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10月6日付

<10月6日>

素朴な良い絵ですね。庶民的で家庭的な温かみを感じます。
母親の何気ない仕草が子供のお尻を気遣っているのがよく
分かります。

母親が幼い子のお尻を叩く。
子供は泣き叫び、必死にその膝から逃げ出そうとするが、
母親はそれを許さず、さらに強く叩いて子どもの泣き声を
強くする。

ちょっと見、無慈悲で残酷そうに見えますが、お仕置きは
割れないコップの中での嵐。
叩く方は子どものお尻の限界を知っていますし、叩かれる
方も親や教師がある一線を越えないことを知っています。
その暗黙の了解事項が存在するからお仕置きなのです。
なければ虐待でしょう。

そんな『お仕置き』だから、そんなことはとうに卒業した
はずのご婦人があえて痛くて恥ずかしい場面を求める
のです。樺の鞭は今の身にはそれほど堪えないかも
しれませんが、幼い日に必死で母の膝を抜け出そうと
した甘い煉獄の思い出は簡単に蘇るはずです。

今日のように『子供を叩けばその子の心に傷がつくから
けしからん』というのは虐待を繰り返す親には当てはま
るでしょうが、お仕置きをする親には当てはまらないと
思いますよ。

(*)本来、このページを彩っていた絵画
<左上>
素朴なOTK
<右下>
シスターによる懲戒

10月7日付

<10月7日>

彫刻の置物にはよくスパンキングを題材にしたものがあります。
今はあまり好まれないイメージなのかもしれませんが、その昔は
これを見て心和む人達が沢山いたのでしょう。

いえ、私だってその一人です。

私たちの世代では親が自分の子どもをスパンキングしている
光景は、残虐性よりむしろ微笑ましい光景として好意的に受け
取られていました。私たちの親世代までは親が子を懲戒する
のは当たり前で『愛情があるからぶつんだ』なんて嘯(うそぶ)
いていました。

それがすべて正論だったとは思いませんが、少なくとも私の
見る限り今の親より子供との関係が近しかったのは確かです。
私に言わせてもらえれば、今の親たちは子供をペット以上の
ものとして認識していません。それが証拠に自分の生活が
楽になるからとまだお誕生前の乳飲み子を平気で保育園に
預けるなんてことするじゃありませんか。

僕らの親世代ではまず考えもしませんよ。おそらく、『まだ
物心つかない赤ん坊のミルクやりなど誰がやっても同じこと』
と思っているんでしょうね。

ペットホテルと同じ理屈なんでしょう。

私たちが生まれ育った時代にももちろん保育園はありました。
ありましたが……そこは今のように堂々と子供を送り出す
場所ではありませんでした。
そうしなければどうしても生活が成り立たない特殊な事情を
抱えた家庭の子だけが利用する場所だったのです。

もちろん昔だって…いえ、昔は今以上に生活は楽ではあり
ませんでしたよ。でも必死に家計をやりくりして、少なくとも
赤ん坊の時代は母親が抱いて負ぶって育てたものです。

そこで感じた皮膚感覚こそが子供をして母親と認識させた
んです。だから、お仕置きされたってその関係は微動だに
しないんですよ。
そこにあるのはその後獲得する知識や経験じゃありません。
動物的な嗅覚んです。

(*)本来このページを彩った置物の写真
<左上>
スパンキングの置物(1)
<右下>
スパンキングの置物(2)

10月8日付

<10月8日>

 僕がまだ小学生の頃だから大昔のことだけど、
ちょっとした用事があって独りで東京へ出かけた。

 今は東京くらい誰だって行くと思うが、当時の親は
やっぱり心配だったのだろう、ブルトレの車掌さんが
起こしに来てくれ、もうじき着くよと教えてもくれた。

 そんなにして出かけた東京だったが、当時はまだ
街の規模が大きいというだけで未来都市のような
ものを想像していた僕にはむしろがっかりだった。

 ただ、驚いたことも沢山あった。

 地下を走る鉄道に初めて乗ったし田舎にはない
高い高いタワーにも昇った。ただ、一番驚いたのは
何といっても同じ年頃の子の仕草や言葉遣いだった。

 僕だって草深い田舎の町にいれば大人たちから
「都会的であか抜けてる」なんてね、そんな評価が
もっぱらだったのだよ。
ところが、東京へ来るとそんな自分が『一匹の山猿』
でしかないことに気づかされるんだ。

 お世話になった東京のお家は大豪邸で自分と同じ
小五のお嬢さんが相手をしてくれたんだけど……、
この子が自分の父母をごく自然に「お父様」「お母様」
と呼んだのには目の玉が飛び出るほどびっくりした。

 田舎者には『これはドラマかあ~!』ってなもんである。

 そして、もう一つは、そこの家族と街へお出かけした
ときのことだ。

 彼女がそこでちょっとした不始末をしでかしたんだけど
……
 その時、そこのお母様が……「帰ったらお仕置きね」
とまるで夕飯の献立でも思いついたかのようにあっさり
した口調で宣言。
 娘の方も顔色一つ変えず……「はい、お母様」だもん。

 『東京の子って子供じゃない!』と思った。

*)
<左上>
昔ながらの『お父様』といった感じのイラスト。
<右下>
ヴァイオリンを手にしたタイトスカート姿の女性の写真。
僕のイメージでは『先生』というとこんな感じだ。

10月9日付

<10月9日>

 先日の続き。
 僕は彼女がお母様からお仕置きを宣言されても
顔色一つ変えなかったから、お仕置きといっても
大したことはないだろうと高をくくっていた。

ところが、その日の夜。どこからともなく少女の
悲鳴のようなものが聞こえるのだ。

 『空耳かな?』
 と最初は思ったが、どうやら本物のようで…
どうしても妄想が頭を駆け巡ってしまう。

 まさかこんな絵のような事はないだろうが、
当時はすでに今と同じ嗜好をもっていたから
夜遅くまでなかなか寝付かれなかった

 もちろん、何をされたかなんて彼女は言わ
ないし、お母様だって話すはずがない。
 その二人がまるで何事もなかったかのように
朝の食事をしているのがこれまた驚きだった。

 もしあれが家の母親だったら……

帰りの電車の中では能面のような顔をして
口をきかず。家に着くなり胸倉を締め上げて
往復ビンタ。汚い言葉で罵って……
 もし、生意気な口答えなんかしようものなら
……「あんたって子はお灸でもすえないとわか
らないみたいね」なんて脅してくる。

 ははは(^◇^;)こんな母親、
 お母様だなんて呼べるかあ(゜0゜*)ノ
 えっ、?相手だって呼ばれたくない?
 そりゃそうだ。\(^^\)三(/ ^^)/ 

(*)
いずれも加藤かほる先生の洋風作品
<左上>
ベッドでお浣腸を受ける少女。
普通ピストン浣腸器はガラス製だが、
加藤先生の場合はデコレーションの
ついた陶器製(?)がほとんど。
<右下>
燃え盛る暖炉の前で母親からローソクの蝋を
むき出しのお尻に落とされる少女のイラスト。

*******************
食前の祈り(シャルダン)
食前の祈り(シャルダン)
*******************

10月10日付

<10月10日>

 これは平牙人先生のイラストです。

 先生はこの世界では恐らく唯一のプロ作家です。
 当然、文章は練れてますし考証もしっかりしていて
「なるほど!」という作品ばかりです。おまけにこうして
イラストも手がけられますからまさに鬼に金棒。

 新しい作品が出ると、同じ趣味を持つ人はたいてい
買い求める人気ぶりです。
 ですが、いかんせん同好の士が少ないのが難点です。

 日本ではスパンキングを受けて育った子が少ない
ので郷愁をもって読めないのかもしれません。

 ですから、先生の名前はむしろ欧米の方が有名なの
です。
 おまけに昨今は、我々の趣味は何かと世間の風当り
が強いですからね、先生も苦労されてると思います。

 先生は普段は穏やかな紳士なのですが、時として
激高する人ですから、昨今の情勢に鑑みて脳溢血か
なにか起こさないか心配です。

 余計な心配は百も承知ですが、どうかお体を大切に
なさって今後もご活躍くださいませ。

 ところで、右の絵はちょっと改変してピロリー(晒し台)
として私の小説の中で使わせていただきました。

 お仕置き小説は相手が子供である事が前提ですから
あまり激しい責めはたとえフィクションでも興をそいで
しまいます。痛みだけでなく恥ずかしさをうまく織り交ぜ
て書く事が大切なんです。

*)平先生のイラスト
平さんのイラスト(1)
平先生のイラスト(2)
平先生のイラスト(3)

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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