ
意見なの。女の子ってのは色々に夢や願望はおしゃべりするけど、一旦
『ここで暮らしなさい』って言われたらもうそこで暮らせるものなの。
そのあたりの辛抱は男の子より上よ。……だから、おばば様に『あんた
のお家はここ』『あんたのお父様は河村先生』って念押してもらうが手っ
取り早く諦められるわ」
 「あきらめちゃうの?」
 「そう、女の子は自分の力で夢を実現することが男の子以上に難しい
から、どう綺麗に諦められるかで幸せが決まってしまうの。お股の中に
つけられたお灸の痕は、世間の人たちには残酷なことのように映ってる
みたいだけど、私にとっては、『ここで頑張らなくちゃいけないんだ』っ
て本気にさせてくれたからむしろありがたいお灸だったわ」
 「……えっ、それって本気?」
 「ええ、私の場合もおばば様からやられた当初はそりゃあショックだ
ったけど……でも、それで決心がついたら、後はスムーズに行ったわ」
 「…………」
 「何、変な顔して?……男性には分からないことよ」
 「女の子って、厳しい世界だね」
 「野心をもてばね、男の世界をハンデ背負って生きなければならない
から。でも、女の世界で妥協して生きるんなら、責任はないしお気楽な
人生よ。……さっ、そろそろ帰りましょうね」
 香澄はそう言いながら僕の膝から少女を抱き上げ近くに止めてあった
特大の乳母車へと乗せ換える。
 「裸のまま連れて行くのか」
 「そうよ、何?忘れたの?赤ちゃんはいつもこんな時は裸ん坊さんよ」
 「寒くないか?」
 「『寒くないか』?よく言うわねえ。お兄ちゃまはどこの御出身なのよ?
これに乗ったことないなんて言わせないわよ」
 「そりゃあそうだけど、今日はちょっと風もあるし……」
 「大丈夫よ。体はすっぽり籐篭の中だもの。それに子供は体温が高い
から……」
 「そりゃあ……まあ……そうだけど……」
 「なによ、やけにからむわねえ~~はっああ~ん、さては情が移った
んでしょう」
 香澄が笑う。でも確かにそうだった。不思議なことにほんの短い時間
でも抱いてしまうと、それまでその子にそれほど感心を示さなかったの
に『何とかしてやりたい』という気持になるのだ。
 そんな大人の心理を女王様はよくご存じだったのだろう。「どんな時で
も子供は見つけしだい抱きなさい」が亀山の掟だった。

第 5 話 ①

< 第 5 話 > ①
 香澄と私は大きな乳母車を押して町中を散歩する。目的地は河村邸。
ただ、最短コースを通ってそこへ行ったわけではない。途中学校に立ち
寄り、公園で休憩し、修道院や司祭様の私邸にまで押しかけたのだ。
 目的はもちろん赤ちゃんの顔見せ。あけすけに言ってしまうとこれも
この子へのお仕置きの一部だった。
 元気で可愛らしい赤ちゃんの体をできるだけ多くの街の人たちに隅か
ら隅までたっぷりと見てもらおうというのだ。当然、タオルケットの下
は全裸。
 経験者だから言わせてもらうけど、これって結構キツい。枷に繋がれ
ていた方がよっぽど楽なのだ。枷の場合だってもちろんお外で全裸なん
だけど、実は裸で居る時間というはそんなに長くないし、見られる相手
も最初からだいたい想像がつくので服を脱ぐ段階で覚悟が決まってしま
うけど、こちらはどんな人に見られるか分からないという不安を常に抱
えて長い時間裸で過ごさなければならなかったから精神的にしんどかっ
たのである。
 それに、見てる方はまさに上から目線で『よちよち』てなもんだが、
見られる方は大きな顔が鼻先まで迫って来るわけで、恥ずかしくて恥ず
かしくて死ぬ思いだった。
 男の子でこうなんだから女の子はさぞや……と思い尋ねると……
 「お仕置きなんだもん。しょうがないじゃない」
 「だってその子が悪いんでしょう」
 「そんな時は、頭を空っぽにして開き直って笑ってればいいのよ」
 と存外そっけない答えが返ってくる。だから私は、『へえ~女の子って
強いんだなあ』ってずっと思ってたんだが、事実は…
 『そもそもそんなこと口にしたくない』というのが本音のようだった。
 そう、実は井戸端会議の議題にすらできないほどのショックを受けて
いたのだ。
 そりゃそうだろう。素っ裸で乳母車に乗せられただけでもショックな
のに、色んな人に上から覗き込まれて、あげく…
 「さあ、笑ってえ~~赤ちゃんみたいに笑ってごらんなさい」
 とくる。
 もちろんそんなのイヤだからプイっと横を向きたいところなんだけど
……そんなことしようものなら……
 「あらあら、赤ちゃん、ご機嫌ななめねえ。ひよっとしたら、うんち
が出てないからかしらねえ。……だったら、お浣腸しましょうか」
 なんて平気で言ってくる。もちろんこんなこと巷の子にやったら……
 『ふざけないでよ!』
 って啖呵を切って大暴れなんだろうけど、亀山の子は、そんなことは
まずしない。
 だって、それをやっちゃったら今度はどんな恐ろしい罰になるか知っ
ているからだ。……だいいち乳母車の中ではバンザイの格好で両手首を
革のベルトで縛られているから上半身が起こせない。ま、下半身は起こ
せないことはないけど、こっちを起こして暴れるという子はまずいなか
った。
 結局、引きつった笑い顔でずっと寝てなきゃならないのだ。しかも、
これって分別のある大人だけじゃない。友だちをからかうのが生き甲斐
にしているクラスメートたちだってやってくるのだ。
 もちろんバスタオルなんかで大事な処は一応隠してはもらえるのだが、
これだってうまく笑顔が作れないでふてくされてると……
 「いやあ~~やめてえ~~ゴメンナサイ。もうしません。笑います。
笑いますから~~~」
 バスタオル剥奪なんてことにも……僕たちは寄る辺なき身、お父様を
お慰めして沢山の愛をいただいている身なのだ。だからたとえ悲しい時
でも笑顔を作らなければならないし、そんな訓練も受けている。 でも、
こんな恥ずかしさと隣合わせの不安な時に、みんなが納得する笑顔を、
と言われても引きつった笑顔しかできないことが多かった。それでも…
 「あらあら、真心がこもらない笑顔では相手の方に失礼よ。そうだ、
オムツしようか?その方があなたも気分が出るんじゃない」
 なんて言われたら、どの子も背中と心臓が凍り付くこと請け合いだ。
というのも亀山でオムツを穿かされる時はお浣腸がつきものだからだ。
 実際、オムツをされ、火事場金時みたいな真っ赤な顔をした子を私は
何人も目撃している。何をされたかなんて言われなくても明らかなんだ
が、つい悪戯心を起こして…
 「今日は裸ん坊さんじゃないんだ。だったら、乳母車に乗ってるだけ
なの?じゃあ、ミーちゃん楽ちんだね」
 なんて言っちゃったもんだから、後で講堂の隅に呼び出されて美知子
に思いっきりひっぱたかれちゃった。
 『あの時は、可哀想なことしたなあ』って今でも思ってる。もちろん
からかったこともそうだが、その時の様子を運悪く先生とお父様に見と
がめられちゃって、美知子はどっかへ連れて行かれちゃったんだ。
 その後に会った時は何も言わなかったけど、ひょっとしてフルハウス
(お鞭、お浣腸、お灸のお仕置きをいっぺんにやられる罰のこと)なん
て事になったんじゃないかと思って……
 とにかくここは兄弟やお友だち同士が仲良くしてないと先生の機嫌が
悪くて、特にお父様の前ではよい子でいるのが当たり前、そこで取っ組
みあいなんてやっちゃうと、お浣腸にオムツをさせられて後ろ手に縛ら
れ、つま先がやっと床に着く程度の高さで吊り下げられる、なんていう
SMまがい(普段だってそうだけど)のお仕置きだってあったくらいだ
った。
 ま、そうでなくても亀山の子供たちは……
 『目上の人にはお行儀良く(絶対服従)お友だちとはみんな仲良く』
 が絶対の義務として課せられていて、これはお勉強のことなんかより
ずっとずっと大事な約束事だったのである。
 真里の乳母車は最初に真里の通う学校へやって来た。
 そこの園長室で迎えたのは、白髪でメガネをかけたスーツ姿の婦人。
僕の時代の園長先生ではないので私は彼女のことをあまり知らないが、
彼女は僕のことはよくご存じだった。おそらくは亀山出身者なのだろう。
 「まあ、それで結局、元の鞘に収まったのね。それはよかったわ」
 大人二人との会話が終わると、園長先生はデスクを離れて乳母車の処
へとやってくる。そして、緊張する真里ちゃんの顔を覗き込むと……
 「真里ちゃん、あなたも慣れないお父様で大変でしょうけど、女の子
は神様から与えられた場所で精一杯生きるしかないの。あなたの不安は
もっともだけど河村のお父様はとても立派な紳士よ。だから、あなたの
事を誰よりも心配してくださってるわ。先生方とのお話し合いの席でも、
あなたのことを相続権を持たない養女として受け入れてもいいとまでお
っしゃってくださったんだから」
 園長先生は人差し指で真里ちゃんのほっぺを小さく軽く叩いてみせる。
 「幸せ者ね、あなたは……ほら、笑って……ちゃんと笑える?……ん?
……女の子は微笑みを絶やしてはだめよ。いいこと、あなたはまだ世間
というものを知らないからピンとこないでしょうけど、河村家の養女に
なるってことは凄いことなのよ。そばにいた先生方もおばば様も、腰を
抜かすぐらいびっくりしたんだから。さすがにそれは他の子とのバラン
スもあるので丁重にお断りしたけど、河村のお父様があなたの事を他の
どのお父様方より大事に思ってらっしゃるかそれでわかったの。だから、
あなたは河村のお父様を本当のお父様と思ってお仕えなさい。それが、
あなたにとっては何より幸せになれる近道だわ」
 園長先生は真里のために小さなロザリオを首に掛けてやると頬ずりを
して真里を送り出してくれた。もちろん、タオルケットの下を確認する
なんてハレンチなことはなしだ。
 香澄はこのあとすぐに校門を出る。私が悪戯っぽく
 「ねえ教室へは寄らなくていいのかい?せっかくだからクラスメート
にも報告した方が……」
 なんて尋ねると…
 「どうして?わたし、そんなに意地悪じゃないわよ」
 とあっさり断られてしまった。みんな亀山の出身。どうすれば、どう
なるか。些細な行動や仕草もそれにどんな意味かせあるかはみんな知っ
てることだった。
 学校を離れ、次に乳母車を止めたのは公園。ここは天気さえよければ
暇を持て余した先生のリタイヤ組が編み物をしたり、おしゃべりをした
り、絵を描いたり、時には子供をお仕置きしたりして、思い思いに暇を
つぶしている。
 そして、真里にとっては運悪く当日は好天に恵まれていた。
 「あら、赤ちゃんかしら」
 一人の老婦人がさっそく近寄ると乳母車の中を覗き込む。
 「真里と言います。倉田真里です」
 こう言ったのは真里本人ではなく香澄だった。別に真里が恥ずかしが
っているわけではない。こうして赤ちゃんのお仕置きを受けている時、
赤ちゃんは笑うことと泣くことしかできない。だから付き添いの香澄が
答えるのである。
 「何したの?」
 「いえ、もう終わったんです。これから元のお父様の処へ帰るところ
ですから」
 香澄の答えに老婦人も頭の中を一旦整理してから問いかけた。
 「この子、河村さん処の?」
 「は、はい」
 「ほう、結局、元のお父様の処で暮らすことになったんだね。そりゃ
あよかった。河村君は僕も知っているが高潔な紳士だからね、君を不幸
にはしないよ」
 そう言ったのはツィードのハットを被った老紳士だった。
 「ご存じなんですか?」
 「昔、一緒に仕事をしたことがあるけど、社員からも慕われていてね、
高い人徳を感じたよ」
 「これから、お宅へ伺うの?」
 「はい、おかげさまで……」
 「そう、いいことだわ。女王様のもとで暮らすこともできるでしょう
けど女の子は後ろ盾になってくださる方がいるならそれにこしたことは
ないもの」
 気がつくと三人四人と観客は増えていく。その誰もが一度は乳母車の
中を覗き込んだ。老人たちが幼い女の子のストリップを見たってだから
どうなるというわけではないが、まるで可愛らしい珍獣でも見るかの様
に一様に笑顔で挨拶していったのである。
 「……あなた、河村さんにお世話になるんなら、そんな引きつったよ
うな笑い方じゃいけないわよ。もっと明るく笑わなきゃ。色んな人から
言われて耳にタコができてるでしょうけど、今のあなたはショーツ一枚
自分のものではないの。ほら、だから今のあなたは何も着けてないでし
ょう」
 彼女はそう言うとタオルケットを捲って暖かい日の光を乳母車の中に
入れる。当然、真里の体は全て白日のもとに晒されることになったが、
真里は声を出さなかった。
 「ほら、見えるかしら……これがあなたなの全てなの」
 婦人は真里の頭を起こし自分の体を見せてやる。
 「今、あなたが大人にアピールできるのはこの身体と一生懸命な笑顔
だけ。……引きつった笑顔だけでは誰からも受け入れてもらえないの。
……分かるでしょう?」
 「……」真里が静かにちょこんと頷く。
 「あなたはお父様を一度裏切ったの。だから、戻る時には辛い罰を受
けなければならないと思うけど、それは悲しむことではないわ。その罰
が重ければ重いほどあなたはこれから先愛され続けるんだから…」
 そう言って励ましたのは最初に乳母車の中を覗き込んだ白髪の老婦人
だった。
 「…………」
 「ん?どうしたの?私の言うことなんて信じられない?」
 「…………」
 「でも、本当よ。ここで育って、ここで多くの子供たちを育てた私が
言うんだから間違いないわ。ここでのお仕置きはママにしろ先生にしろ
それをやる人が『これから私の責任でこの子をもっともっと愛します』
ってお誓いする儀式なの。一時的な癇癪を爆発させるだけの虐待とは、
まったく違うものなのよ。ここには、昔からお仕置きはあっても虐待は
ないわ。だからあなたがお仕置きで一時辛い思いをしても、やがてその
何倍も愛で包まれることになるから辛抱しないね」
 「…………」
 老婦人の説教に真里はきょとんとしていたが私には彼女の言った意味
がわかった。確かにそうなのだ。私が子供の頃にもある先生が……
 「ここでへはお仕置きも受けない真面目な子が幸せとは限らないわ」
 と呟いたことがあったが、きっと同じ意味なのだろう。お仕置きは愛
の一部。だからそれを避けられたと喜んでいるのはお門違いなのだ。
 「そうだ真里ちゃん、おばさんがお浣腸してあげましょうか」
 老婦人はしばし真里の顔を笑顔で眺めていたが、突然こんなことを言
い出したのである。

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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