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<神山村の三人娘>~②~

相変も変わらずノンHの小説です。

<<登場人物>>

 中三トリオ<幼馴染>
 タマミ……ミーハーの体育会系。おかっぱ頭(今回の映画鑑賞
の言いだしっぺ)/大港町にある新興キネマ
 ヨーコ……真ん中で長い髪を分けている。口数少ない文学少女
 ジュリ……ソバカスだらけの顔にショートヘア。ボーイシュ。

 千倉先生……担任の先生
 増田神父……銀縁眼鏡、長身でイケメン

******************

<神山村の三人娘>~②~

 「先週の土曜日、大港(隣町)へ行ったんだって?」
 牧師様は左手で持ったレポートを見ながら銀縁の眼鏡を右手で
押し上げてみせる。

 『あのレポート用紙に何が書いてあるんだろう』
 一方、睨まれた方の三人はというと、その神父の手元が不安で
仕方がなかった。

 ここは元々隠れキリシタンの村。牧師様も世間で言うお坊さん
ではない。神父様は村のモラルの中心的存在。村じゅうの人たち
から敬われていて、大人でさえも教義に反するような事をすれば
罰を与える権限をもっている。
 いわんや子どもたちはなおさらだった。

 「どうしたの?行かなかったのかい?」
 三人が黙っているので、再度尋ねると……

 「いえ……それは……」
 タマミだけが心細そうに口を開く。

 「参考書を買いに行ったんだろう?お母さんはそう言ってたよ」

 「ええ、そうです」
 ほんのちょっぴり安心する三人。
 でも、すぐに……

 「それで……映画の方はどうだったの?楽しかったかい?」

 安心したのもつかの間、核心を突く言葉が飛び出して三人の心
が一様に騒いだ。

 『えっ、どうしてわかったんだろう』

 蒼白い顔の三人。でも、その答えは簡単だった。
 帰りの列車で盛り上がる三人の甲高い声をたまたま居合わせた
神父様も後ろの席で聞いていたのである。

 それだけではない。
 女の子たちはこんな面白いネタを自分の心の奥底にずっとしま
い続けておくことなんてできない。

 翌日の学校でさっそく……

 「あなただけ、特別に教えてあげる。他の子には絶対言っちゃ
だめよ」
 なんて、あてにならない約束をしてコソコソ話。
 秘密を持つ子は一人また一人と増えていく。

 結果、噂は数日で学校中に広まり、今では、それを知らない子
の方が少なくなっていた。
 当然、先生や牧師様がこれを知っていたとしても何の不思議も
なかったのである。

 そんな子供の動揺を見透かすかのように神父様が……
 「今、新興キネマで掛かっていたのは、たしかエマニエル夫人
とO嬢の物語だっけ?」

 「……………………」
 もうばれてるとは分かったが、さすがに三人、『そうです』と
は言いにくかった。

 「実はね、このことはすでに学校中の噂になってて、千倉先生
の方からもはっきりさせて欲しいと頼まれていたんだ」
 神父様は再び手元のレポート用紙に視線を落とす。

 『はっきりさせるってどういうことだろう?』
 『お仕置きして欲しいってこと?』
 『親も知っちゃってるのかなあ?』
 三人の不安はつのる一方だ。

 「………………」
 「………………」
 「………………」

 「面白かったかい?」
 三人は口を開かなかったのに、神父様は語り始める。

 「そう、面白かったみたいだね。帰りの列車の中でもたいそう
はしゃいでたものね」

 「えっ!?…………」「いえ…………」「それは…………」
 三人は一瞬驚き、あとは絶句する。

 帰りの列車で盛り上がった三人の娘たちは、自分たちのことに
だけかまけていて、周りに誰がいたのかなんて全然注意を払って
いなかったのである。

 「今さら君たちにこんなことを言わなくても分かってるだろう
けど、ああした映画は、君たちが見ていいものじゃないんだよ。
映画館のポスターにも、『成人映画』とか『18歳未満お断り』
って書いてあったはずだけど………見えなかったかな?」

 「はい、ごめんなさい」
 三人はか細い声で答えた。

 その瞬間、神父様はそれまで脇息のようにご自分が肘をついて
いた書斎机で小さな作業を始める。
 そこに置かれていた天秤に小さな分銅を乗せたのだ。

 「あっ!……」「ああ……」「だめ……」
 三人はすまなそうな顔はしていてもそれが気になる様子で上目
遣いに覗き見る。

 それって三人の少女にとってはあまり見たくないものなのだが、
見ないわけにもいかなかった。

 天秤皿に乗せられたのは5gの分銅。これは罪の重さをあらわ
していた。

 そして、神父様は軽くなって持ち上がったもう一方の天秤皿に
金貨を一枚乗せる。これでバランスを取るのだ。

 こちらは、その罪を償うためにはどのような罰が必要かの判断。
石、銅貨、銀貨、金貨、プラチナ、ダイヤモンドまであるのだが、
子供たちが被るのは金貨までだった。

 その最高刑が天秤皿に乗ったのである。
 三人にしてみたら見たくはなくても見るしかなかった。

 「君たちの楽しい話し声を聴くとはなしに聞いていてわかった
ことなんだけどね。君たちが、こうした映画を理解するにはまだ
時間がかかりそうだということだ。……もっとも、中身は分から
なくても、とても綺麗な衣装だったとか華麗な身体だったという
のは覚えてるだろうけどね」

 三人は動揺してお互いの顔を見合わせる。
 『からかわれてる』『バカにされている』そうは思ったけど、
でも身分違い。仕方がなかった。
 そんななか、ヨーコだけがおずおずと先生にたずねてみる。

 「神父様……神父様は、あの映画をご覧になったことがあるん
ですか?」

 「あるよ」
ヨーコの問いに神父様は笑って答えた。

 すると、女の子たちがどよめいた。
 女の子たちの感性では神父様があんな映画をご覧になることは
まずないだろうと思っていたのである。

 「ん?おかしいかい?……それは僕が聖職者だからかな?……
でもね、それって神父だからこそ見てるんだ。……巷で流行って
いるものは、たとえ好みが違っていても、できるだけ見るように
しているんだよ。お説教する時、概念論だけの無味乾燥な話では
誰の心にも残らないからね。村の人たちみんなの心に寄り添って
いきたいんだ。……そうそう、あれが封切られたのは……たしか
3年前だったか。多くの人と一緒に僕も観客席の隅で見てたよ」

 「で……その……どうでした?」
 ヨーコが恐る恐る尋ねると……

 「どうって?」
 逆に尋ねられた。

 牧師様はヨーコの顔をしばし覗きこんでから……
 「どうやら君はほかの子と違って衣装や女性の裸以外にも興味
があったみたいだね」

 「えっ!?」

 「あれを単なるポルノ映画と呼ぶ人もいるけど、私が見た感じ
では、あれはあれで人の心理の一面を切り取った立派な文芸作品
だと思うよ。だから、多くのお客さんがあの映画にひきつけられ
たんじゃないのかな」

 「やっぱり」

 「君には、何か感じるところがあったんだね」

 「いえ、はっきりとはわかりませんけど……」

 「いいかい、人はありとあらゆるしがらみから自らを解き放ち
たいと思う反面。すべてを人に任せて、そこに安住を得たいとも
思っているんだ。二つのまったく相反する気持を持ってる。……
私だってそうだ」

 「でも、それって矛盾してませんか?」

 「矛盾?……だって、それが人間だもの。人間は矛盾を抱えて
当たり前。葛藤があって当たり前。そんなことはギリシャの神様
たちにだってあることだもん。弱い人間にあっては、そんなこと
罪でもなければ、恥じいることでもないさ」

 「ギリシャ神話?……エレクトラとか」

 「エレクトラコンプレックスね。ま、それも一つかな。経験の
ない君たちにしてみたら無理もないか。君たちはまだ親から完全
に独立して生きたことがないからね。いいかい、赤ん坊というの
は母親に全てを任せて安住を得ているけど、自分であれこれでき
るようになると、その愛はかえって邪魔になる。そこで、思春期
にはいり親からの独立をはたすんだけど……そうやってすべての
しがらみから自由になれば望みどおりの幸せが手に入るのかとい
うと、そうもいかないんだ。これから先は何をやるにも自己責任
というのは、かえって辛い事でもあるんだよ」

 「どうしてですか?それって、仕事がうまくいかないからとか
……そういう事ですか?」
 タマミが二人の話に食いつく。

 「そうじゃないよ。世の中のすべてがたとえ意のままになった
としても、その苦痛から逃れることはできないだ」

 「どうしてですか?何でも自由にできたら楽しくて仕方がない
と思うけど……」
 ジュリも口を開いた。

 「最初はね……でも、すぐに飽きる」

 「?」「?」「?」

 「人が楽しいって感じるのは実は困難があるから楽しいんだ。
何でも思う通り出来てしまったら、何が楽しいのかもわからなく
なってしまう。……君たちは空気を吸うだろう?」

 「それはもちろん……」

 「それって生きていくうえでとっても大事なものだよね。……
だけど息を吸うたびに『ああ、ありがたい、ありがたい』だなん
て思わないだろう。……それと同じだよ。……何でも当たり前に
なってしまったことは楽しいことでも幸せなことでもないんだ」

 「O嬢は自分で困難を求めたんですか?」
 ヨーコの声がした。

 「そういうことだね。恐らく今の自分の生活に不満があるわけ
じゃないと思うよ。でも、そうやって自分の姿を確認したかった
んだ。神様の国は光の国だそうだけど、もし本当に光だけの世界、
楽しいだけの世界なんてものがあったとしたら、そこに入った人
は物の形がわからないだろうね。人間は光だけでなく、そこに陰
を見つけて初めてそれがどんな形なのか分かるんだ。神様にいく
らここが幸せの国だと言われてもそれを感じることはできないと
思うよ。全てがプラス、全てが善、全てが楽しいだけの世界なん
て、世の中どこにも存在しないんだよ」

 「わあ、ショック、私、これでも精一杯頑張って罪を犯さない
ようにしてきたのに……今回だって友だちに誘われたから、つい
乗っちゃって」
 ジュリが言うと、すぐにほかの二人が……

 「わあ~~よく言うわ」
 「あんたが一番楽しんでたじゃないのさあ」
 と反論されてしまった。

 「だから、いいんだよ。君たちはまだ子供なんだから、まずは
正しいことが何かを学ばなきゃ。美しいものが何かを学ばなきゃ。
その心がけは大事だよ。何も曲がったことをしなさいと教えてる
んじゃないんだから」
 神父様は納得した様子だった。

 ただ、しばらく間を置いてからこうも言うのだった。
 「聖職者の中には、ただただ罪に怯え神の罰から逃げ回ってる
だけの人もいるけど……こんな人は、たとえご自身だけ光の中に
入っても、そこに他人の姿は見えていないだろうね」

 『どういうこと?』
 『意味不明?』
 『何言ってるんだろう?』

 三人の不思議そうな顔を見て、神父様は思わず難しい話をして
しまった自分に苦笑する。でも、ここまできたから最後まで話す
ことにしたのである。

 「自分独りだけ罪を作らないことが立派なんじゃない。時には
友だちと一緒になって罪をつくり罰を受ける勇気も必要なんだ。
そうやって初めて、人は引き上げるべき友だちの手の在りかや心
の在りかを知ることになるのだから……友だちだって救うことが
できるというわけさ」

 「それなら、わざと悪さをしてお仕置きを受けなさいってこと
ですか?」
 ヨーコの顔は不思議そうだった。

 「わざと、というのは感心しないけど、君たちは色んなところ
でまだ未熟だ。だから、あえて悪さをしようとしなくても自然に
暮らしていればそういう結果になるよ。……それで十分さ。……
今回だって、みんなで相談してキセルで帰ることにしたんだろう」

 「えっ……」「……」「……」
 三人は再び顔を青くした。

 「神父様、ご存知だったんですか?」
 タマミがか細い声で尋ねるから……
 『あっ、バカ、何で自分から罪を認めてるのよ』
 あとの二人が慌てて袖を引くが……もう手遅れだった。

 「知るも何も、あんな大声で話していたら、一緒の車両にいた
私だけじゃなく、車掌さんにだって聞こえていたと思うよ」

 「え~~そうなんだ。ヨーコ、あんた声が大きいのよ」
 「何よ、あんただって同じでしょう。バカ笑いして……」
 「バカだけ余分よ。私はあんたに釣られただけじゃない」

 突然のことに仲間割れしていると……その間に神父様は分銅を
つまみあげる。また5gの分銅。
 そして、バランスを取るための硬貨もまた金貨だった。

 「18禁の映画を見た事といい、キセルで帰ってきた事といい、
これは金貨でしか釣り合いが取れないかもしれないね」
 神父様の独り言に三人はおしゃべりをやめ、テーブルに置かれ
たの天秤を見つめる。

 金貨二枚は背筋の凍るようなお仕置き。それはこの村で暮らす
子供たちなら誰でも知っていることだった。
 だから、三人はたちまち泣き出しそうな顔になる。

 すると、それを見た神父様はこう語りかけるのだ。
 「そんなに悲しい顔しなくてもいいじゃないか。君たちはまだ
子供だもの。そんなに厳しい罰にはならないよ」

 「…(ほっ、よかった)…」
 「…(助かった)…」
 「…(許してもらえるのかな)…」
 神父様の言葉に単純な三人は一瞬安堵したが、それはあくまで
ほんの一瞬でしかない。

 「君たちは、これから修道院へ行って、お浣腸を我慢してから
お尻が真っ赤になるまでシスターたちの鞭を受ければ自宅に帰れ
るわけだし……お家でも、お尻にお灸を据えられるくらいがせい
ぜいだろうから……心配はいらないよ」

 神父様はすまして言ってのけるが……それって、三人とっては
ごく普通の展開。当たり前のお仕置き。何一つ罰が緩くなった訳
ではなかった。

 「……」「……」「……」
 三人は再びお通夜みたいな顔になる。
 『何だ、期待して損した』というわけだ。

 そんな三人に向かって神父様は皮肉を言う。
 「何だか不満そうだね。でも、痛い思いをしたり、恥ずかしい
思いをしただけで許されるというのは、君たちがまだ子供だから
なんだよ。大人が受ける罰に比べたらまだまだ寛大な処置なんだ」

 「…(そんなこと言ったって)……」
 ジュリはそう思ったが言葉にはしなかった。

 「大人が間違いを起こせば、地位も財産も失って社会から放逐
される。お尻を叩かれてごめんなさいすれば、それで水に流して
くれるわけじゃないんだ。だから、一見うまくいっているように
みえても、常に独りで自分の悪心と戦い続けなければならない。
特に自分を叱ってくれる人が周囲に誰もいなくなるとその思いは
さらに強くなって、擬似的にでもいいから自分を罰してくれる人
や壊れるほど強く自分を抱いてくれる人を求めるようになるんだ。
O嬢もキャリアウーマンだろう、そんな人の一人かなと思ったよ」

 「?」「?」「?」
 神父様のお話は中三の娘たちには難しかったようで、神父様は
『私はなぜこんな子どもにこんな話をしてしまったのだろう』と
思って笑った。

 「要するに、君たちがこれを見るのは少々早かったって事かな。
……でも、『何事によらず経験するにこしたことがない』という
のが僕のポリシーだから……その意味では君たちが18禁の映画
を見たことは規則違反で罰の対象だけど、無益だったとは思って
いないんだ。ま、こんなこと言うと、また校長先生に『あなたは
聖職者らしくない』って叱られるかもしれないけどね」

 神父様は再び苦笑して最後は優しい眼差しだったが、三人娘は
当然ながら生きた心地などしなかった。

 彼女たちにしてみたら長い説教は退屈で……
 『18禁の映画を見たからお仕置き』
 『キセルをしたからお仕置き』
 これだけで十分だったのである。

 ところが、話はそれで終わらなかった。

 「ところで……」
 神父様はそう言って再び手元のレポート用紙に目を通す。

 そして、やおらこう語りかけるのだ。
 「タマミちゃんは数学と理科、それに社会の成績が、いま一つ
みたいだね」

 「えっ……ええ、まあ……」
 指摘されたタマミははっきりとした返事を返さない。頬を赤ら
め、思わず頭をかくだけだが……三人はそこで初めて、神父様の
手元にあるレポート用紙が自分たちの学校での成績なんだと理解
したのだった。

 「ヨーコちゃんは数学と理科か……理数系は苦手かね。私は、
パズルを解いてるみたいで好きだったけどなあ」

 神父様がこう言うとヨーコちゃん……
 「だって、数学って数字と記号ばかりで人間が出てこないから
つまらないんです。答えも約束通りにしかならなくて、意外性が
ないっていうか……とにかく退屈なんです」

 「なるほど、型にはまった答えしかでてこない教科は嫌なんだ。
でも、英語と国語だけよくてもいい高校には入れないよ」

 「それは……そうなんですけど……」

 「逆に、ジュリちゃんは、数学、理科、社会とかはできるんだ
けど語学が苦手みたいだね」

 「私、暗記してると眠くなるんです。睡眠薬にはちょうどいい
です」

 「なるほど、人それぞれだね」

 神父様は三人のレポートを見終わると、あらためて三人を前に
こう宣言するのだった。

 「実はね、担任の千倉先生や君たちのお父さんお母さんから、
私、相談を受けているんだ。『成績の上がらない今、親を騙して
町に映画なんか見に行く子をそのままにしていていいだろうか』
ってね」

 「騙してなんかいません。あれは、あくまで参考書を町へ買い
に行っただけなんです」
 ヨーコは気色ばんだが、神父様にそれは通用しなかった。

 「それはどうかな。君たちが列車の中でしていたおしゃべりを
聞いていると、映画を見に行くのが本来の目的だったみたいだけ
ど……違うのかね」

 「えっ、神父様は私たちの話を盗み聞きしてたんですか?」
 ジュリは声を荒げたが……

 「盗み聞きはひどいな。ただね、あんなに大きな声なら聞きた
くなくても聞こえるよ。それに、親御さんたちは参考書を買いに
行く為だけにしては夜遅くなって帰って来たって心配なさって
たよ」

 「それは……」
 ジュリの声がたちまち小さくなる。

 「それはキセルのために隣の駅で降りなきゃいけなかったから。
だから、家に着くのも遅くなった。違うかい?」

 「……」「……」「……」
 三人はこういわれると一言もない。

 「そもそも、君たちは親御さんたちに『映画を見に行きます』
って断って出てきたのかね」

 「……」「……」「……」
 三人は誰一人口を開かない。

 そもそも、成人映画を見に行きますなんて、親に言えるはずが
なかった。

 「君たちは町の映画館へは子供たちだけで勝手に見に行っては
いけないってルール、忘れちゃったのかな」

 「子供って……私たち、もう中三なんですよ。来年は子供じゃ
なくなるんです」
 タマミは不満そうだが……

 「来年は来年。村の掟では15歳はまだ子供なんだよ。16歳
になって、大人たちが一人前と認めて、初めて大人の仲間入りが
できるんだ。自分勝手に大人になれるわけじゃないんだよ。……
だから今はまだ子供。お仕置きだって素直に受けなきゃならない。
わかってるだろう?」

 神父様はこう言ってまた分銅の錘5g追加する。
 やはりバランスを取るために反対側の皿にも金貨が……。

 これで金貨が三枚。
 それがどのような意味を持つものか、この村に生まれた三人が
知らないはずがなかった。
 だから、三人が三人ともがっかりとした顔でため息だ。

 「あのう~~少し、おまけしてもらえませんか……」
 天秤を見つめていたヨーコがだめもとで神父様に交渉してみる
が……

 「おまけって……君たちそんなに修道院が好きだったのかな。
……え~~っと、前に君たちが修道院でお仕置きを受けたのは、
……いつだ……いつだ……」
 神父様はヨーコの申し出を受けてテーブルに置かれたお仕置き
台帳を捲り始める。
 そこには村の子供たち全員がいつどこでどんなお仕置きを受け
たかが書かれていた。

 「あ~~あった、あった」
 神父様の声。答えはすぐに出てきた。

 「なんだ、なんだ、前回はもう二年も前じゃないか。おまけだ
なんてせがむから最近も修道院に行ってきたのかと思ったら……
これなら同情の余地はないね」

 「だめですか?」

 「長い間お仕置きを受けていないのは立派だけど、だからって
お仕置きを免除することはできないな。むしろ、大人になる前に
ちゃんと思い出しておいた方がいいな。鞭の味も浣腸の味も……
それって大切なことなんだから……」

 「え~~~」
 「そんなあ~~」
 「いやだあ~~~」
 ひよこたちの大合唱。

 でも、神父様はひるまない。

 「『鞭を惜しむはその子を憎むなり』という言葉があるように、
お仕置きは大事な人との大切なスキンシップだもの。大事にされ
てる証しみたいなものだから子供にとっては決して不名誉なこと
ではないんだよ」

 『そんなこと言ったって痛いのいやだし恥ずかしいのはもっと
嫌だもん』

 三人は同じように思ったが、三人はこの村で生まれた子供たち。
神父様の決定は絶対で、拒否できないという現実を、そのお尻で
十分に理解していたのだった。

***************************

<神山村の三人娘>

今のところHなしの小説です。

<神山村の三人娘>

ヨーコとジュリ、それにタマミの三人は幼馴染で大の仲良し。
幼稚園、小学校、中学校と一緒の三人はご近所さんだから遊びも
一緒、学校の宿題も誰かの家に集まっていつも一緒にやっていた。

 ま、そうは言っても実際にやっているのは5分程度で、大半は
おしゃべりの時間なのだが、小学生の頃とは異なり、中学生にも
なっていつもいつも「遊びに行って来る」では親が承知しなから
大義名分として「勉強に……」ということにしていたのである。

 そんな三人組、今日も今日とて退屈な勉強時間を過ごしていた。

 彼女たちが暮らしていたのは田舎も田舎、大田舎。お店といえ
ば、雑貨屋さんが一軒、ポツンとあるくらいで、喫茶店は勿論、
理髪店や美容室に行く時でさえ、二時間に一本のディーゼル列車
で少し大きな町まで行かなければならない。

 ということはどういうことか。
 つまり彼女たち、娯楽に飢えていたのである。

 「ねえ、あたしさあ、これ、見てみたいんだよね。一緒に行か
ない」
 マシュマロカット、オカッパ頭のタマミがその頭をかきながら、
突然、映画雑誌を二人の前で広げて見せる。

 そこには『エマニエル夫人』『O嬢の物語』のスチール写真が
……

 「やだあ~~すごい、あんた、こんなHなのが好きなの?……
いやらしいんだあ~~」
 ショートヘアのジュリが少し軽蔑したような声を出す。
 ソバカス顔の彼女は、その髪型もあってまるで男の子のように
見えた。

 「でも、綺麗ね。この人」
 ヨーコはまんざらでもない様子。
 もっとも、映画の中身は彼女も全然分からなかった。

 大人の女性の完成された身体とその華やかな衣装がヨーコには
魅力的だったのである。

 そして、それは他の二人も同じだった。
 実は少女たちにとって映画の筋はどうでもよいのだ。いわゆる
大人が見る映画を自分たちも見てみたかったのだ。

 「ねえ、大港(隣町)まで行く汽車賃と映画代でいくらかかる
かしら」
 ポツリとタマミが言い出したのが次のきっかけだった。

 真ん中で長い髪を分けたヨーコが新聞を取り出し……
 「たしか大港までが380円でしょう。往復で760円。新興
キネマ(映画館)が……そうそう、ここに書いてある、700円
だって……」

 「あんた、行く気なの?」
 ヨーコが心配する。
 少女たちの住む神山村はものすごく保守的な処、中三の少女が
こんな怪しい映画を見に行きたいだなんて親にねだったところで
許可が下りるはずがないからだ。

 「だから、行けたらいいなあって思ってるだけよ」
 タマミはこう言ったが、それは淡い願望と言うよりすでに心に
決めたことだと、他の二人にはわかっていた。

 「ふ~~ん、でもとあ、もし窓口で『18未満はダメ』なんて
言われたらどうするの?」
 ジュリはタマミの大きくなり始めた胸の谷間を覗き込むような
目で見ながら尋ねる。
 こんな時は、たいてい自分にもその気がある時だ。

 「大丈夫、姉ちゃんの生徒手帳あるから……あれ、写真貼って
ないし……」

 「あんたって、おとなしい顔して、やることは結構図太いのね」
 ヨーコが笑った。そしてジュリが……
 「あたし、付き合ってあげてもいいわよ」

 ジュリのせっかくの申し出だが、今度はタマミが浮かない顔で
 「でもね、わたし、今月ピンチなのよ。お小遣い足りるかなあ」
 って心配する。

 「大丈夫よ。そんなの気にすることないわ。……あんたさあ、
お母さんのへそくりの在りか知ってるって言ってたじゃない。…
…ちょっと借りちゃえば……黙って」

 「えっ!」
 タマミは驚いた。別に悪いことをそそのかされたからではない。
自分もそう思っていたからだ。

 「実は私もそうしようと思ってたの。へそくりなんて言わない
くても映画見に行くくらい財布の中から借りちゃえばいいのよ」
 ジュリもそうやって参加するつもりだったのだ。

 「仕方ないでしょう。大丈夫よ。バレやしないわ……誰だって
財布の中身なんていちいち覚えてなんかいないもの……感づきゃ
しないって………だけど、タマミは言いだしっぺだから、お金は
あんたが用意してね」

 「えっ!」

 「そりゃあそうよ。私たちはあくまであんたのお付き合いなん
だもん」

 「え~~だったらいいわよ。わたし独りで行くから……」
 タマミがすねると……

 「何よ、あんた、気が小さいのね。そんな時は、親には遊びに
行くなんて言わず『学校で必要な参考書を買いに行くから』って
言えばいいのよ。そうすれば交通費も出るでしょう」

 「そっか……」

 「あたしは、あんたに全部持ってなんて言ってないわ。でも、
交通費とお菓子代くらいは出しなさいよ。それをお母さんの財布
からちょちょっと借りてくればいいのよ」

 「わかった、やってみるわ」
 タマミに笑顔が戻った。
 人間、条件が緩むととても得したように感じられるのだ。

 この三人、まだ中学三年生。それもこんな田舎に住んでいては
大港までの汽車賃だってバカにならない。映画代とあわせると、
その額は自分たちのお小遣いではちょっと足りなかった。

 そこで……
 交通費は親に出してもらい映画代やお菓子代は箪笥にしまった
親の財布から……帰りの電車賃だってキセルで浮かす魂胆だった
のである。

****************************

 事はことの他うまくいった。

 少女たちは三人とも親から同意無しの資金援助をしてもらい、
まずはディーゼルで大港まで出かける。

 駅前の本屋に立ち寄った時、ジュリが参考書は買わずにお菓子
代にまわそうと提案したが、さすがに手ぶらでは親を説得しにく
いと考えた他の二人から却下された。

 そこで、おのおのが必要もなさそうな参考書を一応買ってから
映画館へと向かったのである。

 実はこの映画、18歳未満お断りの映画で、三年前封切りられ
た時は男子中学生が隠れて見ようとして補導されている。

 ただ、その時は大人たちの間で話題になった映画も、今は忘れ
去られていた。ましてや、今、上映しているのは場末の映画館だ。

 こんな処はたいてい二本立てか三本立てで入場料も安いから、
一人でも多くのお客さんを呼び込まなければ黒字にならない。
 そこで映画館側も見るからに小学生というのならいざ知らず、
ある程度の年齢に見えるならフリーパスだった。

 チケット売り場のおばちゃんも商売柄三人が窓口に現れた時、
一発で中学生とわかったが、そのルールにのっとって何も言わな
い。

 「大人三人なんて言わなくてもいいよ。どうせ大人しか見ない
映画なんだから」
 と、イヤミを言っただけだった。

 おかげで三人は心臓ドキドキでチケットを買ったが、せっかく
苦労して用意していきた身分証も、その提示を求められることは
なかったのである。

 ただ、映画そのものが面白かったかというと……それはやはり
歳相応というか、彼女達にはまだ早かったようだ。

 特に『O嬢の物語』はいわゆるSM。初めて見る異様な世界に
最初は大興奮だった三人も、しかし、それがどこか自分の身近に
あるような気がして切ない気分になってしまった。

 日本では鞭でぶたれるなんてこと珍しいが、神山村ではそれが
珍しくなかったのである。

 「出ようか」

 誰誘うともなくいったんは映画館を出ようとした三人だったが
……出口付近で降り出した外の雨を見てしまう。

 「帰りの列車まだ2時間もあるよ」
 「町、見て回る?」
 「いい、このあいだ来たから」

 三人はウインドウショッピングも考えたが田舎の街では2時間
も暇つぶしできるほどお店の数がないのだ。

 そこで仕方なく最後まで『O嬢』を見て映画館を出たのだった。

 「………………」
 映画館を出る時は、珍しく無言だった三人。

 「何なのかなあ」
 ヨーコがそう言っただけだった。

 ところが暇つぶしの暇つぶしで見た映画も見終わってしまうと、
三人の心の奥底にはそれまでとは違う感情が芽生えていた。
 それはうまく口では説明できないから、すぐそばの友だちに、
「あれ、よかったね」とは言えないたぐいのものだが、三者三様、
それぞれに甘い蜜のようなものがドロリと心の中に湧いて出くる。

 『なんだろうこれ?』
 不思議な思いを胸に三人は生まれて初めて成人映画を鑑賞して
映画館を出る。
 それが人生のどんな位置づけだったはこれからのことにしても
貴重な経験に変わりはなかった。

 「やだあ~あんた、そんなとこ見てたの?」
 「どこ見てたっていいじゃない、私の勝手じゃないのさあ」
 「いやらしいんだ」
 「そんなことないよ~~」

 O嬢はともかく、三人は列車の中でもおしゃべりに夢中。
 同じこの列車に誰が知り合いが乗っているなんて気にも留めて
いなかった。

 その甲高いおしゃべりは、彼女たちが列車を下りるまで延々と
続いたのだが帰りの列車は行きの列車よりそれが少し早く終わる。
 というのも、帰りは一つ前の駅で降りたからだった。

 もちろん、行きは村に一番近い駅から乗ったのだが……帰りは
その駅を利用したくなかったのである。

 理由は簡単。村に一番近い駅には駅員さんがいるからだった。

 都会の人には分からないだろうが、田舎には無人駅が多い。
 そんな無人の駅では、降車する時は車掌さんが切符を回収する
のが本来だが、発車直前に下りられると、それもしないで列車は
出て行く。

 あとは簡単。無人の改札口にポツンと置かれた切符回収箱を無
視して外に出ればよかった。

 無人駅にはほとんど乗降客がいないから誰かに見られる心配も
ない。最短距離の切符を買って乗れば、かなり遠くの駅までただ
乗りができたのである。

 ただし一つ手前の駅で降りるということは一駅分歩かなければ
ならない。三人は30分ほど余計な運動をして、それぞれの家に
辿り着いたのだった。

 と、まあここまでなら、めでたしめでたしだったのだが……

***************************

 数日後、三人は担任の千倉先生に呼び出された。
 お話は短く「今日の放課後増田神父様のところへ寄って頂戴」
というものだった。

 これ、よその人には何のことだか分からないと思うが、三人娘
にしたら、これって一大事だったのである。

 彼女たちが住む神山村は外観だけはごく普通の農村に見えるが、
他の村々とはちょっと変わった歴史を持っていた。
 実はここ、昔は隠れキリシタンが住む隠れ里だったのだ。

 弾圧を逃れ結束して信仰を守り抜いた彼らは明治維新後晴れて
自由の身となったが、それでもよその村からは白い目で見られ、
村々の交流は進まなかった。

 そんな中、義務教育がスタート。神山村の子供たちも近所の村
に出来た小学校へ通うことになる。ところが、そんな状態だから
神山村の子供たちは他の村の子供たちから虐めにあってしまう。

 そこで、見かねた親たちが資金を出し合って自分たちのための
学校、つまり私立小学校を作り国から認可してもらったのだった。
 その小中学校は戦後も受け継がれ、三人娘もそこに通っていた
のである。

 この学校、当然その成り立ちからいって教育はキリスト教式な
わけだが、それが当然ローマカソリックの傘下かというと、そう
いうわけでもなかった。

 ここでの教育は、むしろ彼ら独自のもの。長い禁教鎖国時代に
培った彼らなりの教義で親や教師は子供たちを教えている。
 つまり、村全体がキリスト教系の新興宗教団体というわけだ。

 だからこの学校、あくまで建前としては教会とは別に運営され
ているのだが、実際は教会の一部。下部組織みたいなものだから、
生徒にとって聖職者は校長先生より偉くて、神父様に呼ばれると
なれば、その先はどのみちろくでもない事と相場が決まっていた
のである。

 「どうする?」
 「どうするって、行くしかないんじゃない」
 「ねえ、原因やっぱりあれかなあ?」
 「あれって?」
 「大港に映画見に行ったの……」

 「でも、まだ叱られるって決まったわけじゃないでしょう」
 「そりゃあそうだけど、だったら、何か褒められることした?」
 「それは……」
 「ほらごらんなさい。やっぱり、あれがばれたのよ」

 「そうかあ~……やっぱりあれしかないかあ……いやだなあ~
……あ~あ、逃げ出したいなあ~」
 「えっ!逃げ出すつもりなの?」
 「バカ、声が大きい。そんなことするはずないでしょう。……
どうせ掴まるし……」

 「私、素っ裸にされて半日も中庭に立たされるなんてまっぴら
だからね」
 「そんなの誰だってそうよ」
 「そういえばカナちゃん、その前に100回も叩かれてたっけ
……お尻真っ赤にして中庭に引き出されたんだもんね」

 「とにかく残酷よね。うちは女の子に……」
 「うちは男の子より女の子の方がお仕置きが厳しいんだもん。
どうかしてるわわ」

 三人はぼやきながらも牧師館の前までやってきた。

 牧師館というのは牧師さんの私邸。必要最小限の小さな家だが
常にお世話する人がいて、いつも綺麗に取り片づけられていた。

 その家の玄関先で、三人は目の前にあるチャイムを鳴らそうと
するのだが……

 「あなたやりなさいよ」
 「いやよ、あなた学級委員でしょう」
 「関係ないじゃない。元はといえばあなたが言い出したんじゃ
ない。映画に行こうって……」
 「そんなの牧師様に会ってみなきゃわからないじゃない」
 「だったら、あなたでもいいじゃない関係ないなら」

 すったもんだ5分がすぎて、結局は小さなボタンを三人掛かり
で押すことになったのだ。

 「やあ、待ってたよ。お入りなさい」
 牧師さんは40代半ば。長身でなかなかのイケメンなのだが、
生徒たちの間での評判しイマイチだった。

 「こんにちわ」「お邪魔します」「失礼します」
 三人は口々に挨拶して中へ入る。

 実はこの牧師さんの評判が悪いのには理由があった。
 というのも、彼、女の子をお仕置きする権限を親や教師から認
められていたから子供たちにとってはありがたくない存在だった
のである。

 結束の固い元隠れキリシタンの村では秩序を乱す子のお仕置き
は当然のこと、女の子だって容赦はなかった。
 いつもいつも何かされるというわけではないが、さっき女の子
たちが話していたように、お尻を100回も叩いてから、全裸に
して中庭に立たせておくなんてことも……この人の場合は可能な
だったのである。

 「さあ、入って」
 牧師さんは三人を書斎へと招きいれた。

 多くの宗教関係の蔵書に囲まれた8畳ほどの書斎は老シスター
のカナさんによっていつも清潔に片付けられていた。

 「カナさん、三人にココアを出してあげてください」
 牧師さんはこの村では一番と言ってよいほど偉い人だったが、
普段は温厚で腰が低く誰に対しても丁寧な言葉で話す紳士だから
大人たちの評判はすこぶるよかったのである。

 牧師さんは三人に椅子を勧めると、自分はライティングデスク
の椅子に腰を下ろす。これからが本題だった。

 「さてと、君たちをここへ呼んだのはね。ちょっと聞きたい事
があったからなんだ。君たち、先週の土曜日は大港まで参考書を
買いに行ったんだって……」

 思わず、三人は互いの顔を見合わせる。

 「君たち、大港へはそれだけの為に行ったの?」
 牧師さんはファイルに挟んであったレポート用紙を取り出して
見ている。

 『あれって、お父さんが書いたのかしら』
 三人娘の誰もがそう思った。

 この村では親が牧師様に息子や娘のお仕置きを依頼することが
珍しくない。そんな時は、事前に子どもたちの罪状を書いた紙を
神父様に渡しておくのだ。

 三人の顔色がすうっと青くなる。悪い予感が的中してしまったのだった。

***************************

<弟>

Hなしの雑文です。

<弟>

 僕には弟がいた。
 弟と言っても歳の差があるわけではない。彼とは、お母さんの
お腹の中に一緒にいて生まれた間柄。生まれた時間がほんの数分
違うだけだ。

 だから、本来『兄だ』『弟だ』と名乗る関係ではない。
 ちなみに、両親は僕の方が後から生まれたのに僕が兄と決めて
しまった。昔はそういう決まりだったみたいだ。

 そうやって兄弟が確定すると……お母さんからは……
 「あなたが、お兄ちゃんなんだからしっかりしなきゃ」
 なんてたびたび言われるようになる。

 すると、不思議なもので……僕の方も……
 『そうか、ぼくはこの子を守らなきゃいけないんだ』
 なんて思っちゃうし……

 弟の方もお母さんから……
 「お兄ちゃんの言う事をちゃんと聞くのよ」
 なんて言われると、弟らしく兄を立ててくれる。

 そんな母の教育方針が影響したんだろうか……僕は弟の前では
ちょっぴり威張っている。
 弟も人生そういうものだと思ってか僕と一緒にお出かけする時
は僕のそばを離れようとしなかった。つまり僕を頼っていたんだ。

 だから、知らない人は誤解して……
 「まあ、兄弟仲がいいのね。いくつ違いなの?」
 なんてよく聞いてくる。
 二卵性だから顔はあんまり似てないし、双子だと思わない人の
方が多かった。

 「ね、失礼だよね」
 僕は健ちゃんに言ったが、健ちゃん(弟)の方は別に気にして
いる様子がなかった。

 というのも、彼は彼なりに幸せだったからだと思う。

 幼児にしてすでにどこか取っ付きにくい感じのある僕とは違い、
健ちゃんは、両親、祖父母、近所のおばさん、誰からも愛されて
家の中でいつも可愛がられいた。

 対する僕はというと、『ませてる』という理由だけで出張販売
に精を出すお母さんの後ろ姿を見ながら育つ。
 商品を収納するための箱を二つ並べた畳半畳ほどのスペースに
薄い布団が敷かれそこでオムツ替えまでしていたんだ。

 ま、申し訳程度の仕切りはあったけど、中には覗いてビックリ
するお客さんもいたみたいだった。

 そんな環境の違いが兄弟の性格の違いにもなっていたようだ。

 奥手だと言われていた弟にも三歳近くになってようやくお声が
かかった。
 子守のお姉さんが洋裁の専門学校へ通うので健ちゃんの面倒を
みれなくなり、それで仕方なく出てきたのだ。

 おかげで、幼稚園に上がるまでの数ヶ月間は、出張販売先での
相棒ができた。挨拶回りとウインドウショッピングを健ちゃんと
一緒に手を繋ぎながらやったのである。

 すると大人たちは正直だ。二人で店先に並ぶと、まず最初に、
顔立ちも可愛くおとなしい性格の健ちゃんに声をかける。
 これは僕にとっては心地よくないことだった。

 『こいつはいつも僕を頼ってるんだぞ。だから、僕の方が優秀
なんだ。言葉を話すのも、オムツがとれたのも僕の方が早いし、
ひらがなだっても僕が先に読めるようになったんだから』
 なんて、思ってしまう。

 ところが、それは最初の頃だけ。幼稚園、小学校と進むうちに
その差は縮まり、小学四年生くらいからは絵画教室、ピアノ教室、
学校の成績、と、どれをとっても二人に優劣などなくなっていた
んだ。

 特に三学期の学年末のテストでは僕が彼に勝ったことが一度も
なかったから、本当は彼の方が優秀だったのかもしれない。

 にもかかわらず、僕は大人になるまで『健ちゃんを支え続けて
あげなければ』なんて思い続けていたのだから、これはもう滑稽
という他ないだろう。

 赤ちゃん時代から愛され続けてきた健ちゃんは、誰に対しても
とっても上品だ。誰かさんみたいに、大人の揚げ足を取って喜ぶ
ような下品なまねはしない。ただそのぶん、目上の人に対しては
甘え上手な側面があった。

 きっと僕もその一人として利用されていたのかもしれない。

 でも、そうであっても僕は一向にかまわなかった。
 だって、「お兄ちゃん」「お兄ちゃん」と言って抱きついて来る
健ちゃんは僕にとっても可愛い弟であり大事な宝物だったから。

 そんな健ちゃんとは勉強部屋で二人してよく抱き合っていた。
わけもなく、まったく訳もなくただ抱き合っていれば楽しかった。

 お互い顔に息を掛け合い。お尻を撫であい。オチンチンだって
まさぐりあって愛し合っていた。
 ついにはイチヂク浣腸を悪戯して我慢ごっこなんてことまで…

 これって、歳がいっていればホモセクシャルなんだろうけど、
幼稚園や小学校の低学年の頃だから、『性欲』という感じは……
ほとんどなかったと思う。少なくとも僕にはなかった。

 それより、もしかすると、これってお母さんの代わりだったの
では……とは思うのである。

 だって、どちらかがお母さん役で、絵本を読んできかせたり、
哺乳瓶でミルクを飲ませたり、その頃アメリカのホームドラマで
よく見かけたお尻ペンペンをお母さんからお尻を叩かれるという
想定でやってみたりしていたから。
 要するに、そこにはおままごと的な要素もたくさんあったのだ。

 お尻ペンペンって今はポピュラーなお仕置きなのかもしれない
けど、僕たち世代にとっては、大人たちがアメリカの電化製品に
憧れていたように、ハイカラな親子のスキンシップとして見てた
んだ。

 実際、この頃の我が家で行われていたお仕置きでは、子供の体
を叩くなんて必要なかった。
 お母さんが叱る時は恐い顔を近づけるだけでお互い泣くことに
なるから、お母さんもそれ以上のことはしなかったんだ。

 だから、お尻を叩かれる側の子どの気持はあまりよく分かって
いない。一応、泣きまねするんだけど、すぐに笑っちゃうの。

 とにかく二人で抱き合っていれば何となく心が落ち着くという
幸せな時代だった。

 ちなみに、こうしたことは外ではやらない。どこまでも家の中
で、それも二人きりでいる時の睦みごとなのだ。だからお母さん
の前でもやったことはなかったけど……

 ある時、見つかっちゃったんだよね。
 お風呂上りでもないのに素っ裸になってじゃれてるところ。

 その時のお母さんの反応。

 ほんのちょっと驚いてから、一つため息をついて、そして……
 「僕たち、ばっちいことしちゃだめよ。さあ、風邪ひくわよ。
早くパンツ穿いて!」
 と言っただけだった。

 僕たちのお母さんはね、こうしたことには寛容だったんだ。
 というのも、お母さん自身が僕たちにこんなことしてたから。
 文句を言いにくかったのかもしれないね。

 とにかくお母さんと一緒に寝る時は二人とも濃厚な愛撫を受け
て寝るのが習慣だった。

 ほっぺすりすり。頭なでなで。あんよモミモミお手手もみもみ。
ま、このくらいなら他の家でもあるだろうけど、うちはこれでは
おさまらない。

 オッパイ舐め舐め。
 脇の下をコチョコチョ。
 足の裏もコチョコチョ。
 オチンチンだってコチョコチョ。そして、左の指でそれを摘み
上げといて右の指でピーンとかもある。(べつに虐待じゃないよ)
 お母さんってね、子供が嫌がらなければ何でもありなんだ。

 そうそう、お風呂上りにバスタオルの上に仰向けにされて……
フェラチオなんてのもあったっけ……
 もちろん大人のやるようなディープな世界じゃないよ。皮の上
から、ほんのちょっぴりキスしただけなんだけど……あれって、
楽しかったなあ。

 とにかくあの頃はお母さんのやってくれることは何でも楽しか
ったんだ。

 そんな楽しいことを兄弟だけの時もやってみたかったという訳。
だから、罪悪感なんてまったくなかった。
 要するに、僕は健ちゃんが好きで、健ちゃんも僕が好きだから
やり始めたんだ。

 『小さな恋のメロディー』のダニーとメロディーの関係と同じ。
『二人はまだ小学生だけど、お互いいつもそばにいたいから結婚
したいと願う』あれと同じことさ。

 大人たちはそれから先のことをあれこれ想像して心配するけど、
それって汚いものを沢山見過ぎて、美しいものをそのまま美しい
と感じ取れなくなった大人たちの性だと思う。考え過ぎだと思う
んだよ。

***************************

<犬笛>

Hなしの雑文です。

<犬笛>

 僕の母はいわゆる専業主婦ではない。夫婦で小さな質店を経営
しながら子育てをしていた。普通、こうした場合の商売は父親が
経営の主体となるケースが多いと思うのだが、我が家の場合は、
お客さんとの折衝が苦手な父親に代わって営業に関する事は母が
商売を取り仕切っていた。

 父の仕事は、担保として預かる質草の鑑定や管理、台帳付け、
出張販売で並べる商品の荷物運びなんてのが中心。店にも出るに
は出るのだが……

 「あんたはそんな了見だから、こうしてお金を借りなきゃなら
なくなるんだ」
 なんてお客さんに説教してみたり……

 逆に、世間話をしているお客さんに同情して……
 「いいから、これも持って行きなさい」
 と、お母さんには内緒でお金を握らせたりもする。

 およそ、商売には向かない人だった。

 そのため多くの人が『あそこの奥さんは家付きの娘。ご亭主は
養子さん』と誤解していたのである。

 一家の中心である母の仕事量は多く、家事は完全に他人任せ。
炊事、洗濯、掃除、繕い物などは通いのお婆さん(お手伝いさん)
に、赤ん坊の世話は子守の女の子に任せていた。

 逆の言い方をすると、その出費のかかる分を母は稼せぎ出さな
ければならないわけで、それが母の仕事上のノルマとなっていた
のである。

 ならば彼女、まったく子供の世話はしなかったのかというと、
そんなことはなかった。
 専業主婦の人たちのような細やかな対応はできなかったと思う
が、保育園には頼らず極力子どもたちを自分のそばに置いて育て
ていた。

 出張販売先でも赤ん坊をおんぶしながら店に出ていたのである。

 戦後復興がやっと途についた頃のこと、それも田舎の名もなき
デパートの話だから、そこは割り引いて考えなければならないの
だろうが、そもそも、そんな営業を主催者側から許可(黙認?)
されていたこと自体、母の営業力の賜物なのである。

 おんぶされた僕が、母の背中からあたりを見回した感じでは、
当時でも赤ん坊を背負いながら接客している売り子は母だけ。
 でも、それがなぜか妙に誇らしかったのを覚えている。

 そんな母は僕を仕事場へは連れて行っても、その間ずっと僕の
世話をやいてくれるわけではない。おんぶしてくれたのはほんの
一時だ。大半の時間は、商品を入れてきた空箱の上に乗っかって
絵本を見たり、接客している母の背中を見て過ごしていた。

 だから、退屈で仕方がないのだ。
 そこで、本当の赤ん坊の時は別として、あんよができるように
なると、ごく自然にご近所を歩き回るようになる。

 「どこいくの?」
 と、母に聞かれるから……
 「おしっこ」
 と答えるが、用が済んでもすぐには戻らなかった。

 一時間くらい戻らないことなんてざらにあったのだ。

 ここは自宅ではない。出張販売先の出来事だから、専業主婦の
感覚でなら、『わ~~~大変!』なんて心配するところだろう。

 ところが、うちの母は出歩く我が子を心配したことがなかった。

 「あんたが迷子になっても探さないからね、お母さんと一緒に
いたかったら、この場所(ブース)を必ず思い出しなさい」
 と、こうだ。こう僕に言いつけただけだった。『行くな』とは
言わなかった。縄を着けて縛っておくなんてこともしなかった。

 要するに放し飼い。度胸があるというか無責任というか、でも
母はそんな人だったのである。

 一方、僕はというと、こちらは呑気なもので……
 おしっこが終わると、ご近所で商売しているおじさんおばさん
たちに挨拶して回る。

 朝なら、「おはようございます」
 お昼なら、「こんにちわ」

 これって本来何の意味もないのだが、そんなことをして回って
いると、そのうち、どこかのおじさんおばさんがお菓子をくれた
り頭を撫でてくれたりする。

 そんなことしながらウインドウショッピングを楽しんでいると、
足を伸ばしすぎて帰り道が分からなくなることもあったが、でも、
迷子を宣言するように泣き叫ぶなんて恥ずかしい事はしなかった。

 そんな時は、どのブースでもいいから暇そうにしている大人を
見つけて……
 「お母さんどこ?」
 と尋ねればよかったのである。

 母と息子はここらでは有名人(?)。知らない人はいないのだ。

 「こっちは忙しいんだ。自分で勝手に帰りな!」
 なんて、薄情な返事を返す人はいない。

 「なんだ、坊や、お母さんのとこ、分からなくなったんだ」
 尋ねればたいてい母のいるブースを教えてくれたし距離が遠く
なれば一緒に着いていってくれることもあった。

 困った時は大人に聞くという大技も身につけていた僕にとって
散歩は楽しい日課だったのである。


 では、もし母がそれでも僕に何か用がある時はどうするのか?

 そんな時は、どこに向かってでもいいから叫べばいいのだ。
 「ぼく~~~帰ってらっしゃい~~~」
 ってね。ゆっくりと五、六回叫べばそれでよかった。

もちろん広い会場では大声も雑踏の騒音でかき消される場合が
多いのだが、僕が母の声を聞き逃す事はほとんどなかったのだ。

 母の声は誰が聞いても聞き取れないほどの小さな声でしか会場
内に流れていない。しかし僕はその微かな母の声をほぼ100%
聞き漏らさなかったのである。

 「お母さんが呼んでる」
 そう思って声を頼りに戻っていくと、必ず戻れるというわけだ。

 どこにいてもお母さんが五六回叫ぶうちには見知った場所まで
戻れるから、あとは迷わないのだ。

 「ぼく、ごはんよ」
 お母さんは、さも当然と言った顔で僕を見つめ、抱き上げる。

 お母さんの声は親子の間では音声というより犬笛のようなもの。
赤ん坊の時から聞いているその音はどんな微細な音でも他の音と
は区別して聞くことができたのだ。

 まるで猟犬と飼い主みたいな関係かもしれないけど、僕はね、
こういうのを『親子関係』って言うんだと思ってるんだ。

***************************

<あったかピューピューさんとの出会い>

H無縁の雑文です。今回は童話風?

<あったかピューピューさんとの出会い>

 健ちゃんはまだ赤ちゃんです。
 ハイハイはできますが、まだ歩けません。
 最近ようやく何かに掴まれば立てるようになりました。

 その時はお母さんだけじゃなく、お父さんも、おばあちゃんも、
おじちゃんも、そのお部屋にいたみんなみんなが大喜びました。

 みんなの拍手に嬉しくなった健ちゃんが笑うと、拍手はさらに
大きくなります。
 お母さんが抱っこして笑顔ですから、健ちゃんはきっと良い事
をしたのでしょう。

 お母さんの首の辺りの匂いが健ちゃんに『よかった、よかった』
と言っています。
 抱っこされた時の感触や匂いで健ちゃんはお母さんのご機嫌が
わかるのでした。

 健ちゃんはご機嫌なお母さんにおねだりします。
 言葉はまだ話せませんから、おねだりの時は欲しいものに手を
伸ばして知らせます。
 普段はそれでガラガラが来たり、おしゃぶりが来たり、お気に
入りのふかふかタオルが来たりするのですが、今回それはやって
来ませんでした。

 「あら、健ちゃん、何が欲しいの?」
 健ちゃんを見てお母さんは尋ねます。

 抱っこされた身体いっぱい伸び上がって何か取ろうとしている、
お母さんにそれはわかるのですが……

 「どうしたの?お外なの?」

 健ちゃんの小さな指の先に窓があります。
 そのさらに先にはお庭がありました。
 木枯らしがピューピューと音をたて、ガタガタと窓を揺らして
います。
 でも、そこまで健ちゃんの手は届きませんでした。

 「あら、オンモ行きたいの?……でも、オンモはまだ寒いわよ。
北風さんがね、ピューピュー吹くから……ああ、わかったわ。でも、
ちょっとだけよ」

 お母さんが健ちゃんをお外へ案内してくれるみたいでした。

 お気に入りのタオルケットとふかふかの毛布に包まれて、毛糸
の帽子と耳あてを着けていざ出陣です。

 健ちゃん大喜びでしたが、この部屋にいる誰一人、健ちゃんが
なぜ大喜びしているのか知りませんでした。

 でも、ここにいるみんなはそんなことどうでもよかったんです。
 健ちゃんが嬉しそうにしていれば……幸せそうにしていれば、
それでみんな十分幸せでしたから、お母さんだけのはずが、気が
つけばみんな健ちゃんに着いて行きます。

 「わあ、やっぱり寒いわね」
 おばあちゃんが言います。

 お庭は、やっぱり木枯らしピューピューでしたが、健ちゃんは
幸せです。
 だって健ちゃんが話せる数少ない言葉『ピュー、ピュー』さん
に会えたんですから。

 「ピュー、ピュー、ピュー」
 健ちゃんはそう言って何度もピューピューさんと交信を試みま
す。

 そのうち、お母さんがピューピューさんをお口の中で捕まえて
くれました。
 そして、健ちゃんのほっぺにそうっと流してくれたのです。

 お母さんのお口フィルターを通した暖かいピューピューさんが、
健ちゃんのほっぺをくすぐります。

 健ちゃんは両手両足をパタパタ。
 望みの物が手に入ってとっても幸せというサインです。

 これを見たお父さんもピュー。
 おばあさんもピュー。
 おじいさんだってピュー。

 健ちゃんはピューピューさんってとっても暖かいと思いました。

 「よかったわね、健ちゃん」

 でも、お母さんのピューピューさんは一年中同じ暖かさ。
 それはまだ知らない健ちゃんだったのです。

****************************

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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