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第 5 話 ②

< 第 5 話 > ②
 「…………」
 当然、真里の顔は引きつるが、目上の人の言葉に『イヤです』が言え
ない悲しい身の上。
 「あなた、オムツとイチヂク持ってるわよね。私がやってあげるわ」
 こう言うと、イチヂクを真里のお尻に差して、香澄から差し出された
オムツをあてがう。あっと言う間の手際の良さに香澄も私も呆然だった。
 「ああ、だめ~~~」
 一分もたたないうちに真里の顔が青ざめる。
 しかし老婦人は落ち着いたもので……
 「さあ、さ、修道院で着替えてらっしゃい」
 こう言って我々三人と乳母車を送り出したのだった。
 そこから五分と行かない処に亀山の修道院がある。煉瓦造りだがこの
街でもっとも大きな建物群だ。この街はもともとこの修道院に付属する
ものとしてできあがっていたから当たり前といえば当たり前なのだが、
OBやOGたちが出世して競うように寄付をしたおかげで周囲に色んな
建物が建ち並び昔ほど目立たなくなっていた。
 修道院というくらいだからキリスト教に関連した建物ではあるのだが、
亀山の宗派はもともと既存の大教団とは一線を画す新興宗教団体だから
修道院も巷のイメージからするとかなり開放的だ。
 門限はあるものの中庭までは誰でも勝手に出入りできるし、尼さん達
も頻繁に街へ顔を見せている。それだけではない。子供たちにとっては
まるで通ってる学校みたいに出入り自由な空間だった。子供達はここで
シスターから補習を受けたり、ここが習い事の教室だったりするからだ。
 ただ良いことばかりではない。特別厳しいお仕置きもまたここで執り
行われるからだ。中世ヨーロッパの拷問部屋みたいな処で執り行われる
お仕置きは、たとえそれほどキツいことをされなくても子供達に与える
心理的プレッシャーは相当なもので、数十年経った今でさえ、かつての
お仕置き部屋辺りにさしかかると心臓が締め付けられるように高鳴った。
 「あら、真里ちゃん、どうしたのかしら?……そう、緊急事態みたい
ね」
 院長室に乗り付けられた乳母車を覗き込むと院長先生は真っ赤な顔の
真里に微笑みかける。僕ら時代は品のいい年輩者だったが今の院長先生
は私より若いのでびっくりした。
 「花江さん、オマルを用意して」
 彼女は秘書役のシスターにオマルを持ってこさせると、乳母車の脇に
それを置いて無造作に真里のオムツを外そうとする。
 慌てた秘書が「そんなことは私が…」と止めたのだが…
 「いいでしょう、私がやっても……人助けは一番近くにいた人がやる
ものよ」
 そう言ってうてあわなかった。そしてオマルを外してすっぺんぽんに
なった真里を抱きかかえると、赤ちゃんをそうする様に真里の両太股を
もってオマルの上にかざしたのだ。
 もちろん、真里も抵抗したのだが、それは必死にというものではなく、
女の子のたしなみとして…あるいは自分はそんなにハレンチじゃないと
いう言い訳に…パフォーマンスしただけ。
 「いや、いや、だめ、だめ、しないで、しないで、わたし……」
 真里はし終わった後も真っ赤な顔のまま訴えるが、もとよりこんな事
を子供にやらせてくれる大人は亀山にはいなかったのだ。
 ここでは『子供が悪さをしていたからお仕置きしたよ』でよかったし、
別の人が『可哀想だから許してあげたよ』で、またよかったのである。
ただし、子供が自ら後かたづけする事までは許していなかった。
 お浣腸されて…オムツにお漏らし…でもそれを片づけるのは必ず大人
でなければならなかったのである。
 そう、これは私たちの時代、いやそれよりずっと以前からの決め事、
決まり事だった。
 お股の汚れを濡れたタオルで綺麗にしながら…
 「恥ずかしい?……だったらよい子にしてなさい。恥をかかないと、
何が正しくて何がいけないのか、あなたは覚えないでしょう」
 「そんなこと……」
 「そんなことないって言いたいの?いいこと、子供は頭では分かって
いても体が覚えないと芸ができないの。体で覚えなきゃまた繰り返すわ」
 大人たちはこのフレーズが得意で、これが言いたいために子供に自ら
処理をさせず自分で行っていたのである。
 院長先生は一通り真里の体を吹き上げると真里のために新たなオムツ
をはめてやる。それは…
 「私からのプレゼントよ。ここでは新たな家へ行く時は何一つ纏わず
に行くことになってるけど、あなたももう六年生だし、すっぽんぽんで
は恥ずかしいでしょう。もし向こうのお宅で聞かれたら『修道院の院長
先生からいただきました』って言えばいいわ」
 確かにこの時の真里はすでに胸が膨らみ、下草も生え始め、お尻も大
きくなりかけてはいるが、それでも赤ちゃんとして扱うのが亀山のルー
ル。それをあえて破るのは院長先生が真里を『とってもよい子』として
認識しているからに他ならなかった。
 乳母車は最後の寄り道として司祭様の自宅へと向かう。司祭様はこの
街を創った宗教団体の幹部のなかにあっては唯一の男性。私がここにい
た頃は『金曜日の死刑執行人』として女の子たちから畏れられていた。
 私は端(はな)から同性なので関係ないが、女の子たちにしてみれば
ここで日常的にお仕置きを受ける大人としては唯一の異性だったから、
その気の使いようも明らかに他の大人たちとは違っていたのである。
 案の定、司祭様の家に着いた時から真里の表情は明らかにそれまでと
違っていた。
 もちろん、そこには言いしれぬ緊張や恐怖があるに間違いないのだが、
私がここにいた昔、女の子たちの言動を見ていると、司祭様との間には
どうやら負の想いだけではない何かがあることを私は感じ取っていた。
 その匂いが、実は真里の顔の奥からも垣間見えるのである。
 「おう、合沢君じゃないか。帰ってきたのかね」
 こうして香澄と一緒に乳母車で回っていても私に声をかけてくれたの
は司祭様が初めてだった。
 「司祭様は健児のことを覚えてらっしゃるんですか?」
 「もちろん。私がまだ就任したての頃でね、とにかく頭のいい子だっ
たからね」
 「そんなに健ちゃん学校の成績がよかったんですか」
 「いやいや、学校の成績というより、とっても大人びて見えたんだ。
先生方の評判もよくてね、私が下手に厳しいお仕置きを言い渡そうもの
ならあちこちから抗議がくるんもんだ。それだけ人から愛されるすべを
知ってたってことかな。いずれにしても懺悔聴聞僧泣かせだったことは
確かだったよ」
 「へえ~~」
 香澄は意外という顔をした。彼女にはよく先生方からお仕置きされて
は泣きべそをかいてた姿しか思い当たらないからだ。
 確かにそれは嘘ではない。私はよく大人たちからお仕置きされていた
し泣き虫でもあったから。でも、酷(ひど)いお仕置きにあったことは
あまりなかったし、お仕置きされた分はその何倍も甘えて取り返してい
たのである。ここはそれが可能な街だった。だからこそ子どもの楽園で
あり続けるのである。
 「さあ、僕の話はどうでもいいじゃないか。仕事、仕事」
 私は照れ隠しに香澄をたきつけた。
 実際、乳母車の中では小さな心臓を張り裂けんばかりにして真里が待
っていた。
 「おう、可愛いオムツをしてるじゃないか。これは?」
 司祭様は香澄に尋ねる。対応は以前お会いした方々とほぼ同じ。
 赤いほっぺたを人差し指ちょんちょんと叩いてから頭を撫で、手の指
足の指を優しく揉んでいく。そして拘束されている手首のベルトを外す
と、そのまま本物の赤ちゃんを抱き上げるようにお姫様だっこで自分の
胸へと引き上げるのだ。
 もちろん、真里は笑顔を崩さない。時折、不安から顔が引きつりそう
になるが、それでも香澄先生に教わった通り必死に笑顔を作ろうとして
いた。
 「良い子だ。良い子だ。その笑顔はお父様の前でも見せるんだよ」
 司祭様は真里をご自分の膝の上で横座りにさせると再度頭を撫でる。
 「でも、こんな時に笑ってたら馬鹿みたいだって思われませんか?」
 「そんなことはないよ。君が大変な立場にいることは周囲の人たちが
みんな知ってることだからね。そんな中でも笑ってるってことは、君が
努力してる賜だって誰だってわかるもん。君を愛する大人の人たちは、
君のそんな努力を無にしようだなんて思わないから」
 「だって……」
 「だって、何だい」
 「だって、公園ではおばさまにお浣腸されたし、院長先生は部屋の中
でオマルにうんちさせたんだよ」
 「それは仕方がないだろう。君はまだ赤ちゃんなんだから……それに、
お浣腸は向こうにいっても必ずやらされるはずだから……初めてより、
二回目の方が楽だろう。それに何よりこんなオムツ普通は穿かせてもら
えないんだよ。そのお家に初めて入る時は……」
 「ね、それ違うよ。だって私、二ヶ月前までお父様の家にいたもの」
 「だけど、『あそこはイヤだ』って女王様に泣きついたじゃないか。そ
んな身勝手な子が今でも河村のお父様の子であり続けるはずないだろう。
もう一度、あの家で河村さんをお父様って呼びたいなら、それは初めて
そのお家に入る時の儀式をやり直さなきゃいけないんだ。わかるかい?」
 「……うん」
 真里は不承不承小さく頷いて返事をした。
 「大丈夫、みんな君のことが大好きだからね。きっとうまくいくよ」
 司祭様はそう言うと真里の体に香油を塗り始める。手や足、顔、首、
お腹、背中、膨らみかけたおっぱいも例外ではなかった。
 これは裸でいる時間が長い子のために皮膜を作って幼い子の肌を守る
ための処置だった。そして何よりこの甘い椿の香りが司祭様の御印とし
て河村家に届けられることになるのだった。
 園長先生のロザリオ、公園での老婦人のお浣腸、院長先生のおむつ、
そして司祭様の香油も…そのすべてが『この子をお願いします』という
無言のメッセージであり、この子に罰を与えようとする大人たちはそれ
を感じ取ってその子の処断を決めることになるのだ。
 『ここではどんな大人の人たちからも愛される事が大事なの。幸せに
なりたければ、お友だちの好き嫌いもだめ、大人の人たちの好き嫌いも
だめなの。どなたの胸にも快く飛び込んでいくのがあなたのお仕事よ。
必ず良い事があるから』
 ごくごく幼い頃から私はママにこう言われて育った。ただ当時は……
 『そうは言っても嫌いな子もいるし、あまり抱きつきたく大人だって
いるんだけどなあ』
 なんて思いながら聞き流していたが、今にして思い返すと、それは決
して意味のない教訓ではなかったようである。
 乳母車はとうとう目的地へと到着する。
 河村家は秋山四十郎氏のお屋敷を譲り受けたものでそこで暮らしてい
た子供たちも引き受けていた。ここへ移住してこられるお父様たちは、
そのほとんどが現役を退いた方ばかりなので、移住された段階ですでに
高齢の方が多く、だいたい10年から20年位経つと亡くなるか子ども
たちとの暮らしが困難になるかして、新しいお父様と交代されるケース
が多かった。
 当然、子どもたちもその新しいお父様へと引き継がれるため、生活の
仕方に大きな変化はないはずなのだが、赤ん坊の時から面識がある元の
お父様に比べ新しいお父様のもとでは気心の知れないことも多くて自分
の預かった子供たちを新しいお父様にどう馴染ませるか、ママたちには
人知れぬ苦労があった様だ。
 とりわけ、真里のような思春期の子は新しいお父様になかなか馴染め
ないケースも多く、今回のように女王様の処へ泣きつくケースも少なく
なかったようだ。
 私の場合は幸い一人のお父様で中学を卒業できたので体験談は語れな
いが、友だちの話を聞くと、それまで元のお父様の時は何でもなかった
当番の添い寝が新しいお父様になったとたん強姦されるんじゃないかと
いう恐怖に襲われるんだそうだ。
 もちろん、たとえ素っ裸で15の少女が隣に寝ていたとしてもそれで
間違いを起こすような人物はここには入ってこれないはずだが、そこは
それ、思春期の尖った自意識が簡単にうち解けた関係を作らせないもの
だから仕方がない。
 結果、今回のようなことになるのだった。
 玄関を入る際、私は何となく気になって乳母車の中を覗き込んだが、
そこにいる真里は顔面蒼白、焦点の定まらないうつろな目をしていて、
引きつった笑い顔でさえもう求めるのが困難なほど憔悴しているように
見えた。
 「大丈夫か?こいつ?凄い顔になってるぞ」
 私が心配になって香澄に尋ねると、彼女は乳母車の中を一瞥。
 「ん?……」
 笑い出すと…
 「や~ね、大丈夫よ。この子、耐える準備をしているの。女の子って
耐えるだけなら男の子以上に強いのよ」
 彼女にすると『そんな事も知らないの』とでも言いたげな笑顔だった。

第 6 話

< 第 6 話 >
 乳母車は薔薇のアーチをくぐり前庭の噴水を迂回して玄関ロビーへ。
そこはまるでリゾートホテルの様な造りの洋館だった。
 玄関で待っていたのは河村誠一郎夫妻。女王様、おばば様、小学校で
の担任の先生、女中さんたちなど総勢8名。まるで温泉旅館にでも着い
た時のような歓迎ぶりだった。
 「お疲れさまでした。倉田先生。どうでしょう。みなさん方の賛同は
いただけたでしょうか?」
 「大丈夫ですわ。みなさん、やはり河村様が真里のお父様として最適
だとおっしゃっていまいした」
 「そうですか、それはよかった。いや、私には亀山の子供を抱く適性
がないのかと心配しておりましたから」
 「そんなことはありませんわ。ほら、ご覧ください。小学校の園長先
生からは銀のロザリオ、修道院の院長先生からはお手製のオムツ、司祭
様からは自らこの子のために香油を塗っていただきましたし、元うちの
小学校で教鞭を執っていた香月先生からはお浣腸までしていただきまし
た。こんなに多くの祝福を受けられるなんてこの子も幸せですわ。です
からどうか、末永くこの子をよろしくお願いします」
 大人たちの挨拶を尻目に真里は依然乳母車のなかでその緊張した顔を
崩そうとはしなかった。
 実はこれから、真里にとって今回最大の山場がひかえていたのである。
 「元気でな」
 私は乳母車の中の少女に挨拶してこの場を去るつもりだった。もとよ
りこの儀式は私には関係ないこと。いくら街中フランクなお付き合いが
信条とはいえ、そこまで割ってはいるのはあまりに非礼と思ったからだ
った。
 ところが……
 乳母車から顔を上げた私と河村氏の視線があってしまう。彼はしばし
怪訝な顔で私を見た後、こう切り出したのだった。
 「ひょっとして、合沢先生じゃありませんか?」
 「ええ、そうですが…」
 「やっぱり、そうですか。最初、お顔を拝見した時から似てるなあと
思ってはいたんですが……寄寓だなあ」
 「いや、……」
 私は赤面する。確かに河村氏とは面識がないわけではない。一応この
会社の顧問弁護士の末席に名を連ねているから挨拶程度はかわしたこと
があったのだが、重要な案件を任された事はなく、こみいった話をした
ことも一度もなかった。だから相手が私の事を覚えている気遣いはなか
ろうと高をくくっていたのである。
 ところが、ところが、だった。
 「先生もここの会員になられてたんですか?」
 「いえ、違います。……実を言いますと……私、ここの出身なんです」
 「こりゃあ、こりゃあ、気がつかなっかなあ。では……お父様は?」
 「天野茂氏です」
 「天野興産中興の祖と言われた……」河村氏は嬉しげに頷く。そして
「……いや、ちょうど良かった。あなたもご存じだとは思いますが、私、
恥ずかしながら娘に逃げられましてね…なにぶん慣れない土地なもんで、
しきたりなんかもよく分からなくて……先生、よろしければ私にここの
ことについてレクチャーしていただけませんか。……それともお忙しい
ですか?」
 「いえ、大丈夫ですよ。私も久しぶりの里帰りで、休暇の身ですから」
 「いやあ、よかったよかった、これは天の助けだなあ」
 破顔一笑、彼は子供のように笑うと私の両手を握りしめて助言を請う
たのだった。
 私は誘われるままに河村氏の洋館へ入っていく。この建物、玄関から
応接室あたりまでは洋風の造りだが、そこを過ぎると後は典型的な日本
家屋になっていた。私もその昔、友だちの関係で何度かお邪魔したが、
苔むした灯籠の苔を綺麗に剥いで掃除したり、お池の鯉を追っかけたり、
お父様のゴルフクラブを持ち出してそれを折っちゃったり、とけっこう
悪さをしていた。もちろんこういう事は主人が先生に一言苦情を言えば、
こっちはフルハウスのお仕置きを覚悟しなければならない身なのだが、
当時この館の主だった水谷氏はそんな告げ口は一度もしなかった。
 そんな想いでの日本庭園を横目で見ながら私はさらに奥へと進む。
 着いた処はこの屋敷の居間だった。二十畳もあるその広い和室には、
ペルシャ絨毯が敷き詰められ、床の間と反対側のスペースには小さいな
がらも舞台が造られている。
 この舞台、普段は襖を閉めて舞台は隠されていて、子供たちが楽器を
弾いたり日舞やバレイを披露する時だけ小さな劇場としての役割をはた
しているのだが、普段閉まっているはずの襖が開いているところをみる
と、どうやらこの舞台に真里を上げて、そこで儀式を執り行おうとして
いるのだろう。
 案の定、真里は一段高い舞台に上げられると、まずは舞台の袖で正座
した倉田ママによってしっかりと抱きかかえられた。
 「いいこと、あなたは大日如来様が私に預けてくださった子供なの。
そのご加護があるから女王様も、おばば様も、園長先生も、院長先生も、
司祭様も、みんながあなたを好きなの。だからここへ来ることのできな
かった先生方もあなたに色んな物を授けてくださるのよ。河村様も同じ。
あなたがまず最初に河村のお父様を愛すれば、如来様から授かった能力
がお父様に伝わり、その何倍も大きな愛でくるまれることになるのよ」
 倉田ママは真里を抱きかかえると囁くような小さな声で震える子供の
心を落ち着かせようと説教をしている。
 ところが、その文言は実は私もママから聞いて知っていたから途中で
思わず吹き出しそうになってしまった。
 そんなことをしていると私の隣にいた河村氏が尋ねる。彼は私を客分
として扱い、こんな大事な儀式にもかかわらず『お父様』の隣に椅子を
置いて座らせてくれたのだった。
 「ねえ先生、私がここへ移住を決めた時には係の人から『子どもへの
お仕置きは絶対にできませんよ』と何度も釘を差されたんですよ。でも
今回は、女王様もおばば様も、私にお線香で艾に火をつける役をやって
欲しいと言われるんです。これって受けていいものかどうか………」
 「それは構いませんよ。その趣旨はあくまで自らお仕置きを企画して
はいけないってことで協力を求められた時はその限りにあらずなんです。
私のお父様も滅多に私にお仕置きなんてしませんでしたが、ただママに
頼まれてという形なら何回かありましたから……これはあくまで特別な
時……つまり今回のような時だけです」
 「そうですか。それで一安心です。でも、それにしても、すえる処が
……」
 「大丈夫ですよ。先生」
 二人の話に割って入ったのはおばば様だった。もっとも、私の時代は
本当にお婆さんだったからしっくりいったが、今の人は年配といっても
まだ若く『おばば様』とは呼びにくい年齢だったが、お灸をすえる係は
いくつであってもおばば様なのだ。
 「大丈夫ですよ。すえるのは大陰唇だけですから。ここは外皮ですか
ら、熱さは他の皮膚と変わらないんです。ただ、女の子としては自分の
大事な処にすえられたという意識でとりわけ熱く感じるだけなんです」
 「でも、それって心の傷にはなりませんか?」
 「ならないといったらそりゃあ嘘でしょうけど、心に傷を受けるのは
何もお仕置きだけではありませんから。むしろ、そこに傷を持つことで
常に自分が女なんだいう意識が顕在化して都合がいいんです」
 「徳川家康が三方ヶ原で敗走して城に逃げ帰った時、自分のふがいな
い姿を絵師に描かせてそれを常に見て戒めにしていたという逸話がある
でしょう。あれと同じなんです。常に自分だけが意識できて且つ他人に
は見られませんからここが一番いいんです」
 「残酷なような気がするけど……」
 「河村先生はフェミニストなんですね。でも大丈夫です。もう百年も
続けてきた伝統なんですから。それに、『これが励みになった』という人
はいますが、『足枷になった』という人はいませんから……本当ですよ」
 「男性にとっては凄いことって思うかもしれませんけど、女性にとっ
てはそれほどでもないです。僕の周囲もみんなここにお灸の痕がありま
すけど、ここは身体を許した人しか見ることができないからまだいいん
です。むしろ。お尻のお山にすえられたお灸の方を気にしてましたよ。
Tバック下着が穿けないじゃないかってね」
 「そういうもんですかね」
 「女性って意外と合理的なんですよ。どんなハンディキャップも隠せ
さえすればそれでいいってところがありますから。…………もちろん、
お嫌なら無理強いまではできませんけど、やっていただくと、これから
親子をやっていく上にもスムーズにいくと思いまして……」
 「『これは重要な儀式なんです』と女王様からも聞きましたから承知は
しているですが…何しろこんなこと初めての経験ですから……」

 「女王様は何と?」
 「ええ、あの子が犯した罪を私があえて罪を犯すことで救ってやって
欲しいと……」
 「相変わらず女王様は厳しいですね」
 「でも、そこまでおっしゃる熱意に打たれたんです。この人は嘘を言
わない人だ、信頼できる人だとわかったんでお受けしたんです。………
もともとこの事は私にも非のあることですから」
 「そう言っていただけると嬉しいです。決して秘密が外に漏れるよう
なことはありませんから、お願いします」
 香澄は河村氏の前で両手をついて頼み込んだ。
 そう、これは例外中の例外。これから面倒をみてもらう者とみる側の
神聖な儀式なのだ。聞くところによれば、子供たちがここへ預けられる
時もまた、おばば様がその赤子にお線香を握らせ、裸になった母親の体
に貼り付けられた艾に一つずつ火をつけてまわるのが約束事なのだそう
だ。
 河村氏があえて悪人になることで真里に素直なあきらめの気持をもた
せ、河村氏の愛の中に組み入れたいと大人たちは考えたようだった。
 だから舞台の上の真里は、女王様、倉田先生、お母様、おばば様、…
…彼女をこれから愛していかなければならない多くの人たちにその身体
を完璧に押さえ込まれ、微動だにもできないほどにされて、仰向け両足
を高く上げる姿勢のまま女の子の全てをさらけ出し、お父様のお線香で
二つお灸をすえられたのだった。
 「いやあ~~~だめえ~~~ごめんなさい、もうしません、しません
からゆるして、だめ、熱い熱い、いや死んじゃ、死んじゃう、痛~い」
 耐えきれない恐怖と不安そして現実に訪れた強烈な痛みに真里は悶絶
して悲鳴をあげたが、もとよりそれ以外どうすることもできなかった。
 時間にして三十秒にも満たない一瞬ともいえる儀式だが、女の子たち
はこの瞬間を生涯忘れることはない。
 ここへのお灸はいつも擦れる場所なのでその後もかさぶたができたり
ケロイド状になったりで治癒したあとも「あっ、あの時の……」という
意識が毎日のように蘇るのだ。ただ、それが悪感情になることはあまり
なかった。
 というのもここへのお灸は自分一人の傷ではないのだ。亀山で育てば
山を下りるまでに少なくとも三回はすえられるのが普通で、ここに灸痕
のない子はいなかった。私の親しい友人などは……
 「だって、人に見せるわけじゃないし、何より亀山を出たという証(あ
かし)みたいなものだから」
 と、さらりと言ってのけたほどだった。
 傷跡におばば様から軟膏を塗ってもらった真里は身なりを整えて舞台
を降りる。しかし、これで終わりではない。彼女にはまだまだやらなけ
ればならない仕事がたはさん残っていたのである。
 まずはこれからお世話になるお父様へのご挨拶。
 これは今まで舞台とは違って上座にあたる床の間を背にお父様とお母
様が座り、その前で正座した真里が両手を床について行わなければなら
なかった。
 「お父様、お灸の戒めありがとうございました。これからはお父様、
お母様のお言いつけを守って暮らしますからよろしくご指導ください」
 お灸のお仕置きのあと、子供たちが言わされるこのご挨拶は昔と一言
一句変わっていなかった。
 「わかりました。あなたもお勉強に芸事にしっかり励んでくださいね」
 こうお母様に言われて目の前には漆塗りの箱が登場する。どれも文箱
を一回り大きくしたほどの大きさで三段重ね。ただ、差し出される時に
は一段一段中が見えるようにして置かれるのが普通だった。
 「もうあなたには説明の必要もないとは思いますが、今一度心を新た
にする意味でお聞きなさい」
 「はい、お母様」
 「三段目がお浣腸のセット。ピストン式の浣腸器にゴム管、導尿用の
カテーテルに膿盆、局所麻酔用の注射器やイチヂク浣腸なども入れてお
きました」
 「ありがとうございます」
 「二段目はトォーズとナインテールです。いずれも小ぶりのものです。
実際に行う時はもっと大きなものを出してきて使いますが、戒めとして
ご覧なさい」
 「はい」
 「一段目はお灸のセットです。艾やお線香、お線香立てにマッチ、傷
薬なども入っています」
 「……ありがとうございます」
 真里は一つ生唾を飲んでからお礼を言う。今し方のことがきっと脳裏
を掠めたのだろう。
 「あなたは良い子だからこんな物は必要ないとは思いますが、これを
お部屋に持ち帰って日々の戒めとなさい」
 「はい、お母様。これからお父様お母様の御名を汚さぬよう精進いた
します」
 と、時代ががったというか芝居がかったというか口上を述べてその箱
を受け取るのだが、『やれやれこれで一件落着』とはいかない。
 実はこの儀式、まだ先があったのである。
 「真里ちゃんここへいらっしゃい」
 少し離れたところでママが正座した膝を叩いて真里を呼ぶ。言わずと
知れた合図、『この膝に俯せになりなさい』ということだった。
 そしてその膝の上に腹這いになると…
 「お灸のお仕置きはどことどことどこにすえるんだったかしら?」
 「お尻のお山とお臍の下とお股の中です」
 か細い声はさらに震えて私の耳に届く。きっと恐怖と恥ずかしさがな
い交ぜになっているのだ。
 「お股は終わったけど、お尻とお臍の下はまだでしょう。ここも本当
ならお父様にお願いするところたけど、お前がお股のお灸をすえられた
時、あまりに大きな声をだすから「可哀想だから」とおっしゃって遠慮
されたの。でも、お仕置きを途中でやめるわけにはいかないから代わり
に私がします。いいですね」
 「はい、…………」
 「『はい、』だけ?」
 「はい、お願いします」
 「そうでしょう。肝心なことわすれてどうするの。お仕置きはお願い
するものなの。何度も同じことを言わせないでちょうだい」
 「ごめんなさい」
 真里は謝ったが、もちろんそれで許されるというものではなく…
 「では、始めます」
 となった。
 短めのプリーツスカートが捲り上げられると、まぶしいほど白い綿の
ショーツが顔を出す。しかし、それもほどなくずり下ろされて、真里の
まだ可愛いお尻が現れた。
 とたんに畳にこすりつけるように低くなった少女の顔が真っ赤になる。
 亀山は毎日のように子供がお仕置きされている処だが、毎日同じ子が
罰を受けているわけではない。真里にしても前のお仕置きからはすでに
三週間近く間があいていたから、あらためてパンツを脱がされるとそれ
はそれで恥ずかしいのだった。
 「合沢さん、こういった時は近くによってはいけないんでしょうね」
 「えっ……」私は突然尋ねられたので驚いたがすぐに笑顔に戻って…
 「構いませんよ。あの子はここではあなたの娘なんですから、お尻で
も、お臍の下でも、お股の中だって、「見せなさい」って命じればそれで
いいんです。子供はお父様の命令に『嫌!』とは言えない立場なんです
から」
 「でも、体罰はできないと……」
 「いや、身体検査は親の権限であり健康管理は義務でもあるわけです
からそれは体罰ではないですよ。私のお父様もそうでしたが月に一回は
必ず身体検査と称して子供を裸にしてましたから……もちろん女の子も
……性器も全部です」
 「そうなんですか、何かそれって卑猥なことかなって思ってしまって」
 「確かに卑猥な心で見ればそうでしょうけど……そうでなければいい
んです」私たちの会話に女王様が割り込む。「だって産婦人科のお医者様
はそこを見なければ仕事になりませんもの」
 「そりゃそうですね」
 「いえ、娘の裸がみたいならお風呂に入るのが手っ取り早いですよ。
どこの家でも大抵サウナ室が広めに造ってありますからね。あのベンチ
に寝っころがして調べるんです。亀山の子は幼い頃からお父様への絶対
服従を厳しく仕付けられてますからね。決して暴れたり大声を出したり
はしないはずです。もちろん、ここへ移住する人たちは間違いを起こす
ような人ではないという信頼関係があってのことですが……」
 「行ってみましょう」
 私が誘うと河村氏も腰を上げる。
大人三人にいきなり近寄られた真里は真っ青になった。今、お尻への
お灸が終わり今度はママのお膝を枕に仰向けにされたばかり、当然お臍
の下は大人たちから丸見えだった。
 もちろんだからといって暴れたり大声を出したりはしない。僅かに顔
を背けることだけが彼女にできる精一杯の抵抗だったのである。
 「ほら、真里。お父様がいらっしゃったのよ。ご挨拶は?」
 ママは握った娘の両手を振って催促する。
 「こ、こんにちわ」
 「違うでしょう。こんな時はね、『お恥ずかしいところをお見せしてお
ります』って言うのよ。……あら、それはそうと真里ちゃん、あなた、
床屋さんに行かなかったのね」
 ママの詰問に、その顔から『しまった』と字が浮き上がる。亀山の子
は女の子も床屋さんで髪をセットしてもらう。しかしその時は、上の毛
だけでなく下の毛も剃り上げてもらうのが慣例になっていた。
 「ほらあ、こんなに下草が伸びてますよ」ママはさの下の皮膚が吊り
上がるほど下草を摘んで持ち上げる。「あなたももういい歳なんだから、
自分のことは自分でやらないと…」
 「ごめんなさい」
 「ま、仕方がないわ。真里ちゃんもおじさんにお臍の下を触られるの
が恥ずかしいお年頃になったのよねえ」
 おばば様が助け船を出してくれたが…
 「そんなこと言っても規則なんですから……真里、今度下草の処理を
さぼったらお仕置きですからね」
 とうとうママから脅かされてしまう。
 「今日のところは私が処理しましょう」
 おばば様はそう言うと、お湯に浸したタオルでそこを暖め、男性用の
T字カミソリであっという間に剃り上げてしまう。もともと陰毛といっ
ても小学生の身体、まだまだ産毛のようなものだから処理は簡単だった。
 「もう、すでにお灸の痕がありますけど…あれは……」
 河村氏が私の耳元で囁く。
 「最初は二歳ぐらいの頃に皮切りと言っておばば様からすえてもらう
んです。その後、しばらく間があって…四年生か五年生の頃またすえら
れて…六年生か中学一年の頃にもう一回、都合三回は最低でもすえられ
るんです」
 「そんなに…ですか?」
 「いえ、お転婆さんなんか、その倍も、三倍もすえられますよ」
 「へえ~」
 「すえられるたびに灸痕がだんだん大きくなりますからね、五回六回
とすえられる子は目立つお尻は免除してもらってお臍の下とお股の中が
中心になるんです。お臍の下はその後毛が生えて隠れますし、お股の中
は心を許した人以外には見せないでしょうから…」
 「なるほど…」
 「私の子供時代ですら、おばば様が『戦後は回数が減った』と言って
いましたから、今はもっと減ってるかもしれません」
 「…………」
 河村氏が無言で頷く。すると、女王様が…
 「この子の前は五年生の時、脱走の罪でお仕置きされたんです。です
からお灸はちょうど一年ぶりぐらいですわ」
 「脱走?そんなことできるんですか?」
 「できませんわ。ここは入る事も出る事も刑務所並に難しいんです。
中の秘密を絶対に外へ漏らしてはいけませんから……でも、産みの母に
会いたいという衝動を抑えきることはできませんから時々そんな事故が
起こるんです」
 「産みの母とはもう生涯会えないんですか?」
 「この子たちが18歳になるまでは原則面会も禁止しています。里心
がつくとこちらも困りますから……」
 「18歳以降は?」
 「実は東京に私書箱があって、半年ごとに近況を伝える報告書と共に
子供の映像を収めたDVDを入れておきますから子供に未練がある親は
必ず受取に来ます。それを見れば18歳以降の居場所もわかるはずで、
会えた後は本人次第というわけです」
 「合沢さんは、どうされたんですか?産みのお母さんには会われたん
ですか?」
 「ええ、会いましたけど…結局、一緒に住むことはありませんでした」
 「そりゃまたどうして?」
 「血の繋がりは関係ありません。私にとっての母親は高橋というここ
で暮らすシスターあがりの先生だけなんです。もっと言うと、この亀山
の地そのものが私の母なんだと思ってます。……いえ、ここに住んでる
時は、正直お仕置きばかりで地獄のような処だって思ってましたけど、
世間を歩くうち、ここが本当の楽園だったんだって気づいたんですよ。
遅きに失した感はありますけどね」
 「…………」
 私が話す間に真里のお臍の下には七つもの艾がのせられ火がつけられ
ていた。
 彼女は必死に顔をしかめ、身体をよじってその熱さから逃れようとし
ていたが、叶わぬまま艾が燃え尽きてしまう。
 荒い息と嗚咽のなか、彼女がこんな野蛮な行為に感謝することなどあ
り得ないだろうが、その内心は別にして身繕いを終えた真里は私たちの
前に正座して…
 「お仕置き、ありがとうございました」
 と両手を畳につけて挨拶するのだった。

第 7 話

< 第 7 話 >
 真里への儀式が終わったあと、一週間ほど過ぎてから私は河村さんに
頼まれて一緒に図書館を案内することになった。もちろんそんな仕事は
他に誰でもできそうなものだが、巷での面識がある私の方が心強いのか
私を指名してきたのだった。
 「どうですか、その後、真里ちゃんとは?」
 「ええ、私の方は順調です。最初、パジャマを用意したんですが先生
から止められたんでしょうね次の日からは着なくなりました。それでも
いきなり親しみの湧かない男の隣に裸で寝るのは可哀想だと思い。タオ
ルケットを捲いて寝るようにしたんです。でも、それもNGだったらし
く、三日目はついに私の隣で裸で寝てくれました。そして四日目、恐る
恐る抱いてみると抵抗らしい抵抗は何もしませんでしたが震えてました
からね、『寒いのか?』って言ったら笑ってました。以降は他の子と同じ
です。今日の出来事をあれやこれや聞いて、これからやりたいことや夢
なんかを聞いて…私は想いで話しをして…幼い子には絵本を読んでやっ
たりします」
 「いい、お父様ですね」
 「いえ、自分の子供たちにはこんなこと、したことありませんでした。
当時は忙しかったもんでね。なかなか子供の相手はしてやれなくて……
娘とも一緒に風呂に入れたのは、たしか幼稚園まででしたよ。以後は、
一緒にお風呂に入ろうなんて言おうものなら変態扱いですからね。でも
ここでは15の子でも一緒にお風呂なんですね」
 「それが子供たちの仕事なんですよ。私たちはお父様に可愛がられる
ように動きますし、そうなるようにママや先生方から訓練され続けるん
です」
 「どうりで……ここの子供たちはなんて無垢で純粋でよく躾られてて
なんて子供らしい子供なんだろうって思ってましたけど、あれは私たち
を喜ばせるお芝居だったんですね」
 「いえ、純粋なお芝居じゃありませんよ。義務感をもってお父様たち
とは接っしますが、心にもないことをしてるってわけじゃないんです。
子供ですからね、抱かれれば素直に嬉しいし、お風呂で身体を洗っても
らうのも、同じお布団のなかで身体を撫でてもらうのも、それはそれで
楽しいことなんです」
 「でも、それって子供たちには辛いことを強いてるじゃありませんか」
 「確かに大人たちの期待に応えることができないとお仕置きお仕置き
で追いまくられますからその点は辛いですけど、ただお父様はお仕置き
なんてしませんからね、お父様との関係で辛いと思ったことはありませ
んよ」
 「でも、先週は真里にわたし……」
 「あれは例外中の例外ですよ。その代わり、慣れるまでは真里を毎晩
抱き続けてくださいって言われたでしょう」
 「ええ、……でも、うまくいってますよ」
 「女王様はそうなることを見越して河村さんお願いしたんだと思いま
す。ご自分でお灸をすえてその責任をとっていただく」
 「せ、責任ですか……」
 「いえ、そう堅苦しく考える必要はありませんよ。慣れるまで真里を
毎晩抱いてやればいいんです。普段、夜とぎの子供は日替わりでしょう
けど、真里だけは特別に毎晩抱いてくださいということなんですから」
 「なるほどそういうことなんですか」
 「相手は子供ですからね。大人のようには割り切れない子もいるわけ
です」
 「そりゃそうでしょうね。かたや物心ついた時から抱かれ続けた親、
こちらはいきなり現れたおじさん。こりゃ勝負になりませんよ」
 「でも、そんなことも想定して躾ているので大半は大丈夫なんですが
……」
 「だから、例外中の例外ってわけですか」
 「今夜あたり、あの子のお股の中に手を入れてみてごらんなさい」
 「えっ、そんなこと」
 「大丈夫ですよ。といってあまり卑猥な動きをされても困りますけど、
触れたという程度なら問題はありません。……私なんて男でしたけど、
お母様から毎晩のようにオチンチンを触られ、キスされ、ありとあらゆ
る処を濃厚なスキンシップで責められましたけど、別に不快と感じた事
なんてありませんでした。いえ僕だけじゃありませんよ。亀山で育った
子はどの子も大人のスキンシップを楽しい遊びとして躾られてますから
ね、少々のことでは驚かないんです」
 「真里のような思春期の子でも…ですか」
 「はい、そのあたりは巷の子供たちとは感性が違うはずです」
 「…………」
 河村氏は口を閉じてしまったが、後日、この事で礼を言われた。恐ら
くそんな子供がいるなんて彼には信じられなかったんだろう。しかし、
亀山とはそんな処だ。だからこそ、資産家が金を使いわざわざ移住まで
して子供の世話をする不思議な場所なのだ。
 雑談するうち目的地に着いた。そこは子供が立ち入ることのできない
大人たち専用の図書館だ。
 「ここって、学校ですよね?勝手に入って大丈夫なんですか?身分証
か何か……」
 「そんなもの必要ありませんよ。ここに限らず亀山はどこでも大半が
出入り自由なんです。そもそも怪しい人はこの山には入れませんから。」
 それは私にとっての常識だから思わず心の中でふいてしまった。
 「…河村さんだって温泉宿の大浴場に入ったことがあるでしょう?」
 「ええ、まあ…」
 「その時、身分証なんか提示して湯船に浸かりますか?」
 「……」
 「ここも同じなんです。お互い同じ常識を共有する者同士の信頼関係
で成り立っているんです。ですから、亀山のゲートをくぐる時は色々と
チェックがありますけど、入ってしまえば、中は自分の常識やモラルの
範囲で自由に行動して構わないんです。でなければ年頃の娘を素っ裸に
して公園の枷に繋ぎ止めとくなんてことができるわけないじゃないです
か。逆に言うと、そんなことができる処だからこそここは楽園なんです」
 「なるほど……だから外国人には門戸を開いていないのか」」
 「さあ、こちらです」
 講堂の中二階まで一旦上がってその奥にある目立たない扉を開ける。
 小さな踊り場の先に石造りの階段があって、螺旋状に地下へと降りて
いけるようになっている。その階段は鍵のかかった厚い木の扉で行き止
まり。だが脇にあいた小窓に部屋の鍵を置くと用務員のおじさんが扉を
開けてくれる手はずになっていた。
 「どうぞ、河村様、合沢様」
 作業服姿の用務員さんは厚い木の扉を開き丁重に二人を招き入れる。
入ると応接セットといった感じのソファとテーブルがあってバーカウン
ターも備わっている。広さも五六人がちょうど心地よいという程度だ。
 「酒も飲めるんですか?」
 「ええ、固いことは言いませんが、ドアを出れば学校ですからそこは
ご理解ください」
 「なるほど、生活のすべての面で私の良識が試されるというわけだ」
 「亀山への入場を許されている人はすでにその資質が高く評価されて
いる方ばかりですから堅苦しく考える必要はありませんが、多くの人の
美学に反するようなら問題となることもあります。ただ、ここについて
言うなら、多少の醜態は大目に見てもらえます。夜まで待って外に出れ
ばいいんですから」
 「なるほど」
 二人の会話に先ほどの用務員さんが顔を出す。
 「ご予約がございませんでしたのでこのような姿で失礼いたします。
お飲物は?」
 「ドライマティーニ」
 「ぼくはスクリュードライバーで」
 「承知しました。こちらが本日のメニューでございます」
 そう言って置いていった厚手の表紙の薄い本。
 「メニューですか」
 河村氏はそう言って手に取った。どうやらそれが本当にメニューだと
思って中を開いたようだった。
 「…………」
 驚きの表情が楽しい。
 中にはずらりと昨日今日起こった事件が……
 「なるほど」
 事のあらましまで記(しる)したお仕置きの記録がそこには写真付き
で載せてあった。
 「お気に入りのものがあれば取り寄せることができますよ」
 私は自分に渡されたメニューを見ながら河村氏に勧める。
 メニューはあくまでサンプル。学校のお仕置きは必ず動く絵となって
残っていたのだ。
 「どれもいいですね。迷ってしまいます。でも、これ全部というわけ
にはいかないんでしょう」
 「もちろん可能ですが、一皿3万円ですけど、よろしいですか?」
 「ということはこれ五本で15万円か……」河村氏はしばし笑ってい
たが、「いいでしょう。でも、ビデオは持ち帰れるんでしょう?」という
ので、その説明をしようとしたら用務員さんがドライマティーニとスク
リュードライバーを銀盆の上に乗せて現れた。
 「残念ながら旦那様、それはここでしか見ることができないんです。
ただ一旦お買いあげになられたものはここに来ていただければいつでも
無料でご覧になれますが……」
 「持ち出しはできないのか」河村氏は苦笑したが、それはあきらめた
ということではなかった。
 「分かりました。五本とも買い取りますよ。正直、私はこういう事が
嫌いではないものですから……」
 「それはようございました」
 用務員さんはメニューを下げようとしたが…
 「おう、これは失礼いたしました。今日のメニューには由香里お嬢様
のが含まれております。たしか、由香里様は河村様の……」
 「ああ、そうだよ。だからこそそれを一番始めに見てみたいと思って
たんだ」
 「でしたら、これに代金は発生しません。親御さんがご自分の娘さん
の折檻をご覧になるのは当たり前のことですから」
 「そうか……」河村氏の笑い皺がさらに深くなった。
 「ところで、もっと古いものもあるのかね。例えば、ここの合沢先生
がここにいらした頃のものとか……」
 「ええ、ございますけど、当時は8ミリか16ミリフィルムでしたの
であまり画質がよろしくございませんが……」
 「かまわないよ。探してみてくれないか。……ね、合沢先生」
 河村氏が悪戯っぽく笑う。
 「…………仕方ありませんね。本当はあまりお見せしたくないんです
が、拒否する権限もありませんから……ま、よろしいでしょう。来月、
一万円振り込まれますから、それで寝酒でも買います」
 「ん、どういうこと?」
 「ここで先生が支払われたお金はそのフィルムに映っている子の口座
に振り込まれる仕組みになってるんです。現役の子は手数料なしの3万
円、大学卒業前の子は手数料1万円を引いて2万円、私のような社会人
だと2万円が手数料で1万円が振り込まれるというわけです」
 「なるほど育英資金になってるわけか。ささやかだけど何もないより
ましだ」
 「これだけじゃないんですよ。みんな楽器を習ってるでしょう」
 「ああ、みんな上手なんで驚いてる」
 「その演奏会が年に10回くらい開かれるんですが、そこでのギャラ
ンティーなんかも個人口座に振り込まれるんです」
 「へえ~~じゃあみんなプロなんだ。どうりでうまいはずだ。でも、
そのレッスン料なんかは?」
 「もちろんお父様が払います。それに演奏会といっても多くがお父様
とコネクションのある会社で開かれるものでマッチポンプみたいな催し
ものも少なくありませんから子供たちが純粋にお金を稼いだとは言えな
いかもしれませんが……」
 「つまり、はじめから我が子にお金を渡す目的で自分で演奏会を開く
ってことだ」
 「ええ」
 恥ずかしそうに答えると…
 「でも、いいじゃないか。それだけ愛されてるって事だもん。いや、
実をいうとね。世間色々うるさい事を言う人がいるから、ひょっとして
もっとうさんくさい処なんじゃないかって心配してたんだ。でも、今の
君の話を聞いて安心したよ。ここのお父様たちは本当に子供好きで子供
を愛しているってわかったから……」
 「本当は直接お金を渡した方が安上がりなんだけど、それじゃあ子供
のためにならないからって……」
 「そうでしょうね、分かりますよ」
 「女王様やお父様達が知恵を出し合って成人になるまでにいくらかで
もお金を残してやろうというので色んな催し物に引っ張られるんです。
でも世間を知らない子供たちはそんな大人の愛情なんかも分かりません
からね。『孤児だからってこき使うなよな。僕たちだって遊びたいんだ
ぞ!』って影で言ってました」
 「親の心子知らずですね」
 「貯金通帳は一応見せられるんで、お金が貯まっていく様子は分かる
んですが、どのみち数字だけで使えませんから実感が湧かないんです」
 「どのくらいになるんですか?」
 「人によってそれぞれでしょうけど……僕の場合は一番多い時で……
三千万円くらいじゃなかったかなあ」
 「三千万ですか。そんなに……」
 「僕は男の子でしたし、それにめちゃくちゃに弾いたピアノ曲がレコ
ードになってちょっぴり売れたりしたもんだから……」
 「男の子の方が稼ぐんですか?」
 「社会人になった時の支度金として稼がせてくれるんですよ。女の子
の場合、お嫁入りの相手も結婚資金もお父様が出すケースが多いもんで
すから、手元資金はそんなにいらないんです。もし、結婚生活がうまく
いかなくてもここへ戻って先生をやるって方法もありますし……でも、
そう言うと彼女たち怒ります。そんな考えが女性の自立を妨げてるって
ね」
 「ねえ先生、そんな音楽の才能がおありだったら、先生はなぜそちら
の道には進まれなかったんですか?」
 「そちらって音楽ですか?」
 「作曲がお得意とか……さっき言われてましたでしょう……」
 「ああ、あれですか。あれは、一応、五線紙に音符は書きましたけど、
当時の音楽の先生がよりよく手直ししてくれたから完成できたんです。
僕の力だけじゃないんです。それに完成したそのレコードを売ってくだ
さったのも天野お父様なんですから僕の誇れるものは何もないんですよ。
とにかく、お父様も女王様も私たちの口座にお金が振り込まれるように
色んな仕組みを考えてくださってるんです。これだけじゃありませんよ。
これなんかその一部です」
 「そうか、そう聞いては五本では足りないな。百本くらい買ってあげ
ないと……」
 「それは豪勢ですね。でも無理なさらなくてもいいですよ。ここには
それこそ膨大な量の映像が眠っていますから。暇をみつけていらっしゃ
って、興味を引く物があれば、ぼちぼちお買い上げくだされば、それで
いいんですから。ドライマティーニはこちらによろしいですか」
 用務員さんがいつの間にか蝶ネクタイ姿になってカクテルを運んでく
る。
 「ねえ、このビデオを本人と楽しむというのは悪趣味だろうか」
 「構いませんよ。合沢様がご承知なら…」
 「いや、今の子供たちとですよ」
 「それはちょっと……先生がお仕置きの一つとしてそうしたことなさ
ることはありますけど、いずれにしてもここへは子供を呼べませんから」
 「あっそうか、肝心なことを忘れてた」
 「スクリュードライバーをお持ちしました」
 「ありがとう」私は用務員さんからカクテルを受け取ると河村さんに
助言する。
 「簡単なことですよ。その子のお父様と仲良しになればいいんです」
 「なるほど、その手があったか」
 このあと、河村氏は太古の昔に撮られた私のお仕置きフィルムを探し
出すと、楽しそうにその当時の様子を質問してくるのだが、私としては
いくら過去のことでも恥ずかしい思いでにつき合わされるのは苦痛で、
適当に調子をあわせることになる。
 ただ、……
 『おれ、こんな顔をしてお灸をが我慢してたのか』
 『あの美少女、大きくなってからはいつも凛としていて近寄りがたか
ったのに、こんな事して泣き叫んでた時もあったんだなあ』
 『あっ、高橋先生、若い!』
 『あっ、これ覚えてるよ。クラスの子全員素っ裸にされて校庭を三周
走らされた時のやつだ』
  などという発見もあったので決して無意味ではなかったのだが……。

第 8 話

< 第 8 話 >
 また数日して河村氏が私を誘ってきた。出会った時『一ヶ月ほど滞在
したいが宿泊費が心配だ』などと言ってしまったため、彼が私のホテル
代を一月分前払いしてしまったのだ。そのためこちらもつき合わざるえ
なくなっていた。
 場所は河村氏の邸宅。中庭にいるというのでそちらに回ってみると、
一見ワイルドに見えるイギリス庭園風の芝の上で彼は籐椅子に寝そべっ
ていた。
 庭の奥には小さな滝と泉がしつらえられていて、滝の水は若い女性が
肩に担いだ壺の中から流れ落ちている。そして、その泉のほとりでは、
小学四年生になった楓ちゃんがママにお尻を洗ってもらっていた。
 「どうですか、ここでの暮らしは?」
 「どうもこうもない。最初こそ不安だったが、今となってはどうして
もっと早く移住しなかったのかと悔やまれるくらいだ」
 「では順調なんですね」
 「順調すぎて怖いくらいだ。真里も今ではすっかりうちの娘だ。先生
は『もうそろそろこちらで引き取ります』なんていってるが、僕の方が
離れがたくなってる」
 「いえ、手放しても当番の日にはまた添い寝できますよ。一週間か、
10日のうちには……」
 「そんなことはわかってるよ。でも、その辛抱すら効かないんだ。私
自身、自分がこんなにも分別のない人間だったのかと思うほどでね。…
…何度も何度も、『こんな小娘に…』って思うよ。でも愛おしくて仕方が
ないんだ。君たちはいったい幼い頃からどんな躾を受けて育ってるんだ」
 「どんなっていわれましても、他を知りませんから……とにかく私達
の目標はお父様に可愛がられること、愛されることだって口を酸っぱく
して教えられるんです。器楽の演奏もバレイも古典詩の暗唱も…およそ
学校で教わるものはすべてお父様に恥をかかせないために一生懸命やら
なきゃいけない。そんな感じでした」
 「なるほど、わかるような気がするよ。真里もね、最近になって……
……」河村氏はそこまで言うと思いだし笑いで一度吹き出してから言葉
を続ける。
 「寝床で、『おいた』までするようになってね」
 「『おいた』ですか……ひょっとしてそれ、添い寝の時に乳首を舐めら
れたとか……」
 「そう、それ……驚いたよ。女性ならいざ知らず男の小さな乳だから
……どうして?ってこっちは戸惑ってるんだが、向こうは無邪気に笑っ
てるからね」
 「それは亀山では親に対して親愛の情を示す表現なんです。お父様に
抱かれた時は自分の気持ちを無にして甘えなさいって先生にはよく言わ
れますけど、どうしていいか分からない時によくやるんです。私なんか
お母様でしたから本当に赤ちゃんです。でも幸いにしてここに移住する
人でこれが嫌いという人はまずいませんから……おいたと言ってもこの
おいたはお仕置き覚悟でやってるわけじゃないんです」
 「やっぱり、僕のためにやってくれてたんだね」
 「お嫌いですか?」
 「お好きです」
 河村氏は破顔一笑。青空に顔を向けて高笑いだった。
 「もし、そんなに仲良くなれたんなら、本当にもう先生に任せた方が
いいです。他の子の手前というのもありますから。ここにいる子たちは
みんな孤児で、しかも女の子でしょう、みんな平等に扱ってやらないと
臍を曲げちゃうんですよ」
 「ええ、分かってます。先生にもそこの処は注意されましたから……」
河村氏はしばらく間をおいてからこう続ける。「………時に、合沢さん。
これはできないなら聞き流して欲しいんだが……」
 「何ですか、あらたまって?」
 「この間あなたと図書館に行ったでしょう。あれから、私、あそこに
独りで通ううちに真里をお仕置きしてみたくなりましてね。もちろん、
自分の手で子供をお仕置きできないのは知っています。でも、ああした
映像ではなくライブでお仕置きの様子を見れないものかと思ってるんで
すよ……」
 「自宅ではなく学校でのお仕置きを見たいという事ですよね」
 「自宅では先生方が色々配慮してくださるし公園ではベンチの老婦人
にチップをわたせば面白いものも見せてもらえるんだが……」
 「学校は教育現場ですからね……もし、今すぐどうしてもということ
なら『できません』とお答えするしかありませんね。たしかに、ここは
お仕置きの多い街です。でも、何の落ち度もない子供を折檻すれば先生
との人間関係に悪影響を及ぼしますし、子供の発育にとっても有害です
から……」
 と、ここで河村氏は私の言葉を遮った。
 「わかっています。その説明は何度も受けましたから。ここは孤児院
であって、巷の売春宿や風俗店ではないとおっしゃりたいんでしょう。
承知してますよ。ただ、真里が本当に何か悪さをした時、私がその場に
立ち会えないものかと思いましてね……親として」
 「そういうことですか。それなら可能ですよ。……毎回お仕置き部屋
に乗り込んで行くというのはちょっと無理でしょうが、マジックミラー
越しでよろしければ真里ちゃんがお仕置き部屋へ行くたび倉田先生から
連絡してもらえるはずです」
 「そんな制度があるんですか」
 河村氏の顔に赤みがさした。正直な驚きと笑顔がなぜか嬉しい。
 自分もお仕置きされて育った身なのだが、大人になると不思議なもの
で『子供のお仕置き反対』とはならない。自分もそれで散々苦労したく
せに今度は今の子供たちがお仕置きされてる姿が見たくて仕方がない。
それも品も教養もないスラムの子ではなく自分と同程度の環境で育った
子の泣き顔にひかれるというのだから人間立場が変われば得手勝手なも
のだ。
 しかし、ここは私のような身勝手者の欲求を満たしてくれる場所とし
て作られているのだから、その為の準備は怠りなかった。
 「そのことは説明されてないんですか?」
 「ええ」
 「今の制度は知りませんが、おそらく今でもそうした配慮はしてくれ
るんじゃないかと思いますよ。それに誰でもよければ教室の中二階でも
一日何回かは子供のお仕置きは見ることができます」
 「ええ、それは利用させてもらっています。中庭でのストリップも…」
 「そうですか、お仕置き部屋に連れ込まれるその先が見たいという訳
ですか。でも、あそこの目的はあくまで感化や躾、訓戒といったもので
すからね、脅しただけで終わりというケースもあります。あまり過激な
ものは期待なさらない方がいいかもしれませんよ」
 「どのくらいの頻度でそのお仕置き部屋へは呼び出されるものなんで
しょうか?」
 「その子の性格にもよりますけど週に二三回というのが一般的でしょ
うかね」
 「そんなに……」
 「いえ、だから毎度毎度厳しいお仕置きがそこで展開されるわけじゃ
ないんですよ。厳しい罰になったとしてもせいぜいそこで行われるのは
トォーズでのお尻叩きくらいです。跳び箱みたいな処に俯せに寝かされ
てお尻を叩かれるんです。…親御さんが見学なさってる時は両足を広げ
させます。……ですからね、ある程度の歳になると、先生に『両足を広
げなさい』って言われただけで『あっ、お父様が見に来てるんだ』って
わかったものなんですよ」 
 「なるほど、それじゃ部屋に入って見てても同じですね」
 「いえ、それでも直に見られてるのとはショックが違いますよ。……
ああ、あと、一学期のうちには二回か三回。お転婆な子なら月に二三回、
お父様の前でのお仕置きというのがあります。これはお尻叩きだけじゃ
なくお灸もお浣腸もしますからね、子供としてはお父様に見られながら
という事もあってもの凄くショックです。その代わり、終わったあとは
数日お父様と添い寝ができますからね。女の子の中にはわざとお仕置き
される子だっているくらいなんです」
 「まさか、そんな馬鹿な……」
 「いえ、本当ですよ。生き証人の私が言うんだから間違いありません」
 「でも、逆に『よい子でいよう、お仕置きされないように注意しよう』
と思ってる子は大人になるまでずうっと私の前でのお仕置きがなかった
ってことになるんじゃありませんか」
 「そう思うでしょう。ところが、子どもが一度も罪を犯さず一学期を
乗り切るなんて事ありませんから。回数はもちろんお転婆さんたちより
減りますけどね、一学期に一二度はそんなの子もお父様の前で恥をかく
ように仕組まれてるんです。そして、そういう良い子というのは、一旦
お仕置きとなると慣れていませんからね、色々と粗相もしがちで、より
罰が重くなってひーひー言わされることが多いです」
 「でも、それじゃあ、その子があまりに可哀想じゃありませんか?…
…そんなことして性格が歪んだりしませんかね」
 「たしかに……私も子供の頃、そんなタイプの子が好きで、その子が
お仕置きされた時は随分心配したんですが、その後の様子を見てると、
そうでもないみたいなんです。むしろそれまでより明るくなりました」
 「まさか……それは、悟られまいとしてわざと明るく振る舞ってたん
じゃないですか?」
 「いえ、違うんです。わざとそうしてるんじゃなくて本心からほっと
してたみたいなんです」
 「信じられないなあ。どうしてですか?そんな嫌なことされてるのに」
 「彼女が私にこう言ったんです。『女の子は、何をされたかが問題なん
じゃないの、誰にされたかが問題なの』ってね」
 「誰にって……それは自分の面倒を見てくれてる先生の事ですか」
 「確かにママがお仕置きの実行犯ですけど、そうじゃありませんよ。
ママはママ。確かに人生の先輩で先生ですけど、同性じゃないですか」
 「というと、お父様ですか?……ま、まさか、孫ほども歳が違うんで
すよ。そんなおじいちゃんを……」
 「でも、優しいでしょう。滅多に自分にお仕置きなんて仕掛けないし、
何でも買ってもらえる。そして、他に比べるものがないからですけど、
異性じゃないですか。憧れをもったとしても不思議じゃありませんよ」
 「でもねえ……」
 「女の子たちはそのほとんどが本心からお父様に可愛がられたいと思
ってるんです」
 「ほんとうですか?」
 河村氏は懐疑的な笑顔で僕を見つめる。でも、本当なら嬉しい。そん
な顔でもある。
 「その子も、他の子がみんなお仕置きの後、お父様にそれまで以上に
可愛がられている事実を見聞きするにつけ疎外感を感じるようになった
みたいなんです」
 「でも、痛い目にあって、大恥かいてでしょう。信じられないなあ。
それとも私が男性だから分からないのかなあ」
 河村氏は自問自答するように苦笑した。
 「いえ、そういう事だと思いますよ。男性には女性の気持ちが、女性
には男性の気持ちがよく分からない。子供だって同じです。特に女の子
は自分に強いコンプレックスをもってますからね。それを癒すために、
何事によらず徹底的に平等に扱ってもらわないと納得しないんです」
 「ええ、そんなことを女王様にも言われたのできる限り平等に扱って
るつもりなんですけどね。プレゼントなんかも同じ歳格好の子には喧嘩
にならないように同じような物をプレゼントするようしていますから」
 「そんな、ぬいぐるみやドレスなんかと同じように、自分に対するお
仕置きも平等の中に含まれるんです。……男には理解しにくいのですが、
彼女たち、とにかく仲間はずれにだけはなりたくないみたいなんですよ」
 「…………」
 河村氏は苦笑いをしながら首を振るが、私もこれには私なりの確信が
あった。私は彼女たちの中に混じって生きてきたからだ。
 当たり前のことだが、お仕置きは女の子にとっても苦痛だ。年齢が上
がれば恥ずかしさも加わって、やがてそちらが主体になってくる。特に
厳しいお仕置きが終わった直後は放心状態で魂の抜け殻みたいなってし
まうものなのだが、その抜け殻をここでは放っておいてくれなかった。
先生やママ、お父様たちがよってたかって抱いてくれるのだ。
 『放っておいてやればいいのに』
 なんてよく思ったものだが、前にも述べたようにが亀山では子供の方
から『抱かれたくありません』は言えなかったから仕方がなかった。
 もちろんこれは女の子たちにも悪評で、口を揃えて……
 「放っておいてくれればいいのに……まるで赤ん坊みたいに抱くのよ、
感じ悪いったらないわ…後で抱くくらいならぶたなきゃいいじゃないの」
 なんてなことを言っては友だち同士では盛り上がっている。
 だから当初は『男の子も女の子も気持は同じなんだ』と思っていた。
しかし、それはあくまで彼女たちのたてまえであって本心ではなかった
のである。
 子供たちは、厳しいお仕置きを受けた夜はその日が当番でなくても、
お父様とベッドを共にしなければならない。素っ裸の娘が血の繋がりの
ないで大人と一緒に一晩過ごすのだから何かあっても不思議じゃないと
思う人もいるだろうが、そんなことぐらいで野獣と化すような人は、こ
の亀山ではいくらお金があってもお父様にはなれない。
 いや、問題は子どもの方で、女の子たちはこんな時、ママやお父様に
抱かれるだけで、友だちにも言えないある種複雑な満足感が心に生じる
のを期待していたのだ。
 それを、普段はお仕置きされることを良しとしない『よい子』たちも
女の嗅覚として感じ取っているからこそ、彼女たちもお仕置きに憧れる
ようになる。
 ただ、彼女たちの場合、お仕置きに興味はあるものの自ら進んで罪を
犯す勇気などない子がほとんどだから、先生り方が頃合いを見計らって
アシストしてあげるのだった。
 『お仕置きと愛撫』
 これを聞いて「ん?」と思われた方も多いだろう。そう、マゾヒティ
クな快感を亀山ではあえて教育や躾の中にそこはかとなく身に備わらせ
ているのだ。
 『女の子はマゾヒティクな満足を得て暮らす方が幸せです。ですから
ここではそのように育てております。そこで結婚相手には少しサディス
テックな殿方が望ましいのですがどなたか心当たりがおありでしょうか』
 私はお父様の一人が女王様に娘にはどんな相手が望ましいかと訪ねら
れた時の答えをようく覚えている。
 実際、亀山の厳しいお仕置きは遠く結婚生活をも見越した教育であり
躾であったのは間違いないだろう。

第9話 ①

<第9話> ①
 河村氏の自宅中庭で楓ちゃんのお仕置きを見ながら雑談してから三日
後、河村氏からまたまたお呼びがかかる。
 倉田先生が今日午後三時から真里をお仕置きするから見学したいなら
お仕置き部屋の裏部屋に来て欲しいと連絡があったというのだ。
 そこで、お仕置き部屋の裏部屋へ案内して欲しいというのだが……
 『そんなのは手近にいた先生にでも聞けば教えてくれるよ』
 と思いながらも出かけていく事になった。
 「ほう、こんな処から入るですか。図書館といいお仕置き部屋といい、
ここは凝ってますね、まるで少年時代の秘密基地のようだ」
 お仕置き部屋は北の角部屋。でも、その裏部屋へ通常入るには礼拝堂
の隅にある懺悔聴聞室の奥の扉を背をかがめて抜け、人一人やっと通れ
る細い廊下を30mほども進んだ先にあるマリア様の像を90度廻さな
ければならない。
 そうやって鍵が外れた引き戸を開けてはじめて入ることができた。
 「なるほど、ここですか」
 河村氏は1m四方もある大きなマジックミラーの窓を感慨深げに眺め
る。見えているのはもちろん隣のお仕置き部屋の風景。大人一人用のソ
ファや病院の診察室にあるような黒革張りのベッド、大きな薬棚にはお
浣腸用のグリセリンやピストン式の硝子製浣腸器、導尿用のカテーテル
や膿盆、オムツだってそんなにいらないだろうと思うほど沢山用意され
ていた。その隣は蒸し器、こいつはいつ来ても必ず湯気を立てていた。
 この他にも壁には普段使わないケインが麗々しくかざってあったり、
壁から突き出た短いベッド。こいつは仰向けに寝かされ両足をバンザイ
させて固定するもので、ここに寝かされると内診台と同じで大事な処は
全て丸見えになるから晒し刑としてよく使われている。
 その他、子供が親や教師に折檻されている場面を描いた油彩が掲げら
れ、幼い子などはこの絵を見ただけでビビっていた。いや、私はビビっ
ていた。
 しかし、それらはむしろ添え物で、使われる頻度は低かった。ここで
圧倒的に用があるのは中央に置かれたお馬ちゃんだったのである。
 こいつは背もたれのないソファに四本の足を足して高くしたようもの
で、用途はもちろんお尻叩き。先生が立った姿勢でトォーズを振り下ろ
すのに丁度いい高さに設定されていたから子供にとっては随分高い処に
乗せられたというかんじがした。
 いずれにしても、かつてここの常連だった者としては笑って眺められ
る景色ではなかった。
 「昔と変わった処がありますか?」
 河村氏の質問にハッと我に返った。
 「いえ、それがおどろくほど昔のままなんで驚きました。ガラス戸の
薬棚や蒸し器なんかも昔のままだと思います。壁に掛けてあるタペスト
リーや絵画なんかは僕の知らないものもありますけど……」
 「あそこに奇妙な棚がありますよね。あれは何か乗せるものなんです
か?」
 「どれですか?……ああ、あれですか。あれはラックなんて呼ばれて
ましたけど、要するに晒し台です。物じゃなく子供を乗せるんですよ。
あの棚に子供を仰向けに寝かせて、両足を上げさせて壁の革ひもで固定
するんです。どんなことになるか、想像がつきますか?」
 「だいたい……要するに女の子なら『ご開帳』ということですよね」
 「そういうことです。男の子はやってもあまり効果がないため滅多に
やられませんでしたけど、女の子の場合はここへ来ても反省の色がない
と判断されればあそこで30分間は反省させられるんです」
 「わっ、そりゃあ大変だ」
 河村さんはそう言ったが、顔は笑っていた。
 「私も一度だけあそこに登ったことがあるんですが、とにかく窮屈で
死にそうでした。女の子と違ってあまり恥ずかしさはなかったんですが、
メントール入りの傷薬をたっぷり感じやすい処に塗られますからね……
もうそれだけで悲鳴なんですよ。女の子の中には少々のお仕置きでは声
を出さない剛の者もいたんですが、さすがにこれだけはその子も悲鳴を
あげてました」
 「よく、幼児虐待だなんて言われませんでしたね」
 「今の基準でならこれに限らずどれも虐待でしょうけど、それを虐待
ではなくお仕置きにしているのは、先生やお父様方の理性あってのこと
なんだと思います。実際、僕も子供の頃に受けたこんなお仕置きの事を
『虐待されて大変でしたね』なんて言われるとあまりいい気持ちはしま
せん。もちろん、お父様方の心の中には純粋な教育的見地に基づかない
欲求があったのは承知していますが、それがあったとして私自身は天野
のお父様に拾われて不幸せだったなんて思ったことはありませんからね」
 「天野のお父様は優しかった?」
 「ええ……ま、私だけじゃありません。ここではお父様が優しくない
と秩序が崩れてしまうんです。私たちにとってお父様というのは最後の
砦ですからね。そこで厳しい目に合うともう行き場がなくなってしまう
ですよ。……精神的に…………孤児というのはどんなに可愛がられても
絶対的な存在を持っていませんから、お父様にはその役割が期待されて
るんですよ」
 「だから、何があっても自らお仕置きしてはいけないというわけか」
 「家庭ではママがお仕置きしてお父様が抱くというのがパターンです。
ただ、ママや先生、それに司祭様なんかがお仕置きを手伝わせてくれる
事があって、その時は子供をお仕置きできます」
 「それで満足できなければ、『どうぞお引き取りを…』ということか」
 「それで満足できそうにない人ははじめからこの地を踏むことはない
んです。そこは女王様が厳しくチェックしますから……」
 「それで、今まで間違いはなかった」
 「ええ、……ま、私が全てを知ってる訳じゃありませんが……」
 「あっ、倉田先生が入ってきましたよ」
 倉田先生は向こう側のドアを開けて入ってくると、我々が覗いている
窓、向こうの部屋からは鏡のある場所を通過、手前の扉から一旦外へと
出た。
 そして、我々がこの部屋に入ってきたのとは反対側にある扉の向こう
からこう言って注意したのである。
 「その部屋は一応防音装置に守られてはいますが、大きな声や物音は
させないようにお願いします」
 「承知しました。本日はありがとうございました」
 河村氏がお礼を言うと……
 「それから、場合によっては真里共々この部屋へお邪魔するかもしれ
ませんので、その時はマリア様の場所まで避難して真里とは会わない様
にお願いします」
 「隣の廊下まで撤退すればいいんですね」
 「はい、その際はマリア様の向きを変えて鍵をかけておいてください」
 「わかりました」
 「では、真里を部屋へ呼びますのでよろしくお願いします」
 先生はこう言ってお仕置き部屋へと戻っていった。
 そして数分後。向こう側のドアがノックされる。
 「倉田真里です」
 「真里ちゃんね、入ってらっしゃい」
 と、ここで先生がステレオのスイッチを入れる。
 流れ始めたのはお世辞にも上手とは言えないショパン。しかも……
 「…………」
 先生の仕掛けたちょっとした悪戯。といっても、嫌な思いをしたのは
真里ちゃんではなかった。
 「ママ~~」
 真里ちゃんはドアを閉めるまでは神妙な顔をしていたが、それが終わ
ると、さっそく一人掛け用のソファに飛びついていく。
 お膝に馬乗りになって顔を胸にこすりつける。無論、その顔は満面の
笑みだ。
 「ほらほら、お膝でそんなに跳ねないの。もう、あなたも重くなって
抱っこが大変だわ」
 「ん、けちんぼ……いいじゃないこのくらい」
 「……ところで、あなた、今日はママが呼んだんだっけ……」
 「あっ、そうか」
 真里はそう言われると慌ててママの膝を降りて挨拶する。
 「倉田真里です。倉田先生、お呼びでしょうか」
 急に麗々しい挨拶を始める。私たちの時代もそうだが、ママというの
はあくまで家庭の中だけの呼び名で学校では自分の母親(=と言っても
血の繋がりはないが)といえど何々先生と呼ばなければならなかったの
である。
 とはいえ、相手は子供。僕もそうだったが二人っきりの時はやっぱり
ママ。
 彼女も先生にご挨拶はしたものの、すぐに腰をくねらせて意味ありげ
な笑顔になった。露骨に甘えたいとアピールしているのだった。
 「しょうがないわね、いらっしゃい」
 作戦成功、真里は再びママのお膝をゲットしたのだった。
 「しょうがないわね、こんなに大きくなっちゃって……ママのお膝が
壊れそうだわ」
 「でも、やっぱり赤ちゃんは赤ちゃんなんでしょう?」
 「それはそうだけど……」
 「ねえ、さっきからかかってるピアノ、誰が弾いてるの?」
 「合沢健児って人。ここのOBらしいわ」
 「男の子なの?それにしてもずいぶん下手ね」
 「でも、一年に500曲も作曲して、当時は東京や大阪の発表会では
人気者だったって書かれてたわ」
 「信じられない。こんなに下手くそなピアノしか弾けないのに……」
 「大きな声ださないの。聞こえたらどうするの」
 「聞こえるわけないじゃない。だって、もうここにはいない子なんで
しょう」
 「そりゃあそうだけど……」
 先生は部屋の鏡を見て思わせぶった笑顔を見せる。もう、私は顔が火
照って真っ赤だった。
 「ところで、あなた、ここに呼ばれた訳は知ってるわよね」
 「……う、うん」真里は話題が変わると急に肩を落とした。
 ま、この部屋に呼ばれて誉められることは期待できないが、先生の他
に人がいない処から見てそれほど重大な罪を犯したわけではないはずだ。
もし、ここに司祭様や女王様がいたら、真里だっていきなり抱きつきは
しないはずである。
 あれは四年生の時だったか、ここへ真美ちゃんという女の子と一緒に
呼び出されたんだが、部屋にはいるといきなりおばば様の姿が目に入っ
てしまい、二人とも腰を抜かしそうになったことがあった。僕の方は、
ま、それで済んだんだが、真美ちゃんは恐怖のあまりってことなんだろ
う、部屋に入った処で立ちすくんでしまい、そのままお漏らしをしちゃ
ったことがあった。
 これには大人たちの方が慌てたのを覚えている。当時のお仕置きはそ
れほどまでに怖かったのだが、今はその雰囲気をみているとずいぶんと
子供たちが楽そうにみえる。これも時代の変化なのだろう。

「誰にここへ来なさいって言われたの?」
 倉田先生は真里の耳元で囁く。
 「石川先生、今週は、書き取りの確認テストが一回しか合格してない
から……」
 「漢字の書き取りだけじゃないでしょう。算数の佐々木先生も今週は
合格したのが火曜日と木曜日だけっておっしゃってたわ。月、水、金は
不合格だったでしょう」
 「でも、不合格になった日は居残りさせられて、ちゃんと覚えたよ」
 「それは当たり前の事をしただけじゃない。もし、あなた一人がわか
りませんなんてことになったら、次の単元に授業が進めなくて他のお友
だちにも迷惑がかかるでしょう。自慢になることじゃないわ。だいいち
そのたびに助教師の平林先生にご厄介をかけてるのよ」
 「えっ、それは………う、うん」
 「確認テストは毎日の宿題なの。家で四回は連続して満点とれるまで
繰り返し練習しなきゃいけないことになってるけど、あなた、お父様の
処でちゃんとやってる?」
 「それは……」
 真里は口ごもった。確認テストというのは授業でやった内容が知識と
して定着しているかを確かめるためやるテストで、応用問題はなく出題
される問題もあらかじめ提示されているから、要はそれを暗記してくれ
ばそれでよかった。とりわけ国語の書き取りと算数の計算問題は、毎日、
授業の最初に小テストとして必ず行われるから、そのぶんはみんな否応
なしに勉強せざる得なかった。
 もし、さぼると、今日の真里ちゃんみたいなことになるのだ。
 「そうか」
 と、その時河村氏から思わず声が出た。
 「どうしたんですか?」
 「いやね、先生からは四回続けて全問正解を出すまでやらせてくださ
いって言われてたんだが、今の今まで忘れてたよ。私の方も早く真里が
抱きたくて仕方がないもんだから、彼女が一度でも全問正解を出すと、
ついついお菓子を与えて機嫌をとって、勉強部屋から居間へ連れ戻して
たんだ。いや、真里には悪いことをしたなあ」
 「そうですか、そんな時は自分が家庭教師をかって出ればいいんです
よ。私も経験があります。正直、子供としてはあまり歓迎されないけど、
お互い人間椅子としての心地よさはあります。もちろん、長時間あの子
を膝の上に抱けるなら、ですけれど……」
 「大丈夫、そのためにここへ来たんだ。そのくらいの苦行には耐えて
みせるよ」
 私たちが小さな声で雑談をしている間に、お仕置き部屋の中では一つ
の結論がまとまったようだった。
 「だって、お父様が居間の方へいらっしゃいって言うから……」
 「まだ、お勉強が完全ら終わってないのに?」
 「…………」真里は小さくかむりを縦にした。
 「そんなはずないわ。ママはお父様に四回続けて完全に正答がでる迄
お勉強を続けさせてくださいってお願いしてるもの」
 「だって、お父様は一回でもできると『もういいんじゃないか』って
…………だから、しょうがなくて……」
 「どうして、しょうがないの?『まだ、終わってません』って断れば
いいでしょう」
 「だって、お父様に逆らっちゃいけないって……」
 「逆らってなんかいないでしょう。まだ、終わってないんだから、終
わってませんって言うだけだもの」
 「だって……」
 「これはお父様の問題じゃなくて、あなたの問題なのよ。お父様が、
よしんば『遊びましょ』ってお誘いしたとしても、だからって、宿題を
やってこないでもいいってことにはならないのよ。それとも、お父様は、
あなたに『お勉強をやめて、こちらへ来なさい』っておっしゃったの?
……違うでしょう」
 「…………」
 真里は下唇を噛んだまま。納得したわけではなかったが、子供の身分
ではこんな場合にだって親がそう主張すれば納得するしかなかった。
 「石川先生も佐々木先生もとってもあなたのことを心配なさってたわ」
 「えっ、だって算数は二回合格してるし……」
 「何言ってるの、この一週間は不合格だった日の方が多いじゃないの。
こういうテストはお家でちゃんとやってくれば必ず合格するテストなの。
不合格ってことは、『宿題をちゃんとやって来ませんでした』ということ
でしょう。ママだってお二人の先生方と同じでとっても心配だわ。……
だからこのあたりでね、『がんばれ~~』って励ましてあげた方がいいん
じゃないかと思うんだけど。…………どうかしらね」
 こうママに言われて、真里は傍目からも分かるほど真っ青になった。
もとよりここに呼ばれた段階である程度覚悟はしてきているが、それで
もひょっとして許してもらえるかもしれないと楽観的に考えてしまうの
が子供なのだ。それがあらためて親や教師に面と向かって言われること
で『さあ大変だ!』ということになる。そのあたり子どもというのは、
とっても近視眼的だったのである。
 ちなみに『励ます』というのは亀山独特の隠語で『お尻をぶちます』
という意味。この他にも『我慢を教えてあげます』とか『お腹の悪い虫
を追い出しちゃいましょう』なんて言われたらお浣腸。お灸は『気付け
薬』だし、『ちょっとのぼせちゃったみたいだから、お外の風に当たりま
しょうか』なんて言われたら素っ裸で晒し台送りという具合だ。
 「ゴメンナサイ、来週からはちゃんと合格しますから……」
 弱々しい声で釈明してみたが……
 「そうして頂戴。あなた一人が遅れをとると、クラスみんなに迷惑が
かかりますからね。……でも、今週の分は今週の分でちゃんと精算しな
ければならないわ。それに、あなただって何かきっかけがないと頑張れ
ないでしょう」
 「…………」
 真里は一生懸命首を横にふったが……
 「何?そんな事してもらわなくてもできますって言うの?……無理よ。
ママはあなたのことずっと見てきてるけど、そうやって改心したことな
んて一度もなかったもの」
 「今度は一生懸命やるから…」
 「『今度は、』『今度は、』ってのも何回も聞いたけど、できたためしが
ないじゃない。やっぱりここはピリッと辛いものを食べた方がいいわ。
お尻をぶってもらってその違和感が残ってうちは『ああ、そうだった』
って思い出すでしょうから……」
 「そんなことないよ」
 「そんなことあります。あなたの浮気癖だってそうじゃないの。『新し
いお父様がいやだあ~~』なんてだだをこねて、結局、お股にお灸して
もらったらピタッと修まったじゃないの。あれ、今でも違和感は残って
るでしょう」
 「……」真里は下唇を噛んだまま静かに頷く。
 「ま、一年くらいはほんのちょっぴり感じる程度残るでしょうけど、
それでいいの。また、我が儘が言いたくなったらその火傷の痕があなた
を止めてくれるわ。……いいこと、ここのお父様はどなたに当たっても
大変な人格者ばかりなの。本来なら世間知らずのあなたごときにえり好
みされるような人たちではないのよ。それを河村のお父様は自分が悪者
になることであなたを引き取ってくださったんだから。感謝しなければ
罰(ばち)が当たるわ」
 「…………」
 「女の子というは与えられた場所で花を咲かせるようにできてるの。
あなたにはまだわからないでしょうけど、ここは最高の花壇だわ」
 「……」真里は不承不承という顔だったが小さく頷いてみせる。
 「さあさあ、分かったらさっさとお仕置きも済ましてしまいましょう」
 「えっ、やっぱりやるの……やだあ~~」
 その口振りはママのお説教を納得すれば許されると思っていたのかも
しれない。ところが意に反してママの態度が強硬だったから驚いたのだ。
 真里はそれまでの抱っこから下ろされてママの目の前に立たされる。
そして、膝上丈の短いフレアスカートの裾を何の遠慮もなく跳ね上げる
のだった。
 「…………」
 その跳ね上げられた裾はお腹の辺りにピンで留められ、真綿のような
木綿のショーツがむき出しになってしまったが、そこは女同士、しかも
相手がママなのだからそんなに抵抗もなかった。
 「さあ、ショーツも脱いで……」
 ママは次を指示して蒸し器へと向かう。そこには熱々に蒸し上がった
タオルが数枚入れてあった。
 ママはそれを少し空気に触れさせてさまし始めるが、見ると娘が何だ
かもじもじしているので……
 「どうしたの?早くなさい」
 とせき立ててみるのだが言うことをきかなかった。
 そこで程良い温度までさました蒸しタオルを二枚ほど持って戻ると…
 「さあ、早くなさい」

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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